フォト
無料ブログはココログ

-天気予報コム-

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月31日 (火)

朝はまだ寒く、夕方は暖かく

001  今日はいよいよ3月の最終日だ。いろいろところで締めの日と言える。

 昨日書いたようにマンションの決算処理をしていて、本来入るべき管理費が241円多い。一件その端数でもう8月の話だが、多く振り込まれていた。

 それで、その241円を今日午後7時までに出金して、当事者に返す作業が残った。

 そのことが朝トイレに入っているときから気になってしかたがない。

 朝の出発は、薄めのイエローウインドブレーカーを羽織っていったが、ちょっと寒い。

 道路温度は8℃だった。いままで8℃のときどんな格好をしていたか、思い出しながら走る。それから寒さを感じるのは風が向かい風ぎみだったこともある。

 時速27km/h平均くらいしか出ない。

 ところが、職場タイムカード前には8時46分到着。「あれれれれ?」と不思議に思う。たしかにおもな交差点はクリアしながら走ったことがそうなったのかもしれない。

 昨日代休を取ったせいで、仕事は詰まっている。まあしかし8割方できた。

 この前のメンタルヘルス学習会での講師の話では6割の法則ということが言われて、「そうか6割のペースでいいんだ」と考えれると、たしかに肩の荷が下りる気持ちになる。

 帰りは、朝の件、銀行へ行って241円出金し、残高をすっきりさせることが頭をよぎった。

 しかし帰りのペダルをこいでいると、その金額が241円で間違いなかったかどうか不安になってきた。金額をメモしておけばよかった。

 それで家に直行することにして、速度を増した。

 まあしかし帰りは追い風。温度も朝よりだいぶ高い。ちょっとルンルンな気持ちになってきた。走るための環境はあたたかく、追い風のほうがいい。

 002

 家について、さっそく241円がまちがいないか、データで確認。7時まで25分しかない。

 急いで、一番近いA銀行のATMをめざす。なんとか間に合った。ところが、それで締めようと思っていたにもかかわらず、2件3月の管理費が未納だったのが、最後の最後に1件分入金されている。

 「ああ、ああ。すべての表の差し替えだ」

 誰も帰っていないため、夕食つくりにかかり、風呂に入り、食事を30分で済ませ、会計作業にかかる。なんとか修正をすませ、通帳残高と収支表がぴったり合って、気持ちがいい。

 結果的には、2008年度最終日にすでに決算処理を終えることができた。これはある意味画期的だ。と自分で自己満足している。

 まあ、これからやりだしてもいいわけだが、そのことが頭をよぎると気になってしかたなくなるだろう。

 003

何事もやる気あるのみだ。

2009年3月30日 (月)

休みを取っても忙しい

002  日曜日一日仕事だったので、さっそく代休をとったわけだが、やることはある。

 まず、3月が自分の誕生月で、3箇所のスーパー銭湯から招待のはがきをまらったわけだが、今日行った塚口、湯の華廊は平日にかぎり入浴無料という制約をつけている。

 それで今日行くしかない。ついでに今度4月4日の土曜日に少年団父母会で夜桜を見に行くという予定で、その案内を流したのだが、どうも目的の場所が気になるので、下見することを試みた。

 阪急電車で三宮へ。そこから地下鉄西神線に乗り換えて2つ目、「大倉山」で降りる。2回ほどこのコースで平野の湊山温泉へ行ったところだ。しかし今回は変則で、水の博物館をめざしたのだが、あいにくそこは夜は閉まってしまうそうだ。

 しかたがないので、ライトアップはしていないだろうが、大倉山に行くことにした。

 それで速攻水の博物館前のバス停から三宮へもどる。バスに乗ると平日なのに結構込んでいる。地元の高齢者がよく利用しているようだ。

 阪急三宮にもどって、塚口までもどる。電車の中で読書するのも忘れない。カムイ伝講義を読み続けている。しかしそのうち睡魔が襲う。

 塚口から支線があって、伊丹線という。一駅だけだが、それに乗り換える。「稲野」という駅だ。気候がよくなってきた。時間は11時をすぎていた。

 湯の華廊に着くと招待はがきを受付で見せる。

「だいじょうぶですよ」と言ってロッカーの鍵をくれた。ちょっと得した気分。

 それで今日は贅沢せず、露天風呂に浸って、そのあとからだを洗い、頭は洗わず、また露天風呂へ。ただそれだけだ。

 月曜日だというのに結構若者が来ていた。まあ年寄りばかりよりいいことだ。

 のんびりした気分になり、風呂から上がると、その施設のレストランで食事をし、また駅にもどって、のんびりと武庫之荘に向かった。

 だんだん昼を過ぎるにしたがって、暖かい。もう上着は要らないくらいだ。

 

 家に帰ると、昼寝したいところだが、第2ラウンドの目的がある。マンションの会計を今年だけしているわけだが、決算のための作業をしないといけない。一応3月31日で締めだのだが、総会を4月11日に設定したため、いそがないといけず、今日やりあげることにしたのだ。

 朝の残りのコーヒーを飲み、パソコンに向かう。マンションの会計の帳簿は今でも手書きなので、僕は得意ではない。それでパソコンのエクセルに置き換えて、一年の科目ごとの仕分けと合計作業をした。

 しかし、定期預金の残高が気になって、その銀行と郵便局に向かった。銀行は込んでいる。月曜日のせいだろう。それで残高が明確になった。

 家に帰って作業を続けたが、不明点の多く、夕食準備にひっかかってきた。すでに時刻は午後6時前。それで夕食は、簡単にしようと、とにかくご飯は炊き、冷蔵庫にあるもので、鍋にぶっこんで、親子どんぶり風なものを作った。作業およそ15分だ。

 風呂も準備し、先に朝の銭湯の続きというか、頭を洗っていなかったので、それだけはした。

 ほどなく3男が仕事から帰ってきた。

 それで一緒に食事をし、すぐまたパソコンに向かう。マンションの会計に中味の全容が理解できるようになり、作業を続け、やっと午後9時ごろ作業終了。

 そのころシンガポールで働いている娘から電話がかかった。元気そうだ。娘の元気な声を聞くと、自分も元気になれる。

 仕事を終えた開放感が冷蔵庫の缶ビールに向かわせた。

 最近職場で開催したメンタルヘルスの学習会では、酒類はよくないという話で、最近自分もセーブしてきたが、今日は、まあ、いいかといういう感じだ。

 ブログを更新しながらキリン一番しぼり350mlをつぐ。

 「ううん。うまい!」 朝のピザの残りでもたべよう。

 まあ、今日は課題を一つ終えた。

 最近ロードバイクには通勤でしか乗っていないわけだが、明日の通勤は楽しみだ。

2009年3月29日 (日)

憲法9条フェスタ開催 映画、講演、うたごえ喫茶

002  もう3月もあと2日になってしまったが、いちだんと寒いぞ!

 今日は、そんなおり、保険医協会と民医連などが合同で憲法9条に関連したフェスタを開いた。

 ぼくは要員ということで朝から準備のため、9時より出勤した。

 朝はあの本が去年一世を風靡した「蟹工船」の戦後しばらくして上映された映画を今このときに見ることになった。

 小説とはちがったリアルさがあるが、たしかにある意味タコ部屋の中で権利も主張できず、過酷な労働を強いられる部分は今の自動車産業、IT産業の派遣労働者の実態に通じるかもしれない。逆に一応不味い内容でも3食の食事を与えられる部分だけは今の方がひどいかもしれない。

 しかし、労働者たちの純粋さというか、素朴さは良く描かれている。ただ、最後の場面は、「労働者は団結しよう」というよりも自然発生的な抗議と抵抗が、軍隊の介入で壊滅されて終わってしまう。主人公かと思ったもと学士の労働者(山村 聰)が自殺してしまうのは悲惨だ。

 暗い気持ちでタイトルバックを見つめる。

 暗い気持ちのまま昼食をたべ、午後からは、元経済同友会事務局長だったか、品川正治さんの講演を聞いた。もう80歳半ばのお歳だが、90分の講演は、よどみがない。笑わせようとするでもなく、淡々と自分の生い立ちから、戦争体験、戦後経営者としての経験、同友会での大物政治家との対話など、生生しい。

 それにしても大企業、資本家の代表のような立場で、憲法9条に対する思い、戦争批判は一環している。そして最後は国民の力のたいせつさについて述べられた。

 日本には、いろいろな立場の人の中に、まじめに世の中の捉えようとする人がきっと少なくない数にいるのだろうと明るい気持ちになれた。

003 講演が終わって、第3ラウンドは、30年以上前これまた一世を風靡した「うたごえ喫茶」の出張再演。

 「ともしび」といううたごえ喫茶老舗の人たち3人がやってきて、歌声を進めてくれた。たしか上条恒彦も参加していたのではないかと推測する。

 地味ではあるが、カラオケにはない一体感があるのだろう。

 ぼくも前に出て、学生時代の学生運動の歌「国際学連の歌」を思い出しつつ歌った。

 今や古いと思われていたものが、見直されてくるのかもしれない。

 夜は、家族で外食する予定にしていたので、終了を待たず、午後6時に退席した。

 今日は電車で来たわけだが、帰りは今日がチャンスと がっている近鉄なんば駅に行ってみると、あった!あった!

 阪神なんば線の大きな看板が設置されている。ただ切符を買って、改札をとおり、階段を降りてみると、従来の近鉄のプラットホームではないか。それによく考えてみると、320円はちょっと高い。

 まあ、文句はさておき、そのプラットホームからつい最近まで終点だった西側に穴が開いている。線路が繋がっている。

 ほどなく、尼崎行き普通電車が入ってきた。シルバーとオレンジの正面が新しさを感じる。尼崎までのせいか、乗る人はそんなに多くない。

 電車が動きだして、西九条までは、どの駅も新しい。桜川、ドーム前、九条と続く。九条という駅名がいい。

 ただ、西九条からはなんのことはない、従来の駅ばかりだ。それに駅数が多い。福町、出来島、??? かなりとまって、やっと尼崎についた。

 おもっていたよりわくわく感がない。やはり尼崎から奈良まで急行か特急があれば乗ってみないといけない。

 尼崎について、そこから家までは歩いて帰れる距離ではない。市営バスで阪急武庫之荘駅行きに乗る。料金は200円。つまりトータル520円。完全に割高だ。JRと地下鉄を使うと400円で行ける。まあ体験料というべきか。

 Photo Photo_2 Photo_3 そんなこんなで、夕食は、家族在籍者4人で「さと」に行く。ファミレスも大変だが、「さPhoto_4と」も大分努力しているのだろう。居酒屋メニューあり、酒類も豊富。定食あり、一人づつカセットコンロつきの鍋物あり、なんでもありでだ。

 9,000円使ったが、妻の共済の関係で補助が5,000円出るので、4,000円でリッチに食べれた。たまにはいいだろう。

2009年3月28日 (土)

今週自転車通勤連続5日。さすがに強風には勝てず

002  今週はさすがに2日間強風の中を走っただけに、仕事の疲れも重なり、休みに滑り込んだという感覚だ。

 それに3月は、土曜日といい、日曜日といいまったく予定のない日がほとんどなかった。

 それで今日はじっとしていようと決め込んだわけだが、それでも地域流れ星少年団の夜桜見物の企画の案内を作成するため、朝はいつもより早く起き上がり、朝飯を食べ、パソコンの前に向かった。

 まあ、30分ほどでチラシの作成はできたが、30枚以上の印刷で時間がかかる。

できあがりさっそく近隣の団関係者の家に配布しに行った。

 今日はまだ結構寒いのだが、愛用ジオスフレーム・マウンテンで走り続けると汗をかいてた。

 10時40分ごろ配布を終え、家に帰ってきた。それでせっかくだからスーパー銭湯に行くことに。

 マウンテンで行くと「尼崎やまとの湯」まで15分ほとでいける。ただ、一般道を走るときでも、自転車マナーをしっかり守っている人があまりにも多いので、危険を感じる。

 というのは真ん中を走る。後ろを確認せず、進路を大きくかえる。などなど油断できない。

 やまとの湯は最近としては割高で、会員でも780円払う。だからだろうか、よく空いている。まあその方がいいが。

 004 家に帰って、庭を見る。

 生垣に植わっているアカメモチの木がいま新芽が出てきて真っ赤だ。

 昨日夕食で作ったカレールーが残っていて、昼ごはんは、再びカレーにしたが、本当に味がよく、ボンカレーに似ている。

 温泉帰りのほかほか気分で食事を済ませ、脱力状態になってしまった。

 しばしテレビの昼のサスペンスを見る。

 

 3時になってしまって、今読書中の「カムイ伝講義」(田中優子著・法政大学教授)を読む。これは40年ほど前に「ガロ」という劇画雑誌で一世風靡した「カムイ伝」を使って江戸初期の時代について社会学の立場から新しい視点で分析している作品だ。

 一部を紹介すると日本史でならった階級制度、士農工商というわけかたはそんな単純なものではないということがかかれている。江戸時代に新しい視点は興味がある。

 さて今日朗報があった。

 先日報告したマイカー「日産プレーりー」の修理状況について、勝本モーターから連絡が

 夜入り、日産ミッション工場の修理結果が報告された。つまり治るということだ。プレーリーが再び廃車を危機を免れることになりそうだ。

 というのは、その社長の話では、そのミッション工場も今のご時勢で仕事が極端に減り、人が余っているということ。それでじっくり部品加工する時間があり、本来なら「部品がない」ということで断られるらしいが、その作業をしてくれたらしい。

 それも普通は1ヶ月ほど掛かるが、1週間で遣り上げてもらったという。

 サブプライムをきっかけにした世界不況の影響がまわりまわって、僕にとっては皮肉なことに幸運な結果になったということだ。

 しかし時代がどうであれ、古い製品でもしっかり修理してもらえる世の中になってほしい。実際オーストラリアをはじめ、最近記事としてみたキューバでも、40年以上前の車がどうどうと現役で走っているらしい。というのは、すべて部品を自国で工夫して製造してしまっているということだ。

 採算的にはよくないだろうが、そうしないと新しい車など手に入らない環境であるのだろう。

 まあ自分に問題としてはうれしい。ETC装着のことを気にしてもらったが、実際製品がおいついていないし、僕はあえて気のしてもらわなくてもいいと言った。

 社長の話で新しく知ったが、日本には一つのETCを集約する会社があって、今回の補助金も、国が出しているのではなく、今回の販売で得た収益の中から5,000円の補助金をその会社が出してるという。

 逆に考えると、今回の一律1,000円化の法律を決めたことで、その会社が必然的に大きな収益が出るように国と談合があったのではないかと疑う。そのためにETCだけの特典にしたと考えられる。これはある意味国家的詐欺だ。

 もし高速道路無料化が実現したら、どうなるのか、ETCはその会社がすべて買い取ってくれるのか、否である。今売れるだけ売ってしまおうという魂胆かもしれない。

 その会社を調査して告発したい。

 まあ、今日聞いた話で話が広がりすぎているかもしれないが、疑問が多いに残る。

 当分はばかばかしくて土日に高速道路を使って遠距離にはいけない。

2009年3月27日 (金)

待ちに待った週末。しかしまだ寒いなあ?

001  今日の朝もまだ寒い。 

 しかしようやくやってきたと思えてしまう週末だ。明日は休みの土曜日である。

 しかし体は確実に疲れている。というのは、やはり昨日の帰りの強風が足に負担をかけたかもしれない。

 仕事につくと、課題が3つも4つもある。何から手をつけるべきか、ひとまず考えて、一つひとつ済ましていった。

 ただ先週の週末は、土曜日の理事会を終え、家に帰って準備後、滋賀県ログハウスヘまっしぐら。翌日も夕方帰ってくるというハードスケジュールだった。

 翌日から忙しい仕事の連続で、ゆっくりする時間がほとんどない。

002  それで今日の帰りは開放感の中のんびり帰ろうと気持ちだけゆったりしていたのだが、なぜか今日もまたまた激しい強風だ。

 ただがまんの走りになる。突然風向きが変わり、無風のときがあり、ペダルを踏むと「なんと軽いんだろう」と思いつつ、それでちょっとペダルを回しながら気持ちは休んでいるのだが、すぐに向かい風にかわる。

 それでも除所に家に近づいていくのがわかるので、気持ちは明るいのだ。

 いつものようにコープ立花に立ち寄り、金曜日定番のカレーの食材とルーを買う。

 夕食はなぜか8時半になってしまったが、ルーは中辛と辛口をまぜて、果物もキウイーやりんご、トマトなどを入れて煮た。

 これがなかなかうまい。レストランの味に近い。よしよし!ビールはKIRIN 無濾過のプレミアム。ちょっと贅沢な週末夕食である。

明日から、例の高速道路ETC優遇1,000円化が実施される。渋滞と入り口事故がないことを祈りたい。

2009年3月26日 (木)

最速の通勤実現  47分で職場到着!

002  またまた朝は寒い。朝の道路温度表示はなんと6℃。冬の温度だ。

 しかしなぜか早く走っていたようだ。

 まず2号線には、七松線から入るとき、今日は信号が変わるのを待った。

 走りはじめて、前方にメッセンジャーA田くんが見える。今日は結構早く走っている。

 彼は2日ほど前も道路上でであったが、徐行しはじめていたので、先を進んでため、どうも気になっていたのだ。

 なんとか大阪に入る手前で追いついた。しかしいつもより加速していたようだ。

 歌島の交差点だった。A田くんか、一昨日は大腿筋か、ふとともがペダルを踏み込むときに痛んだらしい。それで職場まで自転車を転がしながら歩いていったという。

 なんというタフさ。

 001 まあそういう僕自身も3年前か、なんばから買ったばかりのカービングスキーを担いで、家まで帰ったことがある。5時間はかかった。

 それから淀川大橋を遅れてついていき、海老江で追いついて、野田阪神で別れた。別れるときも彼は礼儀正しい。

 それでいつもの調子であとの距離を走ったわけだが、なぜか8時44分にタイムカード前到着。駐輪場へは、8時42分ごろ着いている。7時55分に家を出たとすると47分でゴールしたことになる。

 ちょっと朝から疲れている。

 仕事は、午前、午後の2クールの会議である。疲れは最高潮に達していた。

 それで今日はノー残業デーということもあり、5時10分に退社のタームカードを押す。

 帰りの走行も結構寒い。惰性で走ることにした。

 どこからだったか後ろから着いてきている自転車がいた。途中で前に出た。2週間ほど前にあった同じ通勤自転車の男性だ。途中また先頭を交替し、尼崎中心部を過ぎた。

 次の交差点が赤になって停車したとき、後ろから二人乗りの高校生が、赤信号を突破しようとしたので「こら!あぶないぞ」と思わず叫ぶ。

 彼らはその声に驚いたのか、歩道に入って信号前にでとまった。怒られたと思ったのだろう。青信号で発進時、「お前ら死ぬぞ」ともういちど怒っておいた。

 「はい」とすなおに謝っていたので、よしよしというところか。

 それにしても最近は誰をそういった行為を注意しない。逆恨みということもあるが、知らない人から無謀行為に注意をうけるということは、彼らにはいいことだと思うし、絶対若い命を無駄にしてほしくないという思いがある。

 今うるさいおじさんが必要だと思う。

 冷たい社会はどこかへ飛んでいってほしい。都会でも暖かい空気がおおってほしい。

 まあ単なるロマンティストと批判されるだろう。注意して逆恨みされたら危険だと思われるだろう。しかしそんな人ばかりじゃない。

 疲れを残しながら、家近くのスーパーオオジで買い物をして帰る。

 今週は夕食つくり当番3日目だ。

 

2009年3月25日 (水)

ワインを飲みすぎて

005  昨日の夜ワールドクラシックベースボール最終戦、日本VS韓国の録画をJスポーツですべてみたが、その間中438円のコープ白ワインをずっと飲んでいて、そのビンの半分を空けてしまった。

 それで今日は朝からどうも影響が出ている。

 朝走りはじめたら、ちょっと辛い。足が重い。しかしふしぎなもので、走っていくにしたがって、ペダルがどんどん回りはじめた。

 おもな交差点、歌島は一騎に通過。淀川大橋も通過。

 ただし、野田阪神は足止め。それからまた長堀手前大きな交差点までの3つの信号も一騎にクリアした。

 職場について仕事は多忙。明日の2つの会議の準備、求人準備、夕方の学習会の段取りなど、どうも落ち着かないというか、忙しかった。

 無事最後の学習会はうまく終了し、一仕事終えた気分で、帰りのペダルを踏む。

 それにしても寒い。というか向かい風がきつい。

 こういったときは、山を登るときのイメージで、無理せず一定の速度でペダルを踏む。そうすると、体力は使うが、結構躁状態になる。開放感が出てくる。

 007  

 やっぱりロードバイク通勤は楽しい。あらためて思う。

 けっして危険運転はしない。

 今日の朝、あきらかに赤信号の道路を、しかも5秒後くらいにトラックが入ってくるというのに渡っていた高校生がいた。

 渡りきったところで、近づいたので、思わず「あぶないぞ」と注意した。

 彼は顔で応えていた。まだかわいい。中には無視するおとなも多い。

 家に帰って風呂に入っていたとき、勝本モーターから電話が入った。風呂を出てから3男にそのことを聞き、すぐ電話をかけた。

 つまり、もう一ヶ月車を預けているのだが、それは前に書いたようにミッション心臓部の取替え部品がない。今日の連絡は、部品工場でなく、ニッサンミッション専門工場でなんとかなりそうだという内容だった。ただ70%の確率ということだ。

 ただ、その工場が見つかるまでは、90%の確率で廃車という状態だったということなので、9回裏大逆転になるかという感じだ。1点入ったというところか。

 ちょっとワールドクラシックの見すぎで、野球から頭が離れない。

 まあ、うれしい。

 この間、半分あきらめて、トヨタとニッサンのホームページでいろんな車を調べていたりした。ただ、これといった車はない。やはりマイカー・プレーリーをあらためてその魅力を再認識している。ITは何もない。窓も手動であける。もちろんETCもない。カーナビもない。

 ただカーステレオは必需品だ。

 すでに18万km走っている。17年使っている。

 これで今回復活すれば快挙だ。できることなら、すべての車が電気自動車に変わっても、プレーリーもモーターに替えて乗り続けたい。これは今の夢だ。

2009年3月24日 (火)

さらに寒さが戻ってきた!

001  昨日も結構寒かったのだが、今日はさらに寒くなるという天気予報は本当だった。

 それでジャケットは、真冬用に逆戻り。アンダータイツも冬用だ。

 手袋は、真冬用ではなく、若干分厚いもの。

 これでちょうどいい。

 寒いのでひたすら走る。いつも結構早いクロスバイクの若者も抜いていった。

 おかげで歌島交差点は、余裕で通過。次の海老江交差点もタイミングよく左折渋滞の中を右車線に移動し、前に進む。

 それで、次の野田阪神も直進矢印信号中を通過。調子がいい。

 002

 阿波座手前の交差点では、ちょっと日差しが出てきた。

 後はただ、通勤に徹して走るだけ。職場タイムカード前には、8時48分に到着した。

 今日はワールドベースボールクラシック決勝がある。

 韓国戦は第一戦以外、胃が痛いので、結果を見てからじっくり見ようと思っていた。

 しかし職場では昼休み、ちょうど試合は佳境に入っていて、僕は昼電話当番で机に向かっていたが、まわりで一喜一憂に悲鳴らしきものが上がる。

 1時を過ぎて昼食のため洋食家に入ると、そこでもテレビをかけていて、客がそれに釘付けだ。一球、一球の結果にうるさい。ぼくは8回裏を終えて、3対2という場面で、次の喫茶店に向かう。

 そこではしずかに本を読むが、眠気が襲ってきて、本が何度も傾く。

 喫茶店を出て、午後2時まえ。もう試合は終わっているだろうと思いつつ職場に戻るが、そのあとも延長戦になっていたらしい。

 職場にもどって、30分後には2時間の会議に入る。

 それを終えて午後4時半。デスクに戻ると、試合結果が出たらしく、日本が勝ったという。「ええ、ええ」とおどろく。

 やっぱりなぜか嬉しい。

 午後5時を過ぎ、片付けを終えて、晴れやかに家に帰る。ペダルも軽い。

 夜は、「おやじーず」の演習を予定している。それで立花商店街のスシマスで寿司を買う。

 家に帰ると一応リビングの片付けに追われる。

 そのあと急いで風呂に入り、食事をし、8時前よりTさんが来訪。練習に入る。4曲をさらっと歌う。まあイメージをつかむためと、はじまりとしめを決める。

 そして夜9時より、このブログを打ちながらワールドクラシックをケーブル放送のJスポーツプラスで見る。これは有料だが、契約していてよかった。

 おちついて見れる。

 まあ、日本代表にお礼を言おう。楽しみを与えてくれた。

 

2009年3月23日 (月)

またまた寒さがやってきた

090322  昨日の続きだが、161線の土手に群生していたつくしの写真を更新。

 とりきれないほどつくしの山だ。

 

090322_2 続いてふきのとう。

 田んぼ中にこの状態のものがたくさんあった。

 春を象徴する山菜だが、本当にタイミングというのが大事だ。

 それにその年によって開花している日が違う。

 今回は本当にラッキーだったと思う。

002 それにしても日が変わって、今日23日は寒い。

 天気予報では関東より北で寒気が襲うと昨日言っていたが、そのとおり関西まで寒さの影響を受けている。

 朝の道路温度は10℃だった。真冬の時期ならどうということはない温度だが、今はウェアがそのころよりは薄着になっている。

 その分寒さがダイレクトに感じられる。

 ただ、軽い分走りは軽快だ。

 歌島交差点はいつものタイミングと違っていて、黄色信号でストップさせられたが、野田阪神では軽く、通過できた。

 今日のような強風が吹く中、あらためて感じたが、体のバランスというのは、ロードバイクの場合、ハンドル操作よりも、両手離しのときにはっきりわかるが、ペダリングとサドルでの微妙なンバランスがその調整をしている。

 決してハンドルに頼ってはいけない。

 そうすると渋滞中の路肩では、たとえ自動車がかなり左によっていても、幅50cmあれば充分通過できるだろう。

 だから両手離しの練習は、よくやる必要がある。ただ、公道上では危険なので、よっぽど車のいない一般道でためしてみよう。

 通勤時は往々にして路肩にかなりよって渋滞か信号待ちで車が停止している。

 「おまえ、もっと気つかえよ」といいたいが、自動車の運転というのは、はっきり言って免許取得のハードルは低い。つまり誰でも取れるといっていい。

 その分下手な運転手というものはかならずいる。そのことを十分通勤自転車ではインプットしておく必要がある。

 

 まあしかし今日は帰りの突風と寒さの中を含めて走るのは面白い。たとえ向かい風突風でもロードバイクは一定のスピードで走れる。ただ今日の淀川大橋でも向かい風走行は結構辛かった。

 そのあとは、おもしろいことがあった。それはあまりまねしないほうがいいだろう。というのは、阪神尼崎の手間から、バス2台がバス停に止まっているところに近づく。後ろで徐行してそのウインカーが右に点滅するのを待つ。

 いよいよ出発して、それほど加速しない。それで向かい風をかわすためもあり、そのバスの後ろにピッタリついて走った。それで500mぐらい稼げたのではないか。ペダルも楽だった。

 そのうちその2台を追い越して尼崎警察南出張所?だったか(元西警察所)、で2段階右折のため、自転車を止めたが、そのあとをさっきの2台のバスが通り過ぎて行った。

 たかが自転車(ロードバイク)通勤!されど自転車通勤だ!

2009年3月22日 (日)

一泊二日琵琶湖に出かけました

001  昨日からひさびさに滋賀県、今津のログハウスに一泊二日で出かけた。

 今回は、地域流れ星少年団として企画されたものだが、父母8人と指導員、子ども13人の大所帯で出かけた。

 第一便はすでに午後2時に尼崎を出発した。

 ぼくは昼は、職場の理事会。午後7時の出発を約束して、第二便で3人で出発した。移動はJRを利用した。

インターネットの時刻表で近江今津までの便を調べると、午後7時33分立花駅を出発し、大阪駅で新快速に乗り換え、さらに京都、山科駅で湖西線に乗り換え、終点をめざす。

 しかし不思議なほど時間通り各車両はやってきた。

 駅からはタクシーでログハウスまで移動したが、駅には、仲間が迎えにきていたのだ。入れ違いになり、何度もあやまった。

 夜は宴会となり、酒で話に花が咲いた。ギターも弾き、歌もうたい、午前1時になってしまった。

 しかし21人の人数で、20畳ほどのログハウス、一回とロフトの寝るのだから、大変だ。ぼくたち大人は男女関係なく一階の床にシュラフをひいて寝た。

 004

 翌日は、ゆっくり起きるという確認で、しかし7時には、トイレが混雑することも気をつかい、起きた。

 朝は雨もようだったが、止んだ間断を利用して、近辺に山菜を取りに行くことにした。

 ふきのとうは、周りの田んぼの土手のいっぱい咲いている。

 もともとチェックしていた林の近くでもやはり咲いていた。

おまけに161号線の土手に目がいくと、つくしが開いたあとのスギナがいっぱい目に入った。

 その付近に目を凝らしてみてみると、つくしがこれでもかというぐらい群生していた。

 おかげでかごいっぱいのつくしが手に入った。

 今日はなかなかラッキーだ!とうれしくなる。家に帰ってから、ふきのとうとつくしを天ぷらにしたが、美味である。新鮮だ。005

 003 先週の京都祇園の旅行もよかったが、こういった自然の中で緑に囲まれ、ログハウスの気の味わいと、蒔きストーブの炎を見ながらFM音楽を聴きながらゆったり過ごすのもいい。

 そのソファーの机に残してあった利用者の日記の中に自分の2007年9月22日の琵琶湖一周のことが書いてあって思い出した。休憩も入れて7時間25分と書いてある。

 とにかく途中で熱さのためバテたことだけが、脳裏に焼きついている。

 今年は春に挑戦しよう。そして少しでも記録更新に挑戦しよう。

2009年3月21日 (土)

再び高速道路料金値下げのやり方に物申す!

Photo 昨日朝日放送「報道ステーション」を見ていて、高速道路料金値下げに関し、すでに明石、鳴門大橋で1,000円化が実施されたニュースが報道されていた。

 インタビューでは、喜びの声を取り上げていた。

 コメンテーターの五十嵐さんは、自分はETCをつけていないそうだが、「これで多くの人が喜ぶことはいいことだ。しかし、なぜET搭載車だけにかぎるのか、すべて利用に同等にするべきだ。本来高速道路の料金は目的を達すれば無料にするのが原則だと思う」と発言されていた。

 ぼくはあもりにも驚き、そんな意見は一切ないのかと思っていたが、おおやけの場で発言されていたので、さっそく新聞の番組欄から朝日放送に電話を入れた。あいにく時間外で留守電扱いだったが。「ぼくは五十嵐さんの意見を支持する」とだけ名前を名乗って留守電に入れた。

 ただ進行の古館氏のいうことは振るわない。現金利用者の値下げ恩恵なしということには一言も応えず、また高速道路無料化は現実的でないと思うが、というようなコメントだ。

 まったくさえない。

 自分に意見はどうなのか。歯切れが悪い。

 とにかく今回の制度は、高速道路低価格化へ進んだのだ、そこには落とし穴が3つぐらいある。一つは、ETCに限っていること。これは企業と結託しるとしか思えない。さらに本来の高速道路のあるべき姿、つまり無料化するということには逆の既成事実を与えている。というのはすべての車がETCをつけると無料化をもししたときにその機械が無駄になる。利用者はおこるだろう。その点現金決算がほとんどなら何の問題ない。

 もう一つは、これだけエコがさけばれていながら、自動車の利用を誘導してしまっている。「1,000円から旅行は車で」ということになる。

 まあ今と比べと格段に交通費が安くつくわけだから、目先の比較ではたしかに助かる。しかしかしそれでいいのだろうか。

 とにかく、現金利用者にも1,000円化するべきだ。多少の差なら納得もするだろう。しかし遠くへいけば行くほど大変な差別になる。つまりETCを強制しているとしか思えない。

 賛同の方はコメントください。

 もう一つは、

2009年3月20日 (金)

ただ休みを楽しむ 3月20日

007  明日は理事会と夜から流れ星少年団の企画で琵琶湖のログハウスで泊まるというタイトなスケジュールであるため、今日の祝日というのは非常に助かる。

 昨日はそれで午前1時まで起きていた。それはなんとなくだが、テレビを消そうと思ったら、沢田健二(ジュリー)の60歳記念コンサートの録画を放映していてつい見てしまった。

 それにしても彼は体型が変わった。

 しかし歌声は衰えていない。歳を経た価値観が歌を深めているのだろう。

 さて今日は7時過ぎにおきて、ゆっくり朝の用事を済ました。

 新聞に目を通すと、今日はワールドベースボール日本対韓国が10時ごろからある。今日はしっかり見ようと思った。

 どうも気をもむというか、途中までは胃によくない試合だったが、最後で日本の打線が爆発した。イチローもついにヒットを打った。

 いっぱんの予想では、決勝で日本対韓国戦を疑わないようだが、ベネズエラもアメリカも強い。決して日本と韓国が残るとかかぎらないと思う。

 ただ韓国は攻走守ともにたしかに、見ていても水準は高いと見た。だから日本は2回も負けたのだ。日本は守備ではエラーがまったくない。ただ主力選手の調子がこの先の勝敗を決めることはまちがいない。

 試合の途中、見ているのが辛くなり、マイビアンキを洗車することにした。ぼくの洗車法はいたってシンプルだ。

 バケツに洗剤と水を入れ、よく混ぜる。そのまま自転車のそばに持っていき、スポンジにそのせっけん混合剤をフレーム、タイヤなどにこする。よごれはすべて取る。

 その間に試合は終わっていた。まさか日本が追加点を取っているとは思わなかったが、やはりうれしい。イチローの最後にヒットを打っていた。

 まあしかし精度の高い試合を見るのは見ごたえがある。日本も当然3年前に比べてもレベルが上がっているように見える。

その後、庭に目を転じ、生垣の散髪と清掃を心がけた。

001 

 琵琶湖からもってきたタラの苗木は大きくなっていきそうだ。

005 我が家の庭のシンボルはなんといっても、スモモの木だ。

 その木からあっという間だが、花が咲いている。

 春になるにしたがって、不思議だが、予定どおり木々は生長している。

 体内時計でも、もとも持っているものだが、自然の流れというのは不思議なものだと思う。

 しかし午後からは午前中の温もりが一変して寒くなった。

 夕方からは、4月に出演する演奏で、津軽海峡冬景色の替え歌をやるので、インターネットで楽譜を探した。

 それでうまく350円の有料だが、見つけ出すことに成功し、すぐプリントアウトできた。そのあとは、想定できる歌の練習をした。

 まあ今日の休みは助かった。

 

2009年3月19日 (木)

財政特例法、高速道路料金1,000円制に物申す

001_2  今日はかなり温度が高くなると、天気予報でも言っていた。

 それで思い切って上着は、薄手のウインドブレーカーに替えた。グローブも指カットでないが、普通のグローブに替えた。

 これで実際ちょうど快適なスタイルだ。

 今日も早いマウンテン青年が前を走っていて、30km/hで走っている。それでついて走ったが、途中で歩道に入ったので、歌島交差点手前で、大幅に抜いた。

 

 それにしても上着を替えただけで、体が軽い。気分もいい。

 そのまま8時48分ごろ職場タイムカード前に着いた。

 ところで、財政特例法で高速料金がETC搭載の車に限り、上限1,000円にするということが決まって、先日も批判の意見を述べたが、なぜもっと抗議しないのか、どんどんその政策に乗って、ETC販売店に運転手が殺到しているというニュースを聞き、日本人はなんと軟弱なんだと失望している。

 というのは、憲法9条をまもろうというOM9条の会の世話人でも近況報告で、さっそく買いにいったという話が出たので、がっかりした。

 だいたい根本的に考えてもらいたい。高速道路料金は本来、目的が終われば、無料にするのが、当然であって、高額の料金がかかっている既成事実を前提にして、すべての自動車所有者に強制するようなことをすること自体おかしい。

 それに乗ってしまう国民もどうなっているんだと思う。大体決済に方法をなぜ現金にしてはいけないのか。その場で処理したいと思っているのに、キャッシュカードと同じように後から引かれるというのは、個人の金の管理がやり難い。

 実際の話、現実的に今ETCを利用している人の中に引き落とし不能というケースが多くあるのではないか。高速道路入り口で強行突破にやからがいることも問題になっている。

 それに降り口で料金を受け取るおじさんたちが全国でどのくらいいるのだろう。その職場を奪うことになる。

 しかしETCを持たないと長距離では大幅な差額を払うことになる。これは絶対おかしい。

 自公政権におもいっきり抗議したい。自公の国会議員は全員落選せよ!

 それぐらい腹が立っている。

 道路を走って、高速道路を走るとき料金支払いに選択肢がない。というか減額の制度をうけられない。これは絶対おかしい。

 定額給付金など受けたら無いぞ!ぼくはすべて赤十字に寄付する。不純なバラマキは、国民全員顔の前にニンジンをぶら下げられて、走っているようなものだ。

 金にだまされるな。自分の信念をもとう。

2009年3月18日 (水)

おっと!アーモンドの花が開いている

001  京都から帰ってきて、翌日から急に気温が上がったような気がする。

 今日朝仕事に出発するため、いつものように庭を扉の鍵を開けて中に入ると、鉢植えのアーモンドの木に花が2つと、つぼみが沢山できている。

 それと写真には写っていないが去年、滋賀県のログハウス近くの秘密のタラの木の林から、小さな枝を家に持って帰って、鉢に植えたが、しっかり生きていて、芽を出している。

 これはうれしい。

 そんなこんなで、ちょっと喜びつつ家を出発した。

 昨日夜ブログを書き終え、携帯電話をいじっていたとき、シンガポールの娘から電話が入り、僕の誕生日を祝ってくれた。実は昨日は誕生日だった。

 実際嬉しかった。

 さて今日の走りだが、またメッセンジャーA田くんに会った。最近良く会う。尼崎の繁華街を越えたあたりだったと思う。

 彼のドロップハンドルと自分のものを比べ合いしたが、形状が大分ちがう。僕の方がブレーキレバーまでの長さがある。それに下部分が深い。

 彼はブレーキまでの長さが短いものを好みにしているという。その分ハンドルステムが長い。ぼくのハンドルはイタリア製だ。

 そんなことを話あっているうち信号が青になり、ぼくが前を引く。そのまま野田阪神交差点まで行き、そこで分かれた。

 仕事では、いろいろ相談を受け、判断を下すことが多い。

 夕方からは、OM九条の会の世話人のため、堺筋本町まで自転車を走らせる。四ツ橋筋を北に走るが、また逆走の自転車に2台遭遇。それで今日も注意した。非常識にもほどがある。

 しかし、20分ほどで現地に着いた。

 会には、9条サイクラーというサイクリングの会もあり、4月12日の企画を知らされた。

 帰りは、8時前からの走りで車が少ない。何故か、体と自転車が一体になった気がする。パダルを踏めば踏むほどスピードが増す(当たり前だ!)。もう8年もこれで通勤しているのに、再発見があるのだ。

 家に着くとホッとする。

 ただ、今日ベースボールクラシックで日本が韓国に負けたのはやはり残念だ。

2009年3月17日 (火)

暖かくなってきた!道路温度12℃!

005  今週は今日から出勤。自転車は先週木曜日以来だ。

 先週はたった2日しか走っていない。

 今日の気温はまったくわからず、ウェアも直感で決めるが、先週とおなじようにウェアはアンダー、長袖レーサー、シャケットの3枚、下はアンダーのタイツにレーサータイツの装備で行った。

 しかしこれでは暑い。なにせ稲川橋手前温度計は、12℃を指している。

先週では、昼の暖かい方の温度だ。

 まあしかし、暖かくなるにこしたことはない。何かわくわくしてくるのは自分だけか。

 やたら自転車通勤デビューという感じの新しいロードバイとウェアの男性を見た。なぜかぼくの前に交差点で陣取り、こちらを意識しているのか、必死に加速していっているように見える。

 

 帰りも知らないロードバイカーやクロスバイクの若者が目立つ。ただヘルメットを被っていないのが気になる。

 昼食時もよくシングルバイクに乗るヒップホップ系といけばいいか、現在の若者を良く見かける。どうも新しいファションとしてそのバイクに乗っているようだ。

 できればそれで長距離を走り、自転車の魅力を知ってほしい。今はちょっとタイプが違うらしい。 

 冬のゲレンデでいえば、僕たちはスキーヤーとすると、彼らはボーダーかさらに進んで、新しいファッションのクロスカントリーか。

 ちょっと自転車もいままでの正当ロードレーサースタイル、輪行車キャンパーなどのやぼったいものとは違う異次元の種族かもしれない。

 001

ところで、自分の肩の痛みの原因に関係あるかと買った「慢性疲労は首で直せる!」を昨日読み終えた。

 気になることがあった。この著者、松井孝嘉さんの基本的考えは、首にはボーリングの玉を一つ乗せているぐらいの負担がかかっていて、悪い姿勢を長時間続けていると頸性神経筋症候群と名づけた病態がおこるというlことだ。

 首は脳と体をつなぐ需要な神経と動脈などの通路になっている。それを支える筋肉に疲労がおこると頸椎と神経を圧迫する。

 ここまではよくわかる。

 そして今注目されているうつ症状などもその9割がその部分の問題であるという。 

 ぼくが疑問に思うのは、健康を保つ姿勢について述べた部分というか予防の姿勢について書いた部分で、ロードバイクの乗車姿勢を具体的にだめな姿勢の例として語られていることだ。

 しかし、それを意識しながら今日乗っていたが、上半身は前かがみでも、ハンドルはブレーキ部分を持っている限り、首はまっすぐ前に伸ばしているというより、前をしっかり見るため、上に首を上げている。つまり上体からは後ろ向きの首の形だ。

 またママチャリのような乗り方が望ましいとまで述べているが、自転車に対する認識不足ではないかと、松井先生は30年以上研究してきた専門家だが、あえて言えば異論をとなえない。

 ただ、パソコンに向かう姿勢はたしかにノート型の場合、ちょっと下向きに頭を保って作業するので、問題はあると納得できる。最近うつ症状の人が急激に増えていることも関連がうなづける。

 自分自身も3年ぐらいずっと毎日ブログ更新のため、パソコンに一日1時間ぐらい向かっている。これが、肩の痛みの原因かもしれない。ただロードバイク通勤は決して悪影響とは思っていない。腕をサスペンシンションの役割にしていることは毎日自覚しているので、肩と腕の筋肉を使っていると思う。

 その部分の研究も進めてほしい。

 ただ本全体にはハっとさせられる内容だった。

2009年3月16日 (月)

一泊二日京都夫婦旅行出かけました

006_2  突然のようではありますが、妻がすでに1月には休みの申請をしていて、本当はこの月の14日、15日の予定で考えていた夫婦旅行を、14日の集会参加の予定が後から入ったため、よむなく15日(日)、16日(月)の日程で実行することにした。

 予約は今回はホテルのみ。妻の共済の全国的な厚生施設から、京都祇園ホテルを選んた。

 予約は3週間ほど前だったが、うまく空いていた。直前に調べるとあのアパホテル系列とわかり、失望したが、行ってみると結構老舗ホテルで、あとからアパと提携したようだ。場所は阪急「四条河原町」から八坂神社の方向に歩いて、5分ほどだ。

 祇園からの通りからも近い。

 14日はまず清水寺を目指した。当然「四条河原町」から歩いていったが、建仁寺という大きな寺に寄り道し、清水坂というルートから登った。

 大分前に来た覚えがあるが、たしか生まれてから一回しかきたことがない。010

 まあある意味予想どおりだったが、違った面もあった。

 気になるのは今日は、やたら自動車が多いということだ。祇園にしろ清水寺周辺にしろ、ひっきりなしに車が行き来している。ちょっと失望した。

 世界遺産が泣く。

 提案だが、京都の中心部、観光地は車を制限して、路面電車とバスだけにするべきだと思う。

 昼食はこの清水寺を降りて、「茶碗坂」という道を降りたが、途中「清坂停」という感じのいいレストランに入る。

 地ビールを飲み、ランチを食べる。

 それからその坂を下りていったが、妻は悔いのないぐらい焼き物の店を見て回った。面白いのは、坂を下っていくにしたがって、値段が安いものを販売していることだ。その焼き物の値打ちなど見抜けないが、とにかく値段が安いものが店頭にならぶ。

 それで自分的には掘り出し物のマグカップ(1000円)を一個買った。妻は五条坂の近くの店で湯のみとマグカップを買った。

 015_2

 そこから五条で地下鉄に乗り、丸太町で降り、京都御苑(御所)に向かう。

 喧騒としたさきほどの五条通りから、一転都会のオアシスという感じはこの御苑にはある。

 しかしここは広い。最近読んだ、「京都の江戸時代を歩く」によると、公家さんたちは京都の広い地域に散らばっていたらしいが、今はよくわからない。御苑内にも何箇所か旧屋敷跡の看板が多い。

 この日は時間がたぷっりある。御苑内の休憩所でコーヒーを飲み、時間を楽しむ。

 妻も大分歩きつかれているらしく、この御苑内の西北の地下鉄駅「今出川駅」からホテルの方向へもどることにした。ぼくの学生のころは、このいったいは路面電車が縦横部準に走っていたのを思い出す。京都にマイカーの混雑は似合わない。

 地下鉄から阪急に乗り換える烏丸駅の阪急切符売り場で、白人の初老がぼーとしている。ぼくもオーストラリアの切符機械でパニックになった経験があるので、失礼だが、声をかけ、「どの駅まで買いたいのですか」と質問。ただなんと言ったか思い出せない。(where will you go?だったか)。それで「キュウト!キョウト!」と自分の地図を出してくれた。それでここは阪急なので、その駅はない。きっと地下鉄です(sub wey)というと理解したみたいで、安心していた。その方向を指さしてあげた。

 役に立ってこちらもうれしい。

 四条河原町にもどって、それでも時間は午後3時半だ。夕食に利用したい場所を下見してみた。情報は持っていったJTBの「歩くおてがる京都地図」に掲載されている店をあたる。どれからホテルでチェックインした。

 部屋ではしばしダウン。

 夕食は下見した高瀬川付近ではなく、祇園、花見小路からちょっと入った初音小路の中にある「ぎおんまんざら」にほとんど偶然だが、入った。元茶屋のオーナーが改装して創作料理やに立て替えた店だ。

 016 なかなか感じがいい。料理もうまい。

 店員に人もよく教育されている。雑誌を見てきたことを若い接待女店員さんに告げたり、よけいなコミュニケーションをしてしまった。017

2人でビールと日本酒2合飲んで、9450円。まあ気分もよくなって「まあ、いいか」という感じで店を出た。男性店員さんが戸口まで見送ってうれたが、NHK朝の連続小説「だんだん」の京都場面は、すぐ近くがロケに使われたということを教えてくれた。

 いろんな人と言葉を交わすには楽しい。

 020

 翌日は、朝四条の通りを眺めだがらの朝食バイキングを食べ、チェックアウトしてすぐ帰路に向かった。

 家に帰ってひたすら読書。「慢性疲労は首でなおせる」を読み会えた。

 内容でロードバイクの運転に関係ある部分があったが、それはまた明日。

 まあ、新鮮な気持ちを取り戻した2日間だった。

2009年3月14日 (土)

突然の38℃の高熱、全作業停止。翌日朝回復

001  13日(金)はバッドフライデーとも考えられるが、朝から雨が降っていた。朝のラジオ放送では、夕方から局地的に雷がともなうという。

 直感的に電車で通勤することにした。直感的というのは、後からそれが直撃するわけだ。

 仕事は今日も重要案件多々。午後からどうも体の調子がいつものようではない。異常にしんどい。

 ただそれだけだったが、夕方5時半には職場を出て、帰りにコープこうべ立花店に向かった。今日はカレーを作るため、家にない材料を買った。

 家に帰ってさっそく食事の支度。7時半すぎ支度を終え、すぐ風呂に向かう。

 ところが服を脱ぎ始め、パンツを脱ぐ瞬間、悪寒が襲ってきた。急いで湯船に入る。そのまましばらく湯船を出られない。慎重にあたたまり、体だけすばやく洗って、風呂の中で体を拭いて、パシャマもそこで着た。

 風呂から上がって、白湯を飲み、おかゆを作って食べ、体温を測ってみると、なな、なんと38℃。「やばい。やばい」。明日は全員参加の集会がある。その翌日は妻と2人の旅行がある。朝の直感は本物だった。

 9時になるかならないかで、悪寒を襲ってくるのを恐れながら、布団を引き、その中に半纏を着たままもぐりこむ。

 そのまま朝まで眠り込んだ。

 

 翌日は7時すぎに慎重に起き上がった。昨日ほど寒気はない。集会は昼からなので、ゆっくり朝のスケジュールをこなした。しかしそれ以上は何もしなかった。朝食は、いつもの自家製パンとコーヒーだ。

 ちょうど今日ホワイトデーでお返しの品を近くにリビエール買いに行くために、外へ出たが、寒い。体のせいか、気温のせいかよくわからない。

 まあ午後からなんとか体は普通。

 予定の「守ろういのち!なくせ貧困!3.14近畿総決起集会」の開かれる大阪、本町の御堂会館に向かった。002

 会場には1200人の医療関係者が集まった。

 実は舞台で各代表が演壇で発言しているとき、ちょっと疲れがぶり返してきたので、目を瞑って半睡眠状態だった。

 年金者組合の人の発言では、年金受給の平均が6万円ただずだと発表があり、唖然とした。

 大阪知事、橋下氏が高校生代表と懇談したおりの参加の高校生が報告。私立高校に行っているものは、努力が足りないから公立にいけなかったとかという広告があったが、橋下氏は、弱いものの味方ではないことが、最近明白になってきたような気がする。それでも府民の支持率は80%台という。

 003 大阪府民よ、目をさませ!

 夜、NHK“ドキュメント現場”最終回で、JRブルートレイン九州ー東京最終便の数組の乗客と、車掌を描いていた。なんといっても名古屋を過ぎ、静岡に入ってから掛川の鉄橋だったか、車掌がわざわざ富士山のベストビューポジションをアナウンスする場面があって、

「この列車は、他のどんな車両より優れている!」と確信した。

 というのは早く着くとかそういう問題を度外視すると、車両冥利につきる時間を味わえる乗り物だということだ。

 なぜ、無くすのか。まあ廃車になるから報道で取り上げられるのだが、東南アジアやロシア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど何泊も車両で泊まって旅を楽しむ便が出てきているのに、日本は目先の経済性を追いすぎだ。

 新幹線から眺める富士の感覚と、ブルートレインつまり在来線路を走る線から見た富士のシチュエーションではどちらが贅沢か、画面で見るだけでもそれはわかる。

 スローライフという言葉が一時一世風靡しかけたが、最近また言われなくなったような気がする。

 僕はいまも朝食後のコーヒータイムと朝起きるとき以外、時計は消して気にしない。だから今日のその番組を見て、惜しいなと真剣に思った。

2009年3月12日 (木)

一方通行路について考える

007_2  今週は一日おきの自転車通勤だが、今日は晴れているわりにちょっと寒い。道路温度は5℃を示している。

「ええ、この格好でいいの???」とい感じで走る。

 というのは5℃といえば、真冬のちょっと温度があがったぐらいだ。

 その時期は、上着の下にセーターを着、頭はレーサーキャップを被っていたが、今はそれはない。

 しかし結構それでも寒くないものだ。

 今日は日ごろよく出会う自転車通勤j者と出会う。ただほとんどの人は信号をある程度無視して走っていくので、自分が追い越してもまた追い越されるという矛盾。

 ただ、歌島交差点での待機状態から青信号で発進するとき、ほとんど誰よりも早く走る。というのは2つ先の信号を青で通過するため、時間的制約がある。

 後半よく信号のタイミングが悪く、何回も赤信号で停止した。

 しかし8時53分にはタイムカード前に到着した。

 仕事は今週は実際いそがしすぎ、プレシャーが多すぎた。今日はまだましな時間の過ごし方ができたように感じたが、それでも業務は多い。

 帰りは6時過ぎまでに買い物をしたかったので、5時過ぎに帰りの準備に入る。それでも着替えで5時20分にはなる。それでもまだあたりは明るい。こんな時間に帰れるのは珍しい。

008  ちょっと日が落ちてきたとき淀川大橋を横断する。

 夕日が曇り空だったが、きれいに空を彩っている。

 ところで、疋田 智さんの話を聞いてから、自分に走りとして一方通行路もそのとおり守っている。

 ただ根本的に考えてみると一方通行路というのは、あくまでも自動車の尺度から、生活道路だった狭い道路で、それを自動車が走るには、狭いので、その対処策として一方通行路を多くしたのではないかと思うのだが、果たして同じ車両とはいっても自転車にはそれが必要なのかどうか疑問に感じてきた。

 実際自転車どうしの対面なら全然問題ない広さなのだ。

 自動車と同じように一方通行を守っていると迷路を走るような複雑さと、遠回りが頻繁におこる。

 ただ自動車が市街地で不便なのは、それはよしと考える。だいたい自動車が市街地に狭い道路を走っていること事態、歩行者にとって邪魔だ。 

 もし自動車というものが市街地を入れないとしたら、一方通行路などいらないのではないかと思うのだ。しかし現状ではその状態を守らないと、自転車も危険な乗り物だ。だからぼくは今の交通法規の中ではそれを守ろうと思う。

 ただ車というものが市街地の生活道路に入れないようにするなら、必要ない。そうなったときは、自転車は、大手を振ってそんな道路であっても対面通行できるはずだ。

 自転車の視点で考えるならば、それは自動車優先の考え方のなせるものだ。

 道路を人間のために取り戻そう。

2009年3月11日 (水)

てっちゃん鍋を食べに豊中市、服部へ

Photo  今日の日程は夕方から仕事を終えて、豊中の阪急服部下車、N先生ゆかりのてっちゃん鍋を食することにつきる。

 それで通勤は当然電車で行かざるを得ない。

 朝はしかし出る前、妻がいつもしている洗濯物干しが時間的にできなということで、あわてて出る直前それをやったが、そのかわり家の中で集めた燃えるゴミを一袋につめたまではよかったが、家の外に持ち出して、ゴミ置き場まで持っていくことをすっかり忘れてしまった。

 駅までの徒歩のあいだに思い出したが、あとの祭りだ。

 「まあ、いいか」と思うと反省もなくなる。

 今日のJR海老江駅の階段は僕ともう一人だけだった。

 職場について、今日は職員との面談が3回続いて、結構エネルギーを使う。

 ただ昼食は昨日のように15分ということはなく、しっかり取れた。今読んでいる中村武生さん著「京都の江戸時代をあるく」も佳境に入ってきた。喫茶キャビンでジャズの名曲を聴きながら、NHK英語テキストを繰り返し暗記練習し、その後この本を読んでいたが、疲れは結構癒される。

 そんなこんなで夕方になり、会議に出席中の役員を待ち、総勢7人で阪急服部駅をめざす。

Ca5nzm3l  店に入り、まずは生ビールで乾杯。それからこの店自慢にてっちゃん鍋の具がいっぱい入った鍋に火が入る。特性味噌がやまの上いしっかり乗っている。

 もやしにニラにホルモンなどを煮る特性ステンレス鍋が生きている。

 2時間半の宴会時間はあっという間に過ぎてしまった。

 帰りの電車でマイカー談義。Y先生はスバルレガシーのすばらしさを語られる。S先生は、トヨタにのっているが、もう10年乗り続けているという。しかしぼくは17年ニッサンプレーリーに乗り続けてきた。

 たかが自動車、されど自動車でS先生と意見が合うが、長く乗ると未練は残る。17年も乗ると、思い出がいっぱい染み付いてしまった。これを断ち切るのはかなり勇気がいる。無機質の鉄の機械のかたまりだが、まるで家族のように思ってしまう。

 そんなことを話しているうちに早くも十三駅に到着。神戸線に乗り換えて、武庫之荘駅で降りた。

 

2009年3月10日 (火)

ちょっと暖かさを感じる朝の通勤

001  今日の朝はちょっと春に近づいたかなという感じだ。

 ただ、昨日懇親会でビール、ひれ酒を飲んだせいで、ちょっと朝は起きにくい。しかし目を覚まし、トレイに向かう。

 朝の出発は、上着は中のセーターを脱いで出かける。走りはじめはちょうどいい。

 2号線に入って、さらに日差しが暖かいせいで、体は熱くなってきた。

 歌島交差点を過ぎて次の信号では待機するが、今日もメッセンジャーA田くんがやってきた。

 とりあえず追い風で今日は調子がよさそうに思って、前を引く。彼もペースを合わせて後ろについてきてくれた。淀川大橋はちょっと向かい風。それでもペダルの回転数をおとさないように走る。 

 野田阪神で彼と別れる。

 気温が変わるとこれだけ体の調子がいいのかと感じてしまう。

 仕事は今日もいそがしい。今日の昼食休憩は20分しかなかった。

 今日は夜7時過ぎになることは覚悟していたが、留守番電話の設定、テストがスムーズに行って、6時半には開放された。

 帰りはゆっくり走ろうと思ったが、寒さが復活し、しかも向かい風がきつい。なるべく風に逆らわないように走る。

 それにしても最近、よくお腹がすく。帰りの走りで一番辛かったのは、その空腹感だ。なんとか家に着いて、3男が食事の用意をしてくれていたが、風呂のあとテーブルに向かう。

 このうえなくビールがうまい。食事もうまい。酒もうまい。

 人間緊張感のあとのスポーツと汗と、風呂上りのビールは精神的に癒される。そしてその自転車通勤は、ビアンキが体の一部になってきたように感じるときがある。そんなときがなにもかも忘れて一番幸せなのかもしれない。

2009年3月 9日 (月)

月曜日は忙しい

 週末が終わると月曜日がやってくる。

 今日は5時から懇親会のため、電車で行く。月曜日は結構大量のゴミを出して、忙しく家を出た。今は寒いのか、暖かくなってきたのか、見極めが非常に難しい。 

 JR立花に着くと、アナウンスで手前の駅で体調不良の乗客が出たため、電車が送れているらしい。しかしこれは仕方がない。しかし自分的にはちょうどいい時間に次の列車が入ってきた。

 電車で行くいつもの時間より一つ早いくらいだ。

 仕事は朝は忙しい。4つほどの課題をすばやくこなす。月曜日は普通体と頭のエンジンがかかっていないが、やらないといけないことがあるとそれなりの緊張感でこなしていける。

 午後からはまるっきり会議が続く。人間の会議継続時間は2時間が限度だと言われるが、3時間はきつい。

 あっという間に5時を過ぎ、そのまま同じメンバーで懇親会に向かう。道頓堀界隈は若者が夕方も多い。

 しかし夜の飲む会があるとどうしても自転車通勤はできない。

 ただ今日おもしろかったのは、朝、海老江駅を降りて、72段の階段を上がるとき、なぜか僕を含めて5人の男性が、横にエスカレーターがあるにもかかわらず、階段を登ったことだ。

 ちょっとうれしい。階段を歩こうとする人が思ったより、いたことだ。

 みんな電車通勤では階段を歩こう!

2009年3月 8日 (日)

娘、シンガポール帰還を見送る

001  昨日のお別れの会を終え、今日は娘がいよいよシンガポールへ帰還することになった。

 なにせ関西空港10:00発のキャセ航空便で行くので、朝は妻と本人と僕と5時に起き、なんとか6時15分に家を出る。

 阪急の駅まで妻と娘は手をつないで10分ほど歩いていった。

 家族では唯一女性どうしのつながりだ。

 ぼくは娘のハードケースを引きずっていった。キャスターが一個壊れているので、ちょっと大変だった。

 阪急ではとなりの西宮北口からシャトルバスに乗る。妻は別れるのが辛いからか、費用がかかるからか、そこで娘を見送ることにした。ぼくは関空までついていく。

 マイカーがあれば、それで行くのだが、なにせ回復がわからない修中のため使えない。

 小一時間で関西空港に到着。搭乗手続きはCカウンターなので、すぐだったが、今日は異常に旅行者が多い。娘の手続きのあいだ搭乗口の方で待っていたが、さすがに時間がかかっているようだ。

 20分ぐらいかかってそれを終え、搭乗チェックまでしばらく時間があるので、3階と2階をまわってみることにした。娘は本屋で3冊本を買った。

 しばらくして、また4階に上がり、いよいよ搭乗チェック口に行ったが、これまた長い列ができている。こんな長い行列は見たことがないが、なんとか10分ほどに中に入っていった。

 そこでも見えるまで手を振ったが、ちょっと涙が出てしまった。無事チェックを終えるのを確認し、帰ろうと思ったが、横の待合口では税関を通っていく姿が見える。

 娘はそこでも10分ほどして出てきて、こちらを見ていたので、またお互い手を振った。

 別れというのはやはり辛いものだが、また帰ってくることを楽しみにしたい。

 

 帰りはまた尼崎行きシャトルバスで帰ることに決めていた。ちょうど9時35分初があったんで、それに乗った。1時間ほどでまた尼崎にもどる。その間中、英語のCDテキストをICレコーダーに録音したものを聞いていた。

 003 JR尼崎で降り、スーパー銭湯に行くことにしたが、なにせ誕生月に合わせて、お祝いのはがきを3箇所からもらっていた。しかしよく見ると無条件で無料で利用できるのはこの尼崎の「極楽湯」だけだった。

 娘との別れを風呂で気分を変えてリフレッシュした。銭湯の受付では、社交辞令だと思うが誕生招待のはがきを出すと「おめでとうございます」といわれ、悪い気はしなかった。

 

 家に帰ってからは気が抜けたようになってしまった。

2009年3月 7日 (土)

娘の再渡航お別れ、2男、3男、自分合同誕生会

001  今日は朝出勤当番、午後会議のため、いつものように8時前に家を出る。

 しかしさすがに土曜日の朝というのは、車の量が少ないので走りやすい。

 歌島橋交差点は文句なしに1回クリアで通り過ぎた。

 そして今日はひさびさの晴天で気持ちがいい。それに気温もそろそろ春かなという感じで、レーサーキャップはつけず、上半身は、レーサージャケットの下にセーターは必要なかった。

 職場も数人しか今日はいないので、静かだ。

 午後からの会議は2本連続なので慌しいがあっという間に過ぎていく。午後4時30分帰り支度となり、45分ごろ職場を出た。

 帰りのなにわ筋は、土曜日の夕方とあって、のんびりしたものだ。やはり車の走る姿は少ない。 ただ中ノ島付近からリーガロイヤルホテルに通じる道路は、待ちタクシーの列が延々と続いている。これは定日より多い。

 家に帰ると、今日はいよいよ朝シンガポールへ帰る娘の送り出しと、2男、3男、自分の合同誕生会のため、妻はちょうどケーキを買って帰ってきた。

 しかしみんなが揃ったのは、午後10時。ちょうどワールドクラシックベースボール日本×韓国戦を見ていて、あまりの日本チームの圧倒にテレビに釘付けになってしまった。その試合の中で2回表の場面だったか。向川がバッターボッックスに入って、カウントを見ながら、次のボールで「きっと打つで」と宣言したら見事に的中した。また韓国が1アウト1塁の場面で、「ここでゲッツーが出るかも」と思ったあとみごと予想どおりで、シャットアウトした。

 自分でも驚くぐらいだった。

002 そんなこんなで試合は終了し、終わってみれば13対2、7回コールドゲームというできすぎの結果だった。

 それでさっそく誕生会に移った。

 ケーキに蝋燭を立て、「ハッピーバースデー」を歌い、一人ひとりの豊富を述べ合った。ただそれだけの会だが、ずっと続けている。

 ただ2,3男は2月後半、ぼくは3月17日が誕生日で、今やなかなか揃うのが難しく、娘も明日出発なので、この日となった。

 いつか夫婦だけの家になることは時間の問題だが、今日のような集まりは貴重であり、大切な時間だ。

2009年3月 6日 (金)

雨の電車通勤、道を見て歩き100円拾う

001  今日は兄からの依頼で書類を送る必要があるが、印鑑証明を3通添付するため、午後から休みを取って市役所の支所に行くことにした。

 それで雨が降っていること、もあり、電車通勤で出かけた。

 昼を過ぎ、もよりの夕張屋食堂で食事をとり、家に向かった。

 JR立花駅を降り、家に、向かって歩いたわけだが、家が近づいたところで、道端に光るものがあり、よく見ると100円硬貨だった。

 店の前なんかではなく、誰が落としたかわからない。届けるには金額が小さすぎる。しかし正直うれしかった。これも大げさに言えば運命だが、自転車で通勤していれば絶対ありえないことだ。そんなことで偶然というものの不思議さを感じる。

 そころで役所に行くことがきっかけで帰ってきたわけだが、ついでに他の用事を考えてみると結構ある。

 最近送られてきた米の支払い、歌声新聞の支払い、その他と3件の支払いをみんな郵便局ATMで済ました。これは案外簡単だ。

 それから朝飲むコーヒーの豆が切れてきたため、「豆珈琲」店に新しい豆を買いに行く。

 それに最近住宅ローンの借り換えをして、前の銀行に関係する信用保証協会の保険料の一部が通帳に入っているので、それを下ろしに行く。

 書いている順番は実際は違うが、最後はすでに3時を過ぎていたので、夕食の材料をコープに買いに行った。それからついでが続くが、立花商店街を通って、ナンバサイクルに3男の自転車の鍵を買いに行く。

 行ったときは暇な時間そうで、おとうさん、息子さん、店員さん3人ともゆっくりしているようだった。ついでに、ぼくのランドナーのバックライトにする適当なものを買った。

 家に帰ると、朝の洗濯物が干されていない。優先的にその作業にかかり、そのあと自転車の鍵とランドナーのバックライトをつけた。

 それですでに時間は4時をとっくに過ぎてしまった。

 家に帰ってからの最大の目的は、職場のYくんから借りた「モンスター・ペイシェント」【崩壊する医療現場】を読みきることだったが、185ページはある。5時半がタイムリミットだが、いくら速読でも1時間では無理。それで速読以上の流し読みをした。

 一時帰国している娘もいよいよ明後日朝にシンガポールにもどる。実際会話する時間も限られていたが、娘にとってはいい骨休めだったのでないかと思える。

 この2週間は土日も含め、家でゆったりすることはほとんどなかった。今日の午後は用事の連続ではあるが、それなりにのんびりした気分だった。

2009年3月 5日 (木)

第2次補正予算関連法に異議あり

002  ちょっと交差点の停止線に今こだわっている感ありだが、今日もきれいな交差点停止モデルをみて感動。

 自分が自動車への偏見により、停止線を守らない自動車が多いのだろうと思っていただけか。

 この土佐堀の交差点では模範的な停止をしていた。

001 それに引き替え、もうひとつの写真では、急ブレーキでやむなくとまったのではなさそうだ。

 あきらかに停止線をオーバーし、横断歩道にもタイヤがかかっていたのではないかと思う。

 ちょっとしたことだ。しかし自分中心の運転だけで、まわりに悪い影響をあたえている。

そのことをよく考えたまえ。

 しかし意外ときれいにとまっている自動車の方が多いことを再発見してうれしい。

 自転車はもっとひどいわけだが、今日の帰りはなにわ筋で反対車線の停止線できれいに信号を守っているロードバイカーを発見した。ヘルメットを被ってはいなかったが、それは割り引いても、しっかり信号を守っていた。これが貴重な状況なのだから、いかに信号無視が多いかが分かるわけだが、それにしてもぼくはうれしい。

 ところで、まったく腹が立つ法律が昨日決まった。というのは定額給付金といしょにその第二次補正予算で、大都市をのぞく地域の高速道路で3月28日から休日のみ上限いくら走っても1,000円にするという。ただそれだけではない。

 ETC搭載車にかぎるということが腑に落ちない。ぼくのように自分の意思でETCをつけていない車に対してはその制度から除かれるのだ。

 これはあきらかに差別だ。ETCを望まない運転手はその制度を利用できない。

 たとえばこの前言った信州まで高速道路を利用しても、一方は1,000円。現金支払いなら8,500円。これはあきらかにおかしい。ETCを搭載していない車はその権利がないということか。怒りがおさまらない。

 つまりその制度にあわせてETCを販売する会社に儲けさそうとする狙いが見栄みえだ。

 こんなことがあっていいのか。

 古い車にこだわり、有料料金も現金にこだわえる。そのことが排除されなければいけいのか。なにが民主主義だという気持ちになる。時代に流れに従順にしたがうのが、賢いといえるのか。それではあまりにも個性がない。

 今の社会は携帯電話がまるで洗脳のように圧倒的国民に普及し、自動車は新しい車に買い換えるのをあたりまえにし、宝くじなどうしろめたくはなく、薄型テレビを持つことがステータスにし、その癖メタボや精神疾患をもつ人を作り出している。

 何かおかしい。ぼくはそんな流れに反抗したい。自分は自分のままでありたい。

 そのことを今回の第二次補正予算だかなにかで怒りをもって感じた。

2009年3月 4日 (水)

停止線は守りましょう

001  朝の通勤時、尼崎七松線の県道だと思うが、その小さな片道一車線道路をかなり大型のトラックがぼくの横を通っていった。

 「こんな狭い道路走っていいの?」

 と思っていたら、市役所をすぎてさらに南の道路で停止線を大きく越えて止まった。

 「そんな停止線オーバーは非常識でしょう?」

 と思いつつそのトラックが先を走るのを見送った。

 さて写真は、大阪阿波座、中央自動車道の手前の信号。きれいに停止線でとまっている。もちろんぼくも。

 昨日も書いたがこれがあたりまえだし、きれいだ。道路の美学でもある(ちょっと大げさ?)。

 

 帰りの通勤では、淀川大橋を過ぎ、歌島交差点までの間のコンビニ前で、停止している車がよくある。しかし、そのコンビニには駐車場があるのだ。

 「あぶないやろう。ばかやろう」とその車をやり過ごしぞいに叫んでしまった。ぼくも実際職場で腹の虫のおさまらないことがあったためだろう。それもとおり過ぎししなにドアを開けて入ろうとしたのだ。

 「なんやとう。ちょっとこい」とかなんとかその男は言っていたようだ。

 ちょっとやばい。それで自転車の優位性を生かしてその路線を変更した。後ろから追いかけられると何をされるかわからない。

 ただ今日の帰りは、午後7時までに尼崎の無農薬販売をしている店に行って、活水器のカートリッジを買うことになっていたので、この迂回は時間をロスしてしまった。

 結局店は閉まっていた。

 まあ仕方がないだろう。しかし悪いものは悪い。注意することに後悔はない。ただちょっと精神的に不安定だった。

 結局今日も一番先に家に帰るはずだったので、そこから買い物をして、夕食の用意をしないといけない。これはなかなか辛い。

 家に電話すると幸運にも3男が先に帰っていた。しかし決めたことは実行する。コープによって、お好み焼きのため材料を買った。もう時間はどうでもいいやという感じで腹をくくった。

 やけで、コープでは399円もする山のいもを買った。これも勢いだ。しかしこれをすりつぶしてお好みの材料に入れた。出来上がって食べて見ると、いつもの長いもの比ではない。おいしいものを食べること自体ストレスが緩和される。そしてビールがうまい。

 明日はもう一度帰りに武庫川近くにあるその店「土」に行って活水器を買おう。

2009年3月 3日 (火)

急激な寒さの中、帰りの通勤自転車

003  まだスキーの余韻が残る中、今日はロードバイクで走る。

 職場では、I さんから送られてくる画像をサイズ変更し、USBメモリーに入れなおした。

 それにしてもその中に映し出される五竜のゲレンデと背景に広がるアルプスの絶景は今回初めて目にした光景だ。

 013 2日の日が過ぎて、なお記憶が拡大されてよみがえってきた。

 しかし現実はきびしく、行きの通勤は、5℃の気温と風が向かってくる中を走る。

 帰りはさらにみぞれ交じりの雨の中、さらに温度は下がっている。

 帰りはまさに最悪の走行だった。走れば走るほどつま先は寒さが伝わってくる。それでもゲレンデを走っていると思えば楽しさも感じてくる。

 ただ、こんなときに限って2号線はそこら中に駐車する車が走行を邪魔する。とくに雨の夜は後ろを振り向いてもライトの光でしか予測できないので、かなり危険だ。慎重に走った。

 道路上は、ちょっと愚痴を言えば、「非常識が常識」になっている。

 交差点近くで駐車してインパネに足を乗せて寝ている運転手がいる。二十駐車でなんとも思わないタクシー。傘をさして道路を逆走する自転車。信号無視が当たり前の自転車常識。

 これは分別ある大人の世界であっていいものか。いわば社会的麻痺が感染しているのだろう。

 これを打ち破るのは可能なのか。

 なにを馬鹿なことを言っているんだと思われそうだが、想像してもらいたい。誰も交通ルールを破らず、信号はきっちり全員守っていて、不法駐車など皆無で、みんな譲り合っている世界を。

 つまりすべての人が豊かな心をはぐくむことしかないのだろう。すべての人がスローライフを貫徹すること。これは今の現実では夢の話だろう。

 しかしそんなことを考えながら毎日走っている。001

スキーで宿泊した「樹里家」は心あたたまるもてなしをしてくれる。

 自然のゆたかな暮らしでは、都会では味わえない豊かな日常があるのだろう。

 そのペンションでは木の建物のよさが感じられる。朝洗面で洗面台に向かうと鏡のまわり全面に20年以上の来客者との集合写真や、オーナーご家族の歴史が分かる写真が貼られていた。

 そんなことを思い出しながら、家に到着。誰も帰っていない。

 すぐ、今家に帰ってきた娘が風呂を用意してくれていたので風呂に浸かった。

 まあ明日も豊かな気持ちを忘れず、自転車を走らせよう。

2009年3月 2日 (月)

朝出発時、突然パンク発見!!!!

001  スキー旅行から一夜明けて、仕事の日となった。

 銀世界のイメージがまだ頭に残っている。夜はなぜか浅い眠りしかできなかった。

 家を出る段になって、自転車のタイヤを確認してみると、なんと後輪の空気が抜けている。

 ちょっと動揺したが、そこにあったランドナーで行くしかない。

 ただ重量は12kgぐらい。タイヤ幅は28mmぐらいある。それで当然ペダリングは、ロードバイクの感覚で走ると重い。

 前半は誰にも会わない。なんとかいつもの信号のタイミングにあわしていこうとすると、かえって負担が掛かってくる。野田阪神交差点だったか、最近出会った新人ローダーが声をかけてきた。そのうしろを振り返るとグレッグレモン車のA君だ。

 そこから一機に土佐堀へ。

 かなり負荷をかけて走った。やはりロードが恋しい。それでも職場には8時54分に到着。まずまずだ。

 仕事はなぜか夕方からの作業立会いで6時半となってしまった。

 しかしそのおかげで、偶然メッセンジャーA田クンと淀川大橋で遭遇。「今日は遅いですね」と言われた。

 帰りは向かい風も多く、ひたすらマイペースで走ったが、無謀にも、一般自転車で、それも歩道を追い抜いてこようとするやからがいた。歩道を25km/h 以上で走ること自体危険すぎる。日本人はどうして、おばさんも含め、ぼくのようなスポーツバイクに不可能なはずなのに、追い抜こうとしてくるのか、気が知れない。

 よっぽどかなり以前から学校教育の中で競争の意識をたたきこまれてきたのではないだろうか。

 家には8時前について、3男が夕食の支度をしてくれていて助かったが、風呂に入り、食事のテーブルに座ってしまうと「休息したい~~~」という感じで、腰を落ち着けてしまった。妻はつい隣のパソコンでWORDへの画像を貼り付け方を容赦なく聞いてくるので、ゆっくり食事することも中断状態だ。

 それで、あと洗濯物を畳み、ロードバイクのタイヤとチューブの好感に掛かったが、これが異常に時間がかかった。というのは、新品のタイヤはやたら硬く、リムに収まらない。

 それで11時を過ぎてしまった。

 

2009年3月 1日 (日)

白銀のゲレンデ 五竜スキー場とペンション樹里家の3日間

014_2  2月27日から3日間、昨年に引き続き、職場を退職したI さんの要望に応えて、Ⅰさんのなじみの長野県五竜にあるペンション樹里家(ジュリア)に宿泊し、スキーを満喫した。

 ただ、大阪から車で6時間のアクセスが必要なので、覚悟がいる。

 2日目の28日は、朝から快晴。それになんとゲレンデを終点までリフトで登ると、なな、なんと雲海がわれわれの下に広がっている!

007 これはいったいなんだ!

 と感動するしかない。朝8時半から登ってきたのだよかったのだろう。

 ぼくは、登山も好きな方だが、この近辺の穂高や北アルプスは登った経験がなヤい。IさんやNくん夫婦はかなり体験しているようで、よく知っている。

 北海道のスキーもそれはそれで魅力があるが、このアルプスをまじかに控えたゲレンデは、ぼくにとっては新鮮だ。

昨年は天候が悪く、このシチュエーションは体験できなかっただけに新発見の日である。

 スキーの方は、なんとか中級にはすべれるという段階で、それ以上の意欲も消えかけていたが、Iさんは65歳にいして、なお上達のカギをつかんだと意欲満々でそれに刺激され、回転のエッセンスを一つ教えてもらった。また、樹里家のご主人からもカービングスキーのターンの特色、内スキーの加重重視と外スキーを開くという考えを夕食時、ひれ酒を飲みながらボディーランゲッジで指導してもらい、新しいスキー術を聞いた思いだ。

 それでがぜん意欲が沸いて、2日目の朝を迎えると、雲海が見られたということで、2倍の刺激を受け、さっそく上級ゲレンデ挑戦の気になった。

 自転車でのダウンヒルとスキーの滑降は別ものだが、しっかり谷方向に視線を向けるという点では同じだろう。

 ところでスキー用の自転車ソリに乗ってる姿を見た。なかなかこれも面白そうだ。またジャンプ、ポールに乗って滑る施設も設置されていて実際それをやっていり若者の姿を見たが、「くそー!もっと若かったらな」と心でさけんだ。

015_2  とにかくそれで、朝は2時間半、午後は3時間ほどぶっとしで滑った。見ず知らずのオーストラリア人にも、日本人の女性ボーダー、ショートスキーヤーにも果敢にゴンドラとペアリフトで声を掛け、OGの青年には通じるところもあれば、よく聞き取れない部分もあったが、一応を会話を交わし、分かれた。とにかくこの五竜は最近OGたちが旅行でとまれるルートがあるらしく、やたらゲレンデやふもとで見かけた。

 女性は午後Iさんと離れて、一人で3回ぐらい滑ったときにペアリフトで混雑時なので、やむなく勇気をもって「一緒でいいですか」と声をかけながら一緒に座ったのが、2回とも女性だったということで、沈黙のまま上までの数分をやりすごすのも場がもたないので、声をかけたという自分なりのサービス精神が自然に出たわけだが、若い女性のスキーヤー、ボーダーの考えが聞けた。つまりそんなに世代間格差はなく、ただスキー、ボードが好きということだ。だから彼女らも言葉をひとこと交わせば警戒感などないのだろう。

 やはりただ滑ってかえるだけでは、いろんな情報、ふれあいを体験できない。北海道キロロではそれができなかった。

 自分自身のスキーへの意欲も高まった。

 一緒に参加していただいたNさん、Iさんご夫婦、Yくんありがとう。また来年も行きましょう。ただ自家用車プレーリーが健在かどうか、それが心配だ(まだ修理会社「勝本モーターに出したまま)。

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

最近のトラックバック

2013年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30