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2009年4月30日 (木)

57歳にして琵琶湖一周、自己最高記録達成!6時間45分

001_3   昨日予告していたとおり、今日は琵琶湖一周を計画どおり実行した。 

 自己最高は休憩を入れて、7時間15分(琵琶湖大橋まわり154km)だが、自転車通勤を7年以上続けてきて、その技術は必ず高くなっているという自信を胸に秘めて、今日はその成果を試してみることを最大の目的とし同じ154kmに挑んだ。

 ちょうど自家用車プレーリーが復活したこともあり、その試運転も兼ねている。

昨日から気合が入っていて、今日は朝5時におきるため、準備を進めてきた。

 予定どおり5時におきて、6時15分に家を出た。スタートは、琵琶湖大橋下の道の駅をえらんだ。7時20分ごろ現地に到着。結構同じような自転車がすでに走りはじめている。

 トイレを済まし、さっそく出発する。

 まずは琵琶湖大橋の登りが難関と思っていたが、たいしたことは無かった。

 7時35分スタートで、次は10時まで走る予定だ。

 しかし、食料が不足しているので、8時25分、西の湖のコンビニで止まる。去年9月にはここで熱さでばてたところだ。液体ビタミンCとパンを買う。

 調子は悪くない。次は10時半の休憩をめざす。

 彦根までのアプローチは長い。しかしのどかな田園地帯が疲れを癒してくれる。ちょうど水田に水を満たしている時期らしい。

やっとの思い出で彦根市街に入る。彦根城を写そうとしたら、カメラの電池がなくなってシャッターが下りなかった。ここから長浜の豊公園まで30分かと頭で考える。

Photo_3

 何回か挑戦してきたが、長浜はいつも昼ごろ到着する。それでそのまえにバテバテになっているのを思い出す。

 予定どおり30分ほどで長浜まで到達。休憩せず10時半をめざす。疲れも若干出てきた。 

 本来はゆったりと移動したいところだが、今日は記録達成を主目的にしているので、先を急ぐ。

 次の尾上温泉までがまた単調なルートが続く。

Photo_4 尾上温泉には10時20分到着。ここは9条サイクラーの一周企画で宿泊したところだ。

休憩していると2グループが次々近づいてきた。おなじところで休まなくてもいいのにと排他的なことを考える。

 ただ気分が悪かったのは、その一グループ、2人連れで走っている高齢者だ。

まったく挨拶する気配もない。それでぼくも何も会話しなかった。

 普通は同業のよしみ、いや同じ自転車愛好家としてあいさつするだろう。

 その前に出会った白人の男性は、すぐ先を走りだして、そのあとの湖ぞいで休憩していた。

 それでどこから来たかと聞いてみると、メキシコからという。一体いつ来日したのか聞くのを忘れたが、、「今、インフルエンザ大変ですね」と話すとあまり意に介していなかった。それで「good ruck」と言って先を急ぐ。

 ここから湖西のマキノにどれくらいの時間で着くか不安だったが、ルートは鮮明に頭に入っている。それで結構早くつけたように感じた。その前の海津大崎でロードバイクが抜いていったが、どうもその先スピードが出ないようで、また抜き返した。結構若い。

 とにかく12時にできるだけ先に着きたいと思い、加速する。

 Photo_6 12時5分、今津の平和堂スーパーに到着。中に入り、寿司とお茶を買い、湖の方に移動する。

 とうとうここまできたかという感じだが、再スタ^トは12時半。はたして琵琶瑚大橋まで、記録達成できるか、ちょっとあせってくる。

 まあ、ここからは27km/h

ペースを維持し、先を走る。

 ここからはどうも追い風と、下りが多い。安曇川は、湖西道路側を走る。

 ところがだ!安曇川を過ぎ、次の大きな橋をダンシングで登っていくと、左からどうも強引に入ってきそうな乗用車が1台いた。 

 あぶないので、左手で合図をしていたが、ダンシングしていることを忘れていて、そのままバランスを崩し、落車。やっぱりちょっとあせっていたかもしれない。

 このときはスローモーションのような体験はなかったが、「ああ、こけるか。しかたない」と体が先にこける状態に反応した。ただ衝撃は大きかった。ヘルエメットも道路にあたった。 

 ところが、接触していないとはいえ、原因を作った、その車の運転者は車から降りることもなく、自動車の中から「大丈夫ですか」と社交辞令のように声をかけるだけ。ちょっと頭にきたが「だいじょうぶです」と怒った顔で答えて別れる。

 しかし「大丈夫なわけだいだろう!」と言いたい。だいたい道路の真ん中に自転車ごと倒れているのだから、利害関係さておき、自動車から降りて、助けるのがあたりまえだろう。

 若者を批判する前に中高年の質を問いたい。

 左足の大腿部に傷ができた。左手もダメージ大だ。

 このままいけるのか? 行くしかない。そのまま走りだして、先を急ぐ。しかし記録は半分あきらめた。それがよかったのか。あとは気楽になった。

 安曇川を過ぎ、白髭神社を過ぎ、近江舞子をすぎ、びわこバレー入り口を過ぎ、やっと堅田の観覧車が見せてきた。がぜん元気がもどってくる。この調子なら記録更新はまちがいない。

 しかしなかなか堅田に着かないように感じる。

 しかしがまんの走りで、観覧車が目の前にせまってきた。とにかく琵琶湖大橋「道の駅」まで無我夢中で走る。

 マイプレーリー前に到着。携帯電話の時刻を見る。なんと午後2時20分。ということは、朝7時35分出発だから、6時間45分ということになる。

 今まで最高は7時間15分。それも特殊ハンドルバーをつけての記録だ。とにかく30分短縮した。

 年齢は57歳。まだまだいけるような気がしてきた。

 Mitino

  ちょっとうれしい挑戦だった。

2009年4月29日 (水)

自分的にはゴールデンウィーク初日

002  今日は4月29日、ゴールデンウィーク前半だが、自分としては、明日も休暇をとっているので、連休初日という感覚だ。

 それで、特定の予定もなく(ただ、近所の大井戸公園で、尼崎全体の少年団まつりをやっているが、パスした。

 それで9時50分ぐらいより恒例のスーパー銭湯へ行った。今日は一番近くにある「尼崎やまとの湯」をめざす。

 不覚にも、駐輪場についてカギをかけようとしたら、差込む鍵はもっていったが、本体のカギをもってこなかった。

 しかたがない。カギをかけないまま、できるだけ目立たない場所に置く。今日の自転車は、GIOSのマウンテンバイクだ。

 銭湯ではじっくりかけ流し湯につかり、蒸気風呂にはいり、体を洗い、またかけ流しにじっくり入り、風呂場を出た。気分は結構リラックスする。明日琵琶湖一周の挑戦があたまにうかび、「筋肉くん、リセットしてくれよ」と祈る。

 家に帰って、「よし今日はのんびりしよう」と自分にいいきかせ、さっそく庭の選定にかかる。しばらくじっくり庭を見ていなかった。金柑の木に一つ実が残っていたのを発見した。

 生垣のアカメモチとすももの葉と枝をかなり散髪した。

 午後からはその続きで、ホームセンターに新しい鉢を買いにマイカープレーリーで出かけた。明日はこの車を使うので、ついでにガソリンを満タンにした。

 ホームセンターでは結構客が多い。特に園芸コーナーは人気がある。それを促すように、品種の多い。ニガウリの苗はあちらこちらでやたら多い。

 勢いでニガウリとレモンとトウモロコシの苗を買った。

 家に帰って読書にふける。それは今日読み終えたが、小泉和子著「日本の住宅という実験」という題で、戦前まで活躍した建築家、藤井厚二の研究が内容だ。すでに1930年代に環境住宅と日本に適した木造住宅を模索し、実験住宅を数多く建築している。

 それが、京都、大山崎(サントリーウイズキー工場の近く)にたくさん残っていると照会されている。ただ京都で有名なヴォーリスと対抗意識をもっていたと書いてあって、そういった歴史をはじめて知った。

 夕方から妻が昼寝を終えて、起き出し、庭の手入れに掛かりだした。それでそれを手伝う。みかんの木に今年は30以上の花のつぼみが出てきたことがおどろきだ。

 それにしてもテレビではメキシコ発の豚インフルエンザの世界的感染の報告がされていて、ちょっと怖い。WHO(世界保健機構?)ではそのウィルスの感染状態をフェーズ4とランクをあげた。つまり人から人への感染が認定されたということになる。

 とにかく個人としてはこまめな手洗いとうがい、今後のことを考えると非常食、水、カセットコンロカートリッジなどの備蓄、マスクの常備が必須条件だ。

 ある程度自分の家でも対応している。

 まあ、それはそれとして、明日は琵琶湖一周記録更新に挑戦する。インフルエンザとの関連では、移動は車と一周は自転車ということで安全だ。人と2m以上離れることを心がける必要がある。問題は買い物をするコンビニだけだろう。

 とにかく今日は、早寝をしよう。おやすみなさい。

2009年4月28日 (火)

ゴールデンウィーク直前、仕事は気がせく

001  今日は待ちに待ったというより、「あれ、明日休みなんだ?」という感じだ。

 しかし、この1ヶ月はとにかく忙しかった。総会の準備、新規職員の採用プロジャクト、決算対策、などなど、かなり気分的にゴールデンウィークのことを考えている余裕はなかった。

 しかし現実感をおびてくると「明日から連休なんだ?} 

 とあらためて意識する。

 今日ももちろん自転車通勤だが、なぜか車の総量が少ないように思う。

 職場には、やはり8時46分ごろ到着した。

 仕事では、午後から重要会議があるが、午前中に全総代員への発送物の準備があって、落ち着かない。

 ところで昨日自分の財布を紛失し、見つかったと書いたが、後日談で報告すると、昨日医療生協のイベントが終わり、家に帰ったのだが、そのあとおやじーずメンバーのTさんが、向こうで貸した500円を返しにこられて、財布をかばんから出して、おつりを渡したんのだが、そのあと玄関前に乗っていた自転車がそのままなので、地下駐輪場にないしに行った。

 そのときその自転車のかごに財布を置いて地下に階段を下りたあと、そのかごに財布を入れたまま忘れていた。

 昨日はそんなことは露わすれ、まさかという感じだったが、たまたまその地下駐輪場に行ってみると、そのとめてある自転車のかごに茶色いものがある。

「ああ、これだ!」と思ったが、考えてみるとよく取られなかったが背筋がぞーっとしてしまった。

 しかし今日の仕事はなんとかやり終え、会議も終え、そのあとすぐ会議報告を作り、帰る時間は6時を過ぎてしまった。

002_2  家に帰ると、今日は手抜き料理だが、料理の準備をし、あっというまに料理つくりは終えた。

 というのは、メインディッシュに鳥の足。まわりにはフルーツレタスを置いただけだ。

 しかしキリンプレミアムビールを後ろに追いてみると、まるでドイツミュンヘン居酒屋のメニューの見えてきた。

 明日からは当分休みだ。しかし明後日は琵琶湖一周一人ツアーをなんとしてもやり遂げたい。

 だからちょっと気が張っている。しかしそれでも気分は開放的だ。

 ただ、帰りの自転車は、疲れているのが分かる。琵琶湖をイメージしながら走っていたのだが、後半の疲れたときの感覚はこんな感じだったか?と思い出そうする。

 4月30日。いよいよ自分だけのイベント決行だ!!!!!

2009年4月27日 (月)

やはり自転車通勤は楽しい

001  なぜか日ごとに寒くなっていう感じだ。

 それでも走りだすと、ペダルを踏む感覚はなんともいえない。これがロードバイクの真骨頂だろう。

 しかし、実は今日家を出る前にマイサイフの居所がわからなくなって、しばらく家中を探していたため、出るのを遅れていまった感ありだ。

 ところがメッセンジャーA田くんが2号線に入ったところで、ぼくの前にいた。なんとか追いついて挨拶したが、よく会う。

 彼は先を走っていたが、ついていくよりもマイペースで走る。それでも信号のタイミングで彼をまた出会う。そのまま野田阪神まで何度か会話を交わしたまま別れた。

 そのとき琵琶湖一周をこの連休中に実行すると宣言してしまって彼も「がんばってください」とエールを送ってくれた。

 もう引くわけにはいかない。ただ7時間ちょうどでゴールできるかどうかは自信がない。

 さっき言ったサイフのことがどうも頭にひっかかっていて、仕事も落ち着かない。まあそれでも今日やるべきことは予定どおりできた。しかし気になる。

 ないせ、財布の中には先日下ろしたばかりの現金20万5千円が入っているし、あらゆるカードが入っている。

 道考えてもないはずがない。

 てなことを考えながら仕事を終えたが、今日は夕方電話当番のため、仕事を終えたのは6時過ぎになってしまった。

 そのまま買い物はさておき、家に直行することにした。

 さて帰りはひさびさの自転車仲間に会った。数年前までこの通勤で出会っていたモンベル社のKくんではないか。思わずうれしくなって握手を交わした。

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Kくんはもともとマウンテンバイカーだが、数年前ロードを買って飛ばしていた。

 今はJR大阪駅のギャレのモンベル店で働いているので、通勤距離はちょっと短く、尼崎、武庫之荘から30分で着くという。003

もう一人モンベルにはフルークライマーのTくんもよく一緒に通勤したのだが、最近見なくなって聞いてみたが、大阪の南の方の店で勤務しているという。

 それで会わなくなったのだ。納得!

 まあしかし二人の近況を知ってよかった。

 まあ遠距離を自転車通勤している人それぞれに自分の思いと動機をもっているだろう。

 体を鍛えるため、エコのため、レースへの練習、シマノの変速機の実験台などさまざまだが、それなりの決意をもっていると思う。

 というのは、天候はかならずしも快適なときばかりではない。苦しいときのある。

 ただしかし特権は、誰のも邪魔されず、人を気にせず、服装を気にせず、乗り継ぎの待ち時間も気にせず、ただ信号を気にして、危険を気にして走るだけだ。

 ただ体験したことのない人が思うほど危険ではない。車の四六時中高速を出しているwけではないし、ある程度市街地では車といっしょに走れる。渋滞時は、逆に先に進む。

 しかしとは言っても一定のスキルに上達する必要がある。

 それは周りをよく見る。耳を研ぎ澄ます。危険を予測する。片手をはずしてターンや進路変更を合図する。ほとんど止まっている状態で乗車できるなどだ。

 それだけ上達すればまず危険はない。

 僕自身そろそろ毎日通勤しはじめてから、8年になるが、自転車で事故も怪我も皆無だ。

 もうひとつ必要なスキルは自分で自転車を整備、修理できることだ。一番いい状態にブレーキ調整しておく。チェーンはつねに一定の注油をしておく。タイヤ空気圧に気をつける。そしてさらにできれば、タイヤのスポーク調整ができること。これはスポーク回しという工具でするが、タイヤをゆがみを起こさないようにする必要がある。

 まあ、そういったことを一歩一歩上達していけば、誰でもりっぱなサイクリストだ。そして毎日通勤が実行できると、りっぱな自転車ツーキニストだ。

 まあ、自転車の魅力は奥深いのです。

2009年4月26日 (日)

尼崎医療生協、組合員ひろば祭り出演

005_4  今日は朝か天気が悪い。自分のスケジュールは、メインは尼崎医療生協病院の「組合員ひろば祭り」におやじーずの演奏依頼があり、3曲を歌う。

 もう一つは、流れ星少年団のバーベキュー。こちらは、団員の少、中学生の卒業を祝う会として開催する。

 どちらも武庫川に近いところで開催しているので、ダブル参加もと考えていたが、演奏をまず優先した。

 組合員祭りは、各地域の患者組合員が班組織をつくり活動しているが、いろんな文化活動も盛んだ。その発表の場として今日の舞台があるようだ。

 

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 メキシコダンス、日本舞踊、日本民謡、二鼓演奏、フルート演奏など多彩だ。ただいずれも患者が主人公ということは、かなり高齢の方が多い。しかしどの団体も元気だ。

 自分たちも演奏時間は10分。3曲を選んだ。ただいつものように3人のフルメンバーではなく、リーダーTさんと僕の二入だ。

 「そんな町を」「戦争しない誓い」【自作曲】「あのすばらしい愛をもう一度」

 いつもは自分の演奏楽器は、キーボードだが、今日はギターのMさんがいないので、最近弾いていないながら練習しなおした。

 どんな舞台でも観客がたとえ3人でも、100人でも手を抜かないのが大事だ。今日は70から80人いた。2曲目の前奏から歌が始まるとき、ふと歌詞がでてこない。

 「すみません。自分の曲ですが、歌詞を忘れました」というとどっと笑いが出た。「それネタ?」ともとられたうようだ。 

 まあ、よくあることなので、慌てず前奏最後か001ら弾きなおし歌う。

 ところで全体の司会の前半は、以前義村たまみ議員の励ます会で出演していた漫才コンビ「スタンドウラン」(佐藤 剛、花谷 豊)が頑張っていた。なにせデビューはこの3月というからういういしい。

 全体の参加者は1,200人というからすごい。

 結局、バーベキューには、祭りに最後まで参加した関係でいけなかったが、この会場を帰りぎわには雨が降り出してきた。

 いよいよ次の自分の企画、琵琶湖一周再挑戦にむけ、準備をはじめよう。

2009年4月25日 (土)

突然の訃報が飛び込む

001  今日はひさびさの土曜日の休みだ。それで何をしようか、頭の中を駆け巡る。

 とにかくマイカープレーリーの試運転をしようということは考えていた。

 朝は結構ゆっくりと過ごしたが、コープの配達を受け取って、スーパー銭湯にいく準備をし、ちょうど妻も仕事場へ行くということで、送っていく準備をしていた。

 ちょうどそのとき、職場から以前十分の団体の理事をしていた医師が亡くなられたという連絡が入った。

 それで、関係者に連絡を取り、自分自身は今日のお通夜に出席することにした。

 しかし、葬儀の場所の連絡は入らないので、とにかく職場へ行くしかない。

 それで予定もスーパー銭湯は行くことにし、その後同じ西宮の白鹿ショップにうよって、しぼりたて原酒を買いにいった。

 風呂から上がって、家にかえって昨日からのカレーを食べ、とにかく午後3時まではゆっくりすることにしたが、テレビチャンネルをなにげなく回していくと、桂 米団次(旧名 桂小米朝)の襲名全国ツアーの番組をやっていて、少し居眠りしながら見てしまった。

 午後3時を過ぎて、職場にむけて、礼服を羽織り、出かけた。

 職場に行って、お通夜は午後7時からということを確認し、とりあえず昨日できなかった仕事を一つ完成し、6時過ぎよりYくんの車にのって関係者3人で出発した。

 少し早く着いたが、ほどなくお通夜は始まった。

 びっくりしたのは、その式のやり方は神式というか、仏式とは違い、椿の葉か?をもって、拍手を2回うって、焼香のかわりをする。ちょっとみんな躊躇しているようだ。拍手を打たない人もいたりする。

 その亡くなられた先生は産婦人科だが、自分をしっかりもった先生だった。ぼくはその晩年、というか去年しばらく集金でその医院を何度かおとずれ、先生と自分の団体について語り、意見ももらったりしていた。

 ただその数ヶ月後、ご本人は診療をしなくなった。体の具合が悪くなってきたのであろう。ただ年齢は85歳だ。

 ご冥福をお祈りしたい。

 ところで今日は、尼崎在住者なら忘れてはいけないJR福知山線事故の日だ。神戸新聞では、夕刊全紙面を使って取り上げている。

 107人の犠牲はあまりにも大きい。ところが刑事事件としては誰も裁かれていない。それは殺意のない事故だから、それはそうだが、結果的にはJRには明らかに責任がある。

 自分のマンションの向かいの同じコーポラス住宅の在住者の方に2人の犠牲者がいるのだ。

 天候も崩れ、やはりあの大きな事故を思い出させようとしているようだ。

 まあ考えさせられる日であった。

 

2009年4月24日 (金)

今日は週末、OM9条の会学習会参加

001  今日はやっと週末という感覚だ。それだけ今週も必死で働いた感ありだ。

 自転車通勤も休むことなく、続けてきた。

 それで今日は、参加しているOM9条の会で春の学習企画「どうなる日本経済」に参加、というより運営側で出かけた。

 会場は、堺筋本町にある民医連大阪の会議室をすべて仕切りをとって利用する。

 200人以上の医薬品、医療機器メーカー、卸などの社員が、参加した。

 ぼくの参加での重要な仕事は、講演が始まる前の余興として、石川さゆりの名曲、津軽海峡冬景色を替え歌にし、「医療崩壊冬景色」という曲目に替えて歌うのだが、そのギター伴奏だ。

 ほとんどぶっつけ本番の演奏だが、まあまあウケタようだ。

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さて講演のほうは、演奏が終わってほっとして聞いたのだが、演者は山家悠紀夫(ヤンベユキオ)さん。

 「どうなる日本経済」という表題だ。

 おどろいたのは、日本の対外純資産は250兆円、世界第一位というのだ。

 それに比べアメリカ合衆国は302兆円の債務。つまりアメリカの借金だかなりの部分を日本のものであることになる。

 しかし国内では、格差社会がますます顕在化し、将来への不安と、今日の生活に直接こまっている人がたくさんいる。反対にどんどん金を蓄えている金持ち族もかなりいる。

 政治のやり方によっては、国民全体が安心して暮らせる可能性があるという。具体的には、今取り立たされている総選挙で、われわれがそれを実行する党や勢力に政権をとってもらうことが一番の課題ともいっていた。

 今の経済の悪化に悲観しているばかりでなく、ある意味希望があることを教えてもらった。ただ今の麻生首相の追加経済対策については、中途半端と明確に批判していた。

 ある意味出口が見える話を聞いて、さわやかな気分で、帰りの地下鉄、阪急電車を利用した。

 

2009年4月23日 (木)

交通ルール、コンプライアンスはいまだ乱れている

001  家のぶどうのつるがどんどん葉を大きくし、先にぶどうの実の子どもが出てきている。

 朝の通勤はちょっと寒かった。

 ただ走っていくに連れて、一番快適な感覚になってきた。

 交差点通過も、比較的スムーズだったが、唯一歌島交差点では、大型ダンプが多いこともあって、信号で引っかかってしまった。

 職場のタイムカードは8時48分。やはり歌島交差点で3分またされたことが影響している。

 まあしかし、今日の朝は疲れもなく、スムーズに走れた。

 ただ不愉快だったのは、今日も信号無視の自転車の多さに辟易したことだ。きわめつけは、職場に近づく西区を走っているとき、前の信号が赤になったので、ぼくはしっかりとまったが、後ろから何台もその赤に自転車が進入していく。そこに正しく右から進入してきた男性自転車とその塊が接触しそうになっていた。

 不思議なのは、どちらも会話がないことだ。当てられかけた男性も、信号無視の女性たちも無言だ。

 ちょっと怖い。不思議な世界を見た気がした。実害がなければ知らんふりかい!と思ってしまう。

 大阪人の特徴はおせっかいというか、やたらコミュニケーションが多いことではなかったのか。若者の世界ではもっとクールらしい。

 ああ、いやだ!いやだ!

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 仕事は、午前中に集中したが、慌しく流れた。

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 午後からは、今自分の団体で取り組んでいる開業医のレセプト(診療報酬)請求オンライン義務化に異議を唱えて、国を相手にその差し止めをもとめた裁判の開始で、そのセレモニーというか、団体申し入れに参加した。

 ここ大阪地裁は、結構権力のにおいがぷんぷんするところだ。敷地内での撮影、示威行動などに規制を加えている。

 それにしても病気の内容をすべての病院、開業医が電子データとして、それも光ケーブルなどを使って、一元管理するのだが、これは患者、国民にとっても問題が多いことが予想できる。

 つまりITの便利さを逆利用して、そのデータを許されるところには公然と提供できるとしたら、たとえば保険会社にそれができたら、保険に入ることも自分の病名告知の前に保険会社が加入しようとする個人の病歴を知っているということが考えられる。

 ある人が程度は別にしてガンを発症していたら、生命保険加入を拒否される場合も考えられる。

 もちろん就職の場合もあてはまる。

 個人情報保護の話がとんでしまう。

 だからオンライン以外請求の方法を認めないこと自体大きな問題だ。いまだ手書きで書類を提出している医院では、そのために一から専用コンピューターを購入するとするとおよそ250万円の負担が必要と言われている。

005  この訴訟を立ち上げた意味は大きい。医師の団体だけの問題ではない。

 記者会見もおこなわれ、記者からの関心は、個人情報の一元管理への心配に集まったようだ。

 とにかく大阪では、他県も加わって245人もの原告団ができたのだから、すごいことになってきた。

 すでに神奈川県では、1,000以上の原告団を組織して、そでに先に提訴している。

 職場から出かけて、裁判所につき、報告集会の間まで、2時間立ちっぱなしだったので、さすがに疲れた。

 しかし大きな第一歩に自分も現場を見れて、晴れ晴れとして中ノ島を後にした。

 

2009年4月22日 (水)

晴れた日は、イエロージャージに着替えて

001  今日は晴れた。

 やはり晴れた日の走りは気持ちがいい。それでジャージはイエローで行く。

 とくに僕の場合は、自転車自体の配色は、ビアンキの登録商標のダークブルーにイエローを重ねている。

 おまけにハンドルテープはイエロー。それにタイヤもイエローだ。

 まわりからどう映っているか不明だが、結構目立つのではないだろうか。

 今日はJR七つ松踏み切りで5分ほど足止めを食らい、いつもより遅れたなと感じつつ、2号線に入ったが、不思議と今日もメッセンジャーA田くんが後ろからやってきた。

「むむ、君も遅れたの」と考えつつ、先導した。ただあまり無理するとあとから疲れるので、できるだけマイペースを保つ。

 野田阪神から、最近良く見るマウンテンバイクの帽子青年と出くわしたが、先を走る。土佐堀までの直進は、唯一とばせば40kmは出せるルートだ。

 やや余裕も持たせて、37から38kmで走る。土佐堀信号では、その青年ががんばってかなり近くで走っていたらしい。

 そんなこんなで職場には8時49分に着いた。

 来週後半からいよいよゴールデンウィークだ。職場では職員採用も確定し、すっきりした気分になってきた。

 いま、どこかの日にロングライドを考えている。やはり琵琶湖がいいだろう。今度こそ7時間そこそこで一周を記録したい。ETCをつけていないため、休みの日の高速道路での差別がしゃくにさわる。まあ、しかし、高速道路無料化に期待して、導入はしないつもりだ。

2009年4月21日 (火)

あまにも多い自転車の道路上での右側通行

001  大根の花の後ろに赤いバラが花を出してきた。

 今週まだ2日の発進だ。

 日経新聞で、先日自転車による事故の増加と、その対策として、自転車運転の免許制の提案が、早稲田大学のあのピラミッド博士によって書かれていた。

 たしかに自転車に乗る人の交通法規コンプライアンスは無法状態だ。

 今日も2号線に合流するためにその前に南に走る七松線は片道一車線のどこにでもよくある道だが、こちらは左側通行で歩道の外ぎりぎりを走っているが、反対方向から、まるでぶつかってくるように走ってくる高校生、はたまた後ろに子どもを乗せたお母さんなど、今日はとくに多い。しかもわるびれることもなく、相手を気のすることもなく、よけようともせずに向かってくるから怖い。

 自転車運転の基本が理解されていない。たしかに歩行者は、たかが時速4kmもないので、対面しようが、進路は関係ない。

 しかし自転車は車両だ。それに実際問題として、遅くても15kmは出ているのだから、正面衝突すると怪我をする。悪くすると死ぬこともある。

 これはどうしたらいいのだろう。免許制という考えもありだろう。しかしそれは現実的ではない。なぜなら年齢制限なく走っているのだから。

 しかし方法はいろいろある。コマーシャルを作る。公共広告機構でもよい。自転車は左側通行ということを徹底し、また歩道では徹底的に減速すること、信号は守るべきものということをキャンペーンする。

 それから小・中・高の学校教育の中でそのカリキュラムを作る。

 全国に交通法規遵守自転車インストラクターをつくり、指導者として道路で模範運転をする。などなどだ。

 あの教授は、原因を世の中全体の殺伐さが影響していると述べていたが、それだけでは、自転車自体の交通法規の遵守は解決しない。まずその部分をよくしていくことから、世の中の風紀を変えていけるではないだろうか。

 今はぼくは、不法運転者に対し、怒ったり、注意すること。「うるさいおっちゃん」と言われようとこの姿勢でいきたい。

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ところでもっと由々しきことは、車とバイクなどの事故と、おそらくひき逃げだろう。

 ぼくのルート上ではたしか二箇所で右のような看板が目に付く。

 これは大阪西区、新町中交差点でも看板だ。高速道路から降りてくる道と一般道が合流する地点だ。

 この場所のことは本当に見た人がいたら、西警察に知らせてほしいが、こういった看板があちこちにある。

 ある意味交通戦争ということばは、今も生きている。

 いくらエコの車が増えて、空気がきれいになっても、車の数が総量おなじならおそらく事故は今後もなくならないし、年間死亡者が5,000人ぐらいに減少したといって喜んでいる場合ではない。

 やはり車の使用を自然に減らせることが大事だと思う。ぼくから言わせると、健康な人にとって、駅のエレベーター、エスカレーターにしろ、近隣で使用する車もいわば麻薬だ。

 ちょっと楽をしたいという欲望を満たしてくれる。人間楽に楽にとだけ考えると、どんどん体が退化し、不健康になるだろう。

 そう考えるとあまりに近くなら、車は使わない。この姿勢をみんなが持ってほしい。また行政側も、都心部は車が不便なような構造をつくり、路面電車を走らせるなり、公共交通をより便利にする。

 そうだ!これだ!

 きっと交通事故はもっと減る。都心部でも自転車がより安全に走れる。

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2009年4月20日 (月)

レースのような朝の自転車通勤

090420  月曜日の朝は、走り出しから「今日はのんびり行きたいな」と考えつつ、2号線に出ると、今日もA田くんに出会う。最初は前を引いたが、彼は先に出る。

 ついついついていこうしていまう。知らず知らず筋肉に負荷をかけているようだ。

 淀川大橋に入ると、後ろからビアンキ注文中のマウンテン長身青年が「おはようございます」と言って、追い抜いていった。ちょっとZUIEくんに要望が似ている。

 また野田阪神交差点で追いついたが「早いね」と感心する。

 土佐堀を過ぎると、一人になったが、それまではまるでレースモードだった。

 中高年というのは、気持ちは青年でも確実に疲れが出てくる。あとは技術でどこまでカバーできるかだろう。

 まあ、しかし悲観的になってもしかたがない。これからは、年齢がましてもどこまで走れるか、それを追求したい。

 せめて、琵琶湖一周のタイムを(休憩を入れて)7時間ちょうどぐらいで走ることをめざしたい。平均25kmで走ると正味6時間で150kmは到達する。途中の休憩をどれだけ絞れるかだろう。

 まあそんな計画も考えながら、走っていた。

090420_2  職場に近づいた西区の通りでは花見月の花が並木になっていて気持ちがいい。

  ところで、一昨日北野 誠追い落とし事件を取り上げたら、ぼくのメールも150件ぐらいのアクセスが入った。

 職場の同僚に聞くと、なんと鉄道マニアのホームページを開いている人も、唐突だがということわりで「北野 誠はまちがっていない」というコメントを出したという。

 息子に先入観なしに知り合いの世界で話題になっているか聞いてみると、創価学会が関係しているということが、すでにうわさになっているという。

 予想以上に今回の結果がいかに異常かということが、真相を知らない多くの人の中にも広がっている。

 ぼくたちが毎日見ているテレビ放送の中で、俳優の選択や、音楽番組の出演の指名力まで宗教団体が大きくかかわっているとしたら、大問題だ。

 芸能界の関係者は立ち上がれ。多くの国民に影響をあたえていることを自覚して、本当の実力と人気でスターが生まれる姿になるように、ぼくたち視聴者も含めて今変えるときだ。

2009年4月19日 (日)

プレーリー試運転

  昨日は、北野001_3 誠事件で終わったが、自分の出来事では、朝は職員面接、昼は理事会、夜は役員オーナーの「てっしゃん鍋」懇親会とびっちりの日であった。

 懇親会の話の中で、北野 誠のことが話題になったのだが、彼が20年間竹内義和氏と2人で続けてきたABCラジオ「サイキック青年団」が突然中止になり、怖いは北野氏自身のブログもなんらかの理由で見れなくなってしまった。

 前代未聞のできごとだ。

 事実関係を調べてまた広告したい。ただ、知りえた事実では学会系、しかも暴力団がからむプロダクション社長 周防 有雄氏の圧力があることは、ウィズベキアの北野 誠を空ければ書かれている。

002 ところで今日やらなければいけないことが一つあった。

 それは復活したマイカー・プレーリーの試運転をすることだ。 

 昼は、さっきの北野誠の件で、テレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」で彼の知り合いである屋敷たかじんや桂○○などが、だまっていないと思ったのだが、録画番組のせいか、何もなくホリエモンを登場させて言いたいことを言わしていた。期待はずれだ。

 それで後昼寝してしまい、4時すぎて運転開始することにした。ただ4kmほど先のホームセンターに行って、遠回りして帰ってくることだけだ。

 それにしてもいまやプレーリーは時代ものだ。しかし走りはいい、ブレーキーはいい。運転操作はいい、。ただ、ETCはない。カーナビもない。

 カーステレオと大型スピーカーのみ必須アイテムだ。

 奇跡の復活をとげたマイーカーはさらにいとおしくなってきた。今政府の追加予算で、13年以上経過した自家用車をもっていれば、今エコカーを買うと25万円の補助金が出るという。しかしエコカーは少なくても200万円する。だからそんな誘導には乗らない。

 3年後ぐらいにエコカーを買うか、できるならマイプレーリーをエコカーに改造すること。これが今の計画だ。

2009年4月18日 (土)

北野 誠 テレビ、ラジオから締め出される

今日は書くべき通勤の記事がない。というのは、今日は午後から職場の理事会があり、そのあと酒の入る懇親会があるので、朝から電車で職場へ向かった。

 それで今日は、聞き捨てならないニュースを聞いたので、報告したい。大阪出身のタレント北野 誠が、ラジオ番組で、同じタレントの久本 雅美が、創価学会の芸能界宣伝隊だということは、ぼくも聞いていたが、他のタレントを勧誘しているということをしゃべったらしいのだ。そのため即、テレビ、ラジオの番組をすぐ下ろされたというのだ。

 昨日は探偵ナイトスクープに出演していたが、これは1ヶ月前の録画らしい。

 21世紀も9年がすぎたこのときに、そんなことがあっていいのか。それが事実なら、芸能界全体が創価学会に頭があがらないということだ。

 以前からぼくの取っている雑誌「ビーパル」に池田大作の本の宣伝が掲載されているので、不愉快だと思っていたが、小学館もそういうことらしい。

 たった一つの信仰宗教集団にマスコミが牛耳られているとしたら大変なことだ。

 だからあえて書く。

 交通違反も許さないが、マスコミの腐敗もゆるせない。 

2009年4月17日 (金)

朝、FさんAくんが次々先を行く

001_2 朝の温度は、最近の気温からは少し寒く感じた。それでも14℃。まあそれほどのことはない。

 いつもの七松線から2号線に入り、マイペースで走っていると、またまたA田くんが後ろからやってきた。

 途中で彼が先を急いで、前に出たと思ったところ横からさらに誰から追い越していく。 

 おお、シマノFさんだ。A田くんと後ろで話していたが、Fさんはシマノの変速機の製作が仕事だが、今日はどうも電動変則のものを装着しているらしい。

 おどろいている間もなく、どんどん離れていった。

 A田くんにも追いつかない。なにせ30km/hの平均速度が自分的には疲れないペースなので、そのペースを守りたい。

 そうこうしていると淀川大橋では、以前一度だけ話したことのあるマウンテンバイカーの長身の若者に抜いていかれた。

まあいいさ。マイペース、マイペースとお経のように頭の中で繰り返す。なにせ考えてみると、先週は6日連続、日曜をはさんで、また今週は5日目の走行だ。なんやかやで体は疲れている。

 昨日夜帰り道、朝のパンクにより、予備チューブがなくなったので、サンワサイクルによったら、オーナーの奥さんが「今のずっと走ってはるんですか」と聞かれた。なんと答えていいのか苦慮する。

 そんなにガンバッて走っているわけでもない。これしかないのだ。

 しかし仕事の疲れと重なってたしかに今日は疲れている。

 まあ、しかしさっきの続きで、野田阪神からの直線は、また長身マンウテンバイカーを追い抜いて土佐堀まで走った。その交差点で彼と話したが、ビアンキのロードを大分前から注文をかけていて、まだ手に入らないらしい。

 彼とは本町で別れた。

 002

 帰りは、なんとか5時半に仕事を終えて、ペダルを踏む。

 パソコンを老眼鏡をかけながら長時間見ていたので、目が疲れていた。

 しかし自転車に乗ると遠くを見るし、体の動かしているので、血液が活発に流れ、目の疲れがなくなる。

 尼崎に入って,三和商店街の入り口にかる尼崎信金に入り、お金を下ろす。

その後は向かい風。速度は落ちる。

 まあしかし週末。気分は若干軽い。

2009年4月16日 (木)

タイヤパンク! 走行途中の修理最速10分!

001  朝どうも体調がよくない。昨日の仕事の疲れもある。夜に飲んだ焼酎のせいもある。

 とにかく疲れている。

 家を出てからの走行は、ハンドルによりかかるような気分だ。

 まあしかし、今日の出発は早いほうだ。それが幸いした。

 つまり、名神高速下から七松線にむけ右折し、踏み切りを横切り、ペダルを踏みなおしたその時、突然後輪の感覚がおかしい。空気が抜けている感じ。

 ちょうど尼崎市役所の横を通過しているとき、下を向いて、後輪の部分を見るとやはり、空気が減っている。

 すぐとまって、手で触ってみると、急激なパンクではないが、ちいさな穴があるのだろう。あきらかにパンクだ。

 腹をくくって、遅刻覚悟で、後輪をはずし、自転車はさかさまにし、タイヤ片面をはずす。パンクした中のチューブだけをとり出す。

 とりあえず、タイヤになにか刺さっていないか、手でさわり、何もないことを確認し、ストックしてあるチューブを取り付ける。タイヤ片面をリムに付け直す。このとき、チューブがどこかはみ出さないよう注意する。

 それが終わると、携帯空気入れで空気を入れる。このときバルブに直角に挿入することがポイントだ。

 空気を入れる。圧を見る。さらに入れる。感触で圧が一定の硬さになったところで、バルブ先を閉じ、蓋をする。

 さかさまにしている自転車本体に後輪をつける。クイックリリースをはめる。

 この間約10分。

 いままでに最速の完了時間だ。

 時計を見る。8時15分。とにかく慌てず、自転車にまたがり、前進する。頭の中では、何分ロスしたか考えている。やはり10分から12分だ。

「むむ。間に合う可能性もありか?」

 まあ、とにかく遅刻は覚悟で、慌てず走る。

 よく考えてみると、この緊張感で、さっきまでの疲労感はふっとんでしまった。

 歌島交差点、海老江から野田阪神交差点を奇跡的にクリア。

 職場まで一部、一方通行路を逆行決行。すみません。

 職場につくと、自転車は鍵もかけずに、4階事務所に急ぐ。

 間一髪、8時58分にタイムカードを押した。

 感激のゴールだ。これが今日最大のトピックスだ!

2009年4月15日 (水)

昨日の雨のなごりをシューズに感じて

 002 001

 庭のぶどうの葉が開いてきた。おまけに幹の下から生えてきた枝のバレリーナツリーの花もきれいだ。

 

 昨日は、久々の雨モードだったが、今日になっても、シューズは乾かないままだ。乾燥機の上においておけばよかったか。

 今日の気温もはかりしれないが、一応夏モードで半袖、ハーフレーサーパンツで行く。

 昨日クローズアップした阿波座手前の交差点は、今日は、なんと赤信号でほとんどの人が止まっているではないか。003_2

最初の数人が止まれば、そうなるのか。

 いやしかししばらくすると赤の状態で渡りだした。

 まあそれでもこの交差点にしては奇跡の瞬間と言ってもいい。

 今後のこの信号前の様子がおもしろくなってきた。

 

 ところで今日会った仲間は一人いる。グレッグ・レモン車のAくんだ。海老江交差点で前にいるのを発見。おいついて声をかけたが、どうも疲れているのか、前を引かない。それで、先を走っていったが、後ろをついてこない。

 ちょっと事情があるのだろう。

 それにしても僕自身は体の調子は絶好調だ。職場についても疲れはない。しかし今日は職員の採用試験日で、前で挨拶をしないといけない。かなりのプレッシャーがかかっている。まあしかし娘がそうであったように、応募する側の若者たちは必死なのだろうなと、その気持ちが伝わってくる。一人だけしか選べないのが辛い。

 ほどなく午前中でその業務も終え、なにやかな忙しかった。

 帰りは、全員に配る資料の印刷で手間取り、6時前になってしまったが、すぐユニホームに着替え、職場を出る。

 帰りは、ゆっくり走りたい。ところが、海老江交差点で、前に2台ロードバイクがいた。

 よし今日はついていかないよういにしよう。と心に誓ったが、淀川大橋を登っていると、前のロードバイカーは早いと思いきや、自分が接近してしまい、後ろに付いていったが、どうもスピードが落ちてくる。やむなく追い抜く。

 004 005 しかたがないなあ。という感じで高速モードになってしまい、35km/h平均ぐらいになってしまった。

 やばい。と思いつつ走る。

 そのうち後ろには、ついてくるバイカーが誰もいない。

 まあ、いいか。そのままのペースで走る。

 家には、買い物して帰る時間と同じ、午後7時ぐらいに到着した。

 昨日コープでやたらに試食を勧められ、買ってしまった大豆ハンバーグが残っている。それをメインメニューにして夕食を作った。

 それにしてもまた最近ロードバイク通勤がたのしくなってきた。

 

 

2009年4月14日 (火)

雨には雨の走り方がある

001  天気予報どおり朝から間違いのない雨である。

 庭では、雨のしみこんだ木々や草花がしっとりとしているが、その中にダイコンの花が華やかに咲いている。

 今日はまようことなく、ミヤタダンドナーを引っ張りだした。

 何週間か前に、結構整備していたのを思い出したが、ブレーキの効きがいい。ロードバイクに比べるとあきらかにスピード、加速は劣るが、今日はそれなりに走っている。

003 なんといっても、バックライトを新しい優れものにしたのがうれしい。光と振動に反応して勝手に点滅してくれるのだ。

 尼崎を抜ける手前の杭瀬付近で今日も、昨日に引き続き、A田くんが後ろからやってきた。

 今日は彼は、シングルギアーに乗っている。しかし、雨対策は何もしていなくて、いつもと同じ格好だから、当然ぬれているのだろう。

 ちょっと驚いた。彼は、職場でもメッセンジャーの仕事のため、そのままの服で着替えず走るらしい。

 今日は風を引かないか心配になるくらいだ。

 しかし彼はぼくの遅いスピードについてきてくれた。そして野田阪神で別れた。

 今日は僕自身無理せず抑えて走っている。それであまり疲れた感覚はなかった。

002  阿波座手前の僕的表現では、「みんなで渡れば怖くない信号無視交差点」といえるその信号はきょうも信号が赤でもたくさんの人が渡っている。

 たしかに車は右からの一方通行なので、片方だけを気にしていればいいということだが、止まることをまったく考えず渡る姿が怖い。

 雨はぼくが職場に着くまで止むことなく降り続いた。

 職場タイムカード前は8時50分だった。 

 会議の予定のない日だが、明日が職員採用応募者の試験の日なので、手落ちのないように確認と準備で、気持ちが落ち着かない。

 まあ、しかし他の課題も結構できた。

 帰りは今日は5時15分ほどから帰る支度にかかる。3男にひょっとしたらまた食事を頼むかも、と言っていたが、逆に僕が作るというCメールを送った。

 帰りの雨は走りはじめに結構強い。サングラスのすきまからかなりしずくが入る。バックライトはここから腕の見せ所だ。

 ところでちょうどあたりが暗くなる手前のこの時間、まったくライトをつけない車が結構多い。駐車中の車をすり抜けるとき、右に進路をとるため、後ろをしっかり振り返るが、ライトをつけていない小型車がいる。「ライトつけろ」と聞こえたかどうかわからない程度に言い放ったが、そのあとすぐ後ろから見てブックランプがついた。聞こえたのか。

 とにかく走る途中怒鳴らざるを得ないことが多い。一番多いのは道路の逆走自転車だ。今日も何回も遭遇した。「どこ走っとんねん!!」ということになる。

 一言ひところが明日につながると思っている。ヨーロッパでは、ごく普通に注意されるということを聞いたことがある。

 日本は逆切れを怖がるのか、とにかく道路上で無法運転の車、自転車に注意する人を見たことがない。警察官でさえ、あまいのだからどうしようもない。

 「信号まもろうねクラブ」宣言から久しいが、本当に社会的に立ち上げようかと思う。

 まあしかしそんなことはいつまでも考えず、走ることの楽しさを考えると、雨には雨を走る楽しさがある。今日は帰りは、むしろ「雨よ、止まないで」と思っていたりする。 

 ちょっと自虐的なのか?そうではない。ランドナーの真骨頂が試される。

 タイヤの空気圧はいい!ブレーキ調整はいい!安定感がある!

 雨の中を走ることに不安はない。むしろ楽しい。何が楽しいか。それはその非日常というか、普通はしない冒険がある。足はびちゃびちゃだ。サングラスも曇りっぱなしだ。

 家に帰ってからはすぐレインウェアを干し、今日はヘルメットとシューズとサングラスを風呂に入ってからついでに洗う。 

 食事中のビールがうまい。

2009年4月13日 (月)

自転車通勤仲間との会話、出会いは楽し

001_2  気温の上昇はいよいよ本物になってきた。

 稲川橋温度表示はたしか17℃を示していた。

 このまえシマノのFさんから、彼はすでに上下ハーフスタイルだったが、「暑いでししょう」と僕のロングスタイルを見て笑いながら言われた。

 それで今日は、本当は腕だけアームウオーマーを持っていくつもりで、上下ハーフスタイルで出かけた。

 そして今日は尼崎付近でメッセンジャーA田くんが追いかけてくる。それから僕が前をリードして走っていると、まもなく「おはようございます」と大きな声で追い抜いていくローダーが一人。よく見ると新大阪コース、zuieくんだ。本当にひさしぶりで出会った。

 かなり張り切って飛ばしていたが、それについて3人に連結で走った。

 その前にA田くんから足を見て、「50代には見えませんね」と、お世辞を言われて気をよくしていたが、zuieくんからは、「夏モードですやん。真夏になったらどうするんですか」と親しさゆえの冗談をかけてくれた。

 実際、この通勤だけの付き合いだが、僕的には勝手に仲間だと思っている。一度みんなで酒場でも行って、自転車談義をしたいものだ。あと仲間と思っている人には、シマノもFさんもいる。ちょっと前までは、マンベル社のTくん(フリークライマー)とKくんもいたが、最近は会わなくなった。それからグレッグレモン車に乗る青年もいる。

 今やホリデーロードマンも大分増えてきたと思うが、やはり通勤自転車は毎日走っているし、車との共存の中での走りでもまれると、道路走りは実践的だ。

 安全運転は言わずともがなだが、とっさの判断は、かなりできる。

                                                                   さて仕事では、今職員採用にむけて、かなりの履歴書を見て、002 チェックしているので、かなりう辛いものがある。まあ、昨日で募集を締め切ったので、これ以上はない。それでほっとした。

 今や応募する側の人たちは、企業の倒産のため、内定取り消し、有名大学大学院の修了者などたいへんな思いをしていると思うと、選択するのが申し訳ない。去年娘が体験しているのを見ているので人事ではない。

 まあそれはそれとして、今日の帰りは7時半を過ぎたが、帰りはかえりで知らないロードバイカー2人と接近。誰か知らない。

 一人のあとを走り、結構速ければついて走るのはやめようと心に決めたが、ちょっと早いタイプ。ついていってしまった。それで通常のスピードより知らないうちに負荷がかかっている。その彼はコーナンに途中下車して、これでゆっくり走ろうかと思ったら、うしろから点滅ライトがちらちらと後をつけてくる。

 振り返らなかったが、誰かいる。駐車する車をやり過ごすとき後ろを振り返るので、いることがわかる。ただその人は、信号でぼくが停止線手前で停止すると、前に出ることもなく、ずっと後ろに陣取っているらしい。

 信号を同じように守っているのはうれしいが、ちょっと辛い。ゆっくり走れない。それでかなり負荷をかけて加速してしまった。そのうち後ろにいなくなった。

 まあ、今日は行きも帰りもかなり負荷がかかってしまった。ただ、半ズボンのレーサーパンツに履き替えただけで、走る抵抗が全然ちがう。倍くらい軽くなった感じだ。

 まあ、より走ることが楽しい季節になってきたのだうれしい。

2009年4月12日 (日)

桜見物最後の日曜日

007  今日はひさびさに予定nothingの日曜日だ。

 それで先週夜桜で企画していた神戸水の科学館に行ってみることにした。今日は夫婦同伴だ。

 しかしそのため昨日ホームページで桜まつりをまだしているか、調べてみたが、その企画が消えていた。

 まあ、行ってみることにして、阪急で三宮へ、そのから地下鉄西神線に乗り換え、大倉山で下車。大倉山にも行ってみた。

 大倉山もまだ、かなり桜が咲いていた。そこから何川か知らないがその山の横を流れる川筋を水の科学館がある楠谷町(クスダニチョウ)歩いたら、あるではないか、通り中桜だらけだ。001

右の写真は、大倉山。その向こうに神戸大学医学部が見える。

003 次に写真が、川筋の桜並木だ。

 この道をまっすぐ上流に歩いていくと10分ほどで水の科学館に出た。

 それで入り口の様子を見てみるとかなりお客さんが来ているようだ。

 まだ11時だったが、入る前にコンビニを探し、弁当を買った。

 

005 入場したが、すべて無料。科学館の展示室も今日は無料(通常は200円)。

 まあそれなりの展示だが、烏原貯水池のダムの建設工事の鮮明な写真が展示されている。なにせ明治23年とたしか書いてあったので、100年ほど前の写真だ。

 そのころは水が満タンな風景で、ボートを漕いでいる姿をあった。まあこれを見たのは収穫だ。

 とにかく今日は桜三昧だった。

 家に帰って、午後からは今日の課題にしていた窓の網戸の張替えに挑戦。まあまあうまくいった。なにせ14年ぶりの張替えだが、結構丈夫なものだ。

 今日は桜三昧だった。

2009年4月11日 (土)

気温は5月を超えている。2つの会議でエレルギーオーバーに

003  今週自転車通勤連続6日。

 温度はいよいよ6月並ということで、なんと昼に職場へ向かったからもあるが、道路温度表示は23℃だ。

 今日は思い切って、娘にプレゼントしてもらった半袖ウェアに半ズボンレーサーパンツに身を包んだ。

 それでこんなにちがうものかと再認識した。ちがうのはペダルが軽いということ。

 追い風も若干あったが、体自体が軽い。スピードメーターは34km/hを示している。

 ロングパンツはやはり足への負荷が掛かっているのだろう。

002  今日の行きの通勤は「なんて楽しいんだろう」という感じだ。まあ土曜日とあって、車の量が少ないことも関係しているだろう。

 それにしても今日は、仕事の会議と、そのあと夜はマンションの総会と立て続けだ。

 どちらも難しい問題が議論されて、僕の頭は許容量オーバーだ。

 帰りの自転車は、会議終了が5時で、夜7時からの会議まで、家に帰ってから1時間しかない。おまけに帰る途中で、夜ご飯を買っていかないといけない。

 それを考えて、ちょっと焦った走りになってしまった。

 尼崎、サンワ商店街前の交差点では、黄色になって入ったが、その向こうに警官がいて、ちょっと指さすように注意された。まあ注意する警官に出会ったことはうれしいが、ちょっと「ぼくとしたことが」と反省した。

 その後はコープで買い物して、バタバタの時間を消化していった。

001  ところで、朝出るとき、庭の水槽で長い間冬眠していた亀「通称カメクン」が目を覚ました。

 不思議なものだ。家で育ててすでに15年以上になると思うが、亀万年とはよく言ったもので、確実に目をさましてくる。

 今考えるとあんな寒い冬をよく眠ったまま生きていけるなと思うのだが、確実に起き上がってくる。

 そんなこんなで今日は春を体感する一日だったが、2回に会議は精神的によくない。

 まあしかし、マンションの役員はなんとか1年やりおえて、お役ごめんとなった。

2009年4月10日 (金)

急にバレリーナツリーの花が開く

001  急に気温が高くなって、庭に生えるバレリーナツリー(ニューポレロ?)がたくさん花を開いた。

 このまま小さなりんごのようま実を宿すが、こんなに花がたくさん開いたのは初めてだ。

 さて今日の自転車通勤は今週連続5日目だが、なぜか太ももの筋肉が痛い。走りだすと何も感じないのだが、さすがに淀川大橋の登りでは、ふたたび走りながら筋肉痛を感じた。

 ちょっと走りで負荷をかけすぎているかなと思う。

 土佐堀川の橋を登りところでの信号で停止中、後ろで自転車の気配を感じたが、無視していた。橋をのぼりきり、次の橋も過ぎて、阿波座に向かう下りのところで急に左引きを追い抜いていくロードバイクを発見。中央大通りの信号でとまるときわかった。

 シマノ(株)のFさんだった。ひさしぶりだ。

 彼は僕のロングタイツと長袖ウェアを見て、「暑いでしょ」と言われた。「実際の温度がわからないので」と返す。

 信号が替わり、別れるところまで、ずっと後ろをついて走った。ついて走れるだけ僕にとっては光栄だ。

 道頓堀手前の信号まで一緒に走って、赤信号でしばらくまた会話したので、ちょっと時間ロスしたが、職場についてみると、8時45分。

 「よしよし」と満足する。

 最近以前より早く着くことに疑問を持っていたが、よく考えてみると、家のリビングの時計がかぎりなく進み続けているのだ。それをずっと調整していない。

 今や本当の時間より7分ほど進んでいる。そのせいで実際は8時50分ごろ家を出ているのだ。

002 しかし職場についてから徐々にお腹の調子が悪くなってきた。

おそらくこの一週間の仕事と通勤の疲れが表れてきたのだろう。昼休むトイレに直行した。

 なんとか退社時間になり、もう一度トイレに向かう。

 今日の帰りは、昨日修理が終わりひきとったマイカー「プレーリー」の修理費を払うことを自分に科した。

 003勝本モーターにつき、さっそく請求金額を現金で払った。

 これでプレーリーはやっともとに戻った気持ちだ。そこから立花コープに向かうため、勝本モーターを北に七松線を走る。

 今日はハヤシライス作りにかかる。

 とにかく今日は週末だ。気分もよく作業にかかる。

 お腹の具合はもう回復しているようだ。3男が帰ってきて、すぐ風呂に入ってから、食事に入る。

 まだ冷蔵庫に残っていた一番搾りがうまい。

2009年4月 9日 (木)

不死鳥 マイカープレーリー復活する!

001  朝の通勤で左門橋で、またA田くんがやってきた。

 彼は週末に伊吹山ヒルクライムレースにエントリーすると先週聞いていたので、「どうだった」と聞いてみた。

 レースの目的は、一緒に参加した仲間にタイムを上回ることだったらしいのだが、タイムで負けたらしく、歯切れが悪い。

 ただレース自体は、2,000人以上の参加があるため、随時スタートするそうで、体感的に競り合うということができなかったらしい。

 まあ、しかし意欲的だなあと思う。

 信号が青に変わって、ちょっといつもよりスピードアップして前を引いた。そしてまた野田阪神交差点で別れた。

 職場に近づく西区、堀江付近では、自転車通勤者が多い。といっても一般車の人たちだが、朝のさわやかさがあった。

 さてさて今日はうれしいことがある。

 2月初めから自動車整備会社、勝本モーターに預けていたマイカー「プレーリー」がついによみがえって帰ってくるのだ。

 前にも書いたが、オートマの本体に致命的故障があり、本来ならメーカーにも部品がなく、一時は90%廃車ということになるはずだったが、ニッサンの専属ミッション製造会社で、不況のためか、時期がたまたまよかったのか、部品を加工してもらったのだ。

002 003 まさに不死鳥プレーリーと呼ぼう。

 年式は1985年。購入したのは尼崎、朝日オートセンターで1990年だと思うので、18年を過ぎたことになる。

 何度も廃車寸前の危機をくぐってきた。

 今回は本当にだめだろうとあきらめかけていた。費用も30万円はかかっている。それでもこの車は手放せない。

 何せ、子ども4人が、中学、小学生のころ、6人で乗って、6台自転車を乗せて、琵琶湖一周をなしとげた。キャンプは何度行ったか数えいれない。

 今この車に替わる同じ再度の車はない。ミニバンの先駆者だが、なにせ8人乗車定員だ。今や歴史の車になりつつある。

 ちょっといいすぎだが、今年の最大のニュースだろう。

 勝本、モーターさま。ありがとうございます。これかれもよろしくお願いします。

2009年4月 8日 (水)

シンガポールの娘から誕生日プレゼントが

001  名神高速道路下から七松線を走り、2号線に合流するT字路が今日の写真。

 ここを左折すると大阪の方向になる。ちょうど正面にラーメン家があるが、右に勝本モーターがある。おそらく今日マイカー、プレーリーが置いているだろう。

 今日は、イエローウインドブレーカーを脱いだ。それでもちょうどいい気温だ。やっと春を実感できるようになってきた感じだ。

 尼崎では「春の交通安全月間」かで、交差点ごとに警官が立っている。ご苦労さんと言いたい。言いたいが不満もある。なまじ信号無視の車への摘発があまい。それに自転車が赤信号をどうどうと通過しているのを見てもなにも言わない。

 ただ、以前ぼくが道路を走っていると、歩道に入れていうまったくばかなというか無知な警官がいたが、さすがにその件では、本来自転車は道路を走るものという認識は警察の中でも認識があきらかになってきたのだろう。

 本町から阿波座途中の通勤歩行者のやたら多い、それで信号無視が常駐化している交差点で、一人しっかり信号を守っている中年に男性がいた。

 ある意味勇気のいることだ。みんなは赤信号を目もくれずどんどん歩いているのに、じっと待っていた。ただしいことをしていることが、周りからは違和感を持って見るような状況はなくしてほしい。

 正しいものは正しいのだ。とぼくも100%信号を守る。

 今日から、職場は水曜日をノー残業デーとしたので、帰りは5時10分ごろ帰り支度にかかる。

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  帰りも十分暖かい。

 夕食は昨日ミンチ肉を買っているので、頭の中で「オムレツ、オムレツ」と唱えながらペダルを踏む。

 それで買い物は省いて、家に直行することにして、そのルートを走った。

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  オムレツは料理の中でもレベルが高い。ぼくもめったにこのメニューを作らないのだが、使うフライパンを間違えた。

 ひっくりかえす時やたらフtライパンから離れず、ズタズタになって皿に乗った。

 「ああ、これは得意じゃない!!!」と後悔先にたたずだ。 

 ただ先日茂木健一郎の話で、「後悔」は次の機会への肥やしのようなことを言っていたのを聞いた。まあ、今日は後悔もいいかだ。

 ところで、昨日郵便局の留守時の伝票が入っていて、今日午後7時以降と指定したのだが、それが7時すぎに着た。

 なんとシンガポールの娘からのぼくの誕生日プレゼントで、袋を開けてみると、レーサーウェアではないか。それもナイキのマークが入っている。005_2

さっそく試着した。ピッタリだ。

 「ありがとう」

 自転車通勤を分かってくれているので、何がほしいか知っていてくれたのだろう。

 そのあと電話がかかってきたのだが、勝本モーターからで、マイプレーリーが完治したという連絡だ。

 2つ続けてうれしいことがあった。まだ夕食中だったが、喉に詰まらせてしまった。

 

2009年4月 7日 (火)

ついに14℃の朝! 長袖、ロングタイツは暑い

001  今日は不思議に車が少ない。ところで、この間日経新聞を読んでいたとき、全国でポイント的だが、町によっては、道路の路肩部分1mを自転車専用道路にするため、茶色の色を塗っているとかという記事を読んだ。

 わが尼崎地域の2号線では、すでに1m50cmぐらいの路肩の線がひいてある。自転車専用道路とはなっていなくて、むしろバイク専用道路という感じだが、ここを自転車専用レーンにすればいいと、毎日走りながら思っている。

 自転車道路はむしろ歩道の道路側に「通過可」という目印で自転車が通れるとなっているが、まさにいいかげんで、進行方向も入れ乱れ、歩行者もどこを歩いているかけじめがない。

 今すぐにでも改善できることだ。

 ただ自転者利用者も交通法規の基本をしっかり学びなおさないといけない。今や無法状態になっている。

 ぼくから言わせれば、今言った提案のようにすべての自転車が道路走るとしたら、ヘルメットは絶対必要装備だし、信号では必ず止まることが必要だ。逆走などもってのほかだ。

 ただ、自分の操縦する自転車が自動車か、バイクと思えば、誰でも法規はわかるはずだ。

 それにしても今日の朝はなぜか車の交通量が少なかった。世間では、たしか小中学校で始業式がはじまり、不釣合いな制服を着たおそらく中学1年生らしい子どもが緊張した顔で歩道を歩いていたのが印象的だ。

 002

汗をかきかき職場に着く。8時52分ぐらいだった。

 マイビアンキも汗をかいていた。??? いえ、それはうそです。

 それにしてもわがビアンキを写真にとってみるとカッコいいではないか。ビアンキはイタリア製だ。

 ところで昨日、そのイタリア中部で大地震があった。マイ自転車がイタリア製だけに他人事とは思えない。

 犠牲になられた日のご冥福を祈りたい。

 

 帰りは、5時半に職場を出る。淀川大橋を渡りきった信号で、上下ユニホーム姿もロードバイカーを発見。朝ときどき会うシマノのFさんに似ていたが、どうも違う。

 信号が代わって後をついていったが、かなり早い。

 尼崎に入って信号のタイミングで後ろについた。「追いかけるな。無理するな」と自分に言い聞かせる。後に疲れが出るのだ。

 しかし足がついていけと言っているようで、ぴったりついていったが、40kmの場面もあった。とつぜんペダルをとめるので、追い抜きそうになるが、また抜かれるのがいやなので、しばらくぴったりついて走った。

 競争では後ろにいる方が前が目標になって多少スピードが出ていてもついていけるし、風よけにもなってくれるので有利だ。

 しかし途中でスピードがまた上がったので、追いかけるのはやめた。

 そんなこともあって時々おもしろい。

 これが通勤なのだから、変わっている。

 もうひとつ変わっているのは、自慢ではないが、買い物袋をハンドルにくくって帰ること。

 つまり、帰りにコープで食材を調達するのだが、買い物用ビニール袋に買ったものを入れて、ロードバイクに乗せて帰らないといけない。だから今日などは、ハンドルのバーの両サイドに袋をくくって、走る。

 日本広しと言えどもロードバイカーに買い物袋をつけて家に帰る人はめったにいないのではないだろうか。しかしこれはもう日課になっている。当然コープの店の中には、サイクルウェアのまま、サングラスもかけたまま買い物し、レジにならんでいる。

 まあそんな日々である。

2009年4月 6日 (月)

さくら、さくらいま咲き誇る いつか生まれかわるときを信じ♪

001  月曜日だ。しかし昨日までにマンションの役員の引継ぎ業務は終わったし、仕事も決算処理の佳境にはいってきて、今週は気分的には楽になってきた。

 そして、季節は確実に春に入りつつある。

 あいにく2日前に夜桜見物は不発に終わったが、通勤中もいたるところの公園や神社で桜が満開に近づきつつあるようだ。

 もう寒くなることはないだろう。

 「春眠あかつきを覚えず」で仕事中もやたら眠たい。とくに印刷機の前で1,000枚以上去り終わるのを待っている間はとくに睡魔が襲ってくる。

 ところで1月から続いていた肩と右腕の痛みとしびれはついに終焉をむかえてきた。しかし長かった。人間げんきんなもので自覚症状がないと「ああ、ありがたい」という感覚ではなく、それが当たり前になっている。思い出したように「おお、治ってきたぞ」と時々思い出して、はじめて喜びを感じる。

 仕事の終了は、決算の処理を節目であり、午後7時半になってしまったが、気分は軽い。それに帰りは追い風。どんどんペダルが回る。

 夜桜の宴はできないのだが、このタイミングは一瞬だと思い、家に近づいた公園でシャッターを押す。003

 桜をめでるこの日本の習慣はどこから生まれてきたのだろう。

 ただ言えるころは、四季の色合いがはっきりしている日本は、とくに長い冬を終え、暖かさをありがたく感じる時期に桜色の花びらがあざやかにいたるところで開いていく光景は、やはり気分が高揚するわけだろう。 

 それにしても一瞬というか1週間が限界だろう。

桜が散り終わると、今度は緑の若葉が覆う、新緑だ。自転車にとっては、ウェアも半袖、太ももまでのレーサーパンツに衣替えし、絶好のサイクリング季節だ。この時期にスポーツ自転車がよく売れるらしい。

 はりきって自転車通勤にいそしもう。

 

2009年4月 5日 (日)

あの素晴らしい愛をもう一度

004_2  001 6月7日に尼崎では市会議員選挙がおこなわれる。

 共産党の義村たまみ議員は、うたごえ喫茶を一緒に運営する仲間で元尼崎医療生協の看護師だ。

 それでその「春のつどい」にわが演奏グループ「おやじーズ」の出演を依頼された。

 本番はうたごえ喫茶の仲間も舞台に上がって一緒に歌った。

 演目は津軽海峡冬景色で「麻生首相をもじった替え歌」「そんな町を」「戦争しない誓い(自作曲)」「あの素晴らしい愛をも言う一度」の4曲だ。

 会は、尼崎らしく、あいさつする人はみんな気さくというか、いずれも漫談家になれそうなユーモアたっぷりの話ぶりだ。

 国会議員の山下よしき議員も要請をうけ、東京からあいさつの国会報告に来ていた。この人もなかなか話がうまい。今若者の中にも共産党の主張が興味をもたれているらしい。大学で各党議員が一人づつ「居酒屋トーク」という学生と飲みながら、グループに分かれ、一人ずつ議員がその輪に入って討論したという話がおもしろい。自民、公明はたじたじだったという。

 たしかに今は弱者に冷たい政治が横行しているのが一番の問題だ。

 しかし今派遣ぎりや、後期高齢者医療制度などの弱いものいじめで、国民は立ち上がろうとしているという話もいい。

 この会は実行委員長が、日本舞踊の名取さんという異色な役割だけあって、舞台はその踊りも多い。

 中で義村議員(愛称 たまちゃん)がどこで知り合ったのか、昨日でデビューしたばかりという漫才コンビの出演もあった。グループ名をスタンドウランというらしい。佐藤 剛、花谷 豊 両くんの2人だ。なかなかのりがいい。終わってから励ましておいた。

 この尼崎の地はかつてダウンタウンが生まれたところだ。ひょっするとビックにならないとは限らない。

 まあぼくらの演奏は地域レベルを出ないが、これからも続けていきたい。演奏するときの緊張感と、終わったあとの満足感はなんともいえない。次回は、4月26日尼崎医療生協病院のげんき祭りでの出演依頼をうけた。

 ところで北朝鮮の「飛翔体?」が発射されたいうニュースがとびこんだ。午前11時30分だった。2日前の自分の読みは間違っていた。日本列島を飛び越えて太平洋におちたという。北朝鮮にとっては大成功といえるのだろう。

 しかしまちがって日本の陸地に落ちたらえらいことだ。まあ人口衛星ではないらしい。

 ぼくは発射時点で失敗するか日本海で着水するとあまく見ていた。

 それにしても迷惑このうえない国だ。

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2009年4月 4日 (土)

午後からの雨で夜桜見学中止に

001  今日は久々に休みであるが、マンションの総会も近々で、演奏の出演も明日に控えていて、また夜は神戸大倉公園への夜桜見物企画があるので、結構落ち着かない。

 まあしかし、なんといってももうすぐわが自家用車プレーリーが戻ってくる予定なので、それが一番の楽しみだ。

 午前中はテレビを見つつ、洗濯物を干しつつ、ズボンを一つアイロンしつつ、残りの時間で、マンション会計の追加資料を作成するため、パソコンに向かった。これで次の人への引継ぎもすぐできる状態になった。

 そうこうしていると昼になり、食事の後は明日のおやじーず演奏のための練習を一人はじめた。

 当日はメンバー3人にうち一人がダメで残り2人の出演だ。

 いつもはキーボードで演奏するが、今回はひさしぶりにギター1本で2人のボーカルとなる。

 その中の1曲、「あの素晴らしい明日をもう一度」は、僕的にも気に入っている曲だ。

 ギターはオーベーション。つよっと冷たい音のギターだが、安定している。

 そのあとは読書に浸っていたが、どうも天気予報でおり雨模様になってきた。

 これはやばい。夜まで降り続くんだろうか。 

 結果はそのとおりになり、結局夜桜見物は中止にした。ただ当初案内していた神戸水の博物館では、今日、明日と春のイベントをやっているらしい。来年まで桜見物の企画がお預けか。

 ところで今週の通勤ではかなり負荷がかかっていたようで、足にだるさを感じている。まあ中止になって助かったかもしれない。

 結局家にいることになったが、夕食つくりにかかることにした。妻は仕事に行っている。

 いつもは金曜日の定番にしているカレーを作ることにした。

 ところで昼、沢口靖子主演のサスペンスを見ているときに「ニュース速報」のテレップが出て、北朝鮮のミサイルが発射されたという。

 ぼくはもともとこの件はマスコミや政府が異常な騒ぎすぎになっていると思っているが、どうも意図があるように思う。だいたい北朝鮮の科学技術ははなはだ信頼にあたいしない。とばしてもおそらく上空まで達しないか、飛んでも日本海に落ちると思っている。

 確証はないが、予感だ。それになぜ今人口衛星にしろミサイルんしろ打ち上げる理由があるのか、おどしっぽい。

 またその通告に乗っている日本政府も胡散臭い。

 思ったとおり数分後にまた「ニュース速報」が出て、誤確認だったという。無責任にもほどがある。国民を異常に心配させてどうするのか。責任をとれという感じだ。

 これは北朝鮮も日本政府も裏があるように思えてしかなたがい。

 とにかくわれわれ国民はもっと冷静に判断するべきだろう。政府の誘導に乗せられると郵政民営化とおなじ二の舞になる。

 と僕は思っている。

2009年4月 3日 (金)

週末は風にのって

001  4月に入って3日目になった。それでも朝は少し寒い。

 道路温度表示を見るまえに「んん、今日は8℃か?」と予測しつつ、稲川橋表示では、8℃。

 ピッタリだ!

 まあそんなことはどうでもよいが、軽くペダルを漕いでも31km/hは出ている。

 しかしどうも向かい風ぎみだ。ちょっと足の筋肉に疲れを感じている。それでも今日も、JR信号、歌島橋交差点を一気にクリアした。

 いつも思うが、道路の路肩部分の工事後はきちんと整地しておいてほしい。やたらでこぼこのまま工事を終えているので、ロードバイクにとっては、障害物になる。

 やはり道路はまだまだ自動車中心の世界なのだろう。

 ただ、2号線尼崎から大阪に入るまでは、路肩は結構1m以上の空間がある。この部分を自転車専用道路にして、青かブラウンの色を塗ってくれるだけで、自転車は走りやすいレーンになるのだが。ただバイクはどうするんだという話は残る。

 今自分にとっては、バイクと路肩を共有している関係だ。だから渋滞中の路肩は気を使う。

 後ろからバイクがおいかけてくれば、無理して端によるようにしている。

 そんなことを考えながら職場につくと8時46分だった。ただ、よく考えてみると楽な走りはしていないような気がする。信号か信号のタイミングを確実に予想できるため、加速せざるを得ない場面があり、ちょっと疲れる。

 仕事は今日も6割以上はノルマをこなした。

 帰りの走りは、曇り空の中を行く。ただかなりの部分追い風だ。やはり路肩付近に駐車している車が障害だというか迷惑だ。その場合は、かなり後ろを確認する。車が近づいていればそれを待つ。

 その分スピードを落とさざるを得ない。ただ長年この道路を通っていると、絶妙をタイミングで通過することは自信があるようになった。

 家に帰ると、予定としてマンションの会計を前の会計担当の人に午後8時に監査してもらう予定なので、夕食は、急ぐときそうするように立花商店街のスシマスで調達した。

 8時からの監査も終え、やっと気楽になり、サントリー「金麦」をのみながらブログを打っている。

 明日は夜神戸に行って夜桜を見に行く予定だ。天気が晴れることを祈りたい。

 

2009年4月 2日 (木)

仕事は6割以上やりあげて、夕日の中を帰る

005  朝はまだ寒い。稲川橋の温度表示を見る前の体感では、11℃かと思っていたが、温度表示を見て画然とした。

 なんと7℃をさしている。

それをみて「さむ~~~!!!!」と感じてしまった。

 しかし走り続けると体の中から温まってくる。これは電車通勤では絶対感じれない感覚だ。

 左門橋信号で、メッセンジャーA田くんが来た。

会話に中で、「今度の週末に伊吹山ヒルクライムにエントリーします」と言う。

「おお!」と感心する。ぼくはそういう情報がないし、まだ登りは自信があるとはいえない。

 「ぼくは年だからね。また結果を教えて。がんばってや」と話す。

 彼のモチベーションはどういったところから生まれるかしれないが、一目おきたい。

 野田阪神交差点手前で進路が違うので別れる。

 職場にはまたまた8時47分に到着した。また「ええ、ええ」と自分で驚く。

 仕事は、午前中は会議。午後からは課題3つ、あせるながらこなす。まあだいたい遣り上げた。

 5時20分タイムカードを押す。

 003 帰りはのんびり帰ろうと心に決めた。淀川大橋ではきっと夕日がきれいだろうと予想しまがら到着すると、思ったとおり、川の一部干潟があまりにもきれいだ。

  004_2 自転車がひっきりなしに通る中を内側の欄干にカメラを置いて、セルフで自分の姿も撮る。

 朝A田くんとも話していたが、その時は追い風だったのだが、「帰りは向かい風ですね」と話あったとおり、向かい風の走行だ。

 帰るはじめは眠たく、体の疲れを感じながら走ったが、走り続けると、なぜかモチベーションが上がっていく。これはどうした現象だろう。

 頭の中で気分がハイになるホルモンが出ているのだろうか。

 まあ何も考えず、ただ体を動かせる時間が毎日あることに感謝しよう。

 明日はいよいよ週末だ。

2009年4月 1日 (水)

春よこい!早く来い!薄着になってもまだ寒い!

002  今日は1年に一回の4月1日、エイプリルフールだ。まあ毎日が一年に一回なのだが。

 それで3月とはなぜか気分が違う。気の持ちようだろう。

 空は曇っているが、温度は昨日よりは高いようだ。稲川橋手前の温度計をひょいと見ると11℃だった。

 まあ猛一息ほしい温度だ。

 いつものんびり走ろうと走りはじめは思うのだが、走り出すと、よく会う通勤自転車の人にあったり、なにやらで足に力が入ってしまう。

 ただ今日は昨日に続いて、体はまだ疲れやすい。

 しかし今日も案外早く職場タイムカード前に着く。8時46分だった。

 今日は職場の全員の会議。その準備に気を使う。

 しかし昼休憩は十分取ることができて、喫茶キャビンではときどき居眠りしながら、今読んでいる「カムイ伝講義」に必死に目を向ける。室内に流れるジャズのBGMが心地いい。

 

 今日のスケジュールは予定どおり5時まえに終え、なにやかやで5時30分になり、職場を後にする。

 今日の帰りは、ちょっと雨だ。それで職場にストックしているレインウェアを羽織って走る。それにしても寒い。しばらく走っていないと寒い。

 家に帰ってからの夕食のメニューをオムレツにするべきか、朝シチューのルーがあったのをふと思い出し、シチューにするか考えながら尼崎に入る。

 そのうち雨は上がり、晴れ間が見えてきた。

 夕食はシチューに決定!

 004 家に帰るのはコープで買い物してからになるので、どうしても7時になる。そこから急いで小型精米器で胚芽米をつくり、そこから米をとぎ、炊く。それから風呂を掃除し、湯を入れる。

 そうしてシチューの材料、じゃがいも・ニンジン・玉ねぎ・にんにくをきざみ、鶏肉を切り、圧力釜で炒め、水を入れ、蓋をする。

 そのうち3人が帰ってくる。しかし料理が出来上がるのはどうしても8時を過ぎる。3人が食べ始める間、ぼくは風呂に入る。それまで服は自転車ウェアのままだ。

 そこではじめて裸になり、風呂から上がって、パジャマに着替える。そこでもう8時20分ごろになっている。

 いつもはそこから洗濯物をたたむ。それで10時ごろやっとブログ更新にかかるが、今日は妻がたたんでくれたので、すでに9時過ぎからブログを更新している。

 テレビはケーブルテレビをデジタル契約したことでBSのハイビジョンを見ることが多い。

 アナログ放送にはない外国の鉄道の旅や、今は京都大原で暮らすイギリス人に妻ベニシアさんの農家生活を見ている。

 そのあと、ストックが切れた日は、手作りパンの仕込みがある。ポットのような小型のものだが、夜に予約しておくと朝には、心地よいイースト菌の匂いがリビング中をおおう。

  まあ、ざっとぼくの平日の一日を公開したわけだが、夜も結構いそがしい。

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