フォト
無料ブログはココログ

-天気予報コム-

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月31日 (日)

天気悪く、家で一日過ごす

003  今回昨日のスキーはなぜか足にダメージがあり、今日は太ももがパンパンだ。

 予定のない日であり、家でゆっくりしようと思っていたが、ちょうど天気も悪く、出かけるすべもない。 

 ところで昨日書き忘れていたが、夜映画「ハッピーフライト」を見た。ちょうど今日航の経営問題が大きな出来事になっているが、映画はあきらかに全日空をモデルにしていて、飛行機の運航で特にアクシデントが発生したとき、いろんな部署が関係して、協力しあう姿が、かなり専門的に描かれているのを、びっくりした。

 それだけ安全には大変なノウハウで運行されていることがわかる。

 しかしその連携が崩れたときは恐ろしいと思った。日航の職員は今本当にモチベーションがさがっているのではないかと思うが、がんばってほしい。

 しかし今日は寒い。昨日妻が自転車で武庫川の坂を下りるとき落車したということで、今日これだけはやっておこうと、寒い中を庭に降り、作業した。フロントの変速が落車の影響で一番インナーになっていただけだった。

 が、クランクカバーが取れていて、それも他の自転車から転用して直した。

 あとはリビングに戻って突然思い立って、掃除機で家中を掃除することにした。気分的にはこれはいい。

 005

 リビングに聳え立つバナナの木があらためて目に入る。

 それでもう11時半になっている。

 昼ごはんを食べて、何をするでもなく、リビングのすわり椅子に横たわる。

 BS朝日だったか、ニュージーランドの案内番組を見、2時からはテレビ大阪で、いい旅、夢気分を見る。東北、秋田・山形紀行といったところだ。

 そのあと前かあ課題と思っていた、古いカセットテープでタイトルが書いていないもの20本ぐらいを一つひとつレコーダーにかけて、チャックし、タイトルをつける作業をした。

 中にもう30年ぐらい前活動していた音楽グループの、それも発表の日の目を見なかった一曲「遠くふるさとはなれても」も練習と、曲を通した演奏が入っていた。

 これはとっくに忘れていて、合唱用の楽譜もないが、自分的には少し手を加えるとなかなかいい演奏だと思ってしまった。

006  さて、そのリビングでバナナの後ろにおいてある鉢、コーヒーの木は今年は一つだけ実をつけていて、昨日か急に赤みを帯びてきた。

 これは来期に期待しようと思う。

 それにしても外の雨は止まない。いっそ雪のほうがあでやかでいいのだが、冬の雨はうれしくない。

 

2010年1月30日 (土)

ひとりでスキーに行ってきた 箱館山にて

003 005

 せっかくの休みの取れる土曜日、有意義にアクティブなことをことをしない手はない。

 ということで、この冬のシーズンならではのスキーに行くことにした。

 場所は行きなれている滋賀県奥琵琶湖の箱館山スキー場。

 朝8時過ぎに家を出る。ただガソリンスタンドで給油したりして、実際は8時半になってしまった。そして名神尼崎入口から高速に入る。

 途中湖西道路でしばし渋滞があったこともあって、スキー場には10時45分になってしまった。

007  ここのゲレンデは若い家族が多い。必然的に子どもも多い。

 なかなかアットホームな雰囲気なのだ。

 ゲレンデは表側は横に長く、そこの何本もレフトが設置されている。

 ひとりで滑るのは、いつもは面白さがないと感じていて、1時間も滑るのがやっとだったが、今日は午前中10本を課題に滑る。

 スキー板は、いつものソロモンk-ビング仕様のものじゃなく、廃棄されていたオーストリア製の板に今のビンディングを自分ではめた自家製で滑った。

 一番奥のレストランで昼食と休憩をした。ふと窓の外を見ていると、複合競技で使われるテレマークスキーで中学生らしい若者たちが練習している。この光景ははじめて見た。

 また今日はレディース競技大会がおこなわれていて、スタッフの人たちが相談している姿も見た。

 012 午後は、また真ん中の一人リフトのゲレンデで練習したが、だんだん滑るになれてきたがなかなか納得滑りまではいかない。

 それで裏のロングゲレンデにも行ってみた。

 そんなこんなで2時までぶっとうし滑った。

 そのあと一番手前の小屋に行ってみて、コーヒーを飲んだ。013

 そしてそのままゴンドラに乗り、駐車場に降りた。

 今回は結構足にきている。

 帰る前にいつも使っているログハウスに立ち寄る。

 シャワーを浴び、少し休憩した。

 今日はまったく回りに雪がないので助かった。ログ前に雪がつもっているとたいへんなことになる。

 今日はラッキーだった。

 それにしてもスキーは、自転車とまったく違うが、これはこれで別の魅力がある。ただ自転車で鍛えた大腿筋が足の安定に役立っているし、姿勢をくずさないバランスの感覚は共通しているかもしれない。

 昨日の落車の影響はすっかり消えていた。

 スキーって本当におもしろいですねhappy01

2010年1月29日 (金)

うかつにも落車してしまった

001  今日はやっと週末。それに明日は自分としては仕事がない。

 ちょっとうれいし気分もあるが、それなりにやることがあり、来週は2月になってしまうので、今日やっておきたい仕事も希望的にあり、ちょっと気があせっていた。

 それに夕方5時半に、歯科健診を予約しているので、5時のチャイムとともに着替えて職場を出た。

 歯の歯石をとっている間、ほとんど寝てしまいそうな感覚だったが、6時前には終了した。

 004 そのまま四ツ橋筋を北に進み、2号線に合流して以前サッシーから聞いたことのある自転車専門店「シルベスト」を探した。ただ見つけることができなかった。

 それから2号線を野田阪神まで進み、そこで信号が赤に変わったので、横断歩道を右折し、歩行者といっしょに乗車のままゆっくり進んだ。

 そこで進行方向からおじさん自転車と直面したが、右に行くのか左に避けるのか、わからないのでこちらほとんど停止になったが、左足ビンディングがはずれず「コケル!!」とわかったが、左にゆっくりこけた。

 幸いたいしたことはなかったが、周りは横断する歩行者だらけ。かっこ悪いことこのうえない。

 まあしかし最徐行で対応したことは納得だ。

 自分がこけてもいいさ。

 すぐ起き上がって、反対側の交差点にたどりついた。

 ダメージを気にしながら走ったが、ちょっと体全体の関節がずれたような感覚もあるが、なんとか普通の走りで家まで着いた。

 食事の仕度(カレー作り)を済ませ、風呂に入るため裸になったが、傷はない。内出血もない。

 自分なりに納得した。

 

2010年1月28日 (木)

冬の雨だって、やっぱり自転車でしょう!

001  最近天気予報がよく当たる。

 朝起きてみると雨がしっかり降っている。

 「今真冬でしょう?じゃないの」

とか思ってしまったが、まあそれだけ温度が高くなっているのだろう。

 しかしこういうときは電車もおうおうにして遅れることが多い。

 それで迷いなく自転車通勤で行く。

 完璧にレインウェアを上下着て、下はインナータイツの上にレーサータイツ、その上にレインウェアズボン。上半身はインナーシャツの上からレーサーウェア、その上はセーター、その上からレインウェアといういでたちだ。

 それに頭はレーサーキャップをかぶり、その上からレインウェアの頭巾をかぶり、その上からヘルメットだ。

 これで目の前は、レーサーキャップのつばが雨よけになり、快適だ。

 ただ、靴のカバーが今はないので、ぬれっぱなしだ。

 傍目で見ているほど辛くはない。

 スリップしやすのでは?という質問もうけるが、乗る自転車はロードバイクではなく、ランドナーという全天候型だから安心で、スリップはまずしない。

 ペダルはランドナーの場合標準仕様は、トゥークリップといって、足をペダルに固定するためのバンドをつけるタイプだが、ぼくは片面普通、反対側がSPDビンディングというすぐれものを使っていて、ロードと同じシューズで走れる。

 そんなこんなで、ロードよりはスピードがでないので、職場到着は若干遅れるが、まあしかたがない。むしろランドナー独特のクッションがストレスなく楽だ。

 職場に着くと玄関で下半身のレインウェアを脱ぎ、中に入る。

 誰かに会うと感心されるのが、おもがゆい。

 仕事用の服に着替えるとさっぱりする。一仕事したという感じになってしまうが、あとの仕事にはリスクはない。

 話はとんで帰りの走行では、さっき書いた独特のクッションで、しかも追い風でグングンペダルがまわり、「これランドナー??」という感じで、完全に楽しんでいる感じじゃ。

 途中妻から携帯に電話が入るが走行中は携帯を取れないので、止まって歩道に避難してから返信するが応答がない。

 今日はなんばを出たのが、午後7時ごろだったし、2男が遅くなるらしく、妻が先に帰ってくるとびっくりするかもしれないので、とりあえず立花商店街「総本店じゃんぼ」でお好み焼きを買って帰った。

 今週自転車走行3日目。まあ無理はしていないだろう。

2010年1月27日 (水)

クロスワードパズル再挑戦!

002 3日前OM九条の会舞鶴に行くとき、バスの中でY君も協力してもらって、JAFと赤旗日曜版のクロスワードパズルに挑戦した。

 なにせもう6回ぐらいいろんなクイズで答えを書いて出したのだが、いっこうに当たったことがない。

 しかし努力あるのみか。2人でやるとあっという間に答えを完成して、昨日やっと年賀はがきの残りに書いて、今日朝出勤するついでにポストに入れた。

 今度はあたりますように!!!!

 それにしても今日の朝の通勤はまた寒さがぶりかえしてきつい。手が痛い。つま先は、昨日でさえ、使い捨てカイロを張っていたのに、今日はなぜかそれを忘れた。当然つま先が痛い。

 稲川橋温度表示は1℃ではないか。

 スピードを出すほど熱を奪われて寒くなる。

 今日は、歌島交差点信号で間に合わなかったので、停止したが、横を振り向くとどうですか、歩道工事はまったく進んでいない。どうなっているのだろう。

003 ただうれしったのは、野田阪神手前信号で待機していたとき女性の声で「おはようございます」と元気な挨拶をうけて、振り返るとアスリート・ゆっちさんではないか。

 本当にひさしぶりに出会った。

 というか一昨日NHKのスポーツ大陸で女子スノーボード日本代表の竹内 美香さん?だったか、その練習で苦しんでいる姿で「彼女に雰囲気似てるな」とか思って思い出していたが、それがテレパシーで伝わったのか、会えた。

 彼女は通勤だけではないが、通勤途中で会う顔見知りに会えるのは、なぜか一日元気になる。

 ただ彼女の前を走るにはスピードを出すべきと、ひたすら走っていたら、途中左折したようで、そのときの挨拶をなしで分かれた。すみません。後ろを振り返ったらもういなかった。

 仕事はセール期間で、なにやかやと忙しい。それに1件難問も入った。

 まあ、何事も困難を恐れず、前向きにか!

 帰りは6時過ぎになってしまったが、何故か開放的になり、楽しみながら走ってみようと自分にいい聞かせて走る。 

 そうするとなぜかペダルをまわすのが億劫でないというか、楽になりよく回る。スピードも出る。

 ただ追い風だったんだけど。

 まあ、今ロードバイクでスピードを出して通勤できることに限りなく喜びを感じる。もう20歳若かったらあと20年は走れたのだが、定年まであと8年しかない。

 歳をとりたくないものだ。

 まあしかし生涯自転車と考えるとまだまだいける。まあ前向きに行きましょう。

 

2010年1月26日 (火)

ひさしぶりだよ 自転車通勤 朝気温5℃

002  考えてみると、先週の木曜日走ったきり、5日も走っていない。

 楽しみもあるが、これだけ間があくと、「ええ、50分も走るの?道路もちょっと危険を感じるな」と弱気な気持ちがわいてくる。

 それが自転車にまたがったとたんモードが入るというか、完全にそんなことは忘れている。

 というかまっすぐな道路のシチュエーションも気持ちがいい。スピード感もうれしい

 ただ、今日は家を出るとき、なぜかリビングの、最近10分進んでいたはずの時計が、出る直前ラジオで聞いた時間が「まさか」と感じて、携帯に目をやると、10分の誤差がない。まさしく8時になっている。

 つまりいつもより10分ぐらい家を出るのが遅いではないか。

 ちょっと焦る。

 まあしかし慌てて事故にあってとりかえしのつかない状態になるより、遅刻の方がましだという気分で走る。

 2号線に合流したころ、はるか先にサッシーの大きな水色メッセンジャーカバンが見える。

 まあ、追いつくことはないだろうと思いつつ走ったが、歌島を過ぎた次の信号でおいつく。

 彼は、日曜日にかなりハードな走りをしたということで、少し疲れているらしい。が、かなりぼくは引きはなされて走る。

 野田阪神の別れ際ではなんとか近づき、挨拶を交わして分かれた。

 やはり自転車通勤はいい。

 と思いつつ職場につくと8時55分だった。

 仕事は、やはりデスクに伝達メモ、資料が山のようになっていて、朝はほとんどその整理だった。しかし不覚にも、突然左足がコブラ帰りになって驚いたというか、どういう姿勢をとったらいいかわからない。まあ軽く終わったが、今日急に走ったからか。

 午後は打ち合わせなどなどなどで5時があっという間にやってきた。

 帰りの走行は、そんなに寒くない。それに追い風。ラッキーだ。そんなに足に力を入れなくても回る。

 「よし今週はこれでいける!!!」という自信と調子にのって、JR立花のバイパスを越えた。

 そのあとナンバサイクルによって、家の自転車ブリジストンラクーン用のサドルを購入した。今日はおとうさんと息子さん二人がいた。店内にはロードバイクをいくらか揃えだしたようだ。

 そうして自分にとっての週明けは過ぎていった。

2010年1月25日 (月)

沖縄、名護市長選挙で普天間移設反対の審判

Photo  昨日ちょうど舞鶴で自衛隊の基地と軍艦を見てきたところだが、その間も沖縄名護市では、市長選挙の投票真っ最中だったわけだ。

 今日朝起きて新聞を見ると、トップ記事で「普天間反対派が初当選」(神戸新聞)となっている。

 結局日本に軍事基地が存在する理由は、Photo_2中国、北朝鮮の脅威とも言う場合もあるが、一番の今の理由は、世界のテロと戦うと、オバマ大統領言っているし、それが理由らしい。

 ただ僕が不思議に思うのは、果たして国際的テロ組織「アルカイダ」というものは存在するのかという疑問だ。

 今回もオバマ大統領へのテロ未遂事件で、昨日かわざわざ音声だけで「オサラビン・ラディンらしい」声明が出たと報道されたが、そもそもビン・ラディンは、以前はアメリカの手下だったのだ。それにアフガニスタンでブッシィ時代彼を捕まえるといいながら、まったくつかまらない。

 9.11事件では、アメリカによって仕組まれたものという意見もかなり有力に世界にある。

 今テロ対策といえばお題目のように通る現実があり、空港の検閲、自衛隊の兵器の増強など大きな抗議もなく進んでいる。

 実際イラクでもアフガニスタンでも自爆攻撃などが耐えないのは、アメリカなどの外国軍隊がその国の人々に弾圧を加えたり、不当に命をうばったりしているからではないのか、といいたい。抵抗運動もすべてテロという色でわけられてはいないか。

 結局何事も戦争では解決できないし、むしろ戦争をすることで儲けることを狙っている人々をのさばらせてないことだ。

 これだけエコが叫ばれ、地球環境を守っていくことが急務になっているのに、最大の悪弊である兵器などは、いつか世界から廃棄するべきだ。

 ということで、普天間基地は無条件で出て行ってもらうしかないと思う。日本が移設地を心配する必要があるのか。大体日米合意より何より、あの基地はアメリカが国際法を無視して日本人を追い出して、作った基地だと聞く。年間がまんできないくらい海兵隊による事件が日常化しているらしい。

 ジョン・レノンのイマジンノの世界をぼくは支持する。世界の人たちがみんな国境もなく、握手する日がいつか来ることを。  

2010年1月24日 (日)

OM九条の会で舞鶴軍事施設見学バスツアー参加

001  今日はOM九条の会主催で、京都北端の舞鶴に、100年の歴史をもつ軍事施設見学と観光のツアーに参加した。

 朝集合時間は堺筋本町に8時20分ということで、朝は5時半に起きた。

 総勢32人、阪神バスの運転手、ガイドつきで運行した。

 行程は予想外に天気がよく、途中雪が積もっているところもまったくなく、順調につきそうだった、西舞鶴駅で待ち合わせた現地平和委員会の橋本さんにとっては予想よる30分ほど遅かった。

 最初見晴らしのよい五老ヶ岳展望台は行くことはいったが、予約しているクルージング船の乗船時間がせまっていて、すぐし下に下りる。

 舞鶴という名の由来は、西と東に伸びた湾の姿が鶴が舞っている姿に似ていることという。

 008 クルージングでは、舞鶴湾を一周したが、途中見た海上自衛隊のイージス艦は、生でみえ圧倒された。その船の価値は、1280億円というから驚きだ。

 一隻で老人医療対策が解決するような金額だ。

 それが4台あるいうことだからおどろく。

 平和委員会の橋本さんの解説は冷静に事実を話してくれる。

 それによると9.11事件以後、ここでは、テロ対策ということで、イージス艦が一隻増え、なかなか地元で認められなかったヘリコプターの基地ができたことなど

 法律が変わる前に環境はすでに先に進んでいるという。

 もし憲法9条が改悪されたら、日本はアメリカのペースで外国に戦争のために出て行くことはたやすくなる。

 新政権は事業仕分けを公開したが、こういった軍事的費用への作業をしたのか問いてみたい。

 011 ところで、自衛隊幹部は、そのイージス艦一台でどんな外国の海軍であっても勝てる力があるという。

 とにかく360℃高性能のレーダーで、キャッチ可能で、すぐミサイル攻撃が可能という。 

 ここだけ見ると「日本は平和で安心」とは言い切れないものを感じる。

 それに敗戦後すぐここで浮島丸という朝鮮人の母国への帰国船がここで原因不明で沈没し、300人以上の人たちが海に消えたという話がある。

 毎年慰霊祭があるそうだが、政府もいままで原因究明の作業もしていないし、慰霊祭へのメッセージもなかったという。ただ数年前から韓国からの参加者もいて、国際的になってきて、やっとメッセージが来ているという。

 舞鶴という街はまさに戦争とともに町を大きくされて、100年の歴史をもつところだ。

 クルージングを終え、昼食に向かう。012_2

 東舞鶴の中にある旅館「霞月」

 たしカニうまいという昇りがある。ちょっと遊びがある。

 老舗らしい料理が満足できた。

 最後は、「とれとれセンター」でみやげを物色。

 魚類とカニがこれでもかといわんばかりにならんでいる。ただ値段を見ると決して安いようには見えない。

 まあ黒豆大福と黒豆チョコを買って、今日の用事はすべて終了した。

014

2010年1月23日 (土)

ピースコンサート本番!

002  地域尼崎でのいくつか演奏グループが集まって第2回ピースコンサートが開かれた。

 自分が出るグループ「おやじーず」はとりというか最後の出演だったが、6曲を演奏した。

 今回の観客は、1グループが学生の結成ということもあって若い男女が10人以上来ているではないか。

 ただ後ろの席は中高年の知り合いの客が陣取っている。

 実際午後3時から開始して、5時半まで休憩なしの上演だから結構観客もしんどいのではないかと思いつつ、とりの演奏をしていた

 まあ、それでもトラブルもなく、大きな失敗もなく終了した。

 終わってから当然打ち上げということになったあけだが、ちょっと移動してちょっとモダンな居酒屋○○(店の名前を忘れた)で、ひとしきり演奏の評価、そのたもろもろと話がはずんだ。

 今日演奏した曲

 夜明け前 ピートシーガー 詞・曲

 遠い世界に 西岡たかし 詞・曲

 親父からの手紙 掛 康孝 詞・曲

 林道人夫  詞・曲 藤原 和義

 野に咲く花のように

 あの素晴らしい愛をもう一度 詞 北山 修 曲 加藤和彦

2010年1月22日 (金)

電車通勤が2日続くと辛い

003  今日も夜職員三団体共済会の総会で酒がはいるので、電車通勤で行かざるを得ない。

 それで今日も真剣に登り階段の数か数えてみた。

 まずJR立花の登りをはじめて数えてみたが、51段あった。

 そしてJR海老江で地下鉄に乗り換えるため、降りて例の72段階段を一機に登る。

 これで合計121段。地下鉄桜川で降りてさらに地上に出るためk段を登るが、これが71段。192段になった。

 それから職場で4階まで登るが、これが48段ある。

 つまり、家から職場まで移動するのに250段登ったことになる。これはすごくないですか。

 たしかに自転車通勤は有酸素運動効果と爽快感は他に変えがたいが、電車で行かざるを得えない日でも決して運動不足にはならないということを確信した。

 仕事は自分のスkジュール表を見て驚くが、間がない。会議あり、面談ありで一日暮れる。

 001

 夕方から総会だが、道頓堀のかに道楽 網元へ行く。

 かにづくしの料理が続く。

 酒が入って、話が弾む。

 楽しい酒盛りはいいものだ。

 終わりはすでに9時になっていた。

 千鳥足で電車に乗り、家に向かう。

明日はいよいよライブコンサートだ。

2010年1月21日 (木)

とくに書くことはないが

001_2  今日はまた夕方から新春のつどいの集まりがあり、酒がはいるので、電車通勤だ。

 JRから地下鉄で移動するが、またJR海老江駅で72段の階段を一機に上がる。

 今日は一人、前を登る人がいて、追い抜いていったためか、あっという間に72段を過ぎてしまった。

 この階段をしんどいと考えるか、訓練と考えるか、物は考えようだ。

 昼の休憩時間は外食で出かけるが、ときどきロードバイクを見かけるのだが、最近のものはスローピング仕様が多く、マウンテンバイクと違いがわかりにくくなった。

 もともとはダイヤモンドフレームというか、トップチューブが地面と平行で、それにクロモリ(鉄)材質なので、チューブが細い。

 今見るとスマートでかっこいいのだ。

 ビアンキを購入する前は、拾ってきた古いロードバイクの色をオレンジに焼付け塗装し、部品もリニューアルしたブリジストンのフレームを使っていた。

 どんどんロードバイクは進化しているが、ちょっと懐古的に最近なってくる。

 どちらにしても自転車に毎日乗ることはいいことだ。

 どんどん筋肉と、心肺と、バランス感覚を鍛えていこう。

2010年1月20日 (水)

歌島交差点は今日も工事中

003  今日はノーマイカーデーであり、職場ではノー残業デーだ。

 道路上では、自分自身やや懐疑的なったことを反省しないといけないが、2号線から本当に空いていた。

 これは水曜日だからなのでか、それとも正真正銘のノーマーカーデーのキャンペーンがいきたのか、わからないが、空いていることはいいことだ。

 ところで途中通過する歌島交差点は、今日大きな変化はなく、南東の四つ角には土が盛られたぐらだ。

 いったいここの工事はいくらの予算で実施しているのか。聞きたいぐらいだ。それより早く自転車専用道路を作れ!といいたい。だいたいこの交差点の工事自体、歩行者無視というか、わざわざ道路の下の地下を作り(降りたことはないが)、人も自転車も地下道を通らないと横断できない。かなり大工事だ。

 道路は車だけのものなのか、人間疎外もはなはだしい。

 今日は朝は5℃でそんなに変化は感じなかったが、帰りは、イヤーサポーターが暑くて脱いだ。そうすると気持ちよくなり、足がよく回る。

 002 ところで後ろからかなりずっと誰かがついてくる。尼崎産業道路信号で左折車の通りすぎるので徐行しているすきに右に出て先に行かれた。

 よく朝見かけてたマウンテン系にのる若者だ。ただちょっといやらしい。かなり意識しているようだ。次の信号でまた追い抜いた。

 しかし引き離そうといつもの力以上に走ったので、喉がからからだ。歳をときどき忘れている。

 立花について、まずコープに買い物に行ったが、そのあとナンバサイクルによる。

 ちょうど息子さんが紹介したい人がいるというので、入ったが、Tさんという自転車通勤を2年ほど続けている人がいて、ぼくのことをよく話してくれているらしい。

 「なんばまではすごいですよね」と驚かれるが、自分としてはそんなだいそれたこととは思っていない。

 「もっとすごいやつが通勤仲間で何人かいるし」と喧騒する。

 まあ鼻高くなってもしかたがない。

 たかが通勤、されど通勤という感じだ。

 しかし心の中では鼻高々に家にかえる。

 ビアンキも喜んでいるようだ。

2010年1月19日 (火)

they have no manners on the road

001  今日はまたまた体調が後退している。

 朝は少し寒さが和らぐという予報であったが、体感的には昨日とあまり変わらないように思う。

 ただ2週間前のあの寒さほどではない。道路温度表示は4℃になっている。

 今日はまた家を出るのが遅れたんだが、職場には8時48分に着いた。どうなっているんだろう。

 歌島交差点を一機に通過できたことも影響しているかもしれない。

 ところで、いつも通るその歌島交差点はいまも工事が終わっていないが、それにしても交差点の四つ角の歩道工事など一日で終わってしまいそうなものだが、年末から何も変わっていない。

 いったいどこのゼネコンがかかわっているのだろう。ちょっと疑惑ありだ。

 帰りはたしかに暖かい。

 それにしても行きも帰りも信号無視の自転車、逆走の自転車、対向右折でこちらの進行を妨げる、危険を感じる車 などなど交通マナーは最悪だ。

 ただ自転車運転で有利なことはそんなノーマナーの人たちにジカに注意できることだ。

 車からだとクラクションしかない。これもまた疎外感を感じるだけだ。

 002

 夜は、22日出演するピースコンサートのための練習だ。今回は1人出演できなくて、2人の出演となる。

 6曲もあるが、自分のピアノ伴奏の不十分な部分を確認できた。

 新しい発想も出た。妻が横にいてあたらうるさい。

 まあそれでも1時間やって、終わってからサントリープレミアムビールで乾杯した。

終わって力が抜ける。

2010年1月18日 (月)

ちょっと寒さがゆるんだか

001  今日は週初め。先週の厳しい寒さを頭に入れつつ、同じ防寒スタイルで朝出発する。

 体はすぐぬくもってきた。ただグローブの指先はやはり少し痛い。

 2号線に入って、少し遅れて家を出たあせりを感じつつ、それでも決して慌てず同じペースで走っていたが、ときどき見かける薄いダウンの野球帽男性がいた。

 自転車を一般車からスポーツタイプに変えたのはいつか見た記憶があるのだが、今日あらためて彼と乗っている自転車を見てみると、なんとビアンキのクロスバイクではないか。 

 ちょっとぼくを意識したのか、な~んて思ってしまった。

 道路温度は稲川橋で1℃、次の表示器が2℃だった。

 それにしても0℃から1から2℃高いだけで暖かく感じるから不思議だ。体が慣れてくるのだろうか

 歌島交差点を過ぎて2つ目の信号でとまっていたが、後ろからメッセンジャー・サッシーくんがやってきた。彼はすでに顔に汗をかいている。

 今日は調子がよかったので、前を引いて少し自分的にはスピードをアップした。

 しかし仲間に会うのはうれしい。

 職場には、思ったより早く到着できた。

 仕事はそれなりに忙しく、目まぐるしく時間が過ぎた。 

 帰りは5時半を過ぎたが、だんだん日が落ちるが遅くなるのが体験できる。ラッキーにも追い風だ。

 体が絶好調になったような気がする。気がするだけだが。

 途中2男から携帯に電話が入り、夕食を作ってくれるという。帰りに通販で申しこんだ自転車部品の料金の支払いで郵便局のATMに行きたかったので、助かった。

 002

 それで帰りも時間を気にすることなく、ひたすら楽しみながら走れた。

 まもなく家の近所の南武庫之荘郵便局に到着。タイムリミットは午後7時。カードで振り込むと、振込み料は無料だ。

 郵便局は便利だということを最近感じている。

 処理を終え、安心して家に帰る。

 食あたりの後遺症からなんとか抜け出したと自分で納得し、

夕食ではプレミアムモルツを飲んだ。一日で一番幸せや時間だ。

2010年1月17日 (日)

阪神淡路大震災15年 ピースコンサートむけて一人練習 

004  今日は震災15周年の日だ。

 テレビでは、朝から数多くの番組が組まれていた。昨日も夜「神戸新聞7日間の記録」というドラマが圧巻だった。

 ぼくは以前その記録を本にしたものを読んでいたので、あらためて記憶を辿ったが、新聞関係者のこだわりと心意気を見た。 

 京都新聞の協力で、震災当日から新聞を発行するためにこだわった。 

 新聞の有りようを見た。

 人間困難になればなるほど悲しみは深く、辛いがそこから立ち上がろうすることがこの震災に関してもあったのだろう。

 そうう自分も尼崎にいて、程度は神戸と違うが、子どもの小学校が使えなくなったり、しばらくライフラインが途絶えたりした。

 この体験を忘れてはならない。今日もハイチ共和国で大変な被害が発生している。

 そんなことを考える一日だった。

 ところで、今度の土曜日にピースコンサートがあり、「おやじーず」で6曲ほど歌うので、地下収納庫で一人練習に励んだ。ただ嫌いなことではないので、時間があっという間に過ぎてしまう。

 002

 妻はリビングで仕事をしていたが、考えていたオーブントトースターとコーヒーミルを購入するため、歩いて5分のところにある量販店「コジマ」に行った。

 両方買って7,000円ぐらいだった。

 帰りは5時を過ぎていたが、日が降りる時間になってきた。

 夜もNHKで震災メカニズムを解く特別番組をやっていて今それを見ている。

 新しい説を知った。やはり時間が過ぎればますます真実が解明されてくるに違いない。

 鎮魂の一日だ。

2010年1月16日 (土)

仕事中突然腐りかけのお茶を飲んでしまった

001 一昨日の朝は、自転車通勤したが、夜は懇談会あって、電車で帰った。

 翌日仕事中その前の日から入れたままになっていた水筒のお茶を自分の電話がなった拍子に、条件反射というか、手がいって蓋を開け、中身を飲んでしまった。

 すっぱく、苦い感覚だったが、飲んでしまって気がつくしまつだ。

 最初はたいしたことはないと思っていたが、夕方になるにしたがい、寒気もしてきた。

今日が理事会と新年会なので、その準備で帰りが少し遅くなったが、体調不良のまま自転車にまたがった。

 昨日から手袋をスキー用インナー付きに換えていたので、手は温いが、いつも体調が走りながら回復するようにはならない。

 コープでの買い物はなんとか済ませ、家に帰ったが、寒気がなおらない。

 体温計で計ってみると38℃ではないか? 「やばい」

 それで妻に布団を引いてもらいまだ午後9時だが、自転車ウェアのまま布団に入った。

 寒気がしばらく引かなかった。

 朝は9時までぐっすり寝てしまった。体温をはかえると目が覚めたときは37.7℃、しばらくして36.3℃まで下がった。

 なんとか仕事に行った。

 それは午後からだが、理事会と新年会があった。002

 まあとにかく新年会まで無事終了した。

 まあしかし体力的には、昨日12時間寝たこともあって、回復が早い。

 これも自転車通勤のおかげかと思ったりする。

2010年1月14日 (木)

ついに気温は0℃を記録 それでも自転車通勤です

001  今日は昨日と同じくらいか、それ以上に寒い気がした。

 昨日と変えた防寒は、グローブをスキー用に

変えたことだ。

 それでも2号線にはいる手前から結構きつい。痛い。 

 それでも体は暑い。

 ただ今日は歌島交差点でロードバイカーを一人見た。それにしてもその前の稲川橋手前温度表示は、0度だ。 

 ついに℃の最低を体験した。

 大阪入り、歩道側の水たまりを見ると凍結している。ちょっと感動というかうれしい。

 子どもの時の記憶がよみがえる。

 0℃だって走れますよ。とかいいたい感じだ。

 しかし、野田阪神手前信号でメッセンジャー・サッシーくんに今年はじめて会えた。ちょっとうれしい。やっぱりかけがえのない仲間になってきた。

 彼さえも、走りはじめ30分は手の感覚がないくらい冷たいといっていた。同感だ。

 みんな一緒なんだと納得する。

 そのあとは信号のタイミングが以前と変わったせいで、一機に土佐堀をこえ、阿波座信号までつっぱしった。

 仕事は自分が運営する会議の準備と本番だ。

 5時から理事長と管理職との懇談。酒が入って結局帰宅は自転車を職場に置いて、電車で帰ることになった。

 帰り道は、ICレコーダーを聞きながらいい気分で帰る。

2010年1月13日 (水)

道路温度はついに1℃ ロードバイクは一人も見かけない

002  今日は昨日より5℃は温度が低くなると聞いていた。

 朝出発してしばらくすると、手の指が寒さで痛みを感じてきた。

 それからはただ走るしかない。まもなく稲川橋温度表示が見えてきた。

 なんと1℃で下の注意に凍結注意と出ている。

 ついにこの温度を体験した。

 そのあとはだんだん日も出てきて体も温まってきた。

 それで、防寒についてどうしているか、公開したい。

 まず温度が1℃前後になってくると、辛いのは、足の指と手の指だ。003 それで使い捨てカイロで足用しかも足の指の上に張るものがいい。

 これは走っているとき、足の芯からぬくもってくる。ただし時間制限があって3時間ぐらいか。

 ただ職場で革靴に履き替えても張ったままにしている。

 この対策は、ぼくにとっては定番でもう何年もこの時期に使っている。

それから、手は冬用グローブで耐えているのだが、以前マイナス1℃を体験したときはさすがにグローブの中に軍手を履いた。

 それから他には、耳だろう。004

 それですでに今日から使い始めたが、耳あてサポーターがすぐれものだ。

 やはり体の各先端が寒さの影響を一番にうけるということだろう。

 ところで、普通よくレーサーパンツは、下になにもつけず、じかに履くものというが、この季節、インナーパンツをはき、インナータイツを履き、その上からレーサータイツを履いている。

上半身はというと、インナーの長袖に、レーサーウェアを上から着て、その上にセーターを着て、その上からレーサー防寒ジャケットを着ている。

 これはまさにサイボーク的だ。

 それでもこれでどんな寒さも耐えていけるだろう。 

 ある意味冬は、防寒対策の知恵比べかもしれない。

 ただ電車通勤での移動の寒さに比べると、体が温まる分いいかもしれない。

 明日もこのスタイルでいけるだろう。

 

2010年1月12日 (火)

電車通勤での階段段数は?

002  スキー旅行のおみやげは、デイパックに積むには、許容量をこえていることもあって、今日の通勤は電車で行くことにした。

 その手段を利用して、いったい通勤時、どれだけの階段数を登っているのか、確かめてみたくなった。

 まず、JR立花に着いて、登る階段は30段(実は数えていない)として、東西線でいつも書いている海老江駅も72階段を登り、地下鉄千日前線、野田阪神駅に入る。

 下りはいいとして、そこから電車に乗り、桜川駅で降りる。

 そこから地上に上がるまで、段数を数えてみたが、71段。意外だった。

 そこからは地上を300歩いて職場に着く。

 ということは行きでは登る階段数累計は、173段だ。これはばかにできないよ。

 自転車通勤はもちろん心肺機能を含め、一定の運動になるが、電車通勤であっても、すべてエレベーターか、エスカレーターを使った場合とは雲泥の差だろう。

 帰りは、地下鉄桜川に入るときから下り階段が多い。ただ野田阪神駅についてまず登り階段は30段。JR海老江では降るのみ。

 JR立花に着いて、やっと登りでまた31段。

 だから帰りは、61段だが、それでも足の運動にはなるだろう。

 都会を電車で通勤するのであれば、ウォーキングやランニングに敢えて挑戦しなくても、週間的に体を動かしている。

 これはばかにできない。

 さらに毎日カー通勤している人からはかなりの運動量の開きになる。

 週間というのは恐ろしいのだ。

 今回僕はスキー旅行で3日間滑ってみて、本当に疲れを感じなかったし、2日後の今日も筋肉痛はない。

 ただむしろ自転車通勤を連続でウィークデーで続けている場合、太ももの筋肉の張りがおこるが、さらにメッセンジャーサッシーに聞いたところによると、1日100km以上仕事で自転車に乗り、通勤も40kmぐらいか、走っているのに筋肉痛はおこらないという。

 やはり毎日の習慣というものに勝るものはない。

 健康はやはり習慣の中でのスポーツ的動きが担っているとぼくは確信した。

2010年1月11日 (月)

スキー旅行翌日 ピースライブコンサートに気持ちを切り替える

004  2泊3日の北海道スキー旅行から帰り、今日の休日は本当に助かる。

 ホテルなどでの体験をいいが、やはり家に帰るとホッとするぞ。

 午前中はゆっくりしていたが、NHKの番組で「あしたをつかめ医療スペシャル」は感動した。

 済生会熊本病院に勤務する若手女性医師、看護師と男性看護師の姿をおった内容だが、それぞれの今の仕事に達した動機がいいし、今の真剣な仕事ぶりがいい。

貰い泣きジャジャブリだ。

 午後からは、ネットで買い物のためサイトを探す。最初は化粧品。それは検索成功。あとランドナーサイトで京都のメーカー「グランボア」の通販サイトを発見。前から手に入れようと思っていたブレーキレバー、タイヤカバーなど会員登録をし、次々に申し込んだ。

 それにしてもランドナーでも老舗の商品は100万円を超えるものが掲載されているから驚いた。

 夜は1月23日(土)に開催するPEACE LIVE出演ための「おやじーず」の練習をする。4つのグループが入れ替わり出演するが、ぼくのグループは一番連年齢が高い。

 いつも練習は自分の家にリビングでおこなう。

 6曲の練習を1時間でやった。

 006

 練習をすまして、このブログの更新をすることが残っているのだが、まずビールで気持ちを落ち着かせる。

 とくに気にいっているエビス超長期j熟成を飲む。

 「これはうまい!」

 これを飲むと発泡酒は不味く感じて飲めない。

 まあしかしなんとかピースコンサートの出演曲目を決め、形ができた。

 今日からが本当の今年のスタートかもしれない。

2010年1月10日 (日)

2泊3日 スキー三昧 北海道キロロにて

001  毎年恒例になっているが、この時期職場の旅行で北海道キロロスキー場に2泊3日で行っていた。

 それでせっかく買ったモバイクパソコン、WINDOWS7 モバイルを持っていったのだが、残念ながら宿泊ホテル、マウンテンには、部屋にランケーブルがなかった。

 それで、この2日間は、ブログ更新ができなかったのだ。

 スキー暦は本格的に自転車に乗り出したのと同時だが、そもそもマウンテンバイクのダウンヒルの練習にスキーが有効という話も本で読んで続けてきたこともある。

 しかし、スキーはそのものの魅力もあって、技術的上達の面白さの魅了もある。それにゲレンデスキーの場合は、坂の角度がきびしくなればなるほどスキルが試されるし、スリルもある。

 1月8日は、朝7時50分大阪伊丹空港集合。今回本音では旅行にあまり気が進んでいなかったのだが、集合場所の横のパイロット記念写真の顔に入ったりしてしまった。

 気が進まないわりには、準備はスムーズにできたからふしぎだ。

 8時半出発のANN便で新千歳空港に向かう。

 全日空便の印象はいい。客室アテンダーの雰囲気は日航にくらべて仕事にリラックスしているようにみえる。

 021

 現地について

 1日目は、とにかく3時を過ぎてもゲレンデに向かった。結構吹雪いていた。

 頂上からゴールまでは3kmgらいあるらしい。

 結構急坂もあるが、1年ぶりのスキーはすぐに思い出せたし、さらにコツもつかめてきたように思う。

 2時間あまりのシプールを終え、風呂に入り、宴会となる。

 部屋に帰って、酒のいきおいで激論と言いたい放題でストレス発散。

 これがよかった。

 2日目は、朝9時からびっちり午後4時まで滑りっぱなしだ。ただほとんど疲れないから自信になった。こんなところに自転車通勤の効果があるのではないかとうれしくなる。

 それはバランス感覚と筋肉力と心肺機能の成長だろう。まあ自己流の認識だが、そう思う。

 北海道の1月の雪はパウダースノーというが、その通りでさらさらだ。

025  3日目はアクシデントがあり、一人転倒で、上腕骨ヒビの事故があった。

 まあしかし骨折ではなく、なんとかみんなで一緒に帰阪できたことは幸いだ。

 一緒付き添った救護センターの女性担当者は、きれいな方で患者のBくんもそのことは気に入ったようだ。

 まあしかしスキーというスポーツは自転車以上に危険もともなうことを肝に銘じる必要がある。

 ただ今回自分としてはまったく倒れそうな場面はなかった。

 さらにスキー技術も身のつけたいと思ってしまった。

 風呂でメキシコ青年とばったり会って思わず会話交流してしまった。ここのゲレンデにも白人、アジア系外国人、インド人と国際的でもある。

 3日間体験して思った。

 北海道はいい。

 スキーは楽しい。

 スポーツは最高!

2010年1月 7日 (木)

仕事2日目 朝の道路は2℃だった!

001  朝2号線に入ると、また黄緑ヤッケのロードバイカーが前にいた。

 しかし結構早いスピードで走っている。

 それにしても家を出たあとは、昨日にまして手の指が痛い。寒さが強まっているようだ。

 思ったとおり道路温度表示がこの冬最低の2℃をさしていた。

 「むむ、2℃の体感はこんな感じか」という感じで、ちょっと道の空間にはいったような気がする。

 それでも走るほどだんだん寒さは消えていく。

 まだ仕事はじめから2日目だ。

 今日も研修指導で1日費やした。

 今日の帰りはなぜか寒さを感じない。明日からスキー旅行だということもあって、気分は上々だ。

 家に帰るまでよるべき課題は、お金をおろしておくことと、ストックが切れた使い捨てカイロの購入だ。

002  また家までのリートを冷静に考えながら、JR立花から名神高速高架下のドラッグストアを発見。入ってみると、食料から酒も売っている。おかげでビールもここで買えた。

 夕食は2男が作ってくれることになったのでラッキーだった。

 2010年を感慨をもって迎えたが、すでに7日が経ってしまった。時間に経つのは早い。

 しかし明日から3日間は北海道でスキーに邁進する。

2010年1月 6日 (水)

年初めは自転車通勤にかぎる

001  今日からいよいよ仕事始め。休みが残り少なくなると寂しい感じもしていたが、今日は覚悟を決めて起きる。

 ただ携帯のアラームがなぜか30分早く設定していたため、いつもよりその分早く起きてしまった。

 いつものようにトイレに直行し、出てきて時計を見てきずいた。

「あれ、まだ6時20分?」

 しかし今さらまた布団に入るわけにもいかない。そのまま洗面所に向かった。 

 ちょっと余裕ができていいかもという感じだ。

 余裕をもって朝の仕度をしたことで、結局家を出たのはいつもと同じ7時50分ごろだった。

 2号線は普通より車が少ないように感じる。寒さは覚悟はしていたが、温度表示では3℃だたので、大したこともない。

 歌島交差点を過ぎたあたりから、いつも最近会うロードバイカー2人が先に出た。

 かまうことなくゆっくり走る。

 ただヤッケ風のひとりは、土佐堀の先の下りで抜いてしまった。 

 朝空気入れで前6気圧、後7気圧に設定したし、新しいタイヤで間がないので、心地よい地面からのリアクションがいい。

 職場についてだれかれとなくお互い「おめでとうございます」と新年の挨拶に忙しいが、この時期の風習としてはいいものだ。

 仕事は今日から入局の電話パートの方につきっきりでレクチャーで明け暮れる。

 あっという間に夕方5時を過ぎ、自分の通常業務は残してしまったが、5時20分にはかえり支度をする。

 夕方のゴミ出しをかってでて、外に運び出したが、そのときの寒いこと。風も吹いている。

 一瞬自転車で帰ることを躊躇した。

 しかし愛車ビアンキを職場に残して帰るのは不安だ。 

 勇気を出して? 大げさか? で着替えて外に出る。

 走るにつれて、気持ちがハイになってくるから不思議だ。「今日を夕食は、やきそばでいこう!」と突然思いつく。毎日帰ってからのメニューを帰りも走行時に考えていることが多い。それでいろんなものがひらめく。

 ゲーテだったか、散歩中にいろんなことがひらめくというのと同じか。

 それと昨日イタリアの3男に服を送ったついでに家中の使い捨てカイロをいっしょに箱に入れてしまって、わが家にはなにもなくなってしまったことを思い出し、帰りにどこか売っている店を通らないかずっと考えていた。

 結局近くのオージースーパーで焼きそばを買うついでに使い捨てカイロも買った。ただ靴に入れるタイプのものはなかった。

 003

 家に帰るとぼくが一番。いそいで夕食の仕度と風呂の用意とうがいと手洗いをこなす。

 妻が帰ってきて、その発案でやきそばは、塩味とソース味の二段階で作る。

 エビスビールが1本冷蔵庫に残っていて、ひさしぶりの仕事と自転車通勤でのどが渇いていたためか、その味はなんともいえない。

 焼きそばもこの寒さのあとには、鉄板の温まる感触がいい。

 ちんみに買ってきた焼きそば麺は4袋100円という安さだった。

 

2010年1月 5日 (火)

休み最終日 髪を切る

017_2  とうとう休みも今日が最終日だ。

 イタリアの3男に荷物を送ることが一番の仕事だ。

 2男が昨日神戸ユニクロでヒートテックという優れもののTシャツを探してくれたが、売り切れということで、僕が尼崎の同店に行ってみた。

 しかしここでも完売だという。

 すごい人気らしい。しかたがないので別物を買い、家に帰って他の郵送物といっしゃに箱の入れて梱包した。

イタリアも今寒いらしいのだ。EMSという郵便局の海外航空便を使ったが、10,800円もかかった。

 それで昼になってしまったが、冷凍カレールーを解凍して食べた。

 午後はゆっくり本を読み出したが、すぐ居眠りしてしまった。目が覚めてピアノに向かう。デスペラード(イージーズ「ならずもの」)にこだわり弾き語りを練習しているが、ちょっとうまくいった。

 気をよくして夕食などの準備を早くする気になり、動き出す。

 お風呂の掃除をしていると誤ってドアを中まで開きすぎて、照明のプラスチック枠を割ってしまった。ただ前から掛けていたのだが。なにせ15年使っているので、素材は劣化している。

 それで夕方から買い物するついでにコープからコジマに行った。

 似た商品がデスプレイされていて、店の研修生の人に問い合わせる。結局サイズが若干違うことがわかり、家の型番を調べ連絡し調べてもらうことになった。

 今やIT商品主流の量販店だが、マイナーな仕事を依頼した。

 だが、それをいかに親切にやってもらえるか、消費者の自分からすると、それが評価の境目だ。

 その後夕食作りの前に風呂に入り、髪を切った。まさに神業。

 そんなこんなで最後の日は残り少なくなっていく。

 まあ今回に年末年始休みは、アクティブに過ごした方だろう。

 休みボケはない。体調も万全だ。ただ休みが終わるのが辛い。

2010年1月 4日 (月)

今年はアクティブに! 鉄人28号のある新長田まで往復

001  今日は何も約束のない日だ。

 それで昨日の登山に続き、ツーリングを思いつく。神戸、JR新長田にできた鉄人28号を拝みにいくことだ。

 朝、9時15分ごろ家を出る。めざすは新長田。地図で見ると自宅から距離28kmぐらいと見た。

 しかし神戸方面にはめったにいかないので少し不安もあった。去年か一昨年、JR三宮駅近くのJTBにチケットの申し込みに行ったのと、再度山コースでヒルクライムに挑戦して以来だ。

 ただ、須磨までは行った記憶はある。

 国道2号線をひたすら西に進む。西宮、芦屋、東灘、灘と通りすぎ、いよいよ中央区か。ただ国道43号線に合流するあたりから別れ道が多い。知らないまま中央斜線に入っていたりした。ハーバーランドを過ぎたところから道は一つしかない。

 まあ今日はまだ車の数が少ない。 

 JR神戸を過ぎ、兵庫にはいったあたりから回りが長田と書いてある。ここで止まって地図を見ようとすると、地図がない。落としたかもしれない。

 しかたがないので、すこし流し、歩道を自転車で走っている奥さんに思い切って聞いてみた。

 「次の信号を右にまがって、うどん屋を左です」と言われ、なんとなくその方向に走ってみる。

 するとJR新長田駅が見えてきた。接近したが目的物がない。

 ひとりのおじさんに聞いてみた。

 「この裏やわ」と言われ、次の通りを進む。

 005 006 007  

 あった!そこに立っていた!

 自分自身物好きだなとか、思いつつ来てみたが、なんのその沢山の大人が子どもも含めてここにやってきて、写真をとったり、中にはおばさんが28号と同じポーズをして写真を撮ったりしている。

 ぼくもその格好がしたかった。

 けど知らない人にその格好でポーズをとる写真撮影をお願いする勇気はなかった。

 到着は、11時ちょうどか。

 立ち止まっているとさすがに寒い。

 補給食のチョコレートを食べて、商店街を歩き、43号線に出た。

 まあ目的h果たしたし、こっち方面の道路のコースは頭に入れた。

 帰りは信号の前にローダーが二人いた。

 が、彼らの方がスピードが早いようで、ついていくのはやめることにした。

 正直昨日の登山の筋肉疲労がいまごろ影響している。ひとりで走るのは孤独なものだ。

 それに帰りは向かい風が多い。 

 しかし途中からハイな気分になってきた。日も差してきた。

 東灘を過ぎたあたりで正午。出勤している会社員らしい人たちが昼食で出かける様子がわかる。

 ただ、今回のコースは遠いなあという感覚はない。

 しかし思ったより調子がいいというでもない。平均28kmぐらいのペースだろう。

 往復56km。なんとか1時前に家に到着。

 家に帰ってからは、まずシャワーを浴び、昼食に焼き飯を作ってたべ、徹子の部屋で吉永小百合と笑福亭鶴瓶の話を聞いた。

 昼食であまりものの「おトソ」を飲みすぎていい気分になっていたが、吉永小百合さん、山田洋次さん、三国連太郎さんをこよなく尊い存在に感じ、彼らがスクリーン、テレビ画面で存在していることがこよなくうれしいと感傷的になってしまった。

 そのあとひたすら5時まで居眠りを含め、3日間の新聞に目を通し、ZUZIEくんにもらった(貰ったもか、借りたのか)本「嗚呼 愛しき自転車乗り」(ドロンジョーヌ恩田著)を最後まで読んだ。自転車乗りの心情をこまかいところまでよく書けている。足の除毛はどこまで剃っているかという部分は、女性が書いていて、自分のことではないのに面白い。ボディービルダーに聞いたとある。そうするとパンツぎりぎりまで剃るのが正しいらしいと書いている。

 その他もおもしろおかしく書いてあるが、めずらしい本だ。

 まあしかし今年はアクティブに体力の限界をあまり気にせず、挑戦してみたい。

 問題はヒルクライムだろう。

2010年1月 3日 (日)

2010年初歩き本番 いざ菊水山へ

002  新年も3日目になった。

 まえから予定していた少年団父母会の「あの焚き火と豚汁が忘れられず」というテーマで企画で実施した。

 テーマの通り、Uさんご夫婦で豚汁の具と汁をリュックに入れてもってきてもらった。

 ぼくは、大きめの鍋とガソリンコンロをもってきた。

 めざすは、六甲菊水山から烏原貯水池。

 阪急「武庫之荘」から普通電車で三宮へ。乗り換え「新開地」でさらに乗り換え。神戸電鉄で「鈴蘭台」駅で降りる。 

 ここから菊水山をめざす。表から六甲縦走路を北に進むのと難度はだいぶ低いだろう。

 ゆるい山道を登る。1時間以内に山頂に着いた。Uさんはずっとラジオで大学駅伝の行方を気にしている。

 登山者の中には、軽装で登ってくる人、知的障害のある息子の手を引いて登ってくるおとうさんなど様々なグループが歩いている。 

 まもなく山頂に着き、展望台から下界の望む。およそ360度のすべてが目に入ってくる。とくに明石海峡大橋がみごとだ。

 ここから南に急勾配を降る。

 まあゆっくり降っていけば危険はない。

003  烏原貯水池で昼食という予定だが、焚き火も目的なので、降っている最中、シングル道ぞいで枝を捜し、もてるだけ手に持つ。

 それなりに4人が集めると結構な量になった。

 今日はグループでの山歩きで、ゆっくりしたペースをキープしていたので、自分自身は疲れはまったくない。

 今日はなぜか森の小鳥が挨拶してくれているように、ぼくたちの周りを飛びまわった。

 それに見たのは初めてだが、なんとかゲラという名前と思うが、さかんに木をつついている姿をこの目で見ることができた。 

 そこを過ぎてもいつまでも「コン、コン、コン」と木をつつく音が聞こえた。

 山頂からどれぐらい経っただろうか。烏原にやってきた。

 定番の川原は誰もいない。 

 すぐに豚汁料理の用意。ぼくはポンピンブしてからコンロにマッチで火を点ける。

 007

 およそ10分ほどで鍋は沸騰して豚肉や野菜を入れる。

 まったくアウトドア料理そのものだ。

 最後に味噌を入れ完成。ただ10人分ぐらいの量を持ってきているので全部入れたが、各自3人分を処理しないといけない。

 まさに3杯づつ食べた。

 ところで、その横では、これも定番も焚き火を起こす。

005 006_2

 まるで少年時代にもどったようにときめいた。

 豚汁よし、焚き火よし(ただ煙たかった)であとは温泉が残っている。

 出したものをすべて片付け、焚き火を処理し烏原貯水池を歩く。

 満々と水をたたえる姿に魅了される。

 かもなど渡り鳥がかなり沢山生息している。

 そこから30分ほど歩いて湊山温泉がある。全浴槽掛け流しという正真正銘の源泉だ。

 地元のお年寄りが多い。中には刺青のおじさんもいる。

 有馬のようなネームバリューがないのが逆のぼくたちにとっては穴場だ。

 風呂から上がってビール中グラス(250円)を飲む。何回も体験すると感動は薄らぐのだが、ほっとすることは間違いない。あとからそのことを感じる時もある。

 ひといきり休憩して、いよいよ帰路に向かう。

 ちょうど平野交差点近くのバス停にバスが来ていて、間一髪乗車できた。

 三宮に向かうが、あすがに今日は神戸の町は人が多い。

 三宮からは阪急の普通電車で武庫之荘に移動した。

 004 新年1月3日が過ぎていく。ふしぎと大晦日下見したときの右足ひざの痛みはきえていた。

2010年1月 2日 (土)

兄貴夫婦がやってきた 長男も彼女を連れてやってきた

007  2010年も一日が過ぎた。

 あと364日を今年も過ごす。

 今日は、兄夫婦がやってきた。それに自分の長男と彼女も来てもらった。

 昼食を一緒に食べ、お互いの近況と今興味をもっていることに話ははずんだ。

 兄は60歳定年を過ぎて、中高年もトライできる大阪市立大学の大学院修士課程に合格し、毎日学び、研究にいそしんでいる。

年配の人でその年から語学を学び、講師になってしまった人や、この前テレビ番組では、5世代家族の長老の曾祖母さんが104歳で、あまりにに元気で、話す言葉が明晰なのに驚いたことなど話した。

 中国、朝鮮の歴史の見方も長男交えて熱が入った。兄嫁は自分で着付けして着物で来た。それを見てほしかったという。

 それぞれ元気なのが何よりだが、親族のきずなというものも大事なことなのかもしれない。

 ところで、兄貴たちが来る前に、ローラー台にトライした。トライというのは大げさだが、なにせ一週間以上本格的にロードバイクに乗っていない。

 ケイデンス80で30分を目指したが、なぜかペダルが重い。ケイデンス70を出すのが精一杯だ。

 それだけ足が弱ったのかと、ちょっとあせったが、ローダー台のレベルをおもいきり左に回すとまだ余地があって、軽くなった。

 「なんや。それだけのことか」と安心したが、それでも30分はきつい。

 10分たって汗がしたたってくる。1分の経過が長い。

 しかしなんとか30分踏み続けた。

 ただダメージが大きい。だるい疲れが夜まで残っている。

001

 まあ、しかしローラー台を続けるぞ!という感じだ。

 まだまだ人生半ばと捉えよう。

 昼の缶ビールとチリワインがちょっと堪えた。

 夜はBS2でビートルス特集に集中しよう。

2010年1月 1日 (金)

2010年がはじまりました。新年明けましておめでとうございます

002  2009年暮れゆく時間は紅白歌合戦を見て過ごした。

 綾香の「みんな空の下」が一番よかった。最後の北島三郎の演歌は好きになれない。

 番組が終わるとともに、服をいつもより一枚余分にタイツ、セーターを着て、外に出る。例年繰り返しているように、同じマンションで少年団父母会OBのTさん、Yさんと待ち合わせし、地域の須佐農神社に初詣に行く。

 移動の途中で除夜の鐘がなったような気がした。

 すでに地域の人たちが50人ぐらい並んでいた。

 それにしてもこの日は冷える。

 子一時間でお参りをすませたが、自分の課題(英会話のスキルアップ、ピアノのスキルアップ、ローバイクの新しい挑戦)を誓って手を合わせた。

 お参りの後、このほうが本命だが、すぐ近所のおなじ少年団父母会Uさん宅で宴会となる。

 すでに12時20分になっている。

 8人で他愛のない話から政治の話までとめどなく会話が進み、笑いがおこる。

 この会は自分にとって捨て置けない。

 すでに3時を回って、やっとその会を後にし、寒空の中を家に帰る。

 

 あと、新年の朝を迎えたが、午前10時すぎまで爆睡した。

 しかし今日は何か一つのことはしたい。

 Photo 映画に行くか、鉄人28号を見に行くか、妻と相談して、となりの駅の西宮ガーデンズTOHOシネマで「釣りバカ日誌20」を見ることに決定し、ネットで予約した。

午後2時40分上演。新しいシートは快適だ。それにしてもたくさんの人が映画鑑賞に来ていて、予約番号でチケットを発行する機械にも列ができていた。

 ほどなくチケットを発行し、その間に妻が飲み物とお菓子を買ってもらって、シアター内に入る。今日はファーストデーとかで、すべて1000円らしい。

 釣りバカは今回が最後の映画ということで、内容も笑いあり、涙あり、寂しさありで涙が出てしまった。

 さすがに20年シリーズは出演者がみんな年をとったと感じる。とくに三国連太郎は、やつれた。

005  映画が終わりガーデンズを後にし、阪急電車の駅に移動したが、アプローチの歩道はイルミネーションがされていた。

 しかし一駅乗れば大映画館で映画が見れるというのは、やはり都会ならではのメリットかもしれない。それをあらためてありがたいと思う。

 それにしても1月は見たい映画が目白押しだ。

 「映画って本当にいいですね」とか何とか誰かが言っていたような気がするが、ジャンボポックコーンを食べながら、この長い休暇の中で映画を見れる幸せは実にいい。

 1月1日はあっと言う間に暮れていくが、映画を見て過ごせたのは充実感があったのだ。

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

最近のトラックバック

2013年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30