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2007年1月31日 (水)

給湯器また停止!

 給湯器は結局買うことになったのだが、まさか今日家にかえったら、故障しているとは思わなかった。しかも明日は本格的な冬将軍になるというのに。

 しかし現実はきびしい。給湯器の室内操作パネルは、表示がストップしていて、何度給湯スイッチを押してみても反応がない。昨日のオアシス的幸せはつかの間のものであった。

 対策は、ただやかんで湯を作り、ひたすら浴槽にそれを入れるしかない。おおきなやかんをもうひとつ見つけたので、2台を使ってガスレンジでひたすら沸かす。僕はせっかちなので、まだ浴槽に10cmもお湯がたまっていない状態で入った。頭は冷水のままで洗った。背中にかかる水が冷たい。浴槽では、洗面器を使って中で身体に流しながらあったまった。2男はいつも朝風呂でシャワーしているのだが、その段階ですでの故障していたのだが、それを知らず裸になり、シャワーを出しておどろいて悲鳴をあげたようだ。

 これも貴重な経験だろう。ぐちをこぼしても仕方がない。悪条件でもそれなりになんとかなるものだ。ものは考えようだろう。しかし、こうなったら35万円は惜しくないぞ!弱音をはいてしまった。

 さて今日の通勤自転車は、朝は、例のだぶだぶタイツ青年がまた僕を抜いていったが、こちらが発進しはじめに抜いていくからまあ納得できる。しかしなぜかずっと彼についていけて(ただ決して無理はしていないつもり)、土佐堀の付近ではこちらは道路側を走っていたせいで、橋を下る付近で一騎に抜いてしまった。ただあと考えるとちょっと筋肉を使っている。脈拍もちょっとあがっている。やはり意識してしまっていたか。

 帰りは6時15分ほど職場を出たはずだが、家についたのは、7時45分。おかしい!そんなはずはない。ただ途中、コーナンに併設したジョーシンによったことが遅れの原因だろう。ジョーシンではこないだ壊れた電子手帳の替りを探したのだが、係員に聞くと「電子手帳はありません」と、つれない返事。職員の対応としては、ちょっと冷たい。客がなにを望んでいるのか、もっと親切に聞いてほしい。ちょっと印象が悪かった。

 結局いままで電子手帳を販売していたのに、予定や電話帳は携帯電話で充足しているので、今後作らない方針らしい。僕は携帯を所持していないので、今までの電子手帳が助かっていたのだが、最近は目覚ましもその中の機能に入っていたのでよく使っていた。これもまた消費者のあらゆるニーズに対応してほしい。いままで売っていたのはなんだったんだろう。ただ売れるものだけ売り続けたらいいという考えかと抗議したくなる。

 まあもう一度落ち着いて深呼吸してみると、最近壊れるものが多い。給湯器、電子手帳、テレビのリモコン。何でも10年もったらよい方ということだろう。消費社会の反映だろうか。

 まあ明日は妻と3男といっしょにスーパー銭湯に行って食事もしようと約束した。 

2007年1月30日 (火)

給湯器修復!しかし完治ではない

 給湯器の故障で昨日と、今日の朝は寒さにたえた。とくに髭剃りの場合は、冷たい水が辛い。今日の修理立会いは妻に任せた。

 夜8時まえ家に帰ってくると、床暖房は稼動している。「なおった?」と、パソコンの前に座っている妻に聞くと「一応直っているが、水漏れがそこらじゅうあるようで、応急措置はしているけれど、またいつ故障するかわからないと言われた」ということだ。

 ということは、機械全部を取り替えないといけないということ。提示された給湯器の値段はなんと35万円! 「え~~~?」 このマンションでも次々取り替えていることは知っていたが、そんな寿命は短いものかと疑問に思う。また本体の値段はやたら高いではないか。

 ただこの給湯の恩恵はありがたい。さっそく風呂にはいり、つくづく「ありがたい。ありがたい」とお経のように繰り返した。その点ホームレスの人たちは、暖冬といっても十分な暖房施設のないブルーシートの家で暮らしている。なんという格差。

 さてきょうは朝の通勤で、新大阪に勤めているという快速青年が信号待ちの交差点で後ろから「おはようございます」と話かけてきた。「お元気ですか」とも言ってきた。彼は35km/hで走っているので、競争はしない。僕の快調速度は30km/hと思っている。

 それでも帰りの走りでは、これは錯覚だが、スキーで走っているように道路を滑っているような感覚になった。これ自体でなんともストレス解消になる感じになる。ただそれは、無風か、追い風のときにそう思う。今日は帰りが無風状態だった。ときどきバスと抜きつ抜かれるになるが、バスの後ろからの発信では、思い切ってバスの真後ろにつき、ギアを2段ほど上げて思いっきり走る。すると40km/hぐらいで走ってもついていける。ただしかなりブレーキ操作に自信がないとバスが急停車することになると危ない。

 とにかくただでこれだけスリルと運動とストレス解消になるものはないと思っている。また格好もそれなりに自慢できるではないか。これは自分のモットーにピッタリ。みなさん、自転車運転は派手色で、かっこよく体にピッタリのウェアで、自転車も明るい色にしましょう。道路はもっと花が咲いたように明るくなるでしょう。

2007年1月29日 (月)

給湯器故障!!

 朝、顔を洗おうと洗面所の水道を湯の方にして開けていたが、まったく冷たい水しか出ない。風呂の水道を試してみたが同じ。一昨年の年末も故障し、3日ほどえらい目にあったが、今日家に帰って、風呂に入れないことに愕然とした。また「不幸転じて」と考えて、スーパー銭湯にでもいこうかととも思ったが、車でしか寒くていけない。近くの銭湯も廃業してしまっている。

 それじゃあと、手っ取り早い方法として、庭に転がっている大型やかんをきれいにして、それを沸騰させて、浴槽に入れてみたが、3回入れた状態で、ようやくぬるい湯で入ることができた。

 早速僕は最初に入って、その間もやかんを沸かし続けて入れ続けた。ただし、顔を洗うときは水にした。だが、我慢すれば案外できるものだ。

 よく考えてみると、阪神大震災でガスがしばらく供給停止して以来の体験だ。去年の故障は、床暖房のみが停止したが、給湯は正常だったので、まだましはましだった。

 しかしこういう近代的生活に甘んじていると、故障してしまったとき急激な環境の悪化を感じてしまう。

 さて自転車通勤は、はなはだ快調な体調のため、自然体で走ることができている。以前抜かされたロードバイクの若者に今日も抜かれたが、動じることなく、マイペースで進むことができる。彼はどうも赤信号もパスしている様子で追いつくことはない。下半身が、ゴワゴワのウェアをはいているようだったが、ファッション的にはいただけないと思った。

 帰りの道で気になったのが、やはり道路の逆走自転車と、生活道路での無灯火自転車。まったく見えないときがある。一台目に遭遇したときは、ちいさな声で「ライトつけてや」とすれ違いに注意したが、また別の人に次々出会い、だんだん大きな声になってくる。本当にあぶないのだ。もし正面衝突したら大変なことになる。

 またときどきふらふらした自転車が、進行方向から向かってくることがあるが、こともあろうに、わざと近づいてくるのがいる。こちらの姿が珍しいからと思われるが、危険を感じる。

 今日の道路標示温度は、朝4℃をさしていた。ちょっと指先が痛い。足先も痛い。体はそれほどでもない。今年5月でいよいよ丸6年経過。これからどんな目標とモチベーションで走り続けるべきか、ちょっと考える今日このごろである。

2007年1月28日 (日)

東京の2日間、新幹線の旅

 いまだ家から離れて一夜を過ごす時は、このブログを書き込むことができない。なにせ携帯電話は所持していないし、ノートパソコンもない。したがって、金、土曜日のできごとは今書いている。ただホテルの部屋にインターネットの線がついてきたので、それが残念だった。 

 この2日間は東京で会議のため缶詰。会場は東京駅八重洲口出口から200mぐらいしか離れていない八重洲ホールという会議室専門に利用できるビル。本当は丸の内側の駅舎を見たかったし、そのシチュエーションをデジカメに撮ろうと思ったが、時間的に無理だし、前にも来たことがあるが、案外東京駅を縦断するだけでかなりの距離だ。

 会議は自分の働く協同組合組織と同業の他県あわせて10府県での定例交流話しあい。それだけでも日本の文化は多様だなと話を交わす中で思う。ところで新幹線の旅は、いまやほとんど「のぞみ」が主流で、2時間半で大阪ー東京間を走ってしまう。これがなんとも中途半端な時間だ。同僚と会話をして過ごすとあとちょっとあまるぐらい。そのあと本を読むにも時間はのこり少ない。ずっと寝たまま過ごすにはちょっと長い。トイレに入るといまやタッチするだけで水が流れる仕組みになっているが、水も「ズボッー」という感じで一瞬のできごと。さすがに新幹線だと関心する。

 しかし景色を眺めるには新幹線は似合わない。富士山を探しているうちに最初の裾野らしきものが見えて、よくわかわないうちに反対側を過ぎ、いっきにとおりすぎてしまう。やはりこの乗り物は旅という言葉に似合わない。

 東京は中央区などおもな区で立ちたばこ禁止条例かなにかで、表ではすべてタバコをすいながら歩いたり、立ちタバコなどできない。それを知らず他県から出てきたわれわれの中のメンバーで喫煙をする人たちが、昼食を終え、ビルに入るまでの間、タバコをすっていたが、「たしかここでは禁止のはず」とみんなで話していて、あわてて「そうだね、そうだめ」っとすうのをやめた。

 さて宿泊は「アバホテル 日本橋駅前」。ちょうど前日、そのアバホテルの京都ビルが耐震偽装が発覚し、社長が記者会見であやまっていたところだ。ちょっとビビった。しかし急激に人気があがったホテルだけあって見た目はきれいだし、他のビジネスホテルではないサービスが施されている。

 まず大浴場があることに驚いた。最上階がそれで、夜は午前1時まで。朝も6時から利用できる。部屋の鍵はカードでタッチ形式。新しいだけに室内はきれいだ。

 ただ今回難点だったのは団体19人で宿泊したが、一塊でチェックインするのでなく、一人ひとりが紙に個人名で記入する。しかもそれを順番にならんでカウンターに出すのでが、担当の人は、いちいちパソコンに名前から打ち込んでいるようで異常に時間がかかった。これははじめての経験だ。ちょっとそのへんの融通がきかないかんじだ。

 夜はみんなで居酒屋風の店にはいったが、このあたりは東京駅に近く、土地の価格が高いせいか、入った店の横幅が狭く、中も地下に入っていき、迷路のような通路を通って目的の席に案内された。思わず非常出口があるかどうか目で探した。新潟組合のTさんの勧めで、日本酒をどんどん飲んだ。

 店を出たあと雨が降ってきて、二次会に行ったメンバーとは離れ、ホテルに戻った。まだ9時だったが、酔いも影響し、うとうととテレビを見ていた。こんなになにもせず夜を過ごせるのもめったにない。

 帰りの新幹線は、夕方5時13分東京駅発だが、指定をとりながら自由席に乗った。ただ、喫煙車両のようで、まわりでプカプカ煙が吸う人が多く、車両全体がくもってみえる。家にかえってからジーパンやシャツはタバコのにおいが染み付いている。

 家にかえってから夜テレビをつけていたが、たまたまNHKBS2で「男はつらいよ、紅の花」?。第48作(最終作)をやっていた。これは阪神淡路大震災にまつわる映像と、なんといっても渥美きよしが寿命が残り少ないことを自覚しつつ、渾身の思いであろうと思われるが、撮影を合間はずっとベッドで横になりながら取り続けたということが跡で知った作品である。

 すでに11年以上前になるが、今はなきおいちゃん、タコ社長などみんな今見ても年たったなあと思えるぐらい、やはりそのシリーズ最終ということが伝わってくる作品だ。

 映画が終わって、山田洋次監督をまじえ、山本晋也さん、その他でいつものように視聴者の感想FAXをいれ、解説と感想を話しあっていたが、山田監督は、「男はつらいよ」という映画の独特のワンパターンをあえてくづさず、むしろこだわって作品を作っていたということを、はじめて聞いた。少年のときから初期の作品から見ていた人も40歳近くになっているのだから、まさに自分の人生とダブッて見ている部分がある。

 ぼくもこの48作を見て、あらためて震災のときのこと、その渦中のなかでこの映画をみたんだということを思い出す。途中から今23歳の息子が帰ってきたが、僕たち親といっしょに恒例のように毎年よくこの映画を見に行ったもので、当時はまだ11歳だったんだろう。ちゃんと場面、場面が焼きついているようで、「ここ見たことある」と、思い出していた。

 あまり寅さんシリーズをすきでない人もいるようだが、ぼくはこれだけひとつのパターンにこだわって、48作品人気を落とさず、むしろ今テレビ映画でよく上映されている作品はないと思うし、とてもすきだ。また、初で見たそれぞれの作品は、ちょっと地味な映画に見えるときもあったが、今このBSで山本晋也監督ともう一人の方の解説を聞くと、そのワンシーン、ワンシーンにまつわる深い逸話があり、より深く理解できる。この映画は時代が流れても日本文化のある時期を映し出している基調なものとしてますます価値が高まるのではないかと思う。

2007年1月25日 (木)

今日も朝は5℃からはじまる

 今体調よし! 今日は今週3日目の通勤自転車。だんだん調子がでてきたが、明日は、東京出張のため、直行、新大阪駅に電車で向かう。

 寒いのか、どうなのかわかりにく生半可な1月の後半の季節だが、それでも朝は適当に寒い。いつもの道路標示は5℃を表示している。去年ならもうそろそろ1℃ぐらいの日があり、足には使い捨てカイロを張っていることだ。

 しかしカイロを使うことはないし、手の先が痛くなることはない。このままでいいのだろうかとちょっと疎惑う。やはり地球温暖化の現象とみるべきなのだろうか。ただ走るのは快調だ。他のホームページだが自転車博物館日記を書いている堺の自転車博物館館長の中村さんが毎週日記を書いてる。その中に「冬は防寒タイツが足をある適度閉めつめるため、あえて早く走ろうとはしない」と書いてあった。

 たしかに僕自身なぜか2号線にはいったときに、他の季節なら30km/hは楽に超過するが、なかなか30kmにならない。「ああ、こういうことか」と改めて認識した。

 今日の帰り道は、腕をしっかりハンドルブレーキに固定し、腰と足と腕の3箇所を軽い感じで使い、ペダルをこぐ。なんともいえない安定した感覚だ。別に無理をしているわけでもない。足は進むにまかせて走っている。自分だけのペースだ。この状態なら200kmでも進んでいけそうな感覚だ。 

 自転車運転、なかでもロードバイクでの一定のスピードでの走行は、なれてくると心臓の鼓動も1分間に120回ぐらいの感覚で、楽に歌でも歌えそうな状態になれる。それでもかなりのスピードで進むことができる。自分のパワーだけの世界だ。まさに結果的には環境にやさしい。何の化石燃料も使っていない。しかも歩くより、走るよりもっと別のスピードで長い距離移動することができる。

 このおもしろさをもっとたくさんの人に味わってほしいと思う。これは今体調がいいのでそう思うだけだが、やはり体調の悪いときはさすがに楽しくないこともよくある。

 なにごともベースは健康状態をよくしておかなくてはいけないのでしょう。

2007年1月24日 (水)

寒いのか、温いか!

 今日の朝はちょっと寒く感じる。とくに自転車に乗るまえ、ゴミ出しに行ったが、下半身に寒さを感じる。走りはじめても、手の先がちょっと寒い。しばらく国道2号線を走ると内部から暑さを感じてくる。そのうち道路温度表示があり、5℃をさしていた。「なんだこんなものか」という感じだが、体感的には3℃ぐらいかと思っていた。

 今日のウェアは、上半身は下着の上にわりに薄い自転車アンダー、その上はウールのトックリ、その上に自転車ジャンパーという着こなしだ。言えることは、向かい風ですぐ寒くなることだ。風の受ける感覚は冬はとくに直で体に伝わってくる。

 仕事の方は朝と昼とあわせて3件の会議。かなり頭を使ってしまった。おかげで帰りの通勤は、体を動かすことがここちいい。

 ところで、信号に対する考え方についていいたいが、テレビの番組でも関西人と関東人では、信号を守る比率が違うという想定で調査すると、実際は関西30%と関東40%っぐらいの差にすぎないという。しかしそのレギュラーたちはそれほど守らないことはたいしたことではないという価値観でしゃべっている。僕は法律を破るとつかまるからという消極的理由で信号をかたくなに守っているのではないと考えている。明らかに危ないからだ。

 ちゃんと注意すれば信号が赤でも渡れると考えている人は多い。そういった調子でぼくなんか通勤していたらどうなるかということだ。たしかに赤信号でもクリアしていくと確実に着く時間は短縮されるだろう。しかしその習慣で道路を走っていたら、すでに信号を無視しつづけないといけなくなる。

 ぼくは16kmの片道をだいたい50分かけて走っているが、その範囲の中でまちがいなく時間どうりに職場に着くことがわかっているので、あわてることはまずない。むしろ交差点で時計の見えるところがあるが、絶対それを見ない。見てしまうとちょっとあせるからだ。時間は体感で感じている。

 こうすることによって自分に精神状態を平常心にたもっている。これが遠距離通勤自転車をつづける極意かもしれない。注意しないと危険な場面はやまほどあるが、気持ちの中は電車で毎日通勤している人と同じで行くがままにまかせている。決して急ぐ必要はない。以前は自転車で走っている間は何を考えているかというと、今走っていることを考えている。しかし最近はいいことかどうかわからないが、職場のこと、自分のことを考えたりしている。夕食のメニューをどうするか淀川大橋の登り坂を走っているときに考えているときもある。すると坂の登りが知らない間にすぎていたりする。

 また走りを楽しんでいるときもある。道路走行で自動車と併走しても絶対あぶなくないと思われえることがある。それは発信時と渋滞時。発信時は自動車はそんなに急にスピードはあがらない。またある程度渋滞状態のときは、かなり遅いスピードしか自動車にしても出すことができない。だからその間断をすっと抜けることは可能だ。しかしそれ以外は全体油断は禁物で車線変更など、かなりの注意とパフォーマンス(手での合図)が必要だ。

 とにかく信号に対する考え方は様々という現状はしかたがないとしても、お互い守っていく方が流れはきれいだ。それに安全だ。

2007年1月23日 (火)

自転車礼賛

 昨日はココログ修復中ということで、ブログを書き込めなかった。

 さて今日朝走っていて、ふと折りたたみ自転車に乗る女性を見て、ふと自転車に乗ることはなんでもいいんだと思った。というのは20インチタイヤらしい折り畳み自転車の女性が交差点を横断している姿が、ペダルをうまく調整しながら走っていたが、なぜかそれがかっこよく見えた。

 いままで、ぼく自身ロードバイクにまたがって、ユニホームも普通とはちょっとちがう自転車専用ウェアに乗っているので、普通の自転車に対していわば差別意識をもっていたかもしれない。しかし今日気づいた。どんな自転車でもそれなりに、自分の自転車にまたがっているあいだにきっとその自転車そのものの楽しさを感じているはずだということだ。

 たしかに下駄代わりというか、歩いていくのが面倒くさいので自転車を単なる道具として使っている人も多いだろう。しかし、それでもそれなりの技術は誰でも必要だ。

 今そしていろんな自転車の種類が増えている。ママチャリ、ロードバイク、マウンテンバイク、折りたたみ自転車、電動付き自転車、一輪車、三輪車、etc。

 もっと自転車をさらにすきになればいい。また自転車関連に映画でも製作してほしいものだ。

 さて昨日書けなかったので、昨日のことを。昨日は休みを取ったが、月曜日。朝9時までには、燃えるゴミを出す日だ。それから洗濯物干し。それから、8時15分から「芋たこなんきん」を見る。そのあと妻のマウンテンバイク前輪のリムを入れ替えるため、ずっと庭にほったらかしにしていた、別の前輪をとってきて、スポークをはずし、今の妻の自転車の前輪を外す。

 もう10時半になっていて、ぜひ久しぶりにいこうと思った、スーパー銭湯「湯の華廊」へ向かった。ただその前に途中にあるホームセンター「ロイヤルホームセンター」に行き、ほしいものを買った。

 いよいよスーパー銭湯に行き、30分ほどおもにかけ流しの露天風呂に入り、サウナに入り、水風呂につかり、またかけ流しに浸り、風呂をあがった。天国気分である。ついでにこの施設に併設した平和堂というスーパーで買い物、近くのコーヒー豆販売の店でグァテマラとブラジルの豆を買う。なにかリッチな気分になり、いい気分で帰る。

 Dsc00030 このへんで昼寝というところだが、午前中にやり残した自転車前輪の組み付けにかかる。自慢じゃないが、一応自転車整備士の免許をもっているので、試験に前にかなり練習をした。しかし最近やっていないので、要領が悪く、2時間かかった。もう夕方だ。まあそれでもなんとかいい形に完成し、自転車にはめると前輪だけ新品のようになった。

 天気が悪くなり、風が強まるなか、その自転車を試験運転してみる。「よし、よし」調子いい。自転車をいじる喜ぶが久しぶりに復活した。

2007年1月21日 (日)

2日酔いの日曜日

 Cimg0043_4 今日の新年会は、ちょっと飲みすぎた。よく考えて見ると、ビール1本ぐらに、日本酒1号、その上ワインかなり。二次会に行ってだんなだったかよくわからないが、チューハイをどんどん飲んだような気がする。しかしその店は、カラオケが常設されているのにぜんぜん歌わなかったのが心残りだ。しかし、これからの職場のことで、役員の若手医師を一人まじえ、議論が白熱してしまった。でも家にかえるまでJR立花を降りてから、千鳥足になっていたのは覚えている。それでも昨日ブログを書き込んだが、よくっできたものだ。

 というわけで朝起きると気持ちが悪いというか、お腹のぐらいが悪く、今日トイレに4回もいった。ただ下痢ではないので足かわず。

 さて今日は今日で適当にいそがしい。昨日書いたように妻は、横浜に出かけているので、家には長男、2男と3人。朝は9時からマンションの月掃除当番なので、掃除作業。隣の家といっしょにやるのだが、Yさんも留守のようだし、妻もいないので、4階の階段から、箒で掃いて、そのたもろもろ。1時間以上かかった。その後は洗濯物を干す。そのときまたメジロが一匹すももの枯れ木にとまって鳴いていた。こんごぜひすまくシャッターチャンスがあれば、このブログにメジロくんをアップしよう。

 Cimg0047 さてそのあと、昨日からほったらかしにしている玄関前においてある自転車のパンク修Cimg0048 理。実はぼくはこれがどうも苦手だ。今回も昨日パンク部分にパッチを張っているので、空気を入れてみたのだが、そのパッチ箇所が完全にずれていて、パンク穴を横切っている。洗面器に水につけると「あれ!」、空気がもれ泡が出る。

 しかたがないので今度は慎重にその穴を真ん中にしてパッチを張り、30分以上置いていた。その間に昼食をとり、再び作業。今度は成功。

 ところで昨日の段階で、後輪のパンクだが、自転車屋さんと同じようにタイヤ全体をはずさないままで、タイヤゴムをリムから片面はずし、中からチューブを出そうとするとどうもクランクに近い部分がつかえてはずせない。おかしいぞとよくタイヤの位置を見てみるとあきらかに左によっている。よくハブの締め付けナットを見ると明らかに緩んでいる。これでよく走っていたものだ。それをなんとか直すため昨日は時間がかかり、その後職場に行く時間まで割り込んでしまい、作業中断で今日になっていたのだ。

 昼からは、地下室(といっても天井高が1.45ぐらいで立てないが、広さは6畳以上あって、倉庫代わりと自分の机を置いて、書斎兼音楽室でもある)で、サイクルマガジンを読もうと降りたのだが、ギターに目がいき、新版「うた、うた、うた」という歌集の楽譜を見ながら、歌を歌っていた。その中で紅白で人気上昇したという「千の風になって」があるではないか。これを練習してみたが、なかなかいい曲ではないか。ひとついい曲を見つけたという感じ!。ちょっとうれしくなった。

 そうこうしていると3時を過ぎ、今日よろうとしていたまたまたずっと南の自動精米機を目指して、玄米10kgをもっていく行動に出た。ちょうど朝直した自転車(3男管理)を試験もかねて乗っていった。自転車はなかなかよくなった。藻川という川ずいに下っていく。そのまえにJR立花近くのナンバサイクルにマウンテンバイク用スポークを買いにいった。これは妻の自転車前輪がかなりリムの側面がけずれて減っているので、庭にほってあるもうひとつのタイヤのリムと交換してみようと考えたのだ。でもこれはタイヤの組み付けをやらないといけない。明日の宿題だ。

 家に帰ってから、5時を過ぎたが、入らない紙にこれから買い物に行くお品書きを思い出しながら書いて、また阪急武庫之荘横のピーコックという大丸系のスーパーに出かけた。ただメモをしたにもかかわらず、靴下とカレールーを買い忘れた。

 まあとにかくウィークデーは忙しすぎて買い物が週末に後回しになるが、ほとんど買えたので、大満足である。

やっとっ週末

 やっと週末、ただし職場の役員を交えた職場の新年会がある。出勤は昼からだが、なんとかうまく新年会まで終えるというプレッシャーがある。

 理事会は順調に予定時間で追えて、新年会も午後6時ちょっと前にはじめられた。ビンゴゲームも担当を決めていたのでうまくこないしてもらい午後7時45分には全体を終えることができた。

 しかし主なメンバーで二次会に行った。それはそれなりによかったが、終わる時間が11時30分をまわってしまい、あたふたと地下鉄の駅の駆け込んだ。しかしなんとこの時間に帰る若者の多いことか。とくに女性が多い。すでに12時を回っていた。帰りだいぶ酩酊状態で、もよるの立花駅ついてから家に歩いてかえれまで足がおぼつかない。やはり、ビールと日本酒、ワインを飲んだことが災いした。かなり酔っている。

 しかし今日は役員一人と二次会で有意義や話ができた。あとは寝るだけ。おやすみなさい。

2007年1月19日 (金)

道路交通マナーは良くならないのか

 今日通勤運転中、憤りを感じることしきりである。

 信号無視を堂々としていくバイク。2車線を一気に変更してくるタクシー。優先でない信号のない交差点を左右もみず横断しようとする高校生。逆進で2列に走ってくる学生。歩道で対抗してくる自転車でよけようともしない自分中心の人。子どもを後ろに乗せているのに信号がすでに替りつつある道路を無理に渡ろうとする母親。

 以上は今日1日で見てきたことである。それから僕自身あぶなかったのは、道路にとまっている車がすぐ直前を通り過ぎようとしたとき、急にドアを開けてきて間一髪でよけられたが、ちょっとタイミングが悪いとドアにぶつかるところだった。今日はどうも事故にあう予感というか、遭遇が多く感じられた。

 以上は自転車の視点から見た今日の出来事だったが、いいところも見た。ちょっとやんちゃ系の自動車が信号のある交差点を左折するとき、3人の少年が横断歩道を渡っていたが、かなり手前で通り過ぎるまで停止していた。いいマナーだと思った。ただお茶を濁すようだが、何気なくその運転席に目をやると、携帯電話を片手でもって通話しているようだった。

 それから今日の帰りは、風もあってかなり体感的に寒さを感じる。アンダーウエアの上に自転車ウェア、その上にセーター、その上に自転車ジャンパーという防寒スタイルだが、お腹の中まで風を感じる。下半身もテーピングタイツの上に自転車用新購入タイツをはいているが、それが圧迫感になり、足の動きを重くしているように感じる。

 今日の夕食は、オーストラリア帰りの長男が作ってくれたが、豆腐で揚げ物をテーブルに乗せていて、自分で作ったという。家族みんなで驚いた。大学の卒業報告をまだ送ってこないので、気になるが、卒業が確定すれば、就職活動にはいらないといけない。

 妻は明日から、横浜のおば2人家に行く。おばさんたちは、認知症のためグループホームに最近よりお世話になっているが、自宅の処分で、その横浜の家に.3男をつれて、出かける。

 ぼくは明日は、職場の理事会と夕方より理事と職員の新年会のためその段取りの担当として動かないといけない。ただ日曜日から、翌日まで休暇をとった。

2007年1月18日 (木)

深夜までの会議はつらい

 昨日は、夜8時からの会議で、終了したのは10時25分。それから電車で帰って、家についたのは11時20分というところである。帰りしなに駅から家までの道すがらコンビニにたちより缶ビールを6本買った。ちょっとほっとする時間であった。

 しかし家に帰ってからすぐ寝れたらいいのだが、風呂に入り、ブログを書いて寝たのは2時になってしまった。

 朝起きるのがこのうえなく辛い。なんとかがんばっていつもの起床の時間6時半に布団から出た。

 かなり疲れでまひしているせいか、行きの自転車通勤はおもったより足がよく動く。ただよく状況を見てみると、ちょっと追い風だ。家を出る前資源ごみをすでにくくっていたのだが、3回ごみ回収場所まで往復することになり、ちょっと家を出遅れた。

 仕事も適当につまっていて、息つくひまもあまりなかったが、帰る時間は期待できたのでちょっと気は楽だった。

 帰りは思ったより温度が下がり、風も出てきて、寒さを感じた。最近は耳あては、はずせない。しかし自分ひとりで走っていくのは、電車などに比べていつも思っていることだが、とても気が楽だ。日ごろの運動に対する不安はなにもなく、毎日できているのでむしろ満足だ。そういったことに不安はまるでない。

 明日は、イエローの上着で走ろう。

今日は阪神・淡路大震災メモリアルデェー

 もうまる12年になるが、今日が震災のあった日だ。僕はあの日はちょうど連休で家族2グループで但馬地方スキーに行って、帰ってきた次の日の朝5時45分ごろだった。

 グラグラからはじまって徐所に振動は大きくなり、バリバリという感じでどうなるんでろうと、半分寝ぼけまなこで恐怖を感じた。なにしろ当時は、今のマンションのひとつ前のマンションにいたわけだが、妻と2人寝ていた部屋は、両サイドにタンスともう一方には、アップライトピアノを置いている最悪の条件。とうぜん条件反射的にとびおきて、ピアノを押さえていた。

 なにがなにかわからず、収まるのを待ったが、別の部屋から子どもたちの目がさめた声が聞こえる。長男は玄関となりの部屋に一人で寝ていたが、ドアの前の洋風棚がドアに倒れ掛かっていた。台所は、たくさんの食器が割れた状態。これはかなり大きな地震だろうと思ったが、まさか6,000人以上が亡くなるとは想像もせず、これは10人以上は亡くなっているかもしれないとそれぐらいの認識だった。

 その後電気は、大丈夫で、テレビはついた。そしてたくさんの電車が停止状態になっていることがわかった。しかしガスと水が使えない。外に出て公園にいったん非難したが、真冬の寒さが身にしみた。それでうちの家から、焼却炉を持ち出し、公園で瓦礫などを燃やして暖をとった。同じマンションの人がたくさん出ていた。

 しかし電話はつながらないし、電車は動いていないので、職場にはいけず、悶々としていたが、そのまま職場に連絡がつかないまま夕方まで家にいた。その間街を回っていたが、各地の道で、水道管が破裂して水が噴出していたし、ガスのにおいが漂っていた。また知り合いのマンションではドアが開かず往生していた人がいて助けたりした。

 まだ尼崎地域は被害は少ない方だが、それでも人は死んでいる。

  夕方公衆電話をさがしまわって、ようやく職場に電話したが、かなり職場にこれていない様子だった。とりあえず自分の家の生活をなんとかしようと思った。妻は西宮市職員だし、保育士だから朝から職場へかけつけている。子どもたちはじっとテレビに向かっていた。

 その日はどうすごしたがよく覚えていないが、翌日も電車は動いていないが、とにかく自転車で職場に行ったことは覚えている。

 そして日が経つに連れて、被害がどんどん大きいことがわかり、死者の数が増えてくる。

 職場では神戸、西宮への支援の話がでて、とりあえずバイクを6台ぐらい買い、他の県からの応援をうけてその方面に向かった。そのあと何回か西宮に向かったが、道路はひどい状態で、日に日に状況はかわるが、最初はかなりの時間をかけて現地に到着した。

 また毎月神戸へ職場の銀行データを読み取ってもらうため、大型フロッピーをもっていっていたが、それができないので僕が自転車で向かった。そのとき見た神戸の様子はひどかった。家から神戸方面に近づくにしたがって被害がひどく、国道2号線のとおりに家が道に覆いかぶさって倒れていたりする光景を何度も見たし、神戸では道路にかぶさるビルも見た。道路も瓦礫、破片が散らかっていたのを覚えている。

 その後も尼崎でさえ、公園にプレハブを設置して、被災者が暮らしていた。学校の体育館にもかなり長期に非難した人であふれていたが、それがなくなったのはどれくらいたってからだったがよく思い出せない。とにかくその間次男、三男たちの中学校で卒業式が運動場でおこなわれたこと、小学生だった娘は、となりの学校にしばらくかよったことなど思い出される。

 その春僕はよく山へ行った。たしか3月ぐらいには震災覚めやらぬ六甲へマウンテンバイクでこいで登った。途中なんどか道路に崩れかかっている土砂も見た。

 そのころなんでも自粛してというムードもあったが、一方こんなときだからこそ行事をやってみんなで元気をとりもどそうという考えもあった。しかし当時かかわっていた学童保育では自粛、自粛という雰囲気だったことを思い出す。

 そのため僕は土日が時間があき、とにかく山に行った。このときが一番マウンテンバイクで山に登ったかもしれない。

 またたしか震災翌年、少年団でぼくがまとめ役で第2回淡路島サイクリングを敢行したと思う。そして野島断層がまだ今のように記念館として整備されていまかったが、生の断層をみんなで見た。それは貴重な体験かもしれない。

 あれから12年当時のことをすっかり忘れている。それだけ年をとった。子どもたち4人全員が外国での暮らしを体験するなんて当時は創造もしなかった。震災の翌年今のマンションに引越したが、家族6人で前のマンションから運び出したすももの木は今夏になると100個ぐらいの実をつけるまでに大きくなった。

 ぼくたちは、直接の体験者としてあの震災が人生に大きくかかっているんだなと今つくづく思うのである。

2007年1月16日 (火)

ひさしぶりの通勤仲間!

 去年からほとんど顔を合わせなかった通勤仲間のHさんに久しぶりに遭遇。遭遇といっても後ろから追いついてきて、抜かしていかれるのだが、その間の信号待ちの交差点での会話が唯一の交流だ。

 なにしろ彼は、シマノ工業の社員で、変速機開発の中心らしく、また元登録選手である。それだけに今の走りは本格的だ。ついていくのはやっとだ。平均35kmぐらいのスピードだ。一時的にはついていけるが、なにしろ毎日の自転車だし、年齢的にも無理は禁物ということを自覚する必要がある。あとから疲れが表れてくる。

 それでもなぜか知り合いになった。こちらとしては彼に一目おいている。

 今日の道路温度は6℃という表示だが、もうちょっと寒く感じる。ただ車の量が少ないので、歌島交差点も余裕で通れた。

 しかし、去年よく出会った通勤自転車の人が2.3人見かけない。逆に今年になって見る人が現れてきた。6年走っているといろんな人を見てきた。

 ただ自転車運転のマナーはまだまだ悪い。自転車が悪いというか、自動車も自転車も歩行者も共通してそうなんだが、一番問題だと思うのは、お互いに意思表示をしないこと。 

 交差点をとおりすぎる自転車に対して左折や右折で入ってくる車とのすれ違いで、通り過ぎる自転車は、ぎりぎりの状態でも何食わぬ顔で通っていく。自動車もぎりぎりに接近してまっている。第三者として見ていると、「だいじょうぶか」と怖くなる。よくこんな状態で事故が起こらないものだと不思議だ。

 お互いの意思表示をもっと明確にしていくと、もっと気持ちがいいのではないか。ぼくの場合は、待つ自動車の前を通るときや、対抗右折車にまってもらうとき、必ず手で礼をいったり、合図する。

 いくら自動車という他力本願の機械の中で運転していても、コミニュケーションがあるともっと人間的な交通の流れになるのではないかと思う。道路であっても、もっと生活の場として位置づけて、楽しい出会いと、ふれあいを大事にしてはどうだろうか。

 そうすると知らない人どうしでも事故など発生してもお互いの助け合いが機敏にできるのではないだろうか。

 昨年第一発見者として、自転車の女性がバスに激突した事故でも、みんな関係ないようにその場から去っていった。こんなことではよくない。わが町尼崎としてなさけない。

 どんな人でのいやおうなしに道路を利用しないわけにはいかない。自動車に乗ること、自転車に乗ること、歩行者として街を歩く立場になる。もっとみんななかよくしようではありませんか。

2007年1月15日 (月)

今シーズン初スキー実現

Cimg0036 昨日、おとといとブログ書き込みができなかったが、この2日間は、滋賀県高島市今津町の箱館山スキー場に1泊2日で出かけた。

土曜日は、午後が会議のため、それが終わった午後5時を過ぎ、そのあと女性2人に6時、7時の待ち合わせで、出発した。その前に仕事を終えたあと、職場から近くの銭湯に行った。ラドンサウナがあって、風呂も気持ちがいい。

 いい気持ちになって、まず職場の後輩男性と、もう一人待ち合わせした女性1人の3人で出発。京都南で降りて、女性一人待ち合わせ。その間に3人でファミリーレストランで夕食。目的のログハウスには、10時30分に到着した。Cimg0030

ログでは蒔きストーブの点火に2人が集中した。しかし、知らないまに、もうひとつの石油ストーブが、火の着火位置が悪く、墨がくすぶる始末。気づかず燃やしていたため、建物内が煙でいぶされてしまった。翌日はのどの中まで墨だらけ。それでも夜は、平井 堅のCD「ケンズバー」を聞きながら、ビールやチュウハイを飲んで、しばし懇談。午後1時になってしまった。

 翌日はみんなで了解したとおり、朝8時過ぎに出発。5分あまりでスキー場到着。半日券を買って、ゴンドラに乗り、ゲレンデに。靴の閉め金具をとりつけようとするが、1年ぶりのため、なかなか閉められない。ようやくできて、みんなでリフトに乗った。雪は昨日からすこし積もった様子で新雪がまじって、ソフトタッチ。一番ゆるいコースからすべり、みんなの力を見て、Cimg0034徐所にハードなコースも滑っていった。裏のコースをすべり降りたところに白人のグループがいて、めずらしいのに、よけいなことだが、「エクスキュズミー」と話かけ、どこから来たかと聞くと、なんとカナダ人らしい。日本には、英会話の講師で来ているということだ。

 大阪でもよく見かけるが、英会話の講師が、どこでも多い。

しかし、スキーは自転車に補助訓練にもなると何かに書いていたが、スピード感という意味では、たしかにそれになれるという面と、バランスを養うという面で似ているかもしれない。

帰りは、昼すぎ、ログに戻り、中をかたづけ、来た道を逆もどりして、京都から、大阪へとそれぞれを送っていった。

 Cimg0040 ようやく一人になって、午後4時を過ぎていたが、帰りの2号線を空にぽっかりと白鳥のような雲が夕焼け気味に浮かんでいた。

 

2007年1月12日 (金)

1月第1週の走りはきつい

 2007年最初の勤務の週はやっと週末を迎えた。年賀状では、「今年こそよい年でありますように」と願望を書いたが、1月はじめからバラバラ殺人事件が3件も報道され、やはりぼくの今年のテーマ「たえる一年」ということが暗示されるような気がする。

 こんな年はじっと自分と自分のまわりを見つめ、浮き足立たず、自分の目標を1歩でも進めていくしかないのではないかと思う。

 人間の世界だけで一喜一憂せず、自然に中には、ゆっくりとした営みと、子孫繁栄のための生き物たちの下向きな生き様があることをもっとしっかり観察するのも必要だし、そういっても人間が、この小さな地球とすべての生き物のこれからを左右する大きな影響を与えている。これは重大な問題で、これ以上二酸化炭素を増やしたり、温暖化を進めてはいけない。

 このことははっきりしていて、もちろん戦争は環境破壊と生物への悪影響をあたえる最たるものであるが、森林伐採、人口物(ダムなど)の構築も自然を破壊している。

 最近聞いた話では、大阪の箕面の滝そのものが上流の宅地開発のため、水の流れをとめ、いったんポンプで上流の川に水をもどし、それが滝に流れているというから驚いてしまった。

 ちょっと抽象的なことを書いてしまったが、人間社会の悪の部分が最近目につきすぎて、明るい未来が見えてこないのが、なにかもんもんとした気分になるのだ。

 しかしそれでも道路上では、徐所に自転車でのちょっと遠距離らしい通勤者が増えているように見えることだけはうれしい。ある人は、背広姿で、ある人は運動ウェアスタイルで、ある人はアウトドアファッションで。これがもっと広がってほしい。しかし道路の約束、マナーは守ってほしい。これだけかっこいい乗り物とファッションはないのだから。

 いよいよ今年5月で6年間の自転車通勤になる。職場では、たまに電車で通勤すると、いまや「どうしたん」といわれるくらい自転車での通勤がぼくのスタイルになっている。ただ年齢は確実に中年の域を増しているので、無理をして誰かと競争などすると、翌日か翌々日に影響してくる。それでも常時30km/hでは普通に走れるので、まだまだいけるか。

 身長169.5cm、体重58kg、胸囲83cm、ウエスト72cm、ヒップ90cm、体脂肪率14から15%。スタイルには自信がある。これは5年間の成果かもしれない。

 今日の通勤は行きは道路温度4℃だが、体感的には寒く感じる。空が曇っているからか。ただ自動車の数がいつもよりすくなく、歌島交差点では、交差点に青で入れないくらい渋滞状態になることが普通なんだが、今日はスッっと通過できた。

 帰りは、いつもの道から帰ったが、できるだけ飛ばさないようにこころがけた。

 ところで何気なく夕食時テレビを見ていてNHK衛星第2にチャンネルをあわしていたら、9時からなんと2006年世界選手権自転車ロードレースが放映されているではないか。「これはひろいもの」と単純によろこんだ。周回コースを10周ほどするのだが、その周回1回がながく、総トータルレース距離はなんと265kmという。

 それでも最後に近い9週目の登り斜度15%を全力で走る抜ける競争の繰り返しで、どこからあれだけの力が出るのか不思議だが、解説の今中大介と話では、体脂肪3~5%を維持し、こまめに食料を口に入れながら一日7000kcalだったか、の消費カロリーを補っているということだから、単に走る技術やパワーだけの問題ではない。力の配分、食事の取り方、レース全体の読み、チームの連携。

 いろんなものが関連しながらレースを争っている。しかも過酷さもあり、華麗さもあり、見ているだけで、テレビのくぎづけになる。

 今日はいい番組を見てしまった。いやなことが続くなか、こんなちょっとした喜びもよけいにうれしく感じる今日このごろだ。

2007年1月11日 (木)

長男帰国

 きょう長男がオーストラリアのタスマニアから帰ってきた。通算5年以上滞在したことになる。彼がきっかけで、次男、三男、長女とつぎつぎと海外に渡航を希望して、長女はまだそのタスマニアでもう一年勉強する予定だ。

 それで、今日は朝は休暇をとって、彼が尼崎駅に着くところへ向かいに行った。サーフィンボードや荷物ケース3個と、つりケース1つの大掛かりな荷持で帰ってきた。

 かれの話によると在学していたタスマニア大学は、外国人の留学を奨励していて、とくにこの2.3年は中国本国からの留学生がどんどん増えているということだ。

 就職活動はまだしていないので、彼が専攻した生物学がいかされるものかどうか、まだ未知数だが、ぜひ外国生活で学んだことをこれからの人生に生かしてほしいと思うだけだ。

 仕事は昼から出かけることと、夜は会合があって酒が出るため、電車で出かけたが、大阪駅がどんどん変わるのには驚く。しかし、朝ゆっくりしていたせいか、ムショウに朝から眠たい。ちょっと仕事の疲れが出たか、通勤の疲れが出たかもしれない。

 明日はまた自転車通勤を実行する。一日あくと楽しみになる。

2007年1月10日 (水)

十日戎の提灯を横目に見て

 今日の道路温度はついに3℃。なぜか1℃下がるだけで指の先が痛い。しかし少し追い風ぎみのため、足は軽い。いつも見かける自転車通勤者が見当たらない。

 帰りは、福島区の玉川付近を走っているとき、歩道側にずっと戎さんの提灯がかなり長い距離にぶらさげてある。「そうだ!今日は十日戎」。古い地域だけに今もこの近辺の神社で伝統が続いている。尼崎に入って車の渋滞がつづく。事故でもなさそうだが、自然渋滞だ。自転車のメリットはこんなときもぜんぜんその渋滞を気にする必要がないこと。バイクでも狭くて進めない幅をすいすい進む。

 今年に入って3日目の走行だが、休みのハンディーは特にない。もう普通に、もどった感じだ。

2007年1月 9日 (火)

追い風自転車通勤

 昨日書いたように寒さもあって「よし行くぞ」という決意が必要だった。やはり休みが長いと仕事へ行くこと自体覚悟がいるというのが、多くの人の心理ではないだろうか。

 しかし出てしまえばただ走るだけ。いつもの感覚に戻ってくる。今日は追い風で、歩道にときどきなびくのぼり旗が進行方向を向いている。天気もまずまず。体調もよい。道路温度は4℃。これぐらいでずっと季節が流れるとなんとか続けていけるのだが。3℃下がるとかなり違う。

 今日は以前トマトがたくさん落ちていた靭本町3丁目交差点近くでグループフルーツが落ちていた。

 職場につくと、それぞれ「あけましておめでとうございます」と挨拶を交わし、神聖な日だなと晴れやかな気持ちにもなる。午前仕事中は建物自体が1週間以上冷え切っていたせいか、エアコンがついても足が結構寒い。昼食を済ましてやっと寒さがなくなった。

 帰路は、ゆっくりいこうと思ってペダリングしていたが、尼崎に入ってから変に競争をしかけてくるマウンテンバイクの青年、はたまたママチャリで坂道を抜いていく豪傑がいたりする。「やられた」という感じだ。すっかりペースを乱された。マウンテンの青年はかなり長い距離一緒だったが、だんだん追いついてしまい追い抜くが、また信号で先に行かれ、また抜かしということでこちらも力が入ってしまい、スピードを普通以上に出してしまった。

 おかげで家に帰ってから普通疲れがないはずなのに、スポーツしてしまったという感じだ。体脂肪計で図ると14.6%。なぜ日本人はこんなにムキになるんだろう。たかが自転車なのに。

 おそらく朝おきると今日の影響はあるだろう。

 

2007年1月 8日 (月)

最後の休みはのんびりと

 今日は年末年始最後の休み。昨日の山歩きのためか、夕方となりの庭の扉を薄着でなおしていたためか、ちょっと風邪気味である。

 朝は芋たこなんきんを見た後、続いてテレビで中国青海チベット鉄道の特集をやっていて、思わず見てしまった。最高5000mの峠を走る世界最高峰を走る線路である。工事の大変さを想像してしまう。でも見ごたえのある番組だった。

 そのあと今も送ってくる年賀状への返事のため、年賀状をコンビニに買いにいったが、柄つきしか売っていない。よく考えるとどんな紙でも50円切ってをはればいいのだ、家にかえるとそんなpost cardが残っていた。

 昼は長い間やっていなかった熱帯魚の水槽の掃除と水の入れ替えをした。終わるとエンゼルフィッシィはこころもち元気に泳いでいるようだ。

 そのあとはテレビを見ながら昼寝。目が覚めて、いろいろ動きまわったり、妻と買い物に行く。そのあとピアノに向かい、「アベ・マリア」の練習。頭がさすがに集中する。あっという間に1時間が過ぎた。

 夜は、買ってきたサザエを焼いて、煮込みのイイダコをほうばり、今日から始まるテレビ番組「ふくまる旅館」を見る。期待どおり人情たっぷりのホームドラマ。しかしこういったある意味バタ臭いドラマは少ない。西田敏之のはまり役だろう。

 今は人情が新鮮に感じる時代かもしれない。これからの内容に期待したい。

 明日は、気合で通勤自転車するつもりだ、

2007年1月 7日 (日)

雪中行軍的山歩き?

 昨日からの嵐は今日の朝もやまず、7時まえにおきて、CS24チャンネルの天気予報にかじりつく。しかし午前中は全国どこも大荒れ、兵庫県の午前中の降水確率は50%である。六甲側の北の空を出窓より眺めると、真っ黒な雲が覆っている。

 山歩き案内責任者としては非常に判断にまようところであり、一度は「中止!」と決めかけた。しかし7時半になっても中止の連絡を入れるにはまだまよう。しかし近辺の空は晴れ間で明るくなってきた。「よし、いこう」と反対の決断にいたる。

 早速Uさん宅(豚汁の用意をしてくれている)に決行の連絡を入れる。そしてU父も「大丈夫でしょう」という見方。これで決まった。時間は集合9時まで1時間もない。あわてて、なべ、ガスコンロ、着替え、などの用意。妻もおきてきて準備にかかる。

 集合場所では、10人あまりのおとなと青年、中学生などが集まっている。しかし一人来ない人がいて、携帯で45分にくるなら待つと言いつけ、駅で待つ。40分のやってきて総勢12人で出発。

 阪急、神戸電鉄を乗り継いで、鈴蘭台駅に到着。ここから登山道いり口まで距離があるので、神鉄バスでやり過ごす。バスは小型。日ごろは鈴蘭台5丁目団地に住む人専用のようなものだが、今日は12人でほとんど占領した。みんな窓に曇りに字を書いたりして、童心にもどっているようなのが面白い。

 しかし、鈴蘭台駅についた時から周りに雪がつもっているのに不安とある種の感動が走る。Cimg0018

いよいよジングル道へ。林の中、雪が1cmぐらいつもりなかを、寒さを感じながら歩く。ふみ跡はまだない。今日はじめての踏み跡を作っていっている。途中、猫だかなんだかwからない足跡が道を横切っている。これはなかなかメルヘンだ。

Cimg0019 この道を東イヤガ谷という。地図にもあんまり案内されていない。このブログで公表してしまった。

小一時間で目的地の烏原貯水池入り口の川原に到着。何人かは、雪あとのしめった坂でしりもちをついている。

Cimg0022 昼食は、豚汁を炊き、おにぎりを食べ、Uさんが持ってきたウイスキーをちょっと飲み、焚き火をする。気心を知れた仲間は緊張する必要がないので楽しい。

食後は、企画の三本柱、温泉へ「湊山温泉」は30ほどで着く。ここは神戸市長田区であり、阪神大震災では、被災者に無料で利用してもらったというなかなかのところ。おまけに掛け流しの湯であるあ。ここで入浴後350円の生ビールがうれしい。

 嵐のあとの晴天で今日は気持ちがよかった。雪中行軍的な悲惨な山歩きにならずに済んだ。Cimg0029

2007年1月 6日 (土)

ふすまの張り替え

 今日は本当は仕事に行く予定もあったが、昨日やるべき仕事をやり終えてしまったため、行かなくてよくなった。

 休みということになると、あれもやりたい、これもやりたいと頭に浮かぶが、とりあえずやることは1日欲を出さす、ひとつにしようと心がけているのであるが、ピアノの練習したい、英語もしばらくやっていない、ふすまを張り替える必要がある、小田実の本も一日かけて読んでみたい。スキーにも行きたいと欲は広がる。

 思いがけず朝ビラを配るボランティア的仕事が入ってきて、雨の中をカッパを着てくばったが、それでかなりエネルギーを使ってしまい、帰ってきて午前10時過ぎ虚脱状態というかなにもじたくなくなる。土曜日あさの定番テレビ番組「渡邉猛の建物探訪」を見逃した。

 でも11時には、コープ神戸の共同購入で担当の人が来るので、注文書を出したりしないといけない。そうこうすると11時半に。

 一応気になっているふすまの張替えのまず説明書を読んでみる。今のふすま用紙をはがして、張り替えるか、上から重ねてはるか、少し悩む。上から張るにしても、マスキングテープというものを桟にはらないといけないらしい。ここで気持ちはくじける。「めんどくさいな」。

 しかしこのふすま用紙はすでに1年ほど前に買っていて懸案になったまま1年が過ぎてすまった。結局昼ごはんを食べて、FMを聞きながら居眠りをしてしまい、午後3時になってしまった。まだふすまのことが気になる。

 よし戸一枚だけやってみようと、腰をあげる。張替えのふすまの包装をはずし、説明書どおり、裏がわに向け、スポンジに水をしみこませ、上から塗っていく。そのふすまははずしてきて、5分ぐらいたった時、それを寝かし、その上からさきほどのふすま用紙を慎重に覆っていく、すこししわができる。できるだけまたはがしてしわをとっていく。

 その前に開け閉めのための金具をはずさないといけない。ドライバーで丁寧に浮かしていったが、すこし傷ができてしまった。

 あと専用カッター(カッターの刃部分がまるく加工されている)で端を切っていく。これをだいぶ気を使うところだ。しかしまあなんとかさまになった。そうなると全部やってしまいたくなり、あと6面次々に作業する。午後5時になり、FM大阪の「イタリアンレストラン・アバンテ」を聞きながら、作業する。外は暗くなってきた。ラジオでは、成人の日を控え、いろんな女優で20歳になる人たちにその心境を聞いていた。みんなまじめにしっかりした考えをもっている。それはいいとして、その間に同じマンションのTさんが玄関にきてしゃべていたが、その間に風呂の用意をしようと、風呂から洗濯機につないでいたホースの水が床の上にこぼれていて、近辺は約5mmぐらいの浸水。

 おどろいて、近くにあるバスタオルや洗濯物を手当たりしだいに、その浸水地域に投げ入れて、水をすいこませ、そのまま洗濯機に入れたり、残りは雑巾でバケツにくみ上げる。

 これで30分のロスになる。これにもめげず、なんとか全部やり終えた。はじめに張ったところは、乾いてくるとだいぶピンとなって様になってきた。

 よしこれで1年ごしの懸案をやり終えた。これからは、ふすまでも壁紙でももってこい。とへんに自信がついてくる。しかし冷静になってみるとふすま1部屋だけでも半日しごとだ。おかげでほかのことは何もしていない。

 明日は、六甲近辺ハイキングだが、天候がかなり悪いほうにかたむいているのでちょっと心配だ。

2007年1月 5日 (金)

2007年初自転車通勤!

 今日は本当はまだ休みの日だが、あまりの休みの多さに、利用者からの注文を受けるため、管理職を中止に出勤することにした。

 Cimg0015 通勤はそのため今日は初通勤自転車の日となった。思えば12月28日が地球一周達成の日としたが、今日からリセットして地球2周目をめざす。

道路はまだ会社が開いていないところも多いのか、普通土曜日の交通状態に似ている。自分としてはスタートは調子よかったが、淀川大橋付近から急にしんどく感じる。これはひとつは走るとのどの分泌物が出やすいのか、痰がのどにつまりやすくなるようだ。

 道路温度はいつもの尼崎途中の掲示で4℃。でもあまり寒くは感じない。まだ体がロードバイクモードになっていないのか、軽くは30kmも出ない。だが、まあ軽くいこうという感じで走る。

 仕事は精鋭メンバーで手際よく休み中入っている注文の処理をおこない、午後3時ぐらいには処理はすべて終わった。僕の役割は年末からあって、会員管理のコンピュータがオフコンからパソコンにかわるので、そのインストールを40台のパソコンにしている。それがあと7台を残していて、今日すべてやりおえた。われながらよくやったものだと思う。

 達成感を感じつつ、帰路の自転車のペダルを踏む。帰りは意外と車の数が多い。毎日乗っている感覚を思い出しつつ、走っていったが、なぜか信号まちでそこを渡る歩行者から注目されているように感じてしようがない。顔になにかついていますかという感じだが、やはり自分の姿が目立つのだろうか。

 今年はこのファッションでかっこよくどんどんロードバイクのデモンストレーションをしておこうと思う。よりかっこいいスタイルを追求しよう。走る姿もかっこよく、ダンシングもかっこよく、なににもかもかっこうよく!これはあくまでも目標。

 昨日娘に送るパソコンといっしょにピースのピアノ楽譜を送るので、家にも置いておこうとコピーを残しておいてそのひとつアベマリアを弾いてみたが、これがなかなかいける。愛の挨拶はむすかしいが今年の目標になる楽譜だ。

 ひさしぶりに仕事をするのもなかなかいいものだ。自転車通勤もいいものだ。

 夕食は妻より先に帰ったので、自分が作ったが、ボードレヌーボの昨日買ったワインがとてもうまい。おかずはイカとじゃがいも煮たものいうのに。

2007年1月 4日 (木)

絶品のお好み焼き

Dsc00024_3 今日は、一日何をしようかと考えつつ、庭をながめたりしたが、考えると用事が数点ある。

まず9時過ぎ、郵便局が開く時間に、懸案の娘への小包の手続き。海外用EMS(国際スピード郵便)で出したが、8900円かかった。おまけに内容物は、すべて英語でかかないといけない。辞書を貸してもらって、ノートパソコンはnote parsonal computerという調子。合っているかどうかわからないが、なんとか着くだろう。これで一見落着。

 午後から思い出して、玄米を精米しにちょっと遠いが5kmぐらい南の以前紹介した蓬莱湯の近くの米屋。これはなかなか優れものでおもしろい。上白、標準、七分の3段階を選べる。どういう構造になっているのか不思議だ。15分ほどでほどなく白米にできあがり。しかし、出かけてから帰るまで小一時間かかった。

 それから家に帰って紅茶とミニケーキでおやつ時間。そのとき何気なく見ていた新聞の対談で山田洋次とアメリカの詩人アーサー・ビナードの対談に目がいく。「武士の一分」の主人公の体験と、戦争帰還兵の共通性が語られている。つまりどちらも大変な仕事をしてきたわけだが、三村新之丞もイラクの負傷兵もそのうけた傷は、まわりがいたわってくれるものと普通は思いたいが、現実は毛嫌いされたり、見て見ぬふりをされたりする。

 戦争とは、決してきれいなものではない。正義の戦争も不正義の戦争もない。小田実さんの著書(今読んでいる)にも、東京、大阪大空襲を指示した指揮官はカーティス・ルメイという人だが、本人が戦後語っているが、もしアメリカが敗戦国なら、自分は戦争犯罪人として裁かれていただろうということ。

 原爆もすでにほとんど日本は敗戦の態度を内々で表明し、その事後処理の準備にかかっている状況なのに、2箇所もかって使用したことがない残虐兵器を使用した。それは連戦を踏まえ、みせしめにされた。それが日本という国の運命になってしまった。そんな犠牲を強いられた国だからこそ、今の平和憲法が生まれた。ということも2人の対談で語られている。

 第五福竜丸の話もおもしろい。乗組員は決して救助されて日本に帰ってきたのではないということ。もしあのとき米軍に発見されたら、撃沈されていたというのが真実らしい。そのことを察知して、機関士、久保山さんはSOSを打電しなかった。必死の思いで日本に帰ってきた。だからその後の原爆反対の運動が広がった貴重な証人になれたということだ。

 ぼくたちはもっと新しい事実を勉強して知る必要がある。

 そのあいだ書いた道路交通法改正案にも腹が立つ。戦争とはちがうが、実際命を奪っている張本人の自動車という機械をさらに優先的に道路で走りやすくしようという法律が作られようとしている。自転車はじゃまもので、警察が危険とみなしたら、どんな自転車でも道路を走ることを禁止される。いったい危険でない道路が今でもあるのか。だから逆説的に考えると、すべて道路から自転車は追い出され、歩道に密集状態で人と自転車と車椅子などが行きかう。

 いったい人間はなぜおきざりにされたいといけないのか。戦争につながるなにかを感じる。

 さて、そのあと買い物に行って、すぐ5時を過ぎてしまったが、今日は僕の料理でお好み焼きを作った。絶品といえる味つけ(中身は秘密)。三男と二人だけの夕食だったが、彼は3つも食べていた。僕もビールを二杯飲んでしまった。

 やはり平和が一番。命が一番。健康が一番だ。今年もきっとまだいやな事件や、事故があるだろうが、ちょっとのことでもいい。人間のあたたかさを感じれる体験をたくjさんしたいものだ。

zeppin

2007年1月 3日 (水)

母親の施設まで自転車で

1月も3日になるとそろそろ仕事も恋しくなってくる。でも心境は複雑。朝起きるのを気にしないでいいのはありがたい。

 ところで今日は懸案というかどうしてもいかなけでばならないこととして、認知症の母がお世話になっているグループホームへ行くことがある。妻を連れ立って、午前10時30分ごろ自転車で出かけた。職場に行くよりはずっと近いが、10kmぐらいあるか。

 正月気分の残る街をもっとも車と出会わない道を選んで、移動した。ぼくの乗っているのは、ときどき通勤で使うこともあるマウンテン。妻といっしょなのでスピードは緩めで軽く進む。空はちょっとよどんでいるが、そんなに寒くない。服装はジーパンをはいて上は、シロのシャツ、赤のv字前空きセーターにグレーのダウン。

 靴はズックなので、ビンディングペデルはできないが、両方使えるペダルをつけている。

 母はすでに認知症の程度はかなり進行しているほうで、かろうじて息子を認識し、前よりこちらが話すことばが理解できているようだ。いろんな程度の人がこの施設で生活しているので、一見したところ認知症なのかどうかわからない人もいて「おばあちゃん、よかったね。家族が来てくれて」と言ってくれるので、普通に会話ができる。

 特別擁護老人ホームは順番まちでなかなか入れない現状があるが、内容は今入っている施設のほうがいいかもしれないと思う。小集団で介護してくれる。ただ実際のところをずっと見ているわけではないので即断はできない。とにかく職員の人も大変な仕事だと思う。

 妻と二人で帰りしな「私らもいずれお世話になるのかな」というので「やっぱり長生きしても意識もはっきりしている人もいるし・・・」と返す。とにかく精神的にも肉体的にも健康をいつも一番に考える意識は必要だろうと思う。

 今日朝起きたとき、新聞のテレビ欄をチェックし、見たいところだけ蛍光ペンで囲いをした。すると朝は関口知宏さんのヨーロッパ鉄道の旅があり、夕方は昨日の続きで「ちゅらさん3総集編」がある。朝の分はビデオ設定したが、夕方再生してみると設定まちがいで写っていなかった。

 夕方はすでに家に帰っているので、じっくり見る。そのなかで完のタイトルが出るちょっと前、主人公エリが「生きているって楽しいね。ほんと楽しいね」と語る。これは決して軽い気持ちで言っているのではないことがわかる。

 つまり、小学校6年生のときに知り合った彼氏とその兄さんのことばがきっかけで、おとなになったら結婚しようねと約束し、それを彼女はかたくなに信じておとなになる。そして偶然あった彼氏に悩みに悩んで小学生時代の約束を今の信じて生きてきたとこを打ち明け、ついに夢がかなう。

 エリをとりまく人々はたくさんいて、一喜一憂しながらみんなはげましあって生きていく。

 子供が生まれ、あることをきっかけに対人恐怖症が現れた息子のために沖縄の実家に3週間の約束で帰る。そのときは彼女が、胃に潰瘍ができてその手術の必要あるから。

 息子とガジュマルの木の下でそれを眺めているときお腹の激痛で倒れ、気を失う。必死の息子(その場面では4歳)の行動で助けられ、東京に転送され、手術をする。

 そして無事手術成功。次の生き方として彼氏と同じ考えで、体にいろんな悩みを持っている人たちが安心して相談できる場所を作ろうという夢をめざす。

 そのあとの場面で、またガジュマルの木に下で彼氏と今いきていることを実感したときに出た言葉だ(すみません。まわりくどいことを書いてしまった。そのドラマを見るのが一番)。今度に土曜日には、その後のパート4がテレビで放映される。感心をもたれた人はぜひみてください。

 アア、それからそのドラマを見るまえ少し時間があったので、昨日のやりのこしだったランドナーのハンドルテープを巻き変えた。これはブルーの文字つき。素材によって巻きやすさはだいぶ違う。これはビニール性で裏にコルクの層があるやつだが、なかなか難しい。慎重に巻いていった。まあこれも場数か。しかしこのテープを買ったのは1ヶ月以上まえ。案外邪魔草がりだし、庭でまくので寒いときはしたくない。まあそれをやっとやりおえた。

 ついでに妻のマウンテン(ヨセミテが製造。今のこのメーカーはあるか知らない。購入して10年以上になる)のフロントブレーキのシューの交換した。すると隙間が変わって、ワイヤーの再調整が必要だが、これも完璧にするのが難しい。あまけにリムは側面がかなり磨り減っている。そろそろ自転車自体を買い替えたほうがいいかもしれないが、それを妻にいうと一蹴された。

 明日はロードで足慣らしをしよう。

 

2007年1月 2日 (火)

1月2日はのんびりと

 大晦日のUさん宅での語らいにTさんがフィットネスクラブに行くようになって、5kg体重を落とすことができたというニュースに一同大ニュースのようにおどろいだのだが、わが家は、元旦より体脂肪計を見つけ出して、さっそく毎日計っている。妻は35%の数値におどろき、今日は午後よりケーキ屋へ行く目的もあわせ、散歩に出た。おかげで帰ってきてから図ると32%にダウンしている。歩くことで脂肪を燃焼させているのか。

 朝から雨が降っていたため、午後も雨が上がった後も、道行く人の姿はほどんどない。正月を実感する。あいにくケーキ屋(ショイウタニという)さんは人気があり、かなりの列で並んでいるので、購入をあきらめ、ずっと回って、ついでに、ビデオのリモコンが壊れたことで、「コジマ」へ行った。

 その途中、庄下川という尼崎の真ん中を南北に流れる川が散歩には気持ちがいいだろうと、そちらに回ったが、まるで 自然動物園かと錯覚するほど、かもや、白鷺、ゆりかもめが川の周りに集まっている。ちょっとほっとする光景だ。

 コジマでは果たして目的のリモコンを売っているかと思ったが、認識不足で、同じメーカー品でなくても全メーカー共通で使えるものが、900円から3000円ぐらいの間で売っている。しかも家に帰って設定してみたが、説明書によると、いままでテレビ、ビデオ、CSそれぞれ3つのリモコンを駆使していたが、一台ですべて対応するということをはじめて知った。

 ただGコード(新聞の番組欄の番組すべてについている番号で、それを入力するだけで予約ができる)による録画予約はできないらしい。まあこれはしかたがない。とにかく機器はどんどん進化している。

 夕方NHK「ちゅらさん」総集編をやっていた。昨日はその予告で、沖縄方言指導もする俳優○○さんが沖縄の県民性というか、なにごとも突き詰めない、「まあなんとかなるよ」というおおらかさが一般的ということを聞いてそんな地域があるというだけで、救われる。しかし沖縄は昔本土や薩摩からしいたげられ、日米戦では、その矢面の地域となり、たしか5人に1人が死んだと聞いたことがある。

 それでもおおらかな地域性はいまも生きている。何がそうさせるのだろう。

 夕方、テレビ大阪の番組で、養老猛司さんがゲストの環境番組というか、そのようなものでフィリピンの島の人々とその自然との共生のいとなみについて語っていた。いえることは自然のあるがままと共存し、手探りで共存のしかたをつかんできたのはアジア的生活感といっていたし、そこからおうらかな人間性が生まれるというようなことも語っていた。欧米的に自然を征服しようとして無理やり密林を破壊していったことを批判していた。

 いかし今は欧米というよりも、ヨーロッパはむしろその反省をしつつある。むしろ日本は世界をまたがって自然を破壊しまくっているのではないか。そのくせ大手企業は今、積極的に環境問題にとりくんでいるような宣伝をしている。しかしアマゾンの密林をかなり破壊したのは日本らしい。ちょっと欺瞞のような気もする。そんな世界の中での位置にいるから日本人は逆に物の豊かさになれきって、何でもお金さえあれば手に入ると錯覚しやすいところにいるのではないだろうか。

 夕食前、前から手付かずにしていたロードバイクのハンドルテープを付け替えた。だいぶ以前より仕上がりがよくなったと「ふんふん」と自己満足に浸る。

 朝は昨日の反省からテレビをつけっぱなしにせず、ラジオのクラッシクを聞いたりしたが、このほうが明らかに能動的にほかのことができる。とにかくテレビに釘付けになるとなにもしたくなくなるのでこれは魔物だ。といいながら日常的には打破できない今日このごろである。

2007年1月 1日 (月)

1月1日は暮れていく

 20070101_dsc00022 今日は昨日の余波で、例年そうだが、朝9時まえまで寝てしまった。そのあとは、NHKの「奇跡の山、富士山」を見た。富士を中心にその裾野は広大な範囲で人間と自然のいとなみが行われていることがよくわかる。

 元旦の儀式は夫婦二人だけでおこなった。一応おせち料理でテーブルをかざり、御とそは、昨日あわてて妻がその袋をスーパーでもらってきたにもかかわらず、家に帰ると見当たらず、純粋に純米酒そのもので、酒づきをかわした。しかし、あたたかい朝である。そのうち息子二人が10時ごろ大阪から帰ってきた。

 しかし午後からは、またブログの怪しいコメントを根気よく消しつつ、テレビを見つつ、七輪でおもちをやきつつ、洗濯物を干しつつとなかなか忙しい。そしてそこから悲劇がはじまる。

 一部年賀状を印刷しないといけないので妻から言われ、「筆王」を立ち上げたが、住所データが保存されていない。きのう半日かけて打ちまくったのに、すべて泡と消えた。正月からドタバタである。今年の波乱を予測しているのか、不吉な予感。いえこれは考えすぎ。単なるミスだろう。

 しかしまたまた忍耐の心で再び、110件ぐらいのデータを打ち直した。まったく「あほ」である。ただ筆王は自分から見てすぐれもので、2回目になると要領は把握できてきたが、郵便番号を打つと自動的に住所の漢字部分までは打ち出される。

 これはなかなかおもしろい。しかし最後は疲れてきて、肩がこってきた。また4時間ぐらいこのために費やしてしまった。陽はすっかり暮れている。

 ようやく午後7時ごろ出来上がり、妻といっしょに出し切れていなかった年賀状を出しにいき、ストックが切れた缶ビールをコンビニに買いに行った。そのあと風呂に入り、昨日Uさん宅での健康談義が頭をかすめ、風呂上りに体脂肪計(両手で持って握るもの)で体脂肪を図って見ると、17%と出た。ちょっと自分としては高い。そろそろウオーミングアップが必要か。自転車の出番だ。

 しかし1月1日は、たいしたこともできずに暮れていってしまった。夜はNHKの「堀部安兵衛」を見て疲れた頭をほぐした。

 ところで元旦から朝見た富士山その地で滑落事故が発生し、一人亡くなられたというニュースがとびこんだ。それだけ富士山の登山者は多いのだろう。ご冥福をお祈りしたい。

2007年あけましておめでとうございます

Dsc00015 12月31日は、1月7日の山登りの案内の配布。ちょっと家の片付けと、30日の持ちつき大会の道具の返却で午前が過ぎた。朝はかなり寒かった。

午後からは「筆ぐるめソフト」で年賀状の完成を試みたが、ここからが大変。その筆ぐるめがだんだんエラー情報の連続、しかも裏面の写真による原稿があかない。これは何かが邪魔しているかと、このブログに毎日200件ぐらい入るあやしいアクセスをずっと消していったが、1時間以上かかってあとはあきらめた。また筆ぐるめに画面の戻してチャレンジしたが、どんどんだめになる。「もうどしよう」とちょっとあせるが、ここはひたすら完成をめざす。なにせもう15年以上家族全員写真年賀状を続けていて、期待してくれる人もいてあきらめるわけにはいかない。

 よし、それならとパソコンに入っているもうひとつのソフト「筆王」に白紙状態から、住所を109件打ち直し、裏面もデザインをいちから手探りで完成させる。昼2時からはじめて7時を過ぎてしまった。しかしなんとか完成。筆ぐるめで作ったやつより案外いいデザインに仕上がった。

 苦難転じて福となる!(こんな格言はあったが)。

 印刷は結構時間がかかって、紅白歌合戦がはじまり、自分もコメントをいれて、投函できるまでに完成するには、歌合戦が終わることまでかかった。まさに一日仕事であった。

 ところで紅白歌合戦は自分的によかったと思ったのは、夏川りみの「花」と布施明の「イマジン」。平和な世界を願ってということが司会者からもよく語られていた。しかしの中井くんは「なんか世界ではまだ争いがあるみたいですね」というようなあいまいなことを言っていたが「ばか、イラクでは実際戦争で毎日民間人が死んでいるのを知らんのか」とちょっと現実ばられしたコメントに聞こえた。

 今アメリカ国民も「テロとのたたかい」という大義名分に疑問を感じはじめている。アメリカという国は世界でい一番近代的で民主的な社会を構成しているとちょっと思っていたが、どうもそうではなかったらしいことを最近知った。第一ワシントンポストやニューヨークタイムスといった大新聞だって、東部の都会しか読者がいないらしい。南部ではいまだに人種差別が消えていないし、古いキリスト教が支配している。ブッシュはその古い階層をうまく取り込んで大統領になったのだ。06年の中間選挙結果はある意味時代の変わり目だろう。

 それに比べ日本は、東京都石原知事にしろ、政府にしろ、数件の県知事にしろ不正まみれまのに、劇的な変化と批判はおこらない。それからこれはえらいことだと思ったが、自転車通勤でいこうで知られる疋田さんのホームページ情報によると都会の自動車に制限速度をいっそう緩和して(時速制限80kmまで)、それに邪魔になる自転車を完全に歩道においやるという法律を警察庁主導で考えているらしい。こんなことになったらスポーツ自転車は普及しないし、歩道の事故はますます増える。結局性能がどんどんよくなった自動車とそのメーカーを擁護し、国内でもっと性能のいい車を売ろうとするねらい(これにはやはり国と自動車メーカーの裏談合があるのではないか)があると思う。

 ヨーロッパでは都会で自動車はますます不便になり、自転車や路面電車などの普及の流れがあって、この流れは21世紀のさきを暗示する方向だと思うが、日本はいったいどうなっていくんだ。ぼくは自動車は便利より環境破壊、凶器、贅沢品、非効率の最たるものだと思っている。それにひたっている自分もふくめた日本社会や似た国は一種に病気だと思っている。自動車の利用を減らそう!人間が主人公の道路にしよう!それが健康な人を増やすことにもなる。

 Dsc00020 さて、紅白歌合戦が終わって、ちょうど年賀状が仕上がって、妻と同じマンションの2家族と恒例の初詣に行った。場所は歩いて15分ほどのJRの線路からも近い「須左農神社」だ。尼崎でもここはもともと古い地域で、まわりも大きな農家の家が多く残っている。道もいりくんで、幅1m50cmぐらいしかないところがたくさん残っている。

ぼくは別に願うことはないのだが、やはり雰囲気を味うことが第一かと100円を賽銭箱に入れ、手を合わせた。

そのあとすぐ近くのUさん宅を訪問し、みんな同じ少年団の父母会の仲間だが、みんなで酒談義とおせちを食べて、1年を振り返り、2時半ごろ家に帰った。気兼ねのない仲間の楽しいひと時だ。

 

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