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2006年7月13日 (木)

車社会を問う

 昔まだ20歳そこそこのころ、車を持つ事を夢みていた。結婚して、当時ダイハツクオーレという軽自動車を買うため、パンフレットを手に入れ、何度も眺めていた。子どもが4人になってもこの自動車で遠出を何度もした。その時自動車を持つことはごく普通のできごとのように思っていた。通勤もそのついでに自動車で行ったこともある。

 しかしいつから気づいたのか、これは普通ではないと気づくようになった。時代の流れと、年を重ねて気づいたのかもしれない。車の悪弊を多く気づくようになった。渋滞にショッチュウ巻き込まれてイライラすることがいっぱいあった。そのうちスーローライフという言葉の意味を知るようになったり、自転車の魅力を知るようになると、車の害をいっぱい目に留まるようになった。ある日長男の友達が毛皮のアルバイドをしていてその展示会にさそわれて妻といっしょに行ったつい3日後ぐらいにその子がバイクを運転していて車と接触し死亡したと聞いてすごくショックだった。

 今の世の中、車の運転手は、自転車や、歩行者を優先に、気をつけて運転している人は非常の少ない。相手を死亡させても、死刑という罪には絶対ならない。町全体、道全体が車中心に作られている。人間がいちばん尊ばれなけれないけないのではないのか。車は生活道路では遠慮して運転するべきだ。

 たしかに今老人、体の弱い人には車はかかせなといえるだろう。しかし今の車自体はそういった人たちを中心には考えられていない。F1レースやその他のレースで試されずみのエンジンを開発して、どこまでも早く走る車をめざしている。老人にそういった車は必要ない。ヨーロッパの都市で先進的な交通網を考えている人は、町で走るすべての乗り物の最大スピードは30kmでよいと唱えているのを何かの本で読んだことがある。この速度は死亡事故を防いだり、町をもっと眺められるスピードなのだろう。一般市民が自転車で走る最大スピードがこの速さだ。

 僕はいくつかの自分の夢があるが、社会から今の自動車がほどんどなくなる世界を夢みている。「おまえはあほか」とあざ笑われそうだが、子どもたちはきっと安心して道路で遊ぶだろう。歩く人は今の道路を後ろを気にせずに歩いていけるだろう。早く目的地につけない。遠くへいけない。荷持をつめないと苦情をいう人もういるだろう。しかし50年ほど前まではみんなそうしていたのだ。そして他の交通機関をもう一度見直せばいい。自転車を利用して、もっとかっこがよくて早くはしれる自転車で道路を走ればいい。きっと交通事故死亡者は、1000人ぐらいになるだろう。

そう思いながら毎日走っている。

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