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2009年1月31日 (土)

再びなんばパークスヘ

001_2   今日は、ちょっとしたエアポケットだ。本当は、滋賀県今津のログハウスにその修理にKさんと補修にいくはずだったが、昨日書いたようにマイカーが長期の修理に入るため、車がない。

 それでその件は断りを入れたが、今日は体調もすぐれないこともあり、ゆっくりすることにした。

 ただ妻と相談して、朝のパーマ屋でのセットを終えて、午後からなんばパークスへ行く約束をした。

 パーマはでの整髪は午前11時すぎに終わったと携帯医電話が入ったので、そのまま食事を現地ですることにし、急いでなんばパークスに向かうことにした。

 阪急武庫之荘から梅田に出て、地下鉄御堂筋線でなんば駅で下車。歩いてなんばパークスへ向かうが、どうも目的地までの案内がわかりにくい。職場がなんばにある自分でそんなことだから、初めて来る人はほとんど分からないのではないかと思う。その点では大分損をしていると思う。

 なんとかなんばパークスの入り口に到着。

 002 とりあえず、食事場所を探す。この前西宮ガーデンズでもまず食事の場所を探して、あまりの待ち客の多さに閉口したが、今日はなんとか待たずに入れた。

  店は「火の地」か?。和食で小鉢が沢山あるメニューでご飯は麦ご飯になっていた。

 ご飯、味噌汁お代わり自由ということで、ご飯をお代わりした。

 この段階でも西宮ガーデンズより癒しを感じた。

 とにかくこのなんばパークス全体の建物の建て方がユニークだ。単なる箱物ではないことはまちがいない。

 食事のあと、8階までエレベーターで移動し、この場所の名物というか、外側のガーデンを見て回った。8階では若い職員の人が植物を保育していたので、励ましのことばを発した。それは去年の同じ時期に来ているのだが、そのときより木々がよく育っていますね。と言っただけだ。

 007 天気があいにく空が曇っていて、しかも小雨がパラついていたが、やはりこの場所の緑は結構本格的だ。ある意味時代のさきがけかもしれない。

 006

ところで3男がこの建物のメンズ専門店でアルバイトをしているので、その場所を探してみようと思う、3階に移動し、中を回ってみたが、実際発見できなかった。

008_2 そのあとこの建物に隣接しているヤマダ電器に移動した。

 建物に入る入り口では、アカペダグループが演奏していた。なかなかプロッっぽい演奏だった。それで立ち止まってしまった。

 あとでチラシをもらったが「ダイナマイトしゃかりきサーカス」という。

 そのうち有名になるのではないかと予感する。

 ヤマダ電器ではネームランドという名前をテープに印字する機械を買った。

 帰り際結構疲れたので、地下鉄なんばに向かう途中、コーヒーを飲みに入ったのが、有機栽培を売り物にしてる店。それがスターバックスのような店がまえであった。011 009_2

適当なテーブルにコーヒーを運んだら、そのガラスになにやら標語のようなものが書いてある。「買い物はこのままでいいです。とレジ袋を断り、風のように立ち去ろう」とか、「毎日一個はゴミを拾って、そんな自分をほめよう!」

 11個書いてあって、自分として判定してみたが、6つはすでに実践していたので、おなじようなことを考えている人がいるんだと共感した。

 しかし、結構このなんばパークス楽しめた。書いていなかったが、2階のある店では、今日が開店の最終日ということですべての商品を70%引きで販売していると必死で声を掛けていて、妻を2点ほど買った。服2着で2000円だ。

 ただ、店がひとつ消えるということなので、ちょっと複雑だ。

 建物自体の発想は、あきらかに西宮ガーデンズを超えていると思えるのに、その場所までの移動に問題があって、十分人気が出ていないというのは残念だ。

 家に帰る途中、梅田でまた阪急百貨店の地下食料品売り場に行き、ずっと使っていなかった商品券で山形の高畠というところのワインを買った。

 リッチな気分で家に帰った。

2009年1月30日 (金)

ひさしぶりの電車通勤

09130_2   朝のラジオニュースで今日は、午後から雨が90%の確立で降るらしい。しかも雷があるらしい。

 体の調子もあり、今日の通勤は電車に切り替えた。

 しかし、この確立はなんなのだろう。今日も電車が遅れている。

 まあ、神戸元町駅で体調急変した人がいて、救急車で運ばれたらしいので、これは仕方がない。

 まあ、ぼくは5分延着であっても、プラットホームに入ったらそんなの時間をまたずに電車が来たからまあ実質遅れてはいない。

 ところでぼくの場合は、JR東西線で立花駅から海老江駅まで乗っているが、その海老江駅で、改札を出るため、長距離のエスカレーターか階段を利用するわけだが、階段では先日40段を登ると言ったが、今日数えると71段だった。

 少数だが、ぼくはあえて階段を選ぶ。毎日の積み重ねなら、階段を歩くことをお奨めした。

 結局慌てなくても職場には8時55分に着いた。

 実際朝に体調はちょっと風邪を引いているのではないかと思うぐらい鼻水は出るし、お腹の具合も悪い。ただ職場についてみると自覚はなかった。

 朝は9時過ぎに、昨日書いていたマイカーの処理の件で、勝本モーターに電話を入れた。結論は修理依頼ということだ。それに明日自動車があることを前提に、滋賀のログハウスにオーナーのKさんと行くことになっていったが、修理のマイカーは3週間以上もどってこないので、使えない。それで断りの連絡をした。Kさんも僕の車をあてにしていたらしい。

 ところで天気予報どおり、気候は昼間から異常にあたたかい。

 まあ、夕方もとくに遅くなる予定もなく、ちょっと気が軽くなった。

 5時半ごろ職場を後にし、電車で家に向かう。地下鉄千日前線で野田阪神まで行き、JR海老江駅に乗り換えた。切符を買い、中に入って、エスカレーターを降りていくとちょうど西明石行きの電車が到着した。

 疑わず、すぐ車内に入った。適当なつり革につかまって電車は走りだした。

 しかしどうも様子がおかしい。まわりは普段見ているより、女性が多い。座っている人も立っている人もそうだ。ずっと向こうの方に男性がいるかと思ったが、そうではなく女性だった。

 つまり女性専用車両に乗ってしまったらしい。気がつくまで少し時間がかかった。しかもまわりはとくに攻めるような視線はない。

 ただはっきり気づいて「まずい!!!!」と心でつぶやく。

 考えることなく、近くの隣の車両へのドアを開けて、次の車両に移動する。

 しかし横の車両は異常に混んでいた。そこに入るのもちょっと場の空気は悪かったが、そのまま女性専用車両にいるよりはいい。

 これは2回目の失態だ。

 ただ、女性専用車両というのはちょうど真ん中の車両になっていて、あわてて階段を降りて無意識に車両に走ると必然的にその車両に入ってしまうようになっている。

 しかし後から考えても恥ずかしい。

 JR立花で降りて、コープ立花リカーショップにより日本酒を物色。期間限定初しぼり「大関」を買う。

 09130_3 それから昨日行こうと思っていた電気店コジマにより、プリンターのインクと携帯電話の充電電源を買った。

 雨はまだ続いている。

 家は今日は気のしなくても3男が食事の支度してくれている。

 今日と明日はちょっとしたスケジュールのエアーポケットと言える。

 とくに明日あさっては予定がなくなってしまった。

 前に書いた西宮ガーデンズとなんばパークスの比較の意味で、そのなんばパークスに行ってみようと思う。

 マイカー・プレイリーの結果はなるようになれだ。もう腹は決まった。そう考えると悩まなくなった。

2009年1月29日 (木)

マイカー・日産プレーリー最大の危機か?

今日は4月の気候なみの気温になるらしいというので、朝も油断していたが、道路温度は7℃。確かにちょっと暑さも感じる。

 ヘルメットの若者を2人見たが、一人はスーツ姿で自転車ヘルメットを被っていた。最近テレビのコマーシャルでそれに似た格好で走っている姿の場面があるが、そういった影響だろうか。

 ぼくにはできない。第一汗で気持ち悪いだろうと思う。

 もう一人は、横に幅の広いクロスバイクに乗り、それなりのサイクリングウェアを着ている。しばらくついていこうと後ろを走った。

 しかしその2人とも信号を無視するので、ぼくはどうしても後に残る。ただまた追いついて、淀川大橋では、歩道が自転車だらけでスピードが落ちたらしく、抜いてしまった。

 野田阪神からは、どうも追い風。結構スピードをあげて走っていた。

 あとはマイペース。ただ信号のタイミングではどうしてもスピードを出さざるを得ないときがある。

 職場に着いたのは8時49分。まあまあか。

 

 仕事を終えて今度は帰りだが、途中昨日書いたように2号線ぞいの勝本モーターに立ち寄る。昨日電話では、修理の費用が約30万円ぐらいと聞いていたが、今日も正しい見積書を見せてもらって、「うううう・・・」と考え込み。

 聞いていた費用そのままだ。それにさらに1割程度増える可能性もあるという。 

 異常個所はオートマの心臓部。予想では中のベアリングがずれているのではとも言われる。ただ修理工場に運び、分解してみないとわからない。

 自分の体を手術するので、その説明をうけているような気分だ。

 どうするかの決断はきわめて賭けに近いかもしれない。というのは30万円出して、なお数年、いや10年無事に乗れるかもしれないし、時をまたずに重要な故障箇所が出るかもしれない。

 勝本さんからは、ちょうど別の自動車の販売で、下取りになったプジョーが一台あり、7年落ちだが、50万円から60万円で購入できるという。すぐそばに置いてあったので、見せてもらったが、気持ちが動く。第一ヨーロッパブランドだ。ちょっと自慢できそうなことを想像してみたりする。

 しかし、大きさを考えると、今のプレーリーの方が圧倒的に容量が多い。しかも8人定員だ。プジョーは純粋に5人乗り。

 それに何といっても、16年以上乗り続けてきた思い入れと、思い出が歴然とある。

「そしたらプジョーに」という気にはなれない。

 一か八かもう一度修理するかだ。

 こころは3分の2は決まった。ただそこでは即決しなかった。家に帰って妻や子どもの了解を取ろうと思った。

 妻が帰る前、2男、3男と食事をしながら話あったが、プジョーへの気持ちは若干あるものの、プレーリーの修理には賛成してくれた。

 次に9時すぎ帰ってきた妻に。風呂から上がってくるのを待って、短刀直入に説明し、ぼくの思いを伝える。案外了解しているよう。

 「よし決まりだ」。明日の朝は、一番に修理の依頼をすることにした。

 おそらく普通の考えでは、プレーリーは廃車という決定をするだろう。

 まあ、変わり者だ。ある意味ばかだ。と自覚しつつ、ここまで来たら、まだ乗れるところまでさらに使い切ろうという気持ちだ。

 それにしてもこの30万円は惜しい。先日住宅ローンの借り換えで、トータル100万円得くしたと思ったばかりだったが、また後退だ。ただこの借り換えで1ヶ月がエアポケットになり、一月分11万円の支払いがない。

 しかし惜しい。30万円あればいいロードバイクが買える。ああ、惜しい。 

 後悔しきりが、心は決まった。

 プレーリーとはアメリカ大陸の草原という意味らしい。そのおおらかなイメージはいいではないか。無事修理が終わることを待とう。

2009年1月28日 (水)

今日は快便、快調な走り

002  なぜか今日の朝は快便。家を出るのも余裕だった。

 ただ風の向きは向かい風。ペダルが重い。

 しかし、七つ松線のJR踏切、杭瀬交差点、歌島5つ筋交差点、そして阿波座から、長堀手前の交差点、すべてタイミングよくクリアした。

 途中、一度抜かされたことのある自転車通勤者にすべ遭遇。そしてみんな抜いてしまった。

 野田阪神交差点では、グレッグレモン車にのるIくんに昨日に続いて出会う。彼は結構早いが、そこからの直線コースでぴったりついてきていると思ったが、ちょっと離れて走っているようだ。

 ぼくは、土佐堀手前の信号をクリアしたいため、ちょっとペースをあげて走った。間一髪、黄色信号から赤に変わるときに通過。ちょっと信号無視ぎみ。反省しかりだ。しかし自転車のスピードでは前で黄色信号になってもすぎ赤に変わるので不利だ。やはり車のタイミングのために信号のタイミングはできていることをつくづく思う。

 それで驚いたことに、職場のタイムカード前には8時46分に着いた。記録的だ。

 仕事は比較的余裕があったので、日ごろ忙しくてできない業者名刺のストックを社内ラン、サイボウズの住所録にすべて入力する。

 5時までの業務を終え、そのあと6時半からはOM9条の会の世話人が民医連事務所であるので、堺筋本町まで自転車で移動。やはり市内の移動は自転車が強い。それに電車賃がかからないので経費削減に貢献している。

 会議を終えて、夜9時前家に向かって走る。

 この時間になると道路では異常運転を2,3件見た。明らかに信号無視で走るバイク2台。またある意味信号無視のタクシー1台。などなど危険がいっぱいだ。

 ところで、仕事中、昨日留守電があった行き着けの自動車修理会社「勝本モーター」にあずけているマイカー・日産プレーリーの異常状況を聞く。いやなことにミッションの根本的異常があるようで、予測では最高30万円の費用がかかるかもしれないとのこと。またしても廃車もありうる4回目の危機だ。

 とにかく明日仕事の帰りに勝本モーターに行って話しを聞くことになっている。ちょっと心配だ。

2009年1月27日 (火)

足の筋肉について考える

001  体験するスポーツによって使う筋肉は違うという。

 今僕は毎日通通勤で50分ほど2回自転車のペダルを踏んでいるわけだが、おもに筋肉痛を起こすのは、太ももの内側で足の真ん中の関節に近い部分だ。また登りでダンシングすると関節の下で上側が傷み場合がある。

 ぼくはその他のスポーツとしてスキーをする。その場合は、関節の下の裏側が疲れる。ただ自転車の場合と微妙に違うのだろう。

 また職場や電車通勤のときは、ほとんど階段を歩いて登るが、やはり太ももの一定の部分に痛みを感じるときがある。

 自転車通勤が他のスポーツにも役立つ点としては、心肺能力が向上することだろう。したがって、通勤でJR東西線海老江駅の40段ぐらいの階段を登るときも、スキーで坂道を登るときもほとんど心臓の鼓動が異常になることはない。

 最近北海道のスキーに行って、その翌々日通勤で自転車を使ったときも、おそらく同じ筋肉の負荷があるのではないかと思うことは、ようするに続けて同じ筋肉を使ったとすれば、筋肉のリハビリになっているのではないかと想像できる。

 つまり一つのスポーツで翌々日など筋肉が異常に痛むということはない。

 筋肉はずっと一定の負荷で使い続けているとよくいう乳酸がたまらないのかもしれない。

 ただこの前の土曜日に出かけた滋賀県箱館山スキーの場合は、手前でタイヤチェーンを装着する作業のせいか、右手の腕の筋肉が今の痛む。

 足は要するに、基本的に使う筋肉は歩くときも、走るときも、自転車のペダルを漕ぐときも、山を登るときも同じなのではという考えを持っている。

 

 さて今日の朝は、道路温度4~3℃の間だ。寒いといえば走りはじめは確かに寒いし、指先が手袋をしていても痛い。

 いつも言っていて、言うのもいやになってくるが、交通マナーというものは無茶苦茶だ。

 市道か、七つ松道路を走っているときも、大阪に入って、なんば近くの道を走るときも、青信号を渡ること自体、緊張しながら走らないといつ横から信号無視の自転車が入ってくるか分からない状態だ。ちょっとおかしくないだろうか。

 また、バイクにしろ、場合によっては自動車まで、まだ前の信号が青に変わっていない前から発進しようとする。逆に特に問題が多いのは、左門戸橋東側だが、こちらから見て左右の信号がすでに赤に変わって1秒以上たってから、ハイスピードで入ってくる車が横行している。

 人の命をなんと思っているのだろう。

 まあとにかく自己防衛しかない。そういった現実を踏まえて走らざるを得ない。嘆かわしいと思いつつ走っている。中にはまともな交通ルールをきっちっと守るドライバー、自転車、歩行者がいないわけではない。100%ルールを守らないと偉いことになる。

 家に帰る前いつものようにコープ立花に寄る。それで夕食の用意をした。

 メニュはすき焼き風肉じゃが。肉じゃがに焼き豆腐と、ごぼうを入れた。まあまあのできだ。

2009年1月26日 (月)

寒さに慣れてきた今日このごろ

001  昨日は、書くのを忘れていたが、先日のパンクの後2日目の走りになるので、新しいチューブを買うことも考えたが、家に残っている一度パンクしたものを4個すべて修理した。

 それで水につけてうまく修理できているかどうかチェックした。

 それで完璧だったチューブを臨時修理道具に入れた。

 今日はもう1月後半、大寒も過ぎ、いわば冬本番の季節だ。

 今防寒対策は、分厚いタイツもあるが、頭にはレーサーキャップだけ、足は指先に使い捨てカイロという装備のみだ。

 稲川橋手前の温度計は3℃だった。もうちょっと寒い感覚がある。

 体の調子は悪くない。今日もまったく去らないロードの若者に抜かれたが、動じずゆっくり走る。

 ただ杭瀬交差点は、今日はまだ青信号で通過できた。しかしよく考えてみるとあと3本目ぐらいの信号では、結局赤信号でつかまることがわかった。

 歌島橋交差点から後ろ600mが渋滞という表示が出ていたが、通過するときはそれほどでもなく、交差点もうまく通過できた。

 しかし野田阪神からの直線は、スピードを35km/h以上にすることをやめた。というのはこの辺から急に疲れを感じてきたのだ。

 そんなこんなで、もともと家を出るのか遅れたのだが、職場タイムカード前には8時55分到着。最近では一番遅い。

 

 月曜日は、何度体験しても週初めで不安も多く、エンジンもかかっていない。しかし朝は一つ重要書類に頭を抱えていたが、役所に問い合わせて、必要ない書類だということがわかり、一機に気が楽になったり、そのた案外仕事が簡単にできる課題があったり、まあ楽しい業務だった。

 帰りは、やはり5時半ごろ職場を後にする。

002 途中信号待ちで何気なく、後ろのランプを確認してみたら、光が弱くなっている。コンビニで乾電池を買うため、2号線ぞいを走りながら探していたが、野田阪神の交差点からは、山田電気を過ぎてコンビニはない。

 ただ小さな電気店の前に電池の自動販売機を発見。パナソニックの販売機らしい。ちょっとめずらしい。店の中まで入らなくていいし。「これはいいや」と思ってその前に自転車を止め、電池を買った。

 さすがに光の強さはぜんぜん違う。

「よしこれで後ろから来る車からはよく存在が確認されるやろ」と大きな気持ちになってしまった。

 やはり、今やらなければと思ったときはすぐ実行したほうがいいのだ。

 なぜか今日の帰りは追い風ぎみ。だから単純に体の調子がいいぞと他力本願で思ってしまう。ちょっと単細胞だ。

 今やはり疋田 智さんの本の影響で行きも帰りも一方通行は、逆走せず走るようにしている。だから結構遠回りして移動するケースが多くなってくる。

 でも安全走行を突き詰めると、そういう流れになるだろう。だから今第二段階を進んでいる。

2009年1月25日 (日)

西宮ガーデンズヘ物見遊山。

002_2   妻が近々出席する結婚式のための服を買いたいということで、最近できあがった阪急西宮駅近くで西宮球場跡地にできあがった「西宮ガーデンズ」についに行った。

 家からは阪急で一駅だ。

 駅からガーデンズまでのアプローチは、通路で繋がっていて、2箇所に動く歩道まであるが、結構遠い。

 001建物は、西宮球場の建物の敷地をそのまま、アミューズメントビルに立て替えたという感じがよくわかる。

004_3 真ん中が吹き抜けで、周辺に店が続いている。行った時間はすでに午前11時半だったので、とにかく食事にしようと4階の食堂街に行ってみたが、どの店もすでに長い列が続いている。ここで怯む。

  しかし根気よく比較的待ち時間に短い店をあたってみると、「昔洋食 みつけ停」という奇妙な店名の店が20分待ちということなので、そこにならんだ。

 案内の男性はてきぱきとなかなか優秀そうだ。しかも時間どおり20分後に店内のテーブルにつけた。

003  メニューは比較的オーソドックな洋食だった。さっきの案内男性は、4人用のテーブルに案内してくれたし、一組ずづ確認した人数に合わせて、テーブルをアレンジしていたので、それがマニュアルなのかどうかわからないが、なかなか好感がもてる。

 だいたいもう一本の店は、手当たりしだいに客をつめつめに座らせるように思うが、そうではなかった。ただ、定食プライスは1100円ぐらいで割高。

 食事を済ませて、上に階のTOHOシアターのフロアーを見学にいった。11の映画劇場があるらしい。

 「感染列島」「「28のゲバラ」など見たい映画があったが、今日はその目的ではない。

 005  そのあとまた4階にもどり、建物外のスカイガーデンを見てみた。前に大阪なんばの「なんばパークス」で驚いた緑の設備はない。ガーデンズという名称にしては、また六甲山系に近い西宮の地にしては、またこのエコの流れから考えたら、中途半端なガーデンになっている。言い過ぎかもしれないが、百貨店の屋上にちょっとガーデンを増設したくらいにしか感じない。ぜんぜん期待はずれだった。

 ただ、なんばパークスは、大阪の南に「巨大なビルの上に里山のコンセプトした里山を作る」という明確な方向性がありながら、今思うほど人気がないというのはどういうことか。それは今3男がそこでアルバイトしているので、その様子を聞いていてわかる。

 どちらも都市部に作った野球場の跡地に新たな施設を作ったということでは共通している。

 その後妻は自分の服を選びにいくので、ぼくは先に帰ることにしたが、本屋と中にあるスーパー「いずみや」に買い物に行った。本屋は「BOOKファスト」というが、とにかく店内は広い。赤字にならないか心配だ。

 とにかくぼくは複雑な思いでこの建物にいる。というのは、実際、この「西宮ガーデンズ」にしろ「甲子園ララポート」にしろ、「伊丹ダイヤモンドシティー」にしろ、地域とともに歩んできた小さな店はどんどん閉店においやられているのではないか。

 まあ大型店はあってもいいわけだが、大資本の好きなように建物ができるのは納得していない。 

 ちょっと考えすぎかもしれないが、このまま大型アミューズメント施設が長い間定着するとは思えないのだ。いわば単なる流行ではないか。客足が遠のけば、中のテナントは高いテナント料を払っていると思われるので、たちまち穴の開いた店が出てくるだろう。

 これからは、要は人間どおしのふれあいを基本にした商売が持続可能な姿ではないのかといこじに考えている。

 大型駐車場を設けるより、街真ん中に路面電車を通してほしい。町全体の店活性化するようになってほしい。人生経験豊富なお年寄りから、われわれに、そして若い家族に、そして未来の子どもたちに街それぞれの発展をしてほしい。 

 車はもっと減ればいい。その分自転車が増えればいい。街はきっと活性化するだろう。

 そんな時代がきっと来るとぼくは西宮ガーデンズに行って、反対にそのことを予感した。

2009年1月24日 (土)

吹雪、悪天候を体感、滋賀県箱館山スキー場へ

005   ひさびさの土曜何もない日だ! 週半ばから「よし箱館山へ行くしかないでしょう」と思い立ち、昨日の晩から道具を準備、朝は8時出発をめざし、6時半に携帯アラームをあわせた。

 それにしても誰かといしょに行くわけでもなく、気楽なものだ。

 しかしなにやらかやで8時半出発になってしまった。

 なにかの胸騒ぎで、タイヤチェーンのはめ方を何回も使っているが、今年は初めてなので、そのマニュアルを読みなおす。はじめて買ったとき、かなりてこずった思い出がある。ある程度理解し、しかし箱館山の駐車場までは、いままでチェーンをつけたことがなく行けたので、、まず大丈夫だろうと安易に考えていた。

001  名神高速道路、尼崎入り口から出発するが、よく晴れた良い天気だ。ただ自動車はひさしぶりに乗っているが、どうも80km以上でアクセルを踏んでいるとき、ギアチェンジで揺れるような感じになる。ちょっと不安なまま走る。

 以前一度だけ大変な目にあった、京都東出口から琵琶湖までのバイパス付近は、今日は雪はまったくなかった。

 小さい最近スリップ転落死亡事故のあった湖西道路序盤の橋も凍結の恐れはない。

 ただ、高島市にはいる前、道路標示が「高島市以北はチェーン必要」と書いてある。

「むむ? いやな予感」という感じだ。

 チェーンをはめるとなると少なくとも15分はかかる。箱館山には10時すぎから滑れるのを目標にしていたので、ちょっと心配。

 高島市を北へ進むに連れて、周りと走路の路肩に雪が見えてくる。すでに道路の端に停車してチェーンをつけている車を3台ほど見た。

 まあ今津のコンビニまでこのまま走ろうと決める。

 今津市街への分かれ道の交差点横コンビニ駐車場で停車し、チェーンをはめる。ちょうど横で若い夫婦のだんなの方が同じようなチェーンをはめる作業をしていたが、どうもやり方がわからないようで、説明書にくびったけだったので、声を掛け、さわりながら説明した。僕のチェーンと少し違うが、やり方は似ているので、なんとか成功。もう片方は、自分で003_2やってもらった。

 そんなこんなで、自分のチェーンが後回しになったが、裏と表をまちがえ戸惑った。ただ反対側は5分もかからず、しかもタイヤを動かさなくても止め部分をすべて嵌められることを初めて発見した。

 それにしてもこの種のプラスチック製の最近のものは、発案は、簡単でできるように考えているのだろうが、最初チェーンを裏返して一箇所とめ、大きくタイヤ周りをまわすようになっている。理解するまで、時間がかかるかもしれない。

 それでコンビニを出たのが11時になってしまった。しかしチェーンをはめたのは正解で、その後は、雪の悪路が続いた。なんといっても箱館山への最後の登り坂はまだ除雪が間に合っていなくて、雪だらけ。何台も立ち往生していた。

  006

 スキー場駐車場では、台数が多い。あと聞いた話では、同じ琵琶湖のすきー場、「びわ湖バレー」が悪天候で、営業停止していたらしいので、その分がこちらに流れてきているようだ。

 もう時間は12時手前。シニア券を買う権利があるので、それで申し込んだが、午後券を買うと午後1時からしか、リフトを利用できないというので、一日券を買った。それでもアプローチのゴンドラ費用を入れて、3,800円だ。

 007_3 今回の最大の目的は、だいぶ前にゴミ捨て場で拾ったスウェーデン製だと思うが、そのスキー板に3年前にヒマラヤという店で買ったビンヂングを自分ではめたスキーで滑ってみることだ。一応もう一台のカービングスキーも持っていったが、ゲレンデにはその試しスキーだけもって上がった。

 以外や以外このスキーだとカービングのようにターンがやり難いかと先入観があったが、よく曲がるし、第一軽い。昔のスキーのほうが軽いのか。ターンのとき片足を浮かす場合も操作しやすい。第一担ぐときも楽だった。

 天候が、すべりごとに悪くなってきた。それで40分ほどで、すべるのを切り上げた。ちょっと3,800円はもったいない。

 まあしかし今回ここまでやってくる気になったことは、自分的には満足である。 

 

 008 009

 ゴンドラを降りて、いつも行く会員になっているログハウスで着替えして、食事しようと思って、スキーのユニホームのまま、靴だけ履き替えて、目的地(スキー場から5分)に向かった。

 

 そころが、その目的地は「まほろばの里」と言って、ログハウスの集合した意地域だが、そこへのアプローチの農道が雪だらけ。何台か通ったタイヤ跡があるので、いけるかと思い、入ってきたが、ちょっとの坂でスリップ状態。前に進まない。

 今回は一人で来ているので、助けを求まられないし、こんな農道で立ち往生になるとかなり迷惑と時間がかかる。バックして周辺で駐車できるところはないかと探したが、それもなく、しばらく止まっていると、猛吹雪が襲ってきた。

 スボンを履き替えて、ログハウスはあきらめる。そのまま161号線の高架道路を南下した。視界は5mぐらいか。前が見えない状態だ。

 ただ不思議なことに行きしな駐車したコンビニを過ぎ、しばらく走ると、もう吹雪がなくなり、空が晴れ渡っている。

 とにかく食事とトイレ休憩もしたいので、安曇川あたりの道の駅に行く。ここでほっとした。ここまで来ると何もなかったような、あの嵐は不思議な世界だった。

 食事を車の中でし、チェーンをはずして帰路を走る。

 おかげで、家には3時45分ごろに着いてしまった。

 あったかい紅茶とケーキで疲れを取り、風呂を用意して、髪を染めた。

2009年1月23日 (金)

三つの団体の共済会新年会でひれ酒3杯飲む

Photo  1月も20日を過ぎ、毎年恒例の職場関連三団体の共済会で新年会がおこなわれた。

 大阪なんば千日前のビッグカメラの南側、「治兵衛難波店」が会場だ。

 飲み放題の条件ではあるが、そんなに飲めるものではない。

 ただ全員にふぐのひれ酒を配るということなので、呑めない人の分を飲める人に回ってきたわけだが、3杯も飲んでしまった。

 しかしそれほど酔うこともない。毎年3箇所に企画される職員旅行だが、今年もスキーの企画が組めそうだというので、若い職員たちに今から勧誘をおこなう。

 ひとしきり2時間が過ぎ、午後8時を過ぎたあたりで宴会はお開きとなる。

 通勤は酒を飲むことを考え当然電車だ。行きは、JR東西線、海老江駅の40段の階段もだいぶ慣れてきた。

 帰りは、行きと同じで逆コースを帰る。 

 JR立花駅を降り、家まで約15分歩くが、さすがに酔いがまわってきて、ほとんど目を瞑ったまま家まで歩いた。

2009年1月22日 (木)

尼崎は今日も雨だった

002 rain

 昨日の雨の帰りで、ユニホームはすべて濡れ、今日は上着もキャップも手袋もすべて替えて、走った。

 走行中はいつも見る顔がまったくいない。夜の雨模様を察知してか。

 ぼくは、昨日のパンクで予備のチューブなしで走っている。もしもまたパンクしたらどうすることもできない。

 慎重に慎重に、段差をさけ、丁寧に走ることを心がけた。

 今日の帰りでは、たまごとマーガリンともう一つ自転車チューブを買おうと頭に焼き付けた。

 まあ、なんとか無事に職場に到着。どうも空模様は天気予報どおりよくない。いやな予感だ。

 それにしても今日も仕事は多かった。11月の学習会の冊子の作成、この前の会議のまとめ、理事会の録音データの依頼先への送付失敗のため、そのやいりなおし、新しいパソコンの設定やりなおしなど目白押しだ。

 あっという間に5時を過ぎる。

 そのあとは予定していた仕事以外の会合のため、職場をあとにした。外は結構雨が力強く降っているではないか。

「ええ、今日も雨?」

 7時まえにいよいよ家に向かって外に出た。サングラスはつけない。ただレーサーキャップが役に立つ。被ることで頭の防寒と雨よけになるし、前に小さな鍔が顔の前に雨をそのひさしでさえぎってくれる。

 ただレインウェアはかさばるので、着なかった。それでタイツの上からお尻がどんどん冷たくなる。

 道路の路肩が自分に与えられたメインコースだが、やたら水たまりが多い。その小さな水たまりを微妙にさけて走る。これで多少はお尻にかかるしずくを避けられる。

 このやりかたはなかなか面白い。ある程度速度は遅いが、楽しんで走れる感じでいつもと違う。

 しかしすでに時間は7時半を過ぎ、この分だとサンワサイクルに立ち寄る余裕はない。それでそれはパスして、コープ立花だけに立ち寄ることにした。

 コープについて、携帯電話を開け、家に電話しようと画面を見たら3男から電話が入っていた。返信すると、今日は休みで夕食も作ってくれているという。

 003_5 よかった。本当に助かった。ほっとしてマーガリンとたまごとプレミアムビール少瓶を1本買う。

 コープから出てくると忘れていた冷たさをじわっと感じる。

 まあ、しかし家に帰ると夕食もできているし、本当に助かった。

2009年1月21日 (水)

いそがしい一日はあっという間に過ぎていく

09121_3    昨日は、電車通勤でいくしかなかったが、一日置いての自転車通勤は新鮮だ。

 朝の温度は4℃。足の「貼るカイロ」をつけるのを忘れた。しかし何とか行ける。2号線に先にメッセンジャーA田クンが走っているのが見えたが、捕らえられない。

 実は僕自信朝家を出るのが、洗濯物干しで2分ほど送れた。A田君に会ったということは僕も遅れているわけだから、彼もいつもより送れたのだろう。一つ信号をパス、していったように見えた。

 後はマイペースで走ったが、足の調子はいい。職場タイムカードは8時50分で印字した。

 仕事は午後3時半からの全職員の会議の準備に集中する。レジュメは慎重に作るが、つける資料も手間がかかる。時間はあっという間に過ぎていく。

 ある程度緊張感をもって会議は運営され、5時前に終了した。

 机の上はその準備作業で資料が山盛りだ。それを整理し、今度は夜からあるOM9条の会のOMアマチュア即興劇団に練習だ。

 一緒に参加するY君と地下鉄堺筋本町の駅前で待つ合わせ、食事をする約束をした。 

 ところが職場を出ようとして、ビアンキに乗った瞬間、タイヤのクッションがおかしい。

というか硬い。

 パンクだ!

 何ヶ月ぶりだろう。ただ今日走っていて、「しばらくパンクしていないなあ」と考えつつ走っていた。予感だったのだろうか。それが的中した。

 Y君は電車で先に出発しているので、すぐ携帯を入れる。とにかく駅で待っていていくれるらしい。

 それにしても冬のそれも雨の日の夜のパンク修理は辛い。しかしチューブの交換をするしかない。

 落ち着いて、パンクした後輪ホイールをまずはずす。はずしたホイールからタイヤをはがす。ちょっと慌てていて、タイヤをホイールからはずしてしまった。

 中のチューブを取り替える場合は、タイヤを全部はがさず、片面をつけた状態で、チューボを取り替えるのが定石だ。

 ただ、タイヤに破片がささっている場合もあるので、まずそれをチェックする必要がある。それでハズレたタイヤを入念に手の感覚で調べてみた。破片はない。

 新しいチューブをタイヤの間にはめ込んでいく。ただここでも慌てていて、また暗いこともあって、チューブの収まり方をチェックせずに携帯空気入れで空気を入れたため、あと走り始めたのだが、一部いびつな状態になっている。

 しかし仕方はない。そのまま地下鉄堺筋本町駅改札に向かう。なにしろY君が待っている。

 なんとかそのままの状態で、6時10分に改札待ち合わせ場所に着いた。

 食事を済ませ、会議場所へ行く。すでに集まっていた。脚本を読み合わせする。あとああだこうだと内容の改善が話しあわれた。

091212_2 練習は7時45分ごろ終わったが、帰り際気になっていたタイヤの空気を少し抜き、全体を調整し、空気を入れなおす。

 するともとに戻った感じだ。空気圧も結構いい。

 すばやく出発。ただ雨がやんでいない。

「まあいいか」だ。

 レインウェアもなしで、デイパックだけカバーをしてあとは濡れるに任せて走る。

 途中クロスバイクだが、ヘルメットをきっちりかぶった若者に海老江交差点で遭遇。「おぬしできるな」と思いつつ、信号が青に変わりスタートするが、そんなに早くない。それで淀川大橋にさしかかるところで抜き去り、前を走るが、どうも尼崎までずっと後についてきているようだ。

 ぼくはタイヤ具合が気になるし、雨も道路状態も気になるので、それほどスピードは出さないつもりで走る。ここで再度パンクしてしまうと、替えがない。ドキドキ感のまま走っている。

 まあなんとか家までタイヤはもった。帰りしなの空気の入れ方はわれながらよかったようだ。今持っている携帯空気入れはなかなか優れものだということがわかった。

 とにかく足の指先がなんとも言えず痛いまま帰ったが、すぐ風呂に入り、暖かさがよみがえってくると、本当に自分は幸せだなと思ってしまった。とくに今「反貧困」の本を読んでいるだけによけいにそう思う。

 まあ、雨露をしのげる建物の中で暖房をして過ごせるわが身はあらためてありがたく思う。

2009年1月20日 (火)

ローン借り換え 契約に妻と2人でM銀行へ

002_2  12月から住宅ローンの借り換えの見積もりをM銀行担当者からもらい、実行することにしたが、とにかく手続きが大変だ。

 登記簿謄本や何やらを申請したり、古い書類を探したり、現在のK銀行の返済予定表と、通帳記帳など、結構手間な書類が続いた。

 今日は、年をあけて何とかM銀行での借り換えが承認されて、その正式契約書の調印と、妻同伴での面談がある。

 最後の最後まで、妻の印鑑証明を取るためのカードが紛失している中で、午前中仕事の妻が西宮から途中、尼崎市役所塚口サービスセンターに寄り道し、その証明を取って、なんばの地下鉄出口で待ち合わせした。

 自分は、午後休暇をとったわけだが、食事をすませ、いつもの喫茶キャビンで妻との待ち合わせ、2時まで時間調整をした。

 今読んでいる湯浅 誠氏の「反貧困」の続きを読む。

 実は貧困の日本での実情について正確に分析された調査資料は実はなく、政府などは、外国から世界に貧困を調査していて、日本人700人から取った結果をもとに「日本には貧困はない」と言った前々回の安部首相の発言など何をやいわんだ。

 逆に生活保護世帯と貧困者の所得を比較して、今や生活保護受給者の方が高いといって、その最低基準を引き下げるのだから、憲法25条は、実際の社会では国自信がないがしろにしている。

 そんなことがみごとに書かれていて気持ちがいい。

 今日のその待ち時間の読書は有意義だった。

 時間が近づいて、待ち合わせの地下鉄四ツ橋線なんば駅改札口へ行く。1時55分妻がやってきた。

 すばやくファストフード店で食事を取り、M銀行へ行く。

 担当のYさんはとても懇切丁寧で細かく説明してくれたので、その他の手続きもやって、終わったのは、4時20分になっていた。

 予定を終えて、銀行を後にし、3男の勤めるナンバパークスへ寄ることも考えていたが、すぐ帰ることにした。

 地下鉄御堂筋線で梅田に出て、夕食のおかずを買うため、阪急百貨店地下の食料品売り場へ遠回りだが寄った。

 こんなところへはめったに来る機会がないが、スーパーとは違って独特の雰囲気がある。まるで9月に行ったシンガポールのスーパーに入ったような錯覚を感じた。

 その前に姪が働いている1階の化粧品店にやったが、会えなかった。それにしても1階は、従業員に数が客より多いように感じるくらい沢山働いているのに驚いた。ここには派遣社員に人はいるのだろうか。

 しかし地下食料品売り場は、不況はどこへ行ったのだと思うぐらいにぎやかな客の入りだ。我が家は魚家を探し、特値のブリのアラ【山盛り200円】とはまち1匹750円を買った。

 都会に働いているのに、こんなところへ来ることはめったにない。大体自転車通勤だから、国道を往復しているのと、買い物はコープこうべがほとんど。

 ちょっとカルチャーショックだった。まあ本命はローンの借り換えだが、知っていたはずと街中を妻と歩いてみると別の世界を体験した。

2009年1月19日 (月)

通勤ロードバイカーが増えてきたのか

003  朝目が覚めても布団から出る踏ん切りが辛い。

 夜に雨が降ったらしく、道路も庭も湿った感じがする。

 今日は仕事のことを考えると、午前、午後とも自分が進行役の会議に連続でプレッシャーいっぱいだ。

 走っているときは、そんなことは90%考えていない。10%は考えている。どちらにしてもいかに安全に、またいかにリラッックスして体を動かせるかを考えて走る。

 このごろ毎日会うジャイアントのロードで走る若者に後ろから抜かれてしまった。

 自分としては、いつもいかに負荷をかけずに足を回転できるかを考えているが、追い風、向かい風で負荷はおおいに変わってくる。

 今日の朝の道路温度はなんと10℃。「ええ~~~」と思いつつ、2℃のときと同じ服装と手袋で走っている。

 後半は、負荷をかけずにと思いつつ、信号のタイミングが加速せざるをえないため、必死で走っている。ちょっと自分でも笑ってしまう。

 仕事は無事終了し、やはり今日も5時半を過ぎて職場を出る。淀川大橋にさしかかる手前、海老江交差点から、いやに早い2人が先を走っていた。しかも歩道を走っている。自分と同じくらいのスピードなのだろう。なかなか差が縮まらない。

 まあ縮めるつもりはなく、マイペースで走っていたが、クロスバイクの青年は、抜いてしまった。歌島交差点の赤信号で、前を入っていたロードバイカーが停車していた。

 信号が変わり、発進したが、結構早い。前にみつつ走っていると後ろから今度はさらに早そうなロードバイカーが抜いていくではないか。

 そのうちそのローダーに促されるようにちょっと負荷をかけて走る。もともと前を走るロードバイカーを抜いてしまった。しかし抜かれたくないという気もあり、いちもよりかなり回転をまして走っている。

 ちょっと心拍数を上げて入っている。 

 ときどき子どもじみたことをしてしまう。一番早いロードバイカーには追いつかなかったが、もう一人はずっと後ろをついてきた様子。

 自分としても尼崎南出張所(元西警察)の交差点に来て、「ああ、やっと力がぬける」と安心する。しばらくしてずっとついてきていたロードバイカーがちょっと挨拶したかのように横切っていった。

 ロードバイクに乗る人が増えてきたのかなと実感する。

 たまには競争もいいだろう。ちょっと緊張感とおもしろさを感じた帰りの通勤自転車走行だった。

2009年1月18日 (日)

今日もすきなスーパー銭湯へ

001_3  最近は、早朝に目が覚めることがなくなった。それで今日は、7時50分ごろはじめて目が覚めた。

 満足の睡眠で起き上がり、トイレ、洗面に向かう。

 昨日用意しておいた手作りパンが朝出来上がっている。

 昨日まで2,3日は普通のパンを食べていたが、やっぱり自家製パンがいい。

 ゆくっりしていると10時を過ぎてしまったが、地域で手伝ったいるビラの折りと配布に行くため、テレビを見ながら折る作業で小一時間。サンデージャポンが面白い。

 11時半ごろになって、ようやく武庫之荘駅近辺に配布に。しばらく回っていない間に、閉まってしまった店がちょいちょい目につく。近くにコーヒー豆を売っている「CAFE 豆珈房」が開いているのが目にとまり、配布を終えてから買いに行った。

 9年ほど珈琲の木を育てていたということは聞いていたが、今年その木を枯らしてしまったということで嘆いていた。エキストラブレンドだったか、前に買ったヨーロピアンブレンドよりまろやかということでそれを選んだ。

 それでもう12時になっていたが、そこからダイレクトに尼崎市市役所近くの「やまとの湯」へ行く。

 雲行きがあやしくなってきて、途中から雨が降り出したが、そのまま湯をめざす。

 もう雨宿りか、入浴か分からない。 

 まあ施設に入るとホっとして浴場へ。ひととおり各コーナーに浸かり、20分ほどで上がる。

 まだ雨は降り続いていたが、雨の中を帰るしかない。

 尼崎市役所横の公園で、まえから気になっていたライオン像を撮影する。シンガポールならマーライオンという言い伝えの像があるが、このライオン像は説明の文もない。

 ちょっと気になる。

 また濡れる中を家に帰る。そのまま昼食で残りもののカレーを食べ、買ったばかりのコーヒー豆を挽き、味わう。なかなかいい。

 あとはゆっくりと時間を過ごす。

 テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」では派遣きり問題を当事者の労組代表と大阪扇町で支援活動している男性がゲストで実態を話していた。勝部氏の発言はますます嫌いだが、実態をよ分かっていず、派遣村に集う人を半分批判しているようなことを言っている。 

 湯浅 誠氏の「半貧困」岩波新書を読んでいるが、多くの実態は、2世代にわたって、まずしい生活を強いられる例もある。そして生活保護を申請した場合、福祉事務所の対応は法律違反に場合もあったり、狭き門にしている。

 テレビのそのゲストの発言でも、雇用保険も加入も期間が短いと加入できないようにされていて、解雇になったらとたんに生活がえできないという問題が多くおこっているということだ。 たしかスウェーデンだったか、解雇などで職を失っても、政府の政策で職業訓練をすべて受けられて、おまけにそのときに給料も出るというらしい。大きな違いだ。

 それに大企業の経営者は、国民全体への貢献をしようなどという了見がまったくないのではないかと思う。

 たまたまだが、「そこまで言って委員会」の後の番組で1900年ごろからの大事業家、松方幸次郎を紹介していた。彼はその番組が正確なら、日本人と国のためにという思いで事業の利益から、世界の、とくにヨーロッパの美術品を買い続けた。圧巻は自分の屋敷にはその絵を一枚も持たなかった。家に修理にも無頓着だったという話だ。

 大企業はその儲けを社会貢献に役立てる心意気がほしい。太っ腹であってほしい。やはり戦前より品格のある企業家が育っていないのではないか。

 資本主義か共産主義とかいう次元の話ではない。 

 人としての品格、上杉謙信、直江景続の「義」の思想は、日本にあるすばらしい宝だと思っている。

 弱いものには力をかす。うそはつかない。人の約束を守る。人を裏切らない。金で心を売らない。 

 今その思想がもっと人の中に浸透してほしい。

 「そんなきれいごとで大人の社会は運営できないよ」という人もいるだろう。僕のおじさんたちに子どものころよく言われた。

 ぼくに言わせれば、子どもも大人もない。人間の美しい部分は守っていくべきだ。広がっていくべきだ。

 002_2 まあ話がどんどんとてつもない方向に行きそうなのでこの辺で止めるとして、夕方マイビアンキ車を洗車した。

 また明日も気持ちを入れ替えて、自転車通勤と仕事に出かけよう。

2009年1月17日 (土)

阪神淡路大震災から14年、それはスキーから帰った翌日だった

 今日1月17日は決して忘れない。あれから14年が過ぎたわけだが、当時6歳だった子どもたちが、今年成人するのだがら、時の流れの速さをあらためて感じる。

 さてわが家はどうだったんだろう。あの日はちょうど1泊2日で兵庫の温泉町にもう1件の家族とスキーに行って帰った翌日の早朝のできごとだった。

 当時は今のマンションの前のマンションに住んでいたのだが、夫婦は、書棚とピアノにはさまれた真ん中で寝ていた。あと4人の子どもたちは、長男は1室のベッドで、他の3人は畳の部屋に布団をひいて寝ていた。

 どちらかというと一番危険な状態なのは、自分たちで、そのことは常に頭にあったわけだが、あの日は午前5時45分ごろ床が振動しだし、ふと目が覚めたが、だんだん振動が大きくなるのがわかり、思わず、立ってピアノを支えた。それから子どもたちに叫んだが、どこまでその揺れが続くのかわからない。今まで体験した範疇とはちがうゆれだ。じっとしているしかたがない。しかし地震のゆれは本当に恐ろしい。

 1分ほどの揺れだったのか、さだかではないが、一応収まって子どもたちの部屋に向かう。長男の部屋のドアには反対側の棚が倒れかかっていて明けられない。それを起こした。

 台所では、たしかかなりの食器が散乱している。

 なにがおこったのだろうと、表に出た。何人かが出てきていた。ずっと南の方では煙が上がっている。

 とにかくマンションの前に公園があるので、そこに非難した。ただし1月17日という日は今日と同じようにかなり寒い。

 家から当時庭においていた小型焼却炉を出してきて、まわりの人と一緒に暖を取った。

 ただその日の情報がない。

 ひとしきりみんなで待機していたが、そこらでガス臭さを感じたりした。

 家にもどると、一時停電した電気はなんとか復旧しているようなので、テレビをつけると、淡路島のどこかが震源で大きな地震が発生していたことが発表されていた。神戸付近の上空からの映像があったが、そこらじゅうで煙が上がっているようだった。

 もちろん電車は不通だった。月曜日なので仕事の日で、とにかく公衆電話で職場に連絡をとろうとしたが、かからない。結局夕方まで繋がらず、結局その日は職場にいけなかった。

 それで町中をまわり、同じ少年団の家庭に被害がないか見て回った。駅近くのマンションが一棟、マンションごと1階分崩れている。そこには少年団の家庭が一件あったのだ。

 また各地の交差点で水道管が破裂している。

 その日の生活はどうしたのかよく覚えていないが、水道は停止。ガスは停止。電気だけが正常だった。それで風呂には入れない。キャンプ用ガスコンロで食事はなんとかなった。

 翌日は仕事に行く必要があったので、今と同じように毎日自転車通勤はしていなかったが、臨時で自転車通勤した。

 そんなこんなで今思い出すとかなり大変なことがそのあともずっとあったわけだ。

 ただ自分が自転車通勤をするようになったきっかけもこの時にあったのかもしれない。またその年あるべき行事がことごとく自粛されたため、休みという休みはマウンテンバイクで北摂の山々や、しばらくして被害のひどい六甲も走った。登山で六甲荒地山付近をのぼった時はひどかった。本来あるべき道が岩の崩れで閉ざされていた。 

 考えてみるとあの出来事は何かの基点になっているように思う。そのあといろんなことが変わったし、建物に対して抱いていた根拠のない安心感がくずれた。

 数年後、今考えると心身症ではないかと今思うのだが、仕事をやめることを真剣に考え、実行に移しかけたときがある。

 まあそのあとある意味吹っ切れていまにいたっているわけだが、あの1995年は自分の人生にも大きな影響をあたえている。それはたくさんの人がそうなのだと思う。

 ただあの震災を決して忘れてはいけないと今日は心に誓おう。

2009年1月16日 (金)

コーヒービーン・テピィカを悼む

002  今週自転車通勤4日目。幾分温度はましになっているようだ。

 きょうもまたメセンジャーA田くんに会う。彼も出勤は9時らしいが、ぼくよりは早い時間に走っていたようだ。

 しかし最近は起きるのが辛いといっていた。それで同じ時間に会うことになる。

 僕自身も今日は足が軽く、よく回るが、それでも彼にはついていけない。

ただ歌島橋交差点ではかなり接近して彼に続き、なんなく通過できた。

 淀川大橋ではさすがに追いつけず、マイペースで走る。

 ところで、正月の年賀状の中に以前よく買いに行っていたコーヒー豆の販売店、「テピィカ」のオーナーが亡くなられたという奥さんからのはがきが入っていた。2度ほどブログにもアップさせてもらったが、本職は建築士をされていたと思うが、コーヒー豆の店を出されたのが、神戸新聞に載っていて買いにいったのだ。

 謹んでお悔やみしたい。

 さて通勤のほうは、いいペースで職場に着き、体の調子もいい。

 帰りは、6時を目指していたが、明日に必要な資料をコピー中、機械の故障がおこり、修理が6時まえに終わっても仕事は終わらず、6時半を回ってしまった。

 空腹のまま帰路を走る。まあ今日は腹がすわって帰ってから食事の支度が遅れようが、気にならずに走った。

 003

 コープ立花で食材を買い、メニューはカレーにした。

 家に帰った時間自体、8時前だったが、急いで料理にかかる。圧力釜で煮込んだあと火をとめ、風呂に入る。

 風呂から上がると3男が帰っていて、9時すぎより夕食となる。第3のビール、金麦がうまい。

 

2009年1月15日 (木)

寝不足の自転車通勤 ただ耐えるのみ

002  昨日夜の会議あり、家についたのが午後9時20分ごろになってしまい、それから食事と風呂とブログ等々で結局寝たのは12時半を過ぎていた。

 ただ熟睡に近く、朝は6時過ぎで目がさめる。ひたすら6時半まで睡眠を楽しむ。

 しかし今日はなぜか平井 堅のアラーム音楽が流れない。後でわかったが、職場に携帯電話を忘れていたのだ。

 どうもお腹の調子が悪い。すぐにトイレに駆け込む。

 そんなこんなで、朝の走行はどうも調子が出ない。それに寒い。どこらへんから体がぬくもり、手の指の痛さが無くなるか、感じながら走っていた。

 歌島交差点から、次の淀川大橋、次の海老江交差点でようやく平静にもどった。

 阿波座を過ぎ次の交差点でとまっていると、GIOSのロードバイカーで昨日はじめて言葉を交わした青年から「おはようございます」と挨拶をもらった。

 003 また話を交わすと自転車通勤は3年ぐらい前からということだが、ロードの代えたのがつい最近らしい。思った以上にロードバイク利用者が増えてきた。

 長堀で別れた。

 またひさしぶりにクサルぶらさげ青年を見た。最近姿を見せなかったが元気に走っているようだ。まあどんどん自転車通勤者が増えるのはいい。

 

 今日の帰りは、夕方から会合と食事の会があり、たらふく寿司を食べたので、空腹感はない。

 しかし昨日より寒い。おまけに向かい風の場面が多い。帰りは暗いせいで、どこまで行っても温まらない。

 早く帰るつもりのしていて、夕食をひきうけようと思っていたが、予定が狂ったので、妻に電話。2男にも電話。どちらも遅いらしく、やむなく帰りは8時ごろになるが、遅い時間から夕食を作ろうと考えながら家をめざした。

 家に帰って、すぐ風呂の水を洗濯機に入れようセットし、ご飯を炊く。

 そのうち妻が帰ってきた。

 食事つくりを交替し、その他の作業とそれを終えて、やっと風呂に走る。43℃設定の湯は暑いが、入っていると気持ちがいい。

 風呂に入っているときが一番好きだ。

2009年1月14日 (水)

寒くてもいい。自転車で走れるなら

001 昨日よりさらに寒い。しかし体の順応なのか、指先の痛さも慣れてきた。

 2号線、稲川橋温度表示は1℃を指していた。

 体感予想はみごとに当たっていた。

 どのへんから寒さを感じなくなるか。左門戸橋付近でもう手の痛さは消えていた。

 ところで、メセンジャーA田クンにひさしぶりに会った。彼は帽子もかぶらず、シングルバイクでさっそうと走っていた。

 別のロードバイカーが後ろからついてきているようだが、気にせず走る。土佐堀の先で抜かれたが、ビンディングがうまくはまらなかった瞬間だった。

 長堀手前の交差点で言葉を交わす。彼も通勤自転車らしい。

 日替わりでいろんな通勤自転車マンに会う。

 今日は仕事が夜6時半からの会議があり、終わったのが、8時20分とかなり遅い。暗い道路で向かい風の中を走る。さすがに体がぬくもってきたかと思うと、冷たい風で熱を奪われる。

 まあそれでもまだ序の口。2月に向かうにしたがって、まだまだ寒さはきつくなるだろう。何とかなるさ。 

2009年1月13日 (火)

真冬の通勤はまた楽しい

001  今日は先週からさらに寒い朝だろうと、分厚いタイツの上からサイクリングタイツを履く。上半身は、分厚い下着の上に薄めのサイクリングウェア、その上に昨日買ってきたユニクロのタートルネックのセーター、その上に防寒ウェアと完全装備だ。

 それに頭にはサイクリングキャップをかぶり、その上からヘルメットを被った。

 走り初めは、体温が中を暖めているので、寒さを感じないが、走り続けるほど寒さが身にしみる。

 ただ尼崎を過ぎたあたりか体が温まってくる。途中の道路温度表示は体感では1℃か2℃だろうと予想したが、答えは2℃。大体気温は体感的に把握できるようになった。

 しかし淀川大橋では向かい風。体温を奪われる。

 スキー旅行の後ではあったが、足の筋肉にダメージはないようだ。ただ、土佐堀に向かう直線コースでスピードをあげた後、疲れを感じた。

 あとはいつもどおりマイペースで走り、疲れはない。

 仕事中、階段を4階まで上がることが多いが、太ももの内側に痛みをすこし感じた。この部分は、自転車とスキーで共通した筋肉なのかもしれない。

 

 帰りは、前半向かい風。あれあれという感じで押されて走る。なにわ筋途中、交差点の赤信号で、バスと同時スタートの場面があったが、僕が、バスの運転席を見て、手で先に発車するよう手で合図すると、運転手も手を上げて例を言ってくれて発車した。

 コミュニケーションが生まれてよかった。おそらく僕のロードバイクにいい印象を持ってくれただろうと満足する。

 ずっと思っているが、なにわ筋や御堂筋の外側車線は、時間制でいいが、バスと自転車の専用車線にしてほしい。そうしても車はまだ2車線ある。

 経費をほとんどかけずに道路の新しいシェアができる。

 今は、なにわ筋を走るとき、外側道路で駐車している車が多く、その横を走らざるを得ないが、後ろから車が進行してくるととても気を使うのだ。

 帰りの走行であらためて感じたが、ロードバイクの道路からの振動は、タイヤの太い自転車に比べると、ダイレクトなのだが、その車体の軽さで感じるその振動はなんとも言えない。 

 体の一部になっているような感触だ。

 寒さは、またそれはそれで楽しいと思えばそうなのかもしれない。スキー旅行に行ったあとだけによけいにそう思う。体の気温に対する適応能力というものはある。これはなかなかおもしろい。

2009年1月12日 (月)

旅行を終えて、読書三昧の一日 満足

002  スキー旅行から帰って、昨日からはよく寝られた。

 とくに予定もなく、ひさしぶりに自宅での休息を楽しんだ。

 旅行の間にアマゾンで申し込んでおいた本も届いていて、ざっと流し読みした。

 昼からは、昨日も旅行に持っていって、行き帰りの飛行機の中でひたすら読んだ「第一感 blink(ひらめき) The Power of Thinking Without Thinking」を5時までかかって読み終えた。

 読み終えて分かったのは、第一感というのは、けっして根拠のない感覚ではなくて、経験と体験に裏打された、プロのスキルの中で生み出されるものだということだ。ただ、2秒ぐらいの間にその結論は出る。

 考えて答えを出すというよりも感性である。

 著者マルコム・グラッドウェルは、雑誌「ニューヨーカー」の専属ライターだが、あるきっかけで自分の髪型を生真面目な短髪から、アフロヘアーにしたことで、警官から職務質問を受けた。そのことが人間の第一印象のもつ意味を調べようと思ったということだ。

 何通りかの切り口から分析しているが、人間は、超危険状態を感じたときに、血液が一点に集約され、その第一感も見れなくなるという部分が面白い。それはアメリカで低所得者の多い地域を警備していた警官が罪もない一般市民の青年をあやまって銃殺してしまった事件がその分析の例として語られている。

 ぼくは戦争の現場の兵士を思い浮かべてしまった。自分の視界にあるものが、冷静に見れなくなるのが本当にあるのではないか。イラク戦争でも一般市民が銃の犠牲者になっているのもそのことに関係してと考えられると思った。

 ただ著者は、それも訓練によって克服できる例を示している。

 人間の脳のメカニズムのいったんを調査、分析しているところは敬意を表する。なかなかの力作だ。

003 読み終えたあとすでに5時。日が落ちる時間はじょじょに遅くなっていて、まだ薄暗い感じだ。

 妻はパソコンに余念がないので、ご飯をたき、前々から行こうと思いつつ、行けなかった「ユニクロ」へセーターを買いに行くことにした。

 ユニクロひとり勝ちとよく言われるが、店に入ると確かに安い商品が多い。セーターも900円1着、1980円1着、2190円1着と3着も買った。

乗っていった自転車は、愛車の一つ、GIOSフレームのマウンテンバイク。しばらく乗っていなかったが、また意識的に乗りはじめた。この冬一度シングルロードを走ろうと思う。

 まあ、今日の休みは旅行の翌日だけにありがたい。自分の家が新鮮に感じた。

2009年1月11日 (日)

スキー満喫3日間。北海道の雪はいい!!!

010   雪は真っ盛り。今シーズンはまったく初滑りだが、初日の体調不良も除所の吹っ飛んだ。

 しかし2日目の10日は、猛吹雪が予報されていたので、滑るのは無理かとあきらめていた。

 雪がかぎりなく降っているが、風はたいしたことがなく、滑るには支障はない。ただ去年山頂までゴンドラで上がった時、異常な寒さで震えたというか、耳は痛いし、指先も痛いという過去最大の寒さを体験しただけに恐怖心がトラウマになっていた。

 しかし山頂では、みんなで記念写真を取る余裕。赤いウェアは自分だ。

 それほど全員スキルの大差はないので、固まって最終地点まで滑っていった。

 ひとしきり滑って11時半には昼食を取る。まだホテルマウンテンの食堂は空いている。ポテトカレーとハーフハーフビールを注文する。

 午後はまた滑るが、3時には滑り終わる。

 ところで夕食まで時間がたっぷりあり、温泉にも浸かった。露天風呂に入っている瞬間、すぐそばの雪のかたまりと降り続く雪が、なんとも言えない幸せを感じる。

 そのあとまた昨日に引き続き、携帯電話でのブログ更新を試みたが、ほとんど居眠りしながらの作業で2時間以上打っていた。

 ところが、最後の文章を入力しているとき、間違って「切る」を2回押してしまい、あっという間のデータが消えた。もう後のまつりだ。

 夕食はホテルの外の建物の炭火焼きの店に行ったが、薄着でそこまで行ったので、悪寒がはしり、震えた。

 生ビールと日本酒の飲み放題で、意識朦朧。そのあとよく覚えていないが、11時には床のついた。

 015

 日が変わって3日目、いよいよ帰る日だが、もう1回ゲレンデに出た。ホテルピアノからマウンテンまでシャトルバスで移動する。

 Kくんと2人で新雪の中を雪に埋もれながら滑る。雪のパウダー感に最初はなれない。

 しかし誰もいないゲレンデを気兼ねなく滑れて気持ちがいい。

 2本を余市第2リフトで滑ったが、11時にホテルチェックアウトなので、またピアノにバスで帰る。

 今スキー、ボード人口が減っているというが、やはり雪のスポーツはなんとも言えない。しかし年はとっても、スキーもどんよくにさらにスキルアップをめざしたくなった。

 ホテルピアノに帰って宅配で家にスキー板とウェアを送り返す手配をし、また、キロロ温泉「森林に湯」に入る。再度雪の中の露天風呂がいい。

 帰りは12時20分初の新千歳行きバスに乗る。

 バスの中で、持ってきた「フジコヘミング」のピアノCDを聞きながら、雪景色を眺める。小樽の町と海辺が雪景色の中で見えてくる。ピッタリの音楽だ。

 時間どおりなんとか2時間で空港に到着。夕方5時半初の飛行機なので、待ち時間がたっぷりある。

 空港ではみんな「花畑生キャラメル」を買うことにフィーバーしてしまって、売り場に走る。ぼくはまったく興味がない。小樽時地ビールの試飲で購入に傾き、3本セットとおまけに余市ウイスキー小瓶を買ってしまった。

 行き帰りの飛行機は今回全日空だったが、乗った飛行機の機種は新しく性能がいいようで、上空ではほとんどゆれない。2時間の飛行時間だから、あっという間に到着する。

 ところで今回はじめて経験したが、搭乗に使う券はなんとただ番号とバーコードリーダーがついた紙だ。なんともたよりないが、このバーコードがあきらかに申し込みの証拠になる。搭乗口で読み取り口に当てるとあっという間に座席番号の紙が出てくる。

 ちょっとびっっくりした。

 まあITの導入システムでどんどん変化はおこっている。

 しかしスキーとサイクリングはいつまでもアナログでいてほしい。

2009年1月 9日 (金)

北海道キロロに来ています

011_2 職員旅行で北海道キロロスキー場に来た。パソコンの更新は無理なのだが、携帯で初めて挑戦してみた。正直今回はスキーの意欲がもう一歩という気持ちで来た。
しかしゲレンデに出て滑ってみると、その魅力が甦ってきた。
というのもお腹の調子がまだ不安定で気分が乗らないということか関係している。
スキーのスビード感覚は、自転車のダウンヒルに似ている。体の重心の置き方の調整が面白い。
明日は吹雪くらしい。もう少し体調を回復させて楽しみたい。005

2009年1月 8日 (木)

通勤途上のスポーツは楽しい

002  今年3日目の通勤自転車となる。

 昨日ほど寒さは感じないが、道路温度は昨日と同じ4℃を表示している。

 2号線を走っていると前を知らないロードマンが結構早い速度で走っていくが、後ろからさっと抜いていく人がいる。

 挨拶はなかったが、シマノのFさんだ。ひさしぶりの出会いである。追いつくことは不可能かと思ったが、信号の具合でもう一度会った。

 トレックのロードに乗っているので、最近大阪市内本町にトレックの店ができたことを話題にしたが、やはり知っていた。行ったことはないという。

 そのあと信号が代わってからは追いつくことができない。しかし自分は自分のペースで走る。歌島交差点は間に合いそうにない左門戸橋信号でのタイミングだったが、ふしぎと間に合った。

 おかげで職場タイムカード前には8時49分に到着した。

 昨日体調がかなり好転したはじだが、今日は仕事で根をつめすぎたか、お腹の調子がまた悪くなってきたし、肩のこりも復活してきた。また風邪の兆候だ。完全にはなおっていないらしい。

 今日の帰りは、肥後橋にあるN歯科に半年検診に行くことになっているが、5時半が予約なので、ちょっとやばい。5時のチャイムが鳴るとすぐ更衣室に向かった。それでもウェアに着替えるのに5分以上はかかる。

 まあなんとか四ツ橋を直進し、立正校正会の建物を目印に右折し、その医院にむかう。

 最近疋田 智さんの最新の本を読んでから、たとえ自転車とはいえ車両という自覚がより高くなったため、一方通行路も正しく守るようにしている。がこれはなかなか至難の業だ。

 ちょっと違反して目的のビルに着いた。

 歯の検診はもう2年ぐらい続けているが、行くたびにその必要性を感じる。正しいブラッシングもその都度教えてもらっている。

 さてそこから今度は家に向かうため、再び四ツ橋線に入ったが、逆走の自転車の連続。遭遇するたびに大声で注意する。何を考えているか理解に苦しむ。

 自転車はなんでも許されると思っているのか。

 まあ、しかし走っている最中、通勤の移動を利用してスポーツさせてもらっているなと、ありがたさを感じたりする。今日はとくにそう思った。車との共存で走っているわけだが、運動感覚が研ぎ澄まさせるし、このロードバイクという自転車では高速の乗り物でスピードを感じることができる。しかし自分の足で動かしているという自負がある。

 明日からは職員旅行の第3のグループで北海道キロロのスキーを楽しみに行く。しばらく自転車はお預けだ。

2009年1月 7日 (水)

4℃の中を走る そろそろカイロが必要か

001_2  朝起きるがさすがにつらい。目覚ましの鳴る6時半より前に目は覚めているが、あと何分と布団にこもる。

 体の調子はもう一つだが、朝のトイレで調整ができた。

 家を出たときは、体内の温度で「なんや。ぜんぜん寒くないなあ」と思いながら走っていると、だんだん寒さが体の中にしみこんでくる。

 「結構さ、さむいぞ」と自覚しながら尼崎をひたすら走る。ひさびさにオレンジダウンの青年にあった。

 歌島交差点を過ぎたあたりから除所に体が温まってきて、調子がよくなってきた。途中スペシャライズの赤のマウンテンにのる若者が結構付いてきていたが、彼は信号をよく守る。淀川大橋出口の信号が赤だったが、ここでもちゃんと止まっている。

 好意をもてる行動だ。

 昨日といい今日といい気持ちいいバイカーに会った。

 職場ではだいぶ体調が普通に戻ってきた。

 帰りの通勤は、朝ほど寒くない。トレックの店は、なにわ筋の本町中央大通りのすぐ手前だが、場所は覚えた。昨日も今日のチラチラその店のウインドウを覗きながら走る。

 無理せず走ると、疲れはない。おまけに結構追い風ぎみ。足が勝手に動く。

 やはり仕事モードの生活リズムの方がメリハリがあって体にはいいのかもしれない。

 帰り後半は通勤中毒というか、ハイな気分になってきた。

002 そのままコープ立花に行く。自家製パンのための材料の小麦を買いにきた。

 この店はもう隅から隅まで知っているつもりだ。

 目的のものをレジで清算し、一目散に家にむかう。

 誰も帰っていない。

 夕食の湯豆腐の支度、ご飯の用意といそがしい。

 3男が帰ってきて、支度が終わったあと風呂に走り、パジャマに着替え、酒を燗にして豆腐を食べながら、酒を飲む。至福の時間だ。

2009年1月 6日 (火)

09年自転車通勤事始 スピード女性に遭遇

001  いよいよ出勤日だ!

 しかしこの10日間の休みは、生活リズムが変わるし、モードが休み感覚に浸っている。

 昨日11時に布団に入ったが、夜中に何回も目が覚めた。最初は午前1時45分に目が覚め、、もう朝かと思ってしまった。

 午前6時半には、平井賢の「いつか離れる日がきたら」がかかるので、条件反射になってしまった。

 その曲が紅白歌合戦でも歌っていた。

 2回目は3時30分ごろ、最後は5時半。2時間おきに目が覚めている。やはり仕事があるというプレッシャーが結構かかっている。

 さて、家をスタートし、名神ぞいの道路を走り、七つ松線を走り、2号線に出た。

 前の方に通勤自転車らしい2台の走者がいる。

 玉江橋交差点で近づいたが、頭の上の方で髪をくくっているし、体格的に小柄だ。女性らしい。

 ただ、後ろを付いていったが、33km/hぐらいだしている。ただヘルメットをかぶっていない。そのうちクロスバイクの男性が前に来たが、ただ、玉江橋交差点から次の歩道だけの信号で二人とも停止した。

 めずらしい!!!

 もちろん自分はいつも止まっているが、ちょっとエスケープしても実害はない。ちょっと気持ちがよかった。

 そのあと追い抜くのは悪いので、しばらく後ろをついていった。

 杭瀬の先の橋で歩道側に入ったので、抜いていったが、いままで会った中では一番早い女性だ。

 その先のクロスバイクの男性も結構早い。ただ無理せず走ろうとマイペースで走るが、淀川の登りでちょっとスピードが落ちてきたので、橋に入ってから、そこでも彼は歩道に入ったので、車道側で抜いた。

 僕自身はいつもより3分ほど早いだけだが、出会う自転車通勤の人はまったく代わる。

 グローブが買ったばかりで、素材がまだ硬く、手が痛い。

 まあ、しかし帰りもそうだが、気持ちよかった。通勤手段の中でこれぐらい気持ちと体を活性化できるものはないだろう。

 今年も自転車通勤を続けよう。

09

2009年1月 5日 (月)

09年自転車通勤予備練習

001  仕事は明日からがスタートだが、なにせ12月29日からロードバイクに乗っていない。

 それで、今日は起きる時間も出勤日と同じ6時半に合わせ、8時過ぎを目標に自転車に乗ることにした。

 ロングタイツは年末に買ったもので、グローブもそれだ。朝の寒さはどれぐらいか気になるが、ちょっと分厚めのセーターを中に着込んだ。

 コースはいつもの通勤経路だが、それはちょうど中間の歌島交差点までとし、そこから折り返すことにした。

 帰りは、コースを替え、阪神電車の横を走ったが、旧尼崎城跡(市立図書館)で写真を撮った。そのあと寺町通りを走ったが、なかなか静かで落ち着いた雰囲気だ。

 ところで、昨日ブログを更新していないが、体調悪くダウンしていた。実は休み中どうも体調が万全ではなかったのだが、時間があれば、あるで緊張感のない時間と、その時々の用事という不規則な生活の中で、どうもリズムがくるっているようだ。それに1年間の疲れもあるのだろう。

 昼間は、リビングのコタツの中で横たわっていた。それで夜は大事を取って何もしないことにしたのだ。

 今日はなんとか回復した。

 自転車予備練習から帰って、9日から出発する北海道スキー旅行のためスキー板と靴、ウェアを宅配で送る手続きのため、コンビ二に行った。去年も同じころやっているので、コンビにのご主人も覚えているようだ。

 そのあとホームセンター、スーパー銭湯とたて続きに行った。ちょっと疲れが戻ってきたのが気になる。

 しかし風呂の湯船に浸っているとそのことはすっかり忘れた。それに今日から仕事初めの職場が多いのだろう。十分空いていたので、のんびりできる。

 008

 ところで昨日から以前新聞の本紹介でメモしていた紙を家の年末の片付けで見つけて、アマゾンで注文した本、「第一感ー 最初の2秒のなんとなくが正しい」(マルコム・グラッドウェル著・光文社)を読み始めている。

 調査し、考え抜いた答より、最初の2秒の感覚で判断したことの答えが正しい確立が高い場合があるという内容だ。

 ぼく自身、思い当たることが多い。

 というか自分自身きわめて直感的人間だと思っていて、大げさだが、イラク戦争の結末や、サッカー、野球の試合の途中から判断した最後の結末など考えるのがすきで、よく当たる。

 それはそれなりの人生経験とその分野の知識が前提だと思うが、直感はすきだ。通勤時のアクセデント回避も通じるものがあると考えている。

 だから今年も直感を裏づけられる広い分野の雑学勉強にいそしもう。

 この本を読みあえたらまた内容を紹介しよう。

 まあ、明日はなんとか自転車通勤をスタートできそうだ。今年を無事に続けていければまる8年の実績になる。

 安全運転と健康と直感と自転車整備と考えるべきことは多い。

2009年1月 3日 (土)

兄貴夫婦がやってきた

001  正月も早いもので3日目を迎えた。 

 今日は兄貴夫婦がやってくるというので、朝から掃除と片付けをした。

 昼食会を兼ねてやってくるので、昨日お寿司の予約をしておいた。

 12時ちょうどに兄貴たちはやってきた。聞くとこの1月で定年(60歳)を迎える。それでなんと大学院の申し込みというか、受験の手続きをしているという。

もともと経済学の研究会に所属して、活動していたからその方面の研究は得意分野らしく、退職後のライフワークとしては、計画していたらしい。

 最近通勤の駅の階段で段を踏み外し、じん帯断絶という事故にあったらしく、50日の松葉杖生活をしていたらしいが、今はすっかり直っている。ただ考えかたはポディティブなほうで、その50日も貴重な体験として受け止めていて、障害者の体験が目線を変えて回りをみれたと言っている。

 義理のお姉さんは病院勤務で栄養士だが、その病院の老健施設に配属されて、仕事がゆったりできると喜んでいた。

 人間あくせくする職場はたしかに精神的にもよくないことは間違いない。

 ぼく自身もときによってタイトな業務を強いられるが、できるだけ慌てないようにしている。前にも書いたが、通勤中は決して時計を見ない。

 正月という異空間であればこそ会えるわけだが、定年ということが兄弟で現実のものとなってくると、自分自身も考えないといけない。

003  今日は基本的に家にじっとしていたわけだが、ちょっと夕方外の空気が吸いたくなって、コープに買い物に行くことにした。ただ店が開いているかどうかも確かめずに行った。

 ラッキーと思ったが、コープ立花は営業していた。角砂糖とシャンプー詰め替えを買うのが目的だったが、ついでに日本酒を買ってきた。

 白鹿生吟醸。予想どおりうまい。

 正月にはぴったりだ。先日買った紙パックの日本盛「晩酌」があまりも不味かったので、今日は満足だ。

 話はもどって、兄貴はじん帯断絶、つまり捻挫のひどい状態だが、僕はこのかた捻挫という事故になったことがない。

 やはり自転車通勤はその面でも筋肉と骨の老化を防ぐ役割を果たしているのではないかとひと思う。それに関連して体の平均(バランス)感覚は、それ以上に研ぎ澄まされるではないかと思う。100%とは言えないが、同じ年の人と比べると老化は遅いように思う。

 むしろ通勤で渋滞の自動車の脇を通るときのバランス操縦は、結構緊張もあるが、ほとんど止まる状態までもっていくことはできる。

 どちらにしても自転車に毎日一定の距離で乗っているということは、あらゆる面でメリットを生み出していると自覚している。

 まあ事故と病気は大敵である。

2009年1月 2日 (金)

「あのすばらしい焚き火と豚じるをもう一度」。新年初歩きは楽しい!

Cimg9913  09年は2日目に入った。 

 すでに関係者に案内していた少年団父母会の山歩きの日だ。

 すでに3年間同じ企画をしている。

 コースは神戸電鉄「鈴蘭台」駅からバスに乗り、君影団地のすぐ横にある東イヤガ谷という菊水山のふもとを南へ歩くシングルロードの道だ。

 バス停では、先に待っていたおばあさんに先に並んでしまったので、怒られてしまった。

 待っているのは、そのおばあさん一人だけで、先頭はバスの表示番からと勘違いしたので、まだおばあさんは最初来ていなくて、荷物だけしか置いていなかったので、そうなった。

 おばあさんは3つ先ほどの停留所で降りたので、そのバスは僕たち集団の貸切と化した。おまけに去年乗ったコースとどうも違っている。どこへ連れていかれるのか不安になったが、つまり目的の君影団地「陸橋下」バス停には逆コースで走っていたのだ。

 ほっとしてバスを降りる。朝の武庫之荘駅で見た空模様では、鈴蘭台はてっきり雪が積もっていると思っていたが、結構暖かく、雪は皆無だった。

 イヤガ谷は約1時間半歩く。

 基本的に下り道。後半に急坂に何人も尻餅をついていたというのが、後で聞いた。

 目的地の烏原貯水池手前の川原は誰も先客がいない。すでに山を降りてくる前にみんな薪を思い思いに手に持ってきたので、異様な光景だろう。

 さっそくUさんの手でその薪を燃えやすいように立てかけ、新聞紙とダンボールで一機に炎を上げる。

 Cimg9915 暖をとりながら、僕のもってきたガソリンバーナーをつけ、大きななべで豚汁を温める。すでにUさんが家である程度調理してきてくれているので、沸騰するのを待つだけだ。

 沸騰して豚肉を入れ、まもなく食べれる状態になる。

 火のまわりに座り、豚汁をほおばる。今回参加人数は9人だったので、みんなゆうに2杯は食べれる。

 腹いっぱいになり、もってきたポットでインスタントコーヒーをたて、一息つく。

 5年ほど前にも同じ時期に来たことがあるが、なんと神戸のライブハウスで演奏しているカントリーバンドのおじさん3人が練習に来ていた。いわば思い出の地でもある。

 焚き火はすっかり横の川の水で消火し、きれいにし、片付けが済むと貯水池周辺の道を歩いて、ダム下の町を通って、路地を迷路のようにあるき、Cimg9916 途中名前を思い出せないが、毎年立ち寄る小さな神社に参る。かつてはその境内から福原京の都と港が見渡せたのであろうことが予想できる。平安のころに思いをはせて、平野の「湊川温泉」に足を伸ばす。

 こちらは有馬のような人気地でなく、混雑するほどの入浴客の数ではない。それだけのんびりできるし、かけ流しの湯が自慢だ。歴史も古い。

Cimg9917  湯からあがると、350円の生中ジョッキーを飲む。至極の一時だ。

 世間話に花がさき、たわいのない、緊張感のないこの時間がとても尊いものに感じる。

 Uおとうさんはしゃべている横で仰向けに熟睡していた。

 青年3人は、200円のソフトクリームにした舌つつみを打っている。

Cimg9918 この温泉はこのまま有名観光地などで注目されないことを願う。

 風呂を出て、平野の商店街を少し歩くと神戸市バスの平野駅がある。三宮までこれで行く。

 バスもちょうど座れる混み具合だ。

 暖かいバスの中はしばし睡魔が襲う。

 途中通るトアロードは渋滞。三宮近くはいままでののんびりムードをかき消してしまう喧騒だ。

 ぼくたちは、阪急「三宮」から各駅停車で「武庫之荘」まで行く。一度も乗りかえなしで目的地に着く。

 やはり山歩きはいい。何か体を活性化する要因があるように体が感じる。

 僕の企画の山歩きは限りなくガイドブックに乗っていないところを歩くことを目指している。そしてあえて山頂登頂を第一にはしていない。

 今日もシングルロードでは自慢じゃないが一人も他人に会わなかった。

 歩くこととロードバイクで走ること。これはまったく違うスポーツだが、一定の体への付加と終えた後の入浴の気持ちよさは同じだろう。

 今年も健康サイクリングとウォーキングを続けていこう。新しいコースを開発しよう。

 

 

2009年1月 1日 (木)

2009年新年がやってきた

001  大晦日は、紅白歌合戦をなんとなく見ながら、年か明けるのを待つ。

 今年はとくにその歌手の中で感動はなかった。

 11時45分にその番組が終わり、慌てて防寒具を着て、外へ出る。

 新年早々の初詣と、Uさ宅への訪問が行事になっている。

 初詣は、JRの線路に近いところに須佐農神社がある。まだその地域が村だったときの雰囲気が残っていて、境内は小さい。

 それでも長い行列ができかけていた。

 002 特に願い事もないが、だいたい「いい年になりますように」と拝んだところで、現実は去年も厳しかったし、まあ一応手を合わせた。

 今年は、社務所で「あま酒」を振舞っていた。

 5人でいったが、「甘すぎる」だの「ちょっと甘酒っぼくない」とかうるさい。

 そのあとそのすぐ向かいに家があるUさん宅にお邪魔する。

 ビールと酒とワインで乾杯し、今年からはじまる裁判員制度について花が咲く。というのは、わがマンション16世帯でなんと3件が裁判員候補に上がったということが発覚したのだ。たしか30万人に一人の確立と聞いていたので、あまりにも高い確立で選らばれていることに驚く。

 午前3時を過ぎたあたりでようやく腰を上げ、その家を後にする。

 しかし地域の家族のつきあいは、本当に大事にしていかないといけない大切なものだと思う。たわいのないことを語り合えること自体がしあわせなのだと、今日神戸新聞の「今年私が願うこと」で投稿で木村葉作さん(56歳)が同じようなことを書いてあるのを見て思った。

 家に帰ってたおれこむように布団に入り、朝おきたのは、なんと朝10時半だった。それでも眠たい。ちょっと夜更かししすぎた。

 004

 和歌山の長男が彼女を連れて、昼に来るというので、昼食は、それを待っていたが、なかなか来ないので、午後2時ごろだったが、妻と二人で、おせちを食べた。

 そのあと1時50分からサッカー天皇杯があるので、テレビ観戦する。

 トヨタ杯でのマンチャスターユナイテッドに向かっていったガンバ大阪の感動的な試合を見たあとなので、その西野監督を注目しているが、今日も柏レイソルにガンバ大阪が対決する。

 結果はガンバの試合好手で1対0で勝利した。

 西野監督が目をうるましていたのが印象的だった。

 それで今年の目標というか、キーワードを考えたが、「下向きに、前向き」ということが浮かんだ。

 肩書き、成果への評価などを重視せず、あくまでのたわいない、評価もないがうれしいこと楽しいことを自分で意識し、満足し、そして何事も暗く考えず、前を向いていい面を考えていこということだ。

 今年はまた暗い事件や、経済の悪化に一喜一憂することが目に見ているが、自分のまわりを一歩一歩見つけていけば、そんなことに動揺することもない。

 自分の足元をしっかり見つめていきたい。まだまだ修行だ。

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