長野、五竜スキー場に来る
2泊3日の予定で昨年も来た樹里家というペンシュンにやってきた。朝は5時30分に起き、7時尼崎を出発。
現地はまだ雪がたっぷりだが、春に近づいたせいで、ガスがゲレンデを覆っている。
今日は何とか電子手帳で更新できました。
夜はヘレ酒で乾杯だ
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2泊3日の予定で昨年も来た樹里家というペンシュンにやってきた。朝は5時30分に起き、7時尼崎を出発。
現地はまだ雪がたっぷりだが、春に近づいたせいで、ガスがゲレンデを覆っている。
今日は何とか電子手帳で更新できました。
夜はヘレ酒で乾杯だ
昨日は、娘を迎えに関空に行ったので電車での通勤となったが、一夜明けて天気もよく、自転車通勤日和だ。
少し暖かいような予感がしたので、レーサーキャップは被らず走った。しかし、まだ十分温度が上がったわけではない。
2号線を走っていると、車も渋滞がなく、自転車通勤者もいない。
このままスムーズに行くと思ったが、歌島橋交差点までの1kmは渋滞。おまけにやけに下手な左折車が前進をはばむ。それでその交差点では一旦停止だ。このへんから2人自転車通勤者がいた。彼らを抜き去って、淀川大橋をりきまず走っていると2人のバイカーに抜かれる。
あえておいかけない。そして大橋を降りて、海老江交差店で合流したが、そこで合計スポーツ自転車通勤者だらけに見えた。道路側をよく見ると、テレックに乗るロードマンが一人。よく見るとシマノのFさんだ。ひさしびりの出会いだとお互い言葉を交わす。
彼は花粉アレルギーらしくマスクをしている。
あとついて走ったが、結構無理している。40kmを超えるペースになる。なんとか西堀江までついていったが、限界。かなりつかれた。
その交差点でぼくは左折するので、またこの時間に!と言って分かれた。
仕事ではいろいろ考えさせられことがあって、意気消沈ぎみで帰りの走りとなったが、今日ははじめてM銀行への住宅ローン返済金を入金しょうと、その銀行を探したが、よく考えるとスタートから一筋西の四ツ橋線を走らないとその銀行には出会わないことをうっかりしていて、忘れていた。
それでそのまま通勤路にM銀行ATMはないかと探しながら走るため、スピードは落とし気味に走った。
尼崎に入って目当ての場所を覚えていたのだが、そこも見落として行き過ぎてしまった。
結局家に帰るまでそのままだった。
明日からは信州のスキー場に旅行に出かける。朝は早いのでこの辺で。
今日は25日給料日だが、娘がシンガポールから帰ってくる日でもある。
仕事は全職員の会議で準備は気を使うし、いそがしい。
しかしそれが午後5時に終了し、臨時の調整会議があり、娘を迎えに行くためのJRなんば駅2階関空行きシャトルバス、午後6時40分発に乗車するため、かなりタイトな会議の設定だ。
話あいも熱が入り、それはそれでいいのだが、時間がどんどん迫ってくる。6時15分に時計の針が指している。なんとかまとめて会議を終了した。
あわてて、ロッカールームで上着を着て、タイムカードを押し、OCAT(JRなんば駅)2階に向かう。なんとか間に合った。
しかしバスターミナルからは全国に旅立つ便が出ている。ちょっと時間があったので、豚まんとお茶を頼む。売店のお姉さんは、「ピザまんはどうですか」と冗談のように言う。若者にはピザまん、中高年は豚まんを買うらしい。しかしおもしろいおねえさんだ。
6時40分までしばらく時間の余裕ができ、ベンチにすわり肉まんを食べたが、安心したためか、急に疲れがよみがえってきた。
まもなく発車し、7時20分ごろ関空に到着。1階の乗客出口で待っていた。
30分はまっただろうか。「いた。いた」
半年ぶりの再会だ。大きなハードトランクを持つとかなり重い。いっぱい土産が入っているらしい。
とにかく無事帰ってきた。親ばかだが、帰国の12日は大切にしたい。
一日降ったら、梅雨でもないかぎり翌朝は晴れでしょうという感じだが、甘かった。
今日の朝も雨っぽい。
さてどうするか。向かいの棟のゴミ置き場にビンカンを捨てにいくとき、すでに雨がパラパラと降っていた。
まずレインウェアは着るしかない。中に着るセーターをデイパックにしまって、上着にモンベルレインウェアを着る。下半身もレーサータイツの上からレインウェアを着る。
自転車はどうするか。なぜかビアンキにした。というのは、降っても大雨にはならないことが予想できたので、路面は大丈夫だろうと考えた。
走り始めて、デイパックの防水カバーで覆うのを忘れているのに気がつく。名神高速下を走って、七松線に右折したあと、停止してカバーをつけた。これで雨対策は完全装備だ。
2号線に入ると、雨のせいだろう。自家用車が多いように思う。主要な交差点まえは渋滞が目立つ。歌島交差点は予想どおり、一発クリアはまるで無理だった。信号が青になって200mほど先の信号をクリアするため、加速する。ここだけは自信がある。
雨の日の自転車走行はおそらくほとんど通勤だと思われるが、きっちりレインウェア装備で走ってほしい。ただヘルメットと同じだが、上質のものは値段が高いことは弊害になっている。もっと安くて軽いものを開発してほしい。傘をさしても片手運転は、見ていても怖い。
仕事は、一日ほとんど文書作成でパソコンに向かっていた。これは明日の会議の準備で止むをえない。しかし前から治りきっていない肩と腕の痛みが再発する。やはりこれはどうも腱鞘炎的症状だろう。
しかし自転車運転中はお尻への重力と同じくらい腕に体重の3分の1は支えていて、筋肉を使っていると思うのだが、肩の痛みが今回は出た。
帰りの走りは、「やはりビアンキ」と自己満足するほど楽しい。何が楽しいのか、雨で暗い風景に黄色の車体はかがやくように見える。走りは追い風気味で、リアギアを1段重くしてペダルを漕ぐ。横から進入してきそうな車の前をとおりすぎるときは、左手で「待て」のデデスチャー。結構そういう場面は、一日2,3回はかならずある。
明日は夜関空に娘の到着を待つので、電車通勤となるが、ちょっと夕方からの会議が入り、ちょっと心配だ。
2月もいよいよ23日で、あと1週間で3月になる。と思うと寒さももう少しの辛抱だと、気持ちもうきうきしてくる。
今週は、娘が25日に休暇を取って、シンガポールから10日あまりのことだが、帰ってくる。
さて今日は、朝から天気が定まらない。空はどうも薄暗い。レインウェア着用と、自転車もランドナーで行くべきか、また悩む。
この決断もいわば「第一感」といえるが、今日は一応、ロードバイク(ビアンキ)に乗り、レインウェアをデイパックに携帯して出かけることにした。ただ、月曜日は、ズボンの替えも入れていく。それに今日は、セーターの替えと、マンションの通帳かばんも入れて、デイパックはパンパンになった。
しかし金曜日にランドナーに乗ったあとの感覚を焼付けながらの今日のビアンキの感触は、一段と上質に感じる。
2号線を走っているとき、メッサンジャーA田クンに再会。今日はシングルバイクで来ていた。今日はのんびり走るそうで、ずっと後ろをついてきてくれたので、何回も会話ができた。
海老江交差点の左折車の渋滞をクリアするとき、彼の姿が見えなかった。
そのまま直進し、野田阪神では、交差点に入る30m手前ぐらいで前の直進青信号が点灯した。それで土佐堀では、手前に引っかかるだろうと思っていたが、そのとおりになった。
赤信号で停止していると後ろから来る自転車はすべてその赤を直進していく。毎日のことだが、憤りを感じる。最近は明白な赤信号後の車の違反者がやたら多い。
警察はもっともっと信号遵守を訴えるべきだし、摘発するべきだ。
帰りもロードを満喫するような気持ちで走る。
今日はマンションの会計の仕事で、帰りコープ近くの尼崎信金で振込みと、1件の入金の処理をしないといけないので、ちょっとプレッシャーになっていたが、済むと開放的になる。
そのあとコープへ行き、買いものをした。コープでは、買い物袋持参を提唱していて、コープの袋を請求すると5円の有料となる。
しかしぼくのように通勤の帰りの場合、つい袋を朝入れていくのを忘れるときがある。だからそれでたかが5円だが「袋お願いします」というのが罪意識を感じてしまい、ちょっと敷居が高い。
そこでうれしかったのは、サザエが2匹300円で売っていて、思わず2皿買った。はっきりいってサザエは好物だ。それで家にかえると3男が食事の支度をしてくれていたので、別でベランダの七輪を出してきて、炭をおこし、サザエを焼いた。
夕食では一番さきにそれを食べる。
「うまい!!」
しっぽの先まで取れて、一口で口の含むとなんともいえない海の味がただよう。ビールがうまい。
これだけで今日は満足だ。
今読書中の「急に売れはじめるにはワケがある」(マ ルコム・グラッドウェル)をあと50ページ残し、家で読むより、別のところの方が集中しそうで、先週に引き続いて、神戸「湊山温泉」まで出かけ、その途上で読むことにした。
今日は午前10時過ぎに家を出た。11時まえに地下鉄大倉山か地上に出た。
今日はもう行きかたは十分分かっているので、再び大倉山に登った。しかしここの山頂には、標高の表示がない。人工衛星からの受信塔があった。
ここから約15分で温泉に着くが、近辺の町名が
気になって、番地を調べた。
平野交差点の南側はやはり、下祇園町、下三条町の表示があった。
まさにここは一時代、都があった場所なのだ。
それにしても2週続けて、神戸まで温泉に入りに来るとは、物好きとしかいいようがない。
午前11時15分、湊山温泉に着いた。途中すでに入浴を終えて帰る人を数人見た。
今日は体を洗わずひたすら、普通の湯、暑い湯、ぬるい湯と交互に入り、体は洗わず、着替えた。
体から汗がしたたり落ちてきた。
帰りは、また地下鉄でもどろうかと思ったが、平野の交差点にさしかかる前、後ろを振り返ると、すでに三宮行きバスが信号待ちしていた。あわてて、平野交差点まで走り、その先のバス停ヘ行く。
しかし走らなくてても、このバス停でしばらく時間調整するらしく、3分
ほど止まっていた。
しかしタイミングがよかった。
三宮には12時ごろ到着。12時10分の特急で帰ることにした。
武庫之荘には12時25分に到着した。神戸まで行って温泉に入り、午前中に家に帰ることができるから、なかなかいい時間の使いかただ。
家に帰って昼食とし、その後しばらく、パナソニックチャンネルでナサの火星探査の記録の番組をやっていて、思わず最後まで見てしまった。1億km以上の遠い星で、遠隔操作で、探査機を操作すること自体おどろきだが、向こうに到着するまでにも何回もトラブルがあり。息を呑む場面が何回かあった。
その番組が終わったあと、いよいよ「急に売れ始める・・・」の読書のフィニッショにかかる。とうとう4時ごろ最後のぺージを読み終えた。
しかし急に物事が流行したり、感染したりするのは、以外な原因からそれがおこることについて大変勉強になった。しかしそれは突然のことではなく、確かな根拠がある、それをしっかり把握できるかどうかが重要なのだ。
自分自身も頭のアンテナをさらに感度よくできるようにさらに鍛錬が必要だなと感じた。
夕方になり、今気になっているミヤタランドナーのブレーキ部とリアの変則機を点検した。ブレーキは調整で精度をあげれそうだ。変則機は、ワイヤーを交換した。変則がスムーズに行かなかった問題はこれで解決できそうだ。
ところでサイクルスポーツ誌2月号を再読してみると、中に昔のクロモリのロードバイクがしかもヘッドがアヘッドタイプでない古いタイプが見直されてきているらしい。そう考えると新しいタイプをあえて追い求めることもないということで視野が広がったような気がしてきた。
今日は午後から定例理事会がある。しかし朝はゆっくりできるので助かる。
ちょうど2,3日前からマンション玄関の蛍光灯が点滅状態になっていたので、時計が10時になると同時に近くの電気店「コジマ」に行った。30型蛍光灯ということを頭に焼き付けて、商品を確認する。
費用が先に立替たが、そのまま尼崎信金のATMに直行した。しかし硬貨の入出金が土曜日はできないらしい。出直すことにした。
家に帰って妻の自転車のチェーンカバーがずれているいろことに気づいた。
それで、さっそくプラスドライバーで調整した。
そんなこんなで時間が過ぎ、12時前に家を出る。今週は5日連続自転車通勤したが、昨日の突風のダメージを回復するため、電車通勤で行くことにした。ただ昼からの会議終了時間が早ければ、またスーパー銭湯「やまとの湯」に行きたいと考え、JR立花駅まで自転車で行き、駐輪場にあずけて、帰りにその自転車でそこへ直行することにした。
結果的には、会議は4時半に終了したので、その計画を実行することにした。
会議を終えた後は開放感で、その後入る風呂は夕方の淡い光が照らす中の入浴は、これはまた情緒がある。
しかし今日は結構気温が低いようだ。風呂の帰りは防寒に気をつけて、帽子を被り、ダウンのチャックをしめて帰った。
もともとログハウスに預けていたミニサイクルだが、一時はさびまくり、やむなく持って帰ってきて、ナンバサイクルの息子さんが善意でオーバーホールしてくれた。
おかげで近くに移動するときは役立っている。いわば歩きと本格的自転車の間を埋めるような感じだ。
家に帰って、食事をし、ゆっくりする間もなく、流れ星少年団の父母会に出かけた。今日はいつもの会館が使えないので、阪急武庫之荘駅北すぐの「珈琲館」に集まった。この店は、心配するまでもなく、2階は30席ぐらいあるが、誰も客がいない。
会議は指導員ふくめ、20人ほど集まったが遠慮せずにできた。ただ注文したウインナコーヒーは異常に高い。いや、と思ってしまった。というのは480円もしたからだ。
雑談も含め、ゆったりと決めるべきことが決まったが、それにしても母親ばかりなので、気が引ける。まあしかし、ハイキング企画担当なので、参加しないわけにいかないときが多い。まあしかしお母さんたちは自分より10年ぐらい若い層が多いが、地域の情報の交換は場所でもある。
会議が終わって、武庫之荘駅前のピーコックというスーパーに牛乳とワインを買いにいった。午後10時まで営業しているのだが、ぼくが入ったのは9時15分ごろ。しかしレジにはかなり並ばないといけない状況だった。自分としては助かるが、ちょっと遅くまでやりすぎではと思ってしまう。
まあしかしこれで今日の行事はすべて終了した。
通勤はどうするべきか、ちょっと考えたが、明日はひょっとすると電車で行く予定なので、今日は今週5日目の自転車通勤を実行することにした。
ただ、どの自転車で行くべきか、レインウェアを上下着ていくべきか、歯を磨きながら考えた。
結局ランドナーで上下レインウェアで行くことに決定。結構予測が的中する。雨は止まない。走行はロードバイクに比べ、加速ができず、いつものタイミングで通過する信号をクリアしようと必死のペダリングとなった。
しかしタイヤカバーがあるので、水溜まりも気にしなくていい。
職場のタイムカード前には8時50分についた。
仕事は9時からおもいっきりタイトなスケジュールだ。昨日の会議の報告の作成、10時から会議。12時の昼食もそこそこに午後からの会議に準備。4時に会議を終えて、その報告作成。休み暇がほとんどない。
机の上の資料が山のようになってしまった。
しかし当初、明らかに今日は残業と覚悟していたが、気持ちの集中でクリアした。
帰りは気持ちが楽になってペダルを走らせたが、天候はぼくに見方してくれない。
結構あばれる風がひんぱんに吹き、直進するのがやっとの場面も数回あった。
それにこの寒さはいまだ、腕に痛みを復活させる。まあ最悪の走行だ。
ところでふと思い出したが、今日20日はノーマイカーデーのはずだ。
一向に車が減っている気配はない。逆に尼崎繁華街がとくにそうだが、2号線ぞいは駐車している車が異常に多い。交差点のそばなどもまったく関係ない。
淀川大橋に侵入する信号では、黄色から赤に変わり、ぼくは停止したが、猛スピードで走っている軽自動車が一台、赤に変わって3秒以上たった状態で止まらず直進していった。横暴だ。もし横からちょっと早い目に自転車が進入でもしたら、殺人だ。
こういうケースが増えているように思う。警察にいいたい。もっと徹底的に信号無視を監視するべきだ。
信号を無視して走る自転車など、よっぽど大きなそして車が頻繁に走るところを別にして8割ほどいるのではないか。むしろ信号無視が多数派だ。
ある朝の交差点では、ぼくが青で進入している最中に、妨害するかのように右から自転車が入ってくることがある。おもいっきり注意するが、無視する人や、目を丸くしてびっくりする人などいる。
なぜこれほど交通マナーが損台になってしまったのだろう。これは取るに足らないことなのか。いやぼくから言わせると危険という意識が麻痺しているとしか、申し上げられない。
これが今の子どもに継承されていくとすると恐ろしい。
やっと家に帰って、カレー作りに専念した。
まあしかしランドナーで突風の中に帰りのため、食事つくりスタートが遅れ、料理完成が8時を回ってしまった。
朝から曇っていて、気分もさえない。空が晴れていたらなあとうらめしくなる。
歌島橋交差点を引っかからずに通過しようと、がんばったが、途中の信号で大型車が左折。時間をとられる。
それで歌島橋では、時間が間に合わず、赤信号に変わってしまった。しかしこういうときは慌てない。
その前に通った稲川橋での道路温度表示は5℃。だんだん上がっているのだが、気温がましになったという感覚はない。
いつものことながら、淀川大橋を渡るあたりからなぜか体が変身する。それまで体調が悪いか、足が重たかったとしても、ここで急に調子がよくなる。
ところで橋を出る前に信号で赤になってとまったが、よく出会うマウンテンのちょっと早い青年がちゃんと止まった。これは以外発見だ。
ぼくの信号を守る態度を見てくれていて、影響しているのではと、勝手に考えてしまった。
オレンジダウンのややメタボの若者も久しぶりにあった。
まあお互いに自転車通勤なわけだから、自分はさておいて敬意を表したい気持ちだ。みんなよくがんばっている。そんなとき、海老江交差点で、グレッグ・レモン車にまたがるA君にあった。ちょっとおいかけて声を掛ける。「おはよう」。
それからは追い抜かずに彼のあとを走る。
彼も土佐堀手前の小さな交差点で停止した。信号をちゃんと守っている。彼も好感がもてる。ちょっと写真をとらせてもらおうとしたが、タイムアウトで取れなかった。しかし顔が映っていいと了解を得たので、次回会ったときの取らせてもらおう。
さて、この前BEPALでの自転車遠出特集のことを書いたが、ちょっと気になることがある。それはウェアはさまざまでいいとして、読者に発進すべき雑誌が、そのモデルたちに誰もヘルメットを被ることを指示していないことだ。
これは致命傷だ。スポーツ自転車の鉄則として安全運転はかかせない。それに道路を走ることが基本だ。しかし誰もヘルメットを被っていない。これは基本中の基本を抜かしている。
最近この雑誌にはちょっと興味を感じなくなってきた。それはなぜか広告の中に毎号、創価学会の池田大作の著書を掲載していること、自動車会社の宣伝みえみえの記事が目立つことだ。
アウトドア思想の真髄がどうも抜けてきているようで、熱さを感じない。そろそろ購読をやめる時期か。
それから今解せないことは、あの期待のアメリカ大統領オバマがアフガニスタン増派を命令したことだ。テロと武力で闘うことの無力さを学び取っていないのだろうか。だいたいアルカイダの首領といわれるビン・ダディンはアメリカのスパイという意見もある。
もしそれが本当なら、アメリカ自身がビン・ラディンに芝居をやめさえればいいことだ。だからアバマの考えが分からない。それも17000人の兵士は、みんな結構アメリカの貧しい国民層が多いのではないか。
今すぐアフガニスタン増派をやめるべきだ。
そんなことを考えながら帰りのペダルを踏んでいた。
出発し始めは、手袋をはめているのに、指先が痛い。
「むむ、今日は昨日より寒いか?」と思いつつ、2号線を走っていて、道路温度表示のある稲川橋手前の表示板では3℃となっている。「なんだ」という感じだ。
ところでいつもレーサー上着の後ろポケットに入れているデジカメを入れたつもりで途中、神崎川で写真をとろうと触ってみるとポケットに入っていない。
よもやスタートしてから落としたかと不安になる。まあ気持ちを切り替えて、2万円ぐらいでなんとか新たしいものが買えるだろうと、自分に言い聞かす。
結局何も撮らずというか撮れず職場に着く。
仕事は明日、あさっての会議の資料準備で一日暮れる。
5時を過ぎ、さてそろそろ帰ろうかと思ったとき、来客の連絡。
それは、映画製作の協力依頼だった。今派遣切りが社会問題となり、「蟹工船」の本と映画がヒットする時代になってきたが、もっと来られた映画はドキュメンタリーで「明日へ紡ぎつづけて」。
1950年代、中学を卒業した子どもたちは、あの「三丁目の夕日」の映画でスズキモーターに就職した彼女がそうであるように、当時金の卵ともてはやらせられて、零細企業に沢山送られた。
名古屋では紡績企業に沢山の女学生が働かされた。その中でしたたかというか、よりましな食事を労働条件を求めて闘った事実を知らせようという内容だ。
監督は山本洋子さん。あの「蟹工船」や「戦争と人間」の映画を監督した山本薩夫氏の娘さんだという。
ぼくのできることはこのブログで紹介することではないかと、今日の更新で紹介した。
連絡先は〒460-0021 名古屋市中区平和一丁目8番1号 長岡ビル311号
TEL 052-324-7062 FAX052-324-7063
「明日へ紡ぎつづけて」映画上映製作委員会
製作協力券(完成後は鑑賞券に) 1枚 1,000円 5セット(一口5,000円)
振込口座番号 ゆうちょ銀行 00810-9-187803 「明日へ紡ぐつづけて」映画製作委員会
さて帰りの走りであるが、誰かの自転車のライトが後ろから見えている。そのうちなんと僕を抜き去っていくが、「ブログ見てますよ」という言葉。思わず「ありがとう」と答えたが、ちょっとうれしい。
次の信号でまた出会って会話すると通勤しはじめて半年という。マウンテンバイクのフルサスタイプだが、かなり早い。聞いてみると友達からの借り物らしい。それでロードバイクを今注文中で、そのメーカーはなんとビアンキというではないか。
うれしくなって握手をもとめた。
それにまた会話を交わすと僕の肩の痛みのことを知っている。結構読んでくれているらしい。それは僕のとっても驚きだ。ある程度影響をあたえている部分があるとすればうれしい。
まあしかし自分自身たいした人間ではないと言っておきたい。ちょっと長い間通勤を続けていて、それなりの経験をして、ブログに日常のことを書いているだけだ。誤字を多い。ここで誤っておきたい。
今日会った彼のビアンキが早く納車されるのを祈る。
ぼくももっともっとロードバイクの街走りの魅力の普及と交通ルールの遵守を自らの意思でおこなう人が増えることを願って、ますます走り続けて、情報を発してしていきたいと思う。
それにしても今日の朝は、温度が下がった。しかしレーサーキャップを被っただけで上半身の寒さは感じない。
心配だったのは、やはり肩と腕の痛みが出ないかということだ。ちょっと痛みを感じはじめたが、先々週のあのがまんできず、ハンドルから何回も手を離さざるを得ないようなものではない。
最近ちょこちょこ出会う白ひげのマウンテンバイカーがかなり早いスピードで前を走っている。
しかし小さな信号で赤信号に関係なく前へ出るので、見失った。
寒くても空が晴れているだけでそれほど寒さは感じない。
とにかく今日もなんとか痛みを感じず行きの通勤は終了した。
仕事に入り、昼休みは食事と珈琲タイムで出かけるが、やはり寒さは残っている。
その分、暖房を強く入れているので、夕がはちょっと気分が悪くなってきた。
夕方5時半を過ぎ、帰りの通勤となったが、体がまだぬくもっているせいでそれほど寒さは感じない。しかし距離を伸ばすにしたがって、足のつま先に痛さを感じてきた。しかしその分足はよく回転している。
それにしても違法駐車の車が2号線に何台もとまっているごとに邪魔で仕方がない。思わず一台一台に「じゃや」と声に出そうになる。
まあそれでも無事今日も無事通勤完走できた。もう何とか自転車通勤できそうだ。なぜか愛車ビアンキがいとおしく感じてしまう。
昨日の夜の状況では、「さて、朝自転車でいけるだろうか」と不安のうちに床に入った。というのは、いまだに肩の痛みが不安を抱かせたからだ。
一夜明けて、肩よりお腹の調子がよくない。
しかし、行くしかないかと、深く考えず自転車スタイルの用意をした。
念のため、不本意ではあるが、シップ剤を右肩と右の背中に張った。
さっそく走りだしてみたが、思ったより痛みはない。2号線に合流して、よく出会うクロスバイクの普段着の青年に遭遇したが、追い抜いて走った。
福島区、海老江交差点で今日は赤信号になった。右の横断歩道から、レモン車のAくんがやってきた。今日はレモン車じゃなく、LooKのロゴの2台目のロードバイクに乗っている。
後ろについて走る。
土佐堀交差点で別れ、「よし今日は大丈夫だ」とうれしくなってくる。
とにかく自転車通勤復帰ができそうだ。
今日は寒くなると予報があったが、走り続けると結構暑い。とにかく行きのゴールの職場についた。
しかし帰りの通勤では、寒さが半端でない。それに風が全方向で吹き荒れる。淀川大橋を渡るときの向かい風は辛かった。
あきらかに信号無視のバイク、逆走の自転車を発見して、大声で怒る。それはそれとして日常の自転車通勤生活にもどったという手ごたえをそれで感じてしまう。
ところで、今読んでいる「急に売れ始めるにはワケがある」を読んでいて注目した箇所がある。それはニューヨークの地下鉄が1980年代、治安の悪さで有名だったが、80年代半ばにケリングという人が「割れた窓理論」を実地に移す行動に出て、何をしたかというと犯罪者を逮捕することからはじめるのではなく、その当時頻繁に発生した無賃乗車と車両への落書きに徹底的に立ち向かう行動に出た。
つまり無賃乗車を許さない監視と違反者の摘発、車両の落書きを徹底的に除去した。
そのことが、車両の不潔さの排除につながり、無賃乗車の摘発で、別の犯罪の摘発をどんどんできた。
そしてついに地下鉄の治安を飛躍的に改善したという話だ。
地域の治安の改善は、その「背景の力」を生み出すことによって成功するという実績だ。
落書きの除去は直接犯罪者を減らすことにならないように思うが、そうではなかったということだ。
ぼくはこの話を読んで、確信した。今の日本の交通マナーの悪さは、ほっておくとどんどん悪化していく。みんなが社会をよくしようという意識は、交通マナーを守ろうとする意識を高めることも一つになるのではないかということだ。
他人のことなどどうでもいいという考えは、道路上でも現われる。交通ルールの違反が多いこともそれだ。
ぼくが信号まもろうを叫び、違反者に注意する。マナーの悪い車、自転車に注意する。倒れている人、こまっている人には手を差し伸べる。本来は道路上では警官にがんばってもらわないといけないのだが、道路を利用する市民の側でも自覚ある人が実践していく。その行動はきっと地域を、社会を帰ることにつながる。
社会を変えることは、政治を変えることだと言われるのはまちがいないが、まず身近なところから改善することの意味はより大きな意味があるのではないかと思う。
いくら政治的に共感できることを主張していても、交通ルールを守る意識が乏しい人を見れば、。ぼくはその人を信用しない。
ひさしぶりに本の中身に感動した。
今日は特にするべき課題はなかった。それでとにかく今読むためにストックしている本が気になんるので、昨日紹介したマルコム・グラッドウェルの「急に売れ始めるにはワケがある」を読みきろうと考えた。
しかし単行本とはいえ、1ページ720字の357ページあるので、侮れない。とくに読むのがはやいほうでもない。
ウェークデーに昼休み読み続けていたが、たかが20分ぐらいの制限時間の積み重ねでは、断片的にしか理解できていないし、中身にのめりこめない。
それで今日は思いついて、家にいてもテレビがついていたりで集中できないので、肩の養生も兼ねて、いつも山歩きのゴールに利用している神戸の平野「湊山温泉」まで電車で直接行くことに決めた。そうすると生き帰りの電車の中で結構本に集中できそうだと考えた。
朝10時10分ほどに家を出た。昨日に続いてポカポカ天気だ。ダウンのジャンバーでは暑すぎるので、オレンジのフリースジャケットを上着にして出かけた。
阪急武庫之荘から三宮へ。乗り換えて地下鉄山手線2つ目大倉山で降りた。地図で見るとここから歩くのが最短距離だ。
途中、大倉山という本当に山がある。天保山ほどではないが、ちょっと登ったら山頂だ。全体が公園になっている。
そのあと旧街道のゆうな細い道を探っていくと、15分ほどで目的地に着いた。
この地域がちょっと面白いと思うのは、町名だ。「上三条町」「上祇園町」「下祇園町」など、まるで京都の地名が表示されていることだ。
これは解説すると、たった1年だったが、源平の時代に平清盛がこの地に港を開き、京都から都を移動した歴史があるためだ。
その名残がいまだに残っているのはおもしろい。今日入る温泉も完全掛け流しで、その歴史は、その源平時代にさかのぼる由緒あるところらしい。ただ、5年ほど前まではもう一件「天王温泉」という温泉があったが、神戸市の水道代値上げが原因で閉館となり、今は住宅に変わり、記念碑だけが残っている。
さて温泉に着いたのが11時20分。ほどなく湯に浸かり、11時50分には退出。
帰りは、平野交差点が近くにあるが、そのバス停から神戸バスで、三宮まで行き、阪急に乗り換えて帰った。
家に着いたのは、なんと12時50分。朝に2時間あまりを凝縮した温泉の旅になった。
ただし掛かった費用は、電車賃が往復950円、入湯料が最近値上がりして600円。あわせて1550円だ。
まあ、いいか
スーパー銭湯とはまた違う味わいを手軽に体験できたからよしとしよう。それに生き帰り目的どおり本を読みふけった。これを書いているいま245ページまで進んだ。あと100ページだ。
話は代わって、昨日夜テレビで「銀色のシーズン」を見た。去年見損ねた映画が、すぐ翌年見れるのはいいが、ちょっと中身はもの足りなかった。だいたい題名が下手だ。“銀色のシーズン”というのはちょっとやぼったい。
ロケーションはいい。どこのスキー場かは知らないが、アルプスが大きくそびえるのが真近で見えるところはすごい。それだけか。
物語はそのスキー場の希望の星、瑛太が演じる主人公がモーグルのワールドカップに出る実力者だが、3年前の試合中の事故で、そこから回復しても、こんどはその地域のやっかいもののような存在となり、煙上がられていたが、ある女性の出現で、再び試合に出て、今度も転倒するが、起き上がり最後まですべりきる。みんなからたたえられるというラストシーンだ。
スキーのスリリングなすべりを紹介するシーンが3回ほどあるが、全体に感動がない。コブクロのBGMがちょっともったいない。何かが足らない。ロッテンヒルズの恋のような知り合いみんなで主人公を盛り上げていく、あたたかさが伝わるシーンが希薄だ。それがあるとよかった。
まあ、映画はよしあしがあっていいし、見る側の受け取り方は千差万別なので、今のはあくまでも、せっかくすきなスキーを描いた映画だけに期待してしまった。
昨日の夜から山を歩くか、あれやこれやと考え、早朝も目がさめ、そのことが頭にめまぐるしく浮かんだ。
結局朝はゆっくりすることにしたが、昨日の雨で、洗濯物がたまっていたりで、結構用事に明け暮れた。
昼食後、昼ドラ、サスペンス南野洋子主演の「インターホン症候群」 を見てしまった。
夫の浮気の疑いやなにやで、欲求不満で、ある知り合いの伝授で、留守の家に入って、中の様子を見るのが、常態化するという話だが、それは一つの入り口で、夫がストーカーまがいで情事を強要され、脅迫を受けることになる女性の家に忍び込んだときに、その女性が誰かに殺される。最初は夫が犯人と疑われ、逮捕される。
それで本当の犯人を探し出すが、それは化粧品セールスに勤務した先の上司がどうも怪しいことがわかり、その家に忍び込む。結局その奥さんが犯人ではあることがわかる。
しかし殺された女性が一番悪人だったという話だが、夫婦はこの事件をきっかけに愛情を取り戻し、16年以上離れていた父とも再会し、父が脳梗塞で倒れたことをきっかけに父を許すという円満にあさまる話だった。
人間の描き方はなかなか前向きというか健全でよかった。監督は山本邦彦だったか。
ドラマが終わり、肩の養生という意味で、周辺を散歩し、帰ってきてから今日は自宅の風呂で半身浴を試みることにした。
駅の北側は、尼崎でも武庫之荘ブランド地域というか、この格差社会の中で所得の高い人たちの家が多い。
まるでスペインかと思える家、明らかに大きい屋敷風の家など固まっている。
おそらく間違いないと思うが、その屋敷街を北に過ぎたあたりに、桂米朝の家がある。
こじんまりしているが、きれいな清潔そうな屋敷だ。
ついでに、西宮のコーヒービーン「ティピカ」閉店の後、ここだけになってしまった「豆珈房」に豆を買いに入った。今日はモカにした。
ここから家までおよそ300mほどだ。
家に帰ると予定どおり、家に風呂に半身を出して約30分浸かる。雑誌BEPALを見ながら入っていたが、20分たったことから、顔中汗が滴りだした。
BERALでは自転車で遠出する企画がかなりのページを割いていた。
しかし半身浴はなかなかいい。肩と腕の血行にもいいようだ。まあ痛みは大分改善されてきた。だが、今日は大事を取って自転車には乗っていない。
風呂から上がって、読書。今読んでいるのは、以前「第一感」を読んだが、その同じ著者マルコム・グラッドウェルが書いた「急に売れ始めるにはワケがある」。
やっと半分読んだが、爆発的に売れる瞬間をティッピング・ポイントといい、流行していく現象を感染という翻訳で表現されている。夕方はすぐやってきて時間切れでストップした。
話は変わって、2日前夜、BS何だったかで、イギリス・マンチェスターの路面電車普及の姿を報告していたが、理想的な成功を収めていると思った。中心部自体が、アミューズメントパークと言えるような姿に見えた。それになんと言ってもその都市部に車がほとんど走っていない。人は路面電車をすり抜けるように歩いているのがちょっと危なく感じたが、街はその路面電車と人だけだ。
何と言っても、アプローチが地下鉄などに比べて圧倒的に楽だし、街を見ながら移動できる。映画館もその駅からすぐというのがいい。
日本のアミューズメントパークが車の乗り入れ中心なのとえらいちがい。確実に時代の先はマンチェスターのような方向になると確信した。
つい近くに最近できたレストラン・ラウンジが気になっていて、職場の仲間で行くことを計画した。
以前は、西区と浪速区の間に流れる道頓堀西川の川べりは木材加工の工場がならぶ下町だった。
しかし今や東京住友資本がはいってきて、今風というか若者にうける店が軒並み作られてきた。南には湊町リバープレイスという音楽専用室内劇場とFM大阪の本社がある。
今日ははじめて仲間で、その北のラウンジで夜の酒を楽しんだ。
ちょっと異空間に来たような気分になって、オーストラリアワインを3本をほぼ3人で飲んだ。
ここはなかなかいい。大阪なんばの雰囲気ではない。
しかし都市開発を手がける人たちの思惑は、てこてこのなんばとは違う地域を見ざしているらしい。
今回入ったラウンジの建物は、川ぞいに一棟50mぐらいの建物だが、もう一棟店ができるらしい。
今回参加した仲間で、全部の店を回ろうという話になった。なにしろ職場から5分もかからない。おまけにもよりの駅からも5分程度。いくら酔っても、駅までは大丈夫だ。
たまにはこういう楽しみもいいだろう。店員の対応も暖かい雰囲気をたもっていていい。
仕事上でも、気になっていた5月総会での講演依頼者にもOKの連絡が入り、今日は13日の金曜日だというのに、結構スムーズにことは運んだ。
しかし帰りの通勤は、かなり酒が回っていて、JRに乗り換えから立ちっぱなしだったが、つり革につかまったまま半分いい気分で眠っていた。
明日は、本当に予定のない土曜日。気楽な気分だ。それに寒さもいよいよ後半に入り、春はもうそこまで来ている。
家の庭のアーモンドやスモモの花が開くもの後1ヶ月というところだ。
シンガポールの娘も休暇をとってもうすぐ帰ってくる。
ちょっとうれしいことが多くなってきた。
今日はてっきり仕事の後、飲む会があるとばっかり思っていたが、それは明日のまちがいだった。
その勘違いでのため、夜の飲酒のことを当然考えて、朝の通勤は電車で行くことにした。
ということは今週は、月曜日しか自転車通勤していない。それに明日も電車で行かざるを得ない。まあ、しかし右肩は完全によくなっていないので今週はこれでいいかもしれないと自分に言い聞かせた。
ただ電車賃は一日800円かかるので、3日で2,400円と、水曜日が国際会議場往復で420円、合わせて2,820円余分にかかる。
さて、電車通勤の場合は、JR東西線から地下鉄千日前線を使うわけだが、その連絡駅のJR海老江駅の階段は、前にも書いたが、71段ある。大抵の通勤客は当然左のエスカレーターを使うわけだが、たまに階段を歩く人もいる。
ぼくもこの長い階段が最初はちょっときついかと思ったが、もう慣れていまった。心臓の鼓動がかわることもない。まあしかしちょっと人から見ると、変わり者に見えているかもしれない。
ただ、ここは毎日通う人にとっては考えようで、スーツを着たままいい運動になるだろう。
以前は、大阪駅を経由してなんばに向かっていたが、人通りの圧迫感はまったくちがう。さすがに大阪駅や地下鉄御堂筋線近辺は、まさに本格的な人ごみの地帯だ。新型インフルエンザの菌をもった人が一人いたら、たちまちここから1万人くらいの人に感染するのではないかと思う。
ところで電車通勤しているとき漫然と歩いているわけではない。実は以前読んだ本で小川裕志さんの「ウォーキング革命」の中の歩行の仕方を意識的に実践している。
つまり、足の外側を進行方向にまっすぐ向く着地の仕方で歩くのだ。ちょっと内股ぎみだが、内股ではない。階段もこれで行く。だから自転車通勤がライフワークだが、乗れないときもそれなりの課題を作ることができるものだ。
ただ面白いと思うのは、電車と歩行の移動では喉が渇くはずがないのだが、自転車通勤の習慣で、朝8時から9時の間、どうしても喉が渇くのだ。まあ、それなりにカロリーを使っていることもまちがいない。しかし習慣というものはおもしろい。
それで帰りは、5時20分ごろ職場を出て、まっすぐ家に向かった。
家では3男が仕事休みで、朝「食事頼む」とメモを置いて出かけたが、そのとおり夕食を作ってくれていた。
そろそろ民家の梅の木が花びらを開き始めてきたようだ。
アマチュア劇団「OM劇団」は九条の会の集会で生まれたものだが、今年も医療団体の民医連研究集会に出演を依頼され、今日出ることになった。
一度上演したネタで世界の首相、大統領を招いて、それを大阪のおばちゃんが息子を連れて、庶民代表で質問をしていくという物語で、その回答にしたがって、おもしろおかしく笑わせるコメディーだ。
一回上演したとはいえ、だいぶ変更もおこなわれているので、一から覚えなおさないといけない。
それに僕の役は、なにわのおばちゃんの息子役、小学校3,4年生ぐらいを想定している。
台詞も長いものはないが、合間あいまに入るので、前後のしゃべりをきっちり聞いていないといけない。
今日まで日が迫るにしたがって、プレシャーがましてきたし、直前に日曜日まであまり手をつけていないので、かため暗記だ。仕事中もちょっと台本をみたり、昼休み、帰る最中も自転車に乗りながら空でつぶやきながら、走っていた。
しかし本番、今日はそれほど不安もなく余裕もあった。ただ、昼の休憩時間の出し物で、弁当を食べながら観客は見ているわけだ。
それにその寸劇が結構長い。40分ほど続く。だから最初はちゅっとしたことでよく客席から笑いが出たが、ちょっと間延びしすぎと、観客も外で休憩したいだろうし、除所に観客席の空席が増えてきた。
これをつないでいくのは至難の業だろう。
演じる僕だんだん緊張感が薄らいできて、自分でしゃべっていても「よし、いい抑揚だ」とはいかないしゃべりになってきた。
しかし、無事劇は終了。楽屋で弁当を支給されたが、どどーと疲れが出てきた。まあしかし緊張感がとけた開放的な気分ではある。
ところで、会場は、大阪国際会議場という場所だが、ここの設備には感心した。舞台は奥行き30mぐらいあるのではないか。それに僕たちが出演した人数は12人ぐらいが一度に出ていたが、すべて個別のマイクが配られた。
前回のクレオ大阪という市民会館では、マイクは4つで回し使用だった。
出演を終えて楽屋まわりをじろじろ見ていたが、器具の控え室にグランドピアノが2台もストックしている。
ちょうどこの会場近くに最近京阪電車の駅が延長された。
橋本知事になってから大阪府の経費見直しでここも検討対象になったと思うが、建てた以上はよく活用すべきだろう。ただ建設はかなり贅沢な建て方をしているかもしれない。
食事も終えて、楽屋から外に出ようとしたが、迷路のようでなかなか1階に行きつかない。なんとかたどり着き、そこからJR新福島まで歩いた。
今日はこのあと家に帰る駅JR立花から預けていた折りたたみ自転車でスーパー銭湯「やまとの湯」へ直行。
じっくり風呂に浸かり、家に帰るとぐったりして夕方まで、リビングの床暖房のぬくもりの中で昼寝してしまった。
肩と腕に痛みはまだ治っていない。昨日は、塗るシップで痛みの部分に塗った。
シンガポールの娘からも、ブログを見て、心臓病との因果関係
がある場合があることを心配して電話がかかってきた。
一応インターネットで心臓病と肩こりについて調べてみたが、症状が現われるのが、左肩ということだった。ぼくの場合は右肩だ。
それで自分でも安心したわけだが、他にも内臓の病気との因果関係があるとことは消えない。
しかし、昨日塗るシップが効いてきたのか、ちょっと痛みが軽くなってきた。
一昨日見たドラマ「警察の血」について考えてみたが、あれはあとくちが悪い内容だ。A新聞では、警察や権力と、犯罪の関係をするどく描いている力作という評価だが、僕の印象では、父と祖父を殺したり、死においやらした椎名吉平の責任がどうもぼかされるいる。
戦争中の悲惨な体験はあったとしても、戦後の殺人は免罪できるものではない。でないと戦争での悲惨な体験と、そのあとの犯罪が免罪されてしまう。
沢山の人が僕の父を含めて、おそらく人に話したくない多くの体験をしていたというのがあの戦争の現実と残酷さであったと思う。しかし多くの人は、そこから立ち上がろうと、まともな人間にもどろうとしたはずだ。
戦争の後遺症と、警察の腐敗と、その因果関係、掘り下げが弱いから。本質がぼけている。
最後の3代目、伊藤英明の追及も結局、椎名の息子が、警察の上層部の権力者であって、その息子を脅して終わらせる。本当の正義はどこにあるかという感じで、わからない。
結局いやな感じで終わってしまった。たくさんの大物俳優を出演させておきながら、不発だ。
といいながら2夜見てしまったが、ちょっと後悔している。
やはりドラマや映画、芝居などだけは、悪人が徹底的に追及され、正義がおおきく浮かび上がるものでないといけない。というのはぼくの考えだ。
仕事の帰りは、電車での最近の定番のルート、地下鉄千日前線で、野田阪神まで行き、そこからJR東西線で立花まで。ということで結構連絡がよく6時15分に立花に着いた。
今日は明日のOM劇団の出演のため、自分のセリフを仕事中も、帰りの途中も空で覚える練習を繰り返した。
夕食は、昼ごはんにいつも通っている夕張屋のおかあさんから、家で収穫した白ねぎをもらったので、鍋料理にした。そのねぎが新鮮でうまかった。
今日は夕方から雨という天気予報であったが、その確率は50%と出て、「むむ? どういうこと?」
降るのか降らないかよく分からない。
朝は結構冷える。しかしもう2月中旬に近づいてきたことを頭の中で考えた。ということはもうちょっとに辛抱で寒さも遠のくか。
腕はいまだに寒さで痛むようなので、貼るカイロで防衛した。
ケイデンス付きスピードメーターは正常にもどって、点滅もなく、途中で消えることもなく、走るスピードにしたがって、数字が出る。
それにしてもいまだに信号無視の自転車が多い。ちょっと気になるのは、信号でがまんしていても、がまんしきれないのか、青に替わるちょっと前に交差点に入ろうとする歩行者、自転車が多いことだ。
また信号のない交差点で、青信号を渡るがごとく左右にまったく目をやらず、しかもその道が一旦停止であっも、気にせず進んでいく若い女性、若い男性がいる。
きわめつきは、今日遭遇したのだが、こちらが青信号でスピードを抑えず交差点に入ろうとするそのとき、交差点手前のガードに座っていた若者がいきなり僕の前をすばやく横切った。これにはびっくり。
「こら~~!」と叫ぶ。
理解ができない。世の中おかしい。
信号のある交差点もけっして信用できるものではない。
そうこういているとかすかに雨が。しかしなんとかコープの店まではぬれずに着いた。
家にも間一髪、あまりぬれずに着いた。
昨日書いたように30数年ぶりの仲間にあったわけだが、同窓会本番の案内を僕が担当することになって、今日はそれを課題にした。
妻は横浜で老人施設に入っている2人の叔母さんの件で、現地へ向かった。
それで朝6時半に家を出るので、つられて早く起き上がってしまった。
しかしもう一つしたいことがあって、朝のうちにさっき書いた宿題に取り掛かった。今のところ8人の住所が分かっているだけなので、その分の案内原稿と住所の印刷だが、手っ取り早く「筆まめソフト」を利用した。
しかし手書きでもらったデータには住所が抜けていたり、漢字がよめなかったりで、朝10時になり、ここでストップし、次の目的のスーパー銭湯に向かった。
場所は塚口「湯の華廊」。駐輪場に自転車を止めると、近くになんと僕が所有しているミヤタランドナーと同じ自転車が止まっていた。ただ前かごがついていて、サドルは、買ったままのものだろう。僕はサドルを茶色のレトロ風にしている。しかしタイヤカバーはうろこ模様でまったく同じだ。ちょっと驚く。
今日は目的は肩と腕を温めて、痛みをとろうとすることだ。
日曜日は結構混んでいる。
帰りしなについでにホームセンターで生ゴミ再利用のバケツを買った。今もすでに使っているものがあるが、腐葉土がうまくできない。それに蓋が劣化して、われてきたのだ。
家に帰ってからも、案内はがき作成の続きをした。
ここで問題は、今日は日曜日で、官製ハガキを手に入れられないわけだが、家の引き出しを探してみると古い年賀状があった。
「よしこれで行こう」とそれに印刷し、家を出ようとしたが、よく考えるとこのはがきは有効か。平成14年になっている。それに差出人を書いていないので、もし届かなくてももどってこないことに気がつき、もう一種類旧41円のはがきに9円切手を貼ったものが同じ数だけあったので、念のため、今度は差出人を僕にしてすりなおし、2種類とも送った。
もうすでに時間は3時半になってしまった。
後妻のマウンテンの後輪ブレーキが気になっていたので、チェックしたが、ワイヤーの張替えは必要と思い、その場で作業にかかる。これがうまくいって、非常にスムーズになった。
これで一日の大半が過ぎた気分だが、他に3日後にあるOM九条劇団の本番のため、台本を読み直した。しか短時間しかできずやばい。あと2日集中しないといけない。
夜はこのブログ更新で結構時間を使うが、見るつもりなかったミステリードラマ「警官の血」2夜連続を見ながら打っている。
2月の第四土曜日に、38年前の予備校時代に仲間をつくり、政治のこと、それに受験勉強の集団学習、日常点検などのつながりがあったが、その仲間の同窓会がある。
ところがぼくは他の予定を入れてしまって、参加できないので、今日何人かで集まることになった。
つまり、その集まりの準備の打ち合わせもかねてだ。
ぼくの他に3人集まったが、自分も含めてみんな年を取っていた。
なにしろそのことはみんな18才だったわけだから、仕方がない。
ただ、3人が3人とも結構重大な体の病気を持っていることを話していた。
この確率は何だろう。
もともと30数年ぶりに集まろうとなったきっかけも、その当時の仲間が突然亡くなり、その葬儀で出会ったことだった。ぼくのところにはその知らせがなくて、葬儀が終わってから聞いた。
自分のことを考えると、今のところ病気ということには縁遠いが、肩の痛みだけが悩みの種だ。
結局当日参加できない罪滅ぼしに、会の案内と名簿を作るということで約束した。
天王寺の風月でお好み焼きを食べ、近くの喫茶店でコーヒーを飲み打ち合わせをした。
年はとっても、お互い顔を合わせると、気持ちが当時にもどってしまう。しかし連絡手段をやり取りするのに、お互い携帯電話で通話にし、情報を交換したが、てこずるのがおもしろい。
12時に集合し、話と食事に熱中したが、2時になってしまい、慌てて職場に向かう。何しろ2時半から役員と幹部の会議がある。
今日はそれで12時の集合には、電車で行った。帰りは会議を終えて、5時過ぎ。
夕食はやはり僕が用意することになるらしいので、メニューがなかなか決まらなかったが、豆乳を買って、湯葉料理にした。
ところで、朝に話はもどるが、自由時間が2時間あり、最近おかしくなっていたケイデンス付スピードメーターの修理をおこなった。マニュアルを読み返し、最初からやり直す。
しかし単純なスピードメーターに比べ、操作が複雑だ。まあせっかく使用しているのだから、これを機会に完璧に操作をマスターしようと思う。
まあ、今日は不思議な一日だった。
2号線に入ってしばらく走ると、メッセンジャーA田くんに今日も会った。
今日は彼が先を走る。肩と腕に痛さは、その対策として今日は、「貼るカイロ」を痛い箇所に貼って出てきた。
思ったとおり、低い温度が痛みを増すことがわかった。だから朝は、カイロを貼ったせいで痛みが少ない。
「よしこれだ!」と気をよくした。
しかし、帰りの分を持ってくるのを忘れた。
A田くんの後ろをちょっと差をつけられて走るが、信号のタイミングで何度も合流する。淀川大橋の手前から、彼についていけるので、そのまま引っ付いて後ろに付く。
橋を渡り、下りからいつも左折車の渋滞状態が続く海老江交差点に差し掛かる。ちょっといつも緊張する。
左折車が徐行で前進し、車両のすきまができるところを右車線に出て、前に進む。
今日も前10台ぐらいのところで右に出る。うまくいった。
A田くんは、前に行きすぎ、ちょっと戸惑ったようだ。前2台目ぐらいで右車線に出たが、ぼくはそこ先にすり抜け、ペダルをとめた。彼を抜いて喜ぶつもりはない。
しかし前に出てしまったので、そのまま野田阪神交差点まで進む。そこで彼は左折するので、挨拶を交わして分かれた。
そうすると後はなぜか調子がいいというか、肩の痛みがない分気持ちがいい。
職場には8時49分タイムカードを押す。
仕事は週末ということで、ちょっとハイになっていたかもしれない。それでも何点か課題が終わる。
帰りの走行では、寒さを強く感じたが、その分やはりカイロをしていないので、もろに肩と腕に痛みが走る。
「くそ、カイロはめたかったな」と後悔しつつ走る。淀川大橋の下り信号で、ヘルメットなしのロードバイカーが前にでた。
彼は果たして早いのか。信号が代わって走りを見たが、結構早い。歌島交差点までの車の渋滞の中で、その彼は減速していて、追いつく。
歌島交差点では、スタートですでに離れているが、そのまま追いついて、ずっと後ろに付いた。尼崎に入って、彼は前のバイクについていこうともがいているので、それには追いつかない。
その後また追いつく。そのうち肩の痛さを忘れていた。最後はサンワ商店街の信号でその彼は信号無視で先に進んでので、勝負はここまで。
まるでレースだった。
年齢的には圧倒的に不利だが、今日は行きも帰りもスピードにこだわってしまった。
しかし今日の走りは後味がいい。
帰る途中で、朝妻の自転車がパンク状態で、あわてて自分のマウンテンのタイヤと交換したので、サンワサイクルに立ち寄り、新タイヤとチューブを買う。それにしても今日も店長は愛想が悪い。まあそうみえるだけなんだろう。
夜食事の準備もあるが、すべて終えてから、タイヤをはめかえる。そこでブレーキシューが磨り減っていることに気づき、その作業も加わった。
まあ、納得いく状態になった。
朝は結構寒かった。走りはじめは昨日までの肩の痛さがないように感じたが、どうもこれは寒さと比例しているようで、体が温まらない間は、痛みが増してきた。
今は、夜あんま器で念入りに肩と腕を揉むことだけが対策だ。
こんな走り方ではたしかに苦痛だ。ただその痛みに神経が集中しているためか、足は不思議と無感覚でよく回る。
今日は結構スピードを出しているマウンテンバイク風の青年がいたが、3度ほど抜いてしまった。
というのは、抜いても交差点での赤信号で停止すると、そこを無視して先を進むので、いったん先に行かれる。しかしまた追いついて抜くということの繰り返しだ。
しかし信号は守ってほしいと思う。
帰りは、その前に会合があったので、なんばを出たのは午後7時前だった。道頓堀に写るネオンがきれいだ。
最初は室内にいたせいで、肩の痛みがぜんぜんない。しかし、そのうち痛みが出てきて、また右手をハンドルにもたせかけること自体が辛い。ときどき手を離して走る。
今度は誰か知らないクロスバイクの男性が後ろにぴたっとついてきた。追いぬいてくれればいいが、ずっとついてくる。ただ後ろの車を確認するときに後ろに頭を向けると、気配がない。どうも離れているようだ。
ただ、黄色信号をかんいっぱつでクリアし、その男性はうしろにたまっているはずだが、次の赤信号で止まると、まもなくその男性のライトの点滅が前に写る。
ただ信号で停止のとき、そこで僕を抜いて、横断歩道の前に出て、待機する自転車も多いが、この男性はずっと後ろに控えていた。
JR立花方向に曲がる道意線の手前で赤になって、そこを右折し、裏道を北へ走る。
まだ痛い。
がまんの走りだ。まあそれでも家が近づいてくるとちょっと安心。
家に着いて、すぐ43℃の風呂に入ると肩がぬくもって、しばらく痛みが去った。
朝の通勤では、ハンドルを握っているのが辛い。
そのまま2号線を走ると、杭瀬交差点で後ろから「おはようございます」と振り向くと、メッセンジャーA田クンがいる。
今日は、シングルギアー車じゃなく、ロードバイクに乗っていた。
今日は、慌てなくていいのだろう。ずっとぼくの後ろをついてきてくれた。それで何度か話ができる。
彼のロードは今のパナソニックがナショナル時代の製品だという。フレームはクロモリ(鉄)製だ。
ぼくもちょっと気を使って、いつもよりスピードをあげて走っていた。渋滞中でちょっと危険なバスで狭くなった路肩をすり抜ける。歌島交差点は一機に行きたかった。
すっかり肩の痛みを忘れていた。
野田阪神交差点で彼とはっきり挨拶をして分かれた。
どうも後で思ったが、運動をした後と、肩が温まっているときは痛みが止むらしい。
仕事中は最初「あれ直ったかな」と思われたが、やはり痛みは出てきた。
帰りは以外と寒い。で、肩の痛みが治まらない。
風が一定でなく吹き荒れる感じで、ときにはハンドルを取られる。
ただ肩の痛みと反比例して、足は疲れが麻痺しているのか、よく漕げる。
家では3男が風邪で休んでいるので、夕食は自分が作ることにした。
コープへは今日も行き、おかずのたりないものを買う。
今日も肩の痛みをほぐすしかない。
明日はよくなっていることを祈りたい。
しかし稲川橋手前温度表示は4℃を示している。
「ほんまか?」と思いながら走る。
ところで、今右肩から腕にかけて異常に痛さを感じる。どうも腱鞘炎ではないかと疑う。それで昨日夜はテレビを見ながら肩の指圧道具でさかんに肩、背中を指圧した。
その場はかなり楽になり、朝起きたときも「むむ、これで直ったか」と見間違うほどだったが、起きると除所に復活してきた。
それで、ハンドルを握るときも腕、肩が痛む。
仕事中もキーをたたくとてき面に手が痺れる。
それで帰りの走行は、雨の寒さと、レインウェアの圧迫感と、腕の痛さとが重なってくる。
おまけにレインウェアに頭巾があって、それで後ろの車を確認しにくかった。夜の暗さもある。駐車している車をやり過ごすときは、恐怖感がある。
そんなこんなでがまんの走りだったが、足自体と体の疲れはない。そのうち肩と腕の痛さも感じなくなってくる。これは不思議なことだ。じっとしているほうが症状が出てくるようだ。
ところで今日は節分だ。コープに行って、節分巻き寿司を買ってかえった。
さて昨日夜見たNHKスペシャル「世界自動車危機」は衝撃をうけた。GMに焦点をあてていたが、その販売方法に問題があった。自動車ローンは審査なしで契約する。支払い不能な購入者は10%ぐらいということが分かっていて、その債権を健全な購入者とミキサーにかけるようにし、目立たなくし、その債権を証券化する。
それでしばらく実態のない利益になるが、リーマンショック以後その株は下落し、成り立たなくなる。
GM結局急降下の売り上げ減になる。そのあおりを1台の車に3万点の部品が使われると言われるが、それに携わる関連会社が生産調整を受ける。
ところが腹が立つのは、そういった中でアメリカ切っての大株主が、新たな儲けが考えているのだ。
つまりハイブリッド車とエレクトリック車に転換が歴然としてくる中で、モーターに動力が変わっても、部品が変化しないプラスチック製のインパネなどの企業で技術がぬきんでているところと取引しようと世界の情報をもっている。すでに71歳のおじいちゃんだが、早く引退しなさいといいたい。
つまり分かったことというか気をつけないといけないことは、環境産業、エコの流れの中には、本当に地球を守ろうと考えているのではなく、その流れが儲かる方向だという単に手段としてそのことを考えている人たち、大企業があることだ。
電気自動車が増えることや、石油エネルギーが他のものに転換されることはいいことだと期待をもって考えていたが、そう単純ではない。資本主義の支配者たちは、それを逆利用しようと考えている。卑猥な考えだ。
本当にあるべきエコの運動がもっと世界で高揚しないと、逆手にとられて、儲かるエコだけが目立ってくるということが心配だ。
ただ、5年前には考えられなかったスピードで電気自動車などの実用化が現実のものになってきている。自然エネルルギーの普及も急展開だ。
ぼくにとっては、自動車依存そのものの社会の姿自体が変革されることをのぞむ。
夕方より神戸須磨に仕事で出かけるため、帰りは現地から家に直行することにした。それで、朝に通勤も電車にした。
今日は昨日、一昨日に比べ、寒さがもとにもどった感がある。
今日もJR東西線、海老江駅を降りて71段の階段を登る。ただ電車の通過の関係で、上がっていく下から強い風が吹いて、背中を押される。だから登り階段は案外楽だった。
仕事はいろいろあったが、夕方3時前より職場を車で出発し、阪神高速神戸線で須磨をめざす。約50分目的地に着く。阪神大震災の影響か、目的の病院の周りは、非常に空き地が多い。30分ほどでその目的地での納品を終え、Mくんは車で帰ってもらったが、自分は、JR須磨浦公園駅から電車に乗る。
結局、その普通電車で、JR立花まで乗る。
さすがに、乗車していた人はどんどん変わる。高校生が怠惰な格好で座っているかと思ったら、しばし目を瞑ってあけてみると、乳母車を前に置いた若いお母さんが座っている。と思った手今度目を覚ますと、若い男性が、一生懸命携帯電話で取引の会話をしている。
と思ったら、おばさんが携帯電話に首っ丈。
まるでアニメのシーンを見ているような感覚だ。
それにしても灘駅などは、古い屋根と駅舎が特徴があったが、今日みたら、一部は残っているが、新しい建物の建設中らしい。
「さくらしゅくがわ駅」という新し駅は、プラットホームもあたらしく味もそっけもない。
何駅通過しただろう。それでもJR立花には5時15分ごろ到着。実質50分ぐらいの乗車時間だ。
各駅停車ならではの味わいを今日は感じた。
昨日の夜、反貧困ネットワーク事務局長、湯浅 誠氏著の「反貧困」(岩波新書)を読み終えた。
年末、年始テレビでも大きく報道されていた「派遣村」のことをよく理解できなかったが、湯浅氏いわく、今の派遣労働の実態(20才から35才まで1,000万円が非正規労働者で、派遣労働者が多い)を踏まえた上で、今できることを実践しているという考えが書かれていた。
成果があるかないかわからないから、最初からしないということではなく、まずできることから足を踏み出す。これは非常に共感できる話だ。
そしてすでに10年以上前からホームレスやネットカフェー問題に取り組み、全国には違った形で、弁護士やその他のNPOがすでに活動を続けていたということもあまりよく知っていなかった。
それらの実践集まって、反貧困ネットワークがあるらしい。
とにかく2003年以降は、製造業での派遣事業が解禁になり、どんどん本来正社員でやっていた仕事を派遣労働者にやらせ、その分低賃金、期間が安定しない状態で働かせてきた。
その分がトヨタを初め10兆円以上の内部留保をうみだしているとしたら、そして故障も少ない日本車と歌いながら、実態は、そういった労働者の働きがかなりの部分を占めているしたら、本当により質の高い製品を作ろうとしているのかどうか疑わしくなる。
つまりぼくに言わせると、今の大企業の経営責任者たちは、広い視野、長いスタンスで物を考えることができない人たちとしか言えない。
ただしかし企業によっては、絶対その職場の雇用者をぜったい辞めさせなとがんばっているという話をN歯科(自分の職場の理事)から聞いた。それはN歯科に患者できておられるということだが、なかなか気骨のある人だと思う。
ところで今日は、きっちり8時間寝て目が覚め、午前8時に床を出た。
寒さが戻っている。妻は、保育士の会合で出かけた。それで、10時過ぎにまたスーパー銭湯に向かった。
「やまとの湯」。
高温のサウナに初めて入ったら、その中央にテレビがあって、サンデープロジャクトをやっていた。ちょうど経済問題をやっていて、大企業の言い分を代弁する2人の学者と、反対に森永卓郎氏ともうひとりが、大企業の内部留保の吐き出しの主張をしていた。
しかし80℃以上の室内で5分も入っていられなくて、その続きは見れないが、部屋を出た。
家に帰ると、都会の循環湯といっても温泉成分はかわりないので、疲れが出てくる。
それで昼からテレビを見ながら、ウトウトと4時半ごろまで寝てしまった。しかし何もせずそのウトウト感に満足した。
それで、夕食は自分が作る元気が沸いてきた。
メニューはいつも悩むが、今日はクリームシチューにした。ついでに最近会得したが、よく送られてきてたまっているさつまいもをゆでて、皮をむいて潰したもの。これをなんというか、アルミホイルでコップを作り、その中にサツマイモの潰したものを入れ、オーブンで焼く。これがなかなかうまい。それにたまったサツマイモを消化できる。
昨日商品券で買った山形、高畠ワインを飲む。
ちょうどテレビでは7時からトキオのダッシュ村をやっていたが、番組すべての時間を使って、そば粉を作るための石臼に製作工程を放映していた。トキオのメンバーが匠の指導で半年かけて作ったのだが、なかなか見ごたえがあった。
だいたい石を削って石臼を作るなど日常では考えたこともないことだ。
しかし古い時代はそうやって、道具を作っていたのだろう。なかなか見ごたえがあった。
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