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-天気予報コム-

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2010年9月30日 (木)

雨でも走るしかないでしょう!

001  朝は、かなり曇っていたが、まさか雨がパラついてくるとは思わなかったので、そのまま普通のレーサージャージで出かけた。

 ところが、走ってすぐ雨が落ちてきた。

 このままだと雨に濡れたとして何がまずいか考えてみたが、靴下とパンツだけだ。

 だいたい雨が降っても15分ぐらいで上がるのが定番なので、それを信じてそのまま走る。

 やはりその通りになった。しかしまた逆パターンになる。

 大阪に近づくとまた雨が強くなってきた。

 なんとかセーフで職場に到着。8時43分ぐらいだった。

 服を着替えて仕事に入るが、メチャメチャ忙しいとうかプレッシャー。

 午後から職員全体の会議があるので、その資料作りにしっくはっく。

 それにいろんなところから電話が途切れない。

 まあ5時になってみると無事仕事は終了した。

 ちょっと用事で帰りはなんばを6時半に出たが、なんと雨が止んでいない。

 「やばい! 帰りは濡れっぱなしか」

 と覚悟を決めて走りだす。

004  じわっとおしりが濡れそうな気がしたが、、しばらく走っているとなぜか楽しくなってきた。

 これはなんだろう。

 涼しさと、しっとりとした空気で体が温まってくるに従って、ちょうどいい快適さがただよってくるのだ。

 それに仕事のたいへんさを終えた気落ちよさもある。

 今日の夕食は2男に頼んでいたことも急いで帰る必要がないという安心も作用している。

 家に近づいたところのローソンでビール6本とウイスキー角ビンを買う。

 ちょっと濡れた服をすべて脱いで、浴槽に入るのは最高だ。

006 やはり家に帰って、午後8時ぐらいの夕食の時間が一番すきだ。

 ただ、今日も無灯火自転車が多くのが安然だった。

2010年9月29日 (水)

走りだそう! 通勤自転車で!

001  朝の温度はまた下がったようだ。

 「これは体感的には20℃ぐらいか」と思いつつ、稲川橋の温度表示を見る。

「あたり!!!」

 20℃だった。

 しかし今日はちょっと足がだるい。水曜日だというのに、歌島橋手前はダンプや自家用車が前をはばんでいる。

 まあ無理してもしようがない。

それにんしても淀川大橋の路肩は、この猛暑の影響だろう。ひどくゆがんででこぼこになっているところがある。

 海老江交差点をクリアし、船津橋まで一機に走り、本町まで進んだ。

 やはり職場到着は早かった。

 仕事は覚悟していたとおり忙しい。

 あっという間の8時間だった。

 002 帰りはやはりうれしい。しかし軽いペダリングで力を入れないように走る。

 日が暮れるのは、早くなった。

 昨日リアランプの電池を交換したので、よく光っている。

 車はかなり暗くなってもライトを点滅しない人がいるのが気になる。

 携帯をかけながら片手ハンドルの車も気になる。

 今日は、2男の毎月の貯金分を預かっていて、郵便局ATMで入金する必要があるので、2号線玉江橋手前の郵便局に立ち寄る。

 そのあとは走ったことがない道を探ってJR立花をめざす。

 バイパスを通り抜け、さきのドラッグストアーでうがい薬イソジンを買った。

004 家はもうすぐだ。

 こんな通勤もいいだろう。

2010年9月28日 (火)

知らないローダーしか見かけなかった

001  今日の朝はちょっとだけ早く起きたせいで、8時45分には家を出た。

 だから誰も見かけない。 

 しかし見たことないロードバイカーが一人いた。ずっと僕の前を走り続けていた。

 あえて追いかける気はない。

 しかし野田阪神交差点を超えて、すぐ前にいたが、すこしスピードが落ちてきたようで、やむなく抜いてしまった。というのは自分的には35m/h以上出す地点だ。

そのあと前はバイクが多くいたが、ちょっと追いついてしまった1台のバイクは35km/h以下だろう。

 やむなく抜いてしまった。

「あれ、あれ、あれ」という感じだ。それでいつもひっかかる中央大通りも青信号のまま通過できた。

 朝出るときはちょっとペダルが重たかったのだが。

 今日は夕方から顧問弁護士事務所に行く予定だが、帰りがそこで5時を過ぎるので、もう一件の用事からロードバイクでワイシャツとズボン姿で行くことにした。

 大阪市内中心部を2か所移動するだけなら本当に時間は予想を超えて短時間で行ける。

 法律事務所での用事を終えて、そのビルのトイレでレーサーユニホームに着替える。 

 本町通りから西への道は怖い。松屋町筋、堺筋、御堂筋を通りこす。

 やっと新なにわ筋に到着。ここからはいつもの帰り道に近い。

 淀川大橋を上るあたりで一人に抜かれる。無理をすればおいつけるが、そうかしない。そのままの間隔で走り続ける。

 そのうちその前の男性は赤信号に変わった交差点を進入していったので、そのまま見失った。

 尼崎に入って、JR立花に戻ってきて、ナンバサイクルに久しぶりに立ち寄る。

 というのは、息子さんから大阪サイクルモード2010のチケットがあることをメールで知らせてくれたので、さっそくもらいにきたのだ。

 そのとき彼が組んだ、クロモリでダウンチューブ変速レバーのロードバイクを見せてもらった。古いタイプのよさを感じる。その自転車で今年はじめて鈴鹿のレースに参加したという。

 自転車店の仕事ながら、自転車に乗ることにも燃えてきたようだ。いつも僕のことをお客さんに紹介してくれているらしく、アクセスが増えてきたのはそのせいか。003

 家に帰ると7時になっていた。

2010年9月27日 (月)

天気予報どおり 帰りは雨だった。

002  今日の朝、道路温度は22℃だった。

 かなり先のサッシーのブルーのメッセンジャーバッグが見えた。しかし100m以上離れている。

 まあ、今日はうしろからついていこう。

 今日はさすがに月曜日のせいか、歌島交差点までは長い渋滞が続いていて、大型ダンプも多い。

 必然的に歌島橋交差点で停止した。

 そのままマイペースで走るが、野田阪神を過ぎたあたりで、結構38km/hぐらいのバイクが前にいて、ついていった。

 しかし腹が立つのは、KYというか、回りのことを考えない車が、目立つ。

 交差点手前でウインカーなしで、左折する車がいる。かなり注意が必要だ。

 仕事は、今日は忙しい。資料作成、各部への配布、午後は会議で北区の歯科から京橋に。

 北区、堂島の北は大企業が多く、自分の事務所のある難波とは世界が違う感じだ。人種が違うような錯覚を覚える。

 そこから京阪電車中之島線で京橋に移動するのだが、渡辺橋という駅は、駅までのアプローチが異常に長い。老人には酷だろう。大阪も路面電車の復活を願う。

 京橋駅も地下鉄、京阪、JRなど合流点だが、それぞれの移動はややこしい。

 会議を終えて、職場に戻るともう4時半を過ぎていた。

 外は雨が降っている。

 朝予想してレインウェアを持っていったのが、よかった。003

 ただロードのままで帰るので、細心の注意をしてペダルを踏む。

 雨の夜に気になるのは、無灯火の自転車が半分ぐらいあることだ。

 帰り南警察交差点を越えるとき、対抗してきた自転車がいたが、1mくらい近づかないと見えず、あぶなかった。

「見えへんぞ!!!!!」とどなってしまった。

 コープ立花について、レインウェアをすべて脱ぐ。

 今日は角砂糖とお茶の葉を買うのが使命だった。

005  レジで支払いして、またレインウェアを羽織る。

 まあ、しかし帰りの走行は楽しい。

 無事家に着いた。

 今スポーツ自転車の紹介が新聞、雑誌ではトレンドみたいだが、走るほど、経験を積み、マナーのスキルがあがり、しいては自転車に乗る人すべてが周りに気を遣うようになることを願いたい。

 

2010年9月26日 (日)

2男の彼女がやってきた!

008  今日は2男の彼女がはじめてやって来るので朝から落ち着かない。

 妻ははりきって家を片付けを本格的にしている。だいたい来客のある日のみ、家がきれいになる。

 しかし朝は、今月最後の掃除当番で、マンションのまわりを掃除する。気候は掃除していて実感するが、この月最初の掃除の日はまったく暑くて閉口した。

 それが今日は気持ちがいい。昨日植栽の剪定もすましているのでよけいに気持ちがいい。

 掃除を終えて、昼までの間、しばしピアノの練習をする。グノー?のアベマニア。アルペジオの曲で自分にはちょうどいい。

 妻は昨日テレビの料理番組で見た五木ひろしのオムライスのレシピをノートにひかえていて、時間もかかりそうだ。

 そのうち2男が駅に迎えにいって、まもなく彼女がやってきた。

 ちょっと食事の準備が間に合っていない。ぼくも手伝って、午後1時やっと完成。ひとしきり4人でテーブルを囲んでランチタイムだ。

 2人はその後、宝塚の歌劇を観賞に行った。

 ちょっとホッとした気分というか、妻は2時間も昼寝タイムだった。

 テレビではハイビジョンをかけていたが、2時から糸井重タダと矢沢栄吉のSP対談というのあって見た。

 2人とも自分の寸法で物とお金の値打ちを考えること大事だという。矢沢はキャロルといロックバンドでデビューし、不良の代表のように見られていたが、結構まじめに生きることにこだわっているのが共感できる。

 糸井もほど日刊イトイ新聞というネットサイトを本業としていることを初めて知ったが、収入は広告ではなく、自社の力でグッズを売って収入にしるという。

 矢沢はマネージャーがトンずらし、35億円の借金を作り、それを乗り越えた経験を語っていたが、決して賭け事や株には手を出さなかったらしい。

 言い話を聞いた。

 そのあとスイッチを切らず続けてみたが、「チャーチルとドゴール(歴史ドラマで描く世界大戦)」という特集を見た。

 これも見てよかった。

 第二次世界大戦前半、ナチスドイツに奇襲作戦で壊滅的なダメージをうけたフランスとイギリスだが、フランス政府の中では、ドゴール一人フランスに侵入してくるドイツと交戦することを主張する。しかし89才のもう一人の宰相が首相になり、ドイツにまさに屈しようとする時、イギリス・チャーチルの協力を得て、BBC放送で国民で立ち上がるよう呼びかける。

 そこでドラマは終わっているが、結果的には、ドイツは敗北し、戦後屈した首相は、反逆罪で死刑判決を受ける結果になり、ドゴールは大統領になる。

 詳しいことは知らないが、現状は自分にとって、危険で一見敗北の予想もできるが、勝てる可能性を信じ、正しいと思ったことを貫く姿勢は、感動的だ。

 結局午後から籐のソファーに座ったまま3時間以上テレビ観賞の人になってしまったが、見ごたえがあった。

 人間そのとき華やかなこと、ものだけに目を奪われず、自分のすきなこと、信じたことを貫く。そんなことでいいんだなと思わせてくれた。

2010年9月25日 (土)

家の植栽剪定を見守る一日

002  今日はとにかく、一年に一度のマンションの共有部分の植栽の剪定で業者が来るし、自分の家の木も切ってもらうので、家にいた。

 ただ朝の9時から夕方5時まで作業が続くので、昼前からは、銭湯に行くことにした。

 今日は尼崎南端の「戎湯」に行くことにした。

 家からおよそ30分はかかる。

 それにしても心地よい日和になってきた。

 やはり温泉につかるのはなんとも言えず気持ちがいい。風呂全体の雰囲気ものんびりしている。

 風呂を上がったのは11時45分ぐらいだった。

 家に帰って、昨日のカレーの残りを温め、ビールを出す。

 あとは植栽が終わるのを見届けるまで、家にいるしかない。

 剪定に来たその専門家の方に聞いてみたが、すももについている貝殻虫は、なかなか駆除するのは難しいらしい。 

 しばしテレビで京都大富豪の屋敷の歴史の番組を見ていた。

 そのあと知らない間に居眠りをしていた。

 外では植木はどんどん剪定されている。

 しかしだいぶ時間がかかりそうなので、しばしピアノに向かう。

 それであっという間に4時を過ぎていた。

 そのうち妻が帰ってきた。

 例年なら自分で剪定しているところだが、今年はさすがに暑すぎた。

 それで業者に頼んだのだが、すっきりした。

 これでやっと夏も終わりだ。

2010年9月24日 (金)

急激な温度変化もいいだろう

001  今日はもちろん自転車通勤だが、週末でピンクジャージが定番だ。

 しかし一昨日まではなんだったんだろうと思うぐらい温度が下がっているではないか。

 ちょっと寒い。

 この涼しさをまっていたことはまちがいないが、急激な低温はやりすぎだ。

 道路温度はなんと21℃ではないか。

 それでも走りだすとちょうどいい。

 尼崎を抜けるあたりからイケッチが追い抜いてきた。

 赤のジャージがキマッテいる。ぼくがピンクで彼が赤。信号待ちで2人いるだけでまわりには目立っていたかもしれない。

 今日は彼についていくことはせず、マイペースで行く。それでも信号のせいで何回も合流し、会話ができた。

 後半モチエーションが上がりすぎたか、野田駅下の信号から船津橋の信号をクリアしてやろうと挑戦したが、だめだった。

 まあしかし息は上がっていなかったので、まだ今日は調子いいか。

 本町交差点で手で挨拶して別れる。

002 ところでログハウスで魔法瓶水筒を忘れてきたせいで、新しい魔法瓶タイプを買った。

 ふつうレースなどでポリエステルのボトルが当たりまえだが、毎日使っていくには不向きだ。

 ツールなどは選手はそれを道路にほかして走る。

 その点魔法瓶は快適だ。長く使えるし、暑いときは冷たく、寒いときは、ホットのお茶が飲める。

 今回買ったものは、感でサイズを決めたが、ボトル入れにぴたりだった。

 仕事は昨日が祭日でまた明日は休みと谷間の出勤のなので、仕事に集中しにくい。

 しかし重要な仕事に気づき、無事完了した。

 帰りは気分がいい。もちろんコープに立ち寄ったが、今日の食材とメニューはもちろん定番のカレーだ。しかし最近肉食を減らしているので、思い切ってシーフードカレーにした。

 005やっぱり休みの前の日は気分が開放的になる。

 明日は本当は4つぐらいの予定が重なっていた。一つは京都で学生時代の学生運動の仲間のあつまり、一つは東京で9年前参加したツールド・フランス観戦ツアー仲間の集まり、あと一つは保険医協会の総会とアンチエイジングの講演、あと一つはなんだったっけ?

 長男カップルが食事に来ると思っていたことだった。

 しかしすべてキャンセルになり、またキャンセルし、結局家にいて、家のまわりの植栽の剪定の見守りすることにした。

 004 まあ家でできることもたくさんある。英会話の勉強、ピアノの練習、読書、近所の温泉入浴。

 まあそれもいいか!

 

2010年9月23日 (木)

嵐のような夜明けだった!

001  朝というか、その前に目が覚めたが、雷がひんぱんに鳴り響いている。

 昨日の夜の暑さはなんだったんだろう。

 うとうとしながら朝起きると7時を過ぎていた。

 まだ雨が降りそうだったが、朝のパンを作るのを忘れてしまったので、デイリーストアーに買いに行った。

 常連そうなどこかの作業員の人が店員と笑会っていた。

家に帰って、朝の用意を。

 休みの朝のコーヒーはゆっくり飲めるのでうれしい。

 ただゆっくりしていると時間はすぐにたってしまう。だいぶ雨もおさまってきたので、気分を変えて「やまとの湯」に出かけることにした。

 向かう途中雨がだんだん強くなってきた。

 なんとか風呂に着き、券を買って、カギをもらい、ロッカーで服を脱ぐ。

 結構入浴客が来ていた。

 塩サウナで汗をかき、ボディーシャンプーで体を洗うと、そのあとの浴槽では肌がつるつるになった。

 003 もう雨は止んでいるかと期待して、施設を出たが、十分降っていた。

 「まあ、濡れてもいいさ」という感じで、風呂上りの小雨を楽しむ。

 やはり休日は気楽でいい。

 家に帰ると、ヘアーサロンに行っていた妻が先に帰ってきていて、雑炊を作っていた。

 それで昼食にし、ついテレビをつけると、加藤登紀子の男と女の話という番組(NHKハイビジョン再放送)を見てしまった。

夫はもと学生運動のリーダーで3年の刑で服役した人だが、加藤さんの話ではなかなかめりはりのある人らしい。2005年に亡くなっているが、2人の人生はドラマになりそうだ。

 そのあと今日こそはと、課題の英語リスニングのため、映画DVD「ラブソングができるまで」ヒュー・グランド・ドリュー・バルモア共演を見た。

 ただ英語のみで見るより、字幕入りのほうが効果があるかもしれない。何回も見ると気がつかなかったことが見えてくる。100回目標だ。

 それで夕方になり、自転車をいじったり、植木ウツギを植え替えたりした。 

 それで一日は過ぎていく。

 それにしても気温は今日一日で間違いなく下がった。

 ところで、ニュースを騒がせている厚労省自称障害者団体の不正事件にからむ急展開はおもしろい。

 村木元局長の無実確定と、前田恒彦主任検事の逮捕は、正義の人と悪人を見ているようで痛快だ。

 FDの証拠改ざんの真相はよくわからなかったが、先にすでに正しいデータ日時が、検察側で保存されていたのに前田検事はわざわざそのあとにデータの日付を改ざんして、そのことがわかっていたから証拠には出されなかったということらしい。

 ということは大阪地検上層部も知っていたということで、それを証拠提出すると暴露されるのがわかるので、取り下げたらしい。

 しかしさきに証拠物件に提出していなかったら、前田検事が改ざんしたあとのFDが証拠にされて、村木さんは完全に犯人に貶められたということだ。

 どちらにしても恐ろしい。しかも前田氏は、東京地検にも手伝いに行っていて、小沢一郎の問題、西松建設事件でも関係していたというから、どこで証拠を改ざんしているかわからない。

 そにしても、今回の事件は、村木さんみずからが裁判関係資料が公開されてから分析して矛盾を見つけたということらしいから、検察側も犯人にしたてようとした相手が悪るかったともいえる。

 このことはどうしても書いておきたかったので、書いてみた。

 それと水島ヒロの引退説が朝のワイドショーで取り上げられていたが、綾香も含め、彼らを支持したい。これは直感だが、どうも所属していたプロダクションに問題が多いように思う。 有名タレントは一概にして、本当の考えや、本当の性格はつかみにくが、今回の彼と綾香は誠実さを前から感じる。

 まあ、ぼくも単なるマスコミに翻弄されている傍観者かもしれないが、ちょっと予想してみた。

 そんなこんなで一日は深けていく。 

2010年9月22日 (水)

ペダルを踏むが楽しくなってきた

001 朝はかなり蒸し暑い。道路温度表示はなんと30℃をしめしている。

「ええ、30℃????」

ちょっと驚く。まあしかし最高気温のときのことを思ったら「なんのこれしき」と自分にいいきかす。

 淀川手前の信号で、サッシーがやってきた。やってきたからにはしかたがない。まあ前を途中まで引こう。

 ということでちょっといつもより高速での登り29km/hで踏み込む。

彼は今日は野田阪神まで後ろで付いていてくれた。

「ありがとう」というと、「結構速かったですよ」とちょっとたててくれた。

「またあさって会おう」と声をかけ、笑顔で別れる。

 まあ今日はそんなに調子が悪いということもない。

 ただ、昨日寝しなにワインとチーズをたしなんだせいで、起きるときはつらかった。

 職場には8時45分についた。昨日より出発が遅れたのに、早くついた。

 仕事は目間づ苦しく忙しい。

 朝は2つの会議をこなし、午後は3つの面談をこなし、間でパソコンを触る。

 まあ明日が中休みということが救われる。

 帰りは早く職場を出ようと思ったが、5時半になってしまった。

 昨日買ったフロントライトをつけてみた。なにせ980円だからちょっと不安だ。

 002 帰りは明日休みだといううれしさが影響しているのか、永遠にペダルを漕いでいたい衝動にかられた。

 走っているのが楽しいのだ。これは毎日同じということはない。 

 なぜかスピードに乗りやすい。 

 今日はいやなサイクリニストは皆無。ただマイペースで走れる。

 しかし楽しいことはあっという間に終わる。

すでに南警察の右折口に来てしまった。

 夜は、妻も2男も夕食はいらないというから、一人だけだ。

 それでコープに行って、できあい雑菜と刺身を買った。

 家に帰る途中和歌山で働いている長男から電話が。出張でポルトガルに行っていて、みやげを持ってきたいという。

 家に帰ってしばらくして、長男が来た。

 ワインとイベルア豚肉となんだったかいろいろ持ってきた。

003 風呂に入り、食事。休みの前日の夜はいい。

2010年9月21日 (火)

ちょっと蒸し暑い自転車通勤

001  そろそろかなり涼しくなっているものと朝は期待しながら、ビン・缶ゴミ出しをしたが、「ええ、蒸し暑いな?」という体感だった。

 今日はサングラスを洗剤で洗い、家を出る。

 一昨日の旅行でどうも魔法瓶のボトルを忘れてきたようで、今日は普通のボトルにお茶を入れた。

 しかし極端においしくない。お茶の温度がぬるい。

 しかし今日は3日ぶりの自転車だったが、調子はよかった。ただ歌島交差点はクリアできず、野田阪神交差点も、クリアできるタイミングと思ったが、直前で停車中のちょっと前にいた軽のワンボックスが発進し、ゆっくり走ってすぐ近くの交差点を左折するものだから、徐行せざを終えず、しかも代わりの車が入ってくるわで、信号が変わってしまった。

 それで職場には8時48分ごろになってしまった。

 仕事は、会議はないが、十分課題がある。新聞切り抜きも休みが多かった分多い。

 きっちり5時まで仕事は残った。

 全体の様子をみて、5時半ごろ職場を出る。

 ところが、ハンドルに装着しているライトが固定しているバンドが切れていて、さわっただけで取れてしまった。それで固定は無理なので、デイパックにしまった。

 ただ5時半を過ぎたあたりから、あたりは暗くなってきて、ちょっとやばい。日頃無灯火の自転車を注意しているのに、自分がやばい。

 しかし新しく買うと、1600円ぐらいはかかる。

 しかたなく、リアランプのみつけて走った。

 途中コーナンで魔法瓶を買うついでに980円のLED仕様ライトを買った。しかし電池がっ入っていないし、取扱い説明書が見えないので、その場でつけることはできなかった。

 002 そのまま前のライトなしで走り、なんとか2号線を走りぬき、ケンタッキーフライドチキンの店前、南警察出張所交差点まできた。

 コープ立花で買い物をする。レジでまた顔みしりになったおばさんレジレディーと声を交わす。

「熱中症はだいじょうぶでしたか」

「ええ、なんとか」

「娘がときどき道意線であなたのような人を見るっていってたけど、どこを通っているんですか」

「七松線で2号線に合流してます」

 後ろの客がいるので、そこで話は終わる。

 最近はあのあばさんいるかなとレジを一応確認してしまう。

 そのあと、駐輪場で「あのビアンキですね。私もロードとマウンテンバイク持っているんですわ」と突然40から50歳ぐらいのおじさんが声をかけてきた。

 まあこういうこともある。

 やはりロードバイクは以前より感心は高くなっていることはまちがいない。

 先日琵琶湖を車で帰っている最中、たくさんのロードバイクを見て、うずうずしたが、ぼくは毎日車から見られているんだと思うと、やはり「恰好はよりハイセンスに!走りはよりきれいに!」と意識してしまう。

 まあそういったふうに見られているなら、自分は幸せといえるだろう。

 明日もそういった自負を持って走っていこう。新しいボトルを持って。

2010年9月20日 (月)

テレビと読書に深ける

004  さすがに昨日までの旅行を終えて、今日は休養の日だ。

 「ゲゲゲの女房」も最終週。この6か月は、毎日この番組が楽しみだった。

 どんなに貧乏をしても、マンガを描き続ける限り、「なんとかなるさ」というニュートラルな生き方と、ぎすぎすしない夫婦の生き方がうけたいのではないかと思う。

 今日、それを見た後、今森光彦さんの全国里山の旅がなかなかよかった。兵庫県豊岡市では、もともとコウノトリの生息地だったが、どんどん数が減り、すでに50年前から復活の環境つくりに努力してきたという事実がいい。

 無農薬が今ステータスになってきているが、実際豊岡では、低農薬で徐々に田んぼに生き物が返ってくるようにしてきた。

 三重県の大島?だったか、豊富な魚が採れるところだが、江戸時代から山の神を崇め、猟場の近くの山を守ってきた。それで豊かな水が海にそそぎ、近海では海中に多くの植物が生息し、魚が集まる。

 だから最近山と海はつながっていると注目されてきたが、ずっと以前から知られていたことなのかもしれない。

 午後からは、1時間も昼寝してしまい、そのあと三分の一読んでいた「幕末日本と対外戦争の危機」を読みつづけ、6時過ぎに読み終えた。

 幕末、英、仏などの列強は圧倒的な近代兵器で山口と鹿児島で地元の藩と戦争しているが、占領するかと思えば、被害を与えたあと退却した。それは本国での戦略によるのだが、いろんな駆け引きと、経済的問題が関係しているらしい。

 ヨーロッパから日本に軍艦を何隻も連ねてくるだけで、かなりの経費がかかるらしい。それで経費節減のため、当時は、帆船と蒸気船の比率も慎重に選んだらしい。

 ただぼくが疑問に思っていたことで、明治になって急に軍事国家になった日本がどうして朝鮮、中国にやすやすと侵略できたのかという問題では、幕末日本が列強から圧力をかけらたその手法をよく学んでいたのが、役だったと著者があとがきに書いていたことで、ちょっと納得した。

 次の読書予定は、明治末期から世界中を探検して回った菅野力夫を描いた「謎の探検家 菅野力夫」だ。

2010年9月19日 (日)

超過密な土曜日をやり過ごして、琵琶湖ログハウスヘ

003  やっと連休直前の土曜日がやってきた。

 しかし、午前はなんとか自由時間だが、午後からは会議の連続。

 まず仕事での理事会をやり終えないといけない。なんとか4時過ぎに会議は終わり、今日は自転車通勤ということを心したが、会議後、まず尼崎に入ってすぐのコーナン(ホームセンター)で、ログハウスに置いてある自転車のタイヤチューブを4つ買う。

 005 それからまたすぐ蓬莱湯に入泉する。ちょっとほっとするひと時だ。

 そのあと立花商店街スシマスで夕食用にぎりずしを買う。 

 家に帰り、風呂の用意と洗濯物の取り込みをして、買った寿司を食べる。

 次の予定は、少年団の父母会だ。

 7時15分ごろ家を出る。

 今日はちょっとこじれた課題だったので、出席を要請されたが、まあ深刻な中に解決の方向も見えて、タイミングを見て、8時30分に会議を途中退席する。

 まあこれで今日のノルマは終えた。

 家に帰って、琵琶湖ログハスに行く支度と荷物のチェックをし、8時45分に家を出る。近くのスタンドでガソリンを補給し、いざ名神高速道路へ。

 しかし夜9時まえの出発は辛い。

 車の中では自前「おやじーず」のCDを2回繰り返し聞く。約2時間の行程だが、リラックスして越えられた。

 なんとか滋賀県今津のログハウに到着したが、10時45分だった。

 すでに夕方から妻と少年団OBでおなじマンションのNさん、Yさん、Y2さん女史たちがバーベキューで楽しんだあとだった。

 みんなは間もなく就寝に。

 一人でウオークマンのワンセグテレビ「トップランナー」を見ながら、ビールに舌鼓を打った。

 日が変わって、ログハウスで目を覚ます。

 小鳥のさえずりが気持ちいい。今日は楽しむ日だ。

 009 朝はみんなを引率して、近辺の広大な田んぼと畑の中を自転車で移動した。

 なにしろログに置きっぱなしで、ほとんど使っていない普通自転車3台だから、リアブレーキがやばかったり、空気も抜けている。

 早朝になんとか整備する。

 ところで全部で5人なので、あと2台は家から折り畳み自転車を持って行った。

007  こういったサイクリングでも楽しいのだ。

 ひとしきり走って、ログに戻る。

 まだ今日は暑い。

010  ログに戻り、帰る用意をして、そのままマキノの「マキノ ファーム」に行く。

 結構今日はにぎわっている。レンタル自転車があり、ぶどう狩り、クリ拾い、さつまいも堀などがやられていた。

 

 セコイヤ並木がきれいだ。

 ところでここのソフトクリームは格別うまい。

 011 近くの芝生の小屋で弁当を食べる。

 こんなのんびりした過ごし方もいいだろう。

 そのあとの帰りは、集団で走る自転車をたくさん見た。みんな一周挑戦なんだろうか。やたらと多かったのが、あきらかに白髪の髪のおじさんがたくさんいたことだ。

 やはり中高年はいままでとちょっと違う。

 途中かばたといよばれる水郷を生活に使っている村も見学したり、風車の森に行ったりで、帰りの出発は3時を過ぎてしまったが、国道161号線はところどころ異常な渋滞で、家に着いたのは6時を過ぎていた。

2010年9月17日 (金)

3日ぶりの自転車通勤は2日酔い

002_2  今日は3日ぶりの自転車だが、なにせ昨日の飲酒は影響を与えている。

 しかしとにかく自転車に乗ってしまうしかない。

 ところで、今日見た信号無視は強烈だった。

 自転車の小さな交差点での信号無視は100%に近い。もう注意する気も萎えてくる。

 それより今日みたのは、2号線に入る信号で、なんと大型バイクがどうどうと赤信号で左折していったのだ。

躊躇なく大声で叫ぶ。「信号無視やぞ!!!!!!!!!!!!」

 まわりでは僕が叫んだことに驚いていた。

 今や、車も、バイクも、自転車も総信号無視社会か? 

 社会的けじめがはずれるのは怖い。だから青信号でも安心して進入できない。ひどい社会だ。

 ただ、依然ニューヨークの地下鉄が、異常な犯罪の温床だったのに、地下鉄職員と警察の断固とした無賃乗車摘発と、落書きの清掃。これが本当に役にたって、今や安全な空間に様変わりしているらしい。

 だから一人でも注意していこう。言われただけで違反者はびっくりする。

ところで夜は、最後のパソコンセミナーに通う。阪急ステーションビル8階。

 1時間半の自習はあっというまに過ぎた。だが、だいぶ操作がわかってきた。

 セミナ004_2ーを終えて、阪神百貨店前有料駐輪場まで戻るとき、歩道橋を通るが、4つのグループが、ストリートライブをやっていた。

 それぞれ結構演奏はうまい。

サポーターもまわりに集まっていた。音楽界もこんなところで新人を探しているのかもしれない

 その後の走りは、ひたすらサイクリング風に楽な走りで移動した。 

 これはなかなか楽で楽しい。

 明日は暗い会議もあるが、その後夜から琵琶湖ログハウスに向かう。

だしまきを食べにいく

001  夜はなんば高島屋近くのホテル一栄すぐ南地下にある居酒屋で会食。

 零下2℃のビールが売りらしい。

 それにジャンボだしまきが食欲をそそる。

 一時の暑さはだいぶ和らぎ、のどの渇きも限度をすぎたせいか、それほどそのスーパードライがおいしいとは感じなかった。

 まあ、人が集まって、ビールを片手の会食すれば話もすすみ、食欲も出る。

 そのあと二次会で鶴橋にタクシーで移動したが、さすがにシングルギアーに乗る若者をよく見かけた。

 どこからこんな流行がはじまったのだろう。

 ただ僕的には絶対外装変速がついた正統ロードバイクが都会の道路でも安全、安心、快適の自転車だと思うのだ。

 家に帰ると日付が変わる手前だった。

2010年9月15日 (水)

自転車ブームについて考える

001  職場で新聞切り抜きをしているが、毎日新聞で、シングル固定ギア自転車でブレーキのついていない自転車が増えていて、死亡事故もおこっているというのがあった。

 また大阪センチュリーオーケストラの首席奏者の57才の方が氷ノ山でマウンテンバイクで下り中、転倒して首を折り、死亡した記事もあった。

 どちらも自転車が増えてきたことの中でおこった事故だ思う。

 ようするに一定の水準の走者だけの世界だったら起こりにくい事故も底辺が広がると可能性がたかまる。

 ぼくも走っていて感じるのは、底辺と思われる初心者のマナー不足が目立つということだ。

 やはりスポーツ自転車に乗るかぎりは、そのマナーを熟知する必要がある。

 ただ自分として自慢じゃないが、ふしぎにブレークする前にやり始めたことがすべて後から大ブレークしている。

002  登山しかり、ロードバイクしかり、野外キャンプしかりだ。まあそれは一面的な思い過ごしだが、100%でなくても、今言った2つはそうなっている。 

 ならなかったのはスキーだ。まだ今下火が続いている。

 もしこのジンクスがただしければ、スキーもいずれまた大ブレークするのでは。あと電車通勤で励行しているのは、エスカレーターを絶対使わず、階段を使うこと。

 今の現状は若い人まで、今増えてきたエレベーターに率先して乗ろうとしているのを今日も見かけた。

「ばかやろう。エレベーターは障害者、おとしより、乳母車、大きなハードケース所持者などのものだろう。

 今や「山ガール」「女性ランナー」などが大流行しているが、そういった体験をする人だけでも日常生活から歩くこと、階段を上ることに心がけてほしい。

 人間の体は適度に使えば使うほど、健康で均整のとれたプロポーションも維持できる。

 楽をしたいという欲求を払しょくしよう。 

 とにかくスポーツ自転車の魅力にはまったら、それに比例して交通マナーの意識もグレードアップしよう。信号を守ろう。

 自転車でかなりのスピードを出すという優越感は、弱い人へのやさしい気持ちに転換しよう。

 それから写真をアップして説明を忘れていたが、今読んでいる本は「幕末日本と対外戦争の危機」。まだ数ページ読んだだけだが、おもしろそうだ。追って紹介しよう。

2010年9月14日 (火)

昨日の疲れを引きずったまま走るのだ!

002  さすが9月も14日が過ぎると、それなりに気温が下がってきた。

 稲川橋表示は27℃だった。

 しかし朝は、昨日の疲れを引きずっている。これ以上負荷をかけて走るのは、ちょっとやばい。

 できるだけマイペースで走ることを心がける。

 ただ、自然に32km/hぐらいは出ていたりする。

 そんなとき歌島橋交差点で後ろからサッシーがやってきた。今日はロードバイクで走っている。

 今日はついていけないと宣告し、さきを走ってもらう。

 彼はよく見ると、フロントをインナーで走っている。ケイデンスを意識しているという。

 やはり本格派だ。

 海老江手前の交差点ではなんとか追いついて、そこから別れるので、発進後、おたがい別れを告げる。

 職場には8時44分ぐらいだったか。

 仕事は、展示会まで1か月を切っているので、細かいことで忙しい。

 帰りは5時半を過ぎていた。

 今日も一人抜くと、その男性は、しきりについてこようとする。信号で停止すると、ぼくの前に出る。3回ほど追い抜きの繰り返し。 

 しまいにはその男性は、信号が青に変わるかなり手前で先に出て行った。勝負したいなら、正々堂々と走れ。

 思い出したが、足がちょっと痛いし、疲れているのだった。

 今度は尼のサンワ商店街あたりで、別のロードバイカーに思いっきり抜かれた。

 そのまま話されると思ったが、出屋敷信号で追いつき、なぜか後ろにくっついてしまった。発進時はあきらかに追い抜けたが、やはり敬意を表して、後ろを走る。

 かなり早いが、ついていける。まだ足は余力が残っているのが、自分でも不思議だ。職場でも4階の事務所までを何度も歩いて移動するので、やはりやりすぎると負担になっているかもしれない。

 その彼は、見ず知らずの自分が後ろにいるのを知って、徐行時、手で合図してくれた。これはうれしい。やはリ本格的ロードバイカーはマナーを知っているのだろう。

 南警察交差点が近づいてきて、右折するので、ちょっと彼の前にでて、「ありがとう!ぼくはここで曲がるので」と言って前に出た。

 「そうなんですか」と返してくれた。

 過ぎ去るとき、お互い手を挙げて別れのサインをした。

 こんな青年ばかりだと気持ちがいい。

 右折後、今日もコープ立花で買い物した。

2010年9月13日 (月)

月曜日朝から3人バトル

002  朝いつものように朝の支度をし、家を出たが、7時50分を過ぎてしまった。

 本当は週初日は、おとなしく走りたいので、できるだけイケッチとサッシーに会わないことを願っていた。

 しかし2号線に入ってはるか前方に赤いジャージが見える。

 「むむ、イケッチかも」

 しかし200mぐらい離れているので、このまま距離を保って走るだろうと思っていたが、船津橋北詰めで信号待ちで前にいた。

 しかももう一人早そうなローダーも一緒だ。

 声をかける前に信号が変わり、歌島橋交差点の通過にむけてスピードを上げる。

 後ろからの走行のほうが有利で、彼らはかなり交差点近くまで路肩を走っていたが、ぼくは前のダンプが必ず左折するとよんで、車線を右に移してダンプを追い越した。

 それで一番前になってしまった。

 次の交差点で3人合流。

 よく聞くともう一人の初顔の人は実業団の現役選手らしい。シゲオさんと言っていた。しかも今日は早朝から一山登ってきたという。それだけで恐れ入る。

 信号が変わり、取り合えず成り行き上、淀川大橋を先頭で上る。32km/hぐらいだった。

 しかし登りきる手前でシゲオさんが追い抜いて前に出た。先頭交代かという感じだが、あと交代できない速さで力尽きた。

 距離をあけたまま野田阪神まで進む。

 シゲオさんは左折。挨拶して別れた。イケッチは赤に変わる寸前の野田阪神を通過したが、ぼくはその後で止まる。

 それで3人バラバラになった。 

 ぼくはやはり淀川で力を使いすぎた。後は惰性だ。

 しかしこのモチベーションが帰りも出てきた。

003 004 とくに並走する相手はいない。

 しかし変に足が回る。朝の速度を体が覚えているのだろう。

 そんなとき淀川を渡っていると、なんと不思議な雲が空に浮かんでいるのが見えた。

 まるでユーホーに見えるし、鏡餅にも見える。

 いったいこれは何雲というのだろう。

 不思議なものを見てしまった。

 それにしても自転車で走っているといろいろなサプライズに出会う。

 突然一人で走っているのが楽しくなってくる。

 このスピード感は自転車でないと感じられない。

 気軽だし、繁華街の車の渋滞も心配する必要がない。ただこの時期よく喉が渇く。すぐにボトルが手にとれる。

 やっぱり自転車での通勤、ツーリングは、はまるとやめられない。

 今日も当然コープ立花による。

さすがにさんまがたくさん並んでいた。3匹498円を買う。

 ビールはサントリープレミアム6本。一般的には贅沢だ。しかし発泡酒、第3のビールは偽物としか思えない。

 そんなこんなで今日も通勤自転車を楽しんだ。

2010年9月12日 (日)

暑さのピークは昨日で終わりではなかったのか?

002  もう9月も12日が過ぎたというのに、昨日から暑さがぶり返してきた。

 朝はマンションの輪番で共用部分の掃除当番の月だ。

 さすがに朝から日が照り、最高の暑さだ。9時から始めて、10時まえには終わった。

 しかし今度18日から琵琶湖のログハウスに同じマンションのあかあさん数人で出かけるので、その準備を話し合った。

 ぼくも一応出かけるが、昼は会議のため、夕方から出かける。

 午後からは、やはり暑い中を読書しようと思ったが、ピアノの前に座って、ひとしきりピアノで遊んだ。

 ところで10年ほどまえにツールド・フランス観戦の旅行を日通旅行の主催で参加したが、そのときの参加者の集いが毎年9月におこなわれている。

 ぼくは3年目ぐらいで一度参加したが、東京開催なので、なかなか足が重い。

 今年は行ってみたいのだが、先に長男が彼女を連れてやってくる計画があるので、あきらめざるを得ない。

 旅行の時は、「ツールド部」と命名して盛り上がった。南フランスに初めて行ったがカルチャーショクもたくさんあった。だんだん忘れつつあるので、本当はそのことの仲間と会ってみたい。

010 午後からは、今読書中の「阪急電車」を読む。作者は有川 浩とあるので、あとがきを読むまでは男性とばかり思っていたが、名前の読み方は、ありかわひろという女性だった。

 まるで他人の乗車する客がそれぞれかかわって、対話したり、トラブルになったり、カップルが生まれたりオムニバス的にドラマが続く。

 西宮北口駅から宝塚駅までの7つの駅が舞台だ。ここは阪急今津線ということをはじめて知った。

 それにしても読書の大半をベランダで読んだが、とにかく時間の経過するほど蒸し暑い。

 早く秋になってくれないか!!!

2010年9月11日 (土)

夏並みの暑さがぶりあえした

 今日はひさびさに朝はゆくっりできる。

 一応6時半のアラームを聞いた、7時まえまで寝ていた。

 予想はしていたが、今日は暑い。車検の支払いや、近所への医療生協病院のチラシ配布などで外に出たが、まるで8月並みだ。

 「どういうこと?」という感じだ。

 時間はどんどん過ぎていく。昼から会議のため、家を出ていった。今日は夜に懇親会があるので、電車で向かう。

 ひさしびりにウオークマンでおやじーずの演奏を聞きながら、歩く。ちょっとうれいくなる。

 午後からの予定は3ラウンドだ。

 最後は京橋「梅の花」で酒が入った懇親会だが、竹に入った日本酒を際限なく飲んでしまった。

 そのあとK医師と事務局3人で喫茶店に。

 やはり純粋な医者は患者と真剣に対応している。

 そこを出たのは、午後9時すぎ。

 夜になっても暑さはそのままだ。

 もよりのJR立花から家までの歩きは辛かった。

2010年9月10日 (金)

だんだん涼しくなってきた

 001 台風の後というのは、暑さが弱まるものだが、さすがの記録的猛暑もやっとゆるんできたのを今日感じる。

 妻は午前中休みを取っていて、いつものように朝早く起きていない。したがって、コーヒーメーカーの用意などぼくの担当となる。

 なんとか段取りよく朝の支度をしたつもりだが、7時半からのハイビジョンの「ゲゲゲの女房」放映とおっかけっこしながらあわてて、ゴミ出しをし、朝のトイレをし、7時50分過ぎて家を出る。

 日差しは強いが、一時のことを思うとなんということはない快適さだ。

 今日はサッシーかイケッチに会うぞと思いながら、JRの踏切を超え、2号線に差し掛かる。

 サッシーは見えなかったが、繁華街を過ぎ、大阪に差し掛かったところで、しばらく走ると、水色の見覚えのある大きなメッセンジャーバッグを背負うローダーが見えてきた。

 今日は飛ばしていなさそうなので、後ろにピッタリつける。次の信号停止で挨拶。

 「おはよう!!」

 今日は暑さでバテないでのついていけそうだ。そのまま歌島交差点を過ぎ、淀川大橋をなんとか50cmぐらいの幅でついて走る。

 淀川大橋を下るあたりで「先頭交代するわ」と言って前に出たところで、海老江交差点の信号は無常にも赤に変わった。

 今日はしかし連なって走る楽しさを感じる。前だけ走ってもらうにはわるい。

 ただ、この後の疲れがじわっとくるのが悲しい。歳をうらやむこのごろだ。

 まあしかしこの気候の変化はたった2℃下がっただけであっても、体の疲れは全然違う。

 しかし思い出したが、3男は昨日午後10時半の便に乗っているので、まだ飛行機の中だろう。トルコでいったん降りて、そこから乗り換えてイタリア、フィレンチェにむかう。

 職場について、今日の仕事はかなり忙しい。文書のメール、宣伝物の校正、1件ご前中、医院訪問。午後会議。

 結局行くはずだったパソコンセミナーをキャンセルせざるを得なかった。

 そしてこれから家に向かって走る。

  しかし帰りは思っていたほど涼しくない。 002_2

 途中でスピードは大したことはなさそうなクロスバイカーが前にいて、追い越したが、次の交差点で前に出て、青のなるだいぶ前に交差点を超えていく。

 何回も追い越したが、ついに完全の赤の信号を超えていった。

 こういった行為も気がちる。

 次にいやだったのは、阪神バスだが、ぼくがバス停にとまっているとき追い越すと、次のバス停近くで、無理やりぼくを追い越して、じゃまするように前に出る。

 そんなことが3回あった。これは知ってやっている感じだ。

「いい加減にせいよ」

 気分を害して走っていると、今度は、駐車中の車をやり過ごすため、右手を出して、車線変更し、追い抜くあと後ろを走っていたタクシーが必要ないのにクラクションを鳴らす。

 追い抜かれごしに「うるさいぞ!ばかやろう!」と叫んでしまった。

 一瞬減速してきたように見えた。聞こえたのだろう。

 もし次の交差点で停止したら、一悶着したかもしれないが、先を走っていった。

「こっちは命がけで走ってんねんぞ!」といいたい。

 帰りに家から最短のローソンに入ってエビス飛鳥Ⅱ船内限定ビールというのを買って帰った。

 家についたらいやなことはわすれてしまった。

 風呂かあがって、そのビールをググっと飲んだ。

2010年9月 9日 (木)

3男、イタリアに発つ

002 今日はいよいよ3男Y二郎がイタルアに旅立つ。

 それからたまたま昨日長男から電話で、今日朝から車を貸してほしいとかかってきた。
 
 朝8時ごろ長男が来たので、車のカギを貸したが、すぐ車のエンジンがかからないという。
行ってみると、今まで体験してことのないケースだ。
室内灯とライトは普通に点く。しかしラジオ、計器類がまったく点灯しないのだ。
感としては、単なるバッテーリーの不備ではない。要するに計器類、セルモーターなどに電気が通っていない。
「ヒュ-ズか?」
 長男には悪いが、車をあきらめてもらった。
 そしてすぐ勝本モーターに連絡。
 説明不足か。先方もバッテリーあがりだとうと、息子さんだけで、交換のバッテーリーを持ってきた。
 しかし、息子さんが見ても原因がわからないが、電気系統であることはまちがいない。
一度帰ってもらって2時間ぐらいしてから、社長と整備のTさんが来てくれた。
 そして、バッテリーとその他をつなげる接点を触ってもらってエンジンをかけるとかかった。計器類も電気がついている。
 ただ、なにもしないとまた発生する可能性があるので、そのまま持ってきた車と2台で帰ってもらった。

3男の出発まであと4時間。しかたがないので、台車を借りることも視野に入れて、とりあえず昼寝していたら、3時半ごろ勝本モーターから電話がかかった。
やはりバッテリーから接続している部分の部品が腐食していたのと、劣化していることがわかった。
代用品でその部品の代わりを作ってもらって復旧した。ヒューズはどうもないようだった。

 まず一安心。
 結果的には長男が朝借りにきてくれてよかった。そこで異常が発見されて処置できた結果になった。ただ長男には申し訳ないことをした。
 まあ客観的には、この暑さも影響しているかもしれない。
 なにせ、デジカメも基盤が異常を起こすし、異常気象では間接的にいろんな異常がおこりそうだ。
 
 副産物として、朝時間待ちのとき、古いパソコンをいじっていて、反応が遅かったのがなおった。

 005 夜7時半妻の帰りを待って家を出る。

 阪神高速湾岸線は、結構ゆっくり走る車と、猛スピードで走る車と両極端だ。

 約1時間で関空到着。橋の料金は800円になっていた。

 ターキー(トルコ)航空のカウンターで手続きをする。

 それにしても関空には、入れ替わり立ち代わり海外へ行く人、帰る人が途切れない。

 3男は預ける荷物も、手荷物もことのほか重たい。

 それにしても今回の渡航ではイタリア領事館で一悶着あったりで、結構手がかかった。

 なんとか無事にイタリアにも戻ることができてうよかった。

 今度戻るのは当分先になりそうだが、彼の勉強に期待しよう。

2010年9月 8日 (水)

台風一過、風は涼しくなってきた

007  朝は意外にも、台風の影響で雨、風が強い。それに今日は、夕方電話当番があることもあって、電車通勤することにした。

 おかげで今読んでいる「異国阿房列車」をおもしろく読むことができた。

 ところで明日は3男がいよいよイタリア、フィレンチェにもどることになり、大騒動したビザの取得も今日やっとできることになって、明日は自分が休みを取っていたが、ちょっと気は楽だ。 

 それにしても3男から聞けば聞くほどイタリア領事館のビザ担当女性は許せない。

 別の若者を罵倒する場面を3男は目撃していたという。

 今回の顛末も、9月の渡航に合わせ、8月初めの受理予約をしていて、その受理時に種類が1枚足りないというだけで、受付自体をリセットされ、9月8日(渡航は9月9日)に来いと、そして9日の航空券を買っていることを知りながら、キャンセルしてくださいとぬけぬけという。

 いったいどれだけの若者がこの窓口でいやな気持になっているのか計り知れない。

 その筋が通っているなら許せるが、やみくもの相手をいじめる。外務省の管轄下でこんなことが起こっていてゆるされていいのか。

 領事館の上司も何をしているのか。民間の会社なら一発で解雇だ。

 時代錯誤なできごとが起こっている。

 正すべきことと、正すべきときにはすぐ対応してほしい。

 まあしかし明日は機嫌よく3男を送ろう。

 ところで、今日午後からなんば府立体育館で大阪勧業展というものがあったので、体育館でどんな風に展示会を開いているのか見てやろうと出かけた。

 003 まあたいしたことはなかったわけだが、次いでに近くにある「なんばパークス」に立ち寄った。

 元南海ホークスの野球場跡地を一台アミューズメンズエリアに建て替えたわけだが、外側を生半可でない緑で覆っている。その成長ぶりが見たかった。

 ただ行ってみるとほとんどの客はその建物の中で移動している。外側を堪能しているのは、人にあまり見られたくないカップルだったり、老夫婦だったり、時間をつぶしている営業マンぐらいだ。

 ちょっともったいない。

 しかし自分的には満足だった。

 都会の真ん中の森というコンセプトはむしろ新しい。農業も今兆しはみえているが、新しい味方で再注目されつつある。

 そのあと夕方電話当番を終え、6時過ぎに職場を出て、家に向かったが、3男のためにまたしばらく口にできない「手巻き寿司」を作った。おまけに2匹598円もするサザエを買ってきた。 

 いよい渡航まであと1日だ。

2010年9月 7日 (火)

ちょっと温度は下がったかも?

003  今日はどうも調子が悪い。

 しかし仕事は待っているので、何も考えず家を出る。

 七松線はさすがに二学期が開始されたため、学生が増えた。

 2号線に入り、できるだけセーブしてペダルを踏む。

 尼崎を過ぎるあたりから、イケッチが追い抜いてきた。

 ちょっとひさしぶりだ。

 そこからできるだけついて走る。

歌島橋交差点は、今日はダンプにさえぎられて、通過は無理だった。

 しかしこのまま走るときっと後でダメージがある。

 まあ、それでも淀川大橋はぴったりついていく。

 あれ、なんとかいけた。そのまま野田阪神からの直線に。

 今日は調子が悪かったはずだ。

 本町で彼と別れて、そのまま職場に突っ込む。

 さすがに階段4階まで上がるのは辛い。

 ところで昨日帰り道、サンワ商店街付近で信号を渡ってくる親子がいて、3歳ぐらいの男の子がこちらをじっと見つめる。

 すかさず手を振ると歩道からこちらに近づいてくる。

「いっしょに行こか!」

「ええ、また今度な」

 「おっちゃんカッコいい」と聞くと

 かっこいいらしい。

 握手して別れる。

 やっぱり道路ではヒーローでいよう。ちょっとうれしい。

 今日は仕事で直近の資料をパワーポイントで作ることに挑戦してみた。

 かなり苦労したが、2010年度版でグラフ作成はかなりマスターした。

 まわりに自慢してまわった。こういった仕事は楽しい。

 002 仕事中携帯に2本連絡があった。

 一つは、カシオサービスセンターかあデジカメの修理完了の連絡。

 もう一つは、マイプレーリーの車検手続き終了の連絡。 

 それで帰りは、その2か所に立ち寄る。

 それを済ましても、もともとコープ立花に行く必要があったので、三か所目だが、立ち寄った。

店の前は相変わらず、宝くじ売り場からロトシックスのテープがうるさい。

 なにが200円で3億円だ。しかしテープに文句を言ってもしかたがない。

 公営ギャンブル、宝くじは廃止してほしい。みんなで幸せになる思想とはかけ離れている。 

 家に帰ると3男のイタリアビザもやっと明日公布されると連絡が入ったらしい。ただ今日朝催促の電話を入れた後の結果だ。渡航はあさってなのだ。

 まあ、一見落着だ。

2010年9月 6日 (月)

暑い、暑い、しかし夕方はちょっと涼しい

100906  ちょっと涼しくなるのかな?と期待はあるが、今日の朝は格別暑い。

 なぜか、足の運びも疲労がある。

 熱中症手前じゃないかと、恐れながら走る。輪をかけて、今日はなぜか、影のないところで信号停止になってしまう。

 そんな中、今日もサッシーが船津橋北詰でやってきた。彼についていく自信はない。

 しかし、歌島橋交差点はぼくがリリードしてクリアしようとしたが、残念ながら間に合わなかった。

 次の姫島交差点までは、ハンドル下をもって、前を走る。

 しかしもうここまでだろう。

「淀川大橋から先行ってな」と頼む。

 そんなに間は空いていなかったが、マイペースで走る。

 なんとか野田阪神まではちょっと遅れてでも、別れの挨拶を交わし、直進する。

 しかし職場についたときはヘトヘトだった。

 昼休みも食事に行くため、移動する間も異常に暑い。

 このまま夕方まで続くのかと思ったが、帰りには、なんと空が曇っていて、風があり、かなり過ごしよくなった。

 当然走りも疲れはない。

 淀川大橋では、前にズボン姿のロードバイカーがいた。実力はわからないので、マイペースで走るが、すぐ追いついて抜いた。

 それが気に入らなかったのか、後ろを無理やりついてきたみたいで、途中駐車している車をかわすため減速したとき、追い抜かれた。ちょっと感じが悪い。

 かなり追い抜かれることに対して発奮するロードバイカー、クロスバイカーが多い。

 ただ通勤は競争ではない。安全第一だ。

 そのあとも時々見かけるクロスバイカーで同年代ぐらいの白髪の男性が、無謀にも、ぼくを意識して、信号を無視して走ること多々。しかも時には、歩道を30kmぐらいのスピードを出して走ってくる。

 「ちょっと考えろよ!」

 「歩道はスピードを出すところちゃうぞ!」

 通勤自転車が増えることが増えることはいいことなのだが、マナーをわかっていない人が増えるということを想像すると恐ろしくなる。

 ぼくはあくまでも模範運転で走るしかない。 

 「俺の走りをよく見ろよ」

 拡声器を持ちながら走りたいぐらいだ。

 その点ぼくの自通仲間は頼もしい。

 みんな交通マナーをよく考えて走ろう。

2010年9月 5日 (日)

BSデジタル号九州一周の旅にのめりこむ

100905  今デジカメ修理中です。

 しかたがないので、携帯電話で写真を撮るしかない。

 今日と昨日テレビ、BSハイビジョンでBSデジタル号と銘うって、九州一周の旅を放映していた。

 ぞっと以前は、東京から九州までブルートレインが運行し、寝台と特急で、しかも食堂車つきであったらしい。

 Photo ゴールは北九州、門司港駅。この駅は去年だったか妻とツアーで下関、門司間を旅行し、はじめて門司港駅を見学した。

余りのレトロさに感動した。終点の駅であり、今でも洗面流しがある。

 大正3年設立と言っていた。石炭産業が右肩あがりに向かっているときに、できたのだろう。

 そして港前だけに駅の横から船に通じる出口があったということを観光の時知った。

 番組の出演は、もとカシオペアの向谷 実、ココリコ遠藤、木村裕子、愛華みれ、宍戸開などだが、一方でスピード化を突き進む鉄道に対し、列車そのものの楽しみ、時間をかけて移動する楽しみ、鉄道そのもののグッズなどの普及など提案していたこと共感できる。

 ただ3年後には九州では個別部屋で食堂車をつけた寝台列車が実際運行される計画があるらしい。九州が一番先をいくかもしれない。

 向谷 実さんは、なんとJRの運転車用のシュミレーション機械や、運行ルートのテーマソングの作曲などしているらしい。

 僕自身も最近テレビではBSで列車の旅番組にはまっている。シベリア鉄道、オーストラリア横断鉄道、オリエント特急など、列車そのものが旅のメインなのがいい。

 寝台特急で移動するのも夢だ。1009053

 それにしても向谷さんも、もう一人の写真家も、宍戸も同じようにIPODを出して、取った写真を紹介していた。

 IPODの普及スピードに驚いた。

 どうしてこういう番組が企画されたのかちょっと驚きだが、恐らく鉄道でじっくり地域を味わおうとする考え方というか、そういった需要も一つの流れとしてあるのだろう。

 人間あくせくしたtって、人生一回かぎりだし、小さいことでこだわっていたってしかたがないさ。

 そういう意味で今日の番組はよかった。

2010年9月 4日 (土)

本当に暑い一日だった!

100904  今日は仕事で午前中全職員訪問活動ということになり、ぼくはビアンキで出勤し、それを訪問にも使うことにした。

 しかし9月4日だというのに、暑さは逆にぶりかえしているようだ。

 朝の行きの走行のへとへとになりかけた。 

 ただ車が少ないことが助かった。

 仕事では午前中数時間の短時間だが、ワイシャツとズボンでロードバイクに乗るのは結構疲れる。

 それに異常に暑い。 

 6件を回った。事務所から使い大阪西区のみだが、涼しさなどまるでない。

 まあしかしなんとか11時には全医院を訪問し終えた。

 昼ごはんをとなりのモジュールというモダンな店で食べ、午後1時には職場を出る。 

 ところで昨日書いたが、マイデジカメが故障らしく、このあと本町のカシオサポートセンターに出かけた。

 故障個所は、初期設定を終えても、スイッチが切れた後、モニターにまた初期画面設定にもどってしまう。

 センターで何度もためしてみたが、原因がわからないらしく、修理のため預けることになった。それでしばらくデジカメは使えない。

 そのあとの家に帰る走行は地獄のようだった。今年の夏の走行で最も過酷だった。

 ボトルのお茶はいくら飲んでも渇きをいやせない。水あびのボトルは途中で使い果たした。

 なんとか家にたどり着く。妻は扇風機の風にあたりながら、籐のソファーで気持ちよさそうに寝ている。

 ぼくはいちもくさんに風呂場へ行き、冷たい水シャワーの中でじっとしていた。

 やっとクールダウンして、しばらくぼっとしていたが、昼寝することにした。

 しばし時間が過ぎ、4時をだいぶ過ぎてから3男と約束していた「蓬莱湯」に行くことにした。

 車は一昨日車検から帰ってきたばかりだ。車内のエアコンがよく聞いている。

 風呂は空いていた。やはり刺青の人が一人いた。

 湯は薄茶色で単純泉らしいが、疲れは確実にとれる。

 しかし今日は暑かった。いつになったら、秋の兆しが出てくるんだろう。

2010年9月 3日 (金)

今日は暑さがぶり返している

 今日はもちろん自転車で行く。しかし9月の3日というのにまったく暑さがかわらない。

 デジカメまでおかしくなった。

 それにしても朝の走行は、早いうちから顔の汗が流れてくる。

 特になぜか今日は不快だった。

 仕事は、輪をかけて忙しい。宣伝物の仕上げが迫る日だ。それでバタバタした。おまけに銀行との面談が2件あった。

 夜はずっと引き伸ばしていたパソコンセミナーに出席した。

 8月はずっと家と職場で予習していただけに、総合問題はすらすらできた。

 それでちょうどやり終えたところまでが最終のテストであるといいうことで、とりあえず終了させてもらった。ラッキーだった。

 ただまだ納得していないので、来週補習を予約した。

 まあしかし今度は安心してこれるだろう。

 セミナーの帰り、阪神百貨店の前の有料駐輪場までおどる途中、梅田の歩道橋の上では、ストリートミュージッシャンが何グループも演奏していた。不思議なのは、彼らは電源をどうしているんだろうということだ。

 駐輪場から自転車を出して、福島経由で家に向かって走ったが、迷惑なのは、また途中から僕を目標についてくる自転車が一台。 おそらく途中、僕が通過のとき信号が赤に変わる寸前もあったのに、それでもついていくる。

 ちょっといやな感じだ。

 ついてくるまらちょっと挨拶してこい。という感じだ。

 それで知らず知らずペダルに負荷をかけていた。

 家に帰ると汗ビッショリだった。

 夕食は3男に頼んでいたが、彼が作ったカレーがうまい。

2010年9月 2日 (木)

イタリア領事館に行く

002  3男が2学期に向けてイタリアに戻るというのに、イタリア領事館の対応がおかしい。

 つまり留学ビザの取得で8月初めの受理の予約で対応しているのに、領事館に行くと、書類(母親の印鑑証明)が足らないといって、受けつけを9月8日にした。

 9日の航空券を予約しているし、2学期がはじまるというのにだ。

 どうもいやがらせとしか考えられない。

 それで3男がバリ家族旅行から帰った8月16日に領事館に電話し、そのいわくつきの担当女性に再度申し出た。埒があかずイタリア人の上司が対応したが、先方でもひどすぎると思ったのか、とりあえず9月2日に来るようにということなので、父親の僕が文句も兼ねて同席することンし、3男と一緒に出掛けた。

 渡航予定まで7日しかない。

 朝9時に現場へ行ったが、9時半からの受付ということでドアが閉まっていたので30分待った。

 その間職員が次々出勤してきたが、いやみも兼ねてすべての職員に「おはようございます」と挨拶した。

 心の中では「なんとかせいよ~」と思いながらだ。

 9時28分、男性がカギで外からドアを開けた。

「予約されていますか」というが、むかっときて「今日来いというから来たので、予約などしていません」

「今日は予約が殺到しているので何時になるかわかりませんよ」という

「ばかやろう。30分も前まら待っているんだぞ」と言いたいところだが、ぐっと我慢して「仕事を午前中休んできているんだ」と腹立って言った。

 それでしばらくして「どうぞ」と受付の声がかかる。

 しかし例の曰く付の女性担当者ではない。

 一部始終の文句をもう一度中の部屋に聞こえるようにぶちまける。

 どうもここで受理する様子だが、たった一つ持って行った妻の通帳の記帳が1か月前までしかないのがだめだという。

 「そんならこら○○銀行はどこにあるか調べてください」というと

「しばらくお待ちください」といって中に入ってしまった。

 その間自分の携帯で検索していたが、中から戻ってきて「これを」とコピーした地図をくれた。

 なんと100mも離れていない。調べてくれたのには感謝した。

 すぐその銀行に行き、記帳し、サークルケーでコピーし、領事館に戻った。 

「これですべて書類は揃いましたので受理します」という。

 ただ肝心のビザはいつくれるのか答えがない。

 「9日には渡航するんですよ。もらえるのはいつなんですか」と食い下がる。

 まあ、しかしこのへんでいいだろう。

 言い訳的には「もともと書類がそろっていなかったので」という。

 しかし異常な引きのばしをしたのは誰なんだ。3男と知り合いの若者にその場で偶然会ったが、彼は書類の不足で2日伸ばされたという。

 あきらかに相手に寄って嫌がらせをしている。ただその女性はいっさい窓口に出てこなかった。

 そんな担当者は解雇せよ!と言いたいところだ。

 ただあとでネットで「領事館への苦情」で検索すると、イタリア大阪領事館だけではないらしい。

 どうも受付に雇われる人はどういったけ経過で採用されているのか、知らないが恐らく現地に滞在経験があり、語学力もあるだろう。

 それを鼻高くしている感がある。新米の経験不足の留学生がきにいらないらしい。そのようなことがたくさんネットに書いてある。

 日本人の国際経験者にはすてきな人もたくさんいるだろうが、箸にも棒にもかからない人もたくさんいるのだろう。

 日本から出ていく窓口がこんなことでは、今若者が海外に出て行こうとする人が減っているとあるテレビ番組で論評していたが、こんなことも原因なのではないかといぶかし思ってしまう。

 しかし息子のためにひと肌脱いだ事件は、保育所時代と小学校時代以来だ。

 保育所では大幅な職員の移動に対し、新聞に投書して訴えたことがある。小学校では、卒業式に日の丸を正面に出し、校長がそれにお辞儀することに対し、校長に手紙を書いた。思想の強制だと訴えた。そしたら次の入学式には国旗を端に立てた。

 何ごとも相手の方が権力をもっているからと、泣き寝入りすることは、異常に腹が立つ性格なのだ。

 しかしこれは民主主義の普通の行動だと思う。理不尽なことは許せない。たとえ自分の立場が不利になったとしても人生のゴールのときには満足できるはずだ。

 ちょっと興奮してきたが、いじめ、いやがらせが、公的な業務に携わる人の中にあるということ事態驚きだ。

 領事館に行って30分待つ間、となりの事務所に向かってシングルギアの黄緑色ビアンキを転がしてきた若いスタイルのいい女性が僕たちの前を通った。

 緊張してまっている間だったが、思わず「おお、ビアンキ!」と声をかけてしまった。

 「僕もビアンキのロードバイクで走っているんですよ」と言ってしまった。

 「ビアンキ」と叫んだとき警戒していたが、後の言葉でなごみ「イタリアに関係しているからですか」と返してきたので

 「いいえ、ビアンキがすきなんですよ」と言って別れた。

 ちょっと和んだ一瞬だった。

001  午後から出勤し、夕方車検の車を取りに行くため、阪神出屋敷から歩いて勝本モーターに行く途中、空は真っ赤に燃えていた。

2010年9月 1日 (水)

タイヤ空気圧を調整して

005  朝ちょっと余裕があったので、タイヤの空気圧を前輪6、後輪7気圧に入れなおした。

 「こんなに変わるものか」と思うほど、軽い。

 今日もどこでだったか、サッシーが後ろから追いついてきた。

 一応前を引かせてもらった。

 玉江橋交差点まで一緒に走ったが、交差点を過ぎてから後ろにいない。

 恐らく間に左折車がわりこんだんだろう。

 またしばらく走ったら追いついてくるだろうとやや普通のスピードで走っていたが、後ろにいない。

 しかたがないので、そのままマイペースで走る。

 そのまま野田阪神を通過してしまったので、もう会えない。

 野田阪神からは時々出会っているであろう女性オートバイカーの後ろを追いかけた。

 ところが前にユッチさんがいるのを発見。そのままバイクについて追いつきそうだ。 

 彼女はブログでも書いているようにペダル高回転で走っている。

 まもなく追いつき、手をあげて「おはよう」と言ったまま前に出た。しかし彼女もそこで出会ったまま離れてしまった。

 今日は自転車仲間2人に会ったのに、一瞬だけで会話できなかった。

 まあしかし今日はペダルが軽い。

 疲れることなく、職場に着いた。

 仕事は午前中目が回るほどだった。しかしそれも午前中でやり終え、気が抜けたように食事に出た。

 しかしまだ昼は暑い。

 まあしかし今日はノー残業デー。5時を過ぎて、帰りの支度をした。

 夕食は手巻き寿司とそばにした。二人の息子は夕食はいらないという。

 妻も帰ってくるのが遅く、一人で食べる。しかしビールがうまい。手巻き寿司のネタがうまい。茶そばがうまい。001

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