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2007年5月30日 (水)

大雨に屈す

 昨日テレビをつけなかったので、わからなかったが、今日朝起きると雷がなっている。心の覚悟ができないまま、またこの場合、普通ランドナーで行くのだが、最近ランドナーもチューンナップしたので、雨に濡れてよごれるのはいやだなという考えが頭をよぎった。

 ちょっと軟弱だが、結局電車で行くことにした。家を出るときも雨は相変わらず結構強く降っていた。電車で行く場合は、JRの駅まで、約15分を歩いている。普通の距離より長いので濡れる時間も長い。

 電車の遅れは幸運にもなかったが、JR大阪駅について、階段を降りるとき異常な人も数であふれかえっている。そのあと地下鉄四ツ橋線、梅田駅の改札も異常な人数。一度に人がかたまって移動したからだろう。

 ようやく電車をひとつパスして座ることができた。電車の中では読書をすることがすきなのだが、今日は文春新書の「語源でわかった!英単語記憶術」を読んでいた。そのなかで英語のルーツは印欧語というのがあるらしが、クリエイトのcreは大きくなるということばで、そこから創造ということになり、その頭に繰り返しの意味のreが付け加わるとリクレイト、またレクレイションー気分をよみがえらせる、という言葉につながると書いてあって、この50年間英語に接する機会は何度もあったのに初めて知った知識だ。

 それだけでハッとめざめたような気がした。地下鉄の中で目がさめたのだ。まあこれも読書のなせるわざである。

 明日は晴れてほしい。

 ところで昨日ブログを書き込んだあと、ふとジロ・デ・イタリアのことが気になって、ふとスカイパーフェクトTVのスイッチを入れ、308チャンネンを指定すると、ライブでそのジロの16ステージが現れた。うれしくなって、冷蔵庫からビールを取り出して、籐のいすにどっしり座り、テレビはヘッドホーンで音声を切り替え、じっとみていた。久々の本格的レースの観戦だ。

 やはり早い。足の回転スピードがぜんぜん違う。途中からガルデッティーが先頭を引いた。この5月後半なのにさすがに山岳レースのため、長いタイツをはいていたり、手袋も指まで隠している。

 しかし早い。さいきんはスローピングチューブ(マウンテンバイクタイプ)が主流になってきてるようだ。それだけ、シートステーが異常に長く感じる。

 そのうちうとうと寝てしまい、目が覚めたら12時半を回っていたが、まだレースは進んでいた。 

2007年5月29日 (火)

娘の一時帰国連絡あり!

 ちょっと前から帰ってきたいという話を聞いていたが、オーストラリア、タスマニアで学ぶ娘が、6月中ごろ帰ってくる。昨日チケットをとれて、その帰国の時間を知らせる電話があった。

 向こうでは、今テスト真っ最中で勉強にいそがしいらしいが、それを終えて帰ってくる。やはりうれしいものだ。一時は4人、子ども全員が海外で1年以上暮らすという事態であったが、今は男3人が帰国し、それぞれに就職、次の目標にむけた準備中だったりとたいへんだが、やはり一人海外で暮らしている娘のことは気になる。

 帰ってきたらまずみんなで寿司をたべにいこう。

 さて今日の自転車通勤であるが、なぜか昨日一日走っただけで、足の筋肉が疲労している。やはり抑えて走る必要があるだろう。年齢的なものもないとはいえない。まあ、この年齢で時速30km/hは飛ばしすぎだろうか。しかし、信号の都合でどうしても36kmから40kmださないと信号をクリアできないときがある。

 ただいくらがんばっても次の信号で間違いなく停止しないといけないときもあり、その読みを間違えると無駄に体力を使うことになる。

 また、風の進行方向によって、足の軽さは全然違ってくる。「あれ、今日は調子がいいぞ」と思っても、道路端にはためいている幟を見るとはためき方は進行方向。「なんだ追い風じゃん」と、ちょっと笑ってしまう。

 逆に今日は足が重いな~~。とひたすらペダルを漕いでいると強い向かい風である。がまんの走りとなる。しかし長い時間向かい風というのはそうそう多くない。風の変わり具合に期待して走る。それだけ自然に左右される乗り物だ。車では決して味わうことはないだろう。

 まさに自分の体が原動力である。よその力を借りていない。ただ追い風と、坂を下るときだけは、風の力と引力の力を借りている。

 ああ、そうそう。今日はじめて昨日買った24000円のサングラスで走った。そのサングラス、弾力はあるのだが、はじめからちょっと端のほうはゆがんでいるようで、その分端のほうの視界も少しゆがんで見える。慣れるのにちょっと時間がかかる。

 また昨日リアデレイラーを調整した後なので、チェーンの運びはどうだろうと気にしつつ走ったが、まあまあうまく動いていて、擬音はない。ただ、ペダルの「ギギッ」いう音は残っている。

 よしこのビアンキもリニューアルし甲斐が出てきた。まあ、いろいろいじってまた見違えるようにしてみよう。

2007年5月28日 (月)

自転車通勤週明け

 昨日の若者熱気の余韻を残して、今日から週明け、仕事に専念する頭の切り替えをおこなった。

 朝、洗濯物を干そうと、ベランダのドアをあけると、ひやっとする。「あれ、さむいぞ」と感じつつ、朝の支度でいそがしく、この5月から切り替えた、半袖、半ズボンレーサーパンツで出かける。日差しもそれなりに強く、思ったより寒くなかったが、風はひやっとする。

 月曜日という週明けは、自転車通勤をとりやめる人が多いのか、誰にも出会わない。ただ、僕より年配の歩道を走っている男性はみた。今日は車の量もわりあい少なく、歌島交差点はダイレクトに渡れた。とにかく自転車の場合は、電車のような遅れを気にしなくていい。実にマイペースで移動できる。それでそれなりの時間(始業前10分)に職場に着く。これは精神的に非常にいいのだ。

 仕事は雑務が多い月曜日である。また休んでいる人が多く、その穴埋の部分もある。まあそれでも5時30分過ぎに職場を出ることができ、帰る途中で買うべきものをメモしておいた。

 それは、昨日メールを見ていて、この前注文したサングラス(28,800円)を買うべきか、やめるべきか躊躇していたが、今日サンワサイクルに行って、別のものを買うことに決めたのだ。インターネットでの注文の品は、「サイクルスポーツ」で見て、インターネットをあけてアクセスしたのだが、最初は、注文が多く品切れ。それでも待つ場合は予約の意思表示をしてほしいというメールでの案内が入る。予約を入れると、今度は支払いが、先に振り込んだら商品を届けるという内容。

 どうも信用しがたくなってきて、値段も一般的に考えて、かなり高いし、結局あきらめることにした。支払いをしなければ2週間で自動的に注文は取り消しになるということだ。ほっておこう。

 それでサンワサイクルに行った。すると奥さんが商売上手で、すぐに太陽の光に反応して色が変わるメガネが今人気抜群だというので、それをガラスのショーケースから出してkれて、かけてみた。しかし値段は、24500円。

 「まあ、いいか」。インターネットよりちょっと安い。買ってしまえ。お金のあるうちしか買えないだろうと、決断する。シルバーのめがねフレームのほうにした。次は、コープ立花店に行って、これまた必要はものを買った。

 家に帰って、庭でちょっと暗くなってきっていたが、この間から気になっていたペダルをまわしているときの異常音と考えられるリアデレィラー(後輪変則器)の調整をおこなった。予想どおり、かなりセッティングがずれていた。もうちょっと愛車ビアンキも日常的点検が必要だろう。いつもブレーキシューやタイヤの交換を気にしながら走っているが、もっと基本の変速器の微調整や(やというか、それぐらいだが)、なにやかやをもっと注意するべきだろう。

 今日は28km/hペースで力を抜いて走ったが、これぐらいがいいだろう。027

2007年5月27日 (日)

西宮市職員組合主催子育ていきいきヘフェスタに音響担当で

 今日はのんびりしていられない。妻が仕事と活動している西宮市職員組合主催の「子育ていきいきフェスタ」が開かれて、ボランティアでその舞台の音響担当として出かけた。今回ワイヤレスヘッドホーンシステムをはじめて試すことになる。

 結果はOLL RIGHT(オーライ)である。しかし音響と言っても、マイクの音だけを気をつけたらいいというものではなく、どちらかというと出演する保育所やグループの演目の中のBGMや踊りの音楽をCDで媒体をもってこられるが、それを絶妙のタイミングで出さないといけない。つぎからつぎからもってこられる。

 なかでも「ハミガキマンの戦い」みたいな劇があって、その間の5.6回違った音を出さないといけない。それもセリフを見ながらタイミングを図る、中にはリピート設定というものがあって、同じフレーズを繰り返すようにMDを設定するという至難の業もあるので、緊張しっぱない。しかしこの部分は失敗した。「ははは」である。曲全部流れてしまった。

 まあしかしこの集まりは公立保育所の民営化の波をとめるため、若い父母に広く宣伝して楽しい一日をすごしてもらいながら、それでも署名活動や、公立の保育士や職員がこれだけいきいきがんばっていますよということを見せるのが目的だ。

 政治的な集会や、権利擁護のあつまりは、最近は、とかく中高年がやたら多いだけに、きょうび、関心があるのは、こんな世代だけかと、あせりを感じていたが、今日の集まりは若者ばかり。たのもしい限りである。

 移動動物園あり、炊き込みご飯、うどん販売、フリーマーケットありで中央舞台は楽しいダンス、劇、人形劇ありなど多彩なものだ。

 ただもっていった音響装置は、おやじーずでいつも使っているものだが、小型で事実上4チャンネルでマイクは4箇所しか使えないので苦労した。マイクを1本使い、ワイヤレスを2本使い、BGMで1本使いとこれ以上は使えない。しかし音自体は、案外予想外によかったのではないかと思う。まあこの集会に貢献できてよかった。

2007年5月26日 (土)

ひさびさの土曜休み

 昨日の夜はまだお腹の調子が完璧ではないので、夜の間食はやめようと硬く心に誓ったが、明日は休みだと思うと、夜の会議前にうどんをたべているにもかかわらず、ブログを書き込みながら、冠ビールを2本飲んでしまい、その日あったえんどうまめの炊いたものをひたすら食べてしまい、また探偵ナイトスクープを見るので、ピーナツをたべ、イカの揚物のスナック菓子まで食べるという結果になってしまった。

 おかげで朝は調子がもどっていない。ただ「今日はひざびざの土曜日休み。どこへ行くこともない」と気分はきわめていい。

 ただ、明日27日に妻の関係で西宮の「いきいき子育てフェスタ」というイベントに中央舞台の音響担当で出かけないといけないので、今日のあさ、最近買ったばかりでステージ初デビューするワイヤレスヘッドホーンシステム2台のテストをおこなった。

 10時ごろからはじめたが、結構時間がかかって、12時前になってしまった。

 午後はおもうところあって、西宮のコーヒー豆販売専門店「ティピカ」まで妻とサイクリングと豆の購入を兼ねて出かけることにした。「ティピカ」は一度紹介したことがあるが、西宮の阪急「甲陽園」駅から東に500mぐらいの道路ぞい、有名な五左路近くにある。隣の花屋の看板がめだって、店がわかりにくいが、花屋のとなりだと覚えているとわかりやすい。

 僕たちは、家から武庫川に向かって東に進み、武庫川を渡って、西宮川の河川敷のサイクリング道路を北へ進む。今日は暑くもなく、寒くもなくちょうどいい気温。ただ黄砂が漂っているようで、六甲山脈がかすんでみえない。河川敷では、おもいおもいに時間をゆったりすごしているグループがいるし、松並木はまるで、観光地の海水浴場か、有名は公園にきているような錯覚を覚えるスチュエーションだ。

 仁川と宝塚分岐点前に陸橋を乗車のまま渡り、仁川側の川筋を進む。ここはずっとちょっと高級そうな住宅が多いが、その手前を東にはいる方は競馬場への道だ。ものすごく大きな競馬場の屋根も見える。ぼくは公営ギャンブルについては批判的だ。株も似た側面があると思うが、あぶく銭を求めて自分の金をはたくということについて、「地道に働こうね」という古い考えかたが頭を支配しているので、賛成できない。パチンコも大嫌いだ。

 まあそれはいいとして、仁川沿いはゆるい登り坂ではあるが、初心者のサイクリニストでも辛くはない。ただ、ここからずっと先に進んで、右にまがり甲山へのアプローチの坂は激坂だ。

 僕たちはひらすら仁川沿いを進み、関西学院大学が見えるところで、左にまがり、以前乗馬クラブの小屋があったところを横切る予定だったが、ちょっと1本前と違う道に進むと、どういうわけか、大学構内に入ってしまった。ただこの大学は開放的で自由に入れるようになっている。構内をひたすら出口をもとめてゆっくり走り、構内を脱出。目的のテイピカを見ざす。

 ここからはひたすら下り。ただ歩道でその坂を進むと「この歩道危なないの?」と感じる狭小な柵が右にある急坂だ。なんとかブレーキをかけながらくだり、もう見覚えのあるコープ神戸の店が見えてくる。

 あっというまに「ティピカ」到着。店内には、はじめて訪問したときに応対してもらった女性の方が一人いて、前に「次回は妻をつれてきますわ」といっていたことも覚えていてくれて、前とちがう格好で来たのだが、すぐ分かってくれた。ぼくのブログも開けてくれたということだ。「ああ、ピアノも・・・」と言われ、ちょっとはずかしいが「バンドもやってます」とちょっといい気分になって答える。妻は「たいしたことないんですよ」と逆フォロー。

 まあたいしたことはないが、一応自称ミュージッシャンと自負している。自分で思っているのは自由だ。

 まあ、それはそうとして、今日はなんだったか、お勧めの豆を4種類買った。これだけでリッチな気分になる。ごく普通のサラリーマンだが、コーヒーは気持ちだけでも贅沢したい。いいものを選んで食したい。特に休みの日の朝、コーヒーメーカーで豆をひき、それを漉器にいれてちょろちょろとコーヒーが出てくるのを待ちながら、それをコップにいれて、牛乳を入れ、角砂糖を二つ入れて飲むのが、最高の時間だ。

 日曜日の朝は、7時45分からたった15分だが、「日本の自然」というNHKの放送番組があるが、用事のない日はかならずこれを見る。

 実はコーヒーに絡めと、仕事の日は昼休み食事のあと必ず「喫茶キャビン」に入る。ここでは常連だ。この店も一度紹介したことがある。ここでの読書の瞬間が仕事の真ん中で、自分を取り戻すというか、頭を休める貴重な時間となっている。

 大学時代ぐらいまではコーヒーが苦手で、お腹ははったような感じになるのだが、それでずっと紅茶が愛用飲料だった。いつごろからか分からないが、今はコーヒー通になりつつある。はっきりわかることは「食後に飲む」ということを覚えたことだ。これでお腹がおかしくなることはない。朝のトーストでのとき、昼の読書のそばで。これが至極のときだ。

 まあ、話はコーヒーのことになってしまったが、ティピカでいい気分になって、帰り道妻がお腹の具合が悪くなり、近くのコープコウベの店にはいったことがきっかけで、中で食べるものを買った。それで帰り道小さな公園でそれを食べたが、近くに小さな少女たちがなにやらままごとなどして遊んでいるというのどかな時間の中で二人して30分以上ベンチに腰かけて寝入ってしまった。

 目がさめて、また走りだし、妻のほうが詳しいので、西宮北口駅近くを走り、以前見覚えのある狭い道を走っていったが、「そうだ。ここを走ると右手に西宮球場があった」と思いながらその付近になったが、「むむ、ない!ない!球場がない」。広い空間には空しか見えない。大きな空き地になっている。わかってはいたが、この目の前で見るとむなしい。

 西宮も変わりつつある。その後武庫川に出て、恐ろしく狭いことで有名な橋があるのだが、これも{ない!ない!」。ただ歩道の橋は臨時に残っていた。横には工事中の幅の広い橋が見える。ここは、阪神淡路大地震のとき、まだ南の山幹線の道路に橋が開通していなくて、この橋が大きな役割を果たした。大きな橋になることは悪くないが、そんなに橋だけ大きくして、渡りきったところはそのままだよ、という感じだ。おそらくこの橋の建設だけで何十億という金がかかっているのだろう。

 また話が車批判になるが、今日もとおり過ぎた幹線道路171号線はものすごい車の洪水だ。これ以上車がいるのだろうか。救急車、パトカー、運送車その他なくせないものもあるだろう。しかし私用で使っている車は、乗るのを減らそうぜ!といいたい。

 話がそれまくっているが、とにかく今日は軽いサイクリングで半日を終えた。妻はしまなみ街道を走った後遺症で、「どうしたら早く走れるか」と一生懸命訓練する傾向があり、走っている最中急にスピードをあげることが多くなってきた。

 ぼくはきょう乗ったのは、自家製マウンテンバイク。それなりによく走る。フレームはかなりふるいクロモリ(鉄)性だ。格好は、頭が野球帽、上半身は、オレンジのTシャツに七分袖の草色の薄いシャツ。下半身は土色七分ズボン。横真ん中にポケットのある若者用か。

 まあ、こんなゆっくりな走り方も勉強になる。自転車はあきないスポーツだ。

2007年5月25日 (金)

体調管理に気をつけよう

 昨日は完全に体調を崩してしまい、昼から急遽休暇をとるという非常事態。しかし、ちょうど仕事は一段落という日であったので、気分的にも緩みが出て、体調に出たかもしれない。ただ先週金、土曜日と夜1時、2時と深夜まで起きていたのが影響したかもしれない。

 今日の大事をとって電車通勤にするつもりだったが、ちょうど大雨に1日になってしまい、まあよかったかもしれない。しかし雨が降っただけでJRは遅れる。それだけ朝は過密ダイヤなのだろう。

 仕事をしだすとのめり込む癖があり、今日はすこしペースを気にして仕事をしたので、まあまあ体は回復してきたようだ。ただ朝がたは下痢便だった。

 職場では自転車通勤しているだけで鉄人にように思われているところがあり、「Kさんは病気しないでしょ」とか「へえ、Kさんでも調子悪くなるの」という感じで、いい意味で偏見がある。プロのアスリートでも風も引くし、体調を崩す。まして僕はホビーサイクリニストにすぎない。ただ、2日も自転車通勤していないと自転車に乗ることが恋しくなる。やはりこれは中毒だろう。自転車中毒である。でもこれは健康中毒だ。

 明日は休みだが、ウェアを着て走ってみるか。

 

2007年5月24日 (木)

環境の危機は回避できるか

 今これを書き込もうと思って、テレビを見ながら電車手帳を開いていると、NHK「クローアップ現在」で地球環境への対策を訴える環境学者レスターブラウン博士の話があった。

 環境改善のグローバル化の時代は終わって、博士の提唱するプランB、つまりエネルギーのローカル化というキーワードを打ち出していた。南米や中東の石油に世界が頼る現在のありかたから、脱却し、それぞれの国が地熱、風力、太陽光などその開発によって、石油エネルギーを転換し、結果的に地球環境の悪化をおさえていくというものだ。

 実際デンマークではエネルギーの20%を風力で供給しているし、それより注目したのは、オランダは、働く人の4人に1人が自転車通勤しているというのだ。

 これはすごいぞ!

 これこそもっとも効果絶大ではないだろうか。というのは必然的に車が減る。化石エネルギーの使用は減
る。国民の健康度が高まる。事故も減る。

 こういった取り組みが世界の多くの国が実行すると本当に地球環境の悪化を抑えることができるような気がしてきた。いい話だった。

 しかし日本への期待も語られ、太陽光やその他の技術革新を日本がリードできる立場にあるとも話された。アメリカに追随して憲法9条を改悪して、戦争の国になっているときではない。外国と戦争して軍事産業を援助しているときなのか、ということだ。

 ジョンレノンのイマジンは歌っている。「想像してごらん。もしも世界に国境がなかったら、平和な中で暮らしているだろうI

 ぼくは想像する。道路という道路は自転車と歩行者しか通っていないことを。自動車はあっても恥ずかしそうに専用地下道を走っていく。地上には出てこない。地点、地点のターミナルで地上に駐車して、運転手はそこから自転車か歩行者に変わる。

 自動車をエンジンを燃やすためのエネルギーはどれだけ減るだろう。バイオエネルギーを代替えする必要もなくなるだろう。

 そんな社会が未来にやってこないだろうか。今より不健康な人はどれだけ減るだろう。犯罪者も減るのではないだろうか。

 課題評価しすぎ!と言われそうだが、レスターブラウン博士はこうも言っていた。「革命、改革は一夜にしておこることもある。現代はそういう時代だ」

 すいません。今日体調悪く、電車で通勤し、午後から家に帰ってきたので出来事はありません。しかし今日のクローアップ現代は衝撃的だったので書き込みました。

 

2007年5月23日 (水)

自転車続けて15年

 昨日は、家族6人の琵琶湖一周旅行のことを書いたが、自転車とのつながりができたのは、今もかかわる流れ星少年団に参加してからだろう。子どもの大胆な遊びを親がかかわって実現しようと京都の同じような実践活動をしている「つくしクラブ」に習い、淡路島サイクリングを企画した。親も参加して、総勢30人ぐらいで淡路島を走ったが、そのための下見を2.3回したのがきっかけだ、

 されまでは中学生時代に当時の「サイクルスポーツ」を読んでいたのだが、大人になってからのスポーツ自転車の進化のことに遅れをとっていて、劣等感があったほどだ。

 しかし長男が小学校にあがって自転車に興味を持ち出してから、当時の子ども用変則自転車を拾ってきて改造した。その後次男、三男とつぎつぎ作ったことも関わりがかじまったきっかけだ。

 淡路島は当時、西宮に甲子園フェリーが24時間運営していて、いつでも淡路島の大磯に2時間ほどで行くことができたので、下見をかねて、5,6回一人で行ったような気がする。

 一度は、側道の溝に車輪を落とし、ケガをしたことがある。しかし、慶野松原の砂浜について、シャワーを浴びたときの気持ちよさは忘れられない。また同じところに1泊のつもりで来て、この慶野松原でキャンプしたことも忘れられない。

しかし明石大橋ができてからは、甲子園フェリーがなくなってしまい、かるく淡路島へいくことはできなくなった。

 その後は琵琶湖に目を転じて、2回琵琶湖センチュリーランに挑戦した。1回目は1000人中、250位ぐらいでゴールした。翌年は、ひたすら早い人の後ろについて800人中90位ぐらいだったが、そのとき計測のカードがこわれていて、正確にはわからない。

 その後このレースもなくなってしまった。

 もともと通勤自転車をはじめたのも、このレースで記録を伸ばすことが目的でもあったが、今は通勤自身が目的化しつあり、レースにはでていないが、ハワイのセンチュリーランには一度出てみたいと思う。乗鞍のヒルクライムのも出てみたいが、参加者が多すぎて申し込みではねられる。

 今の価値観はもっと広くて、交通体系事態に目が向いてきて、日本中で自転車専用道路が増えること、スポーツ自転車を使う人が増えることを夢みている。ヨーロッパのように自転車ロードレースが日本でもっと増えることを願う。

 さて今日の通勤はとくに変わったことはなかったが、昨日の疲れはかなりとれてきた。しかし道路温度は20度を超えている。ちょっと暑い。最近ペダルを回しているときに変な音がするのが気になる。
 ペダルのワックス不足か、ボトムブラケット(ペダルの車軸)が磨耗しているのか、何しろ40,000kmは、この自転車を買ってから走っているので、ちょっと心配だ。

 まあブログは書き出してから10ヶ月。多くの人が見てくれているようだ。自分の考えがいろんな人に見られているのは、インターネットのなせる業。いけるところまでいこう。読者のみなさん。よろしく。

2007年5月22日 (火)

11年前の家族6人琵琶湖サイクリングの思い出

 思い起こせば約12年前家族全員で車に6台の自転車と6人を乗せ、琵琶湖を目指した。長男中学1年生、次男、三男小学5年生、長女2年生、そして妻と僕。

Cimg0466  一周は2泊3日で到達する計画だった。ちょっと強引かと思ったが、家族旅行の思い出の中でももっとも感慨ぶかいベスト3だろう。

 Cimg0469_2 一日目は、琵琶湖の着いたのが、昼をずっと過ぎていたので、すぐマイアミ浜でキャンプ。

左の写真は、2日目の出発の瞬間だ。

ここからが長くなんと80kmあまりを一機に走ることになる。次のキャンプ地に着いたのは午後7時を回っていて、湖西知内浜キャンプ場は満員。Cimg0468

 それで当然空いていたトイレの裏の空き地にテントを張った。

これがなかなか楽しくて、朝暖かい風とともに目を覚ましたのが、忘れられない思いでだ。

 3日目は旧道を琵琶湖畔ぞいに走り、夕方なんとかゴールの琵琶湖タワーに到着。今はなき、まだあるか?観覧車下の店で夕食をとり、みんなで無事ゴールを祝った。今思い起こせば一番小さい長女はしんどかっただろうと思う。でもよくがんばった。Cimg0467

 やはり僕にとって家族はかけがえがない。今は子どもたちはみんな20代になった。自慢じゃないが、全員外国長期体験者だ。長女はもうすぐ一度帰国するが、今のオーストラリア・タスマニアで大学に通っている。

 この時の体験が今の彼らに影響しているとしたら、自転車の長距離旅行ってほんとうに役に立っているのではないかと自負している。

 そして僕自身もまた通勤自転車6年という結果につながっている。

2007年5月21日 (月)

後輪タイヤを新品に交換して

 月曜日は、どんなときでも気が重いものだ。昨日はつかの間の休みだったが、今日それをかみ締める。

 昼から妻が来週日曜日の子育てフェスタのビラ配りで出ていったが、それが終わって、西宮の公園で待ち合わせをする約束し、そのとおり僕も出かけた。

 それから尼崎のニトリやホームセンターのあるショッピングセンターに出かけた。つかの間の、のんびり気分だが、昼眠たかったせいで、展示のソファーの2人で寝そべった。そのあと家に帰ってから、妻の自転車のフロントギアーカバーの取替えと、自分のロードバイクの後輪タイヤの交換をした。しかし、新品のタイヤとというのはロードのWOタイヤの場合かなりはめるのがきつい。なかなか最初の片面も入らない。そしてチューブをはめて、あとの片面をリムにはめ込んだが、かなり硬い。最後はタイヤはずしの道具を使わざるをえなかった。

 そんなことで今日は出かけるとき、昨日ののんびり体験を心に残し、「いざ、仕事へ」と決意をして出かける。

 ただ、自転車に乗り出すとそんなことは考えていない。道路をすべるように前進し、ペダルを加速させる。「ちょっと寒いぞ」と感じつつ、道路標示温度が提示されている大物川交差点前の表示は15℃をしめしている。

 服装は半そでのウェアと太ももまでのレーサーパンツ。向かい風のせいか、前回タイヤを替えたときのあの走行感はあまり感じない。前後輪とも替えなかったためか。

 一通り仕事を終え、帰りのロードは、ちょっと気分を変えたくなって、尼崎に入ったあと、2号線をパスし、南側の阪神電車高架下の道を走った。ここは車は少ない。ずっと少ない。そして、尼崎の寺町では、石畳の道を寺てらを横に見ながら、日が沈みかける空の中を走った。ここは徐行運転だ。ちょっといい気分。たまには気分転換もいいだろう。ヨモ川ぶつかって行き止まり。進路を右(北)にとり、川ぞいを進んだ。

 そこからとっておきの道を以前見つけたので、そこを探したが、失敗。ちょっと横にそれていた。本当はまっすぐいけばJRの踏み切りに出るはずだった。

 道を発見するのはおもしろい。いつもは同じ道をひたすら走るが、ちょっと寄り道するのもいい。でも本当はどうも疲れが残っているというのが本音だ。

 家に帰ると、3月に参加した大学でのゼミの同窓会での写真を参加していたHくんがCDで送ってきてくれていた。実際30年以上たっているのだが、なぜか浦島太郎的なできごとに思える。その間何をしていたのか。卒業し、最初の仕事に就き、転職し、結婚し、子どもが4人になり、子育てとともに引越しして尼崎に来て、家族でいっぱい遊び、子育て運動、学童保育運動、少年団活動などなど。

 ただ、自転車とスキーは自分自身子育てととともに覚えた。長男が赤ちゃんの時、ギターで「ケサラ」を歌いながら眠らした。キャンプ体験もたくさんした。

 つまり子どもを育てながら、自分は育てられ、いろんなことに気づき、そのつど本を読み、学習し、いまや本中毒だ。子育て、家、アウトドアなど椎名誠と早乙女勝元さんの本はかなり読んだ。

 人間、10代、20代だけが青春ではない。むしろ40代、50代が春(旬)だ。そう考えるようになった。通勤自転車も49歳から。健康もむしろ20代より良好だろう。

 思い出して書いてしまった。明日はまたペダリングに気をつけて走ろう。

2007年5月20日 (日)

つねに出会う自転車レーサー


 僕はそもそも通勤途中で競争をするんを嫌っている。しかし、ゆっくり走ろうと思っているときに限って、争ってくるサイクリニストがいる。

 昨日も土曜日で食事をして間がない時間に走るので、ゆっくり走りたい。しかし20分ほど走ったところで、2人のロードレーサーが追い越していった。「あれ、あれ」という感じで、気にしなければいいのだが、僕自信小心者なのだろう。なぜか気になり、つられてしまうのだ。

 ついていけばどれぐらいのスピードで走っているのか、気になってしまう。彼らは32km/hぐらいだと分かって、追いつくのをやめたが、信号待ちのタイミングでおいていてしまっtw。
すると歌島交差点で同時に発進し、ここでは追い抜くところだが、後ろをついて走り、風をよける盾になってもらった。

 しかし次の信号待ちで無視していくではないか。ちょっと幻滅。また離されてしまった。しかしまた追いつき、今度は野田阪神交差点から十分追い抜けるところだが、またマナーとして、そうせずについていった。途中2人目の人が僕の後ろになってしまったが、交差点ではマナーとして前に入れるようにした。しかし残念なのは、一度も彼らからあいさつしてくることはない。という僕も声はかけなかったが、ちょっと寂しい。
 そして土佐堀をすぎてから新なにわ筋で道路が広くなり、ぼくは内側を走るのだが、ここで彼らを意識せず抜いてしまった。かれらは次の阿波座交差点で右折していった。

 帰りは会議を終えて午後6時ごろの帰りスタートだが、今度はクロスバイクの30代ぐらいの大柄な青年が目に見えてくる。結構早いスピードだが、だんだん近づいていく。

 あまり抜きたくはないが、左手で抜くよとあいさつして、抜いていった。その彼も小さい交差点はエスケープして前に進む。それでまた追い抜いて2回右から抜いてしまった。

 そんなこんなで、結構回りを意識しながら走っている。この日は夜7時半から地域の「流れ星少年団」父母会総会があるので、ちょっとあせる。

 コープこうべ立花ですしを4人分買い、家であわててシャワーを浴び、いそいで食事し、会場にむかった。
 先日の青空学校開催で、がらくたで作る楽器作りの感想を出し合った。その2日間だけで学校では味わえない大切な体験をそれぞれの子供がし、家庭でそのことを親が掴む。これはとても大切な活動をやり抜いている集団だと再認識した。僕のこの団体で父母むけに山歩きなどの企画担当なので、ある意味期待されている。それと関連してその親たちで結成した音楽集団「おやじーず」も子供たちに影響を与えている面もある。というのはこの団で音楽が結構身近になっている。

 まあとにかく地域活動と、音楽と自転車通勤は、僕の3本柱ライフワークだ。

2007年5月19日 (土)

ビアンキ物語

は粋戦況あり、 思いおこせば、今のわが愛車ビアンキを手に入れたのは、2003年の12月。ちょうどボーナスが入ったあとだ。

 尼崎のサンワサイクルに行き、20万円を手にとってロードバイクを展示している2階を一通り見て回る。ただその前ツールドフランスで活躍したパンターニが乗っていたビアンキの三色装飾のリメイク版が販売されていた。

 ぼくは、なんも考えず「これお願いします」と言って決めてしまった。なぜそれにしたのか、理由は自分でも十分に説明できない。ただこれだという感覚が頭を通過した。そのあと自分の腕。足の長さに合うサイズを選ぶため、それようの自転車台にのり、それを図った。

 車体の重さは、9、2kg。これも気に入った。それまで乗っていたブリジストン改造車は、11kgはあった。その日は支払いを済ませ、あと組付のため、引きとりは後日ということになった。

 たしかその当時はすでに毎日自転車通勤していたが、今のように整備をする前のランドナーで通っていたと思う。

 ビアンキを引き取って初めて乗った日は、それまでの乗車位置の違いとブレーキの取手部分の太さが大きくなったような気がした。

 しかし、その後毎日乗り初めて見ると、その加速性能に気づきはじめ、ただペダルをうまく回転することによって30km/hを楽にこえていく。これはとても新鮮だった。

 その後3年半乗り続けている。ただその間にアクシデットもあり、一度は雨の日白線の上でブレーキをかけてしまい、スリップして転び、運悪く、リアデレイラーを道路に当ててしまい、歪めてしまったり、リムがどんどん擦り減り、空気を補充しただけで、その一部が空気圧で割れるという、考えてもいなかった経験もした。

 ただもう3年半も乗っているのに、遠出に使ったことがなく、一度試そうと2年前の初夏、淡路島一周を試みた。無事8時間以内で完走できた。またそれまで一度同じルートに挑戦したが、南の立川すいせん峡の坂も難無く越えることができたことはうれしかった。

 また六甲山を裾野から挑戦した。この日は調子が悪く、何度も休んで山頂に到達し、東西に縦断して、帰ってきた。あとは何度も完走してきた琵琶湖一周にビアンキでは行っていない。

 ビアンキもだいぶところどころ傷が増えてきた。壊れる前にきっと琵琶湖へ行きたい。

 今日あった出来事は明日書きます。ここで手を止めて風呂にはいる。今日のブログはこれで終了。

2007年5月18日 (金)

誰にも出会わない自転車通勤

 いまだにしまなみ街道を走ったスピードと感覚を味わいながら走っている。このスピードならみんな抜いてしまっているだろうなと思ってしまう。

 しかし今日は通勤自転車の顔みしりに誰も出会わない。行く前天候が悪く、ちょっと雨がぱらついていたので、みんなあきらめたのだろうか。

 しかし、一人初顔の大柄青年がマウンテンバイク風の細タイヤでヘルメットをかぶって走っていた。ただ、信号まちでやはり無視して先を進んでいく。ちょっと期待はずれだ。

 帰りの行程で、交差点でむこうは明らかに赤なのに入ってこようとするスクーター風バイクがいた。ぼくは交差点を通り過ぎる直前に左から入ってきて、先を走った。ナンバープレートは4901。4901の君。そんな行為はみられているよ。それにしてもバイクまで自転車の軽い感覚で信号無視をしていこうとする派が増えてきている。

 その前の道路上をあきらかに逆進してくる自転車がいる。おもいっきりどなる。「ばかやろう。あぶないやろ」。

 自分の命をたいせつにしない人は、人の命もかるんじるということはいえるのではないだろうか。まず自分の命をいとおしんでほしい。あまりもテレビでは、異常な殺人事件が多すぎる。

 さつばつとした時代といえば、そうなのだが、一生懸命生きている人がおそらく圧倒的に多いはずだ。それなのになぜこんなに異常な人が目立つ社会になってしまったのだろう。

 夜は遅くなることはわかっていたが、帰りの自転車のついでに、尼崎極楽湯に行くことを朝の段階で考えていて、それを実行した。

 仕事を終えて、ただひたすら極楽湯に向かって走る。そして湯につかる。これ以上安上がりの贅沢はないだろう。なにしろ650円だ。風呂からあがって、造り定食に飲み物という贅沢。ああ贅沢。こころも体もリフレッシュである。それに今日夜はテレビでお気に入りの番組「探偵ナイトスクープ」がある。明日朝は、連続テレビ小説「どんど晴れ」をゆっくり見れる。

 金曜の夜万歳!!!

dare

2007年5月17日 (木)

なぜか電車通勤

 昨日の帰りの自転車はまるっきり雨まみれ。今日朝おきても雨が降っている。「まあ、いいか」と今日は電車通勤することにした。ところが出かける段になると天気はすっかりあがっていた。でも「まあ、いいか」とそのままJR立花にむかって歩いた。

 駅まで歩いていると、不思議なことに途中、「ここで3階のMさんの奥さんに声をかけられるのでは」と予感していると、すぐ後ろから自転車で「おはようございます」とそのMさんが追い抜いていくではないか。どんぴたりである。テレパシーというものがやはりあるのだろうか。

 ところで、僕の職場は4階が働く事務所だが、今日はその階段を何回上ったことだろう。はじめは今日はパソコン10台の処分で、その業者が9時すぎにくるので、まず降りていく。それから夕方まで7回ぐらいは歩いている。これも訓練と考えるべきか。

 今日は新聞の切り抜きの仕事を集中的にしていたが、その日経新聞の記事で、自転車が生活習慣病予防に効果があるという記事と、実際に通勤で自転車を使っている60代の人の話が入っていた。最近はときどきそういった記事が多くなってきたような気がする。

 自転車は環境にやさしいというにとどまらず、とくに中高年の方々にとくに健康増進に役立つということが注目されてきているのだろう。

 昨日書き込んだこととつながるが、あえてフィットネスクラブに登録してお金を出して健康を保つより、ただでそれができるというのが、自転車のメリットだ。ただ片道10km以上走るということは、一定の条件がないとむつかしいだろう。僕はただ、片道16kmあることがとても得している。

 でもほとんどの人はそれぐらいの距離を通勤しているのではないだろうか。とするとやる気になれば80%ぐらいの人は対象にはいるかもしれない。

 ぼくの場合は、最初土曜日だけ自転車通勤して3年ぐらいつづけた。次に一週間のうち隔日で自転車通勤してみた。それまでは定期代を請求していたが、それから2年後ぐらいの5月、いよいよ定期代も請求せず、とにかく毎日自転車で通勤しだした。それからちょうどまる6年すぎた。最初は「へえ、自転車で通ってんの。すごいね」という周りのルアクションだが、6年もたつと「へえ、今日は自転車ちゃうの」である。たまに電車通勤したときの反応がこうだ。

 それだけ自転車通勤が認知されているのだが、最初のおどろきから「あの人は自転車の人」という概念が頭の中に固定されるのだろう。しかし、知らない職場では、異様なかっこうの見えるだろう。レーサーパンツはお尻にピタっと張り付いている。またウェアもものによってはど派手である。

 ぼく自身はこれで、集会にも参加したことがあるし、スーパーにも買い物に行く。まわりの目はとくに気にならなくなった。

 とにかく遠距離自転車通勤は、時代をさきどりしている、むしろトレンドのファッションではないかと錯覚したりしている。これだけは自分の一番すきなことだ。

長男は和歌山の田辺へ

ため 長男は、釣りルアー作りの会社に就職が決まり、昨日和歌山に次男を連れて出掛けていった。オーストラリアに通算5年あまり滞在していたわけだが、その経験をぜひ生かしてほしいと思う。
 
 今日の通勤は華やかだ。シマノのHさん、モンベルのTくん、名前も知らないシングルギヤー青年。その他にもよく出会っていたおじさんなど久しぶりに出会った。
 みんな自分なりの思いで通勤に自転車を使っているのだと思う。ただメタボリックシ9ンドロームの恐怖感からフィットネスクラブに加入する人が増えているらしいが、お金を使わずフィットネスするなら自転車通勤こそ最適だと思う。
 日頃体を使わない生活、とくに車社会の中毒生活になっている人が、それを埋めるためにそういったクラブにはいるということは本末転倒ではないだろうか。

 さて帰りの自転車は雨真っ只中の通勤だった。とても驚いた尼崎の杭瀬交差点手前に交番があるが、そこのパトカーがエンジンをかけたまま無人で停車させている。交通マナーの模範をしめすべき警官がこんなことをしていていいのか。せめてエンジンを切っておkべきだ。
 これだから権限のある人への尊敬もなにも無くなる。警察官もっとがんばれ!仕事へのパライドを持て。僕は警察は本当に大切な仕事をしていると思う。その基本敵立場を忘れてはいけない。無謀な自動車の運転にはしっかり対応してほしい。
 
 しかし帰りは雨が強まった。あいにくロードバイクなので危険があぶない? 慎重に慎重に走る。ただ帰る時間が遅く、9時をすぎていたので車も少ない。

2007年5月15日 (火)

競争したがる初心者自転車族

037  自分がハードメタルというか、一応自転車ウェアとヘルメットで正装しているせいか、やたらこちらを意識して、競争してみようとする自転車利用者がおおのにはいやになる。あるときは、ロードバイク、ある時はマウンテンバイク。またある時は、電動アシスト自転車のおばちょん、またあるときは、ママチャリ。

 何を考えているのかと考えてしまうときがある。こちらは競争などするつもりはないが、なにせプライドというものがある。負けているわけにはいかないときがある。

 きょうもあらゆる人たちが挑戦してくる。油断もすきもない。こちらが、信号まちで、信号が青に代った瞬間、ゆっくり進もうとするすぐ右を猛スピードでうしろから抜いていこうとしたママチャリがいた。危険行為だ。たかが通勤で何を考えているんだ。やはり競争社会にもまれてきた習慣がこんなところに出るのだろうか。

 しかし、たまに歩道に入らざるをえない機会に、対向してくる自転車は、2台並列運転で、しかもこちらを認識していてものこうとしない自転車がざらにある。なげかわしい。

 さて、本格派ではいつもよく出会うシングルギアーとロードを交互に乗り分ける青年と淀川大橋前で遭遇。彼はなぜか歩道側を走る。僕はいつものように車道を走る。当然歩道は徐行しないと走れないことこの上ない。でも僕はそんなとき「ざまあみろ」とは思わない。ひたすらマイペースで走る。

 ただ次の海老江交差点では、車道側が有利なときもあれば、歩道を一気にいった場合が早い場合があるが、僕は車道で前5台ぐらいが左折のため徐行している中を、6台目の前で、右手を斜めしたに出して斜線変更し、一気に直進。大きくシングル青年を追い抜いてしまった。そのうちモンベル青年Tくんと会う。

 次の野田阪神交差点からの発進でも、、クロスバイク、ママチャリ、マウンテンさまざまな自転車が競争するように走っていく。ただ僕は余裕をもって先を進む。ロードバイクの性能と長年のってきた実力は自負している。もう最近は、「ぜいぜい」というような呼吸と心臓の鼓動になることはまずない。

 035 さて今日はデジカメをデイパックに入れて出てきた。帰りの自転車では、杭瀬自動車学校(KUISE・DRIVING・SCOULL)前で念願のクラシックカーを撮影に成功。

夕方でまだライトアップしていなかったが、輝いている。

 帰りも2台のマウンテンとクロスバイクが、歌島交差点から現れ、3回も抜いてしまった。というのは完全に引き離してしばらくして、カメラの撮影で止まり、その間に抜かれ、また抜き、036 今度はサンワサイクル前で撮影。また抜かれる。

しかし今日は風がどんどん向かい風になって、足の筋肉に負担がかかる。それでも25km/hは維持しながら最後まで走る。

家について、038_1 思わずセルフタイマー撮影。

家に帰った瞬間はほっとする。

2007年5月14日 (月)

頭と体をリカバリーできれば?

 今日起きるとメチャメチャ疲れている。そのためいつもの6時30分には、寝床から出れなかった。やはり、先週いっぱい総代会にむけ、とにかく忙しかったし、緊張の毎日だった。

 通勤はしかし、自転車で行くことに決定。天気はよく、気候もよい。ただ現実的に疲れている。いつもは途中でどんなに疲れていても、その感覚はなくなっているのだが、信号待ちでもどっと疲れが自覚できる。

 ようし、そうなら、今日は半休だ!と仕事に向かう途中、午後から休むことを考える。午後は思い切って、スーパー銭湯で体も頭もリフレシュしようと思い立った。なんとか休暇申請ができる状態なので、朝の仕事は集中してやり、うきうきしながら午後を待つ。

 12時の昼休みのチュイムとともに更衣室に向かい、すぐ帰り支度。昼食は、スーパー銭湯に入ったあとそこでとることにした。

 帰りの自転車は昼の暖かさが気持ちよく、湿気の少ないさわやか、さわやか。妙に移動時間が短いように感じる。今日はツールド・フランスの優勝者のマイヨジョンヌと同じ黄色のウェアと黒のレーサーパンツ。ときどき信号待ちで注目されたりしているように感じる。ちょっと自己満足かも。

 ようや尼崎の杭瀬交差点で、2段階右折のため、停車する。ウキウキしながら極楽湯の入口を通過。中に入ると食堂が見えるが、結構多くの客がいる。それを見て、浴場に。

 風呂の中はすいている。裸になって、数箇所の浴槽に浸かる。なんとも気持ちがいい~~~。とにかく朝からというか、昨日の夜からお腹の具合が悪かったのだが、なおっていくような気になる。気分も大事なのだろう。

 風呂から上がって、食堂へ。今日は十割そば大盛りと???。JRの線路が見える窓側で、外をみながら食事をする。いつもは逆の立場で、電車側からこの銭湯を見ていることがときどきあるのだが、「ざまあみろ」なんて、不謹慎なことを考えてしまう。

 普通列車、快速電車が大阪方面から、また神戸方面から走っていく。その間を貨物の長い車両が大阪側から神戸方面に走るのが見える。

 食事のあと、一昨日の講演でいただいた本「アメリカに使い捨てられる日本」(森田 実著書)を読む。時間を考えず、本を読める時間は至極の時だ。

 帰りはロードレーサーで22km/hでゆっくり走り、20分ぐらいで家に着く。

 家に帰って庭に今咲いている花たちにシャッターを押す。07514

07514_2

左は、みかんの花、右はゆずの花だが、よく似ている。ゆずは、鉢植えだが、今年はいっぱい咲いている。

 それから、日向ぼっこしている「かめくん」。Photo_2 もう10年以上にうちの庭にいる。

 そのあと籐のいすに腰掛け、ぼくもかめくんにならって昼寝に入る。うでで頭をささえていて、ときどきしびれた。うとうと寝ていたが、すっきりはしなかった。

 夕食当番は僕の役。先週はずっと息子たちにたよっていたので、台所にたって、ちょっと感覚がもどらない。感覚を料理する状態にもどして、冷蔵庫のストックした材料を点検。豚肉の照り焼きとキャベツ、モヤシ、ブロッコリーをそえた料理にした。もちろん味噌汁はあって、たまねぎとうす上げを入れる。

 風呂には入っているが、食事の前にシャワーを浴びた。気持ちがいい。あとのビールがうまい。しかし今日の淡麗のカロリーオフ(青ラベル)はあまりすきではないが、まあ、それでもいいか。

 ひさしぶりにゆっくりできた。また明日から気分を新たに仕事。仕事。

つかの間の休日。

 昨日は結局2次会に行ったため、家に帰ったのが、午後11時45分。寝るのは2時過ぎになってしまった。

 朝目を覚ますと7時30分。今日は少年団の青空学校2日目で、終わりの閉会あいさつに行かないといけない。しかし、午前中は先週の疲れがたまりにたまり、ゆっくりしてしまった。テレビでは、奈良東大寺にまつわるCGを使った分析の番組をやっていた。

 昼から青空学校に行こうとしていたが、今度はテレビで映画「バッチョキ」の最新作「ラブ・アンド・ピース」の製作風景を紹介していた。そもそもこの「バッチョキ」という映画があることを知ったのは最近だ。それに井筒監督は名前を知っていたが、その顔を知ったのは今日がはじめてだ。というか顔を知っていたが、「ああ、このおっさんが井筒監督なんだ」と顔と名前がはじめて一致したということだ。

 この間は、風呂に入っていた時FM大阪から流れていたトーク番組で井筒監督が語っていたが、平和について語っていて、しっかり憲法9条の大切さを語っている。しかし、昨日のわが職場の総会での講演会で、森田 実さんが、いかにマスコミの統制、チェックが今ひどくなっているかと語っていたが、そんな中では井筒監督の発言は勇気がいるものなのだろう。

 あらためて映画「バッチョキ」を見ようと思った。

 さてその番組を見終えて、青空学校を開催している近くの小学校に行った。ちょうどガラクタで作る楽器の演奏の練習をしているところだった。青年もまじり、小学生、中学生の子供たちが年齢差を超えて、いっしょにあぞび、演奏の練習している。あらためて貴重な姿だなと思う。

 029 しかし午後3時から始まった全員でのその楽器を使った演奏本番は圧巻だった。曲目は「広場とぼくらと青空と」。50人ぐらいのみんながひとつになって親たちが見ている目の前で演奏してくれた。まるで映画「フラガール」のラストシーンを見ているようで、そのことをあとの臨時青空学校校長として感想を述べた。西田敏彦ではないが、自分でしゃべっていて涙が出そうになりかけた。指導のため八尾から来てくれたケイスケさん(青年)にはお礼を言った。

 そのあと今度は、マンションの総会がある。妻に確認した会場は妻のおもいこみでまちがっていて、街を大回りして本当の場所にいったが、15分ほど送れてしまった。

 夜は、長男がいよいよあさって和歌山の就職先の近くの居住地に引っ越す。それで、家にいるみんなで夕食会をすることにして、午後8時過ぎから塚口の韓国焼肉料理屋に出かけた。やはりみんな大きくなったが、いっしょに食事をするのはどうも居心地がいい。なんといっても家族だ。娘だけはタスマニアだが、彼女も長男と入れ違いで、6月に一時帰国する。なにせこの家族で、いろんな旅行にいっぱい行った。キャンプをことあるごとにした。圧巻は、6人で、自転車に乗り琵琶湖を一周したこと。これは忘れられない。自転車との深い付き合いはそのころから始まっているのかもしれない。

 この間のしまなみ街道サイクリングは家族では夫婦だけだが、それでも夫婦の絆がより深まったような気がする。

 自転車は人にも自然にもやさしい!

 

2007年5月13日 (日)

ハードスケジュールの一日

 今日はまったく自転車とは関係ない一日を過ごしてしまった。

 朝は、今日と明日に尼崎青空学校を尼崎中の少年団が集まって、よびかけて開催したので、その門は張る看板の設置となぜか開会式で行きがかり上、毎年校長先生という肩書きで挨拶をした。今回は当日まで何も考えていなかったが、今回廃材で楽器を作って演奏するという内容なので、ぼくが以前他のマンションのゴミ置き場を拾った壊れたギターを家に持ってかえって修復したという話をし、ものは大切にすることを学んでほしいと付け加えた。

 それが終わるとすぐ職場へ向かった。なにしろ今日は、僕が勤める団体の総代会で、僕は職員として、取り仕切り役というか、ディレクターのようなものなので気が抜けない。

 今回は大分以前から大変だっただけに、今日は疲れももろにありながら、当日のひろがんばりというところだ。ハプニングもいろいろあったが、まず無事に記念講演会(講師は政治評論家 森田 実さん)と総代会、それに夜の懇親会を終えることができた。

 また講演会は例年になく、やはリ森田 実さんのネームバリューもあり、予定どおり100名ほどの来場で盛況であった。内容も今の政府、アメリカガバメントへの批判は痛烈で、また7月に行われる参議院選挙が、あわよくば自民党退廃ということもあると語っていた。また医療に対する「改革」が国民から大きな反発をおこす原因になっているということ、それが地方選挙での全国の結果に現れているという主張。つまり自民の議席は大きく後退し、民主党は前進したということ。他の党のことはふれていないが、とにかく自民党は、表面で言われているほど磐石ではないということだ。

 その後の総代会も無事議事が採決された。

 まさに緊張に一日であった。まあこれも仕事だから仕方がない。しまなみ街道サイクリングのことをちらちら思い出すが、夢のことのゆな気がする。

 明日も青空学校のかかわりがあるが、とにかく今日は一段落である。

2007年5月11日 (金)

3日ぶりの自転車通勤!

 今日は自転車です。

 なにがなんでも今日は自転車しかないでしょう。天気は上々。しかしちょっと寒い。きょうは今年はじめてきるのだが、スペシャライズの半袖上着が具合がいい。ちょっとかっこいい?。

 行きの通勤では、あのシングルギヤー青年のであったが、信号を無視していかれるので、追いつかない。そのうち知らないヘルメット姿の青年が後ろについてくる。そのうちいなくなったと思ったら、しばらく走った信号待ち発信で、スーと抜いていかれた。

 しかし、最近はむきになることはない。ずっとそのあとを付いて走ったが、福島区,玉出の交差点で彼はずっと端を走っていて、どうも左折する車とバッチングしたようだが、ぼくは何台かあとの左折車のうしろをスルーと右に斜線を代え、直進してみると彼のスピードを上回ってしまし、勢いでペダルを踏んでいないのに抜いてしまった。あとは抜いたまま土佐堀に進む。ちょっといやな気にさせたかもしれない。

 職場について仕事の方は明日総会があるので、総務で取り仕切る責任者としては、仕事が多い。とくに出席等今日になっての申し込みもありその都度データを変更しないといけないので時間を使ってしまった。またお願いするグループへのレクチャーもかかせない。また抜けていると思われる問題は自分であなうめしないといけないと思うので、定時には帰れなかった。

 帰りの通勤自転車は、今日も歩くいこうと考えているが、後半になるにしたがい、脚が回ってしまう。そのとき信号待ちから発信でいきなり右から抜いていかれた。相手はマウンテンバイクの細めのタイヤをはいている。しかしあっと言う間においついてしまうが、信号待ちで、それを無視して先を進んで行く。

 ちょっと待てよ!。信号はまもろうね!という感じだ。彼は2回抜いてしまった。

 それにしてもロードバイクは最高だ。ちょっとペダルを踏むだけで、直進性能が増す。

3日ぶりの自転車通勤!

2007年5月10日 (木)

電車通勤連続2日目

 昨日天気予報をテレビで見ていたが、低気圧が西から東にずっと移動するという。近畿には朝から昼にかけてそうも雨が降りそうだ。

 とくに課題もない日ならなんなく自転車で出かけるが、今日は仕事上大きな山がある。それで、朝歩きながらその問題の対策を考えるため、電車通勤でいくことにした。

 ところが、JR立花から乗った普通電車は異常に込んでいて、無理やり体を押し込んでまた後ろから後ろから押される。

 仕事の方は、あさってが総代会(総会)といことで立て込んで仕事がいそがしい。また緊張する懇談もあった。

 ただすべてうまく回っていったので、帰宅の通勤は気持ちが軽い。

 電車を降りて、家までの帰り道は、鍵方に道を曲がっていって、今まで見たことのない通り道に出た。歩いて通勤することも年間にするとそれなりにあるのだが、今まで通ったことのなかった道があったことに驚き。これは歩きでないと見つけられなかった機会でもある。

 そう思うと自転車に乗らなかったものたりなさも解消される。

 夜たまたま16チャンネルをつけていると「ミラーを拭く男」という映画が上映されている。一度見たことがあるものだが、あるきっかけで全国の道路に設置されたミラーをかたっぱしから拭いていくという物語だ。移動の手段は、スタートとして選んだ北海道の自転車屋でマウンテンバイクを買い、溶接を施し、脚立を乗せれるように改造してもらっていざ走りだす。その間に高齢者の自転車集団にであったり、津川雅彦演じる奥さんの供養で北海度を自転車で移動している人間を関連させたり、監督は自転車に愛着をもっているのか、とも思った。

 明日はまた自転車通勤するとして、ついに13,000円で買ったメガネが見つからないので、これだけが惜しい思いだ。

2007年5月 9日 (水)

生活習慣病健康診断(体車検)!

 今日は1年ごとの生活習慣病健康診断日だ。昨日から朝検便をとっている。しかし汚い話だが、これがやっかい。一応便を出したあと、所定の爪楊枝のような棒で便器に入っているうんこの一部を剥ぎ取る。2日とも思ったより小型バナナ便がたくさん出ていた。

 でも普通はいやな仕事だ。その重責を終え、ビニール袋につめ、採取費日を名前を書いておく。

 それで今日はその「長堀健康管理センター」に直行したわけだが、そこまで行くのに、JR大阪駅から地下街を通り、地下鉄谷町線梅田駅まで移動する。ぼくはまるで地方から都会に出てきた人といった気持ち。JR大阪駅しかり、地下道しかり、ものすごい人の塊が交差するので、まるでラグビーのゲームのようだ。ところどころぶつかりそうになる。よく平気で毎日歩いてられよな!と関心してしまった。

 よく考えてみると、JR尼崎から東西線に乗り替えたほうが、南森町だけ我慢すれば、目的の「長堀橋」駅にそういった人盛りを気にせず出れたかもしれない。

 まあ、乗ってしまったことはしかたがない。地下鉄も一度乗り換えて「長堀橋」についた。一年ぶりの訪問だが、早いものだと思う。駅をあがった横の食堂のシャッターがしまっている。つぶれてしまったのか。

 センターでは一通りの説明を受け、検尿をし検査ユニホームに着替え、病人になったような錯覚とともに、順次身体検査、血液採取、X線撮影、バリウム検査、心電図検査、聴力検査、視力、血圧、問診と約1時間半がながれる。

 ただ辛いのは昨日だ。午後8時以降は水以外口に入れられない。とくにビールをのめないのが辛かった。それに朝も何も口に入れていない。体に残っている水分と栄養を吐き出しているような感覚だ。それでバリウム検査で白いバリウムを飲んだあと、検査が終わって水を3杯飲んでくださいといわれて、浄水器の水を飲んだとき、生き返った。

 身長はちょっと背伸びしたような姿勢だったが、169.6cmから0.3mmダウンして169.3cmになったのがショックだった。体重は57.3kg。これだけ胃がカラカラなのにそれなりの体重だった。

 しかしなんといっても先日と当日の食事を抜かないといけないのが辛い。センターでは待っている人たちの顔は楽しそうなので、僕だけがそういう思いをしているのかと孤独になる。

 まあしかし、今ブログを打つ前夕食では、次男が作ってくれたカレーと発泡酒を2杯飲んだのが、天国にあがった気分である。一日抜いただけでこれだから自分としては、ちょっとでも生活のリズムが狂う食生活は地獄だということがわかる。

 まあ一仕事終えたという今の気持ちだ。なによりも健康第一。明日はまたロード通勤でいきましょう。

 それからこの10日間ぐらい読み返して、ナンバサイクルの息子さんから何回も励ましのコメントをいただいた。この場を借りてお礼いたします。琵琶湖一周はタイミングを見つけて必ずいきますよ!

2007年5月 8日 (火)

今日もロードバイクで

 朝出発する前、ちょっと気になって、タイヤを両手親指で押してみたら、前輪が空気圧が低い。すぐ空気入れで注入。約2分の遅れになった。
 
 いよいよ走りだし、2号線途中道路温度表示を見ると20℃を表示している。さすがにちょっと暑い。そのあと、シングルギヤー青年に接近。今日はゆっくり目で走っているようで30数kmで走っていると追いつく。しかし彼は信号無視するので、そこで離された。

 その後、野田阪神交差点からスピードを出せるルートで、ちょっとええ格好をしてペダルの回転を上げてしまい、姿勢もおもっきり前傾になったりした。その後「まてまて、セーブしろ」と自分に言い聞かせる。そのあとはペースダウンで。それでも思ったより早く8時50分職場についた。


 帰る時間はちょっと遅くなり午後8時30分に職場スタート。力を押さえて走る。メガネをかけていない分、前がよく見える。

 尼崎手前からヤンキーっぽい車が妙に近づいて、車にしてはゆっくり走っている。どうもこちらの存在が気になるようだ。しかし別になにかされるわけでもない。

 そのうち前の「税務署前」行きバスに接近。チャンスとばかりすぐ後ろを走ってスピードを上げる。そのうちヤンキーカーはいなくなった。それにしてもバスに出会うと血が騒ぐ。悪い病気だ。

 しかしこれほどおもしろいものはない。まあ無理せず、時には挑戦しよう。次は瞬間スピード50km/hが目標だ。

2007年5月 7日 (月)

ひさびさの通勤!やっぱりロードバイクだ。

Cimg0433 しまなみ街道完走の余韻を残して3日が過ぎたが、やはりひさびさの仕事はプレシャーがすごい。寝床を出る踏ん切りがなかなか付かなかった。ただ、自転車での通勤はそれをやわらげてくれる。

 今日はいつも出会う通勤自転車の仲間には会わなかった。だが、はじめて見るクロスバイクやロードの人に会った。

 しまなみでは、やはり妻につきっきりで走ったのでスピードという点では消化不良だったが、今日はロードバイク。自分のペースで走れる。しまなみでは時速20kmぐらいではないかと思う。したがって、集団のスピードは25km/hぐらいではないかと思われる。

 きょうは今年はじめて半そで、半ズボン自転車ウェアで走ったので、体が軽い。ただ今日の朝から自分のメガネが見当たらない。しまなみの帰り、輪行のため自転車分解中に置き忘れたかもしれない。13,000円がとんでいった。

 今日の仕事の帰りの自転車はおさえて行こうと軽いペダリングで走ったが、追い風もあり、すぐ30kmを超える。阪神尼崎付近では魔がさし、信号待ちで「阪神甲子園」行きバスのあとで停車していて、発進時「このバスについて行ってやろう」とそのお尻をひたすら離れないように走り、ついに47km/h出た。ちょっと嬉しかった。そのあとバス停でそのバスはとまった瞬間追い抜いた。そのあと尼崎西警察交差点で右折のため停車していて、そのバスがあとから入ってきたが、ちょっとその運転手はこちらを見てあきれているように見えた。

 やっぱりロードバイクだ。この魅力は一回はまると取り付かれる。年齢はあまり関係ないかもしれない。

 「辛い仕事に打ちひしがれるな!ロードバイクでつっぱしれ」。歌が生まれそうだ。

 「明日も走るぞ。ロードバイクで。気分は最高。幸せいっぱい」。また歌詞が出てきた。

 冗談はさておき、しまなみ街道サイクリングは自分なりにいい体験をしたなと思った。ロケーション、船での宿泊、妻に合わせたスピード。輪行での新幹線乗車。

 ああ、もういちど同じコースを一人でか、妻と二人では行ってみたくなってきた。ただこのコースはレンタサイクルには不向きだということを付け加えたい。

2007年5月 6日 (日)

しまなみ街道完走!しかし?

 5月3日、4日の両日、母の悲しみを絶つ意味も含めて、キャンセルせず、妻としまなみ街道自転車走破と9条自転車隊の目的をもって、企画に参加した。

 3日の夜、9時45分、神戸東埠頭フェリー乗り場(六甲アイランド内)の集合場所に、次男を連れ立って、やってきた。大きな船が止まっている。関西汽船のダイヤモンドフェリー船だ。ここで次男に車をもって帰ってもらった。

 さっそく、幹事の I さんに出会い、すぐ乗船券の売り場へ。ここで前の客がJAFの割引の申し出をしていたので、同じようにJAF会員券を提示して聞いてみたが、係りの人は、事務所に問い合わせに行って、5分ぐらいして戻ってきたが、1人のみ600円ぐらい割引してくれた。

 ところがその後アナウンスで呼び出し。結局自転車乗車は、「割引できない」という返事。「なんなんだ」という気になる。「JAF会員が自転車を利用してフェリーに乗っても割引がないってどういうことだ」。

 まあ、しかたがない。今度JAFに意見しようと思う。

 さてフェリーは2等船室。20人ぐらいが入る部屋だが、一人分のスペースは幅40cm足らず。これにはびっくりしたが、適当にスペースをとって場所を押さえた。

 今回のツアーは総勢6人。女性は妻1人だ。Cimg0426 あとは医療事業協同組合の職員、医薬品卸会社の人、医療現場職員2人だ。

 船内では、ロビーでビールを飲み、自己紹介をする。11時ごろ寝床にもどり、あまり寝られないうちに、朝5時起床のための係りの人の声で目をさます。あわてて、顔を洗い、トイレに向かったが、使用中。3回目で何とか利用可で、目的を果たした。

 さて、いよいよ出発。まず、今治城に向かう。朝の早くから高齢者の人たちが集まっていた。銅像があり、誰を認識しないまま、次に朝食のため、先を進み、「すき家」に入る。しゃけ定食をたべ、ここで7時になり、いよいよスタート。

 Cimg0427 まもなく一つ目の橋の来島海峡大橋をめざす。とっつきから橋の入り口までは、坂道を登る。それがかなり長い。レンタサイクルの変則無し自転車では、ちょっとむりだ。これがあと5箇所もある。

 当然妻は、集団から遅れるので、妻の前をついて走る。おかげで自分自身はほとんど疲れと、心拍の付加がない。Cimg0428

橋から見た海の眺めは、なかなかいい。この日は今治から進む人は、少なく、走りやすい。

橋を渡りきると、坂道をいっきにくだり、地道にはいる。今度は、大島だ。海岸線を走り、伯方・大島大橋に入る前に村上水軍博物館に寄り道。Cimg0430

村上水軍の歴史をかなり力を入れて展示していた。ここで3分の1は走ったので、「おお、この調子ならだいぶ早く尾道に着くかも」と甘い考えだった。

 しばらく休憩して、今度は伯方・大島大橋から大三島橋へ。すべて橋へのアプローチは坂道だ。妻の自転車はヨセミテのマウンテンバイクで12kg以上はあるだろう。それにリュックを前かごに入れているので13kg以上はある。かく言うぼくもランドナーで前バッグ3箇所にガスバーナー、コーヒー用湯沸かし容器。着替え、自転車修理道具と3kgぐらいはあるので、やはり15kg以上はあるだろう。

 あと4人の自転車は、ロード、クロスバイクなど。それぞれスピードを出して走っている。どんどん離れていくが、妻のペースについて走る。

 大三島に入って、多々羅大橋で本当は次の橋をまざすところだが、そこを過ぎ、次の寄り道場所「大山氏神社」へ。ここでも島を横断するので、途中ヒルクライム。ただ天気がうす曇なので逆に幸いした。あまり汗が出ない。曲がり角から30分ぐらいで着いたが、ちょうど12時になっていた。

 ただここでも滞在が長かった。博物館が3箇所セットで1000円だが、入館した。じっくり見て1時間以上たっていた。義経愛用に甲冑や刀が展示されていたが、あまりの多さに圧倒される。見ている間にだんだん寒くなってきた。

 そのあと食事場所を探したが、みんな列をなし並んでいる。確かに鯛うどんや鯛つくしは食べて見たい。しかし1時間も待っていられらいので、普通のレストラン兼喫茶店にはいる。

 そのあとそばに藤棚がきれいな公園のようなところで家からもってきたコーヒーセットで湯をわかし、コーヒータイム。しかし時間は午後3時を回っていた。よく考えるとまだ半分走っていない。ちょっと先がきになる。

 道の駅「多々羅しまなみ公園」でもうひとつの探しもの。ミニミカンを探す。そこで年齢15~16才ぐらいに見える自転車青年がいた。しかも前後輪に荷物をつけ、かなり遠距離を旅行している雰囲気なので声をかける。全国を縦断ではなく、伊能忠敬のように海岸線をめざして全国を回っているということだ。まったく驚きだ。なにか思うところがあるのだろう。「気をつけて行きや」と最後に声をかけて見送った。

 ぼくたちも急がないとやばい。多々羅大橋を渡り、生口島へ。平山郁夫美術館近くを通ったが、すでに5時を過ぎている。またここで見学できても先の時間が気になるところだ。そこを過ぎ、生口橋を超え、因島へ。因島大橋手前で、夕日が落ちていく瞬間をシャッターを切る。Cimg0442

そして最後の橋のアプローチの坂を超える。Cimg0437

Fさんから妻も祝福される。

ここだけは、道路を下に専用自転車道路があり、橋の下がじかに見える。なかなかスリルがある。

 いよいよ向島の地道を走り、妻もペダルが軽くなってきて、前の集団に追いつこうと必死。日が沈みかける道を快調に走る。尾道の明かりはもうすぐそばだ。ここからは、渡し舟で尾道駅をめざす。ちょっと探したが、Aさんは地元でよく知っているらしい。

 Cimg0444 ようやく見つめ、しばらくして渡し舟が入ってきた。一人100円+50円。しかしこれに乗れて助かった。渡し舟がなかったら、尾道大橋までまだ距離があるし、また坂をのぼらないといけないところだ。

 尾道に着き、駅近くのラーメン屋に入り、尾道ラーメンを食べる。ここでも20分待って中に入った。

 食事を終え7時20分。駅前に自転車を持っていき、輪行袋に分解してつめる作業。ここで自分の分は予想以上に早くできたが、全体にはなれていない様子で、1時間以上かかり、駅でキップをかったのは8時45分。各駅で福山まで乗り、9時50分の新幹線で帰ることに。やはり6台の自転車を輪行してるとはいえ、列車内に入れるには大変だったが、入り口付近と最後列の椅子のうしろなどになんとか収めた。自由席だったが、席をとれ、プラットホームでAさんが買ってくれたビールをのみ、しばらくまどろみながら新大阪へ。約1時間の乗車。

 妻はかつぐのが大変そうだったが、新大阪では、エレベータを利用し、神戸方面の在来線プラットホームへ。もよりのJR立花駅に着いたのは午後11時50分だった。次男に電話をして、駅まで車で来てもらい、やっと家に着いた。

 とにかくこんなに遅くなるとは思っていなかったが、無事目的を達成することができた。

2007年5月 2日 (水)

やっと休み気分になってきた!

 一昨日までは、休みであっても葬儀のモードで休んでいるという感覚はない。しかし今日ようやくその呪縛から抜け出せたような気がする。それは、明日夜から「しまなみ街道サイクリング」に参加するという目的があるため、その準備で気持ちが変わる。

 それで今日は朝から、そのための準備のため、自転車の輪行テストをおこなおうとその体制に入った。乗っていく自転車は、僕がランドナー、妻はいつも使っているマウンテンバイク。ますランドナーを僕が以前から持っていた輪行袋で実際に入れて見る。

 しかし朝はほかの用事も多く洗濯物の干し作業、前の日のシャツのアイロンなどで実際はじめたのは11時を過ぎていて、それからどうしても買い物をしないといけない部品があることがわかり、ホームセンターに妻と出かけて、そのまま昼のなり、次男がパスタを作ってくれたが、それを食べて、すぐ輪行くテストに入る。

 ランドナーは泥よけがあるので、やはりこれをはずさないと収まらない。それに片足スタンドもはずさないといけないことがわかる。それで午前中六角レンジを買いに行ったのだが、泥よけをはずすためのそのレンジは、2mmのかなり細い工具なのだが、もともともっていた六角レンジセットが不明で、それをホームセンターに買いに行ったわけである。単体で買うと、これが60円と安い。ただ太さが実際わからないので、1.5から2.5mmまで3本買った。

 2mmが本命でそれを使って泥除けをはずす。それで従来の輪行袋はうまく収まった。ただ後輪にはめるエンド金具がみあたらない。でもなくてもいけそうなので、そうした。

 今度は、この前モンベルで買った輪行袋を妻のマウンテンで試して見る。ところが妻の自転車は、ハンドルの前にかごがあるのでそれをつけたまま収まるかどうか、若干不安。まあ、おしい状態まで入った。しかし、やはり片足スタンドははずさないと入らない。やむなく実際はずして見て、収めてみると何とか入った。

 ただしこれはしまなみ街道を完走した後、新幹線で帰るときのみ必要になるということなので、行きしなは、スタンドはつけた状態がいい。

 まあとにかく収まることを確認できた。今回収めるテストのついでにタイヤをはずした時など、ついでにその部分をスポンジに洗剤をつけて洗った。その部時間がかかったが、かなり見えていないところがきれいになった。それに妻の自転車の後輪のVブレーキのゴムパットがすりへっているのがわかった。

 明日の宿題としてこれを買いに行こうと思う。サンワサイクルにいかないといけない。

 明日は夜9時半神戸の集合。10時ごろの出発だ。

2007年5月 1日 (火)

突然のパソコンの故障が!

 一昨日は、家族葬と火葬場での見送りと悲しい1日であったが、昨日も日をまたいで、火葬場への灰の引き取りなど短時間ではあったが、かなり精神的に疲れてしまった。

 どういった関連か、まったく別の問題だが、昨日ブログを書き込もうとパソコンのスイッチを入れても、WINDOW XPの画面のあと、「申し訳ありませんが、」・・・という日本語のメッセージのあと「前回の前の最新状態に起動をやりなおす」という内容でENTERをクリックするのだが、まったく好転がない。おかげでブログは書き込み不可能だった。電子手帳での書き込みは可能であったが、力が残っていない。

 昨日昼間は、気晴らしもあって、折りたたみマウンテンバイクのパンク修理にいそしむ。20インチのタイヤだが、前輪のパンク。タイヤをはずして、チューブのパンク箇所を見つけ、パッチを張ったが、その待ち時間で、サンワサイクルまで、20インチのマウンテンバイク仕様のタイヤを買いにいった。

 あいかわらず、店長はあいそがよくない。笑いという表情がないので、ちょっとよけいなことをしにきたような気になったりする。マウンテンバイク仕様のタイヤはないので、20インチ×1.5の溝が多いタイヤを前後輪とも買った。ついでにランドナー用のブレーキゴムを買って帰った。

 家に帰って昼からさっそく修理したチューブでそのタイヤをはめてみたが、どうも不具合。また米式バルブ用の携帯空気いれも壊れていて、うまく空気が入らない。それで今後度はもっと近くのナンバサイクルに英式バルブのチューブを買いにいった。それも20インチ×1.5のチューブを。

 息子さんがいて、前回かなり僕のことをブログで見ているということで、驚いていたのと、なぜか感動してもらったが、僕は恐縮する。今度も「また利用してください」と親しみのある表情で言ってくれた。また琵琶湖一周宣言をしているので、「ぜひいっぱい写真載せてください」と言われ、これは近日中に実行しないとまずい感じだ。

 ただまだ喪に服するというか、十分立ち直れていないので、もうちょっとまってください。

 しかし、約束していた「しまなみ街道」は、立ち直る意味もあって、妻とキャンセルせず出かけることにした。

 ところで、今日の話だが、例のパソコンはまた朝から悪戦苦闘、操作づけの1日であった。ただ、朝はそのパソコンのメーカー、富士通のサポートに連絡をいれ、電話での操作指示で、ハードの状況をチェックし、それが原因ではないことがわかったで、結局リカバリーソフトでこれを買った状態にもどすことにした。

 それでなんとか立ち上がり、ただし必要なソフトはまたすべて一から入れなおしのため、WINDOWS OFFICE、インターネット無線接続設定、メールアカウント登録、プリンター設定、スカイプパソコン電話、そのあとウィルスバスターインストール、つぎつぎにやっていったが、夕方になってしまった。今日メーデーを不参加にしていて助かった。

 ただしよかったのは、これが壊れるまで異常にパソコンの立ち上がりが遅かったが、それが解消された。なにせスイッチを入れてから、すべてのソフトのチェックをウィルスバスターで作業が終わるまで15分はかかっていた。

 それが、2.3分で立ち上がる。まあソフトが大幅に減っていることも関係があるが、リカバリー前はやはりウィルスバスターを利用前のウィルスによる損傷が一部残っていたかもしれない。その分身軽になった。それにこの機会にインターネット連動のソフトはより最新に近いものになった。

 やはりいまや毎日ブログを更新していると、ウィルス進入の可能性は、格段に多くなったようだ。今日も立ち上げるたびに、画面右下のウィルスバスターチエックが表示される。でもこれからは安心だ。新しいウィルスが進入する前に最新のガードが入る。

 パオコンとの付き合いは根気あるのみだ!これは自転車修理にも似ているかもしれない。以前書いたようにランドナーのシートピラを外れるようになるのに何年も考えていた。しかしおきらめず、ナンバサイクルのおとうさんにも話もした。やはり相当クロモリ(鉄)のチューブはそういったケースがあって、どうしてもはずせないものもあるそうだ。

 それで安心してプロでもそうなんだ、と気が楽になり、チェーン用油を根気よく上から落とし、またさび落としも塗り、壊すのを覚悟で、サドルを横からハンマーでたたいた。動いたときの瞬間は感動だ。

 よし落ち込んではいられない。じょじょにモードをもとにもどしていこう!

 

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