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2009年9月27日 (日)

尼崎医療生協 組合員交流会に演奏で参加

001  尼崎には他地域にもあるように医療生協病院がある。患者が組合員で、地域ごとに班を組織している。

 当然患者は高齢者が多いが、組合員と生協をささえる人たちも当然高齢者が多い。

 そして、班では、ダンス、生け花、絵画、日本舞踊などの文化活動が盛んだ。

 それで、わが「おやじーず」は、南武庫之荘班の組合員と役員であることから、声がかかり、今日の交流会への演奏出演となった。

 43号線と道意線の交差する地点の近くに、尼崎コンベンションセンターという建物があって、その内部で分科会や舞台発表があった。

 出番は朝10時30分だが、1時間前に現地に着いた。

 舞台設備や音響の係りがいるか、いないかは現地に行ってみないとわからない。今日は辛うじて、ワイヤレスマイクが2本あり、念のため、キーボードを引きながら歌う場合の折りたたみマイクスタンドは持参していった。

 しかし、生意気なことを言うと、リハーサルなし、音響テストなし、つまりぶっつけ本番でも演奏となった。自分たちの声が届いているかどうかわかわない。キーボードとの音量バランスもわからない。綱渡りの演奏だ。

 しかしこんなことは頻繁にある。まあ演奏させてもらっているだけでありがたいと思うしかない。

 まあ、終わってみれば「よかった」とか知らない観客からたくさん「ありがとうございます」とか、言われた。002

しかし15分だったが、毎回この緊張感はやめられない。

 演奏は自分的には100%満足とは言えない。しかし課題を残して終えることもどこを変えればいいか、わかっているということで、充実感はある。

 他の団体の出演も終わってから聞いて、ロビーで配られたコンビニおにぎりを食べているとき、満足感がある。

 7月にいっしょに演奏会を運営し、演奏した義村たまみ議員と出会い、12月にまたピースコンサートをするということで、その日程をおやじーずTさんとともに立ち話で、携帯電話のカレンダーと向き合って日程を相談した。

 食事後、またそのホールで締めくくりの会があり、神戸の医療生協のある地域で90歳の女性独居老人の強い願いで、病院から自宅で最期を迎える報告は、暖かいものを感じた。結果は人が死ぬ話ではあるが、その数ヶ月を生協の人たちの連携で介護し続けたとう。

 尼崎でも目標であるという意見が何人かから出された。

 ちょっと自分がその年代になることを実際考えざるを得ない話だった。

 家に帰って、キーボードを仕舞い終えると放心状態。しばらくテレビに見入っていた。

 それから気分を変えて、今読書している「きんさん ぎんさんが丈夫で長生きできたワケ」を手にとり、読み終えた。これは示唆に富んでいる。ほとんどは病理医でぎんさんの解剖にたずさわった棚橋 千里医師が書いているが、108歳までいき続けた理由と、なにが大事かが自分にあてはめて考えさせられる。

 ただ自分に当てはめると、性格部分ではぴったり当たっているような気がしてちょっとうれしい。具体的にはどういうことかというと「のんき、ほがらか、明るい、親しみがある、マイペース、くよくよしない、よい人生を過ごしたと思っている(これは?)、毎日を楽しんでいる)など自慢じゃないが、ちょっと当てはまっている。

 まあ何事もポディティブにものごとを考えるのことは大切なことだ。

 次に時間があったので、忌野清志郎の「サイクリングブルース」を読む。それで発見したことが一つあった。デビュー曲は1970年で「宝くじは買わない」とある。自分が日ごろから思っていることが最初の曲名だった。その曲を捜したい。

 あまりにも早い死だったが、ちょっと彼の音楽活動の歴史を知りたくなった。

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