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2006年8月31日 (木)

信号無視は常態化している

 今日も行きしなに土佐堀のある交差点であきらかに信号がこちら青、左右赤に替わって2秒以上たっているのに、タクシーと軽自動車が右から左を猛スピードで入ってきた、しかし左横断歩道はすでに歩行者が歩きはじめている。そのため2台は急ブレーキでとまり、ぼくたち直進者を進路妨害。

 いつものようにタクシーに向かって、なにしとおんねん。信号無視すんな!とどなった。運転手はばつの悪そうな顔をして、歩行者が通過したあと左道路へ移動した。プロドライバーとしては最低だ。客を積んでいて何をしているんだという感じだ。

 ほかにも西淀川の川ぞいの道路で、信号無視が常態化している箇所がある。そこはこちらからは橋がおわるところで、ブロックのため、左から入ってくるのが見えない。死亡事故がよくおきないものだと思う。クルマの運転手は、信号でとまる勇気をもってほしい。

ちゅっといい格言かな!

 さて今日も日替わりユニホーム紹介しよう。家に帰ってきてすぐデジカメを持ち出す。家のまわりの至るところを背景にしている。Photo_48 今日は家の玄関前が背景だ。

今日の上着はなんと1500円で買った代物。いわゆる型落ちというかスペシャライズという有名なメーカーのロゴが入っているが、今は出ていないもの。行き着けの「サンワサイクル」で見つけた。お気に入りの1品だ。

 それから聞いて!聞いて! 今年季節遅れで7月に風呂の窓の外に種をまいたアサガオの花がようやく8月の終わりに開いた。Photo_49

 それから今日も夕食当番。最近次男が神戸の居酒屋でバイトをはじめて帰るのが12時をすぎるため、顔を合わせていなかったが、今日は夕方帰ってきたので、3男と3人で夕食。メニューは豚肉の小ステーキと家のにがうりをもいで作ったゴーヤチャンプルの添え、横にキャベツのセンギリときゅうり、トマトを添えた。Photo_50

今日のBGMは何も考えず徳永英明をかけたが、高音のボーカルは平井 堅の癒し系とタイプがちがうし、サウンドがちゅっと古くて、しっくり来ない。明日はまた平井 堅のもう一つのCDをかけよう。

2006年8月30日 (水)

今日の通勤で見た危険行為

 今日の通勤自転車は昨日からなので、現在累計64km。昨日大雨の後だけに、朝はひやっとするような感じだ。

 ところで帰りの走行で遭遇した危険行為は4件あった。まずなにわ筋を走っていて、自転車で車道を逆走してくる人に2回出会う。もし接触したら大変なことになる。またこちらが右によらざるをえないが、自動車と接触する可能性がある。歩道が人でいっぱいで一部車道へ入ってくる場合がしかたないが、あきらかに車道を逆走してくる。「ばかやろう!」と言いたい。

 それから福島区の海老江交差点の手前で歩道だけの信号のところで、車道側は赤信号にもかかわらず手前で止まっていたタクシーが客を乗せたとたん、その信号を直進しだした。あきれてしまった。もし急に歩行者が走って横断でもしたら、そうするつもりなのだろう。運転者の彼はおそらく、次の交差点で一番右車線に陣取り、右折したいために信号を無視して誰よりも先に行ったらしい。

 しかしぼくは告発したい。そのタクシーのナンバープレートを記憶して帰った。確かKYODOと頭に表示された会社で7131番だ。反省せよ。もっての他だ!

 また危険行為の運転手は、このブログで公表したい。

 話はずっと平和に変えて、昨日紹介した自転車ウェアに続いて、日替わりで今日着たウェアを紹介しよう。Dsc00033

今日はもっとも古いウェアで黄色のシャツとパンツは黒に横黄色にストライド。上はかなり長く来ている。

 ところで、今日は家へ帰ってからの食事作りに立ち入って紹介しょう。妻がいないわけではないが、遅い日は食事はぼくがやるのが定番。今日は冷凍イカが5匹もあったので、七輪でそれを焼いた。Dsc00034 BGMに平井堅の「ケンズバー」を効きながら食事を作る。至福のときかもしれない。

イカは七輪でだんだん色が茶色に変わってくる。これがメインディッシュ。それを彩るのは何にしようか。考えた末、たまねぎとアスパラを炒め、ジャガイモを炊いて砕いて、人参ときゅうりを混ぜて、マッシュルームDsc00039 。これでできあがり。ごはんは3男が炊いてくれている。味噌汁は、なすびとわかめと豆腐で適当に。しかし、正味かたずけも含めて1時間かかった。

Dsc00040 Dsc00035_1

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食事が完成すると3男に告げ、自分は風呂に直行。そのまにビール用のグラスを冷凍庫に冷やしておく。

風呂から上がり、今日はサントリーモルツ350mlを飲む。

2006年8月29日 (火)

福岡の自動車事故に思う

 一昨日、福岡で市の職員22歳が、5人家族の自家用車に突っ込み、そのクルマが海に押し出され、子ども3人が死亡した事故が報道された。

 非常に残酷な事件だ。しかし、ここで考えてしまうのは、これが特異な事件かということだ。考えて見ると、1年に7000人の自動車死亡事故がおこっている。ざっと計算しても1日に日本のどこかで15人以上が死んでいる計算だ。そのなかには報道されないひき逃げや残酷な事故があるはずだが、どれだけの報道が行われているのか。

 長男の同級生も以前書いたが、5年ほど前バイク事故で突然亡くなった。おそらく報道などされていないだろう。

 今回の事故は残酷だし、飲酒運転だから報道されたというより、公務員がおこした事故ということで大きく報道されたのではないかと疑う。すると人々はさも珍しい事故がおこったように思ってしまうし、公務員がなんてことするんだと今公務員バッシングが多いだけに今回の事故もハイエナのようにそこばかりクローズアップする。報道にはあきらかに誘導があるように思う。

 また年間7000人も死んでいる道具を作っている自動車会社というものは責任が一切ないのかと思う。公害の発生にからんで、トヨタを訴えた訴訟はおこっている。そろそろ国も危険な運転手が必ずいることを考えて、スピードオンリーのクルマ製造を規制してはどうか。

 ちょっと無謀な主張かもしれないが、みんなクルマの事故になれっこになってはいけないと思う。存在自体が危険なのだ。運転する人はそのことを肝の命じるべきだ。

 

 さて話は変わって、今日は自分にとって週明け。自転車通勤できるスタートの日だ。今日は赤のウェアに黒のレーサーパンツで出かけた。Dsc00029

しかしこのウェアは心地いいはずだが、少し湿度が高いせいかちょっと不快な感じだ。ただやはり風を受けてペダルを回すのはなんとも言えず気持ちいい。

目だっている!クルマの渋滞をすり抜ける!電車の中のように周りの人を気にする必要がない!汗がべとつかない!時代を先取りしているような自己満足感

 それからついでに昨日、家の庭に実をつけた姫りんご(バレリーナ・ツナ)を全部もいで、ビンに入れ、果実酒にしてみた。最近落ちたやつを食べてみたが、すっぱい。酒ならおいしいかもしれない。

しばらくホウィトリカーにつけて、熟成されるのが楽しみだ。Dsc00031

2006年8月28日 (月)

プレーリーなスローライフ休日

 星空映画会の残務処理を終える!

 今日は、先週の仕事の疲れを考えて、休みを取っていた。結果的に星空映画会のために借りてきた什器を返しにいくのにちょうどよかった。運搬はわが愛車「プレーリー」。昨日から活躍している。Dsc00026

 しかし、朝いつもなら6時30分より前に余裕で目が覚めるが、今日は7時でも起きるのが辛かった。

 「純情きらり」をゆっくり見て、9時すぎからあわただしい。まず発電機を返しにいって、家に帰って、紙芝居とプロジクターを妻の組合事務所にもっていった。プロジェクターはそこから兵庫労連事務所に持っていく。そのあと妻と握手して別れ、そのままスーパー銭湯「熊野郷」へ。

 前に書いた43号線、武庫川女子大の交差点は、クルマにとっては、右折が時間差になっていて安全で曲がりやすい。ここはおそらく事故が何回があったのだろう。そんな気がする。しかし歩行者、自転車には不便だ。それにクルマから見ても陸橋は、阪神高速の高架道路とすれすれの作りかただ。

 そんなことを考えながら右折し、温泉に。しかしここはすいていても、受付が岩盤浴の人も入浴だけの人も2箇所しかないので、いつも待たされる。このシステムも考えものだ。

 室内風呂に入り、露天風呂に入り、塩サウナに入り、体を洗い、かけ流しに入り、風呂を出た。食事はその食堂で食べた。てんぷらセットで920円だが、あきらかに昨日入った「極楽湯」の十割そば天麩羅セットのほうが値段は同じくらいだが、量が格段に多い。

 ビールについては、クルマで行ったため、ノンアルコールビールを飲んだ。そのあとせっかくクルマで来たから、おなじ西宮の白鹿のしぼりたて直売店に酒を買いに行った。今日のプレーリー(マイカー)はエアコンの効きがよい。気分よく武庫川沿いの道を北へ走った。ここは木が多く、エアコンがよく効く。

 家へ帰ると籐の家に座り込み、本を読んだり、昼寝をしたりした。英語をやろうと思ったが、8月後半のCDがなく(NHk2003年度版リスニング英語をやりやおしている)、とりあえずテキストを読んでみた。ちょっと実力があがっているように感じる。 

 夕方は食事の用意で忙しい。今日は、たけのこのパックがあったので、調理説明のとおおりわかめを入れて煮込んだ。ついでにいわしが3匹165円と安かったのでこれも煮込んだ。ビールのあとの白鹿 生が上手かった。

2006年8月27日 (日)

スローな一日

Dsc00024  昨日の忙しさを癒すため、今日はできるだけゆっくり過ごすことにした。

 朝は、昨日できなかった洗濯物をたたむことと、今日の洗濯物を干す。それから熱帯魚の水換え。それで11時前になってしまい、いつものパターンでスーパー銭湯へ向かう。

 外は思うほど暑くないが、帽子はかぶって行った。目的地をどこにしようか迷ったが、今日はJR尼崎駅近くの「極楽湯」にした。ここは、露天風呂をかけ流しにしていてちゃんと表示してあるのがいいし、会員登録のただで値段も650円になってこの辺では一番安い。

 屋内の浴槽に入り、岩風呂の蒸気の中で汗をかき、水風呂に入った。今日の温度表示は16.2℃。かなり冷たい。そして洗い場で頭と体を洗い、最後に露天風呂に入った。腕を触るとつるつるだ。

 風呂を出て、12時前なので、その食堂で十割そばデラックスを奮発した。おまけに生ビール(小用)もつけた。最高な気分だ!

 銭湯を出て、ホームセンターによった。あっそうそう。肝心のことを書き忘れていた。移動手段のことだが、もちろん自転車。以前紹介した折りたたみ20インチだ。やはり今日のような場合のんびりした気分を味うのにちょうどいい。車ほど緊張しないですむし、違う道を探すのも楽しい。今日は行きしなJR尼崎の北側の様がわりしたビルの中、旧道のおもかげがある道にいまの繋がっていることを確認しながら、そのふるい道を通っていった。まるで田舎道のようだ。かえりもそこを通った。するとホームセンターに行きやすい。

 ホームセンターで熱帯魚のために水草を3個買った。写真のとおり自然に近く感じる。

 家へ帰ると昨日の出来事のブログを書くため、まずデジカメを取り込んでいたり、名前をつけたりしていると眠たくなって、和室で昼寝。1時間寝て、3時から5時までブログを書く。

 夜娘に妻がスカイプする(ビデオ通話)と行って、パソコンを立ち上げる。交信するとしばらくして娘の声が。「もし、もし」と元気よく音声がまず入ってきた。そのあと次男、三男が続いて交信。オーストラリア、タスマニアはもうすぐ春になるらしい。こちらと反対だ。それで9月は、2週間ほど休みになる。長男に電話して、来れたら娘のとこに来るように連絡を取ってもらったが、ミーティングとかで来れないらしい。しばらく前、アジア旅行でこちらにカードの請求が大金で来たため、ちょっと怒った。顔を合わすのが気まずいのかと少し気になる。

 しかし、午後1時から4時まではとても暑かった。明日は休みをとったが、午前中は発電機とプロジェクターと大型紙芝居を返しにいかないといけない。午後からまたスローな時間を過ごそう。英語も遅れているので、明日集中的にやるつもりだ。

星空映画会開催

暑い暑い、ハードな1日

 26日は年に1回の星空映画会。地域の流れ星少年団と人形劇団ピエロハーバーの取り組みでおこなっている。とくに僕にとっては当日と直前の仕事は、責任重大でまた仕事も多い。

 まず前日仕事をぎりぎえり切り上げて、自転車で急いで帰る(いそいでるのは気持ちだけ。決して信号無視とかはありません!)。妻に電話して、待ち合わせ、妻のつながりで、ビデオコーダー合体型プロジェクターと大型紙芝居の紙をとりに職員会館へ行く。そのため家に帰ったら8時過ぎになる。家へ帰ってもこまごま準備。自分たちのグループのTシャツ(白)にパソコンプリントでタイトルと写真を貼り付けるため、その原稿作成。これに2時間以上掛かった。というのはできた原稿は反転でないと字が逆に出る。その反転の指示の方法がどうしてもわからない。諦めかけていたが、なんとかわかったのが11時過ぎ、テレビの「探偵ナイトスクープ」を見ながら、アイロンで貼り付けした。そのあとブログ。寝たのは12時50分。

 ちょっと前日の苦労話で長引いた。それから日が替わっていよいよ当日。

 朝9時過ぎ、今度は発電機を借りに、医療生協病院本部に行く。距離はクルマで5分程度。これはすぐ貸してもらえた。だが、春から動かしていないということで「ドキ!!!」試運転は少し心配。家に帰って10時半から街周辺の呼び込みのためのクルマの音響準備。これは数年前電気屋で学童保育を父母役員をやっていたFさんからもらったカーコンプ的なガラクタ。ところがこの機械がまったくうまくう動いてくれない。この間の話は省略して、しかたがないので、「おちつけ」「おちつけ」と自分に言い聞かせる。すると少し冷静になる。この日の準備や開始後のトラブルは百選練磨である(少し自慢。しかし思えばかなり苦労話ばかり)。

 あわる時間を変更し、午後から、よく集会とかで使うハンドマイクを医療生協本部から再び借りる。Tさんにもってもらいマイクのそばにカセットデッキをおき、ダイレクトにそのスピーカーの音をひらいながらラッパのほうをクルマの外に向けて運転。外の人の動き、つまりこちらを降り向いているかで反応はわかるがOkだ。

 それを30分ぐらい続ける。

 それから家にかえって(今日は何回も家に帰る)、今度は現地へもっていく荷物の準備。まず妻からハッパをかけられて「もう2時だから行くわよ」「ええまだだれも来てへんで」のやりとり。結局すぐあとクルマに積んだままの大型紙芝居用画のセット(これが異常に大きくたたみ一畳以上が一枚で16枚ぐらい積んでいるので、他のものは何も入れられない)をさきにもって行く。公園に着くと暑い!暑い! たえられない。しかしがんばって全部降ろし、再び家へ。

 今度は、音響ミキシングセット(これはミキサー、アンプ、スピーカー合体型にすぐれもの)に付属マイクスタンド、ギター、キーボード、プロジェクター、発電機、予備ガソリンタンク、その他もろもろをクルマに積み、Tさんと行く。

 現地でそれを降ろし、まずスクリーンの設置(これは室内用スクリーンのやや大型)。公園にメタセコイヤの木2本にビニールテープで上手く固定する。これはなれたもの。それから音響セットの準備。そのころTさんの次男に助っ人で来てもらう。彼は工業技術専門で機械に強い。合体型ミキシングセットをバラシ、スピーカーを舞台両そでに、マイクスタンドを立て、セットのマイク用コードをつなぐ。音声テストをしてほぼ完成。これが終わったのがすでに4時まえ。周辺ではおかあさんたちが、出店の用意。シャボン玉や、ゴム鉄砲、キンギョすくい、バザー、それに専門の絵描きのおじさんのコーナーなど準備する。このコーナー開始は4時。ぼちぼち参加者がやってくる。

 4時過ぎからわがグループ「おやじーズ」のリハーサル音だし。しかしなかなか来ないので、自分だけで1曲歌ってしまった。

 そうこうしている間に午後5時の本番。Photo_44

 練習不足のわりにはまあまあうまくいった。そのあとは出演がつぎつぎ進行し、Photo_46 Photo_47

Photo_45

午後6時40分ごろ映画上映。ここでやっと安心できる。去年は発電機のタンク容量が小さく、ここで発電機が停止。あせってしまった。それ以前もとまって予備タンクをホームセンターに買いに走ったこともある。

  映画は2本。「イルカの坊やは病気です」(これは虫プロ作品で水爆実験とその被害の話)「猫の恩返し」(スタジオジブリ作品) 

 野外映画を鑑賞している時間はなんとも心地いい。参加者は例年より大分少なかったが、若いおかあさんと幼児がなかよくブルーシートの上で見ている姿はなごやかだ。これが平和な瞬間ではないだろうか。僕自身も公園の林から流れてくる風をうけながら、真っ黒ではないが暗い天然の天井の下でスクリーンを見つめるのは、ここだけでしか体験できないものである。小さなころ小学校でそんな映画上映があったことを思い出す。

 ほどなく映画は8時10分ごろ終了し、少しカミナリが夜空に光るので急いで撤収。とくにお母さんたちばかり20人ほどのスタッフだが、その片付けの早いこと。僕は先に持ってきた大型紙芝居の道具を家にもって帰り、戻ってくるとほとんど荷物は積んだらいい状態になっていた。

 そのあと打ち上げ。みんなあ同じ地域だから、集合は早い。ちかくの「酒楽」という酒場で乾杯。おわったのは午後11時50分ぐらいになっていた。

2006年8月26日 (土)

ヒートアイランドについて考える

 今日は今週5日目の通勤自転車である。それで累計は160kmを走った。

 ところで、2日前テレビで「ヒートアイランド」と集中豪雨の因果関係について、東京を例にして説明していた。今日はとくにまた暑さがぶりかえし、信号待ちでふと考えると、自動車の横からかなり熱が出ているのにあらためて気がついた。1台の横でこの体感だ。まして道路自体も60℃以上に熱を帯びているらしい。僕が言いたいのは、自動車にはいろいろの害があると思うが、その熱についても真夏のころはヒートアイダンドを増幅する大きな要因ではないかと思うのだ。

 コンクリートの建物の連なり、土のない地面、少ない公園と緑。その環境の中で人々は、自分の家の中を冷やすためにエアコンのスイッチをONにし、そのおかげで、そのエアコンの室外機が熱風を吐き出す。ただこの量のことを考えるとせいぜい一軒に3台までだろう。しかしそれ以上に熱を吐き出しているものに自動車がある。大阪市内だけを考えてもいったい1日に何台の自動車がエンジンをかけて走っているのだろう。だからその都会の温度が年々上がるのは、室外機の数と自動車の数の増に比例しているのではないか。

 その点自転車は、なんの害もおよぼさない。自分の足と心肺をきたえながら遠距離を移動できる。これ以上のメリットの多い乗り物が他にあるだろうか。

 すこしまじめになってしまったが、これを書きながら自転車に乗るひとがもっともっと増えることを望みたい。必然的にみんなの心はより健全になり、自動車が減り、ヒートアイランド現象も減るだろう。

 ところで久しぶりに通勤中あぶない場面に遭遇した。行きのコースで新なにわ筋といってかなり車線の多い広い道路だが、御堂筋のように外側と内側をしきっている箇所がある。僕の前の車が左折しだし、狭い道路へ入ろうとしたが、同時にそこから個人タクシーのクルマが進入してこようとしていた。タクシーは出てこないと、その左折車は道にはいれないのだが、急にタクシーが外側の道路をとびこえて内側車線に入ってこようとした。こちらも内側車線を走っているので、考えようによっては、それ自体も危険かもしれないが、外側も駐車している車が多かったり危険箇所が多いので、そこは内側を走っている。

 そのタクシーからあきらかにこちらが見えているはずなのに僕の進行方向にあきらかにぶつかるような入り方である。僕は思いっきりどなった。おそらくその運転手には聞こえているはずだ。僕もその前から「ひょっとすると入ってくるぞ」と感覚的に察知していたので、上手く交わしたが、なれていないロードバイクなら確実にぶつかって飛ばされているかもしれない。下手なタクシー運転手が多すぎる。それはタクシーに限らないが。

2006年8月24日 (木)

今週もいそがしい

 Dsc00028                                                     「おやじーズ」。これはぼくが活動している音楽グループ。本当は4人でスタートしたが、7月に書いたようにリーダーだったYさんは51歳の若さで昨年7月他界した。

 それで今の残りの3人でいろんな機会に演奏によばれ、でかける。おもしろいのは、みんな子どもたちが少年団に参加し、その父母として交流してきたのがキッカケだが、みんな同じコーポラス住宅の住人だ。

 今回あさっての土曜日「星空映画会」を開催し、運営する側になるが、また演奏もそこでしないといけない。当日の仕事はというと、朝は、9時から映画を映すための発電機を借りにいく。それからマイカーにスピーカーを積んで、町内にお知らせテープを流してまわる。スーパーマーケットは、少し立ち止まって音を流す。

 それから昼飯をたべ、2時には大井戸公園という開催場所に行き(もしこのブログを見てくれていて、近い人は是非来てください。阪急「武庫之荘」駅下車、南に5分の大きな公園で~す。映画は短編1つとメインが宮崎駿の「猫の恩返しです。)、スクリーンの設置、音響の用意、プロジェクターの準備をする。そして5時には、自分たちの演奏。他の出演者のBGMの用意、マイクを用意をし、いよいよ7時になると映写の準備。これがうまくいくとほぼ仕事は終わりだ。あとは映画がすべて終わると片付けをし、家に荷物を運び、宴会となる。

 一日はあっと言う間にすぎていく。おわるとくたくただ。しかし、1年に1回にメインエベント。手をぬけない。地域の親、子どもにとっても思いでになるはずだ。

 それから、そうそうこのブログを書き始めて2ヶ月になるが、グーグルの「通勤自転車」に検索で探していくと最近なんと2ページ目に入っていて、おどろいた。どういう順番かしらないが、とにかく嬉しい。ヤフーでは8ページ目。しかし、ヤフーの下に選択で|ブログ|をクリックすると、これは最新記事順になっているので、あけたとき一番あたらしいものが一番に来ている。ということは、やはり書き続けないとうしろに行ってしまうらしい。

 いままでだいたい言いたいことは書いたが、さらにグレードアップして、周囲の出来事にアンテナの感度をよくしていかなといけないか?

2006年8月23日 (水)

通勤時デイパックの中味は

 今日は今週3日目の自転車通勤。累計96kmを走った。しかし、行きは、シマノのHさんに遭遇。後ろから追っかけてきた。さすがに今日も暑い。信号が青になって、いきなり抜かれた。しかし無理して追いかけない。

 ところがだんだん足の回転がよくなってくる通勤後半追いかけようとしてしまう。途中スピードメーターが44kmを表示。しかし追いつかない。聞くと今日の自転車は、2006年式トレクのロードレーサー。青のフレームがさえる。それだけ調子いいのか、飛ばしている。おかげでこのブログを書いてる夜は疲れぎみである。

 さて、今回毎日デイパックを抱えて通勤しているが、その中味を公開したい。

Dsc00018 ごらんのとおり、職場で着替えるワイシャツ、ネクタイ、汗を拭くタオル、ハンカチ、なおズボンは一週間交代なので、週半ばは職場においている。あとは財布、免許証入れ、昼休み読む本、家の鍵。

あと、修理道具は最小限に必要なもの。携帯用空気入れ、タイヤチューブ1本、チェーン切り、タイヤはずし2個、その他携帯用ドライバーセット、10番の単体スパナ。Dsc00022

以上で基本的な調整、パンクの場合の対応は充分である。

その他雨を予想して出かける場合は、モンベルの自転車用カッパは入れる。大分かさばりが担いでしまうと、肩は斜めになっているので、重さはほとんど感じない。それにデイパックがぬれるので、このカバンの下にカンガルーのように防水カバーが入っているので、いつでもOk.

これで台風以外は、どんな天候でも安心である。

明日もこれを全部デイパックに入れて走ろう。

2006年8月22日 (火)

自転車通勤増えてます

 今日朝いつものように通勤で走っていると、自転車通勤らしい人が増えたように感じる。特にロードバイクに乗っている人が多い。初めて見るヘルメットにレースウェアの青年を見たが、歌島交差点で左へ曲がってしまった。

 ひょっとすると5年以上国道2号線を中心に走ってきたが、多少はそれを見てくれていた人がいて、「かっこいいな。おれもやってみよう」と走りはじめた人がいたとしたら、考えるだけでうれしい。

 ただ帰り僕を抜いていくロードマンが一人いた。自分のスピートから考えると、37~38kmの時速は出ているようだ。ついていくことは可能だが、無理はしなかった。ただその彼は次の信号で赤になり矢印左折が出ているのに無視して直進していったので失望した。

 ところで先日アップしようとしてうまくいかなかった我が家の庭の姫りんご(バレリーナツリー)と亀くんを今日アップしよう。バレリーナツリーは10個以上なっていて普通のりんごより半分ぐらいの大きさ。食べてみるとすっぱい。いつごろが食べごろなのかわからない。

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ツールド・フランス顛末

 7月の終わりに出たツールド・フランス総合優勝者フロンド・ランディスのドーピング検査陽性の記事のことを書いたが、昨日待ちにまった「サイクルスポーツ」誌を買ってむさぼるように読んだ。

 やはランディスは2度目の検査でも陽性ということで、その雑誌でもほぼ優勝剥奪はまちがいないというか書き方になっていた。ただパルテ・エスパーニア、ツールド・スイス、ジロ・デ・イタリアの優勝者もそれぞれドーピング疑惑があるというから驚きである。

 今年のツール2位のオスカル・ペレイロのことをひいき目で書いたが、彼は無欲に見える。ランディスはもともとMTB選手で、そのころから、ひそかにツールド・フランスでの優勝を夢見ていたとのことなので、本当に自転車スポーツがすきなんだと思うが、今年しかそのチャンスはないと自分に言い聞かせ、あの16ステージで10位に後退したあと、あきらめきれずに筋肉増強剤の薬を飲んでしまったものと想像できる。異常な執念だが、スポーツ本来のあり方としては邪道だと思う。それにツールド・フランスの伝統が崩れおちるのではないかと心配だ。

 ただ僕は以前書いたように疑惑が出る前から、15、16ステージのランディスを見て直感的にこいつは好きじゃないと思った。それはアメリカ人に対する自分の偏見もあるかもしれない。つまり金とすすんだ科学技術を使ってうむをいわさず勝利を得ようとするのがアメリカのチームに感じる。逆にヨーロッパでは100年以上受け継がれ、たくさんの庶民から身近なスポーツとして受け入れられてきた。そのことに敬意を評してきたので、ひたむきなヨーロッパ選手にエールを送りたいのだ。

 アームストロングも初めて優勝した時は衝撃的なデビューに見えた。なにせガンをわずらって、わずかの間に総合優勝できる精神力を見につけたように見えたのだから。しかし2年目からは、ぼくは彼のライバル、東ドイツ出身のウルリッヒを応援してきた。

 登りレースでは人間とは思えない回転力のスタンデイングホームで上っていくアームストロングに対し、シッテングをほとんど崩さず、しかも思いギアでこいでいくウルリッヒは無骨に見えるが、くだりの技術とタイムトライヤルはかっこいい。彼のほうに人間を感じる。

 今新書でベストセラーを続けている「日本の品格」の藤原元彦氏は、ヨーロッパ社会は、キリスト教的合理主義が支配するところだと批判し、日本人は世界の中で情緒を重んじる優れた人種だと言うが、僕はそのまま納得できない。今の日本は大消費社会であり、伝統建造物をこともなげに壊し続けている。さかのぼれば、あの六甲山も江戸、明治初頭まで、炭用に木を切りすぎて、禿山だったのを、明治にはいって神戸にやってきたヨーロッパ人が植林をはじめたということだから、里山の伝統とちがう事実もある。むしろイギリスはじめ、植民地侵略の歴史は消しがたいが、自然をうまく人間の力で作り上げている。

 日本人もここらで目をさまして、本格的に伝統を残しつつ、新しい街をつくっていく流れを作っていくべきだろう。

 話がとんでしまったが、権力、金力で他国をおさえつけようとする今のアメリカの風潮と、それに乗っかろうとする優柔不断の日本の統治者や、格差社会を容認している世相は、このへんでおさらばにしてほしい。

2006年8月20日 (日)

日曜日の出来事

 今日は日曜日。いよいよ今週土曜日に毎年開催する星空映画会のため、その準備がいろいろあった。

 ただ午前中は僕jのマンションの夏の大掃除。コープラス住宅としやってきたが、夏の大掃除と冬の大掃除と餅つき大会が16件の交流の場。僕は自分の家の路地の雑草取りとドブさらい。9時からはじめて2時間ぐらいかかった。しかし住んで11年目、2軒は当初の住居者から子どもの世代に代わっている。あと10年すると老人と若者の住む混合マンションになって行きそうだ。

 Photo_36 夕方になって、3男の自転車が2日ほど前パンクしたということを思い出し、今日なおすことにした。うちの自転車は10台ぐらいあるが、すべて僕が保守、修理管理している。実は僕自身、自転車整備士の免許をもっている。これは国家試験ではないので、それほど権威はないが、車輪の組み付けくらいはできる。ただ今回やったパンク修理はどうも苦手だ。コツは知り合いの自転車屋で教わったが、シールをはがすのがうまくいかない。今回も2回目で何とかなおった。

 

それPhoto_37から2男の自転車を紹介するが、これは、彼がインターネットから1万円ぐらいの折りたたみ自転車を手に入れたもの。おそらく中国製だが、フレームの材質が悪いし、後輪ブレーキもチャチだ。あるとき駅前においておいて、フレームをまげられ、ペダルのクランクまでまげられて、あわや廃車寸前だったが、僕がリニューアルした。おかげで近所などは僕が愛用している。 おもに直したところは車輪自体をリムとスポークを知り合いの自転車屋から取り寄せて、滋賀県今津のログハウスにいって、薪ストーブにあたりながら、くみ上げた。

 後輪ブレーキも日本製に交換してなんとか収まった。前輪のハンドルとファークをささえる部分のベアリングも交換した。今はブレーキの効きぐあいが最高だ。

nitiyoubi

2006年8月19日 (土)

雨の中の通勤サイクリング

 今日は昼から出勤だが、理事会がある。今週は2日しか働いていないが、中味の濃い2日であった印象があり、その疲れが今日出た。

 昼前、ソーメンを食べて、12時過ぎに家を出た。もちろん自転車で出かけた。その前に朝「純情きらり」をじっくり見たが、昨日予告したとおり、ちょうど東京大空襲のシーンだ。これは今は亡き、林屋三平の奥さん、海老名さんがアニメにもしているので、その悲惨さは知識としては知っていただけに配役の中で何人かは死ぬのではないかと気がきでなかった。しかしアメリカも残酷なことをするものである。あきらかに東京市民を狙った蛮行である。しかも聞いたところによると、事前にアメリカのスパイが東京都市部を空襲を想定して綿密にどうしたらたくさん殺せるか調査していたということだから、罪は思い。ナチスドイツを攻めるのと同じくらい歴史の中では残酷事件だ。なにせ10万人がいっぺんに黒こげになって死んでいったのだから。

 そんなこんなで家を出たが、空は曇っていたし、テレビの天気速報で阪神地区の大雨警報がでたぐらいだから、暑くないだろうと思ったが国道2号線の温度表示は33℃。走るほど暑さを感じるようになってくるし、向かい風だし、通勤経路後半いつもにない疲れと暑さを感じた。やはり昼出発は異常だ。

 理事会は4時過ぎに終わり、早く終わったら、尼崎の銭湯で温泉を掘り当てた蓬莱湯に一度行こうと思っていたので、「これチャンス」と阪神「センタープール前」東の蓬莱湯を目指して走った。番台で思わず「初めてなんです」と言ってしまったが、若主人はとつぜん何を言い出すんだとばかり顔をこわばらせているように見えた。入湯料金は360円、それに携帯型石鹸、シャンプー、リンスを買っても450円という低価格。早速中にはいると、昔ドララがあった「時間ですよ」に出てくる銭湯とよく似ている。下駄箱で100円払わないといけないようなことは何もない。

 浴槽も銭湯スタイルそのものだが、真ん中の浴槽は、においから温泉である。硫黄のようなにおいがする。入ったところに案内では、ボーリングで700m掘ったそうだ。真ん中の浴槽に入り、体、頭を荒い、サウナに入り、水風呂に入り、「主湯」と書いているところに入り、風呂を出た。着替えていると風呂屋のおかみさんが、着替え場横のドアをあけてくれたところ、大粒の雨。「通り雨だよ」と言われたが、番台の休憩場に方に移動し、ポスターにあった「生ビール.300円」を味わうキッカケができた。休憩場と言っても8畳ぐらいしかないが、雨のせいで8人ぐらいがたむろしている。その時番台はおとうさんに替っていて、すこし要領を得ないかんじだが、300円を手にもって「生ビール一杯」と叫んでしまった。狭いカウンターの椅子に腰掛、窓の外を眺めた。雨が大粒で落ちてくる。屋根の下がら流れる雨は3倍ぐらい大きな粒で、それが雨の強さなのかと錯覚してしまいそうだ。

 ビールが空になり、どうしようかと躊躇したが、着ているものはサイクリウエアとレーサーパンツ。水着を着ていると思ったらどうってことはない。風呂屋玄関を出た。でもやっぱりまだ大粒の雨だ。しかたなく帰り道を走る。できるだけクルマと遭遇しない川ぞいを走り、家まで20分ぐらい走った。この涼しさは格別だ(飲酒自転車運転は邪道です。まねしないように!すみません)。

 家へ帰るとまたシャワーに直行。ただし息子がインターネットがつながらないというので、機械をチェック。何とか修復して、シャワーを浴び、でてきて胡坐をかいていると眠くなってしまった。蓬莱湯の温泉度が影響しているのだろう。やはり今日の温泉は本物だった。

2006年8月18日 (金)

雨あがりの通勤サイクリング

 昨日は夜会議があり、堺筋本町に行くので自転車を職場に置いたまま電車で出かけた。それで今日の朝も電車で通勤。帰りは管理職の役割りとして残業せざすをえなかったが、自転車で帰った。夜7時半になっていた。

 ところが、着替えて外に出ると空はすでに真っ暗。サングラスはすでに紫外線よけで黒に近いレンズをつけているので、装着は危険。めがねなしで帰った。ただ、素顔状態で帰ると、なぜか感じがちがう。一般自動車で、ロードバイクに乗っている感覚だ。へんな言いかただが、逆にサングラスをつけていると少し変身しているような気持ちになっていたのかもしれない。

 きょうは帰り際雨がぱらついていて、すこし涼しさがあった。でもやっぱり自転車通勤はあきない。ペダルは力をいれない状態。ただ、橋の手前の登りだけ少し力を入れている。環境になにも迷惑をかけていないという自負が出てくる。しかも燃料は自分が飲む水だけ。この愛車、ビアンキがいとおしい。

 ところで僕達夫婦には、4人の子どもがいて、長男と末っ子の唯一の娘はオーストラリアのタスマニア島で勉学に励んでいる。長男はちいさいとき絵本を読み聞かせしすぎたせいか、口が達者だ。しかし友達も彼のはじめたブログで指摘するんだが、少し浪費家。先日もこちらに請求がくるカードで金を使いすぎることが分かり、電話で怒ったばかりだが、2.3日前、カンボジアに最近旅行に行った折の土産をメッセージなしで送ってきた。すると親は、怒りを薄めてしまう。親ばかだ。

 娘は、英語の習得に頑張っているが、学校の実習で、オージー相手のマネージメントの実習があったとかで、うまく英語が話せていないと指摘されて、住む場所を、オージー(純粋にオーストラリア人)の家族のいるホームスティに契約しようと今日面談に行っているはずだ。今家にいる双子の次男、三男も自分なりの志があり、それぞれ最近までイギリスに行っていた。今家にいるが、2人ともまた外国でのアパレルと靴職人修行をめざしている。

 かれら4人と、10年以上前、毎年冬、夏と旅行をするのが習慣だったが、その一つで、5月連休に琵琶湖一周を全員自転車で、2泊3日の旅をした。完走して琵琶湖大橋手前の今は閉鎖された琵琶湖タワーにたどりついたときは感激だった。とくに末っ子の娘は小学2年生だったと思うが後半さすがに疲れていたのでなおさらだ。その旅で2日キャンプした思い出は忘れられない。とくに2日目80kmぐらい走ってマキノ知内浜に夜7時ごろ到着したが、キャンプする場所がなく、トイレの裏の空き地にテント2つ張って寝た。朝、目が覚めるとカゼがびゅーびゅーテントを揺らしていたが、その怠惰な感覚が忘れられない。

 双子の2人はその2年ほど前、同じく琵琶湖につれていき、3人で一周を試みた。ふたりは小学4年生だったが、途中休憩した瀬戸物屋らしきところのおじさんに「こんなさむいときにかわいそうなことをするな」と言われた。たしかに11月23日に決行したので、今かんがえると無茶なことかもしれない。近江舞子という場所から琵琶湖タワーの観覧車をひたすら目指して走った。途中3男がさすがに暗い歩道で少し眠気があり、真正面の壁にぶつかり、倒れて泣きべそをかいたが、この2人は当時寡黙でがまん強い。父親に甘えきれてなかったのかと反省するが、琵琶湖南の湯浅キャンプ場に着いたとき、夜8時をすぎていて、管理人はがんと「今から入れられない」と行っていて押し問答になったが、2人の息子が入り口で顔を出すとかわいそうに思ってくれて、「そんな子どもがおったんか。そんなら適当に場所探してテント張って」と入れてもらえた。さっそくレトルトカレーを作り、2人用テントで体を寄せ合って寝た。ランタンが故障していたのも思い出す。その時は結局無理せず、彦根城で観光し、町に自転車をおいて、スタート地点の木之本まで電車に乗って、車を受け取り、彦根までもどって、自転車をクルマに積んだ。それでよかったと思う。しかし100km以上は走ったはずだ。

 今その子ども達にそのころのことを聞くと、楽しかったという。この前の北海道旅行はその次男、三男がいっしょに旅をした。年齢は23才になった。

 そんな体験が今外国に羽ばたこうとする思いに繋がっているのかなとも思う。ただ僕もその後何回も琵琶湖を一周したり、車でまわったりしてきたが、いつもそのころの場面が、やきついていて、同じところを通るたびにジーンとなる。これは今後もずっとそうかもしれない。

2006年8月17日 (木)

お盆明け通勤自転車

Photo_35 一週間ぶりの通勤自転車。ところで今日朝5:00頃、目を覚ますと、首と耳の後ろにあせが噴出してくる。屋外は昨日朝より暑くないようなのに今日はなぜだろう。台風の影響で湿度がかなり高いかもしれない。

そんなこともあって、道路が暑くても、自転車で風を切って走っているほうが、昨日おとといの室内の暑さに比べると楽に感じた。ウエアは最近買ったお気に入りの赤のシマノのネームが入ったシャツに、クロのパンツ。汗をかいてもさらっとしている。ただし道路温度表示は31℃をさしている。なにべく脚を使わないように気をつけ、まわすだけ。きょうはいつも会うロード仲間のHさんに会わなかった。モンベル社の友人も、たしか盆があけたら、梅田のギャレに業務が移動になり、自転車を止めるところがないので、通勤自転車を諦めているかもしれない。

 職場のエアコンがこんなに気持ちがいいと感じたのは、おそらく1年ぶりだろう。

 それからこの2.3日報道によると、ツールの優勝者ランディスがやはり失格の公算が強いようだ。20日発行のサイクリング雑誌に注目しよう。

2006年8月16日 (水)

お盆休み最後の1日

 きょうはお盆休み最後の日である。午前中は娘に仕送りを郵便局で済ませ、そのまま「やまとの湯」(スーパー銭湯」に出かけた。やはり温泉でのサウナ、水風呂、露天風呂の入浴はきもちがいい。昼めしは家に息子二人残してきたので、この温泉で昼食をとらず、すぐそこを出て、コープ神戸の店に直行。さば寿司とろろそばを買い、夜はお好み焼きにしようとその材料も買った。ここでさいきんよく感じることだが、幻滅することがまたあった。それは尼崎のおばちゃんに多い行為だが、レジで支払いを済ませ、コープでは買い物袋を有料化し、「5円入れてください」と書いてあるのに、無視してどうどうとただで袋を引き出すおばちゅんがいた。ちゅっと注意しようかと思ったが、それはせず、その人にわかるよう5円を出してもう1袋とるため、料金箱にそれを入れた。

 もうひとついやなことは、すぐそばが商店街で、自転車の通行は、降りて押してくださいと表示してあるのに、堂々と乗ったまま移動する人の多いことだ。嘆かわしいかぎりで、いつもいやな思いをする。

 そのなこんなで家に帰り、昼食のあと、NHK衛星第2放送で映画「二人で歩いた幾春秋」を見た。おそらく昭和30年代の映画だと思うが、主演は佐田啓二(中井貴一の父親で故人)、妻役は高峰秀子。甲府の町で戦後復員してきた主人公は、学歴、手に職もなく、収入の少ない道路工夫を続けていく。妻も主婦から、会社のこずかいとして働く。二人の希望はたった一人の男の子の成長。ほのぼのとした会話が続いていく。息子も親の職業については、恥ずかしく思っているが、両親には強い愛情を感じ、やがて京都大学へ進学、そしてまずしい学生生活で一時は挫折するが、父親の強い思いと、母の思いに報いよう再び頑張って卒業する幕切れ。息子のフィアンセはなんと若かりしころの倍賞千恵子である。

 両親は上司や偉い人にひたすら頭をさげ、ささかやな家庭を守っていく。息子に会いに京都へ来たとき、昼の食事で百貨店の食堂に入るが、カツどんにしようか、親子丼にしようか妻は値段のことを考えて、本位ではなくても安いほうを選ぼうとする。夫はカツどんでいいじゃないかと言う。貧しい庶民のごくありふれた場面だが、とても身につまされる。しかしきれいな人間関係が強烈なのだ。

 あとちゅっと驚いた場面があった。京都大学の入学式と卒業式の場面で、演壇をなにげなく見ると日の丸などどこにも飾っていない。卒業式で歌っているのは君が代ではなく、「仰げばとうとし」。戦後はこんな時代があったのだ。いつから国家、国旗を執拗に入れようとしだしたのだろう。「青い山脈」という映画もそうだが、戦後の平和と自由を謳歌しようとする雰囲気が画面の中にあふれている。とても考えさせられる映画だった。

 夕方は、昨日の午後の暑さの体験から、ひたすら地価収納庫(1階と5度は温度が低い)でビーパル(アウトドア雑誌)を読んでいた。明日はまた出勤がはじまる。ロードバイクのタイヤに空気を入れなおしておこう。

 

2006年8月15日 (火)

暑い、暑い8月15日

 昼前より異常に暑い。今日母が入っている西淀川区のグループホームへ会いに行った。実は母は4年ほど前、台から落ちて右肩の骨を折ったことがキッカケで3ヶ月寝込んでしまい、それで認症がすすんでしまった。僕の顔は忘れていないが、一時はあまりあるけない状態だった。ホームでの親切な介護で大分元気になっていた。

 しかし行き帰りの車は、なにせ20年まえ製造のニッサンプレーリーだけにこの暑さに勝てず、エアコンが途中から暖房状態に変わってしまう。窓をあけざるをえない。そして昼は昼寝をしていたが、暑くて汗がたらたら出てくる。なにせうちの家にはエアコンは奥の子どもの部屋のみ(この部屋はエアコンがないと特別暑い)。リビングは扇風機のみ。和室のわれわれの寝室もなにもない。したがって、ベランダは、すだれを全面にたらし、外は水を撒き、シャワーを繰り返し、暑さにたえている。しかし、冷房の健康への被害はまずない。

 ところで今日朝、純情きらりを見ようと朝7時にはおきていたのに、小泉首相の靖国参拝報道でNHK衛星放送では肝心の放映が大幅に遅れた。いい迷惑だ。ついでに靖国参拝の画面を見ていて一言言いたい。首相官邸から靖国神社まで車で10分というアナウンス。それを首相はあれだけクールビズと叫んでおきながら公用車6台ぐらい連ねて出かけていた。「そんな距離くらい自転車で行けよ」といいたい。眉間にしわをして、たいそうにモーネングを着ては出かけていったが、それだけ戦没者を拝めたいなら毎日いけよと言いたい。それも普段着で。ただ僕は靖国神社には一言あるぞ! なぜ横の遊なんとか館ではゼロ戦をかざったり、戦争を正当化するパンフを配ったりするんだ。もう一度戦争時代を作りたいからじゃないのか(今日はビールを2杯飲んだせいでよっぱらっているのでお許しを)。

 それに小泉首相が本当に英霊を供養したいと思うなら、国の一番の責任者として、中国、韓国、アジア諸国にあやまり、日本の犠牲者には全国各地の墓に参拝するべきだ。また広島、長崎の原爆投下の責任国アメリカにもっとその責任を問うべきではないのか。

 そのことなしに今の憲法はもう古いだの、教育基本法は古いだのいう資格はない。暑いせいで頭がヒートアップしてきた。古いのは君が代、日の丸だ。そろそろそのほうを本当の今の国民にあったものにかえるべきじゃないのか。戦争時代からそれをみんなが拝み戦争に駆り出していった、そんな国家、国旗を「戦争はもうしません」と誓ったままいまだに使っている国がどこにあるだろう。

 日本の祖先をさかのぼれば縄文時代が長いあいだあった。おそらくその時代は戦争がなかった。他の国の人々を受け入れた。だから武器などなかった。それが沖縄、琉球国の時代に繋がっていると思う。日本人の心の中には平和のDNAが眠っている。これは誇るべきことだ。しかし日本で戦争しなかった時代は、縄文がなくなって以後、徳川250年?と戦後61年だけだ。この戦後を大事にしないといけないと思う。戦争をけしかけ、本当に裏で操作してきた人々は決して責任を戦後取っていない。そのままほとんど寿命をまっとしてしまった。その2世、3世がまた国の中心の多くいるらしい。300万人以上の人々がみずからのずむことなくマインドコントロールにかかったり、人質状態で命をおとした。これは人間の悪行としかいいようがない。

 今日は本当に暑い。頭がどうかしている。

夏の北海道旅行続編

 昨日は、写真をもっと入れようとしたが入りきれなかったので、名作品写真をアップしたい。

Photo_31 まず親子の木。壮大な丘の上に3本の木が立っている。

Photo_32

次はセブンスターの木。

家族が木の下にいても、コマーショルのスチールのように見える(これは言いすぎか)。

Photo_33 ファーム富田というところで着かけた中高年夫婦。思わず妻いわく「わたしらも自転車で行きたいね」。ただこんな暑いときには行きたくない。なにせ北海道といっても31度はありそうだ。

Photo_34 最後は、旭山動物園で一番シャッター画質がよかったワニの写真。

やはり独特の殺気をなげかけていた。

2006年8月14日 (月)

夏の北海道旅行

 前日超過密の仕事、夜は先日書いた送別会で演奏と、翌日朝5:00起床で伊丹発8;15の便に乗るため、あわただしく、北海道2泊3日家族4人旅行に出かけた。Photo_22

Photo_24 1日目は、千歳空港に10時40分ごろ着いて、レンタカーの手続き。新婚旅行以来のレンタカーでの移動である。妻が先に手続きしていたのだが、車のメーカーはトヨタ。車種は彼女もどんな車かわからず、結局それはウィッツだった。少し小型なんので4人で移動するには不安に思ったが、結果的には良好だった。

しかし、はじめてのカーナビ利用。最初息子2人もとまどうくらい、うちの家では扱ったことのない未知の領域だが、だんだん慣れて、知らない土地ではこれは優れものだと機械に感化されてしまい後になるほどカーナビ中毒状態。目的地ごとに、パンフで場所の電話番号やその名前を入力しながら移動した。ただ目的地の近くに入ると急に不親切になり、「まもなく目的地周辺です」とアナウンスがあるだけ。自分でさがさないといけない。最初の層雲峡観光ホテルも道路を走っている途中、パンフで見た写真と同じ建物を急に発見し「これかも」という感じfで入り口付近に車を進めた。

 2日目はいよいよ待望の「旭山動物園」。写真のように9時半開園で9時についたのに、もう長い列である。しかし中はそれほどでもなかった。Photo_25

アザラシ館では、これはベストショットと思ってシャッターを押したがごらんのようにアザラシは柱型の水槽を抜け出た後だった。しかし観客は、アザラシがここに現れtる度に「ワオー」という歓声。大人も子どもに帰ったような顔をしている。

昼はラーメン村にカーナビをセットし、移動。しかしここの待たされ方は半端ではなかった。40分ぐらい並んだか。昼からは、美瑛のラベンダー畑を楽しみに移動した。季節はすぎたせいでタベンダーは普通かれている。しかしこの風景をゲット。Photo_26

そのまま2日目の宿富良野のエーデルヴェルメへ向かう。外観は欧米風。ただ室内のバストイレのいり口ドアが割れていて、ガムテープを張っていたので、このホテルの自分なりの☆印がグっと下がった。ただ夕食はフランス料理。食膳のワインがサービス。ここでランクアップ。ここは冬スキー客を狙ったホテルらしいということで納得。Photo_27

3日目は念願の「北の国から」のロク地。このドラマに特にはまったわけではないが、ドラマ後期部分を大分見て、倉本聰の言おうとしたこと、つまり「人間は自分の手でものを作ることを忘れてはいけない」「ものを大切になんでも工夫して使うべき」など、今の環境問題が急にクローズアップされる前から主張していたように思う。だから特にガラクタの家と石の家が今も大切に保存されていると知って楽しみにしていた。そして現実は期待どおり。感激の対面だ。Photo_28 Photo_29 入場料も大人200円と格安。これも気のいった。

石の家では、ドラマで純(吉岡秀隆)が家に帰ってくるシチュエーションを思い出して見たが、現場ではよくわからない。受付のおじさんに聞いてみると熱をこめて語ってくれるし、しばらくしてから追いかけてき

2006年8月10日 (木)

職場の同僚定年退職送別会

 定年退職の職員の送別会に参加した。参加と言っても、また音楽の演奏とみんなで歌うコール。今回は「姉御」と呼ぶにふさわしい女性。もと新劇の女優で、今の職場に入ってきた。それから34年。一所懸命働いてきた感想が出席者から語られる。

 ただ、まだまだ働ける人だけにさみしいだろうなと思う。みんなで祝うことはうれしいが、明日から来なくてよくなる。そのさきやるべき課題や仕事が控えていれば、さみしがる必要はないかもしれないが、これと言ってない場合はさみしいだろうなと思う。あってもさみしいのではないだろうか。

 彼女は、美空ひばりがすきで、長島茂男がすきという。彼女の性格が良く現れているように思う。完璧なスターがすきなんだろう。それを自分にあてはめているのかもしれない。

 おかげで今日は自転車通勤は中止。明日から家族で北海道旅行に出るので、また3日は走れない。ただ、北海道に行って、夏休み自転車で入っている人がいれば観察しよう。

syokuba

2006年8月 9日 (水)

原爆投下の日に思う

 今日は長崎に原爆が投下されて61年目の記念日。自転車で通勤しながら、本当に暑いとつくづく思いペダルを踏む。こんな日に原爆を落とされたのだ。道路温度表示は1箇所目30度、2箇所目31度。道路は完全に昨日からのぬくもりをひきずっている。

 途中一人新顔の人が走っていたが、モンベルの青年、シマノの本格派の顔見知り2人に会った。道路は大分休暇をとっている人が増えてきているのか、尼崎を走っているときは車が少ない。しかし、大阪、歌島交差点にさしかかるといつもと同じだ。この交差点では、信号待ちしたくないと思った。まわりに日陰がぜんぜんない。3分はがまんしないといけない。腕や足にボトルの水をかけた。

 帰り福島区、阪神電鉄の野田阪神駅前で戦争反対の示威活動をしている姿があった。レセ・パセの映画でもドイツ占領に抵抗する人々の姿が描かれていたが、どんな戦争であっても一般市民がたくさん犠牲になることは変わらない。戦争したいものだけで、遠くの大地で戦えばいいと思う。

 帰り道、国道を離れ、普通の道に入ると、無灯火の自転車がいっぱいだ。こちらがサングラスをかけていて、8月にはいって7時をすぎた時間でかなり暗くなりかけているため、周りはかなり暗い。ひゅっと交差点で無灯火でまがってくる女性の自転車があった。もっとお互いの危険に注意する意識をもってほしい。命のたいせつさは戦争時代だけでなく、今のような平和な時代でももっと考えるべきだ。

2006年8月 8日 (火)

須磨で会議に参加

Dsc00021 少年団キャンプから帰ったと思ったら、翌日から、仕事の関係で近畿ブロックの会議。会場は神戸の須磨海岸にあるシーバル須磨というところ。よく考えてみると以前2回阪神淡路大震災前にここに来ている。しかしその時は国民宿舎「須磨荘」だった。震災で解体し、新しい建物になったらしい。ホテルのような様相だ。

しかし、すぐそばに真っ赤な灯台のメモリアルがあり、松林は、以前と変っていない。また宿泊と別で一度5年ほど前、海水浴をしたくて、一人で尼崎から自転車でやってきて、1時間ほど水につかり、また自転車で帰ったことがある。そのときなぜか公園でフルチンのおじさんがいて台の上に立っていたことがあり、変な人がいるなと頭にやきついている。

でもここはむかしきっとすばらしい景色の景勝地だっただろうと思いをめぐらす。今はこの季節若者たちが、JR須磨のすぐそばでいもを洗うように泳いだり、遊んだりしていた。

また、今年か来年、自転車で来てみたくなった。

2006年8月 7日 (月)

映画レセ・パセについて

 うちには6畳以上のスペースで地価収納庫がある。これが僕の隠れ家兼資料室兼物置だ。つい2日前そこにおいてある机をいじっていると映画のパンフレットを見つけた。4年前かに見に行った「レセ・パセ」だ。すっかり忘れていた。

 あらすじは映画助監督の主人公が、ドイツ占領時代、映画製作の仕事とレジスタンスと行って地下の抵抗活動、家族を守ることを一生懸命やっていく姿を描く。主役俳優はジャック・ガンブランという。妻と小さな子どもを田舎にあずけ、週末になるとなんと380kmの道のりを自転車で会いに行く。その走る姿が映画を見ないと想像がつかないが、かっこいい。ロードバイクでないが、細いタイヤの自転車で前の台に「男はつらいよ」で寅さんがもっていたようなハードケースを積み、田舎道をひたすら走る。決してまねのできないことだ。最後の場面もレジスタンスの同士のところに行くため、ドイツに占領されている撮影所と決別し、17時間かけて走りぬく。なんともいきな映画だ。そしてフランス映画の心意気を感じた。

 続きは後日。もう今日、近畿規模の事務局長会議があるため、会場の須磨にむかって出かけないといけない。ただし昼真っ盛りの移動なので、今日は涙を呑んでJRで向かう。

乞うご期待。

2006年8月 6日 (日)

少年少女を育てる大阪センターキャンプファイアー

 Dsc00011 おとといから今日まで、少年少女を育てる大阪センターのキャンプに出かけた。場所は、毎年固定しているが、岡山県鏡野町の泉源キャンプ場だ。小学4年生から中学3年生までの子ども達を、青年、高校生指導員が直接援助しながら5日間自分たちで食事を作ったり、150人ぐらいのゲームをしたり、話し合ったり、それはキャンプが始まる2ヶ月まえから準備を始める。

年齢の違う小中学生がいっしょに行動する。親や親のOBがその運営の裏方を引き受ける。すでに20年以上かかわる親もいるが、犠牲的精神だけでは続けられるものではない。自分なりの存在価値を見つけ、親どおし交流し、たわいのない話もし、自分のこやしにしているのだろう。Dsc00002

そういう僕も自転車にのめりこむキッカケはこの少年団活動だ。それは、僕の子ども達が現役で団に入っていた小学生時代からだが、地域では、親がかかわって大きな遊びをやろうと、淡路島半周サイクリングを企画した、僕がなりゆきで企画責任者になったのだが、まず淡路島の下見として実際に考えたコースを走ってみた。それを2年にわたってコースをかえてやった。なんといっても潮風を受けえながら30人以上に先頭で走るのは、責任を感じるが、とても気持ちがいいものだった。以来自分でどんどんいろんなコースをサイクリングコースを案内した本をあさりながら体験していった。はては家族6人全員で琵琶湖1周サイクリングも実行した。

 それが今日の通勤自転車に繋がっている。また転職まで考えて、自転車整備士の免許まで取ってしまった。その後ツール・ル・ド・フランスツアーに参加し、フランスまで行った。

 今年のキャンプに参加してみて、あらためてこの子どもをめぐる事件の多い世の中と対比して考えると、異年齢の少年たちを核にして親、地域がその育ちにかかわっていくというスタイルと組織、活動は、とても貴重なものなんだなと思う。きっと誰でも人間は一人でがんばっても、自分の力だけでは生きられいものなんだ。多くのつながりが子どもを育て、親、大人も育ち、他の人から学ぶ。

 ところで、キャンプファイアーの写真を撮ったが(うつりはイマイチ)、現場の歌、踊りを通じた連帯感はすごい。びんびんファイアーの番をする親にも響いてくる。できれば子どもにもどっていっしょに踊りたい。とにかく他人と連帯感を持てたと感じる機会などそうあるものではない(ただ、オカルト集団のマインドコントロールとは違う)。でもそれがあると人間は明日も元気に生きていこうという人がもっと増えるはずだ。そこに確信をもちたい。

※映画レセ・パセの紹介は明日におあずけ。

2006年8月 4日 (金)

休日の用事を兼ねたサイクリング

 今日はひざびさにウイークディに休みを取った。というのは、今日夜から、昨日書いた少年団キャンプに仲間の車に便乗して出かけるので、(仲間といってもみんな家族のいる中年のおばさん1人ーやや若いーとおじさん2人)。その準備に時間がほしかったことと、来週出発する家族北海道旅行に残金を払いに神戸三宮JTB案内所にいかないといけないためだ。

 そこでJTBには午前中に行く事にしたが、計画どおり自転車で行くことにした。朝9時10分ごろ家を出て、まず駅前の銀行へ金を下ろしに行き、それから出発した。国道2号線をいけば神戸へ出る。朝とはいえ日差しは強い。今日はいつものディパックをしょわずに最近買ったウエストバックに財布と帰りにスーパー銭湯にいこうと、着替えをいれ、パンク時の道具はサドルの固定できる小型バックに入れた。ボトルはもちろん2本。

 国道2号では、信号待ちで必ず日陰に入ったため、暑さはあまり感じない。途中ロードバイクに荷物をつけた一見学生で遠距離を走っているとわかる青年2人に会う。すこし会話し、先に進むが、なんとか着いてくる様子。聞くと広島まで、昼休憩しながら夜はしり、翌日早朝に着く予定とのこと。自分のことも毎日尼崎から難波まで自転車通勤しているというと驚いていた。サングラスとヘルメット姿なので彼らに僕が何歳に見えたが分からないが、自分たちの親ぐらいには思っているか。そのうちはなれてしまったが、無事目的地に着くことを祈りたい。

 そのうち三宮の道路表示が現れてくる。しかし神戸は灘区に入るあたりから、道が分かれるところが多いので、難しい。目的のJTB案内所へは10時50分に着いた。以外と時間がかかった。ただし以前東灘のだらだら上り坂で苦戦したことがあるが、それは通勤自転車を始めるずっと前で、自転車以前乗っていたのより性能はいい分当然だが、難なく上れた。やはり体力と技術は向上しているのか。平均時速も30kmはあると思うが、ほとんど力を使っていない。

 手続きを無事すませ、さっそく逆コース。今度は西宮の「熊野郷」温泉をめざすため、ダンプが多く、車線も3列以上ある国道43号線を走った。産業用道路といわれるくらいでさすがに左側はほとんど透明の壁で遮断されているため、駐車している車はない。おかげで、追い風では、ギアを2つ重くして40kmで楽に走れる。神戸をすぎ芦屋に入るとあっという間だった。ただ熊野郷はずっと43号線よりまだ南にあるため、武庫川女子大学の交差点で右へ曲がる。ここでおどろいたのは、人と普通の自転車では東西南北すべて道路を横断できないようになっていること。これは以前から事故が多いところなのか、人や自転車はいまや時代の遺物となりつつある陸橋を上るしか道がない。しかし人間をバカにしたやり方ではないか。いくら車が多く事故がおこりやすいとしてもスクランブル信号にすればいい話だ。まして大学に通う学生は不便なんではないだろうか。いまや陸橋など渡らなくなりつつあるのに、驚いた。

 温泉について12時をすぎていたが、湯につかり塩サウナに入り、いい気分。何回来ても天国に思える。700円なら安いものだ(ただ毎日来るには高い)。

 家までの帰りは武庫川の自転車道路が安全なのでそのルートで行き、30分ほどで着くのだが、この時間、つまり1時30分ごろが一番暑さが堪えた。

 とりあえず今日50km走ったとして今週累計146kmになった。明日、あさってはキャンプ場なので走れない。ブログも明日のみ休み。あさっては今日ふと思い出した2002年度ベルリン国際映画祭銀熊賞のフランス映画「レセ・バセ」を紹介したい。これは自転車のことが出てくる映画だ。

 きょうの「純情きらり」で拾った名言「人間は悲しいときでもいつまでも絶望的になっていられないもの」。これは、姉桃子が看護している傷病兵に言った言葉。もうひとつは隣組のとり仕切りのオヤジ(なぜかさきほどの傷病兵の父親)が桜子の使っていたピアノを軍事供出のため、持っていってしまって、このご時勢にピアノを引いている場合ではないと捨て台詞をはいたが、桜子が編曲した日本歌曲がラジオから流れ、入院中の負傷兵の息子がそれを聞いて生きる気持ちになったことを見て桜子にこう言った。「私は間違っていた。音楽は人の心を変えるんだね」

休日の用事を兼ねたサイクリング

 今日はひざびさにウイークディに休みを取った。というのは、今日夜から、昨日書いた少年団キャンプに仲間の車に便乗して出かけるので、(仲間といってもみんな家族のいる中年のおばさん1人ーやや若いーとおじさん2人)。その準備に時間がほしかったことと、来週出発する家族北海道旅行に残金を払いに神戸三宮JTB案内所にいかないといけないためだ。

 そこでJTBには午前中に行く事にしたが、計画どおり自転車で行くことにした。朝9時10分ごろ家を出て、まず駅前の銀行へ金を下ろしに行き、それから出発した。国道2号線をいけば神戸へ出る。朝とはいえ日差しは強い。今日はいつものディパックをしょわずに最近買ったウエストバックに財布と帰りにスーパー銭湯にいこうと、着替えをいれ、パンク時の道具はサドルの固定できる小型バックに入れた。ボトルはもちろん2本。

 国道2号では、信号待ちで必ず日陰に入ったため、暑さはあまり感じない。途中ロードバイクに荷物をつけた一見学生で遠距離を走っているとわかる青年2人に会う。すこし会話し、先に進むが、なんとか着いてくる様子。聞くと広島まで、昼休憩しながら夜はしり、翌日早朝に着く予定とのこと。自分のことも毎日尼崎から難波まで自転車通勤しているというと驚いていた。サングラスとヘルメット姿なので彼らに僕が何歳に見えたが分からないが、自分たちの親ぐらいには思っているか。そのうちはなれてしまったが、無事目的地に着くことを祈りたい。

 そのうち三宮の道路表示が現れてくる。しかし神戸は灘区に入るあたりから、道が分かれるところが多いので、難しい。目的のJTB案内所へは10時50分に着いた。以外と時間がかかった。ただし以前東灘のだらだら上り坂で苦戦したことがあるが、それは通勤自転車を始めるずっと前で、自転車以前乗っていたのより性能はいい分当然だが、難なく上れた。やはり体力と技術は向上しているのか。平均時速も30kmはあると思うが、ほとんど力を使っていない。

 手続きを無事すませ、さっそく逆コース。今度は西宮の「熊野郷」温泉をめざすため、ダンプが多く、車線も3列以上ある国道43号線を走った。産業用道路といわれるくらいでさすがに左側はほとんど透明の壁で遮断されているため、駐車している車はない。おかげで、追い風では、ギアを2つ重くして40kmで楽に走れる。神戸をすぎ芦屋に入るとあっという間だった。ただ熊野郷はずっと43号線よりまだ南にあるため、武庫川女子大学の交差点で右へ曲がる。ここでおどろいたのは、人と普通の自転車では東西南北すべて道路を横断できないようになっていること。これは以前から事故が多いところなのか、人や自転車はいまや時代の遺物となりつつある陸橋を上るしか道がない。しかし人間をバカにしたやり方ではないか。いくら車が多く事故がおこりやすいとしてもスクランブル信号にすればいい話だ。まして大学に通う学生は不便なんではないだろうか。いまや陸橋など渡らなくなりつつあるのに、驚いた。

 温泉について12時をすぎていたが、湯につかり塩サウナに入り、いい気分。何回来ても天国に思える。700円なら安いものだ(ただ毎日来るには高い)。

 家までの帰りは武庫川の自転車道路が安全なのでそのルートで行き、30分ほどで着くのだが、この時間、つまり1時30分ごろが一番暑さが堪えた。

 とりあえず今日50km走ったとして今週累計146kmになった。明日、あさってはキャンプ場なので走れない。ブログも明日のみ休み。あさっては今日ふと思い出した2002年度ベルリン国際映画祭銀熊賞のフランス映画「レセ・バセ」を紹介したい。これは自転車のことが出てくる映画だ。

 きょうの「純情きらり」で拾った名言「人間は悲しいときでもいつまでも絶望的になっていられないもの」。これは、姉桃子が看護している傷病兵に言った言葉。もうひとつは隣組のとり仕切りのオヤジ(なぜかさきほどの傷病兵の父親)が桜子の使っていたピアノを軍事供出のため、持っていってしまって、このご時勢にピアノを引いている場合ではないと捨て台詞をはいたが、桜子が編曲した日本歌曲がラジオから流れ、入院中の負傷兵の息子がそれを聞いて生きる気持ちになったことを見て桜子にこう言った。「私は間違っていた。音楽は人の心を変えるんだね」

2006年8月 3日 (木)

通勤自転車技術編

 きょうは、自分なりの自転車操縦法を紹介する。坂道での走行だが、普通の一般車(ママチャリ)に乗って川にかかる橋を登っている人を見かけると、ペダルを交互に踏み込みながら、超低速で運転している姿を見かける。一般車でも基本は同じだと思うが、足の回転を利用するのがコツだ。

特にロードバイクでは普通ビンディングのペダルをつけていて、シューズの裏がパダルにかみ合うようになっている。最初は違和感があるが、なれると圧倒的に走りやすい。

Photo_21 僕はこの写真のシューズを3年ぐらい愛用しているが、マウンテンバイクにあうタイプかもしれないが、裏に金属がついている。普通の道を歩いても歩きにくいことはなく優れものだ。これはシマノのSPDというタイプだが、他にものもある。これでペダルと固定されているので、普通の自転車のようにペダルを踏み込むことに集中するのでなく、右足が踏み込んでいるとき、左足は一番下の位置から引き上げる力が働く。このタイミングを訓練していくと回転力で楽に坂が上れる。

僕は毎日淀川大橋をわたっているが、橋の部分だけで800m。登りは400mだ。橋に入る前から坂があるのでそれを考えると500mぐらい坂を上る。しかし斜度10%もないので、平地と同じギアのままで、比較的楽に登れる。他のことを考えながら上っていると、上ったことも忘れてしまうほどだ。ただし橋を渡るとき川の上は障害物がないので、向かい風や横風があるとかなり力がいる。台風の近づく前のとき、乗ることがあるがさすがに後輪ギアを一つ落とす。

 今言った回転力ともう一つ需要なことは、変な力を要れず、できるだけ力を抜いてリラックスした気持ちでペダルを踏むこともコツだ。つまりそのほうが全身の力を使っているのだ。またもっと斜度がきついところも尼崎にあるが、その時は、頂点部分を見ず、とにかく我慢してひたすらペダルを回転させること。そのうち頂点にやってくる。

 この回転技術jは頭ではなかなか理解できないが、とにかく自分として軽めのギア設定をしし、よくペダルが回るようにする。1分間に90から100回転をめざすのもいい。単純なようで奥の深い技術だ。

ところで昨日は、自転車で通勤したが、初めて自転車を職場に置いたまま出先から電車で帰る羽目になった。これは、昼から高知県の林業などの説明会に仕事でいくことになり、一通り説明を聞いて午後4;30分で終わったが、高知の関係者と職場の展示会に出展してもらう件で、懇親会をした。おかげで、終わったのが午後7:30.。資料もたくさんもらったし、そのまま千里中央という駅から自宅に電車でもどった。

今週の走行は、昨日行きだけ、今日帰りだけ自転車ということで月・火と合わせて3日分96kmしか走っていない。明日は休暇をとって神戸に11日から北海道に家族旅行するための費用を旅行会社に払いにいくのだが、自転車で行こうと思う。そして明日夜から、日曜午後までは、もともと子どもたちがかかわって今親のみでかかわっている「少年団」のキャンプにボランティアで行くので自転車には乗れない。ただし、月、火は近畿エリアの同じ「保険医協会」の事務局長会議というのが兵庫県須磨であるので、尼崎からは自転車で行こうと思う。

2006年8月 2日 (水)

純情きらり考察 ピアノ編

 NHK連続テレビ小説「純情きらり」はますます戦争に突き進む日本人の生活の姿を描いている。そして芸術家が集まり、主人公桜子が姉夫婦のために手助けに来ているアパートに1台のピアノが置いてある。桜子は、そのピアンで作曲の勉強をしていたのだが、隣組のおじさん達が、そのピアノの本体を軍隊のために供出するよう迫ってくる。

 話は変わるが、ピアノに関連して、先日職場の団体で九条の会の集まりがあった。準備する関係者に僕も入っていて、男性合唱団に出演してもらったのだが、、準備段階の苦労話として、伴奏はピアノ。伴奏者は本格的ピアニストということで、電気ピアノなど論外。ピアノを贈呈してくれろところにあたったりもしたが、結局レンタルピアノを頼むことにした。60000円したが、本番ではさすがに生ピアノの伴奏が会場全体に響きわたり、男性合唱をひきたてていた。それで60000円など安いものだと思った。

 戦前の日本の姿は、ドラマを見るがぎり、「敵国の音楽を演奏するな」とか、「みんなが一生懸命銃後を守っているのに、音楽など演奏しているときか」と、生きることに大事なことをそぎ落とそうとした。それでは戦争も負けるはずた。現にそういっておいて、戦後になってアメリカに占領されてみると、そういっていた人たちが自分の考えを翻し、「これからは民主国家だ」と言った。節操のない人が多すぎる。本質的には日本人の体質が悪かったというより、ドイツもそうなように、狂気の体制にさからえなくなっていったと考えるべきだろう。ただ桜子家族jのように、そんな時代でも希望をすてず前向きに生きようとする姿は、今に通じるように思う。今日本は平和だと言って、たしかにそうだが、人の心はちょっと荒れ果てているのではないだろうか。事件もおこらない日がないくらいだ。本当は、具体的戦争状態でなくても、もっと暮らしも、気持ちも平和な状況と、環境になっていかないといけないのではないだろうか。

今日は話が少しそれてしまった。ところで今日の通勤で感じたこととして、朝の道路温度は最近ずっとそうだが、28度をさしているが、信号待ちでは歩道などの日陰に入り、ときどきボトルの水を腕や首すじにかけ、走っていくとあまり苦には感じなかった。8月に入り、道路の車の量もちょっと減ったことが、気持ちがいいのかもしれないが、昨日電車で通勤した体験と比べても非常に快適だった。

2006年8月 1日 (火)

通勤自転車休日

 今日は来週10日に定年退職する職員の送別会で歌を歌うため、その打ち合わせでキターを持っていたかないといけないということで、電車通勤になった。それでも今日は職場に着くとのどが渇く。

昼休みの練習のあと、展示会の出展依頼で「人造クラゲ」を製造販売している会社に出かけた。事務所に実際の水槽があり、クラゲが本物かとみまちがえるほど生き生きと泳いでいる。電灯を落としてみるとなんとも神秘的で癒しそのものだ。出展は大阪の景気が上向いていないため出展は一切していないとのことだが、日常の取引はできそうなので、その件で再度訪問する約束をして事務所を去った。

夜は友人と道頓堀の店でビールで乾杯。道頓堀も一部川沿いを歩けるように様変わりsちえいたが、これはなかなかいいものだと思った。

とにかく8月は早く休みに入ってほしい。

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