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2007年7月30日 (月)

自転車をめぐる被害連発

 参議院選挙も終わり、ツールド・フランスも終わった。どちらも激動であった。

 さて、一度取り戻した長女の自転車ラクーンが再び盗難にあった模様だ。しかし今度は家の玄関前においていて無くなった。長女が高校に入学してから買った思い出の自転車である。車体番号7N09478。誰か武庫之荘付近に住んでいる方見つけください。

 それから今度は3男が、毎日駅まで乗ってる一般車の後輪虫ゴムの部品だけがとられていた。当然パンク状態だ。いったいだけがこんなことをするんだ。そんなことをする人の気がしれない。すぐにストックの部品で補充したが、本当に腹が立つ。

 しかしいつかこんなひどいことをする社会は無くなっていくと信じている。みんなが人が迷惑をすることを理解できるような風潮が支配すれば絶対人の迷惑をするような行為はできないはずだ。

 やったやつ出てこい!

 すいません。ぼくとしたことがちょっと興奮してしまいました。

 それにしても今回のツールドフランスは、圧倒的選手の誠実さは感じているが、ドーピング疑惑と納得のいかない裁定には、どうもスポーツ本来のピュアな運営とは感じられない。結局アメリカ、デイスカバリーチャンネルのコンタドールが総合優勝を勝ち取ったようであるが、考えてみればランス・アームストロングが7連覇してから、昨年のランディスと今年のコンタドール。つまり9年連続アメリカチームが総合優勝を奪いとっている。

 どうもイラク戦争の権力の構図が、このツールの場でも現れているように感じていやな感じだ。これは考えすぎだろうか。しかし現実にその勝利を基盤にして、トレックは世界にその自転車を普及してきたように思う。

 今日はなぜかひねくれた考えを披露してしまった。

 でもまあとにかく自転車ロードレースの魅力をどんどん多くの人々に見せていってほしい。ぼく自身そのロードのスピードの魅力と、体、精神へのいい影響などの恩恵を強く感じている一人なのだ。

 いつか道路を走る自動車は、ほんの一部で、たくさんのロードバイクとクロスバイクが道路を圧巻している姿を想像する。するとわくわくしてくるのだ。

 今日の通勤は、昨日ビアンキを整備したせいでひときわ気持ちがよかった。

 明日も走るぞ!

2007年7月29日 (日)

ご近所の底力から学ぶ

038_2  昨日は、さすがに仕事と通勤と暑さ疲れで、ひたすらじっとしていた。夜もツールのタイムトライヤルは見かけたが、なぜか興味を失い、途中で消して寝てしまった。

 さて今日は、今年一番の暑さになる見込み。朝NHKの「ご近所の底力」という番組で、都会のヒートアイランドを緩和するいろいろな方策を提案していた。東京の新宿区は、インドの夏にも指摘する暑さで、小学校はすべてエアコンを設置しているらしい。実際のインド人の参加者も、新宿の方が暑いといっていた。

 解説者から、なんといっても、道路やその他の地面がコンクリートやアスファルトであることで45度以上の温度にその部分があるということだ。

 対策として、マンションベランダでニガウリなどのつるを網にからまして、日差しをさえぎることによって、エアコンを使わなくても夏を乗り切っている例が紹介されていた。

 かくゆう僕の家でも、三面が外部と接する2男の部屋以外は、エアコンというものがない。一番多く滞在するリビングの外は、庭があり、まるで果実のジャングルのようになっている。またこの番組を見るまでもなく、以前から2階のひさしになる部分の端から左右全面にすだれを下ろしているし、右側は、ニガウリときゅうりを植えている。

 ただ、みんなでできることとして、打ち水がいいということも紹介されていたが、さっそく昼まえに、地下収納庫でつけている除湿機から出る水がバケツいっぱいになったので、それを庭の向こうの道路にまいた。亀の水槽の水も入れ替える意味でまいた。そのあともホースの水をまいた。

 夕方からは、風呂の水を洗濯機にポンプに入れるのだが、残りの水をバケツ6杯道路にまいた。かなりハードだった。

 午後3時ごろ近くの小学校に参議院選挙の投票に行ったが、そのあと懸案と思っていたビアンキロードバイクのリアディレーラーと変則レバーを結ぶワイヤーとワイヤーカバーの交換をおこなった。というのは、もともとそのワイヤーのカバーがはげている部分があり、気になっていたのだ。それにいまだ変則に微量に違和感があることがあるからだ。

 違和感は、根本的には、ディレイラーがだいぶ前落車でやや曲がって、サンワサイクルで接続部品を買えてもらったのだがそれでもまだ曲がっているらしい。それで、2つあるチェーン運びのコマが真ん中でチェーンが動いていなくてちょっと端によっている。

 今まで走る分にはどういうことはないので、このまま走るしかない。

 ああ、それから昨日NHK衛星第2放送で、3時から5時まで自転車特集をやっていた。マウンテンバイクの達人の姿から、輪行サイクリングの魅力から、東京サイクルイベントの様子や、自転車フレーム製造からの魅力などなかなか面白いものだった。

 さいきん行っていないが、マウンテンバイクの練習と山走りを再開したくなってきた。

 自分もいつも語っているとおりその番組のまとめでも 環境によい、健康によい、精神的によい、自然にやさしいなどメデイアを通していわれると、「むむ、これからまた自転車はさらに広がっていくのではないか!」と勇気づけられる単純な自分である。

2007年7月27日 (金)

考えさせられるツールド・フランス

 035_1                     先週から換算すると10日自転車通勤している。間に日曜日1日休んだだけだ。これはやはりツールド・フランスの観戦の刺激が影響している。

ところが、先日の連続ドーピングや不正報告による解雇などツールの歴史とファンにいやな思いをさせる事件がおこった。

 昨日の栗村おさむ、今中大介さんのツール解説の中では、主催者側とドーピング監視委員会に対する不振の発言が多くあった。つまり出場選手の立場にたった措置とはいがたいということだ。それに自然のあきらかな興奮剤、筋肉増強剤などでの違反というよりも、かなり微妙な薬剤による反応をその対象にしている。それも抜き打ちである。

 昨日書いたようにやろうと思えばおろしたいチームと選手をターゲットに疑惑の張本人にし、意図的に優勝者を誘導することもできるかもしれない。

 ただ、昨年のランディスはどうも意図的に薬を飲んだような匂いを感じるが、今年の選手はそうなのか、なんともいえない。

  とにかく世界一過酷なレースに向けて、また過酷な練習をこなしてきた選手ばかりが出場している中で、みんなが納得できる検査時期や、対象の薬の見直しなど考えてほしいと僕も思う。

 はじめに書いたが僕自身はそのツールの感化によって、通勤を走り続けているが、とにかく足の筋肉の疲労が今日自覚してきた。帰りの途中のペダル回転をあげていったとき、こぶらがえりがおこりそうになった。

 それでも運転感覚だけは、油がのってきているときというか、危険を感じる習慣はまるでない。まわりから見ると危険かもしれないが、40km/h前後なら車の後ろにくっついて走る快感を今日もあじわえた。車に対して「お前らだって、場合によってはスーピドも負けないぜ」という意気込みになっている。

 ただ危険は髪一重なので、なるべく挑発的走りはやめよう。

 まあとにかくツールはあと3日。残っている選手たちだけでも感動のレースを呼び覚ましてほしい。                                      

2007年7月26日 (木)

あっとおどろくツール、ラスムセンの解雇!!!

Photo_38 昨日のツールのレースは見ごたえがあった。しかし、しかしである。今日の朝、ニュースで昨日絶対的勝利を勝ち取ったラボバンクのラスムセンがチームから解雇されて、レースからエスケープされたという。

 ええ、ええという感じで仕事にも力が入らない。それは大げさだが、あの感動はなんだったんだろうということが2日分も体験した。

ただなぜこの時期に活躍した2選手に対して、そのレース中に、しかもラスムセンは総合1位でアイヨジョーヌを着ている選手に対する措置である。ラボバンクは総合1位の選手を抱えてなぜ解雇したのか、それはなぞだ。

 ひょっとするとひょっとするが、昨年ディスカバリージャパンの選手だったと思うが、優勝のランディスが試合後ドーピング疑惑をうけ、いまだ決着していないが、そのディカバリージャパンーアメリカの報復的圧力ではないかと思ったりする。

 げんにラスムセンが立ち去るとその次の位置にはディスカバリージャパンのコンタドールという若手有能選手がいる。これは大いに疑惑だ。ただ僕はツール関係者の内情をまったく知らないので、あくまでも作り話だが。

 Photo_39

さて今日の僕の走りについて語ると、「暑い」の一言。

ただ、行きの走行中何か考えていたのか、走ったあと何も印象がない。ただ小鳥が路肩で引かれたわけではないが、死んでいたのが、印象に残っている。

 しかし正直暑いぞ!

走っている最中は風をうけるので、体の熱はヒートダウンできるが、信号待ちの時間、汗がほとばしってくる。

 帰りはらくらくペダルに心がけたが、タイミングによっては、思いっきりペダルを踏むケースもある。帰りも朝に負けず暑い。しかも向かい風で足にくる。途中阪神尼崎付近ではあきらかに1台の乗用車の後ろにぴたりとタイヤ先をつけ、風よけで走る。これはロードならではの醍醐味だ。

 ああ、ビノクロフ、ラスムセン。今日からのツールはどうなるんだろう。

2007年7月25日 (水)

今週3日目、自転車通勤は過ぎていく

Photo_35 今週はあっというまに水曜日、先週から日曜日を除いてずっと走っている。

 今走るのが楽しい。太陽の光は思うほかきついが、めりはりがあっていい。

 今日はひさびさに新大阪ルートの㈱KのSくんと久々に遭遇。昨日と同じように尼崎杭瀬付近の信号で停止中、うしろから「おはようございます」と声をかけてきくれた。彼はかなりIT関連の映像と思われる仕事をしているようだ。

 しかしだんだん自転車仲間という感じで気心が知れてくるとうれしい。梅雨期間中は走っていなかったらしい。

 今日はそのまま僕が前を引いて走った。歌島交差点で方向が違うので大きく手を上げて分かれる。

 今日もそのままかなり早い時間に職場に到着だ。今日は職員全体の会議の資料つくりと会議進行にかかわるのでプレッシャーが多い。僕は本質的にどんな会議も主催するのが嫌いだ。ただそのプレッシャーが緊張感と覚悟になって、なんとかうまくいく場合が多い。今日もかなり集中した論議になってよかった。終了時刻も午後3時半きっかりにはじめて5時ちょうどに終了できた。時間的には完璧だ。

 その予定時間どおりの運営を繰り返していると、会議に対して予定どおり終わるという概念ができて、参加も比較的いい。

 

 まあ仕事のことはその辺で、帰りに自転車は向かい風。しかし27km/hを下回らず走れる。今が自転車に乗ることが楽しくてしかたがない。6年以上走っているのになぜだろう。

 ただ走るのがいやになってくるときも実はあるのです。そんなときは気分を転換して電車で通い本を読む。すると1日空けただけで、また自転車に乗りたくなる。

 今日の帰り面白かったのは、個人タクシーの併走しているうち、そんなにスピードがあわらないので、思い切って、そのタクシーのすぐ真後ろに位置をとって走る。なにせ強い向かい風なので、ぜんぜん抵抗が変わってくる。この時間は楽しい。

 ツールド・フランスでも水分の補給や、自転車のパンクなどの後、車の後ろについて思いっきりペダルをまわすシーンがあるが、ある程度は審判も見てみぬふりをしてくれるらしい。それに似ている。レース気分だ。車と同じスピードで走るなど今まで考えたこともなかった。

 ロードバイク恐るべしである。

 ここに未来に、自動車に変わって移動手段の主役になるような予感を感じる。

 

JR立花付近からコンビニに立ちより缶ビールを4本買った。そのすぐ向かいにスーパー風呂屋「福住温泉」がある。Photo_36

 明日は今週4日目。ボトルをもうひとつ足して、頭や肩にかける分をもっていこうと思う。ああ、夏もまた楽しだ!

 家に帰ると、たった一つのぶどうの房が色づいてきた。Photo_37

2007年7月24日 (火)

夏の暑さ到来とツールの暑さまっただ中

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昨日のツールライブは興奮した。何とビノクロフが第2集団に入っていて、そのピレネーの山岳コースを元気にペダルをまわしてる。第3集団とはタイム差7分。

 ところがところがである!

 どこで化けたのか、そのビノクロフが突然アタック。2年前のアームストロングを見ているよう。誰もついてこれない。第1集団の2人を追い越し、そのまま2位に41秒だったか差をつけてゴールした。涙のゴールである。あれだけ総合優勝を期待され、そのプレッシャーに絶えれてなかったのだろう。会心のレースをここまでしたのは、2日前にタイムトライヤルから。いまだ10位以内で総合成績を出していない。

 しかし今日の彼の働きはさすが横綱相撲である。

 12 またまた驚くのは第3集団で様子をみていたラスムッセンがマイヨジュールを着て、総合2位の選手(名前は忘れた)にピッタリついて追撃を最後まで許さなかった。ますます面白くなってきたぞ!

 さて自分の走りはどうか。今日の朝は梅雨明けにふさわしい「カラッと晴れ」。今日ぐらい誰かに会うだろうと予感していたが、やはりシマノのFさんが後ろから「おはようございます」と挨拶を発してきた。ちょうど淀川大橋の手前の信号。とりあえず前をひっぱり走る。約37km/hを維持しつつ走るが、淀川大橋の坂はスピードが落ちるので先に行ってもらう。

 そのあとは頑張って彼の後ろをついて走る。42km/hはざらだ。しかし自動車間をすりぬけるのは、さすがに毎日走って6年になるので、自信がある。別れ道までいっしょについて走れた。

 職場に着くとさすがにあせびっしょり。最近は洗面所でタオルを水でぬらし、着替えのときそれで体を拭いている。あせくささが回りに迷惑をかけてはいけないためだ。

 昼休憩で喫茶キャビンに行き、ホットコーヒーを飲みながら、ジャズを聴きながらインドの本をこの2,3日読んでいるが、眠気に頻繁に襲われる。

Photo_33  帰りの道路では、ツールを走っている気分。淀川大橋付近を走行中、走りながら自分に向けてシャッターを押す。

しかしあぶないあぶない!

 片手運転で後ろからトラックが追い越していく。ちょっとハンドルも不安定。そこそこの回数で撮影をやめ、後ろのポケットにカメラをしまう。

明日は給料日。その直前で財布には3,000円しか残っていない。帰りにコープこうべに買い物に行く必要ありで、その前に自分の通帳管理の銀行「尼崎信金」の支店ATMでお金を下ろそうと心当たりのある場所を探したが、いずれもビルがなくなっていたり、6時でしまっていたりと付いていない。

 結局コープこうべ立花店のすぐ北の尼崎信金でおろした。

 Photo_34

その後、コープに立ち寄り買い物をした。定番のビールに食パン、今日の食材を買う。

 家に帰ると約束していなかったが、2男が食事を用意をしてくれていた。

風呂に入り、妻がすぐ後に帰ってきて、3人で食事。ビールの泡がのどを潤す。「グイ~~~~」

 

2007年7月23日 (月)

本日は晴天なり  ツールは第13ステージに

 023 今日から小・中学生は夏休みだろう。そのためか今日の朝の出勤は車の数が少ない。それだけ学校関係車の車が多いということなのだろうか。

 また朝出勤する前、月曜日なので、マンションのゴミ置き場に燃えるゴミを置くのだが、その道には子どもたちが登校する姿がなく、シーンとしている。そしてセミの一斉に鳴く声を聞きながら「ああ、夏休みなんだな」としみじみ思ってしまった。

 昨日ビアンキを整備したせいで格段に変則のかかりかたがスムーズで、基本のギアー位置も音がしない。おまけに洗車もしたので、気持ちがいい。

 そんなことでついペダルに力が入ってしまい、ちょっと筋肉痛が復活した。

 Photo_30

 ところで、昨日のツール第12ステージはビノクロフが上りで遅れ始め、どうも期待したとおりには回復していない。逆にラボバンクのラスムセンが元気で、先頭集団の5人を引っ張っていた。解説でも次のタイムトライヤルでのハンディーを頭において、今ライバルの引き離しを考えているらしい。これはひょっとするとひょっとするぞ。ラスムッセン優勝か。Photo_31

それにしてもツールの主流はヨーロッパからオーストラリア、アメリカ、南アメリカなどに移りつつあるような気がする。日本はいつツールに実力者を送り込めるだろう。

 ぼくも一番かっているのは、ディスカバリージャパンで活動している別府史之(べっぷふみゆき)選手だ。彼は一番近いだろう。

ツールで日本選手が上位に入ったり、ステージ優勝でもしたら、どんなに影響を及ぼすだろう。それはちょうど、アメリカベースボール大リーグの野茂秀雄選手の存在と同じだろう。今や大リーグは日本人選手の活躍に暇がない。

 そんなことを考えると鳥肌が立つ。「おおげさな」といわれそうだが、もしそんなことがおこったら日本のテレビ局は動く。NHKか民放ではきっとライブ放送を組むかもしれない。そうなると子どもたちへの影響は計り知れない。

 競輪中継とは程度が違う。オリンピックとも違う。そんななかで子どもたちの中から未来の別府選手や、日本人アームストロングが出てくることは十分ありだ。そうなるとロードバイクの販売台数もはかりしれない。自転車通勤ロードマン、休日ロードマンが道路を独占するかもしれない。 ツールド東海道、中仙道などもあるかもしれない。

 なにせ今のようにマイナー状態だと、警察も公道の規制をしてくれない。国民の意識もまだまだ感心が引くい。

 そんなことを考えながら今日も眠気まなこでツールのライブをJスポーツで観戦する。

honnjitu

2007年7月22日 (日)

梅雨はいつ明けるのだろう

021 昨日は、ようやく午前中は休みを取れたが、午後から会議と、夜は少年団父母会へ参加しないといけない。

 昼から出かけるのは、なかなか足が重い。しかし気持ちを切り替え、土日専用にしているランプレのユニホームを着て自転車にまたがった。平日はこのユニホームがちょっと派手なので遠慮している。

 昼でかけるというのは、昼ごはんを食べて時間も間がないので、結構疲れるのだが、今回はそれがなかった。ただし連続5日目の走りなので、太もも外側の筋肉が痛い。

 約45分で職場について、今日は会議のはじめにプロジエクターを使うということで、今まであまり例が少ないので、ぼくが事実上準備の担当でプレッシャーが多かったが、星空映画会でのプロジュクターの扱いを経験していることもあり、案外簡単にそれはできた。

 その会議もいつになく、4時半という理想的終了時間で終わり、帰りは、いつものFM大阪「イタリアンレストラン・アバンティ」をはじめから聞くことができた。たしかカクテルにまつわり話をゲストをまじえて話されていた。

 この時間は、とてもすきな時間だ。帰り際、尼崎に入ってJR立花に近づいた時点で、コンビニでビールを8本ほど買って帰った。このごろは子どもも入って、350mlのビールが減る頻度が高い。一日6本は買わないとなくなってしまう。

 家に帰って妻がなかなかかえってこないので、結局夜7時半からの父母会までに食事を済ましておきたいため、自分で夕食の準備にとりかかる。

 ちょうど朝コープの配達で、シャケとカレイの冷凍が入ったので、それを使えた。

 夜の会議は8月18日にある「星空映画会」の準備打ち合わせ。ブンブンごまと言って、ペットボトルのお茶などの底だけを切って、それを二つあわせ、タコ糸を通して両手で端からねじれるように回し、外側にひっぱるとビュンビュンおもしろいようにまわるものだが、その製作であーでもないこーでもないと論議伯仲した。、

 最後なんとかうまくいった。しかし会議が終わったのは、午後10時を回っていた。

 家に帰ってその反動で、ブロードキャスター、ツールド・フランスをテレビで見ながらビールを飲みまくる。ツールはビノクロフが個人タイムトライアルで2位以下に2分以上の差をつけて圧倒的一位でゴールした。「これはおもしろくなってきたぞ」。明日からのピレネー山岳コースが見ものだ。

 

 さて日が変わって22日の今日は、何もしないことにこころがけた。やはり昨日の忙しさも影響しているが、「休息したい~~~!」という気持ちが強い。

 今日は朝どういうわけか6時過ぎで目がさめ、用事をすませ、7時過ぎにかえってきたら妻もおきていて、朝ごはんをリビング外のベランダで食べることにした。テレビをベランダ側に向け、「自然百景」で比叡山をじっくり見た。朝はそのまま昼までダラダラテレビを見たが、NHK「いよー日本一」という番組で巨樹日本一を取り上げていて、それは日本中で一番巨樹が多いのがなんと東京都ということに驚かされたが、納得できる部分もあった。

 それは江戸が都のなるまで殺伐とした自然の風景したなかった土地に徳川家康が本格的に日本の中心の都市に開発し、日本中の大名屋敷もこの地に立てられ、そのころから多くの木が植えられてきた。その後も時代が変わっても、公園になったり、大学になったり、特に武蔵野という土地は、徳川幕府の直轄地として大切に自然が維持されてきたという。自然は人間が作るものなのかもしれない。

 その考えると大阪という町などはざびしい。緑が東京に比べて圧倒的に少ないように思う。

 まあそんなこんなでダラダラテレビを見ているようでためになった。

 午後はじっくり昼寝して、3時半ごろから起き上がり庭の手入れ、髪染め、自転車の洗車、夕食づくりと一機に行動した。

 また明日から仕事モード。洗車したビアンキで気分よく出かけよう。

2007年7月20日 (金)

週末の走りは快調に

019  今週は自転車通勤4日目、できるだけ無理せず行こうと体に力を入れないよう心がけた。しかしそれでも30km/hは楽に出ているだろう。

 今日はノーマイカーディであるはずだが、大してマイカーらしき一人乗りの自動車が減っているようには思えない。

 しかし、久しぶりに歌島交差点の信が青のままで突っ走れた。おかげで職場には、8時45分に着いた

 仕事はいろいろと緊張するというか、機械が故障状態だったり、一時はどうなるかと思ったが、なんとか5時半職場を出ることができた。

 帰りの天気は、雨が降り始めるころである。ディパックだけ防水カバーをし、体はそのままで走りはじめた。昨日に比べ、湿気がぶり返している。それだけに小さな霧雨は体を冷やすのにちょうどいい。ただし、雨が道路を濡らしはじめているので、走行注意が必要だ。できるだけでこぼこのアスファルトの方を通るよう心がける。

 阪神尼崎にさしかかると結構自動車がつまって、ちょっとスピードをセーブして走っているので、今日もある自動車の後ろをひたすら追いかけて同じスピードで走った。40km/hは出ているが、比較的軽い。この瞬間がおもしろい。

 今日は夕食を作るのを宣言したので、コープ神戸立花店にたちより、肉ジャガを作るための材料を買う。あとビールも買う。バナナも買う。たこも買う。ワカメも買う。

 まあそれで、肉ジャガとたことワカメの和え物の二品を作れた。020

家には、一房だけブドウの実がなっている。全体に庭に木になるべき実のつくものが、みんな実がなりきらないのだが、みかんといちじくとゆずが例年より実が大きくなりそうだ。

明日も午後から仕事はあるが、夜も少年団の会議はあるが、とにかく今日は週末だ。あとビールを飲みながら、ツールド・フランスの第10ステージを見よう。

2007年7月19日 (木)

連続テレビ小説「どんど晴れ」がおもしろい

017  今日朝は「これは梅雨明けでないの?」と思えるさわやかさ。日陰の風が気持ちいい。しかし道路温度は27℃を示している。

 ところで「風のはるか」以来、NHK朝の連ドラを見ているが、今やっている「どんど晴れ」も面白い。伝統を受け継ぐ旅館「加賀屋」のおかみめざし、この旅館にとびこんだ夏見の前向きの姿勢と、人を疑わないばか正直なところに共感できるものがある。海援隊の送ることばではないが「人を疑うよりだまされるほうがいい」だったか、歌詞があるが、ますますのめりこみ。

 さて自転車の話にもどると、昨日リアデレイラーを微妙に調節したせいで若干あった違和感がなくなった。今日は、自分がいつも見かける自転車通勤レギュラーメンバーにたくさん会った。

 信号無視ライフのワイシャツマウンテンバイク青年、ちょと年配おじさん、それにこれは久しぶりだったが、大阪土佐堀あたりではモンベルのもう一人の若者Kくん、彼はロードバイクに乗り換えてかなりのスピードを出していた。ついていこうとしたらくだりで45km/h出している。なかなかやるな!という感じで分かれた。

 仕事に入ってから昼休み。ぜひ実行しようと郵便局へ行き、新潟中越沖地震義援金を日本赤十字社新潟支部宛に10,000円入金した。これは日本赤十字のホームページを検索すると、振込み方法がわかる。ほかにできることはないだけにやることをやったとすっきりした。これからの思ったことは実行しようと思う。

 おこっている情報はけっしてテレビの世界のことではない。現実の災害だ。ぼくも阪神大地震を体験しているだけにひとごとではない。

 帰りの自転車は、向かい風。今頃は通常の帰宅時間、5時から6時に職場を引き上げると、淀川大橋から見る六甲山脈付近が夕焼けになったりする。とても気持ちがいい。今日も福島区付近でダンジリが出て、太鼓を鳴らしていた。なにかうきうきする。

 今週は連続自転車通勤が3日目。もちろん明日も自転車で行き、土曜日も午後からの会議には自転車で行こうと思う。今週は5日連続になりそうだ。

2007年7月18日 (水)

セミと祭りと梅雨仕舞い

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ようやく雨は台風が去ってからとまった。しかし朝は湿気が多く蒸し暑い。このまま梅雨は明けるのか、非常に不確かだ。

 通勤自転車は、今日はまたシマノのFさんに出会い、それからさっと抜き去られていったが、信号の関係で後半は、かなり最後まで一緒に走った。ツールの話をしたが、スカイパーフェクトに契約していないので、毎日はライブを見れていないということだ。

 しかし、9月に行われるスペインのパルテ・エスパーニアにはメカニックとして派遣されると言っていた。すごいなーと思う。

 かれは後ろ17数のギヤを高回転で走る。僕も基本はアウターはそのギアーだと思うが、スピードが35km/hになると一段あげる。

 まあいっしょに連なって走るといろいろ勉強になる。

 さて、朝洗濯物を干していて、きずいたが、セミの抜け殻を発見。いよいよ夏は本番に近づいている。

 かえりに道では福島区でお祭りの最中だった。歩道でだんじりがとまり、祭り姿の青年、子供が集まっている、浴衣姿の若い女性が魅力的だ。

 かえりの感覚では、空気はあきらかに湿気がなく、気持ちがよい。これはまさしく梅雨あけだ。家に帰ると、テレビでは、南九州が梅雨あけ宣言というニュースが流れていた。

 家にかえると2男が夕食を作ってくれていて、風呂から上がって金麦発泡酒を飲んだ。

2007年7月17日 (火)

梅雨宣言はまだか

Photo_29  それにしても新潟中越地震の力はすごかったようだ。時がたつにしたがってその被害の大きさが増してくる。死者も9人と発表された。見る限りでは、木造に古い家の中や、店の中にいて下敷きになった人、しかも老人が多い。お悔やみ申し上げたい。

 それにしても新潟、長野で被害であった人たちは、これからが大変な生活がやってくる。決して人事ではない。自分自身の阪神大地震のあと、尼崎地域でも被災地として、いろんな苦労がある。自分の人生の大きな転機でもある。

 さて、今日は3日間の連休のあとの勤務のため、どうもまだ職場に行ってもぱっとしない。朝の走りはじめもどうも自転車としっくりいかない。しかし走っているうちに、職場では仕事をしているうちにそれに慣れてくるからおもしろい。まだ昨日読み終えた「天地人」の余韻が残っている。ぼくもひとつの「義」のために生きようと思ったりしている。

 つまり回りの意見に左右されるのでなく、正しいと思うことをつらぬきたい。信号はかたくなに守りたい。今日家にかえりしな、コープに立ち寄ろうと、JR立花駅のバイパス下のトンネルを横断して、商店街に入ったとき、ふとしたを見ると10円だまが落ちていた。

 自分のものにすることも別に罪の意識ほどの金額ではないが、そばの酒屋さんのおばちゃんに「10円落ちてました」と言ってわたした。「いいの」といわれたが、「店のそばですから、いいんちがいます」と言った。

 まあとるにたりない話だが、自分としてはすっきりしているのである。うしろめたいことは絶対したくない。若い時にはいやというほど後ろめたいことがあった。まあそういった経験の反省ですーーーー。

 しかし4日ぶりにロードにのると足が騒ぐ。というか、走ろう走ろうと力が入ってしまう、というかペダルを踏んでいるのが楽しい。自分はこんなことができるんだ。と再認識してしまう。まあ、これが一番の自分らしい姿になりつつある。

2007年7月16日 (月)

台風と新潟中越地震の3連休

 台風は思ったほど影響は少なかった。しかし、直撃をうけた地域では多くの被害が出ているだろう。それにしても、当初は「うたごえ喫茶」を終えたあと、滋賀県のログハウスへ行く予定だったが、オジャンになり、どこにも出かけず、昨日、今日はひたすら家にいてできることをした。

 012 その中でも、このまえ紹介した上杉謙信の家臣で上杉家を江戸時代まで絶やさないよう時代を乗り越えた直江兼続のことを書いた「天地人」(上・下)火野雅志 著を読み終えた。

 これは来年か再来年にNHK大河ドラマに決まってるらしい。

 この本のテーマは「義」ということと「愛」という言葉。抽象的だが、「義」ということは、現在私利私欲でいろんな企業、官庁の汚職、事件が次から次へとおこっていていやになってくることばかりだが、その時代が新鮮にうつる内容だ。つまり、人をだましてことをおこさない。約束したことはまもる。恩師を裏切らない。どんな人であって尊ぶ。

 なかでも逃げる敵を追いかけて戦いに勝つということはその精神に反するということが語られる場面がある。関が原の戦いの前に徳川家康側が、上杉のいる会津へせめこもうとし、大阪で石田光成が兵を挙げることを知って、すぐ江戸に引き返そうとしたとき、それを追っていけばかなりの確立で家康を壊滅することもできたが、城主、上杉景勝の言葉にしたがい、それをしなかった。

 そのことは、関が原のあとで、家康側からも一目置かれることになるのだが、領地は120万石から30万石に格下げされてしまう。

 ただ面白いのは、その後米沢地域(山形県)のみの領地にされるのだが、そのなかで兼続は、経済をもりかえすために奔走する。それは、江戸時代に財政再建で有名になった上杉鷹山に通じているということだ。

 また藤沢周平の小説で、最近も「武士に一分」で人気を博したが、その設定は、いずれも米沢藩だ。とにかく上杉謙信が思想として確立したその「義」ということが、以後この地域は脈々と受け継がれてきたことになる。

 藤原正彦さんが「日本の品格」という本で武士道のことを盛んにほめているが、それもどうも上杉謙信の考え方のことを言っているのではないかと、ふと思った。

 

 なぜこんなことを長々と書くかというと、現在の道路事情、もしくは公的な空間でのマナーにおいてさえ、あまりにも多くの人の相手を思いやることの欠如に心痛めているからだ。

 015 まあ、とにかくこの連休は本に没頭し、ピアノに没頭した。ピアノはうたごえ喫茶で、夏の曲を事前に準備し、8曲ほど順に歌っていくのだが、楽譜はなく、コードのみで、前奏を急ごしらえで自分で楽譜に書き直したため、練習もそこそこでミスタッチが多かった。

 それで鍵盤をみず耳だけでスラスラと前奏が演奏できるようにと、いろんな楽譜をめくっていて、ふと目に留まった坂本龍一のプットユアハンズアップというピアノ曲を繰り返し練習した。

 自転車に乗らない3日間だったが、今日を除いて(今日はレース中休み)、ツール・ド・フランスは欠かさず見ている。昨日は、ラボバンクのラスムセンが圧倒的逃げで優勝した。かれはもとマウンテンバイクの世界チャンピオンというから驚く。アルプス山岳コースだが、2位以下の集団のアタックの繰り返しはすごかった。ただオーストラリア出身にティーモバイル・テレコムのロジャースが落者して必死で先頭集団に追いついて、その後苦しそうに走る姿は痛々しかった。最後リタイヤして泣いていた。このツールにかける思いは相当のものがあったのだろう。

 しかしフランス一周3,000km以上を自分の体だけをエンジンにして走る。医学とスポーツ力学と自転車性能といろんな要素の進歩がこのレースに集約されている。ぼくもスポーツ自転車マニアの底辺を支えている一人に過ぎないが、今このレースは見逃せない。

2007年7月14日 (土)

台号4号の中のうたごえ喫茶inアダージョ

せっかくの3連休であるが、7月にはめずらしい大型台風のため、琵琶湖への旅行はとりやめることにした。

 しかし、夕方から予定されている4ヶ月ぶりの「うたごえ喫茶」は、どうするべきか、Tさんと朝相談していたが、とにかく誰も来なくても、会場には行っておこうということにして、予定どおり開催することにした。

 それで、昼まえから、今日歌う夏の歌の前奏の楽譜つくりと練習。余計な遊びの歌練習など、合計3時間ほどピアノに向かっていた。

 リビングから見る限り天気はさほど変化はないが、雨はずっと降っている。やがて時刻は4時半をすぎ、5時からは、土曜日定番の「イタリアンレストラン・アバンテ」を聞くため、ラジオのスイッチを入れる。

 そのあと、喫茶アダージョヘアンプとギターを運ぶため、マイカーを出してくる。

 アダージョについて、オーナーと奥さんに挨拶。このオーナーはランニングに自転車に水泳をライフワークにしていて、ピアノの達人という尊敬すべき人物。そんな人が近くにいることに喜びを感じる。奥さんもかわいく、きさくな人だ。

 さっそくアンプとマイクなどのセッテイング。一通り歌の練習。演奏2曲の練習をした。そして7時すぎ1人、また1人と参加者が入ってくる。「おお、人が来た」という感じだ。今日は正直、まず人は来ないだろうと思っていた。結局10人がやってきた。

 7時過ぎから歌声喫茶開始。ほぼぶっつけ本番にせいで、2曲ほど前奏をまちがう。またリクエスト曲がひごろあまり歌わない曲が続くので、導入部(イントロ)で悩む。そのうちだんだん乗ってきて、わがおやじーずの演奏もこなし、何とか終了した。

 かえり際は、まだ突風状態でもない。参加者どうしかえりに気をつけるよう挨拶を交わし、マイカーに荷物を積んで帰えろうとした。ところが、突然エンジン始動の鍵がうごかない。ハンドルもロックさせている。「あれ、故障か」としばらくいじっていると何とかかぎが動いた。「ああ、驚いた」。

 家にかえって、アダージョの奥さんが話していたNHK11時からのトップランナーの番組での中 孝介(奄美大島からデビューした歌手)を聞く。なかなか中身もある歌い方である。その番組を聴きながら、ブログをしたためている。

 今日は音楽と台風づけの一日であった。

2007年7月13日 (金)

参議院選挙公示。政治の流れは変わるか?

 昨日は、参議院選挙が公示されて、大阪、梅田に共産党の志位委員長が演説するというので、帰りがけに聞きにいった。6時半から始まって、約1時間ぐらいの内容だが、聴衆は50代以上の人が大半だ。

 今回の選挙は年金問題や、格差問題、平和と戦争の問題など、課題は多いが、何といっても、小泉政権以後問題がエスカレートし、勝ち組がますますのさばる政治、アメリカ言いたい放題の政治の流れを変えれるかどうかだと僕は思う。つまり自公政権がおおきく交代することを望みたいが、残念ながら、野党どうしは、自党の正しさを主張するばかりで、この大事な時期に野党が団結するという可能性がない。それがはがゆい。

 失政には明確な判断を下す。それが本当の近代民主主義の国のあり方だと思うが、自転車政策と同じように日本はまだまだ送れているように思う。大きくは政局は動かないのが今までの現実だ。

 歩道橋の上から演説を聞いていて思ったが、下を走る自動車のそばで自転車がときどき走っているのが目に付くが、以上な危険運転をしているのに驚く。進路を逆走している自転車、信号無視の自転車、自動車の右側を走る自転車などなど。交通整理のために警官がいるがまったく注意もない。

 この辺の車と自転車はこういった状況が日常茶飯事でなれているとしか思えない。演説中別のことが気になってしまった。

 演説が終わって、自分自身が自転車に乗って、この梅田を走るわけだが、福島まで移動する道も非常に怖さを感じた。今日の使用はランドナーだが、今日は以外と追い風が多く、走りやすい。それでも梅田近辺は自動車がわがもの顔というか、あまりの多さと無謀運転で辟易する。

 さて今日は、マンションの駐車設備の塗装で、自分たちの自動車は、外へ出さないといけないので、ついでに職場まで乗っていった。あいにく雨のため行きは、渋滞の連続。あわや遅刻寸前の8時56分に職場に着いた。ただし僕は絶対時計を見ない。あせりすぎて危険運転ぎりぎりになることを恐れるからだ。遅刻する覚悟でマイペースを保つ。しかし職場に近づくと遅刻しそうな予感がし、というのはCDを家からかえていたが、それは今日はジョン・レノンのものだが、何回も聞いていて、約40分で終わることがわかっているので、最後の曲がかかったとき「やばい!」と思ってしまい、フロントガラスの上に時計を見てしまい、8時54分。ああもうだめかと思ったが、一機にアクセルを踏み、信号待ちなしで、約2分で職場に着いた。

 今日の夜の用事は、OM九条の会での世話人会だ。近況報告の中で一人の人が、民主党の議員も憲法改正を主張しているが、戦争のことでは、9条を守るべきという演説が増えているという話があった。九条の会が全国で500以上結成されているらしいが、思想を超えて、かなりの人が、日本の平和を維持していくことの大切さを思いはじめていることの現れとも考えられる。

 今戦われているツールド・フランスも平和であればこそ維持できると僕は話した。

 自分で話して、「ああ、そうなんだ」と思ってしまった。昨日の放映でもひまわり畑を集団が通過するスチュエーションが見事だったが、これは平和の象徴だ。

2007年7月11日 (水)

娘、タスマニアヘ帰る

 昨日は、ココログの記事作成がメンテナンスのため、できなかった。

 011 昨日は何をしていたかというと、通勤については、夜おやじーずの練習予定日のため、早く帰ることを優先して、その上雨が降っていたため、電車で行くことにした。仕事終業5時のチャイムが鳴ると、すぐ帰るしたくにかかり、5時10分には職場を出た。

 おやじーずの練習は、一人が知り合いのお通夜のため、2人だけになった。この練習は、今度の土曜日にひさびさの「うたごえ喫茶」があるので、その準備練習だ。

 音楽に集中するのは性にあっている。今回は夏の歌特集を選び、いろんな歌を伴奏するわけだが、そこにも発見があるから面白い。

 

 今日の行事のメインは6月から帰国していた娘が再びタスマニアに旅立つ日で、送りに関空まで妻といくことにしていることだ。010

仕事は、はたして5時過ぎに終えれるか、不安を持ちながら出勤したが、苦肉の策にうまく仕事とその他をこなし、5時過ぎうまく帰れることができた。そのため今日も電車通勤だ。

 家に帰って、6時45分をめどに関空に向かって準備をし、娘本人と妻と3人で、わがプレーリーにまたがって出発した。湾岸道路を安全運転で進み、午後8時まえに関空に到着。ちょっとさびしい気持ちも増すが、それは今日が近づくにしたがって思っていて、今日はもうしかたがない。娘の方は、家に帰ってきてからも多くの友達との再会などで忙しく、親子で接する機会は帰国祝いにすしを食べにいったことと、数回夕食をともにしたことぐらいだ。

 かえって、タスマニアからスカイプ(パソコンでのテレビ電話)での会話の方がじっくり話せるから不思議だ。しかし親子でいっしょに家にいても暗黙の了解というものがあるのだろうと思っている。ただ妻とは遠慮のない会話をかわしている。009

明日からの通勤はいつもの状態にもどして、自転車通勤でいかないといけない。明日は雨が降ろうが、やりが降ろうがこれは実行します~~~。

2007年7月 9日 (月)

ツール感動の第一ステージ

 005 ツールド・フランスはだいたい午後10時からスカイパーフェクトTVでしかみられない。ただスカイパーフェクトは丸型のアンテナと衛星を直接直線でキャッチするので、画像がきれいだ。

 昨日の第一ステージは、10時半ごろから見始めたが、先頭5人が約3分のタイム差で先行し、時間とともに後ろの集団に飲み込まれていったが、途中で第2集団で落差やパンクなどのトラブルが続出。その中にオーストラリア選手でプレディクトール・ロットに所属するマキャアンもいた。あとゴールまで3kmという地点だと思うが、落車にまきこまれたかなにかで、集団から取り残された。

 これでゴールスプリントには参加できないと誰もが思っていたが、まず集団に急スピードで合流し、こともあろうか、ゴール直前数百mという地点で12位につけてきた。ここから選手を見下ろす映像に変わったが、猛スピードで順位をあげ、あっというまに先頭に踊り出て、そのまま1位ゴールしてしまった。

 解説者もあっけにとられたというか、感動したというか歴史的勝利だ。彼はまさしくツールの名俳優とでもいうべきか、新しいスターである。

001  

さて今日は行きに自転車はその昨日の余韻を残して走っている感じだが、強い向かい風。27km/h出すのが精一杯という感じだ。今日面白かったのは、白人の長身の自転車運転手がいた。スピードはこちらが完全に勝つが、彼も日本の習慣にそまっているのか、信号をかなり無視して進んでいく。その間にかなり差をつけられたが、後半はいっきに抜いた。抜くとき、左手で抜きましてすみませんと手を上げて礼を言ったがリアクションはない。

 帰りは、初めて見る人だが、ごく普通のTシャツで半パンツで、ただシングルギアーに乗っている。「むむ、かなり早い方かな」と競争する気はなかったが、なぜか歩道側を走り続けているのであれ、と思ってみていた。「そりゃないやろ」「あぶないぜ」と思っているとしばらくして、車道に入ってきたので、僕のほうが加速して一機に抜き差ってしまった。

 まあ、まだ初心者か。それにしてもシングルギアーをのりはじめているまだ初心者っぽい自転車乗りが増えてきた。

 JR立花に帰ってきて、ネタがないので、ナンバサイクルの店の前を写真に取った。一応中にいた顔なじみの店員さんに断りをいれた。近くのみなさん。ここは息子さんも今一緒に仕事をしているが、みんな親切でいい人ばかりですよ。利用しましょう。

 その前コープに行って買い物をして荷物をつけて移動していたが、それはこんな感じだ。006

 ハンドルの横にビニール袋をくくりつけて走る。一般車のようにかごがないので、いつもこうして帰っている。

 コープの店内には、レーサー姿のまま入っていくが、さほど不思議がられているわけではない。でもときどき注目されている雰囲気を感じるときもある。まあ、もうそんなことは身にならなくなった。

2007年7月 8日 (日)

日曜自転車族が多くなった!

 今日はとくに予定がないので、朝は予定のテレビ番組をじっくり見た。まずは7時45分から「さわやか自然八景」。長野諏訪の霧が峰を紹介していた。そのあと「ルソンの壷」はまあいいとして、次の「経済羅針盤」で、自転車販売でいま急成長の「あさひ」社長を紹介していた。社長はもともと自転車プロショップを経営していたが、自転車を購入する人たちのニーズにこたえるため、1店舗1000台の実物を展示するというアイデアで今全国129店舗を展開しているという。アフターもかなりしっかりしていて、売りっぱなしではなく、修理もその店舗の社員がする。みんな整備士の資格をもっている。

 なんといっても社員のほとんどが自転車の乗ることに精通しているということだが、これはモンバル社に共通している。

 いままで「あさひ」はただ他業種に社長が自転車業界に参入してきたものだろうという先入観をもっていたが、あやまりであった。自社開発の自転車まで作っている。今後を期待したい。

 続いては9時からNHK教育で「新日曜美術館」。今日は石川県輪島の漆塗り一筋に生きてきた角偉三郎のクローズアップである。以前一度何かで素手で漆を塗る職人としてみたことがあるが、今日の内容は奥深い。すでに一昨年この世を去ったが、45年近くの創作活動の中で、紆余曲折を繰る返しながら、晩年は一般の人たちが使う上での究極というか、商品段階では、質素な色調で地味だが、使えば使うほど磨かれてきて、漆喰が光るという作品を作ってきた。そういった一人の芸術家がいたことがとても見ていて満足してしまった。

 そのあとは妻の職員組合事務所に一緒にいって、8月におこなう星空映画会のチラシ印刷作業で出かけた。自動車で出かけたが、国道2号線や武庫川サイクリング道路などやたら日曜自転車族と思われる人が増えているのに驚いた。あきらかに移動手段だけではない姿と自転車で走っている。

 これは自転車ブームというのは本当なのかと思ってしまう。それは今は健康意識の向上、スローイズムなどがかなり影響しているのではないかと思う。でもまだまだマイナーだ。健康増進のひとつの手段ぐらいの域だろう。おもしろくなかったらやめる人も多いだろう。

 しかし夕方となりの家の息子Mくんがこの前、自転車を買いたいといって、いい店を教えてほしいといわれたが、今日会ってみると、クロスバイクを買っていた。彼はバイクが趣味であるが、自転車にも注目しているらしく、今度友達も買ったので、一緒に山へのライデングに挑戦する計画を立てているらしい。

 これは本当に若者まで自転車ブームが浸透しだしているのか? 僕も通勤で走り続けてかなりブームに貢献しているのではないかと自負している。

 ただ単なるブームで終わってしまわないことを祈りたい。

2007年7月 7日 (土)

ツールド・フランス開幕

116  今日は午後の会議だけの業務。朝はゆっくりできるのだが、どうしてもいつもの習慣で6時半には目がさめる。そして、連ドラ「どんど晴れ」を見るため、さっとおきて、トイレと洗面所で用事を済ます。

 そのあとは適当に用事があり、午前の時間が過ぎていく。

 妻とベランダで食事をし、いそいで自転車ウェアに着替え、出かける。

 土曜日昼の道路の状況は、平日の朝とはだいぶリズムが違う。急にスピードを落とし、とまるかと思えばしばらくして走り出す車があったり、右側から急に横断しようとする自転車がぼくの前をふさいだり、とにかく予知しづらい動きが多い。

 また予想どおり、阪神尼崎近くの国道号ぞいは、やたら駐車中の車が多く、危険だ。

 そこを過ぎてしばらく走ったあと信号まちで、バイクの若者が「ツールはいつからですか?」とぼくに聞いてくる。なぜぼくがその答えをできると思ったのか。ランプレのユニホームを着ているから、よっぽど自転車レースに詳しいと思ったのか。まあ悪い気はしない。「きょうからスタートですよ」と応える。こんどは、「優勝候補はだれですか?」「・・・・・?」

「ビノクルフですか?」。なにやかなり詳しいやいんか。「ああ、知ってるのん」。

 彼はだいぶ興味があるらしい。ぼくのようなロードバイクスタイルの人間を見かけたので、話しかけたかったのだろう。「じゃあー」といって分かれた。

 まあ悪い気はしない。そのあとなぜか自分がツールの選手になったような気になって、ちょっと加速したりしてカッコをつけてしまった。まったく単純だ。

 

 会議は、午後5時30分までかかり、楽しみにしていた帰りのFMラジオ放送「アバンティ」を半分しか聞けなかった。しかし会議を終えて、あとは明日の日曜日いっぱいまで自由なタイム。うれしくなって走る。

 ときどき見られている。ここはかっこよく走るしかない。あんまりゆっくり走っていられない。そのままかっこをつけて家まで走ってしまった。

2007年7月 6日 (金)

3日ぶりの通勤自転車は気持ちいい

101  今日は3日ぶりの自転車通勤である。しかし今日は金曜日ということで気分はいい。また最近なぜか右足のシューズに不具合があるように思っていたのに今日はむしろ具合がいい。

 あいかわらず、左側通行で走っていても逆送してくる自転車が多いのには辟易する。どなるのをやめ、にらんで、いやな顔をして表現している。

 ところで日本経済新聞の5日に記事で「国交省・警察庁懇談会報告」のことが書かれていて、通行エリア原則分離の方向で話が進められているらしい。その中でももう一度、自転車という車両は原則車道走行であるということが再確認されてきているようだ。

 以前道路を走行中、ちょうど交通安全推進期間だったのだろう。交差点ごとに警官が立っていたが、そのうちの一人が僕に大して、笛を吹いて歩道にはいらせようとしてきた。僕は無視して進んだが、認識不足もはなはだしい。警察官の研修でどういう教育をされているのだろう。それともそういう教育はないのだろうか。

 まあ、それを考えると警察官の認識もかわるだろう。

 きょうの通勤では、また久々、シマノのFさんにであった。彼の先を走るのは、気が引けるが、今日はなんとかひっぱろうと42km/hぐらいでつっぱしった。「42kmでしたよ」と彼も感心してくれたが、なかなか続かない。しかしいっしょに走れるのはうれしい。彼はいわばロードバイク正統派の走りだ。

 また来週の再開を約束して分かれた。

 仕事はそこそこつまっていたが、5時の終業をめざして仕事に集中した。5時にはほぼ仕事を終え、30分は管理という感じで、他の人にそのあとをまかせて、職場を出た。

 帰りの自転車は、追い風。34km/hをキープしながらしばらく走る。阪神尼崎付近でバス停を発車したバスのすぐあとをついていこうと考えたが、前が渋滞していないので、肝心のバスはスピードを上げるので追いつかない。途中であきらめたが、また次のバス停が近いので、僕の方が前に行ってしまう。

 このところペダルの回転力を意識して回しているので、スピードはわりと軽くあげることができるようになったような気がしてきた。

 いよいよツールド・フランスが7日から始まる。スカパーで聴取するので、そのアンテナの前に伸びてきた姫りんごの木の葉っぱを思わず昨日大幅に切った。総合優勝の期待の高い旧ソ連圏のビノクロフに期待しよう。

2007年7月 5日 (木)

葬儀会場と路面電車

111  今日は、昨日に続いて叔父さんの葬儀。従兄弟である息子さんたちの仕事の関係での列席が多い。住友電工と関西電力という大企業だ。

 今日は夕方までこの式典にあてているので、葬儀が12時まえに終わり、火葬場まで列席した。その葬儀会場のよこが立派な霊園なので、火葬場も他の場所にいかなくていいものだと思っていたが、火葬場は違っていて、平野区の瓜破霊園という場所である。

 へんな話だが、ここの火葬設備は近代的というか大型というか30箇所ぐらいの火葬場所があり、今日の別の葬儀を終えた人たちと火葬される遺体がたくさんきていた。

 それにしても叔父さん、おばさんにはうちの母が亡くなった4月に、まったく連絡がつかなかっただけに、皮肉にも叔父さんの死去で、先方から連絡をもらって、はじめてむこうの連絡先がわかったという結果になった。運命とは皮肉なものだ。

 とどこおりなく行事は終わり、帰路へと向かったが、ちょうど葬儀の会館の前は、大阪では唯一路面電車が走る道路である。まえに一度合唱の演奏会にこの前のホールへ来たことがあるのだが、その帰り、すぐそばの路面電車の駅からたった一駅で天王寺の終点だが、ものづきと思われるが、たしか150円払って一駅を乗ったことがある。

 この区間の路面電車もかなりカラフルになっていて、見ごたえがあるが、なんといっても貴重だ。

 路面電車に自転車。これが街の色合いがあうと思う。

 また一人の親しい親族を失ったが、きっかけでその家族に再開することができ、大阪南の風俗と路面電車に会うとこができた。そんな気持ちでさわやかな気持ちで、帰路をたどった。

2007年7月 4日 (水)

叔父さんの訃報

 昨日夜寝たあと12時ごろ長い間連絡が取れなかった母方の妹の子ども(従兄弟)から突然叔父さんが亡くなったという電話が入った。こちら側からは、4月28日母が亡くなったとき、ぜんぜん連絡が取れなくて、そのままになっていたので、あらためて母のことも告げたが驚いていた。Dsc00131

それで今日はお通夜に出席するため、すでに黒のズボンをはいて、朝は電車で出かけた。今日と明日は仕事上重要な会議などはまったくない。それで職場に行って明日の葬式出席のための休暇を申請した。

左の写真は関連がないが、僕の住んでいるコープラス住宅の全景。とおくから見ると変わった建物に見える。

 仕事を終えて、妻と地下鉄西梅田と阪神梅田駅の間で6時に待ち合わせをし、出かけた。通夜は阿倍野といって、大阪市内の南だが、行くまえに腹ごしらえをしようと歩きかけたとき、ちょうどすぐそばにたち食いのうどん・そば屋が飲み屋街の入口付近にあったのをはじめて発見し、500円のそばセットをたのんだ。

 ちょっと人の往来の多いところで誇りっぽくないことはないので、妻はいやがるのではと思ったがそうでもない。「いいんじゃない」という感じだ。庶民的すぎるにおいがこんなところにあった。

 食べ終えて、東梅田から谷町線にのり、阿倍野駅を目指す。それにしてもこのルートは案外込んでいた。ただ乗り換えなしでいけるのでいい。

 阿倍野で降り、6番出口に上がるとすぐ阿倍野区民センターでその奥が天空館という葬儀会場になっていて、なかなかりっぱな建物だ。7時の時間より20分くらい早くついたが、ほどなく通夜が開始され、読経のあと親族焼香。それから一般焼香ときまったパターンで進んだ。それが終わって親族代表で従兄弟のTくんが亡くなるまでのお父さんの経過を述べたが、すい臓がんと闘い、またその前にも甲状腺がんとのたたかいなど4年ぐらい闘病していたらしい。まったくその間のことは知らなかった。

 ぼくがまだ子どものころ、その叔父さんからプレゼントをもらったり、いろいろ世話になった記憶があるが、年齢はまだ72才ということである。ちょっと人生をまっとうするには早すぎた。その妻であるおばさんは、親戚の中では一番好感がもてる人で、やさしく裏がなく、ぎすぎすしていない。これは母と似ていて、やはり子どものころ韓国の併合中に、その地域の名士のような生活をしてきて、結構豊かな暮らしをしてきたからかもしれない。

 まあ僕自身も親の世代がどんどんなくなっていく年齢になってきた証でもあるが、自分自身は健康に気をつけなければとあらためて痛感している今日このごろである。

2007年7月 3日 (火)

ひさしぶりのランドナー通勤

Cimg0441_1 今日朝起きると外は、かなり激しい雨である。どうしようか。しかし今は梅雨だし、毎年通勤を乗り切っている。当然自転車でいこうという気になっているが、ランドナーで行くべきか、ロードでいくべきか迷う。

 安全性を考えるとランドナー。しかし所要時間を考えるとどうしてもロードが有利だ。

 結局、しまなみ街道を走った5月4日以来乗っていないし、ちょっと埃がかかっているので、ランドナーでいくことにした。当然スピードは制約される。それで朝の日課になっているNHK連続テレビ小説「どんど晴れ」が終わってすぐ出発することにした。

 天気のほうはどういうわけかすっかり雨がやんでいるではないか。しかし道路はかなりまだぬれている模様なので、ランドナーでいいだろう。

 行きでであったのはよく見るワイシャツの信号無視青年。今日もかなり危険な道路通過をしていた。そんなよゆうのないことをしているといつか事故にあうぞ。と心配になるくらいだ。しかし彼も連日自転車で通勤しているようだ。それだけは尊敬する。願わくば信号を守って余裕の時間に出発してほしい。

 まあ、そんなことで職場には、10分前に着くことができた。

 昼は予想以上に暑い。予約している本を丸善(本屋)に買いにいったり、勝本モーターに請求金額をふりこんだりと職場の近くを動きまわった。おかげでかなり体も熱い。

 業務は必死で5時半に終え、ランドナーにまたがる。レインウェアをデイパックに入れてきたので、帰りも着ることもなく、入れたままかばんを担ぐが、朝以上に重く感じる。途中変速は、ロードでブレーキレバーから変速することになれているので、ランドナーのダウンチューブのレバーに手をのばして変速するのは、1段階どうしても時間が遅れる。

 ロードバイクの魅力にはまると、やめられないのだ。

 最近自転車の走るべきルートは道路であることが再確認されてきたが、いつも言っているように自動車側の認識が改めてもらわないと一般的にはあぶなくて、こわくて走れないだろう。要は自転車と自動車の道路の利用についてのシェアーという考えかたの普及が必要だ。

 自動車はわがもの顔で道路を走る。自分は、バイクや自転車より上にいると思っているふしがある。今までの自動車優先の考え方、自動車産業と国が一体になって、国土開発、高速道路建設を進めてきた結果が今にある。しかし自動車による経済的損失ははかりしれない。事故による命の損失、渋滞、道路の破損、警察、救急の出動。最近は危険運転、酒気帯び運転による悲惨な事故が多発している。排気ガスによる大気汚染はいままで被害者と加害者との戦いになっている。

 付け加えるなら、人間から基本的運動の習慣を奪ってしまったということも見過ごされている。極端にいうと人間をブロイラー化している。どこへ行くのも自動車。家の建築もわざわざ自動車のために大きなスペースをとり、ほかを犠牲にしてなんとも思わない。

 だいたい今さらメダボリックシンドロームとかの危険性に驚くこと自体遅きに失する。自分たちでそうしてきたのではないか。自動車産業の責任を攻撃することも一方必要だが、そんな生活に甘んじてきた国民側も、もう一度自分の生活を見直すべきだ。

 果たして江戸時代の人々は歩くことをいやがっていただろうか。むしろ歩くことが最大の移動手段であり、自然に足腰は鍛えれていたにちがいない。道路という道路も当時は歩く人たちのためのものだ。だから今から見ると旧街道の痕跡を見ると道幅は狭い。しかし生活のにおいを伴っている。

 今の車社会の中で道路というものは、機械的な通路であるにすぎない。悪くすると自動車に乗る人たちはそういった考えかたにはまりやすい。だから信号待ちでもいつまでもそういったところにいていられないという感情が丸見えで、道路は単なる手段だ。寒々としている。

 これで本当に近代の文明社会の恩恵を受けているといえるのだろうか。今中国では、日本に遅れて、急速に金持ちが増え、自動車に乗ることが夢だった人たちがどんどん車を手にいれることができるようになり、他の文明国の弊害をこれから経験することになるのだ。

 だからどうなんだ。という意見もあるだろう。ちょっと勢いで日ごろ心にしまっていることを書いてしまった。

 とにかく日本では先を行くなら、本当に人間性のある生活を取り戻そう。自分の力を信じ、自分の足と体を使って移動する機会を増やそう。そうするとたとえ自動車というものがなくらならいとしても、今のようなわがもの顔で道路を占拠することはないだろう。

 生活道路では少なくとも、道を歩く人に敬意を評し、最徐行で走るだろう。そのうち自動車というものが必要最小限になるだろう。自動車産業は、自転車か、それに近い移動媒体を生産して生き残るだろう。人々は生活習慣病のじゅうばくから逃れられるだろう。

 精神生活は健全になるだろう。犯罪は減るだろう。

 これはあくまで僕の極論だが、逆説的にいうと、車優先社会から変革が生まれると今の社会問題は大半が解決するのではないだろうか。

 いやいや世の中そんなに単純なものではない。それはわかっているが、それを打破するものとしての「自転車という道具」ははかりしれない可能性を持っていると思うのです。かなり愛好家が増えてきたとはいえ、まだマイナーでいることが残念で仕方がない。

 しかし僕はブログを使って書き続けるのであります。

2007年7月 2日 (月)

小雨の通勤自転車

 107 朝起きると雨が降った後らしい。家の周りに水たまりができている。一瞬今日はランドナーでいくべきか、頭をよぎる。ランドナーで出かけるときは、ちょっと時間がかかるので、早く出発する必要がある。 

 しかし、どうも雨がふる気配はない。「ぬれたら、そのときだ」とパンツの着替えも入れていった。走りだしてわかったが、デイパックを覆う袋をいつもそのデイパックの外側下の袋に入れていたが、この間の金曜日にびしょぬれで、乾かしていたため、収納するのを忘れていた。「しまった!」と思いつつペダルをこぐ。

 幸い小雨がときどき降るぐらいで、災難にはならなかった。無事10分までに職場に到着。思ったより温度は低くて助かった。

 しかし、自動車も自転車も信号無視が横行している。とくに自転車は確立60%以上が信号無視だろう。信号を守るほうが勇気がいる状態だ。しかし勇気をもとう。信号を守ろう。

 仕事は明けの月曜日、プレッシャーの多い日であったが、みんなこなして帰りの自転車は、空の状態に似てさわやかだ。青空が見えてきた。しかし、帰りの出発は6時まえだったので、薄暗くなるのが早い。途中の信号まちで久しぶりでライトをつけた。

 走っていて思うが、やはり通勤はロードバイクのビアンキが一番。ペダルをまわせばまわすほど、スピードを増していく。ときどき急な左折車で無理やりスピードを減速させられるが、走り出すと足は軽い。

 ウェアは一番古く、体になじんでいる森のイラストで周りが黄色のもの。レーサーパンツは銀色。毎日配色を変えるのも楽しみだ。

 家にかえると7時になるが、2男と娘がいっしょに料理を作ってくれていた。200772

 自分の子どもながら料理に盛り付けがうまい。

 いつまでやってくれるかわからないが、次の行き先が決まるまでは、とても助かっている。

2007年7月 1日 (日)

特に何もない一日

 昨日のサイクリング実行で体がリセットされたようで、気分は絶好調である。ただ、自分のブログがいくらクルックしてもプロフィール以外開かない。「あれ、故障だ!」といつまでこういう状態が続くかちょっと不安になるが、しばらくほっておいた。

 さて、今日は妻が保育の集会で出て行くし、何もとくにすることがない。ただ、朝の9時からのテレビ番組「新日曜美術館」は沖縄の陶芸家、国吉清尚の特集で見ごたえがあった。沖縄にこだわり、その土地の土にこだわり、新しい試みを常に捜し求めてきた。

 しかし数年前、投身自殺をしてこの世を去った。56歳である。

 テレビを見たあと、いつも取り寄せている米30kgのうち、10kgがなくなってきたので、のこりの袋(玄米)を精米機で白米にするため、車で尼崎センタープール前近くの米屋にいった。これは無人精米機なので、自分で玄米をいれ、お金を入れ、精米されるのを待つ。

 これで20kgが白米になった。

 家に帰ると11時。ときどき自転車でそこまで行くのだが、きょうは車で行った。それでも時間はあまり変わらなかった。センタープールで競艇が行われる日だったのだ。

 そのあと昼までピアノを弾いて時間をつぶす。むかしから保存している「みんなの歌」楽譜で、「大きな古時計」のPiano伴奏を弾いてみた。

 昼からは読み途中の「強奪のアメリカ経済」(林 直道著)をひたすら呼んだ。いねむりしながらも午後3時に読み終えた。蚊取り線香をつけながら、庭のテラスで読みふける。

 そのあとなにやかやで午後4時30分。本当なら番組表でチェックしていた「てくてく街道一人旅総集編後編」を見ようと思っていたが、うっかり忘れてしまい、英語のテキストの復習(1ニュース記事を英語で覚えこむまで次に進まない)と読み途中のもう一個、「天地人」を読み直す。するとその前おなかが痛くなって、トイレにいったが、そのあと急に頭がめまいするような感覚になる。

 すると午後5時まえ、妻から電話。武庫之荘の駅についたので、いっしょに買い物ということになり、読書は終了。ふらふらしながら、20インチ自転車で駅まえのピーコックへ。そこで落ち合い、買い物をした。

 夕食は、新聞の料理紹介を手本に、たことトマトの炒め物を僕が作る。結局夕食はすべてぼくが準備した。なかなか上出来。ビールがうまい。「金麦」と「プレミアムビール」を順に飲む。

 夜おそるおそるパソコンを開け、自分のブログをクリックしてみるともとに戻っていてほっとした。

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