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2011年9月30日 (金)

束の間の休日 やることはいっぱいある

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 今日は束の間の休日だった。

 何をするべきか、休み前は躊躇したが、休みということが決まると普通家に帰る手前でするべき振込みなど、この日に置いておくことになる。

 それで午前中は洗濯物干し作業など終って、9時をすぎたら銀行に行くことにした。

 というのはこの前プレーリーの定期点検を受けたので、その請求書が送られてきたのだ。

 ただ今週なかなかいけなかった。

 さっそく銀行へ出かけた。ついでになかなかしていなかった通帳記帳もした。

 終わってから、ふと思い出して家にコーヒー豆がなくなっているので、阪急武庫之荘駅前の豆珈房店に向かった。

 そこは息子さんが店にたっている。なかなかうらやましい。

 ウガンダ、サントス500gずつ買ったら、カードの判がたまり、200gよけいに帰るということでヨーロピアンという豆の手に入れた。

 ちょっと至福な気分になる。

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家に帰って、昨日ちょうど宅配で届いていた「あさひサイクルネットショップ」で買ったACOR社製のドロップハンドルをビアンキに付け替えることにした。

 ハンドルはいろんな形状とサイズがあるらしい。

 今回のものは、径26mmでアルミ製。重さは29gだったか。

 さっそく庭で作業に入る。

 ハンドルステムからの取り外しと取り付けはなかなか手間取った。

 しかしなんとか完了。一度はずしたブレーキレバーを取り付けなおす。

 ブレーキワイヤーのカバー(後輪用)がだいぶ痛んでいたので、交換した。

 

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 思ったよりスムーズに作業は終わった。

 しかしさらにハンドルテープをつけなおし必要がある。

 家にそのストックがないので、サンワサイクルに買いに行くことにした、店が開くのが12時からだから、とりあえず昼食にした。

 前のハンドルはイタリア製。もう9年前のものだが、新しいものよりやや重かった。

 外は雨になってきた。

 午後から1時間「リアル英語」アプリで問題に取り組もうと挑戦したが、途中で緊張がきれて、寝てしまった。

 2時半ごろ目が覚めて、ちょっとどうしようかと思ったが、サンワサイクルまで行くのなら、近くにある「蓬莱湯」に入湯することを思いついた。

 結果的に行くことにした。

 ちょっと試運転したいこともあり、この前調整したミヤタランドナーを移動に使った。

 これが調子いい。ブレーキも問題があったが、よくなった。

 先にサンワサイクルに到着。テープは2種類買った。店はちょうど平日で店長と店員で会話いていた。

 土日とはやはり違う感じだ。

 そこから蓬莱湯へ向かう。やや雨がぱらついてきた。

 蓬莱湯近くに来ると、駐車場には1台も車がなく、駐輪場も自転車がない。

「まさか、休みか?」と思いつつ、風呂屋の前に着くとシャッターが閉まっている。

 休みだった。

 まあ明日も来るチャンスはある。

 思い直して、家にはさらに近い「やまとの湯」に移動した。ただ値段がこちらは680円払わないといけない。ちなみに蓬莱湯は石鹸など持ち込みだが、400円で入れる。

 まあしかし温泉の湯はやはりリラックスできる。

 しかし金曜日の3時半ごろだというのに、結構客がいた。しかも若い人もいる。

 そんなことを感じつつ、家に帰る。

 そして買ってきたハンドルテ006ープをビアンキに取り付ける。

 ちょっと体半分雨にうたれながら作業した。008
 

 最近はこの作業はやや自信がある。

 なぜか今回は黒のテープにした。

 なんとなくこれが合いそうな気がしたのだ。

 もともと自転車では黒は自分的には、使わないのだが、もともと車体が派手なので、合うのでないかと思ったのだ。

 ところで今回あさひサイクルで、作業用台も買って同時に納品されたが、これは簡易作業台だが、なかなかいい。

 これでビアンキはさらにリニューアルされた。

 それにしてもロードバイクのトレンドは、だんだんフロントフォーク(前輪をささめるところで、ハンドルステムも固定する)や、ハンドル、それに全体のフレームなど素材の進歩が関係するのか、だんだん太くなってきている。

 ただ以前のクロモリ(鋼鉄)主体のほうが、スリムで、振り返ってみるとかっこいい。

 だからそれを愛好する層も定着しているらしい。

 やはり自転車というアイ009テムも機能性だけ進歩だけが先行してもおもしろくないだろう。ある意味芸術的な形状もある。

 自動車にしろ、プリウスは機能性では今やダントツだろうが、その姿は好きになれない。空気抵抗を考えるあまり、運転席の屋根が低く、圧迫感はどうしようもない。

 そんなことで、僕自身トレックロードバイクにすでに半年乗り続けているが、いまだにビアンキにますますのめり込む。

 夜は、今日も夕食つくりに。

 きょうはすでに頭の中にレシピがある肉じゃがにした。

012_3 まあ、休みになるとやることはいっぱいだった。







2011年9月29日 (木)

秋刀魚のから揚げとコツジャンスープに再挑戦

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 昨日はワインの職員試飲会のため、自転車で帰るのはあきらめた。

 ただトレックロードを置いて帰るのはちょっと心配だった。

 しかしワインは予想以上に効いてきたらしく、昨日のブログには書かなかったが、JR立花から一駅行きすぎてしまった。

 それで今日の朝は、電車通勤で行った。

 ワイシャツとスラックスでの通勤はどうも性に合わない。

 駅までは、1.2kmを歩くが、どこかの若手社員の集団がハードケースを持って歩いていた。

 みんなで歩くときは若者でもゆっくり歩くんだなと、発見した。

 電車のダイヤが変わったのか、尼崎で乗り換えるとき、なんとプラットフォームを移動しないといけない。これは不便だ。

 まあなんとか職場に着いた。

 明日は休暇の取ることにしていたので、今日はその分倍いそがしい。

 しかし息つく暇もなく、夕方になり、なんとか納得いくまま終わった。

003 帰りは昨日置いてかえった自転車ウェアに着替え、トレックにまたがった。

 やはり自転車がいい。

 過剰に足を回してしまいそうだ。

 しかし帰りの道は風が強い。ちょっとふらつきそうになる場面も遭遇。

 今日はコープ立花でどうしても買っていきたいものがあったので、うれしい。

 ところで、ぼくのブログは職場でも愛読してくれる人がいて、そのH女史からこの間作った疑似コツジャンソースを見て本物をいただいた。

 それで今日は再度さんまのから揚げとコツジャンスープを作ることにした。

 ただそんなときに限って同居の2男は家に帰らないと連絡が入る。

 さんま3匹を妻と二人で食べることになった。

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 甘さと辛さが入り混じり、やはり本物は違う。

 それにしてもコツジャンというものを全く知らなかった。

 これもIPHONEのおかげかもだ。

 

 時代がどんどん便利になるのはよし悪しはあるが、知らないことが手軽にわかり、発見があるのはいいことだと思う。

 ステーブ・ジョブズの考えは、夢だったことが手軽に手に入ることを目指しているということらしいが、まずいかに儲けるかを目的に商品の開発はそのためというのとは違うらしい。

 

 これは本物だと思う。004

 今や情報革命の時代なんだとちょっとコツジャンから話が飛びすぎたが、思ってしまう。

  時代はかわりつつある。






2011年9月28日 (水)

行きはやや加速ぎみ、帰りは事情で電車に

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 アームウオーマーはいまや必需品だ。

 

 今日はひさしぶりに緑ロードバイクの男性にあった。

 その後、淀川大橋を渡る手前からロードバイカーが接近した気配はあったが、大橋下りで追いぬかれた。

 しかしその後追い抜き車線が渋滞だったが、そこか走行車線に強引に入ろうとする車がいた。

 前の青年も注意したが、ぼくの場合も入ってくるときだけに一言「あぶないぞ!ばかやろう」とか礼儀正しく?注意した。

  その後は彼の前に出た。

 海老江交差点で彼と会話し「あぶないですよね」と話かけてきた。

 なかなか気さくな青年だった。

 こういう場合は交流も自然にできる。

 そのあとは先を行かせてもらったが、おそらく野田阪神を左折してわかれたようだ。

 そんなこんなで職場についたが、52分かかってしまった。

 仕事に入ると、3ラウンド会議の連続。さすがに疲れた。

 まあしかし来週のイベントにむけたものばかりなのでしかたがない。

 しかし、夕方業務のあと、ワインの試飲会があるということになり、早く帰って振り込む、買い物、食事づくりの予定が全部崩れてしまった。

 ちょっと反省の気持で電車で帰る。

 JR立花から家に電話したら2男が帰っていた。

 やはりこういう状況はつらい。

 立花商店街でジャンボお好みを3つ買って帰った。

 しかしこういう状況はちょっとあせる。

 まあ明日は通常の状態にもどそう。002

 

2011年9月27日 (火)

アームウオーマーをつけて

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 さらに寒くなりそうだったので、朝は秋以降はじめてアームウオーマーを着た。

 それで結構快適な状態になった。

 車の数は昨日に較べて少ない。

 しかし、歌島橋交差点にせまる手間では、大型トラックに遮断され、間一髪通過はさえぎれた。

 前にたしかコルナゴに務めていると会話を交わした少し大柄のローダーがいた。

  続けて走ったが、あえて抜くこともなかった。

 しかし彼は信号を無視して先を進んだようだ。

 ところがまた野田で再開。そこからも連なってうしろを走った。

 しかし土佐堀からのやや下りは41kmで追いぬかせてもらった。

 そのあと阿波座からはまた彼が先を走り、意識してかガンガン踏んで走っていった。

 少し言葉ぐらい交わしてもらいたいと思った。

 職場には以外とおそく54分以上かかっているではないか。

 仕事は昨日に引き続き難問の電話のやりとりが午後にせまっていた。

 しかし午前中は、1日はかかると思われたパソコンでのチェック作業が午前中で終わった。

 午後は、問題の電話と3時から5時までの会議だった。

 今日夕方仕事に後、役員のN歯科で半年ごとの歯の健診のアポイントを取っているので、5時のチャイムで急いで着替え、四ツ橋筋を北上した。

 なんとか5時25分に到着。やはり大阪市内中心部では、ロードバイクは有利だ。

 もうかれこれN歯科で健診をうけだして、6年になるらしい。

 だからその半年後を目指して歯磨きなど気を使っている。

 それがいいのだろう。歯垢もだんだん少なく、色のチャックでも問題の個所がなくなってきた。

 それに新しい歯ブラシをもらえるのがいい。

 そこは中央区という地点だが、帰りはそこから四ツ橋線にもどり、さらに北上し、国道2号線に合流する。

 しかし祖の四ツ橋線の梅田付近はクルマが異常に多く怖い。

 そこを抜けて野田阪神に着くとホッとした。

 帰りも尼崎にはいった地点でがむしゃらに追い抜いてきたローダーがいた。

 そのうち減速したが、あきらかにこちらを意識した追い抜きだ。

 やめてほしい。

 だいたいその後の車をよけて走るやり方が危ない走り方だ。

 いつもより帰る時間が遅く、コープ立花に立ち寄る必要もあったが、そこで7時を過ぎていた。

 

夕食はしたがって、ある程度出来あいの鳥肉などと、レタスなどでしのいだ。

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料理作りを終えて風呂に入り、出てきたことには、あと2人が帰ってきた。

 夜もだいぶ過ごしやすくなってきたが、それでも自転車で帰ると喉が渇くので、ビールがうまい。

 とにかく人間家ではストレスを貯めないほうが長生きするらしい。タケシノの家庭の医学で言っていた。

 まあ自分としては、平日では、夕食のビールを一口飲む段階がもっともホッとする瞬間だ。

 

2011年9月26日 (月)

どんどん寒くなってきました

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 今日はちょっと曇り空、寒さを感じるほどだ。

 しかし六甲ヒルクライムを思い出す。

「なぜ登りきれなかったのだろう?」と平地を走りながら考える。

 しかも毎日通勤で走っているのだから、普通の人よりは筋肉は鍛えられているはずだ。

 ただ今回は足をつかずに山頂まで走りきるのが目標だったせいで、あと芦有道路まで数キロというところで休んでしまったので、ちょっと目標をやぶってしまったせいで

正気をなくしてしまった。

 休憩をしつつ登るなら何回か山頂まで行ったことはある。

 まあ高い目標での挫折か。

 ただ朝家を出る前、後輪の空気圧をみるため、親指で押してみると圧力が弱い。

 空気を入れなおしたが、5気圧ぐらいのようだった。

 これもいいわけかもしれないが、六甲へ行く日も調べておくべきだった。

 ただちょっと勢いを家を出て行ったというか、家にいたくなかった事情があり、そんなことは頭になかった。

 やはり準備万全で進めるべきだった。

 そんなことを考えつつ、行きの通勤をすすめていった。

 ときどき抜いていかれるロードバイカーに遭遇。信号まちで前に出たまま走りだしたが、そんなに差はないようだ。

 ただ信号をある程度要領よく無視していくので、見失った。

 あと今日は調子いい走りに後半なったが、実際は51分台で職場についた。

 前半の車の渋滞が影響したようだ。

 仕事はちょっとやっかいなもんだい一つ、その他展示会まじかでこまかい押えもある。

 緊張の一日だったが夕方はホッとした感じだ。

 帰りの走行では、一番に給料のATMでの出勤とローン支払口座への入金でM銀行ATMに行く。

 それは四ツ橋筋北向き一方通行を走るが、逆走自転車がかならずいる。

 注意の声を上げるが、そんなやからに限って、イヤホーンを両耳にして走っている。

 危険きわまりない。

 2人遭遇したが、2人ともそうだった。

 銀行を終えたあと軽快にスピードが出ると思ったら、追い風だった。

 尼崎をだいぶ走り、前で車が徐行するので、それに合わせてスピードダウンしたら、ロードバイカーが一人すかさず追い抜いていった。

 まあその後も大したことはない。ずっとついていって、南警察西分室手前で右折して横断歩道を通りたかったため、スピードをあげて、その彼を抜いてしまった。

 があくまでも右折を青信号で越えたかったためだった。

 あとコープにはよらず、家に直行。

 冷蔵庫にストックしてある肉、野菜を工夫して夕食つくりに挑む。

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それなりに鶏肉、豚肉あわせた煮物、玉ねぎときゅうりのサラダ、昨日使ったとうみょうの炒め物、ミニトマトなどだ。

 1缶203円のプレミアムビールを飲む。

 今日はあと2人がまだ帰ってきていなので、一人で「家族に乾杯」をみながらの夕食だ。」

 ちょっと鶴瓶もあきてきたなと思ってきているのだが、ただ今日は去年9月に放映した宮城県塩釜を再訪する内容だ。

 去年はまさかこんなことになるとは思わなかっただろう。

 被災したマグロ丼が名物の食堂のご夫婦と涙で再開。

 店を再開し、海鮮料理をふるまった。

 今日はいい番組だった。

2011年9月25日 (日)

医療生協組合員交流会でトリの演奏

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 当日までどういう集まりかも知らず、ただ尼崎医療生協病院の組合員のお祭り、ぐらいにしか思っていなかったが、尼崎産業センターの出かけた。

 出演は、午後3時からだいぶ後らしいが、とにかく朝から機材の準備をしたり、練習したり、いそがしい。

 午後2時集合でメンバーがマンション1階に集まった。

 とにかくみんな同じマンションの住人だから集まりやすい。

 わがマイカー・プレーリーに荷物と人を乗せ、出発だ。

 道は空いていので、15分ほどで着いてしまった。

 すでに午後1時から集会やなにやらが始まっていたが、地域ごとのサークルなどの発表の場である文化交流会は午後3時からなので、その間を縫って、ちょっとリハーサルさせてもらった。

 まあしかし、音のバランスを見てくれる第三者はいない。

 それでほとんど感で楽器のボリュームを設定する。

 交流会がはじまると、銭太鼓や、南京玉すだれ、おどりなど様々な出演があったが、60代から80代の高齢者が多い。

 しかしみなさんお元気だ。自分にとっては先輩だ。

 70代、80代まで現役で演奏していたら楽しいだろうなと思った。

 さて本番は、4時過ぎだった。とにかくトリだから責任重大だ。

 じっと待っていたのでやや緊張する。

 演奏は三曲。「あの素晴らしい愛をもう一度」、自作曲「遠くふるさと離れても」、最後は「上を向いて歩こう」。

 10分の時間はあっという間に終わってしまった。ミスタッチもあるが、まずまずの演奏ではなかったか。

 ただICレコーダーでの録音は自分の近くの舞台床においたので、ほとんど客席からの実感はわからない。

 こんなときはもう一人関係者がほしい。

 まあなんとか終わり、すぐ楽器、機材を片付け、自分たちのマンションに向かう。

 一応満足感で、機材を家にしまい、夕食の買い物に行くことにした。

 出かけるとき丁度妻が帰ってきた。

 しかし財布の現金は3,500円しか残っていない。給料が出ているが、おろしに行くのを忘れていた。

 夕食のメニューは決めていて、またIPHONEの「3分間クッキングで「さんまのから揚げ コシュジャンソース」を選んだ。

 コチュジャンソースは妻の助言で「そんなん、普通のみそに唐辛子をからましたらええねん」ということで買い物に行ったコープ立花では買わなかった。

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 買い物は、ビールなど3本と2匹290円のさんまと長ネギと風呂用せっけんとしょう油など買って2000円ほどで収めた。

 

 はじめてのレシピはやはり時間がかかる。

 6時過ぎから初めて7時までかかってしまった。

 まあしかし手さぐりで作ったコチュジャンはうまくいった。

 さんまのから揚げに絡めるとなかなかのものだ。

 レシピをたまに使うのも新鮮でいいかもだ。

008 ゴボウの煮物と横にそえたとうみょうの炒め物は創作だ。

 

 三連休はいよいよ終わりにむかった。

 しかしちょっと辛い話と娘がシンガポールにもどることと、六甲ヒルクライム途中挫折と、ちょっとしんどい3日間だった。

 まあ唯一おやじーすでの出演が充実感があった。

 明日からは仕事の展示会にむけていそがしくなる。

2011年9月24日 (土)

六甲ヒルクライム あと1kmで断念

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 今日はむしゃくしゃことが発生して、外にとにかく出ないといけなくなり、ちょっと躊躇したが、六甲ヒルクライムに行けることろまで行こうと考えた。

 ルートは、阪急逆瀬川駅からの登攀だ。

 季節は、ちょうど快適な状態なので、7月に行ったときよりは条件がいいと思った。

 逆瀬川からの登りは、前半は楽だった。以前も何度か来たことがる。

 宝塚西高前の公園でトイレ休憩し、いざ出発。

 盤滝口の交差点は、順調にクリアーし、先を進む。勾配がきつくなってくる。リア28ギアでペダルを踏むが、勾配が増すと8kmぐらいのペースになってくる。

 毘沙門橋は通り過ぎ、いよいよエアピンカーブに差し掛かる手前で、気が代わりUターンした。

 やはりがまんできるペースにはなりえなかった。

 むしゃくしゃした気持ちのほうがそれをふきとばそうとするパワーで登りきれるかと思ったが、逆だった。

 ダウンヒルでは、たくさんの自転車が登ってきているのを見て驚いた。

 しかしもう一歩で完全完走できるかということがわかったので、今年中にはリベンジしよう。

 そのまま元来た道を下る。

 そしてとにかく海を目指した。ひたすらまっすぐ夙川方面にまっすぐ下る。

 途中、緑化植物園に立ち寄って、100円のセルフティーを飲む。

 ここで癒されるかと思ったが、そうでもなかった。

 またそこから南に下る。ここはクルマが多く、道も狭い。自転車の入る余地がないところだ。

 なんとかJR桜夙川を過ぎ、阪神打出を過ぎるとすぐ堤防が見えてきた。

 しかし昼食のためコンビニをさがしたが、周辺にない。

 それで甲子園浜の方に移動する。

 しかし堤防ぞいにはつながっていないので、また北に進路を変え、今津をめざす。

 なんとか途中でローソン発見。すでに1時まえだったので、残っている弁当は少ない。

 なんとか和風の弁当を見つけ、それを買い、甲子園浜をめざす。

 途中今津、やまとの湯が見えた。その交差点を右折する。しかし結構遠かった。

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 日よけのある休憩所を見つけ、そこで食事に。

 西に見える六甲と青空と雲がきれいだ。

 砂浜はきれいに残っているが、対岸に埋め立て地と高速道路が見えるのが、難点だ。

 海では、さかんにボラらしい魚がジャンプしていた。

 しばしうたたねし、一人でその場所を独占するのはしのびないので、近くの公園に移動し、大きな木の下で安眠。

 ところが、すぐ横に運動場があるのに、休んでいた外側の空き地にわざわざ少年野球の指導者と子供たちがきて、005キャッチボールをしだす。ちょっと違反だろう。

 しかしそのまま居座っていたが、そのうちコーチがノックをしだす。

 「おいおい」という感じだ。

 とにかく時間もたっていたので、そこを立ち去った。

 そのあとどうしようと思ったが、逆戻りし、やまとの湯に入湯することにした。

 これは結果的には癒された。

 


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 休憩場所で寝ている人、何か書き物をしている人、食事をとっている人などのどかだ。

 さてここからどう帰るか。

 国道43号線に入って、武庫川で右に進路を変え、サイクリングロードを北に進むことにした。

 43号線は一番早い。サイクリングロードも以外と早く過ぎた。

 山幹線の橋に出て、右折し、あとは家まで10分ほどだ。

 家に帰って、地下収納庫にこもり、明日の演奏に向けて、キーボードに向かう。

 納得がいく段階で、地下に保存している自分の1985年ごろからの日記を見つけ、読みふける。

 ところどころ年数が切れているが、読み返してみると、結婚直前の気持ち、様子、子供が生まれてからの悪戦苦闘や30代、40代半ばで行き方に悩んでいることが書かれている。

 ただ、18年ほど前から自転車にのめり込むが、前日深夜まで会議があり、翌日の朝6時ごろから家を出て、自動車での移動だが、丹波篠山のヒルクライムをしてことが書かれていたりする。

 子どもが小さいとき、家族旅行を習慣化し、龍野や城崎を旅行し、小学生になってきたころは5年以上連続で岡山蒜山高原に年末か正月スキー旅行で出かけた。

 おかげで全員スキーができる。

 それにしても仕事も子育てもがむしゃらにやってきたことがよくわかる。

 しかし携帯電話もなく、パソコンなども家庭でもっていなかったときを生きてきたのだ。

 だから日記が手書きで大学ノートに記録している。1992年で日記は終わっている。

 しかし自分の青春から30年の人生を思い出した。

娘M子 シンガポール帰還の日

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 9日の滞在といっても早いもので、もう娘はシンガポールに帰る日になった。

  ゆっくり昼食を食べるのに外食したのが唯一ゆっくりしゃべった時かもしれない。

 とにかく帰ってくると友達に会うのがいそがしく、いつも夜遅く帰ってくる。

 ところで今日の朝は、じっくり休みだが、雑用をこなして、ちょっとベランダの壁側に作っている棚の補強をすることにした。

 とにかくありきたりの釘で棚をとめているものだから、だんだん外れかけてきて、ゆがんでもきた。

 それで最近得意のねじくぎを電動ドライバーで打ち付けて補強した。片側はサッシからねじくぎで固定した。

 それが正午丁度にやり終えた。

 それから妻と娘と3人で外に食べにいった。

 午後は、ひさび長男が東京の出張から家に立ち寄ってきた。

 彼が帰ったあと、明後日のおやじーず出演にむけて、地下収納庫でしばし、練習でこもる。

 

 そんなこんなで、夕食も自分が作り、6時過ぎには3人で食事したが、あと8時30分関空に向けて家を出発するため、時間は過ぎていった。

 実際は8時26分家を出発した。

 関空には9時30分到着。 空港橋料金は800円だった。

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 娘は、預ける荷物とチケットの手続きで窓口に行く。

 夜はさすがに、カウンターは空いている。

 そのあと、3階に降りて、土産物屋をさがす。

 ほとんど9時30分で営業終了らしく、店はほとんど閉まっていたが、たまたま店じまい最中の土産物屋さんの好意で売ってもらったので助かった。

 そのあとほとんどしまっているショッピング、レストラン街を歩く。

 閑散としているが、人が少ない分関空は落ち着いている。

 ちょっとまた旅行に行きたくなった。

 ちょっとここへ来ただけでうきうきしてしまう。

 娘の出発は11時30分なのでしばし時間があり、4階にもどってスターバックスでキャラメルなんとかを買う。

 店員さんに聞くとこんな遅い時間までの勤務の後は、基本電車で帰るという。

 ちなみにその店長らしい男性は、岸和田に住んでいるという。だから通いやすいのだろう。

 聞いてみないとわからないものだ。

007 いよいよ出発口に娘は入る。

 姿が見えなくなるまで、しばしおたがい手を振っていた。

 ただ、また11月に友達の結婚式が控えているので、かえってつもりらしい。

 ちょっと安心だ。

 今日の夜半から明日にかけて、アメリカの人工衛星が地球に落ちてくるという。

 ちょっと心配だが、飛行機へ接触はないことを祈る。

 無事明日の早朝シンガポールに戻ることを願うのみだ。



2011年9月22日 (木)

きょうは自転車(トレック)で行きました!

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 明日から連休だというのに、今日はプレッシャーのかかる業務が2つある。

 まあ気を引き締めて、朝の道路を走る。まだやや小雨があった。

 最近よく合うが、ターミネターさんが後ろからやってきた。

 ぼくのウェアが赤でハンドルもオレンジに代えたせいで、最初わからなかったらしい。

 それにしても淀川大橋の路肩付近は、ふくらみが半端ではないところがより膨らんでいる。

 まあこれをなにもなかったかのように走るのがスキルがためされるとも言えるが、初心者にはきつい。

 しかし、とくに夕方帰りの走行では、自転車の無法運転が目立つ。

 また自動車の赤に変わってからの進入が多いことも気になる。赤になっても数秒は大丈夫とたかをくくった運転手の慣れがあるのだろうが、これが怖い。

 タガが外れたら世の中おしまいだ。

 ただ世の中ちょっとおかしいぞと思うことを最近感じる。

 台風が接近しているのになぜわざわざ外に出て、川を見に行くのか。

 車に乗ったまま死ぬのか。

 携帯を見ながら、しかもイヤフォンを耳につけて何か聞きながら自転車で走っている若者を何にも見た。

 危機意識が欠如しすぎだ。

 自分の命を大事にしない人は他人の命も守れないのでないかと思う。

 大震災でのボランティアがもてはやされるが、非常時でなくても他人を助ける社会であってほしい。

 そんなことばかり考えてしまう。

 まあ素敵なこと、感動できることばかり考えよう。

 そんな映画、ドラマが山とある。そんな作品を作る人も多くいる。

 仕事の緊張のあとはなぜかそんな考えが浮かんでくる。

 ところで仕事を終えて、家に帰ってからは、おやじーずの練習をした。

 いよいよ25日が医療生協のまつりでの出演だ。

 自分たちの演奏のチャンスだと思うとうずうずする。

 まあ狭い地域の出番の場だけでもスターでありたい。ささやかな楽しみだ。

2011年9月21日 (水)

今年は災害が多い

 今日は午前中から昼にかけて台風15号が接近するということだから、大事を取って電車通勤することにした。

 それで出勤の姿はまるっきりカジュアルでTシャツと七分ジーパンで足は、草履だ。

 朝はまだ雨が強かったので、これが合理的だ。

 しかし普通のサラリーマンは、ワイシャツにスラックススタイルばかりで、足と靴と靴下が濡れたとしても、そのまま仕事にはいるのだろう。

 ぼくから言わせると、ちょっと智恵がない。

 その点日常的に自転車ウェアで通勤していると、着替えは慣れている。

 電車のダイヤは予想どおり尼崎で乱れた。

 いつものプラットホームで東西線を待っていると、となりのホームに次の電車が入ってくるというアナウンスが。

 並んでいた人たちはあぜんとして動こうとしないが、機転をきかせて、ぼくはとなりのホームに走った。

 間一髪間に合った。それで約5分の遅れで済んだ。

 地下鉄桜川で降りるが、こちらも雨はよく降っている。やや風をある。

 しかしそれだけだ。

 仕事では雲の空を見ながら、打ち合わせ、文書作成などをし、やや台風が気になる。

 しかし午後からは晴れ間も出て、台風のことを忘れるぐらいだ。

 それで午後はこんを詰めて仕事をし、それなりの結果は出たが、夕方は疲れが目いっぱいだ。

 ただ今日は、ノー残業デー。

 5時のチャイムを合図に帰る支度にかかった。

 まだ曇ってはいたが、一仕事終えたという感じで、地下鉄の駅に向かう。

 電車の中ではひたすらステーブ・ジャブズを読む。

 JR立花に到着して、例のようにコープ立花による。

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 メニューは頭にうかんだ親子丼。

 おすましは、あさりだ。親子丼もゴボウを入れてみると、独特の味になる。

 娘が昨日お腹の調子が悪いということだったので、そのことを考えて丼にしたが、彼女は友達と外食だった。

 まあひさしぶりにビ日本に帰ってきたので忙しい。

2011年9月20日 (火)

台風15号またも日本を怯えさせるか

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 今日は天気予報どおり雨が降っていた。それも台風の影響らしい。

 ただ、朝考えるのは、電車で行くのも、頻繁に電車の延着があるので、怖い。

 それを考えると多少の雨でも断然自転車通勤がいい。

 他人は、「そんな細いタイヤで、あぶないでしょう」と言われるが、最近の経験では、返って細いタイヤの方がスリップする前に前進する走行安定性があるので、倒れにくいということがわかってきた。

 ただし、白線やグレーチングの上でブレーキをかけることは禁物だ。

 確実にバランスをくずす。

 そのことを十分理解していれば、道路はだいじょうぶだ。

 昨日書いたようにブレーキレバー部の位置をやや上に移動しただけで、運転の快適性がうまれたような錯覚を覚える。

 それにハンドルテープをオレンジしたおかげで、気持ちが明るくなる。

 しかし道路はクルマが異常に多い。

 したがって、その影響のため走行時間はやや長くなってしまった。

 職場には、8時50分着だった。

 今週はウイークデーが3日しかない。

 なぜか焦りながら仕事をした。

 今日は家に帰ってからもおやじーずの練習日のため、できるだけ早く帰らないといけない。

  その新曲を張り付けた。「遠くふるさと離れても」

 被災地のために作った曲ではない。若いときに作ったものだが、今更ながら福島で避難せざるをえず、いつ帰れるかわからない人の心に届く偶然の詞であった。

 おやじーずでも3人で今度25日に医療生協の集まりの場で歌う予定だ。

 聞いてやってください。

2011年9月19日 (月)

トレックのハンドルバーをオレンジに買えちゃいました

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 今日はしっかり寝たというか、午前7時過ぎまで目が覚めなかった。

 やや涼しくなったのかなという感じだ。

 今日は何をするべきか、トイレの中で考えた。

 やはりトレックのハンドルについているブレーキの位置移動をすることにした。

 これはもう半年走り続けているが、どう考えても位置が低いと考えていたのだ。

 もともとブレーキレバーの一番下とハンドル下段の位置がつながっているものという知識があるので、気になるのだ。

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 ハンドルテープをとりあえずはずしてみると、ハンドルはどうもカーボン素材らしいと分かったが、位置の指定が白い印であらわされている。

 しかしそれを無視して、やや上にあげた。

 そのままもとのハンドルテープを貼りなおそうと思ったが、思い切ってストックしていたコルナゴのテープに交換することにした。

 そこで発見したことがある。

 一番下段の最初の部分、ここをきれいに仕上げるのが難しいのだが、セロテープを撒いているのがみそらしい。

 それでそれを真似してみた。

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 まあ満足する仕上がりになった。012

  その他、ミヤタランドナーのブレーキシューの交換も試みたが、まだ十分ゴム部分が使えるので、交換はやめたが、ブレーキ部分そのものの着けるところがまちがっていたことがわかり、フロントとリアを片方ずつ取り換えた。

 その後コジマに買い物に行き、昼になった。

 昼食は、適当に僕が準備し、冷凍ピザを温め、残り物のうどん玉でうどんを作った。

 午後からはすぐ読書に。「スティーブ・ジョブス驚異のプレゼン」。

 はずかしながら、アップルのsafariというアプリは、インターネットエプストローラーに代わるものということを初めて知った。

 夕方から思い立って昨日挑戦していたユーチューブのブログヘの貼り付けに再挑戦してみた。

 それで成功した自演動画をアップする。

 今とても思いやんでいる誕生してくる生命に心をこめて歌った歌だ。

 ちょっとブログの展開が変わってきそうだ。

 

2011年9月18日 (日)

ユーチューブアップの一日

Photo やっぱり休みはいい。

 しかし、朝ゆっくり目が覚めたと思ったのに、いつも職場にいくために目覚ましをかけている時間6時25分より少し前に起きてしまった。

 それで妻がまだ寝ているのを見て、朝食の用意をする。

 コーヒーはやっぱりサイホン式コーヒーメーカーがいい。別のミルの機会で豆をくだき、サイホンに入れる。

 その間に洗面をする。

 食べるものは、ちょっと本格的にフライパンでハムの上から目玉焼きを焼き、サラダも作る。

自家製ヨーグルトにバナナを入れる。

001 食パンにハムと玉ねぎにチーズを乗せピザにする。

 ちょっと贅沢だ。

 

 食事のあと歯を磨き、地下収納庫に降りる。

 今ユーチューブへのアップにはまっている。

 これもIPHONEで動画を撮影し、そこからユーチューブにアップできるということでそういうことが可能になったのだ。

 時代はどんどん進みつつあることを実感する。

 ただその技術革新を自分の中で消化できるかどうかは問題だ。

 それで2曲をアップした。

 曲目は「生まれてくる子よ」「戦争しない誓い」 

 ただまだブログにはアップできない。

 もし見たい方はユーチューブ検索 kake1952 を

 すでに1曲「遠く故郷離れても」は先週アップしていて、アクセス数27回だ。

 それからもう一つスキルアップできたことがある。

 以前はなかなかできなかったのだが、IPHONEの写真を自宅キャノンのプリンターからプリントアウトに成功した。それは無料アプリ「キャノンフォトプリント」を見つけたからだ。

 

 そんなこんなで昼になり、妻の作ったうどんを食べ、、しばしテレビにくぎ付け。それから居眠りに没頭した。

 002

 それにしても午後は暑い。扇風機でしのいだが、身動きできない。

 アイスを二つ食べた。

 BS日テレではガウディの生涯を解説した番組を見た。

 番組が終り4時過ぎになってようやく涼しさが出てきたので、気をとりなおして洗面所で泡タイプのヘアカラーで髪を染め、乾かす間、庭で蚊にかまれながら、自転車の洗車に没頭する。

 トレックバイクも早いもので使い始めて半年が過ぎた。

 一日が過ぎるのは早い。

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 夕食は、昨日から温めていたが、これもIPHONEがらみだが、「3分間クッキング」カプリから「ブリのバター照り焼き」を選ぶ。

 ちょっとレストランっぽい。

 とは自画自賛。

 まあIPHONEさま様だ。

 

 


2011年9月17日 (土)

会議を終えて温泉へ しかし突然の大雨が!

002

 だいたい会議というものは、嫌いなたちで、何度会議の場を踏んできても、開催前は緊張する。

 今日も午前中の休養を経て、午後からの理事会に臨む。

 それで午前中は、8月に旅行したシンガポールの写真をプンントアウトとアルバムへの張りつけをやってみた。

 あっと言う間時間がすぎて、あたふたと職場へ行く用意に入る。

 今日はやっぱり帰りに温泉へ行くことにする。

 ただ、ロードバイクで昼の道を走るのは懲りたので、阪神尼崎までマウンテンバイクで移動し、そこの駐輪場の自転車を預けて、阪神なんば線で職場のある難波に向かう。

 それで職場には、12時50分ごろ到着した。

 あとはあたふたと会議の準備にかかり、本番に。そして4時20分ほどで会議は終わった。

「よし、温泉に行こう」

ということで着替えを済ませ、また難波から阪神電車に乗る。

 ちょうど4時35分発の快速三宮行きに間に合った。ラッキーだ。

 行きはおもしろいことに座れそうな席がないように見えたが、南米の黒人らしい若者が、向い席に2人しかいなかったので、横に「エックスキューズ ミー」とか言って坐った。

 ただ向いの青年はずっと日本語で携帯でしゃべりつづけているのが気になった。

 帰りは横向き長椅子でゆっくり座った。

 阪神尼崎で降りて、自転車に乗り換え、2駅先にある「蓬莱湯」に行く。

 もう土曜日の会議の帰りの定番になってきた。だいたい同じぐらいの時間に温泉に着くので、いつも受付はおばあさんだ。

「お願いします」と言って400円を渡し、帰りは「ありがとうございました」と言って出る。

 あるときはロードバイクで。あるときは今日のようにマウウテンで。あるときは電車でと多様だ。

 さて今日もいい気分で風呂を上がり、外に出ると雲行きが怪しい。

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駐輪場で、自販機のジュースを買っているとき、突然大雨がやってきた。

 それも激しい雨だ。ある意味ちょっと前に帰りだしていたら、災難だった。

 およそ20分ほどその雨の様子を見ていた。

 1時間以上強い雨が続くということはまずない。

 慌てず空を見ながら待っていた。

「よし今だ!」という感じで雨が止む手ごたえがあった。

 帽子をしっかりかぶって走るだす。

 予想どおりもう大雨はない。004_2

 しかし藻川ぞいの道は、最高10cmほども水に浸かっている。

 マウンテンバイクの真骨頂の場面だ。

 水たまりごとにスタンディングで乗りきる。

 なぜか山の中を走った経験を思い出す。

 それで無事お尻がびしゃびしゃになることはなかった。

 そのままコープ立花に直行。

 IPHONE「3分間クッキング」レシピでぶりのバター照り焼きが目にとまり、そのままコープでぶりとブロッコッリーを買った。

 そのまま家に帰ると妻が先に帰っていて、夕食を作ってくれていた。

 今日は2人かいないということだ。

 もう一度風呂に入り、あがってから黒の一番搾りを飲む。

 ああ、やっと2日の休みが味わえる。 ク~~~~!


 

2011年9月16日 (金)

なぜか電車通勤の週末

001今日仕事の関係で、夕方弁護士事務所に行くので、通勤手段は電車にした。

 それにしても暑い。

 ぼくは電車通勤のときは、何故か15分ほど歩いてJR立花駅にいく。

 今日も東海道線の西明石で信号トラブルがあって、電車が遅れているというアナウンスを聞く。

 ぼくがJR立花に来るたびになにか起こる。

 電車の中は満員だ。

 JR海老江からあの72段階段をあがり、地下鉄千日前線に移動して、4駅を超える。

 8時48分ほどで職場についた。 

 しかし電車通勤は自分的にはあっけない。

 職場について仕事にかかるが、なぜか疲れがたまっていた。

 午後からは4時すぎには、職場を出て、谷町4丁目の法律事務所に行くので、ぎりぎりまで仕事をするが、そのあとハプニングが起こらないことを願う。

 法律事務所には5時前について、さっそく面談。案件が2つあるので、1時間かかってしまった。

 帰りは地下鉄で移動するしかない。

 大阪市内は地下鉄しかない。

 地下をずっと移動して、JRに乗り換えてもまだ地下。

 人間の感性としてはあまりよくないように思う。 

 だから電車の中では、携帯電話を見ているか、本を読むか、目をつぶるかしかない。

 ちょっといつもより遅れて、JR立花に到着。やや雨が降っていた。

 コープ立花でカレーの材料を買う。

 夕食は2男と2人のみ。

 小さな鍋で作る。

 じゃがいもがなかったのが、やや不安だったが、カレーの味がダイレクトに味わえた。

 台風15号が接近しているせいか、異常に蒸し暑い。

 まあなんとか週末ま出来てほっとしているところだ。

 

2011年9月15日 (木)

交通ルールを守れないロードバイカーが多すぎる

001 今日も日差しはきつく、朝からよく晴れている。

 それに真夏よりやっかいなのは、午前8時過ぎの2号線は太陽の角度の変化で、日陰がない。

 ただただ先週の土曜日の昼34℃走行に比べればましというだけだ。

 2号線を走っているとき、信号待ちから青で発進しだしたとき、後ろからヘルメットをかぶらないロードバイカー青年が抜いていった。

 しかし次の赤信号では、無視が当たり前という感じで先を進んでいくではないか。

 いまやますます交通ルールは無視されている。

 オートバイもぼくが走っている最中、青信号で交差点をすすんでいると、左横からその交差点にそのバイクが入ってくる。

 以前ニューヨークの地下鉄が最悪の秩序崩壊の中で、警察と地域住民がその状態を逆転したという話を聞いたが、大阪、尼崎の道路環境は交通ルールに対する状況が悪化している。

 ただ、少数でも、ほとんど信号無視する交差点での歩行者に対して、じっと信号を守る婦人がいたり、おじさんがいたりする事実もある。

 そんな人達に勇気をもらって、僕はひたすら信号を守る。手信号を続ける。

 いつか交通ルール遵守の環境ができることを信じている。

 そんなこんなで職場には走行時間56分を回っていた。

002 今週4日目の走行だ。

 やや足に疲れが来ている。

 というか仕事での疲れの方が大きいのかもしれない。

 ただ今日は、仕事も4日目。

  一歩一歩やるのみだ。

 

 午後からは会議。

 会議後もバタバタと仕事が続く。

 なんかと5時30分には職場を出る。

 帰りの走行でもロードバイカーを一人見たが、やたら信号を無視して走っていった。

 何年ぐらい乗っているのか知らないが、もっと経験者は啓蒙するべきだ。スポーツ自転車販売店も責任がある。売るだけで完結するな。

 交通指導をせよという感じだ。

 それにしても日が落ちるのが目に見えて早くなってきた。

 ところで今日は朝、シンガポールから娘が帰ってきているはずだ。

 買い物ではスシマスで寿司を一通り買って帰った。

 しかし娘は友達を夕食会をするようで、寿司はからぶりだった。

 しかしとにかく無事帰ってきたのはうれしい。

 そういうわけで夕食は一人で食する。秋味のビールが最高にうまい!

2011年9月14日 (水)

暑さにたえて、ただ風をうけるだけ

001 朝はやや早い目に家を出る。

 これといったハプニングはないが、日差しは強く暑い。

 ただ走って、風をうけているときだけは快適だ。

 しかし顔なじみの通勤者たちが歩道にも、車道にも表れた。

 だいたい9月半ばまでは、毎年暑さが続くだろうと覚悟はしている。

 

 歌島交差点をクリアしたせいもあって、約50分で職場に着いた。

 仕事はとにかくドタバタ。午前中はあっという間に過ぎてしまった。

 午後のイベントのチラシ印刷作業をしたが、これがなかなかいい形でできあがったので、自己満足のうれしさを感じた。

 そして今日はノー残業デーということで、5時を過ぎてすぐ帰る支度に。

 今日は、いつもどおり新なにわ筋コースにもどって、帰り道を進む。

 やはり淀川大橋では、左手に日が沈む眺めをみて、ちょっと癒され気分。

 今の季節はこれぐらいの時間に帰るにかぎる。

 003


 今日の夕食は、種がつきてきて、ついにIPHONEの「3分間クッキング」アプリにたよってみた。

 材料がシンプルで家にあるものも利用できる「手羽元といんげんの煮物」に目が行ったため、これに決めていた。

 ちょっとはじめて挑戦するレシピだ。

 まあしかし3分は無理だが、40分ぐらいで、その他の小皿の料理も含めてできた。

 30回腹筋をして、風呂に入る。

 これだけ暑いと洗髪するだけでも気持ちいい。

004 今日のビールは秋味に。

 
 夕食のために椅子にすわって、ビールをコップについでいる瞬間が一番落ち着く瞬間かもしれない。

 明日は、いよいよ娘がシンガポールから帰ってくる。

2011年9月13日 (火)

今年最終的な暑さか

004
 昨日の夜はやや涼しくなったと思ったが、今日の朝はまた蒸し暑い。

 おもわず朝の支度の間に行水する。

 やや早いうちに家を出たが、信号のタイミングはよくはなかった。

 歌島交差点は一気にクリアすることはできず、停止線で待機していたら、ターミネーターさんがやってきた。その後ろにもよく見かける通勤者もいた。

 しかし最近ターミナーターさんとはよく顔を合わす。

 淀川大橋はややセーブして走った。それにしても彼とも話していたが、橋の上での路肩の何か所か以上にアスファルトが盛り上がっているところがある。

 「休みにでも削りにきたいと思いますよ」と彼は言っていた。

 よそ見しているとハンドルを取られそうな危険がある。

 自動車しか乗らない人は気にも留めないだろう。

 野田阪神まではなんかか無事で走り、ターミナーター三と別れる。

 あとはひたすら直線ルートが続く。

 後半やや疲れが出てきたような気が少しした。

 それで職場について走行時間の結果は53分だった。

 仕事では午前中多岐にわたる案件の相談、助言等におわれ、胃も痛い感じだ。

 しかしなんとか僕のジャンルの宣伝物は完成し、山をこえた。

 午後は3時から打ち合わせ。

 あっと言う間に5時を過ぎる。

009ちょっと気分を変えて、ひさしぶりになにわ筋を北に走る。そして福島手前を左折し、2号線に合流する。

 こちらの方が危険が多いような気がする。

 淀川大橋は、今日もきれいな夕日が落ちていくときだ。

 ちょっと癒される。

 無心状態でペダルを進める。

 

 とくに危険な場面に遭遇することもなく、南警察西分庁舎前交差点で2段階右折。

 信号が青に変わって直進すると、なんと対抗右折の車が強引に先にまがろうとしてくる。

 思わず怒鳴った。正面衝突状態だ。

 ただこちらはそれも避け、相手や徐行しているので何もなかったが、そんなに無理しても結局すでに横断歩道で歩行者歩いているのだから、先へは進めないはずだ。

 窓越しにどなっていても知らぬふりをしている。

 まあ無意味な行為だ。

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 昨日も書いたが、危機意識などなんんそのとしか思えない。

 事故はおこらないと思っているのだろう。

 いやな気持でコープ立花に立ち寄る。

 今日はさんまとダイコンおろしと決めていた。

 決めて買い物するとレジに行くのが早い。

 家に帰っても7時半には料理は完成した。

 カツオのたたきもあったので、玉ねぎを切って和えた。
011
 これだけ暑いとさすがにビールが2倍うまい。

 火曜日をこなすと週半ばへ。

 モチベーションは、高まっていく。



2011年9月12日 (月)

暑さはやや和らいだか?

001_2
 先週は、まる6日走り続けた。

 往復30kmだから、たいしたことはないが、いわば習慣というのは、強い。

 さて今日は1日休んで、走り始めた。

 やはりサングラスの鼻あてを新品に替えただけで、新鮮だ。

 2号線尼崎付近は、月曜日にしては車は少ない。

 しかし大阪に入ると歌島橋交差点まで、神崎川から渋滞が続いていた。

 野田阪神を超えて、先を走ると異常な渋滞。普通はありえない。

 先を進んでいくと船津橋の先で女性の運転手が警察の見聞をうけていた。

 接触事故らしい。

  それにしても最近必ず一か所で事故があるような頻度だ。

 普通に運転していれば事故など起こりえないと思っている。だから異常な運転をしているのだ。

 それは自転車の車上からよく遭遇する。

 いきなり左折する。異常に狭い車間距離で走る。赤信号に変わっても、まだ大丈夫と停止せず交差点に進入する。異常に接近しているのに、無理やり対抗右折する。

 危機意識不足だ。それは自転車もそうだし、歩行者にもいる。

 それを正すには、警察の意欲も必要だが、まず個人で正しい運転を遂行する人が多くなること以外にない。

 人間公道に一生出ないで生きることはできない。

 だから一人ひとりの危機意識向上が必要だ。

 さて、今日は道路温度は28℃だったが、あの最悪の土曜日に比べれば、だいぶ涼しくなったと感じる。

 しかし月曜日というのは、何回経験しても、気持ちはブルーだ。

 職場について、着替えをし、気持ちをあたらにする。

 今日もやはり課題多く忙しい。午後も会議で京橋に出ていく。

 まあしかし会議も情報収集にはいい。

 帰りの走行は、やはり涼しさを感じた。

002
 しかし日が落ちるのは、日ごとに早くなってくる。

 その分今日は夕焼けがはっきり見える。

 なぜか空と沈む夕日を見るだけで、気持ちは浄化されるような気分になるから、自然のシチュエーションというのは、最高だ。

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 人間、美しいものを見て、ときめかないといけないらしい。

 淀川大橋を渡るときに日が沈むのを見れるのは、もっともすばらしい場面だ。

 

 これは電車通勤では体験できないメリットかもしれない。

 風をうける感覚もオートバイクか、ロードバイクしかこの体験はできないだろう。

 ただオートバイクはいくらがんばっても、自力ではない。

 その点、自転車の動力はOWN POWAR のみだ。つまり自分の足だ。

 あらためて言うのもおかしいが、この力はエコ以外なにものでもない。

 たくさんの人に体験してほしい。

 車が減って、道路が空けば、自転車と路面電車だけでいい。

 そんな社会を正直夢見ている。

 さて、家に帰ってさっそく夕食の準備にかかる。

 途中で、先週、3男の渡航を追って、イタリアに観光に行った2男が帰ってきた。

 フィレンチェを中心にイタリア、フランスの旅は楽しかったらしい。

 まあ 無事に帰ってきたのは喜ぶべきことだ。

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 夕食は冷蔵庫に張っておいたレシピから「とりの生姜焼き」の挑戦。

 作るのは3回目なので、要領は分かってきた。

 30分で完成。

 食事をしながら2男の四方山話を聞くのも楽しい。


2011年9月11日 (日)

9.11 いろいろなことを考える

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 今日は9.11。

 一番頭に浮かぶのは、アメリカの同時多発テロ。 それに東日本大震災発生からちょうど半年にあたる。

 それに11日からではないが、ぼくが通勤を完全に自転車に切り替えたスタートが10年前の9月だ。

 とうとう遠距離自転車通勤生活は10年の節目を通過した。

 ただただ事故もなく、ケガもなく、10年継続できたことは、自分にとって幸運だ。

 もちろん交通法規を守り、安全に対する事前対応の心構えをかかさずしてきたが、自分の体の特性として、部活では、1年だめ剣道をし、休み時間はかならず、鉄棒をしていたことが今役だっているのではないかとふと思う。

 自転車の上での平均・バランス感覚、危機一髪の場合の運動神経。瞬間的な視力。

 これは確かに必要だ。

 ただし競走に勝てるかどうかとか、いかに長距離を走れるかは、別問題だ。

 しかし定年までそんなに月日はない。いつまで通勤距離の自転車週間を続けていけるか、若干さびしい。

 

 ところで今日は、やりたいことをメモし、そのとおり行動してみた。

 トリヤージではないが、一番、二番ときめてみた。

 それを明かすと一番の緊急性があるのが、すももの木、庭の剪定、二番がシンガポール写真のプリントアウト、3番は「遠くふるさと離れても」という自作曲をおやじーずでやってもらうための楽譜作りとデモ録音、

 4番はホームセンターでビアンキロードのフレーム塗装に使える塗料を買いにいく。

 最後はユーチューブをパソコンに取り込む方法をマスターすること。

 メモでは思いつかなかったが6番はトレックロードの洗車のあった。

 

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 順番どおり朝10時ごろから庭の外に出る。

 それにしても、今日の暑さは半端ではない。

 とくに毛虫の被害をさけるため、ウインドブレーカーを羽織っているせいで、暑さが倍増だ。

 30分ほどして倒れるかと思った。

 大事をとって家にもどり、扇風機にあたりながら、しばし休憩に。

 気を取り直し、再開した。

 やはり2時間は正味かかった。

 たかがマンションの自分の家庭だけだが、あなどれない。

 道を歩く年配の男性から「たいへんですね」とねぎらいの声をもらった。

 それで終了した写真が左のものだ。

 ちょうど正午の時計がなった。

 まあしかし気分的にはさっぱりした。妻がずっと手伝ってくれたので、早くできた。

 家に入って、すぐシャワーに。

「気持ちいい!!」

 放心状態になり、ビールを飲みながら、昼食。

 汗をかくことはいいことだ。

 午後は2時ごろから、2番目にやりたいこと、シンガポールの写真のプリントアウトを始める。 一枚一枚結構時間がかかる。

 テレビで「そこまで言って委員会」を見ながら作業にかかったが、2時間ぐらいかかった。

 午後4時から疲れて、睡眠に。

 目が覚めたらもう夕方だろう。

 実際5時20分ごろ目が覚めた。

 それで3番目の課題、楽譜作りにかかる。これも25日の演奏依頼に間に合わしたいので、ちょっとせっぱつまっていた。

 しかし1時間ほどかかった。

 実はこの曲は、ユーチューブにアップした。この曲はすでに20年以上前に作ったが、中途半端な詞で完成度は低いを思っていて、眠っていた。

 今3.11大地震と放射能被害が現実のものとなると、「遠くふるさと離れても、空よ、空よ、伝えておくれ」という流の歌詞はなぜか被災者の思いを偶然代弁しているようで、日の目を浴びさせたいと思うようになった。 

 ユーチューブは「kake1952」で検索を。

 だいたい書き上げて、思いついて、コープ立花にビールその他を買いに行く。

 帰ってきて、急いで風呂に入り、すぐ夕食。

 テレビでは鉄腕ダッシュ村でダッシュ村への一時滞在を映していた。

 ぞっと以前から視聴してきて、あれだけ丹精に食物を育ててきたのに、突然の放射能被害と避難の結果、農地は荒れ放題。

 誰がこういうことにしてしまったのか。

 もし福島だけにでも原発がなかったと想像しみたなら、地震の被害だけで、ダッシュ村もそのまま村の育成は続いていただろうし、たくさんの人が避難することもなかった。

 「なにを今更ありえないことを言ってもしかたがない」と思われるのは普通だろうが、ただ福島原発があの場所にあったからこういうことが起こったのだ。

 責任はあきらかだし、もっとその原因を作った当事者に怒りをむける時期だと思う。

 ますます被害の実態は広がっていることが明らかになってきている。

 もちろんこれから原発をあたらに建設するなど論外だ。

 マスコミはもっとその責任があるのであり、これからは、もっと脱原発のキャンペーンをはるぐらいならマスコミを見直そう。

 かろうじて「報道ステーション」の姿勢のいい意味での変化は感じる。

 ダッシュ村を見ながらそんなことを強く感じた。

 

2011年9月10日 (土)

ビアンキにまたがるが、余りの暑さにたじろぐ

009
 今日は午後から会議のため、昼出勤することになる。

 午前中家にいたが、昼が近づくにつれて、室内でも暑い。

「むむ、昨日までと全然違うぞ?」

と思いつつ、やりすごしていたが、

 職場までの通勤は、やはり自転車でいくことにした。

 しかもひさしぶりにビアンキを使った。

 ちょっと車体にバランスがトレックと違う。

 ちょっと最初躊躇はあったが、なんとか2号線に入る。

 それにしても暑い。しかも信号待ちでは、太陽の位置が真上のため、影がない。

 このままずっと暑いアスファルトの上を走るのかと思うと、ちょっとぞーっとした。

 なにせこころの準備ができていないし、温度はなんと33℃だ。

 がまんの走りで野田阪神まで辿り着く。

 ここからは高速道路の真下が続くので日陰が続く。

 ちょっと正気になり、なんばを目指した。

 それでなんとか職場までたどり着いた。

 会議は2時からだが、今日は約1時間で終わった。

 余裕たっぷりで、ウェアに着替え、家をめざすが、会議のある土曜日定番のスケジュールのとおり、尼崎「蓬莱湯」に立ち寄る。

 この移動時も結構辛かった。

 淀川を越えると43号線に移動するが、その前の淀川土手の道路は強い向かい風だ。

 無理せず、走る。

 最後43号線の下横断通路を通過して、蓬莱湯に到着。

 ちょっと気分は開放的になる。

 風呂の中はすいていた。

010今日も番台はおばあさん。風呂を出るとき「ありがとうございました」を礼を言って、外へ。

 

 時間はまだ4時40分ぐらいだったので、余裕たっぷりで、そのあと2号線まで北上したあと、歩道を東にむけ、サンワサイクルヘ。

 実は今2年ほど使っているサングラス(光の強さで色が変わる)の鼻あての部分のゴムが劣化して崩れてしまっているのだ。

 サンワサイクルで問い合わせると、あての部分を交換可能とのことだ。

 メーカーはよくわからないがZB10rin+と書いてあるように見える。

 その場で、修理してくれた。そこでわかったが、そのサングラスの価格は24,000円だったらしい。レンズも性能は4年が限度で交換は可能とのこと。

 立ち寄ってよかった。

 そのあと鼻あてを替えただけで、なぜか走りまで快調になったような気がするから不思議だ。

 ただそう思うだけか。自分の心はきわめて単純だ。

 しかし家に着いてみると、だいぶ体力を消耗したような感覚だ。

 やはりあまりの暑さの通勤のせいだろう。

 それでもがんばって夕食つくりに。

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 今日は午前中、コープの配達日なので、納品された、しゃけの冷凍とかつおたたき冷凍を拝借。

 野菜はあるもの、なすび、じゃがいも、ピーマンを適当に炒め、横に生のトマトを切って乗せた。

 ビールは今日はかかせない。

 コップをさきに冷凍庫で冷やしておけばなんでもうまい。

 ウイーッ!! しかし疲れた。




2011年9月 9日 (金)

やっと金曜日 心は軽く

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 天気予報では、また暑さがぶりかえすと言っていたが、そのとおりになった。

 道路温度は、28℃だった。

 ただ、13,000円で買ったサングラスも鼻あての部分が崩れてきた。

 何回もサングラスは取り換えていたが、だいたいこの部分がおかしくなる。

 なんとか修理したい。

 道路では、一昨日出会った、ロードバイカーが信号で前に出た。

 たしかに早い。しかし信号も無視するので、その後追いつかなかった。

 ただ今日は朝から会議があるので、ちょっと緊張もある。

 しかしやや加速して走っていた。

 おそらく48分ぐらいで職場に着くと思ったが、51分だった。

 それにしても会議の始まるまでも忙しかった。

 午後からも外出で打ち合わせ。

 夕方からは、ちょっと楽しい面談だったが、ようやく週末の仕事も終わりとなった。

 ホッとして帰りの支度にかかる。

 たしか天気予報で夕方から雨となっていたはずだが、外れた。

005 金曜日の帰りの走行は、かなり解放感でいっぱいになることが多いが、今日はそうではない。

 ただ、ただ無事に家に着くことだけを考えた。

 そのせいか、危険な場面というのはまったくない。

 トレックバイクはいまだに形状に気に入ったということはないのだが、ただ性能的には満足していて、たよっている。

 複雑な心境のままこの半年走ってきた。

 しかし明日は浮気して、ビアンキで職場にいこうと思う。

 選択できるだけ贅沢かもしれない。

2011年9月 8日 (木)

秋風がなつかしい今日この頃

004_2
台風は大変な被害を近畿地方全体に与えたというのに、自分の地域では確実に秋風を運んできている。

 しかし予期できる台風に対してなぜ50人以上の犠牲を出さないとけないのか、「人災」という言葉が頭をよぎる。

 先進国と言われる日本だが、いまだ災害を最小限にとどめることもできていない。

 ちょっとこの秋風に中でちょっと考えてしまうこの2日間だ。

 今日は走りはじめ2号線でセルフ写真をとっている間、2人のローダーが通り過ぎていった。

 遅れてついて行ったが、今日も2人は信号を一つ赤状態で突入していった。

 がっくりだ。

 もっと交通ルールと真剣に向かい合え!!!

 てなことで心でイカって先を進む。

 結局サッシーにも、ターミネータさんとも合わずに職場に着いた。

 今日は渋滞が多かったせいで、53分以上かかってしまった。しかし疲れはない。

 仕事は今日も山積みだった。とにかく進めるしかない。

 無我夢中という感じだった。「default.jpg」をダウンロード

 帰りは、コープには立ち寄らない。やや向かい風だったので、負荷があった。

 途中ビールがすべてないのを思い出し、JR立花北のドラッグストアーで買った。

 夕食は、焼き飯とスープ。

 米びつのある問題が発生し、はやくコメを消化したかった。

 そんなとき2日前注文した新しい米10kgが宅配で送られてきた。

 まもなく新米が出てくるらしい。それで今回は10kg袋1つにした。

 来週は、娘がシンガポールから一時帰国する。

 おいしい米を食べさせてあげたい。

2011年9月 7日 (水)

だいぶ涼しくなりました

001
 以前の暑さも影をひさめた感じだ。

 2号線に入って、しばらく走って、いきなり2人のローダーに抜かれた。

 かなり早いペースで走っているが、先を見ると2人とも信号無視を繰り返している。

 ちょっと最低に思える。

 何回もいうがロードバイカーは、交通ルールの模範であってほしい。

 それも逆ではだいなしだ。

 そんなことを考えながら走っていると、前にターミネーターさんが見えた。

 彼もなかなか早い走りだが、信号のタイミングで歌島橋交差点で追いついた。

 淀川大橋の登りは、僕のほうが有利なので、前を引いた。

 そして野田阪神で別れる。

 だんだん気候がよくなってくると、ちょっと遠出か自転車イベントに参加したくなるが、この月と翌月は土日がいそがしい。

 しかしなんとか自分ひとりでも企画してみたい。本当は通勤仲間でツアーするのが念願なのだが、なかなか難しい。

 

 002


今日仕事では、オレンジシャツを着て行ったが、これは一昨日3男が買ってきてくれた染料で染めたのだ。

 それで気分もリセットされる。

 なんでも消去するのは簡単だが、できるだけ生き返らせたい。

 仕事自体は山のようにあるように思えるのだが、一定の成果があった。

 

 帰りjは気分よく5時過ぎに帰る。

 夕食は、思い切って作った経験は少ないが、オムレツというよりもオムライスを作ることにした。

 何事も挑戦だ。005

 できばえはいい。しじみの味噌汁も添えた。

 ただ、オムライスはトマトの缶詰で味付けしたのが、まちがいであまり味がない。

 ちょっとこれは課題ができた。

 研究の余地ありだ。

 ところで今日は昼休み、英語のリスニングレベルがをとうとつ116点に達した。

 次はレベル5に挑む。

 それにしてもIPHOMEはいろいろ役に立つ。

 

2011年9月 6日 (火)

中4日休みのひさびさの自転車通勤

001 それにしても台風12号の影響は大きかった。

 時速15kmというのだから、自転車で日本を横断したような時間がかかっている。

 それが今日はやっと痕跡が去り、日本晴れの朝だった。

 4日の自転車休みを挟んで、今日から今週スタートだ。

 JR立花のバイパス登りはそれでも案外19km/hを下回らず走れた。

 しかし仲間には誰のも会わなかった。

 走り初めは寒いだろうと思う、アンダーを一枚着てきたが、それなりに暑い。

 道路温度は24℃だった。

 ただし今日の走行時間は51分かかっている。

 まあしかし疲れることもなく職場に着いた。

 仕事は昨日休んでいる分午前中は大忙しだ。

 午後は会議の連続。あっという間の夕方だった。

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帰りも晴天。気持がいい。

 きょうからしばらく自宅は妻と二人だけなので、買い物をして帰っても慌てることもない。

 そのせいかずいぶんゆっくりしてしまった。

 というのは、昨日IPHONEから自分の動画をユーチューブに投稿することに成功し、今日は自分の演奏している姿を動画でとり、YU-チューブにアップしてみた。

 ところが、演奏曲名「遠くふるさと離れても」だが、あまりのも被災地支援の演奏の中におなじようなキーワードがたくさんあって、自分のアップしたものが見つからなくなった。

 ただちょっと新しいことを覚えてしまった。

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 夕食は、とんかつのつもりで豚肉に小麦と卵とパン粉をつけてフライパンで焼いたが、ちょっと思っていたようにはならなかった。

 が味はまあまあか?

2011年9月 5日 (月)

3男のイタリア3度目の渡航をサポートの一日

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7月に一時帰省していた3男がイタリアに帰る日がやってきた。

 朝9時40分発ルフトアンザ航空、フランクフルト行きに乗るので、家を7時過ぎに出てマイカーで出かけた。

 なにせハードケース一つ、大きなバッグ一つ、それに手荷物一つという大仕事なので、一人では大変だ。

 しかし3男のパスポートはすでに沢山の履歴がある。

 予定どおり8時10分関空到着。

 国際線4階はANAの窓口にたくさんの人がチェックを待っていた。

 反対のルフトハンザ窓口は対照的に人が少ない。

 手続きを終えて、両替所に向かう。

 銀行は各所入っているが、ずっと南口搭乗一口付近の銀行で少し安いところがあったが、1ユーロ113.7円だった。

 まもなく早めに搭乗ゲートに入りたいということで、ゲート入口で見送る。

 一応手荷物のチェックが無事終わるまで、見ていた。

 まあ別れは辛いが、また勉強に向かうのだから、祝福するべきこととして受け止めよう。

 けじめをつけて、関空を出る。

002 せっかくの休暇日なので、いろいろ予定を組んでしまうのだが、この後突然数日前故障したキャノンのプリンターを中之島のサービスセンターに持っていくのと、星空映画会で使うはずだったプロジェクターを西宮の労組事務所に返しにいくことが残っている。

 しかし後から考えてわかったが、関空まで行って、また大阪と兵庫にもどって用事を済ますと昼前になってしまうのだ。

 さて、キャノンのサービスセンターは、大阪中之島リーガロイヤルホテルのすぐそば、あやめ池筋の道近くにある。

 ちょっと建物を探したが、なんとか駐車場を見つけ、2階までもっていったプリンターを運んだ。

 窓口ですぐ預ける手続きと思ったが、「黒だけ色が出ないんです」というとその場で、インクを付け替えてテストしてくれた。

 すると見事に色が出た。

 結論的にはインクが純性でないものを使うと不具合が出るらしい。しかしそんなものがあることを初めて知った。

 しかしとにかくその場で直って、お金を取られなかった。

 なかなかいい対応だなと思った。結果はインクでも事務的に預けてしまうと9,450円は取られる。

 まあ良心的な係の女性だったのでよかった。

 ガラスの向こうではたくさんの人が補修かで働いているのが見える。

 気分よく次を目指す。外はまだ雨が降っている。

 サービスセンターでしばし待っているとき、次のプロジェクター返却場所へ電話を入れた。

 ただ大阪北区から西宮札場筋の方まで移動するだけで約1時間かかる。

 10時半ごろ出発した。

 「11時半ごろ行けると思います」と言っておいたが、実際そのちょっと前23分ごろ着いた。

 これで今日の用事は終わったのだが、次いでだと思って近くのスーパー銭湯「やまとの湯」に行くことにした。それに思いついて、近くに「山田デンキ」があることを思い出し、先にそこへ行った。

 キャノンのインクコーナー付近を見つけ、製品番号など確認したが、サービスセンターの人が言っていたように確かに「キャノン用」という他社のコーナーが純性の棚の裏にある。

 それは初めて知った。

 ただ純正商品も適合番号がわかりにくく、すべての製品番号を書いていないのだ。早わかり表で初めて適合していることがわかり、購入したが、しばし焦った。

 しかも棚には5点セットが品切れとなっていたが、支払コーナーで聞いてみるとあるではないか。まあ結局安く購入できた。

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 そしてすぐ近くにある「やまとの湯」に来た。

 ここは久しぶりだ。

 ただ中はきれいに管理されているようで古い感じはまったくしなかった。

 ここでついでに昼食を済ましていこうかと思ったが、家に昨日作ったハヤシライスが残っていることを思い出し、りんご酢だけ買ってのみ、そのまま帰った。

 家に帰って食事を済ますとボっーとするところだが、プリンターのインク交換をしてみた。

 そのままテストで本のコピーをしてみたが、見事にすべての色が出ていた。

 そのあとはダラダラ過ごしていたが、しばしスティーブ・ジョブスの2作目を読む。

 その頃空も晴れてきて、気分よくなってきた。

 4時半を過ぎ、早めにコープ立花に買い物に行った。

 今日は夜に2,3日前から静岡に青空市かで、販売のため、出かけていたが、今日帰ってきて、イタリアにもどった3男を追いかけて、夜の便でそのイタリアの3男のもとに行く。

 早めに食事を作って正解だった。

005_2 きわめて和食的夕食にした。

ただ塩さばは、ノルウェー産だ。

 2男は、夕食を済ませ、慌ただしく出て行った。

 しばし我が家は夫婦のみということになった。

 それにしてもこの雨のせいでタオルとバスタオルの棚は空になっていたが、やっと取り入れることができた。

 しかし今回の台風で70人以上が死亡と行方不明になっている。

 地震のように事実上予期しない災害と違い、台風は予測されるものなのに、毎回犠牲者が出ることはどうしたことだろう。しかも今回は悲惨だ。

 規模は違うがまるで津波被害とおなじような形で被害をうけたところがある。

 なんとかならないのだろうかと思う。


2011年9月 4日 (日)

スティーブ・ジョブスの驚異のイノベーション読み切る

001
 午前中、雨はいまだ台風の影響ではげしく降り続いている。

 洗濯物はなかなか乾かない。

 用事を済ませ、読書に挑む。

 「スティーブ・ジョブスの驚異のイノベーション」もあと20ページほどだった。

 前作の驚異のペレゼンが20万部のベストセラーということが書かれていたが、この本の後半でも彼のプレゼンに臨む姿勢というか、力の入れ方について詳しく書かれていた。

 とにかく自分の考える法則に基づいて用意周到にプレゼンに臨む。

 ただ発表するというものではないらしい。

 すべての人に感動を与えるというものらしい。

 そんな間に昼になり、娘が以前シンガポールから持ち帰ってきた即席ラーメンを食べることにした。普通に作ると激辛なので、冷蔵庫に残っていた鶏の胸肉ともやしをさきに炒め、一緒に炊いた。

 それがなかなかまろやかな味になり、辛さを和らげた。

 午後からはどうもぼーっとする。

 古いパソコンをいじっていたりして、すでに2時半ごろになってしまった。

 それでそこからスティーブ・ジョブスの驚異のプレゼンを読み始める。

 本というのは大抵最初は集中しにくく、あとに行くほどはまるもので、この本も最初読み始めて、読んでいる時間帯も影響してだが、眠気が読むことを阻む。

 ついに4時前にとなりの和室で本格的に昼寝に。

 しかしよく寝つけず、突然4時45分ごろ、思いついて「スーパー銭湯に今から行こう」と思った。

 突然だ。

それで慌てて用意をし、なぜかGIOSマウンテンで出かける。この前ハンドル握りを替えたばかりで、快適だ。

 銭湯に行こうと思ったのは、雨が完全に止んだことが大きいかもだ。

002
 目的地は、阪神センタープール前近所の「蓬莱湯」。

 だいたい30分はかかる。

 JRの踏切を通っていくはずだったが、こんなときに限って、車両の異常な何かで遮断機があかない。

 しかたがないので、駅の地下通路に戻り、先をめざす。

 最短の近道を走る。車も入れない道だ。

 25分ぐらいで蓬莱湯に。

 真ん中の茶色の源泉には人がつまっていたので、端っこの透明の湯に入った。

 「気持ちいい」。来てよかったと思う。

 なぜかこの湯が一番いいかもしれない。

 風呂を上がって、外に出るとまさかの雨だった。

005 蓬莱湯の駐輪場で少し雨が止むのを待とうと思ったが、止みそうもないので、かかんに雨の中を走る。

 マウンテンで来てよかった。

 JRの地下道を超え、コープ立花に買い物に行った。

 きょうに夕食は2人だけだが、ハヤシライスに決めた。

 ビーフハヤシなら牛肉なのだが、シチューと勘違いして、鶏肉を買った。

 家に帰ると6時半になっていたが、急いて支度にかかる。

 妻は神戸で保育のフェスティバルとかでこの台風の後雨の中、出かけていったので、帰りは遅い。

006トウモロコシを添えたが、オーブンで焼いたら焦がしてしまった。

 ハヤシライスはまずまずの味だ。

 明日は7月から家にもどっていた3男がいよいよイタリアに3年目の授業のため戻る。

 一応ぼくが関空まで休みを取って送っていくことにした。

 あまりにも荷物が多いのだ。

 ただ朝は早い。7時には家に出て、8時過ぎには関空に着くスケジュールだ。

 寂しさはあるが、しかたがない。

 後を追って、双子の2男はともだちとその3男のいる家に観光と宿泊に行く。

 入れ変わりでシンガポールの娘が今月しばし帰ってくる。

 9月は子供のことでいろいろ忙しい。






2011年9月 3日 (土)

台風の中、映画「コクリコ坂から」を見に行く

001


 今日はひさびさに休みの土曜日。しかし台風12号(タラス)が直撃するということで午前中は家で待機していた。

 しかし思ったより台風の気配がない。

 テレビの報道では、暴風雨圏内に入っているというのに、外では人が普通に歩いている。

 妻は午後2時から歯科治療があるのだが、急に映画にいこうかという話になり、ネライは「コクリコ坂から」。

 見たいと思っていた。

 それでパコソンを取り出し、西宮ガーデンズを検索し、東宝シネマをクリックする。

 ちょうど2時15分からの上映でツイン席が空いていた。

 「よし」ということで、歯医者は時間を早めてもらうとして、この時間帯で予約し、見に行くことになった。

 Kokuriko_ph15


Miyazakigorou 台風だというのに、西宮ガーデンズ、そして5階東宝シネマはたくさんの人が来ていた。

 発券機で予約した番号を入れ、席の券を取り出す。

 

 妻はぎりぎりやってきた。

 映画は、事前に「あまりおもしろくなかった」という評判も聞いていたので、ちょっと不安であったが、見て感じたのは、面白かったということだ。

 1960年ぐらいの東京オリンピック前の時代だが、時代考証は走る車の車種や、街の背景などかなり調べられて描かれているように思えた。

 一番面白かったのは、主人公の通う高校の部活のための建物が木造3階建てだが、「おおッ!」と思わせる建物だ。

 その建物がストーリーに関係するのだが、主人公の海と知り合った男性との恋愛が青春らしい。

 それが二転三転していって最後は感動させるのだが、彼女が

家族と住んでいる海の見える丘がまたいい。

 やはり映画は結果的にも内容全体にも前向きなものが好きだ。

 監督の宮崎吾郎さんは宮崎駿の息子だが、みごとにあとを継ぐための作品になったのではないかと思う。

 ただこの作品を監督することになり、苦悩し、父親との葛藤を描いたテレビでのドキメンタリー番組を見たが、彼にこれからも注目していきたい。

002
西宮北口から一駅、武庫之荘に降りて、家に向かったが、帰り道数か所に見える田んぼには、稲穂がみごとに実っている。

 この土地で稲を育てているというのは本当に貴重だが、作る人の継承があるか、ないかでそれは決まるのだろうと思う。

 写真の田んぼは持ち主のおじいさんが孫と思われる中学生ぐらいの若者にそれを教えている姿を田植えのときに見た。

 ぜひなんとか稲づくりを止めないでほしい。

 借景的にもそうだし、環境保全的にもいい。

 そんなことを考えながら、家に着く。

 やや疲れて、二人とも居眠りしてしまった。



2011年9月 2日 (金)

台風接近 さすがに電車で通勤に

 こんにスピードの遅い台風はじれったい。

 今回の台風名はタラスというらしい。

 ネットで調べると、キルギス共和国の北西部、天山山脈から北流するタラス川中流の西岸に臨む都市とある。

 それがなぜ台風12号なのかかわらないが、すべて名前をつけることになったらしい。

  まあしかし来るべき季節に来た台風という感じだ。

 ひさしぶりの電車通勤でかなりの雨を予想してカジュアルウェアで出かけた。

 電車通勤のメリットは本が読めることだが、今まだ「スティーブ・ジュブス驚異のイノベーション」を読んでいる。

 ただ、企業のあり方というか、発展の仕方になにが必要か、よくわかる。

 その企業のただ技術のみを売るのではなく、消費者に夢と希望をあたえる。それは決して大きな金を使うことだけではないという。

 それを実践しているウイスティンホテル&リゾートの例が紹介されたが、すべての職員の名

札をすべて変更し、名前の下に「私の情熱は」ということを書いているという。

 そこから客との会話を生み出すちょっとしたアイデアだ。

 けっしてホテルの客は、施設の豪華さだけで満足いくということではないということをつかんでいるんだろう。

 ちょっと大きな勉強ができたような本だ。

 これが終わったらその元になった「スティーブ・ジョブス、驚異のプレゼン」を読もうと思う。

 仕事は午前中は会議だったが、午後からはその報告文書作成と関連の作業をした。展示会で東日本大震災チャリティーイベントをやる。その話し合いだ。

 被災地支援はこれからが本番かもしれないと思う。

 被災地の人々は、これ地震と津波と放射能汚染の中で、大きく人生が変化した人達がたくさんいる。そしてそのことに苦悩しているのを昨日報道ステーションでも描かれていた。

 そんな現実を僕たちは関西にいて報道で描かれる以外まったく知らない。

 同じ日本に住んでいる限りもっと心を一つにする必要がある。

 そのことに自分も貢献したいと思う。

 帰りは5時を少し回ったところで帰る支度をした。

 電車のダイヤは意外と遅れがない。001

 JR立花について、コープ立花に寄る。

 魚の煮物を考えていたが、何故かさんまの半額に魅力を感じ2匹1パックを2パック買った。

 ちょっと質素な料理になったが、「日本人なら秋刀魚やろ!」という季節なので、これをいいだとうという気持だ。

 週末定番カレーは明日でもいいだろう。

 台風は夜中に日本を通過してしまうことを祈る。

2011年9月 1日 (木)

台風直前、風の中を走る

001_2002

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 台風12号が近づいてきた。

 一般的には今日は自転車通勤は、不向きだが、まだ台風が近づいてくる気配はない。

 レインウェアをデイアックに詰めて、家を出た。

 雨が降ったあとらしく、道路側溝側は、水のたまりができている個所が目立つ。

 やはり台風が来る前は湿度が高なるだろう。蒸し暑い。

 まあ、スポーツ自転車で遠距離を通勤しているふうの姿をみない。

 ちょっとおしりが濡れるのが心配だったが、なんとか先を走る。

 信号がまだ青にならないうちに前進したり、赤になったのにそこを通りぬけようとする自動車、自転車が多いのが気になる。

 今はないバネストというスペインチームのウェアを一つ持っていて、それで走った。

 気を使いながら走ったせいで、53分かかった。

 それからあまり自慢できないが、歌島交差点に差し掛かるダンプなどの渋滞する中、路肩をすり抜けようとしてダンプの横、50cmほどに見える空間の中、少しバランスを崩しかけて、ブレーキを軽くかけたら、下のグレーチングでやや滑って、落車しそうになったが、歩道との間のフェエンスにもたれかかってもちなおした。

 ひさしぶりのスリップだ。

 

 職場について、午後からの全体の会議のための資料のコピーで追われた。

 その間にいろいろの作業もかけもちでやった。

 ひっきりなしで印刷会社から電話がかかってくる。

 これは忙しいという雰囲気だ。

 まあその佳境も今日までか。

 明日はやっと週末だ。それをはげみに働く。

 夕方も全体の会議と別の会議がかさなり、そちらに移動したが、なんとか5時過ぎそれも終えた。

 外はこまかい雨が降っているようだ。

 今日は帰りにコープ立花で買いたいものがたくさんあり、職場についてから紙のかけらに思い出すようにそれをメモしていた。

  印刷機のインキ、スキムクリーム、シャンプー、それから夕食の食材だ。

 ただコープまでは台風の風の追い風に助けられて、6時15分ぐらいに着いた。

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家に帰って、今日職場のカレンダーをやぶった分で中島 潔氏の絵画をNくんがくれたので、さっそく風呂の壁に張った。

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 夕食はおもいつきで、肉じゃがとざるそば。

 なぜかこれが頭に浮かんだ。

 肉じゃがは得意中の得意だ。

 この台風直前の日に合っているように思えた。

 食べながらちょっとホッとひといきだ。






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