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2006年10月31日 (火)

六甲で行方不明の男性発見される!

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今日は道路温度は16度。国道2号線に入るまでは、昨日よりもヒンヤリする。昨日の事故現場を見過ごし、注意しながら走る。昨日よりも自動車の数は少ない。信号待ちでちょっと後ろに人の存在を感じ振り返ると、ヘルメット姿でロードバイクにまたがっている。しかし、いつも会うHさんではなく、別人。すぐ視線を前に戻す。

途中路肩で動物が内臓を出して死んでいるのを発見。それは都会で増えているテンだった。かわいそうだが、見過ごして先を進む。途中、ずっと後ろを走ってきたらしいロードの彼が、野田阪神の交差点で信号を待ち、信号が代わって青になると同時にぼくを抜いて、行った。かなりのハイペースで前を行く。うしろから抜かれまいとしているようだ。40kmは出ていた。しかし、ぼくも大人気なく、その彼が少しペースが落ちてきたので、ちょっと力を入れると、40km以上出ていて、彼を抜いてしまった。ここはやはり通勤暦5年以上の意地がある。しかし、そのあとは交差点での注意は怠れない。あとはマイペースで職場まで走った。

 家に帰ると妻から、3週間前に六甲山で行方不明になった打越さんが発見されたということを聞いた。さっそく神戸新聞の夕刊をさがす。書いてあった。かなり衰弱して3週間ぶりで見つかった。妻によるとしかし、脳死状態らしい。そして見つかったのは、天狗岩と言ってポピュラールートの途中の砂防ダムの付近らしい。合計300人以上の人がずっと捜索してきたが、見つからなかった。

 ぼくの予測では、やはり六甲ケーブルの駅ちかくの油コブシの道をくだり、途中案内がかなりあやしいところもあるので、そこから東の谷「西谷」に迷い込み、それからどう動いたのかわからないが、さまよい歩いて、結局もっと東の尾根を登り、天狗岩付近に到達したのではないかと思うのだ。上の道路から700mしか離れていないところらしい。上には六甲オリエンタルホテルもある。

 山はまようと、元来た道を逆戻りするか、だめでも決して山を下らず、高いほうをめざすのが鉄則だ。ぼくも六甲と能勢の山は、かなり歩いた経験があり、まよったことも数多くある。ましてぼくは地図を必ず持っていくが、彼は、カントリーハウスで食事、飲酒のあと、ぞうりの格好で山を下ろうとした。無謀としかいいうようがないし、遭難した人を非難したくないが、山を冒涜している。ただ六甲山は山頂付近にも町のようなところがあり、道路も伸びている。車で下駄ばきでも山頂付近にいくのは可能だ。しかし一歩旧道や、山林の中に入ると、ごく近くしか見晴らしがなく、初心者だったらすぐに遭難するところはいくらでもある。

 そこに大きな盲点があるように思う。ましていくら都会に近い六甲といっても、天候がすぐに変わる。霧も出る。山を甘くみるなということだ。

 とにかく打越さんの回復の可能性は難しいらしいが、奇跡でもいいから回復してほしい。

2006年10月30日 (月)

朝の通勤途上の大事件発生!

 今日は今週初日の出勤。少し気が重いことが職場であることを考えながらペダルを踏んでいた。国道2号線に入ってしばらく、観光バスが5.6台連なって走っている。しかも先頭のバスは、なぜか左のウインカーを出しては消して、すこしぼくの路肩のほうによりそうな形で走っている。

 「これはやばいぞ!」と思いながら注意して走っていたが、しばらく走った交差点で左向き一方通行の狭い道路のほうでグーと曲がってくる。あきらかに左折することがわかるので、ぼくは徐行から左足を道路に着地し、停止。ところが歩道側をぼくの後ろの方を走ってきたのであろう、30代後半と思われる自転車の女性が、こともあろうに徐行もまったくせずかなりのスピードで左折しだしたバスに突っ込んでいった。直前「ああ、ぶつかる」と叫ぶ間もなくバスの左側ドア付近にまともに衝突。直後倒れ、バスの前輪にまきこまれるような状態で自転車の車体はあきらかにバスに踏まれていた。

 ああ、命はないか!こんなところで死亡事故を見たくない!と思いつつも、他の目撃者は誰も去っていく。ぼくも呆然として、自転車から降りてその女性を助けるべきか、まよったが、そのまま立ち去ることは出来ず、自転車を歩道に上げて、2台目のバスの運転手だと思うがその現場にいたので「すぐ救急車に連絡を」とお願いする。

 当事者の運転手は、車体がまがりきらないまま(まがろうにも女性がまきこまれる寸前なので、バスは前にも後ろにも動かせない)、車体をとめて下に降り、その女性を前輪から引きずりだそうとしていた。

 さいわいその女性は意識があり、痛そうにはしていたが、命に別条はないようだ。そのあと同じ職場だというおばさんが現れ、救急車が来たとき、いっしょについていくということを申し出て、救急車が着て、タンカーに乗せるとき付いていた。

 ただ気になったのは、警察は先に現場へ10分ほどしてから来たが、救急車はそのあと10分たってやっと来た。もし被害者が心肺停止などの状況だったら、まちがいなく死んでいるかもしれない。警察の対応も5.6人きていたが、それぞれまちまち。運転手に事情聴取するもの。ぼくが目撃者で立ちあうと申し出ているのにしばらくしてからでないと、何もしゃべってこない。てきぱきとした感じがない。

 今回の事故はぼくが見た限り、バスの運転手にも落ち度はあるが、自転車の女性も横断歩道に入る前にバスがすでにまがろうと車体前方を歩道に入ってきている状態を無視して徐行もせずにバスの車体につっこんだ。前を見ていたのか疑問だ。幸い奇跡的とも思えるが、前輪が体にのりあげる前に停止したので、おそらくコケタ時の腰の打撲ですんだように思うが、あれがあらっぽいダンプだとしたら、まちがいなく体に乗り上げられていただろう。

 日ごろから思っているが、自転車の無謀運転が多すぎる。しかも携帯電話を見つつ、自転車を運転していたり、信号が自分のほうは赤なのに、横も注意せず直進していく。命の大切さがわかっていないのではないか。道路は危険地帯だということが麻痺しているのではないかと思う。

 おかげで職場は遅刻になったが、その現場を8時50分にスタートして、職場には9時25分には着いていた。

 それからそんな事故に遭遇したからわかったことだが、9時前の国道2号は、ヘルメットをかぶった通勤自転車風の人に2.3人あった。ただその2人は信号を無視して走っていた。先日堺の自転車博物館館長の中村さんがホームページで書いていたが、スポーツ自転車や通勤自転車を利用する人たちは、交通法規を守っていて「さすが」と言われるようになることを願いたい。

2006年10月29日 (日)

午後の会合に備えて

 今日は午前中予定がないので、洗濯物の片付けと、英語の勉強。ただNHK教育の趣味の園芸は、野草を盆栽風に育てる方法を伝授。これにはカルチャーショックを感じた。花の名前もほとんど知らないが、何年でも育てられる姿は驚いた。

 さて午後からは、会合があり、国会議員の講師から新自由主義について分析を初めて聞いた。アメリカは日本にいろんな要求を求めてきているが、それにはそのまま与党がストレートに進めているものと、自民党内部でもせめぎあいがあって、その通りにはいかないものがあるらしい。しかし竹中平蔵は、アメリカで勉強し、その要求を自分の経済政策と結びつけて実行してしまった。

 しかし今格差社会の弊害が明確出てきている。いわゆる「新自由主義」というものに大きな問題があるらしい。それはアメリカのシカゴがルーツ。日本国憲法でいう生存権の権利の考え方を無視し、社会的弱者には施しを与えるという考え方でしかない。だから障害者にも自立支援法を成立させて、新たに1割負担をとる。しかし、今か株などでもうけた人に対し、特例を作り、1割しか税金を取らない。それが安部政権も継続していくらしい。

 [新自由主義」はすでに2世紀はじめに破綻し、イギリスのサッチャーが批判され、世界では克服すべき思想なのに、アメリカと日本だけが固執しているのが世界の現実であるらしい。しかしそれでアメリカの言いなりになって憲法まで改正されてはたまらないと思う。

 新しい社会のありかたは、楽してもうけるものがえらそうにするのでなく、地球環境を考え、すべての人が楽しく過ごせる社会にすべきではないかと思う。クルマ優先の考えも克服し、自らのちからで移動する思想を普及してほしい。そのほうが交通戦争で命を亡くす人もなくなり、健康な人も増える。少なくとも汗をかいた分だけ報酬を与えられる社会になってほしい思う。

 今日は仕事のプレッシャーもあるが、昨日買った「白鹿しぼりたて」を飲んでいるので飲酒ブログであることをお許し願いたい。 

 自転車通勤はしていないが、会合で大阪に出かけるため駅までの移動は、折りたたみ尾自転車を使った。

 ただ今週は昨日40kmぐらい走っているんで合計136km走った。

2006年10月28日 (土)

休日ツーリング再認識!

 今日はもともと仕事の予定の日だったが、それがなくなり、おとといよりめったのチャンスが来ないことを考えて、琵琶湖一周のロングツーリングを計画jしていて、昨日の夜にはその体制で準備をしていたが、息子たちとの連絡不足で、自家用車「プレーリー」が朝まで使われてしまった。

 一応目覚ましをセットしていたので、朝5時に起きたが、トイレに入って今日どうしようかと考える。結局能勢方面のダートコースを行くか、甲山周辺の周遊コースを行くか、悩んだが、甲山コースのほうがロードで行けて手っ取り早いので、そちらにした。

Dsc00002_4 午前9時半出発。武庫川サイクリングロードを北に進み、仁川へ入って、川をさかのぼる。水道橋というところを右に曲がり、T 字路を左にとる。写真のような急坂。今日はここまで、向かい風と自分の風邪引きと仕事の疲れが重なっているようで、なぜか調子が悪い。

 坂を上る前に息を整え、いよいよフロントギアをインナー36、アウター25とこれ以上軽くできないところでペダルを踏む。ハンドルはバーのところを握る。心臓の鼓動が強くなる。スピードメーターは最小で5km。しかし季節が秋なので、汗は吹き出ない。大事をとって3分の2来たところで、一度休憩。2分ほど休んで再度ペダルをこぐ。

 しかし結果的にはあっさり昇れた。頂上は以前は古墳と展望スペースと閉鎖中の店があるだけだったが、なんということか建売住宅がいっぱい建っている。そこに子どもたちが遊んでいる。まるで街になっている。Dsc00004_1

  そこで顔を汗を拭いて再び、乗車。クルマはめったに通らない。そして何回も来た勝手知ったるコースだ。まだ坂は続くが、途中おおきなくだりもある。

 20分ほどで、神呪寺に着いた。犬の散歩中のおばさんが「すごいね。あの坂のぼってきたん」と驚かれた。「いつも通勤を自転車で行ってますねん」と答えると「やっぱりスタイルええわ」と言われ、ちょっと有頂天になる。そのおばさんと同じように寺を階段を上り、清めの水で手を顔を洗う。Dsc00006_2

ここで有名な釣鐘。お金を箱に入れると誰でも鐘をつける。一応写真だけ取った。Dsc00010_2

Dsc00009 ここからの下界の眺めは本当にいい。

 さてここからは急坂を下る。気をつけないと車が追い越す。ブレーキを慎重に何度もかける。

 これからの目的は妻に言われたコーヒー豆専門店を探す。この下り方向にあるはずだが、途中五サロウに分かれた交差点に出て、戸惑った。一度目標の店をとおりすぎたがわからない。ここコーヒー豆専門店「ティピカ TYPICA」は実は神戸新聞に昨日掲載されていたので、その記事を切り取ってもっていた。住所を確かめ、地図で確認し、同じ番地に来たがわからず、その付近のうどん家?さんだったか、亭主が道にいたので効くと、となりとのこと。「あっこうですか。ありがとうございます」と礼を言う。奥まった店構えでわからなかった。Dsc00011_1

この店に入り、てっきりご夫妻と思ったが、違っていて失礼してしまったが、男女2人の方が客をもてなしてくれる。

いつもの調子でべちゃくtyちゃとしょべってしまった。でもサイクリングウェアで店に入ること自体で、先方からも目ずらしがられることが多く、話すきっかけになる。

 ここの店の方は感じの言い方で、終始笑顔で接してくれたので、新聞の記事のことから始まり、スーパー銭湯のこと、近くで4年前に廃業した「はり○○」(後ろの名前を忘れてしまった)のこと。女性が尼崎の塚口に住んでおられるとのことなど話がはずみ、結局その店の会員になり、自分の方はブログの名前まで教えてしまった。

 また買いに来ることを約束し、そこを出た。

 もう一箇所目的がある。今度はずっと西宮を下って、白鹿記念館の横のショップでしぼりたて原酒の酒を買うこと。ずっとずっと下って、ほどなくそこへ着いて酒を買う。

 これでいよいよ用事は終わり、家路を目指す。今津へ向かい、南に下って、甲子園浜に入る。ここは昔から海水浴場で有名。北に進むと甲子園球場がある。今は海水浴場ではなくなったが地域で保存の運動がある。だから今でも砂浜がきれいで景色がいい。

Dsc00018_1 ここでセルフスナップ。気分は最高だが、疲れはある。やはり琵琶湖へいかなくてよかったかもしれない。なにせ160kmを走りっぱなしだ。

でも日ごろ通勤でロードバイクを使っているため、あえて休みにどこかへいこうという気にならなかったが、行動してみると、通勤とはまた違う楽しさがあることを再認識できた。これからはどんどん行くぞ!という気持ちだ。

 しかしマイ、ビアンキ(愛車の自転車)はよく走るし、自分の体の一部のように感じている。

2006年10月27日 (金)

仕事は疲れた!

 今週は自転車通勤4日目。とくになんということはないが、行きの道で、タイヤの小さな電動自転車を2台見た。ペダルをこがないままで結構スピードは出るようだが、一般自転車と同じように赤信号で進入していっている。あきらかに原付自転車といえるのだが、こういった中途半端な乗りものはちょっと危険だ。歩道も悠々と走っていくではないか。持ち主はあきらかに自分は普通の自転車を運転しているという感覚なのだろう。しかし最低信号は守ってほしい。

 今日は仕事でかなりしんどい相談が1件あり、かなりストレスになっている。まあ解決策を探り出すより仕方がない。

 おかげで家にかえって徹底的に癒しをしようと、ろうそく風呂を再度体験。Dsc00002_3

写真のように大きなろうそくだけを点した。しかし写真では、フラッシュを焚いているいるので明るく見える。自分が被写体になった写真も写したが、これはしやらしいので非公開でした。

 夕食は、妻が遅いので当番。きょうはシャケ料理だが、「よし七輪で」と覚悟を決め、火をおこしてみたが、事前のバーナーでのいこし方が中途半端だったため、火がよわく風呂に入っている間、シャケを七輪の網の上に置いていたが、まったく焼けていない。しかたなく、魚焼き機の出番となってしまった。

Dsc00006_1 それでもまあまあうまくいったか。それなりの夕食ができあがった。

いよいよ明日は早朝におきて、琵琶湖一周にむかう。

2006年10月26日 (木)

風邪が回復の1日

 昨日、家へ帰ってから朝の通勤でひらめいたことだが、「そうだ。カリン酒をつけていたんだ。確かせきには効き目があるはず!」と思い、それを忘れることなく、さっそくそのあり場所を人形劇の集まりに出かける直前の妻に聞き、すぐ飲んで見た。渋さはあるが、なかなかリキュールのような味でうまい。

 これが効いたのか今日は朝からだいぶのどが楽になっていた。そのままの勢いで通勤自転車で出かけた。「あれ、しんどくないぞ」という感じだ。やはり体調は気分を大きく左右し、スポーツにも影響する。

 また天高く馬超える秋という空の感じで気分もさわやか。今週は展示会の後の出庫作業をおこなっているが、今日は終日体調よくできた。

 帰りの自転車のときおもしろかったことがある。コープ神戸で買い物をした後家路を急いだが、若いお父さんと小学生の子と自転車でそろって走っていたのに遭遇し、追い抜こうとしたとき、子どもが「おとうさんライトつけなあかんやん」とお父さんに注意している。

 小学校で教えられているのか、こっけいだったが、大事なことを子どもが言ってくれているのがうれしかった。やはり大人が交通ルールを守っていないのが問題だ。

 それから体調が回復するにしたがって、帰りの自転車もなぜかペダルの回転がラクで楽しい。いよいよあさっては琵琶湖1周をひさしぶりに実行するべきか。ちょっとわくわくしてくる。

2006年10月25日 (水)

ろうそくの炎だけの入浴

 昨日は遠回りで用事をこなし、そこから家に向かって走ったので47km走行した。それに今日は32km加算となる。

 朝は風邪がどうも体の中をさまよっている感じで調子が悪い。朝の通勤を終え、職場に着いて着替えたあと、かなりの疲れを体に感じた。一時は早退するべきかと弱気になったが、なんとか事なきを得た。

 家に帰って、すぐ入浴にした。しばらく前から癒し体験で、ろうそくを風呂の脱衣場においているが、今日は、それを浴槽の角において炎を楽しむ。ただ、洗面所の蛍光灯の明かりが浴槽に漏れていたが、その光を消してみた。浴槽のスペースは最初「暗いな」と感じたが、やわらかい光が横向けにさし、手を出して見ると、タイルの壁にはっきり影絵のようになる。おもわず、犬のかたちや、白鳥を手で形作ってみた。ラジオのやわらかいジャズの音楽とともに頭の中が落ち着く。目を瞑ると眠ってしまいそうだ。

 風呂上りの「一番搾り」がことのほかうまい。

 今日の通勤自転車のウェアは少し寒いのと、風邪がなおっていないことで、レーサーパンツの下に短めのタイツをはいた。これで暖かさがだいぶ違う。上はランニングをアンダーにレーサー半そでウェアを着て、その上からウインドブレーカーを羽織った。今日はこれでちょうどいい感じだ。それから先日から外れたままになっていたサングラスの鼻あてのゴムに瞬間接着剤をつけてみた。右手の人差し指にも影響で着いたが、ゴムのほうも完璧についているようで、今日はそれをつけて走った。この前からいろんな接着剤をためしてもだめだったので、「これだ」と喜んじゃった!

2006年10月24日 (火)

休み明けの通勤自転車

 2日間の休みを満喫したが、もう1週間ぐらい仕事に行っていない感じだ。やはり2日自転車に乗っていないとうずうずする。今日通勤時、最近よく出会って、歌島交差点で豊中の方向に曲がっていくサイクリニストがいたので、初めて「こんにちわ、よく会いますね」と挨拶。彼は神戸の六甲駅近くから、豊中まで走っているとのこと。26kmぐらいの距離があるということだが、1時間10分で走りきるらしい。さすがに早いはしりっぷりだ。

 自分的には風邪が直りきっていないため、疲れがある。できるだけがむしゃらにならないように走った。

 仕事の方は、1日休んだため、机にいっぱい仕事のメモがあるかと思ったが、少なかった。それでもむつかしい問題も多少あり、少しストレスがたまるようなことだが、一定の判断を決め、即効で解決した。ただ一人ひとり見極めて人事配置することは非常に難しいことを痛感した。

 帰りは、まっすぐ帰れず、反対の方向で人に会う約束をしたので、玉造まで自転車で移動。用事が終わって家にむかうが、やはり7時を大幅に過ぎてしまう時間帯だった。

 ただ帰りの自転車で面白かったのは、伊丹ナンバーの原付のおじさんが26km~30kmぐらいで尼崎付近まで走っていて、ちょうど向かい風だったので、ひたすらその後ろを走った。おかげでほとんどペダルに力を入れなくてもいいスピードで走れる。しかし尼崎に入ってから右折のため交差点でとまってしまった。

 そのあと急にスピードを出してしまい、少し疲れる。意識せずにそうなってしまうのが不思議だ。コープ神戸で買い物(おでん材料)をし、家に着くと7時50分。そこから食事のしたくになってしまった。いい忘れたが、先日書いたようにサングラスがいまだに直っていないため、今日もめがねはかけていない。

2006年10月23日 (月)

代休は開放感で過ぎていく

 Dsc00004          今日は休み2日目。妻と3男は仕事に出て行った。次男は休みで寝ている。

 今日は絶対スーパー銭湯へ行くぞと決意し、朝のやるべきことを手際よく済ませ、午前11時ごろだが、マイカープレーリーで出かけた。ところで「プレーリー」という名前の由来だが、たまたま見ていたテレビ番組でアメリカの草原を写しているとき、その草原をプレーリーと言っていた。これで自分のマイカーの名の由来を初めて知った。しかし知るというこは、それなりに感動的なことではないだろうか。そのときのニッサン自動車の制作した人たちはアメリカの草原をイメージしていたのだろう。

 先のホームセンター「ロイヤルホームセンター」へ行って、メモした物品を探しながらピックアップし、レジに並ぶ。そのまま帰ろうと思ったが、園芸コーナーで大根とタマネギの種を買ってしまい、また同じレジに入った。

 よしこれでよし! ここは産業道路という南北の幹線と名神高速道路が交差するところの浄水場の横にある。そこから産業道路を北進し、今日は、伊丹市内のつかしん「湯の華廊」へ行った。車で行くことはあまりないが、P⇒の表示に入ると、まるで迷路のような進行になる。パソコンのややこしいインストールよりややこしい。途中東西南北も確認できないが、なんとかし施設が見えて一安心。

 この施設は、入り口付近の足湯を置いていて、中に入らなくても無料で利用できる。いきなことをしている。できた当初はなかなか高級感のあるスーパー銭湯だなと足をすくわれたが、後からいろいろ高級感を出した施設がこの阪神間にできてくるのでだんだんマヒしてくる。しかしひさしぶりに来て見るとそれなりに再認識する。それにここの露天風呂は、有馬の湯と似ていて鉄分が多いのか、茶色が特徴だ。

 この間「組合まつり」で来てもらった有馬出張足湯に入ったが、感覚が似ている。この伊丹という土地は、六甲の内部の温泉の鉱脈というのかどうか、わからないが、地下でつながっているのかもしてない。

 移動中聞いたCDは平井 堅のセンチメンタルオーバー。これはお気に入りのもので何回聞いたかわからない。自慢じゃないが(自慢じみているが)、彼のレパートリーの中で、「瞳をとじて」と「思いがかさなるその前に」の2曲は、ピアノで弾き語りできる。

 運転中、雨が強くなってきて、ムードを盛り上げる。今日の自動車の移動は、あれだけクルマの利用を批判するぼくであるだけに、いうのにも気まずいが正解だった。帰りはちょっと曲がるところをもちがえ、迷路に入り、ユータウンするのに苦労した。それからそのまま家に直行せず、気になっていた娘のパソコン(CD-ROMの口がない)の外付け機を買おうと電機店「コジマ」へ入った。この駐車場は1階で売り場は2階なので、まったくぬれない。世間の人に申し訳ない。目当ての外付け機は、もう時代おくれで、まわりの棚にはDVDの外付け機が圧倒していたが、「誰か私を見つけてください」といわんばかりで目立たず端っこに2台だけ置いてあった。「よしぼくが買ってあげよう」とコジマのカードを持って売り場へ。

 しかしよく在庫があったものだ。そこから家に帰るのだが、よくしたものでわがマンションは雨の日クルマで出かけても、どんな嵐が来ようと、わが家には、一滴も雨にぬれずに帰れる。つまり地下駐車場なので、そこにすべりこみ、2段式駐車機械の下の段に入れる。これは初心者のとくに女性運転手ではかなり難しいだろう(ちょっと女性差別なので訂正)。いや初心者は誰でもかなりむつかしい。そのハンディーを気にしなければあとは楽。クルマを降り、駐車場のドアをあけるとぼくの家にちょうど向いている室内階段。これを上がると廊下ですぐ右に我が家。ただ難は、駐車場のドアを開けた向こうは、駐輪場スペースなのだが、ドアの左はスロープで外につながっている。そこから大雨のとき、大量の水が流れてくるが、それを受ける溝と排水パイプが細すぎて、水びたしになる。

 しかし最近は慣れっこになり、多少の浸水ではみんなおどろかない。ぞうりなら、浸かったまま進行方向の階段まで行く。

 家に帰ると、そのノートパソコンと格闘。インターネットは無線でつながるようになったが、winndows office2003をインストールできない。要するにこのOSはwindows meと書いてある。長男たちがオーストラリアに帰る前、中古で2年前ぐらいに買ったもので、バージョンが違いすぎた。また自分で使おうと思って、今打っているブログをそのノートでできるようにならないかと、ココログログインのパスワードを入力したが、うまくいかない。ただこれができると便利だ。今日も妻がパソコンを使いたいので、「ブログは早い時間に打っておいてね」と念を押されたりする。

 よし、これをクリアしよう!今日は朝よくかんがたら英語もかなり密度の濃い勉強をした。充実した1日だった。そしてひとつ楽しみができた。                                                            

2006年10月22日 (日)

ひさびさに予定のない休日

 やっと日曜日。今日はこれといって予定がない。そこで朝は、いつもならどうということのないテレビ観賞だが、今日はムショウにそのことが貴重におもえて、あさ7時過ぎに起きて、それが楽しみだった。トイレ、髭剃り、洗顔をすませ、朝食。そのころはNhKの日本の自然という番組を見て、心を癒す。今日は北海道のなんという川だったが、サクラマスの成長を追っていた。 

 そのあと8時からは立て続けにお気に入り番組がある。街角地球アングル。これは中国、上海のゴミ事情。そのあと8時30分から、趣味の園芸。これは以前は地味な盆栽などの番組で地味な講師が説明するぐらいだったが、今は柳生博の息子さん(名前覚えられなくてすみません)目方アサウンサーの名コンビで若い園芸家の話がおおい。9時からは、これはいつも見ごたえがあるが、同じNHK教育の日曜美術館。今話題の多かったり、実際公開されている展示会の作者をほりさげて、解説する。今日はアンリー・ルソー。20世紀前後の画家で、独学の天才だが、日本の大正時代の画家や写真家に大きな影響を与えたらしい。またひとつ新しい知識を得た。

 それが終わると一通りは終了。その後すぐ妻と尼崎のコーナンへ買い物に行った。買うものは決めていたし、3男があとクルマを使いたいとのことで急いで、用事を済まさないといけなかった。最近こわれた延長草刈はさみと炭を塗料を買うことを決めていた。ほかにも見たいものはあったが、何せ11時過ぎには帰っていないといけないのであわてて帰った。しかし、今日のホームセンターは込んでいた。みんな何を買いにくるのだろう。

 帰り道m国道2号線ではロードバイクで走っている人の姿を少なくとも5人以上見た。やはり気になるが、ぼくはぼくで仕事の日に乗っているのだから、いいかという感じだ。

 昼からは、まだ風邪が治りきっていないことを自覚し、籐の椅子でじっとしていたというか、うとうとしていた。しかし、午後の時間は家にいるとなにもする気がしない。ランドナーのハンドルテープを張り替えようかと、交換のテープを手にしかけたが、やる気にならず、やめてしまった。ただ、テレビで、BBCのチャンネルを英語で聞き、そのほかたまたまかけた35チャンネルぐらいかで、刑事コロンボを英語でやっていたので聞いていた。わかる部分もあるが、わかりにくい部分の方が多い。じれったい部分と集中しないといけないことで疲れる部分もある。やがて4時ごろ昼寝することにした。

 その後5時ぐらいになるとかえってきた妻の買ってきたケーキと朝の残りのコーヒを食し、妻の後押しで家の片付けと整理。この時間になると頭と体が生き返る。空はだいぶ薄暗くなってくる。それから買ってきた炭を七輪に入れて火をおこし、上に燻製の容器を載せて夕食の燻製作り。準備を済ますと、近くにスーパーに足らない材料の買出し。

 夕食は、妻と二人でビールを片手に燻製と家で育ったゴーヤを料理したもので舌ずつみ。

 まあ今日はこの2週間待ちどおしかった内容をこなせたかという感じだ。明日は、代休をとっているので、気はまだ楽だ。

2006年10月21日 (土)

明日はやっと休日

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今日はひさしぶりに午前中休みであったが、昼からは、役員と事務局の出席する理事会がある。昼食を12時よりまえにすませ、自転車で出かけたが、いつものウィークディとやはりかってが違う。走っている自動車は休みモード。走っている自転車ものんびり運転である。自分としてはリズムが明らかに違うのを感じる。それに食事のすぐ後なので心臓の鼓動がよけいにかかる。ただ、トータルでは、自動車の量が圧倒的に少ないので、楽に45分で職場に着いた。

 今日の会議は予想はしていたが、それを上回る長時間になり。会議が終わったのは、午後5時30分。楽しみにしていFMラジオ「イタリアンレストラン・アバンティ」が聞けなかった。それから会議で訂正になった文章を書き換え、1500部印刷し、3箇所裁断までをこなさなければいけない。しかし、明日からひさしびりの連休。うれしさがパワーになって、こんな作業もなんのその。約20分で終了し、帰路となった。

 もう外はすでに真っ暗。前後ライトを点滅し、自転車にまたがる。午後7時30分から地域少年団の父母会があるので、それに向かわなければいけないが、まあ遅れてもいいや!と覚悟を決め、尼崎の「極楽湯」に寄り道した。このごろ「蓬莱湯」が気に入っていて、この湯はひさびさだが、一箇所「かけ流し」と書かれた露天風呂があるのがいい。今日は釜風呂とサウナ入っているときに掃除の時間とかで職員が入ってくるので、追い出されるように別の風呂に移動。こんなときよく思うが、いくらぼくでもやはり女性の職員がこられるのは、ちょっとはずかしい。ある程度の年配の人は、まだ抵抗感が少ないが、30代以下の人だと、はずかしさはある。これはなぜだろう。

 しかし、温泉は気持ちがいい。とくに今日のように責任ある会議で発言しなければらならない時のあとはストレスがたまる。それがスゥーと消えていく。やっぱり明日休みというのがいい意味で頭をよぎり、うれしさが増す。

 自転車の整備をしようか、Pianoを練習しようか、ホームセンターへいこうか、庭をいじろうか、山へいこうか、朝ゆっくりテレビを見るか、きわめてたわいのないことだが、それが幸せに感じてしまう。まあとにかくちょっとはボーとしたい。

2006年10月20日 (金)

働きすぎの2週間

Dsc00052_1 このブログは3日ぶりの更新である

 というのは、3日前から2日間、このココログの本体がメンテナンスということで、入力が不能だったので、お手上げ。昨日は、今から書く「OM九条の会一周年のつどい」に参加し、そのあと居酒屋へ行ったため、帰りが12時近くでしかも酔っているため、ブログはおあずけ。結局3日間更新できなかった。まあ、いいか!と今日に伸びた。

その前半2日間の出来事と行っても1日が過ぎると、よく覚えていないのだが、曜日で見ると思い出す。この間自転車通勤はサングラスの鼻あての部分がはずれ、結局サングラスなしで走った。これはなんとかなるもので、かえって周りが見えやすい。ただ水、木の2日間も仕事はなかなか忙しく、こんをつめて仕事をしたせいか、水曜日の夜、最近2回目の風邪をひいてしまった。木曜日は辛かった、しかし夜は「OM 九条の会一周年のつどい」参加があるのでしんどかったが、出かけた。講演の安斎育郎先生の話はよかった。職場の仲間と役員の歯科医師とで近くの居酒屋に入り、生ビールを2杯、チューハイを1杯のんじゃった。しかし不思議に風邪が感じなくなった。

 ところで今日は、目が覚めると同時に、先日の展示会から休みなしで働く最後の日で、気分は「おお、やっと休みが目の前だ!」といううれしさが先行したため、通勤のペダルが気持ちいい。職場では、休んでいない人がほとんどだが、自分的には今自分をほめてやりたいという気持だ。

 今日の帰りの自転車は、時間が8時30分ぐらいになったのはたまに傷だが、ペダルをこぐだけ、自転車がスウーと前に進む感じで気持ちがいい。

 ところで、先日といっても一週間以上前だが、妻の同じ職場というか、西宮の職員の人が六甲で行方不明になったと書いたが、その後も進展がない。明日妻たち職員組合の役員たちで、捜索にいくということだ。それで夕食jのとき、ぼくをなんとなく気になって、六甲の地図と、「六甲の山」という本を読み返したが、六甲ケーブルの近くの登山道を利用する場合も箇所によっては滑落がありえるところがある。まして当事者は、ぞうりで、しかも酒によって歩いていたらしい。六甲でも、尾根から落ちて、森の中に入ってしまうと案外見つけるのは難しいかもしれない。

 話はしていなかったが、こういうぼくもあるとき、かなり利用しなくなった古道を探してあるいている時、首吊りの遺体を見つけたことがある。いわゆる第一発見者だ。このぼくでさえ、見つけた瞬間は腰が抜けた。そのときの処理しぬいききた警察の幹部の人は、六甲では、自殺未遂が多く、縄をかけたが、思いとどまったような縄のあとがたくさんあると言っていた。

 そのあとしばらくトラウマ状態で山歩きは、シーンとして人がいないところを歩くと、ひょっとしてまた見つけるのではないかと思ったりしながら歩いていた。

 やはり山は神聖なところだと思って、恐れをまず持つことが大事だと思う。

 

2006年10月16日 (月)

通勤自転車がファッションになる社会を

 Photo_57

今日は月曜日。先週から働きづめだが、展示会を終えて、普通の1日に戻った感じがする。

 いつものように、しかもよく晴れた朝にペダルを踏むのは気持ちがいいが、見かける自転車のチェーンがさびたまま走っている姿は僕から見ると見てられない。まして見事はファッションの女性が自転車にのっていても、チェーンがさびて、しかもギーギーと音をたてても無頓着に走り続けているのは、まったくアンバランスだ。自転車はかっこよく走ってもらいたい。これはあくまでも僕の心の中の話だが、書いてしまった。

 それじゃ、「お前はかっこいいのか」と反問されるとそれは自画自賛できないが、少なくとも汚したまま走らないし、チェーンがさびるなど論外だ。ウェアもまだ今のところ半そでのサイクリングウェアとレーサーパンツに身を固めている。ところで、レーサーパンツはアンダーになにもはかないのが正当だが、僕はパンツをはいている。

 今日の帰りのコースは気分を変えて、西淀川区に入ってから、もと川を遊歩道にいているところを走り、そこからはっきり自転車専用道路になっているところを走り、そこからJR東海道線にぶつかり、今度は西に線路ぞいに走り、一度淀川区に入り、そこから道路に出て、猪名川の橋を超え、尼崎に入る。そして下新庄から山幹線に入り、直進すると家の方向になる。しかし時間は1時間を少し超えた。

 Dsc00145_1家に帰って食事中NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていたが感動してしまった。アポなしの取材で、とくに田舎の村へ入っていくが、今回は、滋賀県高島町、鈴江地区だったか。その北が今津町というところで、よく行くログハウスがあり、よく知っているところだ。畑地区という日本の風景百選の棚田があるが、9月に見に行ったところだ。

 地道に地域の中で生活している人たちばかりだが、今回の西川きよしが行った農家のおとうさんというかおじいさんは70歳だが元気で漁が仕事で趣味。自分の仕掛けたわなに最近銀色のなまずがっかかって、それが草津の琵琶湖博物館に入っていて、有名になっているとか。また鶴瓶が行った奈良漬の工場では、若い奥さんが、長女で家を次ぐため、婿を昨年むかえ、自分なりに気を使っていたが、鶴瓶が「よかったね」と声をかけると思わず涙をながすところはなかなか感動的だ。日本中みんな同じような人たちというわけではないだろうが、この番組を見ていると、全国で名もなく美しい生き方をしている人たちが幾千万いるんだと思うと日本は捨てたものではないと思ってしまう。  

2006年10月15日 (日)

展示会の2日間

Dsc00044  14.15日の2日間は「協同組合まつり」という展示会にドップリ浸かっていた。このインテックス大阪という会場は、展示会をする側と参加した出展者には、使いやすい施設だ。ただ来場者には、大阪から一度島にわたる感覚があり、「遠い」という感覚になる。

 両日とも移動にわがプレーリーを使い、車通勤となった。やはり1日目と2日目、会場に8時過ぎには入っていないといけない。そのため1日目は、午前6時45分に家を出た。土曜日でも早朝の道路は空いている。おかげでその日は7時20分に現地についてしまった。会場搬入口は、8時にならないと開かないので、そばで寝ていた。

Dsc00001_1 Dsc00003    参加者は会内のため、開業医とその家族、従業員、関係業者などである。2日間で来場は、2,600人であった。年々300人づつ減少している。やはり医療関係者の今後の経営の予想は必ずしもよくないことの反映か。

内容と出展者の種類は、医療機器取り扱いメーカー、業者、一般商品扱い業者などだが、今回は有馬温泉足湯あり、癒し系マッサージあり、安全環境重視の住宅展示、クリスタルイルミネーシュンあり、空弁、駅弁、中華饅頭、トヨタハイブリッド車展示、試乗あり、中国雑技段あり、で盛りだくさんである程度充実していたと思う。 

 また今回はじめての企画だが、シックハウス対応住宅に関連して、その展示と高知県の建材、物産の展示をあわせたブースは僕が深くかかわったので、気がきでなかったが、なんとかさまになってよかった。

 中に抽選抽選商品の1等に電動アシスト自転車(サンヨー)を手配したのも僕の役目だった、それなりに環境保全にかかわったかなと思う。

 やはり大勢の参加者の中ではハプニングも多く、全体を見る立場なので、それぞれが疲れる部署に職員がいるが、自分としても疲れた。1日目は、利用が少ないこともあって、足湯を体験した。これは有馬からもってきたものだが、5分も足だけを温泉の湯につけているだけで、体があったまってくるのは事実だ。おかげ疲れが少し取れた。

 2日目は、展示会2日間を終えて、荷物をもって事務所に戻り、やっと開放されて、帰りはクルマなので、帰り道先日行った「蓬莱湯」に入りにいった。やはり気分が開放される。土日出勤だが、あと1週間休まずにがんばらないといけない。家に帰ると午後8時を過ぎていたが、ビールがうまかった。その前に妻たちは食事を済ませていて、妻は日本酒を飲んだようで機嫌がばかによかった。

  

2006年10月13日 (金)

明日は展示会本番

 今日は展示会場に準備に行くため、通勤は帰りのことを考えて、電車にした。

 仕事ではこまかい確認が多々あったが、何とかこなし、午後2時半から会場の南港にむかった。会場に行く前に隣接するATC(アジアトレードセンター)に飲食店の割引案内をもらいにいったが、その近くにクルマをつけるのが難しい。大回りしてまわりこもうとしたが、ATCの近くでは、海外貿易用のコンテナが近くにたくさんあって、大型トラックがひしめき合っていた。道路はまさに無法状態。2斜線の追い越し側に堂々とハザードランプをつけて駐車している。

 この南港が発展しない理由の一旦がわかったような気がした。なぜかというと、住居部分、展示会場部分、飲食店部分と、港の物資の停留部分が混在していて、一つの色がない。大型トラックが頻繁に走る道路では、ゆっくりここにレジャーにこようと言う気にならないのではないか。まして自転車など論外だ。そして北側のトンネルでは自動車しか通行できない。

 これは埋め立て時の計画上で失敗としかいいようがない。つまり経済オンリーになっている。埋立地のよさは土地代がやすいといいだけ。それでは人々が行ってみたいというところにはならない。癒しの場所もない。それに地下鉄で途中までこれるが、そこからニュートラムという無人電車に乗り換えないといけない。これも不便以外のなにものでもない。当初のめずらしさで導入したのだろうが、今となっては乗り換えるだけ不便だ。

 膨大な税金を使い、公共工事として埋め立て、施設の建設をしてきたが、今となってはマイナスの部分が目だってきている。まして大阪の経済はよくなっていない。

 もんくばかり書いたが、本音は作った以上、より繁盛にするようになってほしいのだ。実際われわれも展示会場を使っているのだから。唯一のメリットは会場費が他に比べて安いこと、搬入、搬出がやりやすいことがある。また埋め立て地ができたときに比べたら、緑が格段に育っている。だから運営側のやり方次第だろうと思う。

 できたら自転車がもっとこの埋め立て地に入りやすいようにしたほうがいい。そして北側の舞洲や、近くの埋め立て地にも、専用橋をつくるなどしてもらうと利用者は飛躍的に増えるはずだ。

2006年10月12日 (木)

ロードバイクはいい!!

 2.3日前に毛虫にさされた掌は大分良くなってきたが、まだかゆい。毛虫の毒性の強さにあらためて驚く。

 今日は昨日よりすこし暖かく、ウインドブレーカーなしで赤のお気に入りウェアで出かけた。後輪の空気が少し減っていたので、空気圧を高めた。

 前半の2号線までの一般道は、自転車が入れ乱れて通勤しているので帰って怖い。左側通行などなんのそのという感じで子どもを乗せたお母さんでも逆走してくる。それも毎日出会うから始末が悪い。2号線に入るとクルマだけなので、流れに気をつければいい。今日は一人のロードバイカーに抜かれてしまったが、あえて追いかけない。疲れを出さないためだ。マイペースがいい。

 また最近会わなかった女性のマウンテンバンカーは、僕と同じ赤のウェアで走っているのが見えた。知らない人だが、元気に走っている姿を見たので少し嬉しかった。それに最近良く見る中年のバイカーも今日も走っていた。

 ところで妻のいる役所の職員が5日前同じ部署の仲間と六甲山のカントリーハウスに行った帰り、ケーブルで山を下るはずが、一人だけ歩いて降りるといってそのまま別れたが、それっきり行方不明になっているという。神戸新聞にもそのことが掲載されていた。その人は酒を大分飲んでいたということだから、いくら六甲のポピュラーコースだと言っても、滑落や遭難の可能性はある。妻は職員組合の関係から今日捜索に出かけたが、成果なく帰ってきた。

 やはり六甲は山頂付近に娯楽施設があり、山の怖さと、人間の手の加わった施設などのある安心感が混在し、僕でも驚くことが多々ある。というのは、すぐ下に神戸の町が見えているのに今歩いているところは岩だらけの山道。景色も見えない道に入り、表示がたおれていたりするとたちまち道に迷いそうになることもある。

 今回の行方不明の人も酒が災いし、そんな危険行為も判断できなかったのではないかと考えられる。まだ山での遭難かどうか断定できないし、最近は街の中で事件にまきこまれることもある。無事で発見されることを祈りたい。

 仕事では、あさってからいよいよ展示会本番。準備で不足はないか明日も職場に行って緊張がはしるが、なんとか土日無事にこなしたい。

2006年10月11日 (水)

超多忙な一日

 今日は朝から突然の雨。レインウェアに身を固め、ランドナーで出勤。電車で出かけても、JRの駅まで15分も歩くので、ズボンがぬれて気持ちが悪い。それに電車に乗るたびに財布からお金を出して、切符を買わないといけない。だからめったの雨でも電車では通勤しない。

 職場につくと、いつもミーテングをやっていただく職員をはじめ、同じ部署で3人が休み。そのうち一人は、親族の逝去と言う不幸のためしかたないが、3日は休む。出勤してレインウエアをぬぐ暇もなく、ミーティングの段取り、電話当番の交代の手配、おまけに今日に限って電話対応パートの人も全部休み。当然全体でのフォローがおこなわれたが、電話にも出ないといけない。また、さしせまった展示会の関係の応対はすべて僕にまわってくる。 「ああ最悪だ!今日は最悪だ!」とつぶやき歩いていた。

 加えて夕方には、突然先日やってきた問題の会員が突然やってきて、組合出資金の返金の要請。これはなんとか対応したが、1時間はそれに費やされた。そのあとは残っている展示会の当日の掲示物の内容の確認、会計担当のかわりに現金チェック。これは以前担当していた業務ではあるが、1年以上離れているので、かなり時間がかかった。

 やっと職場を出れたのは6時40分。家に帰っても食事の準備があると思い、とりあえずできあいの寿司セットをコープ神戸の立花店で買うことにした。

 朝と夕方の通勤はさっき言ったようにランドナーだが、以外と走りやすい。走りながら通勤バイクに最適なタイプは何だろうと考えていた。早く軽快に走りたければ、何と言ってもロードバイクだろう。しかし楽に地面の振動をあまり気にせず走ろうとすると、マウンテンバイクかクロスバイク。ただ僕はクロスバイクは体験したことがないのでなんとも言えない。

 ただしランドナーは別格の感がある。泥除けがついているので、すぐお尻がぬれたり、汚れたりくることがない。タイヤも一般自転車と同じぐらいだが、でこぼこも多少はだいじょうぶ。変則はダウンチューブについているシフトレバーでするが、ある意味これは今のロードバイクに比べて技術がいる。シフトを変える一瞬で、片手を離さないといけない。バランス感覚が試される。ハンドルはドロップなので、いろんな持ち方ができて疲れにくい。それにスピードメーターはつけていないが、30kmはすぐ出るだろう。

 考えてみると、このランドナーを買った当時、琵琶湖でキャンプ中乗ったことがあるが、2..3km走っただけで、ちょっと疲れた覚えがはっきり記憶している。今通勤で乗っていて、心臓の鼓動が高くなるということもなく、ペダルの回転技術が確実に上がってものと思えて、すぐ回転ができる。走れば走るほど楽しくなってくる。

 今日の疲れは、自転車で取れた。いや実際は家にかえるとまた疲れが実感してきて「ああ、疲れた。疲れた」と妻の前でもぼやいた。その後風呂に入り、夕食のビールを味うと疲れを忘れ、開放感が漂ってきた。

2006年10月10日 (火)

毛虫の毛にさされた。

 昨日庭の剪定をして、切った葉を拾い集めているときチクっと感じた。3,4箇所さされたようだが、これは毛虫だと思った。さされたときはそうでもなかったが、1日経った今日は掌全体がはれて赤くなっている。Dsc00001

1週間前も演奏から帰ったあと庭の前にクルマを止めて出るとき腕にチクっときて腫れたばかりなのにまたやられた。

 

 今日の行きの通勤は向かい風。ただペダルを回し続ける。しかし行きも帰りもかなり渋滞部分があったが、自転車の有利なことは、よっぽどクルマが左の路肩に接近していないかぎりスイスイとクルマの横をすり抜けていける。ただ中に左に曲がる手前でもないのに、左によっている場合が今日も数台あった。そんなときは、左足を歩道の段差につけたまま越えていく。そしてちょっと運転手をにらんだり、ブツブツ言って通りすぎる。

 またこちらがペダルの回転をこれから上げていくというとき、先に左からクルマが入ってきて前をふさがれ、次のすじですぐ左に曲がっていくクルマがある。自転車にとっては、ある意味進路妨害だ。もうちょっと気をつかってほしいものだ。今日もある地点で本当なら楽に次の信号をクリアできるところ手前で前を遮断されたため、信号は赤になってしまった。

 おかげで、職場に着いたのはタイムカードのはなぜか9時5分前「なんでやねん」と思ってしまった。まあそれでもギリギリになることはないので、あわてず急がず通勤しよう。

2006年10月 9日 (月)

ゆっくり植物の剪定

 今日は昨日のハイキングの休息日とした。家にいるとやろうと思うことはいろいろある。

 まず夏服、冬服の衣替え。これは夫婦とも自分のものは自分でする。自分の箪笥に今回は冬物の入れ物を出してきて、タンスに入れ替える。今回は、1回も着ていない夏物はこの際処分することにした。

 しかし休みの日は朝ゆっくり朝の連続テレビ小説とコーヒーを味わえる。このコーヒーを飲むときが至極の時間だ。

 Dsc00024_1 そのあと庭の剪定にかかる。

1階なので庭外側がアカメモチと白樫とサザンカの生垣になっている。これがしばらくほっておくとすぐ先端が伸びて不揃いになる。それで一番上をすっきりまっすぐに合わせる。ついでに隣のYさんの生垣も横並びなので許しを得て刈った。これでこの道を通る人にはきっといい気分が味わえると思う。

 しかし刈っているあいだ、近所の人や知り合いが話しかけてくるので、よけい作業に時間がかかる。まあでも近所付き合いとたわいのない会話は、大切だろう。これが平和な国のなせるわざかも知れない。

 Dsc00025 それが終わると、今度はマンションの側面のビワとコナラの剪定。夏の間西日の日よけになっていたが、急速な成長で今や逆に窓に入る光をさえぎるものとなる。ここはノコギリで思い切って切り落とす。

ところで、熱帯型の植物で、バナナ・コーヒー・ベンジャミンを室内に入れたが、バナナには驚いた。去年より成長している。リビングの一角を独り占めだ。この写真は明日アップしよう。

また来年の夏、びわの木がいっぱいの実をつけることを期待したい。2年前から近くの小学生の注目の木になっている。でもこれもまあいいかだ。彼らにとっては、忘れられない記憶になるだろう。スーパーに売っているハッポースチロールパックのびわしか見たことがないのはあまりにもかわいそうだ。

 さて剪定が終わると、今度は、3男の自転車の後輪がパンクということなので、作業にかかろうと思う。ただその前に妻と駅前のスーパーオアシスに買い物とリニューアルされたその中を見たいために出かける。買い物をすませたあと、空を見ると秋を象徴するウロコ雲がくっきりと浮かんでいる。あまりのもきれいなので、ブログに入れようと、夕焼け空を待って、シャッターを押した。Dsc00029_1 ベストシチュエーションとはいかないが、この瞬間はすきだ。

パンク修理は普通自転車で、後輪の場合タイヤをはずしてチューブを替える場合、ブレーキワイヤーをはずし、内装変則機をはずすなど手間がかかるが、これも大分早くできるようになった。午後6時に約30分で他の調整も入れてやり終えた。

 また庭のキンモクセイが今満開で、なんとも言えないかおりを漂わせている。これは1週間ももたないが、季節が感じさせる一つだ。Dsc00023_1

 秋は確実にやってくる。この穏やかな風景と、暑くも寒くもない大気の感じがすきだ。

2006年10月 8日 (日)

快晴の山歩き。摩耶山からハーブ園へ

 今日は地域流れ星少年団父母会の例会、つまり山歩き。集まったのは、青年3人を入れて10人だった。

 JR立花駅に集合し、六甲道駅までいく。都合よくみんな集合時間にあつまり、9時4分で予定より少し早い電車に乗れた。六甲道駅について、摩耶ケーブル下駅行きに乗る。ポピュラーコースの「六甲ケーブル下」行きもあって、その待合にはたくさん人が並んでいので並ばないといけないかなと思ったが、よく停留所を確認すると別の18番乗り場で誰も待っていない。「このコースは穴場かも」と思った。

 予定どおり摩耶ケーブルに行く事ができたが、駅に着くまでの勾配はかなりのもので、バスが急坂をバックしてしまうのではないかと思うほど急なのぼりだ。しかし空は晴天。気持ちがよい。Dsc00002_2

 ケーブルを降りるとさらにロープウェイが山頂まで続いているが、ぼくたちは、旧天上寺への道を歩くことにした。うっそうとした森の中を歩いていく。途中320段の階段を上ると、昭和61年に消失した天上寺の後が残っている。昔の人々は、道路もない中を、木材を運びこの寺を建てたのだろうと昔を偲ぶ。しかし昭和の時代さすがにこの地に寺を再建することはできなくて、摩耶山頂の北側、道路に近い場所に新たに寺を建てた。ただこの場所に建てたわけはそこからの眺めをみれば納得する。下界の景色が大阪から神戸まで素晴らしい眺望の場所にある。まるで空に浮いているようだ。

 さてそこからさらに登りのシングル道を通って、摩耶山山頂に着く。阪神大震災のときはもっと荒廃していたが、今見違えるようになり、経営にあたる阪神電車の六甲観光の目玉にしている。夜くると100万ドルの夜景が見ものだ。

 そこから予想外の時間がかかったが、アップダウンの山道を歩く。そこは天狗道といって、かなり岩場が多く足元が悪い場所である。登りのときはしんどさを体感するだけだが、下りはそれはないが、ちょっと恐怖感も持ち、足の筋肉を疲れさせる。

とくに今回も50代の年齢が多いので、ちょっと心配だったが、終わりよければすべてよしで何とかこなせた。Dsc00010_1 途中休憩でみんなで食べたイギリス発のチョコレートがやけにうまい。笑いの宝庫わが「おやじーず」メンバーのTさんの話に腹をかかえて笑う。先日の演奏のときの司会でもメンバー紹介のとき、2人の紹介の後、自分の紹介で「おやじーずのハンカチ王子こと、Tです」と言って、すかさずハンカチを出して顔をぬぐうとかなりうけて笑いがドォーと起こった。ハイキングでもムードメーカーだ。

 摩耶山から1時間半かかって布引ハーブ園に到着。12時45分になっていた。とにかく山の中から神戸の香りとハーブの匂いがただようお城のようなこの施設。早速昼食に入った。強い風が気になるが、やけにのりで巻いたおにぎりがうまい。今回、いつものカセットバーナーを使って沸かした湯で作るコーヒーではなく、ポットに入れてきた湯で作ったコーDsc00013ヒーだったが、ちょうど10人分計ったように足りて、それなりにうまかった。

 そのあとハーブガイドの企画にみんなで参加した。ハーブ園内に植わっている数多くの種類のハーブを触ってにおったり、指導員の女性が摘んでくれた葉を食べてみたりした。レモンバームはまさしくレモンのかおり、カレーなんとか?はふしぎにカレーの匂いがする。こ一時間があっという間にすぎた。

  Dsc00016

 そのあとハーブ園から降りられるロープウェイを使い、異人館のある北野町に向かう。「北野クラブ」という高級クラブがあり、結婚式が隣でおこなわれていた。その後異人館がたちならぶ通りを歩き、昨日と今日北野坂界隈でおこなわれている「神戸ジャズストリート」を外から味わおうと会場をさがす。おもな店と教会で名だたるジャズプレーヤーが一同に演奏をおこなっている。以前ぼくもそれを聞きたくてチケットを買って教会の会場にはいったことがあるが、その時のデキシージャズの調べが忘れられなくて、そこを帰りの道にくんだ。

 残念だがら今回はゆっくり見る時間も組めないし、値段も1日4000円以上するので、その香りだけを味わった。Dsc00019 しかし、ストリートでブルースを演奏する若者たちの音を聞くことができた。

 人通りをぬって、阪神三宮に到着。今度は、昨日も言ったが、尼崎の「蓬莱湯」に向かった。今日はもちろん湯を楽しんだが、この施設の待合場所で、生ビールとその他の飲み物で一服。今日は若いご主人が番台にいたので、この風呂の運営のことでいろいろ会話をした。聞けば、もともと温泉を掘り当てる前は昭和6年から銭湯として運営してきたとのこと。ここは先々代から営業しているのだろう。

 さてあとの話でちょっとおもしろかったが、そこから阪神「センタープール前」の駅前バス停に行ったが、時刻表を見ると、なんとこの街中で日曜日は、バスは1時間に1本。結局30分以上そこで待つjことにしたが、ぼくも案内の責任上手持ち無沙汰なので、ちかくのローソンで酒とおつまみを買ってきた。そのバス停は路上宴会場と化してしまった。

 そしてやっと午後6時4分に1分遅れで入ってきたバスに乗り込むがほとんど貸切状態。ほろよい気分でもよりの駅に着いた。

2006年10月 7日 (土)

地球一周まであともう一歩

  毎日自転車をはじめたのが、2001年5月1日として、今年の9月末で5年5ヶ月。ただ仕事に行くときしか走っていないとすると一年の通勤日数は250日とする。しかし電車で通勤した日が年30日として通勤自転車の一年日数は220日。それに一日の距離32kmをかけると一年7000km。で5年をかけると35000km。あと5ヶ月経過しているので、平均月18日として32kmを書けると9月末まで2880km追加される。さっきの35000kmに2880kmを足すと37880kmになる。あと月20日計算でいつ地球1周に到達するか考えると、残り2120kmなのであと30日。すでに10月は5日つまり160kmすぎたので、あと25日。

 つまり11月15日ぐらいが一周記念日と言える。

 実際地球を一周して走った経験のある人がいるが、それは直線ではないし、山あり谷ありだからそのとうの年月がかかるだろう。

 しかしぼくとしてはその間の記憶として、転倒は3回。雨のスリップが1回、歩道への乗り上げで2回。あとクルマとの接触は0.。自転車との接触が1回。人との接触は0である。

 Dsc00006 バラが咲いた!ところで庭の赤いバラが咲いた。春に咲いたのに秋にも咲く。一時は倒れかけていたものだが、今きれいに咲いている。

 それから今日昼からの役員の会議のあと、先週紹介した「蓬莱湯」に今日も行った。今日は帰りの自転車のまま行った。やはり気持ちがよかった。下町の感じがとてもいい。値段も360円だ。今日の番台はおとうさんだったが、気分よく応対してもらえた。

 明日は六甲散策と神戸ジャズストリート見学。ぼくにとってはとても楽しみだ。それに帰りは、今日行った「蓬莱湯」を参加者に体験してもらう。

2006年10月 6日 (金)

芋たこなんきん

 先日のブログで朝の連ドラのタイトルを「芋たこ」と書いたが、「芋たこなんきん」が正しかった。今週初めからはじまったばかりだが、今日の展開はなかなかおもしろかった。物語は田辺聖子の自叙伝ということだが、いずれ結婚することになる開業医のところに昼まえちょとよって見たらそこは内科にもかかわらず出産まじかの女性が担ぎこまれてきて、行きがかりじょう、主人公は、ずっとつきっきりで患者につきそうことになり、無事あかちゃんが生まれたが、その医者はもちろん医者の妹から「あの人誰」と不思議がられながらも夕食もいっしょに頂き、5人の子どもと仲良くなり、いっしょに踊りだして今日のドラマは「つづく」になった。

 思えばぼくの妻もかなり知らない人でも助けるおせっかいタイプ。家族旅行で和歌山の太地までいく途中他人の交通事故に遭遇し、他のクルマなどはほとんど通り過ぎて行く中でぼく達は緊急停車し、事故にあって呆然とし、怪我もしているらしい家族を近くのレストランまで付き添い、すこし看病したことがある。夫婦ともおせっかいかも。

 ところで今日書こうと、朝の通勤で考えていたことがある。それはいつも信号無視をしたり、信号が青になる前に交差点に入り込む車、バイク、自転車を見て思うことだが、せっかちにならない極意を紹介したい。

 まず、腕時計をしないこと。ぼくも腕時計をつけていたとき、なぜか癖のように会合がおわるころ、途中時計に目がいく。考えてみれば、会議が早く終わっても、長引いても、よっぽど緊急のべつの用事がまっている以外、たいした問題ではないと考えてみることだ。だから腕時計ははずす。案外今の時間を頭の中で予想できるようになる。

 次は、今経過する時間の中で、自分が見る多くのものに好奇心を持ってみていくこと。そして何かを感じたり、考えたりする。信号待ちもつねにそうだ。信号まちの間、渡っている女性を見て、歩くスタイルがいいとか、着こなしがいいとか、周りの建物を見て、新しいモダンな店に目がむいたりする。自分の体調もそこで考えてみる。「ちょっと寒くないか。暑すぎないか」など。

 ただ四六時中わくわくするということはかなり難しいだろう。しかし自転車であっても、電車で通勤していても、まわりの見るもの、感じるものはいっぱいある。

 またマイペースを守る訓練をする。これも難しいことではある。日本ではとくに学校時代からいつも競争させられてきた。周りと比べられてきた。それを「自分は自分のペースでいくから」というふうに自分を訓練する。自転車でも自分のイーブンペース(ぼくの場合はロードバイクでは平均時速30kmぐらい)をくずさないようにすること。これはただなかなか難しい。たとえば前に別の自転車が見えてくるとそれが意識しなくてもそれが目標になってしまい、その自転車を抜こうという意識が働く。すると自分のペースが乱れて、35km以上出していまうことになったりする。これも自分の今の課題でもある。

 これができるようになると事故にも会い難くなるのは間違いない。

2006年10月 5日 (木)

雨の日はミヤタ・グランデミオで

 今日は台風の影響もあって朝から雨だ。こんな日は、最近ミヤタのランドナー(キャンピングしながら大きな荷物を乗せて旅行するのに適した自転車)で出かける。

 Dsc00002_1 タイヤサイズは26インチ1-83で太さは28mmか34mm。ロードバイクと比べると道路段差などでは格段に安定感があるし、雨のスリップもなんのそのだ。

この自転車を買った目的は、ちょうど10年ほどまえ本気で転職を考えていて、そのころから尼崎で中古自転車の営業を市が募集しだしたときで、それには古物商の免許と自転車整備士の免許が必要だった。古物商はとにかく、自転車整備士は試験を受けなければいけない。そこで受験資格はなんとかクリアしたが、実技試験に通るためには、ランドナーの自転車を分解して、タイヤからリムをはずし、ブレーキワイヤーもはずし、チェーンをはずし、ほとんどフレームだけの状態にした上、時間内に組み立てるというハードルがある。そしてタイヤの組み立てはその精度が問われる。

 そのため、このランドナーを8万円だったと思うが、顔見知りのナンバサイクルで事情も説明して購入し、約3ヶ月あまり仕事に行く前や、家族でキャンプに行ったときもキャンプ場で何回も練習した。だからこの自転車に関しては全体を知り尽くしている。

 その後そのテストに受かったので、目的は達した。だから近くを走るときとか一時新聞の配達をしていたことがあり、そんな時に使うぐらいだった。

 その後5年前毎日自転車通勤を決行したとき、このがんじょうさと適度の軽快さがいいだろうと使っていたが、何度かパンクしたり、ロードバイクを今のビアンキに変えたりしたため、乗っていなかった。そのころは、以前阪神大震災だったと思うがおおきなものがそのランドナーにかぶさって、一部破損したりなんやかやでどうもその価値が自分の中で下がっていたのだが、それを整備し、ある程度問題が解決した後に乗ったときなんともいえない新鮮さを感じた。

 今のロードバイクはみんなブレーキレバーと変則レバーが一体型だが、2000年以前は、まだダウンチューブに変則シフトレバーがついていた。そしてブレーキワイヤーがドロップハンドルのブレーキレバーの上にはみ出していた。

 レースの場合はすばやくブレーキも変則もできる方が格段に有利なのでその進化を遂げていったが、ぼくらのように通勤の場合は、ハンドルから手を離し、下のレバーを動かしてもなんの不都合もない。今却ってて古風でユニークに感じる。

 今日の通勤の話にもどるが、帰りまたコースを変えて車が少ない疎水ぞいを走っているとき、あたりは真っ暗。しかも雨で視界は悪い。そんな中を無灯火で対向してくる自転車に3台以上遭遇し「ライトつけてや」とやや紳士的に、しかし大きな声で訴えたというか、怒鳴った。ぼくの周りで実際自転車同士ぶつかって、大たい骨を骨折して3ヶ月以上入院した奥さんがいる。あまりにも自転車を使う人は無頓着な人が多すぎないか。

 ところで今中高年、高齢者の健康に筋トレが効果があると言われ、夜のNHK教育でも筑波大学の先生の指導で紹介がされていた。その先生は、身構えてやると続かない。なにか「ながら」の中でやると上手く続くと言っていた。たとえばテレビを見ながら、料理で手が空くときとかであるらしい。

 その点、通勤自転車の場合も通勤しながら、自転車を楽しみながら、筋トレと有酸素運動をおこなえている。そういった面でも中高年にお勧めだし、時代の先を行っていないか。ところでふと思い出したことだが、運動選手が使う脈拍計しかもパソコンにつなげて経過をグラフでできるシステムがあるが、さきほどのことと結びつけて思ったもだが、それをやってみようと思う。そうすると自分の通勤時脈拍の動きと経過が科学的に分かる。これはいいかもしれない。

 体感的にはこの5年間いろんな効果が出ているとは思っている。しかしさらに進んでデータで自分の運動効果を見てみようと考えたわけだ。これは楽しみだ。

2006年10月 4日 (水)

遠い世界に旅に出ようか?

 昨日予告したように今日は、夜「尼崎民商共済会定期総会」によばれて演奏する予定なので、朝から気合が入っていた。そして少しでも早く帰れるように着替える時間を勘案して電車で行く事にした。

 また今日は仕事的に気の重いことが2つあってそれぞれこなさないといけない。そんなこんなで仕事の時間はあっと言う間にすぎてしまった。おかげで午後の会議も4時前に終わることが出来て、5時の終業を待たずに30前に早退した。

 帰る時やっと緊張感が抜けてきた。ついでに行きつけの「喫茶キャビン」で昼に突然の雨で透明の傘を貸してもらったので、返しにいった。ここはもう馴染みで気心が知れている。ぼくの自転車通勤も知っていて励ましてくれる。コーヒーのおいしい。

 さていよいよ演奏に出かける。家に帰ってシャワーを浴び、用意をし、地下車庫からわが愛車プレイリーを出し、Tさんに帰っていることをつげ、ギター、キーボード、アンプなどをクルマに積んでおやじーずメンバーTさん、Mさんをのせて労働センターに向かった。Dsc00178

午後6時15分に着いたので、開会の7時までは大分余裕があった。すぐセッティングに掛かる。音響設備などは下見していない限り現場に行ってみないとわからない。このへんがアマチュアの弱みだ。このせいで音響が悪いまま演奏して失敗したことは多々ある。

 今回もマイク設備は決していいとはいえないし、音楽用の音響設備ではないので、とりあえず3人のボーカル用に会場のマイクを使い、楽器は直接アンプから音を出すことに決めた。ただ失敗の教訓を踏まえて楽器のアンプは少し落としぎみにしたので成功した。Dsc00181

曲目は「野に咲く花のように」「リムジンガン」「遠い世界に」「戦争しない誓い(オリジナル)」「君と歩こう(オリジナル・故人Yさん作曲)」。

 今日は出演料をもらってしまった。出演料はすべて医療生協武庫班のOさんが6万円ほど個人負担して買っている4チャンネルアンプセットの費用にあてている。今1万5千円。あと4万5千円。なんとかなりそうだ。しかしこのアンプは優れもので、今年も星空映画会で使ったし、歌声喫茶の室内でも使っている。このおかげでやはり音楽グループをやるかぎりは、音響に無頓着ではいけないとおもうようになった。Dsc00173

わが愛用ギター「オーベイション」。

 とにかく今日はすべてみんな一応うまくいった。今キリンラガービールを飲みながら、今日の演奏のテープを聞きながら、これを書いている。

 読書中の「ガウディの伝言」はおどろきの連続。スペインのカタロニア地方ではピカソをはじめミロ、あと一人有名な芸術家を生み出しているらしい。それがガウディの影響を受けているということ。ガウディのサグラダファミリアのほうがあとから有名になったため、なかなかそう思われていないが、ガウディのほうが古い人なのだ。また驚いたのは生まれた年が1852年ということ。何がいいたいかと言うと僕の生まれたのが1952年。ちょうど100年前にガウディが生まれている。なんとかそれにあやかりたい。

 

2006年10月 3日 (火)

妻の誕生会(バースディパーティ)

 今日は妻の誕生会。本当はおとといが誕生日だが、なにせ今の家族全員が夜集まる日程はなかなか取れない。結局今日のウイークディになった。

Dsc00167 本人は少し照れているが、内心うれしそうな感じだ。

買ってくるケーキは近くのケーキ屋さん「リビエール」。なかなかおいしいケーキを作ってくれるので、お客さんもたえない。

 ところで妻も50代に入って2つすぎた。ちょうど9月末日まで、西宮の職員組合の期間限定専従をしていた。苦手だ!苦手だ!とつねにこぼしていたが、案外よくやっていたのではないか。最初なれないパソコンでの文章作成も今ではかなり慣れてきたようでDsc00172うちのパソコンも役にたっている。おかげで夕食作りのぼくの出番は飛躍的に増えた。

彼女が専従に選ばれたのは、保育所の民営化路線で、公立保育所を民営化しようとする動きに「ノー」を宣告した労組の方針に基づくものだ。先日書いた国鉄からJRになった経過になにか似ているものがある。見た目はいいように思ってしまいがちだが、表面的なこと建物が派手になるとか、ユニホームがさわやかになるとかで判断する問題ではない。

 鉄道では、本当に必要な国民に、保育所ではそこで生活する幼児たちにとって本質的に必要なことは何かということだと思う。それは鉄道なら地域の交通、コミュニケーションなどに貢献すること、旅する人に思い出を作ること、保育所なら本当に幼児時代に必要な遊びと豊かな、情緒を育てることだと思う。決してその事業体の採算だけではないはずだ。

 さて今日はひさびさロードバイクのビアンキで出発した。しかしどういうわけか行きはとても疲れた。今期はじめてウインドブレーカーを着ていったのだが、ちょっと暑かったのと、風邪がまたぶり返してきたのか、昨日の仕事の疲れか。疲労が残っていてお腹が調子悪い。ただ昼食前トイレに行って出す物を出すとなぜか調子よくなり、帰りの走りは快調だった。

 明日はいよいよ「おやじーず」の演奏に出かける日。仕事が終わる時間と演奏の時間との間がタイトなので少し心配だ。おまけに昼から重要な会議をしないといけない。

 あ~あ~大変だ!

2006年10月 2日 (月)

純情きらり終わる

 先日の土曜日、連続テレビ小説「純情きらり」が完となった。最後主人公桜子は結核で死ぬということだが、ちょっと期待と違った。こんな今のせちがない世の中、60年前の物語だが、現在を見ている視聴者にとっては夢がほしいのではないか。音楽を自分の生きがいとして、がむしゃらに生き、夫が戦地へ行くときの約束でも「音楽を忘れるな」と夫からの期待もうけて羽ばたこうとしている主人公に見ている僕達視聴者は、きっとその後の活躍を予想して終わるものと思っていた。やっぱりドラマは教訓ばかりでなく掛け値なしで夢をあたえてほしい。「現実にはこんなことはない」と思わしてもいい。夢をドラマンに求めている。もしこんなことが現実ならと期待しながら自分の現実を生きていきたい。

 ちょっとそう思った。ただし戦争の中での若者たちのせめぎあい、生き様はよくでていたと思う。戦争の中でも葛藤しながらだが、くじけることなく姉妹弟4人助け合いながらいきていく中盤はよかった。前半の桜子が子ども時代の三浦友一の父親役は光っていた。

 なんと言ってもついに完になってしまった。脚本の浅野妙子さん、ありがとう。

 今度の「芋たこ」もとにかく見てみよう。藤山直美がヒロインというのも異色だ。

 読書は、おもに昼休憩で毎日行き付けの喫茶「キャビン」で読んでいるが、「ガウディの伝説」を読み続けている。鉄筋が新しい工法として生み出されて時代に、古さにこだわったというよりも、石の積み重ね工法が一番合理的と自分の自説をもっていた。引力に逆らわないその工法は、独特だが時代を先取りしているように思う。ニューヨークの9.11で崩壊したセンタービルと好対照の象徴がサグラダファミリアではないかと今これを書きながら思ってしまった。また感想を披露したい。

 さて今日の通勤は、小雨の通勤。レインウエアを昨日に続いて着ていく。自転車は、ランドナーで出かける。相変わらず自転車の信号無視は治らない。道路の温度表示は20度今年の夏以降最低だ。レインウェアでちょうどいい感じだ。

 帰りは、自分的に今日の仕事がストレスの連続だったため、ちょっと寄り道。国道2号線を少し離れ、阪神電車ぞいに走って、阪神「尼崎」付近では、寺町といって、都会にはめざらしく、その通りはずっと寺が続く狭い石畳の通り。夕焼けが似合いそう。「男はつらいよ」に出てきそうな雰囲気。その後も左右3mもない路地に、銭湯あり、マンション入り口あり、店屋ありと独特の雰囲気をゆっくり入っていく。そのあと「出屋敷」駅を通りすぎ、この間行った「蓬来湯」につづく藻側沿いに北へ走り、JR「立花」に出る。こうすると国道2号線など大きな道路をまったく走らなくていい。たまにはおもしろいコースだ。

 ただ家に帰った時間は職場を出てから1時間15分掛かった。まあいいか。

2006年10月 1日 (日)

 今日の日曜日はいそがしかった

 昨日の開放感がたたって、今日やることをたくさん思いついてきた。朝起きるのが8時になり、スタート遅く、朝の日課に追われて、パソコンの前に座ったのが、午前10時をすぎていたが、そこから昨日の出来事のブログ作成にはいり、入れ込みすぎて、11時30分。そこから来週決行する山歩きの企画ビラの作成。

 Maya_kikuseidai020n 構想はかたまっていたが、山へ登るヘケーブルの行くまでの行程がいままでなら躊躇せず歩きとしていたが、全体の年齢を考え、バス利用を考えたため、インターネットで神戸市バスの摩耶ケーブル下との連絡経路と時刻表を調べ、JR、阪急の駅とのタイムリーな連絡時間を調べるのに大分時間を使ってしまった。

 

Dsc00131_1  昼ごはんも10分で済ませ、パソコンに再度向かい、コースを何とか固めて、ビラ原稿の作成に入る。やっとできたのが午後3時となった。他に配布する別件のビラもあり、同時進行で出かけた。外は雨が降り続く。モンベルのレインウェアで身を固め、折りたたみ自転車にまたがった。両方ともビラのコースは知り尽くしている。

 ひさしぶりの行動だが、阪急駅前のマンションや建物は、ちょっと見ないうちに細かく見てみると、外壁塗装したマンションが見違えていたり、木造の家が廃墟同然になっていたり、オアシスのスーパーが近くに移転することを聞いていたが、もう10月3日からりリニューアルオープンということで時の流れは速い。

 また終わりのほうで、地域南側の田舎の面影が残る地域に入ると、いろんな果実が実っているのに目がいった。秋は確実に深まっていきつつかるのだなと思った。

休日土曜日のできごと

 本当は30日に書くつもりだったが、昨日は妻と2人だけの夕食となり、それはそれでいいのだが、テレビ11チャンネル(テレビ大阪)で「土曜スペシャル、『秋の旅はのんびり派連泊でお得な宿』」を見ながら、ビールの後の日本酒を飲んでしまったため、酔いがまわり、「まあ、いいや!」と何もせず9時過ぎに寝ていまった。

 さて昨日の話だが、午前中、子どもの保育所時代から顔見知りだったKさんの葬式に行った。突然の訃報である。なんでも肝臓の病気が致命傷らしいが、検診でわかり、入院したがすでに遅かったらしい。

 Kさんは保育所で知り合ったときから車椅子であった。もの作りが得意で、少年団の行事でもなにか提供してもらった記憶がある。また葬儀の中で知ったことだが、車椅子バスケット競技にも参加していた。だから車椅子の男の人たちが、それもたくましそうな人ばかり10人ほどが参列していた。またカワムラサイクルといって車椅子製造メーカーだが(従来は自転車製造をしていた)、協力してネパールの人たちに車椅子を送る運動をしていたということも聞かされた。

 すごい事をしていたんだと驚いたが、そんなことはその人が死んでみてはじめて知るケースが多い。しかし僧侶の土経が終わり、家族代表のあいさつが一人娘のKちゃんからあった。おとうさんを本当に尊敬している姿がいじらしく、かって反抗期にはおとうさんに反抗したこともあったらしいが、しかし今その尊敬するおとうさんの背中を見ながら、福祉の仕事をめざしてがんばっている。また少年団活動でも、指導員として活躍している姿はずっと知っていた。

 思わず涙が流れてしまった。

 簡素だがいい葬式だった。この2年間でぼくのまわりでは、同じ世代のお父さんが二人も亡くなった。生きていればまだまだ社会貢献ができていただろうと悔やまれてならない。

 さて、午後からは時間的に間があんまりなかったが、もともと計画していた医療生協病院主催の「市長と語ろう明るいまちづくりのつどい」に行く事にした。喪服を着替え、近くのそば屋(若いオーナーが経営)で昼食をとり、自転車で今走ってきた道に近い床下川(尼崎のメインの川)ぞいに南に走り、中心街、阪神尼崎駅近くのアルカイックホールへ行った。

 前半のプログラムでは午後1時からはロビーでのパネル展示だけなので、横の文化センターで尼崎の歴史展(無料でほとんど草の根的展示)に入った。今住んでいる南武庫之荘地域の30年前の写真など見て「むかしはなんと田んぼばかりだ」と驚き、尼崎がもともと由緒ある街道の中継都市だったことをあらためて知った。

 20060930_dsc00164

会場にもどり2時から1分間スピーチが介護施設やいろんな団体からあり、ほそんど寝てしまったが、3時からいよいよ市長を囲んだパネルディスカッションが始まった。市長が入場する姿、あとの退場する姿は他の首長ではなかなか見られないスタイルのよさがある。さすがにもと航空会社のスチュワーデス出身だ。

 かっこのことはそれぐらいにして、医療生協の関係者と立命館大学の先生(リム・ボン教授)と白井市長ということで、医療、食、住に話がおよんだが、わが街+、尼崎は平均寿命を見ると、全国の政令都市の中で男性ワースト1位らしい。午前中のKさんの死去とひっかかる。いったいどうしたことだとう。

 ただこの4年間の中で不動産業者8社が分析した都市の中での人気上昇率ナンバー4が尼崎ということ。その要因には美人市長白井さん存在がおおきいようだが、それは美人というだけでなく、それまで市の中でどんな談合、癒着があったかわからないような印象が尼崎にあったのだが、それがいっぺんに払拭されたことがあるだろう。また女性の視点から、これは全く知らなかったが、職員の食生活の改善、健康チャックの重視をおこなって話題になり、NHKのクローズアップ現代やその他の番組でも取り上げられたらしい。今それを小学校、中学校、保育所などに広げているということ。そのもとは財政再建団体になりかけて、今その建て直しで、医療、社会保障の費用をいかに効率的に実質的に縮小できるかということもあるらしい。

 とにかく健康な人が増えれば医療費全体は抑えられる。そのためにかける費用な惜しんではいけないと思うのがぼくの考え方だが、市長サイドではそれもいかにお金を掛けずに成果を挙げるかということが命題らしい。だから医療生協のような民間の力への期待は大きい。

 とにかく尼崎は自慢できる町になってほしい。ぼくの提言としては、健康との関連でも今の車社会をいかにかえていくか、その一環として自転車の活用、市営バスの利用者を増やすこと。とくに自転車は、尼崎は平地ばかりのため乗る人は多い。しかしちょっと遠くになるとどうしても自動車やその他になるだろう。ただぼくに言わせれば尼崎市の端までいってもせいぜい10kmか。ちゅっと図っていないが? 健康な人ならお年寄りを含め全部自転車でいける範囲だ。

 ただ自転車の通行場所について、歩道のある道路では歩道を走っていいことになっている。また国道2号線ぞい(いつも通勤で使っているところ)は、自転車道路がある。しかし名実ともに自転車専用道路ということになっていない。市民のコンセンサスもない。だからそこを歩いている人はいるし、交差点では道路を渡るために待っている自転車や歩行者がその道をふさいだりしている。またバス停も自転車道路にかぶさっている。

 もっと小さい歩道のある道路では、歩道の段差が大きすぎて、走りにくい。

 できればもっと自動車が走りにくい生活道路をたくさん作り、自転車や歩きのほうが便利だとか思えるようにしてほしい。ヨーロッパのように商店街各地に駐車する自転車を「放置自転車」と悪人に決め付けず、客として地点、地点に駐輪場所を作る。それもオシャレに。そうすると若い人にとっても自転車に乗ることがもっとトレンドになる。 こうするときっと自動車から自転車に衣替えする人が増えるのではないだろうか。

 次の段階としておしゃれな路面電車を走らせる。これはきっと街の売り、観光材料にもなる。たしかバスに比べ路面電車のほうが1台で運ぶ人の数が格段に多いらしい。それにガソリンを使わないので、空気を汚さない。

 以上はぼくの期待するわが町「尼崎」への希望だ。ただ交通網に関しては1市だけの問題ではないのでもっと多くのところに広がらないといけない。夢は大きいが先は遠いか。

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