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2008年12月31日 (水)

2008年が暮れていく

                                                        004_2                                    

2008年12月31日は、一刻と過ぎていく。

 昨日でほとんどのやるべきことは済んだが、年賀状の印刷が残っていた。

 もう一度データを慎重に修正し、午前中110枚ほど印刷した。

 あとはやっていないとすれば、家の掃除であるが、この一年結構こつこつと掃除はしていたので、ピアノの上の整理とデオテープ棚の上の整理、リビングの書棚の整理をした。

007_2 

 本を整理していると、もう一度読みたい本がいくらか出てきた。

 いつもはやはりそういった一冊、一冊の入っている本棚を見ることはない。時間だけが過ぎてきた感じだ。

 年末の休みは、そういった意味では、それなりにものを整理しながら、その一年を振り返るという貴重な時間だろう。

 年賀状もそう考えれば、日ごろほとんど振り返らない友人を

思い出す機会でもある。

 いっしょにツール・ド・フランスに行った仲間、大学時代の友人、ずっと古い友人などなど、たくさんの知り合いがいることを思い出す。

 しかし郵便局では、年賀状の利用が減っているようで、今年の年賀状を買ったのも12月29日だが、120枚丸まる在庫があって買えた。

 以前なら、12月25日を過ぎると、まず売り切れていた。

 携帯電話の普及、メールの普及などが、紙の年賀状という媒体を後退させているんだろうか。

 夕方、夜空の三日月を見ながら近くの南武庫之荘郵便局のポストに年賀状を入れに行った。002_2

 他にも結構今日ポストに入れる人がいるらしく、2人ほど先の来ていた。

 家に帰るとまだ妻はおせち料理の用意でいそがしい。

 

 体調は悪くないが、その数日自転車に乗っていないからか、どうも体が活性化していないような感覚がある。

 それに仕事のモードを封印しているためか、ストレスがないというのもいいものか、どうか不思議なものだ。慣れというのも恐ろしい。

 006

ただこの自由な時間を自覚しながらあと5日間だが、大切に過ごしていくことを心がけよう。

2008年12月30日 (火)

年賀状作成は全家族を掲載できた。

09  今日は、やっとすべての仕事をやりこなし、ただ若干の銀行と郵便局の入金、振込みが残っていたので、それで朝は過ぎていく。

 尼信では、昨日よりは混んでいないようで3台あるATMはすべて空いていた。

 続いて郵便局へは、米代の振込みに行く。これは1週間前に納品してもらっていたのだが、その振込みを、年末の忙しさにすっかり忘れていた。

 郵便局もATM}は2台とも誰もいない。すばやく振込み作業をする。

 これでやっと支払い関係は年を越す前に終えることができた。

 マンションの会計に仕事も、一昨日の餅つき、忘年会のための出金を処理し、帳簿に記帳した。

 これで午前中はすぎてしまった。

 さて毎年この時期の課題であるる年賀状の作成であるが、今年は家にいるのは4人なので、これで写真年賀状は済まそうと思っていたが、まず「筆まめ」のソフトの技術を会得して、娘のシンガポールでの写真をはめることができた。

 そしてこれはまったく偶然だが、家を出た長男がたままた家に来たので、すばやく顔写真を撮影。ラッキーにも6人家族全員の画像をはめ込むことができた。

 思い起こせば、もう20年以上前から、家族全員の写真年賀状をそれも途絶えることなく、出し続けてきた。

 残念ながら子どもが外国に行きだしてから、誰かははめ込み写真にならざるをなかったが、去年の実母の死去のための喪中はがきを出した以外は、ずっと続けている。

 それは、写真年賀状がいまのように普及するずっと前からのことだが、ぼくのこだわりがあって、幾百万の文章より、近況の家族写真のほうが、すべてを物語ると思ってきたのだ。

 子どもたちのそのことは分かっていて、演技なしでも、短い時間で、みごとな写真ができる。

 

 というわけで上の写真が一足早い2009年の年賀状です。

 事前の公表になってしまったが、ブログを見てくれておられる人には、正月をまたずに公表します。毎年送っているところには、年をあけてお届けします。

 みなさん2009年もよろしくお願いします。

2008年12月29日 (月)

休みなのに、通勤経路を走る

001  今日は休みだというのに、この前から手続きしている住宅ローンの借り替えの件で、職場の方向の銀行2つへ行かないといけない。

 車で行くことも考えてみたが、というのは、昨日のもちつきで借りていたプロパンバスボンベを近くではあるが、業者に返しに行かないといけない。

 それは車でないといけないわけだが、そのまま大阪まで車で行くというのもてっとりばやいかと考えたからだ。

 しかし、やっぱり車で行くことにした。

 電車では、費用がかかる。車では駐車するのに苦労する。

 それで通勤とおなじように自転車ロードバイクで行ったわけだが、つい3日まで乗っていたというのに、かなりブランクがあるような感覚で、「超疲れた!」。

 それにしても気になったのは、2号線を通っているとき、銀行という銀行中、どこも車の駐車が多く、迷惑だ。おそらく自分の契約している銀行なら自宅からそんなに遠いはずはないのと予想するが、歩きか、自転車などで行くべきうだ。

 車中毒は今も続いているとしか思えない。

 体を退化させることを理解したうえで、こんなに車が世界に広がったのか。

 人間単に楽をすることだけをめざしたら、精神も肉体も退化する。人のために苦労しようなどという考えはどんどん少数になるのではないかと思う。

 その点、自転車という道具は文明が作り出したものだが、自分の体を使って、移動するという最大の利点がある。しかも自分の力以上の距離を進むことができる。

 だから文明は人間に害をばかり作るとは限らない。車社会を批判して社会から機械すべてを破壊せよということではない。

 人間の作り出す、素晴らしい知恵の方を伸ばせばいい。車はいまやデメリットの方が多い。

 

 用事を済ませ、職場のそばの「ロジック」というレストランで食事をした。若い女性が多い中で自転車ウェアで食事をしていたわけだが、ちょっと異色なおじさんにみられただろう。

 街中ではロードウェアで食事をしている人を自分も見たことがない。

 ただ実は、2つの銀行もその格好でいった。

 むしろこのウェアを普及したいぐらいだが、「かっこいいな」と思われる必要がある。「あの人はあっちけいだから、自分たちとは関係ねい」と思われると逆効果だろう。

 まあそんなことを考えながら、ちょっとかっこよくポーズをとってレジに向かい、お金を支払いまた自転車にまたがった。

 002

帰る途中2号線ぞいの「サンワサイクル」でレーサータイツと厚手の手袋を買った。

 ヘルメットも一通り覗いてきたが、サイクルモードの展示会で見たような最新型のものは置いていなかった。ここは流行という意味では、ちょっと遅れているかもしれない。

 しかし帰りの走行は気持ちがよかった。今日が実質走り納めになりそうだ。

 003 まだ休みはこれからだが、まあ後年賀状の作成が残っている。

 明日はその明け暮れになりそうだ。

2008年12月28日 (日)

マンション餅つきと忘年会を役員として

Cimg9887  自分のマンションでは、13回目になるか、入居した次の年から始めた「餅つき大会」を今日やった。

 16件の住居で各階4件づつが持ち回りで役員を交代するのだが、今年は自分の階がその当番のため、このイベントの準備から当日までは忙しい。

 15臼をついたが、結局3時間ぐらいかかる。

 これだけ小規模のマンションでついているのもめずらしいのではないか。

 日ごろはみなさん忙しく会話することも、年2回の大掃除と餅つき忘年会ぐらいだが、この集まりは意義がある。

 Cimg9880 Cimg9885 Cimg9889 Cimg9888

 ところで、餅をつく杵は、年が立つとぼろぼろになってくる。

 今回も1本それがあり、カンナで削りまくった。

 

 もう1本も使い物にならないので、家の庭に戻って、先をのこぎりで切った。Cimg9882 Cimg9883

 しかし、これは手で切るのが相当つらい。

 しかし何とか切り落とし、カンナでまわりを削って、結局これがメインの杵として使われた。

 バックミュージックにアルスとビギンのCDを流した。こういうときの音楽はムードを作る。

 12時過全部のもちがつきあがり、この地下駐車場で昼食会兼忘年会を催した。

 ビールと焼酎、この焼酎は奄美大島出身のSさんが現地から送ってくれた「里の曙」という銘柄で、まろやかだ。それぞれ乾杯し、豚汁とすしを食する。

 一息して、各家庭の近況報告を出し合う。60歳になった人、子どもが2人ともその子(孫)を生んだこと、地デジの39インチテレビを買ったこと、会長は、入居2代目の息子さんなのだが、いまだ独身で来年結婚の決意をのべた。

 僕は、自転車通勤生活とブログを続けていること、妻、子どもの近況を報告した。

 まあ、しかし住んでいる町、マンションの住民どおしのふれあいは、煩わしいと思う人も中にはいるだろうが、今とても貴重な財産ではないかとぼくは思う。

 まあ、今日で自分に関わる行事はすべて終了した。あとは年賀状作成と家の大掃除だろう。明日はローン借り換えの件で、職場のあるなんばにいかないといけない。まあ、自転車に乗るチャンスと思えばいいだろう。

2008年12月27日 (土)

休暇満喫!天気も良好!

001_2  今日は待ち遠しかった年末の休み初日。昨日は忘年会で、やはり日本酒を飲みすぎ、JRを降りた帰り道は気持ちよさと、飲酒歩行で寝ながら歩いていた。

 さて今日はそれでも朝5時30分ごろ目覚めから覚めた。

 7時前に起き上がり、いつもの朝のスケジュールをこなし、今日やることを考えていたことに向け、いそがしい。

 まず3日ほど前3男が修理に出していてくれた愛車プレーリーを取りに行く。

004_2   今回の修理は、故障というよりも、5月の車検の時、ファンベルトを交換していたが、そのベルトが緩んだらしい。

 それで最近「キー、キー」と音が目立ちだしたのだ。

 その車を取りの行くため、折りたたみ自転車で勝本モーターまで走る。

 それにしても、結構寒い。ただ路地道を走るのはおもいろい。その途中に八坂神社があり、正月の準備をしていた。

 さて勝本モーターで車をもらい、今度は明日実行するマンションのもちつき大会のために、そのとき湯を沸かすための燃料、プロパンガスの小型タンクを借りに行く。これは同じ南武庫之荘地域に「阪神瓦斯」という会社がある。

 2機借りて約4,000円先払い。安いか高いかわからないが例年その値段だ。

 それを家に持ってかえり、今度はその車を使って、ホームセンターに行く。というのは、もちつきの関係で保存している机を先日チェックしていて、足が2本ないお膳があったのだが、それを修理すると約束していた。

 ホームセンターでは比較的早くその部品を見つけ出した。「おお、縁起がいいぞ」と単純に思ってしまう。

 ついでにいろいろ買ったが、今日はこのロイヤルホームセンター(山幹線と産業道路の交差点近く)は、結構駐車場に入り車が多い。

 002_4 さて、今度は、趣味でもあるスーパー銭湯への入湯。今日はそこから行きやすい、つかしん「湯の華廊」をめざした。約10分で目的地に到着。

 すでに時刻は11時半を過ぎていたが、食事もここですることにしたので、気は楽だ。今日も広い施設内とためと、浴槽の温泉の刺激が、気持ちをゆったりさせてくれる。 

 003 そのあと館内にあるレストランで「びっくり天ぷら丼」というのを頼んだ。天ぷらはたしかにえび、ごぼう、しそなど量は多いが、下にかくれているご飯が十分暖かくないのが、食欲をセーブしてしまった。まあ当たり外れはあるが、今日ははずれだ。

 しかし、昼食はここで済ましたので、家に帰ってもまだ1時前だった。

 体はあったまっていい気分だが、そのままリビングデで動けなくなりそうなので、すぐお膳の修理にかかる。ネジ釘の形状が、先が尖ったものではなく区具合があって時間がかかったが、なんとか4本固定の成功した。

 家に帰って、コタツに入ると動けなくなる。年賀状の原稿の準備をしようとパソコンのスイッテは入れたが、作業にたどり着けず、テレビの北京オリンピックの特集に釘付けになる。

 そのままうとうとしながら夕方5時になり、BSハイビジョンで3月から世界をエコツアーで回って、それを公開してきたツアーが世界一周を達成し、今日はそのゴールである琵琶湖の高島町でその体験者、田代、柴崎アナウンサーが出ていた。

 世界中を見渡せば日本のようなエネルギーの近い方は少数で、水が貴重な資源で大事にだいじに使っている国の方が多いという歴然とした事実を再認識した。そのことを2人の体験アナウンサーはもっと重い言葉で語っていた。

 NHKとしてはいい企画だろう。

 世界にはまずしい国が山のようにある。戦争などしているときではない。少なくとも同じ人間として、先進国の一員は、まずしい国へのなんらかの援助を、それが利害関係に左右されることなく、実行するべきだろう。アフガニスタンで殺された伊藤さんは、まさにその援助行為をしていたのだろう。

 この休みは読書はもちろんだが、テレビ番組もよくチェックしていい番組はできるだけ観賞しよう。

2008年12月26日 (金)

業務収め 雪が降る

001  今日はいよいよ業務最終日。今日のゴミの回収のためにためておいたゴミが山のように出てきた。

 パソコンの故障品、燃えるゴミ、書棚、さまざまなゴミを一機に廃棄した。

 一時3人ぐらいの職員が集まり、人海戦術とはたいしたものだ。すばやくゴミが大型回収車の回収口に飲み込まれていった。

 そうこうするうちに夕方になり、まだ新年から新しく来る人のためのパソコン立ち上げ作業が残っていたが、それもなんとか5時までに完了した。

 今日の夜は、仲間による忘年会。職場からしばらく歩いた繁華街にその店があり、3人で先に行く。そのうちあと3人がやってきて、なにせ3980円、1時間半一本勝負という時間制限の中での宴会であったが、この1年を振り返り、仕事について愚痴もあるが、今後の展望を語り合う。

 日本酒を頼み、結構酔いかが回ってきた。時間が来てその会場を後にしたが、外に出手南の繁華街は忘年会の真っ盛り。

 王将を目指したが、先客の待ちがいっぱい。結局そこで宴は終えることにした。

 今年の終わりとしてはあっけないというか、例年より2日早い仕事収めではあるが、それなりにけじめのついた宴を終えた。

2008年12月25日 (木)

08年自転車通勤走行納め いつものように走る

001  今日は、よく考えてみると明日が一つ忘年会の予定があるので、自転車での通勤は今日は最後となる。

 それにしても空は曇っていて、走りはじめてしばらくすると雨が降り出した。

 2号線に入って、どこでデイパックの防水カバーをつけるべきか、そればかりを考えて走る。

 稲川橋温度表示番の手前で、止まりすばやくカバーをかぶせる。

 これで、体の濡れはいいとして、バックの中の携帯電話や財布が濡れるのを防げる。

 今日はさすがに自動車の数が多い。それで歌島交差点の一発通過はあきらめかけたが、タイミングよくクルアした。

 そんなこんなで職場についたが、しかしタイムカード前には8時55分になっていた。

 仕事では事務所内のある学習会講師の依頼先に悩んでいたが、なんとか目処ができた。

 業務日程も明日1日と考えるとちょっと何と何をこなしておかないといけないか落ち着かないが、そんなこんなで業務終了時間となる。

 ひとしきりたって、帰ることに。

 002

今日は丁度給料日なので、もよりのK銀行ATMに行き、出金とローンの返済入金をする。

 帰りの走りに入ったが、風が強く体感温度はかなり低く感じた。野田阪神交差点で2号線にうつると、道路は渋滞状態に入っていく。

 こんな時は自転車の優位さを感じる、渋滞を気にしたこともない。

 このたかだか幅50cmたらずの物体は、路肩をすいすい進むことができる。

 排気ガスは皆無。無駄なエネルギーはなし。おまけに運転するものには、健康向上を作り出す。

 これこそ自転車のなせるわざである。今日はそれを強く感じて走った。

 明日はいよいよ今年最後の出勤日だ。まあこんな日が一番楽しいかもしれない。なにせ翌日から休みが10日もあるのだから。

2008年12月24日 (水)

年末休みまであと2日、今年のクリスマスイブはらしくない

001  朝の感覚では結構寒い。

 やはり稲川橋温度計は3℃だった。

 なるべくスピードを落として走った。今日の道路状況は、おとといとは違って、車の数が多い。それで歌島橋交差点は一機には超えられなかった。

 まあそれでもその後の信号のタイミングはよく、8時50分に職場タイムカードの前に着いた。

 今日は午後からの全職員の会議準備で結構苦労する。

 今日を含めて、今年の仕事の日数は3日。先週まではそんな感覚はなかったが、直面すると、いよいよ年末という感じになってきた。まあしかしデスクの移動も終わり、今日の会議を終えれば、あと2日は職場の資料整理とゴミ処理だ。

 あっという間に夕方5時を過ぎたが、ひとしきり時間が過ぎ、帰りの体制に入る。

 今日はクリスマスイブだが、その様子をカメラに取ろうと走っていた。しかし今年は、そんな雰囲気がまったく回りにない。

 やはり不況のせいなのか、数年前まで11月末からクリスマスの音楽がかかる以上というか過剰な状況があったが、今年は極端に質素だ。

 しかしこれが普通なのかもしれない。第一キリスト教徒でもないのに、クリスマスを祝うことは宗教的行為ではなく、雰囲気だけの祭事だ。

 帰りにコープ立花店についても、クリスマスムードは館内の音楽だけで、ケーキも売っていない。

 今年はこれでいいのだろう。

 それにしても景気(ケーキ)が悪い。来年も心配だが、自動車に関するかぎり、冷静に車過剰社会を考え直すいい機会とうけとめれば前向きに時代を考えられる。

 自転車が道路をメイン交通機関として走っている時代が来るかもしれない。

 決して将来は暗いとばかりはいえないだろう。

2008年12月23日 (火)

新年の初歩きチラシ配り、 その後やまとの湯へ

002   つかの間の祝日。まあこんな日もあっていい。

 年末の休み直前ではあるが、ほっと一息できるので有効だ。

 それに今日は天気がよく、気温は低いのだが、日差しがそれを和らげてくれる。

 朝おきてできるだけゆっくり事をおこなう。昨日作っておいた1月2日実行の山歩きのチラシを少年団の各確定に配るため、午前中はそれが、今日の課題とした。

 しかし、なにやかやで、家を出たのは、午前11時前。手袋なしでも耐えられる温度だ。

 途中、時間を気にせず、コーヒー豆販売の喫茶店で豆を買ったり、尼崎信金のATMへ行ったリしながらの、配布だからよけい時間がかかる。

 移動は、20インチタイヤの折りたたみ自転車。ペダル回転を最大にしてもスピードはしれている。だが、街中をなんども止まりながら走るには都合がいい。

 一件最近引っ越したところを探したが、かなり時間がかかってしまい、携帯電話で家を聞いた。

 001 なんとか20件ほど配り終え、もう12時20分ごろだったと思うが、「やまとの湯」(スーパー銭湯)に浸かりにいく。この予定は、先週から楽しみにしていた。

 風呂に入って、やはり大満足だ。たかだか780円だが、温泉に行った気分にさせてくれるし、温泉の成分が体の疲れを取ってくれる。

 もう今日の出来事は完結したような気持ちになる。

 家に帰って、食事を取り、テレビで西村京太郎「日光~鬼怒川殺人事件」を見る。

 夜になるのはあっという間に感じる。

 

 ところで、昨日のニュースでは、トヨタ自動車がどの期間を指しているか、確認していないが、1500億円の赤字だと記者会見していた。昨年まで1兆円の黒字を毎年出していた中で、たしかに急激な世界的不況の影響をもろに受けていることはまちがいないが、それにしても、この発表は、派遣労働者などを切り捨てることの言い訳になりそうで、怖い。

 経済評論家の中には、自動車産業が後退すると日本経済全体に大きな影響をあたえると述べているが、しかしこの30年ぐらいの中で、どれだけ自動車による損害経費が出てきたか、表に出てきていない。

 交通事故による死亡、傷害での医療費、人的損害、あらたな障害者の創出、救急、警察の出動経費など計り知れないものがある。

 その中での自動車業界の反映であり、いまだに子どもたちは、安心して公道を歩くなど夢の夢だ。

 ぼくは自動車はもっと少なくなるべきだと思う。その分他の交通機関の普及で社会は変わるはずだ。

 人間の健康という面でも、自動車の普及が、人間から歩くという基本的行為を弱めてきた。ごく近所まで行くのに車を使うこともあり得る。つまり不健康、メタボを作り出した大きな要因の中にも、車の普及、中毒がある。

 トヨタが崩壊しても、他の産業で経済がなりたつ社会を作ろうではないか。公共交通しかり、自転車産業しかり、社会保障への投資などきっとできるはずだ。

 自転車の普及運動をもっと起こそう。それによって自然に車が減ればいい。すべての地方自治体は、公共交通の普及に本格的に取り組むべきだ。多少赤字でも、さきの展望があればいいではないか。

 その点、路面電車の増設と、街中心部への車の規制、自転車の普及。疋田 智さんの本でも言われていることだが、いまやヨーロッパなどでは、先進的モデルになりつつある。

 だからトヨタの売り上げダウン大歓迎だ。

2008年12月22日 (月)

心地よい走り。車の数もなぜか少ない。

001  今日の朝はどうも雲行きがおかしい。

 ただ昨日思いっきり雨が降ったはずなのだが、今日も尾を引いている。

 朝庭の前の道路を見ると、通る人は、どうも傘をさしている。

 予想していなかったので、ちょっとあわてたが、朝の通勤はもうユニホームに着替えてしまっているので、自転車で行くしか考えられない。

 「まあ、なんとかなるだろう」と思って、生ゴミを出し終わってから、そのままの姿で出かけた。

 多少の雨粒を頭に感じたが、降った時は、そのときだとばかり、デイパックのカバーもせずに走った。

 2号線に合流してから、どうも車の量がいつもより少ない。これはどうしたことだろう。

 まあ、そんなことはどうでもいいが、稲川橋電光掲示は10℃を示していて、寒くない。風は追い風気味。

 信号の通過も今日は幸運。踏み切りも待ちなしでクリア。

 ただ朝家を出るのが、2、3分遅かったので、職場に着く時間が遅れるかと思ったが、逆だった。

 それにしても車の数が少ない。どうなっているのかな?

 まあ、それはいいとして、職場タイムカード前には8時51分に到着。不思議なものだ。

 仕事ではデスクの移動作業の続きがあり、結構落ち着かない。

 まあ仕事は5時半からバタバタして6時前に職場を出たが、帰りは寒さと強い風。スピードを出すことを止め、力8分目で行く。

 コープ立花での画板による回答もあって、自由に意思表示ができる環境が必要だろう。

2008年12月21日 (日)

人仕事終えた後の日曜日

002_4  昨日は自分のスケジュール的には大きな山場だったが、それも無事終わり、今日はホットつかの間の一日である。

 しかし、それでも仕事はあって、マンションでの冬の大掃除がある。

 午前9時にスタートし、10時半にはほぼ、やり終えた。16件の家からほぼその作業に参加する。

 こういった行事も、ほとんどの家庭が一同に集まる貴重な機会なので、いろいろ情報交換の場にもなる。

 ぼくは、今年は管理組合の役員なので、妻と作業後のビールとジュースの用意をする。買出しは妻が昨日やってくれていたので、助かった。

 それにしても、この前インターネットの通信方法をNTTコムのADSLから、ベイコムのケーブルテレビに切り替えたが、NTTコムでのモデムの返還の案内が来ていた。

 それはわかっていて、モデムを保管していたのだが、今日になって、そのものがどこにもない。「これはいったいどうしたことだろう」。

 一応周辺を探したが、どこにもない。最近長男に家のパソコンをあげたが、そのとき間違って持って帰っていないか、携帯で問い合わせが、それはないらしい。

 まあ、違約金の請求が来れば払うしかない。腹をくくって、あきらめた。

 

 昼は、うとうと居眠りをし、目覚めてからは、「たかじんのそこまで言って委員会」を見てしまい、3時からおもむろに庭の木を切ることにした。

 すぐれもの延長枝きり機の切れが悪く、途中歯を分解して砥石でといだ。

 切れ味がよくなり、葉を全部落とし、枝だけになってしまったすももの木を切る。そしてナンテンの木もたくさん増えすぎたので、のこぎりで切る。まっかな葉がきれいだ。

 近所の人らしいおじいさんが、「これも切ったほうがいいよ」と庭の外にはみ出たぶどうを枝を指差した。

 「わかりました」と言って、言われるとおり切った。

 今年もあと10日。大きな行事は、あとマンションのもちつき大会・忘年会だけだ。28日にやる。

 今コンパウンドクランクの自転車を手に入れて、六甲を登ることを考えている。

2008年12月20日 (土)

職場のデスクの移動と少年団クリスマス会といそがしい

Cavapfyb   この2週間ほど、オフィースの模様替えと、デスクの移動のめぐって、その企画責任者になり、気分的にかなり大変だったが、担当してくれた業者の努力と、事務所内でのたびたびの話合いの甲斐あり、本番に今日は、結構スムーズに事が運んだ。

 しかし、今日は月一回の役員の会議もあり、その準備もしつつ、朝から業者の手で移動をおこなった。

 それにしてもゴミが出るわ出るわ、まあ年末には丁度よかったもしれない。

 そのこともあって、通勤は今日は、電車にした。

 土曜日だというのに、思っていたより乗客は多い。まあ、それでもJR、地下鉄とも座って移動できた。

 会議を抜けて、配線の業者への指示と、一度はずした各自のパソコン14台の付け直しを一人でおこなった。

おかげで、作業を終えたのは午後6時半になった。

 ようやく山を超えた気持ちだ。帰る途中、ごく近くの湊町リバープレイスにつながる以前問題にした人道橋「浮庭橋」が完成しているらしく、渡ってみた。

 なんとも豪華な橋だ。うわさでは百数十億円かかったという。

 まあしかし出来上がったからには、使わない手はない。まあ見た目はなかなかいい。 

 疲れた仕事を終えた後だけに新鮮な気持ちで橋を見た。

 その後地下鉄四ツ橋線で梅田に行き、JR大阪駅の中を通って、阪急「梅田」に進んでが、JR大阪駅構内は、様変わりしていた。駅中央は、工事中。阪急に通じる歩道橋は、ルートが変わっていた。

 考えてみると、この駅には長い間来ていない。

 阪急電車で「武庫之荘」へ。

 その近くに西富松会館で流れ星少年団のクリスマス会をやっている。父母は、忘年会の最中だ。母親が多く、酒も入って、会話がかしましい。

 まあしかし地域の母親、父親、青年、子どもたちの集まりがあるということは、やはり貴重だ。

 金麦2本ともう1本発泡酒を飲んだが、酔わない。

 まあ、しかし今日は大事な課題を2つ終えた充実感があった。

2008年12月19日 (金)

今週自転車通勤連続5日目

002_3  冬に朝は、夏の夕方とちょうど反対に朝に長い影を引く。

 面白いので野田阪神交差点で停止しているとき、自分の影を取ろうとデジカメを出したが、横断中の通行人の影が写った。

 ここからの発進はかなり、加速をするが、何せ向かい風が強く、34km/h出すのがやっとで、手前に信号で引っかかってしまった。

 青の信号が変わると、ダンシングで加速し、土佐堀の大きな交差点をなんとかクリアした。

 職場には8時51分タイムカードを押す。

 今日に仕事は明日の会議の印刷と、明日本番の机の10台以上の移動のための資料の箱詰め、パソコンの箱詰めなど忙しい。

 帰りの時間は、7時前になってしまったが、足の回転は調子いい。こんなときは、走っているのがおもしろい。

 走っていり自動車もいちもく置いてくれるのか、駐車中の車をやり過ごしとき、待ってくれているようだ。

 昼間、もよりの夕張屋食堂で、自家生産の「ゆず」をもらった。

 それを家の風呂に入れる。効果あり。リラックスできる。

 夕食後は2男が料理したパスタを食する。ビールがうまい。

 やはりときどき息抜きが必要だ。

2008年12月18日 (木)

めずらしく車の少ない朝の2号線

001  朝の体感温度は低い。しかし、稲川橋温度表示は8℃になっている。

 どうもこの表示はうたがわしい。

 それはまあいいとして、今日は尼崎を過ぎると、どうも道路上の車が少ない。

 それで歌島交差点は、軽々青信号をパスした。

 どうも風向きは向かい風。ちょっと足への負担は大きいが、ひたすら走る。

職場へついて、今日は早いぞと思ったが、案外たいしたことはなく、8時52分にタイムカードを押した。

 仕事は、今日の会議の運営と、あさっての会議の準備とで時間はあっという間に過ぎていった。

 帰りはちょっと急いだ気分で、5時25分ごろ職場を出た。

 最近、なにわ筋を北向きに進み、中央大通りを過ぎて、本町通り交差点で左折することが多い。このほうが危険度が低いような気がするのだ。

 というのは、なにわ筋を先に進むと、タクシーが数珠つなぎになっている道があり、その間を通過するのは、結構注意が必要だ。

 もう何年もここを走ってきたが、危険度は年々高まってきたように思う。

 それでコースを代えた。

 家に帰って、今日は7時から、サッカーのトヨタカップを見た。夕食は、ビーフシチューを作って、それをすすりながら、ビールを飲みながら、ご飯をたべながら見た。

 ガンバ大阪VSマンチャスターユナイテッドで大方の予想は、一方的な試合になると思われていたが、結果はなんと3対5。

 「おお・・・」という場面が三回あった。トヨタカップでヨーロッパチャンピョンから日本チームが得点したことはなく、歴史的な得点だ。それも3点もだ。

 うまれてはじめて手に汗握るサッカーの試合を見た気がする。

 何事も前向きに向かっていくことの大切さを教えてくれた。

 監督は西野 郎さん。奇跡の勝利といわれるブラジル戦で勝利したときのあの監督だ。

 ガンバの動きは全日本を上回っている。よく気心が知り合ったチームワークにまさるものはないだろう。

 いい試合を見た。

2008年12月17日 (水)

メッセンジャーI・M・AのA君にひさびさの遭遇

Photo  今日デジカメをもっていくのを忘れた。

 走ってる途中で気がつき、もどるわけにもいかない。

「ええい。なんとかなるさ」という感じで、そのことは忘れた。

 まあ、それだけ朝走る最中から、その日のブログの内容を考えるのが日課になってしまった。

 そのまま2号線に出て、しばらくして、前を見たことのあるメタルブルーのフレームで、大きな水色のかばんを背負っているシングルギアー走者が見えた。

 自分が追いつくぐらい、結構ゆっくり走っているし、変わった帽子をかぶっていたので、声をかけるのをためらったが、2,3回目に信号待ちで、まちがいないと右に出て「おはよう!」と声をかけた。

 まちがいなくI・M・AでメッシャンジャープロのA青年だった。

 ちょっとうれしい。

A君「今日はいつもより早いですか」

自分「いや、いつもの時間やで」

A君「そしたらぶくがちょっと遅れたのかな」

 という感じで会話したが、信号が青になって、速度をまして走っていった。彼は信号を守るし、ブレーキをきっちり装備している。

 そのまま追いかけなかった。

 福島区に入ってから、別のレモン製ロードバイク青年に似たバイカーがいた。野田阪神で加速し、おいついて、横についてフレーム名を見たが、英語の崩し字でよくわからなかったので、そのまま追い越した。

 

 帰りは、今日も家の食事のことが心配で、5時半に職場を出た。とくに変わったことは無かったが、JR立花バイパスを登っていって、やれやれと思っていたとき、進行方向からライトもない、自転車が走ってくる。最悪の逆走だ。

 「どこ走っとんねん!!!!!」と大声で怒鳴る。

 大げさにいうと本人も含め、殺人行為だ。

 交通ルールは日本の自転車には通じないのか。罰金がなければ、何でもありか。

 怒りと恐怖がこみ上げてくる(ちょっと大袈裟でした)。

 まあ、自分が交通ルール遵守模範の広告塔になればいいのだろう。そう考えると走っている価値もある。

2008年12月16日 (火)

朝マウンテンバイクにいきなり抜かれる

001  昨日と同じ着こなしで出発したが、ちょっと暑い。

 稲川橋温度計は6℃だった。昨日と1℃高いだけでこんなに違うのか、感心する。

 タイツが分厚いせいか、スピードは、28km/hぐらいしか出ない。

 そんなとき、バイクが抜いていくのかと思ったら、見たことがないマウンテンバイクが必死で抜いていった。

「むむ、やり手か?」と後ろからマイペースで走った。

 しかし、知らない自転車通勤者が次々デビューしているように思う。またいなくなった人も多い。

 そのうちそのマウンテンバイクを捕らえ、逆抜きしてしまった。ぼくはとくにスピードを増したわけではない。彼がスピードダウンしてきたのだ。

 歌島交差点で、停止となり、また後ろから彼が信号の前で位置取りした。

 矢印青信号に変わり、ぼくは、次の200mぐらい先の信号を青でクリアするため、35km/hぐらいにスピードをあげる。そのまま彼をまた抜いてしまった。そのまま追いかけてこなかった。

 あのタイヤの太いマウンテンバイクにスピードで負けているようでは、ちょっとプライドが許さないが、無理はせず抜いていった。

 今日は後輪を家を出る前、空気を入れていたのでよかった。

 

 仕事は、それなりの緊張感もあり、作業もあり、充実しているわけだが、夕方日が暮れるのが早い。

 

 005

  走り始めるなにわ筋は、イチョウの葉がまだ辛うじて残っていて、それにライトがあたって道路ぞいはなかなかきれいだ。

 きょうもそのなにわ筋で、無灯火逆走自転車に3台ほど遭遇した。

 注意するのもいやになってきた。

 まあ、いつかは、きっちり左側通行を守る時代が来るだろうと、それだけを信じ、また走る。

 JR立花のバイパスは、ダンシングのまま上まで登る。

 そのまま信号を右折し、コープへ。昨日もらった500円券を使った。

 家では食事の準備を終え、風呂から上がると、2人の子どももそろい、妻もそろい4人で夕食。それは幸せな瞬間なのだろう。

 健康であることも幸せなことだろう。仕事を続けていられていることも、これだけ解雇がクローズアップされているときだけに幸せなのだろう。

 何ごとも前向きに生きることが今重要なことではないだろうかと思う。

 自転車通勤はそれを後押ししてくれているように思う。

 明日も元気に通勤しよう。

2008年12月15日 (月)

比較的気持ちのいい自転車通勤

001  朝の寒さはわからない。まあ先週と変わらないだろうと、同じような服装で出発した。

 しかし、胸あたりが、スースーする。

「あれ、ちょっと薄着だったかな?」と思いつつ走った。

 まあ、しかし稲川橋温度計は5℃だった。確かに低いが、先日の3℃を体験したのを考えるとまだましかと思ってしまう。

 昨日はよく休養したせいか、あまり疲れは感じない。

 しかし、この疲れが、仕事中地域の会議に行っているときに急にお腹が張り、気分も悪くなってきた。

 まあ、なんとか家に帰るまでは、もつだろうと、がまんして職場へ戻り、やや早い目に職場を出た。

 帰りの走りは、追い風気味のせいか、気持ちがいい。

 002_2 走っているときは、なぜか体の不調がなくなるから不思議だ。

 家に帰る前、やはりコープ立花に立ち寄った。洗濯の洗剤、今日の食材、自家製パンのための小麦粉などなど、結構かいこんだ。

 しっかりハンドルバーの両サイドに買い物ビニール袋をしばりつけ、家に向かった。

 今日もコープ前での宝くじの西田敏行が歌う曲が流れている。とても不快だ。

 家に帰ると途端に体調不良がまたぶり返してきた。が、食事の用意は止められない。

 なんとかやり終えたが、なぜか8時を過ぎてしまった。

 やはりおとといのみかん配達の後遺症が出てしまったかもしれない。

2008年12月14日 (日)

久々の自宅休養

001   昨日は結構ハードな日課だった。

 それでも昨日一日は一切他のことを考えず、一心不乱にみかんの配達だけを考えていた。

 それはそれで、ストレス解消なのかもしれない。

 しかし肉体的には、だいぶ疲労を感じた。

 尼崎の園田を除いてかなりの部分を走ったわけだが、まったくはじめての家をさがすときはたいへんで、またあたりが暗くなってからの家の確認は、たいけんだった。

 それにしても、今携帯電話に豚サンタのストランブをつけている。うしろポケットに携帯を入れて、それがはみ出していると、結構目立つようだ。それでクリスマスまではつけておくつもりだ。

002   ところで、夜に晩酌で、日本酒を飲むときは、シンガポールで買ったガラスのお猪口が気に入っている。マーライオンがいい。 今日朝起きたとき、予想どおり疲れが残っていて、7時を過ぎても布団から出られなかった。

 それでも7時半には、起き上がって、朝の支度をし、昨日納品しきれなかった家の情報を確認のため、パソコンを開いた。

 正しい地図をグーグル地図で確認し、うまく現地を発見できた。

 午前中、そのあと一件最後の未納宅に配達を終え、妻とホームセンターに行った。

 午後からは、することもなく、テレビを見ながら、居眠りしたり、テレビに目が行ったり、ちょっとぼーとしていたわけだが、3時半からは、なぜか立ち上がり、切れた電球をつけたり、買ってきたプラスチック箪笥にセーター類を入れたり、その部屋を掃除したりと、体が動き、もろもろ一切に手がでた。

 おかげで、寝室でもある和室が見違えるようになった。ついでに庭の伸びきった葉っぱもきれいにした。

 午後というのは時間の立つのが早いもので、もう5時を過ぎ、あたりはまっくらになってきた。

 夕食は妻にまかせるわけだが、ごはんを炊くのと、風呂の準備をした。

 夜は、「篤姫」を見る前に、いつものダッシュ村が今日はサッカーに替わっていたので、たまたまNHKBハイビジョンにチャンネルをあわせると、オスカー・ピーターソン特集があり、小曽根 真が解説をしていた。

 彼は以前別の番組で、ニューヨークで活躍する日本人ジャズピアニストとして紹介されているのを見たことがあるのだが、オスカー・ピーターソンの奏法を、難なく再現できるのを見て、見ごたえ満点だった。

 ぼくはジャズピアノは、演奏できないが、あの音色を引けるようになりたいと常に考えている。見ごたえがあった。

 毎週見ている「篤姫」は最終回。明治に入ってからの政治の動きがよくわからない。案内簡単に、薩摩の下級武士だった西郷隆盛や大久保利通が、権力を握ることがなぜできたのか、まったくわかりにくい。

 篤姫の存在自体、このドラマではじめて知ったわけだが、小松タテワキも初めて知った。

 最後は二人の精神的恋愛というか、そのように描ききっているが、そこは辻褄があっているから、おもしろい。003

2008年12月13日 (土)

みかん配達の一日

002  今日は一年に一度恒例であるが、流れ星少年団父母会の取り組み「有田有機みかん」の産直販売をおこなった。

 つまり、和歌山の生産者Mさんから大量にみかん10kg箱入りを購入し、今日1日で配るきる。

 注文数はなんと75箱だから、自分でも驚く。

 一部宅配便での配送もあるが、ほとんどは、医療生協病院関係者と、流れ星少年団関係にみずから配っていく。

みかんそのものは、一年間で一度しかワックスを散布しない無農薬に近い自信作だ。

 朝11時前に和歌山から運送業者の便で運ばれてきた。

 001

おやじーずメンバーTさんの協力で、午後一時までは、数件配送した。

 そのあとは医療生協病院に行き、流れ星少年団の父母であり、病院の医師でもあるU女史の案内で病院内を配りまわる。

 実際はUさんの提供による箱も多い。しかしかなり喜ばれているようだ。

 しかし、副委員長のUさんみずから各病棟詰め所に配りまわるのだから、なかなかできることではない。それだけ大衆的な先生だ。

 子一時間かけてくばり終えると、いよいよ自宅配送の家に、そのUさんをともなって、約30件ぐらい配りまわった。

 実績があり、家を覚えているところは、思い出しながらでもなんとか配れるが、はじめての家でしかも、結構入り組んだところは、かなり四苦八苦した。

 それで、日はどんどん暮れ、午後7時までかかって配り終えた。

 結構地味な活動だが、毎年注文が増えている。それでやめるわけにはいかない活動だ。

 しかし正直疲れた。

 家に帰ってからにビールがうまかった。

2008年12月12日 (金)

忘年会の日は電車通勤しかない

001_2  今日は近畿各府県の担当者の会議とあと、5時から懇親会というか、忘年会のため、通勤は電車となった。

 ちょっと以前のことがあるので、電車の遅れが心配だったが、朝になるとすっかりそのことを忘れていて、自転車で出る時間と同じように家を出た。 

 しかし、JR立花駅では予定どおり電車が来た。

 ところが、地下鉄に乗り換えのための海老江駅で降りたあと、アナウンスでそのあとの電車が3分から5分遅れていると案内している。

 まあ間一髪である。

  今日はなぜ遅れるのか原因がわからないが、まあ、自分には影響がなかったのでよしとしよう。 

 仕事は午前中デスクや周辺で作業があったが、午後からは近畿規模に会議で5時まで費やし、そのあと、道頓堀の「雛ずし」という料理屋で忘年会になった。

 しかしこの店は150年の間、同じ場所で営業しているというから、たいしたものだ。そのためか、女将は、それなりの年というか、おばあさんだった。従業員もかなり高齢だ。

 道頓堀の通りの店は、かなり斜陽化しているので、こういった伝統の店が生きていることは記帳だ。

 料理はてっちり鍋と刺しみ。お酒はビールとヒレ酒。

 約2時間の宴だったが、店を出るころは、道頓堀は、人盛りが増えていた。

 行きも帰りも疋田 智さんの「自転車の安全鉄則」を読む。

 疋田さんのいうように最低自転車の左側通行を徹底することはたしかに大事だ。

 自転車可能の歩道でも、進路は、両側通行できるように矢印が記されている。せめて道路上では、右側通行(逆走)はやめてほしい。

 ただ考え方がちょっと違う部分もある。

 手信号は、無理とあったが、おれぐらいの技術は、ママチャリであろうと練習するべきではないかと思う。すべての自転車が手信号を習慣化できたら、かなり、おたがいに通行がやりやすくなる場面が想像できる。

 一時的片手運転は、練習しだいだと思う。

 また、バックミラーの必要性も主張していたが、すべての自転車につけるのは、それは無理で、それなら、後ろを振り向く技術を練習するべきではないかと思う。

 これは、初心者には、ハンドルを現状に支えたまま、後ろを大きく振り向くわけだから、ちょっと技術が必要だが、それくらいの技術があって、自転車に乗る資格があるし、それなりの覚悟を持ってほしい。また、そのほうが自転車という乗り物を乗りこなす楽しみがますはずだ。

 歩行と同じ感覚で自転車に乗ってもらっては、こまる。

 そういう自分も暴露すると、自転車に乗れるようになったのは、たしか小学校4年生だった。だからかなり遅いほうだ。

 そのあとはうれしくて、中学では、いろんなところに自転車で行った記憶がある。

 だから二輪の不安定な乗り物に倒れず乗れるようになるには、一定の訓練が誰でもしているわけだ。

 ただ、もう一歩安全のためのさっき言った技術が必要だ。

 そういった気持ちで自転車を考えてほしい。

2008年12月11日 (木)

逆走、信号無視 交通モラルはどうしたらよくなっていくのか

001  疋田 智さんの本を読んでいるせいか、大阪周辺の自転車の交通マナーの悪さがやたら目に付く。

 今日もJRの線路に向かう市道を通っているとき、通学路の信号が赤になり、当然停止したが、後ろから来た女子高校生2人は、子どもたちが右から左に横断している中を割って進んでいく。

 「信号赤やろう」と当然注意した。ちょっと僕の方を振り向いたが、そのまま何のなかったかのように進んでいった。

その道路での逆走は茶飯事。

 「ああ、いやだ。いやだ」

 疋田さんのいうように車両としての自転車の位置づけが無茶苦茶だ。

 おやじが注意するしかないのか。

 ただ言えることは自転車の復権だろう。価値ある車両として、日本人全体の中に浸透させなければいけない。

 下駄代わりにしか考えていない人や、そのまで乗るもの、というような価値観では、どうしようもない。

 ところで、仕事では、用あって、谷町三丁目まで行くため、職場にたった一台の電動つき自転車を使った。上半身が直立状態なので、ちょっと違和感がある。

 この昼間も道路では、なんといったらいいのか、わけのわからないというか、無政府状態というか、バイクにしろ、自転車にしろ交通法規はないがしろになっている。

 つまり、堺筋北向き一方通行を無視する自転車のなんと多いことか。車もビルから出てくるとき、危ない出方をしてくる。心斎橋筋の歩行者は、みんなで渡れば怖くない式に赤信号を横断している。当然「信号まもらんか!」と叫んでしまった。

 これで交通事故はおこっていなのだろうか。

 002 夜は用事で喫茶キャビンへ行く。

 店入り口横に立てかけてあるガラスケースにはクリスマスグッズが飾ってあった。

 なかなかセンスがある。

 そこを出て、帰りの走行となるが、今日はなぜかロードバイクに3回抜かれた。

 抜かれたというか、信号赤で、止まっているとき、前に出て、そのまま前を走っていったわけだが、その後出会わなかったので、かなりスピードが速いが、横にそれたかだ。

 3回目は前を走るタクシーが左折するとき、徐行し、そこを抜いていかれた。

 そのあとヘルメットもかぶらず、コートのような上着で走るロードバイカーに信号で発進するときまた抜かれたが、4人にも抜かれるのはプライドが許さないと思い、ちょっと加速し、逆抜きした。

 そのあともかなり加速して走ったが、ちょっと無理した。汗が吹き上げてきた。

 しかし、やっぱりスポーツバイクによる自転車通勤者は増えているのかもしれない。

 そうならばちょっとうれしい。

 家に帰ると、Uさんからのみかん注文数の返事を聞いて、和歌山の生産者Mさんに電話しないといけない。

 なにせあさってには、家に宅配便でもってきてもらうので、今日はかならず注文数を言っておかないといけない。

 それでちょっとUさんの報告がいつあるか、気がきでなかった。

 ようやく午後8時、Uさんが報告を持って、家まで来てくれた。内容を聞き、Uさんが帰ってからすぐ和歌山に電話した。

 その間に焼いていたテリヤキのブリを焦がしてしまった。

 まあしかし、これでほっとして風呂に入る。今日はこの作業を終えるまで、朝から他のこともあってプレッシャーがあったのだ。

 終わってから、急に開放的な気持ちになった。

 それで夕食をとったのは、午後9時を過ぎてしまった。

2008年12月10日 (水)

今日はやっぱり自転車通勤で正解

001  天気はいい。気温は天気予報どおり結構高い。

 いつもの稲川橋では11℃になっていた。

 レーサーパンツは、もうよれよれになった一番古いやつだが、まあ丁度いい。

 自動車の量は、月なかびの水曜日ということのためか、まあまあ少ない。力まず力を抜いて走る。

 なかには、信号が赤で横断歩道を右折し、反対の歩道を信号無視し、また逆横断し、わざわざ前の信号を抜いていこうとする通勤クロスバイク青年が見えた。

 ぼく自身も、昨日のようなモチベーションの低下はない。

 しかし淀川大橋を渡るとき分かったが、霧が大阪都心部を覆っていた。そのため後でわかたが、地域によっては、電車が徐行運転でかなりダイヤが狂った路線があったようだ。

 だから、まあ実際ありえないが、もし、自分も電車通勤をしていたら、また延着になっていたかもしれない。

 自転車通勤では、霧であろうが、雨であろうが、それで遅刻することはありえない。

 仕事の方ば年末が近づいているというのに、デスクの大幅移動をするので、その図面を一生懸命チェックしたり、廃棄するものの処理をしたり、またその発端である人員の面接が朝と夕方にあった。

 それで帰りは、職場を7時になって出発した。

 002 なにわ筋を走っていると中央大通手前の走路沿いにあの「トレック」の店ができているのを発見。

 ちょっとびっくり。夜の店内の光がよけいに幻想的に見えた。

 「こんな店ができたんだ」

と納得しながら、シャッターを押し、先を進んだ。

 その後はどうも追い風。調子いい。自然ペダルの足がよけいに回る。

 途中尼崎に入って、前のバイクについていったが、どうも30km/も出ていなかったようで、申し訳ないが、そのバイクを追い抜いてしまった。「いいの?いいの?」とちょっと悪いような気持ちだ。

 二人乗りの男女のバイクがやたら音楽をかけてうるさい。

 自分のロードのほうがよっぽどカッコいいと思ってしまう。003_2

 結構自己満足ではあるが、自己満足もいいだろう。

 家について、今日は誰も帰っていない。夕食は、一人午後9時からになってしまった。それでも、寿司とビールがこの上なくうまい。

2008年12月 9日 (火)

信号で正しく止まる人がいた

001   今日はどうも自転車で走っていて、気乗りがしない。

 それでも仕事場までこれしか行く方法はない。ひたすら走る。

 稲川町2丁目の温度表示は、なんと11℃をさしている。昨日は3℃だったので8℃も温度が高い。

 ただそんな気はしない。風が強いせいだろう。

 玉江橋交差点はバイクが多い。

 途中どこだったか忘れてしまったのだが、きっちり自分の意思で赤信号を停止しているバイカーがいた。これはうれしい。守っていこうと考える人がいるのだ。

 まあ、走っている間に調子も戻ってきて、職場に着いた。

 しかし仕事中も、どうも気乗りがしない。

 やはり、年末にかけて、結構大変な作業が控えているせいだろう。

 まあ、しかし今日はある程度それも解決し、夕方となった。

 

 帰りの走行中、雨がパラついてきた。

 はじめて新デイパックの防水カバーを出してかぶせた。

 自分の体は濡れてもいいが、バッグの中の携帯や電子手帳は濡らすわけにはいかない。

 気温はだいぶましだ。やはり帰りは仕事を終えたあとなので、気分は開放的。

 やはり自転車通勤はいい!

 環境にもいい。自分の体にも精神衛生にもいい。かっこもいい。気分もいい。達成感もいい。

2008年12月 8日 (月)

この冬最低温度3℃の表示をひさしぶりに見た!

001  今日も寒いだろうと思いつつ家を出る。上下のウェアはしっかり防寒しているので、寒さはそれほど辛くはなかった。

 しかし、いつも表示を見ている稲川町2丁目交差点手前の温度表示はなんと3℃を表示している。

 たしかに走りはじめは、真冬用手袋を着ているのに、指先が痛い。

 海老江交差点から加速するが、先頭は、クロスバイクの若者だった。ちょっと無理して追い縫いた。

 彼も信号無視族の部類だろうと先入観をもっていたが、本町手前の交差点では、きっちり信号を守っていたのでうれしくなった。自分から毅然ととまっている人は本当に少ないので、驚くということになる。もちろん自分はそれが当たり前なのだが。

 しかし道路は、予想を超える自動車、自転車、バイクの動きがあるので、緊張はつきものだ。それで自分の運転に過剰な自信をもってはいけない。

 仕事では、月曜日というのは、仕事し始めは、エンジンがかかっていないことが多い。

 オフィースにいても朝と昼、夕方にかけて、足先から寒さを感じる。

 ところが、仕事を終え、帰りしなになると、なぜか寒さが和らいでいて、帰りの走行は気持ちがいい。

 走りはじめのなにわ筋のライトとイチョウ並木にあたる光が幻想的だ。

 帰り途中、コープ立花に買い物に行く。

 入り口近くで販売している年末宝くじの店では、西田敏行の歌が流れている。西田さんんに忠告したい。あなたの品格が下がります。こんなコマーシャルを引き受けることはやめてほしい。

 何回も書くが、宝くじは公的詐欺としか思えない。上位当選は天文学的で、もし当たったとしたら、逆に普通の人間だと堕落する。取り仕切りのみずほ銀行は確実に収入が入る。一回の企画で兆という金が集まるらしい。

 もし3億円当たった人に訴えたい。その金はすべて貧しい人たちに寄付してほしい。あきらめられないだろうが、決断しればきっと気持ちがいいはずだ。だいたいそんなお金は自分がかせいだものでもなんでもない。

 こんな商品が堂々と宣伝されていること自体、自分だけの体質かもしれないが、やりきれない。

 とかなんとか言いたいことを言ってしまったが、買う人にとっては藁をもつかみたい気持だろうということはわかる。

 まあ、みなさん自分で考えてほしい。

 002_3

 ところで頻繁にそのコープに買い物にいくわけだが、ロードバイクで行くので、どうやって買い物袋を持って帰っているか。 

 左の写真のようにドロップハンドルの左右にその袋手提げ部分をくくりつけるかライト側では交互に手提げ部分を引っ掛ける。

 これでかなりの量を運ぶことができる。

 家までは5分ほどだが、十分だ。

 夕食は湯豆腐と、コープの割引(2980円→1980円)の冷凍タバラ蟹。3男は今日は休みだったのだが、あと妻、次男と次々帰ってきて、4人で鍋をつつく。一番楽しいときだ。ついビールの後の日本酒1号の晩酌となってしまう。

 

2008年12月 7日 (日)

地域、流れ星少年団父母会ハイキング決行

007_2  今日は、以前から関係者に案内していた流れ星少年団父母会のハイキングの引率だ。

 集合の午前9時の5分まえには次々参加者がやってきて、当初3人ぐらいで行くことになるかと思ったが、11人が集まった。

 しかし父母は自分を入れて4人、あとは指導員の青年7人がやってきた。

 しかし今年が企画を実行する回数が少なく、3回目の企画だ。

 天気は快晴。阪急電車から見える六甲山、甲山はきれいにオレンジに色づいている。

 002

阪急電車は夙川で枝腺の甲陽園線に乗り換え、終点まで乗るが、それがたった2駅目だ。

 駅を出て、前の道路を東に歩き、郵便局前の坂道を登っていく。

003  父母3人の体力を気にしながらゆっくり登る。

 この近辺は、結構所得の多い家が多いようで、かなりユニックな家が多い。しかし家から大阪湾が一望できるところが多く、恵まれている。

 ひとしきり坂を上り続けると、ついに坂の最後に到着し、下りの代わる。

 ただ甲山が前面に見える付近でちょっと長い登りの道になる。

 その峠もやり過ごし、下ったところを左の森の中に入る。ここは、四国八十八箇所のミニチュア仏像が続いていくという面白いところだ。

 008

そのうち仏像郡がなくなり、道路に合流するが、しばらく歩いて、北山貯水池に着く。

 その土手を歩いていると、なんと地面の水溜りのあとが凍っていた。さすがに昨日から温度がかなり下がっている。

 ここから南に目を向けると、大阪湾が一望でき、今日は天気がよく、はっきり大阪南港の火力発電所の煙まで見えた。

 時間はまだ、11時前。一機に西宮市立緑化植物園まで歩くことにした。

 下りが多いが、この付近は北山緑地というか、完全に森の中だ。

 ふたすら下っていく。今日はハイキングに来る人が少ない。やはり寒さのせいだろうか。

 そのうち進行方向と平行に右側に道路が見えてきて、車がひっきりなしに走っている。

 まだまだ自動車利用者はどこでも多いようだ。

 やがて駐車場が見えてきて、緑化植物園入り口が見えてきた。

 時間はまだ11時半。ちょっと管理施設に入ってみた。009

クリスマス飾りの展示をしていた。

 ここはなかなかいろんな企画を季節ごとにやっている。

 そのあと、広場に移動し、昼食とする。

 家からは、今日は玄米のおにぎりを持ってきた。あとはさばの焼いたものとキャベツとプチトマトだ。

 陽が照ってなかなかぬくい。

 いわしの煮干を焼いたものや、つけものなど出してくれて、最後は、粉末のカフェオレや紅茶をお湯にポットの湯で飲む。

 いつもはガソリンバーナーを持ってくるのだが、今日は寒さを考えて、すぐ湯を出せるよう考えた。

 011 014

食後、園内の北山山荘といってもともと個人の屋敷をこの植物園に移築された屋敷の中を見学する。

 まだもみじが数本見事に紅葉していた。

 ただいつもは抹茶のもてなしを500円払うとできるのだが、12月からは閉店ということだったのが残念だった。

 ここでハイキングは終了。

 このあとは阪神バスで西宮駅まで乗り、そこから阪神電車一駅の「今津」で降り、スーパー銭湯「やまとの湯」に行った。

 016_2

 尼崎Hにもおなじ「やまとの湯」があるが、西宮の方が古い。

 風呂に浸ると自然体が緩む。

 風呂上りに、生ビール小を飲み、そのうちみんなが出てきて、思い思いの飲み物、食べ物と会話が花盛りだ。 

 ただ一人高校生のHくんが出てこない。1時間以上入っていたらしい。

 この企画は、温泉が定番になっていて、むしろ若者の方がそれを楽しみにしてくれているようで参加者が多くなってきた。

 なにせ父母の一人は医療生協病院の医師であり、もう二人は患者なのだからおもしろい関係だ。ただその二人は医師の指導がよく、健康面で改善しているそうだ。

 まあ、地域での繋がりというのは、歳を取っていっても、かけがえのないものになるだろう。

 次は1月2日の09年初歩きの企画が待っている。

2008年12月 6日 (土)

極端に寒い。それでも土曜日の自転車通勤が好き!

021   寒いとは聞いていたが、本当い寒い。

 朝はゆっくりできるので、いつもよりちょっとゆっくり起きたが、妻は出勤でいつもどおり早く起きていた。

 先日から試みている喫茶ケビンでの演奏録音をCDには入れていたが、CDプレーヤーでは再生できない。

 これを追跡するのはかやり手間がかかりそうなので、パソコンから再生しrた音をカセットテープレコーダーの録音することに成功した。

 それにしてのデジタルのシステムの根本は分かり辛い。

 職場には、上の写真のように柵の横に追いている。

 022_2  昼過ぎいよいよ職場に向かって、自転車を進めたが、今年の冬最高の寒さだ。日が照っているというのに風が強い。

 それでも風に逆らわず、マイイペースで走るが、手の指が寒い。

 職場に着く時間は特に制約がないので、ゆっくり走ることを心がけだ。

 ただこういった土曜日に限って決まって道路工事が多く、進路を阻まれる。

 また土曜日だというのに、渋滞もある。

 会議は午後5時を過ぎて終わった。

 家に向かって進路を進めるが、寒さはまた強い。

 しかしなぜかこの過酷な状況が喜びになるから、いったいこれはどういうことだろう。寒いということが逆に温まろうとペダルを休まず踏んでいる。

 尼崎に入り、ナンバサイクルに顔を出そうとそちらに進路をむけたて、店の前を通ったが、いそがしそうだった。

 それで家に向かって急ぐ。

024  家に着いたが、誰も帰っていない。それで食事の支度をすることにしたが、その寒さは、もう鍋料理しかないでしょうという感じで材料を買いに行く。

 そのうち妻が帰ってきた。

 あとの料理づくりの連携は、絶妙かもしれない。

 夕食まえの風呂は天国に近い。そのうち、2男、3男が続いて帰ってきた。

 4人で夕食となる。

 ぼくは日本盛りの紙パックから熱燗にし、日本酒で鍋をつつく。やはりこの寒さを楽しむには鍋だろう。

 それにしても寒さの中の自転車通勤も終わってみると幸せとしかいいようがない。

2008年12月 5日 (金)

突然の天候悪化、雷雨に怯む

001  朝起きると外は真っ暗。そのうち雷が鳴り出す。

 予期せぬ雨と、暗い朝。気持ちも暗い。

 しかしとにかく今日は週末ということで、元気を取りもどす。

 それで通勤はやむなく電車通勤にすることにし、今日から読み始めることになる疋田 智氏の「自転車の安全鉄則」を通勤中によむことを楽しみとした。

 それで行きの電車の中で読みはじめたわけだが、はじめから共感の連続だ。

つまり日本の自転車事情は、8000万台の普及という他国にまさる普及率がありながら、自転車交通政策がずっとまちがっていたため、国民全体の中に正しい自転車交通マナーが周知されていない、ということが書いてあった。

 まだ最初の部分を読んでいるところで、疋田氏については、大阪サイクルモードでの講演を聞いて、ピット用自転車の普及について、ノーブレーキの問題、道路逆走の危険への警告が強調された。しかし僕が強く主張する「信号無視」の問題が話されなかったので、ちょっと物足りなかったのだが、この本の「ルール遵守の意識のゆるさ」という項で、ちゃんと信号無視への批判を書いていた。

 ただ、自転車の特性として、順調に走っているときに信号で止まるのは、つらいということは分かると書かれている。

 しかし僕はそうは思わない。しっかりとまって、もう一度発進で力を入れることは慣れれば、逆に付加がかかるので、それはそれなりにいい。

 それに関連して、信号で待っているとき、横の棒や、柵に手を伸ばして、両足をペダルに乗せたまま停車する姿をよく見る。自分もすることがあるが、これは発進しにくいし、手を離したとき不安定だ。

 ぼくはたいていしっかり左足をビンディングからははずし、地面につき、サドルの前にお尻をのせる。このほうが、発進時、左足でキックし、右足でペダルを踏む。

 まあ信号無視の危険性を指摘しておられたので、「よし」と喜んだ。

 今日は結局自転車通勤をやめたわけだが、雷は実際怖い。周辺に高い建物がないとしたら、雷がぜったい自分に落ちてこないという保障はない。とくに淀川大橋を走っているときは一番危険だろう。

 なにせ800mの幅の川にかかる橋であり、ちょうど真ん中は一番高さがあり、まわりは何も障害物がない。雷が光って、すぐにでも大きな音がしたりしたら生きたここちがしないだろう。

 というわけでその雷が決定的な判断材料となり、自転車通勤をあきらめた。

2008年12月 4日 (木)

つかの間の休日、ローン借換書類の申請に

001   昨日ぐらいから家の庭の鉢植えもみじがきれいに紅葉してきた。きれいに紅葉するのははじめてだ。

 思わずチェッターを押した。

 今日は、第二土曜日出勤した代休を取った。

 ちょうど職場に営業に来たみずほ銀行から個人住宅ローンの借換を勧められ、見積もってもらうとあと10年で今より100万円安くなろと聞かされ、今日その必要書類を所得するため、出かけることにした。

 住民票、住民税決定証明書、不動産登記簿謄本、印鑑証明などを手に入れるため、関係所轄の役所へ行く必要があるわけだが、どこにあるのか調べる必要があり、インターネットで確認した。

 結局、市役所支所と、尼合同庁舎の2箇所でいいことがわかり、まあ5km圏内で済んだ。

003_2 まず家を出て、行ったのは、今のローンを支払っている近畿大阪銀行の通帳に記帳のため、武庫之荘の北側にあるその店に行った。

 先日武庫之荘北側を散策したところに近い。

 記帳するだけなので、時間はかからないが、3台のATM}は行ったときはすべて人が使っていて、ちょっと待たされた。

 実際3年前から記帳していなので、2年分はおまとめ記帳になってしまった。

004  そのまま南に下って、東に進路を変えて、また南に下って、市役所立花支所に来た。最近利用したことがないし、支所の統合の話を聞いていたので、なくなっているものと思っていたが、ホームページで開設していることを確認できた。

 しかし、職員に人は嘱託ばかりなのか、あきらかに60歳を超えた人ばかりが座っていた。

 無事、住民票と住民税決定通知書、印鑑証明書を受けたった。しかし1500円取られた。

006  そのあとは登記簿謄本(建物)をもらいに、法務局に向かった。ホームページを見た限りでは、最初、伊丹市まで行かないといけないように思ってしまった。またオンライン申請もできると案内されていたが、そのやり方は、きわめて複雑だ。それだけで1時間以上かかりそうだ。しかし費用は安いらしい。

 ただもうちょっと簡単に取得できるようにできないのかと思ってしまう。

 神戸支局に電話すると尼崎支局があると聞かされ、「なんだ」という感じだが、安心した。それで、JRを南に渡り、阪神尼崎の方に南下して、そこに合同庁舎があった。

 申請フロアーはまさに不動産屋の社員らしい人、黒に背広姿ばかりだ。何も持っていくものなしで一発で取れるものなのか、ちょっと不安だったが、地番の表示などは、窓口に人が調べてくれて、無事取れた。ただ1,000円払った。

 007

 これで今日のノルマは無事終わり、気持ちが開放されて、それならとそこから案外近くにある「やまとの湯」に直行した。ちょうど時間は11時30だった。

 今日は天気もよくあたたかい。5分ほどで目的地に到着。

 平日は会員だと680円だ。浴場は予想どおり人が少ない。ゆったり入れる。

 屋内、露天の交互に入り、ゆったりした気分になり、浴場を出る。

 008

 今日の移動はもちろん自転車である。

 朝テレビで芸能人の趣味を3人紹介していたが、鶴見真吾はロードバイクにはまっているということで紹介していた。

 ウェア姿の彼はなかなかはまっている。

 まあしかしぼくの方が趣味の体験は長いだろう。

 今日は自前マウンテンバイクで、おもに歩道を通って移動したが、歩道を走るときは極力スピードを落として走っている。

 ときどき車道に出ざるを得ないときは、いつもの通勤のときと違って、ヘルメットもしていないし、とても怖い。

 やはり自転車専用道路の拡張というか、すべての道路に設置してほしい。

 午後からは、読書を予定していたが、籐のソファーに座って読んでいると、完全に居眠りしていた。

 しかし今読みかけだった「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」町山智浩著を読み合えた。ブッシュの評価が初回当選時、イラク戦争開戦時、今といかに変化したかがよく分かった。つまり今はどん底だ。ただそれが彼への正しい評定だろうと思う。

 この8年間はアメリカの歴史の汚点だろう。町山氏も書いているが、2003年のイラク戦争開始がアメリカの世界支配の歴史から脱落して基点だという考えは、なるほどと思う。

 かつてイギリスがそうだったように、アメリカの覇権主義は崩れていくだろうとぼくも思う。

 ちょっといい本を読み終え、充実感を感じた。

2008年12月 3日 (水)

ヒートアップした帰りの走行

001  行きの走行は、今日も誰にも会わなかった。ただ一般自転車で異常に早い男性がいた。

 こちらが追いつかないほどだ。

 走る距離は短いのだろう。杭瀬交差点で左に曲がってしまった。

 後は競争できる相手はいない。

 マイペースでなんばの職場をめざした。

 道路温度は8℃から9℃。ちょっと暑い気がした。

 仕事はいつのもどおりそれなりに忙しい。

 あっとゆう間に夕方になる。

 帰りもはじめは、力を入れず、足に負担がかからない意識して軽く走る。

 淀川大橋下りの信号まちでクロスバイクらしい男性が前にでた。ちょっと早そうだ。予想どおり結構早い。追いつくこともできなかった。

 歌島交差点ではロードバイカーで黒のウェアで身を固めた男性が前へ発進した。彼もかなり早い。

 しかしぼくのばかなのは、今度は追いかけてみようとパワーをあげたことだ。途中ぴったり後ろにつく。実に風除けでらくだ。

 尼崎繁華街の2号線では、タイミング的にぼくが前に出た。ここから抜かされないようにダッシュしてしまった。ここでの車の後ろに付くのは得意の技だ。

 そんなことをしていると前に先を進んでいったクロスバイカーがいて、彼も抜いてしまった。

 しかし左折車が前をはばんだとき、クロスバイカーは危険にも車線を追い越し車線との間に入り走っていくではないか。危険きわまりない。

 すると追いつけない。そのうち床下川の橋を超えた次の交差点で左折していってしまった。

 後ろについているらしいロードバイカーはまだ後ろにいるのだろう。

 しかし、まもなくの西警察交差点では、ぼくが右折して進路を変えたので、勝負はここまで。

 しかし相当汗をかき、ペースオーバーの感ありだ。

 まあたまにはいいだろう。

 それにしても二人ともヘルメットをかぶっていない。ロードに乗っている最近の若者はヘルメットをかぶっていない人が目立つ。ようするに僕などと族がちがうのだろう。

 中年バイカーとしては帰りの走行は反省しかりだ。まあそれでも体が活性化したようになるから”まあ、いいか”だ。

 つまり楽しく走ろう!

 今日はおもしろかった。

2008年12月 2日 (火)

マンションのもみじが紅葉

002  今朝ビン・缶のゴミを出しにいくとき、中庭付近と1階北棟Nさんの庭のもみじが真っ赤に色づいていた。

 寒さはそれほど感じないが、下半身タイツは極端に生地が薄くなってきたので、ちょっと寒い。

 道路温度は昨日と同じ7℃だった。

 さいきん朝は東に向かって走っているわけだが、出かける時間はちょうど太陽の角度が真正面になるため、サングラスに反射して、信号が見えないときがある。やばい。

サングラスをはずしたほうがよさそうだが、はずしてみると逆にまずしい。

 相変わらず県道の通学路で小学生が渡っている最中も、阿波座のある信号も信号無視が多い。

 

 帰りは、なにわ筋を北に進んで、2号線に近づくあたりでは、道路での逆走自転車に出くわす。今日は小さく注意する。

 車の方は一時ガソリンが170円を超えたとき、確かに道路から車が減ったように感じたが、120円台まで下がってくると、またもとのように車の量が増えてきた。

 ただこの景気の悪さで自動車販売台数は極端に減っているらしく、メーカー各社はことごとく減益だ。

 この際自動車中毒になっている人たちは車から脱却し、本当に必要な車だけすべて電気自動車に改造するというのはどうだろう。

 今日読んだ日経新聞に自分でガソリン自動車を電気自動車に改造し、車検をパスする人の記事が載っていた。

 なんだ既成の車を電気自動車に改造すればいいんだ。とうれしくなった。電気自動車になったマイカー 1985年製ニッサンプレーリーを思い浮かべてみた。まだまだ手放すことはないかもしれない。

 004

 帰るとき駐車場から見えた月と惑星(金星か)2つがきれいだった。

 帰りは途中まで追い風っぽい。ペダルがよく回る。

 歩道の店の幟があるところを注意してみてみる。やはり進行方向を向いてはためいている。

 こういうときは走るのが本当に楽しい。

003 わが愛車ビアンキの操縦インパネはイエローとブラックのコラボレイトになっている。

 なかなか気に入っている。

2008年12月 1日 (月)

月曜日の朝は自転車通勤がいい

 5日ぶりの自転車通勤だ。

 電池が切れたスピードメーターは、メーターそのものとタイヤの近くで感知するメンサーすべてコイン型の電池2032をそれぞれ2個づつ交換して、リセットし、もとに戻った。

 道路温度は7℃。走り始めは暑かった。しかし走っている間に、地域で温度は違うのか、寒くなったりする。

 福島区、海老江からは、スピードを上げるところがあり、また暑くなる。

 職場につくとかなり汗をかいていた。

 それでもやぱっり自転車通勤がいい。気持ちが高揚するし、気分がいい。

 仕事が朝から昼下がりまで外出に仕事だった。移動は仕事中、2箇所行くのにすべて電車で行った。大阪市内は本当に便利だと思う。

 しかし2,3駅なら歩いてもそんなに距離はない。

 その合間に昼食とコーヒータイムとしたが、昼食は上本町ハイハイタウン。今となっては洗練された雰囲気とは程遠い。入った和食中心の食堂は、一人だとすぐ相席を指示される。

 ちょっと落ち着かない。

 そのあと上本町6丁目から目的地の3丁目までコーヒー店を探しながら歩いた。しかしすぐ3丁目の目的地に着いてしまった。

 それでその近辺で喫茶店をさがす。

 空堀商店街への導入のところに店が一つあったので、何も考えず入ったが、客は一人だけ。その人もすぐ出て行ったので、店を出るまでずっと店のオーナーと自分だけだ。コーヒーも決して旨いとはいえない。

 ただ今読んでいる本をゆっくり読めた。

 値段も320円という珍しい値段だった。

 

 仕事はあっというまに過ぎ、今日は5時30分に職場を出た。帰り道で、コープ立花による。コーヒー豆とシャンプー詰め替え、歯磨きを買った。

 店を出て、いつもロトシックスを売っている敷地内の店では年末ジャンボ宝くじを売っている。西田敏彦の歌声で宣伝している。

 西田敏彦はどう思ってこの役割をしているんだろう。ちょっと僕からすると無節操な気がする。がっかりだ。

 コープこうべも何を考えているのか、公営ギャンブルを容認しているのか。それも買っている人はどう見ても金がありそうな人ではない。なけなしの金を宝くじに託しているのではないだろうか。

 今日行ったある信用組合融資担当のTさんは、宝くじの当たる確立を宇宙にある人工衛星が地球におちるほどだと言っていた。

 だまされないでほしい。儲かるのはみずほ銀行だけだ。

 やるせない思いを心にしまい、コープを後にした。

 家に帰って、風呂に入り、浴槽に漬かった瞬間、やっぱり自転車通勤したあとの風呂は気持ちいいと実感した。

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