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2007年1月 4日 (木)

絶品のお好み焼き

Dsc00024_3 今日は、一日何をしようかと考えつつ、庭をながめたりしたが、考えると用事が数点ある。

まず9時過ぎ、郵便局が開く時間に、懸案の娘への小包の手続き。海外用EMS(国際スピード郵便)で出したが、8900円かかった。おまけに内容物は、すべて英語でかかないといけない。辞書を貸してもらって、ノートパソコンはnote parsonal computerという調子。合っているかどうかわからないが、なんとか着くだろう。これで一見落着。

 午後から思い出して、玄米を精米しにちょっと遠いが5kmぐらい南の以前紹介した蓬莱湯の近くの米屋。これはなかなか優れものでおもしろい。上白、標準、七分の3段階を選べる。どういう構造になっているのか不思議だ。15分ほどでほどなく白米にできあがり。しかし、出かけてから帰るまで小一時間かかった。

 それから家に帰って紅茶とミニケーキでおやつ時間。そのとき何気なく見ていた新聞の対談で山田洋次とアメリカの詩人アーサー・ビナードの対談に目がいく。「武士の一分」の主人公の体験と、戦争帰還兵の共通性が語られている。つまりどちらも大変な仕事をしてきたわけだが、三村新之丞もイラクの負傷兵もそのうけた傷は、まわりがいたわってくれるものと普通は思いたいが、現実は毛嫌いされたり、見て見ぬふりをされたりする。

 戦争とは、決してきれいなものではない。正義の戦争も不正義の戦争もない。小田実さんの著書(今読んでいる)にも、東京、大阪大空襲を指示した指揮官はカーティス・ルメイという人だが、本人が戦後語っているが、もしアメリカが敗戦国なら、自分は戦争犯罪人として裁かれていただろうということ。

 原爆もすでにほとんど日本は敗戦の態度を内々で表明し、その事後処理の準備にかかっている状況なのに、2箇所もかって使用したことがない残虐兵器を使用した。それは連戦を踏まえ、みせしめにされた。それが日本という国の運命になってしまった。そんな犠牲を強いられた国だからこそ、今の平和憲法が生まれた。ということも2人の対談で語られている。

 第五福竜丸の話もおもしろい。乗組員は決して救助されて日本に帰ってきたのではないということ。もしあのとき米軍に発見されたら、撃沈されていたというのが真実らしい。そのことを察知して、機関士、久保山さんはSOSを打電しなかった。必死の思いで日本に帰ってきた。だからその後の原爆反対の運動が広がった貴重な証人になれたということだ。

 ぼくたちはもっと新しい事実を勉強して知る必要がある。

 そのあいだ書いた道路交通法改正案にも腹が立つ。戦争とはちがうが、実際命を奪っている張本人の自動車という機械をさらに優先的に道路で走りやすくしようという法律が作られようとしている。自転車はじゃまもので、警察が危険とみなしたら、どんな自転車でも道路を走ることを禁止される。いったい危険でない道路が今でもあるのか。だから逆説的に考えると、すべて道路から自転車は追い出され、歩道に密集状態で人と自転車と車椅子などが行きかう。

 いったい人間はなぜおきざりにされたいといけないのか。戦争につながるなにかを感じる。

 さて、そのあと買い物に行って、すぐ5時を過ぎてしまったが、今日は僕の料理でお好み焼きを作った。絶品といえる味つけ(中身は秘密)。三男と二人だけの夕食だったが、彼は3つも食べていた。僕もビールを二杯飲んでしまった。

 やはり平和が一番。命が一番。健康が一番だ。今年もきっとまだいやな事件や、事故があるだろうが、ちょっとのことでもいい。人間のあたたかさを感じれる体験をたくjさんしたいものだ。

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