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2007年3月31日 (土)

NHK連続テレビ小説「芋たこなんきん」完に!

 「純情きらり」に続いて、「芋たこなんきん」はほぼ欠かさず見続けてきたが、今日3月31日ついに完となった。

 いままでになく、主人公を演じたのは、決して若くない俳優、藤山直美さんだが、さすがに実際の人物は、田辺聖子さんであるだけにうなづける。

 後妻で結婚した主人公だが、本当になんでも夫婦で語り合える関係は、ピカイチといえる。大阪の下町の人々の交流もおもしろいし、戦前、戦後を通じた主人公の生き方と時代の変化、戦争の爪あと。その中でもいつも明るく生きてきた主人公にはいつも応援しながら見てきた。

 藤山直美さんの演技も終わりが近づくにしたがって、チャーミングに見えてくる。喜怒哀楽の場面での顔の表情の複雑な表現が微妙にうまい。これからの活躍にも期待したい。

 さて、今日は一日休みとなったので、昼から暖かい日差しを受けて、テラスで最近買った「天地人」を読んでいたが、そのとき庭のすももやりんごのつぼみと花めがけて、メジロとヒヨドリ、おまけに野鳩のつがいが順番にやってくる。向かいの2階の屋根には、コセキレイかなにかしっぽの長い野鳥が動き回っている。春まっさかりという状況になってきた。

 しかしだんだん天気がわるくなっていて、テラスにいるのが寒くなってきた。

 そのあと先日コーヒー豆専門店「ティピカ」で購入したニカラグア(コーヒー豆)を挽いて、飲んだ。至極のときである。

 ところでうちの庭には多くの果実を植えている。頭にうかぶ種類をならべてみると、ぶどう、姫りんご、金柑、みかん、すもも、カリン、プルーン、コーヒー、バナナ、ブルーベリー、ブラックベリー、びわ、ザクロなど。その中でぶどうがその棚をはっているが、その根元はもともと鉢植えでありながら、鉢をつきやぶって地面にはっているのだが、ほとんどは鉢に中で腐りかけているので、今日はそのプラスチックの鉢を解体した。ちょっと面倒だったが、根が突き破っている部分はそのままにして、ほとんど壊すことができた。これからが楽しみだ。

 明日は自転車にのってどこかへ行こうか。迷うところである。

2007年3月30日 (金)

暑さと寒さが入り混じり

 今日はやっと金曜日。このごろは毎週そういう感覚だ。それだけ仕事のプレッシャーが大きい。

 しかし、今日の朝は暑い。上半身は、アンダーシャツの上に薄手のウインドブレーカー、その上がサイクリングシャンパー。下は、黒のタイツに自転車タイツ。これでは今日はもはや暑すぎる。思わずジャンパーを脱いで、デイパックに入れた。

 仕事上では一つ大きな発見があった。それは、休んでいる職員の替わりに東大阪の小阪に集金にいったのだが、それはそれとして、偏屈な先生で、いつもの取りに来る人と違うということで、身分証明書を見せても、お金をくれないという結果に終わったが、その医院の近くになんと司馬遼太郎の記念館があるということなので、ちょうど昼で、その休憩時間を利用してその会館に見学に入った。

 20,000冊の蔵書がその記念館の中に保存されている。その建物は、実際に司馬遼太郎が住んでいた住まいの横に安藤忠雄設計で、建てられているのだ。

 司馬遼太郎の書斎は、亡くなった1996年のままになっている。ちょうどその書斎は、サンルームのようになっていて、そこから家の庭の木々がよく見えるようになっている。こんな環境の中で「竜馬がいく」や「花神」を描いていたのだなと思うと臨場感がある。

 それにしても本を読むことが趣味だったのだろう。その書庫には圧倒される。

 付け加えてちょっと不気味なのは、その安藤忠雄の立てたコンクリート打ちっぱなしの天井に、坂本竜馬の写真とまったく同じの影と見間違うしみが移っているのだ。それが朝日新聞で一時話題になったということなのだ。

 係員の人から呼び止められ、その天井を見たが、しばらくあっけにとられてしまった。まさに坂本竜馬の霊が乗り移ったとしか思われない形をしているのだ。

 しかし、こんな河内のある地域に司馬遼太郎が住んでいたなんて、不思議な感じがして、記念館をあとにした。

 夕方地方選挙の演説がなんばであるので、それを聞きにいき、そのときとても寒いと感じたが、午後7時ごろ家に帰るため、自転車にまたがった。朝とえらい違いだ。おまけに風が暴れている。しかし僕はどんな天候でもペダルの漕ぎ出しと、スピードが増していくその瞬間がすきだ。

 自分でエンジンをかけているようで、達成感がある。満足感がある。どんな体の調子が悪いときでも一度サドルにまたがると安定する。もう一部自転車中毒に陥っているかもしれない。でもこれはいい中毒だ。

 それに明日は出勤当番と覚悟を決めていたが、他の管理職の人が、当番になってくれるということなので、僕は休むことにし、意外にも2連休となってしまった。

 あすは思いっきり休みぞ!

2007年3月29日 (木)

朝の道路温度あっとおどろく18℃

 今日は木曜日。仕事では、病気休みの職員の代わりに車で配達と集金に出かけた。目的地はまったくわからない土地。頭の働かせ方が問われる。

 一件目は、大事をとって別のマンションの前に車を止め、歩いて探した。周りは狭い道だらけ。車では、最徐行が要求される。僕は車優先の立場ではなく、いつもの自転車通勤モードで車も操縦した。

 2件目はまた狭い道だが、そこまで行く前の国道の位置と近くの目印にまる地下鉄の出口の位置がわからずオウジョウしたが、なんとかその目印の駅を見つめ、地図にしたがって、感で路地を入っていくと100m先にその目的地があった。その医院では、先生と30分以上世間話をしてしまった。

 その医院を出たのは11時20分。だが、地道を職場までの帰り道で進んだが、渋滞にも関わらず12時10分ぐらいに着いた。

 しかし乗っていった車は、日頃タバコをすいながらに乗っているらしく、タバコくさい。このにおいというのは、かなりしつこい匂いだ。

 ところで、きょうの自転車通勤は暑いぐらいだ。この一週間で気温は様変わりした。ただ今週は、土曜日も出勤予定なので、連続6日の自転車通勤になりそうだ。

 まあいいか!

信号守ろう週間!勝手にスタート

 昨日は、このブログの大本、「ココログ」工事中で書き込みできなかった。

 今日は、またまた暖かい朝と昼。道路は朝が12℃。帰りにいたっては15℃である。気持ちがいいので、ついつい脚に余分な力をいれてしまいそうになるが、おさえておさえて。なにせ年齢的には、後遺症というか筋肉の疲労があとでくる。

 毎日乗っていたらそんなものないだろうと思われるが、過度の運動はやはり疲労につながるのだ。ただ慣れはあって、走って職場についた後は汗をかいているだけで、足はどうもない。以前ならパンパンになっていたときもある。

 今日新聞を読んでいたら、生活習慣病予防に自転車の足こぎ、つまり固定台に自転車こぎを想定して書いてあったが、効果があるそうだ。実際僕もそういった角度から自分の体を点検してみると、体のだるさを感じたことはない。肩こりもかぜをひいたときぐらいで、後はどうもない。階段ののぼりは、青年にはまけない。心臓の鼓動、呼吸のみだれもない。 

 また仕事上かなりのストレスがたまる業務ではあるが、適当に行き帰りの自転車で解消しているともいえる。

 さて今日タイトルにあるように勝手に思いついて、信号守ろう週間を警察が作ってくれないかと思った。それで自分なりにスタートと宣言した。しかし何かするわけではない。自分はただ信号を守り続けるだけ。ただ昨日はある交差点でこちら側も道路向こう側も片方は女学生、こちらは青年だったが、気持ちのよいぐらいきっちり信号を守っていた。こういう場面もあるのだ。僕自身はそれを見て非常に気持ちがよかった。

 一方今日は大阪を出発するなにわ筋の先、福島付近で、右も左も見ずに信号無視していくお嬢さんを見かけた。するとそのあとの歩行者のおじさんもおなじように歩いていった。ああなげかわしい。

 ぼくが言いたいのは気持ちの問題だ。「なんだ。こんなところでまごまごしてられるか。してられないわ」とか考えている人たち。その考えを見直そう。道路法規はきっちり守って、しかも心に余裕をもって、ちょっと早く家か、職場かを出ればいいではないか。

 とても車など来そうもない交差点であっても止まろうではないか。なぜ車はまずそこでも止まるか。やはり強い立場にある物体であるということである程度運転手も自覚があるだろうし、違反をすると罰せられる。人と自転車は罰せられそうにないからいいのか。

 ちょっと考えてみるとばかなとことを言っているなと言われそうだが、これがぼくの信条である。もともともっていた考えかというとそうではない。通勤自転車をはじめたころは、よく信号無視していた。ただ歩行者や他の自転車には迷惑をかけないよう注意はしていたが。

 でもだんだん毎日運転しているうちに、基本的にすべての交差点で守ろうという考えに変わってきた。事故を絶対おこしてはいけないということがまず前提にある。一度でも事故にあうとおそらく職場的にも、自分としても二度と自転車通勤できなくなると思っている。それから自分の死ということも考えてしまう。毎日乗るだけに危険の頻度は増す。そこへ無理にその危険を増やす機会を作る必要はない。そうだ。これが一番自分として的をえている答えかもしれない。

 ただだんだん進化してきて、自分より明らかに弱い歩行者に遭遇する道路では、絶対威圧になるような乗り方はしない。スピードはもっとも抑える。これが自分流かっこいい乗り方なのである。

2007年3月26日 (月)

上着を一枚脱ぎ捨てて

  昨日は夜おやじーず演奏の場があって、その演奏で力を入れ過ぎて疲れてしまった。
 集まりは以前も報告した子どもたちの保育所時代の担任の保育士だった鈴木たくみさんをはげます会をその保育園でおこなわれたのだ。
 演奏は4曲。なかでも僕自前の曲「戦争しない誓い」は演奏が終わった後「いい歌ですね」とほめられた
。また最近歌い出した「千の風になって」は今回2人だけなので、ディエットだが、演奏中これならいけるという手ごたえを感じた。
 昼は演説会にJR尼崎駅前に行っていた次いでにJR立花駅前の派出所へ無くなったらしい娘の自転車の盗難届けを出しにいった。幸運にも防犯登録カードを保存していたので、手続きは早かった。というか本当は20分ほどかかった。
 そんなこんなで夜は10時にはテレビを見ながら寝てしまった。

 夜はよく寝たが、月曜日は気が重い。まあしかし家を自転車で出ると、気持ちがいいのだが、とくに今日は思い切ってセーターを一枚脱ぎ捨て、手袋を薄手に変え、体が軽くなってペダルも軽い。
 走る間に数年前、淡路島を一周している場面を思い浮かべた。
 よし春は遠出に行こう。ちょっと仕事で去年からある種ジュウバクにかかっていて、開放的気分になtrにくいが、映画「フラガール」でも勇気をもらったし、今年はいくぞ!

2007年3月24日 (土)

感動した!映画「フラガール」。楽しい1日

 今日は実際待ち遠しい休みであった。前から今日予定していた「フラガール」上映会を楽しみにしていた。あとは予定は何もない。

 ただ、映画は妻の帰りをまって、本日3回目の上映時間、午後2時50分に行くつもりだったので、朝思い立って「極楽湯」(スーパー銭湯)にいくことにした。

 移動は、マウンテンバイク。ゆっくりしたペースでペダルをこいだ。さすがに今日は気温がだいぶ高いようで、ダウンのジャンパーでは厚すぎるので、フリースの薄での上着で出かけた。距離はJR一駅と1kmプラスぐらいだ。

 今日は料金がかからない。というのは、極楽湯の会員になっていたことで、誕生月に1回招待というハガキをもらっていたのだ。ただ誕生月は今月3月だが、月末が使用期限になっている。

 風呂をあがって帰りかけたが、外では雨が降っている。どうしようかと迷ったが、小雨の中を帰ることにした。まあ適当にはぬれているが知れている。ぬれる時間を減らすため、途中名神高速の下を走ることにした。ただ同じことを考えている人がいっぱいいて、対抗側からも道路の軒下ぞいに結構な数の人に出会った。

 さて、肝心の映画には、その雨のため、もよりのバス停から市バスで出かけた。ちょっと時間を送れて、バスが入ってきて、映画上映の尼崎労働福祉会館にはぎりぎりの時間だった。

 映画「フラガール」は、昨年日本アカデミー賞受賞式にまつわるテレビ番組の中で、撮影秘話を放映していたので、ある程度作品の苦労話や内容の一部は先入観としてもっていたが、期待にたがわぬ内容だった。

 もっとも印象的なのは、30年前の石炭の町(常磐炭鉱)の中のことで、非常に地味な地域であるが、そんなことは思わさないタッチで進めている。生活している人の会話はむしろ現代的だ。しかし、町の中や家の中のセットは非常に暗く地味なのだ。

 圧巻は、先生として頼まれてやってきた松雪やす子が自分の練習で踊る場面のシーン。本当のダンサーと見間違う踊りっぷりだ。

 またあらすじとして、炭鉱を縮小せざるを得ず、大量の解雇を言い渡す中、会社は苦肉の策での生き残りとして、ハワイアンショーの施設をかなりの資本金で立ち上げるのだが、その策に乗って若い炭鉱で暮らす女性たちがダンサーとして、練習に励み、先生とのわだかまりを払拭してプロのダンサーに近いところまで上達していく。

 まったく異質に見えるハワイアンフラダンスという文化が、その中で役割をはたす、それにこの地の人たちが思いをよせていく。中で松雪がダンサーたちに手の身振りの意味を教える部分があるが、「私はあなたを愛す」という表現もロマンチックだが、その手振りが手話そのものなのだ。フラダンスの特色の一旦をはじめて知った思いだ。

 そして最後の施設オープンでのフラダンスの場面は最高だった。映画のながれとしてもいいが、それ以上にこの配役に抜擢されたタレントたちがたしか3ヶ月の猛特訓を実際にやり、その上で自分たちの踊りを見せていること、監督も決して手を抜いていない。ここはまさにクライマックスだ。踊っているみんなの表情がいい。南海キャンディーズの静ちゃんもよくやっている。

 とにかく丁寧に作られた映画だと思った。しかし映画の流れのなかでは、年のせいなのか、涙、涙と笑いも連発の娯楽性のある完成度の高い映画だと思う。

 監督は李 相?とかいう韓国人だが、今後を注目したい。

 今日の企画は尼崎の「いきいきシルバーサポート倶楽部」主催のもので自主上映運動の様相があるが、妻と2人で1800円で見れたので得をした思いだ。

2007年3月23日 (金)

暖かくなってきたぞ!

 いつもと同じウェアで自転車にまたがって、出発したが、どう考えても温い。冬用の手袋が分厚く感じる。途中道路温度は10℃でひさびさの温度だ。進行側の反対からもいつもよく見る人たちと出会うが、今日は進行方向で、うしろから新大阪方向のロード青年と信号であって、「さっきタクシーと接触しかけましてん」と、あきらかに動揺した様子で話かけてきた。

 「ぜったい交差点進入時は、車の横についたらあかんで」と注意しておいた。誰であっても事故なく走ってほしい。

 そのまえシングルギアーの青年に会ったが、今日はロードバイクに乗ってた。ただ彼はヘルメットをかぶっていないのが気になる。 

 そういう僕は6年間で落車したのは、3回。2度は、車道と歩道の段差でバランスを崩し、タイヤがすべった。あと一度は、雨の中をロードで走って、車道端に塗られている白線の上を走ってしまったが、ブレーキをかけた瞬間、スリップして落車。このときはまだ今のビアンキを買って間がなかったが、変則機を固定している車体側の端をまげてしまった。

 それ以後まったく事故にあっていない。自慢じゃないが、バランス感覚は自信がある。

 今日帰りはあまりに温いので、手袋をポケットにしまってしまい、裸の手でハンドルを握ったが、走る感覚があきらかに変化する。足の回しがよくなったような気がする。

 やはり自転車は全身運動をしているのだろう。道路が登りになると僕は、手のひらの持ちかたを人差し指、薬指をブレーキ部の上にあと2本はその下に持ちかえる。こうして腕の上腕に力を入れることができ、それで背筋から大腿筋に伝わって、足だけでこがなくても、体全体で足を回していける。

 たかが、自転車。しかし恐るべき自転車である。このあいだ阪急西宮北口のコナミのスポーツセンターで運動している人たちをガラス越しに見たが、そんな室内でお金を払って運動するより、お金をかけないで、そとを通勤をかねて自転車で走るほうがよっぽどいいのではと思ってしまう。

 今日うれしいのは、明日からひさしぶりに2日間休みだということだ。予定は少しあるが、まあのんびりしたい。あたたかさがそのうれしさを増幅してくれる。

 春よこい。早くこい。

2007年3月22日 (木)

信号とは何なのか!

 今日は、一般道を走っているとき、交差点の信号が赤で停止していても、信号をまもる自転車を見たことがない。

 昨日の憲法の講演会でおもしろい、たとえ話を聞いた。

 タイタニック号の遭難時、非難できるボートが乗客人数分なくて、婦女、子どもが優先にボートに乗り込んだが、男性の大人を待っているように説得するとき、アメリカ人は、「勇敢さを見せる時だよ」と言えば納得し、イギリス人は「紳士のルールですよ」という。ドイツ人には「規則だから」と。

 はたして日本人にはどういえばいいか。聞いてわらってしまうが、「みんなそうしているでしょ」といえば理解されるということ。これがスイスでの笑い話の中で実際に語られているというのだ。

 信号無視はどこの国にもあるが、きっと日本人は「みんな無視しているんだから」という考えが多いのだろう。ということは、多数が信号をどんどん守りだすと、みんな守っていくのではないか。その分希望がもてる。そういった場面を実際に見たことがある。

 当然僕が信号の前に止まる。すると2人ほどつられて止まる。そうすると1人を除いてほとんど止まるということが実際あった。ただ、主体性をもって行動してほしい。なぜ止まる必要があるかということはいろんな意味があると思う。

 まずそんなところで危険を犯してまで急ぐな、ということ。それから実際危ないということ。青信号になっている方向の人に迷惑をかけるということ。

 たしかに車がくる可能性がないことを確認したら渡ってもいいじゃないかという考えもある。しかし僕は自分のパフォーマンスとして渡らない。それは周りがみているということだ。

 あのロードバイクの人はきっちり信号を守っているなということを見せている。周りの子どもたちにとっても大人がどういう行動をしているかは、常に見られている。

 だから僕は信号をかたくなに守る。

 今日も行きの通勤の途中職場に近いなにわ筋という大きな道路を青信号で渡っているとき、年配のおばさんがぼくから見て右から左に横断しようとしてきた。そのままだとぶつかるタイミングだ。「ちゃんと信号まもってくださいよ」と叫ぶ。「すみません」といいながら止まるのでなく僕が手前で止まってそのままあばさんは進んだ。

 この交差点はそういったことが多いので、渡りたくない。信号無視の自転車、歩行者に遭遇すると黙ってはいられないので、注意してしまう。それがむしろいやだ。ちゃんときれいに止まっていてほしい。

 そういったことを考えると、そのほか車の左折時の対応、左折レーンと直進レーンの間をうまくすり抜けるタイミングの計り方。左折車が信号で4,5台かたまっているときの右レーンへの出方など、かなり技術と運動神経、判断力、バランス感覚など五感と頭を使っていると思う。

 通勤自転車に関しては、都会の道路を往復するときはその覚悟と経験が必要だ。

2007年3月21日 (水)

つかの間の休日

 今日は週真ん中の休み。春分の日ではあるが、まだ寒さは去らない。

 朝は、7時に起き、今日は一番の用事を済ませ、洗濯物の処理で9時を過ぎ、そのあと庭の木が木になり、スモモがそろそろ花が開いてきているのだが、今年はどうも華やかさがなく、パラパラの感じに見えるので、無駄と思われる枝を選定した。そのあと英語を勉強し、それが終わって何気なく、テレビのチャンネルを順に選んでいくと、NHK衛星第2で大リーグ、セントリュースカーデナルスの田口 壮選手のインタビュー番組があった。

 昨年のシーズンになんと大リーグの頂点にたった。たんなる偶然の幸運でそうなったぐらいに思っていたが、彼の話を聞いてそれは違っていた。

 昨シーズンはじめ一時はマイナーリーグに降格されたのだが、そこで我慢し、メジャーに戻るも控え選手に甘んじていた。それが、少ないチャンスにいかに自分を生かすことができるか、練習量の強化と、練習フリーバッテングのやり方に試行錯誤を繰り返し、あるものをつかんだという話。

 監督との信頼関係があつく、監督の指示を正直にうけとめ、生かしたことで、リーグ戦、プレーオフ、優勝戦と大変な貢献をして、チームの勝利を呼び込んだ。

 とかく今年は、松坂の大リーグヘの移籍、松井、イチローへの期待などに話題が集まるが、偉大な選手がもうひとりいることを再認識した。

 昼からは「大阪医科、歯科九条の会」の講演会に出席した。講演者は伊藤 真さんで、僕は始めて会ったが、弁護士であり、司法試験塾も主催している方で、最近は講演も多く、憲法の話をさせるともっともわかりやすいと言われている。

 期待にたがわず、憲法というものが、国民の権利をうたったものであり、国家が義務をおうという唯一の法規であるということ。なかでも日本国憲法は、60年前に作られたものであるにも変わらず、すべての国民は法の下に平等であるということと、「人はみな違う」個人の尊重、多様性を受け入れてみんなで共生する社会をめざす思想が含まれているということ。

 また、武力でテロを抑えようとする考え、紛争を解決しようとすることはどこも破綻していて、お互いの国どうしがまず信頼関係作りをすること、そのことがあれば軍事で相手を押せようとすることはありえないということが説明された。ぼくもそう思う。前回講演会の小田 実さんも近いことを言っている。

 話は手前みそだが、僕が作曲した「戦争しない誓い」の中の歌詞には、無意識にそのことが入っていることを発見して、あらためて感動した。

 それは、3番の歌詞で「もし、世界に国境がなくなれば、自由に握手ができるだろう。戦争のおろかさを知るだろう」。これは正直、ジョン・レノンのイマジンに影響されて浮かんだ歌詞だが、ジョンのイマジンにもそのことが歌われている。「おもいうかべてごらん。国境のない世界を。殺しあうこともない。宗教の争いも。みんな平和の中で生きているんだよ」。

 そうだ。日本国憲法は今旬だ。

 ちょっとまじめになってしまったが、なにか確信を感じた。誰かが戦争でもうけるような格差社会はやめて、もっと今迫ってきている環境問題。世界的格差の問題など真剣に世界が考えるべきだろう。ぼくもそれならなんらかの活動したい。自転車の普及も結果的にそこに通じる。

 ああ、それから今日自転車に乗るチャンスがなかったが、その講演会から帰ってきて、まえにも行った蓬莱湯の近くの自動精米機をめざして、玄米を荷台に乗せて、折りたたみ自転車で、走った。ただ、うかつだったが、この自転車は荷台があり、ばねつきの固定部品がついているが、これを持ち上げて、米袋の背中にあてていたのがあだで、精米機の前についたとき、それを荷台からもとあげた瞬間、一部破れていて、ぼろぼろと玄米が一合ぐらいこぼれた。

 なんとか途中でこぼれをとめ、うまく精米機の入り口に残りを押し込んだ。道に落ちた分も山の上のほうは手で取って、それも精米機に入れた。

 しかし、この折りたたみ自転車は、結構便利で、役に立つ。手軽だし、荷台と前かごがあるので用途が多い。これで一度職場まで乗っていってみたい衝動に駆られるが、これはちょっと無理かな。一度試してみよう。

ノーマイカーデーは生きているのか。

 今日はノーマイカーデーだというのに車の量はたいして変わらない。いったいそれだけの運転手がこのことをわかっているのか。職場ではノー残業デーというのがあるが、公道では、なかなか徹底できていないようだ。

 今日は朝の通勤時、新大阪方面のロードバイク青年が後ろから背かってきて、信号で会った。彼はカキにあたっておなかを壊していたそうだ。ぼくの場合は今日変に疲れがある。追い風だというのに、どうも力がはいらない。次の野里交差点では、いつもシングルギヤーで走っている青年が先を追い越していった。みんなそれぞれがんばっている。

 しかし、帰りの道では、自転車の信号無視が気になる。「おまえ、ええかげんにせいよ」と思う。右も左も信号無視だらけだ。いったい秩序というのはどうなっているんだろう。

 信号で「はほやな」と思う自動車がある。まだ前の信号が青になっていないというのに、じわじわ停止線を越えて、横断歩道のところに出ていきつつある様子だ。ところが信号が青に変わった習慣の反応が遅く、発進が遅い。それならあぜらず信号の青に変わるのをじっと我慢すべきだ。そういった運転手は日頃から時間に追われているのだろう。習性になっている。「そんな中毒にはなりたくない」。これが本音だ。

 ぼくの場合は信号でじっと青のなるのを待つ。また青になってもあぶない場合があって、左右を確認している。ときどき忘れることがあって「ああ、あぶない。あぶない」と自分にいい聞かせるくらいだ。

2007年3月19日 (月)

3人だけの誕生会

 昨日は、妻と西宮の甲陽園近くにコーヒー豆専門店「ティピカ」に豆を買いにいった。店では、前回訪問したときのご主人と女性がいなく、若い男性が一人店をまかされていたが、聞いてみると、ご主人の息子さんということだ。ご主人は本業が建築の設計士さんなので、その仕事で出かけているということらしい。

 息子さんもコーヒーにはある程度精通しているようで、ニカラグアのコーヒーを試飲させてくて、もうひとつコスタリカも丁寧に、豆を引き、紅茶で使うような漉す容器でコーヒーをたててくれ、試飲させてもらった。これがなかなかうまい。甘みがある。幸福な時間を過ごさせえてもらった。

 ご主人からも僕のことを知らされていたらしく、うれしかった。しかし西宮のこの付近はおもしろい地域だ、というのは、甲山と六甲山のふもとであり、山あり坂ありと変化にとんでいるし、そこ店の近くの交差点が変わっていて、五差路になっている。しかも甲陽園という駅は、阪急夙川からの支線で、二駅しかない。とても田舎くさいのんびりした駅だ。

 結局、コスタリカ、ニカラグアの二種の豆を買って、気をよくして、そのふた駅を歩いて夙川まで行ってしまった。

 そのあと長男から言われたパソコンのウィルスバスターのソフトを買うため、西宮北口駅で降り、ミドリ電化まで出かけた。しかしここ西宮北口駅も一時期と比べると様変わりしてしまった。西宮球場が駅の近くにドーンと立っていたが、なくなってしまった。また西側にコナミというスポーツセンターができ、その前を無理に通るように通路ができていて、そのコナミの中がガラス張りで、ローラーの上で走っているたくさんの人が丸みえだ。なにか異様なものを感じてしまう。そしてその通路を突き当たると、芸術劇場という箱物のりっぱな建物がそびえている。

 いったい庶民的な町並みはどこにいってしまったのだろう。そして駅の周りは高層マンションだらけ。ああ、なにかさみしいものを感じてしまう。

 家に帰って、ウィルスバスターを息子に託し、パソコンのインストールしてもらったが、作業が夜まで続き、ついにブログは書き込みできなかった。

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ところで、昨日は、結局ぼくの誕生会をしてもらった。次男、三男が外出のため、妻、長男、と僕の3人だけの会となったが、一応けじめの日となった。しかし自分の誕生会もハピバースデーの歌は僕が伴奏するという役割になっている。

 日が変わって、今日は通勤自転車で職場に行ったが、かなり温度がさがるという天気予想にしたがって、タイツのしたは二枚はき、手袋の下に軍手をはくといった最終的防寒スタイル。しかし道路温度は5℃にすぎなかった。

 ただ帰りの道路は、風が強く、横にふられることしきり。指も痛く、体もぬくもらない。おもしろくない通勤の帰りと言ったところだ。いつまでこの気候は続くのだろう。

でも家に花々は確実に春に向かっているので、思わずデジカメに収めた。

日曜日取った、家に庭のアーモンドの鉢植えの花が開いている姿。

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20070318_dsc000041 風呂の外に植えた花かんざしの花。

 まあ、家のまわりの花だけは、春に向かって歩をすすめてるのだ。

2007年3月17日 (土)

2日ぶりの自転車はなぜか軽やか

 今日は昼からの出勤だが、どうしようかとちょっと迷ったが、もう2日も電車で通勤すると電車賃が1700円ぐらいの出費になる。朝はまだ先日からの体調不良で洗濯物の片付けが済むと動くがいやになるぐらり疲れていた。

 11時をすぎてどうしょうかと考えたが、外は晴れているし、ちょっと暖かそうなので、無意識に自転車ウェアを身に着けていた。

 家を出ると熱いくらいに感じたが、外はぽかぽかと気持ちよく、床下川ぞいを走り、2号線に出た。風は乱調だが、なぜか足が軽い。ただ足を回しているだけというか、自然にまかせて風をきって走れる。こういうときは気持ちがいい。ちょっと昨日は職場でいやなことがあったが、そんなことはふっとんでしまう。

 会議はあいにく予定を大幅に超過し、5時45分に職場を出たので、「イタリアンレストラン、アバンテ」FM大阪を聞こうとラジオをセットしたが、もう終わりかけだった。

 帰りの天候は最悪。いきしなとはうってかえって、寒さと風の往復びんた。いつになく寒い。それでも半分ぐらい走ったあとぐらいからようやく体がぬくもりだして、正常にもどったが、今年ベスト3くらいの寒さだろう。

 よく考えてみると、今日家を出る前に前輪の空気を入れなおしている。そのせいかすべりがよかったのかもしれない。タイヤの空気圧の違いでかなりの走りの違いになると思った。

 家rに帰って、食事を急いですませ、次は地域、流れ星少年団の父母会総会に行く。やはりこの会議はいごこちがいい。みんな気心がしれていて、緊張感をもたなくていい。4月のこどもたちの卒業祝いバーベキューと夏の星空映画会の日程と準備の話あいがもたれた。子どもたちはどんどん大きくなっていく。それだけ僕たちは年をとっていっている。

 明日は妻と西宮のコーピー豆販売専門店に豆を買いに、自転車でボラリングしながら行く約束をした。

 ああ、それから今日はなんと僕の誕生日ではないか。でも家の家族は誰も気づかない。父親というものさみしいものだ。ただ、タスマニアの娘から誕生日のために電話をくれた。それだけでもうれしいものだ。

2007年3月16日 (金)

堀江孝文、君は反省しているのか?

 今日も夕方ある医院を訪問する予定があったので、着ていく服のこともあり、やむなく電車で通勤した。そのため通勤自転車に関することはかけない。ただし、今日帰りの電車の中で最新ビーパル(アウトドア雑誌)を読んでいると、中古自転車に長くのっているスイスの女性たちの記事があった。

 彼女らは、中学生や高校生時代から買ってもらった自転車に10年、20年乗っているのがざらにあるということだ。日本とはちがうなと関心してしまった。

 さて、よるの報道ステーションでは堀江孝文氏に対する地裁の判決が下って、2年6ヶ月の実刑が下された。それで、今日報道ステーションに生出演しているわけだが、被告人の彼を一流番組に出演させるのはどうかと思うが、その中での彼の発言を聞くと、「自分はやっていない」ということばかりが主張されて、ただ「あなたはどういう立場で仕事をしてきていたのか」という点では、一応肩書きは社長だがというようなことしか感じていない。

 株式に上場するぐらいの大きな企業の中で社長をしているのであれば、直接自分が犯罪を首謀していないとしても「おれは何の知らなかった」では済む問題ではないと思う。そういう点では30歳ということは別にして、本当の大人に成長していないとしかいえない。

 自分の立場の重大性がわかっていない。数人に従業員をしたがえた町工場の社長がどうにもならず自殺するという現実がある中で、あまりにも考えがあまい。

 彼をもちあげた前小泉首相や武部氏は連帯責任をとるべきだ。

 しかし、日本の大企業の無法ぶりにはあきれる。日本の商約束というか伝統的考えには、もうけは社会に返していくという理性がかってあったはずだが、今はそれがかけている。そればかりでなく戦争のできる日本を作ろうということまで考えているように見える。だから日本経団連の主張は、憲法改正に期待している。

 爆笑問題、大田光がいうように日本国憲法を世界遺産にするという考えはあながちばかなこととはいえない。本当に戦争の無い世界を目指すべきだ。

 ちょっと今週末の開放感でビールと日本酒とぶどう酒をのんでしまったため、ちょっとよっている。おゆるしを。

 とにかく自転車が自由にはしる社会は平和な社会でなければならないのだ~~~!

2007年3月15日 (木)

娘のスカイプ

 タスマニアの娘に新しいパソコンを送って、一生懸命接続の環境にしてたようで、昨日さっそくスカイプで交信してきた。これはつまりテレビ電話のような通信であるが、画像は細切れではあるが、画像と音声で、ちゃんと会話ができる。おとといは画像がはいらないままであったが、昨日両方できるようになった。今日も交信してきてくれて、画像はちゃんと入ってきたが、音声が小さい。

 あいにくこちらの家には誰をかえってきていない(午後11時だというのに)ので、父親の僕とながくしゃべっていた。離れていないと家では娘と二人だけでこんなに話すことはない。

 それから今日は朝から非常に疲れていて、久しぶりに電車通勤することにした。JRでは座れないので、立ったままがまんしていたが、地下鉄ではさすがに本も読まずに目を瞑ってじっとしていた。

 職場での仕事も我慢の連続。とにかくしんどいままだ。午後は会議。就業時間を終えてまた会議。しかし今日の会議は有意義だった。

 今ブログを書いているのが午後11時過ぎだが、誰もいないというのも珍しい。

 午後9時からはBS16チャンエルで男はつらいよの人気投票による上映をやっていて、今日は「男はつらいよ、口笛を吹く寅次郎」という題だった。竹下恵子が若くていい。

 それと映画が終わって、解説があるが、NHKアナの小林文恵さんがいい。あとふたり山本信也監督とあと名前をかけないが、その方もいい。やはり寅さん映画はほっとするのだ。

夕方からハードスケジュール

 今日職場で注文していた電動ハイブリッド自転車と内装三段一般自転車がはいってきた。以前からつきあいのあるサイクルワールドより納品された。ぼくはまだ乗っていないが、電動自転車は大阪市内では、車にまさるすぐれものだと思う。おまけに環境には抜群にやさしい。

 さて仕事の方では、5月の総会での講演の案内をホームページにアップする作業をしていたが、写真だけがうまくいかず、専門SEに指導してもらったが今日は解決しないままだ。

 夕方からは、仕事以外の面談1件とそのあとOM九条の会世話人会と2つのスケジュール。食事をする暇がない。それでコンビニでパンとカフェオレパックを買って、面談中に食べた。

 九条の会では、今の情勢が報告されて、国民投票法案が上程される予定だが、どうも国会で憲法改正が可決されたあと、国民投票をやるが、実際は過半数で成立といっても、投票者の過半数という案であり、40%台の投票率なら有権者の21%で可決になるという話。実際怖い内容だし、改正ありきという考えが見えてくる。

 それで、4月19日に集まりをもつことになったが、なんと僕が「千に風にのって」を合間の時間に歌唱指導するということになってしまった。「ああいやだいやだ」。でも半分よしやってやろうという気もある。

 それとその会には自転車好きの人が数人いて、会議のあとしまなみ街道をいっしょに渡る企画を組もうということにもなった。日程は5月の連休中。大阪からフェリーで四国今治市に行き、そこから北向きに走り、尾道をゴールとする。80kmのコースなので楽勝だ。

 打ち合わせが終わったあと駐車場にとめてあるぼくのビアンキが見たいということで一緒に下におり、見てもらった。それぞれ好きそうである。自転車通勤を続けているということには一目置かれている感じがあるかもしれない。それにしても自転車通勤しているだけで、めずらしいということもあるが、話題をさらう。これは大いにメリットだろう。

 帰りは夜9時前の運転。底冷えの中をゆったりと帰る。

2007年3月13日 (火)

寒さたけなわ、あれ、もう3月13日やで!

 庭のすももとアーモンドの木がつぼみから花になりかけているというのに、通勤時の寒さは変わらないではないか。道路温度表示は朝7℃。まだまだ耳サポートも離せない。

 しかし、昨日はめちゃめちゃ疲れていて、走るはじめから疲れまくっていた。ただし風はわれに味方してくれる。追い風の中の軽いペダルで走れた。しかし速度は26km/hぐらいで走っていたのではないかと思う。やはり土日の強行軍とその前の疲れが残っていた。

 今日はだいぶ体力が回復してきている。行きの通勤では、シングルギヤーの青年、だぶだぶジャージの青年、ジャンパーでビアンキのマウンテンタイプで走る青年などであった。シングルギヤー青年はときどきロードバイクに切り替えているようだが、今日がそうだった。追いつきそうになったが、野田阪神の交差点で左折するので、そこでお別れ。野田阪神駅前では、今日も共産党の清水市会議員候補がもうひとりの人とで演説と宣伝をおこなっていた。思わず「がんばれ」と手を振った。

 その後ダボダボジャージとジャンパービアンキの人が先を走っていたが、今日は無理をすることをやめ、そのビアンキ青年をかぜよけにしてしばらく走った。それでも37km/hは出ている。そのうち抜いていったが、前のダボダボジャージは見過ごした。

 帰りは、夕方の電話当番のため、6時20分ごろ職場を出た。淀川大橋では、さすがにもう暗くなりかけていた。最近は日がだいぶ長くなったせいで、5時過ぎに職場を出ると、晴れた日は淀川大橋では、ちょうど左手の六甲の西側に日だ赤くなって入っていく途中だ。走っている喜びを感じる。今日はもう暗かったが、そのかわりこのロードに前傾姿勢でまたがって、ペダルを踏んでいることに限りなく喜びを感じる瞬間があった。スポーツしているという自覚がある。

 阪神自動車学校?を通るとき気になっているものが建物の上にガラスケースに入ってからざれている。それは、1950年ごろの自動車だ。長く四角いボンネットと直角なフロントガラス。ライトアップされていて、インテリアになっている。なかなかいいものだ。

 今日こちらからタスマニアにかえったMさんによって、娘にパソコンを渡してもらった。これからスカイプのテレビ電話で送受信できるだろうと楽しみだ。

2007年3月11日 (日)

30年の空白、龍谷大学3期生永良ゼミ同窓会

 昨日は書き込みができなかったが、久々の連休初日。朝はゆっくりしていたが、夕方からは、ひさしぶりの歌声喫茶の伴奏、その後は京都にて、僕の大学時代のゼミの教授が、定年退官になるということで、京都のKくんの肝いりで30年ぶりのゼミ生再開。落ち着かない心をもてあそびながら、東山閣というホテルに向かった。京都には、大学時代から市内を車で移動したことがないので、ちょっと不安だったが、先方のホームページの案内図から取った略図をたよりに、名神高速道路を京都南でおり、目的地をめざした。

 ところでその名神高速では吹田付近で渋滞。おかしいなと思ったら、ずっと前で4台ぐらいが関係する車両事故が見えてきた。一台は中央分離帯にお尻を向け、前部も大きく破損していた。「ああ、怖い、怖い」。

 さて旅館についたが、すでに10時半を過ぎていて、部屋についてみると懐かしい顔が、並んでいる。しかし顔を認識するまで、それぞれ1秒以上かかる。あいにく下の駐車場が満車で、ロビーに依頼したが、近くに100円パーキングにとめるしかないということで、酒を買うことも含めて、車を移動しに行った。

 5階の部屋にもう一度向かったが、かなり盛り上がっていて、しらふの僕は、そのムードについていくのに時間がかかったが、時間がたっていくと、みんな変っていないとというのが実感だ。

 N先生も頭は白髪が多くなっているが、人柄はそのままだ。政治談議、大学の最近の話、それぞれの近況と時間はあっというまに過ぎていく。教師、警察刑事、会社員、団体事務長、公務員など、それぞれそれなりの地位についている。

 ぼくのことは、自転車にはまっていることは事前にある程度知られていて、「自転車できたんか」とか「自転車で帰るんか」と酔いにまかせた質問も飛び出すが、それなりに持論も述べた。

 そのまま時間は午前2時を過ぎていたのか、寝床に自然に入った。朝はそれでも6時半におき、朝風呂にはいり、ひげをそり、部屋を片付け、残ったメンバーで朝食を食べ、それからゆっくりしたが、10時半よりまた人数は5人に減ったが、今の大学の学舎を見学しにいくことになった。ぼくの車で5人で移動したが、五条のその旅館から、非常に早く大学に着いたように感じた。

 しかし今日の朝は特別の寒さと風。天気はよかったが、突風の中を見学した。しかし大学自体も大きく変っていたし、きれいになっている。かつてはここでヘルメット学生と対峙したこともある。それは鮮明に思い出してくる。つい最近の出来事にように思えるのだ。

 この30年はいったいどうしていたのだろうかと不思議な感覚になる。たとえて言うと、テレビのチャンネルが別の世界のように思う。なぜか、大学時代、卒業して就職したとき、一時転職したとき、結婚してから、それから25年以上。

大学時代はひとつのチャンネルで完結している。次の時代は別のチャンネンルにきりかえたような認識だ。大学を出て、その周辺をすこしみんなで歩いたが、少しだけその辺が思い出してくる。それでも30年はやはり長い。

 先生のおごりで昼食を終え、解散したが、名神高速は天王山付近で猛烈な吹雪。大阪になって、晴天に変る。別の世界から飛び出してきたのではないかと思ったりする。

 うちに帰ったのは、午後2時。すこしゆっくりて、娘から先日電話で、送ってやったパソコンがすぐ固まるということで、新品を買いたいということなので、親ばかというか、妻とそれを買いにいく。明日タスマニアに帰る人がいて、彼女にそのものを託すことにした。

 しかしコジマとミドリ電化に行ったが、どちらもウインドウズ XPに比べビスタの方が価格が安く設定されている。どうもビスタの売れ行きが思わしくない模様だ。しかし不思議は話だ。古いバージョンの品物から新しいものに変ったときは、新しいものが高いのがあたりまえだ。

 この場合、利用者の立場で考えるなら、どちらも選択できるように、値段で誘導せず、どちらも同じぐらいの価格で販売するべきだ。

 結局品揃えが多く、店員の知識も豊富なミドリ電化で、12万円台の昨年夏販売バージョンのNECウインドウズXPのやつを買った。即決である。ついでになぜか電気釜も買った。電気釜もIH方式について詳しく聞いた。

 これで今日のやるべきノルマは終了した。

 話はさかのぼって、同窓会に出発する前に「うたごえ喫茶」は、同じマンションの住民がきたり、それなりの人が来たりだったが、春の歌と、今注目の「千の風にのって」を歌った。自分としては、担当のピアノ伴奏は、アドリブとイントロは結構きっちりできたように思った。ただ、次の同窓会のことが頭に浮かんで、少し落ち着かないのである。

 まあ、昨日と今日のハードスケジュールは無事終了することができた。

2007年3月 9日 (金)

逆送自転車が多い道路!

 今日は今週自転車通勤5日目。さすがに脚が疲れている。できるだけ負荷をかけないように走ろうとしているが、調子にのると足がつい回ってしまう。

 しかし、今日は職場に着くまで疲れが残った。それから淀川大橋を走ってる最中、ちょうど真ん中あたりで大きな犬が路肩部分で完全に死んでるように倒れていた。びっくりしたが、とまるわけにはいかないので先を進んだが、犬を抱いた男の人が携帯をかけていたり、警官が2人そちらに向かっていたので、その犬にかかわってのことなのかなと思った。

 ただ、疲れているとはいえ、野田阪神交差点を過ぎてから、やはりロードバイクの人がいて、ついていこうかなと思ったが、「あれ、抜けるかな?」という感じでペダルを踏むとま40km/hになってしまい、体勢を前に倒して、高速の状態になっていた。

 「まずい」と思ったがあとの祭り。そのまま土佐堀を進み、長堀まで進んでいた。

 ただ、仕事の帰りになるとさすがに疲れがいっぺんに自覚できる。昼食の時、となりの会社の庭になっているみかんらしい木のことをその食堂に来ていた人にたずねると、それはレモンの実だと真実を明かされ、「へえーーー」と驚く。なんせ100個以上実がなっているが、みんなオレンジ色をしているので、どうみてもみかんとしか思えない。

 その職場の主のような人は、いくらでも取ってくださいといっていたので、帰りのひとつもぎって、家に持ってかえった。妻にみせて、たべてもらうと案外甘いという評価。僕もたべてみた。苦味はあるが、案外甘い。来週職場に行くのが楽しみになった。

2007年3月 8日 (木)

ほんとうにあほなスピードアップ

 今日も赤信号で直進していく自転車が目立つ。せめて子供が通学路で、彼らが青で横断している最中の信号無視はやめてほしい。大人の悪い見本を見せているようだ。またもし子供と接触したらどうするつもりだろう。被害にあった子供はきっと信号でもトラウマになって、横断することができなくなるのではないだろうか。

 今日は疲れが残っていた。力半分目でペダルを踏む。誰にも会わない。淀川大橋を走るときは気持ちがいい。野田阪神の交差点で信号をまち、青に変わると、2台が早いスピーで走っているのが後ろから見える。前はロードバイクで白ヘルメットをかぶっているが、すこし地味なユニホーム。後ろはマウンテンバイクでタイヤが細いタイプの青年。その青年はすぐ追い抜いたが、前のロードバイクはこちらを意識している模様。40kmを超えてきたが、まだペダルを増そうとしている。こちらも一応抜く体制なので、「まあ、追い抜こう」とギヤーを一個上げる。スピードメーターが43kmから45kmか。無理やり抜いてしまったがこちらもちょっとおどろいた。あと次の信号に近づくにしたがってちょっとスピードを緩めたが、その人が横についてきて、「通勤ですか。どこまで」と聞くので、「なんばまで」といって、また「ブログやってますか」と聞くので「やってます」と答え、「また見ときます」といって、そこで分かれた。ぼくのブログがわかるのだろうが。それとも見た覚えがあるのだろうか。

 それにしてもなんというスピードを出してしまったのか。今日はまだ疲れはないが、明日にこの後遺症が出るだろう。おとなげない自分である。

 帰りは、行きかけの歯科医院に犬歯のかけたのを直しにいった。N先生は僕の団体の副理事長で、治療が6時過ぎに終わって、一緒に近くにビアホールに行くことになった。あいにく僕は帰りが自転車なので、ノンアルコールをいただいたが、先生はジョッキー4杯飲んだ。話は意気投合して、9時まえに及んだが、娘さんの近々のオーストラリア旅行計画のひとつに娘のいるタスマニアヲ加えさせたいということで、とりあえず娘にフォローしてもらえるかどうか、聞いてみることを約束して分かれたが、先生はかなり千鳥足に見えたので、うまく吹田の家まで着いただろうか。 

2007年3月 7日 (水)

トラブル侘び面談

 今日も昨日に引き続き寒い。昨日と同じぐらいかなと思って走っていたが、国道2号の道路温度表示はなな・・、なんと4℃。

 昨日と同じくらい(昨日は9℃)かな思ったが、5℃も低い。途中、新大阪コースのロード青年が、追い抜き際に「おはようございます」と声をかけて、先を走っていった。ちょっと会話をしようかと思ったが、その後チャンスがなかった。

 仕事の方では、今日は午後より職員のミスに関して、S会をおとづれた。先方は、7つの歯科診療所をたばねて経営する法人。事務長と面談したのだが、その方はとほうもないやり手である。コンピュータの知識はもちろん、労務管理、経営学、医療法の知識、おまけに一級建築士の資格ももっておられるので、自分の診療所の設計までやってしまう。

 当然おしかりをいただいたが、話がその経営からもろもろにおよびこちらは聞くばかりで、なかなかの薀蓄を聞けた。

 一応話しはまるく収まったが、これも人間どうしの信頼関係のなせるわざであろう。

 さて、事務所にかえって、その緊張感もあり、どどっと疲れが出てきた。帰りはある意味一仕事やり終えたという感じで、開放感でペダルを回す。それにしてもまたまた寒さと、横風、向かい風の帰路である。

 ところで横風時の走行での極意について体験を語る。風が吹いている方向に少しからだの重心をおく。ただ、このおき方が問題で、非常に微量な感覚であるとともに、風のいきおい、向きも瞬間的にかわる。その中を微妙な体重のあずけかたで交わすことも一定の技術であり、自転車走行の醍醐味だ。

 とくに淀川大橋などを渡っていて、横風がきたとき、かなり振られるときもあるし、そこはバランスのとり方プラスハンドルさばきが加わる。右から強い横風がくると、振られつつ、ハンドルを風の方向にすこし戻す。ただ右は自動車が走る道路部分なので、緊張をともなう。

 また向かい風の最中、すぐ前にバスがいるときは、できるだけバスについていく。ギヤーをどんどんあげるとついていける。これはなかなか面白い。今日も停留所で一台のバスが停車していて、すぐ右ウインカーが出た。これチャンスだ。バスの風よけの中を40km/hぐらいで国道2号尼崎商店街付近を走る。その後バスにおいていかれたが、これほどおもしろいことはないですぞ。

 家にかえると、申し合わせどおり、長男がオムレツと鶏肉のフライを料理中。今日は楽だ。まあこういう日もあっていいだろう。

2007年3月 6日 (火)

ごぼう抜きのロードバイク三昧

 朝はどうもまだ体の調子がもうひとつ。出勤もなんとなく気が重い。そして今日は昨日にくらべてまた気温が相当下がるという昨日の夜の天気予報を聞いていた。ますます気が重い。

 アルミ缶などの資源ごみをマンションのゴミ集積場にほかし、ヘルメットをかぶり出発。指も足も寒い。しかし国道2号での道路温度表示は9℃をさす。「なあんだ。たいしたこのないや」という安堵。

 途中、工事ヘルメットのランドナー男性と、ときどき会うぶかぶかジャージにヘルメット・ロードバイクの青年にあう。だが、ここはかれらより前を走る。「あれ、ぼくのほうが早いのか。はたまた彼らが調子が悪いのか」。

 いや今日はロードバイクに乗り換えているため、昨日の感覚からすると、明らかに走りが軽く感じている。

 野田阪神の交差点で道路直進側(左折矢印信号がさきにでる)に陣取り、停車していたが、野田阪神の駅前では、府会議員候補か清水さん(共産党で、もと吉本興業)が演説をしていたので、手を振ってあげると、彼はとても元気よく「ありがとうございます」と返してくれた。

 ところで昨日は、ぐちをたらたら書いたが、うれしいことを書き忘れた。帰りの通勤で、左門戸側手前のコンビニの前でとまっていると、横の車に家族ずれが乗っていて、助手席には、小さな足だけ見えている。おそらくさかさまになったりしている小さな子がいるのだろうと前を向きなおしたが、今度その助手席を見るとこんどはその子が、こちらを見てきょとんとしている。

 思わず、笑顔で手を振ってみると、しばらくして返してくる。運転席のお父さんと、後部に座るお母さんも笑顔でわが子とぼくのやりとりに不審な顔ではなく、なごましく笑っている。

 子どもを通した見ず知らずのふれあいというのは、偶然のできごとだが、ぼくもうれしくなった。

 今日の通勤の続きだが、その野田阪神交差点で直進青の矢印信号にかわり、すでに側面から工事ウェアの男性とだぶだぶジャージの青年は先に出ていたが、工事ウェアの人はランドナーで必死のこぎ方。しかし今日はちがうぞ。昨日マウンテンで抜かれてしまったが、きょうはちゃうぞ。

 ギアをひとつアップし、彼を抜き去り、今度は前方にダブダブ青年。スピードメータ^は39kmをさしている。だがぼくはまだ余裕。「よし、行ってしまえ」ギアをさらにひとつあげ、42km。ゆうゆう抜いてしまった。

 「やった」。やはり気持ちがいい。まだまだ年齢のわりにはいけそうだ。

 そのモードで職場にも入ってしまい、なぜか体が積極的に動く。疲れもない。ある一定以上の負荷を体にかけると、体がむしろ活性化するのか。むむむ・・・・・。

 そのモードで帰りも走る。ものすごい向かい風と横かぜが繰り返す。追い風はない。またむちゃくちゃ寒い。それでもハアハアすることもなく向かい風にたえていける。これはなんなのだろう。

 まあ、面白い日もあれば、苦しい日もあるということか。

 そのノリで夜は、折りたたみバイクのチューブを交換してなおしてしまった。

 よしよし・・・・・?

2007年3月 5日 (月)

非常識な人の多い道路状況

 今日朝起きてみると、窓の外は雨が降り続く。どうしようかなと思ったが、「まあ、いいか」と、この間タイヤを変えたマウンテンバイクでテストをかねて走ることにした。

 下半身は、いつものタイツの上からレインウェアをはき、上半身は、下着、自転車ジャージ、上にセーター、その上からレインウェアを羽織った。これは頭までしっぽりはいる頭巾があるから頭は濡れない。その上からヘルメットをかぶる。

 いずれにしても時間はかかるのでいつもより5分早く家を出た。

 途中、自転車で入る人も多くいるが、中に左手でハンドルとブレーキをもち、右手でかさをもちながら走る人がいるが、これは危ない。左手は後輪ブレーキしか制御できない。どうせなら右手でブレーキを持ち方がましだ。制御力は前輪のブレーキの方がきく。

 国道2号に入り、大阪に入る手前、シングルギヤーの若者と、工事用ヘルメットをかぶったランドナーのおじさんで出会ったが、シングルギヤーの彼についていってしまったことがまちがいで、ちょっと足を使いすぎた。なにせこちらはタイヤの太いマウンテンバイクだ。ついていけるわけがない。しかし途中まで「あれあれ、ついていけるぞ」とタイヤを付加をぁかけて回していた。

 おかげで職場につくと、もうエネルギーを使い果たした感じ。しかし朝からパソコンにまつわるトラブルの連続で半日それにおわれた。疲れているわりには、頭はさえている。

 かえりの道は、国道を走ってる間は何事もなく、バスとの競争だけがあった。尼崎にはいって庄下川ぞいに進路を変えたが、そこは自称自転車専用道だが、歩いている人もいる。しかし対向してくる車も無灯火がなんと多いことか。そのつど「ライトつけてや」とちょっと怒り気味に言いはなちながら走るが、そのうちライトをつけない人の多さにあきらめてしまった。こちらから相手が見えていないということがわからないのだろうか。

 もっと外にいるとき、周りのことを考えて行動してほしい。対抗車の自転車でおばちゃん2人が横並びに走ってくるのに2回であった。こちらと接触しかけなのがわからないのだろうか。

 また最後の小言としては、家が近づいた名神高速の高架下を横断するとき、横断側が優先道路になっていて、高速にそった道のほうは、一旦停止のはずなのに、一台目はタイミング的にしかたないとしても、次のトラックも一旦停止する気配がなく突っ込んできた。僕が反対の対場なら危なくてできないが、「なにを考えているんだ」という感じだ。思わず一旦停止せんかーと叫んでしまった。ちょうどそのときは対向含めて4.5台の自転車が横断する途中だったのだ。

 とにかく譲り合うという態度の人が少ない。こちらが歩道を走っているとき、対向の自転車とどちらかしか通れないとき、僕がゆずって待っていて、そのあととおりすぎてもあいさつもできない。無視した顔で通っていく。

 これは世の中おかしい。外国ではもっとひどいという主張も聞いたが、それと比べる必要ない。今の日本のことを憂いているのだ。

 ちょっと今日はわれながら機嫌が悪いかもしれない。もうやめよう。

 かえり例の折りたたみ自転車がやはり空気が抜けていることが朝わかり、ホームセンターにより20インチのチューブを買って帰った。しかし今日はやる時間がなくなってしまった。

2007年3月 4日 (日)

おやじーずひさびさの演奏

 今日は日曜日。朝はやっと寝坊ができる。これはやはりかけがえのないチャンスだ。ただ今日は、午後1時半ごろ演奏に出かける。演奏といっても参加20人ほどの集会でのうたう会のようなもの。それでも6曲ぐらいの楽譜を探すのに苦労しているし、オーベーションギターの弦を張替え、胴体もきれいにしていった。

 朝はそれで、いつものテレビ番組は一通り見て、洗濯物をたたみ、ほし、その後昼からの演奏のための一人練習。きょうはいつものキーボードではなく、ギター1本の伴奏で、2人だけのボーカル。音響はなにも使わない。アナログの世界。会場もまちの集会場といった感じの場所だ。

 内容は共産党の地域後援会の総会。参加者は概して高齢者が多い。ただそこで挨拶におとづれた今回の統一地方選挙の県会議員候補は女性だが、前回の議員から交代して登場したSさん。ただ何が因果か、20年ほど前、子どもたち4人を入園させていたM保育園の保育士をしていて、次男、三男は担任の先生だった人だ。

 なんと選挙のチラシには、Sさんと彼女に抱かれた3歳ぐらいだった三男が写真に写っているではないか。

 演奏は、みんなで歌うための曲。早春賦や花「はるはなのみの・・・」など、と今ミリオンセラーの「千の風にのって」をリードしたが、どうも乗らないムード。会議の最初のほうでみんなリラックスしていないためか、選曲がまちがっていたのか。千の風にのっては、これはきっとおおきな声でもりあがるだろうと思ったがそうでもない。ちょっと拍子抜けの感ありだ。まあ場所の雰囲気にもよるか。

 しかし今の政治に対してはひとこと言いたい。昼から家に帰って家族が見ていたテレビ番組「たかじんなんとか」でも言っていたが、大企業ぼろもうけ、中小企業、庶民は格差社会の犠牲者という感じだし、地域では大型開発があきずおこなわれていたり、大型店舗がわがもの顔だ。僕の近辺でも西宮の球場跡、JR尼崎駅北空き地なども大型店舗や百貨店がはいるらしい。

 この建設に関しても本当に地元の景気にプラスになっているのだろうか。こういったことをストップさせるには、政党にすれば「わが党へ投票を」といういいチャンスだろうが。その前に、この前にも書いたようにあやしい公共事業、住民にとって不利益なことを、政党、イデオロギーにかかわらずやめさせる住民運動、示威行動をおこさないといけないのではなだろうか。

 「まず政党地図を変えるため投票に思いを託す」だけでは、消極的だ。今はあまりにもひどいことが堂々とおこなわれているし、とくに大企業の経営者の考え方が昔の人たちに比べ、近視眼的、めさきの儲けしか考えていないし、もうけをみんなに還元するというような考えがない。そのくせ環境問題では「わが社が積極的にとりくんでいます」というイメージつくりにいそがしい。

 大阪の中ノ島公会堂を作った人は当時の相場師で大金持ちになった人と聞いているが、その儲けからぼーんと資金を提供してあの公会堂ができた。その後事業に失敗して自殺するという不幸もあったが、明治、大正、昭和を通じて日本人の経営者の中に、伝統的に「人にために役立つ」という思想が受けつがれてきたのではないか。

 それが今もろくもなくなっている。ここに一番大きな問題があるのではないかと、今日の番組をみたり、「9.11と9条」の本を読んだりしながら思っている。

 だからこそもっと怒ろう。声をあげよう。

 ああ、いいたことを書いてしまった。ちょっと考えていることを整理して書き出せないが、もっと日本人はおこるべきだ。そして他人のことをもっと考えよう。宮沢賢治の思想でいこう。こまっている人に手をかそう。

 今日は手がはずむ。

 現実にもどって、夕方まじか折りたたみ自転車の後輪パンクの原因をさぐるべく、チューブをはずして、水を入れた洗面器で空気もれをしらべたが2回りしてもわからない。

 手術で原因がわからず開腹したおなかをまた閉じるように、わからないままタイヤをもとにもどした。それから空気をいっぱい入れ、試験的に自転車屋さんに用事があり、そこまで乗っていったが、帰りはまた空気が減っている。不思議だ。ああ不思議だ。

 しかたがないので、虫ゴム全体を替えて、空気を入れてほってある。そのあと息子が乗っていったが、今空気が減っているかどうか不明。

 それにしても今日の昼はぬくい。春らんまんだ。家の庭のすももが目をだしてきた。いつもは3月下旬に花を咲かせるが、この調子だと中旬に咲くのではないだろうか。

土曜日は心地よい

 金曜日までの業務を終え、ようやく土曜日。

 出勤ではあるが、通常の業務ではなく、パソコン4台の入れ替えと午後は、役員と職員幹部の会議である。パソコン入れ替えは、もう一人の部下と連携で、ボクが新品を箱から出して、ハードの入れ替えとパリンターその他の設定、もうひとりはネットワークと基本情報システムの設定をしてもらった。

 昼は、ゆっくり外食と喫茶店でコーヒータイムと思っていたが、思うように段取りが運ばず、昼食事もコンビニ弁当で済ませ、設定が終わっていない部分をやった。そのまま午後の会議になだれ込む。なんとも忙しいスケジュールになってしまった。しかもパソコン入れ替えはまだ3台を積み残している。まあこの先はなんとかなるだろう。

 午後の会議を終えると、午後5時を少々過ぎていて、服を着替え、自転ウェアで帰るのだが、その時間FM大阪でいつも聞く、「イタリアンレストラン アバンティ」がある。小型ラジオをつけ、イヤホンを左耳にあてて走る。

 今日は東京六本木の歴史のようなことをゲストを交え、トークしていた。この時間は都会の土曜日の雑踏としずけさの入り混じった幹線道路をひた走りながら、この番組を聞いていて、なんともいえない開放感が伝わってくる。

 トークの合間にジャズがながれ、またコメディータッチの会話がはいり、なかなか品のある番組で好きだ。

 そうこうするうち、その番組の終了の6時をまわり、あたりが暗くなってくる時間だが、今日は家に冷蔵庫にビールのストックがないことを思い出し、寄り道して酒のスーパーのようなところに直行した。やはり自転車ジャージで店に入ると店員の女の子は、ちょっと微笑みを浮かべて、ものめずらしそうに視線を向けてくる。

 こちらは、あまりにも品数の多い、ワインコーナーで悩んでしまったが、すしワインというお勧め商品があったので、感覚的にそれにし、あとはキリンラガガー復刻版を6本セット買った。自転車をつないでいるところに戻り、鍵をはずしていると、信号待ちしているお父さんと2歳ぐらいの子がかごに載っている自転車の2人がいて、その子どもが、予想どおりじっと不思議そうに僕を見ている。ちょっと笑顔で返してやった。

 家に帰って、明日集会で演奏によばれているので、それ用の楽譜をコンビニにコピーしに行き、帰ってきて、それを同じマンションのグループ仲間に配りに行き、それから風呂に入り、いい気持ちになり、妻と2人ビールを味わいながら、サシミを食べ、テレビを見ながらああでもないこうでもないと評論しあう。これは自分には幸せのひとときといえる。

 今週は結局5日通勤自転車で仕事に行っている。しかし危ない場面にめっきり出会わないのが幸いである。それに遭遇するまえにかなり予測がついて回避していることがそうなるのかもしれない。○渋滞の車の中の交差点を通るときは対向右折車がいないか、要注意。○交差点では左折車と予想できる車の横には絶対つかない。○信号は必ず守る。○やむなく歩道を走るときは徐行して走る。などなど。道路は危険だが、そういった運転をしているときわめて安全ということが言えるかもしれない。

 明日は自転車にのらない予定だが、その整備と折りたたみ自転車がまたパンクしているので、その修理が宿題だ。さあ、もう寝よう。

 

2007年3月 3日 (土)

doyoiubi

2007年3月 2日 (金)

はじめて入った上方落語の殿堂「繁盛亭」

 今日の通勤は自転車だが、行きは向かい風。道路温度は6℃。かぜのせいで昨日と同じ温度なのに風のせいでちょっと寒い。しかし2日続けて走っていると足の筋肉は、調子がでてくるようだ。しかし、何歳までこの調子で走れるだろうか。たとえスピードが半分になって2時間かかっても続けていきたい。ちょっと考えるときがある。それだけ今は楽しい。

 Cimg0361 仕事はそこそこに流れ、夕方になってくると落語を聞きにいくのが、頭いっぱいになってくる。今回はじめて繁盛亭に行くのだが、上方落語の発展のために桂三枝やその他の落語家が最近作り上げたらしい。

仕事を5時過ぎに終え、ウェアに着替え、いつもいく喫茶キャビンに腹ごしらえにいく。夜、外の会議に出席するときもよくここを使うが、ジャズが流れる中、船そのままの丸窓から夜の道頓堀川を眺めながら、ピザを食べる。ひとしきついて、自転車にまたがり、繁盛亭へ。天神祭りで有名な天満宮のすぐ横に作られた。天満宮では、梅まつりをやっていた。

 すでにかなり列ができていて、開場の6時半まで待った。ようやく入場で、席をとったが、会場は200席くらいのこじんまりした小屋だ。

 今日の内容は、NPO国境なき芸能団を立ち上げている笑福亭 鶴笑となんと桂あやめ、この人はなんと「芋たこなんきん」の酒屋のおかみ役の人だと自己紹介していた。また林屋 染雀とあやめが芸者すがたで漫才をやる「姉様キングス」がとりだった。また前座に笑福亭 呂竹もいた。

 かれらはもうすぐドミニカ共和国に交流と出演で渡航するということで、その費用を稼ぎ出すことも今回の企画らしい。しかし、笑福亭 鶴笑の演技は爆笑だ。また林屋 染雀のしぐさの落ちという設定で話した中身が面白い。

 ある罪で10年間投獄されていた男が、出所したらなんとか商売でもうけたいと思い、牢獄の中で、地面をはうアリをつかまえ、10年間しこみ、宙返りができるまでに育て、ようやく10年たって、出所し、はじめて入った喫茶店でそれを練習していた。そのうち誰かに見せたくなって、ウェイトレスを呼び、「ちょっと見て」というと彼女は、テーブルの上にアリがいるというクレームと勘違いし「すみません」というと同時ににそのアリを手のひらでたたいて殺してしまう。一瞬に10年間の苦労が水のあわに。それがおちだ。会場で聞くと笑ってしまう。

 かえりは、9時をすぎていたが、天満から国道1号線で野田阪神まで西に走ったが、梅田付近では、タクシーが2重駐車状態でづっと続いていて、とても危険。その中を注意しながら走る。しかし無法地帯だ。ようやくそこを抜け、いつも通る2号線に合流するとホっとする。そのあとは車が少なく、少し追い風で、流れるように走る。これはもう中毒だ。ストレス解消が体で感じる。

 Cimg0364_1 家について天を仰ぐと月がぼやっと満月で輝いている。

2007年3月 1日 (木)

通勤自転車は楽しい

 一日あけての自転車通勤。下半身は薄めのタイツとサイクリングタイツ。上半身は、いつもどおりの下着にサイクリングウェア、その上にセーター、その上にサイクリングジャンパー。ただ、もう耳あてはいらない。

 日によってハンドルをもつ姿勢がきまるときと、しっくりいかないときがあるのが不思議だ。毎日走っているのに毎日ちがう。ペダルの動かしかたも毎日ちがう。かぜの方向によってもからだの感じがちがう。

 仕事はきょうも昼からの職員全員を対象にした月一回の定例会議のための準備と本番で一日が過ぎる。5時をすぎるとドッドッと疲れを感じた。

 それで帰りの走りはじめは、疲れたままで、目をあけているのもつらい。眠ってしまいたい。しかしそうはいっていられないので、軽く走る。

 そのうち体の調子が出てきて、野田阪神につづく国道1号線では、車も少なくスーと走る。また淀川大橋では、帰りの時間に1年ぶりぐらいだろうか。夕焼けがきれいに見える。六甲のシルエットがきれいだ。

 やはり帰りのペダルは気持ちもちがう。だが、今日は夕食当番で、帰り道何を作ろうか、考えながら走っているが、なかなか決まらない。コロッケをメインにして、COOPでそれを買うか。あれよあれよと考えるまま、そのCOOPに着く。かにと同じ棚にカキの衣つきがあり、よしこれ、これ・・・と衝動的に買う。あとは、揚げ物コーナーでコロッケをかごにいて、ちょうど係りのお姉さんが、あげたての鳥肉を出してくる。これ、これ・・・。これでみんな決まり。しかし、家にジャガイモがたくさんあるのを思い出し、○○○?(芋を煮込んで、皮をむき、すぶす。マヨネーズをかけ、きゅうりの輪切りをまぜる)を思いつく。

 ところで、COOPの店内にはもちろん帰り道なので、駐輪場に自転車を止めて、自転車ウェアの格好で中に入る。ちょっと目を引くが、もうずっとこれなので、自分では気にしていないが、ときどきじっとこちらを見る視線があったりする。

 まあ、めだったほうが考え方によってはいいか。「ええやろ、このスタイルは」と思ったりしているかもしれない。

 家に帰ると長男だけいたが、ご飯と風呂は用意してくれている。とるものもとりあえず、手を洗い、うがいをして料理にかかる。皿にかってきたコロッケ等をさきに盛り、味噌汁を作り、きゃべつを千切りにし、今度は、フライパンに油を入れて、カキをあげる。その間に例のじゃがいもを湯がいておいて(これが案外時間がかかるが)、やわらかくなったことにガスをとめ、ちょっと冷やして皮をするっとむく。ボールに入れて、それを棒で砕く。それから輪切りしたきゅうりをまぜ、マヨネーズをいれ、混ぜ合わせる。これは下手や人でも結構さまになる。これでほぼ全部完成。

 急いで浴槽へ飛び込む。もちろん服を脱いで。風呂から上がり、長男はすでに食事に入っているが、その横でキューーーーとビールを飲む。疲れと仕事のストレスが消えていく。きわめて単純だ。しかしビールがうまい。自転車ではしっている日は、ほとんどそうだ。

 明日は夜天満の繁盛亭に落語を聞きにいく。まあ自転車ウェアのままでもいいだろう。なぜって笑いの世界だもの。気楽にいこう(意味がつながらないが?)。

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