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2011年1月31日 (月)

とうとう-2℃を見た

003  今日は月曜日。先週は寒さの走行に飽きたといったが、それでも週明けはやってくる。

 とくに防寒を変えたわけではない。寒さはがまんするしかない。

 思ったとおり家を出てしばらくして寒さを感じた。覚悟するしかない。

 早めに魔法瓶水筒の熱いお茶を飲む。

 すると2号線に合流する前に指の痛さが解消した。

「ということは、零下ではないか?」と思って走る続ける。

 びっくりするのは、尼崎繁華街の進行側の歩道いっぱいに誰かが水を撒いたことだ。路肩まで流れてきて、それが凍っていた。

 なんのためにこの寒い中で水を撒くのか。常識を疑う。

 体はすでに温まってきた。

 しかし温度が気になる。稲川橋に近づく前、「プラス2℃ぐらいか」と思いつつ、温度表示が見えてきた。

 なんと-2℃!!!!!

 これは9年間の自転車通勤で体験したことがない温度だ。

 またちょっ驚くというか、感動したというか、うれしくなった。

 これぐらいの寒さになると体は自家発電するのではないだろうか。

 体の中が暖かい。

 杭瀬付近でサッシーが来た。

 彼は今日は片足にコブラがえりが起こっているという。

 それでぼくが前をゆっくり引いて走った。

 彼のような若者でもそんなことになるんだ、と安心した。

 というのは、昨日四十九日で亜布団の上だが、正座したまま30分がんばったあと、休憩で足をくずsたとたん太ももにコブラがえりが起こってひっくり返りそうになった。

 そんなこんなで職場についたが、昼もかなり外は寒かった。

 まあしかし何事も中途半端でないほうがいい。

004  まあしかし今日が最低温度だろう。

 行くところまで行ったという感じだ。

 ふと琵琶湖のログハウスのことが気になった。

 ひょっとして潰れていないだろうか。

 やはり今季の冬は別の角度から見ると異常気象に違いない。

 ただ、この先尼崎、大阪も大雪になっても、通勤をマウンテンバイクで雪道を走ってみたいという願望がある。

 ただこの寒さでもロードバイクは最高だ。005

2011年1月30日 (日)

アジア杯サッカー2011 日本優勝おめでとう!

Jpg アジア杯サッカー決勝は、今日まさに深夜だったが、残念ながら朝から車の運転があるので、直接視聴は控えた。

 それにしても花は準決勝の韓国選だと思った。

 もともとじっくり選手のことを知っているわけでないが、選手の成長を感じた試合だった。

 だいたい先制ゴールを相手チームにとられた後や、PK選での争いでは必ず負けるという感じだったが、勝利への意欲はこの若いチームにはあると思った。

 ザッケローニ監督もすばらしい。

 決勝は延長選で李選手のゴールキックが決め手だったようだが、その前の長友のパスがすばらしい。

 Photo 今の若者は、自分の殻にとじこもっているとか、日本から出ていくものが減ったとか、悲観的な評価が多いが、決してそうではないと思える。

 ロードレースにおいても、去年、一昨年と日本人選手による歴史的快挙があった。

 まあ世界の他国でも若者が切磋琢磨しているだろう。

 とにかく世界中が平和に、そしてスポーツで争いあうことはすばらしい。

 

 今日はそんなことで、、全理事長の四十九日に出席するため、朝6時半に起き、職場に9時に電車で出かけた。

 職場のプリウスでもう一人と出発した。

 仏前ではじめてわかったが、その仏前のK先生(医師)は、鉄道が好きだったらしく、模型の列車が3台供えられていた。

 81歳の寿命は、長寿というべいか、おしいと思うか人によってちがうと思うが、まだまだ元気で生きていていただきたかったというのが、自分の気持だ。

 一緒にまいった元役員でつわもののI先生は91歳、K先生の先輩が、いっしょに昼食をとり、話を聞くと、強運の人生としかいいようがない。その話を聞くだけで勉強になったというか元気をもらえた。

 それでも若いときは、10歳で両親を亡くされ、大変苦労の中で30歳くらいまで、いつも早く死ぬことをずっと考えていたというから驚きだった。

 軍隊時代もあえて危険な現場に入り、最前線出兵を希望するが人生は皮肉なもので、生きることに運が向いていたようだ。

 しかしつい最近まで心臓発作で生死をさまよった経験から、今介護付マンションに住んでいるという。

 その暮らしぶりもおもしろい。三食の食事つきで、りっぱな大浴場もあるという。おなじマンションで住居者どうしの交流が盛んだという。

 自分のこれからの人生も重ね合わせて考えさせられる一日だった。

2011年1月29日 (土)

映画「RAILWEYS レイルウェイズ」を見た! 

001  今日の土曜日はひさびさに休みを取れる日だが、ちょっと前からビラをもらっていた「いきいきシルバーサロン」の映画「RAILWAYS」を見に行こうと決めていた。

 むしろ楽しみにしていたのだ。

 なんと言っても僕は映画が好きだ。どれくらい好きからいっても、人並みとしかいいようがない。

 それに最近自覚してきたが、鉄道に対する興味も日増しに増してきた。

 それにちょうどいいと思えた映画が今日の映画だと思った。

 開場は、やがて来年取り壊しになろうと計画されている「尼崎労働福祉会館」。

 もともと歴史的魅力もないように思える建物だが、それでも労働者のための施設として、かつて労働者の街として彩られていた尼崎ならでわの施設だろう。

 しかし老朽化もあり、修復には7000万円かかるということで、市は取り壊す方針らしい。

 しかし自主上映の映画会などにとっては映写施設もあるし、低料金で利用できる施設だから壊してしまうのは短絡的な考えだろう。

 さて映画は、はっきりいって感動した。

 仕事人間な人生を進んでいた主人公が会社の合理化方針を推進する企画室にいて、工場をリストラしたり、その工場長で彼の同僚が、交通事故で死亡するという現実に、ふと人生を振り返り、自分はかつて鉄道マニアで、地元の一畑鉄道の運転手になるのが夢だたことを思い出した。

 たまたまその運転手募集がおこなられているのを見て、とうとう50才を目の前にそれに応募し、採002用される。

 この映画を見て強く思ったのは、何事も本当に好きなことを自分のライフワークにすることほど強いものはないということだった。

 主人公はそのことを結婚し、50才近くになるまで気づかなかったのだが、気づきにはやい、遅いはないと中のセリフで話していた。

 また一畑鉄道は、鳥取の宍道湖近くで営業している路線だが、走る車両のユニークさと走るまわりの景色のよさを監督はみごとに撮影している。 

 元気をもらえる映画だった。

 期待とイメージをもって見た映画の中でそのとおりに思えた映画もそんなに多くない。

 この映画は中井貴一の演技も新境地を見たようなところもあり、満足感をもてた。

 この会館は実際空調が壊れているということだが、たしかに暖房は弱く、椅子もかたい木の作りだから、年配の人にはつらい。

 しかし阪神尼崎から近い距離にあり、五号橋線という大きな道路に面したところにあるのだから、できれば新しい会館を作ってもいいのではないかと思う。

 家から会館まで妻と自転車で行ったが、午後4過ぎの帰りはまちがいなく寒かった。

  

2011年1月28日 (金)

そろそろこの寒さに飽きてきた

001  今週連続4日目の自転車通勤だ。

 しかし朝の寒さによるがまんもそろそろ飽きてきたという感じだ。

 道路温度は2℃だった。

 もうどうでもいいやという気持だ。

 1月はじめからの突然の寒さの連続だからおよそ1か月を走ってきた。

 しかし止めるわけにもいかない。

 考えてみれば去年は楽な冬だったように思う。

 今日も一応GPSをセットしながら走った。

 道路では、この寒さの影響か、車が多い。トラックも、乗用車もだ。

 まあ自分も寒さをしのぐための自分の体温を上げるしかないような気がして、がむしゃらに走った。

 003 職場に着いたのは、8時44分だった。

 まあしかし通勤後半は「寒さなんてあったっけ」という感覚になってしまっているが、後から考えると走行前半は辛かった。

 仕事は週末という気持が先行して気持ちはわくわくしている。

 明日は、映画を見に行くぞと週初めから考えていた。

 まあしかししなければならない課題は結構スムーズに進んだ。

 5時を過ぎ、早くかえりたかったが、そういうわけにもいかず、5時半は過ぎてしまった。

 帰りの走行も時間が経過するほど寒くなってくるから楽しくはない。

 がむしゃらにペダルを回し、体の温度が上がるんを待つ。

 そのうち寒さはあまり感じなくなるが、やはり週末感覚がよみがえってきて、うれしくなる。

 夕食は2男と2人。

 白菜がやたらあまっているので、鍋しかない。

 風呂あがりの鍋と熱燗の日本酒と焼いた酒粕はなんともいえない。

 まあこの寒さもこういったときは、「んん。この季節もいい」と満足してしまう。 

 しかしこの寒さもあと1か月もないだろう。

 ただ東北、北海道、北陸では、雪かきなどで24人も亡くなられているというから悲惨だ。

 雪も異常な多さらしい。

 はやく暖かくなってほしい。

2011年1月27日 (木)

今日もやっぱり寒かった

Cimg1166  だんだん寒い中を走るのが閉口ぎみになってきたが、今日も行かないわけにはいかない。

 朝の朝食をしていると、妻の方がだんぜん出勤は早いが、「自転車パンクしている!」と叫ぶ。

 もう一台のマウンテンがあるので、タイヤ交換も提案してみたが、もう一台のラクッシュンで出かけていった。

 当然今日帰ってから宿題ができた。

 庭に入り、一応その自転車を見てみると、なんとネジ釘がみごとに刺さっている。

 まあ行く前に原因を発見できた。

 いよいよ自分の出発。

 やはり寒い。行く前にタイヤの空気を入れたが、そのとき、手袋なしで作業したので、すでに手が冷やされてしまった。

 それからブローグをはめて出かける。

 2号線に入るまでは手の先、足の先が痛む。

「今日はかなり温度が低いか???」

 と苦しい表情と期待の気持ちが入り混じる。

 案の定、猪名川橋電光掲示は下段は凍結注意、数字は1℃だった。

 納得して先を急ぐ。

 職場についたのは8時44分だった。ただGPSの「ストップ」を押すのを忘れていて、IPHONEをだいぶあとから見たが、なんと8時11分で計測が終わっている。

 やはりデイパックの小物入れだとハプニングで停止になるようだ。

 本当は仕事では今日は全体の会議の日だったが、延期にしたため、ちょっと午後から時間があいてしまって、重要文書にずっと目を通していたが、逆に疲れた。

 夜は国保広域化推進反対の集会がオフィースの大会議室である。

 帰りは8時半を過ぎそうだ。

 

2011年1月26日 (水)

職場にビアンキが2台になった!

003  寒さが辛い毎日だが、今日も覚悟して家を出た。

  昨日より早く家を出たので、余裕で走る。

 今日もグローブは2重にしてはめている。

 ただある程度走ってもそれほど指の辛さはない。

「むむ、だんだん慣れてきたかな」と思いつつ、先を走る。

 むしろ上半身は昨日より寒いのだ。やはり風が吹いているせいだろうか。

 稲川橋の温度表示はいつも楽しみだが、3℃。

「なんやこんなもんか」と期待はずれ。何を期待しているのか? へんな話だが、低ければそれだけブログのネタになる。そんな気持ちかもしれない。

 水曜日は概して車の量が少ないのだが、今日も少ないほうだろう。

 004

 職場についてサプライズ。 はじめて見るビアンキのクロスバイクが止まっている。

 近日予告していたNくんのものらしい。

 「ついに実行したか」とうれしくなる。ただ初心者の場合、けがや事故だけは遭遇しないように、安全対策の極意を伝授していこう。

 職場の自分のデスクで毎日「日経新聞」を読み、切り抜きしているが、オーストラリアのシドニーでも通勤自転車が休息に増えているという記事があった。

 ただ日本と違うのはそういうトレンドの中で企業がシャワーの設備などを作り、援助しているということだ。また市あげて、大気汚染の浄化の考えの一環として自転車をうけとめている。

 それに比べて日本はまだまだだ。

 僕自身は、正しい運転とルール遵守、カッコよさなどのデモンストレーションが毎日の自転車通勤と自覚して走り続けたい。005

2011年1月25日 (火)

中4日休みの自転車通勤 体感温度は冷たい

001  昨日は休みを取ったので、木曜日から走っていない。

 今日の温度は、予感できなかったが、先週どおりのウェアと防寒スタイルで家を出る。

 グローブは二重に履いているのに2号線をしばらく走っていくまで寒さによる痛さは解消しない。

 「むむ、今日も0℃ぐらいか」と思いつつ、稲川橋にはしかかると、3℃の表示だ。

 「なんやこんなもんか?」と少し疑問を持ちつつ、先を走る。

 毎日やっている真向法の体操が逆効果か、右足の付け根の部分が痛い。股を130度広げて前に屈伸するレベル3があるのだが、これができない。

 むしろ広げる関節が痛いときがある。

 まあ原因は実際わからないが、あまり気にせず走った。

 8時48分に職場に着く。

 仕事モードに入るのに少し時間がかかったが、あいつぐハプニングに一機に目が覚める。

 午後からは会議。

 それが5時を過ぎてしまった。

 今日は夜行事があったのだが、家の段取りが整わず、そのまま給料を下ろしに銀行ATMに。そしてそのまま家に直行する。

 それにしても冬は特に道路上に駐車している車が多く、それをいちいちよけて走らないといけない。 

 002 特に尼崎に入って繁華街を通るとき、元トポスというスーパーに最近スーパー玉出が開店して、道路ぞいにのきなみ車が駐車している。

 あぶないにもほどがある。

 その先の信号が赤になると、大型トラックなどその駐車している車ぎりぎりに停止している。

 われわれ自転車も入る隙間もない。

 こんな状態の道路では、道路側に自転車専用道路の設置など夢のまた夢だ。

 それに今日ちょっと気になったのは、歩道を25km/h以上で走る電動アシスト自転車がいたこと。

 これも危険きまわりない。

 ちょっと姑みたいな感覚になってしまったが、道路を利用する車、自転車、歩行者の対応レベルをあげることが急務だ。

 そんなことを思った今日この頃だ。

2011年1月24日 (月)

今日は休日、まず庭の枯葉の撤去から

002  昨日は、木の塀と蔓の撤去でたくさんのゴミが出て、塀の残材も山になっていた。

 朝トイレで「今日は何をしようか」とじっくり考えたが、最低庭の入口の上の目隠しをその残材を利用して作ることに腹を決めた。

 ただスーパー銭湯も行きたい。

 それで「仕事と思えば朝8時からやればいいか」ということでいつもの仕事の日よりちょっと遅かったが、8時過ぎにはできる状態になった。

 ただ、洗濯物干しを忘れていて、さっそくそれを済ませ、作業の準備をする。

010  材料を作るため、残材の加工に時間がかかったが、それが終ると優れもの電動ドリルで、あれよあれよという間の組み割った。

 あとはスプレーラッカーを塗るだけ。赤を塗った。

 それで10時半。あとは残りの残材をゴミ袋に入れるため、電動ノコギリでカットする。

 これはちょっと怖い。

 30分かかった。

 それで急いで、支度をし、スーパー銭湯「熊野の郷」西宮に1年ぶりで行く。

011 012 ひさしぶりに来てみると、結構豪華だ。

 レストランは二つあるし、岩盤浴はあるし、シックな内装だった。

 ロッカーの鍵は、光感知式だった。

 ちょっとリッチな気分になってきた。

 普通は家から自転車で40分ぐらいかけて行くのだが、今日は、さすがにこの真冬。

 軟弱だが車で行った。

   

 帰りはホカホカ体温になってしまって、車の中にあったサングラスを遊びでかけ見ると、ずっと曇ってしまう。

 それで窓を開けて走った。

 

 帰りのコースは、どこを通っても一番安全なコースというものはないが、武庫川の西宮側河川敷を走る。

  そのコースか014らの眺めはいい。遠方はなぜか曇っていて、見えなかったが、川の流れは、よく見える。

 2号線の橋は、芸術的だ。

 

 なんと20分ぐらいで、家に着いた。

 午後からは、予定はない。

 まず朝作った庭入口の目隠しを取り付ける。針金で固定した。

 家に入って、ふらっとピアノに向かう。デスペラード完全弾き語り暗譜めざしている。 

 あとは楽譜集を見て、ふらふら遊びの演奏。最近ピアノに座る機会が少ない。

 あとまたふらっと本を読む。

 佐々木常夫著書「部下を定時に帰す仕事術」。

 読み切った。

「ワーク・ライフ・バランスが会社を強くする」という考えがいい。 仕事しか人生でしたことがない、では仕事でも伸びないと言っている。男性の育児休業も推奨している。

 「経産省山田課長補佐、ただいま育業中」(日本経済新聞社)という本も紹介していた。

 寝転がって本を読んだが、こんな読み方も気楽でいい。

 読み終わってしばし15分ぐらい寝てしまった。

 一日が暮れるのはほんとに早い。

 まあしかし今日は有意義だった。

2011年1月23日 (日)

自転車に関係のない一日、庭の改修に明け暮れる

006  今月日曜日はずっとマンションの掃除当番で、朝9時から妻と隣の奥さんの3人で4階からの階段その他の作業にかかる。

 その前、妻は昨日休みだったので、庭隅々を掃除いたらしく、45lにゴミ袋3個がたまっている。

 それで掃除は30分ほどで終わったが、入り口横の垣根というか木の塀に長年こびりついて、茶色になってしまった蔓の密集状態を取り除くことになった。

 しかし、その塀も傷みが激しく、結局鶏はずした。

 

 今日本当は反対側の塀を作る計画のあったが、それどころではなくなった。

 結局蔓に覆われた塀は解体し、その後に新しい同じ形態の塀をホームセンターに買に行くことになった。

 ついでに反対側につける塀の板に適する材料を調べることにした。

 家から車で15分。ロイヤルホームセンターに着いた。

 同じタイプの塀はたくさんあった。

 しかし高いものは9,000円する。ちょっとびっくり。 

 結局4,000円ぐらいのものを一つ買うことに決めた。それにつながって取りつけているぶどう棚の材料買ってきた。 

 朝食をとって、すぐ作業にかかる。

 今日は幸運にも気候が温暖。寒くはないのでよかった。

 電動ドリルが役に立つ。

 2時間ほどで完成した。001

 途中すぐ下に置いている亀くんの水槽を少し内側に移動したら、冬眠している亀くんが起きていた。

 まあしかしだいぶすっきりした。

 狭い空間だが、わが家の庭はマンション1階で30種以上の果実が植わっている。

 ここを通行する人からもできるだけきれいになっていたほうが、気持がいいと思う。

 それにこの庭の中にマイビアンキがあり、妻のヨセミテ・マウンテンがあり、いわば発進基地だ。

 この庭を戸をあけて毎日出ていく。

 まあこれで当分気持ちよく出ていけるだろう。

 あとは、最近Iponeにダウンロードした映画「シャーロックホームズの冒険」を日本語字幕で見た。これも100回は見たい。

 そのうち一日は夕方になっていった。

 明日も休みを取っているので、解体した旧の塀の廃材で工作しようと思ったりしている。

2011年1月22日 (土)

今日も新年会、まあいいか

011  今日はとりあえず、午前中は休みだが、午後から理事会と職員を交えた新年会がある。

 たまたま昨日と連ちゃんになってしまったが、まあしかたがない。

 朝はゆっくりでコーヒーを飲めたが、時間にあっという間に過ぎていく。

 それに昨日飲んだ酒がちょっと体に悪い影響を与えている。

 どうもお腹の調子が悪い。

 それで午前中は、テレビを見ながらじっとしていた。 

 昼まえにラーメンを駈け込んで、家を出る。

 JRを利用し、海老江から地下鉄、野田阪神に乗り換えて、桜川というなんばの手前の駅で降りる。

 歩道はまさに東は難波、西は大阪ドームという表示が埋め込まれている。大阪ドームは今京セラドームが正しいが。

 職場に着くと会議までだいぶ時間はあったが、あっという間に過ぎていく。

 会議は5時に終えて、新年会に向かう。

 012場所は御堂筋手前で道頓堀の南、冶兵衛。

 こぎれいな宴会場だ。

 40人以上集まり、ビンゴゲームで盛り上がる。

 昨日も同じ系列の治兵衛難波店だったが、ちょっと内容はちがっていた。

 ワイン、酒、ビールが飲み放題というのはうれしい。

 酒もほどほどがいいのだが、楽しい酒は話が弾む。

 まあ、12月の忘年会シリーズに続き、1月は新年会シーズンだが、まあ今日はピークだった。

 帰りは、IPHONEにアプリを今日入れたシャーロックホームズの映画を聞きながら帰る。

 一応日本語翻訳がついているが、やはり結構英語は聞き取りにくい。

 酔いのせいもあるだろう。 

 途中からきらめて、ウークマンでビギンを聞きながら帰る。

 満月がみごとだった。

2011年1月21日 (金)

新年会の日は電車通勤しかないでしょう

001 4日間走り抜いたが、今日は職場の3つの団体の共済会の新年会が夕方からある。

 当然通勤は電車になる。

 今週は4日連続走ったが、まあ潮時か。

 そう自分にいい聞かせ、朝はズボンを履いて、セーターを着て家を出る。

 それでどうも今日は土曜日のような錯覚をしてしまう。

 しかしJR立花まで歩いて13分で着くはずなんだが、8時ちょっと前に家を出たのに、8時14分を超えてしまった。

 しかし結局地下鉄千日前線には同じダイヤの列車に乗れた。

 仕事は明日開かれる理事会の資料準備。

 ただ、印刷の失敗の連続で、印刷したあと修正のホッチキス作業が多かった。

 いよいよ夕方を過ぎ、5時を過ぎ、6時からの共済会の総会と新年会に出かけた。

 それはビッグカメラの南筋の「治兵衛」。

 乾杯をして、ビール、ふぐ鍋、日本酒と宴は進む。

004 わかい職員の中には去年11月大阪社会保障協議会からフランス視察に行き、現地で単独でマラソン42.195kmを走ってきたというつわものがいる。

 写真のNくんだ。

 人には意外なすごさをもっているものだ。

 今や若者が外国に行かなくなってきたといわれるが、知らない国でフランス語もかたことで、現地のマラソン開場までボディーランゲッジなどで「マラソン、マラソン」と言って会場を聞いたかどうかは知らないが、たいしたものだ。

 そんな職員もいる。005

 他にもこの2,3年のうちに入った職員にはラガーが2人いる。

 まあスポーツしている人はネアカというか前むきな人が多いのではと思っている。 

 まあそれは一面的だが、とにかくこの就職難の時代、わが職場に入ってきた若者たちは、めぐまれているのかもしれない。

 しかし就職活動はみんな体験しているらしく、今仕事に新鮮に取り組んでくれている。

 まあ年齢は別にして、とにかく前向きな姿勢がためされている。

 酒が入るにしたがって、意識がもうろうとしてくるが、新年会もたけなわになり、お開きとなった。

008 店を出ると目の前は、元精華小学校だったか、廃校になった建物がすぐ前にある。

 こんな大阪南の中心に小学校があったというのが、いとおしく思えてしまった。

 ウオークマンのイヤホーンを耳につけて、地下鉄にむかう。 

 乗車中はほとんど睡眠状態でJR立花につき、ビギンの演奏を聞きながら家に帰った。

2011年1月20日 (木)

今日も寒さは変わらない 道路温度は1℃だった

001  今日は走り初めから寒さを感じる。

 それで「今日も-1℃かも?」と思いつつ七松線を南に走る。

 2号線手前で信号待ちしているとサッシーが通っていくのが見えた。

 信号が代わり、2号線に入ると先の信号で彼はいた。

 「おはよう」とあいさつしたはいいが、今日は加速ができない。

 昨日のハード走行がたたっている。 

 どんどん差がつく。

 玉江橋でのタイミングで差がつき、そのまま会えなくなった。

 次の稲川橋での道路温度表示はプラス1℃。

 まあこんなものかと先を進む。

 ところで今日はポカが多くて、家を出る前、水筒を忘れてしまった。信号待ちごとにお茶を飲むのが習慣になっているので、それがないと、麻薬が切れたような気持になる。

 まあしかしがまんの走りだ。

 歌島橋の2つ手前の信号手前で以上に渋滞しているが、交差点に近づいてわかった。

 追い越し車線側に一台車が故障でとまっている。

 ちょっとびっくりだ。

 それで当然歌島橋交差点は通過不可。

 ただ後はスムーズに走った。

 今日もGPSをセットしたが、走行時間は53分31秒だった。カロリーはだいたい280kcalぐらいらしい。

 002 昼食のとき、近くのいつもの食堂でおかあさんからたくさん自分の畑でとれた野菜をもらってしまった。

 帰りはこれを全部デイパックに積んで帰ることにした。

 仕事は午後からの会議のために1日hは費やする。

 仕事を終えて帰りは、やはり寒い。家を出る前少し疲れを感じて走りだしたが、帰りはすっかり足は軽くなった。

 しかし途中から昨日女性のクロスバイクに抜かれたのがトラウマになっていて、何故かスピードを出してしまう。 

 後ろをときおり振り向くが誰もいない。

 尼崎繁華街に入ると左折車あり、バスあり、などそれなりに変化が多く、緊張が高まり、また運転技術が試される。

 三和地区を過ぎるとあとは入りやすい。

 今日は夕食は手を抜いて、寿司にした。

 ただ後ろめたい気もあって、サラダを作り、味噌汁もそれなりに作った。

 寿司は今日買ったのは特別らしく、ネタもバライティーに富みおいしい。

 思わず日本酒の熱燗を用意してしまった。

 家族は次々帰ってきて、3人で食卓を囲んだ。

 今週は自転車通勤は今日まで。明日、あさってと夜に新年会が続く。

 まあ電車通勤でも、JR海老江駅の72段階段歩きは外せない。

2011年1月19日 (水)

行きも帰りもまるで競争の自転車通勤

001  今日の朝はそんなに寒さは感じない。

 今週3日目の自転車通勤だ。

 2号線に入る前、前をサッシーが通ったのを見たが、信号が変わって左折すると次の信号で彼ともう一人のロードバイカーがいた。

 近づいて朝の挨拶をし、彼の後ろをついていく。

 その前の黒いウェアのロードバイカーはかなり早くて、ずっと先を進んでいく。

 ぼくはサッシーのうしろに付くのがやっとだ。 

 ただ信号のタイミングでつねに3人が重なる。

 それにその黒いローダーは車の間をすり抜けるのが慣れていない様子だが、ぼくとサッシーは狭い間を抜けるのは朝飯前で前に出た。

 淀川大橋手前信号からは、前を走らせてもらった。

 その間サッシーからメールにZUZIEくんからめでたい話が来ていたという。

 うれしいニュースだ。

 その後彼とは野田阪神で別れ、船津橋信号までぶっとばす。瞬間41kmペースだった。

 土佐堀を過ぎて次の信号で止まると、黒のローダーが追いついてきた。

 彼は、和歌山まで走るという。

 そのあと中央大通り過ぎたとき、へたな女性ドライバーが、あきらかに待つべきなのに、こちらが手で合図しているのに、強引に左から出てきた。タイミング的にはぶつかる距離だ。

 ただぼくもそれを予想して決して強引にはいかず徐行した。

 しかし相手が道路に入ってから「ばかやろう。危ないやろ」と怒鳴った。

 その間黒のローダーはスパートしていった。

 しかし職場についてGPSのストップボタンを押し忘れたが、実際は走行50分を切っていたようだ。

 仕事ではよくあることだが、パソコンで根を詰めすぎて、5時にはくたくただった。

 今日はノー残業デーを実践するため、すぐ帰る支度に入る。

 帰りの走行では、昨日より寒さを感じる。

 しかし気持ちよくずっと走る続け、尼崎に入って少しゆっくり信号をスタートしたあと、なんと女性クロスバイカーに抜かれた。

 「おお、おお・・・・」とちょっとびっくり。

 そのまま差を開けられるのか、とあせったが、十分ついていけて、稲川橋で追い抜いた。

 その後すぐ信号が赤になるタイミングだったので、信号停止したか。

 しかしまた追いついてこられるのもつらいので、かなり加速して走る。

 女性に追い抜かれたのは初めてのことなので、あせった。

 一応男性ライダーとしてプライドがある。

 そのあとは、見かけなかったので、途中でまがったかもしれない。

 まあそんなこともあって、今日は行きも帰りもスピードをだしすぎたかも。

2011年1月18日 (火)

温度は上がったのに、体感する寒さは変わらない

001   今日も昨日と同スタイルで、家を出る。

 「むむ、今日は昨日よりましか」

と微笑みつつ、ペダルを漕ぐ。

 今日は最後まで、信号などのタイミングが悪かった。

 まずJRの踏切で長時間待たされる。

 2号線に入って、まだ体のエンジンがかからないのでゆっくり走っていると、クロスバイクと内装3段普通自転車と次々抜かれる。

 まあ、そのうち抜き返すだろうという感じだ。

 歌島交差点で後ろから声がかかる。

「おはようございます」

 サッシーではないか。

 あの仲間の忘年会で飲んでから、はじめて会った。

 後ろについてくれたので、前を走りながら並走する。

 腹筋の毎日の訓練は、ペダルを漕ぐのに役立っているように思う。この数字は50回が日課になってきた。

 ただお腹周りは、それほどスリムにはなっていない。

 彼と別れて、新なにわ筋を突っ走るが、信号のタイミングが悪い。

 西区、新町の高速出口信号でとまり、道頓堀手前左折後の信号で間一髪間にあわず止まり、職場近くでも最後の信号停止。

 きょうはIphoneのGPSをスタートさせてきたが、ストップのスイッチを押しおくれたこともあって、1時間かかってしまった。

 仕事は今日は多岐にわたる。

 あっという間の8時間だ。

 帰りは、たしかに昨日より寒さはゆるい。

 関連団体のTくんが駐車場に近づいてきて、「クロスバイク買いました。ビアンキです。8万円以上しました。自転車通勤めざします」 とうれしいことを言ってくれる。

僕 「それぐらいやったら初心者には確かやで」

僕 「まずヘルメットとグローブは買ったほうがええで」

僕「どこから通勤するん」

T「天王寺、夕陽丘からです」

僕「ええ距離や。30分以内で これるで」

 とかいう会話であったが、たしかに近くに自転車通勤者がいるということが影響を与えたようだ。

 まあ、僕はただ自転車通勤をたんたんと続けているだけだ。

 いい話を聞いて、帰りを進む002

 尼崎に入ってどうも誰かまた後ろから追ってきたが、自分の相手ではない。

 ただ、無駄にスピードを挙げてしまうぼくだった。

 これだけたくさん走っているのに、毎回何かしわ新鮮な感覚になるときがある。

 今日もそうだった。

 

2011年1月17日 (月)

ついに朝の道路が-1℃に! ちょっとサプライズだ!

001  先週から5日ぶりの自転車通勤だが、昨日の寒さのことを考えて、今日は覚悟で出かける。

 それで寒さに対する自分の弱点である手の指の感覚の対策としてグローブの下に薄い手袋を着た。

 これは完璧な防寒対策だ。さらに靴下の裏に使い捨てカイロを貼った。

 2号線に入ると、むしろ自家加熱のように暖かくなってきた。

 そして先を進み、稲川橋の電光掲示に目をやるとなんと-1℃で下段には凍結注意の文字がある。

 過去9年間走り続けてきて、最低の温度と同じだ。

 ただ、防寒対策は成功しているので、ちょっと安心というか、ちょっと感動もした。

 ただ途中何を考えているのかと思うが、歩道に水をホースで撒いた後がある。

 こんな日は凍結がまちがいないのに、無頓着にもどがある。

 その凍結が、道路路肩にも進出していて、そっとかわす。

 その後は不安もなくいつものように走ることができた。

 まああと2℃下がっても大丈夫のような気持になる。

 しかし道路は車がいつもより多く、歌島橋交差点を過ぎても渋滞したりして、明らかにスピードは落ちる。

 それで職場には8時50分になってしまった。

 仕事は15日を過ぎたノルマがあり、4時からも会議があった。

 帰りは、寒さに無頓着になりそうだったが、同じ防寒スタイルで走る。太陽が出ていないだけ寒さを感じる。

 じっさい進路をすすめるほど暖かくならない。

 まあしかしがまんできない寒さではない。

 今日も一003日を終えたという感じだ。

 ところで、こんな寒さだが、室内に取り込んでいるバナナの木がやっと元気になってきて

次々と新しい葉を出してきた。

 これはちょっと気分がいやされる。 

 この寒さ夜は家の暖かさに感謝感謝だ。

 風呂の温もりに感謝感謝だ。

2011年1月16日 (日)

じっと家にいた日曜日

 天気予報では、今日は昨日よりさらに寒波の影響が出て、午後から大阪でも雪が降ると出ていたが、昼は日向ぼっこができるぐらい日がさしていた。

 しかし今日は家から出たのは、今月いっぱいマンションの掃除当番で家のまわりの作業をしたときと、夕方日が落ちて、夕食を控え、野菜のストックが少ないので、近所のスーパーオオジへ買い物に行ったときの2回だけだ。

 しかし朝は、日がさす中、テレビはいっさいかけず過ごしていたが、ゆっくりと時間が流れていくのがいい。

 それで洗濯物を干すとき、ベランダの改造をふと思いついてしまった。

 それは木のすのこのベランダの端ががらんどうで風がダイレクトに入ってくるのだが、そこに塀を作ろうと思う。

 予想図を書いてみたが2m50cmぐらいの板が8枚ぐらいいるのがわかる。

そしてそのままだと、その後ろの路地と遮断されるので、真ん中にドアを作ろうと思う。

 できればその板の壁に自転車の修理道具をつるすことも考えた。

 まあこれは緊急のミッションではない。

 今その近辺にキャンプ用の車の天井に設置できる箱と、その上にブルーシートを入れた大きなプラスチックのケースもある。

 その置き場も課題だ。

 まあ今日はふとそんなことだけ考える一日で終わった。

2011年1月15日 (土)

3クールの仕事をこなす

Photo  今日は土曜日だというのに、3連発の仕事が続いた。

 そして夜は、酒が入るので、今日も自転車通勤はできない。

 それにしても今日は相変わらず寒いではないか。

 JR立花から各駅停車木津ゆきに尼崎で乗り換えたが、てっきり空いているものと思ったら座るスペースはなかった。

 何が3連発かというと、朝は職場について、職員全員個別に分かれて、診療所をまわる。僕は鶴見区で、JR放出まで行った。

 それが終って、職場に帰って午後からは、会議をこなす。

 夕方からは、また京橋に行き、ホテルモントレ京橋で新年会。

 ホテルがある新都心は、まわりは暗いのでちょっとさみしいのだが、ホテルの中は目を見張る。

 教会はすっぽりビルの中にあり、利用した日本料理店、隋緑亭には神殿がある。

 酒が入るほどに一日の疲れが抜けていった。

 それにしても明日はさらに寒くなりそうだ。

 そして夕方になり、

夕方から京都に行く

001_2  仕事の関係で京都に行く。

 なんばから1時間半かかった。

 それにしてもJR大阪駅は大きく様変わりしていて、京都行きの快速、新快速ホームは、その幅が異常に広くなっている。

 11番線までホームが増えていて、上を見上げると大きな屋根が覆っている。

 北側のビルは伊勢丹と三越が入るらしい。

 5月からいよいよ開業だ。

 新快速だと京都駅まで29分で行く。

 地下鉄で2駅乗って、四条駅で降りた。

 上は烏丸通りだが、ビルの高さ規制がとっぱらわれて、まるでシンガポールで見たオーチャード通りのようだ。

 しかし路地を横目で見ると京都らしい古民家が残っているし、古いビルもたくさん残っているようだ。

 用事は5時過ぎに終わり、近くの内房(アンパン)という韓国料理の店に行く。一緒にいったYくんがよく知っているところだ。

 オーナーは、レセプトコンピュータのウインドウズ版をはじめて作ったというつわもので、しかも韓国料理店を経営し、ラジオ放送FM局も開設している。

 また話は変わって、もともとオートバイマニアらしいが最近自転車にはまっていて、かなり長距離も走って、のめりこんでいるという。 

 5台所有している自転車の総額は200万円というから驚いた。

 帰りの道々でもロードバイクやクロスバイクの若者をよく見かけた。

 京都の人たち、お前もか?という感じで、自転車が普及しているようだ。

 ほろ酔いで、阪急四条烏丸から家に帰った。002

2011年1月13日 (木)

ランドセル贈呈現象に思う

Photo  最近どこから始まったのか、ちょっとよくわかっていないが、児童福祉施設などに伊達直人の名前でランドセルを置いていく事件というか、行為が連鎖し、マスコミも連日取り上げている。

 ぼくの感想は率直に歓迎したい。

 昼休み食事に入る食堂の奥さんにその値段の相場を聞いてみたが、安いものでも2万円、高価なものは10万円はするという。

 4個置いていったとしたら10万円前後するわけだが、決して裕福な人がやったとは思えない。

 その閉塞した昨年からの経済と社会の中で何かを表現したかったと想像する。

 ぼくがいつも言っている宝くじを買う行為に較べたら、明らかに筋が通っている。

 自分の儲けのためでもない。名前をアニメの英雄にたとえるように売名行為でもない。しか

しきっと人に喜ばれる。

 しかし宝くじ、ロト6などは明らかに自分が裕福になることを夢みて券を買うというか、お金を捨てる行為だ。(ちょっと言い過ぎでしたが)

 しかし今はいつから特に都会では、他人のことに関わらない風潮になってしまったのだろう。

 実際自転車どうしぶつかりかけてお互い止まっても、次の瞬間何もなかったかのように過ぎていく光景を見ると「いやだなあ」と思うことがある。

 また、実際自分が体験したのだが、車道を走っていて、すぐ横の歩道を走っている自転車が、左折してきたバスに体当たりし、タイヤの下に巻き込まれかえるのを見て、止まって現場に走ったのは僕と数人だけ。

 しかも第一発見者となったのは、ぼくだった。後の近くにいたバイク、歩行者などは

過ぎさっていく。

 20年ほど前までは、知らない人でも車が脱輪してこまっていたら、必ず周りの運転手はとまっって助けていた時代だった。

 だから今、パフォーマンスであっても恵まえない子供のためにランドセルを置いていく行為はかっこいいではないか。

  

 話は変わって昨日NHK SONGSでイーディーズを見た。

 デスペラード(ならずもの)という曲からグループを知ったが、そのメンバーはどんな人たちかはずかしいながらまったく知らなかった。

 彼らはビートルズにあこがれ、ハーモニーを重視した4人の仲間で結成したという。

 アメリカ西海岸の匂いをもったサウンズだが、「ホテルカルフォルニア」は、痛烈な当時の社会批判が根底にあると解説していた。

 ちょっと知らなかったことを知ってしまったという満足感をもてた。

2011年1月12日 (水)

ちょっと温度がましだった

001  今日も朝は覚悟して家を出た。

 しかし手の指の寒さによる痛みは今日はない。

 それでも体全体の寒さはちょっと感じる。

 昨日も感じたが、2号線を尼崎を走っているとき、日が照っている間は結構温まるが、大阪市内で淀川を越えると、とたんに温度が下がる。

 高いビルが多いということだ。

 ところで、海老江交差点に入るとき、すでに信号は赤だったので、ゆっくり交差点に近づいたが、ロードビイクの人が一人見えた。

 よく、見るとゆっちさんではないか。

 ひさしびりの再会だ。最近出勤時間が遅くなったという。それでしばらく会わなくなった。

 彼女のブログを最近見たとき、年末から風邪をひいていたと書かれていたが、今日は元気そうだ。

 中央大通りまで巡行し、そこで別れた。

 毎日同じコースを走っていてもときどきサプライズがあっておもしろい。

 ところで昨日から僕自身もとうとう風邪を患いかけてきたが、今日も仕事中は、調子が二転三転する。

 それで、今日の業務は5時を過ぎていすぐ帰る支度をした。

 ところが、朝セーターの下の着ていたはずのレーサーウェアがない。

 これは不思議だ。着てくるのを忘れていたのか。考えたがわからない。

 それで1枚不足のまま支度をし、職場を出た。

 まあなんとか温まってきて寒さは感じなくなったから不思議だ。

 今日もJR立花のバイパスを渡ってコープ立花に行く。

 薬コーナーでイソジンが切れていて買ったが、薬剤師の人から「風邪にはうがいと手洗いが大事ですよ」と話かけられたり、「でも元気そうですね」とも言われる。

 イソジンは風邪に関係なく一年中励行しているのだが、風邪をひいて会に来たと勘違いされたようだ。それがレーサースタイルだから元気そうに見えたのか?

 職場をだいぶ早く出たはずだったが、家に着いたのは、6時50分ぐらいになっていた。

 まあ明日は風邪を完治させていこう。

2011年1月11日 (火)

ついに朝の電光掲示0℃をしめす

001  今日は昨日以上に寒くなると聞いていた。

 それでジャケットの下に本格的セーターを着た。

 走りはじは、「こんなもんか?」とタカをくくってたが、走り続けると手の指が異常な寒さでがまんできなくなってくる。

 2号線に出るまで、気分が悪くなってきた。まあしかしそのうち治るだろうとがまんの走りとなる。

 2号線に入ってところどころで太陽の光を受ける。暑くポットお茶を飲む。

 これがよかったのか、手に痛みはなくなった。

 そのうち稲川橋の温度表示が見えてきた。

 なな なんと0℃だ! ひさしぶりに見た。

 寒いというより、ちょっと感動!

 その後は体があったまってくるので、普通の状態にもどった。

 ただ大阪市内、とくに土佐堀川を越えると、日向がなせいか、また寒さを少し感じる。これが不思議なのだ。やはりビルが多いということか。

 職場には、走り始めの不安は消え、8時48分到着。

 今週からは、本格的仕事だ。気を引き締めて、朝早くから課題に取りかかる。

 なんとか夕方5時にやるべきことを終えた。

 帰りは、朝のきびしさはない。むしろ昨日洗った自転車が、きれいに光っていて走るのが気持ちいいのだ。

 走りながら、夕食のメニューをあれこれ考えていたが、最初浮かんだ「カレー」は、やはり週中日は似合わないような気がした。 

 それで自分の頭の中での折衷案で「肉じゃが」が浮かんだ。

 「うん、これがいい」

 帰り立ち寄るコープ立花に着いたときは、それに決めていた。

 食材を買って家に帰る。

 夕食は2男と2人で取る。

 まあ昨日までの3日の休暇がうそのようだが、仕事の日もまたよしだ。

2011年1月10日 (月)

とうとう「朝鮮戦争」読み終える

012  昨年から読み続けている本「朝鮮戦争」ディヴィッド・ハルバースタム著を今日とうとう読み終えた。

 それにしても上・下巻とも500ページあるので、あまり面白くない個所もあるし、人名が頻繁にでてきて、それを追うのに頭を使うので大変だった。

 しかし冷戦スタート時代の各国のトップの考えとカリスマ性に翻弄される思いだ。

 ただこの著者は100人以上の関係者に丹念に取材し、しかも戦争シーンは、小説風にさも見てきたかのように描いているからすごい。

 マッカーサーにしろ、スターリンにしろ毛沢東にしろ、結局自分に都合の悪い事実を歪曲しているところが共通している。あとがきでは、ベトナム戦争に踏み切ったケネディーも批判している。

 また今韓国がサムスンに象徴されているように急速な発展をとげた理由を軍事教育、工学部門でのアメリカの援助、指導がかなり影響しているという。

 北朝鮮は、金日成が当初無能な指導者と言われ、スターリンから疎まれていたが、指導力と国民の統制のみ卓越した。ただ最初はいいが、自分の頭で考える国民の能力と民主主義を奪ったため、経済破綻を生み出しているということだ。

 それから朝鮮戦争は実際いまだに休戦状態なのだが、1954年、戦争状態を停止したのは、なんとスターリンが死んだことにより、中国、アメリカ両国が「これ以上戦争を続けるのは得策でないという考えが主流になってそうなっと主張している。

 そんなことが書いてあった。

 午前9時半から読みはじめ、午後3時半最後のページを終えた。

 しばらく放心状態に!というのは大げさだが、ちょっと休んでお茶を飲む。

004   その後、明日からまた自転車通勤ということで、だいぶよ汚れが目立つビアンキを洗車することにした。

 ただ今日はこの冬一番の寒さということだし、朝はどうも風邪気味と自覚していたので、自転車を家に中に入れ、風呂でタイヤを外した状態でそのタイヤ2つとフレーム部を洗った。

 これなら寒さは問題ない。

 ついでに風呂も洗い、浴槽も洗った。

 ビアンキはそこでタイヤをフレームに付け直し、庭のもどし、オイルをチェーン、変速部分、ペダル、ビレーキレバーに注す。

 これで明日は気もちよく行けるだろう。

 ただ明日は温度がさらに下がると天気予報で言っていた。

 この勢いで夕食つくりをかってでる。

 ひさしぶりにビールを飲みのをやめた。

2011年1月 9日 (日)

ちょっとノンビリした休日

011  束の間の3連休2日目、とくにするべきスケジュールがない中日だ。

 ただマンションの掃除当番が4か月に一回回ってきて、今月がその月なので、今日は9時からその作業があった。

 やり始めると、汚れの個所が気になり、のめりこみそうになるが、ほどほどで止めておいた。

 まあ、しかし共有部分でもきれいにするのがm気持ちがいい。

 ついでの妻と庭の周辺もゴミを取った。

 掃除が終わるとあとは何も予定はない。

 Iphoneの着うた設定に挑戦してみる。

 この部分については、普通の携帯電話の方が簡単だ。

 スマートホンだとこの部分の設定がかなり高度だ。

 実はこれを更新している時点ではいまだ成功していない。

 しかしこの後も挑戦するのだ。

 そのあとは昼ごはんをはさんで読書に集中する。

 夕方まで読み続けた。

 しかし5時を過ぎても、「朝鮮戦争」下巻はまだ100ページ以上残してしまった。

 ただ手に汗握る戦争場面が出てくる。 

 戦争の戦術は、政治とはちがうノウハウがあると書かれている。それをマッカーサーと毛沢東は、政治の戦略のために急ごうした。

 つまりどちらも冷戦という状況のなかで、朝鮮という局地戦争の対決を超えて、資本主義と社会主義の勝敗を決しようとした構想を持っていたらしい。

 しかし現実はその後30年以上冷戦という状況が続いた。

 最後まで読んでいないが、そういった課題を投げかけているようにも思える本だ。

 こんなに読書に集中できるのもこの連休ぐらいだろう。

 リビングの保護しているバナナの木がゆうやく元気になってきて、新しい葉が伸びてきたのがうれしい。

2011年1月 8日 (土)

今日も西宮ガーデンズへ映画鑑賞に

Photo 1月1日には、「相棒ー劇場版Ⅱ」を見るか、「武士の家計簿」を見るか、迷った挙句、「相棒」をネットで予約し、西宮ガーデンズに行った。

 今日は予定では、ぼくが仕事がる予定だったので、映画のつもりはなかったが、予定がかわり休みとなった。 

 妻も休みということで、再び西宮ガーデンズTOHOシアターを前日予約した。

 今回は朝一番の上映時間にした。

 移動は前回3kmぐらいを歩いていったが、今日は自転車で出かけた。

 ガーデンズ自体午前10:00にならないと開店しない。

 10時前に着いたので、少し待った。

 開場して中に入るとまったく人が少ない。

 002 5階に上がり、ほどなく、チケットに機械で交換して劇場に入った。この映画は一番小さな客席数のところだった。

 宣伝と予告と映画の不法コピーの禁止の案内などが写った後、本番になった。

 堺 雅人演じる主人公の生き方に共感した。経理(算用掛)一筋にまじめに仕事をする中で、結果的に藩の不正が見えてくるという場面が出てくる。

 ただそれを暴くというような派手な内容ではない。 

 しかし何が必要な対応か、また家の借金、赤字を解決するために、他人をたよるではなく、「断シャリ」の本で読んだことのようにかなりの家財を処分する。そして借主に45%を返したあと、今後10年間、無利子での返済ということで要望し、承諾してもらう。

 それは家の対面より、健全な財政の立て直しを重視した結果だ。

 そのときに家計簿をつけだし、それが現在発見される結果になって、この映画にもなったいうものだ。 

 やはりどこまでも「まじめさ」ということの大事さを再認識した。

 事実に基づく内容だが、描かれる場所が金沢、当時の前田家が藩士の世界というのをいい。つい2年前、夫婦で旅行に出かけた場所だ。

 まあしかし映画全体は地味というほかないので、他の上映作品に比べると評価はわかれるだろう。

 ただぼくは好きになれた。

 監督は依然もっとトレンドの作品を作っていた森田 芳光ということで、ちょっとそのことも驚いた。時代考証がすごく丁寧で幕末ごろの下級武士の生活が非常によくわかるし、日本の今見直されている質素な、日本民家のすばらしさを感じた。

 映画を終わると12時35分。妻が行ったことのあるガーデンズ近くのイタリアパスタの店を映画を見る前に予約しておいたが、そこで昼食をたべた。

 結構狭い店だが、こぎれいな店で、各種のランチが用意されてる。

 カウンターに案内されたが、右も左も若い女性ばかり至近距離で食事しているので、ちょっと圧倒される。ちょっと食べ物を落としたり、不恰好なことはできない気になる。

 それでか? 食べて自転車での帰り道、胃が痛くなってきた。

 家に帰るとまだ2時前だ。

 妻は昼寝でダウン。

 ボクはこの前から見失ったウークマンの捜索行動。

 無くなったと思ったのは、昨日仕事に電車で行ったので、それを聞こうと思ったとき、ないことがわかった。しかし昨日からいくら探してもない。

 じっくり考えてみた。しかし職場か、その周辺でなくすことはないと確信がある。ただ100%ではないが。

 じっくり考えたり、家にあるジャンパー、ジャケット、鞄などあるものすべて捜索したが、どこにもない

 新しいものを買うというのはあまりにも軽率だし、1年ぐらいかけて入力してきた楽曲がはいっている。自分のグループの演奏記録を数多くある。

 最後にひらめいたのは、地下収納庫のしまったキーボード、ギターのカバーのポケット。

 地下に降り、捜索。しかしやっぱりない。

 諦めかけてきた。

 その時足元にあるではないか。

 そのときの喜びは半端ではない。こんな時は歳をとっても子どもだ。

 目の前が明るくなったような気分! ここでも見つからなければ自分のブログをさかのぼり、毎日の行動を分析しようとしていたときだ。

 一件落着だ。

 最近Iphoneを手に入れて、そちらにばかり目がいっていたので、その警告かもしれない。

 電池もだいぶ減っていて、すぐ専用スピーカーに充電のため取り付けた。

 毎年この時期、職場の旅行で北海道キロロにスキーに行っている時期なので、ない今年はちょっと家でゆっくりできる。

 あと2日過ごし方を考えよう。

2011年1月 7日 (金)

1月連休の前日の夜 堺の汐湯と阪堺電車を満喫する

003  正月明けの仕事を2日だけこなし、また連休になる。

 その前日を楽しもうと職場の共産党後援会の集いで、ちょっとユニークだが、大阪南の「チンチン電車」(阪堺電車)乗車体験と、沿線に明治時代?からか、営業している汐湯温泉に入湯する体験ツアーに参加した。

 天王寺駅から乗ったが、通勤客が多い。残念ながら、夜の乗車で町並みを味わうのはちょっと効果が少ないが、車を道を電車が走る快感はなんとも言えない。

 地方色がにじみ出る宣伝のアナウンスはここだけでしか聞けない。

 大阪を都会を走っているという感覚は吹っ飛ぶ。

 大和川を越えると、急に道路は広くなる。

 堺の街に入ったことが分かる。

 駅を10ほど越えて目的の「御陵前」で降りる。

 外を覚悟していたより寒い。思わず近くに提灯が灯る串カツに入ることに変更。

店は、こじんまりしていて、暖かい。004

 ビンビールでとにかく乾杯。

 1時間以上たむろしてしまった。

 とにかく体を温めて、風呂に向かう。

 ほんの5分だけの移動だったが、時間が経つほど寒さが身に染みる。

005 南海電車の高架を過ぎるとその風呂屋さんはあった。

 今はマンションの下が風呂屋になっているが、もともとは、平屋で、すぐそばが海辺だったということだから、ずいぶん情緒があっただろうと想像できる。

 中に入って、服を脱ぎ、風呂内に直行。

 寒さを味わった後の温もりはなんとも言えない。 

 しかも海水を温めた湯ということだから、他ではなかなか味わえない。

 番台の奥さんは、前にYくんと2人で来て話したことを覚えている様子でちょっと感動。

 また来たくなった。

 一緒にきた若者2人もいたく気に入ったみたいだった。

 ぼくはもともと銭湯愛好家だが、こんな時間の過ごしかたもいいだろう。

 しかも路面電車愛好家でもあるので、今日は至極の時を過ごさしてもらった。

 帰りはぽかぽか暖かいのがいい。

2011年1月 6日 (木)

2011年初出勤jは完全装備で行く

002  今日は昨日以上に冷えるということなので、中5日の自転車通勤は、できるだけ着込んでいくことにした。

 上半身は、アンダーの上にレーサーウェア、その上に毛糸のセーターを着て、その上にレーサージャケット。

 下半身は、冬用スパッツの上にレーサージャージ。

 首から上は、耳あてのカバーにヘルメットといういでたちだ。

 これで顔は結構暖かい。

 走りはじめて20分ぐらいから体の中と顔に汗が出てきた。

 道路温度は5℃だった。

「なんやこんなもんか」という温度で拍子抜けだ。

 しかし走行後半、さすがにいつもない疲れを感じる。 

 というのは向かい風だったこともある。

 まあしかし年が代わった初走りは、行は無事何事もなく、完走した。

 001 ところで話は、出発時にもどって、家の前を出る前、昨日修復した庭入り口を見て、満足。

 下の斜めはすかいの目隠しは、後日付け替えにつもりだが、上の横柱が新しく気持ちいい。

 そんな満足感を味わってスタートした。

 職場に着くと、やはりみんなでお互いに「おめでとうございます。今年もよろしく」とあらたまった会話が続く。

 ちょっと今日だけは新鮮だ。

 しかし仕事中はひさしぶりのためか、重労働はしていないが、やけに疲れた。

 昼はいつもお世話になる食堂「夕張屋」と喫茶店「キャビン」であいさつを交わす。

 これで新年の仕事はじめのけじめをつけた気持になるから不思議だ。

 夕方から雨か雪になると天気予報では知らせていたが、やはり急に暗くなってきて、パラパラと雨がおちてきた。

 5時20分ぐらいに職場を出る。

 やはり寒いし、雨が不安だ。

 まあしかし朝と反対にやや追い風がうれしい。

 もうほとんどういつもの気持ちがよみがえってきた。

 朝は正直やや走りがアンバランスというか、安定していなかった。

 やはり何事も時間を空けると、普通に体がつかんでいた感覚が鈍るのだろう。

 まあ、しかし帰りのはしりで完全にもとにもどった。

 まさにスポーツ自転車の通勤は、移動手段の一つではあるが、スポーツそのものかもしれない。

 そんなことを感じる走り初めだった。

 

2011年1月 5日 (水)

ホームセンターとスーパー銭湯掛け持ちの朝

011  休み最終日。しかし世の中では昨日から初出の会社も多いので、申し訳ないが、有意義に過ごそうと朝目が覚めて考えた。

 しかしたかが一日。したいことを何もかもできるわけではない。

 昨日失敗した庭入り口の上の横棒をつけることにした。

 起きたのは7時まえだった。

 トイレ、洗面を済ませ、洗濯干しなど忙しい。

 10時過ぎやっと雑務を終えて、出かける支度。

 一応木材を買う予定なので、車で出かけた。ついでに熱帯魚用ポンプも探すのも目的だ。

 昨日のロイヤルホームセンターにそれを買いにいったのだが、従来の形状のものがなかったのだ。

 この寒さでは車はたしかにありがたい。

 それでまたついでにスーパー銭湯を買い物に後に行くことにし、それも楽しみだ。

 006 ホームセンターは杭瀬という地域で2号線ぞいにあるコーナンだ。

 今回来てわかったが、この店の方がなにもかも圧倒的に品数が多い。ちょっと感動。

 一個2円のナット、輪っかもバラで売ってくれる。レジでは、それらはバーコードがないので値段は自主申告だ。

 木材は一番安い品質は悪いが値段が安い一本110円のものを3本買った。熱帯魚用のポンプも丁度あった。

 目的を果たして、そのから銭湯「戎湯」へ直行。

 地域の人たちが常連で来ているらしい。

 湯船に入った瞬間が、一番癒される。今日もそうだった。

 体だけ洗って、泡ぶろで肩をほぐし、また湯船に入り、早々に風呂を出た。

 009 半日は過ぎていく。

 この地、築地から家まで車でも20分か。

 午後からはどうしようか、考えながら家に帰る。

 食事の後、しばしテレビでNHKのスタジオパークを見る。

 仁科亜希子の意外な素顔を垣間見た。

 それで本当は、ピアノの練習を考えていたが、そのきになれず、「朝鮮戦争」の続きを読む。

 アメリカが38度線を超えて、平壌まで進行し、中国軍が潜んでいたところから、逆襲に入るところだ。

 東京から戦術を指示していたマッカーサーたちは現場を知らず、敵の情報について完全にまちがいをおこし、圧倒的に後退させられるというものだ。

 アメリカは第二次大戦以後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争と失敗の連続だが、それぞれの大統領の罪を著者は告発している。

 読んでいる間に外は暗くなってきた。

 昼調達した庭入口のねじを付け、入口に棒を取り付ける。

 しかしその後も家にいるとやることは多い。

 明日の資源ごみを荷造り、流しになまった食器のかたづけ、風呂の準備などなど。

 あとは夜に向かって過ぎていく。

 今年は、何も今年の課題、目標もきめれずに、仕事がスタートする。

 地域の年末の集まりでは、みんな定年を迎えて、ヨーロッパ旅行に行くか?と冗談まじりにその話でもりあがったが、それはまだ4年以上先の話だ。

 今年は無理ない程度に体を鍛えよう。あとはずっと課題の英語のスキルアップ。六甲ヒルクライムの一機走行。自転車仲間の長期サイクリング。新しいロードバイクの購入。

 まあそれとじっくり新しいテーマも年が過ぎていく間に考えればいいか。

 そんなところだ。

 

2011年1月 4日 (火)

読書に明け暮れる一日

011  休みはあと2日与えられている。

 妻はすでに今日から仕事に行った。

 それで、朝は寝床でしばしIphoneをいじっていたが、7時45分には起き上がった。

 休みの日にしたいことはいっぱいあるのだが、それに実質なにも予定がない休みは、今日からという感じだが、とにかく今読みかけの「朝鮮戦争」を何とかフィニッシュしたいと思っていて、朝から読み始めた。

 

 ただ、庭の朽ち果てた入り口の細い一本の柱の木をやりかえるのと、子どもの自転車のかごが剥げているので、スプレー式ラッカーで塗装するとか、いてもたってもあられず、昼一番にホームセンターに出かけた。

 しかし柱の木は、サイズが短すぎて、失敗だ。

 自転車のかご塗装は、かごを外して塗装したが、これはうまくいった。

 しかし1時半ぐらいかあ庭で作業しだして、だんだん日が陰ってきて、寒くなってきたので、柱は中断した。

 それからまた読書に映る。

 家に中にいて、じっと読書していると、ちょっと寒い。

 5時を過ぎ、終了したが、本をたたんで読んだページの厚さを確認してみたが、たいしたことはない。ただ中身は充実している。

 やはり本は集中して読まないといけないのだろう。

 夜は、2男が山陰の香住から帰ってきて、カニを買ってきたので、カニ鍋になった。

 ひさしぶりのカニだ。家族で突くカニはいい。

2011年1月 3日 (月)

初歩き 六甲菊水山から烏原貯水池、天王の湊山温泉へ

006  例年行事になっている地域流れ星少年団父母会の山初歩きを今日することになった。

 しかし残念ながら参加は自分を入れて5人だった。まあ用意してきたコーヒー用のお湯は足りて余りある。

 午前9時過ぎ、阪急武庫之荘から西へ。三宮を過ぎ、新開地から神鉄で鈴蘭台へ。

 菊水山からここから裏道を登っていく。まあ初心者用シングルロードだ。

007 ただ途中合流する工事用道路は、雪とそれが凍結した路面になっている。

 途中シングルロードの階段もずいぶん凍っていたりする。

 まあしかし今日は当初予定していたより天気がよいのがなによりだ。

 風もない。

 このルートは「菊水山登山の会」があって、途中の休憩場に案内がたくさん張ってあった。

008  ここでしばし休憩。持ってきた甘酒あめやチョコレートの配給。

 ここで完結してしまいそうになる。

 気を取り直して山頂をめざす。

 まあそれでも鈴蘭台から約1時間で山頂到着だ。

 自転車は今通勤オンリー状態だが、5年ほど前までは、六甲のあらゆるルートを歩き、また北摂も含め、かなりのルートをマウンテンで登り、担ぎ、ダウンヒルを楽しんできた。

 そこで怪我はほとんどないが、今となっては、一人でのマウンテンはやめている。

 それで地域では、もっっぱらいかに中高年普通の人種でも歩けるコースを案内している。 しかもほとんどガイド本には載っていないところを行くのを自負している。

 010 今回も普通六甲縦走では、西から進んで、表から菊水山を登攀するものだが、僕らは裏から上がり、その急坂を下る。

 ところで今回山頂に着き、下界を眺めると、とりわけ眺めがくっきり360度見渡せて、感激だ。

 関西空港もよく見える。明石大橋、淡路島から四国まで見渡せる。

 急坂を降りたところから縦走コースを東に外れ、烏原貯水池というところの河原に行く。

 もう10回以上来たかもしれない。

011_2 なぜこのルートにしたかというと理由があって、われわれのトレッキングでは必ず最後に温泉に入るという暗黙の約束があるのだ。

 それで、ここ道の先には、神戸、平野のいう地域があり、湊山温泉という平安時代から続く知る人ぞ知る温泉があるのだ。

 さてこの烏原貯水池西端の河原では、豚汁を作り、たき火をする。

 六甲でたき火ができるのはここぐらいだろう。

 以前ここへ来たとき、近くで大量の印刷物を焼いている夫婦と遭遇したことがある。どうも証拠隠滅に見えた。

 まあそれぐらいここでは、いろんな団体がたき火しているようだ。

 豚じるをみんな3杯食べ、満腹で、貯水池を半周し、平野に下り、湊山温泉に到着。

 ここは裏手の有馬とちがい、客もそこそこでゆったりしている。

 これで全コース終了した。風呂から上がっての生ビールがうまい。

 帰りは神戸市バスでトアロードから三宮へ。三宮の駅前では今年も怪しいキリスト教をなのる団体が示威行動をしていた。駅のまわりは正月3日目で人だらけだ。

 三宮から各駅停車で武庫之荘へ。今日の行事は終了した。

2011年1月 2日 (日)

長男、兄貴と正月面談

001  正月も2日目、昼前に兄貴と長男と彼女が来る予定だ。

 それで朝から掃除とビールを調達にコンビニに行ったり、気がせく。

 天気は予想外に晴れだ。

 昨日よりちょっと暖かい。

 正午前、兄貴がやってきた。

 そのあと長男と彼女がやってきた。

 ゆっくり話せるのはこの正月に限る。

 兄貴は、定年退職して、大阪市立大学の大学院で勉強していて、尼崎の産業の研究をしている。

 その一環で知り合いを探しているらしい。な

 尼崎は予想を超えて産業の研究機関がたくさんあるらしい。

 そのつながりをさがしているという。

 あいにく僕にhそういった知り合いがいない。

 長男は和歌山でガンクラフトという釣り具メーターで働いている。それで唯一の営業担当らしい。

 彼女も正月にはもう3回会ったが、そろそろ結婚も親としては期待している。

 あっという間に4時間ぐらい歓談した。

 ビール、ワイン、酒と自分が飲みすぎた。

 まあ、しかしそれぞれが元気でやっていることがなによりだ。

 

2011年1月 1日 (土)

2011年 あけましておめでとうございます

001  大晦日は、紅白歌合戦を目いっぱい見て、となりのYさんと妻と須佐男神社に行き、「ぞっと健康にいられますように」と10円の賽銭で手をあわせ、祈る。

 そのあと向かいのUさんのお宅を訪問し、3時すぎまで雑したが、5年後には、いっしょにヨーロッパ旅行しようと約束して別れた。

 家に帰って、急速就寝。

 朝はお腹の痛みで、8時にトイレに直行し、起きる。

 妻に提案し、映画に行くことにした。 

 さっそくネットで西宮ガーデンズTOHOを検索。妻と相談の結果、相棒ー劇場版Ⅱの昼上映を予約した。

 005 それで、朝11時ごろから慌てて家を出た。というのは、西宮ガーデンズまで約3kmを歩いていくことにした。

 外は寒い。

 それにしても歩いている道の道路側、山手幹線は、車で移動する人が多い。

 まだまだ車有毒社会だ。

 西宮ガーデンズについて、中に入ると、さすがに暑い。

 それに人の多さにちょっとうんざりする。 

 といっても自分もその人だが。

 家から約45分で到着し、ちょっと時間があまった。

 それで周辺をうろうろする。

 予約した席は、左の2人席。

 持ち込みがいいかどうか知らないが、コンビニで買ったパンとサンドイッチを食べながら、映画を見る。

 やはり、大画面と良質の音響が心地いい。

 2時間映画の中にはまりこむ。

 帰りは電車で帰った。外はまだ寒い。

 家に帰るとしばし休息。ちょっとコーヒーを作って飲んだ。

 年賀状に目を通す。

 妻は昼寝だ。

 そのあと「朝鮮戦争」下巻に目を通す。

 そのうち2男が2日ぶりに帰ってきた。  

 夜は鍋をつつき、ハイビジョンでイタリア街歩きを見る。 

 9時からはまたテレビで「相棒」特別編元日スペシャルを見る。

 まあ今日はゆっくり寝よう。

 

 

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