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2009年8月31日 (月)

総選挙投票翌日 晴れやかな月曜日 

090831  朝起きるとすぐ玄関ポストを見る。神戸新聞がすでに入っていた。

 トイレで選挙の結果を見る。

 自民党、公明党の大物が次々落選している。これは明らかに青天の霹靂だ。

 とくのわが尼崎では、すでに昨日新党日本の田中康夫の当確が出ていたので知っていたが、あらためて公明党、冬柴鉄三の落選が明らかになっている。しかも公明党は、太田代表、市川幹事長までのきなみ落選だ。

 職場では、選挙の話で持ちきりだ。

 あれだけ東京都議会議員選挙では、逆風の中全員当選させた公明党も、今回の国政選挙では、統制がとれていない。

 尼崎の2号線ぞいにある冬柴選挙事務所は一日たって、看板は残っていたが、中はすでにきれいに空になっていた。

 あの選挙中の熱気はどこにいったのか。今や「公明党の彼はぜったい落選しないだろう」という常識は通用しなくなった。

 テレビの一般の人のインタビューで「自分の投票を時代を帰ることを初めて知った選挙だったのではないか」というような意見を言っていたが、そのとおりだと思う。

 さて自分の今日の予定は、29日にバッティングした地域の野外映画会で使った機材を返却するため、急遽午後は仕事を休みにした。

 それで午前中はやるべき仕事が圧縮されて、3時間の攻防だった。なんとかやり終えて、今日は自転車で帰る。090831_2

ところで、この新しい時代の曲がり角を向かえ(ちょっと大げさか?)、マイビアンキのバックライトを新しくした。

 今日は実際使う機会はなかったが、ちょっと気分が新しくなるから不思議だ。

 家に帰って、シャワーを浴び、すぐ服を着替えて車をガレージから出してきて、返却する発電機とプロジャクターを車に積んだ。

 まず発電機のガソリンを満タンにし、貸してもらったI病院に向かう。保管されていた倉庫にできるだけ近い位置に車をとめ、事務局に行く。

 女性の職員の人も片方を持ってもらって、倉庫にしまった。発電機は6時間ぐらい使用したのだが、3分の1も消費されていなかった。なかなかすぐれものだ。

 そのあと、西宮の労組事務所にプロジェクターを返しに行く。

 なんとか今日は一発でその事務所のある筋に右折できて、すぐ着いた。

 時間はまだ3時だったので、尼崎にもどり一番東端のコーナン行き、毛染めとシャンプー詰め替えと、入浴剤を買う。

 なぜか眠気が増してくる。疲れがとれていないのか。

 そのあと、ついでに逆戻りし勝本モーターに行き、アイドリングの異常を感じていたので、そのことをつげた。

 事務所で待っている間、置いてある雑誌と新聞を隅からすみまで読んでいた。しかし時間にしておよそ1時間。ここでも眠気が治まらない。

 アイドリングとエアコン関係の部品交換をしてもらい、家に向かう。

 帰りは調子がいいように思う。

 家に帰って芝しばし遅い昼寝をした。

 今日やるべきことはすべて計画どおりできた。

 しかし当分選挙後遺症は続くだろう。

2009年8月30日 (日)

歴史は動いた!!!

003   日が変わって、30日。まるで山登りを終えた後の休日のようだ。

 午前中は、マンションので掃除当番最終日で、妻と作業をし、その勢いでマイハウスの庭の剪定と蔓の剪定に熱が入る。

 作業を終えて、思い立ってすぐ一人でスーパー銭湯「やまとの湯」尼崎に向かう。 

 やはり気持ちいい。今日は投票日。夜の開票が楽しみな日だ。帰りに豆コウ房でコーヒー豆を2種類500gを買う。ちょっとリッチな気分だ。

 家に帰って、妻といっしょに近くの小学校に投票に行く。

 まさに今日は歴史的な選挙だ。それはひしひしと感じつつ、投票用紙に向かう。最高裁判所審査はすべてペケにした。投票所を出たところに朝日新聞の腕章をまいた女性が出口調査をしていた。ぼくたちは声をかけられなかた。

 午後からは、換気扇のヒィルター交換、熱帯魚水槽の水替え、ベンジャミンの鉢の交換などなど、うろうろしていた。

 夕食は妻の当番で、先の風呂に入り、出たあと少しピアノを触る。というのは来週日曜日、おやじーずで出演の予定がある。

 「あの素晴らしい愛をもう一度」「レスペラード」。

 約10分のワンポイント練習で終わる。

 さて、今ブログをうちながら、テレビ「開票速報」を見ている。今回これほどおもしろい報道はないかもしれない。予想を超えて、自民、公明の候補者の落選が出てきた。わが尼崎も願いがかなった。公明、冬柴の落選は学会神話をどこかへ行った。

 実は午後6時ごろ、妻に電話が入り、西宮市職員らしい学会員が支持依頼ともとれる内容のことを言ってきた。おそらく指令が出たのだろう。そのときから危ないことが、彼らの側も思ったのだろう。

 まさに歴史的瞬間だ。関が原の天下分け目の戦い、明治維新の江戸幕府の崩壊など歴史の主人公になる勢力があり、退く勢力のパワーの喪失は、加速度的になるのはいつの時代も変わりないと思う。

 それは民主党の戦力というより、いかに変革を望む人が多いか、いかに政治が閉塞してるかということだろう。

 まさに今日はツール・ド・フランスを上回る興奮と、現実のドラマだ。

超多忙の今週最終日の8月29日 夜は過ぎていく

 090830

 今週のいろいろな準備は今日のためにあったようなものだが、朝から地域の星空映画会の準備と、午後から仕事の会議と学習会、懇親会、さらによるは地域の打ち上げ会と、一度に消化した。

 まず朝は仕事の日と同じように6時30分に起き上がった。

 8時半過ぎには、前日夜レクチャーした少年団のRくんを車で向かえに行った。お母さんは団父母会の重鎮だが、Rくんが出てくるまで、その家の庭を見ていると、イチジクの木が玄関を圧倒していた。

 彼を乗せて、I病院に発電機を借りに行く。

 そのあと、家に帰って再度音響装置と、映画上映装置のプロジェクターの可動リハーサル。

 思った以上に細かいところを除いて覚えが早い。

 また彼を家に送って行き、11時から今度は、車に拡声装置を積んで、おやじーずTさんと地域を回る。30分ほどしか時間的に回れないが、街行く人は結構車に反応してくる。

 11時40分には家にもどり、すぐカレーを食べ、12時に職場に向かって、家を出る。今日は電車で行くため、家から15分、JR立花まで歩く。

 今日までの仕事・地域とも準備が大変だったので、この段階で半分はほっとしている。

 職場には1時前に着き、すぐ会議場所に持っていくものの用意と、出かける用意をする。職場の職員2人と資料、プロジャクター、パソコンなどを持って、歩いていく。職場からは歩いて10分ほどだ。

 そのあとはあれよあれよと時間が過ぎていく。理事会、そのあと新型インフルエンザ関連商品の学習会、そのあと懇親会になる。

 午後8時前、すべての職場での行事は終わる。機材は自分が職場にMくんを連れて、持ち帰る。

 そして職場を8時15分に離れる。

 ちょっとお酒が入っているので、電車の中では寝るのみ。

 家には9時20分に着く。妻がまだ家にいたが、9時3分から星空映画会の打ち上げということで先に出かける。僕も慌てて風呂でシャワーをし、服を着替えて出かける。002

阪急「武庫之荘」駅近くの雑居ビルの一角、えびすという居酒屋で打ち上げがおこなわれた。

 遅れてついたが、乾杯には間に合った。

 001 星空映画会の様子は、まったく分からずここで始めて聞いてみたが、音響の責任者のなってもらったRくんはトラブルなく操作できたようだ。彼は21歳だが、来年からの運営では、希望が持てる。

 映画会参加人数も200人あまりの若い親、子どもたちが居たというから、最高の人数だ。上映作品は「崖の上のポニョ」だったこともよかったのだろう。

 まあ今日までの不安はふっとんだ。

 大きな山を越えた気持ちだ。

 しかし、職場の懇親会で結構ビールと料理でお腹は充足している状態なので、この打ち上げでのビールは使いが、生を2杯ほど勢いで飲んだか。お腹はパンパンだ。

 ひとしきり時間は過ぎて、終了したのは午前0時過ぎだった。

 家に帰って、バタンキューだ。

2009年8月28日 (金)

超タイトな一日 しかし通勤は淡々と

002  今週は超ハードな精神状態だが、なんとか明日ですべて結実する。ここまで来ると後は精神的にも楽になってきた。

 しかし今日も日程も超タイトな一日だ。

 朝は管理職会議。午後からは、ふとやり忘れた重要な業務を思い出し、1時間以内になり終える。また明日の会議、学習会のための現地確認と打ち合わせ。

 そのあと職場にもどって明日の学習会の資料コピーと会議の資料lコピー。これがなかなか時間を要する。

 午後4時から1時間は展示会の確認の会議。

 5時すぎに会議を終え、遣り残したコピーの続き。結局6時過ぎまで、隙間のない緊張する一日だった。

 しかし帰りの自転車は、ホッとする気持ちというか、自分だけの世界というか、誰にも束縛されない感覚を味わえる。それに夕食は3日連続だが、3男がやってくれるというので、助かった。

 しかし家に午後7時過ぎに帰り、、まだ目的は終わっていない。

 というのは、明日の仕事と、地域の野外映画会がバッティングしたせいで、例年ぼくがその地域の映画会の音響と映画のプロジェクター操作を担当しているが、今年は現場にいない。それでその役を若い少年団の指導員にUさんの4男、Rくんにたのんだ。

 それで今日夜8時から、それらの機材の操作をレクチャーすることになっている。こちらも他人にまかせたことがないので不安だったが、8時過ぎに着てもらって、教えていると、まじめに聞いてくれるので、まかせる上にでの安心を感じた。

 午後9時過ぎには、今日のレクチャーは終了し、明日朝からまた一緒に発電機を借りに行き、さらに我が家で、操作をチャックすることにした。

 他人に自分のやっていたことを引き継ぐのは仕事でも、こういったときでも不安があるが、案外うまくいくものなんだと思う。

 つまり自分しかできないということはありえないということだ。

 今回はいい機会と捉えていいかもしれない。

 しかしぼくはぼくで仕事の方でそつなくやらいといけない。

 まあしかし、プレッシャーの多い一週間だった。

 とにかく明日をうまくやりすごせば、明後日は衆議院選挙の投票だけた。

 多忙な生活もまたよしとしよう。

2009年8月27日 (木)

大事な立て看板を見た!

004_2  昨日からの話の続きだが、実際尼崎東警察署の立て看板に「横断中の事故多発 信号守れ!!」というのがあった。

 事故は起こっているのだ。

 マスコミもスクープになりそうな事故しか大きく取り上げないが、きっと信号無視が多く、事故もたくさんおこっているのだろう。

 それなら立て看板だけではなく、頻繁に警察官を交差点に配置するべきだろう。

 ただ立っているだけではなしに、信号違反は大しては徹底的に注意してほしい。

 さてそれを発見した今日の朝だが、この2,3日かなり早いロードバイク走者を見る。

 今日も前を走っていて、走りは男性的だが、どうもかなりのロングヘアーを左右に括って前にたらしている。近づくとやはり女性らしい。

 しかし今日は中央大通りの交差点で右側を走っていたと思ったら、いなくなって消えた。ヘルメットはしっかり被っていて、ふくらはぎもよく日焼けしているので、男女の区別がつきのくい。

 それにしても早い女性もいるものだ。

001  自分は朝走り始めはいつも、ゆっくり走ろうと自分にいいきかせるのだが、同じようなロードバイカーなどに遭遇すると、どうしても影響をうけてしまう。

 ただ、それらの後ろを走っていると、かなり危険な走行をしていると思えるバイカーの走りが見える。

 それでぴったりつくのを止める。

 何が危険かというと、交差点手前から左折の合図をしている車に対し、横を走っていて、自分が強引にさきに出ようとすることだ。

 ぼくはウインカーに気づけば、後ろに下がる。無理に早く走ろうとはしない。

 ちょっとしたことだが、事故の確率はぜんぜん違う。

 つまりかぎりなくマイペースを守ることが今の自分の大きな課題だ。

 今日は家を早く出たこともあり、8時45分に職場に着いた。

 仕事は打ち合わせ、会議とそれなりに重要なことが多い。夕方は6時20分ごろ職場を出る。今や6時を過ぎると日が落ちるのが早い。

 006 最近リアのライトがどうもおかしい。接点がだいぶ不安定になっているようだ。それで尼崎に着いて、サンワサイクルに立ち寄り、新しいライトを買った。

 家の近くに到着して、コンビ二でビールを買った。

 明日、明後日も仕事的には忙しい。

 日曜日の自由な時間が待ち遠しい。

2009年8月26日 (水)

自転車通勤してますか? してますか?

001  日経新聞によると、今や若者は、旅行についても車では行かず、ちょっと距離があっても、自転車が燃料が入らず、一番安い費用で楽しめるということで、そういうライフスタイルが増えているという。

 また企業実務という雑誌によると、アメリカの企業では今や、リストラの波の中で、残された社員はネガティブな心理状況に落ちいっている人が多く、会社はいろんな手で元気付ける思索を実行しているらしいが、ある会社では、社員全員に自転車を無償で提供した、それで自転車通勤者が増えたし、社員全体が元気になって、効果を上げてきたという。

 どちらも結果的に自転車利用が増えてきているという話だが、時代の流れは確実にエコと健康志向に向かい、それが自転車を見直される結果になっている。

 ぼくも別に先見の明があったわけではない。ただ自転車の素人でもある程度、メカニズムをいじれるそのシンプルさに引かれ、中学生のことは内装変速のハブの中まで分解したことがのめりこんだきっかけかもしれない。

 子どもが大きくなってからは、むしろ走ることの魅力にはまった。淡路島半周企画で、自分がリードし、子どもたち30人ほどと、親のグループを先導したことが、そのきっかけだ。

 そして40を過ぎてから、琵琶湖一周レースにエントリーし、180kmを走りきる経験にハマッた。

 その後そのレースで記録を伸ばすことを考え、毎日自転車通勤に踏み切った。踏み切ったきっかけの中に長男がピアスをしだしたこともショックで、走りだした経緯もあるかもしれない。

 その後8年走り続けている。その間本格的に落車したのは、2回。雨の日に白線の上を走っている最中ブレーキをかけたとき、車道から歩道に進路を変えたとき、段差にタイヤをもっていかれたときだけだ。

 ただ最近は、4月30日琵琶湖単独一周中にダンシング中に片手を上げて、左からの自動車に合図しようとしたとき、バランスを崩して本落的に落車したのがはじめての経験だ。

 002_3

 ぼくは流行に乗るのがきらいと自分では思いこんでいるタイプで、いままでの説明が時流に乗って自転車通勤をしているのではないといういいわけだが、しかしよく考えてみると、すでに8年前には自転車通勤が注目されていたことはあって、その流れにのった自分がいる。

 雑誌サイクルスポーツはそれ以前から読んでいる。

 その前にはマウンテンバイクが日本で急に普及しだした。

 それでステシャライズの当時4万円のマウンテンをなんばのスポーツタカハシで知り合いになった従業員から買った。 

 阪神大震災の前後には、北摂のすべての山と、震災直後に六甲山をヒルクライムした経験も思い出だ。

 それが今そのころから考えるとどんどん自転車の人気が上昇する一方だ。

 それに今年はいよいよツール・ド・フランスという世界の自転車レースの最高峰に日本人レーサー2人が完走するという時代になってきた。

 このまま年をとることがないなら、どこまでも自転車に乗っていたい。ただ現実は直視し、スピードを追うのでなく、年齢なりの走りを開発していこう。

2009年8月25日 (火)

総選挙まじか、新型インフルエンザ急増 歴史的な時期かも

001  今週はいろんなことが重なった週になった。

 それでまず、土曜日地域で開催する「星空映画会」の機材、プロジェクターを借りるため、午後休暇を取り、西宮に車で向かった。

 その前の仕事は、今日は電車通勤で出かけた。たまには電車もいいだろうと思って車両に乗ったが、「こんなに込んでいるもだったんだ」とその車内の圧迫感に辟易する。

 西宮に向かう前に、今日はちょうど給料支給日なので、銀行に2か所より郵便局へも米代の支払いで行った。

 それが終わり、本命のプロジェクターの引き取りに行ったが、一年に一度の作業だが、いつも現場を間違える。

 なんとか場所を見つけ、目的を達した。

 家に帰って、ちょっと疲れてしまい、昼寝になってしまった。

 002 5時に起き、夕方からコープ立花にビールと食材を買いに行った。

 帰り、夕日が体を照らす中、食材を折りたたみ自転車のハンドルにくくりつけ、帰る。

 家に帰って、もう一つの仕事、29日当日の朝、地域をアナウンスしながら回るときのMさんの子どもさんが録音したテープを繰る返しダビングする作業をした。

 しかし29日は自分は映画会の運営をできない。当日は仕事の会議と学習会の方にかかりっきりだ。

 翌日の日曜日は、いよいよ衆議院選挙投票日だ。民主党の圧勝になりそうな予想だが、ある意味時代の転換点であることはまちがいないと思う。

 いわば歴史的な時間の中にいることを強く感じる。自転車にとっても、ますます愛好家と利用者が増える世の中になりそうだ。それならそれで、交通法規の重要性の自転車運転のついて車両としての認識を普及しないとある意味危ない。

 信号を守るということは、かなりの部分で歩行者、自転車にはあてはまらないと思っている人が、識者も含め多すぎる。

 ぼくは断固信号を守る必要があると思うし、多少遠くからであっても、車の運転中は前方の信号無視の自転車には、クラクションを鳴らす。

 自分は自分のモラルをかたくなに守るしかない。

 

2009年8月24日 (月)

4日ぶりの自転車通勤 ちょっと涼しい

002 今日はお盆から1週間が過ぎ、いっせいに仕事に行く人が増えたせいか、2号線はいつも渋滞するはずのない杭瀬付近でたくさんの車が渋滞中だった。

 そんなとき前にバイクがつまっていると前に進めない。

 何箇所かでそういう場面があった。

 それに信号待ちでは、炎天下で停止せざるを得ない場面が多かった。

 まあ、しかし4日ぶりの自転車であったが、それほど違和感はない。

 むしろ足はよく動く。野田阪神からの直線コースは独壇場というのはいいすぎだが、ツールド・フランスの一人逃げ、独走のような気持ちだ。

 しかし、やはり渋滞での時間ロスがあり、職場には8時50分に着いた。

 仕事は課題も多く、不安が頭を覆いながら出勤したが、午前中には多くの課題は解決した。

 それにしても、金曜日に休みを取って旅行に出たが、かなり気分転換としては効果があったように感じた。何事も集中力が大事で、その能力を上げることは大事ではないかと思う。

 そんなことで、なんとか5時までにはやるべきことは遣り上げた。

 帰りの自転車は5時30分スタート。やはり帰りは気分がいい。できるだけ軽い調子でペダルを漕いだが、それをゆるさない向かい風と途中から遭遇した。

 それで軽いペダリングどころでがなくなってきた。004

 おまけに後ろから誰からついてくる。ちょっと良くを出してしまって、差を広げてやろうなんてことを考えてしまって、ビヤをひとつあげて、加速してしまった。

 その後尼崎繁華街をすぎてkも、加速を保ち、風に逆らって走るから足への負担と、心肺への負荷があるが、いつもの右折場所までその調子で走った。

 ちょっとよけいなことをしてしまったが、まあいいか。

 

 今日は夕食作りをやろうと思っているが、食材は冷蔵庫に十分あると予測できるので、家まで直で帰ることにした。

 家に帰ると、昨日作った中庭のことが気になって、というか見たくなって、家についてすぐ中庭に回った。005_2

まあまあきれいに光っている。なにせ前に作ったものは雨ざらしの中、3年ぐらい耐えていたので、かなりぼろぼろになっていた。

 ちょっと気持ちがいい。

 やはり人間、掃除にしろ、こういう工作にしろ、新しくすることは精神的にもいい。

006 明日は、星空映画会で使うプロジャクターを西宮に借りに行くため、午後から休みを取っている。

 それでも自転車で通勤しよう。

2009年8月23日 (日)

マンション大掃除と中庭のテーブルの補修の一日

005  昨日の旅行の余韻を残し、今日は、マンションの大掃除の日だ。

 結構早く起きたのだが、なにやかやで、ゆっくり食事をし、9時からマンションの清掃に参加する。

 ぼくは、おもに家の横の路地にびわの木を切って、長い間そのままにしていたが、それをゴミ袋に回収する。

 結構しんどい作業だ。ゴミ袋3つ使った。002

 そしてトユの受けの泥をとる。

 そうこうしている間に2時間が過ぎ、ようやく全体の掃除も終了した。恒例ビール、ジュースを配り、解散した。

 そのあと中庭のテーブルがあまりにも朽ちているので、補修しようという話になり、ぼくがその補修の手をあげた。

 昼食後、しばらく休み、車でロイヤルホームセンターに出かけた。

 90cm四方の合板と塗料を探した。最初わからなかったが、合板はちょうどいいものがあった。値段も2000円台だ。

 さっそく家にもって帰って古いテーブルを家の庭に置き、裏の骨組みをはずし、新しいボードに付け替えたり、再度に金具をつけたり、ニスを塗ったり、約2時間、なんとか約束どうり完成した。

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 夕方の空は、もう天高くという感じのうろこ雲が出てきた。

 作業のあと、しばし居眠りし、5時過ぎコープ立花店に夕食の買い物に行く。

 今日は、お米が底をついてきたので、それを使わず、お好み焼きにすることにし、その材料と、家で不足している洗剤、お風呂洗い、うがい薬などを買って、袋いっぱいになってしまった。

2009年8月22日 (土)

間断を裂いてふらっと金沢、夫婦旅行へ

001  妻と1泊2日の予定をあわせるのは、なかなか難しい。

 その間断をぬって、今回8月21日夏休む休暇を6月中に予定し、インターネットでJTB旅物語の企画を探しまわった。

 そして、この21日に合った旅行を探し出した。

 それは、ホテルと交通機関のみを企画したもので、目的地は金沢だ。

 前日は、帰宅時間も遅くなり、妻も遅かった。

 21日朝からあたふたと荷物の準備、トイレの中で買ってキタ雑誌「るるぶ・金沢」を下調べする。

 大阪駅集合時刻は10時半中央コンコース。集合場所にはJTBの社員に人が一人、JRの切符手渡しのため待っていた。

 あとは自分たちですべて進める。切符をもらって、11時12分初金沢行き雷鳥指定席で行く。昼をまたぐので、弁当は大阪駅で買う。大阪駅内も大分変わった。

 近江牛弁当を買って、プラットホームへ。

 12分から7分遅れで列車は発車した。どこかの駅で線路に人が入って、遅れたというアナウンスがあった。

 やはり旅のはじまりはちょっとうきうきする。妻と行くのは一番気を使わないので楽だ。

 約3時間の移動では、ひたすらサイクルスポーツ8月号を見ていた。12時には近江は今津付近だったが、昼食とする。敦賀を過ぎたあたりだったか、急に窓に雨のしずくが目につく。そのままずっと雨だった。

 午後2時過ぎ金沢駅に到着。激しい雨が降っていた。ホテル、リソル「トリニティ金沢」までは歩いて15分と案内されていたが、豪雨の中を歩くのは辛いので、タクシーを使う。850円だった。ちょっと遠回りされたか。

 ホテルはまだ建って1年という新しいホテルで、各所に新しいデザインが匂う。天候が悪くてちょっと気分がネガティブになりかけていたが、助けてもらった感じだ。

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  とりあけず一服して、近くの近江町市場を下見し、そのあと兼六園近くの21世紀美術館に行くことにした。ここは「るるぶ」にも推奨していた。

 市場はかなり広い。夕食はこの付近で取ることにしていたので、夜まで開いていることが分かり、安心した。

 さて21世紀美術館への移動だが、たまたま市場を出たところで、「ひらっと金沢」バスというのが止まっていた。

 こちらは右も左もわからないが、東京でも見たちょっと小型の小回りバスだ。料金も100円。バスの表示に停車場所、市役所前・21世紀美術館があったので運転手にも確認し、飛び乗った。

 003

 その美術館は、基本無料だが、100人の主張というような企画は1000円の有料。

 かなり前衛的な作品、理解しにく作品がならんでいた。

 まあしかし雨の時間にはちょうどいいか。

 5時過ぎまで見て周り、歩いて夕食場所と思っていた近江町市場まで歩いてもどった。

 ちょうど金沢城の石垣の横を北上する感じで歩く。15分ぐらいで市場に着いた。

006_4 入ったところはすし屋さん。海鮮丼もあった。

 生ビールで乾杯し、丼をほうばる。同じカウンターの向こうには、アメリカ人か、白人系のご家族が2歳ぐらの金髪の息子といっしょに寿司を食していた。その店の若奥さんもおんぶ紐に赤ちゃんを背負って明るく働いているのがたくましい。008_3

店を出て、ホテルの部屋でも夫婦で二次会をするため、近くの小さなスーパーみたいなところでビールと酒とおつまみを買う。こんな時間もなかなか楽しい。

 ホテルに戻って、部屋で風呂に入り、テレビでの女子バレーボールの国際大会を見ながら、ビールを飲む。

 

 翌朝、天気は晴れ。朝食は1階のイタリアンレストランでバイキング料理。食事の後は、部屋で片付けをして、9時半ごろチェックアウト。

 もう一度「ふらっと金沢」バスで兼六園へ行った。

015  昨日と打って変わっての晴天だ。さすがにたくさんの観光客が園にいた。

 今日は午後の列車で帰るので、午前中のみ観光だが、この兼六園では、これだけは見ておこうと加賀前田藩12代奥方御殿の「成巽閣」(sei son kaku)入場料700円、に入った。

 豪華豪華絢爛というか、江戸中期の木工建築の粋を集めた感じだ。

 金沢市は、戦災を受けていないとタクシー運転手が話していたが、その通り昔ながらの入り組んだ道路事情がそれを示している。

 このあと主計町長屋街に行くつもりだったが、そでに時間は11時半を過ぎていた。

 それでよくばらず、そのまま園六園内をうろうろし、金沢駅往復のデマンドバス(運賃100円)を待った。

 バスで移動していると、なぜか、去年9月に行った娘のいるシンガポール、オーチャード街でバスに乗ったときのことを思い出した。国内も海外もちがった街に行くとなにか共通点がある。

019  JR金沢駅はかなり近代的だ。駅南側は、骨組みにグラスファイバーを重ね合わせたような屋根が覆っている。

 その手前は太い木材を組み合わせたアーチが建っている。

 最初もっていた金沢のイメージではない。

 名残惜しい気持ちで雷鳥30号に乗る。

 まさにふらっと申し込み、ふらっと行った旅行だった。ただ考えてみると、ロードバイカーは一人も見なかったのが、ふしぎだ。

 人間定期的に命の洗濯は必要だ。もし来る機会があれば、もう一度訪れたいと思う。

 今度はバスの利用を駆使して、いけていない茶屋町3つと長町武家屋敷も訪問してみたい。

2009年8月20日 (木)

夕方の医院訪問のため、自動車通勤で。

090820  今日は夕方から医院訪問をI先生と約束しているため、ひさびさだが、マイプレーリーを職場に持っていった。

 ただ駐車場には入れらないので、近隣の100円パーキングに止めたが、8時間で2600円かかった。

 朝は8時45分には職場に着いた。

 仕事はかぎりなく忙しくなってしまった。間髪を入れずいろんなことが出てくるので、さすがに疲れた。

 それでか、昼は異常に暑さを感じるのが、どういうことか。

 夕方は、5時半に西淀川までいかないといけないので、ちょっと緊張感があったが、職場から駐車場を出発したのは、なんと5時15分。

 やばい!!!

 しかし結構距離を稼げるもので、淀川大橋を超え、野田の交差点を左折したのが、5時30分だった。

 それでなんとか5分遅刻でI先生待合場所に到着。

 5件ほどを回った。

 スケジュールを追え、家に向かって車を走らせたが、歌島交差点で止まっていると、ロードバイクが横から前に出てきた。よく見ると、通勤出会う今は赤色ビアンキに乗る彼ではないか。

 声をかけようと思ったが、ネクタイ姿で車で乗っていると気がつかないかもしれないので、そのままにして、携帯電話で後ろ姿を撮らせてもらった。

 車で走っていてもよくロードバイクで走る人を見る。本当に乗る人が増えた。

 一つの流行なのかもしれない。

 明日はやっと妻と二人で阪急交通社に申し込んでいた富山のツアーに出かける。

 まあ3連休ということになるが、妻との旅行は楽しみでもある。

2009年8月19日 (水)

ちょっと体調がよくなって、暑さにもまけず!

001  今日も朝は青空だ。当然暑さとのたたかいだが、今日は、お腹の調子ももどったせいか、ペダルを踏む力は正常だ。

 それから、今日の走るタイミングでは信号待ちの場面で、ほとんど日陰で待機することができたので、バテる要素はすくない。

 それにしても、頭からボトルの水をかぶると生き返る。これは真夏でしか味わえない体験だ。

 そんなこんなで走っていくと、職場には8時47分にタイムカード、を押した。

 今日は仕事では、研修の講師役もなく、明日の会議の準備と、午後からの会議が課題なので、まあまあ気は楽だ。

 昼休みはいつものように夕張食堂で食事をし、喫茶「キャビン」でコーヒーを飲みながら、英会話の勉強と読書にいそしむ。

 本は今辻井 喬氏の「自伝詩のためのエスキース」を読んでいたが、すでに昨日ほとんど読んでしまっていたことを忘れていて、カバンに入れたまま職場に来たので、しかたなくそれをキャビンに持っていったが、英会話のテキストだけで時間を過ごした。

 辻井 喬氏は西武百貨店の社長でもあったが、青年時代は共産党にも入っていたという経歴の持ち主だが、詩人でもある。しかしはっきり言ってこの詩集は何も感動しなかった。ちょっと期待はずれだった。

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午後は会議を終えて、5時にはタイムカードを押し、選挙支援のビラまきをし、そのあとそのまま家に向かった。

 いつもは通らないあみだ池筋を北に進んだ。

 この道は片側2車線だが、ちょっと危険度は高い。

 まあ、しかしいつもと違う道で帰るのも新鮮だ。緊張感もある。

 そのうち2号線に合流し、いつもの道に入る。

 信号待ちで、ボトルの水がまだ残っていたので、蓋をあけて全部ヘルメットごしに頭から被った。 

 家に帰る開放感と冷却効果で気分最高だ。

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家に帰る途中で、福住温泉前のコンブニでビールと焼酎とレモンスカッシュを買って帰った。

2009年8月18日 (火)

ちょっとバテた朝の自転車通勤

005  朝走りはじめると、お腹の調子も悪かったせいか、バテバテになってきた。

 それに信号待ちでは、炎天下での停止にまきこまれることが多く、いつもクリアーできている歌島交差点で足止めをうけ、ここでの信号が変わるまでの時間は苦痛だった。

 それでそこで頭からヘルメットをはずしてボトルの水を被る。

 そして走りだすとそのあびた水の気化熱で頭の暑さを吸い取ってくれる。

 途中クロスバイクの青年に抜かれたが、追いかける気もなく、30km/hが上限で力をためて走った。

 淀川大橋を渡るときは、さすがに1~2℃低いように思う。

 次の海老江交差点を過ぎ、野田阪神は、ぜがひでも渡ろうと、黄色信号に代わる瞬間に交差点をすぎた。

 そんなことで職場についてバテバテの状態だった。服を着替えて、お腹の調子が悪くなり、すぐトイレにかけこんだ。

 今日は午後からだが、また新人研修の講師がある。午前中のその予習をしていたのだが、ないやかやと別の用事が入ってきて集中できない。

 昼はそれに電話当番。

 その後食事に外へ出たが、まさに暑い。熱気がアスファルトから伝わってくる。

 レストラン南風で洋食ランチを食べる。

 そのあとの午後の研修はあっという間にすんだ感じだが、おもしろくない話だったと思う。

 帰りはできるだけ体の力を抜いて走った。

 ちょうど2男と3男は白浜に遊びにいっていて、家には誰もいない。006

結果的にはいかなくてもよかったが、コープ立花店で魚やビールを買う。

 家に帰って冷蔵庫を開けると魚のストックがいっぱいあった。

 まあしかしビールは空っぽだたので、6本買った。

 最近休閑日がわからなくなってきた。それだけ喉が渇く。

 食事の用意を済まし、風呂に入り、一人で食事となったが、テレビでは、NHKBC2をかけると、今日は衆議院選挙の公示日ということで、選挙の特集のため、「つばさ」を見ようと思っても8時45分からになっていた。

 今週出勤は金曜日が休暇をとっているのであと2日。なんとかがんばろう。

2009年8月17日 (月)

お盆明け、初通勤自転車。デスペラードが頭をよぎる!

003   お盆が明けた。頭を切り替えて、仕事に出かける。

 2号線はまだ車の量が少ない。しかし暑さは本格的になってきた。 

 知らない自転車にまた会った。

 追い越すときはできるだけ左手で前に追い越しますという意思表示をする。誰しも抜けれるときはいいきもちはしないはずだ。

 今日は信号のタイミングが悪く、信号待ちではよく炎天下の中を待たされる。

 それで思い切って水あび用のボトルで頭から被って走った。

 仕事は新人の研修講師をするので緊張する。

 まあ講師をするということは自分の方が勉強になる。

 そんなこんなであっという間に夕方になってしまった。

 帰りはまだ結構道路の熱気がたまっている。しかし太陽は西40度ぐらいから照らしているので、日差しはやわらかい。

 まあしかし今日は5日ぶりだというのにそんなに疲れはないし、昨日まで走っていたような普通の状態で走れた。

 002 なにわ筋を北に走っていくと、いつの間にやら新ABCホール付近は、高層ビルが林立している。まるでニューヨークのようだ。

 まあそこだけのことだが、2号線に合流し、いつものように淀川大橋を通り、尼崎をめざす。

 今日は妻が休みのため、夕食はまかせているので、気は楽だ。

 尼崎、立花駅バイパスを超え、ひさびさにナンバサイクルによってみた。

 というのは、2男の乗ってる自転車のかごの止め部分が脱落しているので、その部品を買おうと思ったのだ。

 息子さんがいて、またいろいろ情報交換をした。

 今日は家に帰ると2,3男は白浜に遊びに行っていない。

 まあ、お盆明けというか、まだお盆休みの匂いのただよう今日このごろだった。

2009年8月16日 (日)

お盆休み最終日、デスペラードの練習に集中!

002  インターネットは便利なもので、昨日「デスペラード」とグーグルで検索しただけで、3番目ぐらいににイーグルスのyou tubeの動画が出てきた。

 クリックするとデスペラードの演奏がまるごと見られる。

 それで昨日の夜だがⅠt レコーダに線をつなぎ、録音に成功した。イーグルス、平井堅の両方の演奏を録音した。

 朝はひたすらそれを楽譜とあわせて何回も聞いた。ピアノを弾き、伴奏のイメージも大分理解できた。

 昼になり、妻の作ってくれた蕎麦とうどんを食べる。残さず食べたので、食べすぎになった。

 午後からは、世界陸上をテレビで放映していたので、しばらく見た。

 外は快晴になり、だいぼ温度が上がってきた。そのうち昼寝に入った。

 そのうち今度は関口知宏の鉄道の旅特集の総集編があり、もう6年も前から始まっていたらしいが、そのころの日本の旅もなつかしく見た。

 関口は旅行で見た日常の中にたくさんの感動を見つけたといっていた。

 旅というモチベーションの中で日常では感じない感性が生まれてくるのだろう。

009  5時に終わり、明日新人職員にする研修の予習をし、6時まえにコープとコジマに買い物に行った。

 移動手段は、折りたたみ自転車。近距離の移動には、一番いい。

 コジマでは、洗濯機の糸くずフィルターの交換部品が手に入るか問い合わせに行ったのが、「部品が倉庫にあるかもわかりませんので、探してきます」と窓口の女性社員が愛想よく中に入っていった。

 それでその商品があって、買うことができた。すぐ手に入るとは思っていなかったので、うれしかった。それだけでコジマの印象が変わった。

 コープには、自家製パン用の小麦粉を買いにいった。

 010 帰りに家の近くを通るとき、空を見上げると雲画赤みがかってきれいだった。

2009年8月15日 (土)

お盆休みは過ぎていく。今日は終戦記念日

002  昨日14日は、お盆休み2日目。それにしても兵庫県佐用町の豪雨被害は他人事ではない。

 というのは、あの大雨の日の午後は、少年少女キャンプから帰ってくる途中。高速道路で体験したことのない大雨に見舞われた。

 その日の夜に大変な被害が出たのだからびっくりした。

 しかし、家族ごと亡くなられ人たちは、避難所へ移動途中に水に巻き込まれたという、なんとも言えない事件だ。

 異常気象ということもあるだろうが、それだけでは片付けられないのではないだろうか。もっと早く非難勧告を出すべきではなかったのか。これからの検証がされるだろう。

 それに、そのあとに起こった駿河湾沖の地震。震度6ということだが、東名高速道路の一部の土台の土砂が崩落した。震度6で崩れるような作りかたは問題があるのではないか。その点はあまり主張されていない。

 まあそんな憤りを感じながらだが、14日はゆっくり過ごした。ただ、先日のペースコンサートの反省会で一緒に歌った、イーグルスの「デストラード」という曲が気になって、昨日夜すぐヤマハのWEB販売で取り寄せた。これは契約すると、楽譜がプリントアウトできるという方法だが、送ってくるのではないので、早い。

 それでさっそく今日午前中練習してみる。ピアノ伴奏というより英語の歌が難しい。メロディーをよく把握していないので、てこずった。ただ演奏の例は、平井 堅のケンズバーⅡに入っているので、それをまねしながら練習した。

 昼に長男から電話があり、夜に家に帰ってくるという。彼女も一緒だ。

 004 妻は夕方出かけるので、夜の支度を相談したが、手巻き寿司を作ることにし、そのためぼくは、3時過ぎより蓬莱湯(温泉の銭湯)に入浴しに行き、その帰りにコープでネタを買い物した。

 2男は出かけたが、3男をまじえ、5人で3男の送別も兼ね、夕食会をした。話の中で、長男の彼女Yさんは、なんと4年前のJR福知山線事故の電車に乗っていて、2つ手前の駅でお母さんからの電話が携帯電話に入ったため降りたというのだ。それも被害に多い2両目に乗っていたという。

 運命とは不思議なものだ。

 長男は、和歌山で働いているが、地方新聞に自分のことが紹介されたという。まあそれなりに頑張っているのだろう。

 そんなこんなで、夜は過ぎ行き、そのままダウンしてしまった。

 さて、今日15日は、とくにすることがないが、昨日夜するべきことを残してしまったので、そのつけが午前中に回ってきた。

 まあ、洗濯物のかたづけだが、朝どうしても洗面、朝食などゆっくりになってしまうので、あっというまに10時になったりする。それに熱帯魚の水槽が気のなるので、結構念入りに水替えと部品の清掃などした。

 それが終わって、すぐコープの共同購入の配達員が来て、商品を受け取り、思い立って今日はスーパー銭湯「やまとの湯」に急遽出かけた。008

11時すぎに家を出て、ゆっくり風呂に浸かっても、12時半までには家に帰れる。

 昼食は昨日の手巻き寿司の残りをにぎり寿司にし、ビールを飲みながら食べた。

 さすがに2日間温泉に入ると。体はだるくなる。

 午後はテレビで「特集“あの日”昭和20年に記録」を見る。

 まず8月15日の一日を著名人の体験で紹介していたが、ある著名人は皇居前に行き、多くの人が皇居に向かって、倒れこむように泣き崩れている姿を見たというが、そのあと銀座に行くと、ゲイトルやもんぺ姿はどこにもなく、普通の平和や時代の姿で男女がゆったり歩いていたという。こんな話を聞いたのは初めてなので、印象的な証言だ。

 それを見ていると時間が流れ、3時半ごろから眠気が襲ってきて、5時まで昼寝になってしまった。妻は今日午後7時までの遅出勤務。夕食は今日も担当しないといけないので、そのあとすぐ用意に掛かる。

 ただ昨日のつけがもうひとつあって、台所にシンクには昨日の食器が山になっている。食事の支度と同時にかたづけが多く、7時過ぎに支度が終了した。

 ところで、昨日も今日も温泉への移動手段は、マイマウンテンバイク(gios)を使った。005_2

この前前輪リムを交換したやつだ。いつか山をダウンヒルしてみようと思う。

 明日もこれでどこかへ出かけるか。

2009年8月13日 (木)

お盆休み初日、からぶりの絵画展

001_3  職場でもらったボローニャ国際絵画展に妻が今日いこうというので、午後の一番暑い時間に涼みのつもりで行くことにした。

 その前の朝は、7時40分に起きて、洗面、トイレをすませ、NHK「つばさ」を見ながら自家製パンとコーヒーと自家製ヨーグルトで朝食を取った。

 そのあと朝の時間に髪を染め、乾かす間に風呂のあまり湯を10杯家の前の道路に撒いた。

 しかしあっという間に乾いてしまう。また今月マンションの掃除当番なので、中庭の水やりも続いてやった。

 それにしても今日は暑くなりそうな気配だ。

 そのあと洗濯物を干し、自転車ビアンキを洗車する。そして間断をいれず、自転車で20分ぐらい先のホームセンター「ロイヤルホームセンター」に向かった。

 目的は台所横のドアにつけるすだれを買うこと。ただ結果は黒のフィルムを買った。

 昼食を取り、12時半ごろ絵画展のある大谷美術館へ向かう。阪神「香露園」駅が一番近いので、阪急で西宮北口で今津線に乗り換え、今津から阪神に乗り換え、2つ先の香露園で降りる。阪神の普通車両はエアコンがきつい。

 002 駅から降りて、かなり暑い中を約10分ぐらい歩いて美術館に着いた。

 中に入ろうと入り口に向かうと閉鎖されている。

 ここでやっと真実を知る。もってきたチケットにもはっきり表示してあるのだが、開催開始日は今月22日だった。

 よく中を見るとその準備をしている人が働いている。

 がっくり!

 まあこれは現実なので、仕方なく駅の方にUターン。

 涼みに来たつもりが、炎天下の苦行になってしまった。それで体を冷やそうと思って、来しなに見た香露園駅近くの「たこ焼きや」さんでカキ氷を食べた。006

これはなかなかいい。暑いときにはもってこいだ。

 それで、その香露園から逆戻りするのでなく、夙川ぞいを北に歩き、阪急「夙川」駅まで約1kmを歩いた。

 この川ぞいの結構整備された歩行者、自転車専用道路は便利だ。それに風がきもちいい。

 阪急から乗ると、2駅でもよりの駅「武庫之荘」に着く。

 家に帰って3時。さっそく水分を取り、横になる。

 そのまま5時まで昼寝。やはり暑さで大分疲れている。

 妻は、ご近所の少年団OB母どおしで、29日開催する「星空映画会」のポスター貼りに出かけた。夕食会をかねているのだ。

 それで自分が夕食作りに。

 お盆休み初日は、絵画展からぶりで終わった。まあ、しかし旅行に出ていない分、近隣の電車移動でのんびりできた1日であったかもしれない。

お盆や

2009年8月11日 (火)

お盆直前。いつもと違出勤。

002  今日は5日ぶりの自転車通勤だ。

 お盆直前ということもあって、通常の道路状況とは違うように思う。

 知らないロードバイカーに出会った。背中にカバンを背負っていないので、通勤ではないらしい。

 その前には、やたら荷物を荷台にくくりつけたマウンテンバイクの頑強おじさんがいた。

 そのロードバイカーは思いっきり加速して、抜かれたのだが、そのうち前に近づいてきた。

 だいたいぼくを意識して異常な加速をするな、といいたい。こっちはそういった挑発には反応しない。なにせ毎日走らないといけないので、異常な力を出したくない。

 そのうちう歌島交差点手前ですぐ前にいた。

 この歌島交差点では、信号をクリアするため、こちらが加速し、彼もまた加速したが、こちらに軍配が上がり、おい抜いた。その時点では時速44km/hは出ていた。

 やはり市民レーサーには時速40km/hを維持するのは難しいだろう。

 ある意味今日はどちらかといえば、体も足も調子いい。なぜだろう。

 まあ、それは考えないことにし、職場タイムカードを押した。 

 仕事は、息抜きの日か思ったが、結構いろいろ面談があって忙しかった。

 帰りは、午後5時20分。帰りの走りは気分が軽い。ついつ003い足が予想以上に回ってしまう。 

 

 淀川大橋に到着すると、東も空がきれいだ。

 だいたい32km/h平均で走っていたのではないだろうか。

 なぜか今日は体調がいい。ただ職場で仕事をしているときは、エアコンが強すぎて、ちょっと風邪気味になりかける。

 今週はあと1日働くとお盆休み。来週はまた通常になるが、4日間は休みがあるのがうれしい。

 ところで今日は昼電話当番で、いつもと違うレストラン南風に行ったが、ご主人と話の中で、彼もETCをつけていないという。現金だけ割引がないのはおかしいとも言っていた。

 自分と同じ考えの人はまだいるのだ。うれしくなった。

 しかし昨日夜が遅かっただけに今日の夜はありがたく感じる。やはり自分は家が落ち着く。

 明日は、今週週末ということで、ちょっと気が楽だ。

 楽しく出勤したい。

 

お盆直前。いる

印鑑証明証再発行で追われた1日、夜はピースコンサート反省会

002  昨日までの少年少女キャンプを終え、今日は休暇を取っていた。

 ところが、妻から昨日依頼されたのだが、3男のイタリア留学に関連して、妻の通帳のコピーとその印鑑証明がいることになり、その印鑑登録証(カード)が見つからないので、さがしてほしいということ。

 それで今日は朝9時から2時間かけ、あらゆる心当たりのある引き出し、箱などしらみつぶしに探すが、結局見つからない。最後の手段は、つい1月にも同じことをしたが、印鑑登録証の再発行しかない。それで妻の職場にやむなく電話をかけた。3男にとっては緊急の必要性があると言われていたので、「今日帰るまでに市役所サービスセンターにいけないか」と聞く。

 なにしろ本人が行かないことには、証は再発行はできない。その話の中で、1枚古いかどうかわからないが、印鑑登録証が鉛筆たての箱にあるというので、それをさがし、とにかく市役所支所に電話をかけたが、その番号で電話では、有効かどうか教えられないという。それでまず可能性もありかと、直接雨の中をその支所まで出かけた。

 確認の結果、使用できないものとわかり、がっくりきて家に帰ったが、びしょぬれだ。

 それでもういちど妻で電話し、夕方4時半に妻の職場に車で迎えにいくことにした。

 昼食を取り、あとはボーっとテレビを3時間見ていた。惰性の時間だ。ただ、NHKのその時のできごとを追うというような番組で、昭和50年の毎月の出来事を追っていたが、広島カープがはじめて優勝した年で、優勝するまでの、伝説の逸話を紹介していたが、感動ものだ。なんといっても、広島市民の関心ぶりは、あの広島原爆投下とつながっていて、市民を勇気づける出来事であったらしい。優勝パレードで家族を慰霊写真をもって参列する姿が印象的だ。

 さてそんなことで4時になり、妻を迎えに職場へ行く。すぐ帰る準備にあり、そのまま自転車も車に乗せて、一路また朝行った市役所立花支所に行った。

 ところがだ。窓口の高齢の男性は、夕方を過ぎると65歳以上か障害者以外は発行できないという。そんなことは聞いていない。

 しかししかたがないので、発行できる市役所本庁に車を走らせる。

 やっと着いたと思ったら今度は本人確認の証物がいるというので、健康保険証カードを見せるが、写真で確認できないといってうけつけない。運転免許証かパスポートでないとだめという。

 頭にきて、「支所ではそんな説明がなかった。なぜそんな杓子定規なことをいうのか。もう5時をすぎてあわてて来たのに、今日発行できなければ困る」と食い下がる。

 だいたい運転免許証もパスポートもない人はどうするのか。それも言ったが、住民基本カードがあるなどと理屈をいう。なんと融通の利かないところだ。あきれる。

 しかたがないので、6時までにもう一度証明証をもってくればうけつけるというので強い調子で「それなら取ってきます」と捨て台詞を言って、すぐ車で家にむかう。

 残り時間わずか40分。こんなときに事故でもしたら責任を取ってうれるのか。しかしこんな状態だとほとんどの人はあわてて強引な運転になるかもしれない。

 そこは気を落ち着けて、家にいる3男に連絡し、パスポートのある場所を言い、玄関で待ってもらうように言う。

 家に着いたのが5時30分。パスポートを受け取って再度市役所本庁へ。できるだけ早くいけるコースを頭で考え、車を走らせる。到着5時45分。なんとか間にあった。

 窓口の人に再度文句を言う気力もない。ただこの2時間あまりこのために費やした。

 まあできないことはごり押しするつもりはないが、もっと親切な言い方あると思うが、朝の電話からそうだが、市民に応対するときの暖かさというものがまるで感じられない。職員はそういうつもりはないのだろう。しかしもう少し応対の態度だけでも変えてほしい。

 それにどこでもそうなのか印鑑証明証カードがないとまったく立ち往生するが、その保管はめったに使わないので、かなりの人はいざというとき探しまわった経験があるのではないか。やり方を変えられないものか。要望したい。

 それで、終わったあとあまり時間もなく、夜予定していたピースコンサートの反省会へ出かけた。場所はJR立花駅南の「猫町西村」さん。011

前にも紹介したが、尼崎の街の中にこんな古民家があるかという感じの店だが、演奏に参加したメンバーと今度の衆議院選挙兵庫8区共産党候補、庄元悦子さんとだんなさん。

 今日は庄元さんの誕生日ということで、市会議員でファイブピースのメンバー義村たまみさんの計らいでバースデーパーティーを兼ねた。014

 ピアノがあるので、Yさんのギターと、また宴になった。

 この段階でさっきまでの市役所での怒りはかなり収まってきた。

 またコンサートを!という話が出てきたが、かなりそれぞれエネルギーを使うので、慎重な日程の計画が必要だろうと思う。

 

 003 

 ただ、音楽はひとの気持ちをゆり動かす。

 政治家もすべて音楽で語ってほしい。

 まあ、今日は、のんびりしたというよりも証明証再発行事件で多くのエネルギーを使ってしまったという不思議な一日だった。

2009年8月 9日 (日)

大阪少年少女キャンプに要員参加する

006 015

 8月7日(金)から9日(日)まで、第33回の大阪少年少女キャンプの要員として岡山県鏡野町ののとろ原キャンプ場に向かった。

 7日は休暇を取って、午後からすぐおなじマンションでおやじーず仲間のTさんとマイカー、プレーリーで出発した。

 実は今年で20回ぐらい自分自身は参加しているのだが、どうも子どもも20代になり、モチベーションは下がっているが、人間的つながりから、またそれなりに参加を期待されていることもあり、毎年参加している。

 ただ、今年は長年使ってきた奥津温泉近くの泉源キャンプ場が廃止になったため、同じ経営団体ミラクル㈱の依頼で今回ののとろ原キャンプ場に変わった。

 しかし、そのため施設は様変わりし、親はバンガローで寝れるし、すぐ下の歩いて行ける距離に1500m掘った温泉がある。バンガローには、全部ではないがIHのレンジまである。まあ、いたれり、つくせりだ。

 この団体の組織は、尼崎、吹田、八尾、堺以南の4つある。現地ではそれぞれ村を作り、大人の本部スタッフ、青年指導員、中学生、小学生(ただし4年生以上)、大人の裏方で構成されている。全体では100人以上いる。

 7日の金曜日は、夜、南部ウルトラ村の肝試しに補佐として同行した。キャンプ場からちょっと離れた「たたら遺跡跡」をその場所として、そこまで歩いていく計画だ。結構遺跡跡というのは、不気味だ。ただ霊感というものがあるとしたら、自分は何も反応しない。

 ただ小、中学生には2,3人でそのコースを歩くのだから相当怖いと思う。

 まあしかし、指導員の指示のもと、礼儀正しく、行動していたのが、えらい。

 9日(土)は最大のイベントである大キャンプファイアー。ファイヤーの薪の組みたてから、火の演出などの担当になった。クライマックスの各村代表中学3年生がジャニーズグループ、嵐のスタイルでにわかドアを蹴って出てくる場面で、一機に灯油をファイヤーに掛けて炎を巻き上げるとき、結構うまくいって、全体が興奮したように思う。

 そんなこんなで3日目となり、今日の片付けの日になったが、夜中から大雨、朝もずっと雨だった。しかし片付けないわけにはいかないので、テントなど濡れたままたたんで、片付けた。007_2

 全体の解散は、正午ごろになったが、それまでの片付けは雨まみれ、ブヨにかまれまくりで大変だった。

 一応任がとけて、Tさんと2人、またとなりののとろ温泉「天空の湯」に浸かった。

 風呂から上がったあとは、天国気分だった。

 その後車に乗り、帰りへと向かったが、一箇所道を間違え、一時途方のくれた。

 が、なんとか別の中国自動車道、インターの久世にたどり着いた。

 そのあと途中までは、眠気が出たのが、ちょっと辛かったが、1時間ほどで勝央Pに入り、眠気を覚ました。

 そしてまた出発するとどこからだったが、さだかでないがしばらく走っていくと、だんだん雨の勢いがましてきて、まさの高速道路がいたるところまるで川状態。これはやばいと思いつつ、何箇所か実際ハンドルをとられる場面もあったが、できるだけ減速し、事なきをえた。しかし今度は三田付近から17kmの大渋滞に遭遇。

 今度は、横から割り込み、後ろからの居眠り追突を恐れつつ、注意して走る。

 しかし渋滞をおこす大きな部分は、無理やり道理のない、進路変更、割り込みだと思う。

渋滞中の事故もそれだ。 

 とにかく車の運転は日本人は、はっきりいって下手だと思う。下手というのは、道路全体のことを考えていない。自分の車のことしか考えていないという運転手がかなりいるのではないかと思う。

 今日渋滞があったのは、料金1000円化と、日曜日だということだろう。しかし今まで、毎年同じ時期が帰って、中国自動車道で渋滞にあったことはない。車が土・日に集中しているためだろう。1000円化にしても、車の使用を増やす結果になるなら、ある意味逆効果だ。

 まあしかし何とか午後6時には家に到着した。

 よるテレビを見ていると、昼と通った、美作、佐用間が雨で通行止めという速報が出ていた。相当雨がひどかったんだろう。

 まあ、今回はある意味快適なサバイバルキャンプであった。

2009年8月 6日 (木)

裸じいさんひさびさに発見

001  今日はなぜか、2号線に入ってからバイクが多い。ビュンビュン追い抜かれていく。

 こちらの後ろを気にしながら走る。

 ところで尼崎アルカイックホールあたりを走っているとき、以前よくであった裸おじいさんがいた。

 やはりいつものように出会う車、自転車に敬礼してくる。ぼくもそれに応えて手を上げた。

 しかしてっきり亡くなられたのかとも思っていたが、いまだ元気に現れたので、あとなぜかうれしくなった。それから思い出したが、2日前帰りしなに、沿道というか歩道側から手を振ってくる3歳くらいの男の子がいた。ぼくも反応して手をあげて応えた。

 それで自分自身元気をとりもどすからおもしろい。実際ツールド・フランスで別府選手が、現地に応援に来た日本人から応援の声を受けると元気が出ると言っていたが、ちょっとわかる気がした。

 今日の朝は曇っている分辛くないのだが、蒸し暑い。

 今日も水浴び用ボトルで腕や首に水をかけた。

 淀川大橋を渡るときは、感覚として1,2℃温度が低いような気がする。

 職場には、8時45分到着。今日の課題は数日前に採用を決めた2人と理事長の最終面談に立ち会うことだ。まあ、無事終わり、やり終えていない課題をこまごまこなす。

 夕方からはちょっと会合があり、それに出て、職場を6時過ぎに出る。

 今日は朝に前輪に空気を補充した分転がる感覚が昨日とちょっと違う。そのためかどうか、ペダルをついつい過剰に回してしまっているようだ。

 尼崎警察南出張所で2段階右折するので、ここでシャッターを押す。002_2

昨日帰りの走行でアンダーにトランクスとばかなことを言ってしまった。タンクトップのまちがいだ。平たく言えばランニングシャツか。

 今日は帰りもウェア1枚で肌をはだけて走っていた。

 1時間帰る時間が違うだけでだいぶ日が落ちてくる。

 夕食は3男に頼んだので、今日は楽だが、帰りに昨日に続いて、ビールを買い込むことにした。

 今日は家から一番近所のコンビニまで行き、自転車を止めた。003

ポニョラーメンの宣伝が貼ってある。

 ビアンキは今日も元気だ。

2009年8月 5日 (水)

ついに梅雨明け!自転車通勤は気を引き締め

001  庭のファッションフルーツが初めて黄色い花をつけた。しかしこの数日の庭の植物の成長の早さは目をみはる。

 そして庭からビアンキを出して、そのロードバイクにまたがったが、5日ぶりの走行だ。

 学校が休みになっているため、自転車も少ないし、車も若干少ない。

 今日は暑さを考えて、水浴び用ボトルもボトルケースに置いた。

 2号線に出て、びっくりしたのは初顔のロードバイカー、クロスバイカーがやたら多い。中には早い人もいる。

 結構早い若者で、ロードに乗り、ヘルメットを被り、ロードウェアを上半身に来ていても、下半身はレーサーパンツではなく、昔のバーミュダーのようなものを履いているとなぜかバランスが悪い。やはりレーサーパンツで決めてほしい。

 さてぼくはどうだったか。暑さのせいで、疲れが早い。信号待ちでは、なんとか日陰に隠れるのに成功した場面も多いが、4ヶ所ぐらいで、炎天下にさらされた。

 すると消耗する。

 それで水浴びボトルを取り出し、首のまわりと腕にかける。効果抜群だ。走りだすと、冷たい風を感じて気持ちいい。ただ涼しい時間はあっと間ではある。

 後半は体が慣れてきてスピードが出る。気持ちよく職場に着いた。

 2日間会議の出張だったので、どうも今日が月曜日のような感覚になる。

 今日は面談の連続だ。今週、来週は実質的に働いている日が少ないので、1時間、1時間が通常より貴重だ。

 5時を過ぎたころ、疲れがドドっと感じられた。

 004_2

帰りの走行で失敗したのは、ウェアの下にトランクスを着てしまったこと。異常に暑い。大阪市内を走っているときは辛い。

 ただ尼崎に入ると道路が濡れている。どうも直前に大雨があったらしい。家に帰ってから3男から大雨だったと聞いた。

 それで、急に涼しくなり、快適になってきた。

 帰り際、福住温泉の前のコンビニでビール350ml6本セットを買う。

 ところで3男はイタリアのファッション専門学校に合格したのだが、どうも今月末にイタリアに立つという急な話になってしまった。それで8月からバイトをやめている。3年は行くことになる。

 さびしさもあるが、彼にとっては、飛躍のチャンスだ。

 家にいる間のあとの日取りを大事にするしかないだろう。

2009年8月 4日 (火)

天橋立に行く

003  昨日から、仕事だが、近畿ブロックの会議で、丹後エクスピロラーに乗って、天橋立に行った。

 たしか15年ほど前、はじめて家族でキャンプのついでにここへ来たことがある。

 会議と宿泊は、天橋立ホテル+天橋立オベルジューと2つの施設を使った。

 大阪駅11時10発のエクスプローラーは自由席を使った。まるで2階立てのような客車でサンルームのような窓と天井側面だ。

 ちょっとアクシデントか、冷房がほとんど効かない。車掌に聞いてみると、「調子悪いので」というだけ。2時間半それほど気にはならなかったが、一緒に行ったYさんは、かなり苦しそうだ。

 それはさておき、ホテルは天橋立駅からすぐのところにある。会議は2時からなので、30分はある。近くで海鮮丼を食べた。

 午後は目いっぱい会議。5時すぎにやっと会議を終え、となりのオーベルジュに移動。ここで宿泊した。どうもこの2つの建物は阪急、阪神が経営統合していしょになったらしいが、ぼくらがとまるオーベルジュは、阪神系列と予想したが、設備のランクが落ちる。

 まあしかし1人1部屋で快適に過ごせた。ただ、大浴場は、ホテル側と移動がじゃまくさい。

 夕食はオーベルジュ。フランス料理だが、まあまあだ。10人全員でワインをかなり飲んだ。ここから見る夕暮れの宮津湾は、情緒たっぷりといえる。

 090804

 翌日は、会議が午前10時開始ということなので、6時半に目が覚めたが、時間はたっぷりある。それで、レンタサイクルを借り、天橋立を往復することにした。

 15年前の記憶を確認したいこともある。

 しかし、橋立の入口は、以前かなり広い広場だったように記憶があるが、移動していくと店ばかり。寺もあった。

 しかしとにかくその橋を進んでいく。

 松林の中は不思議に涼しい。風が通るのと、松がいったいに茂っているので、そうなるのだろう。

 途中白人の男女ペアと出くわし、なぜか外人だけにGood Morningと声をかけてしまうから、ちょっとうれしがりだ。

 対面のケーブルカー乗り場まで坂を上った。

ただ、財布を持ってくるのを忘れたので、時間は十分あったが、利用しなかった。

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 まあ、ゆっくり走って、40分ほどでホテルに戻った。フロントにレンタサイクルのカギを返すとき、おせっかい癖で、「チェーンを貼りすぎてます。ペダルは使いすぎか異音がします」と言ってしまった。

 あと時間ぎりぎりだったが、また風呂に汗を流しに行った。

 出たのは、制限時間の午前9時ぎりぎり。掃除のおばさんが入りかけてきた。間一髪だった。

 ほどなく、10時から2日目の会議開始。しかし2時間はあっという間に過ぎ、全工程が終了した。

 みんなで、近くの手打ちそば家でお奨め海老入りそば1380円を食べた。

 そのあと近隣県のTさんとせっかくだからと、予定の帰り列車時刻13時53分まで、約50分を利用して、天橋立側の展望台まで登ることにした。ただしケーブルを利用する。

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090804_3  ちょっと時間を気にしながら、登ってみると、眺め最高!!!

 股をくぐるように写真をさかさまにしてみると、言い伝えのように竜が空を飛んでいる見えるからおもしろい。

 日本三景の一つをまた確認したような喜びがある。

 およそ15分ほどに展望台滞在だが、列車発車の時間までのちょっとした緊張の中、観光してみるのもいいものだ。

 午後1時45分に駅にもどり、53分発の北近畿タンゴ14号自由席乗り込む。

 なんとか夕方には大阪に着いた。

2009年8月 2日 (日)

やっと予定のない休日。マウンテン前輪組付作業に集中

002  週初めに買ったマウンテンバイクのリムを一度組付けしてみたが、中のチューブの空気取り入れ用穴が小さい。リムの形状が以前のものとはちがっていて、内側と外側に空間があり、作業の手落ちで中にスポークネジが二つ入りこんでしまった。

 それで、今日までそのままにしていた。

 朝洗面、食事、歯磨きなどを終え、ゆっくり過ごしたあと、10時すぎより作業にかかる。

 まず組付けたスポークをもう一度はずす。ただ、ばらばらにしてしまうと、また再度組付けのとき時間がかかるので、クロスするスポークをセロテープで固定したままはずした。

 それから中に入り込んでいるスポークネジ2つを取り出す。全体を揺らしてなんとか出てきた。

 次に、家の電動ドリルを使い、空気入れ口の穴を削る。最大のドリル歯でも削る穴には至らないが、まわりをこすりながら、何とか穴に突端を出せるまでになった。

 それでいよいよ組付け。これは結構早くできたが、ただ2ヶ所組付け方を間違っていたので、修正で時間を取る。なんとか32箇所ネジを締め終え、今度はスポーク調整の機械にハブを取り付け、ちょうど真ん中にリムが固定されるように調整する。

 これは1本、1本のネジの調整が必要だ。横ぶれと縦ぶれをなくしていく。

 最近この作業をしていないので、コツを思い出すのに時間がかかり、30分以上かかった。

 しかし横ぶれは1mm以下というかほとんどない状態までになった。

 そしていよいよタイヤとチューブをはめ、空気を入れた。これはすぐできた。完璧だ。

 しかし12時まえになってしまった。ただしこの作業の前に妻のマウンテンバイクのリアデレーラー調整もこなしていた。それは途中で空回りするというので見てみたのだ。最悪のケースではフリーギアのつめが壊れるということも頭に入れていたが、それはなかった。

 それで、2台をそれぞれ試運転にマンションの周りを走ってみた。妻の方は問題ない。自分のマウンテンはリム交換前より走りやすくなったような気がする。手放し運転でも安定している。

 家に帰って、妻の用意してくれたそうめんを食べる。

 午後からは天気が好転してきたので、しばらくゆっくりしていたが、3時半ごろより猛一つの課題と思っていた庭の蔓が外側に伸びすぎているのでそれを刈り取る作業をした。

 1時間かけて、45㍑のゴミ袋2つのいっぱいぐらい切り取った。

004_2 005 その作業を終えて、5時まえになった。

 夕食は今日はぼくが金曜定番カレーライスを作ると宣言していたので、すぐ食事の用意にかかる。

 材料はすでに昨日買ってあった。ルーはいつも5皿分ぐらいのもの2種類をまぜる。

 今日は、この前からおもりがないということで蓋ができくて、結局その部品を発見した圧力釜で、材料を炊いた。

 6時まえには食事の用意ができた。

 蔓刈り取り作業のあとシャワーを浴びていたが、食事の用意のあと、本格的に風呂に入った。

 風呂から上がって、妻が風呂に入っている間にピアノに向かい、「プット ユア ハンズ」の練習。しかし妻の風呂は早く、10分ほどで練習は終わりだ。

 ところでわが家にはエアコンが子どもの部屋に1台しかない。

 今日はリビング周辺の窓、ドア、戸などすべて網戸と開放にした。今年もこれで夏を越す。

2009年8月 1日 (土)

土曜日だというのに、目いっぱい仕事

 今日は土曜日だが、採用面接で午前中10人に面談。午後は役員の会議に出席と朝から夕方まで続く。

 こういうときは生き抜きを楽しみにして予定する。

 というのは今週は5日まるまる自転車通勤で通したが、今日は趣向を変えて、阪神なんば線を利用することと、帰りに前回持参のセッケンなど間違えて消化不良だった温泉銭湯「蓬莱湯」に再利用を目的にした。

 それで行きは、家から自家製マウンテンバイクで阪神尼崎まで移動し、自転車を駅にあずけ、電車に乗り換えた。 

 この移動方法でも、結局同じ時間で職場に着いた。

 仕事は結構緊張の連続。夕方5時まえに職場を出た。空模様はややあやしい。

 帰りは阪神桜川(なんばの次の駅)から乗る。帰りはじめからICレコーダーでこの前のペースコンサートの自分の出演の演奏と、ファイブピースの演奏を聴きながら移動した。

 すると電車の中で同時に本を読んでみたが、本に集中できない。それでイヤホーンに集中する。

 阪神尼崎行きの普通電車に乗ったのだが、20分ほどで着いた。

 またそこから駐輪場で自転車を受け取り、二駅ほど移動する。

 蓬莱湯までは15分もかからない。

 今日はちゃんとシャンプー、リンス、セッケンをもっていったので安心だ。そのためか湯船に入って落ち着く。ここの湯は茶色の成分。400円で入れる。

 20分ほどで湯を後にする。前回はここから歩いて帰ったが、自転車では15分だ。

 帰りにコープで食材を買う。

 ただ家に帰ってみると、家族3人とも家に先に着いていて、食事の用意をしていた。妻はちょうど買い物に行っていた。

 予想では誰も帰っていないだろうと、カレーの材料を買ってきたので、作るつもりだった。

 もう休みという気分が体に染みとおってきて、体の力が抜けてきた。

 明日は、マウンテンバイクの前輪組み付けを完成させる。時間はたっぷりあるので、楽しみだ。

 

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