フォト
無料ブログはココログ

-天気予報コム-

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月30日 (火)

2日目は今日も雨だった

080930  温度が下がったのはいいが、連日の雨日。

 もう今日はビアンキを汚したくない。

 それで、ミヤタ、グランディア― ランドナーで行くことにした。ただ空気は減っていたので、慌てて前後タイヤに空気を入れる。

 もうモンベルレインウェアは乾ききらないまま2日目の使用だ。

 やはりランドナーだとスピードが落ちることを覚悟して、少し早く家を出た。

 今日は大型トラックも心持多い。いつもの感覚でペダルをまわしている。しかしこのランドナーはリアフリーは7段変速だ。ただこの方がフリーギアーは上部なのだろう。ロードに比べて無骨に見える。

 ただ、西淀川歌島の次の交差点から青信号で出発し、淀川大橋のアプローチを登っていくとき、橋入口の信号でつかまらずにクリアできた。

 ランドナーでも捨てたものではない。雨の日はタイヤのスリップについては安心だ。 

 淀川大橋の道路端は、夏の温度上昇の中を大型車がビュンビュン走るためだろう。アスファルトがうねっている。非常に走りにくい。

 仕事を終えて帰る時間であっても、まだ雨が降っている。行きと同じ格好で帰らざるを得ない。行きより乗車が慣れてきて、クロモリの車体のよさをなんとなく感じるようになった。

 車体全体の振動性はロードビアンキのアルミのフレーム感覚とちがう。

 思い起こせば10年ほど前、長男の友達と2男、3男を連れて、琵琶湖の船戸だったか、キャンプ場に行き、新車同然のミヤタグランディアを持っていって、ちょっと長浜mまで走ったりした。

 そのときは、まだ自転車通勤していなかったが、変にしんどかったことを覚えている。ペダル技術は格段に今の方が高いと思う。体力はある意味落ちている部分もあると思うが、そのグランディアを今通勤に使い、けっして息はあがらない。ただ足の疲れはある。

 しかし明日もこの自転車で行ってもいいかなと思う。ただ雨が上がっていることを望む。

 

2008年9月29日 (月)

リニューアルビアンキ初日は雨だった!

080929_2  昨日は力をこめてビアンキをリニューアル整備していた。朝起きて通勤するのが楽しみでもあったが、朝起きると雨が降っている。

 自転車で行くにしても、ランドナーを使うという手があったが、ビアンキの乗車を試すのがもう待ちきれない。

 ええい。レインウェアの完全武装にしてビアンキで行こう!!!

と固く決めた。

 しかし今日の朝も寒いぞ。つい一週間前の気温はあっというまに様変わりした。

 まあちょうどレインウェアを着ていてよかったようなものだ。

 さて、ビアンキにまたがり、ペダルを踏む。むむむ・・・・・。違う。あきらかに違う。

 思い出した。このビアンキをサンワサイクルで買って、初めてそれで家に乗って帰ったときの感覚に似ている。

 なにが変わったのか。

 後輪フリーギアー。ブレーキの握りカバー。ハンドルテープ。前輪ブレーキワイヤー。後輪変速ワイヤーのアウター。前輪タイヤ。

 タイヤの交換とフリーギアーの影響は大きい。

 職場には8時49分タイムカードを押した。ただ仕事着に着替えるのに時間がかかる。

 しかし今日は一日雨だった。

  帰りの乗車も雨。行きと同じようにレインウェアが必要だった。雨の夕方の自転車での道路走行は危険が多い。後ろを振り返っても、ライトを完全につけている車が少なく、近づいているのかどうか、分かり難いときがある。

 今日はただ、5時20分ごろ職場を出て、家に直行で帰ったので、早くつけた。

 自然夕食当番をする。3男は出かけているようだ。炊飯器で一番にご飯を炊く。

 今日昼食を堺のご飯がうまくて少々高いが人気のあるという大衆食堂でとった。

 しかし特別うまいとは思わない。

 家に帰って自分で米を炊いて、昼の感覚を思い出しながら食べたが、あきらかにうちもご飯の方がうまい。手前味噌だろうか。うちの米は岡山の産で、少年団仲間の親のお兄さんが作っているものだ。もちろん有機栽培だ。

 ちょっとうれしくなる。その米は玄米で30kgぐらい毎回買っている。

 それを無人自動精米機に持っていって精米してから食べている。

 食は大事だ。スポーツも食事が重要だ。

 明日も雨らしい。どうするか。また朝考えよう。

2008年9月28日 (日)

マイ・ビアンキ、リニューアルな日々

Photo  昨日から取りかかったマイロードバイク、ビアンキのリニューアルの続きに朝からかかる。

 昨日わかったことは、ロード用のブレーキワイヤーのストックがないことだったが、それは買いに行くことにし、店が開く時間までは、できることから取り掛かることにした。

 まずブレーキレバー両サイドともについているゴムカバーの交換。

 これは結構やっかいだ。このビアンキを購入してから2年目ぐらいで交換した経験があるのだが、前のやり方を完全に忘れている。

 つまり、このブレーキレバーには、ブレーキと変速機の操作ワイヤーが繋がってる。どちらかのワイヤーをはずさないとゴムカバーは取り付けられないのはわかっていたが、どうはめるものなのか、しばし途方にくれる。

 しかしハンドルから外した状態で、後ろからはめるしか考えられない。ただ後ろから入れ込むには巾が狭い。なんとか強引に入れようとすると途中まではいけそうだ。

 そこで思いついたのは、そのゴムカバーをお湯につけてやわらかく、そして少し膨張させればということだった。

 これは正解だ。なんとか突端まで入った。しかしこうすると、横のねじを回せないような気がする。これはゴムの中に六角レンジを差し込んでまわすことで解決。しっかりハンドルに固定できた。

 左右ともこの作業を終え、まちがって外していたリアデレイラーのワイヤーを付け直す。

 ただまた調整がやっかいだ。適当にはめたところで、10時45分ぐらいになっていたので、ワイヤーを買いにいくことにした。

 購入先で考えられるのは、三箇所。一つはサンワサイクル。しかしここは日曜日は混んでいて、すぐ対応してもらえない。二つ目はナンバサイクル。しかし在庫があるか分からないし、アウターセットでしか売ってもらえないかもしれないし、他の部品も買いたいので、ちょっと不向き。三つ目はJR大阪駅したのギャレにあるサイクルワールド。

 ちょっと遠いがサイクルワールドまで行くことにした。

 往復1時間かかったが、気分転換になったし、この店はやはり部品販売が充実しているので買いやすかった。自分である程度自転車の修理ができる人にとっては、この店がいい。店ごとのタイプはいろいろ違っているようだ。

 ここでロード用ブレーキワイヤー4本、変速用ワイヤー2本、変速用ワイヤーのアウター2m、それにワイヤー先端止め10個、あわせて2,200円。これに電車賃420円かかったが、安くついている。

 このギャレーはJR大阪駅の真下にあるので、改札口も直でいける出入り口がある。

 購入後、すぐ家にむかう。

 12時20分ごろ家に着き、とりあえず昼食とし、1時過ぎから作業にかかろうとしたが、妻に「今日精米機会に行こうか」と朝言ったことを、そのとき思い出したのか「さあ、いこか」と言うので、コジマヘ先に行くことにした。

 コジマ立花店までは、歩いて10分。手ごろな製品を見つけ、手で持って買える。

 ようやく1時40分。やっと作業にかかる。

 ブレーキワイヤー前後の取り付け。これは単純ですぐできる。前のワイヤーは買ってきた新品に取り替えた。

 そのあと変速ワイヤーの取り付け。前のワイヤーのアウターは新品に取り替えた。

 次は、ハンドルテープの張替え。今までは赤のテープで4ヶ月ぐらい使ったが、タイヤにあわせ、イエローを巻いた。

 最後に一つ残っていたが、前輪タイヤの取替え。これが結構やっかいだ。というのは新品のタイヤは平たく、固い。4日前の祭日に後輪を取替える作業をしたが、予想以上に時間がかかった。

 それでブレーキカバーと同じようにバケツにお湯を張りそこにしばらくつけた。

 これも正解。簡単とはいかないが、後輪の時よりは楽にはまった。

 念のため、リアディレーラーの調整をしたが、これは理屈はわからないが、非常に微妙な調整が必要だ。何回もペダルをまわし、変速状態を見て、デレイラー後ろの調整ねじであわせた。Photo_2

 そのあとまた念のため、外にでて、ぞうりの足だが、自転車に乗って、近辺を回った。まあ問題なく変速している。

 やっと今日の課題の作業は終わった。

 しかし、そのあと洗車作業をすることにした。ついでに妻のマウンテンバイクも続けて洗車した。

 洗車の方法は、洗濯石鹸をバケツに入れたお湯のまぜ、スポンジで自転車細部を洗い磨く。そしてホースで洗い流す。本当は、あと雑巾で拭くのが正当だが、それは手を抜いた。

 これで夕方4時。

 気が抜けてしばらく放心状態。テレビを呆然と見ながら、居眠りしてしまった。

 今日の教訓としては、自転車整備は、とくにロードバイクの場合は定期的にこまめになるべきだということだ。でないと手順がわかっていないし、失敗して膨大な時間がかかる場合もある。それに自宅の庭で作業をするのは、こまかい道具や備品をいちいち家の中に取りに上がらないといけない。

 作業場がほしい。

 まあこれはその庭の一部を道具棚にする方法もあるか。これを書きながら思いついている。

 とにかく自転車という乗りものは、精通すれば、どの部品でも取り替えて自分でリニューアルすることが容易な機械だ。愛着はそこから出てくるのだろう。

2008年9月27日 (土)

ケーブルテレビデジタル化とビアンキリニューアルの一日

Photo   今日と明日は本格的に休みだ。

 まず一日目ということで余裕をもって朝おきる。

 いつものように朝は洗濯物干しとワイシャツのアイロンかけ。9時半には終わり、ゆったりとテレビを見て過す。

 その間に今日郵送してもらうように頼んでいたロードバイクのフリーギアが佐川急便で送られてきた。

 はたしてこのアルテグラは自分のロードに合うのかどうか心配はあったが、9段フエー、しかも同じシマノ製だからまずまちがいないと思っていた。

 昼食は、サッポロラーメンを上手くアレンジし、妻の分と2人分を作った。

 早々その前にやっていたことがあって、ベランダの上一杯につるしているスダレを全部外して、ベランダ下にしまった。ついで庭を眺めていて、トマトの鉢植えからトマトの幹を取り去った。それからどうも気になっていたザクロの鉢植えを地植えに変えた。コーヒーの鉢を大きいものに変えた。

 昼食の後は、午後1時から3時の間にベイコミュニケーションの人がチェックに来るということなので、テレビを見ながら待っていたが、そのままうとうとしてしまい、30分ぐらい昼寝になってしまった。

 しかし3時を過ぎてもまだ来ない。じっれったくなったが、15分ほど遅刻してやってきた。

 結局、チューナーをデジタル対応に切り替え、ネットと電話をこのケーブルに契約した。

 これでデジタル放送の視聴が可能になり、ネットの格段に早くなるはずだし、電話を含め経費が安くなる。いいことばかりだ。

 080927 手続きを終え、自転車(ビアンキ)の修復に入る。思ったとおりフリーギアはすぐできた。

 あとは、ブレーキレバーを覆うゴムケースの付けかえ、ハンドルテープの付け替えなどあるが、ブレーキレバーの着脱に気間取り、ワイヤーの交換の必要性もあきらかになり、夕方になってきたので、明日に作業することにし、今日はそこまでにした。

 完成すれば、タイヤ、ハンドルともにイエローで統一されることになる。

 明日も作業にかかるのが楽しみだ。

 今回このフリーギアは初めてネットで購入したわけだが、こういう方法もあることを自転車部品では始めて体験した。実物を見る必要性もあるが、ネットでの注文は、遠くの店まで行かなくていいという大きなメリットがある。支払いも簡単だ。

 この方法はなかなかいい。やはりこれからはネット販売と購入がますますふえるだろう。

2008年9月26日 (金)

なぜか電車で通勤した今日

080926  今日は朝起きて、やっと週末明日から2日は休みに入ると思うと、気持ちが緩む。

 それで通勤をどうするか、ちょっと悩んでいたが、気分を変えて電車通勤することにした

 シンガポールで沢山電車に乗ったせいで、電車もいいかという気になって、その支度で出勤の準備をする。

 朝からは、トラブルのある西宮の会員の診療所へ行く。

 まあ話しは思っていたとおり運んだ。しかしその診療所へ一度行ったときは11時すぎで、窓口の職員か12時過ぎてからきてほしいと要望され、そりあえず甲子園球場に近いので、ララポートというショッピングセンターへ行って、先に昼食を取ることにした。

 中は結構レストランが多いが、値段はどこも高い。

 まあ和食専門の店に入る。ひろしきについて再び医院を訪問。

 話しは予定どおり話がつき、大阪へ帰ったが、昼休みをかねて、もう一人のMくんにカシオサービスセンターによってもらうことにした。

 それは昨日も書いたが、わがデジカメがスイッチを入れても動かなくなり、サービスセンターを頼ることにしたのだ。

 そのカイオが入っているビルの7階に行き、サービスセンターの窓口でベルを押した。係りの女性が出てきたので、その一部始終を話すと、その職員はマジックでもするようにデジカメをさわり、しばらくすると、あれあれ不思議????

 スイッチが稼動したではないか。この女性が神か仏か、と神々しく感じた。

 まあ具体的に原因を聞いてみると、中に入れているSDカードの不具合だけで、スイッチが稼動しなくなると説明を受けた。

 まあそれで預けるまでのなく、費用もかからす、書面もかかず、お礼を言って、7階を後にした。しかしちょっぴり嬉しかった。

 それにしても空模様は不安定だ。いつ雨賀降ってもおかしくない。しかし仕事のパワーとモチベーションはもう残っていない感じだ。

 午後からは3時から5時まで会議。 

 無事会議を終え、しばらくデスクの整理をし、帰路へ向かう。実は今日の朝はたまたまの電車通勤で、またというか神戸方面の人身事故で、JR東西線が遅れた。

 帰りは、その東西線で尼崎駅乗換えという場面だが、プラットホームから見えた空は西の方が赤くそ待っている。まるで映画のシルエットだ。 

 なおったばかりのデジカメで復活後、初ショット。なかなかいい。

 

2008年9月25日 (木)

大阪の交通警官の教育はむちゃくちゃだ

080925  今日はモチベーションがだいぶ高まってきた。

 行きの自転車は、ただひたすら体のリラックスさせてペダルの回すように心がける。

 昭和町6丁目、かなり繁華街に近い2号線の道路だが、ここの交差点では、高校生たちは、ゆうゆう赤信号を渡っていく。

 昨日みた昭和町1丁目を渡る高校生とあまりにも違う。

 学校の教育の違いが反映しているのか。考えさせられた。

 ところで今日は大阪の街に入って主要な道路で、めずらしく交通警官が交差点で立っているが、歌島交差点で立っていた交通警官はかなり若いが、どうどうと自転車で対角線上に信号無視をしていく自転車がいるのに注意もしない。

 ああ、世も末だ。なさけない。警官の本分をわすれているではないか。

 この前、大阪市内だったか、尼崎だったか記憶は定かではないが、赤信号をあきらかに右折しようとした運転手に、笛を鳴らして止めた。ひさびさの気持ちよさを感じた。

 しかし今日の警官はなんだ。

 そんなことで落胆して走っていたが、今度は、野田阪神交差点で、ここは左折専用車線1と直進車線1、右折車線1の道路で、青は左折、直進の矢印信号だ。

 ぼくは当然左折車線の右を注意しながら、直進した。交差点の左向こうで立っている警官が笛を吹いて、ぼくを左によるように、つまり歩道を走れといいたげに、手で指示している。

 「ばかやろう。交通法規をしらないのか」と、警官を顔を睨みながら、やり過ごした。

 まったく自転車の存在のことを分かっていない。

 いったい大阪の交通警官はどういう教育をうけているんだと思う。まして今自転車と歩行者の区別をする方向に向かっているのに、最低だ。

 しかし一外にすべての警官がわかっていないとは思いたくない。きっと無謀運転の車や自転車をとりしまり、自転車の道路上の位置付けがわかっている警官もいると信じたい。

 ロードバイクを趣味にしている警官がいれば最適だ。

 それでも道路上では楽しいこともあって、見ず知らずの女の子が母親と弟と1台の自転車にのって、交差点で待機していたとき、バイクが4台ぐらい停止していてその後ろをぼくが待機していたが、その数をかぞえている。最後にぼくも数えられたように思ったが、信号は青に変わり、走りだしたとき、その子をこちらを見ていたので、笑顔で手を振ってあげた。

 おかあさんも頬えましそうに笑っていた。

 なぜかうれしかった。

2008年9月24日 (水)

今日の帰りの交通ルールはズタズタだ!

080924  日が落ちるのがだいぶ早くなってきた。

 朝の走行は、追い風十分。しかし今日は自転車で走る気持ちがトーンダウンしている。どうも気乗りがしない。

 しかしこれ以外に職場に行くすべはない。

 ただ走るしかない。ただし風は追い風。どんどん大阪の方向にぼくを運んでくれている。

 やはり休み明けのしんどさと、重要会議のペレッシャーがネガティブな気持ちにさせるのかもしれない。

 しかし淀川大橋を越えるころには、気分も高まってきた。

 それで職場のタイムカードには8時52分に到着だ。

 まあ緊張の連続で仕事を終えた。

 

 帰りは、6時前になり、家に電話してみたが、応答がない。

 なにわ筋を前進し、土佐堀付近を走っていると、連続6人ほどの自転車が道路を逆走してきた。なんとも恐怖を感じる。

 しかし何食わぬ顔で走りさっていく。それぞれの自転車の人に大声で怒る。

 なんとかすれは過ぎ去ったが、今度は福島付近の2号線手前の信号を赤信号に変わって3秒以上たっているのに信号無視して走る軽自動車が一台。

 よっぽど追いかけて窓越しに注意しようと思ったが、そこまではしなかった。しかし、ナンバープレートを公開する。三菱の軽自動車でなにわナンバー45とあった。

 とにかく僕から言わせると殺人行為だ。

 今日はとにかく酷い走行の自転車と車をみてしまった。

 ただ書き忘れていた。朝の往路では、尼崎中心部を越えた昭和町1丁目交差点では、今日も高校生6人ほど、大人3人ほどすべて赤信号でみごとに停止していた。しかも交差点の先はすぐ目の前だ。

 ぼくはうれしかった。このシチェーションはめったにないぞ。しかしすべての交差点でこういうふうになってほしい。事故も格段に減るのではないだろうか。

 そんなことを夢みる今日であった。

2008年9月23日 (火)

水槽に熱帯魚を入れ替えて

080923_3  今日はやりたいことはいくらかあったが、できたら朝に済ませてしまおうと、起きる時間は8時になっていたが、朝の支度を手早くこなし、洗濯をし、午前10時半をすぎていたが、家を出た。

 風は涼しいが、日差しは強い。まず駅前の尼崎信金ATMにお金を下ろしにいった。

 それから家をまた通り過ぎ、「コジマ」に行った。

 毎日使っているデジカメが開かない。充電池が寿命ではないかと、買いにいったわけだが、在庫がないという。

 店員さんは、「注文しても一週間かかります。他の大型電気店に行ってみてください」という。がっくりだが、まあ明日職場からビッグカメラかヨドバシに行くことにした。

 そのあと、阪急のとなりの駅「塚口」近くの小動物販売店に行った。というのは、7年前にその店で買ったエンゼルフィシュのつがいが一時は子どもが8匹大きくなり、10匹いたことがあるが、除所に死んでいき、最近最後の一匹が亡くなったからだ。

 子どものエンゼルで白黒のまだらとオレンジを2匹ずつ買って帰った。

 家に帰るとすでに昼になっていた。

 食事を済ませ、しばしテレビに見入ったが、「青春カンバック!?メタボリックばんど!」はなかなかよかった。

 中年を中心にした4人の仲間がロックにめざめ、最後はおじさんバンド大会予選でフィーバーするという物語だが、渡辺 徹演じる一見だめ親父が、最後はかっこよく演奏するという痛快、泣き、笑いのものがたりだった。

 そのあと職場からもってきたICレコーダからの会議録を買ってきたCDに打ちし変えた。これはあきらかに仕事だが、家に方がやりすい。しかし1時間かかってしまった。

 夕方になり、読書とうたたねを繰り返し、5時になった。080923_5

 夕食は妻がずっとパソコンに向かって仕事をしているため、自分から率先して作ることにした。

 しかし冷蔵庫を開け、しばし何を作れるか考えて、苦肉の策で、焼肉風料理を作った。

 家の庭に残っているぶどうの実がまだ7房ほどあり、今日限界かとすべて収穫し、妻におなじマンションの知り合いに配りに行ってもらったが、なかなかかえってこない。

 3男もお腹がすいたということで、先に3人で食べることにした。

 しばらくして妻が帰ってきたが、最後のYさん宅に上がりこんで、新品の大型テレビの視聴と、梅酒のおよばれがあったとか、まあ会話に花が咲くのは悪いことではない。

 夜このブログを打っている最中、娘から電話があった。

 今一人夜勤が4日に一度あるらしい。同じ社員の有休取得者がかたまって、その影響でとくに今月は多いらしい。若い娘が夜の8時から朝の8時まで勤務jというのはこちらも心配だが、こちらからはグチを聞くしかない。

 ただ、この間、その娘の住むシンガポールへ行って、もう一度1年以内に行ってみたい気になった。外国へ旅行してそう思うのは、初めてだ。正直にいうと東南アジアに対する偏見もあった。自分の心の中にも西欧謳歌の刷り込みがあり、それを断ち切れていないかもしれない。

 シンガポールに行ってみて、アジア系の中国、マレーとインド系、白人が区別なく電車、バスに乗っていることにちょっと驚いた。まだそれはこの国の一部しか見ていないだろう。

 しかしおもしろい国だと思う。

 いままでと違った目で通勤の道路、電車の中、街を見るようになった。

yu

2008年9月22日 (月)

連休中日、タイヤを黄色に履き替えて

 月曜日ではあるが、また明日は休みで、逆に業務はタイトだ。

 今日はもちろん自転車通勤だが、後輪は、ひさびさにタイヤを新品に履き替えた。色もずっと変えなかった赤から黄色に変えてみた。

 新品のタイヤははめ込んでいるワイヤが固く、なかなかリムにはまらない。それが昨日の難業だった。

 ただ今日の走りは、やはりちょっと違う。道路のアスファルトをとらえるタイヤの感覚がお尻に伝わってくる。

 それはとくに帰りの走りで感じたが、ペダルをこぐ感覚がちがう。本当は、前輪分も買っているので、両方変えてもよかったのだが、減りのひどい後輪だけにした。

 しかし明日は、ハンドルバーも黄色に変え、ブレーキレバーを覆うゴムのカバーも変えようと思う。

2008年9月21日 (日)

ひさびさに家でじっとしていた1日

 シンガポールから帰ってきて、4日間の仕事のスケジュールをこなし、ひさびさの出かけるあてのない日曜日を迎えた。

 その間、木曜日18日の夜遅く、ベルギーの大学受験のため渡航していた3男が帰ってきた。結果は非合格であったが、英語の面接にたえれるスキルがいるようだ。

 今日は朝から雨模様か、曇り。シンガポールの旅行の疲れのためか、少し風邪ぎみた。それで、昨日から予定されていた流れ星少年団の合宿はキュンセルした。

 それで気持ちは楽になり、昨日は午後からの会議後、その会議が4時半に終わったこともあり、家に帰り途中、尼崎の「やまとの湯」に入湯した。

 夕方の日が影る様子は、疲れをいやしてくれるようで、風呂の中でも、とても癒された気分になれた。

 ただ、夜は自分が夕食のカレーを作ると朝告げていたので、そのあとは忙しい。

 何も予定のない土曜日の夜もひさしぶりだが、ワインを飲みながら、ブログを書くには心地いい。

 

 さて今日は、朝はなにもしないことに決めて、テレビを見ていた。

 昼は、ご飯をたくのが遅れたので、その間、出かけることにした。

 行く先は、サンワサイクルと精米自販機の場所。サンワサイクルへいく利用は、昨日マイビアンキ後輪がパンクしていたので、その修理が必要だが、ついでにタイヤを交換しようと思ったので、その調達に行くのだ。精米機は、先日玄米を30kg注文し、今の米びつに残り少ないので、一袋精米することにしたのだ。

 3男の一般車で行った。

 家に帰るとすでに午後1時半。妻は先にカレーを食べていた。遅れて昼食し、テレビの「たかじん、そこまで言って委員会」を見る。

 見終わってから、自転車の置いてある庭に出て、タイヤ交換とチューブ交換にかかる。

 新らしいタイヤは固くて、リムにはめるのに一苦労した。色はいままで5900円の赤、ドイツ製をはずし、今回はビットリアでタイ製造の2200円を履かした。

 それをするとききずいたが、フリーギアーの上から4段目、一番よくつかう20ギアーが先がすべて削れて細くなっている。

 これは交換に必要がある。ここまで使ったのははじめてだが、ときどき最近から回りすることがあったが、これが原因だろう。

 これに約2時間かかった。

 夕方になり、風呂を用意し、湯がたまる間、髪を染めた。

 さっぱりし、妻が買い物に行く間、ピアノに向かった。さわるのはひさしぶりだ。

 自転車の修理しているとき、ピアノを弾いているときは、通勤で走っているときと同じで、何も他のことを考えていない。

 まあ何もしないことを目標としたが、またいろいろ動きまわってしまった。

2008年9月20日 (土)

続シンガポール紀行 アラブ通見学から帰還まで

Photo サントーサでの昼食を終え、またモノレールに乗って、始発のショッピングモールを見学する。日本の大型ショッピングモールより規模が大きい。

 見学を終え、また MRTを利用して、今度はアラブ通という地域に近いと思われる駅に下車。

 しかしなかなか場所がわからない。何人かに聞いて、いったりきたり。

 とうとう見つけた。

 シンガポールの他の場所と比べると雑然としている。なにか怪しい店が多い。

 衣料品と生地、激安のジーパンなどの店が一杯だ。

 ここを歩いているころ、疲れがピークだった。

 夕方になってきて、帰りの空港の時間はだんだん近づいてきたが、ただ出発は午後11時58分の深夜だ。

 娘も夜勤があって、午後7時半には出かけないといけない。

 それでこれ以上移動はやめ、夕食を娘の家に帰ってすることにし、トアパヨの駅に向かうため、MRTに乗る。

 トアパヨの駅ビルの2階に食堂街がある。テークオフも出来るということで、麺類を頼む。しかし疲れはここでもピークで、メニューを頼むのもどうでもいいという感じだ。

 なんとか4人それぞれすきなものを買い、1階のコンビニでビールを買い、マンションに帰る。

 もう午後6時をすぎている。順番にシャワーを浴び、食事をする。

 そのころここの住人の一人のマレー人の女性がもどってきた。

 そのまま会話をしないで出ていくのも心残りなので、直接英語で「利用させてもらってありがとう。もし日本に来ることがあったら、ぜひ家を訪問してください」というと、にっこりしておたがい和んだ。

 すべての荷物を準備し、家を出る。またMRTに4人で乗り、まず乗り換え駅のシテイーホールまで乗る。月曜日で仕事帰りの人が多い。

 シティーホールで降り、いよいよ娘と別れる瞬間だ。妻と娘、ぼくと娘 それぞれ握手し、やってきた列車に乗る。妻は涙を浮かべている。それを見てぼくも涙ぐみそうになる。

 列車が動いても手を振って名残惜しんだ。

 いよいよシンガポールに着いたとき、こわごわ乗った反対のルートを帰る。

 約30分で最終駅、エアラインステーションに到着。

 Photo_2 エスカレートを登り、ついたところはターミナル3。しかしまたチケット手続きをするところがわからない。

 それで、近くの案内人らしい男性に聞いてみると、その人は、JARの搭乗手続きは、ターミナル1で、ここからステーショントレインに乗っていけばいい。ターミナル1では11番カウンターです。

 と正確に説明してくれたのでとても好感がもてた。

 移動して無事搭乗チケットを手に入れた。しかしその窓口では現地の女性で、席の希望も聞いてくれたい。

 搭乗してから分かったが、座席は満員だったので選択の余地がなかったのだろう。

 そのあと、飛行機の乗るまで2時間ほどもあるので、土産店でマーライオンのチョコレートなどを買い、それでも時間がたっぷりあって、ターミナル1の中をうろうろ。

 階段を上がるとラウンジがあるらしく、その方向に向かう。

 ドアをあけると屋上になっていてそこがラウンジだが、ビールなどが頼める。ベルギービールをたのみ、3人で飲む。周りはなぜか白人ばかり。ちょっと別の国に来た感覚。遠くでは頻繁に滑走路を離陸していく旅客機が見える。

 しばし落ち着いた感覚になる。

 そのあと42番ゲート近くで待機し、いよいよ搭乗する。

 しかし深夜出発の便は辛い。台風の影響は朝食サービスをできないかもわからないということで、なんと午前2時ごろそれが繰り上がって出てくる。

 しかたがないので全部たべワインも飲んだ。

 ほどなく消灯になったが、座ったまま寝るのはつらい。リクライニングは満員のためか、シートを倒せないようになっているのか。みんなそのままで寝ていた。

 まるでブロイラーだ。

 いくら消化しないといけないといっても午後2時の朝食は興ざめだ。

 午前7時10分無事関空の滑走路に車輪が降りた。ほっとする。

 飛行機を降り、ずっと歩いて税関に。チェックは早い。そして預かり荷物の変換。ハードケースはシンガポールでは、自分のところのものとなかなか判別できなかったが、帰りはオレンジのバンドをオーチャードで買ってあって、つけていたのですぐわかた。

 そのあと荷物チェック。3人でかたまって出ると、うたがうことなくすぐクリアー。

 3日間停車しておいたプレーリのある駐車場へ向かう。

 料金を払うとき、値段は予想どおり8000円だった。まあいいさ。このほうが楽だと納得して車を走らせる。

 日本はやっぱり日本だった! たった3日だが、懐かしくおもいながら家に向かった。

2008年9月19日 (金)

続シンガポール紀行 3日目の一部始終

Photo シンガポール3日目、今日が最後の日になった。

 娘は夜勤の仕事があるが、夜までは、時間が空いている。やっと朝から同行できる。

 昨日まではいけなかった、サントーサの島へ行くことにした。

 シンガポール本島の島だが、サントーサというリゾート地がある。年中泳げる場所だ。

 この島へは、モノレールで行く方法が格安だ。

 駅を降りると、例の大型マーライオンがそびえていた。テレビの観光番組で最近みた。中の入って頭の上まで登れることを知識としてしっていた。

 これも行ってみたいところだった。料金は300円ぐらいだが、中で、シンガポールの歴史を紹介したアニメが上映されていた。

 シンガポールの名前はもともと「シンガポーラ」と呼ばれていて、シンガポールを発見した王が最初に見たのが、その島のライオンで、やがてライオンが海にもぐり、下半身が魚の姿になったという話らしい。

 シンガーとはそのライオンの意味らしい。だからこの国はライオンが国名に由来しているのだ。マーライオンはまさに国のシンボルということだ。

 ラーマライオンを出て、ガウディの作品をもした噴水の道を通り、浜辺へ向かう。

 Photo_2

  あった。砂浜がきれいだ。

  しかしこの砂浜は人口のものだという。

 流れついたのか、古い椰子の実を2男がみつけ、近くにあった石で穴をあける。ぼくも手伝って20分ぐらいそれに集中する。やっと中が開いたが、やはり古くてすっぱい。

 まあしかし満足した。

Photo_4

 もう一度着てみたい衝動に駆られる。

 一日ここで泳いだり、昼寝をしたりしてみたい。

 このあとアラブ街に行くが、それは後日に。

 

2008年9月18日 (木)

続シンガポール紀行 2日目夕方からナイトサファリで夜はふける。

Photo  コンサートホールをあとにし、もよりの駅を探す。そこはどうも娘が働いている地域らしい。

 りっぱなビルが林立している。

 そこからまたオーチャードに向かう。もうMRTの鉄道の概要と自販機の要領はわかっているので、どこでもいける気分だ。

 オーチャードの百貨店のようなところの地下にスーパーを発見。

噴水のようなところに座っていると、「その中の店にごようですか」とか聞かれ、あんにそこに座ってはいけませんと言われているうようだので、立ち上がり、スーパーに入る。夕食をもちかえろうといろいろ探したが、朝のパンも買ったが、夕食には、日本人の寿司屋主人がいるコーナーで寿司を買う。日本とほとんど同じような品揃えだが、ちょっとアレンジしてあり、マヨネーズを塗った軍艦巻きのものもあった。

 そこから宿泊しているトアパヨの駅に向かう。

 マンションの部屋について、外側の鉄の柵のカギをあけようとカギを入れてまわすが、柵はあかない。15分ほどかかりきるが、開かない。

 ついに娘の職場に電話をかける。

 急いでかえってくると返事があったので、それまでとにかく、カギの入れ方を変えたり、上のちょっと柵をもちあげてまわしたりしていたら、偶然開いた。

 やっと家に入ってまずシャワーをあびる。

 そのうち娘も帰ってきた。

 ひとしきり休んで、いよいよ念願のナイトサファリに向かうことにした。

 Photo_3  マンションをあとにし、駅近くでタクシーを捜すが、全然ない。結局一番ちかいMRTの駅まで行くことにした。

 夜8時を過ぎているのに、車両は結構込んでいた。

 オンギモ?だったか、駅に着くとナイトサファリの看板がある。入場券と園内バスと会場までのシャトル車を合わせて、料金が書いてあり、シャトル車は無料ということで考えていると、どこからともなく青年が「ナイトサファリのバスはこちらです」と近寄ってくる。

 

 料金は車を降りてからでいい、ということなので信用して車を待つところに移動する。

 無料で助かったと思ったが、車に乗ると以上に長い距離を走る。どこか違い場所に連れて行かれるのではないかと思ってしまう。

 車には10人ほど客が乗ったが、途中ナイトサファリとは程遠い場所で止まり、そこに若い係り員らしい女性が入ってきて、料金を徴収していく。

 妻は園内バスは日本語用と聞いているがそのチケットかと日本語で聞き、娘が英語で問うが要領をきず、返答せず出て行った。

 あとから思うとどうもこのサービスはサファリとは関係ない団体がやっているようだ。

 まあ、無事会場のついたわけだが、30分ぐらいかかった。

 Photo_4 結局会場内に日本人むけの窓口があり、インド系の女性と若者が応対していて、園内バスを教えてくれた。

 明るい女性だ。

 先に園内をバスで見学し、10時半からショーを見ることにした。

 Photo_5

園内は、フラッシュ禁止。カメラにはかろうじてフラミンゴの集団が写った。

 ただ、ライオンや象やトラなどは、夜であるのも関わらず、昼間の動物園とおなじように寝そべっている。

 これではナイトサファリの意味がない。

 案内では、絶滅種と園内のジャングルを守っているというが、夜を頻繁にバスが移動するのは動物にとってはいいことなのか、またジャングルにはいたるところにライトを設置しているが、これはどうなのか。

 園内バスでの見学を終え、最後のショーに走ってむかう。なにせ満員になると締め切るらしい。

 しかしショーは、火のついた棒をまわす踊りがあるのと思ったが、一人のアシスタントのアナウンスを中心にハイエナやイタチのが出てくるだけ。ただ途中座席の下からニシキヘビが出てくるぐらいがサプライズだが、それだけだ。

 ちょっとがっかりでショーは終わり、園内を歩くコースがあるので、妻は積極的で行こうという。時刻は11時を過ぎている。

 ひとしきり歩くとあと1時間はかかるらしい。途中で案内に人がいて、聞いたがその方向に歩くと、またその案内人で出くわす。ようするにただまわってきただけだった。

それで途中の駅に園内バスが来ていたので、交渉して乗せてもらうことになり、園内バスコースを2回回ったことになる。

 やっとバスを降りて、11時半ぐらい。会場を出て、タクシー乗り場に行く。りっぱなハイヤー風のタクシーに乗る。ずっとまっていたためか、冷房でタクシーの中の窓はすべて曇っていた。

 しかし直接トアパヨの駅に向かうと、20分ほどで到着。意外だった。料金も11$(900円ぐらい)。

 まあ初めての経験だが、それなりにミステリーだった。

 2日目のスケジュールは深夜に及んだ。

2008年9月17日 (水)

続シンガポール紀行 初日の夜の夕べから翌日船の観光まで

Photo_4  とりあえず娘の家に荷物をおいて、タクシーでシティーホール近くのレストラン街に行く。今日はまつりのため、野外に沢山のテーブルを出して、沢山の人が食事をしている。

 ここでも白人、マレー人、中国人が入れみだれている。

 食事ではカニの胡椒味の料理が出た。辛い!辛い!

 生ビールで乾杯。まあこれでなんとか人安心だ。

 近くの運河ではもう10時だというのにまだ船は動いている。花火も上がる。ランタンフェウチバルといって満月を女性にみたてて祝うまつりらしいが、満月になりかけた月が空に光っていた。

 帰りもタクシーで帰ったが、距離が10km以上あると思うが、700円ぐらいで行けた。

 娘のマンションは40階立ての高層だ。その建物が4棟ぐらい並んでいる。部屋は12階にある。その部屋はマレーシアの女性2人とたまたま不動産屋をまわっているとき、知り合ったそうだ。

 この日は2人は気を使ってくれたのか、家にはいない。それで僕と2男はリビングに寝た。ぼくはタイルのような床に寝袋で寝た。ちょっと外の車の音が気になってときどき寝がさめた。

 

 さてなんとか就寝して、翌朝7時半ごろ目がさめた。娘はこの日も仕事で、洗面、朝食にいそがしい。8時すぎには仕事に出かけた。

 それで2男の目覚めを待って、午前10時すぎから3人で観光に出かけた。

 今日の目的は、娘から聞いたオーチャードでのチキンライス食堂を探すこと、遊覧船乗船とマーライオンを見ること、インド人の町「リトルインディアン」の見学などだ。

 まずMRTにのって、オーチャードへ行く。ここはシンガポールでもっともにぎやかな街らしい。それにこの日は日曜日なので、人が特に多い。ガイドブックで知ったビルを探す。その2階にその店はあると書いてある。そのビルは日本でも増えてきた中が吹き抜けになったビルだが、2階をあるいていて、「チェンジ マネー」と看板のある小さな店で立ち止まる。そこで金額を聞くと1$が130円という。

 「むむ、高い」。次男が「日本では78円だった」というと即73円と返答。

 なんだこれは。レートの相場を知らなかったら、だまされるところだ。ところで不思議なのは 、こちらは何もしゃべっていないのに、こちらが日本人と分かるらしく、片言の日本語で語りかけてくることだ。格好でわかるのか、骨格でわかるのかわからないが、他の場所でもそうだった。Photo_5 

 そこからもう一人の青年に食堂のことをたずねると、同じ階の奥にあるというので、行ってみるとあった。

 まだ11時半ぐらいなので、そんなに客はいない。ここでも日本人と見破られた。

 頼んだチキンライスは独特の外米とチキンがのったものだが、味はグーだ。

 おばさんに食事を終えて、リトルインディアンへの行きかたを2男に聞いてもらう。

 65番のバスに乗るといいと言われた。

 外に出てバス停を探す。ちょっとまよい、バス停もまちがい、ようやく65番のバスが走るバス停を見つける。あと16分で来ると書いてある。しかし料金が距離でこまかく変わるので、ちょっとぼくは躊躇する。

 65番のバスがきた。沢山の人が乗車する中、入口で運転手に行き先を言い、値段を聞くが、硬貨の金額がわからない。手のひらにそれを並べるよういわれ、必要なだけ取ってくれた。Photo_6

 これは2階だてバスだ。2男はイギリスにいたとき以来なので、うれしそうだ。

 今後は降りるバス停が分かるか不安になる。ガイドブックの地図とにらめっこ。なんとなく左折したところから目的地までの雰囲気をさぐる。

 感で「次かも」と下に降り、現地の乗客に思い切って「NEST STASION  IZ RITRU INNDIAN?」とか聞くと「YES」の返事。ほっとする。

Photo_7  バスを降りるとそこはインドだ。肌が黒く、堀の深い人達しか見かけない。

 しかしそこにたまたま中国系の人が経営する店があり、どれも3個で10ドルという商品が並び妻は磁力つきネックレス、僕はコーヒーカップを買った。

 

 ひとしきり北へ歩いて、MRTの駅を見つける。

 もう一度オーチャードに行き、2男目的の店をさがしたが、どうもそれはベイの方にあるらしいので、あきらめ、シティーホール近くの船着場を目指す。今度は船に乗ることを目指す。

 昨日夕食に来たところに出て、しばらく歩いて発着場所を発見。往復か片道が聞かれ、片道だと600円ぐらいなので、それを買う。ほどなく船がやってきて、すでに乗船している人達の中を途中乗車で乗る。

 Photo_10

 運河航行はなかなかいい。空は青空。水の上をゆっくり移動する。

 やがて河口の方に出てくる。

 ああああ、目的のマーライオンがいた!!

 口から噴水を吐き出している。

 まさにここはシンガポールのシンボルだろう。大きな橋の向こうには日本設計で有名なマンゴーの形をもした大きな屋根のコンサートホールがある。

 そばのコーヒー店でアイスコーヒーを飲み、しばし休む。時間はまだ2時半だ。

 夜にナイトサファリに行く予定なので、時間はまだまだある。それで時間つぶしに橋の向こうのそのコンサートホールへ行ってみた。しかしこの橋がかなり長い。

 Photo_11

 中ではコンサートホール、エントランスの催し会場、シアターなどが入っている。

 中国系の子どもたちの発表がおこなわれていた。

 ああ、こまかく書くと1日では書ききれない。

 明日はナイトサファリから帰るまでを書きとめよう。

2008年9月16日 (火)

続シンガポール旅行記・書ききれないエピソード

Cimg9286_2  今、16日午後6時。さっきまで更新していた記事が保存する前に一瞬に消えた。こういうことはたまにある。

 2日前に書き残していたできごとを書いておかないといけない。

 それはシンガポール(チャンギー)空港について、出国手続きをスムーズに終え、そこを出れば娘がまっていて、家に案内してくれるだろうと安心していたのだが、娘がいない。

 電話番号を控えてきていたので、公衆電話を探し、娘に2男よりTELしてもらう。しかし一瞬非常な不安がおそわれた。右も左もわからない外国で路頭にまようのか。

 Cimg9245 結局連絡がついたが、娘は仕事に日で、難問の仕事を終えられず、まだ職場にいるということ。結論といては、娘の住むマンションの最寄の駅までこちらから行かざるをえない。

 日本からルルブの観光雑誌を持っていたので、それを便りに向かう。しかし空港内部は広く、肝心の電車MRTのターミナルはどこにあるかわからない。最初に聞いたたよりなさそうな現地人に聞いたが、バスで行くのが早いという。しかしどうも違う。

 それでみんなが進んでいるターミナルトレインの方に歩き、ターミナル3に移動。「あった!!!!」。MRTの乗り場案内矢印がある。エスカレータがやたら多く、方向が確認できない。

 掃除のおばさんにぼくが「MRT乗り場はどこですか」と聞くと、そばのエスカレータを降りるように促され、その順序でどその駅はあった。「チャンギーエアポート」とある。

 まず自販機できっぷを買う。やり方がちがう。ただ以前オーストラリア、シドニーで列車に乗るとき、30分ほど悩んだことがあるので、なんとなく発想は予感できた。

 つまり先に画面の目的駅を指で触る。それからお金を入れるのだ。3人なのだが、人数案内ページがでて、3を押す。日本にように人間にイラストのついたボタンはない。

 すると切符でなくキャッシュカードのようなカードが出てきた。

 これをイコカカードのように改札口であてる。ただつがいのは料金は1$余分に払っていて、目的地の駅についたとき、自販機でカードを入れて、1ドル戻ってくる。

 うまくできていると思った。

 まあ、娘のいるトアパヨ駅に着くまでも乗り換えで冷や汗ものだったが、なんとか着いて、駅の外に娘が待っていた。申し訳なさそうだ。

 しかしこのMRTは日本に地下鉄に似ているが、車内は日本にようにおびただしい広告はない。また乗客はインド系、中国系、マレーシア系等々ごく自然だ。こちらから見ると国際的に見える。また乗降の仕方はちょっとよろしくないが、中のマナーはいいように感じた。両サイドの座席が日本に優先座席と同じだが、さっと譲り合っている姿がいい。

 また治安もいいようだし、一人だけ大またで周りをふさいでいるような人は見当たらない。

 一日目のエピソードでこれだけだ。続きは明日に。

2008年9月15日 (月)

シンガポール2日目、運河をくだる。ナイトサファリに行く

 娘の家にやってきて2日目。彼女は、仕事が休めず、3人でとにかく街と観光地を回る。

オーチャード、リトルインディアン、クラークキー、マーライオンのいるマリーナシティーすべてMRTという地下鉄で行く。

夜は島北部のナイトサファリへ。いそがしい旅である。

詳しいことはまた後日Cimg9262

2008年9月14日 (日)

シンガポールヘやってきた!

 9月の連休になった。数ヶ月前から念願のシンガポール旅行を決行した。というのは前にも書いたが、娘がシンガポールへ就職して、2ヶ月。「そっちへ9月に行くよ」と約束していたからだ。

 飛行機の予約はインターネットからJALの確約チケットを申し込んでいたわけだが、当日になって、案内を再点検して見ると、なんと集合場所が「新東京国際空港第2ターミナル3階」となっているではないか。

 たしかに関空からの申し込みにしたはずだ。妻と2男と3人で心臓がとまるような一瞬だ。それで申し込み先ENA(イーナドットラベル)に関空へ行く車の中から確認の電話をする。

 なななんと、出発の案内用紙をまちがって成田用のフォーマットで入力したという。

 ちょっと減点だ。まちがって成田へ行ってしまったらどうする気だろう。新幹線代からなにから、それに肝心の飛行機に乗れなくなる。

 まあ、詳細の引き換え明細をみれば関空JR712と書いてあるので間違いはない。

 関空について、4階国際線カウンターに行くが、どこでて続きするのかわからない。当然だ。先にも書いたように東京のカウンター名で案内が来ているのだからそうなる。

 とりあえずJALと書いてあるカウンター嬢に聞くが、しばし「ムムーー?」という感じ。なんとかFカウンターということがわかり、しかし指定のENAの係員がいるのかと思いきや、直接搭乗手続きパソコン前のJAL担当者がチケットの手続きと預かり荷物の手続きをしてくれた。

 集合時間午前11時というのもまったく意味がなかった。

 まあそれで無事チケットをもらい、出発の午後1時5分までまだだいぶ時間がある。

 ドルの交換手続きをし、余計なことだが、チケットを作成してくれたカウンターの女性のところにもどり、「1時5分出発だと機内食で昼食はでないでしょうね?」と聞く。

 すると画面で調べてくれて、「離陸後、高度が安定したことにきっちりした昼食サービスがあります。正しい昼食です」とかはちょっと言い方はちがうが、親切に教えてくれた。

 そのあと搭乗手続きを済ませ、軽く食事しておこうと、構内電車に乗り30番ゲート近くで降りる。

 軽食店がありここでやきぞばを頼み、近くにおいていた薄型テレビで仁鶴の法律相談を見る。しかし超微細な画面に驚いたが、1分でそれになれてしまって感動は薄れた。

 そして離陸。旅客機は小型200人乗りぐらいか。ボーイング○○○か? 客はおおむね、日本人とシンガポール人か若干白人という感じか。ただ気分を害したのは、われわれは3人中3人席に指定されたが、前と後ろ数列は完全に空席で、斜め窓側2列に座っていたおじさん一人が中席の僕達の前、2男の前に陣取った。

 それだけなら良いが、途中から言葉もかけず、シートを一番最後まで倒してくる。「こいつ失礼なやつやな」と気分が悪い。

 各座席は、個別テレビがついている。その前のおじさんは、そのテレビをつけていたが、それを見るでもなしに、英語の本を読んでいる。そしてまたしばらくして画面を変えたりしている。席もよくごそごそする。

 シンガポール人がみんなそうとは思いたくないが、失礼な人だ。ただこういったおじさんは日本人にもいるので、きめつけたくはない。

 そして6時間半あまりでシンガポール・チャンギー空港に到着。まるで武蔵丸のような税関にチェックを受ける。しかしやさいそうだ。「サンキュー」と言ってお礼を言う。

 さてそこからもハプニング。この続けは本日夜に更新します。

2008年9月12日 (金)

警察管も市会議員もがんばっている

080912  自転車通勤今週5日目、行きは左門橋でダンプが行く手を阻む。

 その関係で、ワンクール遅れて歌島交差点に差し掛かったので、余裕で通過した。しかし本来より遅れている。

 まあタイミングが変わった関係で、野田阪神交差点も黄色に信号が変わるまえに通過。

 うまくなっているものだ。

 職場にはやはり8時50分に着いた。

 今日のウェアは金曜日モードのピンクだ。

 仕事は重要校正の印刷物があった。その他もあったが、なんとか5時過ぎ職場を出ることに。明日はシンガポール出発の日だ。

 いつものコースで走っていたが、野田阪神の交差点にさしかかり駅の方から演説の声が聞こえてくる。毎週金曜日演説にたっている共産党の清水市会議員だ。日焼けした顔で演説していた。彼はもと吉本養成所にいたらしい。

 近づいて握手を求める。「がんばってください」と励ますと「がんばってますよ」「いつも応援ありがとうごさいます」と元気いっぱいだ。

 その場をあとにし、淀川大橋に向かう。

 西の空は雲っていた。橋を終える交差点は赤信号。停止し、信号が変わるのを待っていた。青に変わり発進しようとすると、「ピ、ピ、ピーーー」と警官が左で待ち構えていたのであろう。右から明らかに赤信号で通過し右折した車が摘発された。

 「ざまあみろ」だ。今あまりにも信号が赤に変わってからの進入車両が多い。笛を吹いた警察管ががんばっている。そんな風景を見たのはひさしぶりだ。

 すっきりして先を進む。風は追い風。ペダルが軽い。Photo

明日から休みと実感するとだんだんうれしくなってくる。

 信号待ちでとまっているとき何故か、このピンクウェアではこちらに視線を向けられることが多いように感じる。

 ちょっと目出つ。

 ウェアの色だけで気持ちが変わる。

 JR立花のバイパスの登り坂を31km/hで入る。しかし登り最後は25kmに落ちた。

 コープ立花に入り、今旬だろう秋刀魚と大根を買う。Photo_2

 外はだいぶ暗くなってきた。

 駐輪場にとめたビアンキが夕暮れに染まっている。手前みそながらかっこよく見える。

 まだ6時30分。

 明日の支度がまっている。

2008年9月11日 (木)

帰りの自転車はどなりまくり

Photo  自転車通勤4日目、ふとももが痛い。歌島交差点は、大型トラックが多く、前をはばまれ、青信号での通過は失敗した。

 それでも職場には8時50分には到着。

 昼ごはんの時なぜかいつもの食堂にはいかず、難波の繁華街に向かった。しかし2店の中のうかがったが、どちらの満員。結局また事務所の方にもどり隣のレストランに入った。

 すでに時間は12時20分。メニューを頼み、食事が出て、食後のコーヒーは12時58分ごろ出てきて慌てた。結局昼休憩を落ち着いて休みどころではなかった。

 帰りは、会議が夕方からあり、7時30分ごろだったが、途中左ガソリンスタンドから強引に出てくる車に遭遇。あぶないというところまではいかなかったが、ライトをつけずに発進するので、そこで「ライトつかんか!」と叫ぶ。車に聞こえているとは思わなかったが、中から「うるさいわい」という声が聞こえる。

 まあこちらが当たり前もことを言っているわけだからバツが悪いのだろう。なにかおいかけてこられるかと思ったが、それはなかった。

 その後野田阪神手前でロードバイクに乗る人が先を走る。それが女性で、ヘルメットはつけているが、短い<スカートをはき、その下にスパッツをはいた格好。なかなか様になっている。なかなか新鮮だった。

 そのあと尼崎について、道意線を北に進んだが、若者が逆行してくる。思わず「あぶないぞ!!!」と注意する。通過しなに、なにかぶつぶつ言っていた。

 今日は月が満月ではないが3分の2ぐらいの大きさで光っている。

 080911 夕食は妻がいらないので2男とそれぞればらばらでたべようということにし、帰りにコープで買い物した。

 寿司といかのから揚げ、春巻きを買って帰った。

 帰って、チキンラーメンを作り、いっしょに食べたが、食べ過ぎた。

 満腹になって、パラリンピックを見ながらこれを書いている。

 今週はあと一日。あさってはいよいよシンガポールだ。

 もう一日気をひきしめてがんばる。

 

2008年9月10日 (水)

信号まもろうねクラブ 年次報告

08091  今日はだいぶ涼しくなった。昨日と同じように少し早く家を出た。すると昨日と同じように市役所手前の踏み切りで長時間待たされた。

 そんなときに考えたことだが、「信号守ろうねクラブ」として、きわめて独断的、感覚的に信号をまもることについての実態を発表することを今日このブログですることだ。

 以下独断的信号守ろうねに対する現状

 1.どんな交差点でも100%信号をまもる人  1%

 2.大きな信号では守る人            50%

 3.一般的に人につられて信号を無視する  80%

 4.一般的に人につられて信号を守る     80%

 5.危険感マヒして信号はすべて守らない    5%

 つまり圧倒的には人につられて信号を無視しているケースと人が圧倒的に多いことだ。自分の一環した主義をもっている人が少ないのは残念だが、世の中の流れをあらゆる信号を守るようになれば、きっと信号を無視する人は1%もわるだろう。

 しかし今信号を守ろうとする人が増えているとはいいがたい。自分のやっていることは無ではないかとときどき思うが、自分の行動の基本は大それたことではなく、まず自分の安全を守ることだ。

 毎日長距離を走るのだから、信号を無視するという事事体確率的にも事故になる可能線は高い。この7年間走ってきた教訓だ。

 その延長線上には、交通ルールを守ることの大切さをますます意識するようになったことだ。ということはロードバイクで道路を走ることがいいかげんな軽い気持ちではえきないということを自覚してきたことでもある。

 道路を走っていて学んだことは大きい。

 だいたい誰でも信号を完全に守った上での目的地までの時間を把握していれば、その通り信号を守っていれば焦る必要はないはずだ。

 道路上でもとくに踏み切りなどではなかなか開かないとき、つねに腕時計を気にする人を見受ける。ぼくは決して焦らない。やはりこれは心の問題だ。

 つまりスローライフを貫けるかどうか、そういう訓練をしているかどうかだ。

 すべては、信号の問題もそこから来ているような気がするのだ。

 大体新幹線はどんどん早くなり、そのうちリニアkモーターカーでもっと早くなる。しかし心の余裕というものはどこかへ追いやられようとしている。

 ぼくは自分に対してスローライフになろうとしているだけだ。しかし自分だけのためではやっぱりない。世の中ごとスローライフになってほしい。

 だからこれからも模範をしめし悪質なルール違反者にはどなって怒ろう。

2008年9月 9日 (火)

朝の道路温度25℃!秋近し

080909_2  今日は、日付どおり「救急の日」らしい。

 それはそれとして、朝の通勤はなぜか、恐怖感があった。だから出発はちょっと気が重い。

 まあ、走りだすとそんなことは忘れてしまうわけだが、最近出会うシングルギアの男性に今日も抜かれた。

 追いつけそうなスピードだが、彼は信号を無視して先を進んでしまうので、論外だ。

 ところで2号線に入る前の道路で、交差点に入るとき対向右折の女性ドライバーがいて、先に右折してもらうよう合図すると、例をいって曲がっていったのでコミュニケーションが交わせて気持ちが良かった。

 とうろで今日はなぜか車の数が少なく、歌島交差点を昨日に続いて赤にまる前に通過できた。そして野田阪神交差点も青のまま通過。結構連絡がいい。

 それでかどうか、職場にはタイムカード前に8時47分の到着。余裕の着替えだった。

 仕事は午前中打ち合わせ、昼は電話当番といそがしい。電話当番を終わったあと食事に出たが、いつもの大衆食堂、夕張屋はしまっているので、東に歩き、洋食屋「南風」に入る。

 あらためてここは味がいいと感じた。満足、満足である。

 明るい日差しの中、コーヒーブレイクで喫茶キャビンに行く。ここで本を毎日読んでいるが、半分居眠りしていた。

 午後もやることは溜まっていて、午後5時はすぐ経過した。

 タイムカードを先に押し、ちょっと用事を済ませ、帰る準備に。

 今日の帰りは寄るところが3つあるが、どうしようかと迷う。

 帰りのペダルを踏みながらも悩んでいる。

 淀川大橋では今日も一人沈む太陽に向かってシャッターを押していた。

 ここから調子がよくなってきて、前傾姿勢をさらに倒し、ケイデンスを上げ、調子よく走る。

 尼崎に入って、まず久しぶりにサンワサイクルに入る。ブレーキレバーを覆うゴムカバーとついでにチェーン専用オイルを購入。表に出るとだいぶ暗くなってきた。

 今度は、コープこうべ立花店へ。ここでは、ビール6本と切らしている黒角砂糖を買う。

 最後は、家に近づくが、電気店「コジマ」ヘ。週末にいよいよ行くシンガポールヘもっていくため、変圧器を買いに行く。店員にすぐ問い合わせるとすぐ教えてくれた。結構この製品は使われているようだ。

 家にやっと着いたが、7時を10分ほど過ぎていた。

 しかしすべてやり終えたので、よかった。

 あと風呂に入り、食事。今日は妻が休みなので、夕食は妻の当番。さっそく「金麦」で乾杯。この時間は一番落ちつく。 

 また明日もがんばろう。

2008年9月 8日 (月)

うれしいことが2つあった!

                                                           月曜日の出勤はとかく気が重い。やはりまた5日か6日か続けて朝早く起きないといけない。080908 

 気をとりなおして、出発。いつもより2分早く家を出る。出る直前まで、NHK衛星第2で「瞳」を見るのを日課にしているが、場面が変るタイミングが早かったので、そこでけじめをつけた。

 ところが家を出発して最初の信号(山幹線)が赤で時間を費やする。

 それからしばらく走って、尼崎市役所手前のJR踏み切りでタイミング悪く、3分ほど待ちぼうけ。

 結局周りはいつも顔をみる顔ぶれだ。

 2号線を左折し、いよいよ本格的に走るが、アルカイックホールをすぎた昭和町二丁目交差点で、赤信号だったが、歩道では7,8人の高校生とその他おとなが見事に全員停止している。気持ちがいい。無視するならすぐできそうな距離だ。

 うれしくなって、青になり先を進む。

 淀川大橋では、歩道側は沢山の自転車の列。デジカメに捕らえようとしたが、タイミングを逸した。

 今見てみると空は以上に雲っている。

 しかし雨は降ることなく職場に着いた。タイムカード前では、8時50分。やはり早くついたほうだった。

 帰りは目標5時半職場出発をめざしたが、40分ごろになった。少し暗くなりかけてきた。それでも空は青空が見え、さわやかだ。

 Photo しかし行きとは逆で向かい風多しだ。いつものギアで逆らわずにペダルをこぐ。走っているうちに西側の空が赤くそまってきているのが見える。

 そのうち淀川大橋にさしかかる。

 思ったとおり大橋入口では空はパッと開けるが、西の空がオレンジ色だ。

 ここで絶対ショットを撮ろうと思っていたので歩道側を走ろうとしたが、すでに一人写真を構えている。

 みんな案外同じ景色をたいせつに思っているんだなとうれしくなった。それで橋の真ん中手前で止まって、自分のシルエットを入れて夕日を撮る。

 「よし、よし」 今日は成功!とまたうれしくなる。

 走りだしてしばらくするとまた女性が写真を構えている。

 みんな案外同じ景色に感動しているんだ。

 そのあと信号でクロスバイクの若者が信号で前に出たが、案外早い、追いつかない。そのうち追いついたが、そこで信号が黄色になり、ぼくは停止。彼は通りぬけていった。

 まあしかしこれ以上無理すると明日に影響する。

 そのあとはまたマイペースで走る。それにしても夕日を見ただけで今日はうれしい。帰りはコープに寄り道し、夕食の食材とシャンプーの詰め替えを買う。

 まあ、そろそろ涼しさも除所に体感できるようになってくるだろう。そんなことを考えながら家に向かった。

2008年9月 7日 (日)

他愛のない休日

080907_2 9月はじめての日曜日、8月の立て続けの行事を終えて、今日は穴場。何も用事は入っていない。

 いつも思うが、朝の時間を気にしなくていいのがいい。

 したいことは、庭の雑草の手入れ、スイカの収穫具合を確認すること、頼まれた英語の契約書の翻訳など。

 しかし、8月の後半の涼しさは少し元通りの暑さに変ってきた。

 朝の仕事はやはり洗濯物干しと決まっている。あとはバタバタして昼になってしまった。

 その間に家の横の路地に苗を植えていて、育ってきたスイカの実を収穫した。

 大きさは野球ボールよりちょっと大きい感じ。しかし家でスイカが育ったのは生まれてはじめてなので、感動ものだ。それにまだ3つピンポン玉ぐらいの実が残っている。

 マンションに住んでスイカが収穫できるなんて、ちょっと珍しいだろう。それにブドウ棚には今年は20房以上のブドウが実った。2年前もできたが、今年のような甘い味ではない。大きさも不十分だった。

 今年はちがう。店に出しても引けをとらないだろう。ただ一房には大きさがまちまちだ。

 今食料自給率40%弱と日本の状況の中で、またCO2の削減が叫ばれてる中で、自転車の普及以外でもできることがある。

 みどりを増やすこと、家庭で自給自足の真似事をすること、わずかな抵抗だが、自分は自慢だ。

 今大都会の中で、屋上庭園が注目されていて、先週のNHK番組でもその会社が紹介されていた。個人的願望だが、自分の職場の屋上にも夢としてこれをつけたい。

 英語の契約書の翻訳のほうは、専門用語が多く、何通りか意味がとれるので解釈が難しい。3時間かかってなんとか無理矢理ワードで打ち込んだ。

 それで夕方になり、妻も持ち帰り仕事に熱中して誰が夕食を作るのか、不安になってきたので、「ええい、今日は外食でいいか」と妻に声をかけ、2男に声をかけ、7時から近所をまわり、「洋食屋」という店に始めて入った。

 1年ほどまえにできた店で、内装は、大阪の掘江によくあるような、裸で天井から吊り下げられたエアコン、荒い塗装の壁、床も塗装なしの木のもの。価格は大衆的で700円ぐたいの定食セットが中心だ。出前もしているらしい。

 注文品が出てくるのが遅かったが、まあ雰囲気は悪くないし、店員さんも感じはわるくない。一枚だけ飾ってあった色紙の人が誰かたずねたら、オーナーに聞きに行ってくれた。

  ところで今家にインターネット接続は以上に遅い。NTTのADSLを使っているのだが、今日は2時間ぐらい更新にかかってしまった。

2008年9月 6日 (土)

午後からの出勤。天候急変も恐れず自転車で

Photo  やっと土曜日だ。午後からは会議だが、午前中は自分の時間だ。

 ゆっくりできるかなと期待したが、案外ノルマに負われた。

 それはまずトイレ、洗面、髭剃り、朝食を食べる、などなど。

 そのあとは、洗濯物のかたづけと、干し物などどんどん時間が過ぎていく。

 そんなこんなで時刻は、午前11時だ。そろそろ出かける準備も始める。ただ間断を縫ってピアノを弾く。しかしあまり時間は費やええきない。

 出かける用意にとりかかる。あと昼ごはんのカレーを食べ、服を着替え、職場に向かう。

 それなりに暑さがある。太陽の光はまともで、暑い。

 なんとか職場に着いた。

 仕事は会議のみだが、午後5時40分までかかってしまった。早い時間に終わるならスーパー銭湯に行くのもありかと、準備は一応していったが、まったくだめだった。

 帰りはひたすら寄り道せず家に帰ることにした。

 やはり歩道ではなく、車道自力で走る自転車は、ある意味自動車、バイクに引けをとらない機械だ。

 しかし5回ほど、危険行為に大声で注意する。信号無視は常識、すばやくブレーキをかけ注意する。

Photo_3 本当にそん危険行為までして、向かう先はそれなりの価値があるのか。そういった行為をする真意がわからない。

 特筆できる出来事として風呂の外に植えた朝顔の苗がようやく花を開いてきた。

 

2008年9月 5日 (金)

今日も自然な走りに心がける

080905  ようやく週末金曜日、週末はピンクウェアが似合う。

 今日はまた暑さが戻った。道路温度は28℃。やはり暑い。

 妻と昨日話していて、通勤中妻はその日の仕事の段取りを考えると言っていたが、僕の場合は、何も考えない。ただ走っている状況に対応すること、交通ルール違反への注視などしか考えていないと言った。

 それだけ危険と隣り合わせなところを走っいるわけだが、その緊張感への対応がまたゲーム感覚で集中しているのかもしれない。

 まあ仕事のことや、その他のことを考える余地はない。その世界にはまっている。

 しかし今日は暑い。ピンクのジャージだけが気分を変えた心持で新鮮だ。

 職場タイムレコーダー前到着時間は8時54分。家を出たのが、8時55分だったからちょっと今日は効率が悪い。

 仕事に入ると慌しい。帰りはなんとか5時過ぎに帰ることが目標なので、朝から焦る。しかし午後から約束していた来客は無駄話が多く1時間以上費やしてしまった。

 その後もばたばたと時間が過ぎ、何とか5時過ぎ無理矢理着替えの用意。というのは、今日は夜マンションの総会がある。今年は役員なので、遅れられない。むしろ飲み物を買って会場に入らないといけない。

 しかし、役員でもその総会に委任状を出し、欠席する人もいるが、自分の感覚では考えられない。僕の場合は最大限総会を優先する。普通はそうではないのかと思ってしまう。

 帰りの通勤は完全に雨。一応上着だけレインウェアを着た。ただ雨の場合は、温度が下がるので、ある意味快適感もある。これは負の遺産というか、「雨かならずしも不快ならず」だ。

 尼崎に入って雨はおさまったが、その後また雨が強くなる。サングラスは最初の段階ではずした。すると前がよく見える。

 なんとか6時過ぎに家に到着できた。シャワーを浴び、買ってきたスシマスの寿司をたべる。こんなときに限ってマイクスタンドを借りに行きたいという障害者団体からの依頼の電話。 

「こんなときに限って、ちくちょう」と心では思ったが、食事しつつ、貸す機材を出してくる。

 なんとか7時前に取りにきた。

 すぐ総会会場へ出かける。しかしコンビニで先に飲み物を買う。それから総会会場に向かう。Tさんが時間を間違えさきに来ていた。

 今回はケーブルテレビのデジタル化にともなう準備の了解の話しなので、よく分からない人も多く、出席は少ない。

 しかしこれで今日のスケジュールは自分的にはすべて修了。 

 家に帰って、のどごし(生)を2本飲んだ。         

2008年9月 4日 (木)

3日ぶりの自転車通勤 やっぱり楽しい

0809032  昨日の大雨からうってかわって、晴れ間が広がる中を3日ぶりの自転車通勤で行く。

 ケイデンス90回転も、スピードも気にせず、ただ楽に走ることを心がけえた。

 今日のハンドルの下段での走行練習を繰り返す。だいぶ自然に走れるようになってきた気がする。

 最近のロードバイクはトップチューブがスローピングスタイルが増えてきたが、僕は頭が固いとは思わないが、従来型スローピングしていないほうがしっくりくる。

 もちろん自分のもう1台のマウンテンバイクはスロピーング型だ。Photo

 仕事はあいかわらず、タイムリミットで背かさえる業務が多かった。

 

 帰りは7時まえ。空はもうだいぶ暗い。ただ車と人は道路から格段に減っている。途中ロードバイクを一台追い抜き、さらに今度は別のロードバイクに追い抜かれたが、どちらも交差点での赤信号を無視して走っていったので、見失った。

 さもあたりまえのように信号無視するので「やめてくれよ!」と叫びたくなる。

 しかもヘルメットなどかぶっていない。

 ただぼくはあくまでも模範運転でデモンストレーションしたい。

 家に帰って、8時から「アンビリーバブル」を見ていたが、後半でアメリカの自閉症の高校生の話が圧巻だった。子どものころにバスケットに目覚め、それでもクラブではマネージャーしかなれないのだが、高校3年最後の大会で、監督の配慮で補欠選手として試合に出場。チームメートは彼にゴールのチャンスを何回も与え、3ポイントエリアから4分間に6本のゴールを決めるという超最優秀の働きをする。そこまではすばらしいということだけだが、それを敵味方あわせて観客と選手が集まって総揚げし、彼をたたえる。

 映画のような話だが、ぼくはアメリカ国民はけっして退廃的になっているだけではないと元気がでた。

 アメリカの政治主導者たちは、裏表ともにどろどろした政治を進めているし、他国では国を支配し、紛争をおこしている。

 それは権力をにぎる政治家と支配者だけで、一般国民はまともな人がきっと多いと思える。

 日本であっても、マスコミはもっとそんな勇気と元気がわく報道をどんどんしてほしい。

 ぼくはきわめて単純に感動してしまいやすい性格だが、この報道は信じたい。もっともっと似た話が世界であることに期待したい。

 2男の作ったカレーを食べながらそんなことを考えた。

3

2008年9月 3日 (水)

朝突然の大雨、再度電車通勤に

080903de  朝はバケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。

 妻はやむを得ず、その中を自転車で職場に向かった。時間はまだ7時20分。

 自分が出かける時間までまだ間がある。しかし今日は、多くの会社を招いて展示会の説明会があり、司会役でスーツを着ないといけない。

 去年はデイパックにスーツを入れて自転車で行ったのだが、今日はちょっと様子が違う。雨が降っているのでやっかいだ。

 ええい。今日も電車で行くか。ということに決定した。

 しかし雨もだいぶ小降りになったが、駅まで約15分歩いていくが、サラリーマンの男性は誰もスーツの上着を着ていない。

 昨日飲んだ席で、一般企業は上下スーツが常等だ。という意見があたっが、なんのことはない。その先入観で、きょうはぶくは上着を着て歩いていたが、決してそれが主流ではない。あっけにとられた。

 なにせ日ごろは、自転車通勤なので、スーツの上着を着ることが皆無だ。ただネクタイは日ごろからしている。

 まあしかしそのまま電車に乗った。次の電車に乗り換えるとき、連絡路を歩くが、いわば地方から都会へ出てきた人そのもので、むこうからやってくる人をよける要領が悪い。

「みんなうまいことあるくなー」と感心する。

 職場について、頭はその説明会のことでいっぱいだ。就業チャイムがあるなり、バタバタする。しかしあっという間に今日の仕事は終わったようだ。

 夕方ははやく帰ることに固く決めていたので、ロッカールームからスーツの上着を出してタイムカードを押し、帰路にむかう。

 帰りJR立花で降り、コープ立花店に入る。洗濯洗剤と化粧品とアイスクリームとビールを買って帰る。西の空は沢山の雲の間にオレンジ色にもえるている。

 一つ仕事を終えた安堵感が沸きあがってきた。

 家にかえって夕食に用意をした。

2008年9月 2日 (火)

ひさびさの電車通勤

080902  昨日から小山裕史さんの著書「奇跡のトレーニング」を読んでいる。

 初動負荷理論で一躍脚光をあびている人だが、なかなか中身は面白い。

 一般的に膝痛や腰痛の場合、いままでの整形外科での診断は安静ということで、運動などもってのほかということになるが、その逆の考え方だ。

 スポーツマンにとっても膝をあげて走ることがベターという指導のではない。

 まだちゃんと読んでいないが、かつての短距離100mランナー、伊東浩司氏はその指導でアジア人としてはじめて10秒00の記録を打ち立てたという。

 先を読むのが楽しみだ。ついこの間までは「縄文の思考」を読み、その前はビジネス本を読んでいた。われながら雑学には自信がある。

 さて今日は通勤は、電車とした。というのは、夜にごく少数だが、定年退職するIさんを送別してお別れ会をする。

 この方はぼくが就職するときに紹介者になってもらったという縁もある。

 難波の東急ハンズ前に待ち合わせ、近くの結構健康志向の料理屋に行った。今日は、デジカメをもっていくのを忘れたので紹介できないが、心斎橋近くにも結構昭和初期のビルヂングが残っているのを嬉しく思った。

 Iさんは丁度65歳なわけだが、古い話しから、今の職場の話しに花が咲いた。誰でも定年になってからというより、かなり前から定年後の生活について考えたほうがいいだろうと思った。

 自分のこととして考えた場合、通勤自転車の必要性がなくなるわけだから、さてどうしようか、考えてしまう。ただ60代、70代になっても体の筋肉を鍛えることは結構寿命にとっても重要だということが解明されてきているので、自転車はなんらかの理由を通って、毎日走り続けたいと思う。

 むしろ通勤というストレスがない分、毎日走れるのではないかと思ったりする。

 そんなことを考えさせられる夜であった。

2008年9月 1日 (月)

自転車通勤に再度心をこめて

080901  昨日書いたように自分のケイデンスの最適数87回転を再確認し、今日走るのは、新鮮な気持ちになって、ペダルをこいだ。

 ただ今日の朝は暑い。最高時からは、幾分ましだが、それにしてもやっと涼しくなってきたあとだから、この暑さは辛い。

 さすがに大事をとって信号待ちではできるだけ日陰を探した。

 今日は初めて見た青年だが、白シャツに普通にズボンでマウンテンンバイクで走っている人がいた。まあ結構早いスピードで走っている。しかし後半やはりムリしたのか、スピードが落ちてきて、一機に抜いた。

 完全ロードバイクスタイルでのヘルメットは普通だが、それ以外のカジュアルスタイルでヘルメットをかぶっている人はほとんど皆無だ。

 昨日読んだファンライドにも1文があったが、今やかなり進化したヘルメットが出回っているのだから、もっと普通のスタイルとなってほしい。

 とかなんとか考えながら職場へ向かう。

 

 仕事に入るとハプニングが多く、びっくりの連続。しかし助け合って片付けた。

 帰りは、5時から電話当番にため、6時すぎになったが、日が落ちかけてきた。北の空にうかぶ秋色に雲がきれいだ。それに追い風。いつものギア設定でどんどんペダルが回る。

 それで回り過ぎることにちょっと冷静になって、「まてまて、ちょっと力を抜け」と自分にいいきかす。そのままコープ立花店に直行。夕食の材料を買いそろえ、携帯電話から家に電話しようとすると、すでに2男から携帯電話に送信があり、夕食を作ってくれているよいう。

 自慢じゃないが、うちの子どもたちは頼りになる。 

 それですぐ風呂に入って、そのあとビールを飲む。

 

 

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

最近のトラックバック

2013年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30