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2008年1月31日 (木)

映画「モーターサイクル・ダイヤリー」に感動!!

Photo  朝の道路温度は5℃を表示。あまり寒くない。

Photo  尼崎アルカイックホール近くの信号まちで、ひさびさに、敬礼謂おじいさんが近寄ってくる。また「こんな細いタイヤはよう乗らんなあ。そのタイヤ全部ゴムかとおもっとったへどチューブが入ってんの。すごいな・・・・」というような感想を述べられ、信号が変わったので、そこで敬礼して分かれた。

 職場についても寒さを口にする人が多いが、僕はいたって暖かい。長袖ワイシャツで十分だ。

Photo_3  帰りはそれなりに寒い。しかし、この前発見した庄下川からの道を今日もいってみたら、スムーズにコープこうべ立花店に到着。夕食の材料を買ってかえった。Photo_4

 ところで、夜食事を終えて、期待していた映画「モーターサイクル・ダイヤリー」をやっていることに気づき、チャンネルをNHK衛星第2に設定する。

 これはキューバ革命の最中ボリビアで死んだチェ・ゲバラが青年のころ、友人と南米中を最初バイクに二人乗りで、荷物も積んで、旅をするという物語だ。その本の日本語訳を以前読んだことがある。

 革命家の印象とは、本ではちょっと違っていたが、それでも今日あらためて映画をみると、その純粋で正直な生き方が伝わってくる。その上に医師の資格を持っている知識人だ。科学的なものの考えかたを持っている。

 ハンセン病患者の施設を訪れ、素手で握手する。その施設の看護婦長から規則を破ったと注意されるくらいだが、当時は医学的知識がなければ、そんなことはできないだろう。

 しかし、彼自身もひどい喘息患者であり、その発作の場面も出てくる。

 途中あの世界遺産マチュピチュを訪れるところがあり、それもなかなか感動だ。

 しかし、世の中を変えようとする人はみんな本当に正直で純粋であってほしいとこの映画を見て思った。それを地でいっているように描いている。

 いい映画を見た。

 

2008年1月30日 (水)

久々の雨のない通勤

080130  空は曇っているが、今日の朝は久しぶりの雨のない天気。

 思ったより車が少ない。昨日のランドナーの走りの感覚が残っているので、ビアンキロードバイクはことのほか軽く感じる。

 う~~~ん! やっぱりロードに限る。

 前に見覚えのある自転車がいる。だんだん距離が近づいて、モンベルのTくんだということがわかる。彼と顔見知りになってかなり長い。しかしどちらも走り続けているにで同志的気持ちになる。

Photo  職場に着いたのは、やはり天気の影響はある。9時の就業12分前に到着。

 最近職場の電車通勤している人とぼくの自転車通勤について話あってみたが、自転車についての認識はかなり遅れていると思ってしまう。

 たしかにバイク通勤は禁止の方向なのだが、「自転車通勤は禁止やろ」と、あまりにも無知な認識のことばを聞いてがっくり。

 また危険度はバイクといっしょではないかと思われている。

 なにが危険なのか、見解の違いだ。道路走行で、遠距離の自転車通勤が危険でないかと言われれば危険はある。また体験したことがない人にとってはよけいにそう思えるのだろうことはある程度理解できる。

 しかし毎日自転車通勤に切り替えて約6年半。この間どれだけ環境に貢献していることだろう。それに交通費の請求は最小限にしている(月4回電車通勤分840円×4回=3360円)。自分自身にとっても、健康増進に役立っているし、仕事上も自己満足かもしれないが、職場についてすぐ頭は活性化して、能率がいいと思っている。仕事の意欲も沸いてくる。帰りはストレスを持ち帰らず、走っているあいだに解消している。

 危険度はどうか。それは否定できないだろう。しかしそれは確立の%の問題であって、電車と歩行でも安全ともいえない社会だ。

 自慢じゃないが、危険回避のため最大限の注意はかかさない。

 その具体的事項としては次のようなものだ。

 ①信号は小さな交差点に関わらず必ず守る。その他交通法規は守る 

 ②決して急がない。時計はもたない。

 ③パフォーマンスはかかさない。夜のライトはもちろんだが、昼間は、右左折の手での指示。進入しようとする車への「待った」の手での合図。

 ④自転車そのものの整備をおしまない。特にブレーキの片効きのチェック。タイヤ空気圧の点検。チェーンへの油の補給。

  

 それだけの努力はしている。ただそれ以上に言えることは、自転車がすきかどうかということも関係がある。今日の自転車博物館館長、中村博司さんのブログには、本当に自転車がすきかどうかのメルクマールは、冬の寒いときに自転車に乗ろうと思うかどうかだと言っているが、それは僕的には考えると自虐的側面もあるように思うが、ただ冬に寒く痛い感覚の中で、自転車を走らせるおもしろさは言葉で表現しにくいが、きっとある。

 ただ一定の失敗の体験を経ないと、どんな装備が一番自分にあっているかわからないと思うが、失敗の体験をすることが非常に役立つ。そうするとあらゆる気温の中で走っていける大きな自信になろのだ。

 まあ、そんなこんなを考えながら、寒い冬に中を走る充実感を感じるこのごろである。    

2008年1月29日 (火)

行きも帰りも雨、雨、雨

Photo  朝起きると雨がまだ降っている。雪も想定していたが、またいやな冬の雨だ。 

 しかし、今日はランドナーでいくことにした。それでいつもより早く家を出る段取りをする。

 レインウェアの頭巾を被って、その上からヘルメットをつける。どうしてもミヤタランドナーではロードのような加速が出せない。

 2号線を走っていると、一人に抜かれる。よく見るとシマノ工業のHさんではないか。彼は上着のみレインウェアだが、下半身はタイツそのままで濡れている。乗っている自転車もトレックの愛用ロードバイクだ。

 会話の中で彼も電車通勤は違和感があると言っていた。ぼくもそれは思っている。しかもこういった雨の日、とくにこの冬は北の方面は、東海道線で繋がっているが、おそらく雪が降り積もっていて、電車はその影響でどうしても遅れる。

 だからぼくも今日は自転車で行った。しかし走りはじめはどうも体の調子が悪い。走っている間jにだんだんそれも薄れてきて、後半は調子よかった。

 ある意味、ランドナーの太いタイヤのクッションは気持ちいい。

 土佐堀の次の信号で今日もたくさんの人が赤信号を平気でわたっている。ただここは一方通行路なので危険は少ない。しかし信号無視が常態化している。たまにそれでも信号をかたくなに守る人もいるのを見かける。

 ぼくはがんばれと心で思ってしまう。みんなが悠々と横断しているだけにそれを思いとどまること自体勇気がいる。そんな人もいるんだ。

 Photo_2

 職場について、完全装備のこの姿。今日も無事に職場につけた。

 今自分のマウンテンバイクが前輪パンクしているだけに、ランドナーは役立っている。

 帰りもレインウェアで行ったが、それにしても家に帰ってみるとこの連日の雨で、洗濯物が乾かない。これは辛い。

 明日の晴天に期待したい。

 しかしなぜ雪が降らないのだ。

 一度雪の積もった道をマウンテンバイクで通勤したい。そんなことを今考えている。

行きも帰りも雨、雨、雨

2008年1月28日 (月)

ついに朝の温度は1℃に

080128  昨日書いたように筋肉の後退が妙に気になるのだが、今日は、いつもの自転車通勤が始まるので、うずうずしていた。

 いつものように家を出て、名神高速橋げたぞいに先を進み、2号線に近づくにしたがって、手の指が痛くなってくる。そのうち走り続ければ治るだろうと思っているので、がまんして走る。

 しかし、稲川橋交差点手前の道路温度表示は1℃。この冬ではじめて見る数字だ。

 なんとか大阪市に入って佃付近に入ったときやっと手の痛さはなくなった。

Photo  それから、また風のようにぼくの前を通り過ぎるロードがいる。手をあげて「おはようございます」というか言わないかで通りすぎていった。

 モンベルのKくんだった。若いというかその点では勝てない。

 なんとか歌島交差点の次の信号で追いつき、後ろ姿を了解を得て写真におさめた。

 それからずっと前を走っていったが、その間にシングルギア青年、だぼだぼズボン青年を見たが、野田阪神交差点で追いつき、信号のタイミングでkくんに追いつき、しばらく彼を風よけにすぐ後ろをついてくことができた。ダボダボ青年は追い抜いてこなかった。

 しかし自分の年を考えないといけない。年を忘れてしまっている。

 彼とは本町通りで別れた。しかし、人の後ろにつくか、バスの後ろにつくかほど面白いことはない。時速40km/でもかなり楽に走れる。ということはツールド・フランスの集団の中に入ってもある程度一緒にいくことができるか、とか思ってしまうが、程度がちがうだろう。

 

 帰りの自転車は予想はしていたが、雨に走行。先週の朝の濡れ方の体験を考えて、いつものウェアのうえからレインウェアを着て走った。これでまったく寒くない。

 ただ、シューズは何もカバーしていないので、半分走った歌島交差点手前で足がびちゅびちゃになってきた。しかしがまんして走る。

 尼崎に入って、安全を考えて2号線をさけ、庄下川ぞいに迂回し、今日はJRの高架下をさけ、その前に左折し、線路南を走る。

 この道は年末にみかん販売で、最後暗くなって、く配りにきたところだった。線路沿いに西に走る。ここは車もこず、道もある程度広いのであぶなくない。

 新しいリート発見! うれしくなる。

 市役所とおりで、線路踏み切りを渡り、また北側を線路ぞいに西に向かう。これはいい。いいコースだ。そこからコープ立花に直行。

 レインウェアで濡れてままでコープ店内に入るのは気が引けるので、上着だけぬいで中に入る。今日はおでんの食材を買いにきた。 

 てきぱきとおでん食材を買って家に帰る。娘がご炊飯器で米をたいていてくれたし、流しの周りも片付けていてくれて、助かっている。

 急いで鍋におでんの具を入れ、ガスをつけ、なんとか30分で準備OK。

 そのうち妻が帰ってくる。

 先に風呂に入ったが、43℃の浴槽が気持ちいい。

 風呂あがりで、家族5人そろい、おでんの鍋をつつむ。スーパードライがあう。おととい買った白鶴の酒があう。しあわせとはこういうときか。

 ただホームレス生活の人たちのこの季節の辛さが気になる。

2008年1月27日 (日)

休息三昧の日曜日

080127  朝、洗濯物をベランダに乾してるとき、ふと植わっている木々に目がいくと、一つの鉢にダイコンの種を植えていたが、一株だけ成長してきて、今日みてもまた太くなっていた。

 朝、妻の忘れ物で西宮の職場にいっしょに車で向かった。朝の国道2号は、すいている。

 用事をすませ、帰りのコースを走ったが、帰りは武庫川で北向きに川沿いを走った。

 ブルーシートが増えていることに驚く。考えて、みると夜は本当に寒さに耐えるのは辛いだろうなと思う。

 ところで昨日のテレビ番組の一つ、「世界一受けたい授業」で、筋肉を専門的に研究している先生が話していたが、人間のもっとも大事な筋肉は、大腿筋と内蔵の近くにあり、骨盤から足につながる筋肉、それにお尻の筋肉、この3つがもっとも重要と言っていた。

 それが、一日でもごろごろして使っていないと1%づつ退化するらしい。

 それで、その筋肉を強化する体操を紹介していたが、「はっ」と思ったのは、まさに自転車のペダリングに近い動きを案内していた。

 また筋肉低下も目安として、立って片方ずつ靴下がはけるかというテストで会場のゲストがここと見ていたが、大和田獏さんでもこけかけていた。

 ぼくの場合はなんともない。あらためて自転車通勤の効用を自覚することができた。これで今後も辛い日もないではないが、ますますやる気が出てきたぞ。

 話は変わって今日は午後から夕方までテレビを見て過ごしたが、まず大阪マラソンのトップを先行した福士選手の走りは見るからに無駄がなく、気持ちがよかった。ただ結果は見ていない。というのは、そのあと「タカジンのそこまで言って委員会」を見た。

 日本の経済、農業に対する認識は共感できるものは何もなかった。三宅氏は日本の農業は自民党と農家が結託して、高い単価をまもってきたというようなことを言っていたが、第一、日本の食糧生産をストップさせ、わざわざアメリカから大豆や、小麦をはては、質の悪い木材を買わされてきたという事実を知らないのかと思う。

 ぼくは日本の米は、それなりの手がかかっている分、味をよく値段もそれなりのものが必要だと思う。わざわざ外国から安い米を輸入して、儲かるのは誰かということだ。それで国民も米の味覚を低下させられて、それでいいというだろうか。

 またいまや南米アマゾンの密林の破壊が注目されてきたが、どの国が一番その責任があるのか、それは日本だ、一番のお得意さまになっている。つまり地球温暖化の昨日関係会議でCO2の削減の必要性を語ったが、その国が、外国で森林破壊に手を貸している。そして自国の森林を宝の持ち腐れにしつつある。

 いまやグローバリズムをめざすよりローカリズムに目を向けるときなのだと思う。自分の国の国民が自分の国で作ったものを買い、経済を活性化していく。江戸時代のよさはまさにそこにあったのではないかと思う。

 トヨタも外国ばかりに車を売って、喜んでいてどうするんだ。自社の利益を自社の社員と、国民全体に還元できずにえらそうなことをいうなといいたい。

 また、ちょっと話がヒートアップしてしまった。

 3時からの番組、東海道五十三次を浮世絵に表した歌川広重と、その影響をうけたヨーロッパ印象派の画家をおって、紹介した内容は、案内人の壇れいが美人で(映画、武士の一分の主人公の妻)気持ちがいいし、内容もよかった。とくにモネ、マネ、それにゴッホがその広重の影響を受けていたという話。ある意味日本の文化水準の高さを考えさせられる。だから経済大国かどうかではなく、すでに江戸時代、鎖国時代に日本の文化が培養されていたということで、それはいったい何を意味するのか、ある意味これからの研究テーマでもあろうと思われるが、江戸時代というある意味平和な社会の中で、するどい感性が養われるなにかの要素があるのではないかとぼくは思う。

 まあそんなことを考えさせられる一日であった。

2008年1月26日 (土)

待ち望んだ休みは、自動車修理に

Photo_2 Photo 080126  待ち望んだ休みだ。本当は東京へ出張の日と思っていただけに嬉しい。

それでマイ・プレーリー(自家用車)のバックライト右の破損交換で、勝本モーターに行った。その修理は1時間以上かかると聞いていたので、その間尼崎のおもなところの探訪をしようと、折りたたみ自転車を車に積んでいった。

 この修理会社は、人間でいうと命の恩人だ。以前修理はニッサンのディーラー名神店に依頼していたが、一度故障で動かなくなったとき、オートマの交換が必要といわる30万円以上の出費ということだった。それでもう廃車しかないかと決断しかけたとき、一度人間でいうセカンドオピニユオンと同じように電話帳からなんの前知識なく、この勝本モーターに電話し、車を持っていった。

 結局箇所は、オートマ本体などではなく、後輪のサスのゴムの磨耗ということが分かり3万円でことたりた。

 それからは、こちらを信頼し、ずっと修理点検を頼んでいるが、エンジンの調整もしてもらったら、アイドリング時の異常な振動もなくなった。

 それでディーラー付属の修理では、新車への乗り換えの薦めしか考えていないのだなと思っている。その営業の人にこんこんと説教したことがある。

 まあ、今日も修理をまかせて、尼崎の寺町周辺をまわることにした。たたついでに言うとその交換のバックライトカバーは、備品が廃盤になったと聞かされた。年式はすでに22年を経過しているが、自動車産業からは見放されたような車だ。しかし日本はちょっとおかしいぞ!

 寺町の各寺は開放されているが、来訪している人はまったくいなかった。そのある寺に尼崎の歴史を書いていたが、大阪よりも歴史は古く、関西の開港地であり、その後も長い間、重要な地域だったということだ。「へえーーー」と思ってしまった。

 Photo_3 そのあともう廃校になったが、この繁華街に開校していた開明小学校跡の通り、その塀の説明に、戦争終盤にB29爆撃機からと思われる機銃掃射の弾痕が残されていた。そしてその当時爆撃で400人以上亡くなられているが、これは今見て生々しい。立ちすくんでしまった。

 そのあとそのすぐ近くにいつか行ってみたいと思っていた「ヒノデ水飴」の本店に行って、む水飴を買った。試食もさせてもらった。

 ちょうど小学生の女の子2人と、60歳代くらいのおじさんも買いにきていた。今になって見直されているまったくの無添加で、もち米だけを使っている。甘さもそれが麦芽糖化したものだけだ。

 これは今や新しい、というか注目されるべき製造だ。しかし創業100年以上を誇っている。ああ、買えてよかった。

 しかしだんだん寒くなってきて、1時間ほどたったので、勝本モーターへもどった。

 ちょうど修理が終わっていた。ライトカバーはきれいになっていた。ちょうど時刻は11時40分。このあと、西宮のスーパー銭湯に行こうと思っているので、すぐ折りたたみ自転車を車に積み、意気揚揚と2号線を西宮にむけ走る。

 Photo_4

 名前は「熊野の郷」という。館内はちょっとシックな黒の木材でコーディネートされている。ここの魅力はぼく的には、塩サウナとかけ流し浴槽。サウナ室に山済みになっている塩を体に塗り、汗をかくまで待つ。ほどよく塩が体にしみこむ。そのあと水につかり、かけ流しの浴槽に入り、風呂をあげる。

 温泉の成分を体につけたまま、シャワーはせず、そのまま拭いて、服をみた。 

 体はホカホカだ。

 ああ、よかった。よかった。満足でいっぱいだ。

 家に帰って、昨日からのカレーを食べ、テレビで西村雅彦が案内人で南アメリカの赤道近くの旅を見る。そこではアマゾンの密林が多く、大豆畑に変えられている姿を映していた。

 まあゆっくりできた一日であった。

2008年1月25日 (金)

電車通勤もまた辛い!

080125  朝は「チリトテチン」と「都の風」を録画して、午前ちょうど家を出る。

  なんとか電車通勤での駅タイム、8時18分までに十分間に合った。安心してその電車に乗ったら、徐行運転で約6分の遅れで大阪駅に着く。

 まあ時間までに職場についたらいいやと腹をくくって慌てなかったが、タイムカードは8時58分ぐらいになっていた。

 たまに電車で通勤するとlこういうことに遭遇するわけだが、日常茶飯事になっているようだ。

 仕事は今日は大きな課題は無いが、職員に交通事故のニュースが飛び込んでいて、その現場に午後から向かわないといけないことになり、予定は大幅に狂う。

 しかし、交通事故はなくならない。ただ軽い人身事故で終わってのが幸いだった。

 それにしても数え切れないくらいの道路、交差点で改善の余地があるのではないかと、焦ってしまう。ただ今回もうちの職員の不注意はまぬがれない。 

 夜は、職場の職員共済会の総会に出席した。こういった場も必要なのだろう。関係団体が3つあるだけに貴重な懇親の場だ。

 酒はセーブする以上に飲んでしまった。もどなくほろ酔い気分のうちに総会は終わり、そのまま家に向かった。Photo_5  

駅から家までの歩きはことのほか寒い。

 ただ、明日から2日間は完全休みということになったので、足は軽い。

 新年会の話の中で、ぼくの自転車通勤について、頭からあぶないと思っている人がいることを発見したが、偏見はだいぶあるようだ。

 道路そのものは、車も多く危険は多いが、むしろ一般道では、歩行者も自転車もみんな結構あぶないことが多い。

 むしろ自動車と平行に車道を走ることは、安全といえる。問題は、それぞれのマナーと交通法規をいかに守るかだろうと思う。そうするとそうそう事故などおこるはずがないと思っている。

 電車通勤は完全にその車両におまかせだが、自転車は自力の能力と安全確保である。

 無理はぜずとも、この自転車通勤はいつまでの続けたい。

2008年1月24日 (木)

超悪天候、最悪の自転車通勤

080124  今日の朝はやっと天気が回復するのだろうと期待いつつ、家を出る。おととい持って帰った職場用レインウェアはいちおうディパックに入れての出発だ。

 ごみを廃棄場所に持っていくとき、どうも空の色が暗い。まさか雨は降らないだろうと淡い読みだった。

 家から走りだしとたん埃か、紙かなにかが空から落ちてくる。はじめの信号まちでは、あきらかの雪が降っている。みぞれ以上の丸い雪だ。

 このまま雪なら、まあいいかと寒い中を走り続ける。2号線に出ると、みぞれまじりの雪だ。しばらくして、このところ毎日会うシングルギアー青年がぼくの前に止まる。

 みぞれの中を走るが、道路の路肩では、水溜りが多く、これはやばいと思う。

 次の信号まちで、新大阪コースのSくんが後ろから声をかけてくれた。彼は上半身レインウェアを羽織っている。「さむいなあ」と話あう。

 とにかく僕が先を引っ張るが、上着もだんだん雨にぬれ、最悪なのは、お尻部分がだんだん冷たくなってくることだ。ロードバイクは普通ドロヨケがないので、後輪の水がはじけてお尻にあたる。

 もうどうにでもなれだ。グローブもだんだん濡れてくる。もちろんシューズはてき面だ。

 「冬の雨はいやだ」どころではない。もう濡れるにまかせるしかない。

 そのうち雨はやんできた。乾くことを期待するが、そうはいかない。なんとか職場に無事到着する。もう精神的にくたくただ。

 ただこういったときでもアンダーシャツは着替えをもっていくので、その点ではましだ。ただパンツとその上にタイツは濡れたままだ。まあ体温で乾かすしかない。

 昨日、コープこうべ立花店で、ディパックの防水パックを落として、なくしてしまった。おかげでディパックの中に入れていた、着替え用靴下も濡れている。しかたがないので、靴下は替えずに、そのまま濡れた靴下を買えずに履いた。

Photo  帰りの自転車は、二つの打ち合わせ後だったので、午後7時になりかけていたが、夜もこの上なく寒い。

 もうひたすらぬくもるのを期待して走るしかない。だんだん指先は戻ってきたが、足指の先は寒さで痛い。

 まあここまで本格的になると気持ちもひきしまる。

 「いよいよ来たか」という感じだ。帰りの時間が長く感じる。淀川大橋を通り過ぎるのが最大に辛い。向かい風が吹いている。

 それにしても昨日はランドナーで少し思いペダリングだったので、今日のビアンキはなおさらペダルが軽く感じる。

 家に着いて、靴下を脱ぐと、両足の指は赤くなっていた。すぐ風呂に入りあたためる。防水CDプレーヤーでコブクロの「5296」という題のアルバムを流して聞きながら、湯船につかる。至極の時間というべきか。

 しかし今の寒さは、あの北海道にー18℃の体験に比べたらまだまだだ。と思えるから、あのスキー旅行は体験としてもよかった。

 風呂から上がって、発泡酒「あじわい」を飲みつつ、今日は2男の料理で舌鼓をうつ。

2008年1月23日 (水)

雨が空から降れば、思い出は地面にしみこむ

080123  今日のタイトルはかつて六文銭リーダーの小寺 等の曲の一つだ。

 つまり今日は朝から雨が降り続いている。昨日も書いたが、冬の朝の雨はもっともいやな天気。

 しかし今週は、金曜日が夜新年会の予定で自転車通勤できないので、今日は自転車で行くしかない。

 それで朝の支度にちょっとあせりを感じ、いつもより早く出ようと気がせく。

 妻もかなり早く出かけたので、チリトテチンは、ぼくが録画することにした。

 乗る自転車は、ミヤタランドナー。ちょっとロードで行くよりスピードが落ちる。体は、モンベル製レインウェアを着て、靴カバーもつける。

 こんな日は、まさかいつも追い抜いていくシングルギアー青年はいないだろうと思って走っていたのだが、おどろいたことに彼は、カッパも着ず、いつもの姿で雨の中を、それも格別にタイヤ幅がちいさいシングルギアーで追い抜いていった。

 感心することしきりだ。

 ぼくは案の定、職場に着いたのは、8時58分ぐらいにタイムカードの前に立つ。

 着替えに約10分かかるので、朝のミーティングはロッカールームで聞くことになる。朝に通勤でかなり精神的に疲れた。

 仕事は全体の会議の準備と本番で日が暮れる。これでもかなり疲れた。

 

 帰りの時間まだ雨がちらついてるが、レインウェアはデイパックに仕舞い、自転車ウェアのみで走る。尼崎に入ったばかりの2号線ぞい、コーナンの前で道路で出てこようとする自転車が頭ひとつだしかけていたが、その目の前に来て、左手でストップの合図をして通り過ぎようとする瞬間、頭を出してきた。

 そして完全のこちらに接触しかけてくる。間一髪よける。非常識もはなはだしい。

 思いっきりどなる。「あぶないやろう!!!!!」

 の自動車のまえに位置取りし、路肩付近を維持したとき、自動車は、ぼくの右を通り過ぎしな、なにかこちらに向かってどなっている。

 こちらもおもいっきり腹がたって、「ばかやろう。出て来い!!!!」と叫んでしまったが、ずっと先を走っていった。

 地域道路ならこちらも止まりようがあって、譲るときもあるが、国道2号線だ。あんな車が増えたらおちおち安心して道路を走れない。自転車だからばかにしているのか、しかし自分より弱いものに対する配慮がまるでない人がやたら多いのには、世も末だ。

 だがそんな人が多いわけではない。対向右折車でも、ぼくの自転車が通りするぎるのをじっと待っていてくれる先頭の自動車もあった。

 ただ道路はある意味命がけだ。相手がいい人ばかりと思っていられない。さっきの車の場合も70%はよけられる状態であった。だが、前を通っているのが見えるのに無理やり入ってくる車の感覚にも驚く。

 ある意味道路は、人間がためされる場でもある。

2008年1月22日 (火)

一日自転車ざんまい!

080122  朝の道路温度表示は4℃。今日来ているウェアはちょっと薄いせいか、いつもより寒い。

 五号橋という交差点はあ路肩が急に狭くなって危険な地点だが、前の信号にシングルギヤー青年と、あまり見ない顔のちょっとあわったヘルメットのロードバイカーがひかえている。それにクロスバイクのおじさん体系オレンジダウン若者が歩道にいる。最近見る顔だ。

 ぼくはタイツが一番太く固いタイプのものを今日は履いているので、スピードは「まだ、こんだけ」という感じで28~29km/hがやっとと言う感じ。

 今日は仕事で一般車だが、おもいっきり乗る予定なので、力をためながら走る。

 職場に着いたのは昨日と同じ8時55分。

 服を着替え、9時半すぎには、会員訪問にちょっと遠い距離に移動するので落ち着かない。準備をすまして、9時45分ぐらい職場を出る。45分以上の距離を走る。

 服装は、ネクタイにブレザーを着て、その上にオーバーを着ているが、手袋だけ通勤で使うもので代用する。それでも寒さがしみてきて、ちょっと先行き不安だ。

 京橋を過ぎ、そこから一件、一件地図を見ながら走る。改めて気がついたが、大阪市内はやはり、自転車での移動が優れものだ。まわりの建物は、よくわかり発見がはやい。止まるときも車のように周りをあまり気にしなくていい。どこでも止められる。

 まあそんなことで、昼まで11件を訪問。しかし医院の患者数は千差万別。おもいっきり待合に患者がたまっているところもあれば、一人もいない高齢の医師の医院もある。

 いきあたりばったりで昼食は住宅地の大衆食堂というかおばさん食堂に入る。味はもう一つ。そのあと喫茶店を探す。都島本通という大通りぞいに感じのいい喫茶店発見。ひとときを過ごす。

 それにしても部屋の中があたたかい。

 そのあとなお、北に向かい6件にアタック。ついに17件を訪問。もういくところがない。それに雲行きがあやしくなってきて、帰路に向かう。帰りは毛馬町というところだが、淀川(大川)も毛馬の閘門という言う有名なところがあるが、その南側から川ぞいのサイクリングロードを走る。これは走りやすい。途中大阪市長公舎のとなり付近に藤田庭園跡という広大な庭園があるのを発見。入り口があり、有料で見学できるのかとおもいきや、中の南北で開放されていて、もちろん入るのは無料だ。

 それで少し寄り道で中を見学した。多種多様な木々が植わっている。それにしても明治時代に作られた庭園ということだが、100年以上は経っているように見えるくすのきの木を見つけた。もっと前から植わっていたものか。

 一応満足してさらにサイクリングロードを進み、ほどなく中ノ島付近に接近。ちょっと川を上がり、道路を渡ると、中ノ島公会堂、図書館、市役所がつらなるところに出る。

 なかなか都会にありながら大阪では、大阪城などにつぐ癒し地域だとぼくは思う。

 それから御堂筋に出て、その歩道をひたすら南むきに走る。歩道には人が多く、スピードは出せない。

 ところで御堂筋ぞいの信号は歩道が時間差になっているところが多く、歩道を渡るとき左折する車とバッテングしないところが多くあった。

 なんだ。こういうふうにできるんだ。ガソリン税の今後が大論議されているが、こういった信号を改善につかえばいいのではないかと思う。

  職場にもどったのは、午後4時過ぎ。休憩時間を省いても4時間以上自転車にのっていた。

 これで帰りの自転車は疲れが出るかと思ったが、逆に筋肉がやわらかくなっているのか、かえって走りやすい。ただ帰りは雨がぱらついてきて、ちょっと不安。まあそのまま大降にならずに走れた。

 しかし真冬の雨ほどいやなものはない。いっそ雪でも、と思ってしまうが、雪になるとロードでは走れないかもしれない。

Photo  途中、杭瀬のコーナンによって、娘の大学卒業の写真と証書をかざる額縁を買った。

 ただハンドルに括りつけて走ったが、ゆれると前輪にぶつかりそうなので、左手親指でゆれないようにビニール袋を固定しながら走るので、リラックスした運転姿勢ではない。

 ただ、阪神尼崎付近で、青信号で発進時、後ろから知らないロードがいやな抜かしかたをしてきたので、その後ろを走りつつ、たいしたスピードではないと思いきや、逆に回転を早め、その先を走るバスを目指して抜き差ってしまった。

 ただあとで馬鹿なことをしたなと思った。というのは、ビニール袋に入れている額縁などはかなり重さがあり、ハンドルをなにかの加減できったとき、ちょっと自由がきかない。

 「あぶない。あぶない」。他の自転車に影響されてはいかない。反省しかりである。

 それでなんとか無事に家に着く。

 

2008年1月21日 (月)

寒いと思ったが、5℃の温度表示

080121  どうも今日の自転車通勤は気乗りがしない。こんな日もある。 

 寒いせいかもしれない。というのは、家に出るのに決意がいる。ただ走り出すとどうということはないのだ。

 今日は2号線に合流する付近からやけに自動車は渋滞している。

 渋滞の車をよそに路肩をスイスイ走った。

 ちょっと寒いかなと思って走っていたが、稲川一丁目温度表示が5℃をさしている。「なんだそんなもんか」という印象だが、でも寒さは感じる。

 月曜日は自転車通勤仲間に顔を合わしにくいが、今日見たのは、シングルギアー青年、背広マウンテン青年だけだった。

 ちょっとゆっくり走ったせいか、信号のタイミングが悪かったせいか、職場には8時55分を過ぎていた。

 仕事は、課題が多く、ちょっとあせりながらこなす。

 Photo

 帰りはひさすら走るのみ。

 淀川大橋手前の信号で赤になり、停止する。夜の大橋はライトがきれいに見える。

 昨日からの雨が残っているせいか、前輪タイヤに目をやると、まだ濡れている。

 尼崎に入ってしばらくして、信号でこちらは青だが、右から赤信号を無視して、2人乗り自転車の若者が斜め横断でこちらに向かってきた。

 「あぶないやろう!ばかやろう」と叫ぶ。実際ぶつかることがないとしても、こちらから見ると驚異だ。迷惑をかんがえろといいたい。それに実際彼らもタイミングを見誤ったら大きな事故になる。

 Photo_2

今日も結果的には事故もなく家に到着。

 ほっとした思いで自分の姿にセルフタイマーでシャッターを押す。

 夕食の準備は、娘が家にいたが、ぼくがすることにする。ただし娘は、炊飯の準備と、風呂の用意をしていてくれる。

 朝洗濯物を乾し忘れていたが、妻が7時半ごろかえってきて、乾してくれた。

妻は朝全部見れなかったドラマ「チリトテチン」の再放送をNHK衛星第2でじっくりみる。

 これだけ寒くても家はありがたいものだと、毎日実感してしまう。

2008年1月20日 (日)

寒い日曜日は家の中で

Photo_4  外は曇り。不謹慎にも雪のことを期待したが、霧雨のような雨が降っている。

 家で過ごすことにした。なんと行っても、昨日は新年会の二次会で帰りは日が変わる状態だったので、朝はゆっくり起きた。

 新日曜美術館をなんとなく見ながら、家の用事をし、サンジェープロジェクトを見る。

 ちょうどガソリンの課税問題を各政党をまじえて、論議していた。

 これを見て強く感じることは、各党を主張を超えた問題を考えるののが、今後の豪速道路計画が14000kmか9000kmかなどの違いの前に、本当に新しい高速道路がいるのかどうかだ。もっと言えば、なぜ車が増えることを不問にして、それを前提にして論議するのかということだ。

 その関連の意見の中には、地方社会では、車なくして生活ができないから、道路の整備がもっと必要だというものがある。その反論としては、地方では公共交通機関を採算だけの問題でどんどん切り捨てておいて、車しか使えなくしてしまったのではないか。

 しかし、その状態の中で本当に車でしか移動できないのかどうかということだ。たとえば今都会で過剰が問題になっているタクシーの活用は考えられないか。荷物の運搬は宅配の普及がある。地方の町の活性化もあわせて必要だ。 

 決して地方だから車がないと生活ができないということは断言できない。それに日本全体を考えた場合、圧倒的に都市部での車の量が多いはずだ。

 これはこれで、利用を減らす努力、自転車の普及、駐車場つき大型店などの規制緩和をもとにもどす(大体大型店は車の利用を助長している)。地域商店、小型のスーパーなど歩いていける店があれば町の活性化にもつながる。

 現にヨーロッパの進んでいる町では、路面電車の復活で地域に人が戻ってきたいう例を報道されていたのを見たことがある。

 

 つまり、車というものを減らすことをなぜまず考えないのか。むしろそれとあわせて韓国で実現したように、主要都市での中心部高速道路を撤去するべきだ。景観をそこねているし、道路を作れば作るほど、車が増えて渋滞し、高速の意味もなくなっている。

 まえにも言ったように大阪では以前水の都と歌われていたのだから、東西を流れていた長堀川、西側の南北で埋められた西横堀川を復活することを強く願っている。

 そういった費用は、30年以上車を作り続け、その間その作られた車でざっと計算しても20万人の人たちが交通事故で死亡、かぞえきれない人が怪我、障害をうけたはずなのだから、今莫大な利益をためこんでいる自動車会社がはきだすべきだ。

 ちょっと奇抜すぎるか。

 これからの社会は、ぼくから言わせれば、セダンの車一台を例にしてもあれだけ大きなスペースに、一人の人間だけが乗って、ガソリンをばら撒いて移動すること自体問われないといけない。ある意味犯罪だ。

 そんな贅沢な乗り物のために、広いスペースの道路づくりを、高速道路をどうするかなど考えること自体時代錯誤としか考えられない。

 などなど、日ごろから本気で思っている。

 だから今回のガソリン税の問題は、もう一歩論議を深いところでおこなってほしい。

080120  午後から散歩がてら、次男が製作をたのまれて、完成した財布をもって、須佐男神社(尼崎市水堂町)向かいにあるUさん宅を訪問した。

 須佐男神社は、この寒さの中の小雨に濡れてしっとりしている。

 それにしても散歩するだけで寒い。帰りしなに、ワッフルの店で、抹茶入りや、あずき入りのそれを買った。家に帰ると暖かさがありがたい。夕方は、その家に床暖房のリビングで、ぐっすり昼寝をした。

新年会シーズン

080119  日が代わってしまったが、昨日は、帰りが午前12時になり、さすがにブログの更新はできなかった。

 さて、昨日は職場の理事会と夕方からの新年会で一日が過ぎた。

 ただ午後からの出勤なので、朝は年末電信柱にぶつけて、割れてしまったわが愛車プレーリーのバックライトのカバーの取替えに件で、自動車整備の世話になっている勝本モーターに車をもっていった。

 この車の年式は1886年かと思うので、22年目だ。

 この整備会社は、熟練整備士がそろっている。ニッサンの車を得意としている。

 自分の主義として、自動車を所持していることは矛盾している面もあるのだが、20年近く自動車産業に協力していない。ようするに新しい自動車は買っていない。1ヶ月の運転回数も1回あるかないかという程度だ。

 しかし大事に使ってあと10年は乗りたいと思っている。大体長く乗っている車ほど排気量の規制がゆるい時代とおいうことでか、自動車税は高くとられている。矛盾した話だ。

 Photo_2 Photo 午後から電車で出勤し、ばたばたと会議と新年会が過ぎていった。

40人ぐらいの役員と職員の新年会となった。この会場の4階の窓から御堂筋が見えているが、南向け一方通行の道路に土曜日の夕方だけにたくさんの自動車が走っている。

 いやな言い方だが、いったいどれぐらいの車が、本当に必要性から乗っているんだとうかと、うがった考えかたをしてしまう。道頓堀の橋の上では駐車中の車へ緑の制服の違反摘発の職員がカードを貼っていた。

 Photo_3 川ではスポーツのタカハシのすぐ下が見えるが、川の一部を埋めての歩道建築工事をしている。

 当初大阪市かが宣言していた道頓堀で水泳大会ができるようなきれいな川にするという宣言はどこに言ったのだろう。

 今の工事はクレーンには藤井組と書いてあるが、必要なのかどうかわからない公共工事に見えてくる。

 前の書いた職場近くの道頓堀川の橋架設工事は、まだ工事なかばでいち終わるのかの表示されていない。

 人があるくだけの橋にどれだけ時間をかけるのか、なんとも不可解だ。

 とにかく大阪の景気は疲弊している。本当に暮らしている市民にも、観光におとづれるであろう全国からの旅行者にも、大阪の魅力をかんじ、ステーサスをあげる対策を考えてほしい。

 まあそんなことを新年会の会場の窓から外を見ながら考えてしまった。

 

2008年1月18日 (金)

チリトテチンがおもしろい

080118  毎朝月曜日から土曜日までは、7時30分からNHK衛星第2で連続rテレビ小説を見続けている。

 今放映されている「チリトテチン」がおもしろい。貫時谷しおり演じる徒然わかさの落語家として成長していく姿を描いているが、今日は無事の親友の恋愛と妊娠に、いつもはその親友からアドバイスをもらっているのに、今回は人肌脱ぐという場面。

 結婚する前に妊娠してしまったことと、新郎、新婦とも家を継ぐということがハードルになっていたが、二人の真剣な思いに双方の両親が負けてしまうという15分だ。失敗だと思っていた妊娠を、わかさは「これからが、出発やなーーい」と独特の小浜弁で語る。またわかさのお母さんも「その子の生命の誕生を後悔なんかする必要ない。そんなこといったらお腹の子がかわいそうよ」と温かくさとす。

 ううう。なかなかいい。

 感動の余韻に浸って自転車で通勤する。やはり今日も寒い。稲川橋交差点手前の温度表示は先日に引き続き、摂氏2℃。

 むむむ。十分な寒さだ。

 きょうもモンベル社、Tくんといっしょに走る。彼も十分ついてくる。途中シングルギアー青年、鎖ポケット青年が走っているのが見える。

 今日の仕事はけっこうタイトだ。

 疲れを感じつつ、帰りの走行が始まる。Photo J

 それでも金曜日の帰りは、開放感がある。中ノ島橋の手前で、最近建築された高層ビルが輝く。

 今週の走行は今日で終わり。また4日連続の自転車通勤を完了した。

 明日は、昼理事会、夜新年会があるので、電車通勤の予定だ。

 夜太田総理の擬似国会の番組でアメリカへの給油支援の賛否と、その代償としてハリウッド映画をタダにせよという提案で論議があり、それはそれで聞き応えがあったが、そのあとのサロンへ代わって、国民の怒りベスト10のトップがなんと福岡の3人の子どもを奪った交通犯罪事件での地裁の判決だった。

 やはり一般的考えかたとしてもあの7年数ヶ月の判決は甘すぎると思う人が圧倒的に多かったことがわかってほっとした。

「危険運転致死罪」というあの事件がもとで成立した法律の適用に裁判官がまだ躊躇している現状がよくわかるが、車の運転による死亡事故は多分に殺人の要素があると思う。

 銃と比べて、殺人を目的とした武器ではないとしても、運転主の不注意というきれいごとで人を殺しているのだ。

 自動車は、殺人をおこしうる機械だ。なぜ自動車会社が不問にふすのか、ぼくは不思議だ。そのくせ、トヨタなどは毎年1兆円以上の利益をあげている。どれだけの交通事故犠牲者と、交通遺児が毎年生まれているのだろう。

 ああ、だんだん怒りが湧いてきた。単純に考えても不自然だ。どれだけたくさんの不注意を背負った運転手が公道を動いているのだろう。

 日常的にも事故になって不思議でない運転を毎日目にする。だいたい信号が赤jにかわっても悠々と交差点を横切ろうとする車が各交差点をかならず1台はいる。また青になった側の車たちでさえ、その現実を享受してしまっていて、クラクシュンを鳴らしている姿をみたこともない。また今日見たもう一つの例では、右折しようと交差点真ん中に停止している1台目の車が、なんと前を見ず、携帯の画面を見ている。

 ああ、いやだ。いやだ。潜在的危険運転手はそこらじゅうにいるではないか。

 警察は真剣にがんばってほしいし、もっとただしい運転手は怒れ。注意せよ。自転車運転手も危険運転を注意しよう。

 以上「信号まもろうねクラブ」会長談でした。

 というのはちょっと冗談っぽいが、とにかくもっと命がけでお互い運転するべきだ。

2008年1月17日 (木)

今日は阪神淡路大震災メモリアルデー!粛々と走る

080117  今日朝毎日かけているNHKラジオを聞いていると阪神淡路大震災の各地のセレモニーのことを報道していた。

 自分も被害は少ないが被害をうけた一人だけに、あの当時はこんなに寒かったのかなと思い返してみる。

 行きの自転車通勤はさほど寒さを感じなかった。というのも足は貼るカイロを今シーズンはじめてつけていったので、足からぬこもりが伝わってくる。

 稲川橋手前の温度表示は4℃を示している。昨日の2℃からくらべるとましだ。

 Photo ただ、産業道路手前交差点にたっている交通警官の人がいかにもさむそうに背中をすぼめているのが、痛々しい。

 今日はいつものシングルギアー青年を見かけたが、今日はフリーギアのロードバイクで走っているせいか、それほどスピードはない。歌島橋交差点手前からはぼくの前を走っていたが、バスや大型トラックが路肩をはばんでいるのを、歩道と車道をうまくかわしながら走っていって、交差点をパスしていった。

 ぼくは正攻法でひたしら車道のみを走り、交差点でひっかかってしまった。「まあ、いいか」だ。

 しかしときには、顔見知りオンパレードになることがあるが、この冬場は走るのをやめている人も多いのかもしれなく、ひげのおじさんも、背広マウンテンも、マウンテン女性もみかけない。きっと春になるまえに出てくるのだろう。

 ぼくは融通がきかないので、天候に関係なく走っている。しかし毎日自転車通勤をはじめてこの冬は6回目を迎える。もう6年修羅場をふんだ。マイナス2℃を走ったのが記録だと思う。

Photo_2  職場に近づいて、昨日顔をあった美容院のビアンキの所有者に今日も顔を合わし、ちょっとまた会話した。おまけに許しを得て彼のシングルギアー・ビアンキを撮影さしてもらった。「ぜんぜん問題ないです」と言って了解してもらった。

 ビアンキが似合う人とはどういう人か。というのは帰りにビアンキのマウンテンに乗っているおじさんが、いかにも蟹股のこぎかたで、地味なジャンパースタイルだった。ちょっとビアンキのイメージを壊していた。

 誰が似合うということはないが、スマートでおしゃれな女性、スタイルのいい男性は似合うだろう。ちょっと年配の人でも服装がおしゃれなジャージを羽織り、ジーパンでも履いていたりすると似合いそうだ。

 それだけ自分としてもビアンキに思いいれがあり、一定のイメージを頭の中で構築している。自分が似合っているのかどうかは、分からないが、自己満足的には似合っていると思っている。

 とにかく人生楽しまないと面白くない。自転車通勤もちょっと目立つウェアでロングヘアで走っている。

 

2008年1月16日 (水)

ビアンキが好き

080116  今日もなにげなしに「今日はどこでもいいや」とデジカメで撮影してみると、昨日と同じところを撮ってしまった。ただ橋までのアプローチは違う。

 朝の通勤では、またモンベルのTくんに遭遇。ずっといっしょに走る。彼と本町で別れたあと発見したのが、ポケットに鎖ぶらさげ青年。毎日会っているのではないだろうか。

 彼はまちがいなく信号無視する。一体どこで働いているのだろう。おそらく向こうも僕の存在を知っているだろう。

 職場に近づく交差点の角で、まえまえから気のなっていたのだが、いつもその美容院にとめているビアンキのシングルギアー車に乗っている持ち主にあい、お互い自転車を注視しているところ、ぼくの方から「(あなたも)ビアンキ、同じですね」と話かけた。

 彼は逆に「すごいですね」と応えてきた。何がすごいと思ったのだろう。僕の格好か、ビアンキの車体か。ぼくは「その向こうの建物に通っているんですよ」と言う。

 これでもう次会ったとき挨拶ができるだろう。

 前にもビアンキロードに乗っていた青年に声をかけた。同じメーカーの自転車に乗っているだけで不信感なく会話が成立する。不思議なことだ。

 Photo

帰りは結構寒い。今日のレーサータイツは分厚い方なので、足の回転には抵抗がある。

 足の力をできるだけいれずに走る。しかし、夜は繁華街では、2号線でも駐車中の自動車が多い。この時間は駐車違反をチェックする民間職員がいないのか。

 自転車にとっては走りにくい。いちいち後ろから来る自動車がいるかどうかを確認し、いればこちらが徐行して、その車をやり過ごす。

 ところで、初公開するが、自転車技術としてハンドルの持ち方の変化について紹介したい。なんだそんなしょうもないことか。といわれるかもしれない。

 走行中はロードタイプでは両手はおもにブレーキレバーの上を握っているのだが、僕の場合は、車が多かったりする、つまり危険が近くにある場合は、一差し指、中指、薬指の3本をブレーキレバーの前に置く。

 それでずっと走っていると思うだろうが、登りを走るときなど、ブレーキ部分をしっかり握った方が足の回転をつけやすいので、人差し指と中指2本にもちかえ、薬指、小指は下を握る。

 ちょっとしたことだが、合理的な全身運動をTPOでおこないやすい。おそらく人によって対応は違うと思うが、自分にあった運転スタイルを確立してほしい。

2008年1月15日 (火)

いよいよ寒くなってきた。朝の表示温度2度です!

080115  スキー旅行の余韻を残しながら、今日から自転車通勤がはじまる。

 朝は6時半に起き、朝の支度をし、朝食をとり、歯をみがき、いつものようにテレビ番組「チリトテチン」を見る。

 ところで今思い出したが、旅行を帰りの飛行機の中で落語のチャンネルを聞いていたが、桂南光がチリトテチンをやっていた。

 豆腐の腐った食材をチリtォテチンと言って長崎の名物と店の主人がいうと、しったらぶりの名人の主人公が「くさー」といいつつ、おいしい、おいしいと言い、最後にどんな味やったと主人に聞かれ「ちょうど豆腐の腐ったような味ですわ」という落ちで終わる話だ。

 いよいよ家を出ていったわけだが、結構寒い。走れば走るほど指の先が痛くなってくる。国道2号線でいちもの稲川2丁目の信号手間で表示温度はなな、なんと摂氏2℃。

 とうとうやってきたか。久しぶりの冬温度だ。

 それでも走っていくうちに体は暑くなってくる。今日は歌島交差点を信号につかまらずにクリア。旅行に疲れは心配したほどでもない。

 仕事は、やるべきことをやり、午後5時半に帰る用意をする。

Photo  マイビアンキは、今日も元気だ。いまのところあの連続パンク以後、トラブルはない。

 3日間スキーを楽しんだ後で、この自転車走りを体験してみると、よけいにその楽しさが再認識できる。

 ペダルを漕いで、前へ進む感覚がなんとも言えない。

 普段着ではなく、ユニホームを着て、ヘルメットを被り、冬はスキーと同じように分厚きグローブを履き、ビンディングペダルに靴を固定するまでは、ちょうどスキーウェアを着て、スキー靴をはき、ゴーグルをつけるなどは、日常とちがった服装ということで似ているが、平地をタイヤの回転で進むところが違う。

 それにロードバイクトというスポーティーナな乗り物は洗練された機材という感じだ。

 ちょっと自己満足的だが、もうやめられないスタイルだ。それに通勤という仕事に行くための移動時間にこんなことができるのは「幸せ」と実際思っている。

 多少のしんどさ、着替えの面倒くささ、悪天候の辛さはあるが、走ったあとの職場で、帰りの家での爽快感はなんとも言えない。

 そんなことを考えながら今日は走ることができた。何事も、前向きに思考すると楽しい。

2008年1月14日 (月)

マイナス18℃体験スキー旅行の3日間

Photo 080112  

 11日(金)からの3日間は、ブログが更新できない状況におかれた。

 つまり職場の慰安旅行で、スキー組として、北海道余市のキロロに行ったのだが、マウンテンというゾーンの宿泊場所は、部屋にインターネット接続の線が通っていない。

 せっかくノートパソコンを持っていったが、役に立たなかった。ただデジカメで写したデータ取り込みだけは可能であった。

 もう一つの方法として、電子手帳でも無線phsでインターネットが繋がるようになっているので、試みたが、アンテナが不可になる。自分の接続端末は、京セラのPHSだが、どうもアンテナ環境は、どこでもというわけにはいかないようだ。

 それでこの3日間は音信不通でありました。

 さて、スキー旅行のことだが、まず雪質は予想どおり上質であり、快適なすべりができた。第一、本土では考えられないが、リフトに行くまで、スキーをはいて歩くが、「キュッ、キュッ、キュッ」という音がする。そして手のひらに乗せると、すぐ風で小麦粉のように飛んでいく。

 ただし、今回寒波のど真ん中であるらしく、頂上での温度の案内は何とマイナス18℃とアナウンスしている。それにかなり強い風が吹いている。

 スキーを滑って、だんだん寒くなるというのははじめての体験だ。ただロシアに留学していた経験のある新人Wさんは、もっと寒いというから、まあまあ驚いてもいられない。

 ところで、このゲレンデスキーというスポーツを自転車スポーツとどう関連づけるかというと、ダウンヒルのスピード感に似ているということだ。だから、下りに体感を、このスキーで学ぶということは考えられる、そんなことを自転車の関連の本で書いてあった。それで僕自身もスキーを続けてきたふしがある。

 それはそれとして、スキー板がカービングが主流になって、ターンが非常に難しくなくたった。その分中高年の年齢の人は曲がりすぎて怪我をするということが増えているそうだ。

 スキーのおもしろさは、さっき言ったスピード感と、変化にとんだ雪の坂の上を、その状態に応じて滑り方をかえることでクリアーすることではないかと、ちょっと上達してきて思う。初心者、初級者への講習では、そこまで教えない。ぼくはそうだった。

 また人によっても滑り方は違う。これが一番というものはない。それがまたいい。

Photo_2

 ところでこのスキー場では、夕方5時半から、これは週1回かもしれないが、土曜日の夜にゲレンデで花火をあげてくれる。50本ぐらいだろうと思うが、次々に真っ白な雪のゲレンデにライトアップした中で、真っ暗に空に向かって花火を打ち上げていった。

 なかなkロマンチックであり、レストランはそのためライトを落としてくれてなかなかいい。080112_2

 結局到着した日(1月11日)から帰る日(13日)までの3日間滑りきった。

 ところで今回特に感じたが、遠距離自転車通勤の効用として、スキーをしたときに疲れと、足の筋肉痛が他人に比べておそらく少ないということだ。

 とくに太ももの筋肉はスキーでもよく使うともう一人の先輩が言っていたが、むしろ連続通勤で走っているときの方がきついかもしれない。

 スピード力のある顔みしりにあって、ついていこうとしたときなどテキメンだ。

 まあそれでも旅行というものは、寝床が変わるし、日ごろ一緒に暮らしていないものどうし同室になるし、今回は国内といっても結構移動時間があるし、精神的にも肉体的にも、まったく疲れないということは言えない。Photo_3

 しかし、最近は毎年のように北海道に行く機会があるが、やはり北海道はいい。夏もいい。冬もいい。

 今回撮影に失敗したが、行き、帰りの移動バスから眺める景色すらあきない。

 帰りはちょうど夕方キロロから新千歳空港へ向かうバスの人であったが、西に沈む夕日が、確か羊蹄山にかかり、幻想的で、3日間の疲れをいたわってくれているような錯覚を感じた。

 同じ日本であっても北海道や沖縄は別格だ。まだまだ知らない日本はそれ以外にもたくさんあるが、それなりに日本のよさを再認識できる3日間だった。

2008年1月10日 (木)

4日連続自転車通勤終える

080110  レーサーキャップは防寒用に買ったが、やはりイヤーウオーマーというのか、耳あては、やはり温い。

 それをつけて行く。

 やはり筋肉へのダメージがまだ感じている。それにしても今日もほとんどの自転車の信号無視が目に付く。

 力を抜いてペダルをまわすことに心がけるが、バス停の近くを通るとき、後からバスが入ろうとしてきて、そういうときはどうしても急がざるをえない。

 今日は不思議と誰とも顔を合わさなかった。

 帰りはやけに早いロードが通り過ぎていき、それに引きずられないように走る、しかし、どうも後ろをずっとついてくるロードを感じて、必然的にペダルが急いでしまう。尼崎繁華街付近で前のバスに、引っ付くチャンスが2回あって、ペダルが軽々回る。後ろのロードマンはそれでスピードについてこれず、ちょっと離れたようだが、その後もついてきていたが、ぼくは道意線で右折するので、そこで離れる。

 JR立花の上を通るバイパスを登りきり、下りはちょうど前に信号は青なので、とてつもないスピードで下ってしまった。ほとんど自動車といっしょに走っている。

 この4日間連続走行はちょっと休み後のことなので、不可が多い。明日からは、2泊3日で北海道キロロへスキーをしに行くというのに大丈夫だろうか。

 まあ、気楽に行こう。一応今週の走りは終了だ。

2008年1月 9日 (水)

本当に日替わり自転車通勤仲間登場!

Photo  まだ3日目の自転車通勤だというのに、筋肉ははりぎみだ。

 それでも走っているとその筋肉が揉み解されているというか、勝手に足が回るからおもしろい。

 昨日サンワサイクルで買った青のレーサーキャップを被り、その上からヘルメットをかぶっていく。ちょっとキャップが大きいので頭の半分がすっぽり納まり、つばがじゃまして前が見えにくい。

 それで、つばを後ろ向きに被って走った。080109

 前半誰にも会わなかったが、尼崎を過ぎようとしたところで、背広マウンテンバイカー青年が、右歩道を走っている。さすがに背広の上にオアーバーを着ていた。

 その後追い抜いてしまったが、今度は土佐堀の橋の手前交差点信号まちをしていると、うしろからちょっとぶつかってくる自転車がある。

 なんとモンベル社員のKくんだ。 オレンジの上着と黒のパンツを履いている。ぼくが前を引いて、中央大通りで別れる。そのまま前進して長堀通りをすぎると、今度は一目おいているシマノのFさん。今週2回目の走りと言っていた。

 これだけ会えるとうれしい。初日からおもなメンバーに日替わりで会えた。すれでそれそれ「あけましておめでとう」と挨拶ができた。

 しかし気になになるのは、白髪ひげのモダンマウンテンバイクおじさん。年末からまったく顔を合わしていないぞ。ちょっと気になる。

 帰りは、夜の会議があり、それが終わったのが、午後8時40分ごろで、腹を減らしつつ、ペダルを踏む。ただ、人通りが少ない分わけのわからない走りかたをしてくる自転車があり、怖い。

 尼崎に戻ってきて、稲川交差点でいきなりバイクの青年が、「こんな寒いのに、そんな格好して走っているのは、趣味?それとも競輪選手?」と質問してくる。

 え、え、え、???とこちらがびっくりするが、「趣味ですよ。通勤のためだけど。スポーツとエコとストレス解消さ」。「さ」とは言っていないが、彼は「ふうん。ストレス解消なる??」とかなんとかどうも自分もやってみたいような雰囲気だ。

 そこで別れたが、自分が思っている以上に注目されているかもしれない。まあこれからの時代は、脱クルマの流れが大きく動くとぼくは思っている。ガソリン代上がるなら上がれという感じだが、いろんな生活用品まで便乗して上がっているから、それはやめてほしい。

2008年1月 8日 (火)

霧の立ち込める朝の通勤

080108  今日は暖かくなるという天気予想であるが、朝の道路温度は5℃ですよ。

 それにしてもとくに生活道路付近の交差点では、堂々と信号無視する自転車ばかり。本当にきちっと止まっているのは、10人に一人ぐらいではないだろうか。

 昨日よりやや自動車の交通量は少ないようだ。産業道路の交差点で前にいる自転車運転手はモンベルのTくんではないか。日替わりで顔みしりに会うものだ。

 彼は休みの間信州でテレマークスキーを楽しんだとのことだ。テレマークスキー、さすがモンベルだ。実はぼくも滑ってみたい。

 そのうち信号のタイミングで別れてしまった。

 職場に近づき、難波筋を渡ろうとしたときも、迷惑にも右から2人の女性が、ぼくが通り過ぎようとしているし、赤信号であるにもかかわず、右から左に横断しようとしてきた。

 この交差点はこんなことがよくある。

 「信号無視やで」と大きな声で注意した。後味の悪い通過だった。

 その他でも直進の信号が青になるだいぶ手前からすでに進んでいく自転車がよくあるが、10秒だけまったら、青に変わって安全に渡れるのに、何のために危険を冒して早く出ていくのか。気が知れない。

Photo 帰り道、前々から行こうと思っていたサンワサイクルで自転車を止めた。

 目的は、レーサーキャップを買うこと。この冬はレーサーキャップを被って、その上からヘルメットをかぶっている。

 2階のロードコーナーでオーナーに新年のあいさつをし、レーサーキャップを物色し、デ・ロサとキャノンデールだったのロゴ入りキャップ2つを買った。

 ついでに、値段落ちのアームウォーマ、グローブを2つ買ってしまった。安いといってもこれだけ買うと1万円弱。

 まあいいさ。

 デェイパックに無理やり全部詰め込んで家に帰った。

 夜9時のニュースで福岡でも3人の子どもの車を川に突き落とした飲酒運転の地裁判決を報じていたが、腹が立ってしかたがない。なぜ過失運転にしかならないのか。あまりにも自動車事故に対して肝要になりすぎだ。

 ぼくから言わせれば、酒を飲んでいようが、いまいが、前の車を川に突き落とし、しかも1時間後に戻ってきたと言っても、ひき逃げだ。殺意のない殺人だ。車というものの犯罪性を告発したい。また運転した人間は当然殺人に近い罪をうけるべきだ。

 被告の彼はいったい事故がおこらない前まで、どういった覚悟で自動車を運転していたのか。1Lも酒を飲むこと自体ことの重大性は分かっていない。

 自動車に乗ること自体が、事故を興しうる、人の命をうばいうる危険性を持っているということを自覚して車を運転する人の心構えであるべきだ。

 自動車を続けてきた自動車産業にはなんの責任はないのか。せめて企業みずからが、安全運転の啓蒙をもっとやるべきではないか。、

 コマーシャルで盛んに、背景にヨーロッパの町並みなど写して、いかにも自動車のかっこよさばかりイメージ化しすぎてきたことに罪はないのか。おおいに言いたい。

 ああ、言いたいことを言って疲れてしまった。ぼくの自動車産業に対する苛立ちは深い。

 それでもこれからも1年間に自動車が原因で5000人以上が死亡することは止められない。

 命のたいせつさを間接的に訴える以外にやれることはないのだろう。それと「信号まもろうね」の輪を広げていきたい。

2008年1月 7日 (月)

08年初出勤は曇り空または雨

080107  08年初出勤がいよいよ始まった。休みは長いなあと思っていたが、あっという間だった。ただやるべきことは計画どおりできたのでまずまず悔いは無い。

 今日の朝は、ラジオの天気予報で雨が降りそうという。たしかにそとは曇っている。

 休み前の週間どおり朝NHK衛星で「ちりとてちん」を見て、トイレに行き、すぐ出かけた。

 おとといの仁川激坂登りが役に立ったように思えて、平地を走るのは足が軽い。

 産業道路交差点で後ろに誰かを感じるが、あいさつがないので知らない人だろうと思っていたが、信号が変わり、しばらく走っていると、追い抜かれる。

 やっぱり彼か! シングルギア青年だった。今日はそのシングルギアに乗っている。挨拶したこともあるが、相手からはそっけないので、仲間になれないのが残念。

 落ち着く気持ちはもうとうなく、マイペースで走っていると、次の追い越しロードが来て、「おめでとうございます」と挨拶される。神戸ー新大阪を走るSくんだ。Photo

彼はなかなかおしゃれで、意識してウェア、自転車のカラーを黒と赤に統一してまとめている。

 彼には、歌島交差点まで一緒なので、着いていく。断りを入れて後ろ姿を写真で取った。

 彼もブログを立ち上げているが、写真がきれいだ。

 歌島交差点でおたがい手をあげて挨拶し、分かれる。

 空はずっと曇り空だ。慎重をきして前と後のライトをONにした。

 淀川大橋では、たくさんの渡り鳥が水面で戯れているのが見える。

 しかししばらく走っていないせいで緊張感が高まる。海老江交差点では、長い左折車の列をパスし、右に車線を変えた原付について、後ろを右に抜ける。

 一機に交差点を越える。今日はどうも疲れがない。ただ左足は走る前はまだこぶらがえりの兆候を感じていた。

Photo_2 土佐堀を過ぎ、西長堀の中央図書館を見過ごし、黄色になりかけた信号を抜け、道頓堀川手前を左折。

 もう職場は5分あまりだ。

 雨がぱらついてくる。

 なんとか雨が強くなる前に職場に着いた。

 よし今日から仕事モードでがんばろう。

2008年1月 6日 (日)

正月休み最後の日は何か落ち着かない

Photo  長い休みもいよいよ最後の日になってしまった。

 朝起きたとき、ちょっと立ち上がろうとしたら、左足がコブラがえりをおこしてしまたった。

 昨日の激坂登りが堪えているのかもしれない。ちょっとはずかしい。

 それにしても寝床を離れたのは、8時45分。今日は子どもたちの方が早くおきている。

 新日曜美術館(NHK第一)を見ていたら、江戸時代の城郭建築の権威、遠州の業績を追っていた。

 コーヒーがうまい。というのは、牛乳を先にコーヒカップに入れて、それを電子レンジであたためてから、コーヒーを入れることを2.3日前からやっているが、コーヒーがうまく感じる。

 11時まえになり、思いきって、前から気になっていたマンション中庭のベンチが、4.5年の経過とともに雨ざらしのため、ぼろぼろになっていたものの修復をやることにした。本当は庭のスモモとカリンの木の枝うちもしたかったが、これはあきらめた。

 ベンチは、鉄の支柱の上に木の脇を四方にネジで固定し、その上に板を張っていた。もともとのベンチは4階のTさんが作ってくれたものだが、一度上の板をはめ替えたのは僕だ。それが腐ってぼろぼろになり、釘もところどころ飛び出していた。

 自分の家のテラス作りで使った板のあまりがちょうど役立った。それにとめる釘は今度はねじくぎに変えた。これで釘がはみ出すことはないはずだ。

 しかし、木の枠になるところも腐りきっていて、その材料がないので、先にそれをホームセンターに買いに行くことにした。

 自転車で20分ぐらいのところにそれはあるが、もちろん自家製マウンテンで行く。たまたま流れ星少年団の親の家に用事でいくので、阪神高速道路ぞいをホームセンターに向け走っていたら、これは途中から通勤で通るところと同じだ。

 ちょっとそれをやめて、すぐ北側にそれと平行に走る道があり、それを走っていくと、この道の方が高速道路に日光が遮断されず、あたたかいし、明るい。しかもかなり先までまっすぐ伸びている。

 これはいつも通る道より早く空くことを発見した。

 180cmの棒状の木を3本買って、自転車のトップチューブに平行にくくりつけて帰った。

 昼ごはんのそこそこに作業にかかる。ところが、固定の木をとめるねじくぎと、板をとめるねじくぎを買ってくるのを忘れた。

 しかたがないので、手当たりしだい、錆びていようがいまいが、家にあるネジを片っ端から使ってなんとか組み立てる。しかしなかなかいいベンチになった。汚れを水とブラシで洗って、2時間ほど待ってから、これも残っていたニスを塗る。塗るための筆は買ってきてある。

 ちょっと残していたニスは蓋を開けると、ちょっと豆腐ぐらいに固まりかけだ。うすめ液で溶かし、なんとか塗りこんでいく。

 なんでも塗料で塗ると見違えるようになる。ついで家にテラスも剥げているところを塗る。それでも気がすまなくなってきて、もう一つのホワイトの缶をあけ、家の前のエントランスに置いている白のベンチの板も補強のため、木丸出しの色が一枚端っこにあるので、それを白に塗る。

 すっきりした。中庭も空気が変わったように感じるから不思議だ。よく子どもたちが利用しているようなので、役に立った。なにせ今日までぼろぼろのベンチのせいで中庭全体が廃墟のように見えていた。ついでにその横のテーブルの上も補強した。

 明日から仕事なんてすっかり忘れている。

 夕方は、リビングの3つある円形蛍光灯(3本型)の一つの中の2本が切れていたので、コンビニに直行。もう夜はやはり外は寒い。

 家に帰って蛍光灯をはめかえると、久しぶりに光沢とした光になった。

 これで明日からの仕事にむけてやりのこしたことはなくなった。

2008年1月 5日 (土)

ひさしぶりのロード、仁川激坂は辛い!

080105 Photo

 1月初出勤がいよいよ明後日ということで、今日は足慣らしにロードで走ってみることにした。

 どこへ行くか考えていたが、仁川激坂から甲山周辺を通り、初詣でも有名な神呪寺まで行き、ついでに店が開いているか不明だが、コーヒービーンズ「ティピカ」にもよって見ることにした。

 武庫川サイクリングロードを北進し、仁川との分岐で仁川方面へ進み、水道橋を右にまがり川を渡って北に進み右に入るとそこ坂がある。最高斜度は20℃ぐらいか、かなり急だ。

 ここまではなんなく20分ぐらいで到着。登るスタート地点で念のため3分ほど休憩。

 それからギアをフリーは一番軽く、フロントはインナーにし、こぐ。最初はあんがい調子いい。しかしすぐ足の疲れと、心臓の急拍が襲ってきた。

 また念のため3分の2を過ぎたところで、休憩。左手の景色には阪神淡路大震災時、住宅が崩れ落ち、かなりの人が死んだ坂が見えていた。思わず合掌してしまった。

 心臓の鼓動が収まるのをまって休憩中。下から途中抜き去ったランイングの若者が追い抜いていった。

 ようやく走り出すが、疲れは無くならない。一年ぐらい前来たときは、下からも休憩せず、クリアした記憶があるので、落胆している。

 なんとか峠まで登りきった。このあたり数年前までは自然の風景だったのに、住宅が密集している。隔世の感がある。

 そのあとはダウンヒルが続き、またアップロードが続く。ここでも今日は絶好調ではない。

ようやく神呪寺に到着。よく考えてみるとここは神社ではないが、初詣のポイントで結構有名だ。Photo_2 

まだたくさんは初詣に参拝者がいた。

 ちょうどこの寺の階段から下界がみごとだ。

 そのまま急坂ダウンヒルをこなす。かなり下がったところに見覚えのある交差点が見え、ティピカの店に向かう。

 残念ながら明日からの開店という表示がされていた。

 まあしかたがない。それで今度は、もう午前11時半をすぎているが、スーパー銭湯をめざす。目的地は尼崎「やまとの湯」。なぜかというと風呂に入ってから家のかえる距離が一番短いことと、毎回押してもらうスタンプが一杯で無料で入湯できることだ。

 しかし風呂にあがってからここの食堂で昼食をとったが、とんかつしょうゆラーメンを頼んで、なんと30分以上またされて気分が悪かった。なかなか呼ばれないので、催促すると「すみません忘れてました」という応え。しかしその前に窓口の店員は、料理担当者にまだ出ていないと一度問い合わせしていたのが聞こえていたので、料理を作る人がかぎりなく作るのが遅いのではないか。

 その姿がちょっと見えていたのでちょっと予想していたのだが、窓口の人のあやまりかたがどうもすっきりしない。今後はここの食事はとらないことに決めた。

 Photo_3

家に帰るとそんなこともあって、午後2時まえになってしまった。

 来週職場のスキー組の旅行で北海道に行くので、スキー板とウェアを宅配に依頼するため、顔見知りのコンビニ「デイレィーストア」に行った。

 ここではもうよく顔を知られているので、対応がこちらもしやすいし、店も好意的だ。

 気分よく家にかえる。

今日のやるべきことは、終えた気分。ただ家族全員今日は働きにいっているので、当然夕食作りがある。そんなことで夜まではあっという間に過ぎていった。

 夕食メニューはハヤシライス。テレビでは11チャンネル(テレビ大阪)で、ローカル線佐世保から函館までを乗っていく番組をやっている。それを見ながらビールを飲み、ハヤシライスを食する。

2008年1月 4日 (金)

1月4日は読書三昧!

Photo Photo_2 Photo_3

 やはり長い休みだが、時間が経つのは早いものだ。

 もうすでに仕事が始まっている企業や役所もあり、妻は今日から仕事に出た。

 今日はそろそろロードバイクで体のならしにでようかとも、布団の中で考えたりしたが、まあ後2日あるし。

 よっくりもう1日過ごすことにした。それで昨日読み上げた本の次に予定していた長編小説「また会う日まで」(ジョン・アーヴィング 著)の上を読み始め、約4時間読書三昧の日を過ごした。

 小説は論文などに比べて絶対読みやすいが、この本は上だけで550ページ。しかも1ページ45字×21行(約900字)もあるので、今日読んだだけでは本の4分の1も進んでいない。

 内容は、4歳からはじまる主人公が、母アリスとオルガニストで刺青愛好者(楽譜ばかりのイレズミ)が家で出て行き、数十年にわたってその父を探してまわるという自伝的小説だ。

 2日で上・下読みきれるかと思ったが、1ヶ月ぐらいかかりそうだ。

 だいたいそれに本というのは、後半にならないとのめりこめないものが多い。まあ、あきらめて気長に読むか、だ。

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 それで、昼から郵便局への振込みの用事のついでに、今日は込んでいないことを期待して、いけなかった尼崎近隣の神社2箇所をまわることにした。

 郵便局では、うわさでは聞いていたが、近所の特定郵便局も新しい制服で身を固めていた。しかしそのコゲ茶生地にオレンジのストライドの襟とうのは、ちょっとダサい。

 しかもそれをきちんと着ている人とそうでない人がいる。

 まあそれはそうと、用事を済ませて、富松神社と生島神社に向かう。自転車で行ってしまうとボタリングとはいえないほど近い距離だった。

 やはり参拝者はもう数十人になっていた。まあ、来たからにはと、富松神社では、鐘を鳴らし、手をあわせ、賽銭を入れた。

 尼崎は結構歴史が古く、由緒ある土地が多い。富松も生島も奈良時代からその名があるらしい。そのあと生島神社も中に入っただけで、賽銭はいれなかったが、その帰り練習がえりの中学野球部のグループの一人が、「おまえら初詣した」と友達に問い、「神社いこか」と言っていた。こういう形で宗教に関係なく、正月の行事が、子ども達の中に伝承しているんだなと、再発見したような出来事だ。

 夜は、夕食が3人なのだが、スーパーに行き、ぼくが夕食当番だが、すきやきの材料を買って、風呂のあと、ビールを飲みながら舌鼓を打った。妻はそのあと食事中、7時過ぎに帰ってきた。

 それから夜のテレビで12チャンネル(NHK教育)、電気自動車の現状と今後について紹介する番組があり、その中で手塚治の息子さん手塚なんとかさんが非常にいいことを発言していて共感したので紹介を。

 つまり電気自動車にエネルギーが代わって、環境問題に貢献したとして、それはそれとして「人類がスピードをあぎりなく追い求めてきたこと自体を、もう一度問い直してみるときではないか」と発言したことだ。

 つまり僕的には、電気にエネルギーが転換することはいいことだと思うが、自動車そのもののありようは全面的に変わったわけではなく、交通事故、足を使わない生活、車中心の道路や、生活道路のありかたはそのままだ。

 車社会そのものを今問いただすときだとぼくは考える。自らの足を使った手段、道具が主流になることを望む。遠いところに行くには、電車、その他公共交通をつかえばいい。その間に自由に移動したければ自転車でいけばいい。近い距離は歩けばいい。

 これがぼくの持論だが、人間の多数派の考えかたになるのは、もう50年ぐらいかかるのだろうか。

 

2008年1月 3日 (木)

「ウェブ時代をゆく」を読む

08010  休み中年末買った本を必ず読もうと、その前に読み続けている「ウェブ時代をゆく」(梅田望夫 著)を読み続ける。

 内容はちょっと理解するのが難しいところもあるが、なかなか示唆に富んだ本だ。

 つまり前作の「ウェブ進化論」でもとりあげられていたグーグルの考えかたを紹介しながら、いままで企業の概念である収益をあげるという目的とは、一種ことなった起業の目的に注目している。

 要は、その仕事のありようは、ボランテイアであり、逆にその目的は、世界のあらゆる情報をただですべての人に提供するといったようなことではないかと僕は理解した。

 この資本主義という体制の中で、このウェブという手段は革命的な社会と経済を作り出すと指摘している。

 そしてぼくが更新しているブログがその一旦をのなっているという。

 階層も所得も腐れ縁も関係なしに、参加する意思があれば、そのブログを通して、一つの問題の論議と発展を実現できるということだ。実際にそれによって、世界の図書館にある全書籍を写しとる作業(スキャン)をいかに上手く遣り上げるかということが実現できたらしい。

 かなりカルチャーショックをうけている。また理解できないというかついていけていないところも多々ある。ただ新しいことが今後20年ぐらいの間に起こり、社会全体を大きく変えるかもしれないということは分かった。

 ちょっと難しいことに触発されながら、昼はテレビで東西演芸大会という爆笑問題司会の番組を見つつ、頭をからっぽにして、笑った。

 

 昨日はブログを更新したあと見たのだが、9時からプロフェショナルという番組でイチローが登場した。これもまた刺激的であった。

、試合が始まるまでの時間、いつも必ず同じメニューのトレーニングをおこない、同じ仕草を替えない。これは自分を試合モードにもっていくための準備ということだが、勝つためのイメージトレーニングなふぉとは違う。

 司会の茂木健一郎さんも、体から脳に本番モードにもっていくというのは、神経細胞の流れとしては理屈があっているということを言っていた。

 二つのことに刺激されて、人間の発展は、計り知れないものがあるのではないかと、なにか底知れぬ、新しい風を感じてしまった。

 そして自分は自転車の通勤を繰り返しながら、その中での発見を公表しているが、この先何を夢見て書き続けるのか、ちょっと考えてみると、やはり車社会を軌道修正して、世界のすべての人々が、自転車に親しみ、道路から車でなく、歩行者と自転車が道路を圧巻すること、そして真に人間的ないとなみの中で社会が動いていくことだ。

 それはウェブ時代をゆくの中でいたく注目した「ボランティア」が社会を動かしていくという考え。儲けるために物を売るという、会わば低次元の発想ではなく、また逆にきれいごとでもないが、人のために、人が行動することで経済がなりたつという、それはまさに理想ではあるが、共感してしまうキーワードだ。

 強いものが弱いものを虐げない(道路では車が自転車、人を、自転車が歩道で人を)とうこと、みんなが自然に助けあうということ。

 ちょっと正月からアタマをリセットしつつあるが、まあ、肩をはらずに自然に人にためになるとこができるよう心がける。その小さなことから出発したい。当然「信号守ろうね」のモットーを続けながら。

2008年1月 2日 (水)

少年団父母会初歩き本番

Photo_6  今日は恒例の流れ星少年団父母会主催の山歩きの日だ。 

 空は快晴。集合の阪急「武庫之荘」噴水舞には、親、青年、高校生、中学生など18人が揃った。

 電車に乗って、神戸、鈴蘭台まで行く。その後バスに乗って、東イタヤ谷尾根入口まで行き、そこから歩く。

 風もほとんどなく、太陽もよく照っていて、思ったよりあたたかい。

Photo_2  目的地は烏原貯水池。下りか、平坦な道が多いが、やはりアップダウンもある。

 約1時間で、烏原が見えてくる。

 この地は明治以前まで、線香を生産していた村であったが、明治中期になって、神戸の町の水道を確保するため、ダムが作られた。

 おそらくその当時イギリスかアメリカの技師が派遣されて、作られたのであろう。荘厳な石作りのダムが今も稼動している。

Photo_3  烏原貯水池の河原で昼食とするが、持参の豚汁を持参の鍋で温め、近辺の木を集めて、焚き火をする。

 豚汁ができるまで、Uさんが持ってきた白鶴の酒を味わう。これはなかなか贅沢な時間である。

 そのうち豚汁があたたまり、それぞれに配る。

 食後は、コンビニで買ったカプつきインスタントコーヒーを持参の魔法瓶に入ったお湯で作る。

 食後は、これも目的のひとつである湊山温泉をめざして歩く。Photo_4

 烏原の遊歩道で枯れ木にとまる野鳥発見。名前はわからないが、警戒心があまりない。

 誰にもあまり知られていない道を下り、山あいの住宅地の迷路のようにところを通り、ようやく湊山温泉に到着する。Photo_5

この温泉も歴史は古く、遠く源平時代の平清盛が福原に遷都した時代からあるらしい。

 しかし、裏六甲の有馬に比べ、華やかや旅館街はまったくないが、掛け流しのまさしく本当の温泉である。しかも入湯料500円の低価格で、地元では愛される温泉だ。

 三宮から平野行きバスが出ている。

 今日は、その平野から、神戸バスで三宮まで乗ったが、三宮は1月2日ということで、大大渋滞らしく、バスの進路が変更になった。とくに三宮近くの生田神社は、あの藤原のりかの結婚式のあった場所ということで、その後も名が売れているらしい。

 とにかく阪急武庫之荘駅には、午後4時50分ごろ到着。

 自転車ツアーとはまた違う楽しい仲間の友好を深めた1日であった。

2008年1月 1日 (火)

08年元旦。明けましておめでとうございます!

Photo  休みの有難さを感じながら過ごしていたら、もう4日目。

 ただ、年末28日から天気が悪く、うっとうしく、寒く感じていたのが、今日は昨日に引き続いてよく晴れてよかった。

 ちょっと気分よくマンションの中庭近くでポートレートを取る。自分でいうのもなんだが、いい顔をしている。

 さて、話は前日の深夜にさかのぼる。年末のブログを書き終えて、紅白歌合戦に見入るっていた。小椋 桂と美空ひばりが合成した愛燦燦は感動的だった。コブクロの蕾もよかった。

 しかし、司会を努めた笑福亭 鶴瓦は、なかなか味があったし、いろんな歌い手との交流が多いらしく、一人ひとりのことを良く知っているし、音楽の中身のとこともよく知っているのには驚かされた。

 さて、紅白も終わりNHKは行く年来る年に画面が変わったが、われわれは、同じマンション仲間、T夫妻とY奥さんとわが夫婦で、年が変わったこの時点の初詣でと、その横に住んでいるUさん宅によばれに行った。これはここ数年恒例になっている。

 080101初詣は、すでに100人以上神社に連なって並んでいる。 そこで、先にUさん宅を訪れることにした。Uさん旦那(職業は弁護士)が、この日のために飲まずにおいたキューバのラム酒を出してきた。

 上のカバーをはずし、ねじ蓋をはずしたら、見たこともない中栓が見える。透明プラスチックでがっちりはまっている。

 みんなでああでもない、こうでもないと悪戦苦闘するが埒があかない。

 ついにUさんが偶然真ん中の部分をナイフで突くと中に落ちた。それでその部分を指で押さえながら、ビンを傾けると、ついに出てきた。

 ビンのラベルは度数38と書いてある。まずお猪口についでもらったその酒を匂い、キューバの香りを感じ、この国に思いをはせる。カストロ首相の独裁国とも言われるが、ラテンアメリカ特有の明るさを感じるし、映画「シッコ」を見て、びっくりしたが、外国人にもこの国の医療はほとんど無料だ。

 そんなことも考えながら、口に含み、のどで味わったが、味はなかなか甘口でうまい。

 小一時間ゆっくり雑談していると、もう深夜3時になってしまい、帰ることに。家に帰る前に横の神社に拝みに行くことに。Photo_2 財布はもたず、ただ10円玉一つポケットに入れてきたので、それを賽銭箱に放り込み拝む。

 帰りの空は、まさしく冬空で、澄み切っている。

 オリオン座が西のそらにくっきり浮かび上がっている。しかし何とも言えないくらい寒い。

 そうそうに帰って寝る。

 朝は、8時に目が覚める。妻は1時間後に起きてきて、二人で「おめでとう」と挨拶をかわし、お雑煮とおせちで正月を味わった。低い角度で家の中に刺し込み日ざしが気持ちいい。妻はまた床暖房の上で寝てしまう。

 Photo_3

 昼は仕方がないので、また餅を焼き、砂糖、醤油で食べる。

 そのうち妻は目が覚め、のそのそと2男、3男が交代で起きてきて、雑煮を食べる。

 食後、本(ウェブ時代をいく)を読む。しかし、テレビでは、NHKで1月からの番組紹介で宮崎あおいちゃんや、その後、滝沢なんとかくんが出ていて、ながら読みだからどうも集中できないが、ためになる内容が伝わってくる。

 3時半ごろ、明日六甲山歩きと豚汁会をやるので、なべとガソリンコンロの準備をする。

Photo_4  そのいきおいで、年末ぶつけてバックライトカバーを破損したわが愛車プレーリーのその破損箇所を、持ち帰ってきた破片の貼り付けと上から透明のテープで補強した。案外上手くいったが、まあ正式に取り替えるまでの応急措置だ。

 しかし、なかなかうまくいった。

 一日がすぎるのは本当に早いものだ。ただ、妻がしっかりいるので、夕食の準備をしなくてすむのは助かる。

 ブログをアクセスしていただいているみなさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

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