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2010年3月31日 (水)

帰りの自転車は追い風!気分は最高

011  やっぱり朝は今日もまだ寒い。

 昨日は電車通勤したせいで、1日空けただけでも自転車は新鮮だ。気楽だ。

 今日は信号のタイミングで、歌島橋交差点で止まった。

 またふと交差点内部に目をやると、角のガードレールは未だに上部がとがった刃物のようなのを使っている。これは実際、車道から飛ばされて、足を切断した人もいると聞いたことがある。

 なぜもっと安全に配慮したガードレールにしないのだろう。

 002 実際に道路を利用する角度から何事も作ってほしい。ブログの小さな意見だが、発信しておきたい。

 職場には、8時44分ごろ着いた。

 仕事はやることが多く、出勤するまではちょっと気が重かったんだが、なんとか目途をつけた。

 帰りは、ノー残業デーで、5時すぎに帰る準備をする。

 それにしても帰りは急に温度が上がったようで、寒さはまったくない。 

 それに風向きが「我に味方する」という感じで、ペダルが軽い。必然的に心も軽い。

 009

 稲川橋で停止し、元川だった遊歩道に目をやると桜がいよいよ開いてきている。

 まあ自転車通勤ならではの見物だ。

 そのあと繁華街手前の2号線ぞいの表示板は、「信号無視の事故多発」と警告していた。

 やっぱり信号無視で事故が実際おこっているのだ。

もっと強烈に警告してほしい。

007

 「たとえば信号無視は命の分かれ目」

 「信号無視を子どもに伝えるな」

 など。

 帰りは今日もコープ立花に立ちよる。

 途中通る立花商店街を自転車を押しt移動していると、結構なスピードで乗車したまま移動する男に遭遇。

 今日も口走った。「降りろ。ばかやろ」

相手も驚いたようだが、そのまま走っていった。

 前にも書いたが、公共の場をみんながシェアーするという考え方がなんと希薄なんだろうと思うことが多い。

 コープの向いに駐輪場があるのに、コープの前に道路が狭くなるにもかかわらず駐輪する。

 2号線では、コンビニ前で駐車場が横にあるのにわざわざ道路に止める。

「自分だけよかったらええのか!!」

 思わず叫びたくなる。

 それで立花商店街では口に出してしまった。

 うるせえおじさんだろう。

 しかし気持がすっとした。

 家に帰って夕食づくり。三田屋ハンバーグがメニューに乗った。しかし半分創作料理風。

 というか適当。

 じゃがいもとニンジンとたまねぎをお湯でゆでた。水気をきってさらにのせる。

 フライパンにたまごを落として、その上からハンバーグをのせて焼く。

 まあそんなようなものだ。012 ビールは休缶日にした。

2010年3月30日 (火)

点数説明会で岸和田へ

001  今日は仕事で午後から岸和田へ行った。 

 それはまた診療報酬改定の説明会があり、その手伝いのためだ。

 場所は岸和田マドカホールという場所だ。

 そこはなんと40年ほど前まで

春木競馬場というところがあった場だ。当時黒田「革新」知事誕生で、公約に公営ギャンブルである競馬事業を廃止することをあげていて、それをやり遂げた。

 ただ今のその痕跡があって競馬コースの内側の部分が今運動場のようになっている。

 会場に着く前にJR久米田という駅を降り、第2阪和道路ぞいのラーメン劇場だったか?に入ってYくんと食事をした。

 ラーメンのつゆがうまいので、最後まで飲んで汗が出た。

 説明会は200人あまりが参加kした。

 帰りは行きと同じようにJR久米田までもどり、次の駅の和泉府中から関空快速で大阪駅まで行った。それでも現地から家に帰る駅JR立花まで1時間半かかった。

 やはり大阪は狭いといっても岸和田は遠かった。

2010年3月29日 (月)

寒さを予想した防寒で走るが、帰りはそれ以上だった

001  2日の休みを終えて、今日は週始めだ。

 自転車で走るのはうれしい。しかし天気予報ではかなり寒いという予測。

 そのとおり稲川橋温度は7℃だ。

 寒くなったり、暑くなったり落ち着かない3月の天気だが、こんなものか。

 がまんの走りで尼崎を走る。

 前に一人ロードの若者がいたが、結構先を走っていた。

 しばらく走ると、女性ロードバイカーがいて、その前にどうも知ったロードマンがいる。

 003 イケッチだった。彼は最近ブログを立ち上げた。

 後ろから声をかける。

自分「ブログ見てるで」

イケッチ「やっぱり毎日更新は大変ですね」

自分「まあ、だらだらしながら書くことやね」とアドバイス。

 そのまま連なって、本町まで走る。

 別れた後、快調ではあったが、結構足に来ていた。

 職場について疲れが出た。

 ただ今日は仕事としてはパソコンを使った結構面倒なことがやりあげれた。

 夕方は5時の終業ベルを聞き、約30分後にタイムカードを押す。

 職場を出た段階から、倒れるのではないかと思うぐらいの強風。

 寒さが倍増した。

 これは辛い走行だ。がまん、がまんで半分過ぎる。

 後もなるべく風に逆らわないようにペダルを回転させることを意識した。

 今日も夕食は自分が作るが、走りながら思いついたのが「おでん」。

 先週BSの酒場立ち飲み番組でみたおでんが印象に残っていた。ただしそこではコップいっぱいの酒があった。

 そんなことをイメージしながらコープ立花に向かう。

 おでんの具を思いだしながら、コンニャク、ゴボテン、ジャガイモ、たまごなど買う。

 帰りの走行では、ハンドルの左右に買ったものを入れたビニール袋をくくりつけ、家路を急ぐ。思ったほど寒くはなかった。

 まあ今日はビール1缶にした。

 おでんが出来上がるころみんな帰ってきた。

 鶴瓶の「家族に乾杯」をみながら、牛スジに箸を通す。

 とにかく寒い帰りの走行だった。

2010年3月28日 (日)

やっと暖かくなってきた 自転車整備にはいい

001  昨日の寒さはなんだったんだろう。

 今日は日曜日。今日も朝サイホンでコーヒーをたてる。

 テレビでは、ルソンの壺、課外授業など画面から流れてくる。

 10時をだいぶ過ぎて、ナンバサイクルに妻のマウンテンバイクのペダルを外してもらいに行った。

 さすがに、プロの工具を持っているので、ちょっと手ごわかったが、みごとに外れた。

 ついでに昨日割れたプラスチックのチェーンカバーの取り付けも頼んだ。おまけにタイヤの空気調整もしてもらった。

 その間も自転車の修理や自転車の購入の客がひっきりなしに出入いていた。

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 家に帰るともう昼前だ。それにしてもピンクのペダルとチェーンカバーが晴れやかだ。

 よし一軒落着という感じだ。

 昼食を取って、しばらくボーっとし、庭の自転車3台を洗車することにした。

 やっと暖かくなって、庭で作業するには最適の条件だ。

 洗車は、ポリバケツに洗濯石鹸を放り込み、水で解いてスポンジで車体の汚れをこする。

 3台とは、さっきの妻のヨセミテ・マウンテン、グランプレミオーランドナー、それにロードビアンキだ。1台ごとにフレームまわり、ひっくり返してタイヤまわりをこすり、最後にホースで洗い流す。

 これで結構早くきれいになる。そのあとチャーンのさびが若干あるランドナーのチェーンに注油した。013

 それからランドナーの前輪ブレーキシューを交換したのだが、以外なことを発見した。

 ランドナーはカンチブレーキ。

左右のブレーキをワイヤーでつなぎ真ん中から連結する。

 それで今まで10年以上さわっていながら気付かなかったのだが、左右のシューの圧縮ぐあいをかたよらないようにするのが、基本だ。

 普通Vブレーキは左右各ブレーキに小さなねじがついていて、それがバネを押して調整するのだが、伝統的ランドーはそんなものはない。

 だからいままで感で、ワイヤーの長さなどでなんとか調整していたが、ブレーキどうしをひっぱるワイヤーだけ新部品にしているので、、それはできず、いろいろさわっていると、

 旧式では左のブレーキ部品は、フレームの穴に直接円形バネを固定しない。

 つまり間の部品にバネをはねる。気付いたのは、その部品の位置の調整で、バネの強さを変えているのだ。

「なんだ!そうか」 自分的には新発見だ。これは結構原始的でいまは使われていないだろう。難点はかなりブレーキそそのもののねじを強く固定しないと、序所に移動する可能性がある。

 しかしかなり微妙な調整が可能だ。

 ちょっと目の前が開けた気がした。

 そんなこんなで午後3時前になってしまったが、リビングでこたつの前に座ると、眠くなって寝てしまった。

 4時ごろ目が覚めて、しばらくボーとし、熱帯魚の水槽を眺めつつ、庭を眺め、ゆっくり起きる。

 そのあと今日から、英語習得の新しい試みとして、ビデオで英語の映画を100回繰り返し見ること。教材は「スタンド・バイ・ミー」にした。字幕が出るので、ときどき見てしまう。

 5時半ごろ第一回は終了した。

 そのあと妻が買い物に行った間に、ごはんを炊き、風呂の用意した。

 それからピアノに向かい、「デスペラード」を練習。英語の意味もちょっと考えつつ、楽譜を離れて、いかにスムーズに曲を終えるか。やはりもう少し練習が必要だ。

 来週には、ブログにアップできるだろう。

 てなことで、結構することはあった。

 いよいよヒルクライムは4月から挑戦しよう。

2010年3月27日 (土)

今日はひさびさ公休の土曜日 用事が立て込む

001_2  今日はひさびさの公休土曜日だ。

 朝目が覚めて、布団の中であれこれ夢うつつイメージしてみる。 

 つまりヒルクライムをそろそろ挑戦しようと思っていて、自分が六甲に向けて走っている場面を想像していた。

 しかしイメージの中でも一度休憩していた。

 ただほとんど夢の中だった。

 本格的に目が覚めて、トイレに行く前にサイフォンコーヒーの用意をする。

 妻は4月から新しい保育所で所長になったので、昨日今の保育所の送別会があり、朝はダウンしている。 

 休みの日のコーヒーが格別うまい。自家製パンも作った。ゆで卵も作った。

 満足しつつ、洗濯物を干し、日本釣りの旅を見て、妻から言われていた妻のマウンテンバイクのペダルの交換とフロントライトの付け替えを試みた。ただペダルは外れなかった。

 ついでにブレーキシューを取り替えた。

 すでに時間は10時を過ぎていた。

 コープの共同購入の配達を待って、その後どうしようかと迷ったが、スーパー銭湯に出掛けた。まだ招待券が残っていたのだ。

 002

 移動はひさしぶりに旧式、自家製マウンテンバイクで行った。

 結構乗り安い。

 すでに昼に差し掛かっていたが、やはり気持いい。

 家に帰ってすぐストックのカレーを食べた。

 夕方までゆっくりし、今度は保育所を代わる妻の荷物を取りに妻を迎えに行った。

 それにしても家にじっとしていると異常に寒いのだ。

 夜は2男が帰ってこないので、妻と二人で鍋をつついた。

 風呂上がりのビールがうまい。

 朝のイメージは次回に挑戦だ。

2010年3月26日 (金)

やっと晴れた! 自転車通勤の季節! でも今日は寒い

001  やっと晴れて、普通の格好で通勤できるようになったし、ビアンキも走りやすい。

 ところが、七松線に入り、JR踏切にさしかかったが、少年野球クラブらしい集団が固まっていた。

 まあ集団が多いからこんなものだろうとたかをくくっていたが、踏切は5分たっても開かない。

 これは何かトラブルがあると感じて、さっと左折し、庄下川まで移動し、そのガード下の道を自転車を降りて、シクロクロスレースのようにやや走って潜る。

 そのまま庄下川沿いを南下し、2号線まで行こうとしたが、結構一般用自転車が多く、ルールなき世界の真っただ中。

 ちょっと怖い。

 ただ、信号は1か所だけで玉江橋交差点に着いた。

 ここから2号線に合流する。しかし今日は結構寒い。稲川橋温度計はなんと6℃です。「ええ、6℃?」という驚きだ。

 そのあと今日は、歌島橋を一発で超えることができなかったが、交差点横に目をやると、ついに文句を言っていた工事が終わっていて、角は全面芝生002に仕上げていた。

 これはなかなかいい。

  野田阪神付近で自分と同じビアンキのクロスバイクで走っている若者がいて、つい声をかけてしまった。

 「通勤?」と聞くと

 「通勤です」と返ってくる。

「ぼくは尼崎からなんばまで9年ぐらい走っているねん」と自慢してしまった。

 船津橋北詰で、尼崎から先を走っていたロードマンで結構早く見えた人が、すぐ前にいた。

 追いついたか。

 そのあとまた悪いくせで抜いてしまった。

 その後長堀橋交差点まで後ろに着いてきていたようだ。

 そんなこんなで職場に着くと、8時43分ではないか。ここでもサプライズだ。

 だいたい家を出たのはいつもと5分遅れたし、JR踏切で5分停止した。

 ということは、庄下川走りでだいぶタイムを稼いだのか。ちょっと不思議だった。

 仕事ではやはり週末で気分は軽い。外も晴れてうれしい5。

 午後の会議を終えて、オフィースのゴミを取って、終業時間を待つ。

 5時半を過ぎ、帰りの支度。まだ外は明るい。

 ただ外に出てまたサプライズ。寒い。異常に寒い。

 そのうち温まるだろうと期待して走る。

 やっと淀川大橋に近付くと、またサプライズ。あまりにも日が沈む景色がいい。

 週末を家に向かって走る喜びと解放感とで、感動が倍増する。

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 きれいな景色は瞬間だ。ただこの淀川大橋からのシチュエーションは、ときどきサプライズがある。

 これは自転車通勤の特権だ。

  一応デジカメ撮影をすまし

先を進む。

  それにしても風が強い。しかも向かい風。

 無理せず走る。

 それでも自転車は楽しい。止められないのだ。

2010年3月25日 (木)

朝からまさか?の雨だった

001  今日はもちろん出勤日。ちょっと洗面のついでにお風呂のジャグジー窓から外を見てみると「ええ、今日も雨????」とうんざりする。

 それに一昨日ランドナーで出勤したおり、すでに前輪のブレーキシューがすりへっていて、金属音がしていたので、そのまま乗れないのだ。

 マウンテンバイクで出掛けるという手もあるが、スピードは格段に落ちる。

 それでしかたなく、昼から止むことを期待して、ビアンキ・ロードでいくことにした。

 ただブレーキの効きが悪くなるというハンディーを頭に入れて緊張感で走っていたが、西淀川区の佃付近を走っていて、交差点にさしかかったとき、追い抜かれたはずの車が前で急に減速。急に左ウインカーを出した。交差点先のガソリンスタンドに入りたいらしい。

 ぼくはそれに気付いてブレーキをかけたが、そのまま前を左折されると完全にうぶつかるタイミングだ。 

 ただその運転手は、ぼくをい気付いて停止したので先に前に出て事なきを得た。

 いつ車が急に考えを変えて左折するかわからない。

 今日のような雨の日はそんなことは止めてほしい。002

 その後も慎重に走る。

 今日も雨のせいだろう。尼崎中心部2号線は、渋滞だらけだ。

 それにしても寒い。稲川橋温度計は8℃を示している。

 「もう3月25日やで。3月の給料日やで」と思いつつ、先を急ぐ。

 歌島橋は幸運にも一機にクリアできたせいで、職場には8時46分にタイムカードを押した。

 事務所一階に着いてから3分は経っているので、かなり早く着いたようだ。

 仕事は面談2件、作業2件、文書作成1件などまあまあ忙しい。

 帰りはいつものように5時半。今日の帰りはちょっと忙しい。

 まず給料日でもあり、MI銀行長堀通のATMに行って、出金し、MI銀行のローン分を入金する。まあtだスムーズにいけばそんなに時間はかからない。

 それから尼崎まで走り、サンワサイクルに寄る。004

 というのはさっき言ったようにランドナーのブレーキシューがだめなので、それを買うこと、それに妻のマウンテンのフロントライトが感知式だが、すぐ電池が消耗するので、スイッチ式でいいというので、それを物色しに来たのだ。

 店に入って、ショーウインドーの中のピンクのペダルが目にとまった。

 妻のマウンテンのペダルは今付けているのが、一般車用なので、思い立った。

 それに職場が4月から移動になり、家からちょっと遠くなるので、自転車通勤を続けるかどうか悩んでいる。

 ぼくは続けてほしいと思う。そのこともあって、思い立った面をもある。

 店の店員はいつもの人とは違うが、親切だった。

 家に帰ればさっそく夕食の用意。

 今日はメニューを朝から思いついていて、オムレツが浮かんでいた。

 というのは買い物をしなくても家のストックされた材料でできることが頭にイメージされたからだ。

 こういうときのイメージというのは大事で、何事も実施する前に自分で先にイメージをしている。

005  これで大抵のことはうまくいく。

 今日もまあまあうまくいった。

 オムレツに巻くたまごにチーズと牛乳を思いついて混ぜた。

 そのうち妻が、2男が帰ってきた。

 まあこの時間が1日の至極の時間と言えるだろう。

 今日もビールを1本。止められない。

2010年3月24日 (水)

代休を取って自由に過ごす

006  今日は祝日に出勤した代わりに代休を取った。

 特に予定はない。ただ外はずっと雨だ。

 とにかく先週まで帰国していた娘のために、帰りのカバンに入りきらなかった食料品をEMS(海外向け航空郵便)で送るため準備をし、郵便局に行った。

 8950円も取られた。

 そのあとは、先日優待券を3枚ももらった「やまとの湯」に車で出掛けた。

 なぜ車かというと、雨だからといこともあるが、これも先日琵琶湖に行ったおりに、黄砂で車が砂だらけになったままなので、雨の中に出そうと思ったのだ。

 銭湯に入っている間、ちょうど雨が強くなってきてラッキーだった。雨が強くなるのを期待するのもおかしなことだが、30分ほどの間、雨が車体を洗ってくれるだろう。

 いい気分で湯船に浸かり、風呂からあがると、車の砂がだいぶ洗えていた。

 あったまって家に帰った。

 昼食は昨日作ったカレーが残っているので、それを温めた。

 コーヒーを飲んで、しばらくゆっくりする。

 2時ごろからは、今読みかけの「評伝 全日空を創った男 美土路昌一」の読書に入った。

 5時前までかかってしまったが、ついに全部読み終えた。すでに昭和48年に他界されているが、その生き方は濁りがない。日本の航空産業の発展だけに情熱をもやした人だ。

 日航は、映画「沈まぬ太陽」でよく分かったが、労働組合を意図的に7つに分割し、それを自慢するという体たらく。それにパイロットの給料は手をつけず、整備士の待遇を不安定にしたため、パイロットと整備士の連携が悪くなったという。

 全日空は組合は一つで労使でトコトン話し合う気風があるという。それに経営理念は高潔な企業、権威に屈することのない主体制を持つ企業、独立、独歩のできる企業とし、国や権力にたおらない気風がある。

 この本を読んで初めて知った。

016  夕方から思いだして、ダイニングテーブルにスプレー式ニスを塗った。

 これはなかなかいい。ピカピカになった。ただ家中シンナーの匂いが充満する。それに半日ぐらいは、乾かす必要があるようだ。

 その間風呂も用意したが、湯がたまる間ピアンに向かった。

 もちろんデスペラードの練習だ。とぎれず、楽譜も見ず、引くづけるのを目座している。

もうちょっとだ。

 昼も温泉に行ったが、頭を洗っていないので、湯船には入って、体はパスし、洗髪をした。

 夕食は、昨日のカレーを使って、うどんを煮て、カレーうどんを作った。あとはシャケのアラを焼いて玉ねぎを添えた。

 コープで買った銀河高原ビール社の白ビールを飲む。コクのある味をうれしい。

2010年3月23日 (火)

サバイバルチックな雨の自転車通勤

001  今日は朝から雨だった。

 躊躇なくランドナーで出掛ける。なぜ雨でも自転車で行くかというと、ブログのネタができることもあるが、電車通勤のいやな面が浮かんでくるのだ。

 というのは、あんなに知らない人どうしが、箱の中に押し込められて、接触しないように気を使っって移動することは耐えられない。

 そして雨の日に限ってよくダイヤが乱れるのできがきでない。

 それに比べると雨が降っていようが、誰の他人と接近しないので気を使う必要がない。路肩付近をひたすら走るので、渋滞にまきこまれることもなく、時間を気のいなくても、パンクなどのハプニングがないかぎり、必ず時間通りに職場に着く。ぼくは絶対走行中は時計を見ないのだ。

 002 今日もランドナーを使ったので、ちょっとハンディーはあるが、結構走る。

 ところで、いつも2号線に合流するために入る交差点の反対側のガソリンスタンドが閉鎖になっているではないか。その向かいの奥がぼくが常連の勝本モーターがあって、洗車はいつもこのスタンドでしてくれていたのだ。

 世の中とにかくどんどん変化している。

 ところで家を今日は7時50分ぐらいに出発したはずだが、なんと職場にはこのランドナーで8時46分にタイムカードを押せた。

 「おお、おお」と自分だけ感心していた。

 仕事は今日やるべき課題はきっちりできて、秋の学習会のことをずって午後から考えて疲れてしまったわけだが、5時の終業のチャイムがなり、30分後に職場を出た。

 しかし雨が止んでいない。

006

 尼崎の中心部に近づくと異常な渋滞がまっていた。

 それにしても自転車利用者は、今違反に変わったはずだが、傘をさして片手運転の人ばかりだ。

 ぼくから言わせると、雨こそサバイバルチックにモンベルのレインウェアを着て、快調に両手はしっかりハンドルを握って走ってほしい。

 独特のサバイバル感があるのだ。

 それに花粉症の人だって、雨の日はきっと症状があさまるはずだ。

 とにかく雨が降り続くと車に頼る人が増えるようだ。これは渋滞のもとだ。車中毒者は減っていないようだ。

 だいたいこれだけエコだエコだと騒いで自転車の宣伝をしているわりには、本気の自転車通勤者はまだ少ない。

 そんなことを考えながら、今日もコープ立花店に立ち寄る。今日も宝くじ売り場から西田敏行の「ロト6」の宣伝音楽が聞こえる。「たった200円でなんとか」と言っている。

 はっきり言って西田敏行の品格を最近疑ってしまう。

 タダ流れるテープに怒ってもしかたないので空しい。

 気を取り直して店内に入り、カレーの食材を買う。ところでレインウェアは濡れたままなので、どうしたかというとズボンだけ脱いだ。

 買い物を終えて、またレインズボンを履き、家に帰る。

 明日は代休を取ったので、気持は気楽だ。

 まあこんな雨の日も通勤は楽しいのだ。

 

2010年3月22日 (月)

仕事の一日、この連休はいそがしい

002  昨日、一昨日と少年団の旅行で琵琶湖に行ったばかりだが、今日は自分的には連続で仕事のスケジュールが入っている。

 歯科医院の組織、歯科保険医協会で診療報酬という保険に基づく収入の中身が改定されるので、その説明会を開催している。

 その応援で受け付けなどの作業に出ていく。

 場所は南御堂会館といって仏教関係の会館だが、それにかかわらず広く利用できるようになっている。

 御堂筋の本町にある船場センタービルのすぐ南にある。

 午前、午後と2回の開催だが、午前でも約1000人の医師が出席した。

 マスコミでは、「引き上げ」されたと報道されているが、いろいろ合わせると収入が減る場合もあり、それに電算処理をしている医院は、「明細書」というものを必ず発行しないといけなくなった。

 治療に専念できない要素が増えている感じだ。或る意味医者いじめかもしれない。

 歯科医の場合、雑誌でいちどセンセショナルに取り上げられたが、「ワーキングプワー医師」という言葉が出てくるぐらい医師個人に入る年収はきわめて低い例もある。

 午後は歯科医院のスタッフがやってくる。ほとんど若い女性だ。午後も800席がかなりうまった。

 そんなこんなで午後3時半ごろ仕事から解放されたが、クタクタになった。

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 帰り際、御堂筋のビル群を眺めていたが、規制緩和できれいにビルの頭がそろっていた眺めがかわり不揃いになっている。

 せっかくの御堂筋かいわいのシチュエーションが台無しになりつつある不安をもった。

 御堂筋というのは、昭和のはじめに思い切ってまわりの住民を立ち退きさせて、かなりの幅の道路を作ったらしい。

 距離は大阪市内の北と南を結ぶ5kmほどだが、平城京になぞらえば、大極殿から朱雀門までの大通りおいう感じか。

 しかし大阪府の橋下知事は、行政の中心をあの問題の埋め立て地、南港にしたいらしいが、どうも胡散臭い。

 ただ、この御堂筋につながる各地には大正から昭和初期に建てられたモダン建築が数多く残っている。

 ヨーロッパの各地では400年以上たって建物を未だにリホームして使っているというのに、それにリホームのあとの内部がとても現代的になっているが、日本ではそういった思想がまだ根付いていない。

 そんなことを考えながら家に帰った。

 そっと炬燵のテーブルに妻がもってきたBEPAL4月号はまたまた自転車特集になっている。自転車は時代のメジャーアイテムになるりつつある。

2010年3月21日 (日)

会議を終えて琵琶湖ログハウスへ

005  20日土曜日は、予定として夜から滋賀県琵琶湖のログハウスに泊りにいく予定だった。

 それでブログ更新は今日になってしまった。

 朝は家でゆっくりし、昼から自転車で出掛ける。

 ただいつものようにロードバイクまで職場に行くのではなく、阪神尼崎までマウンテンで行って、そこから阪神なんば線に乗る。

 以外にも異常にあたたかい。

 帰りはその反対の移動方法になるわけだが、その方法を選んだのは、帰りにスーパー銭湯に行くためだ。

 実際は、会議は4時30分ごろ職場を出た。想定内の終了時間だ。

 尼崎のスーパー銭湯「やまとの湯」には5時15分に到着。あわただしく入浴し、あわただしく風呂を出た。

 家に帰って風呂を準備し、自分の出発の準備をし、Uさんを迎えに行って、いざ琵琶湖を目指す。

 6時半に出発した。

 名神高速はスムーズで約2時間で現地に到着。さっそく酒盛りとなった。

 12時半ごろ就寝となったが、早朝嵐で目が覚める。010

 そのあとまた睡魔に襲われたが、なんと入り口が突風で開いたままになっていた。

 急いで閉めてまた寝た。

 朝おきると後から分かったが、中国から黄砂のため、あたりは霧のなかという感じだ。

 それは実は黄砂で、車4台とも埃だらけになっていた。

 日が替わって、21日は、そんな天気で、予定を変更して、草津市の県立琵琶湖博物館に行くことになった。

 015

 このログハウスからは、約1時間の距離だ。

 4台連なって、21人が移動したが、天気が目まぐるしく変わる。

 途中コンビニに立ちよったりしながら、琵琶湖大橋を横断し、い024ざ草津へ、。

 自分的にははじめての博物館だ。

 琵琶湖の研究は半端はない。1時間ほど見て回ったが、見切れなかった。

 琵琶湖の歴史は衝撃的で、三重県上野方面から北上してきたという。

 この博物館は来てよかった。

 琵琶湖がますます好きになった。

 そこから一路尼崎をめざしたが、連休中日で渋滞はない。

 5時過ぎには阪急武庫之荘の着いた。 

 今夜10時過ぎ、BS衛星1で自転車特集の話があったが、オランダ在住のシクロクロス選手、荻原美香さんを紹介していた。年齢39歳、オランダ人の夫と2人の子どもさんと生活しながら国際レース、1位をめざしているという。

 エールを送りたい。

 

2010年3月19日 (金)

青年よ荒野をめざせ!

007  今日は天気がいい。しかしまだ寒い。

 朝はしかしちょっと軽めモードとうかまたイエローウインドブレーカーで体を被い、手袋もまた薄めのものをはめた。

 玄関を出たのは7時47分、庭に回りヘルメットをかぶり、庭の戸に鍵をかけたのが、50分ぐらいだと思われる。

 山手幹線の信号を間一髪ですり抜け、結構調子よくJR踏切もこえた。

 ただこの七松線を通るとき、まるでUSJでジャングルを通り抜けるジープを思いかべるくらい、右から左からセオリーどおりでない自転車のサプライズを受けることこの上ない。

 2号線に乗って、路肩付近を走りだすとやっと安心する。予想外の自転車が左右から飛び出すことはまずない。

 あとは交差点での左折との鉢合わせに注意すること、そして対向右折車の侵入への注意だ。

 今日は歌島交差点でも海老江交差点でも足止めなく、野田阪神でもタイミングがあって、グー!

 そこから35km以上で直線コースを加速し、船津橋で停止する。

 そのあとも信号停止なく西長堀まで直行。

 そんなこんなで職場にはなんと8時35分についてしまった。

 仕事は明日の理事会に向け、資料準備作業。

 午後からM銀行の担当者Tさんが来訪。レートの最新情報をもらったが、その後の新婚生活の話を聞く。彼にもぼくのブログを紹介した関係で、同僚の方にも案内してくれて、見てくれているという。

 親子ほどの年の差でいわば息子の歳ぐらいの青年だが、やはり若者は大人のよごれが感じないし、新鮮さがあり、こちらもエネルギーがもらえる。

 自分が20代半ばのころは他人の内面を図りする力もなく、蓄えもなく、いったい自分は一軒の家をもてるようになれるのだろうか、とそんな気持ちだったような気がする。

 ただ70年代当時は、世の中きっと変えてやるという気概というか季望をもっていて、悪く言えば足が地についていなかった。

 しかし青年の魅力は、若さがあり、怖さを知らないよさがあると思う。そして一歩一歩失敗しながら物事が分かってくるものだ。

 そんなことを考えながら、面談を終え、仕事にもどった。 

 あとは事務作業に集中する。 

 外はきれいな青空だ。夕方5時になっても明るい。

009  まさに淀川大橋での夕日が期待できた。

 5時半すぎ職場を出る。

 軽いペダルで帰り路を進む。淀川大橋では予想どおりきれいな夕日が鉄橋にかかっていた。

 思わず自転車を止め、シャッターを押した。

 そのあと歌島交差点を過ぎ、先を進んでいるとき、また誰か後ろについてくる。

 そのまま進んだが、今日は相手の青年から声をかけてきた。

「こんにちわ。よく晴れましたね」

 「ほんまやね。どこまで帰るの」

 「西堀江に行ってきて、今伊丹の実家に行くところです」

 正当なロードスタイルだ。

 その後もついてきていたが、ちょっとつらそうにも見えた。というのはぼくも結構いつになく飛ばしていたのだ。

 尼崎市街地を過ぎ、南警察出張所で別れたが、「気をつけて」と声をかけると「ハイ」といってとばして行った。

 また若者のエネルギーをもらった。

 なぜかさわやかな気持で、北向き道意線を北上した。

 今日は妻が休みで夕食を作ってくれているので、気が楽だ。

 それでコープリカーショップに寄り、ワインとサントリー角ビンと缶ビールアサヒザ・マスター6本を買って、リッチな気分で家に帰った。

2010年3月18日 (木)

なぜか今日は電車通勤だった

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 今日は天気予報を見ると夕方から雨となっていた。

 そろそろ自転車の疲労が実のところ出てきていたので、ひさしぶりに電車通勤にした。

 今日の朝も結構寒いのだ。

 どちらにしてもJR立花駅まで15分は歩いている。

 電車通勤のメリットは本を読めること。ただ今日は電車に乗るなり、デスペラードの歌詞と日本語訳のメモに目を凝らした。

 そのせいで、下車するべき「海老江」駅に車両が到着したとき、一瞬気付かなかった。

 危ないところだった。

 地下鉄に乗り換えて、今度は「全日空を創った男」を読む。

 なかなか面白い。

 戦前世界ではじめて羽田ーロンドン間をプロペラ機で往復したという快挙について述べた部分がある。今後も読むのが楽しみだ。

 それで電車で移動して職場についてのはあっと言う間だった。

 仕事は今日も午後の会議にむけて準備と本番で結構緊張して後は疲れる。

 結局職場を出たのは6時30分だったが、夜も結構寒い。

 帰りは本ではなくICレコーダーで自分の演奏やなにやらを分析のため、聴取する。

 それで帰りもあっという間だった。途中妻からCメールが入り、帰りが遅くなると連絡がった。

 008

 夕食は8時を過ぎてしまったが、3人いっしょにすることができた。

 そのとき偶然リビングのバナナの木に目をやると、葉っぱがんわかに大きくなったような気がしてきた。

 今や横むきの葉から水滴が落ちてくる。

 バナナは呼吸しているようだ。

 その後ろはコーピーの木がある、その左横はベンジャミン。

 まるでリビングは温室のようだ。

 まあたまには電車通勤もありだろう。ただ予想していた雨は降ったあとだった。

2010年3月17日 (水)

道路とはみんなでシェアーする場所でしょう! しぇあ、せや、そうや!

002 道路では、いつもよく思うのは、自分が動く空間は、あくまでも自分のものと考えている人が多いのではないかということだ。

 しかしもっと広いエリアとして考えた場合、自動車があり、オートバイクがあり、トラックがあり、自転車もあり、歩行者がいる。

 たしかに車道は、車が風を切って走る場所になってしまったが、生活道路は歩行者、自転車と車が一緒に利用しているのだ。

 だから車が、抜け道気分で生活道路をつっきるのは賛成できない。

 自動車はあくまでも、大きな道路から走るべきだ。

 つまり弱いものも強いものも一緒に共有しながら道路というかロードを利用しているのでしょう。

 しかし現実は強いものが我がもの顔で利用するということになってしまっている。

 言いたいことは公共の場すべてにいえるのだが、みんなでシェアするという考えからをみんなが持つことだ。

 つまり日本にも昔から言われている「ゆずりあいの精神」ということだろう。

 しかし話は少し違うが、今日勇気ある信号待ちの歩行者を3人見た。

 と言うのは、朝通勤中、船津橋北詰めをすぎ、土佐掘を過ぎ、本町手前の一方通行路を左右にした信号待ちの歩行者は99%信号を無視し、歩いているが、そこで整然ととまっている男性とおじさんと女性の3人がいた。

 ぼくはうれしくなる。みんなで渡れば・・・というのは正しい選択ではない。

 自分は信号を守ると毅然とした態度で止まっている。

 もちろんぼくは自然に対向の信号で止まっていた。

 ぼくはこれを「勇気ある信号待ち」という言葉で呼びたい。

 少数でもいい人はいる。

 きっとゆずりあいの気持をもった人は潜在的にたくさんいるような気がする。

 それにしても今日は予想どおり朝は温度が低い。たしか温度表示は7℃だった。

 今日はウィンドブレーカーから冬のレーサージャケットに着かえた。

 003

 帰りは今日はノー残業デーということで、5時過ぎに職場を出た。

 ちょっと帰りは雲が多い。それでちょっと暗い。

 或る意味まだ水曜日なのに、足は疲れているのだが、追い風になると足はよく回る。

 ただスピードメーターが最近電池CR2032を取り変えたところなのだが、今度はタイヤとペダルのケイデンスを感知する部分の電池が切れたらしい。

 コープ立花で今日のメニューの材料と、4階に上がって電池を手に入れた。

 家に帰って、食事を作り、風呂に入り、洗濯物を畳み、やっと自由ができて、ロードバイクの電池交換をした。

 実が今日は自分の誕生日なのだ。

 ただ我が家の風習として、みんなが集まる日に誕生祝いを設定し、ケーキで祝う。

 今回は、今度の日曜日になりそうだ。

 まあ、この年になると自分の年を無視し、驚かないことにしよう。

 精神年齢は、25歳ぐらいのままだ。

 まあそれはないか?

2010年3月16日 (火)

楽しくもあり、辛さもある通勤自転車です

001  今日の朝は予想以上の暖かさだ。

 レーサーウェアの上からウンドブレーカーを着ただけだが、それでも暑い。

 「これは、15℃はあるかな?

と体感予想したが、ぴったり当たった。稲川橋手前交差点は、ちょうど15℃だった。

 おまけに風は追い風。スイスイ走る。

 そんな感じで調子よく進むので、職場には記録的な時間に着いたかと思ったが、8時45分だった。

 仕事の衣服に着替えると、熱くてしかたがない。このまま昼は温度が上がっていくのかと思ったが、昼は案外寒い。

 朝の暑さで、暖房をすべて切っているので、外の温度が冷えると結構感じる。

 今日はデスクワークに集中した。

 帰りは温度も下がり、なんといっても風が強い。

 追い風、向かい風がおりまぜてやってくる中をできるだけ力まず進む。向かい風が続くとさすがに足に来る。

 淀川大橋では、横すれすれに自動車がすり抜けるので、横風にあおられると、バランス感覚は総動員しないといけない。

 辛さも感じるが、おもしろくもある。橋を下って、次の姫島交差点をすり抜けときは、かなりスピードが出ているので、緊張する。

 ただ後はまっすぐ道路を進むだけだ。

 尼崎繁華街に入るとやたら駐車する車が多い。いちいち後ろを振り返って、右によるタイミングを確認する。

 中にこの夕方の日が落ちる時間にライトをなかなかつけない車がある。

 ちょっと声を出してしまった。気付いただろうか。そのあとライトをつけなかったので、わかっていないようだ。

 今日も途中コープ立花に立ち寄る。

 アーケードの屋根のある商店街を通るが、「自転車から降りて移動してください」と注意しているのに、乗ったまま移動する自転車が多い。なぜそんなことができないんだ!とちょっと胸にたまっているものがあり、その四つ角を通るとき、やってきた乗車しながら交差する3人ぐらいに「降りんかー!」と言ってしまった。

 一人女性はこちらをぬら見返していたが、おそらく後ろめたさがあるはずだ。ちいさい子どももいるし、降りて移動するのは常識だ。

 言ってやった!!!とちょっとストレス解消したというかすっきりした。

 なぜわかっていることができない人が多いのだろう。

 歩きたばこ、しかもタバコのポイ捨ても続く。

 暗くなってからの無灯火自転車。

 信号違反。

 一旦停止無視。

 逆走。そのまま右折、左折 これはあぶない。

 規則とは、罰則をうけなければ、誰も言わなければ破っていいものなのか。

 ちょっと日頃うっせきしているものを書きだした。

 まあしかし人間は理解すればきっと改善していくものだろう。

 そう思いたい。だからあえてうるさいおじさんでいよう。うるさいおじさん、おばさんもっと増えておくれ。

 ただし正当な注意にかぎりだが。

2010年3月15日 (月)

ロードバイク・ビアンキを前日整備して

2010315  日曜日が終われば、月曜日になる。

 当たり前のことだが、今回は、娘を送りだして、またいつもの状態にもどった月曜日なのだ。

 外の温度は予想しにいく。しかし家にいる状態、外にゴミを出しに行ったときの体感から、今日は長袖サイクルウェアの上からイエローのウインドブレーカーにし、下半身は薄めのタイツの上にロングレーサーパンツを履いた。

 グローブは指出しではないが、通常のものに変えた。

 ただ、朝はどうも向かい風だ。ロードバイクは全く出あわない。

 わがビアンキは昨日電池パワーダウンで点滅状態だった。それで電池を入れ替えた。タイヤの空気圧を6気圧、7気圧に調整した。

 ただ朝を出るとき、ゴミをほかすのに、1袋置きわすれていて、また持っていかざるをえず、家を出る時間が約10分遅れた。

 まあ、それでも遅刻はする時間ではないので、気にせずペダルを漕いだ。

 すると職場についた時間は、8時45分。案外早かった。

 仕事は午後からの地域での会議で、その準備など気持はそこにむいてしまう。

 午後環状線で移動しているとき、大阪城を通るが、公園入り口には、なんと桜らしい木が花開いている。

 会議を終えて、職場に戻る時間には、もう雨が降っていた。

 それで5時半ごろ、職場を後にしたが、レインウェアは持ってきていないので、朝の姿のまま帰らざるを得ない。

 ちょっと知恵を働かせて、川の上の橋を渡るときは、水たまりにならない歩道を進んだ。なにせ橋では路肩に水が溜まるのだ。

 幸い帰りは追い風で、労力は少ない。ただ白線はできるだけ避けて走る。

 家に着くとあらためて体がびしょびしょなのが分かる。

 それで、ごはんだけ先に支度して、風呂の用意をし、風呂に先に入った。

001  風呂から出て食事の支度。

 さわらの味噌ずけとししゃも、キャベツの千切りと白菜とニンジンの和えもの、味噌汁は、昨日の残りだ。

 350mlの麒麟淡麗(生)がうまい。

2010年3月14日 (日)

娘を送って伊丹空港へ

005  娘がいよいよシンガポールにもどる日がやってきた。

 出発の時刻は、午前8時大阪空港発だ。

 それで5時に起きて、6時前にマイプレーリーで家を出た。

 空港につくと7時まえというのに、たくさんの旅行者が空港に来ていて、かなりにぎわっている。

 娘はここから成田まで国内線で移動し、そこからシンガポール直で飛び立つ。

 いずれもANA(全日空)のるルートだ。

 空港について少し時間があったので、中の本屋に入った。

 娘は4冊ぐらい買ったが、自分も1冊目にとまった。

 「現在窮乏 将来有望(全日空を創った男)」 

 その本はまさしく全日空を創立した美土路昌一(みどろ・ますいち)のことを書いている。

 はじめて知った名前だ。

 いまよく使われる民間活力の導入というよりも、国が上から作った航空会社と正反対に、NPOの発想で作られたような経緯を知った。そこには大きな志がある。

 まだ読みかけだが、日本には世界に誇れる航空会社があることを認識した。日航は残念ながら設立の経緯が逆だ。国に財力と構成的メンツで作られているようなところがあるらしい。 

 ところで、昨日まで読み続けていた「ダウンタウンに時は流れて」を読み終えた。

 今著者は、半身不随であり、声も出せない。その状況の中で20代のころのアメリカ生活を書いているのだが、本当に多田さんにとっては輝ける時代だったということが、全部読み終えて深く理解できた。しかし読み終えて悲しい。

 009

 さて娘は、込み合ったチェックインカウンターを並んで中に入っていった。

 次会えるのは、まだ日程は未定なバリ旅行だ。娘とわれわれ親2人とうまく合えば2男を入れていくことを約束した。

 やはり何歳になっても家に帰るといつもの末っ子娘だった。

 

013  4階の展望エリアで飛び立ちを見送った。

 それにしても今日は飛行機も順番待ちで滑走路に待機しつつ、3分感覚ぐらいで飛び立っていく。

 一応満足して家に帰る。

 家についたのは、まだ午前9時過ぎだ。

 放心状態の中、気分を切り替えて、リビングからつながる庭のベランダのニスがかなり禿げているのが、気になってそれを塗り替えることにした。

 朝のトイレをすまして、ロイヤルh-ムセンターにニスなどを買いに行く。

 今日は結構暖かくなって気持がいい。017

 ニス1000mlぐらいとうすめ液とはけなどを買って帰った。

 今日は髪の毛も染める日と考えていたので、頭もベランダも同時に塗りたす。

 家に帰ってさっそく塗り始め、なんとか12時には、1回目の作業ガ終わった。

 乾くまで3時間はかかるらしい。

 カレーそばを食べ、すぐ読書し、3時を待つ

 022

 それから2回目を薄いところだけしか使えなかったが、塗った。

 まだ日は照ってるので、効果抜群だ。

 また5時過ぎまでそのままにした。

 そのあと髪を染めた。

 今日は朝が早かったため、1日が長く感じる。

 妻はその間ずっとパソコンに向かっていた。

 髪を染め終わって、なびかせながら、コープに買い物に行った。

 今日はそれなりに自転車に乗っている。朝は妻の自転車でホームセンターに。夕方はミ二自転車でコープ立花に。

 家に帰ったあとは、ビアンキ・ロードバイクのスピードメーカーの電池を交換し、設定をやりなおした。ついでにタイヤに空気を後ろ7気圧、前6気圧に設定した。これで明日は準備万端だ。

 風呂に入ったあと、シンガポールに戻った娘から無事着いたと連絡が入った。

 まあ取り合えず一安心した。

2010年3月13日 (土)

ひさびさの土曜日休み。明日は娘が旅立つ

 002

今週は目いっぱい働き、目いっぱい自転車通勤した。それも雨の中で3日もだ。
 それで今日の休みは待ち遠しかった。ただ、今週いっぱい里帰りしていた娘は
いよいよ明日シンガポールへ戻る。朝は8時出発だ。
 それでぼくたちもちょっと落ち着かない面もある。
 それにしてももう今年も3月の真ん中だ。正月からあっという間だった。 

 時の流れはいつも走馬灯のように流れているようでもあり侘しさもある。
 と思うのは昨日夜「報道ステーション」で上野発金沢までのブルートレインと
特急が昨日で最後となるというニュースを映していた。
 別にそれに乗ったわけでもなく、思い出もないが、なぜか時代の流れを感じて寂しい。

 ちょっと寒さが和らいで、先週買ったビニールレザーの袖なしで決めてみた。

 朝はまた結構早朝に目が開く。しかしそのまま寝ていて、7時過ぎに起き上った。
 ゆっくり洗面、トイレを済ませ、ゆっくりコーヒーを飲み、テレビで日本釣りの旅を
見る。釣り人の出演は、俳優、両国なんとかさんさんと紹介されていたが、もと力士という。
 しかし体は普通人にもどっていて、力士時代の写真も紹介されていたが、おどろいた。
 そのあともゆっくりし、することがないので、ピアノに向い、課題のデスペラードに集中し、
遊び的に、自作曲「おやじの願い」「戦争しない誓い」、平井堅の「瞳をとじて」、財津和夫
「青春の影」、森山直太郎「生きてることが辛いなら」と矢継ぎ早にオンパレードした。
 その横で妻はひたすらパソコンと格闘している。
 それで11時を過ぎてしまい、先にご飯をたいておいて、この前納品された活水器の支払いに
銀行からの出金と郵便局ATMでの振り込みをしに行った。
 空はかなり曇っていて、雨が今にも降りそうだ。
 そんなに時間はかからなかった。
 家に帰ってご飯が炊けていて、ストックしていたカレーを食べた。
 食事の後何気なくテレビをつけてみると、教育テレビで熊谷守一(画家)のことを2女(80歳)が、みずから建てた美術館で語っていた。
 しかしこれは聞き逃してはならない話だった。
 というのは、絵を描くという行為に熊谷は、儲けることと別の意味を持っていた。名誉欲も皆無。ただ好きなだけと2女榧さんは語る。
 榧さん自身も戦争中、小学生で戦争について書く文書で、「シナ(中国)の家を壊すのは可哀そう」と書いて、先生から叱られたという。
 家には日の丸の国旗を掲げていなかった。
 まわりからは変わっている家庭とみられたらしいが、すごい人たちだ。時代に決して流されなかったということだろう。

 そんな余韻を残しながら、3時過ぎからは、今読書中の本に集中してみた。

 「ダウンタウンに時は流れて」

 作者、多田富雄さんは下半身不随で車椅子生活で、おまけに前立腺がんの手術したという。しかし若いころのアメルカ生活は郷愁をさそう。

 かなり読み続けた。また次の本「ベートーヴェンの生涯」青木やよひ著 が待っている。

 しかし今の本は心地いい。

 006 ところで夜は、娘の帰還を送るため、今いる家族4人で近くの焼き鳥屋に夕食を食べに行った。

 親子で仕事のあり方を語りあったが、みんな労働者になったんだとあらためて再認識している。

 自分の20代のときを考えると、子供たちは悩みつつも頼もしい。

 明日からまた家は3日人だけになる。しかし他の2人の子供も含めて、しっかり生きていってくれとエールを送りたい気持ちだ。 

 

2010年3月12日 (金)

やっと週末、今週の自転車通勤は疲れが残った

001 今週は雨が降ろうかが、風が吹こうか自転車通勤にこだわった。 

 しかし、この天候異変は体に堪えた。

 それで結構疲れを自覚しながら家を出ようとしたわけだが、庭の我が家の象徴、すももの木がつぼみを表してきた。

 春が近いなあと感じる。

 しかしまだ朝は寒さが残る。

 2号線に入って温度表示を見ると6℃だった。

 体はそれでもあったまってくる。

 歌島交差点で後ろからイケッチが来た。

 ぼくの前には、さっき抜いていかれたロードバイカーがいる。

 信号が青に替わって、発進したが、ここはスピードを出すコースなので、一機に抜いた。

 姫島交差点から淀川大橋を登っていく。

 しかしいつもより付加をかけすぎたが、30kmペースで橋を登っていった。

 ここは先頭を走らざるを得ない。

 ちょっと無理をしているのは自分でもわかる。

 海老江交差点では左折車が多いので、ここを抜けるのはちょっと技術がいるのだが、抜けた間に、後ろの二人が先を走り抜いた。

 それで、野田阪神交差点からは、直線コース。イケッチは加速したが、ぼくはあまり余力が残っていない。

 なんとかついていって本町通りで別れた。

 いっしょについてきていたらしいもう一人は、中央通りまできていたが、そこを東に曲がっていった。 

 正直そこから長堀交差点まで、さらにそのあともかなり辛い。

 なんとか職場まで走ったが息が上がっていた。

 仕事は今日は3時から中間管理職を集めた会議がある。

 まあそれなりに充実した会議になった。

 002 それであっという間に5時になり、そのあと電話当番があって、6時まで勤務した。

 それであわてて帰る支度をして、職場を出た。

 帰りは追い風。ペダルは力を入れなくても回る。

 こういうときは楽しい。

 今日もぼくを意識して必死で加速する自転車が2台あって、一人は信号をしっかり守っていたが、その前の一台は徹底して信号無視。

 しかしぼくもちょっと加速して福島交差点に到着する前に抜ききった。

 その後は誰に抜かれることもなく、マイペース出走りぬく。

 本当は明日が休みの土曜日というときは、淀川大橋を走りぬくとき、非常に解放的な気分になるのだが、今日はそこを走っているとき何も考えずに走っていた。

 それでもじわじわと休みの喜びがわいてきた。

 コープに立ち寄り、今日の夕食メニューのカレーの食材を買う。

 家に帰ると誰もまだ帰っていなかった。

 それでゆっくり支度をした。

 まあ、今日はゆっくり寝よう。 

 

 

2010年3月11日 (木)

ひさびさにビアンキに乗り換えて

001  ひさびさにビアンキ・ロードバイクに乗って出勤。

 気持的には、空も晴れたし、今日の温度は10℃ぐらいか、とおもいつつ稲川橋の表示番を見上げるとなんと5℃。

 「おおおお」

 と、おどろく。

 昨日と朝の温度は変わっていない。

 ところで、その前に通った尼崎市役所前の歩道に植えているパンジーか?それがきれいだった。

 今日は天気がいいが、誰にも会わない。

 職場には8時43分着だ。

 Photo

 午前中は、中央区、マイドームおおさかにギフトショーの見学に行く。

 アパレルからおもちゃ、フィギアなどさまざまな業種の出店があって、おもしろい。

 導入部におおきな恐竜のフィギアがおかれていたが、ブースでは、オバマ大統領までがあった。

 もっとサプライズは、地面から這いあがってくる怪人だ。

 これはアメリカで人気で、危険な場所の前に置いたりするらしい。Photo_2

 ちょっと怖い。

 そんなこんなで、午前中は過ぎた。

 午後は夕方から重要会議で、あっという間に6時になった。

 003 そこから帰りの走行移動だが、まだ寒さは残っている。

 しかしビアンキ・ロードはランドナーより加速する。昨日までランドナーに慣れきっていたので、スピードがちょっと怖く感じるぐらいだ。

 今日は遅く帰ることを予想していたので、コープに立ち寄ったが、出来合いの寿司、カツ、餃子などを買って帰った。

 風呂に入って、食事を終えると、疲れを感じた。

 やはり今週の天候異変は、通勤での疲れを味わった。

 夜は、NHKハイビジョンで大江健三郎の話をやっていた。「水死」の本はひっかかるが、いい話を聞いた。

 「新しい人」という表現について、それは、人間が必ず今の戦争や民族争いなどを解決するという楽観的思考だといっていた。

 そうだろう。人間は必ず戦争という悲劇から立ち直り、二度と戦争のない世界を実現するだとうという流れを信じるかどうかだ。

 ちょっと感化されて、難しいことを言ってしまった。

 やはり大江健三郎はインテリゲンチャーだ。

2010年3月10日 (水)

今日も雨かよ!ええ!しかし自転車通勤だった

001  朝起きて、トイレから出た後、風呂のジャロジーの窓を開けてみると隣の大きな駐車場は、小さな水たまりに雨が落ちるのが見える。

 「ええ!今日も雨!ええ!」という落胆の朝だ。

 なにせ昨日の帰りの寒さは尋常ではなかった。

 しかし、通勤は自転車しか考えなかった。

 それでまだ乾ききっていないグローブを履き、昨日洗濯したばかりのレーサーキャップをかぶり、同じく乾いていないシューズを履いて家を出る。

 ランドナーだけが心の友、たよりのもとだ。

002  ところで、いつもそのランドナーの名前をいいかげんに覚えているが、本当の名前は「ミヤタグランプレミオ」ということを今日そのトップチューブで確認した。

 まあ雨は少し小降りになった。

 2号線を走行中、なんとターミネーターマウンテンおじさんが抜いていった。

 「あれ雨でも走るんだ?」と感心しつつ、見送った。

 今日家を出るのは5分遅れて7時50分を過ぎていたが、職場は8時50分に着いた。

 仕事はやりがいがあったというか、午前中はまえから時間がかかっていた文書作成を完成させ、午後からは、補助金の件で、梅田の能力開発機構(ハローワーク関連)に出向き、今当面している問題で補助金がもらえるのか聞きに行ったわけだが、地元ハローワークでは難しいと聞いていたが、ダメ元で聞いてみると、どうもハローワークでも混乱があって、まちがった返答だったようだ。

 いい答えをもらってうれしくなった。

 帰りのついでに大阪駅付近をふと眺めると、なんという変わりよう。

Photo Photo_2

大丸のうしろに大きな屋根ができているし、阪急百貨店は、もとのビルの上に別ものがニョキっとそびえたっている。

「おお!!? おお!!」と言葉が出ない。

 毎日なんばまで通勤しているのに、田舎から出てきたように、携帯のカメラで撮影した。

 帰りは、今日ノー残業デーなので、5時すぎに着替える。

 もう雨は降っていなかったが、念のため、上下レインウェアを着て走った。

 昨日のような強風はないのでだいぶ楽だ。

 走りながら今日の夕食を考えたが、冷蔵庫のストックを思いだして、キャベツと豚肉をキーワードにして、お好み焼きがひらめいた。

 今週はランドナーが定番だ。再認識したが、これもいい。もっとリニューアルしたくなった。

 005

 今日の「お好み焼き」は、やまいもを摺って思いっきり入れた。

 これはJR立花駅近くの店出買うものを完全に越えている。

 ビール350mlを2本飲んでしまった。

2010年3月 9日 (火)

やっぱり通勤は自転車しかないのです。ただ、今日は1日雨だった

001  天気予報どおり今日は一日雨が続くらしい。それも温度は昨日より低いという。

 しかし今週まだ火曜日、通勤は自転車しかないのです。

 だいたい電車で行くとすると、JRの駅まで15分歩かないといけない。その間服は濡れる。

 当たり外れはあるが、こんなときに限って電車が遅れることがある。

 その点濡れるのと寒さを気にしなければ、自転車の方が気楽だ。

 ということで、今日はだいぶ寒いことを覚悟して、下半身は、レーサータイツの上からレインパンツを履く。

 今雨の日出番となるランドナー・ミヤタグラスミアが調子いい。カッコもいい。

 走り始めると予想どおり寒い。手の指にまずそれは伝わる。今何月何日???とうたがう。

002_2 だいたい歌島交差点が距離の中間点だが、ここを境にあと調子が出てくるのだ。

 それまで今日も「なんでこんな辛いことしてんのん」とふと信号待ちで思ってしまった。

 しかしがまんして走っていくと「おお、調子いいぞ!矢でも鉄砲でも持ってこい!」というのはオーバーだが、気分がよくなってくる。

 おそらく、脳の中に気持を高揚させるものが分泌しているのだろう。

 それを実感する。

 もう雨は関係ない。

 しかしロードバイクとのハンディーはいなめない。職場タイムカードは8時50分に印字した。

 アンダーシャツを着替え、ワイシャツを着ると、まだ体は熱い。

 昼は電話当番で、かかってくる電話に応対しつつ、自分のブログを読み返す。客観的に読むと自分の文字ながら面白いことが書いてある。

 そのあとの食事は、ワイシャツの上にカーディガンだけで外に出掛けたが、かなり寒かった。

 午後はなにやかやで時間が過ぎ、帰り支度となる。

 003

 帰りは雨が止むかと思っていたが、まだ降っている。それに朝より寒い。風が強い。 

 今世紀最悪の走行だ。

 ただランドナーはいとおしい。よく走ってくれる。

 しかし淀川大橋を通過するとき、風はさえぎるのものがなく、

 斜めに傾いて走っているぐらい風に振られた。

 「このまま尼崎まで行くの???」とちょっと弱気になってきた。

 それでも朝と同じで、歌島交差点を超えると、もう足は寒さで限界だったりするのだが、なぜか楽しくなってくる。

 しかし寒いことは寒い。

 南警察出張所に着く前の3つ手前の信号で赤になり「チャンス」と思った。右折して北に進むとJR立花南側に最短コースで行ける。

 ただそのまえの道は一般道で、無灯火の自転車がいて、危険この上ない。近付いてはじめてその存在が確認できるぐらいだ。

 「ライトつけろ」と条件反射的にさけんでしまった。それが2回あった。

 JR立花の地下道を通って北側にでて、コープ立花に入る。

 ロト6かの西田敏行のテープが流れる。彼の品格を疑ってしまう。それはぼくだけだろう。

 買い物を済ませ、また寒い中を家に走る。

 娘がひとり家にいた。しかし夜友達と食事に行くという。

 「ええ、こんな寒いのに行くの」と心配する。

005 夕食は、ブリの照り焼きと貝柱、キャベツの千切りとホウレン草。

 そのうち妻が帰ってきて、2人で食事になった。

2010年3月 8日 (月)

気温は冬に逆もどり。7℃の中を走る

001 今日は休みを挟んで4日ぶりの走行だ。

 どうも気分がよくわない。

 というのは、やはり気温がいっぺんに逆戻りしたせいかも。

 左門橋北詰めでイケッチがやってきた。

 「今日は早く走れないよ」と思いつつ前を走る。

 歌島交差点では、なんとかクリアーしたのだが、イケッチくんは前を阻まれたのだろう。後ろに付いてきていない。

 それでそのまま前を進んだ。

 それにしても温度は7℃だった。だんだん冬に向かうときの7℃より、一度暖かくなったあとの冷えこみは堪える。

 調子はよくないはずだが、8時41分にタイムカードを押した。

 仕事は午後からの近畿ブロックの担当者の会議で、午前はその準備で忙しい。

 会議は5時をだいぶ回っていた。

 今日の帰りは、コープ立花による必要がある。

 帰りも結構寒い。

 しかも向かい風。まあ3月は一度は寒さがえりが毎年あるので、覚悟はいている。

 まあそのうち確実に春に近付いていくだろう。

 002 

2010年3月 7日 (日)

雨の日曜日、読書にはまる

001_2  今日は昨日の雨につづいて、朝からまた雨が降り出した。

 妻は朝早くから仕事で家のパソコンと格闘していた。

 それでぼくは、朝から今読みかけの本「水死」(大江健三郎著)に没頭することにした。

 430ページのちょうど真ん中あたりまで読み進んでいるが、今日は残り半分をどうしても読み終えたかった。

 というのは、すでに次に読むべき本を買いすぎて、順番待ちでダイニングテーブルの横にたまっている。とくに多田富雄(免疫学者で去年厚労省がリハビリ制限を打ち出したとき、反対の運動をされた)の異色作「ダウンタウンに時は流れて}が面白そうなので、早く読みたくなっているのだ。

 朝9時40分から読書開始。12時で、まだ読み終えない。なにせこの本は、やっと主人公の名前とまわりの関係者の名を理解できたところなのだ。それにそれぞれの人が話す文章になっていて、その替わり目がよくわからないという初めての本だ。

 昼食休憩をはさんで、また1時から読みだし、3時になってもまだ読み終えられない。ただあと30ページというところまで来た。

 ただ、午後4時から今日唯一見ようと思っていたテレビ番組「江口洋介のキューバの旅」

がある。その前にユニクロに行って、ダウンの袖なしを探そうと思っていて、雨に中、レインウェアを羽織って、ミニサイクルで出掛けた。

 ユニクロにはまったくなかった。あきらめて帰る途中、ジーンズショップJ・X・Tでダメ元で店員さんに聞いて探してもえらうと、ビニールレザーでブラウンの袖なしがあった。OILCAKEと製造メーカーの表示があるが、最初6195円で三段階下がって今4336円の表示になっている。

 つまり人気がなかったのだろう。店員は「これは今シーズンの人気商品です」とか言っていたが、あやしい。まあしかし自分に合えばいいだろう。

 家に帰ると4時ちょっと前。さっそく和室の壊れそうなテレビをつける(リビングで妻が陣取っているので、いつものテレビはご法度)。

 002_2

 番組がはじまっていきなり面白かったのは、キューバでは40年以上前の車がざらに走っていることだ。

 1960年のキューバ革命で、アメリカ系の富裕層は、車を手放してみんな国を出ていったので、アメリカ車がたくさん残り、それを今も乗り続けているというのだ。

 江口も通りを走る車を見て「これはまるで映画のセットだ。ユニバーサルスタジオだ」と感嘆の声をあげた。

 ぼくがうれしかったのは、自分の車自体が、23年まえの車で、他の人からは、半ばバカにされている面はあるが、それを超えていることだ。

 使い捨ての思想からはカルチャーショックだろう。

 そんな国だが、大いに自慢できるのは、医療がほとんどタダということだ。これは最大の安心ポイントだろう。

 シッコという映画でマイケルムーワ監督は、アメリカ合衆国の医療制度の問題点をなげかけた。中流階級と言われる人たちも、いったんおもに病気になると、民間の高い医療保険に入っていないかげり、家を売って医療費を払うはめになることもざらにあるという

 キューバは、一人ひとりの所得はまずしいが出ていくお金が少なくてすむよう国の補償が完備している。

 日本では高校の無償化で財源があるのか!と反対派は大騒ぎしている。子ども手当てにしろそうだ。

 004 キューバのような日本と比較すると明らかにまずしい国が教育費、医療費を無料にしている。自然保護にも力をいれている。アメリカの経済封鎖のおかげで、無農薬野菜の研究が世界一進んだ。

 ようはどこに視点を置いて政治をするかだろう。

 日本人は家庭での生活は重装備でお金がかかる仕組みにされている。たしかに便利だろう。しかし便利のおしきせがないか。

 とても共感できるものを見た。ただ言論、表現の自由については、とくに言われていなかった。キューバ人のそこぬけの明るさはすばらしい。

 見てよかった。

 そのあとは妻がパソコンから動けないようなので、僕がバタバタと夜の作業にかかる。

 読書はあと30ページ。このブログが更新できれば、今日中には読み終えるだろう。

2010年3月 6日 (土)

午後からの会議を終えて、スーパー銭銭湯へ

001  今月は誕生月で、スーパー銭湯2か所から誕生日にあわせたサービスの案内のはがきがきていた。

 こういった配慮には、たかが営業であっても、ちょっとふらっと来る。

 それで今日は午後からの定例役員会を終えたら、スーパー銭湯「湯の華廊」に行くことに決めた。

 本当なら昨日自転車で走っていないため、今日は自転車で通勤することを考えていたが、朝から家を出る昼まで雨が降り続いた。

 それで電車で通勤することにし、ただ帰りのそのスーパー銭湯に行くことにし、帰りはJR福知山線で尼崎から二つ目の「稲川」で降りることにした。

 それにしても午後からのみ出勤し、会議に集中するには、結構家にいるモードからヒートアプしないと気持がついていかない。

 まあしかし職場近くの駅で下車し、会議の準備に入ると、もう何も考えない。

 無事4時には会議を終え、「湯の華廊」をめだした。

008  現地の着いたのは、午後5時前。「よし。いい。いい」とつぶやきつつ、温泉に浸かる。

 本当に有名温泉に来ているような錯覚を覚える。

 またすべてを忘れて、休みモードに戻すのは苦労はいらない。

 帰りは、阪急の最寄りの駅「稲野」から塚口乗換えで武庫之荘で降りる。

 今日の夕食は、妻が家にいたので、手巻きずしの準備をしてくれていた。

 今日の夕食は本当にひさしぶりに娘をまじえて4人の食卓となった。

011  この日のために庭に植わっていたジャンボレモンをもぎって、ハイボールを作り、そのレモンを切っていれた。

 さすがもぎたて。ちょっと高級ハイボールができた。

 妻と娘とぼくは後から帰ってきた2男で一緒にこれを味わった。

 幸せな土曜日だ。

2010年3月 5日 (金)

娘が外国から帰ってきた!

004_2  今日は娘がシンガポールから休暇を取って帰ってくるので、休みを取った。

 関西空港には11時20分着と聞いていて、朝は、ちょっとゆっくり過ごした。

 朝慌てなくていいいのはいい。それに娘に1年ぶりに会えるということうれしさがある。

 10時半ちょうどに家を出たが、関空までの阪神高速湾岸線は結構車が多く、低速運転地域もあり、関空には11時45分ぐらいになってしまった。

 娘は、シンガポールからANAで成田まで行き、そこから羽田にバスで移動し、羽田からまた飛行機に乗り、関空に着くという疲れるコースを選んだ。

 というのは、関空直行便は日航にもANAにもなく、唯一シンガポール航空の便があるが、独占運航なけに、ANAの倍の料金がかからしい。

 2階の国内線到着口についた。客が出てくる様子がない。表示板を確認すると、すでにARRIVEとなっている。しばらくソファーに座って持ってお茶を飲んだりていた。

 おなじ待合ソファーの反対側の角にそれらしいく女性がいるではないか。

 娘か?

 近づいてみるとやっぱり娘だった。

「お帰り」と声をかける。

 本当は出口から出てくるところを、感動を持って顔を合わすことを想像していたのだが、ちょっと調子抜けだった。

 何回も彼女をこの空港で迎える機会があったのだが、国際便で帰ってくるので、税関のチェックなどで時間がかるのだが、国内便は、預けた荷物を待つだけだった。

 008

  2泊3日で帰ってきたのを迎えたような錯覚をするような出会だった。

 先にハードケースを駐車場のマイカーに置きに行き、空港ビルにもどって3階のレストランに行き、がんこ寿司に入った。

 やっぱりシンガポールで食べるコメはインディカ米かで日本の味わいはないらしい。

 午後1時には、関空を後にした。

 003 湾岸線を走り、尼崎で下りる。パナソニックの液晶パネル工場が異常に大きく見える。

 そこから道意線をまっすぐ北に進み、家に着く。

 娘もほんの9日間だが、たいしせつに過ごそう。 

 疲れたのだろう。夕方まで娘は風呂に入って、リビングのこたつでぐっすり寝て、夜は同級生との懇親に出掛けていった。

 娘が寝ている間、ビートルスのCDを聞きながら、今読書中の「水死」をなんとかページを意識しながら2時間ほど読んだ。

 息子、光さんとの葛藤をせきだらに描いているの場面は、きれいごとでない小説として、かなり力が入っているなと思った。

 それから本を読む前郵便局に行ったのだが、前からこの間から気になっていたハイチ地震とそれに続くチリ地震への寄付を5,000円づつした。強がりではないが、宝くじを買うよりこまっている人へ役に立っていると思うだけで満足だ。

 まだそこの郵便局からの寄付行為は少ないのは係の局員は、要領を得なかった。

 たくさんの人が寄付してほしい。

 夕食は娘がいないが、週末定番のカレーライスにした。

 009

 これがまた絶品だった。

2010年3月 4日 (木)

完全雨対策で走る

001  今日は文字通りの雨だった。

 しかし電車で行くことは考えなかった。

 ちょうど最近整備したミヤタランドナーグラスモアが出番だ。

 ただ、出がけのとき、タイヤの空気圧を手で図ってみると明らかに減っている。

 それで、玄関から英式空気入れを取り出して、ロードと同じように前輪6気圧、後輪7気圧に設定した。

雨の中、資源ごみ(紙)の廃棄作業もしたせいで、ちょっと出がけは慌てた。

 やはり整備したかげで、調子いいような気がする。新しく取り替えたブレーキレバーも感じがいい。

 ロードに比べるとスピードはあきらかに遅いが、ある程度は進める。

 今日はそれほど足の筋肉通は感じなかった。

 仕事は超緊張感業務というか、午前、午後とも会議があり、その資料の準備も慎重に作成し、エネルギーを使った。

 夕方も用事で、難波を出たのは、6時40分ごろだ。

003  帰りは風が強い。ランドナーの重さでも、簡単に揺らぐ。

 しかし、ストレスの多い仕事を終えただけに、楽しく走って帰ろうと気持を保つ。

 また昨日みた長沢まさみらのハワイ自転車旅行の番組を思いだし、自分がハワイを旅行していると思い込みんがら走ると楽しい。

 結構スピードを出して走っているような気がする。

 ランドナー恐るべしだ。

 尼崎に入って、信号で停止すると、事故の目撃者を求める看板があった。

 引き逃げか、あて逃げか。005

 ちょうど阪神尼崎から西に200mぐらいの2号線ぞいに立っていた。

 雨はすでに止んでいて、ちょっとさわやかだ。風の方向は進路とおなじ。まり追い風だ。

 ありがたや!ありがたや!だ。

 足はくるくるまわる。

 明日は、昼まえにシンガポールから休暇で帰ってくる娘を迎えに関空に行く。

9日間の一時帰国だが、やはりうれしい。

 昼食は関空で一緒に食べるつもりだ。

 こんなときはマイカー・ニッサンプレーリーも役に立つ。

2010年3月 3日 (水)

またまた自転車仲間がやってきた!

003  はじめはゆっくり走る。しかし誰かに出あう予感はあった。

 突然やってきた。

 2号線尼崎を走行中、後ろから「おはようございます」と元気のいい声がやってきた。

 たしか先週会ったのだったか。ZUZIEくんではないか。

 しかしいつもの自転車、黒のデ・ローサではない。白のシクロクロスバイクだ。

 だが、後輪はエアロ仕様のホイールだ。

 それでも分かれ道になる歌島橋までなんとかついていく。さいきん会わないサッシーくんのことを聞いてみた。

 彼のほうがときどき会うという。それなら安心だ。

 歌島交差点でわかれの挨拶し、そのあとの少し飛ばす。

 ただ、またそのあとのコンビニ前で、前を走っていた車が突然ウインカーを出し、そのコンビニに入ろうとする。

 「しっかりうしろからくる自転車に注意しんか!!!!}という感じだが、自分のことしか考えていないような運転だ。

 ちょっと前を遮断されて、スピードは減速。そのあとの淀川大橋の信号がやばい。

 ここでもペダルをよけいに踏まざるを得ない。

 しかしなんとかクリアーした。

 それにしても運転技術が危なっかしい自動車の運転が多い。

 そんなこんなで職場h8時42分にタイムカードを押した。

 さいきん大腿筋の張りを気にしなくなった。仲間に会うと思いっきりペダルの付加をかけている。年齢のことを無視しだした。

 006

 仕事はなぜか充実していた。余る時間などない。明日が2本立ての会議の日なので、その資料作成に今日は暮れる。

 だいたいこの前急ブレーキで思いっきりブレーキレバーを引いたため、右手を痛めているが、思いっきり仕事でパソコンのキーを叩いた。 

 大丈夫か?

 自分の問いかけている。

 まあ今日帰りのブレーキングは大丈夫なようだ。

 あまり気にしない性格なので、なんとかなっている。

 それにしても帰りの走行は寒い。圧倒的向かい風。とくに淀川大橋前半をのぼるとき、スピードが落ちる。

 まあ、しかし帰りは家に帰れるという安心感で大抵のことはがまんできる。

 009 今週も夕食は自分の出番だが、今日はさわらのムニエル風でいった。小麦粉のねったやつが余って、なずびとシイタケをその小麦粉をまぶして油でいためた。これがいい。

 なんでも怖がらずにやってみるものだ。

 今日も食べ始めは誰も帰ってきていない。 

 まあそのもいい。

 010 テレビではBSハイビジョンで長沢まさみと水川あさみのハワイ自転車旅行紀行を放映していた。

 ハワイはいいし、若手女優2人の自転車旅も新鮮だ。

 秋のハワイセンチュリーランに応募したくなった。

2010年3月 2日 (火)

自転車通勤で見えてくるもの?

003  もう今年で遠距離自転車通勤は9年に近つく。

 その中で見えてきたものはたくさんある。

 まずはなんと言っても、天候の変化を直に敏感に感じるようになったこと。

 今日は、暑いか、寒いかつねに直感で服装を決める。

 よく書いているが、直感でその日の朝の温度はだいたい予想できる。特に冬は寒さを生で感じつつ、体が敏感に対応するのだろう。

 テレビの「ためしてガッテン」で、北海道の人のほうが寒さに反応しやすく、手足を冷たくすることで、体の内部の体温を防衛するという。だから逆に高齢者の方が寒さに鈍感で、いっけん寒さを感じないが、これがよくないらしい。

 それに季節感についても車や電車では味わえない体感がある。春の嵐、黄砂、夏の炎天下の辛さと水分補給の微妙な調整、秋はなにわ筋のイチョウ並木の落ち葉の山、冬は文字どおり寒さとのたたかい、0℃の中を走るときの服装に工夫などなどだ。

 007 尼崎、大阪を走るかぎり走れない時期はない。雨もまた可能だ。

 それに人間模様も顧みる。他人のことなどまったく気を使わない人がいる。一旦停止の信号のない交差点でもみむきもせずに走り切る人がいる。

 また誰に言われるでもなく、信号をきっちり守る人も少ないがいる。

 大きな交差点以外の信号のある交差点で信号無視する歩行者、自転車はなんと90%ぐらいると思っている。

 しかし意味のないあせりというか、まだ前の信号が青になっていないホンの1秒前に交差点にはいろうとする自転車はよく見る。オートバイも多い。また逆に進行方向に対して、前の信号があきらかに赤になりきったあと1秒ぐらい後で侵入する自動車、ときにダンプがいる。

 やはり世の中殺伐としている部分が表れているかもしれない。

 しかし、ぼくはとくに車道で逆走する自転車、信号無視の自転車が自分の進路を妨害するとき、おもいっきりどなる。

 今日は二人のりした高学年の小学生が赤信号を斜めにつっきったので、歩道にはいってから、追いついて車道から注意した。

「あぶないぞ。なにしろんねん!!!」

すこし照れたように「すみません」と返事を聞いた。

 ぼくは熱い人間でありたい。まわりがびっくりしようが気にしてられない。

 他人は他人ではすまされないと考えている。

 それに自分の体などの変化について考えてみると、心肺能力は確実に発達したように思う。それに太ももの筋肉の発達は自覚できる。

 ツールドフランスの出場選手のからだがきれいでかっこよく見えるのは、下半身の筋肉の発達と脂肪をおとした状態が動物の馬やかもしかのように見えるのかもしれない。

 ぼくはそこまではいかないが、均整がとれてきたように思う。

 また精神的効果もある。まったく走っていなかったときと比べると、ものの判断力が増したと思う。決断も早い。ストレスはつねにあっても回避する効力があるのでないか。

 いいことばかり書いてしまったが、これから始めようと思う人には忠告したい。

 安全の徹底の訓練を心がけてほしいということだ。決して自転車通勤が異常に危険だとは思わないが、押さえどころを変わっていないと危険だ。マナーのいい自動車、自転車ばかりではないということを知っておく必要がある。

 とくに注意が必要な部分は、自分が交差点に進入するときの対応。同じ交差点でも対向右折車への注意。測道やコンビニ駐車場から道路に侵入してこようとする自動車に接近したときの注意と手をつかった明確な意志表示の効果などなどだ。

 いずれにしても、毎日の積み重ねは実行するとしないでててきめんに差ができるだろう。

 

2010年3月 1日 (月)

帰りは予想どおりの雨だった

001  3日の自転車通勤ブランクを過ぎて、4日ぶりの走行となった。

 新聞の天気予報では、夕方からどうも雨となっている。

 しかし「まあ、いいか」といいかげんな対応で、いつものようにロードンバイクでレインウェアは考えずに家を出た。

 寒さはあまりない。しかしいつもチャックしている稲川橋温度表示は8℃をしめしていた。

 寒いのか、着ているウェアが暑いのか、よくわからない。

 まあ、真冬の寒さはひと山越えた。

 2号線で、尼崎を走行中、前にだれかいる。ヘルメットはブラックだ。ZUZIEくんかと思ったら近付いてみると、赤のビアンキだ。

 イケッチだった。先週から仲間によく会う。

 会話の中で、彼は膝に痛みが最近感じるという。仕事では立ちっぱなしがあるらしい。

 ただ30代前半の年齢だがら、無理しなければ心配はない。そのようなことを言った。

 先週からぼくも若い仲間に出会うので、つい合わせてしまって筋肉に無理しているわけだが、そのくせ逆にコンディションはまずまずだ。

 ただ、今日はイケッチくんについていって、そのあともそのモードで走ったため、ハアハアした状態にひさしぶりになった。

 職場についてスケジュールを確認すると空白になっている。だから約束はない。しかし仕事はどんどん飛び込んでいく。

 結果的には全部やり切れなかった。

 そのうち5時を過ぎ、残務処理をして5時半に帰る支度をする。

 午後からすでに予兆があったが、空は曇り、ポツポツと雨が降っている。思っていたより雨は早い。

002 やむなくそのままロードバイクで走る。

 気をつけるのは、あまりスピードをあげないことと、白線の上をなるべく走らないこと。

 暗くなると雨の強さは、見えない。

 しかし序所に頭から滴が落ちてくるし、左門橋では、決定的にお尻が濡れてきた。

 ただ、不思議なことだが、ある一定の度合いで、濡れてしまうと、気持悪さを感じなくなるのだ。

 そのまま尼崎を過ぎて、コープ立花に立ち寄った。 

 それで家についたのは、7時過ぎだった。

 005 体は濡れてもデイパックだけしっかり防水カバーが守っている。

 なにせデイパックには、携帯電話、電子手帳が入っている。

 ただ、ウェア、靴はびしゃびや。

 すぐ風呂に入りたいところだが、まず風呂に水を洗濯機に再利用するため、ホースで給水し、それが9分かかる。

 その間に食事の支度をしだす。

「ええい、先に料理してしまえ」とお尻が濡れたまま、作業していた。

 そんなこんなで8時まえに風呂に入る。辛子の入浴剤があたたまる。

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