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2009年12月31日 (木)

2009年最後の日 菊水山に登る

004  昨日から更に寒さは深まると天気予報では発表していた。

 しかし昨日昼の怠惰な過ごし方に耐えられず、1月3日に予定している六甲、菊水山逆行登山で出かけた。

 まあ下見だ。歩いてみて疲れを感じるようなら、3日は50代、60代の人たちばかりなのでまずい。

 その目安を味わうことが目的だ。

 阪急「武庫之荘」から次の駅「西宮北口」で特急に乗り換えて新開地まで行く。神戸電鉄に乗り換えて鈴蘭台で降り、菊水山山頂をめざす。

 このコースは比較的ゆるい。40分で山頂に着いた。

 さすがに人がいない。そのうち何人かやってきた。

 展望台から下界を見聞すると感動? 明石大橋がくっきりと見える。

 風が強い。

001 しばらく景気を味わって、いよいよ超急降下下山となる。

 一般的には、全縦走路で一番登りがきついコースだが、それを下る。

 最近の登山者は挨拶ができない人が増えた。きょうもそうだった。

 ただ長年歩いているらしい人は人目でわかるし、挨拶も交わし、人懐っこい。

 今日下っている最中、荷物なしの60代と思しき男性が登ってきたので、「きついでしょう」と言葉を交わしたが、その人はなんと六甲縦走20回以上のつわもので、10回ぐらいトップで完走しているという。おたがい年齢を明かしあったが、なんとその方は来年70という。血色がよく60前半としか見えない。

 それでもうれしかった。

 次にやや若い男性で、両手ストックで登ってきた。

 「効果ありますよね」と聞くと

「ええ。もちろん」と笑いながら話してくれた。

 2人会話できてうれしい。

 それにしてもこの年末最後に日に山に登る変わり者も結構いるものだ。 ただ結構人が少なくこの日は穴場かもしれない。

 あと50分ほどで烏原貯水池に着いた。

005  西端に川原がある。

 3日はここでおじさん、おばさんで焚き火をするのが恒例だ。今日は誰もいない。

 コールマンのガソリンコンロで湯を沸かす。冬はガソリン方式が役に立つ。

 お湯がすぐ沸いて、カップそばに注ぐ。

 家で握ってきたおにぎりがうまい。カップそばがうまい。UCCコーヒーもうまい。

 ただ寒さはすぐ迫ってきて、20分ほどで川原を後にする。

 荷物を片付けて、貯水地周回ウォーキング道を進む。

 「あれ、風景がちがう」

 貯水池はいつもはダム近くしか水は溜まっていないはずだが、満々と水がそよいでいる。

 006 これこそ感動ですよ!!!

 こうあるべきと思っていた光景が現実になっている。

 どうしたんだろう。そういえばここから上流付近に大きなダムができていたが、放水量がかわったのか、たしか阪神大震災のあとからとくに水が減ったような気がしていたが、今日は様変わりしていた。

 年の最後にすばらしいシチュエーションを見てしまった。

 うれしくなって、しばし撮影。携帯にも撮影して、妻にメールしたり、忙しい。

 気をおさまって、平野の湊山温泉をめざす。ここははたして3日営業しているか心配だったのだ。

 30分ほどで温泉に到着。ここは館内すべて禁煙なのがいい。そして浴槽すべてかけ流しで循環しないのがいい。それでも毎日浴槽を掃除していると書いてある。

 スーパー銭湯のようにいろいろな風呂があるわけではないが、かなり歴史のある本物の温泉だ。

 風呂上りにビール中カップ(250円)を味わう。まだ午後1時20分。今日は余裕だ。

 山登りとロードバイクは使う筋肉がちがうのかもしれないが、心肺機能はどちらでも確実に能力は高まるとわかる。

 それによく電車通勤で通るJR海老江の72段階段のぼりが、今日の山にも成果があうような気がする。

 やはり人間の体は使わないと退化するし、逆に鍛えれば、年齢を超えて成長する。

 みなさんエコのためだけでなく、車中毒から脱却し、自分の体を使うことに努力しよう。

 新年からローラー台で鍛えるぞ!

 今日は12時を合図に、近所の初詣と恒例のUさん宅での酒盛りに出かける。

 2010年はさらに成長する年にしたい。

2009年12月30日 (水)

休み2日目 掃除は続lく。あとビートルス番組に集中

001 休み2日目。6時前に覚醒する。昨日仕込んだ手作りパン器のイースト菌が匂ってくる。

 それで7時半ごろ床から這い上がる。トイレに直行。洗面を終えて、気になるパン製造器のふたを開けると、普通より盛り上がっている。イースト菌を入れすぎたか。

 まあそれでもコーヒーを入れて、そのパンを焼き、食するとうまい。

 幸福のひと時だ。

 まだ休みは長い。今日は何をするべきか。午後からはBS衛星NHKでビートルス特集がある。それが楽しみだ。

 まあそれで朝はとなりのYさんと約束していて、当番でもあるマンション共有部分の年末最後の掃除に取り掛かる。親切にもとなりの駐車場で、落ち葉拾いは、うちの木のものなので、当然だが、ついでにガラスの破片まで気になるので掃除した。気持ちはすっきりした。

 そんなこんなで、和室の掃除は昼までかかったが、なんとか切り上げた。

 昼たまたまテレビの番組表で見た泰万里子という50代ジャズシンガーの番組を見た。新聞で一度その名は知っていたが、主婦を代弁するシンガーとことで全国でコンサートをしている。その中身を見て、もらい泣きしてしまった。

 午後からはビートルスのドキュメンタル番組を見る。2百数十曲を創作し、演奏しつづけた記録を食い入るように見てしまった。

 やはりただものではない。それも年数を重ねていって作品が精度を高めていったことがよくわかる。

 あと映画HELPに替わり、妻との相談でMR BRAINのチャンネルを変えたが、知らない間に夢心地になってしまった。008

 石井スポーツのカレンダーは富士山の四季を特集していて、掛けているときは何も感じなかったが、これはほるのはおしいなと思い、デジカメに保存した。

 この前、片山右京が3人で登山して2人が遭難したことがニュースで出ていたが、三浦豪(三浦雄一郎の2男)によると、彼は相当用心深い人で、細心の注意をする人だと弁護していた。

 とにかく富士山はあなどれない。ぼくは登ったことはないが、美しさの中のそういった怖さをもっていることをよく認識する必要があるのだろう。

 心地よい睡眠のあと妻は買い物に、自分は風呂の用意と炊飯の仕度をした。

 009

 夕食は湯豆腐。風呂に入って半纏を着て、食卓につく。麦芽100%超長期熟成エビスビールが冷蔵庫に一つ残っていて、妻と半分にわけて飲む。

 あとは熱燗「大関」。

 完全に自転車が遠のいた生活だ。

 それで明日は、正月3日に実施する六甲菊水山横断山歩き下見をしようと考えている。

 明日は一段と寒くなりそうだが、しっかり防寒して出かけるぞ!!

 

2009年12月29日 (火)

いよいよ年末年始休暇 今日は大掃除に明け暮れる

002 朝時間を気にせず、適当に起きるれるのが、この上なくうれしい。

 本当は遠出したいところだが、日ごろできない掃除に取り組むのは、旅行のツアーを組んでいない以上、この日が最適だろう。

 それで朝はなんだかだと雑用に時間をとられ、11時からはテレビで「1300年前の高速道路・・・」という番組に目を奪われ、転寝し、結局そのまま昼食を取った。

 気を取り直し、食事のあとしばらくして腰を上げ、これだけはと思っていた風呂場とトイレの換気扇の掃除にかかる。

 換気扇本体に蓄積した埃をきれいにした。

 その後は、家のすべての窓のガラスを窓拭き器できれいにする。結構体力がいった。

 しかしきれいになるものだ。

 それで午後3時を過ぎてしまった。妻に急かせて、朝から行こうと思っていたホームセンターとコープ立花に行った。

 もちろん自転車で出かけた。家から20分ぐらいか。なるべく大通りを避けるが、どうしても山手幹線の歩道を通らないといけないところがあって道路を見たが、車がとにかく多い。

 車社会だなと思う。

 ホームセンターもそうだが、コープの混み具合は、甚だしい。年末のせいだろうか。

 帰りの道は寒かった。

 家では風呂の掃除を念入りにおこない、夕食までピアノに向かった。ひさしぶりの鍵盤がうれしい。ちょっと時間を掛けすぎて7時を過ぎてしまった。

 夜はテレビでガリレオ事件か、福山雅治主演のドラマがおもしろい。

 

2009年12月28日 (月)

仕事収めは粛々と

001  2日の休みを終えて、今日は月曜日だが、仕事休みで、明日からは本格的に休みに入る。

 ちょっと考えたが、電車で通勤することにした。年末の抽選会でもらった商品を持ってかえらないといけない。それに今日歯全員が帰るのを確認して、長期の休みに入るので、戸締りの確認をする仕事があるのだ。

 それで結構リラックスというよりも、緊張の日だった。

 5時を過ぎて、退社する人が多かったが、ひたすら全員退社するを待つ。

 こういう時の電話受けは結構緊張する。どんな電話がかかってくるかわからない。

 しかし、午後6時まで、切羽詰った電話はなかった。

 戸締り、電気をつけ忘れをすべて確認して、最後のセキュリテーをセットし、職場を後にする。 

 まあ、考えてみると感傷に浸ることのない仕事納めだった。

 ジャケットを着て、マフラーを羽織り、上からオーバーを着て職場を出る。

 「ええ、ほんとに今日で今年の仕事終わり?」

 という感じで地下鉄に乗る。

 JR立花について、コープに向かう。

 ゴミ袋と、風呂洗い洗剤とカレー粉を買って家に帰る。

 今日の夕食はカレー鍋だ。

 材料は適当。最後にカレーの冷凍にした残りを入れる。

 風呂に入って、出てきてからのビールがうまい。

 長期休みの前の夜が一番幸せなのかもしれない。

 気分は余裕。ぐっすり寝れるのがうれしい。

2009年12月27日 (日)

マンション年末餅つき大会

011  昨日は帰宅が午前0時を少し廻っていて、それからブログを打ち出したので、寝たのは1時をだいぶまわっていた。

 それに自通忘年会でそれなりに酒を飲んでいるので、今日の朝は、7時過ぎに起きたが、結構二日酔いっぽい体調だ。

 しかし、朝8時半からマンションの餅つき大会の準備で地下駐車場に集合しないといけない。

 慌てて朝の仕度をし、なんとか8時20分地下に向かった。

まだ1人しか人が着ていなかったが、準備にかかる。

 つく餅は20個ぐらいある。ちょっと安直だが、米が蒸しあがると米つき機でさきに約2分つく。

 それでも全部つき上がるのが、9時からはじめて12時半ごろまでかかった。ぼくもときおり杵を持つ。もちにあたる音が気持ちいい。

 008 米の国日本ならではのとくに年末の風習だが、だんだん少なくなっているんだろう。

 ある程度町中の尼崎に地で、しかもマンションでこの行事を継続していくのは、それなりに貴重だと思う。

 最初についた餅をたべさせてもらったが、まさしく「うまい!」。

 昨日の酒が残っているが、餅はお腹が受け付ける。

 餅つきが完了して、駐車場横の空間で寿司と豚汁とお酒で忘年会に。

 16件しかないマンションなので「トムハウス」(十と六の語呂合わせ)と命名したが、もう住みだして14年になる。阪神淡路大震災の翌年に入居した。

 明日はいよいよ仕事納めだ。まあ休みに入るのは単純にうれしい。

自通忘年会ミーティング成功!来年は淡路島ツーリング約束する!

001_2  やっと休みをもらった

 朝はゆっくり朝食を取る

 それでも庭で育てた食材がうれしい。

 朝の洗面等仕度を終え、洗濯物干しを終え、先日作成した年賀状の手書き作業をする。

 なんとか昼前のそれを終えた。 

 正午ちょうど妻に相談して、「やまとの湯」に行く。途中JR立花近くの踏み切り点検でかな長い時間停止させられた。

その間たまっていた貨物列車などがひっきりなしに踏み切りをわたって行った。しかし15分ほど待ってようやく開いた。

 ひさしぶりの温泉も湯が心地いい。 

 家に帰って、昨日のカレーをなんにつけて食べる。

 午後からは温泉のほどよい疲れで長時間昼寝に入る。

 NHK衛星第2では、北アルプス縦走の番組を放映していた。ちょっとうらやましくあった。行ってみたい体験だ。

 ほどなく夕方になり、予定していた自転車通勤仲間の忘年会に出かけた。

 006

zuizieくんの骨折回復以来、2回目のミーティングだが、4人全員集まった。

 結構自転車の部品のマニアックな話も出るが、通勤時のいろいろな出来事に花がさく。

 しかしこの仲間は貴重だ。

 みんな礼儀正しい自転車走行を実践している、

 それぞれのメンバーの対し僕は実際一目をおいているが、おたがいを立てる雰囲気がいい。

 話はもりあがって、来年は淡路島一周を走行しようという話で一致した。

 zuizie,、サッシー、イケッチくんそれぞれかけがえのない仲間のなってきた。

 話ははずみ、終了は11時半ごろになってしまった。 

 zuzieくんは明日シクロクロスのレースのエントイーするという。楽しんできてもらいたい。 

 阪神遠距離通勤している仲間の結束は硬い。

 

2009年12月25日 (金)

いよいよカウントダウンの日々

001  朝はまた昨日より寒くなった。しかし昨日職場にレーサーキャップを忘れてきたせいで、ヘルメットの下には何もかぶらず、そのまま走っていたが、ちょっと寒い。

 稲川橋の温度表示は5℃を示している。

 ところで、アルカイックホールの信号で事故の処理らしい警官が現場検証をしている。

 どうも見た感じ、歩行者とバイクの人身事故に見えるが、すぐ過ぎ去ったのでよくわからない。

 それにしても救急車の通るのに12月はよく出くわす。

 それにしてもこの12月を楽しみながら過ごそうと自分に言い聞かせてきたが、それももうあと少しの日しかなくなってきた。

 まあ今年も自分的には通勤中の事故はなく、体も健康で、不調で仕事を休みということはなく、これ以上幸運なことはないかもしれない。

 ただ、4月30日の琵琶湖一周のときに落車というアクシデントがあり、その傷はかなり引きずった。

 話を戻して職場には8時48分に着いた。

 仕事もあと2日という切羽詰った日程だが、なんとパート職員の面接という仕事があった。

 結構疲れる業務で、人を選びということは気が抜けない。

 その他もろもろやっておくべき仕事もやり終えて、いよいよ年末だなと、事務所のゴミを回収しながら感慨にふけったりした。

 帰りは順調だが、歌島交差点で停止して、この交差点自体、歩行者用通路の地下化の工事をしだして久しいのだが、いつまでかかっているのだろうという感じだ。

 地下工事は終わっているようだが、四つ角の歩道工事がいつから始まったのか定かではないが、ここ数日の状況を見ていても歩道の作業はぜんぜん変わっていないように見える。

 本気で工事すれば1ヶ月もかからないと思えるが、ちょっとおかしい。

 大阪市が監督しているのか、どこがしているか知らないが、あやしい。

 だいたいこの交差点の工事そのものが、歩行者と一般自転車通行者をわざわざ地下においやるものだ。それにわざわざ四つ角にエレベーターを設置している。

 こんな交差点をほかで見たことがない。

 まあとにかくあやしい交差点だ。

 そこからさらに進んで尼崎に入ると、異常に渋滞していて、わがビアンキはスイスイその路肩を進めるので「どうだ」という優越感で走る。

 思い出したが、昼の喫茶キャビンで本を読んでいると別の席で40代らしい男性2人のうち一人が盛んにロードバイクの話をしている。それにどうしても耳がいき、本に集中できなかったが、どうも休日ロードを楽しんでいるらしい。

 「むむ、こんなところまで日常的にロードに乗ることが会話になるようになったんだ」とびっくりしたりしたが、しかし通勤は様変わりしたというところまでには行かない。

 もっと自転車通勤がブームにならないどろうか。

 やはり職場の理解と後押しと道路環境の改善が必要なのだろう。

 ただそんな中でぼくは8年以上通勤でロードを使ってきた。

 ある一定のルール遵守と事故回避技術、安全意識あれば現状でも、とくに阪神間の2号線界隈は路肩も広く(場所によるが)、十分遠距離自転車通勤が可能だと思う。

 だからまず通勤者がもっと増えて、その声を上げていくことが、さらに交通環境を改革できるのではないだろうか。

004  とかなんとか考えながら、今日も無事に通勤を終えた。

 明日は自転車通勤仲間の忘年会兼第2回ミーティングをする。

 明日の夜が楽しみだ。

 

2009年12月24日 (木)

クリスマスイブだというのに仕事は超多忙

001  休み明けではあるが、すでに夕方までびっちりの仕事スケジュールを覚悟していた。

 そんな気持ちで朝家を出る。

 ちょっと寒さが和らいだか。

 2号線にはいると流れに乗れるので、オートメーシュンのように車の流れにある程度のって走る。

 杭瀬交差点で停止していると、うしろからメッセンジャー・サッシーくんがやってきた。

 「今日は体がだるくてゆっくりいきます」というので「ぼくもお腹の調子が悪いんで、マイペースでいくよ」と答える

「やっぱり走っていて、自分の調子ってわかりますよね」というので「おお、わかる。わかる」

 やっぱりみんな同じ体験をしているんだなとちょっと安心した。

 そのまま一列で野田阪神まで一緒に走る。

 ちょっと調子が戻ってきた。

 そのままセーブして上船津橋交差点まで進んだが、その信号はクリアできた。また信号が青に変わって走り始めだが、そのあとも信号のタイミングが変わっていて、西区新町まで進んでしまった。

 職場について、緊張の中を5課題ぐらい数えながら、終えていくのを数えていた。

 夕方妻から珍しく妻からCメールが入って「ケーキ買って帰る」という。

 それで夕食も作ってくれるのだろうと判断して、帰路を寄り道することに決めた。

 というのは、せっかくのクリスマスイブだ。御堂筋界隈でイルミネーションをしているのを思い出し、四ツ橋筋を北に進み、肥後橋で右折し、御堂筋に移動した。

004  沢山の人が歩道にいっぱい来ていて、それなりにぎわっていたが、ぼくは内側の道路を南に進んだ。

 ちょっと幻想的な雰囲気の中を走ると、何か別世界に入り込んだ気分になった。

 006 ほどなく本町にもどり、右折して本町通りを帰路に進む。

 

 あとそのまままっすぐ西に進むと西区川口に来たので、川口協会は何をしているか見たくなり、寄り道してみた。

 すると協会の入り口で、関係者が集まっていたが、結構質素だった。スポットライトもイスミネーションもない。009

 ただ協会の窓のステンドグラスだけがなんともいえない

 これでいいんだ。本当のクリスマスはこんなものかもしれない。

 まさにここが本物だ。

 とかなんとか感動しながら、それからは寄り道なしで帰る。

 今日も帰りにうかつにも行きには来ていた中のセーラーを忘れてきた。おまけに頭にかぶっていたレーサーキャップもつけずにいたのを思い出した。

 ちょっとあぶない。認知症の兆候か。疲れが作用しているかも。なにせ昼休憩も取れなかった。

 しかし家に帰ると妻が予想どおり食事を用意していて、昨日夕食で話していた「トマト鍋」を作っているではないか。

 風呂を先にし、出てから新しいエビスビールを飲みながら、トマト鍋を食する。

「うう~~~ん!!! うまい」

 トマトのすっぱさがなんとも言えない。ビールの味がなんとも言えない。今日の仕事の達成感がなんとも言えない。

 とか考えながら舌鼓を打った。

2009年12月23日 (水)

歴史は後世になるほど真実が明らかになるのか

001  今日はつかの間の休みだが、自分的には助かる。

 というのは、年賀状の作成をしたかったのだ。

 なにせもう20年以上我が家では、まだ写真つき年賀はがきが普及していなかったころからずっと全員の家族写真で通してきたにだ。

 何年か前からは、子どもたちが順番に海外に行ったりして、張り合わせになってきた。

 今年は2男だけが家にいて、3人でまず写真を撮ったが、あとはイタリアから、シンガポールから、和歌山からとメールで写真を送ってもらった。

 結構みんな年賀状のことはわかっていて、すぐ送ってくれたのがうれしい。

 それで朝からその裏面の制作に取り組み、なんとか写真と文章、全体のデザインを完了し、喪中のはがきが届いているところを除くチェックをし、午後から印刷にかかった。 

 しかし夫婦合わせて110枚あり、かなり時間がかかった。まあそれでも夕方にはすべて印刷をやり終えた。

 印刷してる間、プリンターの前で今読んでいる本に集中した。

 おとといぐらいから読んでいる「司馬遼太郎の歴史観」(中塚 明著)だ。

 今NHKでも坂の上の雲」を特集したドラマを放映しているが、この本を読むと、司馬遼太郎の明治にたいする歴史観に弱点があると書いてある。

 というのはその本によると今教科書でも日清戦争開始時に、日本軍が朝鮮王朝の王宮を勝手に打ちいりし、王様を監禁し、強要の文書を書かしたこと。その事実に怒った国民の抵抗に対し、5万人と思われ人々を抹殺したこと。日露戦争では王妃をその建物に侵入し殺害したこと。

 などなど最近発見された文書で裏付けられると書かれている。

 つまり司馬は「日露戦争までの明治の日本は正しかった。それ以後軍部が暴走してたいへんな戦争時代になった」と主張しているのだが、それを中塚さんは批判し、今「坂の上の雲」でさらに脚色されて明治が描かれている。さっきの事実はいっさいでこないということを心配しているのだ。

 どちらが正しいかそれぞれの判断だが、今新ためて考えると朝鮮国民が日本に対して今でも抱く憎しみは、必ずしも過剰なものではないのではないかと感じる。

 今特に沖縄の米軍基地に対する県民の屈辱的感情は、そのこととつながっているような気がする。

 どちらにしても理不尽なことがまかりとおる時代は、もうそろそろ乗り越えていかないといけないのではないか。

 日本人は戦争を通して被害者になり、またその仕掛け人を通して加害者に総動員されてきた歴史をもっているのだ。

 これからも真実を見る目を養わないととんでもないことになる。今回の「坂の上の雲」も二つの見方を踏まえてみる必要があるだろう。

2009年12月22日 (火)

温度が1℃上がって暖かいんだ!

001  やっと自転車通勤が再開できた。

 タイヤを無事昨日取替えて、前輪6気圧、後輪7気圧に調整した。

 それにしても新品のタイヤは気持ちがいい。なにせ替える前のタイヤは傷だらけだった。およそ半年パンクもなく、順調に走ってきた。ただこのまま走っていると中のチュー ブはおそらくパンクは時間の問題だろうと想像がつく。

 ただ、新品で道路を走り出すとタイヤの中央がたちまち汚れてきた。

 「ああ、ああ・・・・・」という感じだが、道路を滑っているので仕方がない。

 今日の走りはじめはやはり耳が痛いぐらい最初は寒い。しかし2号線に出たとたんに熱くなってきた。8時まえから走りだして、次第に温度は変化しているのだろう。

 稲川橋温度表示は3度だったが、次の左門橋手前の温度表示が4℃になった。

 この1℃アップだけで暑さを感じる。

 しかし今日は知らない人を含めて、ロードバイカーは誰も見ない。

 まあしかしなんとか疲れず職場に着いた。

 仕事は明日が休みということがあって、ちょっとみんな明るい。

 午後からは会議だったが、求人募集の件の作業があり、定時より1時間後に職場を出る羽目になった。

 しかし今日は冬至だ。さすがに夜になるのが早い。

 003 帰りは追い風。新品のタイヤの感じが気持ちいい。新車に乗っているような錯覚を感じる。

 帰りにコープによったが、行くまえ考えていた風呂に入れるゆずを買うのを忘れてしまった。

 004今日の夕食は2男と二人。冷蔵庫に残っているしゃぶしゃぶ用豚肉を基本にし、野菜をたくさん買ってきた。

  明日が休みという開放感があってビールがうまい。おまけに無添加赤ワインに手が届いて、コップに注いだ。

 なんだかんだ言っても正月まで一週間という今日この頃だ。

 明日は年賀状の作成に一日を使おう。

2009年12月21日 (月)

自転車通勤ワンクッションの日

002  今日はすでに12月21日。当たり前だが、客観的に考えると、もう年の瀬だ。

 昨日少年団の忘年会に行く前にマイロード・ビアンキの前後タイヤ交換を試みて中途半端に作業を中断し、しかもチューブを2個ともだめにしてしまった。

 それで夜も作業はせず、今日チューブを手に入れることにし、あきらめていた。

 今日はそれで、ランドナーで行くのでなく、電車通勤に気持ち的に切り替えた。

 まあ、寒さもある。

 明日まで自転車はおあずけにしようと決断したのだ。

 完璧にぬくい格好をし、朝駅まで歩いて出かけた。

 電車通勤では定番のJR東西線から地下鉄千日前線に乗り換え、職場に着く。

 今日ちょっと呆れたのは、地下鉄の到着駅「桜川」で、プラットホームから階段を上がろうとしたとき、20歳前後と思しき男性が、エレベーターに乗ろうとして、すぐ上に上がってしまったのを見て、階段に切り替えたが、エレベーターに乗りたかったようだ。

「お前何歳やねん」と心でやじった。

 普通駅のエレベーターというのは老人か、乳母車を押すお母さんか、大きな荷物を持つ人のためだろう。

 なんとなさけない若者だ。

 まあ事実上、誰が乗ってもいいのだが、自制せよ!

 それにしても今のは極端としても、やたらエスカレーターしか利用しない人が多い。しかもそのエスカレーターを歩くのだから、それなら階段をあるけよ、という感じだ。

 電車通勤でもいろんなことが見えてくる。

 日常的の中に、体を鍛える条件がいくらでもあるのに樂をしようとする。いや怠惰になるというべきか。人間の体は使わないといくらでも退化するようになっているらしい。

 脳もそうだろう。

 毎日を楽しく行きたければ、苦を惜しんではいけないのだ。

 話は代わって、今日もとくに寒かったわけだが、帰りの電車でも電車の中では、ダウンコートを脱がず、思いっきり体に熱を蓄えて外に出る。

 帰りは予定どおり、梅田に行って、ギャレのモンベル店に行った。ちょうどタイミングよく知り合いのKくんが店にいた。

 チューブの種類を聞き、勧めてくれたとおりの商品を4個買った。

 レジでは、その男性が「ロードですか」と聞いてきた。

 「通勤です。この店のKくんは知り合いです」

 「彼は(Kくん)、いつもはマウンテンなんですけど、通勤はロードなんです。ぼくもマウンテン乗ってます」とうれしそうに話してくれた。

 ちょっとうれしい。

 家に帰って夕食づくりをし、風呂に入り、食事をし、洗濯物をたたみ、整理し、やっと昨日からほっておいたロードバイクの前輪タイヤのはめ込み作業にいそしむ。

 買ってきたドイツSCHWALBE社(なんと読むのか?)のタイヤチューブをつける。言っていたとおり耐久性がありそうだ。

 よしこれでよし。明日はビアンキで出発だ。

 新品のビットリアのイエロータイヤが庭の暗闇の中で輝いているようだ。

2009年12月20日 (日)

流れ星少年団クリスマス会参加と演奏!

024  一年は早いもので、毎年繰る返しているのだが、地域の流れ星クリスマス会と忘年会が行われた。

 午後から子どもたちはケーキ作りとゲームで楽しんでいたが、夕方からは、出し物と親たちの忘年会がおこなわれる。

 家からキーボードを手押し車で会場の西富松会館まで歩いて運んだ。

 さすがに今日の寒さは堪えるが、楽しい行事に向かうのでか、あまり寒さは感じない。

 会館に着くとすでに子どもたちの自転車がいっぱい止まっていた。

 まもなく会場和室で親が集まり、缶ビールで乾杯となった。

 地域ですでに子どもが大人になった親から、子育て、真っ最中の親と子どもたちがネットワークで繋がっていること自体が財産だと思う。都会の人々のつながりは意識的に運動として作っていかないとできない。

 6時を過ぎ、わが「おやじーず」の3人目のメンバーが到着し、まもなく演奏に時間となった。028

 子どもたちの前で自分たちの演奏が受けるのかどうか、そんなことはあまり気にせず「大きな古時計」「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌って、終わったように見せかけて、アンコールを期待し「手と手と手と」という身振りの入る曲で締めた。

 結構ウケた。

 やはりフルメンバーで演奏するのが一番いい。

 そのあとも隣の和室で忘年会の後半となったが、たわいのない会話でビールと酎ハイを飲みながら宴たけなわとなる。

 ところで会場に来るまでの一時間前から、マイビアンキ・ロードバイクのタイヤ交換作業をしていたのだが、今のタイヤ前輪・後輪とも結構長い期間ノーパンクできたのだが、タイヤをはずしてみて、新しいタイヤに取り替える段になると、なぜか空気もれが起こり、後輪作業で、新チューブを取り替えた後、前輪も同じ状況で、チューブが足りなくなった。

 だから明日は、ロードでは出かけられなくなった。

 まあ、いいか。 

 明日はランドナーで行こう。

 それで明日の帰りにサンワサイクルによってチューブを3つ買うことにする。

 まあ、今日はクリスマス会、のあと、ほろ酔い気分で、台車を引いて家に帰った。

2009年12月19日 (土)

どこまで寒くなるのやら

001  ようやく週末で、今日は完全休日ではないが、出勤は午後からなので、朝はゆっくりできる。

 ただ、妻は早出出勤で5時すぎから置きだすので、必然的に早く目が覚め、いつもの時間には起き上なにがった。

 朝やっておきたかったことがあって、先週販売したみかんの清算と送金をすることである。

 8時半ごろから、作業にかかる。実際20万円近いお金を一時預かっているので、はたしてぴったり現金が合うか心配だったが、ぴったり合った。

 さっそく10時を過ぎてから近くの郵便局に入金に行くことにしたが、結構寒い。 

 防寒に気をつけ、歩いていく。 

 しかし送金は案外楽にATMで実行できた。 

 家に戻ってなにやかやと時間が過ぎ、昨日のカレーの残りを昼食にし、職場に出かけるため、歩いて駅にむかった。

 職場には午後1時過ぎに到着したが、地下鉄から職場に歩くまでの道のりもかなり寒い。

 事務所に着いてばたばたと時間は過ぎ、会議がはじまり、会議は終わった。

 それは午後4時半ぐらいだったが、そそくさと着替えをして、職場を後にした。

 それでやっと開放された気分になり、寒さはあるが、やっと本当の休みという感じだ。

 地下鉄千日前線にしろ、乗り換えのJR海老江駅にせよ、タイミングが悪く、だいぶ待ち時間があった。こういうときの駅での時間というのは退屈だ。

 ちょっと変な話だが、プラットホームで一番前に立っていると、後ろにいる人に警戒してしまう。実際後ろから押されて入ってくる電車の前に押し出される事件を聞いたことがあるので、そう思うのだが、いつも自転車で通勤していると、こういったいろんな人が交錯してる電車のプラットホーム、電車の中はどうも警戒してしまう。

 まあしかし家に帰るもよりの駅、jR立花駅を降りると安心だ。

 002_2 開放感がよみがえってきて、コープのリカーショップでウイスキーを買うことを思いついた。しかし安物のウイスキーはどうも悪酔いするくせがあるので、今日は思い切って、サントリーリザーブに決断した。断腸の思いだ。

 それでついでにワインも買ったが、ランクをぐっと落として580円のものにした。

 まあ庶民はこんなものさ!

 しかし精神的にリッチな気分と安定につながれば価値はある。

 とかなんとか自分に言い訳しながら、その買い物袋をもって家に帰った。

 002

2009年12月18日 (金)

さらに寒く3℃の朝 通勤もいよいよ辛い

002  3℃と言えばすでに真冬に到達だ。

 稲川橋の表示を見て、ちょっとほくそ笑んだ。

 2号線に指す東からの太陽の光がありがたい。

 歩道側ではどれだけの距離を移動するのか知らないが、手袋をせず自転車に乗る若者を見かけたから恐れ入った。

 歌島交差点は、日によってタイミングが違うのか、はやいうちに黄色から赤に代わってしまい、一旦停止だ。

 昨日見かけたヤッケにジーンズでロードに乗る青年に遭遇。

 野田阪神から前を走っていったが、土佐堀で接近し、下りで抜いてしまった。

 ちょっと無理は禁物だが、なぜかその間調子がよかった。お腹の調子も改善してきたようだ。

 職場には8時45分ちょうどに到着した。やはり週末はうれしい。

 今日の仕事のノルマは明日の理事会の資料作成と印刷。

 ほぼ午前中に終わってしまった。

 あとは長期的資料作成やアポイントの約束していた業者と面談。

 それで5時30分ごろになってしまい、慌てて帰る準備をして職場を出る。

 昨日ほどではないが、やはり帰りも寒い。

 なるべくスピードを押さえて走る。ただ2台競争してくるロードバイカーがまたいた。

 勝手に先に行ったらいいさ。ただ信号無視だけはやめてほしい。

 家に帰って週末定番のカレーを作った。

 テレビではノルウェイのオーロラを見る旅のレポートの番組があった。

 004

 テレビの画面からしか体験できないが、それでも幻想的な夜空がすてきだ。

 地球には本当に美しい自然の姿が渦巻いているんだなと一瞬感動してしまった。

 そのうちシンガポールの娘から電話が入った。元気にしているようだ。離れていても、声が聞こえるだけで近くにいるという感覚だ。

 3月には帰ってくるつもりらしい。

 よそいでいたカレーが冷めてしまったが、それでもいいさ。家族の会話には替えがたい。

 やはり金曜日の夜は気持ちが落ち着く。

2009年12月17日 (木)

寒い!文句なしに寒いぞ!

001 朝出るとき覚悟はしていた。それでアンダーとサイクルウェアの間に薄いセーターを加えた。その上からサイクルジャンパーを着た。

 よしこれで完璧という感じだ。

 それにヘルメットの下にレーサーキャップをかぶっている。

 2号線に入るまでは、日陰が多く寒い。2号線の日当がうれしい。

 それで体感的には5℃か6℃だろうと予想してみた。

 稲川橋にのぼる手前の温度表示板が見えてくる。

 「およよ???」とサプランズ。

 なんと4℃になっている。

 あまりの寒さに喜ぶというか、笑いが出る。

 これは今年に入って記録的だ。真冬でもこの温度は低いほうだ。

 誰も走っていないだろうと思ったが、結構ロード派、クロスバイク派の人を見た。

 そんなこんなで、(どんなだ?)、職場には8時45分についてしまった。

 今日は仕事は午後からの会議で一日が過ぎる。

 002 帰りの着替えで、朝着たセーターを着るのを忘れていた。走り出して気がついたが、行きよりそのせいで寒い。家に着くまで体は温まらなかった。

 夜は、20日の少年団クリスマス会での出演に向けて、おやじーずの練習をした。

 いつも我が家が練習場になる。それで夕食は、スシマスで寿司を買ってきた。

 練習は1時間あまり。かなりリラックスした練習だが、なんとかやり終えた。

 あとは冷蔵庫からビールを出してきて雑談。

 ちょっと350mlの缶ビールで酔いがまわった。

2009年12月16日 (水)

腹の立つことの多い今日このごろ

001  今日は特別寒くなるという天気予報を信じ、服はビアンキウェアの下にもう一枚羽織って出かけた。

 空は雨は降っていないが、曇り空で暗い。

 用心して、思い切ってライトを点けた。

 手袋も真冬用の分厚いやつに履き替えた。

 これで寒くない。

 道路温度表示はいつもの猪名町では、7℃をさしている。

「ええ、ほんま」と疑いたくなる。というのは、昨日、一昨日と同じ表示なのだ。これはおかしい。

 体感温度では6℃だ。

 しばらく走ると、サッシーがやってきた。彼も結構防寒スタイルだ。

 最初はぼくが先行でひっぱったが、途中から先を彼が走った。

 間を開けつつ、一定の間隔で海老江交差点でまた合流した。それでそのまま野田阪神交差点で手を上げて別れた。

 今日はしかしタイヤホイールの回転がいいように思う。やはり朝出る前に後輪の空気圧を7気圧に調整したためだろう。

 それで職場には、8時49分に着いた。

 仕事は午前中税理士を交えての会計の今後についての打ち合わせ。昼は電話当番。午後は明日の会議の準備とある意味充実している。

 それにしても食事に出たとき、昼間も寒い。

 今日はノー残業デー。

 率先して5時すぎタイムカードを押した。

 帰りに走行では腹の立ちこと多々だ。

 まず難波筋を走行中、タクシーがいきなり客広いで前に停止している。ただ客が乗車したのとぼくが横を通るのが同じぐらいだが、パーキングランプをつけたままの状態で発車してきた。

 次の信号まちで「ちゃんと確認してから発進せんか!!!!!」とか言ってしまった。

 その他、幾度から交差点で、赤に代わってから発進する車の多いこと。

 朝は一度その例があって、交差点に警官がいるのに知らんふりだ。

 次に腹が立ったのは、淀川大橋で何台か歩道側の自転車を抜いたが、その歩道側にロードバイカーがいて、大橋を降りる信号で赤になり停止したが、どうもそのあと後ろをついてきているようだった。

 気にせず走っていたが、神崎川の橋を登るとき、また前をタクシーが遮断し、ぼくはその後ろで発進するのを待ったが、発進しだし、その後ろをゆっくり走りだすと、いきなりさっきのローダーがいきなり、競争でもするかのように、加速して前に出た。

 よっぽど僕を意識しているのか。 

 そのうちまた前にいるのが見えたが、信号のタイミングでどうかに行ってしまった。

 あまりいい気はしない。

 最後に腹が立ったのは、そんなこともあったからかもしれないが、コープ立花店に入り、夕食の材料を買い、外に出ると、その店に敷地ぎりぎりに仮設で立っている宝くじ売り場から流れる西田敏行の声「年末ジャンボ宝くじnote~~」なんて流れるテープのことだ。

 だいたい自分の職場も協同組合だが、生協の思想はどこへ行ったのだ。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と歌い、一部の金持ちを否定するその思想とは、似ても似つかない宝くじをなんで直接ではないとしても販売しているのか。

 だいたい宝くじは、ぼくから言わせると「公営詐欺だ」。一歩譲っても「公営賭博そのもの」だ。

 半分あまりの販売総額は、みずほ銀行と国に入るらしい。いくら夢を買うといっての損をしているのは、その券を買った庶民だけだ。

 それにそんな形で高額の賞金を手に入れても、実力で手に入れた金でない以上、当たった人の心情はどうなるか、はたして今までの例を公開してほしい。うわさでは人間がかわる人もいると聞く。

 とにかくコープの前で販売するのはやめてほしい。一度意見を出してみよう。

 しかし腹の立ちことの多い帰りの走行だった。

2009年12月15日 (火)

阪神間自転車通勤友の会 HJTカンパニーなんてものを想像してみよう

002  阪神間を通勤で走る仲間が僕にはいるが、毎日か、一定の曜日を走りつづけるものにとって、そのルートの改善は、意見を言える唯一の存在ではないかと、職場でお腹を壊し、トイレに座っているときに思いついた。

 これだけエコが叫ばれ、自転車が普及しているのに、道路はまったく変わっていない。

 むしろ歌島交差点のように一般自転車と歩行者を地下においやり、わざわざ地下に降りなければ横断できなくされている。

 しかし道路は決して車だけが走る権利があると思ったら大間違いだ。

 それはこの30年ぐらい前から自動車というものがどんどん販売され、国民は踊らされて買わされ、道路にあふれ出した顛末が今の状況だろう。

 ぼくはほとんど毎日尼崎から大阪なんばまで自転車で走り続けて、車中心の道路構造がほとんど変わっていないことに憤りを感じている。

 問題は多々ある。

 たとえば交差点で信号が青になったとき、横断歩道を歩行車、自転車が進みと同時に左折する車が進むこと自体、事故の引き金だと思っている。

 歩行者・自転車に対し車が近づかないようにすることが根本だ。

 すべての交差点をスクランブルにすべきだと思っている。

 だからそんなことを考えながら、たとえばその自転車通勤する人で、今の道路の欠陥はどこにあるか、2号線を例にとり、改善箇所を調べ、関係官庁に訴えていく、そんな活動ができないかと思いついた。

 それは僕一人でもいいのだ。それをこのブログや独自のホームページで配信していく。

 これはなかなか面白い構想だ。

 そんなことをしても無駄という意見は聞いておこう。

 しかしたとえば単純な発想だが、僕たち自転車通勤者を車から発見して、「カッコいいな!」とか「ぼくも、私もできるかしら」とか、思わせたらこっちのものだ。

 そうして実際車から自転車に通勤を変更する人が増えると、必然的に道路は、車が減り、面積をとらない自転車が増えるだけ。

 だから友の会会員はただかっこいい姿と、かっこいい自転車と、かっこいい走り方と、かっこいいマナーだけ実践すれば活動になるのだ。

 んん。これはいい!(自己満足)

 同感できる人、やってみようと思う人この指集れ。

 しかし今日もいたがロードバイクに乗って、競争するのはやめよう。通勤はレースではない。しかし変にこちらが追い越すとムキになるバーカーがいるから困る。

 最初は後ろにつけていて、チャンスを見て、追い越していくやからがいるし、信号まちで無理やり信号無視して、追いぬいていこうとするやからもいる。これは最悪だ。

 もっと通勤を楽しみ、かっこよくマイペースで走ろう。

 本当にHJT友の会を立ち上げてみたい。

2009年12月14日 (月)

4日ぶりの自転車 帰りは強風なのになぜか楽しい!

001  走りながら考えてみると、金曜日から自転車に乗っていないので、4日ぶりの通勤だ。

 しかし今日はそれほどひさしぶりという疲れはない。

 あの魔の靴クリートの取り外し不能事件から、結果的に右足の靴クリートを新品に交換したことがいい方に作用したかと思う。

 今日は誰にも会わないか、寒さで初心者通勤者は、走らなくなったのか、わからないがめっきり遠距離通勤らしいサイクラーがいない。

 そんなとき、左門橋付近で、メセンジャーサッシーに会った。忘年会の件は今回も男4人になったことを告げると、ちょっとさみしそうに見えた。

 そのあと今日は僕が先行で野田阪神の別れ道までいしょに走った。

 その後も快調に走ったが、西区新町北付近で信号待ちいると今日も幼稚園児らしい男の子があこがれのような?目で(そう見えた)、こちらを見ているので、左手を上げて、挨拶した。小さく手で交わしてくれた。

 ちょっとうれしい。 

 気分をよくして走る。

 職場には8時50分ごろ着いたようだ。ようだというのは時計を見ていなかった。

 仕事は一つこまかい数字のチェック作業があり、これは手ごわかったが、なんとか分析とチェックを終えて充実感を味わえた。

 それにしても4時を過ぎると、空が暗くなるのが早い。5時にはもう夜だ。

 帰りの走行になると、結構強風で向かい風だ。

 それでも走りを続けていくうちに何故か楽しくなってきた。これは単なる移動手段はなく、今の自転車走行を楽しもうという気になってくる。

 帰りに、少し遠回りして、あの疋田さんも評価したらしい尼崎の一部で完成した自転車専用道路を走ってみることにした。

 いつものコースは2号線玉江橋交差点まで。そこから右折し、産業道路を北に進む。JRと交差するバイパスから急に車が渋滞になった。

 バイパスの上りで、前をバイクが遮断している。大型トラックは、路肩ぎりぎりだ。

 がまんしてバイパスを降り、しばらく進むと、原因がわかった。何台かが重なる玉突き事故だ。警官が2人来ていた。

 そのうちの一人が、ぼくに向かって「あぶないから歩道走って」と指示してくる。

 おまえ法律わかっているのかという感じでムカッときて「なんでやねん」とすれ違いざま言ってしまった。

 「そんなに見たら分かるやん」とかなんとか、警官としては軟弱なことばを口走っているのが聞こえた。

 いまだそんな警官がいることに驚いた。

 まあ、それはそれとして、そのまままっすぐ北へ走り、「つかしん」が見えてきて、その手前の大きな交差点を左折する。

 しかしなかなかその専用道路がない。

 しばらく走って発見!

003 走ってみて思ったことは、大きく道路に書かれている「自転車専用」と書かれている文字が、道路の上に膨らみすぎて走りにくい。

 それがやたら書いてある。

 それに幅がもともと制約があるだのろうが、1mぐらいしかない。

 走っている人は進行方向に、また反対側にいたが、無灯火がいるし、残念なのは、それでも歩道を逆行で走っている人が多いことだ。

 またこの専用道路を夜逆行で、しかも無灯火で走られると、危険この上ない。

 まあ、専用道路がない状態と比較すれば、前進だ。

 ただもう少しヨーロッパの例や、走る人の意見を取り入れて作ってほしい。

 約1kmの間だが、それを体験し、大回りで家の方向に左折し、阪急電鉄を南下し、家に着いた。

2009年12月13日 (日)

マンションの大掃除をあり終えて

005  12月は予定が立て込んでくるもので、昨日はみかんの配送だったが、今日は朝はマンションの大掃除。各家庭総出で、共用部の掃除をする。

 それも9時から始めて10時過ぎはおおむね完了した。あとはマンションの行事としては、もちつき大会が27日に予定されている。

 掃除は早く終わったので、昨日完了していなかったみかんの残りの送り先が判明し、また医療生協病院にもっていった。

 それで昼前になったが、それを終えて、すぐ近くにあるユニクロの店に行ってみた。

 600円台のセーターなどあったがとくにめぼしいものはなく、手ぶらで外に出た。それにしても、レジ前には沢山の客が並んでいた。

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 家に帰って、みかんを置いていた庭の一箇所を片付けたが、もみじに目をやるとさらに赤、オレンジ、みどりの色合いがまじりあい驚くほどきれいなので、シャッターを押した。

 午後からは、テレビを消して新聞を隅から隅まで読んだり、今ちょっとはまっているクロスワードパズルに2紙挑戦した。

 縦がすべて埋まらなても、横で答えると案外すべてわかる。

 今日は15分ぐらいですべて完了した。

 しかしなんだかんだで昼はすぎて夕方になる。

 2男が出かけて、夕食をいらないということなので、仕事に出かけた妻から夕方、帰ってくる連絡が入ったときに、外食しようということで一致した。

 009

 それで妻が帰ってきて、風呂に入り、服を着替えて、近所を歩いた。

 ごく近くに焼き鳥屋で「しゃらく」という店があった。

 焼き鳥は「こころ」とかやにやら、二本づつ皿にもられて二人で食べた。

 妻はいまはやりとかで、ハイボールを頼んで飲んだ。

 まあ、たまには外食もいいだろう。

 

2009年12月12日 (土)

有田有機みかん配送に明け暮れた1日

001  例年覚悟はしているが、今日は1年に一度の産直有田みかん、しかも有機栽培を注文いただいたところに配送する日だ。

 朝起きるのはちょっといつもより遅くなった。午前7時30分に布団から出る。

 なぜか気がせいて朝の支度をする。

 午前10時にはようやく今日の手はずを考える。

 しかし和歌山湯浅市のTさん(生産者)から田辺運送の車が家に来た。

 運転者は中国人らしい。たどたどしい日本語だったのでそうが分かるが、親切な人だった。

 61個の10kgみかん箱がわが家の庭に置かれた。

 伝票を作成して、地図と順番を考えたりで、11時を過ぎた。

 主要な注文先は、尼崎医療生協病院内でのものだが、その関連も含め、自宅に配送が30件ほどある。

 8件配るのに、1時間かかった。

 その後慌てて家に帰り、即席ラーメンをお腹にかけこむ。

 すぐまたマイプレーリーに病院の分を補充して、その病院に向かう。

 少年団父母会のメンバーでその病院の副院長でもある、Uさんを見つめ、病院内の詰め所ごとに注文者に配る。Uさんみずからその作業に動くので恐れ入る。

 その病院にはホスピス病棟があり、その階にも配った。

 ちょうどクリスマスに向けてツリーが飾ってあった。

 軽い気持ちで受け取れない雰囲気がそこにはあった。ただそのツリーで癒される。

 病院を配り終えるのにも子一時間かかった。

 それからまた、尼崎中をUさんに同乗してもらって、配りまくる。1箱10kgだが、やはり結構な重さだ。

 4時45分、ようやく最後の一件を配り終える。

 1年一回の大仕事もようやく終了して、ホッとする。

 自分の家でも2箱購入したが、食べてみるとうまい。

忘年会季節。 OM九条の会で懇親

001  今や忘年会シーズン。

 自分も渦中の人となった。

 朝はそのため電車通勤。こんなときに限ってダイヤが遅れる。

 自分としては、JR東西線でも東海道でもどちらでも行ける。

 ただ料金が40円も違う。

 たかが40円。さえど40円。

 しかし今日は学研都市線で信号トラブルがあったらしく、直感的に東海道線で、大阪駅に行かざるを得ない。

 40円は清算しないとけないが、時間には変えられない。

 それで家から駅まで歩いたきり、ずっと立ちあっぱなしだ。

 地下鉄「本町でようやく座れた。

 電車通勤も辛いものだ。

 仕事も週末だというのに、会議の連続。朝から2段階会議が続いた。

 夕方も展示会運営会社からの請求書説明。ほとほと疲れた。

 職場を後にし、最後はOM九条の会の会議と「望年会」。

 疲れを残したまま、望年会に望んだが、ワインも飲み放題。何倍飲んだか覚えていないが、ワインぜめにあった。

 003 それにしても、昨日のノーベル賞平和賞の受賞式でのオバマの発言はいただけない。

 平和のための戦争もありうるという。

 失望だ。そんな考え方をしていたのか。残念だ。

 イラク、アフガニスタンでは現地の国民がいかに苦しんでいるか、派遣されるアメルカ軍の真実はメキシコ国民でアメリカ市民権を得るためにアメリカ軍に就職する人もいるという。

 そんな中での3万人増派は、果たしてなんの効果があるのか。

「アバマ、お前もか」という感じだ。

 この件に関しては、ブッシュとどう違うか疑わしくなる。

 と頭にきているが、話を戻してOMの懇親会での抽選会、くじで三菱ランサーエボリューショXのミニカーを当てた。

 まあ参加者は「よいお年を」と言って、少し早いが、今年の別れを惜しんだ。

 来年こそ世界の平和に近づく年になってほしい。

 

2009年12月10日 (木)

つかの間の休みを過ごす

001  今日休みを取った。というのもどうも体調が万全ではないこともあるし、すぐ先の土日は結構タイトに忙しいことが予想されるためだ。

 それで、とくのすること決めなかった。

 朝起きて、洗濯物を干そうと庭に目をやると、例年うまく紅葉しないもみじが、今年はなんとか形にっている。

 ちょっとうれしい。

 妻も2男も忙しく仕事に出ていった。

 洗濯物を干して、これだけはやっておこうと、ローダー台でのペダル漕ぎをしようとサイクルウェアに着替えて、ビンディングの靴を履こうとしたが、よく考えてみると、片足のビンディングのねじがコープの中で外れて、そのまままたビンディングを履けて家に帰った。

 それで、昨日帰ったときビンディングが外れず、靴を脱いだまま、靴はペダルについたままだ。

 朝外してみようとしたが、簡単にははずれない。なにせ2本のうち1本のねじが外れておいるんで、固定されていないのだ。

 20分あまりの攻防で、なんとか外れた。

 新しいつめに付け替えて、いよいよ固定ローラーに乗り、ペダルをまわす。

 なかなかケイデンス90にならない。「ちょっと調子悪いぞ!」と思いつつ、目標20分休まず90に近づけてまわし続ける。

 心拍は上がり、10分過ぎて、汗が滝のように顔から落ちてくる。

 それでも20分めざして漕ぎ続けた。

 ようやく9時57分を過ぎた。あと10分クールダウンでゆっくりペダルをまわした。

 とにかく汗がしたたり落ち、すぐシャワーに。

 脱水状態手前だ。

 あとはゆっくり過ごしたが、昼食のあと、午後1時すぎからNHKでスタジオパークという番組があるが、今日は映画監督、山田洋次さんがゲストだ。

 ぼくは山田さんはすきな有名人の一人だ。

 なかなかシャイな人だが、渥美清が亡くなったとき、自分もメガホンを置こうと考えていたという話をはじめて聞いた。

 それだけ渥美さんとの関係は深かったのだろう。

 そのあとはこまごま家の中では用事が浮かんできてしまう。

 4時ごろ熱帯魚の水槽の内側がにごっているので、とっていたが、サーモスタットが壊れている。温度がかなり低い。

 これはえらいことなので、すぐホームセンターに、それも雨が降り出したので、車で行った。

 そのあとはあっと今に夕方に。

 今日は誰も帰ってくるのが遅い。

 夕食は、昨日と同じおでん。

 仕度は簡単だったが、煮込まれるまで、おもいっきピアノに向かって歌った。

 誰もいないときの特権だ。

 それで気持ちはすっきりし、一人で舌鼓を打つ。

 まあ、体と心を休めるいい日だった。

2009年12月 9日 (水)

体調は必ずしもよくなく、しかし通勤は快調という怪奇?

001  朝のお腹の調子はむしろ昨日よりよくない。

 しかしいつもどおり走るしかないだろう。前半は慎重に走る。

 昨日は淀川大橋で突然疲れを感じた。今日その地点にさしかかったが、以外に調子がいい。

「どういうこと??」と思いつつ、「よしよし」と足が快調に回る。

 おまけに野田阪神の直進矢印信号が青のままクリアし、JR野田駅近くの信号でいつもは赤になるはずだが、今日はタイミングが代わったのか、クリアした。

 上船津橋南詰信号で停止したが、あとはまたまた本町信号をクリアし、そのまま長堀交差点までクリアしてしまった。

 しかし今日は、知り合いのメンバーも、知らないロードバイカーですら会わない。

 職場には8時45分到着した。

 仕事では胃が痛くなるような問題が発生したが、まあ夕方には結果がわかり、対応は決まった。そうなると腹は決まって落ち着いた。

 帰りの走行でも誰にもさっぱり会わない。

 しかし風は追い風。なぜか足は高速回転で進む。

 いつものようにコープ立花に立ち寄り、今日のメニューに決定した「おでん」の材料を買う。

 003 食事の仕度の間、昨日買った小型スピーカーにICレコーダーを接続して森山直太郎をきく。

 「生きてることが辛いなら、いっそ小さく死ねばいい」

 そのあとは、風呂に入り、それからおでん料理をついばむ。

 まあ至極の時間だ。

2009年12月 8日 (火)

何故か疲れの出た朝の通勤

001  何故か昨日に比べ、体が熱い。

 それで朝家を出たときは、あまり寒さを感じなかった。

 しかし、大阪に入って淀川大橋をわたっている最中、疲れを感じた。「おや???」という感じだ。

 まあしかし淀川大橋をくだり、海老江交差点で信号停止したが、そのあとは一機に野田阪神交差点をクリアし、JR野田高架下信号まちから調子は戻ってきた。

 ただ大阪本町付近に入っていくと何故か寒い。

 つまり高いビルが多く、日の差す面積が少ないためだろうと思う。

 はっきり寒い。

 職場には8時47分到着した。

 今日は仕事の課題は少なく、資料にじっくり目を通す。

 それでもちょこちょこ対応すべき場があり、それなりに対応した。

003  帰りの道では、まさにイチョウのじゅうたんがなにわ筋の道路橋を彩っている。

 まさにイエロービアンキが溶け込む。

 そんなこんなでやはり帰りの走りには開放感がある。

 002 ところで、今日も夜のニュースを見ていると、普天間問題で、アメリカのアーミテイジ(暴力団のボスの様相)や、他の日本大使だか、なんだかシンポジウムを東京でやっている状況を報道していた。

 趣旨は、日米合意を守る、つまり普天間の移転先を辺野古にもっていくという内容を日本にキャンペーンするためのようなもので、いわば日本人からすれば屈辱的な企画だ。

 だいたいアメリカは本国でも事情もあって、すでにグアム基地に海兵隊の施設の大部分を移転しているというのに、なぜ普天間基地を敢えてまた沖縄に別のところに配置しないといけないのか。

 しかもアーミテージは、「日米合意どおりしなければ、日本人は安心して夜寝られないですよ」とほだいた。

 ずうずうしいにもほどがある。

 オバマが大統領になってだいぶ雰囲気は変わるだろうと思ったが、ブッシュ時代の役人が生き残っている。期待はずれだ。

 だいたい沖縄では、安心して今寝られないのが今の現実だ。

 アメリカから日米安保を破棄したければ好都合だ。日本から出て行ってもらいたい。

 かって自民党政府は10年間にアメリカ軍への思いやり予算で累計5兆円も支払ったと聞いた。

 日本の今の雇用不安も医療の貧困財政もアメリカ軍と自衛隊に使う軍事費に手をつければ解消する問題がいっぱいあるという。

 そういう意味で日本は本当に平和というか、安心して暮らせる国になっているのか、アメリカのいうとおりにしていたら、安全で安心な社会が来るのか、きわめて疑問だ。

 腹が立ってとまらなくなってきたのでここらでストップ。

 とにかく平和は軍事で守られているとういう詭弁などこれからはなりたたない社会になってほしい。

 鉄砲のないところ、武器のないところ それで命は奪われないのだ。

2009年12月 7日 (月)

朝は体感予想で温度を当てる ぴったし8度!

001  テレビでの天気予報どおりかなり朝は寒い。

 それでこの冬はじめて、冬用ビアンキウェアで出かけた。

 尼崎付近で今日は、イケッチくんに出会う。先週は忘年会続きで走っていなかったという。

 しばらく一緒に走った。

 歌島交差点手前の道から車が一台出てこようとする体制だが、ぼくが近づいた状態から入ってきた。

 思わず右に回避して前に向かったが、右車線に来たその車に「あぶないやろう!!!!!!」と思いっきりどなった。

 それにしても今日は車がすでに黄色から赤に変わるときに無理やり直進する車の多いこと。

 まあ、歌島交差点はそれでも余裕で駆け抜け、いつもの信号で停止した。

 それにしても月曜日から飛ばすの後から疲れが出るので、上船津橋北詰まではスピードを落とした。

 しかしビンデイングペダルを交換してぺダリングは安定してきたように感じるのがうれしい。

 仕事はいろいろあったが、比較的ノルマはなく、余裕で仕事ができた。

 昼休憩では、昨日録音したユーチューブの音楽をICレコーダーで、喫茶キャビンの行きかえり視聴した。ううん!なかなかいい。

 003 帰りの時間になり、職場を出た時点でもやはり寒い。

 なるべく速度を落として走るよう心がけたが、それでもちょっとがんばってしまった。

 尼崎繁華街では、車も徐行して走るので、それについていかざるを得ない。

 それもまたおもしろい。

 体が温まってきたときコープ立花に着いてしまった。

 今日は2男が夕食をいらないだろうと勘違いして、食材を買い、帰ってみると勘違いにきがついた。

 それより2男が食事の仕度をしていてくれた。

004 それにしても風呂の中は気持ちいい。この寒さで体に暖かさが染み渡る。

 風呂上りのビールはザ・プレミアムモルツ黒だった。

2009年12月 6日 (日)

ランドナー・カンチブレーキ改造

005  ひさびさの予定のない日曜日。

 ロードバイクとランドナーのための新しい部位を仕入れておいたが、まずランドナー・ミヤタグランオウレミオのカンチブーレキ交換に挑戦した。

 まず後輪のいままでのDIA COPE972を外す。あとの穴の位置が問題なのだが、新たに買ったシマノBR-R550を取り付けてみた。

 ちょっと不安だったが、何とか取り付けOKだった。

 しかし前輪は、穴の位置が一つだけで、まったく一致しない。

 やはり10年以上前の形状に合うカンチブーレキはないのかもしれない。

 仕方がないので前輪のブレーキ部分は前のままにすることにしたが、一度ばらしたものを元通りにするのがやっかいだった。特殊な調整型になっているので、正しくつけるまで、2時間ぐらいかかってしまった。

 まあしかし、そのあと試運転してみたが、なかなかいい。ブレーキシューが新しいためもあるが、ブレーキの利き方が安定している。

 よしよし。

 ただ庭で作業していたのだが、昼をすぎるにしたがって寒くなってきた。もう限界だ!というとこで作業を終えた。

 まあロードバイクのタイヤ交換とハンドルバー付け替えは先延ばしせざるを得ない。

 すぐに家の中に入って、昼食にした。すでに12時50分になっていた。

 午後からは、なんとなく妻がつけていたテレビで、「JIN」という番組をみてしまった。これがなかなか興味深い。現代に医師が江戸時代にタイプスリップする話だが、江戸時代の医療の現状と、そこから現代の医療水準二発展していたんだなということよくわかる。

 そのあとは、パソコンを立ち上げ、ユーチューブですきな音楽を選択し、ICレコダーにコピーする作業をした。5曲ほどできた。

 夕方が近づくのはこの季節早い。

 妻は仕事をはじめたので、夕食はおもいついて、2週間ほど前の「ためしてガッテン」で鍋もの特集があり、きのこだけで鍋を作るのを見ていたので、試してみた。

 なめこ、シメジ、まいたけ、えのきの4種類をしょうゆとさけだけで煮込む。

 作ってみると確かに味はいい。しかしやはりこれだけでは物足りない。

 しかしごはんとこれだけで完結した。酒類は今日は休みにした。

 あっという間に一日はすぎていく。

2009年12月 5日 (土)

JR海老江駅72段階段は挑戦すべき!

002  今日の朝は雨。

 土曜日ではあるが、朝から出勤当番だ。

 あいにく朝から雨。午後会議を終えて、帰りをどうするか考えつつ、「定番はスーパー銭湯入湯でしょう」と、雨でも行ける塚口「湯の華廊」に行くことにした。

 それで朝は電車に乗る。JR東西線は、なぜか延滞でなかなか来ない。

 海老江駅階段は、今日も72段を上る。一段一段数えながら登る。

 今日は登ってくる人はいない。

 しかし考えようによってはこの72段は手軽なフィットネスだよ。

 しかし延着のため職場には9時をすぎてしまった。

 デスクに座ると、土曜日で人は少ないのだが、あっという間に午前がすぎ、午後の会議が済んでしまった。

 午後4時。職場を出る。

003 やはりこうなったらスーパー銭湯に行くしかないでしょう!と梅田を経由し、阪急で塚口から稲野へ。

 「湯の華廊」へ行った

 やはり気持ちはリ ラックスするのだ。

 緊張感の後の仕事を終えた後の開放感がじわじわっと感じてきた。

 そのまま家に帰ると妻が先に帰っていた。

 004 夕食は2人きり。

 鳥の胸肉と野菜の鍋でビールとワインで宴を楽しんだ。

 ワインは何も考えずに買ったが、オーストラリア産「ウルフ・プラス・イーグルホーク」と書いてある。

 妻と2人でビン半分をあける。

 まあたまには破目をはずしていいだろう。

 まあ12月という落ち着かない時期ではあるが、この師走を楽しむ気持ちで過ごして行こうと思う。

 人生楽しまなければ!

 ちょっとブログ更新酔ってます。

2009年12月 4日 (金)

辛さを惜しむな! 現代人たち

001  今日は夕方から仲間うちの忘年会があるため、通勤は電車で行くことにした。

 スーツを着て、ブラックのコートを羽織った。

 ほんとうにひさしぶりの電車通勤だ。

 JR東西線で海老江(地上は野田阪神)で、地下鉄千日前線に乗り換える。

 ここで72段の階段がまちうけている。しかし横のエスカレーターで行く人ばかりだ。

 まあ、僕自身心肺運動は一般の人よ自転車通勤で鍛えている面があるので、あんまり同じようには言えないが、通勤の人たちはあまりにもエスカレーターを使いすぎだ。極端なのは、若い女性がエレベーターを利用することだ。

 たしかにその方が楽だろうが、あえてフィットネスクラブや今流行りつつかるファッションランニングをしなくても、通勤での歩きで少し苦労をいとわなければ、習慣的に足と心肺活動ができると思う。

 人間が2足歩行を確立してせっかく鍛えてきたからだを現代のぬるま湯になぜあえてさらすのか、人間の進歩と反比例している。

 つまり楽な方へ楽な方へ歩むようにしむけられてきたのだ。

 その際たるものが車だろう1億総中流社会と錯覚させられ、車を所有することがステータスのように思わされ、ちょっとそこまでという距離でも車で行ったりする。

 人間の移動に関する意識はどんどん退化している。だから今あらたに自転車が見直されてきてるわけだが、本質的に苦行をさける体質は果たして変化というか、打破してきたのか疑問だ。

 というような難しいことを考えながら、電車の乗り換えでの移動は階段を登る。

 交差点の信号を待てずに無視することも似ているような気がする。

 ひたすら楽をして何が残るだろう。

 仏教の教えではないが、人間楽と欲だけを求めるだけになるとおしまいだ。

 つまり自分は毎日何のために生きているのかということだ。

 生きる喜びを感じるためにーとぼくは言い切る。

 

 さてぼくの今日の出来事は、3箇所の移動で頭の切り替えが難しい。これはどれも仕事だが、考えさせられることが多い。

 しかし12月に入って都会に立ち木々は紅葉を過ぎて、落ち葉が道路に落ちた状態がなぜかさびしい。ただ情緒がある。

 このままいっそ雪でも降ってほしい。

2009年12月 3日 (木)

トコトン自転車  スイスイ走る!

001  庭の木々は、それなりに成熟してきた。

  朝は雨。考えることなく、ランドナーに水筒を入れ、家を出る。

 ロードバイクのような駆動性がないの玉に瑕だが、安定して走ることができる。それに泥除けは、路肩を走るときすぐれものだ。

 やはり今日は誰にも会わない。 

 それで今日は力をいれず、適当なスピードで走ることにする。 

 ただ歌島交差点は、今日車が少ないせいで、みごとクリアーできた。 

 しかしランドナーはやはり重い。

 職場には家を早くでたわけだが、8時50分に職場についた。

 今日の仕事は自分的には、午後からの全職員の会議の準備に1日使う。

 夕方はしかも1時間電話当番の業務が待っていた。

 6時20分ごろなんとか職場から解放された。雨は上がっているが、地面は多分に湿っている。

 しかし自転車を移動させて家に帰るほど気楽なことはない。ただ移動が手段という短絡的な発想をもたなければ、これほど便利と感じる乗り物はない。

 電車などの待ち時間はない。ただひたすら道路の路肩を走る。

 競争するわけでもなく、気がせくでもなく、ただ今の道を走ることを楽しむだけ。それも毎日同じ道を走っているのにだ。

 これほど幸せなことはないかもしれない。と今日突然走行中感じてしまった。

 ただいやなのは、スポーツバイクに限って、信号無視をどうどうとされること。自分の家の中を土足で踏みにじられている感じだ。

 というのは、「あの人たちは交通法規を守らない種族だ」と思われるのだ。

002  帰りは思い切ってサンワサイクルに寄り道した。というのは、今使っているグローブがぼろぼろになってきたのだ。

 この店ではご主人は、常連客が多いだろう、それに一人ひとり丁寧な対応するので、なかなか対応してもらえないことが多い。

 今日もそうだった。

 一応店内のロードバイクを人通りみて回った。案外年代が過ぎた商品が多いように思う。

 とくに展示のロードバイクの変速レバーを見てみると最新のものではない。

 まあそれはそれとして、ブローグ2セットとハンドルテープを買った。絞めて1万2千円。しかし今日職場でかけている保険の配当金を1万2千円もらったので、その金を使った格好だ。

 まあ、いいさ! それを使ったと思えはいいさ! ふん!

 という感じだ。

 003

 ちょっとリッチな気分になって、帰りを急ぐ。

 雨はもうあがっていた。

 

2009年12月 2日 (水)

サッシー・イケッチ嬢・自分と1列並走!

001 今日はマイペースで走ろうとゆっくり2号線に出ようとした。

 ちょうど前にアッシーくんがいるのが見える。

 今日はこのまま接近できないだろうなと思っていたが、神崎橋南詰で追いついたが、なんと昨日帰りに出会ったイケッチ嬢がアッシーの前にいるではないか。

 しかし「今日はやばい」 また無理しないとついていけないだろうと思ったりしたが、彼らを後ろをなんとかついていった。

これは周りで見ている人から見るとなかなかカッコいいのではないか。などと自己満足になる。

 そのまま野田阪神に到達。

 アッシーはそこで左折する。おたがい無事を願って別れる。

 その後はイケッチ嬢はスパートするコースらしくかなりスピードをあげたので、ぼくはマイペースに切り替える。

 そのあと本町どおりで別れた。

 それにしても偶然のセッションだった。

 ただ職場に着いて疲れがもろに感じた。

 しかし昼休み食事のあといつもの喫茶キュビンに入って、コーヒーを飲んでいると何故か楽しい。というか快調だ。ハイな気分になってくる。BGMで流れるビートルスの曲もすきなものばかりで気分がよくなる。

 職場に戻る川岸ぞいでも口笛が自然に出てくる。

 ということは、ある程度自転車による運動負荷もいいように作用するのだろうか。

 ちょっと不思議だ。

 職場では、すでに休んでいる職員が地元の診療での診断で新型インフルエンザと判定された。それも同時に2人出た。

 それで一日マスクをはめる。

003  帰りの走行では、なにわ筋のイチョウ並木の葉がいっぱい落ちて、道路に黄色の色紙の乱舞のようで、照明とコラボしてきれいだ。

 帰りはそれに追い風。後ろから風に押されるようにペダルが回る。それに新しく付け替えたビンディングペダルは、シューズにぴったり固定されて、より走りやすい。

 あっと言う間に尼崎に突入し、南警察で右折し、コープに立ち寄る。

 今日の食材とCCレモン(ペットボトル容器)を買って、帰りはハンドルにぶら下げて帰ったが、ハピニングが起こった。

 徐所にスポークに接触し、CCレモンが完全にスポークの中に入ってしまった。当然炭酸入りの中身は爆発するように吹きえてなくなった。

 みなさん。こんなことはやめましょう。

 004 CCレモンが惜しくて、家の近くの自販機でそれを見つけ、再び買った。ラッキーなことにそれだけ100円だった。

2009年12月 1日 (火)

ビアンキをぴかぴかにして、SPDペダルを新しくして出かけた~

001  なんと今日から師走ではないか。2009年はあと30日しかない。

 職場ではこんな格好で働いているのだ。 

 さて今日は自分的には週はじめの仕事。愛車ビアンキは知らない間に購入して6年が経ってしまったのだが、昨日しっかり洗車したので、結構ピカピカになったかも。

 それに昨日不安を書いたようにビンヂング SPDペダルを6年ぶりに付け替えた。

 走ってみると靴の固定感が高く、しっかり走れる。

 003 信号まちで左足の外すときすぐ外れるか心配だったが、スムーズだ。

 歌島交差点では、ダイレクト通過が車の渋滞で、できなかったが、後ろからメッセンジャー・サッシーがやってきた。彼はサイクルモードには行かなかったようだが、誰かに当日配布パンフは貰ったようだ。

 信号が青になり、ぼくが今日は前を引いて走った。忘年会の日程も、もう一度確認として告げた。 

 仕事は週明けで自分自身は緊張感があるのだが、結構うれしい話があった。

 夕方、通勤仲間の忘年会の予約を携帯から入れた。てっきり年末は無理だろうと思ったが、以外と空いていた。ちょっと拍子抜けだ。

 帰りは少しいつもより遅れた。

 しかし帰りの走行時、後ろからイケッチ嬢がやってきた。帰りに会うのは初めてだ。

 「昨日は走っていないので、今日は調子がいいんです」と張り切っている。

 最初は、先行してもらったが、よく考えると風よけになってもらっているようで、申し訳なく、速くはないが、前を引かしてもらった。

 彼女は、サイクルモードに行っていたらしい。

 ぼくは、尼崎警察南出張所交差点で右折するので、そこで分かれた。彼女は元気に直進していった。

 やはり行きも帰りも仲間に会えてうれしい。

 ただ、道路事情は、今日も逆走あり、信号無視あり、横暴な運転ありで嫌になることこの上ない。

 005 ただ正しい走り方を自覚ある人が実行するしかない。

 また明日もそのために走り続けよう。

 帰りに買い物をしたコープで空をみると満月がくっきりと夜空を照らしていた。

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