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2009年9月30日 (水)

自転車通勤者の品格というより道路利用者の品格

002  雨の朝、2号線は、車の渋滞の列が異常に続く。

 今日は、迷いなくミヤタランドナー「グランプレミオ」で出発する。もちろんタイヤの空気圧を見て、空気を入れなおした。

 ただ、自分がビアンキロードで走っている姿を予想して比較すると、明らかにランドナーは遅いことがわかる。それは信号でのタイミングにずれがあるからだ。

 しかし、淀川大橋に入るまでの3箇所の信号の通過はロードより早い感じで、淀川大橋入り口は、余裕でクリアした。

 ただしどうも体の具合が2日前からおかしい。妙にしんどさを感じる。どうも風邪の初期症状のようだ。

 職場に着いたのは、8時50分。まずまずの時間だ。昨日から手洗いして干しておいたレーサーパンツは、朝履き始め全体にぬれていたが、職場に着くと太もも付近は体温で乾いている。

 003

仕事は、今日に限って予定れている会議も、業者のアポイントもなく、ちょっと気は楽だ。

 ただ、展示会を10日後にひかえて、細部の確認作業が多く、緊張する。

 帰りは、ノー残業デーと指定している水曜日なので、早く帰る準備をしたが、結局5時25分ぐらいの帰宅になった。

 帰りの道は、基本はいつもの道だが、阿波座から旧道を通ってみた。中央卸売り市場を横に見て、野田阪神に進む。007_2

 違う道を走るのはちょっと面白い。

 そのあと2号線に入り、淀川大橋を通過する。

 そのあと強く感じたことがある。それは自転車の信号無視があまりにも多いことだ。横断歩道を横切る歩行者の目の前で信号を無視して通過する。

 まさに自転車通勤者の品格が問われる。まさにその「品格」だ。

 しかし問題は自転車だけではないことは今日も思い知らされる。

 バイクが2台前にいて、後ろのバイクが僕の前を強引に左に入って、前のバイクを追い越そうとした。次の信号で2段階右折のため、止まったので「あぶないぞ!」とひとこと怒鳴って、前に進んだ。

 次は、自動車がぼくを追い越して無理やり左の路肩に止まった。これもばかやろうだ。

 とにかく「品格」というものが道路上には薄らいでいる。とにかく急ごうとする人が多い。そうではなく、移動空間であり、通過時間であっても、その時間を、もっと楽しんでもいいのではないか。そうするとそんなに急ぐこともない。

 急ぐ車は、救急車と消防車だけでいいではないか。

 それにみんなが急いで無理をしていると事故と死という悲惨な場面に直面する。

 それだけ道路は危険との鉢合わせだ。

 そのまず自転車通勤者の品格とは何か。思いついたことを書いてみよう。

 1、信号を必ず守る。

 2、弱者にやさしく。歩道では極力スピードを落とす。歩行者が多い場合は、自転車から  降りる。

 3、悪質交通マナー者には、まよわず注意する。

 4、事故などを目撃したら、ただちに救助につく。救命術を身に着けておく。

 5、こちらに注目してくる子どもには手を振る。微笑む。

 6、自転車通勤者には、何回で顔見知りになると声をかける。

 7、楽しく運転する。しかし前をしっかり見る。

 8、事故を想定した運転対応を頭に入れておく。

 などなど。

 話は変わって、今忌野清志郎の「サイクリングブルース」を読んでいる。彼のオレンジ号にまつわる自転寫関連アイテムはぼくと格が違うというか値段が高い。

 005 それはそうとして、彼は、自分の理想は、サラリーマンになって、毎日同じ道を通勤することだと書いてある。それはぼくの生活ではないか。まあ人それぞれだが、自分的には、たしかにこういった生活を続けていけているのは幸せだと思う。

 清志郎さんの冥福をあらためてお祈りしたい。

 

2009年9月29日 (火)

雨模様に中、尼崎市街地は異常な渋滞が

002  朝6時30分の携帯アラーム、森山良子の「涙そうそう」を聞いておきる瞬間は辛い。

 すぐトイレに直行。1回目の用足しだ。あとは仕事の日のいつもの習慣を追え、おいしい挽きたてコーヒーを味わい、気合が入ってくる。

 歯磨きを済ませ、デイパックに入れる荷物の準備をし、サイクリングウェアを着て、ゴミだしの用意をし、再びトイレに。

 そこで時間は7時40分ぐらいになる。

 家で出るときは、ウォーミングアップ的にゆっくり走りだす。いつものコースを走り、2号線に出る。

 ところが、車の列がずっと繋がったままだ。産業道路交差点、玉江橋までずっと続いている。

 今日も知らないユニホーム姿のロードバイカーを見た。

 途中淀川大橋を登るあたりから、体の疲れを感じる。どうも風邪の初期症状があるように思う。それでできるだけ無理せず走る。

 それにしてもう淀川大橋道路側路肩近くは、アスファルトが盛り上がって、タイヤを乗り上げるとあぶない箇所が3箇所ほどある。その谷間を通り過ぎるのは、技術がいるが、なるべく道路内側の谷をはしらず歩道との間を通過する。

 前半渋滞で時間をロスしたと思われたが、職場タイムカード前には、8時44分に到着した。

 仕事はやはり午前打ち合わせ、業者面談、午後は会議二本と忙しい。

 夕方は早く帰れそうな雰囲気だったが、やはり5時30分ほどになってしまった。

 それにしても帰りは、ペダルが良く回る。ちょっと追い風か。

 各交差点では、横に近づく自動車に細心の注意が必要だ。急に左折してくる例があるからだ。また左折車が交差点をなかなか動かないときはどうするか。右へよってやり過ごすこともできるが、できるだけ左折が終わるのを待つ。

 004 家に着く前に、今日もコープ立花店に寄る。最小限の食材を買い、となりのリカーショップで一番搾りスタウト(黒ビール)を買う。黒ビールがなぜか飲みたかった。

 今日は3男が出かけていて、風呂の用意から、米の炊飯すべて自分でする。

 おかずはハムエッグを作ったが、面白いのは、この前奥琵琶湖ファームパークで買ったたまごは割ると黄身が黄色いが、コープで買ったものはオレンジだ。

 4人分なので、2個ずつ使う。

 そんなこんなで今日も日が暮れていく。

 

2009年9月28日 (月)

週明けは、タイヤの空気をしっかり入れて

001  2日の自転車ブランクを超えて、朝出かける前に、タイヤを両手親指で押さえてみると、前後とも空気が少ない。

 それで同時に空気を入れた。

 すると「こんなに違うものか」と驚くぐらい快調に走っているように感じる。空気圧は大事なのだ。

 今週土曜日、ZUZIEくんの鎖骨骨折からの全快を祝って(全快しているのかどうか正確に知らない)、朝の自転車顔見知りで祝う会をすることにしたが、返事をもらっていなかったメッセンジャーA田くんと、今日会えたらいいのになあと思っていたら、左門衛橋の上で後ろからやってきた。

 それで土曜日のことを確認するとオッケーという返事をくれた。

 今日は縁起がいい。思っていたことがかなった。

 しかし、朝の自転車でしか付き合いのないものどおしだが、何故か連帯感があり、一同に会するというのはすばらいいことだ。

 これもZUZIEくんのケガがきっかけという皮肉なできごとだが、とにかく回復を祝いたい。

 とかなんとかうれしい気持ちになってペダルをこぐ。

 職場の休みに、携帯電話でしか連絡のとれない赤ビアンキIクンに電話した。うまく出てくれて、少しびっくりしていたが、仕事の関係で会に遅れる可能性ありだが、来てくれると言ってくれた。これで4人が集まる確認ができた。

 さて、仕事の方はいつになっても樂にはならず、今日は採用試験の採点を40人近くやった。これでどど~~と疲れてしまった。それに事務所ビルのエレベーター、トイレ洗面など次々故障が見つかる。あるときには重なってあるものだ。

 しかし夕方はなんとか、5時30分ごろ帰りの自転車にまたがる。004

帰りもタイヤ空気圧の効用が感じられる。ただ、2号線で、路肩にとまっている車がやたら多い。

 待機している運転手に通過際に「あぶないぞ」と口走ってしまった。

 写真のように歌島交差点では、すでにかなりあたりは暗い。

 今日も慎重に走ったと思うが、あぶない場面はまったくなかった。

 家に帰る前に今日もコープ立花に立ち寄り食材を買って帰った。

2009年9月27日 (日)

尼崎医療生協 組合員交流会に演奏で参加

001  尼崎には他地域にもあるように医療生協病院がある。患者が組合員で、地域ごとに班を組織している。

 当然患者は高齢者が多いが、組合員と生協をささえる人たちも当然高齢者が多い。

 そして、班では、ダンス、生け花、絵画、日本舞踊などの文化活動が盛んだ。

 それで、わが「おやじーず」は、南武庫之荘班の組合員と役員であることから、声がかかり、今日の交流会への演奏出演となった。

 43号線と道意線の交差する地点の近くに、尼崎コンベンションセンターという建物があって、その内部で分科会や舞台発表があった。

 出番は朝10時30分だが、1時間前に現地に着いた。

 舞台設備や音響の係りがいるか、いないかは現地に行ってみないとわからない。今日は辛うじて、ワイヤレスマイクが2本あり、念のため、キーボードを引きながら歌う場合の折りたたみマイクスタンドは持参していった。

 しかし、生意気なことを言うと、リハーサルなし、音響テストなし、つまりぶっつけ本番でも演奏となった。自分たちの声が届いているかどうかわかわない。キーボードとの音量バランスもわからない。綱渡りの演奏だ。

 しかしこんなことは頻繁にある。まあ演奏させてもらっているだけでありがたいと思うしかない。

 まあ、終わってみれば「よかった」とか知らない観客からたくさん「ありがとうございます」とか、言われた。002

しかし15分だったが、毎回この緊張感はやめられない。

 演奏は自分的には100%満足とは言えない。しかし課題を残して終えることもどこを変えればいいか、わかっているということで、充実感はある。

 他の団体の出演も終わってから聞いて、ロビーで配られたコンビニおにぎりを食べているとき、満足感がある。

 7月にいっしょに演奏会を運営し、演奏した義村たまみ議員と出会い、12月にまたピースコンサートをするということで、その日程をおやじーずTさんとともに立ち話で、携帯電話のカレンダーと向き合って日程を相談した。

 食事後、またそのホールで締めくくりの会があり、神戸の医療生協のある地域で90歳の女性独居老人の強い願いで、病院から自宅で最期を迎える報告は、暖かいものを感じた。結果は人が死ぬ話ではあるが、その数ヶ月を生協の人たちの連携で介護し続けたとう。

 尼崎でも目標であるという意見が何人かから出された。

 ちょっと自分がその年代になることを実際考えざるを得ない話だった。

 家に帰って、キーボードを仕舞い終えると放心状態。しばらくテレビに見入っていた。

 それから気分を変えて、今読書している「きんさん ぎんさんが丈夫で長生きできたワケ」を手にとり、読み終えた。これは示唆に富んでいる。ほとんどは病理医でぎんさんの解剖にたずさわった棚橋 千里医師が書いているが、108歳までいき続けた理由と、なにが大事かが自分にあてはめて考えさせられる。

 ただ自分に当てはめると、性格部分ではぴったり当たっているような気がしてちょっとうれしい。具体的にはどういうことかというと「のんき、ほがらか、明るい、親しみがある、マイペース、くよくよしない、よい人生を過ごしたと思っている(これは?)、毎日を楽しんでいる)など自慢じゃないが、ちょっと当てはまっている。

 まあ何事もポディティブにものごとを考えるのことは大切なことだ。

 次に時間があったので、忌野清志郎の「サイクリングブルース」を読む。それで発見したことが一つあった。デビュー曲は1970年で「宝くじは買わない」とある。自分が日ごろから思っていることが最初の曲名だった。その曲を捜したい。

 あまりにも早い死だったが、ちょっと彼の音楽活動の歴史を知りたくなった。

2009年9月26日 (土)

採用試験監督後、リラックスの一日

001  今日は普通は第4土曜日休日だが、ちょうど今募集している職員採用の試験日としたので、朝はそのための出勤だった。

 34人の応募者の中、試験に立ち会ったわけだが、応募したすべての若者は、けなげに見える。一生懸命試験に向かっていた。

 その中から一人を選ぶのだから辛い。

 なんとか2時間の予定時間を過ぎ、試験は終わった。

 自分としても試験を終えて、食事をし、開放された。

 今日は出勤は自転車ではなく、また家から阪神尼崎までマウンテンバイクで行き、そこの駐輪場に自転車をあずけ、阪神なんば線で職場に向かった。

 それで帰りもなんばから阪神に乗るのだが、その前に近くにできたホテルモントレの中の書店「ジュンク堂」に入ってみた。忌野清志郎の「サイクリングブルース」とアンジェラ・アキのピアノピース「手紙」を買ってしまった。新しい本を買うとなぜかリッチな気分になる。ちょっと本中毒か。

 それでもまだ午後1時20分。阪神、近鉄の駅に降り、また尼崎まで午後1時32分発、急行に乗って帰る。

 尼崎に着いて、またスーパー銭湯「戎の湯」に向かう。なぜか最近よく行っている。

 002 銭湯内は午後2時まえということでか、客は少なく、のんびりできた。午前中の緊張はここで大分癒された。

 風呂から上がり、家に自転車を向かわせたが、25分ぐらいで家に着いた。

 あと勝本モーターに昨日約束していたので、マイカー・プレーリーを持っていった。

 というのは、どうも始動してもエイイジンがOFFになりやすいということの原因解明だ。

 それで勝本モーターの事務所に2時間いた。

 結局キャブレターの部品に問題があり、うまくアイドリング時、うまく燃料を送り込めていないということだった。いろんなところを直してきたが、とうとうエンジン周りかという感じだ。

 結論としてキャブレターのオーバーホールをした場合の見積もりを出してもらうことにした。しかし値段がどうあろうと、つい最近まで徹底修理しているだけに、今回もやめるわけにはいかない。見積もりをお願いしてやっとプレーりーに飛び乗り家に帰った。

 帰っても温泉に行った後は、体がいい状態に眠たい。

 明日は午前中、演奏依頼があり、同じ尼崎地域だが、行かないといけない。しかし今日の緊張感に比べると自分のすきな音楽の演奏なので、プレッシャーは少ない。

 いよいよ3男がイタリカに発ちまであと4日だ。

 

 

 

2009年9月25日 (金)

自転車通勤者はたしかに増えている

今日は、仕事のことを考えると、いつもより早く家を出る必要があると、ふと朝思い立ち、寝床から30分早く起き上がる。001

 それでいつのように急いで朝の支度をし、7時15分ぐらいに家を出た。

 さすがに出発から、車、自転車はどれも少ない。そのまま2号線に出たが、意外と多いと思ったのが、いつもの時間には見ない自転車通勤らしいロード、クロスバイクなどの人たちだ。

 ただ、多くは、まだ走りはじめて間がないような感じはある。

 それで、普通のスピードで走っていったが、すべてごぼう抜きとなってしまった。

 ただ、歩道を28km以上で走るのはやめてほしい。危険極まりない。

 いつもと30分の違いだが、別の世界を見たような体験だった。

 それで職場には8時15分に着いたわけだが、9時の始業がはじめる前に、今日の全事務局の会議資料はできてしまった。ほっと安心。そのあと9時をまたずにイベント会社のSさんが来訪。展示会場の必要書類の判を押す。

 そして9時50分には、予定の医院へ出かける。これは懸案の用事だった。昼を過ぎ、食事を外で済まして、3時にまた業者が来訪。展示会の最後の印刷物の打ち合わせをし、3時半から全体の会議。そのまま会議を終えたのは5時。

 それから明日の職員採用試験のための会場設営にかかる。なんとか30分で作業を終え、慌てて帰る用意。というのは今日は給料支給日であり、そのまま通帳に入った給料から、別の銀行へローン返済の金額を振り返るため、長堀橋のM銀行を目指す。

 なんとか5時50分に到着。結構利用者が来ていた。6時を過ぎると入金できないところだった。

 今日は夕食は、帰りが遅くなることを予想して、3男に頼んでおいた。

 それで帰りはゆっくり帰れる。002

  途中通過する阪神「野田阪神」駅はすっかりネオンが光っていた。

 途中ロードバイカーにあきらかに抜かれたが、気にしなかった。しかしこちらを意識した加速は、ちょっと好感がもてない。

 尼崎に入り、勝本モーターのこの前の修理の請求分を支払い行った。

 息子さんが応対してくれて、自動車の営業のあるべき姿と、今の現実というか、営業のスペシャリストが排除されてきているということ。はてはお互いの性格についての話など、ひとしきり話しこんでしまった。

 それで時刻は8時を過ぎてしまった。礼を言って勝本モーターを後にし、家に近づいたところで、福住温泉(銭湯)前のコンビ二にたちより、今日の冷蔵庫にビールが入っていないことを思い出して6本買った。

 

2009年9月24日 (木)

6日ぶりの走行は気持ちよさと疲れのまざりあい

005  今日はシルバーウィーク休み明け。旅行疲れはない。

 道路温度は24℃とまだやや暑い。

 足は休ませていたので、筋肉痛はない。しかし振動の鼓動は、いつもより強い。今日着ていった今はないバネストチームのウェアは新しいヘルメットに良く似合う。

 002_2 ところで2号線をいつものように  走っていると尼崎繁華街で、かつて尼崎シネマだったか、映画館があった横の大きな駐車場が更地になっているではないか。

 隔世の感ありだ。

 しかしひさしぶりの走行は、恐怖感がある。とくにZUZIEくんが鎖骨骨折しただけに、より怖さがある。

 仕事は、今週たった2日ではあるが(ただ、3日目土曜日も午前中仕事)、重要な作業もあるので、気が抜けない。

それでもするべきノルマヲをやり終えて、午後5時半ごろ職場を出る。ところが帰りはなぜが、足が良く回る。それも向かい風であるにもかかわらずだ。帰りの気楽さがそうさせるのだろうか。

 6時を過ぎるともうだいぶまわりは暗くなってきた。尼崎繁華街手前は結構渋滞していたが、自転車には関係ない。繁華街を出るまでは、事実上自動車について走ったような感じだ。

 やはりロードバイクはやめられない。あらためて自覚できた今日このごろだ。

2009年9月23日 (水)

シルバーウィーク最後の日も暮れていく

003  休みはありがたい。

 朝は、7時過ぎに起き、連続テレビ番組「つばさ」を見て、民報チャンネルを替える。8チャンネルで「とくダネ!」

 司会の小倉なんとかさんが、パセドー病の治療で休業宣言する歌手、絢香へのインタビューと生演奏。彼女はテレビで見る限りひたむきな感じがいい。

 洗濯物を干して、迷っていたが、スーパー銭湯「やまとの湯」に出かけることにした。

 001 それで妻の自転車(ヨセミテ社のマウンテンバイク)で行くことにしたが、よく見ると前輪のブレーキシューが磨り減っている。まよわず工具箱を出して、ストックしていたシューで交換する。まあ10分ぐらいで終了。

 そのまま出かけた。

 家からおよそ15分で到着する。先日はマキノ町の白谷温泉に入湯したが、今日ように街中の温泉もいい。今日は、まだ10時30分ぐらいで、客が少なく、のんびりできる。

 風呂から上がって、ついでに妻に頼まれたロイヤルホームセンターに立ち寄ることになっている。温泉からはおよそ15分ぐらいか。目的地までのコースを捜しながら走るのも楽しい。

 庄下川をさかのぼり、できるだけ車が通らない道を走る。途中創価学会の文化会館があり、今日は集まりがあるのか、たくさんの人が入っていく。

 その場を横切り、別の小川ぞいを進むと、そのホームセンターに着く。今日の目的は、野菜などの苗を買うこと。ちょうどそのコーナーがあり、キャベツ、白菜、じゃがいも、京菜の苗を2つづつ買った。これで値段500円だ。

 005 帰りも川沿いを基本に、そのあと名神高速道路の高架下を通って帰った。

 家に帰ると12時少し前だった。

 食事をとり、そのあとテレビを見ながら寝てしまった。今日は温泉の効果がじわじわと現れてきたのか、気持ちよく横になる。

 午後3時に目が覚め、妻と二人で、買ってきた苗を受ける作業に入る。

 狭い庭に4つのプランナーを置きなおすのだが、全体のかなりの整理が必要で、鉢をかなり組み替えた。

 よく見ると地植えしている木では、みかんが10個ぐらい実をつけている。姫みかんはこの前実が全部落ちたが、また花がたくさん咲いている。プランターでは、きゅうりが残り少ない寿命だと思うが、2つ実がなっている。

 今日買った苗のプランナーを4つ並べてみるとその部分だけ畑のようになった。

 ところで連休も終わりなのだが、その間、民主党連立政権で政策にかかげている高速道路の無料化について考えてみた。

 世論調査では、支持する人が25%ぐらいしかないような発表があったが、ぼくは強く支持する。というのは、もともと高速道路というものは、一定の期間がたてば無料にするのが基本であるべきだということだ。

 引き伸ばされているのは、さらに新しい高速道路を建設するための資金集めであり、道路保守管理のためではない。道路は国、県、地町村が管理するのが当たり前で、現に大阪の渡しなど道路の一部として無料だ。

 しかし現実は、高い料金を取られてきたおかげで、全域1,000円の時限措置にしただけで大渋滞になるということはある。ただそれは、いままでの料金に比べるとかなり得した気分になるからだ。

 反対する人の論調として、CO2が増えるだの、渋滞が増えるだのというが、CO2は、全体のことであり、車自体の利用を減らすことと、ガソリン車が減ることによって解決できる。渋滞の問題は、年月が解決する。

 また、利用者だけが高速の負担をすればいいという考えもある。しかし、この宅配や、全国的輸送の一般化している今日、バスに乗る人も、運輸業者の経費も安くなる。だから国民全体が恩恵を受ける。

 返って、不況の影響ももちろんあるが、トラックh業界は、事業すれすれで運営しているので、その負担が運転手にかかり、いねむり運転などが、かなり発生していると予想できる。渋滞中のトラックの追突による死亡事故はあとをたたない。

 要するに、これ以上高速道路を増やす必要はないし、車優先社会を変えないといけない。むしろ車が減れば、現状の高速道路をなくしてもいいはずだ。作物などの生産と消費は地産地消をもっと推進すれば、それが現実になる。

 だから高速道路に群がる今の特殊法人、公共事業に群がる大手ゼネコンの今までのやり方をストップできる。

 第一、ETCもわざわざつける必要はないし、料金を払う手間がいらない。

 ぼくが琵琶湖に行くとき通る湖西道路は有料化をやめ、奥琵琶湖にも行きやすくなった。ただTPOで電車で行く場合もある。 

 だから高速道路は無料化するべきだ。

 反論あるかた歓迎!

 ということでシルバーウィークも暮れていった。

 

2009年9月22日 (火)

シルバーウィークは琵琶湖ログハウスで

001  9月20日前日までの忙しさを終えて、1泊2日で妻と琵琶湖ログハウスにひさびさに行くことにした。

 朝7時15分に家を出る。とりあえず近くのガソリンスタンドで燃料補給していよいよ、名神尼崎入り口より高速道路に入る。

 かなりの渋滞は予想していたが、以前ゴールデンウィークで経験したことがある状態を思い出したように吹田からは前に進まない。

 それだけらいいが、京都東を出て、滋賀までのバイパスはかなりの渋滞。その後も一般道まで渋滞。

 003 途中宇川ファームパークで弁当を買い、そこで昼食としたが、ログハウスについたのは、なんと午後2時だった。

 通常は2時間で着くコースだが、5時間以上かかってしまった。

 現地に着いてしばし昼寝。起きてからしばし読書。4時過ぎに白谷温泉に向かって車を走らせた。

 しかしここでも入湯客が許容量を超えていて、整理券で30分以上待機となる。

 013 たださすがに時間が来て、ゆっくり湯に浸かると気持ちがいい。ここの白谷温泉は数年前までは古い建物の温泉で、狭い湯船しかなかったが、立て直され、大分近代的になった。それでマキノのキャンプ場の前の「さらさ」が込んでいる場合、近いのでこちらに流れてくる。

016 風呂から上がり、ログについて、今日は2人でベランダに出てバーベキューを食する。夜空は晴天で、星がちりばめられ、日ごろは味わえない感動がある。おまけに流れ星もキャッチした。

 バックミュージックは、平井 堅のケンズバーⅡのCDが室内のボール型スピーカーから流れてくる。最高のひと時だ。

 それで夜は10時には就寝にした。

 翌日は、朝またベランダで朝食。コーヒーがうまい。

022 2日目の予定は、妻は午前中持ち込んだ仕事の作業に。ぼくは、ベランダ西側の蔓や雑草の刈り取り。

 しかし倉庫から出してきた草刈機のエンジンがいくら紐を引いても始動しない。おそらく残っていた混合ガソリンが悪いのか。

 しかたなく、鍬を使って茎から切っていった。1時間以上かかってようやくすっきりした状態になった。そのあとは3台置いてある自転車(ママチャリ)の整備と修理。せべて大分長く使っていないので、空気が抜けていて、すべて空気を入れた。

 それで昼になってしまった。

 ざるそばで昼食とし、そのあとすぐぼくは、ホームセンターに自転車で買い物に行った。しかし距離およそ3kmぐらいはある。

 混合ガソリンやラッカーや紙やすりやトイレットペーパーやなにやらを買い、ログにもどった。妻はまだ仕事中。あとログにおいてあるエレクトーンのおき場所を変え、弾いてみた。ちょっと機械の操作がわかった。

023  それからしばらくして妻が「いいよ」というので、自転車でJR今津近くのスーパー「平和堂」まで買い物に行くことにした。片道およそ4kmか。車が通らない田んぼの中を縦断している道を通って移動する。まわりは田んぼかそば畑などだ。景色抜群だ。

 買い物よりサイクリングという感じだ。024

ちょうど2人の前かごに入る程度の食材と酒を入れて、ログに戻る。

 今日の夕食は寿司中心にしたので、準備は樂だ。 

 ちょっとゆっくりしてまた6時過ぎに白谷温泉に向かう。この時間なら空いているだろうと思ったのが、あまかった。

 昨日以上の待ち時間だった。

 まあしかし今日はそれの慣れて、待ち時間に新聞を見たり、子どもたちにメールしたりできた。しかし女性の回転が悪いようで、風呂から上がっても、妻はまだ順番まちだった。

 ようやく1時間後に妻が風呂に入り、その間、休憩室でテレビを見た。

 結構若い家族ずれがたくさん待っていた。

 白谷温泉を出たのは、もう7時半をすぎていた。8時前にログについて、ビールと寿司に舌鼓を打つ。しかし今日の空はアイニク曇り空で星が見えない。

 本当はこの日に帰るつもりだったが、ニュースを聞くと夜でも渋滞がありそうなので、疲れて帰るより、ゆっくり寝て、朝すぐに帰ろうということにした。

025 027 それが結果的に正解だった。朝は6時半過ぎに起き、ちょっと急いで帰りに支度にかかる。ただ朝食はしっかり食べた。

 忘れ物を確認し、7時半にはログを後にする。起きたあとなので、頭はさえている。

 帰る道は、不思議に空いている。渋滞はまったくなく、名神もスムーズだ。 

 それで家に着いたのは、9時半という幸せなタイムだ。

 家に着いて荷物の片付け、洗濯物干し、それに妻がテンションが高いまま家の片づけをしだし、そのあおりで、生ゴミ用ゴミ箱の根本的水洗いをおおせつかり、文句をいいつつ、きれいに洗いきる。

 そんなこんなで、旅行帰りの今日だったが、家もまた帰ってくると新鮮な目で落ち着く。

 午後からは、1時間純名理沙主演のテレビを見て、そのあと3時間読書にふける。先日にも紹介した「冬の兵士」を読みきる。アメリカのイラク戦争反対の運動は、帰還兵の中からも大きなうねりになりつつあるようだ。

 ただベトナム戦争と違うのは、徴兵制ではないかわりに、貧しい階層の青年が引き抜かれ、金もちらつかせながら、集中的に送りこまれていることだ。それで、国民全体の反戦運動になりにくい側面があると書いてあった。国民全体からは0.3%の参戦だという。 

 ただ兵士も親も含め、大変な犠牲を強いられている。ましてイラク国民の犠牲者の数はその比ではない。

 ブッシュ政権の犯罪性はあきらかだ。いつかさばかれるだろう。

 それにしても今回の旅行は、やはり疲れたが、ログハウスとその周辺をまた新鮮な目で見ることができたのがよかった。

 

2009年9月19日 (土)

シルバーウィーク手前、2つの会議

009  明日からの連休を前に今日は結構予定が詰まっている。

 しかし朝は事実上休みなので、朝の目覚めをゆっくり味わってから起きた。

 土曜日朝の定番のテレビ番組、日本釣りの旅、週間ブックレビュー、渡辺篤の建物探訪、週末の探検家と立て続けにみる。

 ただ洗濯物干し、食器の汚れものを食洗機に、などその間にやってしまった。

 時間は過ぎ、いよいよ12時前、出勤の時間になった。

 今日は仕事の帰りにこの前行ったスーパー銭湯「戎湯」に行こうと考えて、行きは自転車で阪神「尼崎」駅までいき、そこからなんばまで行くことにした。

 自転車はこのまえハンドルをリニューアルしたGIOSマウンテンバイクで行く。タイヤの空気圧をナンバサイクルでたっぷり入れてもらったせいで、またハンドルグリップを取替えたせいで、自転車が変わったような感じで、きわめて調子がいい。

 尼崎駅の駐輪場で日帰り手続きをし、なんば行きに乗った。

 午後1時過ぎ職場について、ばたばたと会議の準備にかかる。

 連休前というのに、理事の出席は欠席が一人だけという充実ぶり。

 ほどなく4時20分に会議が終わり、10分後には職場を出た。週末最後の仕事を追え、開放的な気持ちになり、ルンルンと阪神「桜川」駅まで歩く。

 ICレコーダーで歩きながら、平井 堅のデスペラードを何回も聞く。

 阪神「尼崎」に着いて、自転車を受け取り、その南の築地、スーパー銭湯「戎湯」へ向かう。10分ほどの時間だ。

010 ちょうど築地では、お祭りの日らしい。だんじりが大通りに止まっていて、テントが設置され、012

 結構たくさんの若者がハッピ姿でまわりにいた。

 もう5時を少し過ぎていたが、銭湯は、にぎやかだ。

 うす茶色の湯が気持ちいい。

 露天風呂もあり、最後に入った。

 帰りは、庄下川ぞいに北へ進路を進む。ここは専用道路だが、歩行者と共有なので、犬の散歩の人あり、子ども連れの家族あり、ふらふらした自転車ありで、決してスピードは出せない。

 結構強風が吹き、被っていた帽子は飛びそうでつけていられない。

 家に帰ると、妻がさきに帰っていた。美容院の行っていたらしく、髪がきれいになっていた。それに夕食にリゾットもどきを作ってくれていたので、慌てずにすんだ。

 食後しばらくして、7時半からは、少年団父母会に行く。それは阪急「武庫之荘」駅近くの喫茶店で集まるので、折りたたみ自転車で行く。

 父母会は、結構に催しの出店の食べ物を決めるのに、のらりくらりと意見を出し合いが、一度決まりそうで、また覆り、結局炊き込みごはんとポテトということで、ようやく決着。

 まあ、仕事の会議ではないので、こういった会議のリズムもありだろう。

 会議が終わり、やっと今日のスケジュールはすべて終了した。

2009年9月18日 (金)

シルバーウィークが待ち遠しい週末

001  やっと週末。しかし仕事は展示会と求人の絞込みで佳境に入ってきた。

 まあ、それはそれとして通勤は週末特番ユニホームというか、ピンクウェアで出かけた。

 しかし今日は誰にも会わなかった。

 職場について、午前中はじっくり求人応募者の履歴書審査をするはずだったが、別の作業をすることになり、それに掛かりきった。

 午後はいよいよ履歴書審査。

 一人の募集に100人以上チェックし、試験の受験者を30人に絞るのだから大変だ。

 それが終わっても明日の理事会の準備。文書作成と息をつく暇もない。実際疲れた。

 その間に展示会宣伝物の校正について、業者と打ち合わせ、銀行営業担当者との面談。

 それでもなんとか5時半には仕事を終えた。何せ来週は4日も連休なのだから、当然前後に仕事が集中する。

 そのせいか、今日は朝の道路は込んでいた。

 002 帰りはやたら道路逆走自転車が多く、それを見過ごすわけにも行かず、出くわす相手すべてに大声で注意する。「逆走はあぶないぞ」「何処走っとんね」

 ちょっと怖いおじさんだ。

 帰りの走行では、後ろにピッタリついてくるロードバイカーがいた。淀川大橋を超え、歌島大橋を超え、そのままついてくる。と思ったとたん尼崎に入って急に、猛スピードで追い越していった。ちょっといい気持ちはしない。

 が、そこでそのペースには乗らない。

  まあ、今日は週末だという気持ちが膨らんできて、嬉しくなってきた。

 そのままコープ立花に行き、カレーライスを作るための食材を買う。買い物袋いっぱいになってしまって、なんとかハンドルにその1袋を結び、家に帰る。003

  今日も庭の扉を開けようとしたとき、姫りんごが落ちているのに気がついた。それは結構赤く熟している。

 

2009年9月17日 (木)

超緊張いっっぱいの仕事の一日

002  週半ばで休みを取ったせいもあって、今日は多忙な一日が予想できる。

 朝の通勤は結構車の渋滞が2号線で続いた。なんとタクシーが走行車線に一台止まっていただけのことだ。しかしその先も渋滞があった。

 そのままマイペースで走ったが、大阪に入り、海老江交差点で後ろからメッセンジャーA田くんがやってきた。

 ZUIEくんの話をし、鎖骨骨折が全快したら、全快祝いをしたいという話をした。

 しかし、おたがい通勤だけの仲間なので、携帯番号も知らない。どうしてその企画をするか、ちょっと考えてしまう。ただA田くんも参加すると言ってくれた。

 そしてすぐ野田阪神になるので、別れた。

 それから以前紹介した筋肉マンマウンテンおじさんが今日もいて、淀川大橋にさしかかるところで、ちょっと力を抜いて走っていると、抜かれてしまった。

 しかしそのまま橋の登りを進んでいくと、近づいてきて、反対に追い抜いてしまった。まあ、ロードがマウンテンバイクに抜かれるのもプライドが許さない。

 しかしそのおじさんは、信号を必ず無視して走っているので関心しない。

 職場について、いきなり緊張感で仕事をする。朝一番に理事会で報告してもらい役員に、その資料を速達で送る作業。その後も午前中にやるべき作業が多い。

 その上、昼は電話当番。午後は会議。そのあとは業者との面談。あっという間に午後5時を過ぎた。仕事を終えて、また用事。

 なんばを出たのは、7時過ぎだった。

 004 道頓堀の浮き庭橋の向こうに夕日が沈んでいく。

 ああ、やっと開放されたという感じだ。

 明日は週末。そのあと土曜日の会議を終えると、4日間のシルバーウィークがやってくる。

 あと2日頑張ろう。

2009年9月16日 (水)

休日を取って、新しいスーパー銭湯体験

002 003_3  先週の土曜日の出勤の代わりに、今日代休を取った。

 朝のトイレで今日予定をあれこれ考えてみた。猪名川付近を走るか、甲山まで走るか、それともスーパー銭湯へ行くか。

 ただピアノでデストラーゼの伴奏の練習はかかせないと思っていたし、本「冬の兵士」(イラク戦争に従軍した兵士たちの懺悔と戦争告発の記録)を読破することもしたい。

 休みは一つの課題だけするというのが自分のモットーだが、本音は欲張りたい。

 結局、以前ナンバサイクルの従業員の人から聞いていた尼崎南端の築地にあるスーパー銭湯に行ってみることに決定した。

 それで朝洗濯物を干し終えて、インターネットで尼崎のスーパー銭湯情報を開け、探していた築地のその場所を確認した。

 名前を「戎湯」という。2002年の開業で、蓬莱湯と同じように銭湯をしていたが、ボーリングで新たに温泉を掘り当てたらしい。ナトリウムの単純泉と書いてあった。

 移動はもちろん自転車で行ったが、GIOSのマウンテンを使った。いつもの通勤経路を通り、途中庄下川ぞいで2号線まで進み、さらに南に進路を走る。

 安全なコースを捜しながら走ったが、途中、ダンプばかりの横の路肩をこわごわ走らざるを得なかった。43号線の下の通路を越えると、すぐ築地に出る。

 001 ここは、阪神淡路大震災のとき、おそらく江戸時代からの埋立地で、液状化現象でことごとく建物が崩壊したと聞いていたが、今訪問してみると、ことごとく新しい家屋と集合住宅と、商店街がある。その一角に戎湯があった。

 料金は380円で、石鹸、シャンプーなどは別料金だ。

 わくわくして中に入る。下駄箱は、100円がいらないし、受付ではそのカギをあずからないし、ロッカーのカギは中に入ってから自分で場所を決める気軽さだ。

 内部では、かけ流しらしい湯船と別の湯船、それに露天風呂がある。

 それにしても高齢者が多い。ただ水曜日の朝10時過ぎだというのに結構込んでいた。地域ではよく利用されているのだろう。

 今日の目的の本命は終了した。帰りはナンバサイクルに立ち寄り、今日使っているマウンテンのハンドルグリップの交換品を買う。今のものはあまりにもねちゃねちゃ状態なので、買い換えることにしたのだ。

 それで家に帰って食事をし、コーヒーを飲み、マウンテンのグリップ交換作業にかかる。

 ハンドルを固定しているステムのネジを緩め、グリップをカッターで切り、ブレーキレバーを緩め、変速レバーを緩めながらはずす。

 ただ、ハンドルバーのブラックの、もともとの色がはげているので、家にあったカラースプレーで色をつけ、乾かしてからはめ込み作業をした。

 そんなこんなでざっと2時ごろになってしまった。

 あとは、ピアノの練習と、「冬の兵士」の読書。冬の兵士の方がのめりこんでしまって、2時間ぐらい読みふけった。とにかくイラクでアメリカが占領して兵士がおこなってきたことは残虐すぎる。交戦規則というもので、ある程度民間人に被害を与えないなどの規定が、まったく崩れ、無差別の銃撃がおこなわれ、まったく罪のない人が連日殺されているというのが事実らしい。

 ただ読んで思ったが、ベトナム戦争なら、そんなことが横行していれば、テロ反撃ではなく、実際権力を掌握するまで、ホーチミンという指導者のもとに結束して反撃していった。

 しかしイラクでは、そんなことが行われているのに、おおやけの抗議行動、反戦の戦いがない。今の政権は何をしているのか、完全にアメリカのいいなりになっているのではないか。オバマさんがそんな中で大統領に選ばれたが、その手腕が問われる。

 ブッシュは戦争犯罪人として罰せられて当然だとぼくは思う。

 というような思いで読んでいたが、夕方になり、時間ぎれ。夕食の作業にかからないといけない。

 夜は、なぜか思いついて"すきやき"にした。それでコープ立花に直行。見る間に空は暗くなってくる。

 家に帰ってとにかくもう一度湯船に浸かって、夕食の準備をし、2,3男と3人でスキヤキに舌鼓を打つ。今日は350mlのビールを2本飲んでしまった。

 

2009年9月15日 (火)

仕事した!!!という感じ

001  今日はひさしぶりの雨、というか小雨だった。

 ランドナーとレインウェアで行くべきか、ちょっと考えたが、だんだん雨は止みそうになってきたので、いつものようにロード・ビアンキで行く。ただ上半身のみレインウェアを着て、下半身はいつものレーサーパンツのみという感じだ。

 そのため、パンツと靴下は替えをもっていった。

 途中、T川くんが現れた。ヘルメットが変わっているのと、ダボダボパンツでなく、しっかりレーサーパンツを履いているので、ちょっと声をかけるのに迷った。

 福島区、野田のJR高架下交差点で声をかけ、そのまま併走する。先日の超ハイスピード女性ローダーのことを話すと、彼も知っていた。

 レインウェアのジッパーをあけたり、締めたり調整しながら走った。

 職場について、明日休みの予定を入れたため、今日2日分の仕事をした。それも展示会前で超忙しい時期だ。明後日の会議の準備をある。ちょっとした依頼文書は5分で仕上げた。

 しかし、印刷会社からのデータがこないと印刷ができない案件があったが、結局夕方5時前にメールが送られてきたもので、そこから印刷機での作業にかかり、仕事を終えたのは、6時半を過ぎてしまった。

 が、2日分の仕事をやり終えた!という満足感と安心感で一瞬安堵が心の中に広がる。

 充実感をかみ締めて、帰りの自転車にまたがる。外は完全に夜になっている。

 しかしペダルがよく回る。

 朝は緊張感、夜は安心感。この落差がなんともいえない。

2009年9月14日 (月)

週初めの通勤自転車は無理せずに

002  週末は終わり、あっという間に月曜日。

 考える暇もなく、朝の支度を済ませ、ゴミ出しをし、自転車を走らせる。

 月曜日はさすがに、歌島交差点までの道路はよく込んでいる。おかげで、一機にその交差点を超えることはできなかった。でも無理は禁物だ。

 一度抜かれて、前を走っていたロードバイカーらしき人が、淀川大橋にさしかかる手前、野里交差点というところで、後ろを偶然見ると入るではないか。

 どこで抜いたのか。ちょっと不思議。そのまま後ろを走っていたようだ。

 しかし最近ロードバイク風の自転車マンが多くなった。

 しかし後ろから見て一見すると、経験者か初心者かいっぱつで分かる。渋滞の自転車の間を走りぬけるとき、ふらついているのが初心者だ。スピードも一定していないので、早いと思ったら遅くなったりする。

 自分のペースで、自分のペダリングで一定のリズムを保つことが必要だ。

 さて仕事は、月曜日にかかわらず、やはり忙しい。緊張感がある時間も多い。

 それで5時を過ぎた段階でちょっと疲れている。

 003 まあ、それでも帰りは気分を変えて、また体に不調なく、怪我もなく、今走れていることに感謝しながら走る。そうすると、追い風のせいもあって、自然スピードが超過する。

 何事もなく、尼崎に入り、南警察出張所を2段階右折し、家の方向に北進する。

 そのままコープ立花に直行する。今日は親子丼と決めていたので、足らない材料を買った。鳥肉など、6時半を過ぎると半額札を貼ってくれるので、すかさずそのパックに手が出る。

 今日は、ビール休閑日と決意した。

 食事のとき、テレビでは「鶴瓶の家族に乾杯」を見たが、心がリラックスできる番組だ。食事後も妻と二人番組に見入る。

 このブログを書いているのは午後9時半前後だが、あとイチローの特別番組を見るのが楽しみだ。

2009年9月13日 (日)

イタリア・ボローニャ国際絵本原画展に行く

008  以前から無料券をもらっていた西宮大谷美術館でのイタリア・ボローニャ国際絵本原画展に行った。

 実は、8月13日、お盆休み初めの日に、勘違いしてここへ来た。22日から開催なので当然準備中でその作業をしていた。 

 それにしてもこの時期は、猛暑で電車で移動したが、駅から歩いてくるもの辛かった。

 2回目の今日は、気候のよく自転車で行くことにした。山手幹線を西に、阪急夙川駅まで行き、そこから夙川の土手にある歩行者・自転車専用道路で行くと家から30分でここへ着く。

 自転車のメリットは乗り換えする必要もなく、そよ風を受け、開放的な気分になることだ。ただいつもの通勤のように車道を走ることはせず、歩道を妻と2人で走ったが、歩道の危険さを感じる。

 というのは、側道と接近しているのと、交差点では、車道の車から離れていてること。どちらも急な出くわし、左折などではわかりにくい。

 それに歩行者と同時利用しているわけだから、小さな子どもに遭遇するし、動きがつかみにくに自転車もある。

 まあ、今日は安全に心がけ、会場についた。

 今日は日曜日のせいか、入場者は多い。とくに女性が多かった。

 002 イタリアで入賞した作品ばかりだが、たくさんの絵本原画を見るのは一苦労だ。イアリア、イラン、イギリス、韓国、日本など世界の原画がある。描きかたも油絵、鉛筆、水彩、エッチング、それにCGなど多彩だ。

 ぼくはCGでなく、鉛筆と水彩などで書かれた方がすきだ。

 すべて見終わって、絵本コーナーで何点か作品を読んだが、大人が読んでも、心が癒される気がした。

 最後に特別展示としてイタリアのロベルト・インノチェンティの作品コーナーがあった。

 作品は、絵が精密でわかりやくすく、もともとアニメ作家だということだけあって、絵がきれいだ。

 自分のロードバイク自体がイタリアメーカーのビアンキなのだが、やはりイタリア人は芸術的センスがあるのかと思ってしまう。

 帰りに近くのちょっと変わったレストランに入ったが、料理はちょっとはじれだった。

 帰りに道は、午後1時ごろだが、山手幹線は車が多い。まだまだエコ時代といわれながら車中心社会は大きくは変化していない。

 ただ、家族で自転車で走るのを目的に移動しているような姿をちょくちょ見た。 

 しかし、歩道を走ってみてイメージしてみたが、せめて歩道と車道のあいだ幅1,5mぐらいを自転車専用にすればどんなに走りやすいかと思う。歩行者も歩くやすい。車から自転車に移動を返る人が増えるだろう。

 まだ、自分の地域では具体的にそれを実現した例を見たことがない。ある意味ぼくから言わせると行政の怠慢だ。まあぼくたちが声を上げていかないといけないのだろう。

 006 ちなみに今日の移動はGIOSフレームのマウンテンバイクを使った。

 

2009年9月12日 (土)

浪人班同窓会貫徹 at  BLUE

001  002003 004

  土曜日の夜を、大学受験の浪人時代、民主青年同盟というグループでいっしょに活動した仲間で集まった。

 理由は、去年一人がとつぜん亡くなったことがきっかけだが、その後の集まりをし、今日は、医師であるKさんがパーキンソン病の手術に成功したことだ。

 この病気は、難病ではあるが、かなりの比率で患者がいるそうだ。それを理由に厚労省は難病指定からはずそうとした、という馬鹿な話もある。

 当然頭を切開する大手術だが、本人に言わせるとたいしたことないという。

 しかし医学の進歩に目を見張る思いだ。

 会場は、自分の職場に近く、一度このブログでも紹介したが、四ツ橋筋ぞいで道頓堀の北、堀にそってある黒色の建物。その2階のBLUEというラウンジだ。

 予約なしで行ったが、利用することができた。

 ひとしきり今度の選挙のことに花が咲いた。意気投合することしきりだった。ビールのせいもあるか。

 飲んでいる最中も、川面には、いろいろな船が行きかい、夜はなかなかロマンチックだ。

 ここでははじめ3人、ヨルちゃん女子、K医師、ボクの集いだったが、途中からお母さんの介護で遅くなったチカちゃんがやってきた。

 ここは2時間でタイムアウト。

 それで最近なんばにできた「ホテルモントレ」の22階に野次馬的根性で行ってみた。ここは、仕事でも1月に新年会をお願いしている。

 一階から建物に入るとさすがに豪華な内装とエレベーターに圧倒される。23階で降りたが、真ん中に大きなチャペルが突っ立っている。ちょっと店に入るまでまよったが、22階のやはりラウンジ風の店に入った。

 外の眺めは最高だ。ひとしきり歓談していると、携帯電話にUくんが着信、さらにUくんから連絡をしてくれて、Aくんも電話をくれた。これでどんどん昔の仲間の輪が広がっていきそうだ。

 自分たちの青春時代はたしかに遠ざかっているが、それぞれ環境は変化しても、その心意気、思いはほとんど変わっていない。へんに格好をつける必要もなく、たのしい夜を過ごすことができた。

 かけがえのな友達のきずなの復活だ。

2009年9月11日 (金)

超高速女性ロードバイカーに遭遇

005  今日は少し早い出発だったが、以前何回か見た女性だろうと思われるロードバイカー(だろうというのはあまり早いスピードを出すので男性かと疑った)に今日遭遇した。

 歌島交差点をクリアーし、ちょっとスピードを落としたとき、後ろから抜かれた。

 長い髪を両側に束ねて、ちょっとジーンズっぽい姿で、メッセンジャーバッグを背負っている。

 そのあとその後ろをついていったが、35km/h以上のペースで走るので、ついていくにを止めた。

 しかし着かず離れずで西長堀南の交差点までついていったが、その信号まちで話かけてみた。

 「おはようございます。しかし早いねえ」と切り出すと挨拶にこころよく返事してくれた。

 聞くと、西宮から通勤しているという。そしてぼくが西長堀の先から左折するのに、さらに直進していった。

 なぜかさわやかな気分になって職場に向かった。

 さらに職場の駐車場で、同僚のOくんがいて、自分のマンションに東洋フレームの社長さんの息子さんがいるという。ぼくはそのトーヨーフレームというサイクルフレームの会社があることを知らなかった。

 しかしOくんの話では、日本でも屈指の技術を持っているという。あとでネットで検索すると、ロードからマウンテンまで多種のフレームを製作しているようだ。

 いろんなところに自転車に関係する人がいるようだ。

 仕事は一段落する日だと思っていたが、結構忙しいし、緊張感もとれない。まあしかし充実した一日だった。ただ疲れはピークに来ている。

 5時半には職場を出た。しかし今日はコープで買い物をする予定だ。

 そのとおり買い物をし、家に帰るとカレーの支度。その間、シンガポールの娘から電話。7時すぎにかかってくるのはめずらしい。今日は休みの日らしい。ちょうど今日長男がそのシンガポールに旅行に行った。まだ連絡はないらしいが、会えればいいがと思う。

 007 そんなこんなで、食事作りを終えたのは、午後8時をすぎていた。 

 ちょうど妻が帰ってきた。相当ボーっとしたいらしく、しばらくテレビのミュージックステーションを眺めていた。

 ぼくは、風呂に入り、やっとほっとできる。

 自分で作るカレーだが、満足しきりだ。

 週末はカレーライスにかぎる。

2009年9月10日 (木)

連続4日目、だいぶ涼しくなってきた

001_3  今日はいつもより早く家を出た。

 七松線はいつもより自転車、車の数が少なく、いやな思いもすることなく、スムーズに進んだ。

 2号線に入ると、最近ときどき見かける体格のいいマウンテンバイカーが玉江橋で追い抜いていった。彼は信号も無視するから競争する気もない。

 それからしばらく走ると、大阪に入り、前に赤ビアンキくんによく似たローダーがいる。その後ろには知らないローダーが並んでいる。

とにかく近づいて声を掛けたが、まちがいなく彼だった。話を聞くと、今日は少しいつもより遅れているらしい。

 「時速40kmでいきたい」と話す。また「ZUIEさん鎖骨骨折らしいですね」とそのブログの見ているようだ。

 ぼくは無理したくないので、マイペースで走ったが信号のタイミングでなんとかついて走っていった。

 そのまま中央大通りで別れた。

 職場に着いたのは8時41分。やはり早く家を出た分着いた時間も早い。

 仕事は午前に会議、午後3時から会議とタイトだ。それに求人募集の最中で、応募者のチェックもある。

 夕方はなんとか5時半に職場を出る。

003_2 すでに日が落ちかけてきた。追い風の中を快調に走る。まさにロードバイクの魅力を味わうことができる。

 淀川大橋に差し掛かると、「むむ、夕日が見えるのでは?」と期待して、歩道側に進路を変えて、進行方向左の西空を見る。

 思ったとおりきれいな夕日が沈みかけている。躊躇なくシャッターを押す。

 満足して先を進む。

 

 今日は筋肉痛はあまりないように思う。今週もなんとか連続5日走れそうだ。

 005 ただ連続で毎日走っていると、ときどき新鮮味が薄れることがある。ただ走ったあとは必ず手ごたえと、開放感と、汗臭さと入り混じった充実感があって、やめられない。

 今日は家の前に着くと、また姫りんごが一つ落ちていた。

2009年9月 9日 (水)

ニューヘルメットで初めて行く朝

001_2  昨日買ったニューヘルメットを被って気分を変えた。

 やはり値段だけあって、軽くて頭にピッタリフィットする。

 2号線に進入する手前の信号で待機していると、よく似たロードマンが通った。

 信号が変わり、左折し、先を進むと、そのロードマンが前にいた。

 しかし乗っている自転車はいつもと違うし、いつも履いていなかったレーサーパンツを履いている。

 後ろをついていくと、やはり彼にまちがいないと思い、声を掛ける。

 やはりいつも声をかけあうT川くんだ。信号待ちで去年よく乗っていたレモン社バイクのことを聞くと、致命的傷がフレームにあることがわかって廃車したという。

 そのままぼくが前を引き、2号線を進んだ。

 歌島交差点を過ぎ、次停止する交差点で止まったが、後ろからメセンジャーA田くんが着いてきた。

 そのまま3人で淀川大橋を走り、野田阪神まで併走する。これはなかなか楽しい。

 A田くんは、その野田阪神で左折するので、別れのあいさつで左手を大きくあげ、そのままT川くんとまた土佐堀まで走る。

 今日も本当はゆっくり走るつもりだったが、これでちょっとモチベーションが上がってしまった。それで足の筋肉の張りはさらに増すことは否めない。

 しかしヘルメットを変えたことで、気分も新しくなったようだ。

 仕事は、銀行との連絡、会議、明日の会議の資料作り、宣伝物の校正、打ち合わせmなど連発だった。

 しかし今日はノー残業デー。なんとか仕事を切り上げて帰りのしたくに。

 003_2帰りは向かい風が多い。5時過ぎの道路は、2号線に入り、尼崎に入りとちょうど太陽が西の空ぎりぎりに沈んでいく。それで信号が見えない状態になる。

 004 その中を慎重に走る。

 気候はだんだん秋に向かっていることはまちがいない。

 走りも疲れを感じないので、ついついペダルのいきおいを増して走ってしまっていた。

 コープにより肉じゃが用の糸こんにゃくときぬさや買う。となりのコープリカーショップで梅ワインを買う。これは職場で新聞の広告に梅ワインボージョレヌーボ発売というのを見て、ほしくなった。

 家に着いて庭の扉を開けるためカギを設定していると同時に、頭から何か落ちてきてボトンという音がした。

 005 これは姫りんごだ。

 ニュートンの万有引力の法則を体験した。ちょっと笑ってしまう。

 ちょっと小型のりんごだ。匂いはりんごそのもの。

 今年はたくさん実った。

 夕食の肉じゃがはわれながらうまかった。

2009年9月 8日 (火)

ちょっと涼しくなってきた! 新ヘルメットを購入!

002_3  朝は少し涼しくなってきた。それでも信号待ちの間の日差しは、けっこう強い。

 左門衛橋で停止していると、ひさしぶりにメッセンジャーA田クンが後ろにいた。

 本当にひさしぶりだ。共通の仲間で最近鎖骨を骨折したSEIEくんの話になった。

 自分たちも注意しないといけないが、事故だけはご法度だ。

 そのまま海老江交差点まで、ぼくが先導して走った。

 それにしても、今日来ているウェアのせいか、信号まちでちらちら視線を感じる。

 いまやロードバイクがトレンドになってきたが、僕自身はもっと前の8年前から単々と通勤でロードバイクを漕いでいるだけだ。

 それがいまや流行の一部で注目されるようになってきたからおもしろい。

 仕事は今週からちょっと落ち着いてきたが、それでも求人広告を出した関係でその問い合わせをうけないといけない。それに顧問弁護士を訪問したり、派遣会社の担当者との話し合い、展示会の警備会社からの担当との面談、銀行担当者との面談とそれなりに慌しい。

 しかし8月に比べると序の口だ。

 帰りの時間は午後5時半。夕食は3男にたのんだので、帰りに寄り道して、サンワサイクルで新しいサイクル用ヘルメットを思い切って買った。今被っているのは、もう3年ぐらいになると思うが、クッションがぺちゃんこになってきた。しかし4月30日に落車したとき、頭を地面に軽く打ちつけたが、このヘルメットが守ってくれた。

 004今度のものは㈱OGKカブトのMOSTROという製品。サンワサイクルの奥さんの話だと500個限定商品だという。明日からデビューだ。

 すでに被ったヘルメットはこれで4台になる。どれも捨てずに置いている。しかしこの値段は19,000円。今までで最高品だ。

 サンワサイクルを出ると外はすでに暗くなってきた。ちょっとマイビアンキが歩道に止めていたが、きれいに目だっている。

 このロードバイクの美しさは、ほかに変えがたい。この製品はメード・イン・イタリアだが、3男は、あと3週間でそのイタリアに旅立つ。

 

2009年9月 7日 (月)

右も左も危険がいっぱい 朝の通勤

001  毎日2号線に入る前に南に向かって、七松線という一般道を通るのだが、返って大きい道路よりも危険が多い。

 というのは、七松線に入るまえに名神高速の橋下ぞいを東に向かうが、七松線との交差点を車がないことを確認して、右折しようと右手を伸ばしてその意思を明らかにしながら、右折しようとしたとたん、後ろからスピードを出した女子高校生が、無理やり右から強引に追い抜こうとした。

 あぶないので避けたが、「あぶないぞ!」と注意した。その彼女は無視して直進していった。

 七松線に入って左端をまっすぐ走っていると、前から2列で逆走してくる男子高校生。移動しようともしない。

 信号無視して走る自転車は、無数にいる。

 2号線に入ってホッとするという感じだ。

 理想の道路ルール遵守の姿はまた程遠くなったように思えてしまう。しかしただ一人でも信号をきっちり守り、手信号を出して右左折する姿は、きっと誰かが見ているはずだ。

 毎日がパフォーマンスと思って、ただそんなに大げさには考えないが、ただ自然に守っていこうと思う。

 002

 帰りの通勤は、気持ちがいい。

 淀川を渡るときまた夕日が照らす水面をとろうと歩道側に入ったが、残念ながら太陽は雲に隠れて、オレンジ色だけを写していた。

 今日の夕食を頭の中で考える。ハンバーグが浮かんできて、そのまま家に近づきつつ、コープ立花に向きを返る。

 コープでは、三田冷凍ハンバーグとトマト、セロリなどを買う。

 夕食時は妻も帰ってきて、入れ替わり食事をしつつ、テレビでは定番の「鶴瓶の家族にかんぱい」を見る。渡辺満理奈さんが、ゲストだった。

 きょうもノンフィクションのドラマを見た。

 月曜日は暮れていく。

2009年9月 6日 (日)

デイサービスセンターへ演奏ボランティア

001_2  尼崎医療生協病院の関連のデイケアセンターよりうたう会の依頼があり、昼すぎから、JR立花で、協力のアコーディオニストをひらい、施設に向かった。

 本番まで40分ほど時間があったので、控え室で練習した。

 午後2時から会場に向かったが、その前に誕生日会があって、12人の今月誕生日の人を祝っていた。

 いよいよ本番だが、マイク設備があるわけでもなく、1本の有線マイクのみということだった。

 すべて観客は車椅子の高齢者ばかり。いつもの場とは、勝手が違う。

 3曲のわが「おやじーズ」の演奏をし、そのあと里の秋やあかとんぼなど日本唱歌中心に進めた。

 反応よく歌ってくれるわけではないが、まわりの職員の人たちが、手拍子、雰囲気作りに一役かってくれた。

 30分ほどのリードで持ち時間は終わり、お礼を言われる中、その場を去った。あとの時間はフラダンスの披露があったようだ。

 デイサービス施設での演奏はまったくはじめてだったので、司会役のTさんも戸惑っていたようだ。まあそれでも音楽はきっと頭にやきつけてもらっただろう。

 それにしても朝は2時間ぐらい練習していったが、結局、うたう会では3曲ぐらいで終わらざるを得なかったので、前奏の練習は7曲ほどは使わなかった。

 家に帰って、妻は仕事でパソコンに向かっている最中。楽器などの片づけをし、少し早いが、風呂の支度をし、4時ごろからゆっくり入った。

 そのあとリビングでカキ氷のアイスを冷蔵庫から取り出し、NHKハイビジョンの小沢征邇特集を見た。最後の長野でのサイトウキネンオーケストラの生演奏で締めくくったが、ブラームス“交響曲第2番”は、はじめて聞く曲ではあるが、指揮者とオーケストラのすばらしい気迫が伝わってくる。その練習風景も先に伝えていたので、よけいに思った。

 テレビでは、拍手がなりやまず、小沢さんは、指揮者の権威をひけちらかすどころか、演奏者一人ひとりと握手していた。

 なにか気持ちが晴れやかになって、すでに6時を過ぎていたが、妻は食事の用意にかかる様子がないし、あえて妻に頼むのも、仕事が佳境にはいっていることがわかるので、何も言わず用意にかかった。

 003 買い物はせず、冷蔵庫のストックから適当に料理内容をイメージし、何とか満足いくものができた。

 テレビの鉄腕ダッシュ村を見ながら、made in 韓国の「ぐぐっと生」というビールもどきを飲み、食材にほうばる。

 しかしこの発泡酒は、ビールの味がしない。

 ダッシュ村では、パイナップルの生育の数ヶ月を取り上げていた。トキオの面々がいつも思うがうらやましい。仕事でありながら、いろいろな経験をし、発見し、自家製のいろんな食材を食べる。

 まあ見ているだけでも楽しい。 

006_2 2,3男たちは静岡に野外コンサートに行っていたが、ついさっき帰ってきた。向こうのサイクルセンターでのコンサートで3箇所の舞台があったという。結構疲れ手入るようだが、満足げに帰ってきた。

2009年9月 5日 (土)

箱館山ログハウスに行く

009_2  今日はいろんな用事も終わって、空白の休みなので、家でじっとしているのももったいない気がして、滋賀県琵琶湖のログハウスに行ってみる気になった。

 朝はいつものように6時半に目覚ましをあわせ、いつものように起き上がった。

 しかし朝の支度を終えても、ログハウスに行くための準備に追われ、家を出たのは8時半を過ぎてしまった。

 それにしても今日もかなり暑い。

汗をかきつつ、車に飛び乗り、琵琶湖をめざす。

 しかし今日は名神高速も、また琵琶湖への京都からのバイパスもかなり込んでいた。

 それでログハウスには途中現地のホームセンターに時計を買いに行ったこともあって、11時半を過ぎていた。

 しばらくぶりの来訪で玄関には蜘蛛の巣だらけ、室内では2階に鳥の糞がまたあちこちに落ちている。ちょっと閉口する。

 しかし一人きりで昼食を取り、もっていったキーボードを弾き、白谷温泉に行き、いい気分だ。温泉に移動する途中のセコイヤ並木は、全国の並木道百選に選ばれているみごとな道だ。

 あっという間の時間は過ぎ、来たときよりきれいに掃除をし、午後4時にログハウスを出る。

 帰り道白髭神社では祭り期間で交通規制をしていた。

 ロードバイクの姿もこの時期よく見た。

 帰り道も湖西道路がいつもの週末の午後どおりかなり混んだ。

 家に帰って、妻を待ち、近所に食事に出る。というのは2,3男が静岡に野外ライブかなにかを聞きにいっていていないためだ。

 013 最近できた焼き鳥中心の居酒屋に入る。

 近所で飲むのはなかなかいい。帰りを気にしなくていいし、妻と2人気兼ねがいらない。

 何だったか、アニメのキャラクター人形をカウンター横に置いていた。

 ほろ酔い気分で、今度12日に予定している予備校時代の仲間で医師のKさんの手術成功祝いで集まりの連絡をしまくった。

 しかしみんな予定がある人が多い。まあ少数でも祝ってあげよう。

 家に帰って、10時からBS2で「花はどこに行った」という曲にまつわる物語をドキュメンタリータッチで放映していた。

 事実上、フォークソングの神様といわれるピードソーガーが作ったことになっているが、彼が発想したきっかけは、彼が呼んでいたチェーホフだったか、その本の中でコサックの兵隊が語った部分を膨らませたという。

 そしてマリーナデートリッヒやドイツのフィギアスケート金メダリストの女性がその曲をうたっり、スケートに使ったりしたという話に発展していった。

 僕自身は、フォークソングを高校時代歌いだして、キングストントリオ、ピーター・ポール・アンドマリーの演奏で知りつくしている曲だ。いい番組を見た。

 まあ今日は異空間の一日だった。

2009年9月 4日 (金)

本当の週末がやってきた!今日も自転車で行く!

001_2  今週やっと金曜日になった。ひょんなことから明日はまるまる休みになった。

 それにしても8月から昨日まで仕事は緊張の連続だったような気がする。

 当然今日も自転車で職場に向かったが、家を出る前に庭のジャンボレモンを確認してみると、かなり大きくなっている。

 さて今日のウェア歯金曜日を意識したピンクの上着と黒にレーサーパンツのいでたちだ。

それにしても太ももの筋肉はかなり疲労状態だ。

 002 道路温度もかなり高いようで、29℃はあるのではないだろうか。前方には、前に出会ったクロスバイクの青年がいたが、どうも今日はそんなにスピードを出していないようで、僕はマイペースで走っているが、追いついた。

 左門衛橋の手前で追い抜き、そのままうしろを振り向かずに走った。以前速いなあと思っていた人物でも、日によって調子のわるいときがあるようだ。

 しかし自分自身も決して調子がいいわけではなく、疲れはかなり自覚できる状態だ。

 それでも走りながら、明日休みで何をしようかとずっと考えていた。

 職場には8時44分到着した。

 仕事は楽だったはずだが、それなりにいろいろあった。

 帰りは5時20分。ちょっと仕事の余韻を残しながら、ビルを出る。帰りは軽いペダルに心がける。

 007 淀川大橋を通り過ぎるとき、曇っているのに、夕日が落ちるのがあざやかに淀川の水面に写っている。

 ちょっと癒される。

 しかしあれほど待ち焦がれた今週の週末だが、直面してみるとそれほど感慨ない。

 ただ今日は家に帰ると、金曜日定番のカレーライスをちょっと変形して、ハヤシライスを作ることを楽しみにしていて、家の近くにスーパーオウジに寄った。

 ハヤシライスの素だけを買うつもりが、スイカに肉に黒酢梅酒にアイスクリームなど衝動買いをしてしまった。

 週末だし、まあいいか?という感じだ。

 家に帰ると、もう妻が帰っていて、先に3男に今夜のメニューと自分が作るといっていたので、妻はハヤシライスの下ごしらえをしてくれていた。

 今日は夕食は4人揃った。ハヤシライスがうまい。ビールがうまい。

 やはり週末はいい。006

 

 

 

2009年9月 3日 (木)

自転車通勤とブログへの意外な反応

001_2  9月も3日が過ぎて、今が時期なのか、庭のしょうがの葉に花が咲いた。

 ゆりに似た花だ。それもしても意外な花だ。

 002 今日の朝に通勤は、夏まっさりから比べるとだいぶ暑さはゆるいだが、それでも昨日よりちょっと高い気温で、道路標示は28℃だった。

 ちょっとびっくりしたのは、通勤後半、大阪市内西区新町の交差点で、ときどき幼稚園のバスをまっている親子は知っていたが、その一人の子が歩道の端にいて、おかあさんに抱かれていたが、ぼくの姿を見て近づきたい様子だった。

 おかあさんが抱いたまま近づいてきて、言葉を交わす。

 ぼくは「毎日ここを走っています」といい、子どもさんに手で挨拶する。

 「かっこいいね」と子どもにおかあさんが話している。また言葉を交わしたことで「ありがとうございます」と言われた。

 もしおとなになっても、この自転車姿を頭に焼きついていたらうれしい。

 有名人でもないのだが、ちょっとそんな気分になりかけた。まあ自分自身、単純な人間だ。

 ちょっと走っていても体の疲れがたまっていて、決して快調な体調ではなかったので、急に元気になれた。

 職場について、今日は職員の全員の会議で、その資料の事前配布が必要なので、朝10時からの打ち合わせの前に緊張しながら作業にかかった。

 午前の会議を終えたあとも、新聞社関連広告会社への求人依頼などいそがしい。

 しかし今日は偶然医師ばかりのジャズ演奏会が5階ホールで夕方からあり、そのルハーサルをちょうど会議の始まる前にやっていたので、見に行く。

 なかなかプロ級の演奏だ。

 そのあと全体会議。午後5時過ぎに会議は終え、残りの作業をおこなって、職場を6時前に出る。

 今日が特別多いということなのか、道路を逆走してくる自転車がひんぱんに出会うわ、危険な対抗右折自動車に出会うわ、暗くなってもライトをつけない自動車が意外と多いわ、尼崎の今日は七松線を北上しているとき、ライトもつけず、道路を走り、しかも携帯電話を直視しながら、しかも赤信号を注意もせずに渡る女性に合うわ、むちょくしゃだ。

 003 気をとりなおして、コープ立花にもよる予定だったが、その前にJR立花線路ぞいにあるマサゴ楽器店に入って、ギターのバンド留め金を買う。

 ちょうどご主人がいて、笑いながら「以前マイク買っていただきましたよね」「喫茶アダージョ」のホームページを検索していたらあなたの自転車ブログがあったので、見ました。ぼくも自転車が趣味なので」と言われる。

 喫茶アダージョというのは、最近までずっとうたごえ喫茶で借りていた場所で、そこ光景をブログに更新していたのだ。その言葉だけで、そのアダージョ検索で自分のブログが出てくるというから不思議だ。

 しかしここでもちょっと嬉しかった。

 今日は自分に関係するサプライドな反応に出会った。

 こんな日もあるのだろう。

 

2009年9月 2日 (水)

気持ちに余裕を持って 自転車通勤は危険ではない!

002  朝は7時50分には、家を出たので、心に余裕をもって、前を車が阻もうが、信号で赤に変わろうが、あわてない。

 むしろ交差点で後ろから追いかけてくる車が横に接近するときは注意する。急に左折する車があるからだ。

 それで、一歩ペダルを踏むのを止め、様子をみる。

 そんな走りかたなので、予想以上に早く職場に着くこともないが、遅れることもないし、危険にあう機会は回避している。

 それにしてもロードバイク、クロスバイク、マウンテンバイクで通勤らしく走る人が増えた。

 ただ増えたといっても一つの職場で見ると数人の確率か。ただ、競争のように部分的にか、走る人がいるが、毎日走るつもりなら、そんなことをする必要はない。またあえてダンシングする必要もない。

 ただ、向かい風、追い風の走り方の違いはあって、向かい風はしっかりハンドルをもって、無理せず、ちょうど坂を上っていくように、追い風も無理せず、ペダルの回るままに走る。

 職場について、昨日は超ハードな業務だったが、今日も結構忙しい。しかし後から考えるとあっという間に時間は過ぎた。

 帰りの自転車では、昨日ぐらいから急に日が落ちるのが早くなったように感じる。

 今日はノー残業デーで5時15分ごろ職場を出発したのに、尼崎の街に入るともう日が沈みかけている。

001  ただ帰りは追い風だ。一段ギアを重くしてもそのまま走れる。

 こんなときは最高の気分。

 走っているという感じだ。

 9月も2日が過ぎて、これから暑さが下っていくのが、安心だ。 

 今日朝なぜかふと走っている最中メロディーが浮かび、頭にかきとめながら、職場についてメモしたが、

 今日家に帰って食事の後ピアノに向かって、音に出してみた。

 そんなときは、とても嬉しい。完成後は公開しよう。といってもこのブログで再生する技術がないので残念だ。

2009年9月 1日 (火)

なぜか今日も超多忙

001  いよいよ9月に入った。

 朝は大分暑さに耐えれるようになった。

 2号線に入って、なぜか今日も見たことがないロードバイカーとクロスバイカーが併走した。

 ただ、彼らも信号を無視して前に出るのでこまる。

 クロスバイカーの方はかなり飛ばしている。ただ、まだ経験は少ないのか、そのうちこちらが追いてしまう。

 ぼくはただ、今日も安全第一。自動車との併走、信号での走りに注意している。決して前にでない。あぶないと思ったら車の後ろに下がる。

 090901

ことわりなく後ろ姿を写してしまった。このあと発進がどうも遅いので、抜き差ってしまった。場所は西淀川区歌島付近、しばらく走ると淀川大橋に入る。

 自分の調子はいい。ただ追い風なので、誰でもそう思うかもしれない。

 そのまま職場には、8時43分に到着した。

 落ちついて仕事に入ろうと思ったが、今日から明日の予定を考えると、自分の作業の与えられた時間は限られている。

 それで朝は超多忙な時間配分になってしまった。

 Photo 昼休憩はそれでも何とか1時間じっくり休む。今喫茶店で読んでいる本は「冬の米兵」。イラクに従軍したアメリカ人の体験と、戦争を批判した衝撃的な本だ。

 しかし休憩はあっという間に終わり、帰り道、四ツ橋筋に選挙中大きな看板の立っていた自民党、中馬こうき氏の事務所は、その敗北を象徴しているように撤収作業の最中だった。

 選挙ごとにこの看板を見ていたが、まさか敗北するとは信じられない。まあ時代の流れということだろう。

 午後は作業後すぐ会議をこなし、夕方さらに作業。なんとかやるべきことはやった。

 5時半ごろ職場を離れる。

 帰り道では車の交通法規違反が目立つ。赤にかわったあとの交差点進入、Uターン禁止交差点の違反、野田阪神でそれを見たが、同じ交差点では警官が直進矢印信号だけの時間に左折する車をとりしまっていて、3人ぐらいの警官がけたたましく笛をならすのが聞こえた。しかし同じころ起こったUターンを見落としていた。

 もっと腹が立つのは、どこだったか信号で車がならんで停止していたが、ナンバープレイト2129のキャラバンの車から、こともあろうに僕がその車を通過使用とする前、弁当箱を歩道側にほった。大勢のっていたので注意ははばかったが、通過時ちょっとその車の車内をにらんだ。

 弁当のゴミを歩道にほるなどもってのほかだ。

 ただ淀川大橋を渡るとき、夕日が六甲の山すれすれに沈みかけ、その光の帯が淀川の水面に写っているのを見て、心がおさまった。

 家に帰ると2,3男は友達と武庫川でバーベキューをするというので夕食はいらない。おまけに妻も弁当が出るとかで入らない。つまり自分だけ用意すればいいということなので、スシマスで海鮮寿司を買ってたべた。

 8時からは、おやじーずの9月6日の集まりのための練習をした。今日はTさんと二人だ。

 練習のあと、ビールを飲みながら選挙結果についてひとしきり談義。

 それで今日のおもな用事が済んだ。

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