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2010年5月31日 (月)

自転車通勤はビアンキで

008_2  2日間ビアンキに乗っていないと中毒にように落ち着かない。

 ただ、今日も事故なしで注意していこうと自分に言い聴かす。

 2号線にアプローチする前の七松線はより注意が必要だ。

 片道一車線だが、逆走高校生はひんぱんに来るわ、左右の道から突然進入してくるわ、「一般道って何なの?」といつも思う。

 やっと2号線にはいってほっとする。

005

 稲川橋を通るとき、一昨日ウーキングで通過した旧大物川を思い出して、自転車の角度からシャッターを押してみた。

 歌島の信号で、前によく見たことある、さらに近づいてビオンキのロゴにまちがいのないイケッチがいた。

 ブログとツイッターの話でしばし情報交換する。「昨日更新なかったで」と聞くと、ZUZIEくんと飲んでいて、更新不能だったらしい。

 さらに会話が必要なため、次の信号待ちまでついて走る。

 野田のJR高架下でツイッターのやり方を聞く。「最初はけっこう手探りでした」と言うので、安心した。

 さらについて走って、本町通りで別れた。

 ちょっと疲れた。

 しかし仲間に会うのは楽しい。モチベーションが上がる。今日も元気で仕事できそうだ。

 仕事では、午前は神奈川からやっくるSさんに自分の団体のことをレクチャー。ビックリしたのは、そのSさんも自転車に乗っていて、乗鞍ヒルクライムに参戦するという。

 しかも乗っているロードバイクは1998年ビアンキといっていた。

 意外なところに自転車仲間がいるものだ。

 午後は資料作成でEXCELを使いこなす。ちょっとこんを詰め過ぎた。

 こんな日は、自転車に乗って帰るのが目と頭のリハビリになる。

 ただ嫌なのは、ロードかクロスの自転車が多く、どうも何人か後ろをついてくる。いっそ抜いていってくれるとありがたいが、やたら後ろにいて、信号まちでも後ろにいる。

 これはちょっといい気はしない。

 もっと気分が悪いのは、神崎川までのアップを走るとき、前にダンプがいて、左折しようとするが、対向の歩行者がいて、一時停止。

 そのときを見計らって、ぼくを抜き、逃げるように加速していくではないか。

 競争しているのじゃないのだから、そういった行為はやめてほしい。ただそのあとこちらもむきになってきて、追いかける状態になった。

 ただそのとき、駐車している車をやり過ごすため、後ろを振り返ると別のクロスバイクが後ろにいる。

 発進で後ろを引き離し、前を追う。これはかなり負荷がかかる。

 結局、尼崎の街中に入って、前に最初のロードが見えてきたので、一気に追い抜いた。

 そのあとは、前の車にひっついて、時速41kmぐらいでペダルを回す。

 後ろになったローダーをだいぶ引き離した。がちょっとインターバル状態だ。

 ただ、経験が少ないローダーには負けるわけにはいかないというプライドというか、そんな気持ちがある。

 ちょっと子どもだ。

 ただ、車と同じスピードで走るのはおもしろい。

 今日はコープ立花には立ち寄らず、家に直行。

 夕食作りにいそしむ。冷蔵庫を見ると、ビールは1本。CHIMAYだけなので、もうすぐ帰ってくるだろう2男に携帯で「ビール買ってきて」と留守電を入れる。

 しばらくして、ビールを持って2男が帰ってきた。

 ひと安心だ。

2010年5月30日 (日)

西宮保育所だいすきフェスタ5周年に音響担当で駆り出される

003  妻がの西宮市の職員組合保育部会の執行委員をしている関係で、なぜかうちにある音響装置つきでぼくが舞台の音響担当者を頼まれる。

 というのは、プロにたのむと機材と人材で10万円ぐらいは取られる。

 ただし家に保管しているのは、ペアベリイエレクトリックス社(アメリカ)性のコンパクトな音響装置を持っているのだが、すでにこのフェスタで4回使っていて、それで十分対応できるということで重宝されているだろう。

 ただし、その装置はわが屋の預かっているだけで、所有者は尼崎医療生協の武庫之荘班ということになっている。しかし周001辺装置のマイクコードやスタンドはほとん自腹で追加購入いている。

 今日は天気もよく、朝11時から開始だが、成功しそうな予感があった。

 ただぼくは音響のプロでもないので、持っている装置を最大限生かすだけだ。

 市役所横の六湛寺公園周辺は、保育所関係の出店が出て、また今年はミニSLも走り、小さな舞台では、入れ替わり立ち替わり保育所ごとの出し物が出る。

 歌あり、踊りあり紙芝居ありだが、観客の子どもたちが可愛いというのが最大の特色だろう。 

 しかし考えてみると、ぼく自信子育てを終え、子ども4人はすべて成人しているのだから、今真っただ中の親の子は、自分とわが子のちょうど間に親がいて、その子どもが育っているということになる。

 そのうちわが子と同じ世代が、保育所の父母になっていくのだろう。

 悪戦苦闘していた30代が懐かしい。もう一度戻ってみたい気をするが、やはりそのころは自転車に熱中するどころではないだろう。

 ただし、今考えてみると自転車通勤はできるなのだ。ぼくの30代では実際自転車の長距離通勤などマイナーの中のマイナーだ。

 まあ今だからできるのかもしれない。

 ただ考えてみると毎日ロードバイクに生活として乗っていることなど想像もしなかった。今や生活の一部になっっている。趣味の域を超えているかもしれない。

 つまりまわりからは、尼崎からなんばまで自転車で通勤していると、初めて聞くと大抵驚かれるが、それを自慢するつもりもない。これが今は自分の生き方だ。

 ただし明確なコンセプトはもっている。つまりええかっこうで言えば、以前にも書いたが、自分の意思でかっこいい生き方をしたい。ぼくにとっては、遠距離自転車通勤がその一つだったということだ。

  005   

 ちょっと話題が替わって、ビールの話になるが、昨日コープに共同購入で注文したCHIMAYというビール3本セットが届いたが、それを今日夕食で飲んだ。

 それを夕食で飲んで感じたし、その裏ラベルの解説を見て感じたが、まず解説では、これはベルギービールで、トラピスト修道院で伝承された品とある。そして修道院の僧侶みずからが醸造し、しかも院内ほりぬきの天然地下水と天然原料を使用し、熱処理も濾過もしていないと書いてある。

 なんと奥深いビールだと思う。

 日本には日本酒があり、その生産は、ほんとうに全国各地に名酒が売られている。それに比べて日本ビールは大手4社に完全に独占され、発砲酒は味がいろいろといっても、あれは作りものにぼくにh思えるしビールはきょう飲んだビールに比べて明らかに薄い。

 味も均一化いている。あるビール評論家によると、地ビールはあっても、新しい製品を創ろうとしてもかなりハードルが高く(年間の販売数を高く見積もらないと製造販売が許可されない)、味もばらつきがあってはいけないので、突然うまいビールの味が生まれても、もとのように無理やり平均化する。

 生産の原因によっても味が替わってもいいじゃないか。ワインだってボージョレルーボと、長年熟成したものでは味が違う。それが当り前だし、それが消費者にとっては楽しみじゃないか。

 ビールについては、日本人は味の貧困大国だ。それで満足してしまっている。逆にヨーロッパビールを飲むと、濃すぎる、甘すぎるという人がいる。それは本当の本場も味を知らないのだ。日本のビール消費者よ!騙されるな!

 こじ付けかもしれないが、アメリカ軍の普天間基地問題もよく似ていると思う。65年間もお題目のように「アメリカがいないと日本の防衛は守れない」とマスコミも加わってつぶやき続けられてきた。

 それととっぴおしもない発想だが、北朝鮮の韓国巡視艇爆破攻撃は、その普天間問題で日本がわきたっているときに「なんで」という感じだ。かんぐると日本の暴力団経由でなにかの身蹴りに攻撃したのではないかということだ。

 以前テポドンが日本ごしに太平洋に落下したときも日本はたしか憲法改悪が話題になっていたときだったと思う。

 あまりにもタイミングが合いすぎる。ちょっとミステリーだ。ただ根拠の一つとして、麻薬を北朝鮮が日本に密輸しているという事実があり、日本の暴力団がとりもっているという。

 もうそろそろ「アメリカが防衛してくれている」という神話をマスコミも本土の日本人選挙民も自分の頭で考えて疑問視してみるときではないか。

 そうすると普天間の移設場所を日本が考えることのナンセンスを感じるとぼくは思う。そろそろ大量兵器、軍事での抑止力による国際関係の手法を捨て去ろう。

 国と国は経済協力と話しあいで何事も解決していく手法がメジャーになってほしい。

 ジュンレノンも歌った「もしも世界が国境も宗教の束縛もないことを想像してみよう」を今すべての世界の人々がいっしょに考えるときだ。

 ちょっとチメイ?ベルギービールが頭を興奮さえてくれて、いいたいことを書いてしまった。

 ところでまたまた話は代わって、今日はジロ・デ・イタリア最終日だ。バッソは過去の人だと思っていたが、彼のチーム、リクイアス?の協力はすばらしい。シモーニもとっくに引退したと思っていたが、昨日に山岳の走りを目の当たりにして、そのきれいなホームに感動した。まさに芸術的ダンシングだ。

 こんなすばらしい大会を日本の報道はほとんどマイナーでしか扱っていないのだ残念だ。

 今日は今午後9時50分、「新参者」が終わるころだ。

 今日もジロを今から見るしかない。

  

2010年5月29日 (土)

念願の尼崎「中国街道みてある記」を歩く

001_3 今日は実は、中国街道を歩いたことを書こうと試みて、半分以上書き終えたところで、英字、数字を入力しようとして、突然入力した文章が消えてしまった。

 それで実は午後8時すぎから書き始めて、今10時なので、2時間書きっぱなしなわけだが、腹が立つので、ちょっと今日コープで手に入れたワインを飲みながら打ち始めている。

 以上最初の愚痴でした。こんなこともあるのだ。

 さて、そんなわけでちょっと最初書いたより省略したいが、

 午後から阪急電車でふた駅向こうの「園田」で降りて、バスに乗った。ついでに書くと、バスのコースとそのバス番号がわからずだいぶ迷った。

 しかしいったんバスに乗るとのんびりした気分でいい。

 遊女塚は4つ目。バス停からちょっと歩いてその史跡があった。法然上人が遊女に説教して5人が神崎川に身を投げたといういわれだ。

 002_3 そこから神崎川方向に歩くと「神崎灯ろう」が立っている。江戸時代神崎川は運搬船の往来が盛んで、この地に50件以上の米屋、八百屋、床屋がならんでいたらしい。

 神崎川はいつも2号線でわたってるが、ちょっ認識をあらたにした。

 

005_2

 次は、須佐男神社を目指したが、大したことはなかった。ただ狭い境内に樹齢数百年のイチョウの木があった。

 すぐ道に戻って、街道行き止まりのような場所に屋根のついた道標があった。

 006_3

 そこで右は有馬道になっているが、いつかそちらも歩いてみたい気がする。

 しかし左に曲がる。

 ただしばらく史跡はない。ちょっと道を間違えて遠回りもしたが、JRの高架線路を越え、ヤンマーのサッカー練習場をすぎ、ごちゃちゃした中を過ぎ、尼崎工業高校を通り過ぎ、大門川跡を通ると、2本目の道標発見だ。

007_2 この道標は、「左 尼崎  西宮」と書いてある。

 昔の人はみんなこの道標を見て、曲がっていったのだろう。

 まもなく大きな道路が見えてきたが、なんと大物線だ。ちょっと驚く。

 というのはいつもこのすぐ南の2号線でこの交差点をも毎日通りすぎているのだ。

 「こういうふうにつながっているんだ」と驚いてしまった。

 その2号線をくぐって、青空保存にしてある蒸気機関車デゴイチがあった。

010 正面から見たのは初めてだ。

 またどこかで動かしたらいいのになと正直思う。

 そのそばにもうひとつ史跡があるが、その公園から少し離れたところの墓場にあった。

 011 「残念さんの墓」という。 

 幕末に長州藩の山本文之助がこの地で捕えられ「残念、残念」と言って死んだという。

 いろんな史跡があるものだ。

 いよいよゴールは近い。

 阪神「大物」の高架線路をくぐり、まっすぐ南に進むと、43号線にぶつかる。ただしこの交差点は信号で歩行者がわたる権利がないというか横断歩道がない。

 つまり歩道橋しかないのだ。

 43号線は産業道路というか、車優先の最たる道路だ。

014  その歩道橋もものは考えようで、歩道橋上からの眺めはいい。

 歩道橋を渡り、さらに南に歩くと、左右に運河があり、右折する。

 まもなく、ゴールの大黒橋が見えてきた。橋の向こうはもう築地だ。

 ここは最近知ったスーパー銭湯「戎湯」があるので、何回も来たことがある。

 ここでも「こうつながっているんだ」と感心する。

 ただ、正真正銘の中国街道を通っている。遊女塚から歩いてきたからかなり南に下って、旧尼崎城を周回して今の旧国道にはいる。

016  今日は大黒橋までだったが、普段見ている尼崎と違う視点で地域を見れて、歴史の重さを感じた。

 通勤時も2号線を移動するだけだから、歩くというのもおもしろいものだと思う。

 このあと、築地を素通りし、戎橋という橋を越え、4号線の下をくぐり、阪神尼崎駅から、阪急武庫之荘行きのバスに乗って帰った。

 ただ山を歩くのとはちがって、意外に疲れるということがわかった。

 やはりコンクリートの上を歩き続けるのは、足にとっては疲れるのかもしれない。

 なお、大黒橋はらさらに西宮境の武庫川まで歩く案内も市報に出ていたので、いつかいかないといけない。

 まあ、ひさびさの土曜日休みは、いい体験ができた。

2010年5月28日 (金)

寒い週末、ピンクレディーで、いやピンクジャージで走る

001 金曜日はカレーを作るのがわが家の定番だが、自転車通勤では、春以降は一つ持っているピンクウェアで行く。

 それに明日はひさびさの正真正銘の土曜休みだ。

 出だしに気付いただが、アームウオーマーを着忘れたこと。

 それで予想以上に寒い。このまま走れるだろうかと思ったが、そうでもなかった。

  野田阪神に近づいたとき、そこで信号停止したが、駅近くで共産党の清水ただし参議院候補が選挙カーで演説しているではないか。

 ある意味個人的にも清水さんに期待している。何せチンドン屋、ロックバンド、漫才師などを経験して、市会議員になった異色政治家だ。ただ谷亮子とはまったく違う。そんなメジャーな芸人ではないなかで、人柄で福島区トップ当選したつわものだ。

 今ラジオ大阪の「ラジオ派遣村」という番組のパーソナリティーである。ただ参議院選挙2カ月間は、出られので、ピンチヒッターが担当している。

 演説の姿にはずかしさも忘れて、大きく手を振った。

 そこから自分も元気が出て、ペダルの勢いが増す007

 寒さなどすでに記憶にない。

 職場には8時45分に着いた。

 仕事では今日は今週大仕事は済んで、ほっとしながらデスクに向かう。

 天気もよくなって気持がいい。昼休みは、道頓堀川向こうのレストランで、テーブルと傘を並べて、客が和んでいる。

 午後は法律事務所に相談に行く仕事もありーの、帰ってデスクで文書作成、チラシ作成ありーので過ぎていく。

 008 5時のチャイムを聞いて、ひとしきり残って、5時半ごろ着替えて職場を後にする。 

 ところが、走り初めから、尼崎のコープに着くまでずっと向かい風だ。それも結構ハードな風だ。

 「なるべく足を酷使せず走ろう」とは最初の気持だが、なぜか足をまわそうとして、向かい風の中、30km/hを維持し走り続ける。

 自分でも不思議だが、結構ハードに走れる。体はかなり前傾にし、ブレーキレバーを被うように手をつけ、腕を道路と並行にして走る。

 ちょっとジロ・デ・イタリアの選手の気分。

 結局最後まで本当に向かい風のままだ。ちょっと右足太もも後ろ側が筋肉痛ぎみ。これは初めての体験だ。今週は月曜日からまるまる毎日走っている。

 野田阪神に着いて、信号まちで横断歩道を右折し、右側から横断しようと信号待ちしていると、赤信号を反対側から渡ってくる中学生らしく少年がいるので「危ないぞ!!!!」と注意の声をかける。

 信号が替わって、今度はその横断歩道を右折し、北に進もうとすると警官がたくさん待機している。さっきの中学生を着ていたはずだが、「なんや、お前ら」とあきれる。

 警官にもいろいろいるだろうが、その職務のモチベーションが低すぎるんちゃうか。とあきれる。

 市民が注意しているのに法規順守がプロの警官が何もしないのはどういうことだ。

 ただあきれて、そんな文句が、つい口から出そうになったが、今日は止めた。

 まあ、自分は模範運転をし、不法な行為には注意するだけ。「そんな人間に私はなりたい」(これは映画『私は貝になりたい』のもじり)。

 コープ立花に着いてホッとする。カレー作りの食材を買う。ただ回りからはピンクジャージとブルーパンツで店をうろうろしているので、実は目立っていただろう。

 今日もうまいカレー完成。

 明日は、尼崎名所ウオーキングに行こうと思う。

 

 

2010年5月27日 (木)

ヒヤっとすること限りなし

001  今日も寒いらしいと感じつつ、アームウオーマーをつけて家を出る。

 七松線をはしるのは、一般道ということもあって怖い。

 逆走の高校生は絶え間なく、左路地からいきなり進入してくる自転車ありと無ルール地帯だ。

 2号線に入ると、ちょっと安心。車やバイクは逆走することはありえず、同じ方向にみんな走る。

 気温は低いようだが、走っているとちょうどいい感じだ。

 4日も続けて走ると、たかが16kmと言っても結構筋肉の疲労感は残っている。しかし走って筋肉を使っている最中、使っている方がほどぐされるように思う。

 職場には8時40分自転車置き場に到着。

 午後のメインスケジュールは、職員全体の会議。そのための資料確認とコピーでエネルギーを使う。

 それで夕方も会合があって、そこを出たのは、7時すぎだった。

006 帰りのスタートでまず感じたのは「寒うううううううううう」。

 ひさびさの本格的寒さ感だ。

 輪をかけて向かい風。ある程度走って、信号待ちで停止時、やっと温まってきたなと思いつつ、発進すると風で体温をうばわれる。

 こんなときは気分的にも疲れる。

 野田阪神を過ぎ、ゆっくり走っていると、いきなり逆走のおっさんに出会う。「反対走んな!!」と注意する。

 淀川大橋の上も結構向かい風。

 尼崎に入って、何台かとまっているタクシーの列の一台がいきなり僕は通り過ぎるまぎわにドアを開けてきた。「ばかやろう!」

 まさに冷や汗ものだ。ただ、自分がまだ反射神経が衰えていないことを確認できたのはうれしい。

 しかし今日の帰りは冷や汗をかく場面がそのあと3回ぐあいあった。というのは一般道ですでに暗くなっているが、無灯火で左路地からいきおいよく僕の前に現れたり、他にも自転車の法則なき動きで翻弄された。

 007 そのまま尼崎立花商店街を降りて移動したが、目的のスシマスは店じまいの最中。

「ガックリ」

 仕方がないので、コープ立花に移動。

 しかしここでもにぎり寿司のパクがすべて売り切れていた。

 今日はついていない。

 他のものを買って、家に向かう。

 まあ、今日は仕事上、月1回のおおきな会議を終え、ほっとして風呂に入る。

2010年5月26日 (水)

道路上でのコミュニケーションを増やそう!

005 今日朝妻が「寒いらしいよ」というので、半袖、半パンツウェアだが、アームウオーマーを着ていった。

 これでちょうどいい。

 家は7時50分ごろ出た。信号のタイミングよく待つことなく、山手幹線を横断し、名神下を走り、七松線を下り、一機にJR踏み切りを超え、2号線に合流した。

 昨日のジロ・デ・イタリアが頭に残り、急坂をかなり高回転のペダリングで登るレーサーたちが格好尾よかった。

 それをまねすつもりはないが、頭は刷り込まれている。

 002 しかし、空はだいぶ曇っている。

 途中誰にも会わなかったが、職場には、8時41分に着いた。

 今日は朝起きた時何故か、疲れがあった。

 そのためか、お腹の調子に跳ね返ってきた。しかし朝はとにかく面談の予定が二つあり、それを済ませて、昼15分前、トイレに直行。

 気分が回復し、食事に行った。

 レストランにいくまで、ウオークマンで「マンハッタントランスファー」の水準高いジャズボーカルをあらためて聞いて、感心する。

 午後からも面談と、明日の全員の会議の資料作りに集中する。

 あっという間に夕方が来て、午後5時過ぎ、今日はノー残業デーだとつぶやき、帰る用意に。

 今日はもとバネストのユニホーム。

 なるべく無理せず走ることに。途中昨日処理を忘れていた給料の出金とM銀行へのローン分の現金移動。

 ところがだ。

 M銀行のATMはぼくのカードをうけつけない。横の電話で行員を呼び出す。

 調べてもらったら、カードが停止状態になっているという。

 思いつくのは、イタリアで盗難にあった3男のセゾンカードを停止した影響で、そうなったらしい。

 まあ行員の女性に文句を言っても仕方がない。

 気を取り直して、帰路に出発。ただ現金を20万円も持ったままだ。

 今日はそこから四ツ橋筋を本町通りまで北に進み、そこを左折し、なにわ筋を通りこし、新なにわ筋で2段階右折し、野田に向かう。その手前で車2台の事故現場が見える。おまわりさんが3人ほどいた。

 そこで信号停止したので、「事故ですか」と一人の警官に聞く。

 「そうです。事故ですわ」

 「ご苦労さまです」

 とねぎらうと、今日に表情和らぎ「今日はまだ路面がヌカルでいるので、十分注意して走ってくださいね」と交わされる。

 「ありがとうございます」

 と礼を言ってその場を後にした。

 野田阪神に入って、今度は信号停止のとき、すぐ横にいる車がクラクションを鳴らした。

 なんだろうとその車を見ると、もう一台向こうに並んでいる車の助手席側のドアが半ドアになっていたようだ。

 最近それを知らそうとする行為を見たことがなかったので、「まだそんなドライバーがいるんだ」とうれしくなった。

 数十年前はもうちょっとドライバーどおしのコミュニケーションやいざというときの助け合いがあった印象がある。

 最近は本当に冷たい人が多くなったというか、注意したとき無視するやからもいる。

 しかし今日の帰りは、いい場面に出会った。

 まあ、不審者への注意がなんだ。そんなに悪い人ばかりじゃないさ。

 こちらがそういう気持ちだと、結構コミュニケーションは通じるというか、いい反応がある。

 みんなコミュニケーションを望んでいるんじゃないか。

 おせっかいおじさんのつぶやきだ。

003 家に近付いて、コンビニでビール6本買う。

 家に帰ると2男が食事の用意をしてくれていた。

 

2010年5月25日 (火)

雨が上がってやっぱりビアンキが似合う

004  今日は年に一度の健康診断の日だ。

 それで昨日は午後8時以降はお茶のみ。アルコールはご法度だ。

 ただ、説明書を読み間違えて、午前中の健診でも、朝7時までは食パンと紅茶はOKと思いこみ「これなら朝も自転車で通勤できるやん」と勘違いしてしまった。

 ようやく今日は晴れになった。

 もちろんビアンキ・ロードの出番だ。

ただ、ボトルにお茶を用意したが、走行中は飲めないことはまちがいないので、そのことがちょっと辛かった。

 それで、できるだけ汗をかかないようにと、自分に言い聞かせて走ったが、汗をかかないわけにはいかない。

 海老江交差点では、サッシーが後ろから来た。お互い別れる野田阪神まではすぐだったが、会えたことは喜びだ。

 あとは競争する相手もなく、ただマイペースで走った。

 職場には8時45分に着いた。

 しかし健診が済むまでは水も飲めない。

 始業時間になって、健診場所からもらっている問診票に記入して、職場から健診場所まで自転車で行く。

 俗に言う「ママチャリ」だが、ぼくはこの言葉が好きではない。自転車をばかにしているように聞こえてしかたがない。一般自転車と言ってほしい。

 なんばの職場から四ツ橋筋を北に走り、長堀通りの2つ南の筋を、大丸に間を東に進む。かなり道路が狭い。朝9時過ぎだというのに、結構車がその通りに入ってくる。

 しかしのんびりぺースでも15分ぐらいでその「長堀診療所」に着いた。

 中がかなりリニューアルされていて、面喰った。

 受付での手続きの問い合わせで、朝食パンを食べたのが、胃のレントゲンにはまずいようで、その検査はパスすることにした。そうすると普通6800円かかるところが3500円ぐらいに軽減されてしまった。

 やはりバリウムを飲んで、台の上でのたうち回る検査は、金がかかることがわかる。 

 覚悟をしていただけに拍子抜けだし、ちょっと胃の検査しなくて大丈夫だろうかと、不安である。

 肺のレントゲンでは、検査の人が最初に「ブラジャーやネックレスなどしていませんか」と言うので、「ええ・・?」と返事ができない。男女入り乱れて検査を受けるので、条件反射のように口か出たらしい。

 問診では、女性の医師でベッドに追向けになって、お腹をハダケタが、手でいろいろ触られると「妻以外の女性に肌を触られるのは辛い。ちょっとちょっと・・・」という感じになる。

 しかしほどなく検査は終わってほっとした。その問診で最後だった。

 そこを出て、職場までまた自転車で戻るが、長堀通りまで北に進んで、西に向かった。ちょっとさびしく感じたことがあって、御堂筋の交差点にサザン・クロスという心斎橋の町おこしの中心人物が経営する喫茶店があったのだが、それがなくなっている。

 やはり小さな店は飲みこまれてしまうのか、その周辺はたしかにグッチやシャネルがはばを効かせている。

 今の橋下知事は大企業を重んじる典型のように見える。

 しかしヨーロッパのいい面をまねしてほしい。向こうは何百年のスタンスで町は動いている。

 ちょっとそんなことを1つの店の消滅で考えさせられてしまった。

 数年前、そのサザンクロスに一人入って、コーヒーを飲みながら、外の御堂筋の風景を見たときの心地よさはもうない。

 職場に帰ってもまだ10時30分。仕事もちょっと拍子抜けだ。

 それでもやるべきことを考えて昼まで頑張る。

 午後はほとんど会議で終わった。

008  帰りの自転車は、バリウムを飲んでいないので、健診のダメージはまったくなく、向かい風が多い中をちょっと優越感をもって、まわりの自転車をどんどんぬかし、尼崎まで爆走した。

 向かい風に抗してどれぐらいの時間30kmぐらいで走れるか、がまんで走った。

 尼崎に着いて、今日もコープ立花に寄り道する。

 お風呂洗い、自家製パン用の小麦粉など買った。

 やはりビアンキで走るのは、楽しい時間だ。

2010年5月24日 (月)

大雨走行の極意はあるか? 今日は結構雨だった!

003  昨日は一日雨だったが、日が替わってもまだ雨ではないか。

 それに朝起きても暗い。これは精神的にもよくないだろう。

 しかしちょうど一昨日ランドナーの洗車とフロントブレーキのシューを交換していたことが功を奏した。

 だから試験運転としてはちょうどいい。

 さて、大雨でも走れる、しかも安全に走れる極意はなにか。

 アイテム的には、上から行くと、へルメットの下にはレーサーキャップを被ること。これが目の上のひさしになって、雨粒をしのげる。

 首から下はもちろんレインウェアだ。それもゴアテックスで考え抜かれたモンベル社のものがお勧めだ。 

 あとは特にない。靴については、カバーというものがあるが、いちからか止めてしまった。そのかわり職場に着いたら、靴下を履き替える。 

 グッズはこれくらいだ。もちろんサングラスは、曇らないものが最高だが、これはまだ見つめていない。ただぼくのそれは、太陽の光のかげんで色がかわり、夜でも使えるやつをつけている。

 次に運転の極意だが、まずスピードは控えめにだ。ぼくのようにランドナーか、タイヤの太いシクロクロスか、スピードを気にしなければマウンテンバイクなどに乗り換えるのがいいと思う。

 それからあとは天気のときと別に代わりなく、安全に気をつけるだけだ。

 ただこの前知り合いのIさんが対向右折車と接触してロードバイクが壊滅状態になったと聞いたので、ぼくの経験上、対向右折車がいる場合の安全に走行する注意を紹介する。

 それは、こちらが自転車といっても直進が優先ということは基本で、こちらが優先権があるのだが、自転車一台が孤立した状態で交差点に進入するときは最大の注意が必要だ。

 まずやることは、自分の後ろにどれぐらいの距離で自動車が来ているかだ。

 自分を追い抜きそうか、かなり近くにやってきそうなら、対向右折車はまず、発進してこない。

 問題は、同じ方向の自動車がまったくない場合だ。今でもそういう場面はぼくでも怖い。

 その場合は、正攻法では対処できない。

 あきらかに強引に発進しそうならスピードをおとして見過ごす。しかし2台目とのタイミングも要注意。結構こちらを無視して強引にはいってくる場合がある。こちらは強引に行くと絶対勝てないので、スピードダウンしてやり過ごす。そして行った直後をすばやく逃げる。

 ただ20mぐらい手前から相手の心理はだいだい読める。

 こちらを待っていて、動こうとしない場合は、右手でお礼を言って直進する。この場合はまずぢじょうぶだ。こんなときその空気をよめずあまりにもスピードをさげすぎると相手もまよって入ってくる場合がある。

 ただ空気が読めない対向右折の車もいて、こちらがすでに交差点に入りかけているとき、強引に右折してくる場合は、ブレーキをかけ、危険を避け、ただおもいっきり怒鳴る。

 相手に無法運転だということを知らさないといけない。

 まあ、そんな車は1年間に2,3台くらいしかない。

 以上は、雨だからということではないが、雨の日はそのことをより注意する必要がある。

 なんといってもON ROADを自転車通勤する場合、最大の危険ポイントは今言った交差点だが、その対向右折とのやりとりと、もうひとつが、同じ進路の左折車との関係だ。

 危険な運転はこちらが交差点に今入ろうとしたとき、強引に前に入って左折する車だ。相手が運転技術があるならまだいいが、こちらを気にせず、スピードダウンしてこちらを妨害するやからがいる。へたで失礼としかいいようがない。

 もっとひどいのはタクシーに多いが、直進するのかと思ったら、いきなりウインカーも出さす、こちらの目の前で左折するやつだ。

 とにかく交差点に入る前は後ろを確認すること。この首を大きく右後ろにむけて走行するのも技術だ。渋滞時はぜったい車のすぐ横につかないこと。車と車のすきまを走るようにする。

 また大型トラックと並行運転しそうなときはすぐ後ろか、その前に移動する。

 もうひとつ、朝であっても大雨やかなりの曇り空なら、ライトをかならずONにする。これで50%安全度が高まると思う。

 まあ、こんなところだが、気持は決して「自分は運転はうまいんだ」とうがってはいけない。

 ぼくも最初は怖さ知らずでひやっとすることは今よりずっと多かったと思う。

 ぜったいに慣れてはいけない。常に恐怖感を維持している。

 ただ怖がってばかりいるわけではなく、とっさの判断の対応はまたおもいろいものだ。それは事故に合うと思うずっと前段階での恐怖感だ。

 それが鈍感になると、危険だ。

 だからぼくから見ると、一般道であっても赤信号を左右もまったく見ず、直進する自転車の無頓着さは、生きる次元が違うとしかいいようがない。

 まあ歩道を歩いていても自動車が何時突っ込んでくるか分からない時代、電車に乗っていてもあのJR福知山線の107人死亡の事故が起こる時代だ。

 早め早めの安全運転をすれば、決してON ROARでの自転車通勤は危険性の高い交通手段、スポーツではないとぼくは断言する。

2010年5月23日 (日)

読書とピアノとウオーキングとローラー台、やろうとはしたけれど?

004  朝起きてだいたいトイレでその日の行動を希望的に考えるのだが、いろいろな条件の中、すべて思いどりにはいかなかった。

 第一、朝からずっと雨、いけないことはないが、尼崎名所ウオーキングはあきらめた。

 そんなこんなで、朝はなにをするでもなくテレビを見たり、洗濯物をたたんだりしたが、たまたま見たNHK教育の日曜美術館、ピカソを捨てた女ということでジロー?だったか(まちがっていたらすみません)の特集をしていた。

 彼女も画家で、作品もすばらしいものを残しているようだ。それにまだ現存している。

 ただ、解説者がピカソは、死に対して異常な恐怖感をもっていたと言っていた。誰でもそうだが、だから生に対する執着がエネルギーになり、また好きになった女性の数も半端ではない。

  ただジローは自分からピカソを捨てた。ただ長生きしているのは彼女だけで、他の愛人はほとんどピカソが死んだあと自殺しているという。

 ちょっとこの人に興味がわいてきた。

 テレビのあとはパソコンに向かう。自転車仲間のブログチェック。コメントも入れた。あとツィッターの登録を試みる。一応登録してみたが、そのあとの使い方が分かっていない。

 そのうち正午になった。

 午前中、ちょっと気になることがご飯を食べているとき、思いだす。というのはマンションの路地に育っているびわの木がいよいよ実をつけだし、楽しみにしているのだが、風呂のジャロジー窓からそっちを見たとき、カラスがいた。それに最近路地のむこうの青空駐車場にその実や種が無動作にたくさんおちていた。 

 まちがいなくカラスの仕業だと確信した。このままだとあと一週間のうちにすべて実をおとされてしまいそうなので、今日は外出するテンションがだいぶ下がっているが、とにかく昼食をすませて、ロイヤルホームセンターにカラス防止網をさがしにいくことに覚悟を決めた。

 ちなみに移動は、マイカー・プレーリーだ。

 大きな木に適したオリジナルの網はなかったが、2m×6mの大きさで妥協した。

008_2

 

 さっそく家に帰って、2男といっしょに3本の木に網をかぶせて言った。

 ただこれが一筋縄ではいかない。木のてっぺんはすでに2階の窓の下まで伸びている。

 マンション管理の脚立をちょっと借りてきて、なんとか苦労しながら頭からかぶせた。

 雨はまだ降り続いていて、作業はちょっとハード。

 しかし、実を取られることは耐えがたい。

 なにせ、夏になって実が柿色に色づくと、近所の小学生が口コミで取りにくる。 

 もともと手入れして大きくなったわけでもなく、種を3男がほかしただけで、大きくなったのだから、欲はない。こんなちょっと都会で、子ども時代にスーパーのパックに入ったびわしか知らないより、実をもいでその場で食べることの体験は貴重だ。だから食べていいですよとは言っていないが、見て見ぬふりをしている。

011 しかし思っていたよりたいへんで、時間がかかった。本当はこれをチャッチャとすませて読書しようと思っていた。

 しかし2時間ぐらいかかってしまった。

 まあしかし3本をやり終えて、これでカラスもジダンダ踏むだろう。ザマアミロ!だ。

 しかし最近この地域カラスが増えた。一時期いなくなったと思っていたのだが、急だ。

 近所のゴミ置き場がよく散らかされる。ちょっと悪質だ。すきになれない。

 むかしのパチンコで撃退したくなってくる。

 となりの駐車場に食べさらしたあともきれいに掃除した。

 家に入るといっぺんに疲れがでてきた。妻がちょうど帰ってきて、テレビをつけているので、読書はあきらめた。ローダー台1時間もあきらめた。

 そのうちすでに夕方になり、衣替えをすることに切り替えた。今年は暑くなるのが早いようで、今でも半袖ティーシャツは必需品だ。衣替えしないとアイテムが少ない。

 去年来ていたのに、こんな柄もあったんだと、驚くしまつ。記憶力はかなり怪しい。

 なんとか30分ぐらいでそれを終え、ついでに和室、リビング、和室、洗面所、トイレと掃除機をかける。以前は掃除機を動かすのはすべて妻にまかせていたが、今はこれがおもしろい。

 掃除機をかけるついでに地べたに無動作におかれたままのものが無意識にとりあえずどこかにしまわないと掃除機がかけられないので、必然的に整理され、あと見るとスッキリして気分がいい。1週間ぐらいは賞味期限だ。

 まあ雨の日も予定は狂うが、それもいいか。そえなりに満足して一日は過ぎていった。

 

 

昨日に引き続き集会参加の日々

006  今日のノルマは午後からの集会参加。目的は後期高齢者医療制度の廃止だ。

 まあ、午後1時過ぎまでは家にいられるわけだが、朝はビラ配りの要請があったので、朝早く指定の地域に配布に行った。

 そのあとはだいぶ頭が起きてきて、朝食の用意をする。

 コーヒー豆はヨーロッパ豆をミルし、サイフォン式コーヒーメーカーのサイフォンに入れる。

 その瞬間がいい。

 午後まで時間はたっぷりあるが、まず昨日雨の中を走ったランドナーを洗車した。

 4.5日しか使っていないが、前輪のブレーキシューは、すでに摩耗している。

 その交換も含め、ランドナーの洗車に取りかかった。

 そんなことをしていると、11時半を過ぎ、昼食をとる。

 そのあとしばしうたたね状態。

 午後1j時半を過ぎ、会場に向かって、家から電車で行く。

 008   

 会場はエルおおさか。

 近畿各地から1,000人ぐらいの人が集まってきた。

 後期高齢者医療制度は、民主党が政権をとれば、ただちに廃止することになっていたが、長妻厚生労働大臣は、官僚にとり込まれたのか、4年後をめざすということになってしまった。

 しかし医療関係者はだまってはいない。

 それで1,000人が集まったわけだが、なごやかな雰囲気で集会は始まり、終わった。

 まあ、会場の天満橋から扇町までパレードになったが、悲壮感がないのがいい。

 民主主義は、やはり抵抗の運動があっての上になりたつものだろう。

 午後6時すぎ晴れやかな感じで解散した。

2010年5月21日 (金)

米軍基地の抑止力ってなに? 9条の会学習会で考える

002  今日と明日と政治的な課題での集会が続く。

 今日はOM9条の会(医療関係の卸、メーカーが対象)の学習会が夜にあった。

 背広ばかりの参加者は予想できるので、今日は自転車通勤はあきらめた。

 その分、電車の中では、ウオークマンをひとしきりかけて移動する。

 昨日CD本ぐらい入れたが、朝聞いてのは、その中のBIGINのアルバムだ。

 音楽を聴くのはトコトンのめりこめて、何時間でもOKだ。

 片道でCD1本は聞ける。

 今日の仕事はさしせまったものはだいぶ減ったが、それでもこまごま忙しい。

 あっとゆう間に夕方になり、その9条の会学習会会場に行く。場所は、ときどき世話役の会議で行く民医連(民主医療連合?)の本部会議室だ。

 堺本町の中心部にある。結構昭和初期のビルジング?が残っているのがいい。

 今日のテーマは「普天間基地移設を問う」だ。今政府の一番の正念場の課題だが、鳩山首相の支持率をさげる要素になっている。

 首相がいう「抑止力」というキーワードにはぼくは非常に疑問を感じているが、今日の講師、弁護士の西 晃氏も問題提起として提案していた。

 それによると普天間の主力は海兵隊だが、海兵隊というのは、戦地にもっとも早く奇襲作戦で突入して、攻撃するのが仕事で「なぐりこみ部隊」と通称言われている。

 その新兵の教育も朝起きるとみんなで連呼するのは「殺せ!殺せ!殺せ!」。まさに普通に精神の新兵が洗脳されて異常な精神構造に変えられていく。

 まるでオーム真理教だ。

 そんな兵士が沖縄に12,000人いるらしい。イラクやアフガニスタンで血で手を、精神を汚して沖縄に帰ってくる。

 抑止力はどこへ行ったのか、という感じだ。まさに確かな根拠もなく、ただ中国、北朝鮮があやしいというだけで、沖縄の人たちが、日常的に被害を受けている米軍の横暴を許していいのかという感じだ。

 すみません。ワインを買ってきて飲みながら更新しているので、ちょっとヒートアップしているかもしれません。

 西弁護士は最後にいいことを言った。理想の世界はあくまでもすべての国が武力を捨て、話しあいで国どおしのトラブルを解決すること。ただし今戦後65年もなるのに、もしアメリカの抑止力をなんとなく継続して、みずからの頭でその後の自主防衛の方法を考えることから逃げてきた。

 その通りだと思う。ぼくはそれでも戦力は反対だが、西さんは戦力による防衛も含め、日本国が他国に頼らず自分の力でその問題を考える時代にさしかかっているといことは言えると思う。

 そのためにも普天間は移転地を日本が考えるのでなく、あくまでも撤去でアメルカと交渉するのが筋だろう。

 それで民主党も支持率が上がるのに、自分で墓穴をほっている感じだ。

 今日は勉強した。

008帰りは、梅田経由で阪急で帰ったが、もちろんウオーマンで昨日データ入力した山下達郎のコージを聞く。

 あたらめて聞くとなかなかいいCD作品だ。

 帰りの移動は、東梅田で降りるが、階段を上がるとき、横にエスカレーターがあって、「貴方は階段派、それともエスカレーター派」と頭の中で今歩いている人に問っているつもりで、駅を出た。

006 

 阪急「武庫之荘」で降りて、まだ開いているスーパー「ピーコック」で山梨ワイン「赤のれん」980円を1本買って帰る。

 010 空はちょうど半月だった。

2010年5月20日 (木)

インターネット通信突然使用不可に?

004 昨日は実は更新できなかった。

 明日は休みということで寛ぎながら、パソコンを立ち上げ、インターネットエクスプローラーをいつものようにクリックしたが、次画面が出ない。

 それであれこれ原因を調べてみたが、わからない

 結局昨日はあきらめた。

 それでブログ更新もできなかったのだ。

 今日になって、もう一度試してみることにした。

 ところで昨日の出来事は、特筆することはないが、一日雨で、朝は知り合いで顔を会わす可能性があるのはメッセンジャーのサッシーぐらいだろうと思っていて、そのとおり2号線を曲がったところの信号で会った。

 しかしこの日はレインウェアの重装備に自転車は重量14kgのランドナー。彼についていけるわけがないので、「先行ってな」と言っておいた。

 そのあとターミネーターさんがその前を走っているのが見えた。003

 彼も「雨にもまけず」組だったのだ。

 まあ、しかしそのあと雨はだいぶ止んで、レインウェアが暑くなってきた。

 まあしかしランドナーでもそれなりに走って、8時47分ぐらいに職場に到着した。

 ところで昨日朝会議しているとき、椅子で足を組もうとすると、下にした方の左足が突然のコブラがえりになった。

 やはり走りに無理しているのか。それ以後帰りの走行時、左手のひらの筋肉が不思議と痛みだした。そのあとこのブログを書いている翌日夜まで左側全体の手と足がどうもおかしい。

 昨日はちょっと鬼門だったのか。昨日はそのあと夜になって、インターネットがつながらなくなったのだから。

 翌日(今日)になって、休日だが朝最大に仕事は、銀行に行って、イタリアにいる3男の依頼で、通っている大学に授業料を払う手続きをすることだ。

 他行から80万円かき集め、その三井住友銀行の通帳に入れた。

 それで海外送金手続きのため、書類にほとんどイタリア語というかローマ字で書き終え、それを行員の女性に渡ろうとすると、入金する本人でないとその名義の通帳出金と送金もできないと言われる。

「ええ、ええ、仕事休んできたのに!????」と思わず言ってしまった。

 おそらく9.11テロ事件以後、送金時に本人が怪しくないか、確認が問題になるようだ。

 しかし素人目に考えると、実際父親が送金するのだから、問題になるのがおかしい。なんとかしろ”と思うが、仕方がない。

 しばらく納得がいかず、だまっていたが、気を落ち着け行員に文句を言ってもしかたがないので、「わかりました」と言って、ちょっといやな顔をして銀行を出た。

 ただ三井住友銀行はもともと好きではないが、やはり印象が自分的には悪いことはまちがいない。まあ他行に行っても同じ答えということは分かっているが。

 まあそんなこんなでどうも昨日から憑いていない。 ような気がする

 家に帰って気をとりなおし、昼まで少し時間があるので、尼崎医療生協からいつも頼まれる機関紙の近所配布に出かけた。

 家に帰ってホッとし、昼食に。

 そのあとパソコンを開け、インターンネットを試してみた。

 やっぱり昨日と同じだった。ただ何回も触っている間に、室内の無線ランには何も問題はないことだけは分かった。

 それでやはり契約、使用しているケーブルテレビのネットの部分がおかしいと思えてきた。一応そのモデムのリセットもやってみたが、変わらない。

 止むなく、これ以上異常が続くとブログ更新が滞るのは耐えられないので、ベイコミュニケーションのコールセンターに電話した。

 10分ぐらい待って、サポートセンターの女性職員につながる。それでモデムの状況を問われ、8つある表示がすべて点滅している状況を話すと、それが異常らしい。

 まあタイミングがいいというか悪いというか、それなら今日中に担当の人に必ず来てもらうようお願いし、3時間後ぐらいにベイコムの契約している人だろう、担当者がやってきた。

 そのひとの言葉がおかしい。

 「これはモデムのAC電源が不具合があるんですよ。なにしろ中国製でね。よく聞くんでしょ」

 その人は新しいモデムとAC電源を持ってきていて取りかえてくれ、安定した電波がくるように調整してくれたが、よく考えてみるとベイコム側ではそんな異常をよく聞いているのなら、リコールするべきではないのか。とちょっと不満が残った。

 なにせ2008年9月NTTコムのADSLを解約し新規契約したのだが、まだ1年8か月しかたっていない。

 001 ぼくのように毎日ブログでネットを使用している人はすぐ気づくが、あまり精通していない人は途方に暮れるぞ!

 まあとにかく昨日故障したのだから、休みを取っている今日はあまりにもタイミングがいい。これも運命ということか。

 そう思っておこう。 

 ただ本を読んだり、ピアノを弾いたり、はたまた尼崎ウオーキング探索などじっくりしようと思っていたことが飛んでしまった。それにつながらなくなってあらためて思ったが、今やネッのつながらない日常は、真っ暗な世界に追いやられたような感覚になる。他の自転車仲間との交信、ブログ閲覧は生活の一部だ。

 まあしかしネットがすぐ復旧したことによって、今アップしているのである。

 おわり

2010年5月18日 (火)

ゆっちさんのブログ見て同感しきり

「Z0000043.mp3」をダウンロード

001 さっき(午後9時ごろ)ブログ更新しようと思ったら、「ココログメンテナンス中」のため、新規更新ができないので、他のブログを見ていたら、ぼくのブログにもリンクしている「明日晴れたら...自転車に乗ろうよ」の更新者ゆっちさんのそれを見ていたが、いつもになく、自転車通勤時の起こりうる危険、その予測などの体験を書いていたので共感しきりだ。

 ゆっちさんが言うように、駐車している車のドアが開くか、発進するか、接近してきた車が交差点を左折する化、直進するかなどはだいたい予測できないと、自転車通勤免許?レベルは初心者だろう。

 ぼくは年数だけは自慢できるようになってきて、毎日通勤を開始して、たしか9月はじめで9年になる。だから1年7,500kmぐらいとして、地球1周が40,000kmだから1周半したことになる。

 その間、落者3回、事故、接触なし。ただしパンクは数え切れない。

 4年ほど前、なんばで深夜まで酒を飲んでいて、終電はすでになく、もちろん自転車に乗っていってなかったので、結果的に尼崎の家まで歩き通した経験がある。

 いつも自転車で走るルートを歩いたわけだが、5時間以上かかった。それに買ったばかりのスキー板を方にかついでだ。

 その数日後また自転車で通勤してみると、そのありがたさと喜びをその時ほど感じたことはない。

 そのあとの1年ぐらは「ありがたや、ありがたや」と思いながら走っていたように思う。

 だから今日のゆっちさんのブログは、通勤に特化したスポーツ性というか、技術というか、スキルというか、解明されているようで面白かった。

 003 それとぼく独自のパフォーマンスとしては、それはおじさんでないとできないのかもしれないが、道路で見た不法行為、反社会的行為への忠告、叱りんなどをセーブせずやっていることだ。今や条件反射的に注意というよりどなっている。

 昨日の帰りも尼崎繁華街を走行中、歩道側で自転車に乗る高校生らしい集団の一人が、歩道の花壇にゴミになったビニール袋をほるのを見てしまった。

 ぼくの怒りは頂点に達した。

「ばかやろう。ゴミほったらあかんぞ!!!!!」のようなことを大声で彼に向かって発した。

 バツが悪そう顔をしていた。

 また明らかに赤信号の交差点を、それも結構大きな交差点を、注意せず進入、発進してい自転車乗りを発見。

「コラ!信号まもらんか」と叫ぶ。信号待ちのバイクの男性が驚いていた。

 まあこれは義務的でもなく、といって期限が悪いわけでもなく、ただ正義感か、理想の姿を夢見ているからか。

 いい格好でいえば、ぼくの歌「ロードバイクで走っていくよ」の歌詞どおり、かっこいい生き方をめざしているのだ。

 まあそこまでは達していないが、めざしている。

 道路で困っている人がいれば、行って手助けし、事故を目撃したら、遅刻を忘れて救助し、反対に危険行為、不法行為には、報復など怖がらず声を出す。ただし相手が尋常な人間ではないとわかれば、ただちに自転車で逃げる。

 そんな生き方しかできない。

 最後にまた自作曲「ロードバイクで走っていくよ」を紹介。

「Z0000043.mp3」をダウンロード

2010年5月17日 (月)

晴れた日はビアンキで!

004  走り出すと本当に暖かい。しばらく走って稲川橋温度表示がなんと21℃となっている。

 本当に暖かくなった。

 服装は、上下半袖、半パンツ。これでちょうどいい

 さらに誰にも会わずに走っていくと、歌島橋を過ぎた次の大きな信号で止まっていると、後ろからあのターミネーターさんがやってきた。

「ターミネーターです」とあいさつ。

「すみません。勝手にあだなつけて」

 ところが自転車が替わっている。GIOSのロードバイクだ。ただし結構年代物で、変速レバーがダウンチューブで操作するタイプ。おそらく1990年代ものだと思う。

これが今逆に新鮮に見えるから不思議だ。

 しかしきれいに使われているようで、フロントフォークはメタル仕様でぴかぴかだ。 

 彼は、80歳の知り合いのおじいさんから借りてきたという。

「ロード軽いでしょう」と聞いてみた。

「路面を這うような感覚ですね」と新しい感覚に喜んでいるようだ。

 005

 しかしぼくはどっぷり2002年制パンターニリメーク・ビアンキロードにはまっている。

 ただし、サンワサイクルで購入したときとかなり周辺アイテムは入れ替えている。

 カーボンフロントフォークは初期のものはこなが吹き始め、今つけているEASTONに替えた。

 カーブしてないタイプは最初違和感があったが、今はこの方がいい。

変速等コンポは、シマノ105だが、リアディr-ラーもあたらしいタイプの105だ。

 ホーイールは、前輪がブレーキによる摩耗が進み、チョーブの圧力に耐えられず割れてしまうという初めての体験をして、前後輪両方替えた。

 このビアンキで地球一周40,000kmの走行はとっくに超えている模様だ。006

 ところで帰りに、ひさしぶりにサンワサイクルによって、指出しグローブを3足も買った。

 これも結構消耗が早いのだ。それに嫁さんも7、8kmを自転車通勤しているので、その分も考えた。

 ただ一番安いタイプでも2800円ぐらいするので、3足で8000円ぐらい使った。

 家に帰って夕食作り。

 今日はタイの切り身を焼いて、ウインナーを炒めたものを足し、適当にサラダを盛り合わせた。008

 ちょっと贅沢だが、エビスビールが喉を潤す。

2010年5月16日 (日)

青空学校と総代会で明け暮れる

天気が打って変って青空だが、ぼくの心はプレッシャーのかたまりだった。

002 20100515_3 だいたい年に1回自分の団体では総代会という重要な行事があるが、自分は裏方の全責任者だから、気を抜けない。

 おまけに尼崎の少年団の年1回の青空学校と言って、学校ではできない異年齢での遊ぶ、ものつくりをする行事がかさなって、中にかかりっきりではないが、何故か2日だけの校長先生ということで、開会の後の校長あいさつをしないといけない。

 それに前からの成り行きで、入り口の看板も頼まれた。

 あいさつでは「好きなスポーツを見つけてほしい」と語りかけ、ついでに小学生ではほとんど知らないと思われるジロ・デ・イタリアの自転車レースのことを、新城幸也選手の活躍のことを、自分は自転車が好きなスポーツだということを熱く語った(つもり)。

 それが終わって、すぐ職場に向かう。

 午後からの方がたいへんだ。むかりはないと思っているが、何事も出たとこ勝負。

 記念講演があって、総代会そのものがあって、夜は懇親会がある。すべて人の手配から総代会のシナリオから参加者名簿まで担当した。ただほとんどの職員に役割分担したが、すべてスムーズに行けた。やはり信頼してまかせることはたいせつだと痛感と感謝。

 記念講演はあの派遣村で一躍クローズアップされた湯浅 誠さんだ。

 今時の人だ。以前政府の内閣官房参与として、公的派遣対策などで奔走された。そのあと辞退され、またつい最近湯浅さんたちの構想をうけいれるということで再任用となった。

 講演でよくわかったのは、日本人の貧困ととらえる基準のレベルがかなり低く、アフリカの栄養失調の子供たちの姿しかイメージしてこなかったということ。2006年以降、日本の貧困問題という言葉が登場して、やっと認識が確立されてきつつあるという。

 つまり月給20万円もらっていても、失業、解雇、交通事故、病気という現実のあとには、セーフティーネットが乏しく、たちまちホームレス家族になるということがありうるということだ。

 「そんなばかな」とみんなは思っているが、ヨーロッパとそこが大きく違う。それは日本の自殺者の数に表れているし、日本の子供たちの不安の多さに表れている。

 家庭の事情によって一定の高校生は夢を封印し、いっけんやる気のない子とみられている現実があるらしい。それは親の所得に関係している。

 明日死ぬということではなくても、今日本には生きる意欲を失う材料がそこここに浮遊しているということだと思う。

 そんな中だけの健康志向であるとしたら健康維持も必死であり、義務的だ。このままでは日本人の多くは、楽しく人生を生きるということを忘れていくのではないか。

 そんなことも考えてしまった。

 今回の講演は会内での案内だが、医師や家族、その他関係者で150人ぐらい集まった。

 そのあとは定期総代会で1時間弱だが、スムーズに終わった。

 そのあとあまり余裕なく、会館から5分も離れていない去年できたばかりのホテルモントレグラスミア大阪で懇親会をおこなった。

 004 今度はその進行役だ。

 会場は21階でちょうど通天閣も見降ろせる。展望はいい。65人ほど集まった。

 ほんとはこれで自分としては解放されるはずだったが、おもな役員、事務局メンバーでついちょっと二字会に突入ということになった。自分的にも今日は妻が篠山に遊びに行って泊ってくるので、「まあ、いいか」と気が大きくなっていた。

 一件目韓国料理系の居酒屋、・・???なんとかいう濁り酒がうまい。

 そこで10時ごろだったか。そこで終わればよかったが、次三次会へ。

 こんどは阪神タイガース一色のカラオスナック。スコッチウイスキーでまた乾杯。カラオケのそのグループだけではじまる。メンバーに歌音痴はいない。それなりにうまい。

 ぼくも2曲歌わせてもらった。

 それでそこを出たのは、11時半を過ぎていただろう。事務局Yくんが酩酊状態。YUくんとタクシーに乗って家まで送っていく。家と反対の住之江方面だ。

 それからまたタクシーをひらい、JR大阪駅へ。

 間一髪12時15分ぐらいに到着。次の西明石行き普通電車を待つ。

 ウオークマンを出して、イヤホンを耳に装着。こんなときに選んだ音楽は、なんと自分の演奏版。「うまい。ええ声だ」と自分も酩酊状態の中で錯覚していた。

 したがって家に着いたのは、1時10分だった。

 お疲れ様でした。自分をなぐさめる。

2010年5月14日 (金)

今日もサッシーと出会う ジロ・デ・イタリア新城幸也に感激!

002 今日は予測どおり結構寒い。

 それは指出しグローブに感じる。

 それにしても最近なぜか、ペダルの回転を今まで以上に回そうとしている。

 それでも結構長い時間踏んでいられるようになった。ただ年齢があと10歳若ければと、若さをうらやむ。

 2号線途中いきなり信号のない道から2号線に進入してくるミニカーの自転車が一台「ばかやろう!あぶないよろう」と思わず叫ぶ。 

 道路は非常識が常識に負けていることが多い。

 海老江交差点で停止したときだったか? メッセンジャーサッシーが後ろからやってきた。

 「おはよう」と言葉を交わす。

 「昨日は早すぎて、信号で遮断されて追いつけなかったで」と返答する。

 その後もう一人の仲間イケッチに会ったと話してくれた。それはイケッチのブログでも書いてあった。

 信号が代わり、僕が前を引いて次の野田阪神まで並走したが、そこで別れた。

 「なるべくこの時間に間に合うように早起きします」と言いながら左折していった。

 そのあと職場には8時45分到着した。

 仕事は明日の総代会の準備で気が焦る。 

 それで今日は5時半でもまだ帰ることができなかった。

 6時過ぎようやく納得して、帰りの支度をする。

 帰りは風が乱舞している。

 それでも帰りもなぜかペダルを回そうとしてしまう。

 だんだん仕事の不安が抜けてきた。「まあ明日はなるようになるさ」という感じだ。

 ところで、今ジロ・デ・」イタリアが開催中だが、昨日の第5レース?か。日本人選手、新城幸也の走りはすごかった。途中からみたのだが、誰よりも先にアタックし、それに追走した3人といっしょにずっと先頭交代で3分以上集団を引き離し、最後残り1kmでも新城のアタックで、集団に飲みこまれるのを回避して、ゴールになだれ込んだ。

 ただ手前に負荷をあけたので、他の2人に先をゆずってしまったが、3位でゴールだ。

 見ている自分より解説者の栗村修さんが大興奮で、解説者の域を超え、まいあがっていた。

 まあ栗村さんもヨーロッパで選手活動で苦労していただけに、自分たちの夢を実現しつつある姿に感動しているのだろう。

 それにしても新城選手の走りは頼もしかった。名レースありがとう と言いたい。

 

2010年5月13日 (木)

サッシー・ターミネーターさん・ゆっちさんに続けて遭遇!

001  今日は昨日のクレームの件の対策が頭から離れず、ちょっと気が重たい。

 朝家を出る前、洗濯物干しが残っていたので、いつも玄関を出る8時45分より5分さらにその作業で時間をとられ、実質7時55分ぐらいに家を出た勘定になる。

 「まあ、遅刻せず着いたらいいさ」と開き直って、いつものように慌てずペダルを踏む。

 しかし最初の信号山手幹線の横断で進もうとすると若い女性がすでに信号が替わった時点で左からわりこんできた。

「くわばらくわばら」という感じだ。出だしから今日は鬼門だ。

 そのあとも七松線は、かなり怖い。 

 なんとか2号線手前信号に出てきたら、右からサッシーが通り過ぎていく。

 信号が替わって、左折すると次の信号でサッシーがいた。

「おはよう」と声をかける。

 今日は寒いと言われていたので、厚着してきたらしいが、それが暑いらしい。

 信号が替わって今日はかなり高速で走りだした。途中までついていったが、信号のタイミングでストップせざるを得なくなって、先に進んでいった。

 そしてその信号まちで今度は、ターミネーターさんが後ろからやってきた。

 ちょっと前も追いたい気分でいつもより加速し、ZUZIEくんペースぐらいというか、35km/hのペースで走る。

 がターミネーターさんもついてくる。

 今日は自転車通勤者が多いなと思いつつ前に目をやっていると何台も同じような人がいる。

 一人だんだん追っていくと、見覚えがある姿。女性だ。もっと近づくとなんとゆっちさん!だ。

 イケッチのパンク騒動では、みんな彼に会っているのだが、個別で会えたのはひさしぶりだ。ときどき彼女のブログ「明日晴れたら・・・自転車に乗ろうよ」はときどき見ているので、ひさしぶりという感覚はない。

 野田阪神からのスタートでは彼女も他の自転車も結構スピードを出して走っている。ぼくも今日は前輪6、後輪7気圧の設定のため、調子がいい。

 前に位置さしてもらって船津橋北詰まで進み、本町で別れるまでいっしょに走った。

 それにしても今日は3人の顔見知りと会えて、会話ができた。ちょっと今日の仕事が気が重かったが、ふっとんだ感じだ。

 職場には8時44分に着いた。結構早かった。

 仕事は想定とイメージどおりクレーム対策の作業にかかり、予想外の展開でうまくいった。

 午後は会議だったが、ふらふらだった。

 夕方も会議だが、いねむりしそうなモードだ。

 その会議を終えて、ウェアに着替え、職場を後にする。

 003

 天気もバリ島へでも行ったようなダイナミックな雲の形と夕焼け。

 淀川橋からシャッターを押すと、船上から港に到着する前のシチュエーションだ。

 ちょっと思いすごしでしょうか。

 とにかく仕事を考えて朝気が重かった気分がふっとんだ感じだ。

 ただそれに反比例して風は向かい風。それでもペダルはまわる。005

 今日は結果的はうれしいことがいっぱいあったような気持だ。

 なかでも自転車仲間に会うのは、とくにうれしい。

 ほんの15分か20分ぐらいの並走と会話だが、同じ楽しみと苦しみを知っている仲間という感じだ。

 仕事も違うし、通勤という共通性しかない。ただぼくの知っている仲間は、だいたいマナーをしっかり守っているし、礼儀正しい。それは前提だ。

 もっと平たく言えば、スポーツをする人は好きだ。

 複雑なことを考え、人間どおしの裏を読んだりするより、もっと単純に、感性を信じ、正直汗をかき、思いっ切り笑い、適当に疲れ、ときには死に物狂いになる。そんな生き方がいい。

 帰りはいつもより1時間ぐらい遅いので、JR立花商店街のスシマスでにぎり寿司と海鮮寿司など買って帰った。

 

2010年5月12日 (水)

ビアンキの空気圧を調整して

011  朝は昨日、一昨日とは打って変わって晴天模様だ。

 ただ、ちょっと寒い。

 それで下半身は短いレーサーパンツだが、黒のアームウォーマーを着た。

 上着のイエロージャージは夏仕様のためちょっと薄い。

 家を出る前ちょっと余裕があったので、前後輪とも空気圧を前6、後ろ7気圧に調整した。

 ちょっとの差だが、走りは結構軽くなった。

 2号線を軽いペダリングで超えていったが、大阪の境目、杭瀬信号まちで後ろからロードバイクの青年が前に陣取った。

 競争する気はないので、マイペースで走ったが、歌島交差点手前でちょっとスピードを落とすので、「ちょっと待てよ」と頭でつぶやき、追い抜いて前に出た。

 この交差点をクリアするのは、かなり微妙なタイミングなのだ。

 なんとか余裕でクリアし、先を進む。

 005 その彼とだいぶ差がついたようだった、追いついてきて、玉川信号でまた前に出てきて、発進後スピードをあげてきた。ついていく感じで走っていったが、船津北詰で信号が黄色から赤に替わっても、進入していくので、こちらは冷静になって、そこで停止した。

 そんなこんなで職場には8時42分タイムカードを押した。タイヤ空気圧の影響は恐るべしだ。

 仕事は午前中会議、午後からも立て続きに面談、作業、その他でバタバタだった。

 ただ水曜日はノー残業デー。みずから実践するため、けじめをつけて帰る支度に。

 帰りの天気は曇り空。しかも寒い。向かい風。

 結構悪条件だ。それでも足だけは回る。

 009 今日行く必要があったコープ立花に、6時15分ごろ到着。1階、2階、4階と移動しまくり。

 それでも家に帰ると食事の用意はあるが、気持はリラックスしている。そのうち2男が帰ってきて、風呂の用意をしてくれた。

 ほどなく焼魚をメインにしたおかず完成。味噌汁は、しいたけ、たけのこ、ネギ、あり合わせで作った。

 それに集中していると仕事のことはすっかり忘れているといいたいが、今日は新しいクレームを聞いて、ちらちら浮かんでくる。

 まあ明日は明日の風が吹くか?

 風呂上がりのビールはやはりうまい。

2010年5月11日 (火)

ひさびさにサッシーに会う

001  今日トイレで新聞の天気予報を見ていると大阪は雨曇り雨となっている。

 「フム、フム」と納得しながらトイレを出る。

 それで今日は完全に雨に備えた完全武装の準備をした。

 もちろん自転車はミヤタランドナー・グランプレミア。

 ただ納得で走りだすとだんだん雨は上がっていった。2号線ですでにバイクの人たちは雨具なしで走っている。

 ちくしょう!雨よ降れ!

 は、ちょっと冗談だが、ちょっと読みが狂った。

 それでもがまんで走っていくと歌島交差点をクリアーしたあとの信号で停止中、うしろから聞きおぼえある声で「おはようございます」と聞こえてきた。

002  降りかえるとメッセンジャー・サッシーだ。

 今年まだ2回目の対面だ。

 いつもより時間は早いらしい。

 あらためて写真を見てみると結構軽快な服装をしている。

 信号が替わって、「さきの行っていいよ」と言ったが、今日は急がないらしく、ぼくのランドンーに合わせてついてきてくれた。

 まあ、野田阪神でふた手に分かれるのだが、またの再会を誓った。

 あとはまったく雨がない。

 職場には、8時47分に着いた。

 レインウェアは脱いだあと、濡れていないので、そのままデイパックの中に収納した。

 モードを切り替えて仕事に入る。

 結構忙しい一日だった。それにサプライズだが、関係業者の会長さんのお葬式の連絡が入り、立場上、お通夜か葬儀どちらかに行く必要があるだろと、会場が西宮ということもあって、今日お通夜に行くことにした。

 それで帰りは5時を合図に帰る支度に入り、5時10分ぐらいに職場を出た。

 帰りは雨だった。レインウェアを持参したかいがあった。

 お通夜は7時からということだが、家に帰ってからお通夜の支度をするにはかなりタイトだ。

 急ぐでもなく、慎重にペダルを漕いだが、家に着いたのは6時15分。

 慌てて礼服を探したが、見当たらない。それで息子の黒いスーツを苦肉の策で来た。

 家を出たのは6時35分だった。JR立花までミニ自転車で行く。自分としては主義に反するが、傘を片手でもって自転車を運転した。

 それでもよりのJR西宮に着いたのが6時55分ぐらい。駅では関係者が誘導してくれていて、近くにマイクロバスが留めてあるという。

 「助かった」 歩くと結構時間がかかるし、まだ雨が止んでいなかったからだ。

 会場に着いてたくさんの弔問者が来ていた。ただお通夜はオートメーション方式でおショウコウしたあとは退場する感じで、ぼくもそのまま外へ出た。

 行く前はあせったが、終わってみるとホっとした。

 帰りはウオークマンで平井 堅を聞きながら駅まで歩いた。

 ちょっと意外な一日だった。

2010年5月10日 (月)

怪しい雲行き それでもビアンキで行くでしょう

001  朝2回目のトイレで今日の仕事の段取りを考えることに集中していると、出たら8時50分だった。

 慌てて靴下を履き、ヘルメットとデイパックをかついで、外から庭に出た。

 ということで8時55分になっていただろう。

 しかし山幹線の最初の信号では、タイミングよくすぐ青で進んだ。

 尼崎市役所前の花壇は白いきれいな花が咲き誇っていた。

 すでに気温は春を越えてきて、ウェアはすでに半袖、半ズボンが定番だが、アームウオーマーをつけていった。

002_2 すでに世界的自転車レース、ジロ・デ・イタリアが始まっていて、昨日それを思い出してCS放送のJスポーツ1でその第2ステージを見た。

 なぜか、頻繁に集団落車があるので、居眠りしながらみていたが、そこで目を開ける。

 まあとにかくジロでのトップレーサーはピンクジャージに身を包む。

 それにあやかって今日はピンクのアームウオーマーだ。

 今日は誰にも会わなかった。ただ冬イエローキルティングのマウンテン青年がビアンキクロスバイクで走っているのにひさびさに出会った。

 それで職場には8時47分に着いた。

 仕事はトイレで考えていた心配よりスムーズにいった。

 ところで天気のほうは予報がみごとに当たっていて、帰るころにはかなり激しい雨になっている。ちょっとひるんで、今日はビアンキをおいて電車で帰るかと、考えが傾きかけたが、やはりおおざっぱに「まあ、いいか」という感じで、そのままレインウェアもなしで、帰ることにした。

 003

 しかし今日はズブ濡れを覚悟はしていたが、案外お尻が濡れないわざを使った。

 つまり水たまりを通らなければいけないタイミングでは、スタンディング状態にし、サドルからお尻を大きく上げる。

 淀川大橋を通過する場合は、車道路肩は川状態なので、歩道に上がった。

 そのうち雨足は弱くなって、とても快適な感じになってきた。しかも今日の帰りは追い風だ。

 ただ、帰りにヒヤっとすることがあった。

 尼崎をだいぶ進み、JR立花のバイパスを登っているとき、何かのマイクロバスだが、路肩を本当にぎりぎりで追い越してきて、右ハンドルが接触しそうなことになった。

 「ちょっとバカカ! 知ってやっているのか」と腹が立ち、JR立花バス停近くで乗客をおろしていたので、注意しようと横につきかけると、こんどは急に発進しだし、大きく右に曲がろうとする。 

 「ばかやろう。スレスレ走るな!!!」と運転席をにらみながら怒鳴った。

 ちょっと異常な運転だ。さっきの発進のときも指示器なしで動きだした。

 もう一度追いついて注意しようと思ったが、まあ相手もわかっているだろうと追うのをやめた。

 家に帰る前に近くのスーパー王子で食材を買って家に着いた。

 すでに2男がかえってきていて、食事の支度をしてくれていた。

 ただ面白かったのは、ぼくもビールを買い、魚を買い、貝を買ったのだが、2男もほとんど同じもの極めつけはビールだが、どちらも「キリン一番搾り」6本だった。

 なかなかおもしろい。思考回路がやはり似ているのだろうかと、微笑んでしまった。

 

2010年5月 9日 (日)

今日は母の日

006 今日は母の日だ。

 ただ自分には、母はすでにいないい、妻の母も他界している。

 それで、宅配業者での母の日企画に協力しているが、子どもたちの代わりに妻に送る格好になっている。

 それでも今年は他国の地震被害の影響だったと思うが、カーネーションが不足していると聞いていたわりに、きれいなカーネーションがやってきた。

 あるテレビ番組で、桜の特集をしていて、戦後ずっと桜を鑑賞していたわけではなく、高度成長時代にはそれどころではなかったという。

 この10年ほどの間に大きく変化し、各地に苗が植えられ、今花開いているところが多いそうだ。それだけ野菜もそうだが、草花を鑑賞する関心が高まっているということだろう。

 まあ今日はカーネーションを鑑賞しよう。

 ところで今日は妻が朝早くから仕事に向かった。

 ぼくはちょうどマンション共用部分の掃除当番なので、となりの奥さんと朝9時から掃除にかかった。かなり丁寧に掃除して1時間かかった。

 そのせいでちょっと疲れた。

 家に帰ってからはまたウォークマンの転送ミスのやりなおしをしたり、新聞を隅から隅まで読んだりして昼になった。

 午後からはパソコンに入っている自分のグループの演奏を写したビデオをウォークマンに転送したが、失敗した。

 005

 そのあと100回見ようと目標にしているDVD「ラブソングができるまで」(ヒュー・グランド、ドリュー・バリモア主演)の2回目に挑戦。ちなみに映像は英語のみ、字幕なしで見る。

 まだ簡単な会話しか聞きとれない。ただあらすじはすでに分かっているので、なんとかついていける。

 まあしかし自分で感心するのは、こんなDVDプレーヤーがない時代なら、1回1回入場料を払わないといけないのだから、経費は大幅に軽減されている。

 ただDVDプレーヤー本体とDVD1本の合わせた値段は、23,000円ぐらいかかっているから、12回ぐらい見ないと映画館との比較ではもとがとれない。

 ただ他の映画も見れるし、便利だ。時代の恩恵を受けている。

 そのあとは、突然することがなくなったので、新聞、雑誌のクロスワードパズルを手当たりしだいに挑戦した。 

 最近10本以上挑戦しているが、当たったためためしがない。

 まあそんなこんなで日が暮れていった。

2010年5月 8日 (土)

通勤はウォークマンを聞きながら

   今日は土曜日。仕事はあるが、午後からの会議だけなのでちょっと気が緩んでいる。

自転車で行ってもいいところだが、今日はウォークマンにCD4アーティスト分を転送したので、今日は家を出る段階からそれを聞いた。

 なかなかうまく入っている。ビートルス、ジョージ・ガーシュイ、サイモンアンドガーファンクルすべて精度が高く入っている。

 職場へのもよりの駅、地下鉄「桜川」で地上に上がり、職場の入口に着くまで聞きっぱなしだ。 

 会議を終えて、帰り道は進路を替えて、地下鉄四ツ橋梅田方向に電車に乗り、阪急で武庫之荘で降りた。

 というのは、駅前のコーヒー豆販売店でサイホン用フィルターを買うためだ。

 駅には午後5時ちょっと前に着いたが、のんびりとした気分で気持がいい。

 ところで家にはたくさんの鉢や地植えの木があるが、今やみるみる葉が成長しているので紹介しよう。

 015_2 最初はなし。実がなるかどうかは不明。

二つ目はベンジャミン。一度は枯れかけたこともあるが

016

、今元気に大きくなっている。

017 次は018コーヒーの木。豆になる実が3つなっている。

次はうちの守り神というか、震災前の前のマンションから運んできたすももの木、年によってちがうが、毎年実をつける。プラムそのものだ。019

次は、カリンの木、これは毎年か020なり大きな黄色い実をつけるが、これは食べられない。

ただリカーに浸してカリン酒を作っている。

 それからみかんの木。これも去年からりっぱな実をつけている。

028 ちょっと多すぎてアップしきれないので、このへんで第1弾としたいが今日の最後はぶどうの木。ところがこれが去年あたり実が少し減ったと思っていたのだが、秋以降枝がぼろぼろになっていた。

 虫にやられたらしい。だから今根に近い枝のところからなんとか伸びようとしている。

 去年の今頃のブログに写真があったが、、もうすでにぶどう棚に葉と枝が広がっていたのだから、ちょっと愕然としたが、まあなんとか伸びてほしい。

 というわけで、10畳足らずの空間の中に30種類い以上の果実が育っているから面白い。

2010年5月 7日 (金)

ひさびさの雨だった ひさびさのランドナーで

002  ひさびさの雨だった。

 普通は電車に切り替えるでしょうが、ないせ電車賃は往復800円かかるので、おいそれとは電車に乗れない。

 ということは本音ではないが、まあ「雨の日も電車でいけるんじゃない」と言う感だ。

 7時50分家を出発したと思う。

 すぐ近くの山幹線の信号はタイミングよくすぐ青だった。

 ただ、七松線から横断するJRの踏み入りは遮断機が下りていて、2つの列車が通りすぎるまで待った。 

 2号線は、いつもと同じだが、歌島交差点は昨日に続き捕まった。

 まああとは惰性だ。

003 雨はずっと降っていた。今日はレーサーキャップを被り忘れたため、直接雨が顔に流れていくる。

 それでもサバイバルツーリングは楽しいのだ。足の回転も楽しいのだ。

 職場には、8時48分に着いた。昨日とかわらない。

 仕事はとにかく忙しかった。総会が来週末あることがその要因だ。

 まあ自分的には満足のいく今日の仕事内容だった。

  帰りは5時40分。雨は止んでいたので、レインウェアをデイパックにしまい、半袖、半ズボンのウェア姿で行く。

 それがかなりの追い風。途中リア変速を最高にしないと足が追いつかない。

 005 まあ、ミヤタランドナー・グランプレミオはそれなりによく走るようになった。

 普通ランドナーはペダルがツゥークリップといってベルトで足を固定するのが、セオリーだが、あえて片面ビンディングぺダルをつけている。

 それにハンドルステムをランドナーとしては少し普通より下げて、前傾姿勢を多くしている。

 まあこれは通勤用に改良したということだ。

 改良に改良をかさね、阪神大震災の前に購入したから15年以上になる。

 ビアンキとは違う魅力があるが、ミヤタのこの製品はすぐれている。

 帰りコープ立花により、定番のカレー作りのため、食材を買った。

 やはり金曜日のこの時間はリラックスできる。

 それにしても今最近買ったソニーウオークマンにはまっていて、やっとCDからの移し替えができるようになった。それでビートルスの3枚組、ジョージ・ガーシュインの2枚組を入れた。 

 それを聞くのが楽しみだ。CDに戸惑ったというのは、その機種がワンセグテレビができて、インターネットもできるということなので、その方の操作で翻弄されていた。

 まあとにかくそれで明日仕事で出掛けるが、電車で行くことにした。というのはそのウオークマンを聞くためだ。自転車に乗ったままでのウウオークマンは絶対してはいけない。

 まあこちらがたてばあちらがたたず?だ。

2010年5月 6日 (木)

6日ぶりのロードビアンキ スッカリ暑くなってきた

001  今日は雨はないはずだったが、朝出発しようとするとなんと小雨が降っている。局地的なものかもしれない。

 おもわずレインウェアを出してきたが、「ええい。そのまま出よう!」とやけくそになり、着替えのパンツと靴下だけ出してデイパックに入れた。

 そのうち雨が止んできた。

 ユニホームは、あまりチーム系のものはないが、むかしのスペインチーム「バネスト」のものは持っている。

 今日からその半袖ウェアと短いレーサーパンツで行く。

 その分体が軽い。それにしても走っているうちに暑くなってきた。今日は温度表示を見過ごした。

 調子よく走っていたが、歌島橋交差点手前で、左からの侵入車両が路肩を遮断していた。

 前を走っていた自転車は、歩道に上がり、かわしていってが、僕は無理はしない。

 そのため、信号は黄色に変わっていた。

 002 歌島橋交差点で停止したが、左交差点内をみると、なんとイケッチが自転車を逆さにおいて、パンクの修理をしているではないか。

 タイヤになにかの破片がささっているのが確認された。

 これは取ってしまわないと、チューブを替えてもまたパンクする。

 こういったケースはよくあるのだ。まあ運が悪いとしかいいようがない。

 ただ、刺さる確率はかなり低い。

 信号が変わったので「修理終わったら、追いついてきてな」とはげましというか冗談というか言葉をかけて、発進した。まあ今日は不幸転じて出会えたというべきか。

 そのあと調子よく淀川大橋を越えて、海老江を通りぬけ、野田阪神手前JR海老江駅への入り口信号で停止した。

 後ろから声をかけてきた人がいた。自分ではターミネーターおじさんと命名した通勤者だ。

 なんとぼくのブログを見つけたという。ときどきビアンキの写真を載せているので、わかったいう。

 ただ「ターミネーターおじさん」と勝手につけてすみません。また会った時、お許しを乞いたいと思います。

 そこで彼は左に曲がるので、手を挙げて合図してわかれた。 

 書き忘れていたが、今日はやはり自転車通勤風の人が多い。とくにヘルメットを被り、ロードかクロスバイクで走っている風の人のことだ。

 もっともっと増えて、車を圧倒してほしい。

「道路は車のためだけのものじゃないぞ!!!!!」と言いたい。

 職場には8時48分着。やはり家を出しなに雨があって、ちょっとひるんだせいで出発が遅れた。

 もう一つ今日感じたのは、琵琶湖の長距離を走るときと、通勤で1時間弱走るときでは走り方がちがうということだ。

 何が違うかといえば、難しいが、通勤時は、あまり体力の消耗を気にしていない。おまけに車とのせめぎあいなので、緩急のペダルワークをしいられる。それはそれでおもしろいのだが、100km以上の長距離では、微妙なペダルの負荷をさけようとする。

 そう考えると、やはりときどき長距離を走ることもいいだろう。

 帰りは会合があり、6時半を過ぎた。夜の走りはひさしぶりでちょっと怖い。不思議な心の動きだ。

003  家に帰ると2男が料理を作ってくれていた。

 すぐ風呂に入って、今日はぜいたくにえびすビールで晩酌した。

2010年5月 5日 (水)

連休最終日、まあいいか!

005  さすがに連休最終日は、連休やり残したことはやっておこうと思いをめぐらす。

 それでホームセンターでこのまえ気になっていた芝生を今日買おうかどうか迷っていたが、正午を20分残したところで「よし買いに行こう」と決断し、車を出した。

 今日もガーデニングコーナーは人気があった。

 すぐ芝生3セットと芝用土を台車に入れてレジに進んだ。

 家に帰ると、12時半。妻はコープのノンパップ麺を用意してくれていた。

 午後からさっそく庭に芝をしきつめる。

 まあ、今日を最後に、じっくり家のことに時間を費やする時間はなくなると思い、やるべきことを真剣に考えたりした。

 それでウオークマンをいろいろさわってさらに操作をマスターしようと試みた。

 妻は今日は一応パソコンに向かっていたが、テレビに首漬けのようだった。

 そのうち僕も睡魔がおそってきて、籐のソファーでしばしまどろんだ。まあこれも幸せな時間だ。

 目が覚めて、また庭のキンカンの鉢を替えたり、その他いろいろ作業があり、それなりに

時間がたっていった。

008  夜は2男も帰ってきていて、3人で貴重な夕食。

 冷蔵庫から先日の坂越の奥富酒造で買った乙女を出してきて、3人で飲んだ。

 まあ連休最後の夜は、ゆったり過ごせた。

 連休中は、ウォークマンとの格闘だったが、今日はやっとCDからの取りこみをマスターできた。

 琵琶湖一周挑戦も実行した。

 旅も日帰りだが、ゆったりできた。 

 まあ、この4日間は自分的には後悔がない日程だった。

 

 

2010年5月 4日 (火)

マイソング「ロードバイクで走っていくよ」完成!

「run_by_the_road_bike.mp3」をダウンロード

001  連休に慣れると1日1日が早く感じる。

 さて今日は昨日の旅行を終えて、妻とは家の片づけをすることになっていた。

 それで朝は7時前に起きて、おいしいコーヒーを飲み、テレビをかけてハイビジョンで7時半から「ゲゲゲの女房を見る。これがだんだんおもしろくなってきた。

 あと妻は猛烈に動き回ると思ったら、掃除のモチベーションはぼくの方が上がってきて、掃除機を持ち、1部屋は残して、その他の部屋という部屋を掃除しだした。ただ掃除には片づけがついてまわうので、結構時間がかかる。そのうち昔の家族アルバムを見て立ち止まったり、資料を整理しないといけなかったりした。

004  午後からは、2人で、尼崎市内の「上坂部公園」までサイクリングした。

 2日前も一人で来たのだが、温室のパパイヤがみごとだった。

 それにしても外は暑いぐらいの温度になってきたが、温室はさらに暑い。

 老人施設の人たちが職員につれられて、散歩に来ていた。

 ひろばでは若い家族が小さな子どもを連れて、楽しんでいる。

 公園でゆっくりハトと雀をながめたりして、のんびりした。そのあと公園を出て、帰るついでにまたロイヤルホームセンターに立ち寄った。

 ぼくたちも鉢と土を買ったが、園芸商品の関心は高く、レジにはたくさん並んでいた。

 家に帰って、妻は知人と人形劇の打ち合わせで出て行ったが、ぼくは未完成と思える自作曲「ロードバイクで走っていくよ」を今日朝おきてからひらめきがあって、その発想で歌詞をいじり、楽譜にして演奏してみた。

 自分的にはこの歌詞が気に行っている。妻に言わせると、「ただかっこよく生きるためなのさ」という部分に文句をいう。いい格好に聞こえるらしい。

 そこでこの曲の歌詞を公開したい。

 ロードレーサーで走っていくよ

 「run_by_the_road_bike.mp3」をダウンロード

1. ロードバイクで走っていくよ   渋滞情報も関係ないぜ

   自分の足がエンジンそのもの 好きなところへ出かけていけるのさ

   電車にゆら004_2れて 時間に追われて アクセクする生活なんて

   もうこれ以上やめようじゃないか

   ロードバイクのペダルを踏めば 好きなところへ 好きなように走っていくよ

2. ロードバイクで走っていくよ 風を切ってペダルを踏めば

   年甲斐もないと  ちょっと思っているけど

   ムシャクシャしたことみんな忘れてしまうんだ

   プライドでもなく、義務感でもなく、健康のためだけじゃなく

   ただ格好よく生きるためなのさ

   ロードバイクのペダルを踏めば  好きなところへ 好きなように走っていくよ

3. ロードバイクで走っていくよ 自動車乗る顔 つまならそうに見えてくる

   40km/hでも この足まわせば あっという間に超えていける

   プライドでもなく、義務感でもなく、健康のためだけじゃなく

   ただ格好よく生きるためなのさ

   ロードバイクのペダルを踏めば  好きなところへ 好きなように走っていくよ

  てなわけで、今日はブログの更新に力がはいってしまった。

  

 

2010年5月 3日 (月)

今日は憲法記念日 旅はゆったり穴場で過ごす

今日は憲法記念日。9条の大切さを歌った自作曲をお送りします。

曲目戦争しない誓い「2010.5.3.mp3」をダウンロード 001

さて今日はやっと妻が時間が開いたので、西宮市の新聞「宮っ子」に掲載されていた赤穂市の港町「坂越(さこし)」に初めてふらった行ってみた。

 交通機関は、文句なしに電車を使う。JR立花みどりの窓口で発券してもらうと、往復1日割引券を紹介された。普通3700円のところ、2900円で行ける。

 神戸を通り、姫路を過ぎ、播州赤穂のひと駅手前に坂越駅がある。単線の片側だけプラットフォームの012ある駅だ。

 赤穂はあの忠臣蔵で有名だが、この地域は赤穂城からもちょっと離れていて、ただ港が町を作ったようだ。

 めざしたのはただ、「宮っ子」に載っていた江戸から変わらない街並みだけ。002

 たしかにあった。しかし観光客はほとんどいない。いないというのは正確ではなく、ぼくたちが歩いている間、2夫婦を見ただけというくらいだ。

 のんびりしているのがいい。

 有名な観光地でもないが、歴史がある。

 ひとしきり町並みを堪能し、地元の酒造会社で、元酒「乙女」を買い、昼が近付いてきたので、おりあえず唯一食堂があるらしい海の家・しおさい市場に行く。

 歩いている人はまったくいない。

 海の家に着くと、そこだけ車がたくさん駐車し、客が集まっている。

 中のカキ食べ放題や、炭焼き海食材がたくさん用意されている。

 ここ016もそれほど有名というところではないと思うが、食材は大きく、新鮮015だ。

 4人がけの炭焼きテーブルに座ったが、あとから対面に生まれて3か月の赤ちゃんを連れた若い夫婦が座った。

初対面だが、声をかけてしまった。たまたまこの地を訪れたという。

 妻とどちらも生ビール2ハイ飲んだ。

 まだ休みを2日残し、気持はゆったりしている。この地もあまりにもゆっくりしていてうれしい。 

 朝ふとんの中でなぜか唐突に考えた。人間は、自分の人格と何がすきになるか、興味をもつかは、すでに小、中学生時代にかなりの部分を形成されるのではないかということだ

 あまりにも突然だが、自分の今の58才という年齢を考えたとき、自分の人格形成のことを考えたことがきっかけだ。

 逆に考えると、30代、40代、50代と年齢を重ねていくと、年齢相応をふるまいをすることが常識と考えがちで、服装まで自分で規定してしまっている人が多いように思うが、ぼくの場合は、中学時代から基本的に好奇心、考え方がほとんど変わっていない。

 だから自分の歳をあらためて認識してびっくりするわけだが、精神的には変わっていないというか、よく言えば古くなっていないと自負している。

 新しものずきで、派手色好きで、目立ちたがりで、かっこいいことを好みなどなど・・・。

 肉体的には、老眼が進み、髪の毛は白髪が増え(染めているのでわかりにくが)、他人の名前が出てこないなどどうしようもない。

 しかし、少なくとも、気持ちの持ち方は、その人による。運動能力、心肺力、筋力、骨の強さなどは、努力すれば、年齢を大きく超えると思う。

 だから老化を止められない部分はそれとして、留められるというか、精神はうまくいけば進化する可能性もある。

 だから自転車通勤はいけるところまでとことんやり続けよう。 

  

018

2010年5月 2日 (日)

軽いボタリング20km、風が気もtいい。しかしなぜか疲れる

 連休の日曜日。朝は5時半に目が覚めてしまった。というのは、昨日、一昨日とその時間に起きていたせいだろう。100502_

 しかし今日は何も予定がない。ということは、ブログのネタがない。

 ただ朝は自転車通勤仲間のブログのチェックとコメント入力で時間を使う。

 11時ごろ、ホームセンターに庭の水撒きのホース先端が水漏れするため、新しいものを手に入れるため、行くことにし、ついでに藻川周遊10kmをバタリングすることにした。

 出るのが遅くので、昼食はもどってから1時を過ぎることはわかっていたが、とにかく出掛けた。昼前の日差しが気持ちいい。

 藻川までは、車のことない裏道をずっと走る。いい道をみつめた。

 30分ほどで土手に到着。北向きに周遊道を走る。

 最北端を折り返し、まもなく農業公園に着く。100502

 今日は弁当や野菜を販売しているようで、テントの下でたくさんの人が食事していた。

 尼崎の北にあって、ここは田舎っぽい。

 また土手に出て、次は園田競馬場がすぐ下に見える。馬の宿舎が見える。馬もみえた。

 ただシャッターチャンスを逃してしまった。

 次は稲川公園を通過する。ここはもともと川の方向だったが、曲がりかどで氾濫が多く、進路が変更され、もとの川がせき止められて、池のようになって、それが公園になっているのだ。

 そのあとは南に走り、周遊道が一部なくなる。

 それで河川敷に降りて未舗装の砂利道を走る。マウンテンに乗ってきたので、ピッタリの道だ。ひさしぶりに悪路を走った。

 まあ、まもなく南端が見えてきた。

100502__2 きれいな公園になっている。

 もう12時半は過ぎていたと思う。

 それにしてもこんなのんびりいた、しかも気も地のいい風がなびく日は、この上なく気持いい。

 まもなく進路を折り返す。

 100502__3

北向きの道路が整備されていた。ちょうど河原にこいのぼりがいっぱい立ててあった。

 そのあとお墓が見えてくるが、ずっと以前子どもたちが小学生のころ飼っていて4才で死んだ飼い犬「くまごん」が埋葬されている共同墓地がある。

 おまいりすることにした。

100502__4

 当時は知識不足で育て方今更反省する。

 手を合わせ、ゴールをめざす。

 100502_2

 鉄橋が見えてきて、一周した地点に来た。

 それで元来た道を帰る。

 JR塚口近くを横切る。ついこの南側があの福知山線事故の現場だ。

 野次馬ではないが、朝ニュースを聞いて、その帰り道事故現場にやってきた。

 あのときは107人も亡くなられたとは思わなかった。

 さてその思い出を胸に秘めて、しかし近くを通ると必ず思い出すが、ロイヤルホームセンターへ寄り道。目的のホース先端と少し花の苗を買った。

 そんなこんなで家に帰ると1時半を過ぎていた。

 さっそく軽い昼食に。コープのノンカップ面で時間省略だ。まあ休みの昼はこれでいい。

  しかし大した距離は走っていないが、ちょっと疲れた。100502__5

ちょっと前後をぬかしてしまった。ホームセンターに行く前、これも帰る途中に通り過ぎる下坂部公園があって、その温室が気になって入った。

 ものすごい大きなバナナの木があったはずだが、折れていた。

 ただ、早咲きのアジサイ展をやっていて見事だ。

 まあ市の公園なので、入場室だが、ただというのがいい。

来客はこの時間一人だけだった。気楽な観賞だ。

 まあ家で食事の後は、急に眠くなって、ちょっとまどろんだ。

 ゴールデンウィークと大そうな名前の連休だが、すぐ近くを周遊するのもなかなかいい。

 ついでに念願の弾き語り「デストラーデ」をアップしよう。「100502_1.mp3」をダウンロード

2010年5月 1日 (土)

5月1日はやっぱりメーデーでしょう

006 004  職場では、5月1日はメーデーに参加することが定番になっていて、仕事は休みになっている。

 今日は天候に恵まれ、扇町公園は、朝からあたたかい。

 今年は前にも紹介した共産党の清水ただし参議院候補があいさつしたが、聞いていてあきない。

 昨日の後遺症で、左膝まわりが昨日帰ってから痛んだままなので、ちょっと自分でも心配だったが、だんだん治っていた。

 003_2  演壇での各層から報告で衝撃的だったことがあった。

 泉南アスベス被害者訴訟の60代くらいの人だったと思うが、せっかく定年を迎えて、好きな登山やなにかをじっくり楽しもうとした時になって、アスベストを浴びてから40年以上たっているというのに、肺癌が見つかり、原因はそのアスベストということだ。

 片肺をある程度切除し、今も毎日咳が続くと言われたが、演壇にたって発言していた。

 一同に労働組合やその他の活動をしている人たちが集うとやはり勉強になる。

 集会が終わって、デモ行進もしたが、1時間ほど歩いて、天満橋で解散。

 ただその後の懇親会も楽しみの一つで、今回は例年の中華料理ではなく、「大のや」だった結構老舗の2階のイタリア料理での立席の会だった。

 それにしても懇親会は60人以上が参加し、わきあいあいの楽しい会だった。イタリアワインがうまかった。007

 今日の出来事はそれで終わりだが、ほろ酔いのまま、ぼくは阪急電車に乗り、神戸線「塚口」から伊丹線で、「つかしん湯の華廊」(スーパー銭湯)に直行した。

 酔いと明日から連休といううれしい気分でこの上なく気分がよくなってきた。

 そのころには、足の痛みが完全に治っているから不思議なものだが、明日からの4日間の間にツーリングはもう一度楽しみたいと考えつつ、温泉を後にした。019

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