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2010年6月 6日 (日)

中国街道尼崎後半を歩く

008 001  1週間前行った尼崎中国街道を歩いたのが忘れられず、今日その後半を歩くことにした。

 今日は妻に声をかけたので、2人で行く。

 スタートは、阪神尼崎駅南からなので、自転車でその尼崎駅まで移動した。

 それで、自家製マウンテンを出してくる。

 妻は通勤に使うマウンテンだ。

 約4kmぐらいの移動だと思うが、15分ぐらいで駅前に着く。

 駐輪場に自転車を入れて、本当は南の築地からスタートするべきだが、そこはエスケープして、尼崎城あとの空き地にある道標を探す。これは本当は武庫川土手にあったものらしい。003

 なんとか発見した。

 まあ、最初の遺跡を発見できないと気持が悪い。

 そのまま西方向に歩き、今度は寺町をめざす。

 今日はたまたま尼崎のウオーキングラリーのイベントを」やっているようで、そのスタッフの人が道々にたくさん立っていて、「ご苦労さま」と声をかけられるし、次に予定外で行った尼崎信用組合の元祖の建物近くでの尼崎博物館と、世界の貯金箱館に入ることができた。

 004

 

それにしても尼崎信金は大きな信用金庫だと思っていたが、歴史も大正10年にさかのぼるようだ。005

 レンガ作りのだけで運営していたということだからその当時の世の中を想像してしまう。

 その後ろの建物で、博物館を運営しているのだが、尼崎の江戸時代の甲冑や刀などが展示されていた。

 南側の昭和時代の建物では、世界の貯金箱が何万点も展示されている。 

 係のおじさんとしばし会話したが、銀行のOBなのだろう。その昭和の建物も結構頑丈で、「震度8でもだいじょうぶなんです」と自信ありげだ。

 008_2 たしかに昭和の一桁時代のたてものは概してじょうぶらしい。職場の近くの喫茶キャビンの建物も昭和初期で、昭和の建築としていろいろな雑誌に紹介されている。

 つまり昔は100年以上維持できる想定で建築されていたのだろう。その考えると今建築されているマンションなどは40年もったらいいほうというなんとも貧弱な話だ。

 或る程度満足してそこを後にする。あとは寺町を通り過ぎ、貴布裲神社に向かう。

 そこは43号線ぞいに海に向かって鳥居が立っているが、その付近まで江戸時代は海だったらしい。

 ちょうど夏の祭りにむけて、若者たちが、だんじりの側で練習していた。

011  しばらく43号線の歩道を歩き、すぐ北に向けて筋を曲がり、阪神電車の高架を過ぎ、つぎの道標を目指す。

 そこからは出屋敷という駅の周辺になる。

 この町も不思議なところで、最近仕入れた情報では、今だにガラス越しに若い女性が体を売るために座っている通りがあるらしい。

 まあそれはそれとして、自転車屋のすぐ南に目指す道標が見えてきた。

 017

 右大阪、左兵庫、西宮とはっきり書いてある。

 たしかにこの付近を大名行列が移動していったのだ。

 おこから進路を西に向け、竹谷小学校という森のような学校前を通過し、藻川に出る。

 しばしここの公園で休憩した。

 おじさん一人とあばさん2人が、そのおじさんが買った麦わら帽子のことと、どこで手に入れたかで、1時間でも会話しつづづけそうな話ぶりでしゃべっているのがおかしい。

 道意線を横切り、琴浦神社で言い伝えの表示を見る。

 この付近は、大きな古い家が多い。北向きにちいさな路地を入り、子安地蔵を見つける。

020

 またもとの旧道にもどり、大庄小学校を通りすぎ、急に北向きに歩き、大庄公民館を探す。

021 この大庄公民館も尼信のビルジングと同じで、昭和12年建築で旧大庄村役場だったところだ。それにしてはモダンな立てかただ。

 ここから九の字方に道ができていて、さらに進むと、尼宝線を越え、もうすぐ武庫川の出てが見えてきた。

 ゴールはもうすぐだ。

 最後の土手近くに雉ガ坂伝説地の立て看板がある。

 そこは豊臣秀吉が、織田信長暗殺のあと、中国地方から急きょトンボがえりしてくるわけだが、この武庫川付近で明智光秀側の兵が待ち伏せしていたが、雉が飛び立ち様子をみてそれを察知し、難を逃れたという言い伝えがあるという。

022 ここでゴール。

 武庫川の土手に上がって、南向けに歩き、阪神「武庫川」駅まで歩く。

 この駅は武庫川の上にちょうど橋がそのまま駅になっているような変わった駅だが、ひさしぶりに利用する。

 ここから自転車の置いてあるスタート地点の「尼崎駅」まで乗る。

 2時間弱歩いたが、電車だと10分もかからず尼崎駅に着いた。

 まあ、しかし半日楽しめたご近所史跡旅行だった。

 ちょうど12時だったので、駅周辺で食事できるところを探す。

 妻は麺類を食べたいろというので、うどん定食を出している駅下の店に入った。その店はカウンターだけの店だが、角の天井近くに設置してあるブラウン管テレビが室内アンテナでドアが開くと画面がぶれるのが、年代もので貴重で、このへんらしい。

 帰りに駅構内を横断したが、きっぷ売り場でおばあさんが福町までの値段がわからず困っているのを妻が発見し、値段を教えてあげたが、100円入れたのに動かないと言っていた。ただ料金は140円なので、40円たらなかったのだ。

 自転車を駐輪場から出して、庄下川ぞいに北に向けて走り、家に向かう。

 まあきょうも8kmは自転車で走ったので、今週は月曜日から通算すると200kmになる。 

 午後からは家に帰って、のんびり過ごしたが、ウオークマン用のスピーカーを買って一週間おいていたが、箱を開けてはじめて稼動した。

 なかなかいい音がなる。

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