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2007年4月29日 (日)

母死す!施設での生活4年目

 昨日は、ゴールデンウィーク初日であるが、まだ仕事のモードが消えていない。また心配ごとも帰りぎわに聞き、どうもうれしい休みとはいえないが、とにかくそのしがらみを立つため、スーパー銭湯へ行った。また宣言していた琵琶湖一周サイクリングは天候の予報もあり、疲れも抜けきれていないとこをあり、30日に設定を変更した。

 スーパー銭湯は、JR尼崎近くの「極楽湯」。午前11時半ごろ入ったが、客はまだ少なく、のんびり湯に浸れた。入浴後、そこで食事をし、帰りついでに、注文していたワイヤレレスマイクシステムをマサゴ楽器に購入しにいき、そのあとコープこうべに買い物に行った。

 家に帰ると午後2時。ところがところが、兄の奥さんから、母が危ないと突然の電話。すぐ入院している病院に事情を聞いてほしいということで、電話番号を聞き、連絡した。自分でも電話番号をプッシュしながら動揺を隠せない。

 電話を入れると、どうも午後すぐ病状が急転し、心肺停止と呼吸停止で、死亡にちかい状態で、点滴だけ続けているという答え。「死亡しているということですか。それとも脳死状態ということですか」と聞いても、はっきりしない。ただ脳死状態の先を行っているとのことだ。すぐ誰か親族が病院に来てほしいということなので、インターネット地図情報でその住所を入力し、すぐ車で向かった。

 病院では、入っている3階の看護士長さんと思われる人から経過の説明を受け、病室に入り、すでに死んでいる母を見た。そのあと、当直の若い医師が来て、瞳孔のチェックと聴診器でのチェックのあと「死亡されました。時刻は午後3時28分です」という言葉。すでに死んでいることはまちがいないが、正式には家族が立ち会う時間で死亡時刻にするらしい。まああとから考えると危篤の連絡がある前にすでになくなった状態なので、家族が立ち会う間がなかったとうことで異例ではある。

 母はそれまで預かってもらっていたグループホームから老人保健施設の入所が可能になって、2月から代ったのだが、そこで誤飲が多く、胃から「イロウ」という措置をせざるをえないという提携病院の指示で最近胃からチューブを挿入する措置をしたばかりだ。

 うたぐったらきりがないが、それがあだになったことはまちがいない。ただ誤飲の繰り返しで、肺炎にちかい状態にはあったようだ。なにせ本人は重度の認知症になっているため、自分では、急変に対応できない。悲しい現実である。当年83歳である。

 その後、どう対応していいのかまったく白紙状態であったが、その病院の看護士長さんからも対応のしかたを聞き、とりあえずその日一日は霊安室に置いてもらえるとうことだが、家族が1人はついていないということなので、午後4時からずっとそのあとの対応が決まるまで、ずっと母のそばにいた。

 兄は午後7時を過ぎても所在不明。携帯電話もOFF状態。そのうち妻がきて、兄の奥さんがきて、そこでできることを相談。兄の奥さんに近隣の集会所で借りれるところを探してもらうため帰ってもらった。しかし兄とはなかなか連絡がつかない。

 妻と相談してとりあえず、大阪パルコープとコープ神戸の連絡先を自宅の長男に連絡し、調べてもらう。そのうち兄が家に帰ってきたが、自宅にとりあえず母の遺体を運ぶのもむすかしいということなので、動けない。もう午後8時を過ぎていた。

 午後9時過ぎやっと集会場が手配ついたということで、やむなく病院から提携の葬儀屋さんに依頼し、そこまで運んでもらう手配をつける。そのうちパルコープの葬儀屋さんにお願いすることが決まったのがすぐあとだった。

 午後10時半ごろようやく移動の葬儀屋さんの車が来た。病院の関係の医師、看護婦さんに見送られ、集会場にむかった。その間なんと僕は7時間病院にいた。

 そんなこんなで、日が変わって、今日は密葬として兄家族、僕の家族(ただし、オーストラリア留学中の娘は、帰ってこれないがメールを送った)で、昼の食事をしながら、母との思い出を話あった。住職などの宗教者は来てもらわない。読経もない。かざりもほとんどない。しかし2家族だけでゆっくり母を送るための場はできたと思う。

 午後3時すぎ、同じ西淀川区の火葬場へ向かう。午後3時半ごろの火葬ということだが、この時間での申し込みは少ないらしい。というのは、また明日にもやした灰をひらいに行く。でも今回はゴールデンウィークの初日になくなったいうことで、対応がやりやすかった。

 本人にとってはどんな人生であったのか、韓国の植民地時代にシンガーミシン支社長の子どもとしてなに不自由ない生活をすごし、敗戦ととも坂を転がるように日本に逃げ帰ってきたらしい。したがってもって帰ってきた財産などない。どういうきっかけか、父と見合いで結婚し、僕と兄が生まれた。理髪店を夫婦できりもりし、父が53才でなくなるまで続いた。

 そのあとはいろいろあったが、兄の子どもたちが生まれて以後孫との触れ合う生活にそれはそれなりに幸せであったのだろう。しかし人付き合いが下手で、子どものような性格であるため、各所でトラブルを起こしていた。最終的に痴呆が進行してしまったが、83歳の人生は本人でないとわからないことだろう。

 ぼくはそんな母であったが、それなりに落ちこんでいる。今日はおやじーずの演奏に予定があったが、キャンセルしてもらい、夕方はすこしやりきれないので、庭をおもいっきりいじった。少しスッキリした気持ちであるが、まだショックはとれていないのだろう。

 暗い話ばかりだが、自分の人生も振り返る2日間であった。

2007年4月27日 (金)

昨日は寝てしまった!

 昨日Cimg0229のブログを書き込もうと思っていたが、最近の仕事の精神的加重さといったら、いままでにないものである。中身は書けないが、人間関係はさすがに難しい。

 おかげで昨日は、夕食を次男が毎日作ってくれていて助かっているが、その分酒をたくさん飲んでしまい、そのまま籐の椅子に座ってしまうと、うとうとしてしまい、そのまま寝床へと向かってしまった。

 昨日書き忘れたことは、朝の通勤で、シマノのHさん(元登録選手、今変速機の開発社員)、モンベルのKくん、それぞれに会った。Hさんとは、一回抜き去られ、再度信号で追いついたが、そこでちょっとしゃべった。彼はもうユニホームが夏モード。半そでの上着と、半パンツの自転車パンツ。「夏Mモードですやん」というと笑っていた。

 という僕は、長袖ウェアに長タイツ。しかし、それでも自然にスピードが出やすい。手袋も指だしでちょうど。

 その後モンベルのKくんと遭遇。野田阪神近くだった。彼の後ろをついていったが、途中なんと45km/hも出ていた。かなりロードバイクに慣れてきたな。という感じだ。それになんといってもと歳が若い。30代前半だろう。

 かれらはもうであってから長い。ここで会う以外まったく面識がないし、日常の生活も知らないが、同じ尼崎地域からそれぞれ大阪の職場まで走っている。そういう近親感がおたがいあるのだろう。彼らにはこのブログのことは言っていないが、見てくれていたらうれしい。

 というわけで、昨日はおもいっきり走ったわけだが、今日は琵琶湖一周の計画を頭に入れて、しばらく足を休めようと電車で通勤した。しかし、今日も仕事は目いっぱい。重い話も帰り際にあり、ストレスはたまる一方である。

 しかし、帰りに電車であったことの利点を利用して、梅田ギャレ(JR大阪駅の下にできたアウトドア専門街)のモンベルに今度のしまなみ街道ツアーで使う妻の輪行袋を買いにいった。「あった。あった。」 6000円するが、かなりコンパクトである。ついでにコーヒーをたてるときにつかうアウトドア用濃し器を買った。

 よしいよいよ連休モードに近づいてきた。仕事でくよくよするのはやめよう。それに今日やるべきノルマはすべてやり終えた。だが、なかなかストレートに努力が報われるともいえないだろう。でもいいじゃないか。

 ちょっと仕事のしんどさのぐちばかりになるが、明日は琵琶湖行きをリタイヤし、その準備に使う。本番は30日に設定した。

2007年4月25日 (水)

4月28日、琵琶湖一周宣言!!

 待ちに待った5月が目の前である。この機会を逃すとなかなかロングランは難しい。サイクルスポーツを見ると、たくさんのイベントがあるが、一応競争を目的しているものが多い。ぼくは競争はあまりすきではない。5年ほど前は、2回連続で「琵琶湖センチュリーラン」に出場した。このイベントはあくまで完走を目的とした人が多いので、みんなで一緒に走ってある種感動もあったが、そのイベントは数年後なくなってしまった。

 2回目のレースはちょっとスピードにこだわり、800人参加中90番ぐらいでゴールした。これは自分としては自慢だ。ただし、そのときは前のロードレーサーで走った。今はビアンキにのっているが、その当時は、ブリジストンのフレームにだいぶ改造を繰り返した。ただしフレームの色はオレンジでなかなかいい。フレーム素材は、クロモリ(鉄)。それでフレームはだいぶスリムだが、その大会に出たとき、朝5時半ごろ会場にホテルからむかったが、周りに人からかなり注目されたような気がする。

 今度は自分だけで走るともりだ。それと年齢は以前より高いが、ビアンキで走るのははじめてなので、どれだけの時間で走りきれるか、それが自分自身興味がある。予想では平均25kmで走れば6時間、それに休憩60分とすると、7時間ちょうどでゴールできる計算になる。ただし平均25kmはうわまわる自信がある。ああ、それを考えるとわくわくする。

 これをやりきると、5月3日は9条の会グループでしまなみ街道を走る計画がある。片道走行なので80kmだが、楽しみだ。

 もう一つの目標は、ハワイセンチュレィーラン。これは日本航空の企画だと思うが、なにかおもしろそうだ。9月23日ごろのイベントだが、できれば今年参加してみたい。

 ところで今日の仕事はめちゅめちゅ緊張した。ちょっとしくじったこともあるが、全職員向けの会議があり。それに総会にむけた1年間の報告と、次年度方針を話し合う。ただし2ヶ月にわたって論議すつことをことわって、今日は会議をすすめた。思惑的には成功した。しかし、ものすごいストレスが体中にかかり、帰りの通勤は、ものすごく疲れた。

 しかし、家に帰ると、次男がなにも言っていなかったが、夕食を作ってくれていた。とても助かっている。4人の子どもとも育ててきた甲斐があるといまつくづく思う。

 4月28日琵琶湖一周いきますよ!

2007年4月24日 (火)

本当にひさしぶり再会のTくん。

今日が僕にとっては休み明けになったため 今日は、天気の移り代わりで通勤自転車は、着るものに悩む。ウインドブレーカーはデイパックに入れて、長袖ウェアとタイツのみで出発した。手袋も指だしようだ。

 2号線を走っていてしばらくして、ひさしぶりの顔に会う。モンベルのTくんではないか。半年は、会っていない。あいかわらず元気そうだ。勤務先が梅田のギャレ店に配属になったため、通勤コースと時間が変わった。

 彼はまた主がフリークライミングなので、よくアメリカに出掛けるようだ。まあ、また再開できてよかった。
 

 仕事の方は休み明けながら、ハードスケジュールで気が抜けない。それだけに通勤中もなにか気が重かったが、通勤仲間に再開したことでふっ切れた。

 やはり自転車で通勤していることによるストレス解消作用は、計り知れない。逆に自転車で通勤できなくなることを考えると怖い。

 
 帰りは、午後7時をまわってしまったが、今日はなぜか自分の走りに、プロを感じた。とくに前にふさがる駐車中の車をかわし、顔を真後ろの方にむけ、確認後、さっと加速する。何回もその機会に遭遇する。

 これは、それなりの経験がものをいう。ただ前へと走っているだけではない。腕と手の表現も命綱に近い。これは一つのスポーツではないかと思ったりする。

 家に帰るとお願いしたように次男がシーフードカレーを作っていてくれた。なかなかセンスがある。イカまで入っているが、これがなかなかうまい。やはり家が一番安らぐ。家族とはそういうものなのかもしれない。Cimg0239

 

 

2007年4月23日 (月)

やっと取れた代休。休息三昧!

 今日は充実している。本当なら仕事に日というのが頭にあって、とくに用事もないことも気持ちが楽になって、まずはスーパー銭湯に行くイメージがすでに先週の仕事でしんどいときから考えていた。昨日もそれがあって、人の前での演奏は緊張することはするが、楽しもうというイメージを持ち続けていた。

 それで、朝ゆっくり寝てもよかったが、ゴミ出しの時間が決まっているので、そのプレッシャーがあり、朝6時45分に起き上がってしまった。いつもより15分遅いに過ぎない。それでいつもと同じ日課をこなし、朝7時30分。連ドラ(ホントはこういったちじめた表現は、好きくないが)「どんど晴れ」をじっくり見た。これもなかなかおもしろくなってきた。青森の老舗旅館で、大女将と女将の目に見えぬ争いの中にとびこんだ主人項が、ひたすらその旅館のあととりになった息子のために、女将めざし、仲居の修行に入る。しかし女将グループから嫌がらせをうけるという内容だが、主人公はただただ前むきで明るい。

 だいたいの設定は、そうなのだが、その前むきさに共感したくなる。その役に抜擢された比喜さんだったか、よく好演している。

 そのあとも数年前に放映されたものの再放送「さくら」も面白い。こちらは飛騨高山の中学に赴任してきたハワイ生まれの英語講師の話。こちらも明るく、前向き。最後は同僚の先生とハッピーエンドに終わる。

 それから8時には偶然だが、「てくてく街道一人旅」甲州街道編がはじまった。歩くのは、昨年中仙道を歩き通した、勅使河原さん。ショートスケートのもとオリッピンク選手だが、物怖じしない明るい女性だ。

 そのあと洗濯物を干して、またトイレに入り、済ましと英語の勉強。3年前のラジオでのリスニング英語のテキストを保存CDを聞きながら復習しているが、ペースは放送時のぺースよりかなりゆっくり同じ部分を何回もやり直している。おかげでよくわかる。今日は40分ほどやった。

 そして10時をすぎ、最大の目的のスーパー銭湯「湯の華廊」へ。どこへいこうかちょっと迷ったが、やはり掛け流しの湯があって、落ちつくところということでここを選んだ。しかしここは休日も平日の料金は会員が700円と同じだった。50円安いとばかり勘違いしていたので、そんした気分を瞬間感じたが、すぐ気をとりなおした。

 入っている人はさすがに少ない。ジェット水流の湯船に2箇所入り、掛け流しの露天風呂につかり、あがって髪と体を洗い、また掛け流しにつかる。

 からだがほってってきて「極楽、極楽」!。今日は、最近乗っていなかった改良マウンテンバイク(クロモリ)にまたがってきたが、折りたたみよりだいぶ早い。帰りも行程は早かった。

 帰りついでに阪急「武庫之荘」駅まえのスーパー「ピーコック」で昼食になりそうなものを物色。それから2階で風呂掃除用取っ手つきスポンジとついでに風呂用タオル3枚買った。また向かいの本屋でひさびさに「サイクルスポーツ」を買う。

 帰ってサイクルスポーツを呼んでいて、また昨日スポーツニュースで野球結果を流していたが、それを見ていてちょと思った。

 なぜ日本では、自転車ロードレースがヨーロッパのようにメジャーにならないのだろうか。また大リーグで最近日本選手の活躍が目立つが、自転車レースでは、あと10年は、ツールドフランスで上位にはいる日本人が生まれないかと思ったりする。

 答えはわからない。しかし国民性の違いもあるだろう。ある本にボールを使ったスポーツと走ったり、自転車レースだったりとは、やる人の特性は正反対だと書いていたことがある。日本はボールに関係するスポーツははなやかだ。野球、サッカー、ゴルフなどなど。

 反対のマラソンなどは最近は脚光を浴びてきたが、走る人が増えたことも一因しているだろう。自転車はその点まだまだなんだろう。

 夕方、今日やれることを考え、妻たちが3月に渡航したタアスマニアの写真に印刷。庭の前のアカメモチの生垣の剪定をした。夜ついでにその庭に生えているハーブのミントでミントティーを作って飲んだ。おいしかった。

 タスマニアの写真も一見の価値あり。

2007年4月22日 (日)

医療生協病院新会館披露まつりで出演!

 Cimg0398

今日は朝から尼崎医療生協病院の新ビルの披露まつりがあり、おやじーず」として出演の依頼があり、10時40分からロビーに仮設された舞台に出た。

 家から病院までは車なら、5分ほどだが、今日は大勢の人が来るので止めるところがないらしい。折りたたみ自転車にキーボードの足と譜面たて、マイクスタンドなどをくくりつけ、キーボードは自転車にのって肩に担いでいくはずだったが、あいにく雨が降ってきた。相棒のMさんと相談し、彼の車でとにかく近くまで行ってみることにした。結局病院の事務所の近くの駐車場があいていて、とめてしまった。

 Mさんは演奏のあと、もう一つのライフワークであるサッカーの指導で、総合運動場に行く。それで彼の服装は、スポーツジャージの上下。ちなみに僕は、白のトレーナーに下はジーンズ。もうひとりの最年長Tさんは、長袖シャツにチョッキのフリース上着にジーンズ。

 今後ユニホームでそろえるという計画になっている。

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さて演奏は、おおむね好評。今まで音響の失敗でなかされていること多々なので、今日は、音響スタッフが一人いることは安心だが、キーボードとギターのアンプ音量に気を使った。

 いつも歌声喫茶の会場でお世話になっている「喫茶兼うどんやアダージョ」のオーナーに「今日のピアノは余裕があったね」と言われた。でも真実は数箇所ミスタッチしている。プロにはまだまだ近づけない。

 「野に咲く花のように」「戦争しない誓い」「宙船」「千の風にのって」。4曲を歌う。

 演奏した後は、またMさんの車に機材をつんで、運動公園の用事を済ませたあと、家に運んでもらうことにした。

 身軽になって、病院を一通り見せてもらった。新しいMRIの大型検査器械が入る予定の部屋は、部屋の広さから、その器械の大きさが想像できるが、その大きさのため、外側の壁は、器械をいれてから埋めるらしい。

 昼が近づき、通路に設置された出店を見て回った。わが地域の「流れ星少年団」など仲間の青年たちが、うどんを販売していた。アダージョもうどんを出展している。Cimg0403 Cimg0406

少年団のうどんと、他の店のカレーとビールを買って腹ごしらえをして、雨の中をゆっくり家に歩いて帰った。

 午後から、「天地人」という火坂雅志の本をベランダで読んでいて、自然に居眠りしてしまった。うちの庭のブドウ、姫りんご、いちじく、ブラックベリーなどこの2.3日で若葉の成長が早い。

 そのあと自宅の音響装置Cimg0410 を今度5月27日の妻の関係のイベントで使うが、それに付属したワイヤレス装置を買うことになり、JR立花ちかくのマサゴ楽器に注文と相談に、そのあと近くのコープこうべに買い物のため、家をでた。

 マサゴ楽器は、ご主人が音響の依頼の関係で出て、不在なので、奥さんに伝達して帰った。コープでは、会員券が500円のポイントがちょうどたまり、その割引券をもらって2階のシャンプー売り場へいって、つめかえシャンプーとリンスを一袋づつ買ったが、380円ほどで買えた。

 家に帰ってみると長男が和歌山から帰っていた。そこで釣りのルアーを製作している会社に就職が決まったというか、決めてきたということで報告を受けた。結果として、和歌山に住むことになる。妻は和歌山地域が南海沖地震の可能性が高いということで心配しているが、まあ、この時勢就職が決まってよかった。

 タスマニアの大学卒業まで通算5年滞在していただけに、その経験をぜひ生かしてほしい。ただ就職が決まった理由に先方の社長も、日本のルアー釣りがこれ以上発展しないことを見越して海外進出を考えていることと、長男への期待がつながったようだ。

 そんなこんなでうれしいことが2つあった日である。Cimg0415

2007年4月21日 (土)

上着を脱いで、風にのって

 今日は、走る前から暑さを感じる。それは昼からの出発だからよけいそうだ。道路温度はなんと22℃。ウインドブレーカーを脱ぎ捨てた。ではなく、バッグに入れた。
 
 体の軽さは予想以上。昨日夜出会った高速回転ペダルバイカーの運転に感化されたのか、ペダルがよくまわる。ただ食事の後だけに無理はきんもつ。

 しかし45分ぐらいで職場に着いてしまった。

 仕事の方は、理事会。最高の決議機関だ。今日はどうしても承認してもらいたい案件があったが、あっさり承認されたので、一件落着だ。


 帰りの自転車は5時半をすぎていたが、ラジオのイタリアンレストラン「アバンテIを聞きながら軽い気分で走る。そのうち野田阪神を過ぎたとき、後ろから普通の服を着たロードバイクが抜いてきた。ぼくは、前に自動車の左折車がいたので、徐行していた瞬間だ。

 のんびり走りたいときに、競争を仕掛けてくる車がときどきあって疲れる。昨日のロードも今日のそれも、道路での自己表示と前の駐車中の車をかわすときの注意の仕方がうまくない。

  まあぼくにしても6年走って実践上覚えたノウハウなので最初はおなじようなものだろう。
  しかし今日もなにわ筋という大道路で逆送してくる自転車に遭遇し、思わず叫んだ。「逆走するな。あぶないぞ」。本当にあぶなかった。

 しかし、明日とあさっては連続の休みだ

気持ち快適通勤自転車日!

 今日は春まっさかり、暑くもなく、寒くもない。しかし、通勤ウェアは少し用事して厚手の着方をした。下はタイツの上に自転車タイツ。上は七部のアンダーの上に長袖ウェア、その上にジャンパー。

 行きは途中から暑くて上着のジッパーは開けたまま走った。今日はモンベルのTくんが後ろから猛烈なスピードで追い越していって話す機会もなかった。そのあと新大阪コースの青年がやってきて前を言った。彼はおいつきそうだったが、歌島交差点でコースが違うので分かれた。あとはなぜか信号のタイミングがよく、いつもなら筆禍ってしまうところをすべてクリアー。45分ほどで職場に着いた。

 しかし、仕事は年間の総仕上げの数字をはじき出さないといけない時期であり、明日が理事会ということで、専務理事Yくんと連携して資料づくりをした。帰りはおかげで9時を過ぎてしまった。しかし、よく相談して作ったので、満足だった。

 帰りの自転車は、追い風。軽いペダリングで駆け抜ける。しかしなにせ午後9時をすぎて、まだ夕食をとっていないので、お腹はペコペコ。途中空腹も感じなくなってきた。

 尼崎にはいりかけたとき、後ろからロードの青年に、前の自動車が左折するので、徐行しているときに抜かれる。かなり本格派に見えたが、やたら軽いギヤーでペダリングしているので、「あれ、意外とついていけるということで、そこからずっと彼を風よけにピッタリくっついて走った。これはなかなか楽だし、おもしろい。前にペースにあわせながら走る。しかしときどきペダルを踏まなくてもついていけたりする。

 とにかく帰りは楽させてもらった。

 夜11時ごろ夕食とあいなったが、タスマニアの娘からスカアイプが入る。「ピタッパパー」と音楽がはいるのですぐに分かる。しかし今日も音声が小さい。しかし今日新たなとこを発見した。それはパソコンのディスプレイの右即面に音量調整があるではないか。いじってみるとちょんと音が大きくなって聞こえやすくなった。

 もう今これを書いている時間は、翌日1時まえになってしまった。もう寝るしかない。

2007年4月20日 (金)

OM九条の会、「なぜ今国民投票法か」緊急学習会

 仕事はある程度一段落的気持ちだが、なぜか体は疲れている。それに今日は夜の集会で歌を披露しないといけないので、通勤は電車、おまけにギターと譜面立てをもっていくため、家からJR立花までの約13分を担いであるいていった。これがよけいに疲れた。ぼくにとっては自転車で通勤するほうが慣れていて楽だ。

 おまけに電車は、JR尼崎に行くまでの間、異常に徐行運転。よけい疲れる。結局連絡のJR尼崎駅で大阪行きがすぐ来ていなくて、いつもより遅れたので、連動して、地下鉄、西梅田駅では、座るため次の電車を待つ余裕もなく、全行程、座れたのは、地下鉄、本町から難波の2駅だけだった。

 仕事は余裕なくなんとかこなして、夕方4時半には、集会会場の民医連事務所にY君と向かった。ところが、6時半の開会までの間、事前に送っておいた「千の風にのって」の自前のテープを流すということで、それが流れたが、はずかしいやら、自分としての未完成部分がこれでもか、これでもかと再確認する感じで辛い。

 集会は2人の報告と講演があったが、その真ん中でいよいよ歌の披露ということになった。なにせ200人以上がびっしり入っているので、自分の出番前は少しあせった。

 本番は、意外と人の顔が見えるぐらい落ち着いているのだが、それでもやはりあがってりるのだろう。ギターの押さえを若干まちがった。やはり余裕がなかったかもしれない。しかし歌っている最中は、ちょっと気持ちは乗っている。

 講演の方は、なにせ来場者が、医薬品や材料メーカーなど動員されてきた人がほとんどなので、前半日本国憲法のあるべき姿について述べられて、ちょっとおもたいかなと思ったが、後半講師の体験、他の引用などをまじえ、心に訴える内容が多く、よかった。

 また国民投票法案の問題点は、最低投票率がなく、いくら投票率が低くても改正に賛成が多ければ、それが民意となってしまう。公務員、教員は、投票までの間しばらく、授業でも憲法の話をすると、法律違反とみなされる。などその法案の問題点はよくわかった。

 それにしても210人ほどが集まったわけだから、大したものだ。日程的にも衆議院でその法案が可決されて、参議院で取り上げられる段階であるだけに、あまりにもタイムリーであった。

 一仕事終えた感想を胸に秘め、家路へと急いだ。

2007年4月18日 (水)

天気予報は、みごとにあたる。帰りは雨!

 朝のテレビの天気予報で、昼から雨という予想。朝の支度の途中で、「あれ」と迷う。結局ロードバイクで行って、もし雨が降ったらとゴアテックスレインウェアをデイパックに入れていった。

 朝は追い風で調子がいい。ただ今日は仕事のことが頭から離れず気が重い。歌島交差点ではバスに前を遮断されかけたが、みごと交差点を青でクリア。今日もスーツでマウンテンにまたが信号無視青年がいた。彼は右に左に交差点を渡り走り、僕の先を行っていたりするが、今日は淀川大橋で大きく差をつけたので、その後見ない。あとは今日通勤族は少ないのだ。雨の予想を考えてか。

 仕事は、かなり難問。一応5時まで追え、帰りはかなり早く職場を出たが、なんと雨が降っている。それに異常に寒い。手袋をしていても手は寒さを感じるし、足は、最後まで冬の感覚だ。

 スピードはかなり抑えて走った。ブレーキは制御が難しい。こんなときは経験上、絶対にすべりやすい路面の上を走らないこと。路肩の白線の上は要注意だ。もし急ブレーキをかける必要があるときは、確実にスリップするだろう。また雨のときのブレーキゴムは確実に減る。

 いいことはあまりないのだが、前に書いたことがあるが、晴れた日には感じないなにかがある。遊び心というか、緊張感というか、非日常というか、わくわくするものがある。

 傘を片手でもって走っている自転車が多いが、走りにくいだろうなと他人事ながら、心配してしまう。とくに淀川大橋の上は、遮断するものがないので、まともに風が横切る。傘は多くが逆開きになったりしている。

 やはり雨の日走るなら距離は関係なく、きっちりレインウェアで身を固めるといい。それなりの安全性とおもしろさがある。なにせ雨がほとんど気にならない。

 最近毎日、尼崎、杭瀬にさしかかるとき、杭瀬自動車教習所の2階の特別ディスプレイに入った1930年ぐらいのフォードか、が気になっている。一度近々撮影してこのブログにお見せしよう。

2007年4月17日 (火)

家に帰ってびっくり!長崎市長撃たれる。

 今日家にかえって、おやじーずの演習の後、テレビを1チャンネルにあわせると、ニュースで、「長崎市長、伊藤一長氏が拳銃で撃たれて心肺停止」というニュース。それも市長選挙の最中ということだがら、悪質だ。

 また続いて、アメリカのバージニア工科大学で32人の殺害発砲事件のニュースが発表されている。

 長崎の事件では、山口組系暴力団組長代行が犯人ということだが、人を威嚇するような暴力団が、拳銃で人を撃つという、なんとも卑怯な手口に腹がたつ。「男なら正々堂々と素手を使うなり、言論で抗議するなり、やりようがあるだろう」と思う。

 拳銃なんて誰でも相手を殺すことのできる卑怯な武器だ。しかしアメリカでは、それを廃止できないでいるという根深い問題をかかえている。

 ただ道路上にたとえると車は拳銃に相当する。人を撃つ目的ではないが、ひとたび人に直撃すると明らかに殺人の武器になる。

 車にしろ、拳銃にしろ自分の力を使っていない。人差し指か、足でアクセルを踏むぐらいだ。しかしたとえると、その反対のものとして、拳銃に対しては吹き屋や、弓矢となり、車に対して自転車ということになる。

 自分の力で勝負しよう。人間は自分の力だけの力量の限界を自覚するべきだ。もし他の力を使うなら、それはあくまでも生活の改善、平和のために使うべきだ。

 自分なりにいいことを言っているかも?

 まあ、興奮はそのくらいに! 今日は通勤自転車は、ロードバイクで行く。2台の自転車に抜かされてしまった。一台目は、スーツウェアのサラリーマンだが、マウンテンバイクに乗っていた。ただがむしゃらに走っていたので、まだ通勤初心者だろう。もう一台は2号線の国道に出てから、ものすごいスピードで抜かれた。格好は、ズボンが作業用、上着は紺のシャンパー。ズボンはきちんと右足側をゴムで止めている。

 ただ感心したのは、思いギヤーだが、わりと軽いペダリングで走っていく。ただ強い追い風だったので、うまく風にのっているのだろう。尼崎、杭瀬付近で左折してしまった。距離は短いのだろう。

 最近はそんなスピードにまどわされない。30km前後をひたすら守る。なにせそれ以上出すと、危ないのと、後から後遺症が出る。

 ただ野田阪神の交差点からはスピードをさせるときがあり、あわよくば300m先の土佐堀の矢印直進信号をクリヤーできる場合があるので、40kmぐらいでギヤーを2つあげて走ったが、すでに赤信号になっている。「そんした!」と一瞬思った。それからは28kmペース。

 今日は職場についたらある程度覚悟で職員と面談する件があるので、気が重いが、足は職場へ向かう。自分としてはこの自転車通勤がとても助かっている。それは、いちいち重たいことを考えている暇がない。ほとんど忘れている。

 かえりの通勤ものめちこんでいる。ただ今日は帰ってからおやじーずの練習が7時30分からあるので、あわてる。途中コープこうべ、立花店でおすしを5人分買って帰ったが、家に帰ると次男が料理の用意をしてくれていた。

 

2007年4月16日 (月)

雨の日はリニューアルしたミヤタ・グランデミオで

 今日は天気予報どおり朝から雨である。先週はミヤタグランデミオ(ランドナー車)のサドルの問題を解決し、サドル自体を取り替えて、試しのりをしたが、なにせインナーのタイツは、サポートタイプというか女性用の密着型だから、よけいに筋肉が圧迫されて、必要以上に疲れがあった。

 今日は自転車タイツのみで、上からレインウェアをはいたが、ちょっと寒さもあって、ちょうどいい感じだ。それに今日は雨なので、ほとんど遠距離通勤族は皆無。ただし、よく見るスーツ姿で信号無視運転の青年がかさをさして走っていたが、さすがに小降りになると傘をたたんで、前かごにさして走っていた。

 道路温度は12℃である。風は追いかぜ気味なので楽だ。この調子だと快適である。体に伝わる振動は、ロードの、軽さとタイヤの細さからくるダイレクトなものと若干違う。ただロードの場合は、それだけ腕自体のクッション吸収技術がためされる。

 ただランドナーは概して変速機がダウンチューブにあるレバー式なので、変則するとき、片手をハンドルから離して、レバーを操作する。それだけ片手でも安定乗車ができないといけない。またブレーキレバーの手をあてる部分の上からブレーキワイヤーが出ているので。時々手を離したりするとき、手を引っ掛けてしまうことがある。ただしロードバイクも1980年代ぐらいか?まではこの形である。

 したがって、シマノのブレーキレバー、つまりブレーキ操作と変速操作を同じところでするようにしたのは当時活気的なアイデアだろう。発明したのは、シマノか、カンパニューロ(イタリアのライバルコンポメーカー)かは知らないが。

 そんなことを考えながら走っているわけだが、たかが自転車も奥が深いのだ。今日ミヤタ・グランデミオを走ってみて、ようやくサドルの新しい位置とサドル自体になじんできた。明日が雨でも大丈夫だよという感じだ。

 ただ昨日ビールを5本以上飲んだせいか、体は調子が悪い。これを書いている夜ようやく回復してきた。

 夕食は次男が、オムライスを作ってくれていた。なにせ5人分なので大変だったろう。みんな子どもたちは料理を作るので助かる。おかげで昨日できなかった片付けを瞬時にできた。

このあと木曜日にあるOM九条の会の集会で「千の風にのって」を歌唱指導するのと、それを集会がはじまる前に流したいということでテープに録音する作業が残っている。しかしまだ夜9時だ。本当に夕食を誰か作ってくれると助かる。

2007年4月15日 (日)

流れ星少年団小学・中学卒業祝い

 Cimg0390 まだ桜の花が十分観賞にたえる今日、毎年恒例の武庫川河川敷でのバーベキュー大会を敢行した。

 タイトルは「流れ星少年団小学・中学生卒業祝を祝う会」ということで、子どもたちは河川敷外側の西武庫公園で、新聞紙のチャンバラ大会や遊ぶ会をする。親たち、大人たちは、先に河川敷に下り、炭をおこす準備と場所とり。

 その場所までは、阪急「武庫之荘」駅に集合して、自転車で3kmぐらいを走る。まだのどかな田んぼも残っていて、この移動自体も楽しい。

 最近はチャッカ剤のいうすぐれものがあるので、炭は確実にいこる。今日も10時半過ぎから火をつけて、11時まえには準備OK。待ち切れずに親だけで、缶ビールでの乾杯とイカ、ジャガイモなどをあてにバーベキューはスタートした。

 Cimg0395 例年なら子どもたちが遊びを終えて、河川敷にやってくるのを待って、さきに一通りたべさせてから親がやっと食事とビールとなるのだが、今年のパターンにみんな納得。「こういうのもいいね」。おもいっきりいい気分になった。ぼくも発泡酒「ぐい生」を5本ぐらい飲んでしまった。

 解散したのはすでに午後4時。家にかえってからはすぐ昨日書いた娘の自転車「ブリジストン・ラクーン」のタイヤの新品との交換作業をする。前輪はすでに朝やってしまったが、それもなにせ自転車が見つかったとき、スポークを3本切断されていたという状態。怒りがいっぱいである。もし犯人を見つけたらむしゃくしゃに怒るだろう。

 まあそれはそうとして、後輪をはずしてタイヤを入れ替える。しかし、一般車ではみんなそうだが、後輪をはずすには、ディスクブレーキの固定箇所を取らないといけないのでかなり手間だ。それにそのラクーンは内装4段のハブになっていて、特殊なワイヤつなぎ方法になっているので初めての体験。かなり時間がかかってしまった。

 なんとか作業を終えてたが、今日はちょっと要領が悪い。後輪のタイヤの一部がはみ出ていたり、一本スタンドのつけ方をまちがったり、ディスクブレーキのワイヤーを固定穴に通さずに接続してしまったり、素人っぽい失敗の連続。酔いがまだ切れていないのか。

 そのあとすぐ交番に行き、盗難届けの取り消しを申し出た。昨日も行ったのだが、現物をもってきてほしいということだったが、その理由はたしかに今日わかった。指紋をとるのだ。しかしそれで常習犯でも見つかるのだろうか。

 今日はなにも見つからないと言っていた。その取り消しだけで30分ぐらいかかった。まあそれでもこれで元通りになった。しかもタイヤを変えてちょっと新しい感じに見える。

 タスマニアの娘にメールしたが、その返事が来ていて、「よかった!よかった!」と喜んでいるようだ。

 しかし、うちの自転車にしろ、自動車にしろ取られても見つかる確立は高い。どの自転車だか忘れたが、4回ぐらい盗まれては取り返したこともある。ただ一度ホンダスーパーカブを子どもが所有していて、家の前の道路に2.3日止めていたのだが、ある日突然なくなった。たしか1月4日で雪が降った日だ。盗難届けはしたが、それから帰ってこない。

 おそらく今頃は東南アジアのどこかの国を走っているだろうと確信している。あれ以来「いらなくなったバイク・パソコンはありませんか」と言って回ってくる小型トラックをどうも疑ってしまうようになった。第一そういって町中のバイクノの放置状態が人目でわかるのだから。まあ人を疑ってかかってはいけないが。

 まあとにかく自転車が見つかってよかった。このため派出所には3回通った。幾たびに人が替わるので、顔見知りにはなれない。できれば町の警察官は、みんなから知られるようになると、警官の信頼感も増すのではないだろうか。うん!Cimg0388

 

2007年4月14日 (土)

盗難届け自転車発見!

 昨日書き込みをしようと思ったが、漢字変換ですぐかたまり、ブログ書き込みをあきらめた。長男によるとウィルスの影響で、今「ウェイルスバスター」でウィルスを防御しているが、前のソフトが切れたいた間に、このブログやその他でどうもウェイルが何かを壊したのではないかということだが、それも考えられる。

 今日はこのパソコンのFMYの「サービスアシスタント」を操作したのが、影響したのか、その後は問題ないようだ。

 さて今日うれしいことがあった。それは、末娘の自転車がなくなったままになっていて、警察に盗難届けを出している最中だが、昨日次男がたまたまCD屋によったときのその近くにその自転車が放置されていて、それを見つめたということだ。ただ面白いのは、僕のテレパシーというか、そろそろ見つかるような予感が正直していたことだ。

 次男は最後に乗ったとき、阪急「武庫之荘」駅前にとめていたのだが、そんなに遠くないCD屋にかぎをかけたまま持っていかれていたということだ。、それだけではない。前輪のタイヤのスポーク3本を切断されている。これはあきらかに悪質ないたずらだ。かぎをかけたままCD屋の近くまでもって行き、わざわざスポークを切るといういやがらせをしている。

 僕から言わせれば、10年ぐらい前に娘が高校の通学に3年間使っていた思い出の自転車なのだ。車種はブリジストンのラクーンというクッションつきの自転車だ。犯人をもし特定的できたらボコボコに殴っているかもしれない。

J R近くの「ナンバサイクル」で娘が高校生になったとき、娘と行って購入し、盗難登録もそこでした。思いでいっぱいつまった自転車なのだ。

 このナンバシクルにはお世話になっている。

 ぼくが一時仕事をやめて、自転車整備士の試験をうけるとき、その解体自転車の購入でお世話になった。それ以来いろな部品購入で、いやな顔もぜず、売ってもらっている。今は顔みしりになっている。

 そこでは息子さんも働いていて、今日部品を買いに仕事の帰りによったのだが、彼は、僕のブログを呼んでくれているらしく、僕がどうもその「遠距離通勤自転車生活」もブログ発信者ということを知って、いたく感動してくれた。

 こちらが感動してしまった。「読んでくれているんだ」。これからもナンバサイクルのことを書いていこうと思う。

 さて、盗難にあった自転車だが、もうひとつ後日談があって、それは発見したことを警察に報告するにあたっての問題点だ。

 今日あさ、その自転車を見つめたことを次男より聞き、警察に盗難届けを申請するときに、「もし自分でみつけた場合は、すぐ報告してください」ということを聞いていたので、今日朝、まず尼崎南警察に電話したところ応対女性警官は「みんな担当の刑事がではらっているので、また月曜日に連絡してください」いう返事。「もしその間に乗っていて、警察に呼び止められたらどうしたらいんですか」というと笑っているだけ。

 それで済むなら「あんたに頼まないで」という気持ちだ。とにかくJR立花駅交番に行って見るといて交番にむかったが、誰もいない。

 仕事を終えて夕方再びその交番に行って、たくさん巡査がいたが、年配の巡査に用件をいうと今度は「その現物をもってきてもらわないと、確認できない」という。

 いったい盗難届けを解除するのになんでその自転車を確認する必要があるのか。訴えた本人が来ているのだから、本人確認をすれば、それでいいはずだ。なんども足を運んでいることを恐縮している様子もない。これでは、庶民の警察とはなれないだろう。もっと変わってほしい。

 まあ実情はこんなものだと実感した。ただ自転車がもどったことはうれしい。さっそく娘に電子手帳からメールを入れた。

 通勤自転車は、今日もそうだが、なにせ風が乱気流。向かい風、追い風の連続。しかし昨日からシューズを買い替えたので、2日目だが、ちょっと足になれてきたのか、走りがやりやすくなってきた。

 帰りは、仕事の会議が予想以上に長引き、帰りは6時を過ぎていたが、明日は休みだ。気持ち的に開放化はある。淀川大橋を渡るとき、六甲の山肌に夕焼けがかすかに燃えていた。やはり通勤は自転車にかぎる。このスチュエーションは格別だ。

 しかし季節的には今が遠出のチャンスだろう。

tounan

2007年4月13日 (金)

2つのうれしいこと

 今日は昨日の大変さを踏まえ、もちろんロードバイクで行くことにした。ランドナーの感覚を感じつつ、ロードの軽さが身に染みる。

 それからひとつうれしいことは、真新しい自転車専用SPDシューズを一昨日かったのでそれを初めて履いている出発。サンワサイクルの息子さんは、「シューズは、足指の遊びがないほうがいいですよ」と言っていたが、走ってみると適切なアドバイスだ。足が固定されてペダルに力がダイレクトに伝わるように感じる。ただ、足の形にまだなじんでいないのはしかたがない。でもシューズ自体は軽いのは分かる。
 もうひとつうれしいことがあった。

 最近なかなか顔を合わさなかったシマノ工業社員でもと実業団選手のHさんにひさしぶりに会えたこと。なぜかひさびさに肉親に会えたようにうれしい。それはまったうそれ以外つながりのない2人だが、お互い通勤自転車仲間として、ぼくは彼のスピードに、彼はぼくが毎日走っていることに対し、一目置いている。いわばそいった仲間だ。

 仕事では毎日出勤がプレッシャーになっているが、自転車通勤に関しては楽しいことが多い。それだけでストレスを緩和される大きな要素になっている。

 人間とはかってなもので欲望はどこまでも際限がないかもしれない。もっと早く軽く走れるよになりたい。できたらもっと若くなりたい。かっこよくなりたいと思っている。しかしすいった思いに反比例して年齢はようしゃなく齢を増していく。

 まあやれるところまでがんばろう。若さがたもてるかぎり努力すればいいだろう。

 何事も前向きにかんがたらいいだろう。

 今日は夕方からOM9条の会世話人会があった。来週「国民投票法案に反対する集会」を開催するが、そこでぼくが「千の風にのって」を歌唱指導することになった。

 帰りは、N先生とYくんと3人でそのビル地下の料理屋により、暫し雑談となり、帰りは午後10時。

 すべるように家まで走った。 

2007年4月11日 (水)

ランドナーで行く自転車通勤

 昨日いじっていたランドナー が気になる。朝庭においてある姿を見ると、遠くまで乗ってみたい衝動にかられる。

 思い切って ランドーナーーで出掛けることにした。ユニホームはいつもどおりだが、車体はちがう。サドルにまたがった瞬間、「おお、まえより乗り安いかも1」などと思ってしまった。ただロードのような前進感は途中で止まる。おそらく26km/hぐらいが限界なのだろうか。スピードメーターがないのでよくわからない。

 途中新大阪までのロード青年に会った。彼は能登210kmレースにエントリーすると意っていた。。僕も挑戦したい気持ちはある。刺激された。

 しかし、別れてさきに進んでもらったが、あっと言う間にさきにへ行ってしまった。やはりランドナーではついていくのはむすかしい。とくに今日は風向きがよくかわる。

 それで今日の行きはかり疲れた。

 帰りは、やたらロードが多い。何人かに抜かされていまった。しかしみんなまだ初心者に毛がはえた段階のように見える。それは履いている靴がズックであったり、服が普通だったりする。するとプライドがさわいで、ついペダルに力が入ってしまう。2、3人そういうことで抜いてしまった。

 尼画で遭遇した青年にはいきなり抜かれたので、ギヤーを一つ上げて近づいていき、抜いてしまった。するとまたこちらが力をゆるめたところでまた抜かれた。
 
 ロードなら楽に抜くだろう。なにせ本気を出せば、40kmは軽い。ちょっと悔しいのと疲れるのでやはり気持ちがしっくりこない。


 まあ、そんなこんなで一日が過ぎた。


 

2007年4月10日 (火)

ひさしぶりの自分だけの休み

 この前の日曜出勤の代わりの休みをもらった。それで朝はちょっと遅めにおきたが、用事はたくさんあり、忙しい。

 ノルマをあげると、朝一番のトイレ。それから髭剃りと洗顔。次に朝食。ブラジル産のコーヒー豆の挽き、コーヒーを点てる。朝食の後はハミガキ。念入りにやる。それからアルミ缶など資源ゴミをもっていき、洗濯物を干す。布団をたたむ。服を着る。

 一通り終わり、今日は外へ3箇所の目的で出かける。まず郵便局にコメ代を払いに行く。米は岡山から送ってもらっている有機米。次に尼崎信用金庫へ、しばらくできていなかった通帳記帳に。予想どおり通帳は新通帳に繰り越された。ただATMで自動的にしてくれる。

 それからJR立花駅近くのマサゴ楽器店にワイヤレスの音響装置の取り扱いを聞きにいこうとしたが、「本日終了しました」という札がぶら下がっている。「あれ?」と思ったが、「まあいいか。じゃあサンワサイクルに自転車部品買いにいこう」とサドルを買いに行くことにした。ただ、ここからさらに南に3kmほど走らないといけない。

 言い忘れたが、今日も折りたたみ自転車で移動。ただちょっと調整はした。近くの踏み切りを抜け、通ったことのない道に入ってみた。ところがこの道がおもしろい。まっすぐ南につながってるのに、3m幅ぐらいの道幅から途中さらに狭くなり、また3m幅になり、藻川途中に合流した。狭い道だけに下町の風情がある。15分ほどで目的地だが、長男がオイル交換のため、向かった勝本モーターが自転車店の近くなのでそこへ寄ってみた。まだ息子もいた。中古自動車の修理の限界とかおもしろさについて、店の人と話した。

 それからサンワサイクルに行く。以前かいたとおりこのマウンテンコーナーにいるオーナーの息子さんは少し無愛想。なにか俺は専門家で、あなたはつまらないことを聞く人というような雰囲気をかもしだしている。ものをよく知っていたとしても、それを隠して同じ立場で応対してくれたらと思う。まして僕はまだ知識は豊富なほうだ。まったく知らない人だととっつきにくいのではと思ってしまう。

 そこにトレンド後れのためか2980円のサドルでちょっと皮に似せた茶色のやつがあって、「これだ」と思って買った。ついでというとこちらのほうが値段は高いがナイキのバイクシューズも買ってしまった。これが9000円。それを選ぶときもあまりアドバイスしてくれない。「それでいいの?」という顔に見える。ぼくはきわめてものを買うとき、感覚的だ。というか大雑把だ。悪くないと思ったら決めてしまう。ただいままであまりはずれたことはない。

 家に帰る道にむかう。来た道を引返した。するとさっきよった楽器店の前を通ってみたら、あいていた。あとから聞くと午前11時が開店時間らしい。

 オーナーが出かけていて、奥さんが店番をしていたが、電話で戻ってきてもらった。ワイヤレレスシステムのことを聞いたが、オーナーは結構専門的知識をもっていた。それで見積もりをたのんで、名刺をもらって帰った。

 家に帰って、昼食をとり、買ったサドルをつけたいので、ランドナーをおいている庭に出る。昼はポカポカとあたたかい。

 しかし、まずこのランドナーのシートステー(サドルを支える支柱)がもう数年動かなくなっていて、どうしようもなかったのだが、なんとかしたいと思い、先日サビ止めを隙間に縫っておいた。これが効果があったのかどうかわからないが、今日はさらに自転車用オイルを根気よく流し込んでみて、一か八かハンマーでサドルを横向きにたたいていった。最初はどうも反応がなかったが、「あれちょっと動いているかな?」と思いつつ、「いけ」とばかりにさらにたたき続けると、あきらかに移動している。トップチューブから2cmほど左に向いている。「動いているかも」とうれしくなり、さらにたたくと90度移動した。さらにたたいて、手で動かしてみると「サドルが動いた!」。

 数年来動かなかったthis oneが今念願の結果になった。うれしい。知恵を働かせて根気よくあきらめなければできるんだ。

 それからこの茶色サドルをはめ変えたが、これがなかなかいい。クラシック調だ。走ってみた。「いい!いい!」

 今日最大と収穫だ。

 夕方まであと余韻で疋田 智さんの「快適自転車ライフ」を読む。共感することばかり。そのうちうとうと寝てしまう。そのあと英語の本(学生時代の教材)「ザ・イングリッシュ・ピューピル」を電子手帳の辞書を駆使しながら呼んでいく。出窓からこぼれる夕方の光がなんともいえない。これも1項目読み終えた。

 夕食づくりは僕の出番。次男、三男といしょに琵琶湖を一周したときのことを一緒に思い出していた。いい瞬間だ。「また家族でいこうか」と言ってしまった。ただ彼らはみんな20歳を過ぎている。

 まあ今日はうれしい一日だった。

2007年4月 9日 (月)

4月8日新学期は通勤自転車新学期

20070408_cimg0387  今日は月曜日。朝走っていて、なぜか新顔の通勤自転車新入生らしい人がやたら多い。いままで6年走ってきて、出会う通勤自転車族は多く見てきたが、かなり入れ替わりがあった。ある時は、マウンテンバイクで異常に早いいがぐり頭の青年。あるときは、ポニーテールで一般自転車にのり、さっそうと走るおねえさん。

 またあるときは、尼崎だけだが、以上な速さのママチャリおじさん(おじさんといってもぼくより年下でしょう)。みんな見かけなくなった。

 やはり続けるということはかなり大変なことなんでしょう。自分も続いているのが不思議な気持ちだが。ただ僕自身最初のきっかけは、いろいろあるのだが、一つは長距離レースに出るため、体を鍛えようと考えたことがある。

 いまやレースで出るより、この通勤を楽しんでいるし、休日はもっぱら他のゆっくり走る自転車で普通の格好で走っている。しかし通勤時は、おきまりのユニホームとヘルメットに着替えると、人が変わったようにレーサーに変わるからおもしろい。ボディーサインは車に対して思い切りする。形も決まってきたように最近思う。

 話しはもどって本当に今日は、まあたらしクロスバイクに普段着、スーツ姿の人がやたら増えた。今日がその人にとって自転車デビューなんだろう。それはよいことだ。ずっと無理せず続けてほしい。しかし自転車がステータス、トレンドになりつつあるのではないか。今自転車通勤さえ、もっと増えるかもしれない。

 今のうちはいい。今日も野田阪神の交差点から青信号にかわるとともに10台以上の自転車がいっせいにスタート。まるでレースだ。僕はその人たちをすべて抜き去った。なにせ40km近く出ているのだからあたりまえだ。

 だが、本格的スタイルの人が増えたら、いつかどんどん抜かれるだろう。それでも自転車は60、70歳になっても続けたい。ただそれだけ。

 

 帰りは、5時40分ごろ職場を出たが、向かい風、低い温度。地方選挙の尼崎、鈴木たくみさんの落選が身のしみる。

 まあくよくよしていても仕方がない。家に帰って、思い切ってヘアカラーで髪を染めた。

 夜は、伊藤英明主演、テレビ映画「この胸いっぱいの愛を」を見た。泣かせる映画だった。だが、この間見た「フラガール」ほど感動は少ない。ただ伊藤英明はなぜか次男がそっくりなので、他人とは思えないところがあって、好感がもてる。映画もよかった。

 明日は休暇をとっている。晴れていたらロードでちょっと走るか!

2007年4月 8日 (日)

さくら真っ盛り、投票に仕事にいそがしい

 今日は、仕事が入ってる。シンポジウムの要員だが、1日はとられる。

 朝は地方選挙投票日。朝出勤するまえに妻と近くの小学校に投票に行く。投票用紙にはもちろん「鈴木いくよ」と書いた。

 そこからシンポジウム現場の大阪上本町のたかつガーデンに。1時間半かかると思ったが、一時間もかからない。

それならと、環状線「鶴橋」駅から歩いていった。20070408_cimg0379

途中産湯神社という由緒ありそうな神社にいっぱいの桜が咲いていた。

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 会場に30分前に着いたが、案内と準備が悪く、集合場所の階が分からない。違う階を間違って言われた。

 まあそれはいいとして、シンポジウムの内容は内容が厚い。というのは、今回日本医学会総会に合わせて取り組まれたもので、中国での731部隊の生体実験に対する医師としての歴史的な責任と、事実の解明が目的であった。

 なかでも衝撃的なのは、84歳の実際その部隊に参加していた三重県の医師がこのシンポジウムのために大変な決意をもって参加され、発言したことである。実際に毎日3~5人の生体実験をこなしていたことを証言された。驚きである。

 全体的にはちょっと重たい話しだが、戦後62年たって、まだまだこれから解明しないといけないとことがやまほどあるのである。逆の流れとして、憲法9条を改定したり、従軍慰安婦問題がなかったかのように発言したり、せっかくの戦争への反省の流れに水をさしている。そのことがよけいに思えてきた。

 帰り道梅田の「ヨドバシ」に行った。たくさんに人が入っていた。目当てのワイアレスマイク設備は、4万円以上することがわかり、あきらめてパンフレットだけもらってきた。

 夜10時ごろ妻と阪急「武庫之荘」駅まえの桜並木のラインアップを見にいった。人も少なく、見ごたえがあった。20070408_cimg0386

 

 

2007年4月 7日 (土)

スーパー銭湯とテレビ映画鑑賞の1日、それでも小雨が降っていた。

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 今日は本当は午後から会議で出勤のはずだったが、一週間延期になり、突然の休みになった。おかげで気が抜けた感じでどうして過ごそうかと考えてしまう。

 しかし、まずスーパー銭湯が頭に浮かんだ。それでよく出かけるつかしん「湯の華廊」に折りたたみ自転車で出かけた。雨がちょっと降っていた。

 温泉内はすいていたが、それでも30人ぐらい入っていたのではないか。露天風呂にゆっくり浸かり、サウナに入り、汗をかき、水風呂に入り、また露天風呂に浸かった。帰路の間も小雨だ。家に帰るとなぜか疲れと眠気が出てきた。

 カレーうどんの汁に冷凍の米ともちをまぜ、それも汁は昨日のみそしるに、冷凍カレーをまぜあわせて食べた。これがなかなかうまかった。

 昼からは、NHK衛星第2で、クレージーキャッツの映画「くたばれ、無責任」を鑑賞したが、途中で寝てしまった。そのあと「ベッカムに恋して」というアメリカ、イギリス、ドイツ合作映画を見た。この映画はなかなか秀作だった。ロンドンに暮らすインド系の少女、彼女はサッカーがすきですきで仕方がない。選手ではベッカムにあこがれている。練習は男にまじって公園でボールを蹴っているだけだが、それを女子サッカーチームのイギリス人女性がたまたま見て、自分のチームに誘う。期待どうり活躍するが、家族の抵抗で悩む。

 しかし、最後姉の結婚式とサッカーの決勝線が重なり、彼女は家族の絆を壊せないため、試合をあきらめていたが、男性の友達の計らいと、父親の究極の選択で許しを得て試合に臨み、スカウトに認められ、イギリス人の女性と2人、アメリカの大学への進学がかなう。

 父親にそれをうちあけるとき、父は自分がクリケット選手として、イギリスに来たとき多くの屈辱を味わったことが娘への心配になっていたが、強い彼女の気持ちを優先し、ついにアメルカ行きを許す。

 他民族が生活するロンドンの様子と、それぞれの人種が住み分けてしていること。男性コーチもアイルランド人でスコットランド人からすると差別の対象らしいが、複雑な人種間が共存するなかで、スポーツを通して交わっていく姿はすばらしい。主人公の男友達、家族、などあたたかいタッチで描いているところがよい。またイギリスのだだっぴろい公園ときれいな家々なども見所だ。

 2男、3男が1年暮らしていただけに、僕自身も関心をもって映画の風景を食い入るように見た。

Cimg0376 夕食は、最近息子たちが作ってくれているが、今日は僕が作ることにし、お好み焼を作った。栄養満点、ボーリューム満点の品。

2男と二人ビールの飲みながら、楽しく食べた。

選挙カーのアルバイトから長男が、遅れて妻、夜遅く3男がかえってきた。

2007年4月 6日 (金)

自転車通勤族をたくさん発見

 朝の道路温度は9℃。寒いのか温いのか 微妙な状況だ。

 ときどき駐車している車、道路横から出ようとする車、などわけのわからない動きをする車があるので、国道を走っているときも油断はできない。

 今日の歌島交差点は間一髪青のうちにわたりきった。そして淀川大橋ののぼりにかかる。道路側ぎりぎり路肩を走るので、ちょっと毎日緊張感はあるが、ほどなく橋を渡った。

 そんなこんなで今日も無事職場に着いたが、仕事もちょっと緊張の資料作成が多い。

 夕方からうちの組織の役員へのお願いに出かけたが、これがなんというか偶然の縁というか、というのはその診療所についたとき、午後4時半ごろだったが、玄関はしまっていて、インターホンを押しても誰もいない。あきらめて帰ろうとしたとき先生が車で帰ってきた。これも間一髪だ。

 そして待合室に通してもらって、単刀直入に理事への依頼をしたが、こころよくOKしてもらった。「やった~!よし」という感じだ。これは与えられた運命か。不思議な気がした。

 職場にもどって残務処理をして7時になってしまったが、帰りの自転車は気持ちがいい。

 いつもと違う時間だが、通勤自転車風の人に何人もあった。またいつも朝ときどき出会う背広姿でマウンテンバイクに駆け抜ける青年に帰りのルートで初めてであった。彼は信号無視の常習だ。「いつか事故にあうぞ」。ちょっと他人のことながら心配してしまう。

 理事依頼にいく途中の道路でも2人ほどそれらしい人を見た。どちらにしても通勤自転車で行く人はできるだけかっこよくあってほしい。できたらみんなヘルメットをかぶってほしい。そうするとそれがファションとしてもっと普及するだろう。

 最近は母親のうしろに乗っている子どもがヘルメットをかぶっているケースはよく見かけるようになった。これはいいことだ。大人ももっとヘルメットをかぶろう。

 帰り道は追い風。すべるように走る。足の負担は少なく軽い調子で進む。ただ国道からそれて走るとき無灯火自転車が多すぎる。いうのもいやになる。ああ、なげかわしい。

 しかしこれが現実だ。ぼくは引き続き信号にしろライトにしろかっこよく模範をしめしていくだけだ。

 あさっては地方選挙前半選投票日。みなさん投票しましょう。

jitensya

2007年4月 5日 (木)

またまた寒くなってきた。道路によく落ちているおむすび?

 今日は再び自転車通勤。朝の国道2号線途中の温度表示は8℃を示している。「あれ今日4月の何日だったっけ」。一瞬今のカレンダーを疑う。

 それにしても今日は車の数が少ない。朝は出掛け、資源ごみの準備を忘れていて、慌てて朝の時間で用意したのだが、そのため出る時間が少し遅れた、。それでも最初に停止する一番近くの交差点で出会う女性にまた会ったので、ほっとしたが、ちょっと遅れているなと思った。

 今日は朝のミーティングの担当者がいないので、遅れるわけのはいかない。開始の時間の5分前の入ったのでは着替える時間についやされるため、9時の開始チャイムに間に合わない。

 ただ、今日は車の量がさっき言ったように少なくて、歌島交差点は、一機に通過できた。

 ところで最近淀川大橋付近でおおきなおにぎりが道路端に落ちているのを見かけるが、これはどうも不可抗力で落としたのではないようだ。自分でほかしているのではないかと想像する。だれが作ってくれるのは想像しがたいが、もしほかしているとしたら、せっかく作ってくれているのに、また食べ物に困っている人を想像すると、なんてことをするんだと怒りが湧いてくる。まあこれはあくまでも想像だが。

 ところで今日はクロスバイクで歩道を走る青年とずっと争っていたが、なにせ信号無視を平気でするのだから、こちらがいつもの30km/hで走っていても交差点でいっしょになる。ある種ばかばかしくなったりするが、それでも結局スピードで差をつけた。

 やはり一瞬でも追い風になったときのペダリングは「おお、おお~~」という気持ちで楽しくなる。てき面のペダルの軽さを体験することができる。やはりロードバイクなわではの感覚だ。

 帰りの自転車はかなり寒かった。ただそれだけだ。

 家に帰って風呂に入り食事になるときのビールはやはり走ったあとでないと味わえない感覚だ。偶然見ていたNHK衛星のクローズアップ現代の「伝説の先生」だったか、定年まじかの金森先生の最後の1年間の小学校6年生の授業を紹介していた。それは職場の人間関係に通じるものを感じた。

 とかく本人は意識していなくても他の2人が仲が悪くなるように、外から計掛ける発言をしたり、まわりの人に変に攻撃的になったりするケースがあり、それをそのままにしないで、みんなの手紙でのおたがいのやりとり、それもみんなの前に発表する形で表現し、お互いのわだかまりを解いていく。

 それは先生の若い時代に、受け持った1人の生徒が「なにも楽しいことなんかない」という言葉を残して自殺していった。そのことが金森先生の今の「命の授業」というコンセプトになっているということも、関心させられた。

 職場にも、自分の問題点はたなにあげ、人を批判するタイプの人が一定数いる。また管理職に責任をすべてもっていこうとする発言もある。しかしお互いが分かちあえる気風を作ることは、学校に通じるのかもしれないと職場とつなげて考えられた。

 ただまだ職場に入って1,2年の若い職員がむしろ感動や感じたことを率直にうけとめ、発言や行動に表そうとすることには、はげまされる。

 人間の集まりはどこも同じだなと思う。

 ただ、社会の中で交わろうとしない人が増えていることは体験で感じる。自転車どうしニアミスしかけたときも、何食わぬ顔をして去っていこうとする。ちょっと前、自転車に女性が自分の無謀運転でバスと下敷きになりかけたときも、ちょっと無表情にその人の顔にかんじた。

 いったいどうなっているんだ。泣くときは思いっきり泣き、笑うときは素直に笑う。知らない人であっても、こまっている人がいれば、声を掛ける。そんな社会になってほしい。そんな職場の人たちであってほしい。

 ふと考えてしまう今日このごろである。

2007年4月 4日 (水)

深夜会議の後遺症

  昨夜の会議は結局会議後の立ち話もあって、午後11時になった。帰りは自転車しか無いでしょう。
 深夜の国道はたしかに自動車の量が少ないのと、それでも「こんなに走ってるの」という印象だ。
しかし午後11時すぎの自転車通勤は、さすがにしんどい。

 それにしてもこの時間に道路側を走っている自転車を見かけた。もうおいつくかと思うところで、信号が赤にかわった。先方は、一つ前の交差点をゆうゆう無視して進んでいる。結局おいつくかことはできなかった。

 家にたどり着いたのは、ちょうど午前0時。われながらよくやるわというかんじだ。そのあとすぐ風呂に入り、風呂からあがって楽しみのビールであるが、ずるずる2缶のんでしまった。

 さて今日は午前中休暇ということで、8時前まで寝て、朝の日課に動いたが、やはりしんどい。風邪もひいているのかお腹の具合が悪い。

 午後からの出勤は電車で行くことにしたが、駅までは降りたたみ自転車で出掛けた。それで仕事は会議の準備とその本番。あっというまに時間が過ぎた。帰りはコープーこうべで買い物をして、折り畳み自転車で帰ったが、これはとても便利だった。

 午後から仕事だが、寒さもあるし、休憩もかねて電車で仕事に向かった。

 仕事は会議の準備と、会議本番。あっというまに時間が過ぎた。


2007年4月 3日 (火)

黄砂は消えたが、寒さがさむい!

 昨日の黄砂は、やはりのどに影響した。風邪を少し併発したようだ。それに今日の道路温度は10℃に後退している。

 行きの走りがどうもつらい。ただ、今日は自動車がいつもより少ないようで、歌島交差点の通過がダイレクトにできた。最近は、交差点につく前、トラック、バスにさえぎられて、交差点で信号が変わってしまうケースがほとんどだったので、今日は気持ちがよかった。

 途中、背広姿でマウンテンバイクにまたがり、その太いタイヤで僕についてこようとする勇敢な男性がいたが、敬意を表したい。

 土佐堀をすぎたあたりの交差点では、信号待ちで「おはようございます」とモンベルのYくんとひさしぶりに会った。オレンジのシャツでヘルメットをかぶり、ロードバイクで走っている。

 彼の話で、もうひとりのTくんが梅田のギャレ店に勤務していたが、また古巣の本社にもどるということで、また通勤途上で再開する可能性がでてきた。彼とはこのまま会えないだろうと思っていたので、再開がうれしい。

 今日は勤務が夜8時半~10時半の会議で終了ということだが、その前にこのブログを書き込んでいる。

 しかし、今日も午後3時からの会議、面談の連続だ。ある程度タフではあるが、これが限度だろう。とにかく今の心境は、会議を終えて、深夜の道をロードで走り、帰って、風呂に入ってビールを飲むのが楽しみだ。

2007年4月 2日 (月)

黄砂に翻弄されて

 天気予報で言われていたように今日は中国からわたってきた黄砂が空一面を覆っている。原因は中国大陸の砂漠化があるらしい。
 朝の通勤はもろにその影響のようでどうもいがっらっぽい。ただ昨日ロードバイクを洗車していたので、それだけは気持ちがいい。職場について愛車をながめてそう思った。

 仕事はけっこう重要度の高い面談の連続。緊張する1日だ。

 帰りの自転車は、ちょっと気が付いて靴ひもを締め直したのだが、これが功を奏した。足の固定が強まり、足の回転がダイレクトにペダルに伝わる。

 ただどうも昨日から疲れが取れなくて、今日も足に筋肉痛が残ったままだ。30kmスピード維持もつらい。でも最近帰りの通勤は気分はとてもいい。

 黄砂と桜。今年の春を象徴するできごとだ。

2007年4月 1日 (日)

春がやってきた!

 朝7時に起き、長男が選挙カーの運転手のバイトに行くので、食事の用意。その後いつもお気に入りのテレビ番組が目白押しなので、テレビをつけるが、結構用事が多く、集中してみられない。

 9時からのNHK教育の日曜美術館はレオラルド・ダビンチの展覧会が東京で近々開催されるということで、彼の特集だった。全方位能力というか、当初受胎伝説という絵画が、当時の社会では時代の先を行き過ぎて、受け入れられなかったということで、他の仕事をしていったということで土木、演劇、彫刻と次々その能力を開花していったという研究家の解説があった。なるほど人生とは不思議なものだと思う。しかしわれわれ凡人とはランクが違うことはまちがいない。

 この番組が終わって、西宮のコーヒー豆専門店「ティピカ」に今日は自転車で豆を買いにいくことにした。Cimg0371 武庫川沿いに北へ向かい、仁川への分岐点より仁川ぞいに走る。しかし、今日はかなりの向かい風。ひたすらペダルが重い。

 仁川に入ってからリカンバンド(背もたてにもたれてペダルをこぐ自転車)に乗った白人のおじさんを見かけて、追い越し際に声を掛ける。

 「日本語すこしわかる。日本語で言ってください」と言われ、一応英語、日本語をまじえていろいろ話してみる。適当に通じたが、後ろから自動車が近づいてきたので、前に出て、グッバイといって、そこで分かれる。どうも神戸から走ってきているらしい。

 そこから関西学院大学と上ヶ原浄水場の間に向きを変え、ちょっと階段を担いであがる。おどろいたのは、その階段をあがったところが乗馬クラブの馬小屋のはずだが、なくなっている。どこか移転したのだろうか。Cimg0372

Cimg0373 この関学の校舎はみんな古いものだが、たしか近江八幡で豊郷小学校の校舎を建てたボーズの作だと聞いている。由緒ある校舎だ。

その向かいの上ヶ原浄水場内の桜が開いていたのでシャッターを押す。

 今日は、愛用のマウンテンバイクで来たが、その付近で一部自然のシングル道があり、瞬間だけマウンテンの真骨頂を味わった。5年ほど前までは山の中のダウンヒルやアップなどで走っていたのでうれしい。 

 そのあと疎水沿いに走ったが、ここがなかなかおもしろい。人が一人歩けるのがやっとぐらいの狭さ。途中犬の散歩で通っている人がいたが、こちらは自転車を降りて、進んだ。

 ここから道路に合流して目的地までは、あっという間だったが、道路をダウンヒルが続き、すぐ目的の5差路に出た。

 ティピカに着いて、自転車の鍵をかけ、中に入る。Cimg0374

今日も息子さんが店番をしていて、すぐニカラグアの新種を試飲させてくれた。喉が渇いていたので、とてもおいしい。世間話をして、ウインドウを見本を見ながら、そのニカラグアとブラジルを買ってかえった。

 ここから西宮を下って、山幹線を東に向かい、家をめざしたが、ついでに、JR立花近くのナンバサイクルに行き、ランドナー(長距離旅行専用自転車)用のタイヤを探してもらい、買って帰った。さすがにこのタイプは今ほぞぼそと売られているタイプなので、この自転車店でも奥のタイヤ棚を奥まで探してくれた。

 昼からは、ちょっと休憩して、午後3時半よりランドナーのタイヤ取替えにかかる。ところで今日マウンテンバイクで出かけたのだが、前輪ブレーキを掛けるとガタガタとブレが発声することに違和感を感じ、それも帰ってからハンドルステムとハンドル部分を調べ、緩んでいることを発見し、調整できた。やはり乗ってみないと異常は発見できないものだ。

 ついでにそのランドナーの洗車と通勤ロード、ビアンキと妻のマウンテンも明日から保育所は新年度ということだし、洗車をした。しかし妻はまた保育所が移動になり、今度は副所長という責任がともなって、プレッシャーがあるようだ。自転車だけでもきれいにして行ってもらいたいと思い、洗車した。

 そのため、すでに5時を過ぎてしまった。作業は庭でやるのだが、なんとうちで飼っている「亀くん」が今年はじめて冬眠から覚めた。水槽の真ん中で日なたぼっこをしている。今年も生きていてよかった。何しろ子どもたちが小さい小亀のときからもう15年ぐらいになると思うが飼い続けている。

 夕方になって、妻は昼からずっとパソコンに向かったままなので、「よし今日夕食はカレー作るで」と言って、ぼくが作ることにした。

 さっそく近くの「スーパー王子」に行って、たりない材料を買い、夕食用意にかかる。しかし今日は朝のペダリングに疲れを感じている。いつも自転車に乗っているのに、不思議なのものだ。カレーは得意の料理の一つだが、今日も上出来であった。

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