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2007年9月30日 (日)

バイブルキャンプ場を後に。夜は妻の誕生会

 Cimg0890                                                      昨日は、わが流れ星少年団での能勢バイブルキャンプ初日。ブログは電子手帳で更新したが、これがなかなか時間がかかる。電波の入り具合のせいもあるだろう。

 昨日の夜の行事は、大人もまじって、きもだめしだった。

 代わって今日は、起きたときからずっと雨が降り続いている。 自転車は、駐車場に立てかけておいたが、これがまずかった。朝おきたあと、濡れないひさしの下におきなおしたが、タイヤもかなり濡れたままになっていたのだろう。

 昨日は、ひさびさのキャンプ場までのルート走行で気持ちのいい走りができたが、今日はその帰路。あいかわらずキョンプ場をでたすぐの能勢川の道は気持ちがいい。ほとんど下りが続く。ただ、途中車一台通るのがやっとの場所が多く、まえから車が来てもこわい。

 そのあと府道になってから車は少ないが、それでも狭い一斜線は気がぬけない。途中やむなく歩道にあがり、また車道の段差を下りたすぐあとパンクに見舞われた。

 あとから考えたら必然性があって、雨で水を多くしみこんだタイヤとチューブはあきらかにやわらかくなっていて、ちょっとした段差でもパンクを起こすのだ。

 それでマンションの横の公園があって、そこに入り、パンク修理にかかる。

 自転車リヤ変則を一番トップにし、車体をひっくりかえし、後輪をはずす。ホイールをはずしでタイヤゴムの片面をはずし、チューブを取り出す。原因を調べるため、そのチューブに空気を入れて見るが、とたんに抜けていくので、その原因はよくわからない。何かがささったか、大きく穴を開けたか、どちらかだろう。

 今度はタイヤの表と裏に何かささっていないか手と目で確認。3周ぐらいチェックしたが何も見つからない。

 それでいつも携帯しているストックのチューブを出し、タイヤの間に入れ、タイヤをはめる。そのまえにチューブにやや空気を入れておく。これはチューブのねじれはめ込み状態を防ぐためだ。

 新しい空気いれで空気を入れる。この空気いれは優れものだ。それほど力を入れずに空気が入っていく。それで全工程10分くらいで処理終了。

 再度パンクのないことを祈りつつ、走る。

 川西能勢口駅前から急に車の量が増え、南に向かうにしたがって、信号待ちの車の列の長いことには驚く。途中「つかしん」というショッピング地域がある。

 ここを越えていくのが難関。というのは、左に入って、つかしんに入っていくいり口があり、たくさんの車がそこをめざして曲がってくる。危険回避のため歩道に上がり、横断歩道をゆっくり確認してこえる。本当にこういうときは車社会の現実をまのあたりにする。追いも若きも車、車だ。うんざりする。

 いうのは少しはばかるが、「車を使うみなさんは、どんどん化石燃料を浪費しているんですよ。もっとエコを実践できないのか」などと頭の中でのたまう。

 まあ、自転車乗りからみた怒りはそれくらいにして、自分の走りはラッキーにも、追い風で、しかもやや下り傾斜の道が続く。

 この調子だと正味、車での移動より現地から家まで自転車のほうがはやいのではないかと思う。実際1時まえに出発して、パンク修理をいれても、家についたのは2時20分である。

 気楽さといい、渋滞のイライラ度ゼロといい、排気ガスを出さないことといい、これ以上の優位性はないではないか。

 ただし、足の筋肉の痛みと疲労は今回感じる。まだいろんな疲れが残っているんだろうか。精神的にはとてもいい。

 家に帰ってからシャワーをし、すぐ自転車のこの前から気になっていたリア変則機の調整をし、チェーンに油をさし、ブレーキ部のすれるところにも油をさし、空気もいれなおした。

 そのあとやぶれたチューブと以前からパンクしたままのチューブのパンク修繕に挑戦。このパンク修理という作業はどうも苦手だ。うまく張れていないケースがよくある。また張ったあとのパッチを覆う薄いビニールをはがすときうまくいかないことが多い。

 それで糊を張ったあと洗濯ばさみでパッチを押さえ、30分以上置いておく。今回3本修理して成功は1本だ。残りの1本はチューブの横線のところにパンクだが、これはきっちり張られていなかった。もう1本は、うまくいったが、もう2箇所も穴があいているのを発見。ほかしてしまった。

 しかしパンク修理は経験あるのみ。あきらめず今後も乗り越えよう。

 さて夜は、妻が自分の誕生会を自分で今日すると宣言(本当の誕生日は明日10月1日)。しかしそのケーキは買っていなという。夕食をステーキにすることで張り込んだらしい。

 しかしそれでは気が収まらないというか、たしかに本人が買いにいくというのも変だったので、僕がコープ立花に洗濯石鹸とビールを買いに行く必要があったので、ついでに近所の「リビエール」というケーキ屋さんに買いにいくことにした。

 びっくりしたのは、笑顔の女性店員さんが応対してくれたが、顔をじっくり見ると宮崎あおいによく似た子だった。なにかいい気分でその店を出た。というのはぼくは宮崎あおいファンでもあるからだ。

 Cimg0901

誕生会は2男と3人だけだったが、定例どおりケーキにろうそくを立て、ハッピーバースデーを歌い、本人に火を消してもらい、抱負を述べてもらった。

 今年の抱負は、今の職場がたいへんらしく、何とか3月の保育所の節目までもたすことだという。

 ぼくのプレゼントはないが、夫婦での一泊旅行でそれに返ることを約束した。Cimg0902

2007年9月29日 (土)

ルーテル協会、少年団キャンプ

 今日から明日にかけて川西市北側の能勢川上流付近にあるバイブルキャンプ場にきている。20人ほどの子供たち、青年、父母が参加している。

 ごく自然体のキャンプである。ただぼくは必要な存在であるのかどうかよくわからない。

 ただせっかくだから阪急武庫之荘からロードバイクでの移動である。以前この道を通って何度もマウンテンでの山登りをしてきたので、みおぼえのあるところばかりだが、川西市中心部とその後の古い道とは書かくだんに車の量がちがう。北に行くにしたがって交通量が少ない

 それでとても走りやすい。登っていることを忘れてしまう。

 ここは絶好の自転車ロードだ。

 以上途中経過です。

2007年9月28日 (金)

バラが咲いた第2弾

 Cimg0883 朝起きて食事をしていると、庭で赤い色が見える。昨日から開きそうだったバラの花が開いている。それにおもしろいのは、しょうが白いの花が咲いている。これははじめ見た。

 今日ももちろん通勤は自転車である。福島区、海老江交差点から、黄色い工事用ヘルメットをかぶったロードバイクのしかも泥よけのついたそれで、突っ走る人が前を走る。ついていくとなんと時速45kmを出している。あきれてしまう。

 追い抜くことはやめてしまった。そのうち土佐堀手前に信号で右折してしまった。彼はひょっとすると中央市場の関係者か。

 ちょっとその走りにまどわされ、残りのルートはやけに疲れてしまった。職場に行ってしばらく虚脱状態。立ち上がるまで1時間ぐらいかかった。

 最近僕の職場のホームページをリニューアルして、ぼくがおもにその担当なのだが、この2.3日急にアクセス数が増えた。これはうれしいことだ。

 おまけにこのマイブログもアクセス数がこのところ増えている。たくさんの人が見てくれているのはうれしい。

 仕事の方は、自分の管理部署の人が8時まで仕事をしていたので、自分も残っていた。職場を出たのは。午後8時10分。むしょうにお腹がすく。

 しかし、この時間になるとさすがに涼しい。気持ちよく帰りのペダルを回すが、風は今日は荒れ放題。右に左に揺り動かされる。

 帰りにはビールを買うのが楽しみ。今日は、変える手前のコンビニでそれを買った。ついでに無添加ワインも買った。

 食事の時間は9時半をすぎてしまったが、最初のビールはこのうえなくうまい。

 明日も当番で出勤である。そのあとは少年団で、ルーテル協会というキリスト教の施設でキャンプ。自転車で行こうと思う。土日でこれでつぶれる。

2007年9月27日 (木)

夕焼けの淀川大橋シュチュエーション

 Photo                                                      昨日妻にパソコンを占領されて、ブログ更新はストップした。

 昨日は通勤途上誰にも会わない行きの自転車だったが、帰りにシングルギア青年が歩道をゆっくり走ってる、ぼくが想像するに、彼はメッシャンジャーの仕事をしていて、すっかり疲れて帰る途中というところではないかと思ってしまった。

 今日は、朝「裸おじいさん」に再会。こちらにむかって「エイッ」という感じで敬礼してくる。ぼくのことはたしかに知っているのだろう。こちらも「おはようございます」と言葉で返す。そのあとモンベルのTくんに会う。琵琶湖一周した話をする。

 「すごいですね」と言ってくれる。

 そのほか最近目に付くのは、西淀川で子どもを保育所に送っていって、大阪の中心部へ向かう茶髪でパーマ頭のママチャリおとうさん、マウンテンバイクのヒゲおじさん、対向者の大柄青年などよく顔を合わす。

 ただみんな自転車通勤しているんだ。

 帰りは、今日は午後15分に職場を出て走る。まだかろうじて空は明るい。日が短くなるのは早いものだ。それにしても相変わらず信号を完全に無視する自転車の多いこと。うんざりする。

 尼崎に入って、時速30km/hで琵琶湖を走るイメージを浮かべて走る。しかしこれは大変だ。これを150km維持する自身はない。そんなことを考えながらやや力を入れてこぐと32km/hで走っていて、一台バイクのおじさんを追い抜いてしまった。

 サンワサイクルの前を通るとき、5時半過ぎの早い時間なら、ぼくが通るのをオーナーが休憩中で見ていてくれることが多いらしい。意識して走ってしまう。

 家に近づき、コープでビールと食材を買ってかえる。

 今日も2男がディナーを作ってくれている。今日はディナーというにふさわしい。銀紙につつんだ鮭と鶏肉をレモンでまずしているもの。

 さっそく風呂に入り、出てきてその食事をいただく。

 ビール(MDドライと金麦の発泡酒)がうまい。

 明日もまた走るぞ。

 

2007年9月25日 (火)

中秋の名月を走る

Photo  夜からの長い雨でやっとす涼しくなってきた。

 琵琶湖長距離のあとの通勤で、また30km/hを自然に走れるのか、ちょっと自信をなくしてるが、通勤は考えれば短距離だ。

 しかしあの日のことが頭のこびりついている。

 なぜペースダウンしてしまったんだろう。暑さによる体力消耗はあきらかだが、もう一度考えて見ると、途中まで平均時速は27km/hぐらいをキープしていた。問題は暑さによって、休憩の時間が自分の最高記録のときに比べると多い。それに以前はコンビニには入らず、木陰などで自前のレモンやりんごの切ったものをたべていた。

 ただし、今回はあまりの暑さに、途中どこでも休憩できる状態ではない。

 ざっと休憩総時間を通算してみると①昼食休憩40分 ②西湖コンビニ 10分 ③彦根前コンビニ 15分 ④長浜公園15分 ⑤尾上温泉前10分 ⑥海津大崎前5分

 以上トータル1時間35分 スタートからゴールの時間を引くと7時間30分だから、5時間55分となる。ということは、いままで一番早いスピードとなる計算だ。平均時速は約26.7kmになる。次回もっと気候の涼しいときに走るとすると、休憩時間をトータル60分におさえるとして、また平均時速を27kmにすると6時間40分ぐらいで走れることになる。

 ちょっと自信が復活してきた。

 てなことを考えながら、行きも帰りも頭からその計算や反省が始終浮かんでくる。そのうち阪神尼崎付近で前の車が30km/ぐらいのスピードなので、向かい風の中、その車のすぐ後ろについて走った。スピードメーターは見ていないが、40km/h以上は出ているだろう。都会を走る醍醐味はここにある。ただし危険は琵琶湖よりずっと多い。

 家に帰って空を見るときれいな満月が浮かび上がっている。思わず場違いにもデジカメを駆使して撮影してしまった。

2007年9月24日 (月)

映画「ヒーロー」を見に行く

 Photo 今日は連休最後の1日である。妻ともどもやっとどちらも予定のない貴重な1日だった。

 朝は、「どんど晴れ」をゆっくり見て、洗面その他朝の行事をすませ、映画の上映時間を見るために、パソコンを立ち上げ、インターネットでまず、伊丹ダイヤモンドシティー映画館を空ける。

 目的の映画は木村拓也主演の「ヒーロー」。これは妻のたっての希望である。昨日は一日テレビを見まくったが、夕方、以前の再放送で「ヒーロースペシャル」をやっていた。

 これはどうも今度公開の映画にあわせての再放送特番と思われる。テレビの方は一度見ているので、適当にみのがしてしまったが、どうも今回の映画はその続きバージョンになっているらしい。

  上映時間を確認すると一番目が午前10時10分開始となっている。「これで行くか?」と妻に確認し、行くというので急いで服を着て、9時25分に家を出た。伊丹まではJRで約30分かかる。「ぎりぎりか」とちょっとあわてた。

 JR立花発9時40分京都行きに乗り込み、次の駅尼崎で福知山線に階段を上って、となりのホームヘ。時刻表示を見ると次の電車は、9時52分三田行き普通電車が最短。それに乗り込み、伊丹へ。駅に着くと10時丁度だ。

 駅からダイヤモンドシティー映画エリアまではすぐ。あわてて歩く。

 会場券販売窓口は、大入り満員の列。まあ、たくさん映画施設があるので、仕方がない。会場係の人がヒーロー希望の人を優先的に案内してくれていて助かった。

 すでに前置きのコマーショルが始まってる時間で、会場はまっくらな中、席を探す。よし見つけたと思い、C列17,18番に座ったつもりが、後から本当の予約に人が来てわかったが、一列後ろにD列に座ってしまっていた。「かっこわる~~~」

 C列というのは最前列から2つ後ろ。上を見上げるような格好でスクリーンを見る。シーンの中心が左右に動くときは首も動かさないとわからない位置だ。

 映画の中身は正直にいうと、ちょっと斜陽のものという偏見を隠しきれなかったが、なかなかよかった。どこがよかったか。事件そのものが、ビッグなものかどうかで、自分の名声や昇進を計算して、仕事にのぞむのではなく、「真実を追究するのみ」「被害者本人や家族が報われ、また被告に対し、あくまでもことの重大さを認識させる」など、そのことだけのために、とことん事件の証拠をあきらめず、探しきる。

 そのことが、誰でも前向きに生きるということの認識の持つように影響を与えていく。その生き方は下向きでなかなかいいと思った。

 たしかにけちをつければ、なぜ中出てくる極悪人「花岡弁護士」の配役がタモリなんだとか、事件の決定的証拠を最後に提出するまでの論戦のあまさなど感じる点はあるが、そんなことはどうでもいい。

 ただ純粋に真実を追求していくことが、本当に次に進む道を指し示す。しかし現実はその真実がいろんな圧力でまげだれ、都合のいいように変えられたりして、まちがった政治がおこなわたり、1企業の中でもそのいったことが多いにあるような気がする。

 またまちがっていると思っていても真実にほうかむりしたりすることや人も結構いる。

 ぼくは信念を貫く生き方に共感してしまう。

 木村拓也もちょっとすきではない部分もあるのだが、その役はあたり役だとおもった。ちょっと横柄や自由奔放な姿がいい。洋服も実施はありえないラフなスタイルだが、あくまでも映画と思ってみると面白い。

 ついでに周りの役者もベテランや今油の乗り切っていると思う人が多く、映画全体をささえている。ついでに中井貴一がいい役者になっていた。

 まあ、書きたいことはいっぱいあるが、夫婦割引(どちらかが50才以上)で2人で2,000円というのは、見て得をした感じである。

 映画館を出て、昼になったので、伊丹といえば「白雪」。小西酒造が経営する「長寿殿」というミュージアムとレストランがある設置されたところへ食事に入った。

 ちょっと1540円のライチメニューはコースの間が遅すぎて間延びしたが、ビンテージビールも飲んでさてそのを出ようとすると突然の大雨である。足止めを食ってしまった。

 しかたがないので、2階のお酒ミュージアムに入って(無料)、酒造りの時空映像をしばし見た。400年前から江戸に献上したり、売れまくった歴史があるらしい。江戸時代の手作り工程を時空映像で映し出してくれたが、その根気のいる酒造りの姿がよくわかった。

 雨が少し止み、やっと家に帰った。

 おとといコメントいただいた白いルイガノさん。琵琶湖一周の後遺症はないですか。僕は、今回疲れが残ってしまいました。今日の朝やっともどったかなという感じですが、それでも足はまだ疲れています。

 ナンバサイクルさん!ついに7年ぶりの琵琶湖一周やり終えました。消化不良ではありますが、また挑戦しますよ。今度は体調万全で6時間台をめざします。

2007年9月23日 (日)

琵琶湖、一周挑戦後遺症

001  琵琶湖一周から一夜明けて、やはり疲れはだいぶ残っている。

 しかし朝6時に目を覚まし、白髪染めやら洗面やらで、いそがしくしてしまい、疲れがどっと出てくる。

 それでも洗濯物をたたんだり、4着のシャツをアイロンしたりで、ほぼ午前中を費やした。

 お昼まえから、このブログで琵琶湖一周の顛末を書き、昼食にし、またブログし、1時半ごろやっと一応の仕事を全部終えた。しかし、まだまだ蒸し暑いので、シャワーをし、本を読もうとベランダの椅子に座るが、蚊にさされるし、眠たくなってきたので、和室にもどり、昼寝とする。

 目が覚めるともう4時。時間遅れで、屋敷タカジンのトーク番組を妻が見ていたので、一緒に見る。実は屋敷タカジンは高校の2年先輩。この人に面会し、高校のときフォークソングサークルに入れてもらった。こんな有名な人になるとは思っていなかったが、人間的にはほとんど変わっていないように思う。

 夕方、1999年のサイクルスポーツ保存版をひっぱりだし、実はそのなかの自転車体験談の記事に自分の琵琶湖一周の記事が掲載されたので、保存していたのだが、その記事を改めて見てみると、7時間12分で完走している。

 ショック! 昨日の記録より上回っている。ただしそのときも5月2日というころの実行なので、暑さは雲泥の差だ、と思って自分を慰める。

 009_2 その記事の中では、琵琶湖一周にむけてだいぶ周到な準備をしていると書いてある。またはじめてDHバーをハンドルに装着して運転しているので風の抵抗は少ない。

 結局、休憩のトータル時間を差し引き、長浜から尾上までのハンガーノックを考えると確かに今の方が早いかもしれない。

 今回は滋賀県なら尼崎とちがってもうだいぶ気温は下がっているだろうという甘い考えが失敗だった。それに2日間夜寝るのが遅かったのも不摂生だった。反省しきりである。

 それにそのハードさが今日も後遺症として残っている。ただいつもは、あまりの体力の消耗のせいで、実行したあと必ず寒気がするということが多かったが、それはまったくなかった。坂を登る心肺機能は確実に鍛えられている。暑さだけはどうすることもできなかった。

 それでもショック。8年前も2週間に一回自転車通勤していたし、翌年は琵琶湖センチュリーランのレースにも参加している。ただ今は週に5日から6日毎日自転車で片道16kmを通勤しているのだ。運転技術は確実に上がっているだろう。問題は年齢が高くなっていくにしたがって、体力はやはり落ちてくるんだろうかという心配だ。

 この問題にいい方向に納得するために、以前と同じ気候の条件になかで挑戦するしかない。淡路島は一回しか一周は実行していないが、どちらも課題としていこう。

 通勤だけで自分の運動環境は完結してしまうだけではだめだろう。そう思った昨日の体験だった。

琵琶湖、単独一周を実行!

Photo  今回いろいろ仕事その他で予想しなかったが、全部キャンセルし、なぜか3連休になってしまった。

 これはチャンス!!

 先週行ったばかりの琵琶湖一周を単独で実行する気が前日からふつふつと沸いてきた。

 前回は1泊2日だし、レベルがばらばらの集団で、またぼくとAさんは一周を完了せず130kmぐらいで、リタイヤしたなど、消化不良な気分がいっぱいだった。

 単独一周は5回は過去に実行しているが、最短時間は休憩を入れて、6時間55分(2000年5月28日、琵琶湖大橋経由150km)。今回はビアンキに乗ってはじめての挑戦ということも意義がある。

 22日、朝はやく起きて、できれば“6時台に出かけられたら”ともくろんだが、起きたのが6時。結局家をでたのは7時40分ぐらいになってしまった。今回のスタートとゴールは2000年とおなじように今津のログハウスからとした。

 名神高速を走り、2時間で順調にログハウスに着くかと思いきや、京都南出口の先で事故車あり。京都東出口までの一斜線をふさがれていて、天王山トンネルを過ぎたあたりからダラダラ渋滞状態。ついにログに着いたのは10時半近くになってしまった。

 「ああ、もう今日はやめにして、一泊して明日朝はやくスタートしようか」「そしたら今日は夜までゆっくりできるけど」などこもごも考えたが、翌日までこれで費やされのもちょっと考え物。

 「よしゴールが夜になってもいいや」と覚悟を決め、11時5分まえ、今津をスタートした。しかしそれにしても暑い。足の調子はまずまずと思ったが、あとからかなりのダメージがあることを予想していなかった。平均27km/で昼食と休憩を琵琶湖大橋手前の道の駅ときめ、ひたすらペダルをこぐ。

 07922 07922_2 風車の森、白髭神社、近江舞子と順調にすぎ、なんと12時40分に琵琶湖大橋、道の駅に到着できた。

「あれ、この調子で行くと、5時台にゴールできるかも」とうれしくなる。Photo_2 Photo_3

 館内で卵とじうどんとおにぎりをたべ、抹茶アイスをたべ、早い目に出発しようかと思ったが、お腹の調子がいまひとつ。トイレに行って納得して出発。出発は1時20分だ。

 琵琶湖大橋はとおくから見るとかなり登りの斜度がきついように見えるが、登ってみるとそうでもない。

湖東に出て、北をめざす。しかしそれにしても暑い。

 次の休憩は、彦根に3時に着く予定とした。ここから26km/hを出すのがやっとになってくる。とにかく暑い。近江八幡の西湖ぞいを走るが、最高に暑い。

 やむなく先週も止まったコンビニに急行。ロードバイクのグループの自転車が止まっていた。ピーチのジュースとレモンの練り飲料を飲み、再び彦根をめざす。

 この間の稲穂の中の道はきわめて単調。Photo_4 Photo_5

 左手手の甲がややしびれてくる。時速は26kmをまだ保てる。しかし体はかなり疲れを感じてきた。

 なぜか内陸部に走路は移動しているが、その後半の進路は以前センチュリーランレースのとき激しい向かい風だったことを思い出してきた。

 そのあとまた湖周にスチュエーションを変え、また内陸部へ。だんだん彦根の町に入ってくる。しかし休憩できそうな公園などはない。

 今度もコンビニに入る。もうくたくただ。午後3時15分。ちょっと予定オーバーだ。ヨウカンと今宣伝で出てくる大塚製薬、大豆いりソイジョイを3つ買う。それにオレンジシュースを買い、そのままコンビニの外の日陰で飲む。ここにもロードスタイルのおじさん、2人組みがいた。10分休憩でまた出発。今度は塩津の「水の駅」をめざすことに。

 ここからは25km/h以上は出せなくなってきた。そのうちコンビニで出合った2人組みに抜かれる。向こうは歩道を走っている。僕はひたすら車道を走る。ほぼ同じペースで走るがやや向こうのほうが元気。明らかに僕はばてている。普通なら完全に抜かしているだろう。

 しかし、彼らのおかげで、ひっぱられて長浜に行く途中、僕が抜いてしまった。ほぼ26km/hペース。彼らはそのまま歩道を進んでいったが、ぼくはもうここで休憩とする。テニスコートの横も自販機で交換用にお茶と、すぐ飲むのにコカコーラを買う。大豆ソイジョンをひとつ食べ、コーラを飲む。これがよかったのか、悪かったのか、逆に疲れが増す。最悪の気分だ。Photo_6

なんとか気をとりなおして、低速で走ることに。時刻は4時ちょうどだ。あと3分の1は走らないといけない。

 途中竹生島行き乗り場があったが、ふと「これにのって竹生島を経由今津にもどると楽だよな」とかなり弱気になる。

 ダラダラ走るが、今度は強風の向かい風。この仕打ちはひどい。ギアをひとつ軽くし、ハンドルもステム横のバーをもって19km/hぐらいでしか走れない。次は一応尾上温泉が目標だが、これがそのスピードではなかなか着かない。

 今回の最大の難所。ほとんどハンガーノックと暑さバテが同時に来たような気がする。一週間前に通過のときのほうがスピードは出ていただろう。

 ようやく尾上温泉が見えてきた。もう休憩するしかない。Photo_7

前回泊まった民宿「倉荘」をデジカメに収め、自転車をおいてドンつきの歩道に倒れこむ。ここに着いたのが5時10分前。なんと長浜から50分もかかってしまった。ただ湖畔の夕暮れにしずかな風景がここを癒してくれる。

 町のどこかで「夕焼け小焼け」の有線放送が流れる。

これで記録は無理になる。もうただなんとかゴールできたらいいという心境だ。もう一度地図で距離を確認。

 本来休憩をめざしていた塩津の「水の駅」まで5kmぐらいしかない。ちょっと元気になる。塩津を過ぎたら、あと岩熊トンネルのみが最難所。これまでの疲れでは、あの坂を登り切れるか弱気になる。

 しかし、また気をとりなおしてバイクにまたがる。ところが不思議なことに尾上を過ぎ、その先のトンネルを過ぎたあたりから風向きが追い風気味になってきたので、足がまた周りだす。ハンガーノックと暑さのカベを乗り越えたらしい。

 木の本までの余呉川沿いからもう疲れがない。シズガ岳と藤ヶ崎の二つのトンネルを通過し、塩津に来た。

 「ようし、もう海津大崎のところまで休憩なしで行こう」と塩津をすぐ左折し、岩熊トンネルに登る坂にさしかかる。前方に中学生ぐらいの娘さんとおとうさん、おかあさんらしい家族が登っている。おそらくおかあさんが一番しんどいのだろう。お父さんと娘さんが途中でまっているが、おかあさんは降りて押していた。

 ぼくはといえば、この前に比べるとふくらはぎが痙攣しそうな恐れはあるが、心臓の高鳴りはまったくない。彼らに遭遇して「がんばってください」と余裕のふうをして先を行き、トンネルに入る。このトンネルは改修したのか、歩道が結構広いので、危険はない。トンネル内に入るともううれしくなってくる。

 トンネルを抜けると、すきな長いくだり坂。ペダルをこがなくても50km/hは出る。あたりはだんだん暗くなってくるが、あと海津大崎の半島を過ぎるとマキノだし、マキノから今津までは近いという感覚があるので、気持ちはほっとしている。

「なんとか無事に来れた」

 海津大崎の村を過ぎた石碑のところで一応休憩。ここで買っていたヨウカンをほうばる。うまい。あまいのが疲れにとける。横を補助車にもたれながら歩くおばあさんが通っていく。「こんばんわ」と挨拶を交わす。時刻はここで5時50分。

 なんと尾上から45分できてしまった。途中のハンガーノックに後悔するが、まあこの暑さ無事に帰れるだけでいいだろう。

 最後の走りにはいる。大崎後半にトンネルが5つあるが最初のそれは真っ暗。バランスを崩すのではないかと思えるほどだ。もう最後は疲れを無視して走りこむ。国道はちょっと危険だったが、なんとか7時間だいでゴールしたい。思ったより最後は長く感じる。

 マキノの表示を過ぎ「今津」の町名がきて、見覚えのある交差点信号。

「終わった。ゴールだ!!!」時間は6時25分。総使用時間は7時間30分だ。

 2000年の記録を超えることはできなかった。しかしハンガーノック状態と暑さでの走行時スピードを除くと前半3分の一と後半尾上からとは確実に前回を上回っていると考えよう。

  それに一周の実行前の体制と体調は今回は失敗だった。前日、前々日とハメをはずし、前日夜12時半までおきてしまった。寝る前もビールとお菓子を食べてお腹には悪影響なことをしてしまった。

 今回の失敗を踏まえ、もう一度挑戦しよう。そのための季節の選択が問題だ。ただ管理職になって、土曜日などの時間がなかなか当てられないのが問題だ。ただ今後は通勤だけで満足せず、長距離ツーリングもどんどんいけそうだ。

 ログにもどって、さっそく疲れをとるため、マキノの温泉サララに車で行く。横のキャンプ場はこの季節でも客がたくさん来ている。それで温泉もぼくが出てくるころピークみたいでたくさんの家族、とくに子どもが小さい若い夫婦の家族がいっぱいだった。

 

2007年9月21日 (金)

連休前のはやる1日

 Photo_2 朝の通勤は明日の琵琶湖一人サイクリングをイメージしながらの走行。途中モンベルのTくんに出会う。「先に行ってください」と言われ、少し話しを交わしただけで、またマイペースで前を走る。

 しかし、今日はお腹の調子がどうも悪い。原因は昨日夜の会議にせいで、遅くに帰り、それからブログをうちながら、ビールとチーズとお菓子をたべる。これが悪かった。

 朝はどうも気持ちが悪い。トイレに行ってある程度ましになったが、朝の走行中どうも力が入らない。それでやけに心臓の鼓動が高くなる。暑さはもちろんおさまっていない。

 それでもなんとか職場についた。

 仕事は朝は完全会議と、午後はひたすらホームページの更新のための業者とのやり取りや、データの送信などで追われる。夕方は、自分だけの作業で変えれないのがつらい。一応、職員の作業がおわるのを見ていないといけない。それで帰りは7時を過ぎてしまった。

 時間がどうしてもあまるので、本当はいけないが、マイブログのデザインをいじって変えてみた。

 帰りの自転車は、暗い中を走る。明日のことをいろいろ考えながら走る。というのは、この間のように輪行で行った方が安上がりかもとか、どこからスタートするべきかとか、車で行ったほうが現地で着替えができるし、身軽に走れるとかさまざまに考えてしまう。

 しかしこの企画は実行する気持ちが高まってきた。ただ朝は早く出ないと、最低でも走行時間は休憩等入れても7時間はかかるので、家に帰るのが遅くなってしまう。まあ翌日も2日休みという余裕があるので、まだ気は楽なのだが、なるべく早く帰るたい。

 実はビアンキで琵琶湖一周の日帰り記録時間を試すのははじめての試みなのだ。だからやってみたかった。まだ暑さがおさまらないのは気になる。

 まあとにかく車で出かけて、挑戦してみよう。

2007年9月20日 (木)

夜のビールはうまい!

Photo  今日は仕事で、守口に夕方行き、そのあと夜OM九条の会の世話人があるため、電車通勤することにした。

 JR立花駅まではあえて15分歩く。家を出る前に朝ドラの最放送「さくら」を妻が先に出かけるため、ビデオしてから家を出たのだが、ぎりぎり8時までまって、ビデオを切った。

 早足で駅に向かう。しかしまだ今日も暑い。やはり今年は異常気象だ。

 近くにまだポツポツと田んぼが残ってるのだが、9月21日すでに稲刈りをしている田んぼが多い。普通は10月だろうと思う。

 電車に乗って通勤だが、いまさらながらどうもなじまない。車両の中にかなり込み合った状態で人がいる。電車から降りて、地下鉄までの連絡通路も人がいっぱいだ。みんなよくこりずに行けるなと思ってしまう。

 そういうぼくも自転車通勤をはじめるまでは毎日この通勤方法で通っていたのだ。地下鉄にはいる自動改札で前の女性が、ピタカと思うが改札機の接触部にあてるのを失敗し、とまどったりしていた。

 ぼくはひたすら券売機で切符を買う。

 仕事はおもだった会議などはないので今日は気楽かなと思ったが、3時半には約束の医院に行くことになっているが、その直前30分まえにある苦情の電話が入り、対応にあせる。なんとかあとの人にまかせ、職場を早足で出る。

 医院では約1時間の面談。そのあと大阪市内にもどり、OM九条の会世話人会に向かう。

 京阪土居から北浜で降り、地下鉄堺筋線へ。一駅先の堺筋本町駅で地上に出る。本町通り交差点付近は、古いビルも残っており、昔の大阪のメイン通りの面影を残している。たしかこの通りは昔路面電車が走っていた。かすかに幼児のころこのあたりに来た記憶がある。また路面電車が復活しないかと思ったりする。

 会議を終え、夕食はその堺筋本町の地下街で済ましたが、そのとき隣の席の女性2人がビールを飲んでいて、そのことがやけに気になってしまって、家の帰り、家の冷蔵庫にビールが残っている気になる。

 ただ昨日、ロードバイクのスピードメーターのタイヤのセンサーを受け取る部分(フロントフォーク側)の電池がなくなっていると判明したため、買う必要があったが、その種類がわからないのでとりあえず家に帰ることにした。

 冷蔵庫をあけるとビールは1個しか残っていない。すぐ風呂に入り、そのあと昨日も行ったデイリィのコンビニに向かう。しかし午後10時を過ぎている。

 電池DR2032 6V 一個と金麦・アサヒドラフトそれぞれ3本買って満足して帰ってくる。

 自転車にはさっそくこの電池をつけると問題は解決。前輪を、まわしてスピードメーターのスイッチを入れると見事にメーターは数字を示している。「よしよし」。

 ビールも洗濯物を取り入れて、すぐ飲む。「よしよし」。妻は職場の問題で電話の最中。

どうしても洗濯物はぼくの使命となる。

 明日は、気持ちよくメーターを見ながら自転車通勤ができるだろう。明日仕事を済ませば予定のない3連休。うれしい。ひょっとするともう一度一人で琵琶湖一周に向かうかもしれない。

2007年9月19日 (水)

自転車を通勤モードにもどして

Cimg0839_2  連休明けの初出勤が今日である。ハンドルテープを張り替えて自転車全体がリニューアルしたような気分になる。

 ただ、スピードメーターだけが、固定のプラスチック製ヒモがかなりゆるんできたようで、センサーをうける機械が最適な位置になっていない。これが気になる。

 琵琶湖を走っているときはひたすら集団のスピードにあわしていたため、20km/h前後に慣れてしまっていて、逆に25km/hなどになってくると、かなりスピードが出ているような錯覚を感じる。

 また集団のレベルに合わせるためもあり、歩道を通ることが多く、ロードバイクではかなりのストレスだ。

 さて今日はいつもの通勤スタイルで走る。すると不思議に29km/hから30km/hでのペダルの回転が一番楽に感じる。つまり慣性の働きでいったんスピードに乗ると、ペダルは軽くなるのだ。

 しかし今日は朝からかなり暑い。もう9月19日だ。これは温暖化のせいかと思ってしまう。もう1本水浴びようのボトルを持ってくるべきだった。

 そうそう、おとといの琵琶湖の帰り、大阪までの自転車グループはAさんのこのブログへのコメントで報告してくれたが、なんと夜の10時半!豊里大橋に到着したらしい。

 17日、2日目の走行は、その場合朝の8時半スタートしたから休憩を入れて、14時間走り続けたということになる。本当にご苦労さんという感じだ。

 通勤に話をもどして、今日の帰路は、コースを変えて、尼崎の寺町を通って帰った。もうすでにあたりは真っ暗で、写した写真は暗い田舎の寺の石畳という感じになってしまった。しかしこの道を通るのは気分が変わっていい。

 家に近づいて山幹線を通っているとき、向こうの歩道を前かばんと後ろかばんをつけてヘルメットをかぶっている女性サイクリニストがいた。今ごろどこへ行くのだろう。ずっと走っているのだろうか。

 ぼくは、家を通り過ぎた先日のコンビニにビールを買いにいくため、最後風のように走った。

 Cimg0841 家に帰って庭を撮影。みかんが庭にできているとは思えないみごとな実ができている。

2007年9月18日 (火)

琵琶湖後の休暇1日

 07918_6                                                       昨夜はブログ更新に2時間かかってしまった。

  2日間の旅を終え、今日は夏休みをとっていたが、さっそくビアンキの洗車と、ほどけかけていたハンドルテープを白の交換した。

 これは技術の見せ所。あわててやると、テープのつなぎ目がうまくいかず、下が見えてしまうことがある。またもっとも慎重さが要求されるのが、最初にまきはじめるッドロップハンドルの一番下の最後の部分へのふた閉めと、テープの最後のとめかた。

 今回はうまくいったぞ!

 とまでは言えないが、まずますで出来だろう。07918_3 07918_4 ついでに車体全部を洗車した。

 ぼくの場合は、まず洗濯粉石鹸を適当にバケツに入れ、水をいれる。それかかき混ぜて、スポンジを浸し、それで車体全体を洗う。油汚れはこれで一機によどれがとれる。

 しかしタイヤの清掃は手間がかかる。リムを回しながらこすり、スポークは1本、1本こする。

 07918_5 全体の汚れをとると、水で流す。そして雑巾で拭く。これで完璧。

まあ、これを毎日できたらたいしたものだが、誰でもなかなかそうはいかないだろう。

 ただ、整備する必要のある箇所が案外このとき見つかる。だから洗車だけですまないときが多い。

今日も後輪のブレーキがやや片利き。ぼくのブレーキは変則機器全部とコンポになった105というタイプ。

 他のものも一緒だと思うが、シマノの場合は、ブレーキノの右上にプラスネジがあり、その調整でみごとに両方のバランスが決まる。ママチャリの場合は真ん中の心棒の位置決めで調整する。

 もう4年近く乗っているので、かずかずの塗装のきずやはがれがある。しかしだんだん愛着が出てくるものだ。

 さて、その作業を終え、郵便局に米代の送金をしに行き、そのあと思い切って「極楽湯」へ風呂に入りにいった。移動はもちろん自転車だが、最近ちょっと眠っている手製マウンテンバイクで行く。所要時間約30分である。

 それで昼に帰ってきて、からだがいっぺんにだるくなり、本を読みつつ、昼寝をしてしまったが、ひとときののんびりムードを味わえた。

 昼寝をしたあと夕方、今日9月はじめに貸した音響装置とプロジャクターを返してもらうやくそくだって、もうすでに夕方近く、まだ返してきてもらってないので、ちょっと電話で催促。結局5時前もってきてもらったが、プロジェクターは借り物なので、一度に返したく、先方に電話をするが留守ばかり。最後にかかったが、結局今日はもう事務所を閉めるということで後日ということになった。結局この機材で気をもんだ一日となった。

 気を入れ替えて、夕食作りを途中までしていたが、ストックがなくなったビールを買うため、コンビニに走るう。今度は折りたたみ自転車で。

 このデイリーというコンビニはごく近くにあったのだが、7月ごろ駐車場がとれる場所に移転し、ちょっと遠くなった。

 ビールを8本買い、レジにもっていくと、奥さんがいて、こちらが何もいわなくても、「まだ自転車通勤してはるの」「暑いやろね」と話かけてくる。

 ぼくはよく通勤自転車の帰りに立ち寄っていたので、自転車ウェアの姿はよく印象にあるとい思うが、普段着でも特定してもらえた。

 「まだ走ってますよ」「きのうは琵琶湖を走ってきました」とちょっと得意げに話す。よこの店員の青年も微笑んでいたが、顔を覚えていてくれるのはうれしい。ちょっとうれしい気分になって家に帰る。

 とにかく琵琶湖サイクリング旅行はそれなりの刺激を味わうことができた。

 

2007年9月17日 (月)

琵琶湖一周、一泊二日 思い出の道

135  9月15日、16日の連休。OM九条の会のサイクラークラブ主催による「琵琶湖一周サイクリング」に参加した。

 大阪豊里大橋から延々150km以上一日目に走るグループと滋賀県、堅田駅まで輪行でいく組に分かれて出発したが、ぼくは、輪行組の一人として参加した。

 豊里大橋組は朝6時の出発という強行軍だが、輪行組は、大阪駅午前10時45分発の快速での出発なので、比較するとかなり余裕だ。

 1時間半ちょっとで堅田につき、同参加のAさんと自転車の組み立てをはじめる。Photo Photo_2

約15分で完成。いよいよ琵琶湖大橋の横断にはいる。

この橋は何回自転車で通っただろう。10回以上は通っている。しかしそれほどの感慨はない。暑さもともなって、ちょっと爽快感よりもこれからの緊張もある。

 その東詰で豊里大橋からのグループと合流する予定だが、まだ来ていない。

 大阪駅では、出発するときAさんの携帯にはすでに大津の着いたという連絡が入っていた。それでこちらのほうがだいぶ待ってもらわなければいけないのではと、迷惑がかかりそうに思ったが、その橋東詰に12時前についたが、豊里グループは途中で食事してくるということで、ことらがまちぼうけ。しかたがないので近くの喫茶店で約1時間半まってやっと、そのグループはやってきた。

 最初橋をおりたところのコンビニではよく似たロードバイカーが多くいたのでてっきりその人たちかと思ってしまっていた。

 午後2時過ぎにようやく出発。時速は20km/h前後で進む。全員で6人だが、紅一点の女性Wさんは3段変則ママチャリでやってきていた。これにはびっくり。しかしタフそうだ。

 9月を半分すぎたというのに夏モード。コンビニでの水分補給を繰り返す。

 近江八幡、彦根、長浜と通っていったが、なにせ時速が遅いので、長浜には6時を過ぎていて、あたりは暗くなってきていた。途中の田んぼではすでに稲刈りを済ましたところもある。ぼくは以前通ったときより彦根近辺はだいぶ道路が整備されていた。125

 長浜から今夜宿泊の尾上温泉、民宿「舟倉」までは、どれだけかかるだろうか、記憶ではそんな遠くないように感じjていたが、少なくとも30分以上はかかりそうだ。

 突然そのとき大粒の大雨が降り始める。ぼくはそのまえに予感して、持参のディパックにカバーをしていたので何もすることはないが、全員防水ウェアなどに着替える。

 そして尾上温泉付近を捜してひたすら走ったが、その瞬間、うしろでママチャリがパンクという連絡が入る。

 さっそく後方にもどり、パンクを見る。前輪のパンクだが、最初タイヤをはずすスパナがないということで途方にくれたが、タイヤをはずさずチューブのみ引き出すことは可能なので、はずすが、よく精通しているTさんは、パンクを見つけるため、チューブに空気を入れ、その場所を見つけたあと、まだ空気が抜け切れていないあいだに、ヤスリでこすり、ノリを塗り、そのままパッチを張るので「空気を抜いたほうがいいちゃいます」と言ったが、そのまま塗り、タイヤにしまい、空気入れでぼくが空気を注入したが、やはり空気は抜けている。空気をぬかずにパッチを張るのははじめてみた。

 結局もういちどチューブをだし、パンク箇所はわかっているでの、一応空気が入っていない状態でノリを塗り、パッチを張り、念のため十字にセロテープを張ってタイヤにしまう。

 今度は空気がもれていないようだ。

 ようやく前進。雨はだいぶ小降りだ。20分ほど走ったか。進行方向のこの真っ暗な道にくっきり建物が輝いてみえてくる。すでに午後8時である。

 128                                                      民宿「舟倉」(ふなそう と読む)のご主人と奥さんはとてもいい感じの人で、客に親身に接してくれる。わざわざ濡れたみんなの靴を全部靴乾燥機で乾かしてくれた。

 Aさんの話では、自転車仲間では、ハナマルの評価になっているらしい。130 129

翌朝早くおきて外に出てみる。すぐ近くに野鳥観察センターが見えているが、民宿からでもたくさんのかもやその他の渡り鳥が見える。きれいな風景だ。琵琶湖周遊の歌で有名な竹生島がすぐそこに見える。

 午前8時半ごろ2日目の出発。今日は、ちょっと複雑な経路が多いが、できるだけトンネルをさけていきたいとリーダーのIさんの話だが、ぼくは何回も通過してきたので、あまり賛成ではなかったが、初心者のおり、したがった。

 それで一回目のトンネルの迂回路があったが、だいぶ坂道が見える。しかしこの道らしいので進んだが、それほどの坂でもなかった。ただ思い出したのだが、琵琶湖センチュリーランという1周レース2回目の参加のとき、この道を通った。そのときは「きついな。どこまで登らせんねん」というほどしんどかったことを覚えている。

 坂道を降り、すぐ近くにドライブインがありそこで水の補給だ。

 そのあとは塩津から左折し、奥琵琶湖ドライブインの本命の坂道をいくはずだったが、通行止めらしく、まっすぐ進みと、これも以前よく通った岩熊トンネル。広い歩道ができている。それにトンネルも2つになりそれぞれ一方通行にしているらしい。

 しかし、トンネルへのアプローチの坂道は、ぼくでもきつい。しかしこの道を以前家族6人、しかも最年少の娘が小学校4年生のとき、登ってきたのだが、よくみんながんばったんだなと一人感慨にふける。

 トンネルを抜けると長い長い下り道。それを過ぎると海津大崎へのいり口だ。半島の要り口付近で休憩したが、一人が財布の入ったバッグを忘れる。そこをだいぶ進んでいたので、その青年とTさんが引返し、他の4人は半島出口まで進む。これでだいぶ時間をロスしたかもしれない。

 もちもと堅田にもどるのが、午後12時の予定だったらしいが、ここですでに11時を過ぎている。ゆっくりっゆっくり走って、引返した二人が追いついてくるのを待ちながら走り、今津でようやく合流し、すでに12時。

 昼食は、ぼくがよく行く平和堂スーパーの中の食堂に入った。とりあえず暑くなった体を冷やす意味もあった。思い思いのメニューを注文したが、食欲なくパフェーだけたべる彼もいた。

 1時に出発したが、ひさすら旧道をゆっくり走ったこともあり、白髭神社でとまったが、すでに午後2時。137

大阪までの走行組はさておき、Aさんとぼくは、堅田で輪行で帰る予定だったが、家に到着する時間も勘案して、一番近い駅から帰ることにし、しばらく走って見えてきた北小松駅から帰ることにした。

 駅はかなり田舎ムード。人は誰もいない。電車の到着する音がして、誰か降りてくるかと思ったが、1人だけだった。

 時刻表を見ると、今2時半で、2時44分発とその次は、3時27分ということだ。44分は、今から自転車を分解し、袋に入れる作業があるので、無理と判断。3時27分に乗ることにした。ラッキーにもその電車は姫路までの新快速電車。京都駅で乗り換えなくてすむ。

 138_2 とりあえず切符を先に買い、自転車に輪行袋詰め作業にかかる。約10分で終了。ウェアは汗でべとべとだが、このまま行くことにし、まだ時間が30分ほどあるので、駅前のカフェーを見つけ入る。

 明るい土色で統一された壁と室内がなかなかいい。若いお嬢さんが水を入れてくれるが、彼女は右手に障害があるらしく、左手だけで入れてくれた。近くの高齢のおばさんたちの客がこちらをちらちら見る。「よくやけてはる・・・・」とかなんとか、まるで俳優でも見ているような視線。

 出しなに「ごちそうさま」と言って、料金350円を渡すと、女性のオーナーさんも「ご苦労さま」と笑顔で返してくれた。

 今日一番ゆっくりできた休憩に思えた。

 大阪への直行組は何時に豊里大橋に着くんだろうと気にはなったが、ぼくとAさんは4時半に大阪駅に着いた。すぐ普通電車に乗り換え、立花駅に。それにしても行きも帰りもJRでは女性の車掌さんが増えたのが目立つ。みんな新人らしい。2日前は、運転手も女性だった。たのもしいかぎりだ。

 JR立花に着いて5分あまりで、輪行をとき組み立て完了。ついでにサンワサイクルにハンドルバーを買いに行った。なにせこの旅の最初暑さと一度袋状態で倒したことがわざわいして、ハンドリバーが一部解けてしまっていた。そろそろ変え時だ。

 しかし駅から自分ひとりの走りになったが、やはり自分のぺースは抵抗がない。

 サンワサイクルでやや自慢げに「通勤の帰りですか」と奥さんがいて聞かれたので「琵琶湖行ってきましてん」とまっくろに日焼けした腕で答えた。実は最近ここで買ったピンクをの上着を見せびらかしにきたような気持ちはある。

 しかしおなじくここで買ったサングラスの話で花が咲いた。

 まあ、気持ちのいい気分で家に帰った。

2007年9月15日 (土)

今日は琵琶湖ツーリング前日

 Photo 世間では今日から3連休の人も多い。しかしぼくの場合は、午後からの理事会出席の任務がある。

 午前中はややゆっくりできるが、明日の琵琶湖ツーリングでの輪行移動を控え、輪行袋への自転車の封入予行演習をした。

 というのは、いつのなら従来からの袋を使うところだが、これがちょっと重い。それで5月に妻のためにかったモンベル製の輪行袋を使ってみることにしたのだ。それでうまく入るかどうかためしてみる必要があったのだ。

 従来のものに比べ、車輪保管用の部分はないし、最後の留め口は、紐になっている。それでも十分対応できそうだ。それになんといっても軽いし、小さく保管できる。

 今回は1泊2日の行程なので、余分な荷物が必要になる。デイパックをもっていかざるを得ない。

 30分ほどでテスト封入と、もとにもどすところまで完了した。

 しかし今日も暑い。台風の影響があるのだろう。湿気が多いのがわかるし、日差しが強い。

 昼食を11時過ぎにすませ、12時過ぎ家を出る。電車通勤のため、駅まで15分歩く。

 土曜日のため、電車の中の人たちは心持のんびりしているようだ。

 会議は波乱をまじえ、4時過ぎに終了。「よかった」。

 気持ちも歩く職場を出る。

 地下鉄四つ橋線の券売機で切符を買っていたとき、500円を入れて、おつりの出口を見ると、おつりが出る前に400円が残っている。「しめしめ」という気持ちと、「あれあれ、誰か忘れていっているぞ」と一瞬おどろく。

 すばやく自分のおつりといっしょに手にしたが、ばか正直な性格がゆるさない。すぐ自分だけのおつりを確認して、サイフにしれ、残りの400円は、改札の職員に「これ券売機で前の人が忘れていったみたいです」と渡す。

 「これでいいのだ」「もらってしまっていたら電車賃が浮いたのに」という入り混じった気持ちは正直なところだ。

 しかしたいていお金を拾うともよりのところに報告する。ただ一回10,000円を拾ってしまって、どこにも渡すところがなく(交番に行くという手はあったが)、自分のものにしてしまった。しかしいい気持ちはしないものだった。

 まあ、そんなこんなで気分よく家に帰った。

2007年9月14日 (金)

週末の通勤で出会った

 どうも今日は暑さがもどっている。といっても一時の最高気温に比べるとマシと考えるほうがいいだろう。

 2号線いつもの道路温度表示は28℃をさしている。ただいつものように力まず走っていた。

 歌島交差点を過ぎ、野里交差点を過ぎ、淀川大橋にはいる。その間でまたおにぎりの包みがほかされている。おそらく家で親が作ってもらったものだろうが、それをほかしている親不孝ものがいるのだろう。ほかすのならアフリカの食料のない人たちに提供するべきだ。しかしそれは屁理屈で、このままもっていけるわけがない。

 そんなこんなを考えてしまいながら、先を進む。

 次の福島区、海老江交差点は注意が必要。左折車がつらなる。ぼくはその左折車の列の間をするりと入り込み、右手を出しながら、直進路線に入る。ある意味危険。

 その中で1台のタクシーはその左折の列にいながら直進のかまえ。そこでぼくはスピードを緩め、そのタクシーが行くのを待つ。そのとき左から1台のロードバイクが見える。

 じっと直視すると、シマノのFさんだ。まだヨーロッパにレースのメカニックの仕事で行っているとばかり思っていたが、帰ってきていた。

 信号待ちで会話を交わす。最近までやはりヨーロッパに行っていたらしい。車で1日に500kmも移動するらしく、「疲れた」ともらしていた。

 彼のロードはトレックのフルカーボン。かなり重量はぼくのビアンキより軽いのだろう。しかし、最近は合流してから、しっかり付いていけるようになった。前をひっぱる場面もある。

 そのかわり40km/hぐらいを出さないといけない。いっしょに走ろうとするとそうなってしまう。後から疲れが出てくるのだが、たまにはいいだろう。ひさしぶりに会えたのはうれしかった。

 新なにわ筋の道頓堀川手前で、ぼくは左折するので別れる。

 こんなことは職場につくと誰にも共有できる話ではないので、ネクタイをしめて、ちょっとモードが変わる。

 最近は仕事もなかなか手をぬける日はない。今日も比較的スケジュールの少ない日だったが、解決しないといけない相談ごとはある。

 ただ時間的には、5時すぎにはほぼノルマは終えたので、帰れそうだが、結局6時まえに職場を出る。

 帰りの自転車は、また追い風。ペダルがよくまわる。しかし、途中左足間接がちょっと痛みを感じてきた。それで右足で心持ちペダルをまわす負担を多くする感じで走る。

 阪神尼崎付近で、左側斜線を走る軽ワンボクスがやや遅めで走るので、また後ろにピッタリ付いて走る。これは何度走っても爽快。まわりで見ている自動車も注目しているだろう。

 ただこれも危険がともなうので、ある適度経験が必要だと思う。まず普通は路肩をしっかり走ろう。

 まあそれにしても、この中年の年齢でこんなことができるなんて、自分でも驚きとストレス解消ははなはだしい。

 いよいよあさっては琵琶湖一周ツーリング。一泊というのがちょっとものたりないが、まあいいか。おもいっきり楽しもう。

syuumatu

2007年9月13日 (木)

疲れ全開の朝のペダル

 昨日は仕事の関係で電車通勤したが、今日はいつもどおり自転車通勤である。

 ところが、朝「どんど晴れ」を見て、出かけるときどうもお腹の調子がいまいち。自転車のある庭に入ったとき、もう一度トイレに行きたかったが、時間的にはもう余裕がないので、そのまま出かける。しかし、自転車通勤6年の中でもベスト3に入る体調の悪さだ。

 我慢品しながら走る。そんなときに限って、一般道で、反対車線から右側通行状態でこちらにむかってくる自転車のむれ。右に出てよけざるをえない。

 2号線に入っても大きなバスがアルカイックホールにはいるため、左折状態でとまっている。これは危険だ。そのまま直進するとまきこまれる可能性がある。ちょっとまって左折してしまうのをまつ。しかしその後ろをすぐ通勤バスが停留所が近いため左により停車。

 「こんな疲れているときにいやがらせか」とかってにひがんでしまう。

 そのうちよく出会うシングルギア自転車青年がやってくる。今日は白のロードバイクで走っている。自分の前をそういった自転車が走るとなぜかペースを乱されるので、なるべく見ないようにしている。彼はロングヘアでメッセンジャータイプのかばんを背負いなかなか格好はいい。しかしあまり挨拶はしない。僕からなんどか挨拶したことはある。

 そのうち不思議なもので、体調の悪さを忘れている。なんとかしんどさを忘れて職場に到着できた。

 しかし服を着替え、デスクにつくと体調の悪さは自覚しだす。しかたがないので、トイレで用をたす。これでちょっとまし。

 なんとか忙しい業務をこなし、夕方5時をすぎるとさすがに限界だ。「もう今日は帰ろう」といそいで更衣室に向かう。それでも電話が2本入り結局自転車にまたがったのは5時半ごろだった。

 帰りは追い風。なぜか西淀川区を過ぎたあたりから姿勢を前傾にかたむけ、スピードを上げてしまう。しんどいことは忘れている。家にかえれるという開放感がそうさせるのか。50分をきって家についてしまった。

 今日は2男がいない。「メシいらない」と伝言がある。よし今日も食事当番だ。冷蔵庫を開け、材料になるものを探す。ビールを冷やしている野菜室を開けると「ショック!」。ストックがなくなっている。

 こんなときの落胆はない。-ちょっとおおげさな表現だが。

 すぐシャワーをして服を着替えて、近くのスーパーへ直行した。

 満足して家に買える。すぐその野菜室に「一番搾り」6本セットを入れて安心。食事の支度を続行し、終わって風呂に入り、妻がちょうど帰ってきて、いっしょに食する。

 夜パソコンのスイッチを入れ、思いついてオーストラリアの娘にパソコン電話テレビのスカイプを発信して見る。これはショッチュウバージョンアップしているソフトだが、最近またバージョンアップして画面の構成が変わっている。

 最初先方の画像があき、娘が画面で出てきて、音声も聞こえる。しかし何度してもこちらの画像が向こうに移らなかった。なんのことはない。ビデオ発信というボタンの位置が変わっていただけだ。なにげなくクリックしてみると画面がつながった。

 これで一安心。娘は今論文でいそがしいが、来週火曜日で一段落すると言っていた。2男の作った皮の財布をむこうにもっていって、みんなに2男が作ったといわずに見せているようだが、評判がいいと言っていた。しかし2男は最近就職活動でいったん採用され、試用期間5日で不採用になってしまった。

 ちょっと大きな靴修理の会社で100人ぐらいの職員がいるらしいが、服装や髪の長さでひっかかったようだ。まあ2男は、自分の外面をよく見せようとするタイプでなく、物つくりに自信をもっている方なので、小ない職人しかいない職場のほうが向いているかもしれない。

 まあ子どもたちはそれぞれに生きている。

 親としても生き生きしているほうがいいだろう。どう写っているかはわからないが、一日一日を真剣に生きよう。

 

tukare

2007年9月12日 (水)

納得いかない!!!

 昨日はブログを更新する元気なく寝てしまった。

 ただ、帰りの自転車は、また阪神尼崎付近で、抜き去られたバイクの若い女性が35km/hぐらいで走っているので、ついていけるとすぐ後ろを風よけに走った。しかし、しばらく走ったあと急に左のよりだし、次の信号を左折していった。

 あとは自分だけの走りだが、やや追い風が続く。JR立花の線路を越えるバイパスは、いつもよりギアをひとつ重くして、ダンシングで登る。心理は少年状態。おかげでくだりしなにちょっと右足のふくらはぎ筋肉痛気味なので注意、注意。

 ところで先日からマンションの理事長Tさんの仲介で、地下駐車場のシャッターをあけるリモコンの新しいものを取り寄せてもらったが、このリモコンの黄色ボタンが汚れているので、拭いてみたが、とれない。おかしいなと思ってよく見ると、黄色ボタンは真ん中あたりが線のきずが複数ある。右横の三角ボタンもよくみると傷がある。

 これは「使い古しではないのか」とふと疑問をもつ。値段は9,000円だ。値段も高い。117 119

それで、理事長には、申し訳なかったが、交換を申し出た。

それで、これこそ新品と納得できるものをもらえたらまだ、気持ちは治まるだろう。

ところが左の写真がその交換してもらったリモコンだが、黄色のボタンにあきらかな汚れはないが、よく見るとこの機械も傷があるではないか。やはりこれも使い古しではと疑念が深まる。

 取り扱いは、尼崎市稲葉荘の藤井シャッター製作所。製造は三和シャッター工業のRAX-S3という機種だ。

 どうも納得がいかない。しかしこれ以上理事長に迷惑をかけたくないのでこれ以上言う気はないが、中古を平気で高い値段で売っているとしたら腹が立ち。そういう商売がもしあったとしたら許せない。ぼくはどうもこういったことに異常な正義感がじゃまをする。

 もし新品としてもこれだけの値段がするものなのでしょうか。どなたかブログを見ていただいた方で詳しい方がおられたら、コメントください。

 まあそれはそれとして今日は、職場で主催する展示会に出展される130社あまりの中で90社ぐらいの出席の説明会で司会をしないといけなかったので、背広を着て、電車通勤にした。だいぶ気候が過ごしやすくなったことを肌で感じる。しかしまだ背広の上着を着たまま歩いている人は少ない。

 帰りは異常に疲れを感じつつ職場を出る。大阪駅では、今度の日曜日に琵琶湖サイクリングでこの7.8番ホームの神戸よりのところで2人と待ち合わせすることになっているので、そのことを考えながら、ふとその方向を見た。

 家に帰って食事の支度(カレーラース)をし、食事を済ませて、洗濯物をたたんでいるころ、妻が帰ってきて、腕と足をすりむいている。もっていたかばんの紐をペダルにひっかけ、思いっきり前にとんでこけたという話。

 「こわい。こわい」。たいしたことはなかったのでよかったが、それでも前輪がずれ、かごはかなり変形している。気をつけてほしい。

 話はかわるが、今日安部首相が辞任を表明したというニュース。この時期の辞任表明は「なんで?」と拍子ぬけだが、よく考えてみるとぼく自身は、去年から参議院選挙までの任期だろうと予想していただけに結果的には納得である。

 というのは、首相に選ばれるちょっとまえ、何かのインタビューで国政問題について質問されたとき何なにが○%だのどうだのと、統計の話しかできていない。

 この人は、人間味が感じられないと思った。まあ自分なりには、時期は別にして結果は納得である。

2007年9月10日 (月)

チョット急いだ通勤自転車

 今日は、職場でいつもミーティング担当の女性が休みで、その周辺もあと2人休みのため、職場にはやく到着する必要がある。

 といっても、朝は習慣で、7時30分から45分はNHK連続テレビ小説「どんど晴れ」がかなりクライマックスに入ってきたので、見るにはやめられない。その後トイレに行って、おもけに月曜日は、燃えるゴミを出しにいってから、出発ということで2分は遅れる。

 しかしなんとか8時5分前には家を出て、そのあとは気にしない。

 今日はこの夏から考えるとかなり涼しい。2号線にはいって、いつもの道路温度表示の電工掲示を見上げると、なんと25℃。

 「おお、いっきに5℃下がった」

 なんとなくペダルも軽いように感じる。歌島交差点に入る手前100mぐらいでバスのあとを走るが、バスはバス停をパスしてくれたので、そのまま後ろにしがみついてはしる。

 それで交差点を青信号のままよゆうをもって直進できた。

 「よし、今日ははやくつけるかも」

 途中なぜか雨がパラパラ。しかしレーサーウェアとパンツだけの着衣。ぬれてもいいさ。

 職場に近づくぼど雨足が強くなる。なんとか少ないぬれ方で職場に到着。そして4階の事務所についた時間は8時48分。余裕だ。

 帰りは部署の状況を見ていないといけないので、6時30分まで帰れなかった。すでに外は暗い。しかし今日は仕事的にやることはやったので気持ちよく帰れる。

 阪神尼崎付近では、連なった自動車の動きは30km/hを少し上回るぐらいだ。思い切って黄色のタクシーの後ろをしばらくピッタリついて走る。するとペダルをこがなくても進んでいく。これはロードバイクならではの醍醐味だ。しかし初心者はまねしないように。

 接近しすぎて、前のタクシーが急停止でもしたら事故になる。

 しかし考えて、みると健康のことはさておき、本当に化石燃料など関係なしに自分の脚だけでハイスピードで移動し、通勤しているのだから、これぐらい現代の社会では環境に貢献していることはない。使っているとすれば、運動で歩く人より酸素を多く吸っているくらいだ。

 だから職場でも大きな顔をして通勤すればいいのだが、残念ながら市民権は得ているというよりもまだ「よくやるな」「趣味の世界」というぐらいしか理解されていないように思うので、職場に向かう途中、パンクしようものなら、肩身が狭い。

 自分では間にあうように家を出ているちもりだが、職場につくのは就業10分前前後なので、パンク修理所要時間15分は遅刻に入る。

 それを予想して毎日20分まえに着くように家を出るべきかもしれない。

 まあ対策は考えよう。でも自転車通勤はやめるつもりはない。

2007年9月 9日 (日)

うたごえ喫茶的一日

 昨日は、午前中は休み。しかし4時間あまりの休養だ。夜は、うたごえ喫茶での伴奏と演奏があるので、朝1時間あまりその練習。それと昨日アップしたブログ更新。これでだいたい時間は過ぎた。

 午後からは職場の役員会議。そのあとのうたごえ喫茶までの時間は、職場から尼崎のうたごえ会場までの移動を考えると、日程がかなりタイトだ。緊張感をもって職場へいく。

 結果的には午後5時過ぎ会議が終わり、家に向かう。しかし妻はまだ帰っていなかったため、風呂の準備をし、自分のシャワーをし、ラーメンをたべ、時間は過ぎていく。すでに6時15分。うたごえ喫茶開催時間は午後7時。準備もあるので、ギリギリだ。

 そういうこともあり、今日の職場までの異動は、電車にした。ただしJRの駅までは折りたたみ自転車で行く。昼まっただなかの駅までの移動なので、時間短縮もあるが、暑さをすこし緩和できる。

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今回のうたごえ喫茶については、その喫茶店がマンションの一階で営業しているのだが、突然マンションの持ち主が立替をもういれてきて、立ち退きを申し入れられている状況の中で開催している。したがってこれがこの会場では、最後になるかもしれないということで、感慨をもって開催した。

 この喫茶「アダージョ」のマスターは波乱万丈の人生を歩んできたのだが、今は、マラソン、自転車、トラヤスロンなどこなす鉄人で、またピアノの名手でもある。魅力ある人だ。会場で挨拶され、もしも出て行く場合には自宅のガレージを改造してでも、いろんなイベントができるように努力したいと言われた。

 たしかにいまのわれわれのうたごえ喫茶だけでなく、ジャズのライブや、他のうたごえ喫茶、演奏会など30年にわたって続けてきている。小椋 圭やほかの有名人もおとづれている。オーナー自身も店を開くまではこの尼崎の地でプロのピアニストとして演奏していたということを昨日、歌声喫茶が終わったあと話していた。

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今日の行事の方は、いつももってくる音響装置を、重なって開催されている障害者団体の夏のイベントに貸しているため、簡易アンプでマイク2本という中でおこなった。

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 司会のTさんは、話術がさえる。また、わがマンションの奥さん方がぼくの妻を含め多数参加。

 指定曲「花」「島唄」「夏の思い出」などスムーズに流れた。自分にとって前奏を完璧に入って、みんなのうたごえがさっとはいることが理想だが、うまくいった。

 おやじーずとしての演奏では、またテレビドラマでリメークして出てきた山下清の「野に咲く花のように」を、Tさんの物まねを交えて演奏に入っていくとこれが大うけ。

 

 まあ、大きな声でみんなで歌うことは、それがノッタとき連帯感というか一体感を感じることができる。カラオケにはない魅力だ。ただ、伴奏もそれなりの技術をもっていることが必要になってくるので、ぼくのように大人になってからピアノを操っているものにとってたゆまぬ努力あるのみである。

 きょうはまったく自転車にまつわるできごとがなかったが、終わったあとのビールを交えた懇談の中でみんなの体系と体重の話になると、自転車で通勤していることがちょっと注目されたりする。まあちょっとうれしい。 

2007年9月 8日 (土)

疲れに疲れた1週間

 3日前のパンクの日は本当にいろんなことが重なり、ブログを更新する体力が残っていなかった。帰る時間も8時を過ぎていたこともあり、それからの買い物と食事づくり等々でヘトヘトである。帰りのパンクは運よくというか、運悪くというか買い物にいくコープの手前で起こったので、自力で帰れる距離だが、帰りが遅かったのに加えて、コープから押して歩いてかえるのが、惨めに感じた。

 しかし、なぜか英語の勉強はしていて、1センテンスを1ヶ月かかってすべて覚えこもうと繰り返している。

 翌日、家に帰ってからの第一目的が、タイヤを回復すること。すでにチューブは使い終わっていて、ストックがない。この日はひさびさ電車で通勤したので、帰りは大阪駅下のギャレにあるサイクルワールドに行って、チューブを3本と新しい携帯用仏式空気いれを買った。前日のパンクのあとチューブをその場で入れ替えて、空気を入れ始めたが、何度やってもいっぱいにならない。やむなく近くの自転車屋にかけこんだわけだが、携帯用空気入れがどうも使い勝手が悪い。

 3800円相当したが、いざというときの復旧時間が問われるので思い切って買った。その夜は、チューブ入れ替え作業をしたが、パンクした後輪タイヤを点検してみると、銅のかけらと思われる長さ1cmほどのものが斜めに刺さっていた。

 それにしても朝は大型ホッチキスの玉が、夜は別にその銅片が、こんなこともあるのだと不思議に思う。その前はもうかれこれ1年以上パンクしたことがないのだから。それに同じ道路のコースを走っていてである。

 もうしゅっちゅうパンクはしていられない。確実に朝は遅刻になるので、自転車通勤自体がしづらくなる。

 おかげで、2度あることは3度あると思いつつ、昨日はおそるおそる走った。ただタイヤははやくゴムが減る後輪タイヤを前といれかえ、そこにストックしていた新しいタイヤをはめ込んだ。それで走りはちょっとよくなったように思う。

 ただブログに関しては、昨日も、家に帰ってから障害者施設の夏のイベントで、音響設備とプロジェクターを貸してほしいと以来をだいぶ前からもらっていて、昨日が持っていく日だったので、夜7時に家につき、シャワーだけ浴びて、すぐ道具を運んでいった。

 去年も貸したのだが、そのとき説明したスタッフの人が誰もいなくなっているということで、また一から説明しないといけないため現地にもっていっても時間がかかった。うまく使ってもらえるか心配だ。

 仕事的にも、ぼくのことばの足らなかった部分のするどい指摘を受け、解決はしつつあるが、自分の指導のたらなさに少し自信を失ったりしている。

 そのなこんなで、1週間の疲れがどっどっと出たのか、米倉涼子の「独占入手・ダイアナ・最後の瞬間・・・」をぼっーと見つつ、力尽きて、寝てしまった。

 それから最近「自転車通勤」を検索して、いろんなサイトを開けてみて気になったことがある。他のブログを批判したくないが、町中を走る動画で、赤信号をつっきっている場面や、わりと歩道をスピードを出して走っているシーンがあり、せめて映像だけでも赤信号を無視するのはやめてほしい。ただそのホームページとブログ自体は非常によくできていておもしろいことはたいかだが。

 その方にコメントするのはちょっと気がひけるので、自分のブログで意見を言っておきたい。

2007年9月 5日 (水)

神の悪戯か?2回のパンクと職場タラブル

 今日はどうもペダルが重い。理由は、向かい風が原因なのだが、どうも気が重い。おまけに道路温度は、31℃である。「なに!これは」と思いつつしばらく走ると、どうも後輪のクッションがおかしい。不安的中! パンクしている。

 ひさいぶりのパンクである。1年以上たっているだろう。左門戸橋の空き地でパンク修理。気持ちは冷静だが、「ちきしょう」というのが本音。遅刻はやむをえない。

 冷静になって、タイヤをはずし、チューブをスペアに交換し、タイヤに入れて空気をいれるが何回やってもすぐ抜ける。それで15分は経過した。ひょっとするとタイヤにまだなにか刺さっているかもと思い。ごく近くに自転車屋があることを知っていたので、そこに駆け込む。ちょうど店を開ける準備をしているところだった。

 オーナーにチューブをはずして、パンクチェック用の水槽にしれて破れているところがないか見てもらったが、異常はなさそうだ。ということは空気入れの注入に問題があったのか。一応技術料700円を支払った。

 職場までは異常なく走っていけた。その間電話では「通勤途中パンクして、自転車屋で修理してもらっているので、1時間遅刻にしてください」と職場の職員に連絡したが、どうもそういう理由では、伝わっていなかったようで、単純に1時間遅刻になっていた。

 これはちょっと後ろめたい。しかし、そんなに遠距離自転車通勤が十分理解されていれているわけではない、つまりそんな危険なことよくやっているという部分もあるので、大きな顔をして「パンクして遅刻しました」と言えない面もある。

 ここはつらいところである。もっと市民権を得たい。

 職場でもどうも不穏な問題提起があって、かなり考えさせられる文書による訴えがあった。トラブルは一機にかさなっておこるものなのか。

 おかげで残業状況を十分見る必要があり、午後7時前まで職場にいた。しかし後の自分の予定(帰る途中、コープにより買い物をし、家に帰って食事の用意をしないといけない)を考えると気がきでない。結局7時まえに帰ることにした。

 気もちがあせる思いで、帰りの自転車にまたがる。朝向かい風のとき、逆に夜になっても風向きは一定のことが多く、帰りは追い風。ギアをひとつ重たい状態ですいすい進む。

 ところがである。尼崎について、コープへ買い物に行くため、JR立花のバイパスを登り、降りたところで、予想もしないが、後輪タイヤに違和感あり。折りきってコープの方角にUターンしたとこで再びパンクであることがわかる。

 コープの駐輪場について、タイヤを点検。朝と違うところに何かが刺さっている。こんなことがあるのか。これは神のいたずらと思ってしまう。

 一日に2回もパンクしてしまった。それも外部の破片が原因である。やむなくコープで買い物をした後、押して家まで帰った。

 さんざんの一日だった。

2007年9月 4日 (火)

終わらない夏の風景

 昨日どうも風邪と疲れが自覚できるので慎重に家でくつろいでいたが、夜から今日にかけての夜中は、妙に暑さを感じ、あせがとまらない。結局睡眠不足の朝になってしまった。

 それに長男が和歌山の釣り企業に就職したが、昨日からこちらで展示会を開催するため、とまっているが、妻と同じで朝が早く、おまけに昨日から就職が決まった2男も就職先が遠いため朝は6時ぐらいからごそごそする。

 最悪の体調の朝だった。トイレに行って身支度をして、食事をして何とかシャキっとした。

 しかし、家を出てからもやけに暑い。2号線途中の道路温度は29℃をさしている。日差しも夏以上に強く感じたりする。走っている途中、抜いていったロードバイクがいた。それにまどわされないように自分の速度30km/h前後をキープして走ったが、糸でひっぱられるようにどうしても前にその存在が見えるとひっぱられるようにペダルをまわしている。途中歌島交差点を直進するとき、ぼくの方が左折車を交わすのがタイミングよく彼を抜いてしまった。その後信号無視して走るので抜かれたが、土佐堀でまた抜いてしまった。

 おかげで振り返ってみると疲れが出て、心拍も170ぐらいパクパクしている。

 職場につくと疲れを自覚した。それにしても暑い。9月を4日もすぎたのに、あまい考えに背をむけるような太陽の日差しだ。

 仕事の展示会が来月のため、自分の役割はこまかいところまでバタバタしている。

 家に帰ってから今週末にうたごえ喫茶が予定されているので、「おやじーず」の練習が予定されている。

 5時半に職場を出て、マイペースで走るが、それなりにあとの時間が気になる。なにわ筋途中、ルーガロイヤルホテル付近の信号待ちで、近くの歩行者が話しかけてきた。

 「どこまで帰るの」

 「尼崎までです」

 「どれくらいかかるの。1時間半くらい」

 「いえ、50分ぐらい」

 「毎日走ってるの」

 「ええ」

 「がんばってね」

と言って青になった信号を渡っていった。

 やはり関心はあるのだろう。やってみたいと思っているのか。めずらしいと思っているのか。ときどき信号まちで反対から歩いてくる若い女性がこちらを見ている。

 あこがられていればうれしいが、どう思っているだろう。

 まあ自己満足だが、かっこいいなと注目されていると思っておこう。

 しかし自分から見てもかっこいいなと思えるファッションのロードバイカーもいれば、服全体が暗いなと思えるバイカーも多いなと思う。

 どうせなら派手に行こう。ただ自転車に乗っているときは、髪の毛など整っていなくても気にしなくていい。ただ全体には、スッキリ決めていきたい。どちらかと言えば自分は派手なほうだろう。

 明日はすこしでも涼しくなることを望みたい。

2007年9月 3日 (月)

スポット的夏休み

  昨日からまた真夏なみに暑い。

 そのため昨日は、午前中もちつきの臼を引き取りに行くを済ませたあとは、なぜ体がだるい。

 午後はNHK、BS2で鉄棒競技のかっての英雄、具志家と塚原さんのすごさを振り返る内容の番組、ダ イアナ妃の生涯をあつかった番組を見て、午後は過ぎた。

 今日は思い切って”湯の華廊”スーパー銭湯に出掛けた。まるっきしリラックスできたようだ。

 午後は読書のため地下収納庫にこもった。暑さを避ける効果抜群であった。

 しかし暑さはいつ引くのか。

2007年9月 1日 (土)

映画シッコを見に行く

 今日は午前中は当番で職場へ昼まで出勤だ。しかし、昼から妻とマイケル・ムーア監督の映画「シッコ」を見に行くため、出勤は電車でいった。

 仕事も無事終え、なんば駅で待ち合わせし、近くで食事をし、目的の上映館、敷島シネポップスを探す。確かビックカメラの近くということはわかっていたが、なにせはじめての場所なので、しばらく迷う。千日前南とおりで、サンドイッチマンのおじさんに聞いてみると、すぐ近くということがわかり、さっそくそこに入り、まだ50分ぐらい余裕があったが、チケットを買っておくことにした。

 そのあとまたそこ会館を出て、近くの黒門市場を見に行った。思っていたより大きくないし、ちょっとさびれている。しかし昔の面影が漂う市場だ。

 そこをまわって、30分はすぎ、また映画館に入って、上映を待つ。

 映画は衝撃的だった。アメリカの医療の現状をたくさんの取材と、ムーア監督に送られたメールをもとに作られている。まさにアメリカでは、医療保険会社が国を動かし、貧富の差で、実際医療にかかれる内容が違う。つまりお金がないと十分な医療をうけることができない。切断してしまった指2本の値段を見て、1本だけ縫合した話はおどろく。

 しかし、それと比べて隣のカナダ、それにヨーロッパのイギリス、フランスの医療無料化との違いに愕然とする。

 またキューバにも出かけて、その医療の充実と、アメリカでは家まで売って、娘の家に居候する母親が、キューバで同じ薬の値段を12000円が6円という実態を知って、なさけなくなってないてしまう場面は一緒に泣いてしまった。

 日本もアメリカのあとを追っているとすると、日本の行く先はそういうふうになることはまちがいない。本当に考えさせら得れる、また傑作な映画を見てしまった。

 帰りは、その商店街の喧騒と、地下鉄のこみあいの中、映画の余韻を引きずって、武庫之荘に帰り、スーパー「オアシス」で夕食とビールを買って家に帰った。

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