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2011年2月28日 (月)

大工の一日、夜はピアノに向かう

020  今回3連休をもらった形だが、今日は、数か月前からあたためていた計画のベランダリニューアルに挑戦することに決めた。

 材料は昨日午前中に買ってきておいた杉材を使った。4m×90cmの板10枚かって2500円ぐらいという安さだ。

 朝8時50分ごろから、気持ちを集中して作業にかかる

 一応、電動ノコギリと電動ドリルは所有している。

  設計図はだいぶ前に作っていて、それにしたがって4mの板を切っていく。

 むむ、これはかなり短い時間でできあがるかと軽く考えたが、途中から窓を作ることを思いたち、そのための工作で時間を取られる。

 8割がた午前中にできた。

 ただ、ドアを作るのが、午後になった。

 ドアというのもなかなか手間取る。きっちり空間にはまるようにしないといけない。

 これにも手間取る。何回も端を切りなおす。カンナも使って最終の調整。

 蝶番は、自前で作って長い間ベランダの収納箱としておいていたものから拝借する。

 ただその箱(1.5m四方)を今回廃棄するため、解体することも作業の一つだ。

 なんとか午後3時過ぎ作業は佳境に入り、4時前に完成した。

 実は今日は雨を気にしながらの作業だったのだ。

 したがって塗装は後日に延期することにした。

 

 まあしかし予想を超える作品になった。

 これで西風はよけられるし、ベランダが広くなった。

 作業が終わって放心渋滞というか、温泉にいった後の疲れと似ていて、だるい疲労感が残った。

 結局この3日間はスキーに行って、交通科学館を見学して、工作をしてとまったく違うことをした3日間だった。

025 夕食を作り、妻が帰ってくるのを待つまで1時感ピアノに向かった

 満足、満足。

 僕は音楽中毒かもしれない。 

 楽器を弾き、歌をうたい、音楽を聞くことが1日でも途切れると精神的にはよくない。

 風呂はかならずFMラジオをつけている。

 音楽中毒、本中毒、テレビ中毒。最近はIT中毒。

 しかし一番の中毒は自転車かもしれない。

 明日は走るぞ!

 

2011年2月27日 (日)

学習会に出かける

005  今日は、午後より弁天町で、「大阪維新改革を問う」というタイトルで共産党の医師・歯科医師後援会の学習会があった。

 名古屋でのあったように、大阪では橋下知事がみずから政党を立ち上げ、議会で自分に反対する勢力に対抗しようとしている。

 今日の講師は、関西大学教授、鶴田 廣己先生だが、橋下知事のやり方は、まるでヒトラーと表現していた。

 かって小泉首相が当選したとき、自民党をぶっ潰すと豪語したが、今や昔だ。

 似た手法で今大阪府政もあるように思う。だいたい地方自治体を企業とたとえること自体おかしいと思う。 

 また違った考えで、公務員は給料をもらいすぎだとマスコミもいっしょになってよく言うが、一般の公務員は、普通の国民の一人だ。特別公務員や官僚などだけがいい目をしているのだ。

014  医療も社会保障も黒字でないとおかしいということ自体、おかしいし、もともと税金であるべき金が大企業の内部留保にたまっているといっても間違いないと思うのだ。

 だまされてはいけない。言葉たくみなフレーズを疑わないといけない。

 ところで固い話を聞く前に、ただその学習会に直行するだけでは楽しくない。

 それで弁天町と聞けば、駅のそばに交通科学館があることに気づき、学習会に行く前にそこを訪れた。

 多種多様な鉄003道にまるわる展示があるが、心ときめくのは、かつての大阪駅。

 というのは、今度リニューアルされる大阪駅はどうもときめかない。

 今ときめくとしたら、日本の中心、東京駅丸の内側駅舎だ。

 煉瓦つくりのまあ、日本の中心地としては異色だが、よく残しておいたと思う。そして今震災で崩された3回部分を復活している。

 それにくらべて大阪駅は、過去の見る影がない。

 ただここ交通科学館にあった。第2代目の駅舎だ。

 この建物を残しておいたらなあ~~、思うが、出会えたことにちょっとうれしい。

002 それと明治時代の駅改札口が残されていて、ちょっと感動。

 2年ほど前、九州門司港駅を見て大感激だったが、それ以来だ。

 木のぬくもりがいい。

 自動改札にならされた今日このごろだが、こんなところにも人どうしのふれあいがあった。

 今や必要な無駄というものがあってもいいような気がする。

 ワンマンカーのバスや電車を無くし、改札に職員を置くだけで、いったい何万人の雇用ができるのだろう。

 ちょっと軽薄だが、無駄がどんどんなくなってきた現代、世の中住みやすくなっているのだろうか。

 ネットの力だけは使いようによってはすごい力をもっていると思う。しかし使いかたをあややると人間疎外もあるだろう。

 010 それからかっていろんな車両に食堂車があった。 寝台車もたくさんあった。

 もっと増えないものか。今やトワイライトエクスプレスだけか。

 ぼくは最近特に鉄道というものに興味がましてきた。それは新車両へのものではない。

 スピードは遅くてもいい。車両そのものを旅の一つと考えることのほうが魅力だ。

 そしてそれを支える多くの鉄道職員がいて、運行されている。

 入場料は大人400円。安い!

 この間行った兵庫県立美術館、森村裕昌作品展は1,200円だった。

 012 ただそのことと合わせて、展示されているD51やその他の蒸気機関車、電気機関車がかなり手入れされずに展示されているのが気になった。

維持費のせいかもしれないし、科学館側のとらえ方にあるかもしれない。

 できれば動かせられる状態で展示してほしい。 

 それでちょっと思いついたが、大阪北ヤードに動かす環境を作って、客をのせたらいいのではないかと思った。

 なぜこの弁天町に交通科学館ができたのか知らないが、鉄ちゃんは今も根強く存在する。また鉄道の魅力はまだまだ発展するだろう。

 そんなことを考えさせてくれた。

 しかしできたらこの会館も入場者にアンケートをとるべきではないか。

 斜陽にしてはいけない。

 ただそんなぼくも何年ぶりに来たのだろう。

 まあ学習会の前のプロローグのようなものだったが、ちょっと楽しかった。

  

2011年2月26日 (土)

スキーに行くぞ!!!

001  職場のスキー旅行がなくなったおかげで、スキーに行くという意識がかなり薄れている。

 しかし年齢とともにスキー技術は自分でいうのはなんだが、上がっているので、途切れてしまうのはもったいない。

 もともと子供が小さいとき、一緒にスキー教室に入ったのが、スキーにはまったきっかけだが、その後、マウンテンバイクにはまっているとき、スキーがスピードの感覚を養えると書いてあった。

 「ああ、そうなんだ?」とかかさず冬は一人でもスキー場へ行くのが習慣になっている。

 しかし、1年以上あいだがあくと、さすがに敷居が高く感じる。

 それで今日はまたとないチャンス決意し、日帰りで滋賀県箱館山スキー場にまっしぐら向かった。

 003 琵琶湖湖西の山々をながめながら、湖西道路を進む。

 午前11時15分駐車場到着。

 もう午前券は買えない11時半に近づいていた。

 それで「一日券でいいです」と言ってしまったが、午後券を買えばよかったことが後でわかった。

 800円の差だが、「まあいいさ」と思いつつ、後悔していた。

009  スキー場ゲレンデは雪がいっぱいだった。

 しべってみると「ああ、いけるやん」と自信がもどってきた。

 ただ、もう12時になっていて、お腹ペコペコ。 

 もともとスキー場に来る時間を予想より大幅に遅れたことが尾を引いた。

 それで、今日は適当に滑ることに頭を切り替える。

 それぞれのコースを一回ずつ滑って終わった。

 それでも今シーズンはじめての滑りで、スキー靴で歩くだけでも疲れた。

 1時前にはゴンドラに乗ってゲレンデを降りた。

 昼食は、持参してきたカップラーメンとパック赤飯をすぐ近くのログハウスに行ってとることにした。

 それでそこで休憩だ。

 ただ、この冬の雪でログハウスがどうなっているかも気がかりだった。

 行ってみると思ったより無事だった。が大きなバランダが一昨年の大雪で床がへこんでゆがんだが、今日みると崩れていた。

 010 それはそれとして、食事の後のインスタントコーヒーがなぜか落ち着く。天井からつるした二つの円形スピーカーから流れるFMの音楽がぴったりだった。

 ついでに、置いてあるエレクトーンを開け、ずっとその演奏方法がわからなかったが、上段のキーボードは普通に弾けることがわかり、デスペラードを弾いてみた。

 弾けることがわかっただけでも収穫だ。

 ひとしきりログハウスで過ごし、帰ることにした。

 帰りは道路は順調だった。

 今日は家に帰って、2男の誕生会をする日だ。

 夕食は昨日材料を買ってあるカレーだが、ケーキは家に帰る前に近所のリビエールというケーキ屋さんでケーキを買った。

013  双子の3男は今イタリア留学中だ。

 2人とも28歳になった。

 ハッピーバースデーを歌って、彼の誕生日を祝った。

 まだまだ週末は続く。

 明日は昨日届いたランドナーのタイヤをハメかえようと思う。 

 

2011年2月25日 (金)

今週連続5日目の走行! 帰りは猛烈向かい風だった

001  今日もだいぶ気温は上がってきた。

 そうすると一枚ウェアを脱ぐしかない。

 上半身は3枚で、下半身はいつもと同じ。グローブはふつうの指までの覆うもの。頭はもうイヤーウォーマはいらない。

 ただ今日は昨日からお腹に異常があり、かなり張っていて、朝のトイレは長引いた。 

 それで7時54分ごろ家を出発した。いつもより6分ほど遅い。

 しかし決して慌てない。

 走る途中出会う人たちはいつもとちがう。

 知らないロードバイカーも見た。

 ただ異常にしんどいということもない。むしろ今日の朝が追い風だったことも助かった。

 それにしても今日は重要な会議を主催するので、そのことを走っている間も考えてしまう。

 まあ、しかし職場についてバタバタと時間が過ぎ、会議も終わり、午後からも業務は過ぎた。

 今日は給料日。帰りは、長堀のM銀行ATMに向かう。

 それから尼崎に進路を変え、コープ立花に向かう。

 しかし猛烈な向かい風ではないか。淀川大橋では、ギアを一段さげて走らざるを得ない。

 ただやはり週末金曜日という喜びが走りを進める。辛さはない。

 コープでは今日買いたいものがきまっていた。

 体洗い石鹸、カレーの材料、毛染め液。

 なぜか帰りの買い物は気分が満足できる。

004  ただ家に着くとめずらしく妻が先に帰ってきていた。

 意外だったが、助かる。

 それですぐ風呂に入り、何もせず、食事に向かえる。

 しかしちょっとワインを飲みすぎたかも。

 ただ気になるのは、ニュージーランドの地震のこと。

 死者はやはり増えてきている。

 日本から高い志で彼の地に行った若者たちだが、みんな生きていてほしい。

 今年年賀状には「今年こそ不幸のない年でありますように」と願ったが、そうはいかなかった。人生半ばの死というものはやはり残酷だ。

 そんなことを考えてしまう夜だった。

2011年2月24日 (木)

通勤自転車連続4日目、今日も朝は向かい風やで

004  トイレで新聞の天気予報を見ると今日は一日雨となっている。

 「まあ、レインウェア着て行くか」と気持ちを固めたが、朝は心配はあるが、雨は降っていない。

 レインウェアをデイパックに入れたまま出かけた。自転車は今日もビアンキだ。

 それにしても気温が高い。

 2号線途中の電光掲示は12℃を表示している。

「ええ、ええ???」という感じ。

というのはいつもの服装で来たことを後悔しての感想だ。

 それにハプニングのない中を走るのはあまり面白くない。

 モtベーションは今日は低い。それに今日も連続の向かい風ではないか。

 ただ野田阪神から土佐堀までの直線は、ごぼう抜きで走った。

 しかし体は疲れていることはまちがいない。

 まあそれで職場には8時45分着だ。

 仕事中もずっと暖かい。

 仕事はほとんどパソコンとのにらめっこ。こレが結構後から疲れがくる。どうしてものめり込む性格は変えられない。

 5時過ぎには精神的にも肉体的にも疲れがピークだ。

 帰りは逆に4日連続の追い風。まるで電動付き自転車に乗っているようだ。

 ただ仕事を終えて、緊張が取れたせいか、やたら興奮しているのか、マナーの悪い自転車などに出くわすと、ヒートアップして注意、雄叫びしきりだ。

 今日は道路逆走者に2回会った。

 「何処はしとおんじゃ!!!!!」

 ちょっと自分らしくない言い回し。あとから反省してはずかしくなった。

 家に近づいて、対抗の自転車は2台無灯火なので、近づくまで見えない。

 「ライトつけろ!!!!」とどなってしまった。

 家について安心したためか、ヒートダウン。平常心にもどる。

 まあ、道路では幹線道路にしろ、生活道路にしろ、ぼくは過敏に危機意識をもっている。

 家では2男が帰らないということで食事は妻と二人きり。急ぐこともない。

 ただ今日はとにかく体が疲れている。

 

2011年2月23日 (水)

水曜日は自転車で

002  今日は朝からもいよいよ温い。

 稲y川橋温度表示は9℃だった。 

 ある程度予測していて、イヤーウォーマーは付けずに行った。

 ただグローブとジャケットはいつものもので行ったのでやっぱり暑かった。

 まあしかしもうそろそろあの厳しい寒さは体験せずにすむということはうれしい。

 正直今日の朝、体調不良だったのだ。一瞬休もうかと思いもつらついた。

 しかしまあ、サドルに乗ればあとはペダルを回すだけだという軽い気持ちもある。

 運転中は、今日はできるだけ力を抜いて走った。ただやや向かい風だ。

 まあしかし走っているうちに体調は意識しなくなっていた。

 まったく自転車走行とは不思議だ。

 これが電車で行っていたら体調は悪いままだったかもしれない。

005  てなわけで、職場についてからは体調はもどおりになった。

 仕事はほとんどパソコンと格闘。数字を見るのはきらいではないが、夕方にはさすがに疲れた。

 それで今日はノー残業デー。

 5時を合図にすすんで退社体制に。

 外が晴れていればまだ明るいはずだが、曇っていて夕焼けは見れそうにない。

 しかし今日の昨日と同じように帰りは追い風。軽い調子で自転車は走る。

 6時10分にはコープ立花に着いた。ただここからさらに家の近所の郵便局に振込の件があって出かける。

 郵便局のATMで作業が終わるとホっとした。

 夜ニュージーランド、クライストチャーチの地震ニュースで死亡者の数が増えていることが報道されていた。

 本当に突然のことで右往左往する。日本人もたくさん滞在したようだ。

 不幸なニュースはなんでも辛い。

2011年2月22日 (火)

昨日から向かい風の連続  帰りはスイスイ追い風に乗る

002003   昨日の帰りが向い風が強かったのだが、今日の朝は、なぜか疲れるなと思ったら、今日もペダルが重たい。

 向かい風だ。

 ただ車は妙に少ない。それでてっきり歌島橋交差点一機通過は楽勝だと思ったら、トラックに2回阻まれ、不可だった。

 あとはただひたすら走るだけ。

 今日走っていてふと気づいたが、走っていて考えてることはなんと単純なことだけだなということだ。

 やや下りに入ったとき、今アウターギアを1段上げたらいいか、と絶妙なタイミングをめざす。スムーズに進むためだ。

 そんなことに意識を集中している。

 いわばのめりこんでいるのかも。

 それにここの交差点で車が割り込んで左折しないか、警戒することは怠らない。

 100m先の信号がそのまま青で進めるか、黄色に変わりそうか予見する。

 という意味では、これはスポーツかもしれない。

 もう毎日自転車通勤を続けてきてこの9月で10年だ。

 これがもしずっと電車通勤していたら、体はどういう体型になっていただろう。その他バランス感覚は。運動神経は。ストレス度は。

 まあ予想がつかない。

 ただ、今わかることは疲れが出にくいことだし、ハアハアすることはあまりない。

 仕事はできるだけ今日やるべきことはすべてこなした。

 ただ仕事での疲れ感覚が今日はある。お腹がてきめんに調子悪しだ。

 それで5時帰る用意をした。

 幸いなことに帰りの道はずっと追い風。いやでも足が回る。

 こんなときは楽だし、楽しい。お腹の異常は忘れていた。

 004 家に帰ると走ったことの疲れはあるが、体調はよくなっている。

 ビアンキさまさまだ。

 しかしこの自転車も8年になろうとしている。そろそろ通勤にはリタイヤさせるべきなのだが、新しい自転車購入に踏み切れないでいる。

 今日は夕食はできるだけ早く仕上げようと急ぐ。

 しかし野菜がほとんどない。

 「まあやるだけのことさ」

 と残りのキャベツとトマト、それにリンごをあっためてのせた。メインディッシィは冷凍ハンバーグ。007 タマゴをうまくかわませ、ネギがあったので、こまかく切って上にのせた。それに3日前のハヤシライスのルウーをそえる。

 これが見栄えがなかなかいい。まあこんなものさ。

 たべた後余裕でピアノレッスンした。満足満足。

 

2011年2月21日 (月)

暖かさが増すと思ったら、夜は寒かった!

001  いよいよ通勤自転車のウェアを一枚脱ぐときがやってきたと思えるような朝だった。

 家のリビングテーブルでコップにさしている梅の枝も花が開いてきた。

 しかし用心して朝はいつもの恰好で出たが、やはり暑かった。

 今日は月曜日のわりには、車はそんなに多くない。

 体の乗車姿勢というものは、毎日同じだと思われるろうが、微妙に違うということが自分では感じる。

 今日は快調に走るスタイルに近い。

 002 走り後半に入る野田阪神の交差点一つ手前で、サッシーがやってきた。

 彼は顔中汗まみれだ。

 「暑いですね。このまま暖かくなっていきますかね」 

 「まあ、もう一回ぐらい3月に寒いときあるんちゃう」

 てな会話をして、あと4月終わりに琵琶湖一周の計画を確認しあって、信号をスタートした。

 職場には8時45分に着いた。

 職場についてYくんに昨日のNHKスペシャル「独裁政権VS若者たち」の中身を話した。

 FACE BOOKという検索サイトの果たした役割はすごい。エジプトでは今や500万人の登録者がいるという。 国家権力がすべての国内のブロバイザーにネット遮断を命じても、4日で負けた。

 結局あのムバラクでさえ、降参せざるをえなかったという新しい変化が生まれている。

 今や情報の媒体はマスメディア、マスコミニュケーションだけの独占時代ではなくなってきた。

 ある意味真実を隠せなくなってきた時代かもしれない。

 そんな話をしながら自分が興奮している。

 午後からは京橋での地域の会員の会議。 国民健康保険未払いの実態が話し合われた。

 会議を終えたころから出かけてきた気温とかなり違っていて寒い。

 5時を過ぎ、しばらくして帰る時間になり、来た時と一枚服を減らして外に出たが、ちょっと寒い。

 それに強い向かい風だ。

 そのわりには軽く走れたが、淀川大橋では左右に振られる。

 しかし58分ほどかかっている。

 家に着き、いつものように夜の家事がはじまる。

 しかしやはり家に着くと気持ちは落ち着くのだ。

2011年2月20日 (日)

美術鑑賞と読書三昧の一日

005  今日はなぜか新聞に広告が載っていた森村泰昌の作品展を思い出した。

 たまには美術鑑賞もいいだろうと行ってみる気になった。

 場所は、兵庫県立美術館。阪急だと王子公園、JRだと灘駅から歩くことになる。

 IPHONEからネットでホームページを開けてみた。

 初めての見学だ。

 ただ実際は、阪急「王子公園」駅からも思ったより遠くない。

 しかし会場は、埋め立てた土地の上に建っている新しい建造物だった。

 午前10時からの開場だが、11時に着いた。

 受付までの導入部分がかなり長い。

 受付を済ませて、展示室に入るまでも遠い。ちょっと贅沢に作りすぎでは?

 いよいよ作品を見て回ったが、森村泰昌さんのことはテレビや本で知っていたので、作品手法はわかていたので、感動ということはなかった。

 ただアインシュタインの姿は、そのものだった。

 それにヒトラーと彼を描いたチャプリンの両方を描いた映像があり、「私は独裁者にはならない」と語るチャプリンのパロディーはよかった。

 004 帰りはJR灘から帰った。ただ県立美術館といい、灘駅といい、新しすぎて好きになれない。

 家に帰ると1時前だった。

 昼食を済ませ、休憩もそこそこにランドナーのタイヤ交換挑戦にいどんだ。

 しかしやはり成功しなかった。いくらタイヤをはめようと試みたが、あきらかに無理だった。

 リムシサイズ 26×1 3/8  にはフランスタイヤサイズ 650Bは適合しないことだけはわかった。

 あとで調べてみると 650Aの方がサイズがやや大きく、26×1 3/8に合うらしいことがわかった。

 結局ダメなことがわかった以上、もとのタイヤに戻した。

 あとは、読書にいそしむ。

 「農耕社会の成立」。結構縄文から弥生時代の流れについて新しい考え方を述べている。

 そもそも「縄文時代」という呼び名は当時の土器の模様を示してつけられているが、「弥生時代」というのは、東京大学校内の旧名「弥生」という土地から別の土器と集落が発見されたことが、その由来と書いてある。

 それで弥生時代というものが別のものとしてあったのかどうか疑問を投げかけている。

 つまり縄文人がいなくなって、別の人種が滅ぼしたいう考えではなく、次の古墳時代までには、縄文文化を残しつつ、朝鮮半島からの新しい農耕技術を取りいれて、時代が進んでいったとのべている。

 これは僕も興味がある部分だが、それが東北、北海道、沖縄などは、発展の仕方が違っていたいう考えも「なるほど」と思う。

 ただ人種的には、縄文の血の濃い人と、あきらかに別の骨格をもった人は見た目でもわかる。

日本人は人種的に単一ではないことだけはまちがいにと思う。そのことは述べていない。

 次読む本は本当に待ち遠しかった「竜馬の黒幕」。世界的秘密結社フリーメイスンのことを正面から書いている。さっそく数ページ読んでみた。

 ああ、読書には終わりがない。

2011年2月19日 (土)

忙しい土曜日 癒しはやっぱりスーパー銭湯

002  せっかくの土曜日だが、朝はきっちり9時から出勤した。

 午前中は歯科医院の訪問6件、午後理事会出席。

 目まぐるしく時間が過ぎる。

 しかし久しぶりの暖かい日和がここちいい。

 こんな土曜日は、仕事の帰りのスーパー銭湯が束の間の楽しみだ。 

 理事会は午後4時に終わったが、ちょっとその後も酒の試飲会などもあり、5時ちょっと前に職場を出た。

 おなじ職場のYくんもボクのブログでその銭湯をことに興味があるふうで、それぞれの方法で「蓬莱湯」をめざすことにした。

 ぼくは今日は当然自転車通勤だが、2号線を淀川大橋を下るまで同じ道を走り、川沿いを南下し、43号線に出た。

 この道を通って「蓬莱湯」に行くのも4回目ぐらいで、だいぶ要領を得てきて、疲れもない。 

 尼崎五合橋線を過ぎ、43号線の下のトンネルを横断すると銭湯はすぐだ。

 だいたい40分で着いた。

 電車で移動するYくんはまだ来ていなかったので、携帯電話で連絡をとってみると最寄の阪神「センタープール前」を降りたところようで、電話で誘導した。 

 それから風呂に移動。

 今日は空いていた。

 やっぱりここの茶色い湯は、効き目がありそうだ。

 Yくんも満足そうだ。

 風呂にひとしきり入って、彼と別れる。

 やっと1週間の仕事を終えた解放感の気持ちが盛りあがってくる。

 明日は、キャンプ用の箱の解体とランドナーの650Bタイヤはめ込みに挑戦してみようと思う。

 ピアノもひとしきりひきたい。

 ああしかしスキーに行くチャンスがほしい。来週に設定するか。

2011年2月18日 (金)

やっぱり自転車通勤は楽しいのだ!

001  昨日自転車に乗れなかった分、今日はいつもの通勤に帰ったという感じでうれしい。

 道路温度は何℃だったか、結構低かった。

 2号線をゆっくり走っていると、いきなり「おはようございます」といっき追い越された思ったら、サッシーだった。

 今日は無理に後ろにつくこともせず、マイペースで走る。

 ただ神崎橋の下り信号で追いつく。

今週はよく会う。

 この前を見たシルバーメタルのロードだった。

 005 よくブランド名を見ると「コッピCOPPI」と書いてある。

 あとでよく考えみると、むかし有名な選手の名だ。彼が立ち上げたものだと思う。

 やはり毎日同じ道を走っていると変化がないが、仲間といっしょに走るのは楽しい。

 信号待ちの会話も1分もない間のことだが、言葉を選んでやりとりするのもおもしろい。

 話足りたいときは次の信号停止で会話する。

 最近2人の別の仲間に会わない。イケッチ、ZUZIEくん会おうぜ!

 野田阪神でサッシーとお004別れし、独走に入る。

 今日もGPSをスタートさせていた。ちょっと停止時間を感知する設定にしたのだが、それによると走行時間は35分17秒、停止時間18分25秒となっている。

 ただ最高スピードはそんなはずはないと思うが、45.39kmになっている。

 それで職場には8時44分に着いた。

 仕事は週末。明日の理事会の準備がほとんど。

 ただ帰る時間は、職場の仲間でボーリングの集まりがあって、それに参加するYくんから夕方電話当番の交代を依頼された。ぼくはボーリングは大の苦手なので参加しないため、快く引き受けた。

 それで帰りの時間は6時10分ごろだった。

 帰りば向い風。風速はだいぶ強い。

 ただただ、ゆっくり走った。「まあ、そのうち着くだろう」という感じだ。

 淀川大橋では左からの横風。まっすぐ走れない。

 なんとか尼崎に到着してコープに向かう。

 コープの駐輪場柵ぞいに停止した。

 駐輪場の中はガラガラ。まさかすぐ横には別の自転車は止まらないだろうと思って、買い物の後出てきたら、そうされていた。

 常識をうたがう。

 ちょっと考えすぎか。

 ただすぐ止めた人がやってきた。よりによってレジでぼくの次に並んでいた人だった。

 この件だけではないが、尼崎という地域の人間がわからなくなるときがある。

 コープの周辺でも常識がない人をたまに見かける。

 商店街の中でも「自転車は押して通ってください」と言っているのに、ゆうゆうと乗って走っていく人の多くこと。

 一度注意したことがある。「降りろ!」と。

 これは注意ではなく、怒りの言葉だが。

 まあこれは尼崎だけの話ではないと考えるべきか。

 いい人を見つけたい。

 ただ今日2号線の帰り、車の渋滞の中を走っているとき、うしろからバイクが来るのを気にしているが、音でわかる。

 ちょっと左によけると、追い越していったが、左手で礼を表して走っていったので、こちらもうれしい。

 まあ世の中気分を悪くさせる人もいれば、気分よくしてくれる人もいる。

 そう考えたほうがいいのだろう。 

 

2011年2月17日 (木)

スマートフォン開発セミナーに間違って参加?

001  去年夏通っていたナガセキャリアセンターからメールで「スマートフォンセミナー」の案内をもらっていたので、これは行く価値あり!と申し込んでしまった。

 それが今日の午後7時から2時間あった。

 ただ参加してみて大きな勘違いで、実態は「スマートフォンアプリ開発講座」で、アプリケーション開発者が不足していて、その養成者育成目的のセミナーだった。 

「しまった!!」と思ってもあとの祭り。ただ案内には「スマートフォンセミナー」としか書いていなかったので、「ちゃんと開発養成と書いておいてくれよ」という思いだ。

 しかしIphoneとAUアンドロイドの基本的違いはよくわかった。

 ただ、パソコンを使った実践練習があったが、「指示するまで操作しないでください」と助言があったので、ずっとさわらないでいると実際にやるべきタイミングを逃し、あと完全に出遅れてついていけなかった。

 冷や汗をかいた。

 しかし個人でもアプリケーションを開発することは可能で一攫千金ということもあるらしい。

 ただスマートフォンのソフト業界は無限の可能性を秘めていることだけは理解した。

 そんなことで朝から出勤は電車にした。

 仕事は午後からの会議のため準備、本番と一日使った。

 003 家に帰ったのは、午後9時50分だった。他の2人も帰りが遅かったようで、ちょうどごはんを食べている最中だった。

 たまには緊張する日もあっていい。

2011年2月16日 (水)

タイヤの空気圧を正しく調整して

001  朝の出かける準備はやや早く出来て、家を出る前庭でビアンキの空気を入れなおした。

 前輪6気圧、後輪7気圧が基本だ。

 これでペダルはやや軽くなる。

 天気予報を信じて朝は、グローブを二重の履いたが、それでも寒い。

 稲川橋温度計は1℃だった。

 ただ2号線に入ったところから日差しは暖かいので、寒さは感じない。

 淀川大橋に差し掛かる野里交差点で、サッシーが2週間ぶりにやってきた。

 彼のロードをよく見るといつも見るのと違う。シルバーメタリックのフレームがきれいだ。

 たしか今まで使っていたロードのフレームエンド部分が割れたと言っていたのを思い出し納得。

「かっこいいやん」と感想をくちばしったあと信号が変わり、前を引かせてもらった。

 今日は行けそうだ。

 淀川大橋の道路路肩部分は、けっこう走行難度が高いというか、ガタガタ部分がある。

 毎日走っている分には支障はないが、けっこう危ない。

 サッシーとは野田阪神で別れた。 

 彼も2日前の雪の日の走行は大変だったようだ。メッセンジャーも天候には翻弄されるだろう。ちょっと敬服する。

 後は汗をかくぐらい体がヒートアップしている。

 8時48分に職場に着いた。

 仕事はいつものように結構タイトだった。

 しかし今日はノー残業デー。率先して5時すぎに帰る準備をする。 

 もう2月も後半に入り、こんな時間の帰路スタートは明るい。ちょっと驚く。

 002 中央卸売市場が近くに見える付近で西の空を見るとみごとな夕日。

 ちょっと感動。

 淀川大橋を走っているときも夕日がしずんでいくシチュエーションがきれいだ。

 しかしここで走行したままの撮影は危険なのでやめておいた。

 しかし日常の中で感動をかみしめるとしたらこんな時だろう。

 家に着くころには、やっぱり真っ暗になっていた。

 きょうも一日ご苦労さまだ。

2011年2月15日 (火)

今日は快調! 調子は日ごとに変化する

001  いつもながら朝6時25分のめざましを聞くのは辛い。

 しかし昨日10時40分ごろに寝たせいで疲れはない。

 トイレも調子いい。朝出る時間も7時45分すぎに余裕で出かけた。

 まだ冬は終わらない。ある程度の寒さはまだしばらく享受しないといけない。

 ただ道路温度は4℃だった。

 がまんできる温度だ。

 30km/h巡行で進める。

 今日はときどき会うビアンキクロスの男性と遭遇した。

 彼もこちらを意識している様子。

 まあ長期に通勤を続けている人には敬意を表する。

 しかし職場には8時50分だった。

 仕事は定例の財務点検対応と午後は5月総代会の講演者 鳥越俊太郎さんとの連絡。宣伝物作りなどなど。

 夕方は電話配線工事の立ち会いで、帰る時間がすこし遅れた。 

 今日はコープへ食材の買い物をしないといけない。

 ところで最近妻がはまっていて、酒粕がこれでもかというぐらいある。

 それで今日の夕食はおもいっきりそれが入る豚汁をメインディシュにした。

 帰りの走行も調子はいい。ビアンキさまさまだ。

 ところでサングラスをずっと洗っていなかったが、今日のために昨日夜洗剤で洗っておいた。

 走る目の前と世間があかるく見える。

 それで調子よく感じるのかもしれない。

004  まあ単純な変化が気持ちを変えるかもしれない。

 変える途中で自転車を止めて鳥越産事務所に連絡するという離れ業で、それを済ませてまた走りだしたが、どうも興奮が覚めない。

 まあしかしそんなに遅くならずに家に着いた。

 家に帰るとさすがにホッとする。

 今日も一日が終えた感じだ。

 2月もすでに15日。月日が経つのは本当に早いのだ。

2011年2月14日 (月)

今日はけっこう温度が低かった! 帰りは雪の中を強行突破!

001  今日は中4日の空白の後の自転車通勤だ。

 それほど寒さは感じなかったが、道路温度は2℃だった。

 「ええ、そんな寒いの?」と思ってしまう

 ただ、淀川大橋を走るとき、ちょっと足の疲れを感じた。 

 それでまあダラダラ走りで力を抜いた。

 おかげで職場タイムカードは8時55分になっていた。

 しかし今日はやけに体が熱い。

 午前中はワイシャツだけで過ごせた。

 昼食事に出たら、雪まじりの雨。それなりに寒い。

 その後職場にもどると、窓の外は雪が激しくなってきた。

 帰りまぎわも雪はやまない。一瞬電車で帰ろうかと考えをめぐらす。

 その時自転車はどこに保管するか。あれこれ考える。

 

 003 しかし雪もやみかけてきて、思い切って自転車で帰ることにした。

 ただ雪は結構歩道や路肩に少し積もっている。

 ここをロードバイクに走るのはちょっと危険だが、出てしまったら仕方がない。

 スピードは落として進む。白線は絶対踏まないように心掛ける。

 サングラスは、雪と体温で曇るので、外した。 

 

 しかしこんな体験は9年間でもない。

 なんとかJR立花付近までやってきた。ほっとする。

 もう夕食は鍋料理しか思いうかばない。

 それにしてもつま先は痛い。冷たい。

 家に近づく生活道路はまるで滋賀県にいるように雪の道だ。

005 家の庭に入るとみかんの葉に雪が積もっている。

 予想以上の雪だった。

 まあ、無事家に帰れてよかった。

 家に入ると、まず風呂の準備。ごはんの用意はそこそこに体操をすませて風呂に直行。

「クウー・・・・・・」

 これ以上の幸せはない。

 人間一定の辛さを体験することもあとの至福の体験はなんとも言えない。

 今日はそんな気分だった。

 

 

2011年2月13日 (日)

旅行の余韻を残しつつ、じっと家にいる

003  2日間旅行を楽しんで、翌日が休みというのは有難い。

 念願のベランダの端の壁工事をするかとも考えたが、ちょっと寒い。

 

それで朝から家の用事を済ませ、読書に深けることにした。

 「ANAが目指すCS」。伊丹空港で娘を送っていくときに買った。

 今日航の破たんと180人の操縦士、客室乗務員の年齢による解雇が大きな問題になっているときだけに、ANAの経営努力と会社運営のすごさが浮き彫りになる。

 JR事故もそうだが、利用する顧客の安全と満足度にいかに努力してきたか、上からの目線ではなく、大きな志をもって運営してきたか、そのことが分かれ目だと思った。

 ANAは今アジアで一番の航空会社をめざしているという。

 それは利益だけのことではなく、利用者からいかに満足をもたれるかという視点で操縦士、客室乗務員、空港サービス職員、整備士すべての社員に浸透しているように思う。

 映画「沈まぬ太陽」を見て思ったが、経営人はそういった考えではなく、上から目線で国の顔色を見、組合を分断し、御巣鷹山大事故以後も根本的に改革できなかった。

 それが今に至っている。

 いまや日本の航空はANAが引っ張らざるを得ない。

 そんなことを考えた読後の感覚だ。

 午後からも次の本に挑戦する。今度は「農耕社会の成立」(石田日出志著)。

 新しい弥生と縄文時代の移り変わりを説いたものだ。

 今読む課題の本がたまっている。

 しかし午後は、いったん眠気が襲い、昼寝1時間とってしまった。

 目がさめて、IPHONEをいじる。あっという間に1時間を経過してしまった。 

 そんなこんなで夕方に。

 夜はふと暖かい家で風呂に浸れるのを幸せだなと思う。へんな話だが、家もなく、路上で過ごす人たちのことをふと考えてしまう。

2011年2月12日 (土)

京都旅行から帰ってきて

002  今日はほとんど帰る支度で、旅館を出た。

 昨日を振り返ってみた。

 阪急で京都烏丸で降り、地下鉄で京都駅にさがり、京都市バスで本当は101系統という路線がいいのだが、50系統でも金閣寺近くの立命館大学までいくので、迷わず乗った。 しかしバス停はいっぱい並んでいた。

 偶然JTB京都案内雑誌の地図で見ると、立命館大学前の手前「桜木町」というバス停の方が近い気がして降りた。

 少し歩いて蕎麦屋の店があり、ゆげが上がっていた。

 躊躇せずその店「権太呂」に入った。フカヒレそばがうまかった。

004  金閣寺はまあこんなものだろうという感じだが金箔を張りなおしたのは、最近らしい。

 ただ朝来れば、屋根は雪が覆っていたということが夜のニュースで知ったが、行ったときは昼すぎで、すっかり雪がとけていた。

 金閣寺を後にし、バスはよくわからないので、北野天満宮からJR円町(二条城駅の一駅前)まで歩いた。

017 二条駅から二条城まではすぐ近くだろうと安易に考えたが、1kmあった。

 そして地下鉄二条城前から次の駅から烏丸御池まで乗り、また街中を歩いて、ホテル「ウオジ苑」を探した。

 こういうときはIPHONEの地図検索が役に立った。

 三条通りを東に歩いたが、やはり観光客が今日は多い

 白人の集団も歩いていた。

 ウオジ苑はネットのホームページではあまりにも簡素で心配したが、まあまあ街中の小規模ちょっと古いホテルという感じだが、場所は京都の中心にある。

 まあとりあえず安心してチェックインした。近くにも古風で小さな旅館、ホテルが多い。

 部屋に入ったが、2人では広すぎるぐらいの12畳の和室。大浴場もある。018

 食事は部屋で取る。そんな食べ方は、新婚旅行以来だ。

 テレビはすでに地デジ対策で薄型テレビを設置していたが、夜7時から4時間ぶっとうしの「沈まぬ太陽」を放映していて、見てしまった。

 今日航の解雇問題があるときだけに、この映画をテレビで放映するということは何か意図があるのだろう。

 内容も経営の改革が中途半端な状態で首相が丸く収めてしまったという消化不良な結果だが、主人公のアフリカの大地に込めた思いは別にして、その中途半端な結末は、今の経営破たんを予言しているようなつながりを感じて、山崎豊子と映画の監督の描きかたに恐れ入った。

 ただ最後に「この物語はあくまでもヒクションで・・・・」という断りは皮肉のようにも感じてしまった。

 今ANA(全日空)の経営体験の本を読んでいるので、よけいに日航の問題点がうなづける。

 021日が変わって、食事を済ませ、ちょっと部屋でゆっくりし、チェックアウトした。

 そこから新l京極を歩き 、四条河原町に出た。 

 近くの空いていた黒豆のお菓子の店でお茶をもらい、そのお菓子を買った。

 地下に降りて、阪急の駅からタイミングよく特急に乗れた。

 帰りの乗車は気持ちよかった。ただ、外の景色を見逃すのは忍び難い気をして、車窓を楽しみながら、停車駅ごとにその思い出の記憶を探っていた。

 長岡天神では、学生時代モーターの外枠を洗うオートメーション工場で働いたときがよみがえってくる。それは椿本チェーンという会社に労働を提供する親方のもとで働いたわけだが、ちょうど沖縄から中学を出たばかりと少女も働いていて、いっしょにその社長と長岡天神の祭りに行ったことを少し思い出した。

 しかしその子も考えて、みると50歳を超えていることになり、ちょっと隔世の感がする。

 しかし大阪に近づくにしたがって、町並みはごちゃごちゃしているように見える。

 たかが京都だが、近場ではあるが、やはり貴重な観光地が、近くにあることに改めてありがたさを感じる。

 ただ学生時代は伏見区に4年間通学していtのだが、今見ている京都の町はまったく別の土地のような新鮮さで見えてくる。当時はあまりにもただ学校のある場所としか考えていなかった。

 それに寺社仏閣に対する見方がたしかに歳をとるほど興味が増しているかもしれない。

 家に帰ると疲れもあり、夕方まで抜け殻のようにテレビを見ていたが、ただたまたま見たBSTBSで昼みた「竜馬の裏側」という番組は、衝撃的だった。

 坂本竜馬はじめ、伊東博文や、明治政府の中枢に出世した人たちは、ほとんどイギリスのエイジェント(スパイ)だったという話。 竜馬の平和的政権交代論がうとましくなり、そのエイジェントに殺されたという話。

 この番組を見てまた目が覚めてしまった。この番組の元になった「竜馬の黒幕」という著書が作者といっしょに紹介されていたが、さっそく購入を考えた。

 いろいろ気分を転換できた2日間だった。

   

 

2011年2月11日 (金)

連休は京都に一泊でしよう、!

B2530ECA-9735-4063-B658-2C63A9C8899C 一週間前の電撃的予約アタックであったが、京都、奈良地域にたった1件だけ2人1部屋のみ空いていたのだ。
それは、ちょっと不安であったが、行くしかない。
朝9時半家を出る。
しかし今日 は、朝から雪だ。
昨日天気予報では予告はしていたが、それが現実になるとは思っていなかった。
真っ白になった景色の中を移動した。
ところが、京都についたら雪は減少。
「え、これってどういうこと」
バスを料金して京都を移動したが、まず最初に着いた金閣寺は雪景色ではなかった。
しかし沢山の観光客が来ていた。
今回は何も予定を決めずに移動する旅だが、昼食場所も立命館大学手前で下車し、たまたまあった蕎麦屋があたりだった。
後は歩いて北野天満宮に行き、電車も使って二条城に行った。
二条城の休憩所で飲んだ200円のホットコーヒーがうまかった。
その後は地下鉄で烏丸に移動し、予約していた旅館「ウオジ苑」にむかった。
不安の予約だったが、中は古いが、そこそこの持て成しだ。
ただ部屋に金庫、冷蔵庫がなく、トイレがしゃがみ式なのが損をしているだろう。
まあしかしのんびり近ばを移動するのも効果的だ。

2011年2月10日 (木)

関係印刷会社の60周年祝賀会によばれる

60  今日は昼からだが、関西共同印刷所の60周年記念祝賀会に団体代表で出席した。

 場所は大阪JR桜ノ宮近くの帝国ホテル大阪。

 さすがに宴会場の壁のところどころにライトの設計を模した模様がある。

 しかし今日の会場は、300人以上の出席者がいた。

 ひさしびりに会う人や、挨拶をかわした人など来た甲斐はあった。

 

 しかしちょっと飲みすぎたかもだ。

 ビール、ワイン、ウイスキーとめまぐるしく飲んでしまった。

 まあ、仕事の時間の中で、こんなにアルコールを口にすることはめったにない。

001 ほろよい気分で職場にもどる。

 退社時間まで残り1時間。

 この1時間が今日は辛い。

 5時のチャイムを待ち、少し間をおいて、タイムカードを押す。 

 当然今日は電車通勤だ。

 スーツとオーバーコートだとちょっと寒い。

 今日の夜は一層寒い。

 明日は、京都にぶらり旅行。

予約した旅館は、一週間前に旅行者にたのんで、たった一つ空いていたということろだから、ちょっとミステリーだ。

 

 

2011年2月 9日 (水)

ビアンキに感謝する今日このごろ

004  毎日自転車通勤をスタートして早9年半になろうとしているが、途中からだが、圧倒的に乗り続けているのは、2002年製?ビアンキだ。 

 そのデザインは当時ツールド・フランスで最も輝いていたパンターニのチームが乗車していたときのものと同じだ。

 マイナーチェンジは、ホイールからペダルから、サドル、リアディレーラー、フロントフォークと多々あるが、フレームだけは変わらない。

 自分としては、初めての本格的ロード完成車だった。

 それも8年乗り続けているのだから不思議だ。

 走行距離は4万kmを超えていると思う。

 他にも素晴らしいロードメーカーは多々あるが、ビアンキに刷り込まれてしまったかも。

 しかしそろそろ基本通勤車を乗り換える時期かもしれない。

 001 さて今日は朝トイレでいつものように赤旗新聞の天気予報を見てみると、今日は晴れということだった。

 ところが朝走りはじめると、やや小雨まじり。あまりの暗さに安全のため、前後ライトをオンにした。

 ただ道路温度は7℃だ。

 昨日の疲れがまだ十分回復いていないようで、淀川大橋で足の疲れを感じる。

 しかしそのあとはいつもどおり快走し、8時44分にタイムカードを押した。

 仕事はあれやこれやとこまかいことが多くあり、午後は大阪都構想を批判する学習会に参加。結構話は難しいが、ようするに地方自治とは小さな町や村からできることがたくさんあるということだ。

 フランスの例も紹介していたが、小さな地域を基礎にコンミューンという組織があり、それを補完する形で地方組織がなりたっているらしい。

 長野県は全国一高齢者の医療費支出が少ないのだが、その有名な村、沢内村の伝統が発展し、老人の予防医療が進んでいるらしい。

 大阪はその点最悪らしい。

 ようするに社会の基礎は家族からはじまり、地域があり、街がある。それぞれがしっかりなりたっていると、いきいきとした社会になるのではないだろうか。

 そんなことを勉強した。

 そんなこんなで帰る時間となる。

 帰りはなぜかまたまた寒い。

 耳を覆うサポーターを付けずに走ったが、ちょっと心もとない。

 今日はなぜか車と譲り合いの瞬間が多かった。交差点で自分が自転車1台で直進しても対抗右折の車は十分待っていてくれるからちょっと逆に戸惑った。

 が、手をあげて先にいかせてもらった。そんなことが3回ぐらいあった。

 こんな日もあるのだ。

 今日は夕食に鍋料理にするので、思いっきり、ビニール袋いっぱいに食材を買った。

 ところで今世間で、自宅用コーヒーメーカーと自家製パン製造機がよく売れているらしい。

 ある意味我が家は先見の明があるか。とは思いすごしだが、パンは、最初妻が買ってきて、一度使わずにいたものを、ぼくが引きついで使い続けている。もう2年になるかもしれない。

 やはり世間の考えは、手間がかかってもスローフードというか、自分で家で食べ物を作ることが再認識されてきたのでないかと思う。

 これはいいことだ。ただ流行で終わってほしくない。

 コーヒーは豆を挽くところからはじめましょう。

2011年2月 8日 (火)

体調悪し! 夕方雨予想! それでも自転車しかないでしょう

001  朝トイレで新聞の天気予報を見ると、なんと夕方から雨60%となっている。

 通勤は電車にするか? 一瞬考える。

 しかし電車での密集空間を考えると耐えられない気分がよみがえってきて、考えを変えた。

 朝はまだ寒さはあった。

 しかし、もうグローブは2重に履くまでもない。

 ただ、体調においても、ちょっと怪しい。

 とりあえず、力を抜いて走ることに心がけた。

 だんだ温まってくると体調もましになるから不思議だ。

 職場には8時44分に着いた。

 午前中は重要会議。時間どおり12時会議を終えた。

 午後からは、福井から来客があり、結構長い面談だったが、その後体調不良がよみがえってきた。

 それで帰りの走行も体調が悪いまま走る。

 そのうち空模様があやしくなってきた。

 尼崎に入って、雨がだんだん本格的になってきた。002

 まあしかし家までは遠くない。ただデイパックをビニールカバーで覆うのを忘れている。

 なんとか手足を少し濡らしただけで家に着いた。

 体の不調は忘れてしまっていた。

 それにしても自転車走行は、メリット多しだ。

 だいたい一人で自分のペースで誰にもじゃまされず移動できる。

 座っているだけで、移動できる。適当な有酸素運動をしているためか、体調がよほど悪くても、あまり疲れない。

 昨日「世界街歩き」という番組でケンブリッジの街を紹介していたが、大学を中心に自転車が湯水のように利用されていた。

 ヨーロッパの各地の街では、日本より先を進んでいっていることが分かる。

 そんなことを考えながら走っていたが、国道も一般道も整備がまだまだだ。

 自転車に乗っている人たちのレベルもまだまだだ。

 それでも自転車はいい。それだけを信じて走るのみか?

2011年2月 7日 (月)

左折車に何回も進路を阻まれる朝の通勤だ

001  朝6時25分に毎日起きているのだが、今日は外が真っ暗だ。

 どうも空は曇っているらしい。

 支度を済ませ、家を出るが、やはり曇っている。ただそれほど厳しい寒さではない。

 順調に2号線に入ったが、なぜか自分の前に追いついてきて、左折する車が連続3か所であった。

 そのたびに減速。そして加速。

ちょっと閉口する。

 結局左折車がすぐまがらない理由は、歩道を走る一台の自転車。

 やはりすべての交差点は基本、スクランブル、時差信号にするべきだ。

 しかし今日はやはり寒さがゆるい。

 稲川橋表示では6℃だった。

 いよいよこのまま春に向かっていくのかと期待したが、昼は結構寒かった。

 職場について着替えをするが、体はヒートアップしているので、ワイシャツの上から上着はきれない。

 しかしデスクワークを続けていると着実に体の温度はクールダウンしてくる。

 そんなこんなで、夕方帰路にスタートすると、今度は風も吹いて寒い。

 しかし走り続けると、歌島交差点を過ぎ、約半分の距離を過ぎると、調子よくなってくる。

 自転車走行というのは不思議な体験ができる空間だ。

002  ようやく道意線への曲がり角で、ふと安心する。

 それでコープ立花にまっしぐらで進む。

 店に着いてできるだけ必要なものだけ買う。

 ただ次いでに横にあるコープリカーショップに行き、テレビで特集していたノンアルコール「フリー」を買ってみた。

 味が気になったのだ。

 家に帰って夕食時ためしに飲んでみたが、ちょっと期待を下回った。

 やはり本物ビールを飲んだときの胃の中の温もりを感じない。

 まあしかし製品を作った発想が、飲酒運転などをなくすことであるというから、熱意は感じる。

 ただしかし自分の感覚はさっき言ったようなものだ。

 まあ何事も体験だ。

2011年2月 6日 (日)

休日の朝はうれしい! 今日は暖かかった!

014  休みの朝はうれしい。

 起きる時間を気にしないでいい。

 それで今日も8時前に起き上がった

 ただ今日は、来週の連休に京都の旅館を宿泊で予約するため、旅行会社への返事を確認する仕事があった。

 妻は出かけることになり、その予約の確認のため、連絡をする行動に入ろうとしたが、会員IDがいる。

それは妻がカードを持っているので、まず妻に連絡をすることが先になったり、なかなか連絡がつながらなかったりで、落ち着かない。

 昼まえなんとか会員IDを聞きだし、旅行会社に連絡がつき、予約成立した。

 もう昼近かったが、ちょっとピアノに向かう。

 「デスペラード」と桑田圭介の「白いっ恋人たち」が課題曲だ。

 ところで、IPHONEを使いだして2か月になるが、充電用のUSBコードにつなげるコンセント部分がない。もう充電はぎりぎりになっている。

 それでコジマにそれを探しにいった。 

 なんとか1つだけそれがあった。1280円した。

 家に帰って、今一番目的にしていたキャンブ用の大型ケースを整理し、別の収納庫に移す作業をはじめた。

007  今日はことの他暖かかったが、だんだん晴れ間が消えて寒くなってきた。

 しかしなんとか廃棄するものを思い切って整理し、一部はベランダの床下にしまい、あとは収納庫に収めた。008

 自転車部品、キャンプ・アウトドア用品、工具などなど。

 しかし2時間ぐらいかかった。

 これをやりあげて、次の目的は、そのケースを撤去した空間を利用し、テーブルなどをおけるが、角に風よけの塀を作る。

 まあ来週にはやれるか。

 一時の圧倒的寒さも一段落し、いよいよ行動できる気候になってきた。

 夕食はまだまだ残っている白菜を消化するため、妻と2人っきりで鍋をつつった。

 

2011年2月 5日 (土)

半分自転車、半分電車

003  今日は仕事は午後から。

 それで午前中は家でゆっくりしていたが、コープの共同購入の配達が来るし、来週の連休のために、一泊の旅館を探す仕事があった。

 しかし連休は目前で、今さら空きがあるホテル、旅館はないだろうと思いつつ、妻の関係の旅行企画の会社のネットを開けようと試みたが、ID,パスワードなど問われて、暗礁に乗り上げる。

 それで直接電話で依頼することにした。

 条件は、京都、奈良で提携ホテルの中で一泊2食で泊まれるということで問い合わせする。

 結果は午後に連絡があったが、留守電に入っていて、返信ができない。

 ただ、それによると数ある提携ホテル、旅館の中で、その条件を満たすのはたった一軒。

 それに一件だけ残っているということは怪しいが、まあ明日電話で予約するということで妻と確認した。

 そんなこんなで午後は職場に向かうが、自転車で阪神尼崎まで行き、そこから自転車を預けて、阪神なんば線で職場まで行った。

 会議は午後2時過ぎから4時過ぎに終わる。

 自転車で出かけた理由として、帰りに阪神「センタープール前」のスーパー銭湯「蓬莱湯」に行きたかったのだ。

 会議は4時を少し越えたが、まだ銭湯に行けるタイミングだ。

 それで、会議が終ってすぐ職場を出る。

 当然阪神なんば線に乗る。 

 なんば駅から快速三宮行きが来た。

 それで尼崎から自転車に乗り換えて、下町筋を走り、約2駅をすぎ、蓬莱湯に到着。

 今日の刺青の客がいた。毎回出会うが、やはりやくざ系の人がいまでのこの地域では多いということか。

 しかしここの茶色の温泉源泉はよく体に伝わる。やはり普通の湯の銭湯とは違う。

 それがたったの400円で入れるから穴場だ。

 なかばだるい気持ちでマウンテンに乗って家に帰る。寒さはだいぶゆるくなった。

 やっぱり土曜日は平日とは違う。空気が違う。空間が違う。

 解放感がちがう。

 帰りはウオークアンのFMで「イタリアンレストラン・アバンテ」を片耳で聞く。

 これも土曜日の好きな番組だ。

 明日は日曜日。うれしい日曜日だ。

2011年2月 4日 (金)

金曜日週末はやっぱりちょっとうれしい

201124_3  今週はなぜか長く感じる。

 今日はやっと金曜日だ。なぜ長く感じたかというと、夜に入る用事がまったくなく、毎日優夕食を作り続けたというためか。

 しかし今日はやっと週末だ。

 朝自転車で出発するときも気持ちがなぜかうきうきしている。

 明日も仕事での会議があることはあるが、土曜日の独特の雰囲気は、平日とは違う。

 仕事の帰りにまたスーパー銭湯にでもいくか。

 そんなことを考えながら走る。

 走っていて、昨日帰りに後ろからひっついてくるロードーのせいで、かなり負荷をかけた走りをしてしまったが、今日はそれほど筋肉痛はない。

 淀川大橋を通過中、クラクションを鳴らす車が横切った。

 毎日と同じで路肩すれすれを走っていて、クラクションをならされるようなことはしていない。

「ばかやろう。うるさいぞ~~~!」といいたいところだが、車が渋滞中、その車に近づいて睨んで、ぶつぶつ言ってやった。

 どうもいかにもうるさそうな人相だった。

 まあそんなことは忘れて先を走る。

 野田阪神をクリアーし、阿波座を通過して、長堀通りまでの4つの交差点も必至の走りでクリアーした。

 それで職場には8時44分にタイムカードを押した。

 仕事はそれなりに課題をやり終え満足。

 比較的早く帰宅の準備。

 やや追い風が続く。いつものギアー比でケイデンスが上がる。

 今日は競争相手はいない。もくもくと走る。

 金曜日の帰りの道が一番気楽でうれしい。

 今日も夕食は自分が作るが、定番どおりカレーに決めた。

 201124_5 家に帰ってわかったが、床暖房をつけっぱなしだった。

 家に中はあたたかい。これは妻には秘密だ。ただ家の中のバナナとコーヒーとバンジャミンの木たちには温室状態だっただろう。

 

  

2011年2月 3日 (木)

今日は節句、巻きずしにかぶりつく

001 やっと暖かくなってきた。

 よく考えると今日は節句だ。スキーシーズンでもあるが、豪雪が予想を超えていて、まだ雪の地域に行く気がしない。

 今週は自転車通勤4日目。右足付け根の筋肉痛がだいぶよくなってきた。

 走りながら直している感じだ。

 2号線を超えた最初の信号でサッシーがいた。

 今日はシングルギアーで走っている。なんでもロードバイクはフレームのエンド部分が折れたそうだ。

 彼は仕事で自転車を使っている分、痛むのが早いはずだ。ただ交換用のフレームをストックしているという。

 今日はしかし、行きも帰りもロードバイカーがいつになく多い。

 やや離れつつ、サッシーの後に続く。

 彼はさすがにダンプの間に狭い空間を簡単に通過していく。

 そんなこんなで野田阪神でサッシーと別れ、単独走行で職場に向かう。

 今日は面談はあるが、とくに会議とかはない。がそれなりにやらないといけないことが山積みだ。

 夕方は電話当番だった。6時のノルマを終え、帰りの支度をする。

 職場を出てしばらくしてロードに乗る若者を見た。

 それ以後も阿波座で2人のグループ。これは先を走るだろうと思ったが、まだロードに乗っての経験は少ないようだ。

 そのあと海老江で何人かいたが、そのあとずっと離されるのをがまんして走っているようなロードバイカーがついてくる。

 ただ追い抜く気配もない。

 しかしずっとついてこわれるのはのんびりできない。

 そこし加速し、離そうとするが、こちらが黄色信号すれすれで交差点を通過してもあと付いてきていた。

 最後南警察西出張所で停止するが、うしろから来て、先を行った。

 何回か見たことがあるような姿だ。

 まあちょっと加速して走ったが、心臓の心拍は上がっていない。

002  コープに寄って、巻きずしとイワシと豆まきのまめを買った。

2011年2月 2日 (水)

交通ルートは油断も隙もない

001  毎日のことだが、走りはじめて名神高速下を走り、七松線という一般道を通る。

 、前をはしっている一般自転車の人が後ろを振り向かず右車線に移動しようとする。

 高校生が臆面もなく道路を逆走してくる。

 交差点を青で渡ろうとするとき、突然信号無視して右側から自転車が入ってこようとする。

 できることならゆったりと走りたいと思うが、そんな状態ではない。

 油断していると危ない場面に直面する。

 むしろ2号線に入って自動車が走る中を路肩付近をスピードを出して走るほうが安心だ。

 それにしても今日は温度が上がった。手の指の痛みはほとんどない。

 顔から汗が出る。

 これぐらいになってくると、寒さに飽きたということはない。

 一昨日が-2℃だったのだからおどろく。

 仕事は午後からの職員全体の会議のための準備と本番で時間は過ぎる。

 午後5時過ぎ、ノー残業デーのため、早くに帰る用意。 

 しかし着替えですぐには退社できない。

 外は、だいぶ日が長くなってきた。

002 しかし尼崎に入る頃は、夜になっている。

 帰りに気になるのは、交差点で赤信号でとまっているとき、あと数秒で信号が変わるというときにすでに発進した自動車や、バイクを何か所かで見た。

 自転車はもっとえげつない。赤信号をよっぽど大きな交差点でないかぎり堂々を無視して発進する。

 これでいいのだろうか?

 僕自身信号のある交差点も油断できない。

 まして信号のない交差点は要注意だ。

 家にちかづいた小学校の交差点でも、ゆっくり右折しようとしたとき、かなりのスピードで若者が左から無灯火で右折してきた。

 「何を考えているねん」

003  公共の場での気遣いというものがない。

 まあ今日は、実際のルート上での実態と文句を書いてしまったが、誰でもお互い安心して気遣いながら走れる時代が来ることを望む。

 

 

2011年2月 1日 (火)

真冬グッズはちょっと熱い

001  少し寒さがゆるむとは予報されていたが、それ以上だ。

 それでも防寒対策は昨日のままだ。

 足指の傷みはあったが、手の指はまったくどうもない。

 「よし!」という感じだ。

 道路標示を確認すると摂氏3℃。

 昨日から5℃も高い。

 額から汗が流れてくる。それに今日はやけに車の数が少ないように感じた。

 職場には8時48分ぐらいだった。だいぶ早く家を出たと思っていた。それにJRの踏切を素通りし、歌島交差点も当然一発クリアだ。

 ただ長堀通り手前の信号で停止させられる。

 ここで止まると結構長い。

 それから野田阪神でも止まった。

 まあこんなものか。と納得する。

 仕事はめずらしく自分の予定には決まったものがまったくない。ただ明日の全職員の会議の準備がある。

 昼いつも行く喫茶キャビンでは、常連の女性2人の会話がうるさく、本に集中できない。それに喫煙者がいつもより多く、こまった。

 午後はいろいろひらめいて仕事がスムーズに思えた。

 帰りの走行は、ただ惰性で走っていたが、淀川大橋に入るところで、前に抜かされた女性クロスバイカーらしい人が前にいた。やはり早い。見えてからあまり差がちじまらない。

 そのうち歩道に入っていったので、一気に抜いたが、橋出口でこちらは左折車にはばまれ、その間に追いついてきて、先を進まれた。

 次の信号でこちらは阻まれた。

 そのあとは見えなかった。

 バイカーにはやはり走る動機もいろいろだろうし、体力もさまざま。結構つわものもいるのだろう。

 そんなことを考えながらコープに立ち寄った。

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