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-天気予報コム-

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2010年8月31日 (火)

CD作成がうれしい

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100831cd  休みを終えて、今日は自分にとっては週明けの自転車通勤だ。

 天気予報でもしばらく猛暑が続くと告げているが本当に朝から暑い。

 本当はゆっくり走りたかった。

 だが、2号線に入るとき、右手の信号待ちにアッシーがいる。

 手を挙げて挨拶し、左折する。

 すぐ彼はおいついてきた。

 しかし、僕はハンドル下を持ちしばらく引く。

 もう引くしかない。しかし時速は32kkmぐらいか。尼崎を抜けるところで、彼が「先頭交代します」と言って前に出てくれた。

 このローテーションを繰り返すことができたら、完全トレイン走行になるのだが、彼が前に出たあと、彼そのもので早いが、彼の前のオートバイクにぴったりついて走っていったので、淀川大橋で引き離された。

 これだけ暑いオンロードを負荷をかけて走るのは、やはり年齢的ハンディーが歴然としている。

 途中丸坊主のロードマンがいったりきたりしていが、眼中になかった。

 とにかく淀川大橋を過ぎ、野田阪神までがむしゃらについていった。

 何とか別れる挨拶ができて、離れた。

 話は変わって、昨日おやじーず仲間に配った自作CDが気になる。

 たった4枚製作しただけだが、まあはじめてのCDには変わりない。

 自分的には、録音精度は別にいて、演奏的には、自分たちとしては120%のできだ。部分的には未完成がわかるところもあるが、思った以上にのっている。司会役の最年長Tさんの語りもいい。

 

 帰りの走行は、だいぶ風が癒されるが、それでも暑い。

 今日は妻が早く帰っているとわかったので、途中サンワサイクルに寄る。

 目的は、イエロータイヤの頭がだいぶ減ってきたので、その交換分を買いに行ったのだ。

 オーナーは修理の場所にいたが、ビアンキの昨日今日についてその質の違いで講義してもらう。ぼくのビアンキの製造された2002年ぐらいまではちゃんとイタリアで丁寧に作られているらしいが、今や名前はビアンキだが中国メーカーが作っているという話。

 ぼくのビアンキも8年経っていて、寿命が近づいているらしい。

 次は他メーカーでもいいか?と浮気な気持ちになる。ただ山岳もスイスイ走れる軽くて、しかも硬性のあるものがほしい。

 そんなことを考えながら、サンワサイクルを後にする。

 まあ買ったタイヤの交換は週末になりそうだ。

 

2010年8月30日 (月)

星空映画会・ピースコンサート残務処理の一日

002_2

 一昨日の星空映画会とピースコンサートから2日経ったが、今日 007

は、借りている機材を返さないといけないので、休みを取った。

 いつものように朝は6時半に起き、いつものように、朝の定例の洗面などを済ませ、妻が仕事に行ったあと、洗濯物を干し、水撒きをし、あっという間に9時になり、出かける準備に。

001  出かけるところは3か所、まず発電機を医療生協病院に返す。ただその前に近くのガソリンスタンドで、使ったガソリン分を入れて、持って行った。

 そのあとプロジェクターを借りた兵庫自治労連事務所へ。西宮市の札場筋近くにある。

 一年に一回のことだが、今日も一筋間違えて、事務所前へ。

 一応機材はこれですべて返した。

 それから自分のことだが、車の車検時期のため、尼崎に戻り、勝本モーターに行った。

 そこに着くまで、水分を取っていなかったので、事務所で出してもらった冷茶がこの上なくうまかった。社長と車にまつわる世間話をし、サインをして、そこを出る。

 時間はまだ11時まえなので、スーパー銭湯をめざす。南の戎湯にするか、市役所近くのやまとの湯にするか、ちょっと迷う。がやまとの湯にした。

 というのは、あともっと北のロイヤルホームセンターに行くためだ。

 やまとの湯は空いていた。003

 平日は100円安い。

 前回3男といっしょに来たとき、血管年齢を図る機械が「即測定不能」と出たが、気になっていたため再チャレンジした。

 今回は測定でき、年齢より5才以上若いと出たので、安心した。

009 安心して次は、ロイヤルホームセンターに向かう。もっとも車と出会わないコースを探し走る。

 あまりいい気はしないが、創価学会文化会館が目印になる。

 ただいいコースを発見した。

 ホームセンターではもっともひほしかったのは、入浴剤とすだれの紐だ。

 びっくりしたのはできたら買おうと思っていたすだれがまったくなくなっているのだ。

 ここでも今年の猛暑の影響が見て取れる。なにしろプロジャクターがオーバーヒートしたのだから。

 それからやっと家に帰る。もう12時半をすぎていた。

 しかし今日やるべきことは終わった。

 あと残っているとしたら、ピースコンサートの演奏音声記録を CD化すること。ただ昨日パソコンでウオークマンのソフトを触っていて、「音楽CDの再生」というものを発見して、試してみたらできたのだ。

 ずっと前から「なんとかできないかな」と思っていたことなので、驚いたというか、喜んだ。

 それで午後から、その前にコジマで音楽CDを買ってきていたが、4枚CD化した。ただ商品のように体裁を作りたかったので、写真も印刷して貼り付けた。

 今日から午後も窓と戸をすべて網戸にして開けて暑さに耐えることにした。

011  夕方4階のTさん、MさんのところにそのCDを渡しに行ったが、空に絵がかれる雲が絵画のように見えた。 

2010年8月29日 (日)

ピースコンサート・星空映画会なんとか終える

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010  この日のためにだいぶ準備してきたピースコンサートと夜の星空映画会の日が28日やってきた。

 つい昨日まで、暑い中を通勤してきたが、今日はうってかわって地域で歌と映画づけの一日だった。

 自分の脳内システムをリセットした状態で朝は9時から医療生協病院に発電機を借りに行き、そのあとガソリンスタンドでガソリンを入れ、家に帰る。

 しばらく待機し、11時から、宣伝カー(自分の車の上にスピーカーをつけて)で町内を宣伝に回る。

「ご町内の皆様、こちらは星空映画会実行委員会です。・・・・」という感じだ。

 一応これで午前中の役割を終え、昼食を食べ、1時にはあたふたとピースコンサートの会場、劇団かすがいへ車で2人と機材をのせていく。まあ家から10分ほどだ。

 ところが、通過する山手幹線が途中水道工事とかで、2車線の真ん中をふさいでいる。一時大渋滞だった。

 まあなんとか15分ほどかかって、名神尼崎出口をとおって、その近くにある会場に向かう。

 1時半からは自分たちのリハーサル。一通り歌い、音響調整してもらう。

 今日は調子がよさそうだ。

 008 このコンサートには、尼崎民商の職員グループ「ピース4」プラス義村たまみ「ピース5」と学生グループ「マルキスト」それに自分たち「おやじーず」などなどだが、われわれは星空映画会が控えているので、トップで出演ということになった。

 午後3時開演。

 照明がよく効いていて舞台から客席は暗くしか見えないが、50人ぐらいが入っているらしい。

 ぼくはこういった本格的照明の中だとアガラナイのだ。集中できて、ムードに乗れる。

 演奏曲は、カントリーロード、折鶴、広場は土は知っている、あの素晴らしい愛をもう一度、ルージュノの伝言、手と手と 以上6曲だ。

 しゃべり、自己紹介を入れて丁度30分だった。

 じっくり聞き入ってくれた雰囲気だった。

 演奏が終わって、すぐ会場を後にし、取り合えずわがマンションへ。二人をおろし、自分はそのまま大井戸公園に行く。どちらも5km圏内なので、移動に時間はかからない。

 公園には3時45分到着。楽器を下す。

 民間駐車違反摘発2人組がうろうろしているので、荷物を下ろすとすぐ車を家に持って帰る。

 そしてまた公園へ。

 さいわい音響関係の大学に通っているURくんに頼んであったので、だいたいセッティングは済ませてくれていた。

 この会場ではオヤジーズの演奏もあるが、事実上、音響と映画上映の技術責任者だ。

  ちいさなトラブルもあったが、だんだん夜は更けていき、幼稚園母たちの大型紙芝居、少年団の歌、南中ソーラン、それにおやじーずと演目が過ぎていく。

021  6時45分きっちりに映画をスタートさせる。しかし最初音がうまく出てこない。まあそれはすぐなおった。

 よしこれで映画「魔女の宅急便」が順調に過ぎればお役お面だと、上映中客席でのんびりその映画を見ていた。

 ところが・・・・・。ところが・・・だ!!!!!

 1時間ほどして自然に画面が消えた。音は出ている。最初映画の中の場面展開かとおもいきや、そのまま画面が出ない。

 「えらいこっちゃ」!!!!!!

 助手のURくんに助けを求める。なんとか画面復活。その間3分ほどだったか。

 しかしそれで終わらない。そのハプニングが3回続いた。

 4回目は異名的。以上ランプがついたままだ。

 原因判明。

 やはり今年のこの夏の異常高温が影響したらしい。まさにオーバーヒートだ。今後は5分以上。場がもたない。

 思わず「本日は機械の故障でこれにて終わりとさせて・・・・・」と言いかじけたが、プロジェクターのランプの回りにコンビニの氷や客席からくれた保冷剤で冷やしているとなんとか復活した。

 残り30分。無事に移り続けることを祈る。その間URくんはランプの熱が出るファン付近をダンボールで仰ぐ。ぼくも電源コード接続付近を保冷剤をもったままにする。

 それでなんとか観客もほとんど帰らず無事?というか、なんとか映画会は終了した。

 とにかく冷や冷やの幕切れだった。

 10数年同じプロジエクターでやってきたが、こんなことは初めてだ。

 ただ、これだけビデオ、DVDが発達した世の中で、野外の風と音の中で星空が本当に出ている中で映画を見るなんて、室内には代えがたい雰囲気がある。

 小学生までの子どもたちは必ず思い出の一つして記憶に焼きつくはずだ。それは一つの目的だ。

 かたづけをみんなで急いで済ませ、ただわが屋の場合は持ってきている荷物が多く、それを家に運んでから、打ち上げが始まった。

022 帰ったのは、12時を過ぎていた。

2010年8月27日 (金)

暑さにだんだん慣れて、帰りい虹を発見した

001  暑さがまたぶり返してきたのか。

  風も涼しくない。

  そんな中走るしかない。

 今日も2号線への合流交差点で信号が代わるのをまっていると、サーっとサッシーが通りすぎた。 

 今日も落ち着くことは無理だろうとあきらめ、自分のペースで走る。

 船津橋北詰で、またなんとイケッチがやってきた。

 ここはさきに走る歌島橋を通過する。

 あとは彼が先導で走る。

 今日は金曜日だ。付いていこうとぴったりつけるよう負荷をかける。

 淀川大橋を一緒に走り、野田阪神からの直線コースも離れないように走る。

 途中化粧しながら走る若い娘がわけのわからない運転で、左に異常によってきたりする。

 おもわず近づいて横から「ちゃんと走らんか~」と注意する。

 イケッチと別れ際、「今度は5人で走ろうぜ」と声をかける。

 彼とわかれて、一度に疲れが自覚してきた。

 まあそれでも何とか自然体で職場に着く。8時50分だった。

 仕事は昨日までの緊張感はない。デスク回りの整理と、資料に目を通す作業で午前中がすぎる。

 昼休みは近くの夕張屋食堂で食事し、ちょっと歩いて喫茶キャビンで読書。その間の移動は、今日は結構つらい。とにかく日差しが強い。

 午後はMくんと来週全員が行動するための資料作成ともろもろで夕方になる。

 帰りも暑い。今日は暑さぶり返しだ。

 いよいよ明日は星空映画会とピースコンサート掛け持ちだ。

 今日夜は音響を手伝ってくれる青年Rくんがやってくる。で料理はスシマスで寿司を買う。

 その前に明日の出演で使うギター用のバンドをJR立花線路ぞいのマサゴ楽器によった。

「自転車で毎日走ってはるんですか」と問われる。

 もうだいぶ顔を覚えてもらっているようだ。

 「ええ、まあ。しかし今日は暑いですわ」と応える。

 いまやコープの店員に聞かれ、豆珈房でもそれを聞かれ、マサゴ楽器でも聞かれる。

 ちょっと地元では名物人間になりつつあるかも?

 003ところで七松線を北上中、市役所近くで虹が大空に見えた。

 今日はラッキーかもだ!

 明日は忙しいが、とにかく仕事は月曜日や休みを取って、3連休で気分は最高だ。

 虹も最高だ!

2010年8月26日 (木)

暑さに負けず 涼しさを待つ

001  今週は無事3日連続で自転車通勤している。

  今日も朝昨日に続いてサッシーを見た。すぐ後ろまで近づきかけたが、あと彼のスピードが早く交差点一か所で遮断され、そのまま別れてしまった。

 まあしかしマイペースで走ることにしよう。

 歌島橋にさしかかるずっと手前でダンプが路肩にかなり接近して前進しているので無理せずその後ろで伺っていたが、なんと後ろからヘルメット無のロードバイカーがぼくを抜いて、そのダンプの横を入っていった。

 まさに接触しかけだ。勇気があるというか、無謀だ。

 その分安全策をとった自分は、だいぶ遅れて歌島橋をクリアしたが、結局そんなに距離はちがわない。

 しかし不思議に思うのは、交差点で信号が変わるのを待っているとき、あと2秒で青になるのに、待てずに交差点に入っていく、オートバイク、自転車が多いことに閉口することしきりだ。

 まあしかし今日は涼しい風が体を横切る。ただ稲川橋温度表示は31℃だ。

 今日は仕事は毎月あるが、職員の全体会議があるので、行く前からプレッシャーがかかっている。昨日といい、今日といい緊張する日が続く。 

 まあ、なにごともせっぱつまったら開き直るしかないでしょうだ。

 自転車通勤はその点、運転に集中するし、無心になれるのでいい。仕事のことはたいていの場合忘れている。

 まあ、しかし今日の会議はおもったよりうまくいった。

 帰りは気分が軽くなって足がよくまわる。

 淀川大橋通過時、夕焼けがあと数分で消える手前、思わず立ち止まってシャッターを押した。

005 006 それにしても朝以上にあたる風がここちいい。

 ひさしぶりに尼崎繁華街を過ぎ、サンワサイクルに立ち寄る。

 マウンテンの修理作業をしている人は最近代わっているが、まだあいそがいい。

 マウンテンバイクのブレーキシューとリムカバー?を買った。

 よく考えると家には7時半より前について、ゲゲゲの女房を録画しようと思っていたが、家に着いたのは7時40分。残り3分だけ録画した。

 星空映画会、ピースコンサートまであと2日。今日家に帰ったら町内を車で音声を流しながら回るのだが、その録音媒体の繰り返しダビング作業が宿題なので、食事を終えてHさんから預かったアナウンス録音テープを再生したが、ものにならない。

 しかたなく、自分の声を録音し、エンドレステープ用にダビングした。

 そんなこんなで今日はブログ更新は無理かとあきらめていたが、今なんとか打ち込んでいる。

 すでに午後11時を回っている。

2010年8月25日 (水)

暑さはいつまで続くのか それでも自転車通勤で

001  朝起きるとちょっと疲れている。6時半のめざましが辛く感じた。

 しかし通勤はやっぱり自転車がいい。ぬるくても風を感じる。

 七松線を南下し、2号線に合流するところで、またサッシーが瞬間通り過ぎるのが見えた。

 2号線に入っても彼はだいぶ前を走っているようで、今日は出会わないと感じた。

 道路温度はこの朝も31℃だ。

 いつまでこの暑さは続くのか。ちょっとうんざりしながら、ボトルの水を腕にかける。

 これでいっきに歌島橋を加速し通過した。

 あとは足のおもむくままにペダルを踏む。今日もちょっと平均より遅い出発だったが、職場には8時47分ごろ到着した。

 仕事は午後からの関連業者を集めた説明会のため、忙しく動き回る。

 夕方はノー残業デーということで、ほとんど5時過ぎに帰るが、ちょっと遅れて職場を出る。

 ただ今日は、給料日で長堀のM銀行ATMで出金と別口座への入金の儀式をすませる。

 その後本町どおりを西に向かい、新なにわ筋で右折する。後は行きのルートを逆戻りする。

 淀川大橋南詰からクロスバイクの一人が、がむしゃらに前をいく。やはりぼくを意識しているらしい。しかしこちらは、その動きに乗らない。

 ただパワー不足らしく、尼崎の手前で追い抜いた。

 数は少ないが結構夏まっただ中を走るアスリート自転車派がいるようだ。

 という自分も同じ族かもしれないが、決して無理しない。

 今日も帰りにコープで買い物だ。

 餃子料理が頭にイメージし、その関連食材を買った。002

 ロードバイクでの運搬方法はぼくの特許だと思っているが、ハンドルに括り付ける。

 これが買い物をした後の通常の姿だ。

 しかしコープ店内で食材をビニール袋につめているときに、たまご10個入りパックを地面に落としてしまった。

 案の定、5個割れていた。それでその5個を混ぜてお好みのようにしてテーブルに出した。

004  ところでいよいよ28日が2ステージある演奏の場だが、チラシでご紹介しよう。

 ピースコンサートは、劇団かすがいの稽古場兼舞台。

 名神高速尼崎出口から近い。

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もう一つの催し「星空映画会」はわが流れ星少年団父母会とピエロハーバーという妻も入っている人形劇団が主催だ。

 阪急武庫之荘駅を南に5分のところの大きな公園が会場だ。

 もしも興味があればお越しください。

003_2

2010年8月24日 (火)

3人自通仲間トレイン実現!! 

001_2  休憩中5日の自転車通勤なのだ。

 風はややましになるが、地面からの照り返しと太陽の光はきつい。

 耐える走りにならざるを得ない。

 このまま職場までサプライズなくいくものと考えながら走っていたが、船津橋南詰でうしろからふいに「おはようございます」

 頭がぼーっとしたままその声を聴き、振り向くとサッシーではないか。

 たしか8月の初めの週、4日続けて走ったが、木曜日「明日あかんは。おそらく仕事休むで」

「そうですね。無理しないほうが」と会話を交わしてから本当に会っていない。

 今日はいつのの時間よりだいぶ遅かったようなので、誰にも会わないと思っていたが、サプライズだった。

 そのまますぐ信号が変わり、ぼくは前で走ったが、ダンプが多く、歌島橋交差点はクリアできる見込みはないので無理せず走っていた。

 歌島橋交差点手前で案の定赤に変わる。

 2人で交差点で停止し、会話をしようと思っていると彼の向こうになんとイケッチが来た。

 このコラボはめったにない。

 イケッチが開口一番「大将、子供が生まれました」という。

 よく聞くと、奥さんのお腹に2か月の胎児がいるらしい。

 信号変わりぎわに「おめでとう」と言う。

 そのあとは、3並走。

 ぼくはやや離れて付いていく。

 そのあと淀川大橋通過ではちょっと無理して彼らに接近。3人トレインはなかなかいいものだ。

 それから歌島橋交差点で約束したことがあった。

「11月には淡路一周ツーリングを!」だ。

 もうひとりの仲間ZUZIEくん。聞いている。今度はほんとに行くぞ。

 そのまま野田阪神まで並走。

 そこでサッシーは左折し、別れる。

 交差点からイケッチにだいぶ引き離されたが、たまたま二人の間に女性バイカーが来た。ぼくは、ハンドルの下をもって、ぴったり付いていく。

 それでイケッチに追いつき、そのまま追い越してしまった。他人の手をかりて、スピードを出してしまった。しかしこれも練習の一つだ。

 そのまま先頭で走り、本町どおりでイケッチと別れる。

 今日はドラマだった。サプライズだった。

 ただ仲間に会っただけなのに、この上なくうれしい。これはなんなんだろう。

 今日のネタはこれに尽きるが、帰りもサプライズはある。

002_2 淀川大橋にさしかかると前に「事故」と表示した警察の車。

 ふつうは撮らないが、瞬間的に後ろポケットからデジカメを出してシャッターを押していた。

 まあ大した事故でないことを願う。

 あと尼崎市街に入ると、前にやや遅めのバイクおじさんが走っている。

 自然に後ろについてしまった。 

 これがまた楽しいのだ。

 市街を過ぎるまで先導してもらった。ただ微妙はスピードコントロールは必要だ。

 家に帰ると、今日は27日のおやじーず2ステージでの演奏のための練習だ。

 今回は前を書いたが、ちょっと楽しい。ルージュの伝言とカントリーロードはイメチェンだ。

 本番まであと3日だ。

2010年8月23日 (月)

代休取って、演奏、パソコン猛特訓

001  星空映画会、ピースコンサート27日同時出演まであと4日しかない。

 そんな中、昨日唯一の日曜日は出勤日となり、今日は思わず代休を取った。

 こんなときに限って、朝いつもの携帯電話でのオルッゴールがなる前に目が覚めた。

 まあしかしゆっくりしているわけにはいかない。

 朝は演奏曲の練習というか、特訓と、午後は、第5回目の講義になるパソコンセミナーの予習をした。

 家にずっといたが、さすがに昼間は、外が暑いのが目に見えているので、一番奥の息子たちの部屋のエアコンをONにしたまま、扇風機で冷風を廊下ずたいにリビングに送った。

 これで全然違う。冷たすぎることもなく、暑さもしのげる。

 それで、午前中は地下収納庫で練習したが、午後からは、ショートカットのうたためを済ませ、さっそくパソコンセミナーの総合問題に取り組む。

 家に導入したパワーポイントのバージュンは、最近買ったせいで2010年だがセミナーのテキストは2007年版なので、ちょっと説明と展開がちがう場合があって、やりにくい。

 およそ3時間集中する。というか途中シャワーを浴びに風呂へ。

 気分を変えて、再びパソコンの前に。

 あと問題1ページというところだったが、夜の食事の用意やなにやらが待っている。

 しかし朝の演奏の練習と合わせると5時間びっちり時間を使った。

 ごはんの用意のため、精米、米とぎなどを済ませ、今日唯一外に出た。目的はただ、コーヒー豆を調達すること。

 ここでしか最近は買っていないが、阪急武庫之荘駅近くの「豆珈房」。

 そこでオーナーから「ブログ見たで」と言われる。

 なんでも自分の店のホームページを開設されたらしいが、その店名から検索でぼくのブログが出たらしい。

 おもしろいものだ。それにしても今日他人と会話をしたのは、妻と3男と後はその豆珈房のオーナーだけだ。

 その分気が楽だった。ただ意外な話を聞いてうれしかった。

 とにかく8月は休みを取ってもゆっくりしていられない。しかし今回の演奏の曲名はおやじーずでは異色の曲、「ルージュの伝言」と英語で歌う「カントリーロード」だ。ちょっと楽しい。

 暑さもあと1か月が我慢すれば去っていくだろう。

2010年8月22日 (日)

日曜出勤 健康住宅推進学習会に参加からスーパー銭湯へ

100822  本来は今日は休みだが、職場の関係で今国土交通省がらみの健康住宅推進の学習会を学者、橿原市、建築業者、NPOなどの関係者による学習会を自分の職場の会議室で開催され、代表で参加した。

 午後から3時間びっちりの学習会だったが、午後の1時から4時のもっとも暑い時間にエアコンを十分効かしておこなわれたので、暑さは感じなかった。

 まだこれからの課題のテーマだが、橿原市からは市長じきじきに出席され、それなりに期待もある。

 学習会は4時前に終了した。

 後片付けもし、戸締りもし、午後4時半に職場を後にした。

 外はやはり蒸し暑い。

 しかし仕事を終えた気楽さで、気持ちはいい。

 帰りの途中で、スーパー銭湯に行くことを突然思い立って、路線は阪神に切り替え、尼崎で降り、築地のスーパー銭湯「えびす湯」に歩いていく。途中阪神電車のガード下トンネルを通り、国道43号線の下のトンネルを通り、すぐ築地が見えた。

 午後5時を過ぎていたので、結構入浴客は多い。若い親子あり、刺青者ありで、下町らしい。

 風呂から上がって同じ道を踊って、阪神尼崎駅のバス乗り場から、「阪急武庫之荘行き」に乗る。

 バスの中のクーラーの風が心地よい。

 バスは地域をくまなく通るので、家まで正味30分はかかった。途中で妻から携帯がはいる。

「みそ買ってきてくれへん」

「わかった」

 バス乗車中なので、小声で答える。

 しかし今日もまだ暑い。

2010年8月21日 (土)

暑い暑い土曜日

001  今日は午後から仕事の会議のため出勤する。

 ただ、午前中は家にいれるので束の間の休息だ。

 それで、NHK衛星第2で「週刊ブクレbビュー」を見たあと、地下収納庫で28日演奏のための練習をする。

 地下収納庫は、何も冷蔵装置はないのに、地上より温度は低い。

 およそ1時間結構楽しい。

 というのは、自分たちおやじバンドとしては、異色の曲「ルージュの伝言」(松任谷由美)と「カントゥリロード」(ジュン・デンバー)を演奏するのだ。

 時間はあっという間に過ぎていく。

 練習を終え、昼食を済ませて、職場にむかう。

 昼間の外は本当に暑い。

 通勤は電車でいかざるをえない。

 つばあり帽子をかぶり、Tシャツ一枚、ズボンは7分たけ、足はサンダルというスタイル。これで不快感はない。

 それでも今日は会議の出席はいい。

 会議は1時間45分。そのあとも打ち合わせがあり、明日の会議の準備もあり。職場を出たのは5時30分を過ぎていた。

 しかし一仕事終えて、気楽な気持ちで家に向かうが、コープ立花で夕食メニューのカレーの材料を買う。

 家に帰って夕食つくり。あと風呂に入り、ビールとワインでくつろぐ。

 ちゅうど先週の今頃は、バリ島のウルバツ寺院でケチャダンスを見ていた。

 今更バリ島がなつかしい。

2010年8月20日 (金)

特に書くことはない日

004  今日は、夜パソコンセミナーも予定してるので電車で行くことにした。

 JR立花までは徒歩13分。結構この暑さがつらい。

 それにその暑さから車内の冷房との格差は体に悪い。

 結局職場に着いたときは、自転車で通勤するより疲れたような気になった。

 仕事は週末だが、重要な会議2回、それに明日の理事会の資料つくり。

当然5時までおさまらなくなってしまった。

 午後急きょ、パソコンセミナーをキャンセルした。

 しかし仕事の要所要所があって、今日はその日だと思うと悔いはない。

 ただ、疲れが残った。

 仕事は終えたのは6時半を回ってしまった。

 夕食は最初から3男にまかせていたので、焦ることもない。

 疲れた体で、帰路のため、地下鉄桜川駅に向かう。

 今日も綾戸智恵の曲をウオークマンで聞く。

 まあそれといって書くことのない日なのだ。

2010年8月19日 (木)

今週自転車3日目 暑さにちょっと慣れてきた

001  今日は家を出る前に、水シャワーを浴びた。

 これだけでもちょっとましだ。

 今週休んだいる人がまだ多いのか、道路は今日もすいていた。

 一昨日バリ島と比べて日本は交通マナーはまだましか?と書いたが、赤信号に変わってから進入する車がることや、逆走する自転車が頻繁に横行してのは、同じだった。

 これだけ交通体系が整備された日本でのルール違反のほうが悪質だ。 

 それでバリから帰ってきた日は、そういった通行にも「まあいいか」と思っていたが、今日は、逆走自転車に遭遇したら条件反射的に「逆走やぞ!!!」と3人ぐらいにどなった。

 まあ悪いものは悪い。

「んん、これでいい」と自分で納得する。

 職場に着くと毎日補充ドリンクを変えて飲んでいるが、今日はアミノサン入りだったかドリンクを飲んだ。とにかく水分はたくさんとらないといけない。

 まあしかし今週が頂点だろう。

 仕事もちょっとモチベーションが上がってきた。

 帰りは今日も5時過ぎに帰るしたくをした。

 走行時の風は熱風からやや涼しい風に変わっていた。

005  暑さというのは結構相対的な感覚であるような気がする。

 冷房のきいた事務所から外に出たときは、むっとした暑さを感じる。

 しかし今日のような帰りの走行での1,2度の温度低下はそれだけで涼しさを感じる。

 だからある程度暑さの中で慣れている方が快適なのかもしれない。

 とにかく今日の帰りは楽だった。

2010年8月18日 (水)

熱風の風をあびて

001  今日も覚悟の通勤だった。

 とにかく今日ぐらいの気温になると、風を切って走っても熱風としか感じない。

 ただ腕と頭の後ろに水をかけるだけで、かなり癒される。

 そんなことを繰り返してなんとか職場まで走った。

 職場について、はじめて試みたが、自販機のポカリスイットを飲んだ。

 それで体調は疲れがなくなった気がした。

 昼も食欲十分だった。

 ただ、これだけ朝の暑さに鍛えられると、昼の外の暑さでも慣れてきた感じだ。

 仕事では面談が多い。

 おたがい暑さをねぎらうのが挨拶になっている。

 帰りの走行はやや温度が下がったように思うが、向かい風だ。

 太陽の位置がちょうど帰る方向だ。ときどき信号の色が見えないときもあった。

 それに今日はまた40代ぐらいのやや重い、やや古い外装変速自転車で後ろにつこうとする一人がいた。

 やめてほいい。抜かれることはないが、いい気はしない。

 しかし尼崎に入っていなくなった。

 まああと何日このような状態が続くのだろう。

 家に帰ってテレビニュースを見ると、運動場で野球?の練習をしていた中学生が意識不明で倒れたというニュースが出ていた。

 まあ、無理せず走ろう。ただ僕と同じように自転車で通勤している人は、水あび用ボトルをもって行ってほしい。意識朦朧と、もししたら止まって頭に水をかけてみると効果はあるだろう。

2010年8月17日 (火)

普通の生活にもどって自転車通勤再会!

003  覚悟はしていたが、ひさしぶりの自転車通勤は暑い。

 クールダウン用ボトルは、行きのルートで使いきるつもりで、かけまくった。

 信号待ちはまったくないところはしかたがないが、ほとんど信号のだいぶ手前であっても日陰に入った。

 それでなんとか淀川大橋を渡るとき、「よし、これならいける」と思った。

 腕と首にかける水はなんともいえなく、気持ちがいい。

 それにしても長距離通勤らしい自転車は一人もいない。

 昨日バリ島旅行のところで書いたが、日本の交通マナーはまだましなのだろうか、と思えてしまう。道路の整備ぐあいは、とくに感じる。 

 これは実際荒れた道路の国に行ってみないとそんなことは感じないはずだ。

 ただ昔の日本はこうだったんだろう。

 ちょっといままで感じなかった感覚で道路が見える。

 なんとか8時48分ごろ職場についた。

 今日は気楽に仕事しようと思ったが、そうもいかなかった。まあしかしこの灼熱の環境での仕事は限界だろう。

 004 帰りの自転車通勤は、ペダルを回すだけに集中する。決して負荷をかけないようにする。

 途中、パワーダウンしたロードバイカーを二人見た

 一人は、耐え切れずコンビニに入ってしまった。

 もう一人はスピードダウン。

 ぼくはパワーダウンの兆候はない。マイペースで走れる。

 一方マウンテン付いてきた一人が近づいてきた青年がいた。 

 ただ、信号まちでぼくの前に出て、がむしゃらに入っていった。

 それでもぼくはマイペースで走る。

 今日は、夜おやじーずの練習がある。それで急いで、コープで寿司を買い、家に帰る。

 練習は8時からだが、8月28日の星空映画会とピースコンサートの出演の演奏曲を選ぶ。

 なんと「ルージュの伝言」(松任谷由美)と「カントリーロード」(ジュン・デンバー)を歌うが、なかなかいけそうだ。

 ちょっと充実感を感じて練習を終えた。

 8月はとにかく忙しいが、充実しているのかもしれない。

2010年8月16日 (月)

バリ島旅行に行ってきました

004  005 とうとうバリ島にやってきた。

 8月13日、関空午前11時発、バリ島デンバサール空港に現地時間16時15分に到着した。今回の航空会社はインドネシア・ガルーダ航空。ただ格安チケットをこのお盆にとるのは大変だった。

 乗客はほとんど日本人に見えるが、機内客室乗務員は、すべてインドネシア人っぼい。

 片言の日本語と英語の往復だ。 実質6時間のフライトだった。

 今回ビザはイージービザという名前かどうかは知らないが、現地で25ドル払うとその取得になるという。

 ただし根回しよく、関空のEカウンター出口付近に仮設のビザ料金支払所がある。それでデンパサール空港に着くと、団体にまじって、あっという間に税関をすり抜けた。

 そのデンパサール空港でシンガポールから先に到着している娘と待ち合わせだ。

 すぐおたがい発見して一安心だ。

 1日目はホテルに着くとすでに6時を過ぎていて、夕食場所をすぐにさがすことにした。
007 ところで宿泊した「ヘルコニアビラホテル」は、なんと5人で泊まったが、プールあり、広いテラスというか野外の施設というかがあり、しかも部屋は広く、バスルームと洗面スペースは、桁外れの広さだ。

 まあ、医師のオーナーが経営しているのだが、シンガポールで働く娘の会社と取引している関係で、今回宿泊が可能になった。

 

それはそうと、その夕食場所は、そのホテルの前のストリートをだいぶ歩いた場所にアトリエとレストランが一緒になった店に入った。
 019 これは完全に穴場だ。

015 その前に031ビーチまで行ってみようということで30分ほど、車とバイクの行き交うがたがた歩道を歩いて、クーデターと呼ばれる社交兼、レストランに行った。警戒は今も厳重だ。

ホテルに帰って受付でインターネットの無線ランがあることを知り、セキュリティー暗号を教えてもらった。部屋に帰ってためしてみたが、無線は十分感知しているが、自分のパソコンのセキィリティーが厳重なのか、無線ランから外へは拒否された。何度もやってみたが駄目だった。

 

027  翌日プール前のテラスで食事をし、一日ホテルとのフリー契約の車をチャーターし、銀の宝飾品の製造行程と店、木工彫刻の店、織物の実演と売り場など順に回って、段々畑が有名なライステラスで昼食を取った。
 かなりの急斜面に畑がひしめいていて、反対側の急斜面のあずまやで食事する。なかなかいいものだ。
 

 今回ツアーでなく、プライベートで来たが、娘の通訳と、案内の運転手で助かっている。
 車で移動の間中、街並みと道路事情がよくわかるが、とにかく人々は病んでいないように見える。失業者が皆無ではないか。というかそれなりに何かを売っていたり、信号で新聞を売っていたり、ちょっと怖いのは、幼児まで使って物乞いしているグループがある。わざわざ他人の赤ちゃんを借りてきて、抱きながらその行為をして、ぢょう同情をさそっているらしいが、考えられないこともある。
 風景はでは道の荒れ具合は、40年以上前の日本のようだし、建物の形が沖縄の家に似ているのが不思議だ。

 035 037 夕方は今日のハイライトで、ウルワツ寺院に行って、ケチャダンスを見ることだ。

 昼食場所から約2時間かかるのだが、かなり近づいた地域で大渋滞。ちょうど6時前だった。その寺院の丘から夕陽もみごとらしい。
 ただ、どうするか、途中対向してきたバイクのおとうさんが、こちらの車に今日は、お祭りがあるので、この先はかなり時間がかかると言っていたのだが、どうするか相談しているうちに車が流れだし、近づくにつれてガラガラだった。
 無事寺院に到着。女性は足の肌を大胆にだしてはいけないようで、ターバンのようなものを貸してくれる。
 入場チケットを買うときおろどくのは、5人で12万ルピアだが、「小銭がない」とかで、5万ルピア札を返してくれた。

 ケチャダンスはすでに始まっていて、まさにルーツの踊りなので、意味はわからないが、世界遺産を見たという感覚だ。ちょっと空は曇っているのは残念だったが、近くの海辺と沈みかける太陽がなんともいえない。
 
 1時間ぐらいの上演が終わり、一路ホテルに戻るのだが、帰りも1時間かかる。場所の距離感がまったくないので、あせることもなく、運転手にたよるだけだ。
 しかしまる1日よく走ってもらった。不平の態度はまったくない。
 「Are You Tired」と聞くと「Its my job」と言って気持ちよく答えてくれた。一応それなりのチップを渡した。

   ここのホテルはスミニャックという街にあるのだが、この日の夕食場所を探しに街に出ると、どこの店も白人ばかりだ。それも予約専用の店もあって、そこを利用しているらしいが、おそらく日本と違って長期滞在なのだろう。
 
 006 またこちらはオートバイクがやたら多いのだが、レンタルも多く、白人もよく使っている。しかしこちらは法のチェックが緩いのか、現地の人は3人乗りも当たり前だし、それにのって、外国人も大人が4人乗ってよろこんでいるのだからどうかしている。
 それに、道路逆走は当たり前、信号もいいかげんなところが多く、日本で自分が注意しているのは何なのかという感じだ。

 3日目はゆったり過ごしたが、午前中スパを5人で申し込んでいて、ホテルの部屋まで5人の女性が来てくれた。
 こんな経験ははじめてだが、使い捨てパンツに履き替えて、あとは全身裸。ぼくたち男の場合も女性の人がやってくれる。しかし全身をマッサージされて、垢取りもされて、約2時間夢心地だ。ただちょっとはずかしい。

 昼食はこのテラスで食べたが、日本人好みの味がいい。

 008 009 午後もう2時を回っていたが、妻と子供3人は、このスミニャックの街を歩き、買い物に行った。その間僕はこの前のプールで泳ぎ、上がってひと眠りし、あと読書にふけった。ちょっと贅沢すぎるぐらいだ。

 午後6時すぐ夕食をこのテラスで、プールの回りに蝋燭を並べるという演出もあって、なかなかゴージャスだが、料理はまったく辛い。
 大きな魚一匹とエビ、イカなどの櫛ざしとスープ。すべて辛い。おそらく伝統のインドネシア料理なのだろう。

 夕食後はあたふたと部屋と持ち物の片づけをし、娘が別便でシンガポールに帰るのだが、ぼくたち4人よりちょっと早く10時30分発のフライトだ。それで彼女を見送りが、とにかく一緒にデンパサール空港に行った。
 やはり別れは辛い。が娘を見送る。
 あとは深夜12時40分のガルーダ空港便で帰る。

 しかし3日通して思ったが、怪しい職業もあるし、のんびり働いている姿は日本とはあきらかに違いが、少なくとも失業者や、日本のように家を突然失う人はいないのではないか。
 それにメンタルヘルスの関係で病んでいる人がいるのか、いないのか、ぼくには全くいないように見える。
 そういう面では先進国の悪い面を受け継がないでほしい。
 
 016 017 とにかく家族5人、娘との再会と旅そのものの楽しさと、優雅なホテル体験と満足だった。

2010年8月12日 (木)

家族旅行と星空映画会にむけて

002  今年の夏は、テレビで戦争や原爆を扱う番組が多く、また中身も中途半端ではない。

 とくにこの前NHKでドキュメンタリーで放映された広島、長崎の原爆投下後に日本軍が治療のためではなく、被害状況の調査のため、本格的に現地に入ったという話。しかもその同月の15日で敗戦となり、そのデータをアメリカが求める前に自ら提供したという内容だ。

 アメリカが日本占領時、原爆被害調査のため、専門施設を広島に作ったことは知っていたが、日本が独自の資料を先勝国にこびて提供するという、はずべき内容を映していた。

 まるで、原爆の被害にあった人を落とす前から想定して、まるでモルモットのように調べられた。これはアメルカが戦争に負けていたら、最大の犯罪になり、責任者は死刑だ。

 戦争という超法規的政治手段は人間を破滅するものしかいいようがない。

 首謀者を憎むか、戦争そのものを憎むべきか。

 僕はどちらも憎みたい。

 そんなことを考えながらテレビを見ていた。

 それにしても明日は、バリ島に行く。束の間の家族旅行だ。

 モバイルパソコンを一応持っていこうと思う。しかしブログ更新は16日になるだろう。

2010年8月11日 (水)

今週1日だけの自転車通勤日

001  2日間の出張が過ぎて、今日は今週1日だけの職場出勤。

 それで今週1日だけの自転車通勤という前代未聞の週だ。

 今日もただ軽いペダリングと日陰での待機を心がける。

 それにしても車の数はてきめんに減った。

 人間仕事する気候条件の中で考えると限界かもしれない。

 野田阪神の交差点でタイミング運悪く停止し、しばらくして発進したら進行方向にたしかに女のロードバイカーが見えた。結構速い。

 「ゆっちさんだ!」

 ひさしぶりの遭遇だ。

 追いつこうと思ったが、40km/Hで走っている模様だ。

 船津橋北詰交差点が信号赤になるので、追いついた。

 「おはよう」と声をかけた。

 しばし会話できたが、信号が変わって先に出たが、あとは本町で別れた。

 後はセーブして走る。

 人間の限界温度ではないが、自分にとっては限界かもだ。

 職場について、今日はなごやかだ。やはりお盆休みが近いという楽しみがあるのだろう。

 自分にとっても今日は急に13日からのバリ旅行が頭に浮かんで、そのモードに変わってきた。

 しかし仕事はそれなりに押えるところは押えた。

 夜は28日の星空映画会と同日のピースコンサートに向けて、「おやじーず」に練習だ。

 0045時過ぎには職場を出る。

 野田阪神交差点で、ロードバイカーが一人。ウェアはやぼっい。ズック靴にちょっと長めの靴下。ヘルメットはしっかりかぶっている。

 しかしがむしゃらにダッシュする。

 ぼくらそのペースに惑わされないようにゆっくり走る。

 しかしそのうち失速して、こちらが近づく。しかしあえて抜く必要もなく、そのうち信号のタイミングで先を走っていき見えなくなった。

006

 帰りにコープ立花でお寿司その他を買ってすぐ帰る。

 家に着くとすぐ風呂の用意。急いで入り、8字からの練習にむけて、先に練習する。

 今回は3人のフルメンバーで出演する。

 曲の選曲を相談し、一度合わしてみる。

 まあなんとかいけそうだ。来週の練習日を確認して練習を終了し、缶ビールで雑談。

 いつものパターンだ。ただあとは個人練習あるのみ。

 とにかく8月は忙しい。

2010年8月10日 (火)

2日間、滋賀県へ会議出張

001  この2日間はなんとか体を回復させて、滋賀県、能登川にあるホテルで近畿規模の団体の会議に出かけた。

 JR東海道線で近江舞子の2つ向こうの駅だ。

 新快速で大阪から出発したが、12:00発なので、20分前からプラットホームの乗車口に並んでいたおかげで、なんとか座れた。

 ただこういうときの席押えが得意ではないので、気遅れる。

 だいたい1時間ちょっとで能登川に着いた。この駅に新快速が留まることを初めて知った。

 ついて、2時から5時まで会議をする。

 その後は夕食・懇親会。交流と情報交換に花が咲く。

 ホテルは小高い丘にちょこっと建っている。クレフィール湖東という。

 家族ずれもいるが、高校のスポーツ関係の研修の学生がたくさん泊まっているらしい。

 翌日は、朝9時から12時で会議後半がある。結構課題も多く、時間の経つのは早い。

 12時ちょうどで会議は終わり、オプションとして、昼食を済ませて、近江八幡の古い町並み見学をすることになった。

 ただしぼくを含めて3人は、昼食もそこそこに西堀栄三郎(探検家で科学者で技術者または教育者)の記念館に行った。極めつけは、マイナス25度の体験ゾーンがあり、防寒具と濡れたハンカチを持って中に入った。

 おとといまで体調不良だったので、だいじょうぶかと思ったが、マイナス25度の10分ほど入て、充実間を感じた。ただ防寒具は上着だけ。下半身は、七分ズボンなので「これでいいの」と思うが、10分間はだいじょうぶだ。

 ただこの世界で何か月も過ごすのはきついだろうと思う。

 この南極体験ゾーンは事業仕分けか知らないが、あと1か月ぐらいで中止するらしい。

 あと展示場でサプライズしたのは、この西堀栄三郎さんは、京大山岳会出身でそのときに「雪山賛歌」を作詞しているのだ。

 記念館を出て、近江八幡に先に行っているグループに合流するため、Uさんの自家用車で移動したが、彼はなんとマックのアイパッドを持っていて、それを使ってナビゲートしながら移動した。

 これがあるとナビゲーターはいらない。また後ろに座っているNさんは東京の保団連の人なので、しょっちゅう全国を移動しているからか、携帯からネットで新幹線の席の予約変更をしている。

 誰もかれもIT生活が浸透してきた。

 僕は、ブログ更新とウオークマンで音楽を聴くというぐらいか。たしかにアイパッドは革命かもしれない。

 008

 さて本体グループに合流し、古い町並みを移動する。

 案内ボランティアのおじさんが、その通りの建物の「うだつ」について解説してくれた。

 

009  豊臣秀次がこの町を作ったのだが、城の堀を海運に利用したらしく、その堀がきれいだ。

 このシチューエーションは、多くの映画、ドラマで使われてきたという。

 あの釣りバカ日誌の江戸編で浜ちゃんが、夜釣りの場面もここらしい。

 こういう現場に遭遇するとゾクゾクする。

 それにこの地は今の近江兄弟社という会社があり、この名はOMI BROTHERHOOD COが本当らしいが、その直訳らしい。

 つまり日本の明治、大正の建築で1300以上の実績を残したヴォーリスがメンソレータムという薬品も発明し、そのための会社であったらしい。

 彼の作った建物で有名なのは、関西学院大学校舎、大阪大丸百貨店などあるが、この滋賀県ではたくさん残っている。

 この地に古い町並みが残っているのは、考えてみると戦争の被害をうけなかったことがあると思う。戦争は歴史の遺跡も破壊してしまう。

 だからこの地の町並みはすばらしい。

 013 ボランティアおじさんの案内が終了したあと、八幡神社の前のバームクヘン店、CLUB HARIE でバームクーヘンを買った。結構有名だということを職場の女性に聞いていた。

 この近江八幡は、琵琶湖一周自転車挑戦で何度もとおっているが、街の中を探索すると、いろんな発見があることを今回知って満足だった。

 帰りは近江八幡駅から新快速に飛び乗ったが、臨時の椅子に座ったまま、乗客が多く、移動できなかった。

2010年8月 8日 (日)

休養3日目 スーパー銭湯に行く

002  3日間家で休養するというのも、めったにないことだったが、パソコンセミナー対策の予習と読書に明け暮れた。

 それに昨日TUTAYAで借りたCD5本をウオークマンに転送した。

 朝はいつもより起きるのが遅かった。それで水撒きを怠った。

 庭に目をやるとカメがたまごを生んでいた。ただオスがいないので無精卵なのが残念だ。

 朝の一仕事を終えて、今日もパソコンセミナーの予習をする。

 まだ体を思いっきり動かす気力がない。

 ただパソコンの予習は、最後の章まで終了できて、だいぶパワーポイントの作成が理解できてきた。

 11時を過ぎ、ちょっと前向きにスーパー銭湯に出かけることにした。3男を誘うと行きたいということで一緒に行くことにした。

 ちょっと贅沢だが、車で一番値段が高い「やまとの湯」にした。

 今日は日曜日だが、結構道路も温泉も空いていた。

 風呂から上がって血管年齢測定機で測ろうとしたが、3回挑戦したが、測定不能という答えが返ってくる。3男はちゃんと測れたのだから、ちょっと体に異常があるのか。

 まあちょっと気にしながら家に帰った。

 午後から読み残している「ピアニストが見たピアニスト」残り30ページを読む。

 著者青柳いづみこさんは、ピアニストで同じ商売のたねを明かすようで最初は気が進まなかったらしいが、リヒテル、ミケランジェリ、アルゲリッチ、フランソワ、バルビゼ、ハイドシャックの6人の名ピアニストの魅力にはまったらしい。

 天才ピアニストとぼくらのアマチュアミュージッシャンとでは、失敗と思う程度はまったく次元が違うだろうが、やはり落胆するときもあるらしい。

 ジャズピアニストとのかかわりが、とくにバルビゼという人が面白い。

 午前中、ベートーベンを正装して弾き、夜はジャズを弾くというときがあったらしい。ちょっと興味がわく。文庫本だが、348ページは読みごえありだ。

005  夕方CDを返すのと夕食の買い物で家を出たが、最高の暑さだ。

 雲があまりにもくっきり盛り上がっていた。

 明日は、滋賀県に会議のため、一泊で出かける。

 なんとか体調ももどりそうだ。

2010年8月 7日 (土)

休みモードに浸る

002  ぼくにとっては連休2目。しかしまだ体調は全快でなはない。

 それでパソコンセミナーの予習と、読書に浸ることにした。

 ただ朝たまたま見たNHKBS2で細川護煕元首相の独居生活を1時間番組で放映していたが、これがなかなかよかった。

 神奈川県相模原市の山麓におじいさんの近衛文麿が80年前に建てた住居があり、今は細川一人で暮らし、陶芸をしながら、木々を管理している。

 あるとき、京都の円山公園の桜を管理していることで有名な82歳の方がたずねてきて、自分の家で長く生きる垂れ桜を見てもらうのだが、木は人間が話しかけたり、毎日近くで見ていることによって実際反応し、その愛情を感じているという。実際枝が震えるというのだ。 

 ちょっと深い話だ。

 いい話を聞いた気になって、朝めいっぱいパソコンに向かう。パワーポイントの作成実践だが、中身の難しさじゃく、説明分の省略が多く、どこをクリックするのかわからないことが多い。

 だいたい解説書は、初めて見るものの視点にはたっていない。

 午後は1時間たっぷり昼寝した。あとから新聞で昼寝のことが書いてあって、寝すぎるもの逆に疲れると書いてある。

 しかしこんな暑い季節はたっぷり昼寝もいいだろう。

 そのあとは昨日と同じ「ピアニストが見たピアニスト」を2時間読む。

 あと30ページだ。

 一応中断し、レンタルCDのTUTAYA武庫之荘駅前店に行った。

 ビギン4本と桑名正博1本を借りた。

 家に帰って一番古いパソコンに入っているデータで星空映画会用の原稿を作る。しかしこのパソコンしばらく使ってなかったが、印刷機へのアクセスで異常の表示がでる。 

 それでだいぶ時間を取られてしまった。

 そんなこんなで夜になってしまった。

 まだ体は全快していないが、この休みはありがたい。

2010年8月 6日 (金)

8月6日原爆記念日に思う

008  体調を崩して今日は家でじっとしていることにした。

 夏バテといえそれまでだが、先週から連続の5時以降の用事と先日の一泊研修の準備、当日の運営、翌日から感想レポートの整理とで、飛ばしすぎた感ありだ。

 それに加えて、今週連続4日の炎天下での自転車通勤がそれらの限界を感じさせて、はっきり「これ以上無理!」と自分で自覚した。

 さて、今日はひさしぶりに家にじっとしていたが、テレビでは原爆記念日として特集が組まれている。

 思い起こせば、40年前、高校一年生のとき、原水禁東京大会に高校自治会だったか、会だったか代表で広島に行ったのが、平和運動にかかわるルーツだった。

 大会に行くため、高校のまわりの地域を募金と署名のお願いでまわったことを思い出す。丁度7月の最終週いっぱいまわったような気がする。

 それで炎天下の行動は自信がついた。

 高校は大阪阿倍野区の桃山学院といって、自由な校風が特徴だったが、ある意味めぐまれていたかもしれない。 ぼくが入ったサークル「フォークソングサークル」の部長だったかは、あの屋敷たかじんだった。

 原水禁大会は、かなりカルチャーショックがあった。全国から1万人ぐらいが集まる空間を体感したのが初めてだったのだ。それに白人たちもいた。

 今日のテレビではNHKで吉永小百合さんの原爆詩朗読コンサートとそれに関連した被爆者関係者への訪問を特集していた。それぞれに重みがあったが、長崎投下の後、浦上天主堂が破壊の後をも13年間残していて、そのまわりにいろんな行事がやられていた姿を写真にとらえていたことが、65年封印して今公開されたという。

 年を追うごとにいろいろなドキュメントがあらたに見えてくる。いろんな人たちが、反核の活動を地道につづけている。

 自分がこの8月ごとに再認識するだけのことがはずかしい。

 やっぱり戦争と核兵器をなくしていく思いは持ちつづけないと思う。

 

006 さてじっとはしていたが、何もしないこてはなく、朝はちょっとだけパソコンセミナーの予習をしていた。

 午後からは、なかなか読み終われていない「ピアニストが見たピアニスト」を読み続ける。だんだん有名ピアニストと作者が接していた部分が出てきておもしろい。 

 しかしまだ90ページ残している。

 昼寝もしたんで、そんな具合だ。

 しかし今日の休みは助かっている。

2010年8月 5日 (木)

ついに自分も夏バテ?

003 今日は昨日以上に暑さを感じる、走っている最中にどうもおかしい。

 いつものモチベーションになれない。そのうち今日も後ろからサッシーが来た。

 4日連続の遭遇だ。

「今日はあかんわ」と弱音を吐く。004

 というのはこの疲れを感じたまま、今日も夜パソコンセミナーに行き、明日は仕事の後すぐ少年団キャンプに3日間かかわり、その次の月曜日は、一泊の会議、またまたお盆は、家族旅行でバリ島へ行く予定だ。

 ちょっと精神的にもそのスケジュールを考えるとまいってしまった。

 とにかく朝はサッシーに追いつこうと負荷をかけ、走る。

 まあなんとか職場について、息たえだえということもなかったが、着替えているとき、明らかに疲れを感じた。

 それで対策として、今日のパソコンセミナーを来週に繰り延べし、明日は休暇を取ることにした。そして明日夜からの少年団キャンプへの出発にそなえようとしたが、それ以上にまだ疲れが気になる。

 それで、そのキャンプもキャンセルすることにした。

 そうすると、明日から3日間休養という想定していなかった時間ができた。

 まあ、しかし疲れているときはおもいっきった対応も必要だと自分にいいきかせる。

 急に疲れが出た原因を考えてみると、先週土日の一泊学習会の主催という重要な役割もかなり負荷がかかっていたようだ。

 つい昨日までは、そんな自覚はなかったので、すべてのスケジュールをこなすつもりだった。ただいやだなあと思っていたことはまちがいない。

005  これでだいぶ気分は楽になった。

 束の間の休息だ。

2010年8月 4日 (水)

ただひたすら走るだけ!

002  今年は特に暑いのだろうか?

 しかし今日は湿気が少ないようで走るだすと気持ちいい。 

 今写っている七松線は極端に自転車が減った。

 とにかく体に熱を出さないように走る。2号線に入る交差点は待ち時間がほとんどなく、左折する。

 2号線に入ると、自動車の流れのリズムにしたがったほうがいい。

 今日は合わないだろうと思っていたメッセンジャー・サッシーが歌島交差点の先の信号で待っているとき、後ろからやってきた。

 それにしても連続3日並走している。こんなこともめずらしい。

 しかし今日は淀川大橋を先に走ってもらった。ちょっと差がついた。

 なんとか付いて行って野田阪神まで進む。

 別れてからはマイペースで走ったが、気持ちがいい。

 仕事は今日もひたすら昨日からの続きで学習会の感想レポートのパソコンへの入力に明けくれる。

 004

 とりあえず報告はほとんど集まった。

 今日は保険会社のオルグ担当の人と次期交流への依頼が強い。

 それでわが職場では、とりあえず経費がかかってもやる必要があるだろうと思う。

  とにかくみんなから集まったレポートを昨日から校正し、関係者にOKをもらうことが必要だろうと思う。

 オレンジのハンドルテープが役にたつ。 

 終業時間になり、適当に河野南出張所の南側で退避した。

 

2010年8月 3日 (火)

今日もメッセンジャーサッシーと並走

001  今日は昨日に増して暑い。なぜかと一瞬考えてみると、今日も朝は日差しが強いのだ。

 信号での停止は、極力日陰に入る。

 2号線に入るだいぶ手前からサッシーが走っていくのがちらっと見えた。

 今日は距離が離れているので追いつくのは無理だろうと2号線に合流すると、すぐ向こうの信号で止まっていた。

 すぐ追いつき、並走する。

 今日は彼もしんどそうだった。何せ暑い。

 僕自身も誰にも会わずただゆっくりマイペースで走ろうと思っていた。

 しかし仲間に会うとモチベーションが上がる。いっしょに走ろうとする。

 今日はそれですでに尼崎境目から、先頭交代し、前を走ることにした。

 案外走れる。野田阪神までのしんぼうだ。

 淀川大橋は、31kmで走った。橋を下り、海老江交差点では早い目に車線変更し、右に出る。この行為はやはり経験と勇気がいる。

 そこクリアし、直線コース。野田阪神手前で、別れとなる。「また明日会おう」と言葉を交わす。

 職場には8時50分だった。手前からの信号タイミングが悪かったかもしれない。 

 それにしてもいつも感じるが、信号が青に会わるのを待てば数秒しか変わらないのに、先に無理して飛び出す人が多い。

  「おまえらあほか!!」

と心で叫ぶ。いったい何の意味があるのだろうか。自己満足だ。本当にばかだと思う。

 仕事はひたすら2日前におこなった学習会の感想レポートのパソコンへの打ち込み。

 夕方はさすがに疲れた。

 仕事を終えて、今日は6時半からOM9条の会世話人会に行く。会議場は本町のなので、職場から自転車で15分ぐらいだ。

 今日はやはり車がだいぶ減っているので走りやすい。

 会議を終えて、本町通りから家に向かう。

002 003

 夕方から雨が降ったようで、ちょっと涼しい。

 ゆっくり走っていると、今日もかなり若い男性だが、マウンテンバイクでがむしゃらに僕を追いてきた。

 人を目当てに無理やり追いこうとするのはちょっと失礼だ。

 後失速するので、難なく追い返した。

 そのあとも別のクロスバイク青年がついてくる。

ゆっくり走らせてくれよ!といいたい。

 次の信号まちでは、信号を無視して先を走っていった。

 とにかく礼儀というものがない。マナーがない。

 日本はとにかく学校教育で人を追い抜くことだけ教えているのではないかと考えてしまう。

 まあ幻滅してばかりいてもしかたがない。

 自分は信号を守り、、マナーを守り、マイペースを守り、楽しく走るだけかも。

2010年8月 2日 (月)

暑さにも負けず、風にもありがたく

001  朝はいつもより出るのがちょっと遅れた。

 仕事は一山超えた気持ちで今日は気が軽い。空気圧も調整した。

 この暑さでもまだ体に熱が出ない間は、風がクールダウンしてくれる。

 しかし8月はじめの月曜日、たしか去年も同じ感覚になった気がするが、急に車も人も自転車も道路から減ったような気がした。

 そんな中を走るのはストレスが少ない。

 2号線、尼崎をしばらく走っていると、ずっと前に水色カバンの自転車走行者が見えた。

 「サッシーだ!」

 普通は100m以上離れているので、追いつくとは思えないが、ひたすら走る。

 信号のタイミングのなせるわざで、すぐ目の前に見えてきて、船津橋南詰の信号待ちで追いついた。002

 その後はついていけるかわからなかったが、いつもよりちょっと負荷を多くし、なんとかついていった。

003 淀川大橋に上る手前、姫島交差点でブログのネタにするため、2ショットでシャッターを押した。

 その後も彼の先導で、淀川大橋を35km/hで走りぬく。

「おお、いけるやん?」と自分の足に驚く。

 そしていつものように野田阪神手前で、お互い安全を祈って別れた。

 自分にとって、自転車通勤は「たかが通勤移動であり、されど通勤」だ。

 いわば1日の中で2回機会があるスポーツ時間でもある。

 その意味では、単なる通勤移動ではない。

 まあ、とにかく充実した朝の通勤である。

 職場には8時45分に着いた。思っていたより早かった。

 仕事は、昨日の後片付けがあり、ホームページへの文章作成がある。

 夕方に近づいて、今日は早く帰ろうと心に決めていたが、5時10分ぐらいには帰りの支度に入った。

 今日の夕食メニューはすでに決めている。材料も冷蔵庫にあるだろう。

 それで、家に直行することにした。

 帰りの道路温度表示は、33℃。体は熱を帯びる。残っているボトルの水を最後には頭からかぶる。

 この気持ちよさは、言葉では言い表せない。

 家には6時15分に着いた。

 今日の料理は、またゴーヤチャンプルWITHミニトマトだ。

 その間に今月の行事についてメールが入ってくる。

 今年の8月は本当に忙しい。

 体調だけは崩さず行こう。

 

2010年8月 1日 (日)

研修三昧の2日間

005  この2日間は職場の理事と職員の学習会を開催して、総責任者だったため、けっこう責任重大な日々だった。

 会場は、箕面観光ホテル。

 午後からの開始だが、朝から職場で電話当番をし、午後から会場に向かう。

 古いホテルだが、新館建て増しで、エレベーターから部屋までは、かなり距離がある。

 ただ、8階に大浴場があって、そのさらに上階に屋上露店風呂がある。

 がけの上に建っているこのホテルからは大阪が一望できる。

001  まあ、何事も学習が一番。

 暑い2日間だが、じっくり学習した。

 日頃顔を合わしている職員だが、いしょに食事をし、風呂で裸の付き合いをし、討論することはこんなときでないとできない。

 人間のコミュニケーションはやはり顔を合わし、会話をし、一緒に食事することに、大変大事な要素があるのじゃいかと今回も実感した。

 2日目すべてのスジュールを完了し、帰路につくため、ホテルを出て、観光用歩道を駅の方に歩き、阪急電車に乗るため、切符を買った。

 この駅も地面と同じ位置にあり、しかも終点で線路がここで終わっている。なぜかわくわくする。

 たしか自前の知識では、阪急電車の前身は、箕面○○鉄道だったと思うので、この線路はおそらく、明治からあるのじゃないかと想像する。

 ただ、そんな古い観光地なのに、そのメイン観光場所の滝に流れる水は、貫通道路を建設した関係で、水が自然には滝に流れなくなって、ポンプで地下からくみ上げ、それを滝に流しているということだがら、興ざめだ、

 しかしちょうど今日はこの箕面地元で「箕面まつり」イベントを実施している。 

 駅に着く前に店でおもわず柚子ゼリーを買ってしまった。

 いよいよ今日から8月。お盆に出かけるバリ家族旅行ももうすぐだ。004

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