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2010年8月29日 (日)

ピースコンサート・星空映画会なんとか終える

「anosubarasii.mp3」をダウンロード 「ruujyunodenngonn.mp3」をダウンロード

010  この日のためにだいぶ準備してきたピースコンサートと夜の星空映画会の日が28日やってきた。

 つい昨日まで、暑い中を通勤してきたが、今日はうってかわって地域で歌と映画づけの一日だった。

 自分の脳内システムをリセットした状態で朝は9時から医療生協病院に発電機を借りに行き、そのあとガソリンスタンドでガソリンを入れ、家に帰る。

 しばらく待機し、11時から、宣伝カー(自分の車の上にスピーカーをつけて)で町内を宣伝に回る。

「ご町内の皆様、こちらは星空映画会実行委員会です。・・・・」という感じだ。

 一応これで午前中の役割を終え、昼食を食べ、1時にはあたふたとピースコンサートの会場、劇団かすがいへ車で2人と機材をのせていく。まあ家から10分ほどだ。

 ところが、通過する山手幹線が途中水道工事とかで、2車線の真ん中をふさいでいる。一時大渋滞だった。

 まあなんとか15分ほどかかって、名神尼崎出口をとおって、その近くにある会場に向かう。

 1時半からは自分たちのリハーサル。一通り歌い、音響調整してもらう。

 今日は調子がよさそうだ。

 008 このコンサートには、尼崎民商の職員グループ「ピース4」プラス義村たまみ「ピース5」と学生グループ「マルキスト」それに自分たち「おやじーず」などなどだが、われわれは星空映画会が控えているので、トップで出演ということになった。

 午後3時開演。

 照明がよく効いていて舞台から客席は暗くしか見えないが、50人ぐらいが入っているらしい。

 ぼくはこういった本格的照明の中だとアガラナイのだ。集中できて、ムードに乗れる。

 演奏曲は、カントリーロード、折鶴、広場は土は知っている、あの素晴らしい愛をもう一度、ルージュノの伝言、手と手と 以上6曲だ。

 しゃべり、自己紹介を入れて丁度30分だった。

 じっくり聞き入ってくれた雰囲気だった。

 演奏が終わって、すぐ会場を後にし、取り合えずわがマンションへ。二人をおろし、自分はそのまま大井戸公園に行く。どちらも5km圏内なので、移動に時間はかからない。

 公園には3時45分到着。楽器を下す。

 民間駐車違反摘発2人組がうろうろしているので、荷物を下ろすとすぐ車を家に持って帰る。

 そしてまた公園へ。

 さいわい音響関係の大学に通っているURくんに頼んであったので、だいたいセッティングは済ませてくれていた。

 この会場ではオヤジーズの演奏もあるが、事実上、音響と映画上映の技術責任者だ。

  ちいさなトラブルもあったが、だんだん夜は更けていき、幼稚園母たちの大型紙芝居、少年団の歌、南中ソーラン、それにおやじーずと演目が過ぎていく。

021  6時45分きっちりに映画をスタートさせる。しかし最初音がうまく出てこない。まあそれはすぐなおった。

 よしこれで映画「魔女の宅急便」が順調に過ぎればお役お面だと、上映中客席でのんびりその映画を見ていた。

 ところが・・・・・。ところが・・・だ!!!!!

 1時間ほどして自然に画面が消えた。音は出ている。最初映画の中の場面展開かとおもいきや、そのまま画面が出ない。

 「えらいこっちゃ」!!!!!!

 助手のURくんに助けを求める。なんとか画面復活。その間3分ほどだったか。

 しかしそれで終わらない。そのハプニングが3回続いた。

 4回目は異名的。以上ランプがついたままだ。

 原因判明。

 やはり今年のこの夏の異常高温が影響したらしい。まさにオーバーヒートだ。今後は5分以上。場がもたない。

 思わず「本日は機械の故障でこれにて終わりとさせて・・・・・」と言いかじけたが、プロジェクターのランプの回りにコンビニの氷や客席からくれた保冷剤で冷やしているとなんとか復活した。

 残り30分。無事に移り続けることを祈る。その間URくんはランプの熱が出るファン付近をダンボールで仰ぐ。ぼくも電源コード接続付近を保冷剤をもったままにする。

 それでなんとか観客もほとんど帰らず無事?というか、なんとか映画会は終了した。

 とにかく冷や冷やの幕切れだった。

 10数年同じプロジエクターでやってきたが、こんなことは初めてだ。

 ただ、これだけビデオ、DVDが発達した世の中で、野外の風と音の中で星空が本当に出ている中で映画を見るなんて、室内には代えがたい雰囲気がある。

 小学生までの子どもたちは必ず思い出の一つして記憶に焼きつくはずだ。それは一つの目的だ。

 かたづけをみんなで急いで済ませ、ただわが屋の場合は持ってきている荷物が多く、それを家に運んでから、打ち上げが始まった。

022 帰ったのは、12時を過ぎていた。

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