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2012年3月31日 (土)

またまたまたログハウスにやって来た

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やっと土曜日になった。
午後からの会議を終えるとまたまたログに行く。
ところで自宅にも待ち遠しかったすももの木の花が開いた。
ただ数年前までのような花の数はない。

しかし一様満足し、昼職場に向かった。

会議は、約2時間、充実した状態で終了した。
ただちに帰るしたくをし、大阪駅に急いだ。

というのは夕食用に駅弁を買うためだ。

大阪駅は3.4番ホームと11番ホームに駅弁を販売していることを事前にネットで調べた。
それで3.4番ホームでそれを探す。

一番東端のキオスクにそれがあった。
早速2種類買って家に帰った。

妻はすでに帰ってきていた。
あわてて用意し、5時45分ごろ車にまたがった。

それにしても今日は寒い。

途中高島市にさしかかると摂氏5℃だった。

約2時間で現地到着。

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やはりログハウスはいい。

2012年3月30日 (金)

やっと暖かくなりました

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 なぜか4月まじかにして寒かったが、今日はやっと暖かさを感じる。

 

 朝は前輪の空気を入れなおして、家を出る。

 もう上着はいらないくらいだ。

 週明け少し痛みを感じたが、なぜか痛みが和らいでいる。

 ただ誰にも会わなかった。

 職場についたのは8時47分ぐらいだった。

なんといっても今日は週末。

 気持ちはやはりうれしい。ただ明日も会議がある。

 夕方からは、ログに向かうつもりだ。

 仕事は、明日の会議の準備が大半。それにホームページやその他のメール配信などの仕事があるが、これがおもしろい。

 朝10時半ごろから大阪市内のN歯科に資料をもっていくため、職場の自転車で出かけた。

 まったく小春日和だ。 

 西横堀川跡にそって走ったが、昔の堀そばの面影をやや感じる。それなりの石碑もある。

 ただ、現在は車優先の道と高速道路の様相で景観はずたずただ。

 テレビの「ブラタモリ」を見ていて、大阪にもこういう番組を組んだら面白いのになと思う。

 帰りは北堀江を通って帰ってきたが、街なみは完全に若者の街だ。

 大きな公園では、花見用のぼんぼりがつりさげられていた。

 やはり平和ってすばらしい。

 そんなことを感じながら職場にもどった。

 昼はいつものように喫茶キャビンで読書。今読んでいるのは角田光代が書いた「曽根崎心中」。

 読み始めるとはまってしまって、時間はあっと言う間だ。

 男と女、遊女と丁稚あがりというまずしく大変な境遇の中で純粋な愛をはぐくんだ2人がいじらしい。

 午後は銀行の担当との面談、それからパソコン作業で夕方になる。

 5時を過ぎて少し用事があり、帰るのは6時過ぎだった。

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 帰りは一番上着を脱いで、軽いウェアでペダルを踏む。

 野田阪神ぐらいから、どうも後ろにずっと着いてくる自転車1台。

 ちょっといやなパターンだ。

 しかし今日はなぜかスピードが出る。

 うしろから追いかけてこようが気にしない。

 風はかなり不規則に前後左右から吹いてくる。

 ちょっと危険だがわくわくするからおかしい。

 今日は買い物をしない。ストックしてあるカレー2パックを解凍する。

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 やはり週末という感覚を自覚すると気持ちが楽になる。

 週末ビバ・カレーだ!



2012年3月29日 (木)

歩いているだけが幸せに感じてみるのです

001 今日は岸和田の点数説明会に要員として派遣されるので、帰りのことを考えて電車通勤した。

 それでJR立花の駅まで歩きながらひと考えたのだが、約15分の歩行が長いと感じるより、歩いて移動できることの幸せをあらためて感じたりした。

 つまり五体満足で健康でないとそのことができない。

 当たり前の行動なのだが、当たり前ではないかもしれない。
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違う角度から見るとすごく貴重なことなのかもしれない。

 そして今生きていることがそう実感できるのだ。東日本大震災の津波で家族を失った多くの人の記事を見るとあらためてそう思う。

 ところで岸和田という土地は今NHK連続テレビ小説「カーネーション」の渦中の場所だ。

 その説明会を終えて、南海電鉄「岸和田駅」までの移動道、その痕跡を探してみた。

 あった。あった。商店街の中に洋裁コシノという記念館のようなものがあった。

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 そして岸和田という町の独特の町並みも気に入った。

 しかしその岸和田駅からナンバまでは軽く40分以上はかかる。

 しかし連絡よくナンバには5時10分ぐらいに到着し、そのまま帰ることにし、地下鉄千日前駅に連絡し、そこからJR海老江に行った。

 着いた時間は5時25分。

「ラッキー!」

これなら6時前にJR立花に着けるからと思ったのが大きな間r違いだった。

 というのはその東西線のずっと先のほうで、踏切に無理に入った車かのなにかのせいで、電車は急停車し、そのおかげで50分以上の遅れというアナウンスが。

 実際自分の場合は、もっと前から車両は送れていた途中からプラットホームに入ったから実質は30分の遅れだ。

 それにしても客はじっとがまんして待っているものだ。

 しかしいつもより早く帰れるという淡い期待は吹き飛んでしまった。

 まあ僕は電車通勤するときは30%の確率で延着になる。

 それだけ日常茶飯事なのか、ぼくが運が悪いのか、どちらかだろう。

 自転車通勤ならこんなことはまったく影響しない。

 まあとにかくjR立花には6時25分到着。

 これならよしとしよう。

 今日も夕食作り当番だが、朝からオムレツと決めていた。

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 実は昼も会場の横のレストラでオムライスをいただいたので、連続だが、その昼食を勉強してたまごの衣はイメージしてみた。

 ただ自分のほうがおいしいかなとか手前味噌なことを思う自己満足度100%のぼくである。

2012年3月28日 (水)

週中日、足は快調になってきたのです

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 昨日と同じくらいの気温かと思って家を出たが、稲川橋温度計はなんと12℃だった。

「ええ、昨日の6℃も違うのか?」と驚く。

 寒さという感覚はまったくない。

 ただ風はやや向かい風だった。

 だから帰りは必然的に追い風だろうなと思いつつ走り続けたが、実際は帰りが強い向かい風だった。

 職場には8時40分到着だったと思う。

 今日は週の丁度中日だ。

 週末まであと3日か。

 すでに週末はログに行くつもりにしているので、朝のトイレの中でも、その移動手段を電車にするべきか、それなら往復経費3700円で行けるとか、、ただ車だと荷物がたくさん運べるなとか、だけど車だとこのガソリン価格が急騰している中、高速代との移動費用は5500円はかかるなとか、それが楽しくもあるが考えていた。

 仕事は、面談等の約束はないが、それなりに充実していた。

 今週はどうも頭が冴えている。仕事がすべて思うよりうまくいく。

 ただどうも仕事中のトイレに必ず行きたくなる。

 今週から納豆をかならず夕食で食べているせいかもしれない。

 それで今日はノー残業デーということで、5時過ぎには帰る用意をした。

 5時20分ごろには職場を出た。

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 昨日撮影した新町歌舞練場跡の正面を今日は写してみた。

 ただこの建物の全体からすると一部になっているのが、残念だ。

 しかし1階の入口付近では、この現在の大阪屋という本出版社の社員が動き回っていた。

 ちょっと心残りのまま、自転車を進める。

 しかしその後ずっと強い向かい風が続いた。

 かなり低い姿勢を保ちながら我慢のペダリングをした。

 淀川大橋を渡るときは最悪だった。

 ギアーをひとつ軽くしてもいいところだが、そのまま進んだ。

 橋を降りたころ、前方によく出会う前籠付きクロスバイクの不思議や高速バイク女性がいる。

 やばい。

 もし追いぬいちゃうと抜かれないように真剣に走らないといけないようなことになる。

 それで後ろをついて走ろうとしたが、接近しすぎて、彼女はいつになく遅い。

 やむなく追いぬく。

 後は向かい風が続く中、ドロップハンドル下段握り続け走行。

 結局追い抜かれることはなかったが、結構接近してきたかもしれない。

 いや思いすごしか。

 油断できない不思議なバイカーだ。

 稲川橋を超えるともういない。

 しかし後もずっと向い風だ。

 ただ姿勢の使い方でかなりスピードは維持できる体験を今日はできた。

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 夕食はすべて冷蔵庫にあるものだけで創作した。

 豚肉の照り焼き風がメインだ。

あとはサバの粗。野菜はキャベツの創作とダイコンのすりおろしとニンジンの煮物だ。

 ビールは今日も一番搾り。

 まあホッとする瞬間だ。

 
 

2012年3月27日 (火)

自転車は信号守ろうぜ

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とにかく大阪も尼崎も自転車の信号無視は多い。

 これはどうしたことだろう。

 僕自身は不思議で仕方がない。

 いくら車が通ってこないとしても見落としはある。

 また青信号で通ろうとする自転車、自動車にとっては危険この上ない。

 しかも大阪なにわ筋などでさえ、僕が青信号で通過しようとするときなど、これ見よがしに、こちらが減速しなと絶対ぶつかるという場面でも無理に通ろうとするから最悪だ。

 ただ、ニュースにもなにも乗らないところで、信号無視での死亡事故があるのではないかと心配する。

 さて朝職場には、8時40分に到着した。

 仕事では結構自分としても頭が冴えているような気がして、課題はどんどんやりあげた。

 時間もあっという間に過ぎていく感じだった。

 帰りは、やや気持ち的に余裕で寄り道したい気持ちになったが、いつも通っているなにわ筋で気になっている西区新町の元歌舞練場の建物の裏を撮影してみた。

 すでに全貌は残っていないが、ビルとビルの間にみごとに現物が残っている。

 かつては、昭和の初めか、京都の歌舞練場のように芸子や舞子さんのような人たちが、ここの舞台で踊っていたのだろう。

 もっと前には、今は高速道路の橋げたのため、埋めてしまった西横堀川に新町橋があり、その橋を船場あたりから商人たちが渡って、新町の女郎屋に遊びに来たというから歴史がある。

 ただ今日は写真を撮っただけだが、中を見てみた衝動に駆られた。

 

 そのまま帰路に向って走った。

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 尼崎に到着し、なんと前方に地平線(地平線は見えないが)に太陽がきれいな情景を見せていた。ただ直視はできない。006

 やはり晴れた日はいい。

 今日はコープ立花に寄らずに家に直行した。

 夕食はこの前の土曜日、共同購入で運ばれてきた食材の中から冷凍手羽先を焼いた。

 風呂に入って、しばしピアノでまたまたLet it be の練習。

 あと少しで録音に耐えるだろう。

 そして2男が帰ってきたので夕食に入る。

 ビールは2男が一番搾りをたくさん買ってきてくれたので頂戴した。

 びさりぶりの正真正銘ビールはうまかった。

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2012年3月26日 (月)

週明けは辛い が自転車は楽しい

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楽しかった週末もあっという間に過ぎ、今日は週初めの出勤だ。

 6日は通勤が続く。

 しかし自転車にまたがってしまうと気分がよくなる。

 おまけに週初めからサッシーと遭遇。

 かなり自分にとっては早い段階から、トレイン走行だ。

 信号待ちがやたら多かったが、その分会話できる。

信号手前で黄色になったことから話がはじまり「やっぱり安全運転優先やね」と言うと、「それで10年ぐらい無事故なんですね」と煽ててくれる。

 僕自身は走行技術がきわだって高いわけでもなく、運動神経が発達しているわけでもない。

 ただ自信があるといえば遠距離までしっかり見えているということかもだ。

 まあとにかく念には念を入れた安全走行、安全対策だろう。

 野田阪神でまた「気つけてな」と言いながら別れた。

 あとはやや足への負担を気にしながら、スムーズなペダルの回転を意識する。

 今日は通勤時間がやけに長く感じたが、職場には8時45分ちょうどに着いていた。

 仕事は、午後から定例の京橋での地域支部での会議があるため、何故か朝から落ち着かない。

 それにしても今日は寒かった。天気予報を裏切って、雨も出てきた。

 ただ夕方には雲間に青空が見えてきた。

 帰りはかなり寒いと思ったが、それほどでもなく、やはり確実に前後しながら春に向かっていると思った。

 野田阪神あたりから、僕の前にけっこう低速のおばさんバイクウーマンが阻んでいて、それにずっとついて走った。

 ただ運転に卓越していないのか、スピードがやたら遅くなったり、早くなったりする。

 「それはやめて!」と思いつつ、ペダルを加速したり、ブレーキで減速したり走りにくい。

 しかし2号線、尼崎繁華街で左折した。 

 やっとマイペースで走ることができた。

 まあしかしペダルを踏んで一定のスピードを出して走ることは楽しい。

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 今日もコープ立花にはよったが、食材以外のものを買うためだった。

 家に帰って夕食の準備。

 今日は鶏肉のから揚げがメインだ。ただこれはコープの冷凍調理済みのものだ。

 あげ加減がわからない。

 まあしかしそれなりのものができた。

 昨日飲まなかったが、というか昼飲んだため、夜はなしというだけだが、今日は買ってきた「麦のごちそう」を飲んだ。

 月曜日だというのにすでにログハウスに今度行く日のことを考えている。

2012年3月25日 (日)

少年団尼崎センター20周年祝賀会

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 ログでの生活は昨日で切り上げ、今日は一度しかやらない地域の少年団の20周年を祝う会に参加した。

 まあ仕事も一つあって、正面に貼る題字を作ってくることになっていた。

 なにせ家のペリンターでの製作のため、一文字最大A4の大きさが最大だ。

 まあ何とかそれで間に合った。

 会はゆかりの人達から現役の指導員、父母まで75人が尼崎の各地から集まってきた。

 思い起こせば20年前、自分の地域にも少年団を作ることになり、それに微力ながら加わった。

 前に書いたが、もちろん自分の子どもたちの成長の場ではあるが、親である自分が成長させてもらった。

 もちろんいいことばっかりというわけではない。

 しかし自転車生活にはまるきっかけにも多いに関係があった。

 そのころは、100kmぐらいも自分が自転車で走れるとは思っていなかったし、六甲山など自転車で登るなんて夢の世界かと思っていた。

 ただもっと前の学生時代「サイクルスポーツ」という雑誌はすでに読んでいたから、走ることは続いていたのかもしれない。

 ただ機材に進化は、この10年劇的だ。最近はトレンドにもなってきた。

 まあアウトドア大好き生活にはまってきて、その途中に少年団活動に加わったという感じだ。

 そんなことを思いだしながらいろんな発表を聞いていた。

 しかし最近の若者には期待している。

 よく僕らの青年時代は、「革命」とか「革新」ということばにおぼれたり、アバウトな未来への期待をもっていたときだったが、ただその行動はかなり教条的というか、情報の数が今とは比べるべくもなく、真実を見抜くという作業は、いいかげんだった。

 今の若者は、意欲さえあればいろんな情報の入手することができるし、グローバルな人たちと交信もできる。

 だからきっと悪い政治が国民をだましても保たれるという時代はなくなっていくだろうと思う。

 人間真実を知ることほど強いことはない。

 だから若者たちには真実を知ろうとする貪欲さをもってほしい。

 ポディティブなモチベーションと知識欲を持ってほしい。

 そのことにやっと今自分が気づいている。

 会は3時半には終わり、家に帰ってしばしゆっくりしながらIpadを触ってみた。

 「動物、植物図鑑アプリ」は生かす価値ありだ。

 昨日収穫したふきのとうとつくしをその情報の横のメモにコメントを入れてみた。

 後は英会話アプリだが、すでにレベル8まで進んだIphoneだが、Ipadではレベル1からやり始めた。

 そのうち居眠りし、夜になり夕食は日曜日だが、ぼくが担当した。

 メインディッシュはサバの生姜煮だ。

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 純粋の和食ができた。

 昼にビールを飲んだせいで、夕食は、酒を断った。

2012年3月24日 (土)

10回目のログ滞在記

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 昨日は仕事から直行でログハウスに行き、ブログ更新をIphoneで試みたが、原稿は書いたものの保存をクリックしたとき消えてしまった。

 それで今日あらためて報告するのだが、仕事は一応真剣に5時までこなし、すぐ大阪駅から6時44分の敦賀行き新快速に飛び乗った。

 そのまま近江中庄まで乗り換えなしで到着した。

 時間は7時55分ぐらいだった。

 

 雨の中を歩きだすとなんと街路樹の下のつくしの群生発見。

 ちょっとサプライズでおどろいた。

 ログへ向かう足取りも軽い。

 そんなこんなでログに着いて風呂に入り、先週置いていった焼酎で一人さかもりだ。

 テレビではNHKでロンドンオリンピック特集がおもしろかった。

 一夜明けて、24日。

 雨は降り続いていた。

 今日はとにかく庭の木の状態が気になって見てみた。

 カリンはかすかに小枝につぼみが出てきていた。

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 それで雨に中、9時過ぎからログを出て、山菜を探しに先週と同じポイントに行ってみた。

 それについでに灯油タンクを前籠に入れてあとでガソリンスタンドに行くことにしていた。

 そのポイントにはまだふきのとうは十分出ていた。

 しかしつくしはない。

 そのままスタンドに行った。

 今や1.8Lで1700円を超えている。

 

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 高い!

 そのまま前籠にポリタンクに乗せたがちょっと危険。

 ただAコープまでその状態で行ってみた。

 そこについてポリタンクを荷台に置いて、持ってきた紐でくくってみたが、ちょっと長さが足りない。

 近くにンバスを待つおばあさんが、どこかに行って、紐を持ってきてくれた。

 こんな他人の心づかいに頭が下がる。何度も「ありがとうございます」と頭を下げた。

 Aコープでコイのあらいの刺身を買って帰った。

 それで炊いておいたごはんと刺身とミニカップラーメンで昼食にした。

 まだ雨はやまない。

 テレビでは渡瀬恒彦の「タクシードライバーの推理日誌」を見ながら、片付けと掃除に追われた。

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午後2時54分近江中庄発の新快速に乗る。これも直接立花まで乗り換えなしで行ける。

 この時間は案外込むことなく、大阪まで進んだ。

 立花についてもなんと寒いことか。

 コープで買い物をし、カレーの食材を買った。

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 最近金欠生活に慣れてきて、カレーの肉は条件反射的に牛スジのカゴに入れた。

 それにしても昨日から休みのような錯覚があり、今日は日曜日のような気がするのだが、まだ一日休みがあるので得したような感覚になっていた。

 しかし家に帰るとホッとするから不思議なものだ。

2012年3月22日 (木)

今週2日目にして自転車通勤は終了

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 最近はその日が寒いのか、暖かくなったのか予想がつけにくい。

 たいたいゴミ置き場にゴミを出しに行くときの感覚で、それを判断している。

 今日は朝は寒く、昼は温度が上がるという予報だった。

 たしかに朝はやや寒い。

 それで一枚ジャケットの下に薄いウェアを足して着た。

 それは正解で丁度よかった。

 ただし行きの風向きは追い風。

 これは調子がいい。

 ただ仕事のことを思い浮かべると、午前、午後の2連ちゃんの会議が続くので覚悟を決めて走った。

 しかし走っていると心は開放している。

 職場に着いたのは8時45分だった。

 予定どおり午前の会議を進行し、午後は一定の報告の役割だ。

 あっという間に夕方になってしまった。

 今日は曇り空で空が暗くなるのが速い。

 ただ帰りもペダルは軽い。

 それに昨日からひざの痛みがあるので、無理はしない。

 一つ用事があり、ちょっと帰りのスタートはいつもより遅かったが、なぜかコープで買い物をし、帰っても時間は7時前だった。

002 もともと遅くなる予定だったので、買い物は寿司パックに。

 そして家に帰って、うどんだけ調理し作った。

 ちょっと朝から頭に離れないのは、明日仕事を終えて、そのまま滋賀県ログに行きたいということだ。

 昼休みにも明日のダイヤをIphoneの「乗り換案内」で調べてみた。

 いくら時間を設定しても適当なタイムは、大阪駅18時44分発の新快速しか出てこない。

 これしかないようだ。

  ということは近江中庄駅には19時51分だ。

 まあ真夜中に着くよりだいぶマシだ。

 そのことを一日中考えていた。

 それも楽しい時間かもしれない。

2012年3月21日 (水)

やっぱり自転車通勤がいい

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 自転車通勤は中4日の空白のあとの今日だった。

 しかし足を休めたはずの4日間だったが、昨日、今日起きるときとコブラがえりが両足でおこった。

 足を休めたことが逆に筋肉には不安定になるのか、とにかく痛かった。

 そんなことで今日は当然自転車通勤復活だが、これが正常なのかもしれない。

 しかし水曜日は普通2号線はかなり空いているのだが、今日はなぜか福島区の海老江交差点までぎっしりの渋滞だった。

 通過するバイクが前をさえぎるのものだから、やぬなく追い越し車線との間をすり抜ける。

 かなり出勤が遅れるものと思ったが、職場には8時50分に到着した。

 仕事は結構切羽詰まっていた。

 まあ忙しいほうが時間の経過は早い。

 しかしまだまだ寒さは改善されないような昼の気候だ。ただ通勤は、一枚服を減らしてきた。

 夕方は、ノー残業デーを実践すべく5時過ぎにタイムカードを押し、着替えにかかった。

 帰りはやや追い風。

 こんなときは走ることが楽しくてしかたがない。一定のスピード感はなんともいえない。

 今日の夕食は親子丼と決めていた。

 コープ立花に立ち寄り材料を買う。

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 材料費は1440円だった。

 あと2日頑張って走りまっしょい!

2012年3月20日 (火)

連休最終日はのんびりと

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 今日は特にしておかなければいけないノルマもなく、朝から昨日誕生プレゼントしてもらったIPADをいじっていた。

 

 それから地下収納庫でものを探していて、探していたイマジンの楽譜を発見したので、1階にもどってピアノに向かった。

 そんなこんなで昼になってしまった。

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午後からは、友人との約束していた「赤い鳥」CDのコピーを作る作業に取り掛かった。

 添付に歌詞入りパンフもコピーしたので時間がかかった。

 その後は、午後のテレビで「科捜研の女」を見ながら炬燵の前で睡魔に襲われ、長期昼寝になった。

 テレビでは「相棒」旧版を映写していたが、ほとんど見ていない。

 夕方5時まで間が覚めなかった。

 だいだい2時間も昼寝してしまった。

 思い立って夕食の用意とコープへビールの買い物に行った。

 財布にはまだ1万4千円残っている。あと3日としては十分だ。

 それで自分に許してプレミアムビール6本買ってしまった。おまけに360円にワインも。

 夕食の後テレビでは佐藤浩一と中山美穂のトワイライトエキスプレス物語のようなドラマをやっている。

 今それを見ながら更新している。

 ちょっといいドラマだった。

 明日はいよいよ仕事だ。

 まあしかし3日働けばまた休みというのがうれしい。

 しかし長時間の昼寝でも体はすっきりしている。

2012年3月19日 (月)

還暦、3人だけの誕生会

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 今日は休暇を取りました。

 それで何をしたかというと、3男への送金で銀行へ。ついでに妻の代わりに郵便局へ。

 家に帰ってきて、庭のスモモの木の枝を整理しつつ、カットする。

 それに昼一番でロイヤルホームセンターへ。

 それはもともとぼくが自前で作ったキャスター付き台所棚に妻が100均カーゴを使った画期的収納を完成させるため、棚を増やすことを依頼されたのだ。

 それで、60cm長さの板を買いに行ったわけだ。

 帰ってきて、陽だまりの中でやや昼寝に。

 突然電話がかかり、目が覚めた。

 その後は、この間バージョンアップしたIphoneなのに、着うたが自分のセレクトした音楽が消えてしまったため、再度同じものを設定しなおし作業。

 これがなかなか手ごわかった。データの復元という指示をしたせいで、今度は音楽と動画が消えてしまった。

 そのため他の環境設定も必然的に加わり、夕方までかかってしまった。

 夜は二日遅れの誕生会を企画していたので、気が高ぶる。

 なんといっても60歳の大台を祝うという節目の日なのだ。

 それでさきほどの設定を待っていることもあり、ピアノに向い弾きまくり。次にギターを弾きつつ歌いまくり。

 やはり気が高ぶっているというか気持ちが興奮している。

 ただ今日は敢えて髪を染め、早めに風呂に入ったりした。

 夜夕食のあと誕生会に変更。

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 赤いちゃんちゃんこなんかもらったらいやだなと思っていたら、サプライズだ。

 家にいる2男が末っ子の娘〈シンガポールにいる)と相談して、なんとIpadを買ってくれたのだ。

 やはり父がIphoneに熱中していることを考えてくれたらしい。しかしこの金欠のなかでIpadがもらえるとは予想もしなかった。

 それに妻からは赤いちゃんちゃんこじゃなく、草色のセーターがプレゼントされた。

 おまけに近々結婚するのではないかと思われる2男の彼女から「酒仙」という丹波の大吟醸をいただいた。

 なんとサプライズな誕生日だろう。

 まあ高齢者に足を一歩踏み込んだことは自覚せざるをえないが、それは忘れることにし、うれしい誕生会だ。IPadはちょっと感動ものだ。

 それもこの16日、ニュースで発売開始で、店に殺到した人々のことを映していたその商品だ。

 まあ体が健康なのが、今は最大の幸せなのかもしれない。それに家族の絆は尊いものだと思う。

 今年も目標は英語学習とピアノレベルアップだ。それに敢えて言えば、ログハウスの庭のガーデニング挑戦だ。

 Let it beということばは、「なすがままに」という意味らしいが、とてもいい言葉だ。

 昨日テレビで見た「運命の人」でも、幸も不幸も運命というか偶然の連鎖がなせるわざということを言っていた。

 将来を悲観的に考えてもしかたがない。

 なるようになると腹をくくるのもいいかもしれない。

2012年3月18日 (日)

ふきのとうを見つけた

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 昨日からのログで朝が明けた。

 目が覚めたのはまだ6時前だった。

 外ではなんとウグイスの「ほーおけきょ」の鳴き声がしている。

 ちょっと早いのではないかと思えるのだが、実際鳴いていた。

 さっそく朝の用をたし、外へ出てみた。

 庭に植えたビワ3本は、一本の様子が思わしくないほか、2本は確実に生きている。

 一番心配なカリンの木はかすかに細い枝から、つぼみが見えている。

 なかなかすぐには結果はわからないものだ。

 2人が起きてきて、贅沢な朝食を所望し、9時半ごろより、山菜「ふきのとう」を探しに折り畳み自転車3台にまたがり出かけた。

 ただ先週も一人で捜索にきたが、まったく痕跡がなく、いったいいつになったらふきのとうは出てくるのか、まったく答えが見つけられないまま、出かけた。

 一応以前発見した小川の土手に移動。

 どこにもないようで、諦めかけていた矢先、1つのふきのとうらしき、やや黄色い葉っぱが目に入った。

「ふきのとうだ!!」

 

そのあとはとんとん拍子に目に留まる。

 その土手で3個ぐらい見つけて、さらに小学校の横の田んぼのあぜ道jへ移動。

 あるわ、あるわ ふきのとうが、およそ50個ぐらいあった。

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 その流れで、当然ログに帰って天ぷらということしたいが、小麦粉がない。

 それで今津の平和堂スーパーまで約30分の自転車での移動になった。

 今日はどこかの団体が琵琶湖一周インベントをやっているらしく、レーサーというより初心者風のロードマンなどが旧道で見かけた。

 それに買い物の後、湖岸まで行くことにした。

 そこでは、一人乗りボートでの練習を、どこかの大学のクラブなのだろう。川面を滑っていた。

 湖の圧倒的なシチュエーションは、気持ちがいい。

 また帰りまで30分の移動。

 あとの2人はだいぶ足にきたらしい。

 それでもログの室内で昼食に、ラーメンとふきのとうの天ぷらを準備。

 僕はその間、すぐ傍を流れる小川の土手の階段が土で埋もれていて危ないので、階段を掘りかえす作業を自主的にした。

 正午には昼食が出来上がり、ふきのとうの天ぷらを味わう。独特の苦味と野性的風味がいい。

 食事の後はとうとう帰る用意になる。

 今回は目的のふきのとう発見で大満足だ。004_2

 ログのまわりもすっかり雪は消えていて、その雪の生活もそれはそれで楽しいのだが、移動には雪がなくなると心配が消えた。

 ログの前までも安心て車が入れるのでうれしい。

  帰りの途中でうがわファームパークで野菜を仕入れたが、となりの部屋のビーズの展示が気になってシャッターを押した。

 2日間はまったく小雨か、曇りのすっきりしない天気だったが、それはそれでいいこともたくさんあった。

 どんどん草木が芽吹いていくのがうれしい。006_2

 

2012年3月17日 (土)

またまたログハウスにやってきました

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一週間ぶりの移動だが、予定どおりログハウスにやってきた、

朝出発できる機会はなかなかないが、9時45分宝塚でyさんを乗せて、一路滋賀県今津を目指した。
あいにく雨が続いていた。
昼前には現地手前の安曇川道の駅に到着した。

まだ雨は降っていた。

しかし心は高ぶっている。
昼食もそこで済ませて、一路ログへ。
雪は、いよいよ解けていた。

ログに入ってしばし会話が弾み、4時までしゃべっていた。
妻とY女子で夕食の準備をしてもらって、あとマキノの白谷温泉に入湯に向かった。

ひさびさに通ったセコイヤ並木が絶景だ。
温泉は空いていた。

まあこういった生活も気持ちの洗濯になれることはまちがいない。

2012年3月16日 (金)

週末がやってきた 明日は還暦誕生日なのです

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 3月16日という日は重い。

 なんと言っても明日は誕生日なのだ。

 とうとう60歳になってしまった。

 ただ明日は、またログハウスでその誕生日を体験するのだ。

 

 朝の通勤は、いつものように防寒に気をつけ、ひたすら走る。

 走りだすと楽しい。

 歳はとっても、足の筋肉と自転車ペダリングは成長しつつあるように自負している。

 まあ自己満足かもしれないが、超高速は走れないが、ある程度の緩急で十分走れる。

 人間は自分の足で移動するべきです。

 職場には、8時40分だった。

 デスクでは、メールをチェックし、所定の新聞を切り抜く。

 後は今日はとくに決まったノルマがないのだ。
 

 だからこまごましたその都度の対応をこなすだけ。まあしかしその中でもハッとさせられることも起こる。

 夕方にはI印刷のYさんがやってきて、ひとしきり話をすると、5時前になってしまった。

 いよいよ明日は待ちに待ったログ行きがある。

 ほんの先週末にも行っているのに、子どもといっしょだ。

 帰りの自転車は、なるべくゆっくり行こうと思ったが、途中から追い風がやってきて、自然にペダルが追い立てられるような感覚だ。

 尼崎に入って、初めて見る人だが、身なりはロードウェアで固めているが、自転車は20インチぐらいの小径で、ただハンドルはドロップの男性が前にいて、これは話そうかなと思ったが、そうでもなく、なんなく追いぬかせてもらったが、後どうもがんばってついてきていたようで、出屋敷あたりの信号待ちで追いついてきて「こんばんわ」と親しげに挨拶された。

 「どこまで」と聞くと

「甲子園です」というので

「ぼくは武庫之荘」

と言って、また前を進んだ。

 南警察西出張所前でぼくは右折のために止まると、通過していった。

 日替わりでいろんな人に会うものだ。

 その後は例のようのコープ立花に立ち寄る。

 ところでこの店で気になるのは、だいたい同じ時間に来るせいか、ちょっと不思議な母親と若者の息子が毎日いることだ。

 若者はばさばさ頭で、普通大きな息子が母親に毎日買い物には来ないだろうと、ぼくもちょっと偏見的固定概念で思ってしまったが、まあ事情があるのだろう。

 これからはしっかり普通に許容しようと考えなおした。

 それにどうでもいい他人の話だが、そのコープの店の横にある宝くじ売り場でたくさんの人が並んで券を買っているのを見かけるときがある。

 みんななけなしの金だろうと思うが、「みんな捨て金やで」とそこを通りすぎながら、目で訴えているのだ。

 ぼくに言わせればなんどでのいうが、公的詐欺ギャンブルに他ならない。

 何が震災復興宝くじだ。

 不純な発想でそんなお金を送ってほしくない。こんな方便はだめだ。

 まあ他人のことだからそれぐらいにしておこう。

002 夕食は、2男が病み上がりということで、消化によい煮物にした。

 ブリを買って、いつものように照り焼きにせず煮込んだ。

 あと野菜は適当にぶっこんで煮た。

 あとは子イワシを焼く。

 今日はほとんどの材料が「半額」だ。

 だからほかにみりんと白髪染めを買っても2000円ぐらいで収まった。

 よしよしだ。



2012年3月15日 (木)

まだまだ寒さは和らがず

001
 そろそろ寒さも和らぐのかなと思いつつ朝出発したが、まったく想定を裏切られた。

 ただ道路温度は6℃だったか、今記憶ははっきりしない。

 ただ今日に限ってクルマの数が少ない。

 しばらく顔を合わさなかったサッシーが後ろからやってきた。

 ひょっとしたら会うかなという感買うがあった。

 

 もう一人の仲間イケッチが最近フェースブックで、会社から自転車通勤禁止を言い渡されたという。

 ちょっと時代錯誤だという気持はあるが、実際自転車の事故が増えているというニュースなどが、悪いほうに作用しているようだ。

 実際道路で他の自転車を見るかぎり危険と思うことは多々ある。

 ただ安全運転に徹し、技術を研ぎ覚ませるなら、危険はかぎりなく少ない。

 なにせ自分は10年を過ぎたが、ほとんど毎日自転車通勤をしてきて、危ない場面にあったことは数少なく、実際事故をしたこともない。

 まあしかしサッシーと僕など毎日走る人は安全に徹しよう。

 職場には、8時40分だった。

 仕事は結構大事な印刷作業があったが、なんと午前中ちょっと前に終わってしまった。

 あと午後は空白だ。

 それで、先々の仕事に取り組むことにした。

 ところで昨日、職場のNくんからもらったIphoneのバージョンアップを試みた。

 それはパソコンとそれをつなぎ同期しながら、入力していく。

 結局12時を過ぎても終らないので、寝ることにした。

 朝になったらなんとかダウンロードできているようだった。

 ただ、もともとあったアプリが作動しなくなった。

 いろいろ試してみて、あらたなダウンロードをしないと作動しないことがわかり、事なきを得た。

 ただもともとあったIpodのアプリがミュージックとビデオに分かれていて、そのうちいくら試しても映画2本が出てこない。 

 たしか2本2,000円ぐらいしたので、がっくりだ。

 まあしかしカレンダーは、googleカレンダーと同期していたが、Iphoneからも書き込みし、それがパソコンにも反映されていた。これは便利だ。 

 それに本当の音声入力アプリは現れないが、別の音声検索アプリを立ち上げることはできた。

 本当のスティーブ・ジョブズの偉業に今更ながらおどろく。

 002


 家に帰ったとき、西の空に昨日も気になったが、明るく光る☆がある。

 これは宵の明星というやつか。まるでYUPOのようだ。

 ちょっと気持ちがほっとする。

 家の中に入って慌てて、食事の用意にかかる。

 今日はサバを小麦粉をまぶしてフライパンで焼いた。

 昨日の肉じゃがの残りは、アレンジして炊いた。

004
 今日のコープでの買い物金額目標は1,000円以内だったが、誘惑には勝てず、リカーショップで350円ほどの紙パックの日本を買ったので、300円オーバーしてしまった。

 反省しきりだが、あとで財布残金と23日給料日までの日数を頭で計算してみると、なんとかなりそうだ。

 ちょっとほっとした。

2012年3月14日 (水)

日本の国家は「君が代」でないといけないのでしゅうか?

君が代
「君が代」の楽譜
「君が代」の楽譜(国旗及び国歌に関する法律による)
国歌の対象日本の旗 日本
作詞不明(読人しらず)(905年古今和歌集初出)
作曲林廣守奥好義フランツ・エッケルト
採用時期1880年明治13年)10月26日(非公式)
1888年(明治21年)(対外正式公布)
1999年平成11年)8月13日(立法化)
試聴
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君が代(きみがよ)とは、日本国歌である。

 以上はWikipediaよりのデータだ。

 今日もサッカーの日本VSバーレーン戦でお互いの国家が流された。

 「君が代」でモチベーションが上がるのだろうか。

 暗い。抑揚がない。

 そんな国歌のために大阪府、市では条例まで作って、起立に従わないと、さらに今日のニュースでは、和泉高校では立っているのはありとしても、口の動きを見て、歌っていないと処分の対象にするという卑劣な対応まで起こっている。

 そこまで固執する歌なのかと、あきれてしまう。思想的な対立もあるだろう。

 しかしそれ以上に音楽的に問題のある歌だ。歌ったから愛国的になるものでもなく、絆が深まるものでもない。上から目線の歌だ。

 それに明治時代に国を統制するために急ごしらえで作られて、どんどん軍国主義の方向に国を進めていって、その道具に使われたこともある。

 なぜ戦後、民主主義の国になって、国歌を変えようという運動がおこらなかったのか。そして今東日本大震災という国を方向を再度修正しないといけないときに、国歌は「君が代」のままなのか。

 国民の創意で新しい国家を作ればいいのではないか。国旗も見直せばいいのではないか。

 今どちらもリセットするときだ。

 ぼくは強く言いたい。最近とみにそう思うようになってきた。

 これからもオリンピックで歌い、サッカーで歌い、大相撲で歌うし、もちろん全国の小、中、高校の入学式、卒業式で歌うのだから。

 さだまさしや坂本隆一やその他たくささんの音楽家や、無名の作曲家など広く募集すればいい。

 ぼくも応募する。

 そんなことを夢みている。しかし現実になればいいだろう。歌を通して日本という国の素晴らしさを感じ、あらためて国を愛するということはあるのだから。

004
 さて今日の日常だが、朝はまだ寒かった。昨日と同じ3℃だ。

 ただし朝家を出る前にはちみつ喉あめをなめて家を出るが、これは糖分ととるという意味で寒さにはいいかもしれない。

 水曜日という日は今日も車が少ない。

 それで走りやすいのだが、昨日加速したせいか、足はキンキンだ。

 仕事のことは省略して、帰りの走りでは、前半あきらかな追い風でうれしいのだが、途中野田阪神で要注意の女性が見えた。

 要注意というのは、クロスバイクでしかも前籠がある自転車なのだが、意外と早いのだ。

 油断すると追い抜かれたリする。何かスポーツでもしているのだろうか。

 それでそこからは思いっきり加速して走った。まあ尼崎藻川までが気を抜けないのだが、必至で走って、追いぬかれることはなかった。

 ちょっと自分とし手も恐れすぎか。

 しかし道路にはいろんな人が走っている。

 今日は、ノー残業デーということで自分なりに職場をいつもより早く出たせいで、買い物をしても、家には6時40分に着いた。

 昨日から2男が熱で休んでいるらしいので、それもあって早く帰った。

 彼は医者に行っていないようだが、僕の診断では、疲労だろう。家に帰ったころには、食欲は戻っていて、いっしょに普通のおかずを食べた。

005 夕食メニューは肉じゃがなのだが、半額の牛肉を買えたので助かる。

 コープでの今日の支払いは1230円だった。

 小さなワインを買ったのがよけいだったが、まあいいか。

 あと2日仕事をすれば、またログハウスに行くのだ。



2012年3月13日 (火)

体調よし 寒さ強し 変わりなし

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 今日は昨日より寒いらしいと天気予報では言われていたので、耳カバーを再びタンスから出してきた。

 これは正解だった。

 稲川橋温度計は、なんと3℃!

 「よし!!」と言う感じだ。

 ただ正直に言うと、朝家を出るときどうもモチベーションが下がっていて、「寒い自転車通勤で今日は走りたくないな」とか思っていた。

 そんな日もある。

 しかし走りだすと「気持ちいいな。おもろいな」とか思ってしまう。

 ただそれに味方してくれたものがあって、ただ単純に追い風だったということだ。

 それでペダルが軽い。

 だから面白くないわけがない。どんどん勝手に前に進む。

 それに不思議と今日はクルマの数量が少ない。

 おかげで、歌島橋交差点は余裕で通過できた。

 体調はいいようだ。

002
 しかし耳カバーはしてきてよかった。これだけで暖かさが違う。

 職場には8時46分だった。

 仕事では、今日絶対やっておきたいことがあって、午後からは印刷室にこもっていた。

 おかげで、今日のやるべきノルマはすべて完了した。

 それにしても、夕方近くにいちもチェックしている盛岡壮一郎さんには、テレビ報道ステーションの古舘さんがかなり覚悟の発言をしたことが掲載されていた。

 それは「福島第一原発事故は津波だけが原因ではなく、地震のための損傷があったのではないか。福島の酪農地域の牛たちの死骸を隠していたのは間違いだった」など、かなりきわどい発言して、そのことが今ツイッターで話題になっているという。

 裏返して考えてみると、政府と東電は、いろんな発言に対し、今も圧力を加えているらしいということだ。

 それならもっての外だ。

 ペンの力で粉砕するべきだろう。

 今や日本の民主主義の真価が問われているかもしれない。

 北朝鮮を異常な独裁国家と批判している場合ではない。

 莫大な被害を生み出した放射能被害の加害者は誰なのか、まさしく東電と政府それに旧政権自民党だ。

 襟を正して原発廃棄にむけて行動すべきなのに、その逆だ。

 すべての国民はもっと怒りを持とう。立ち上がろう。

 とか言って自分もこのブログで叫んでいるだけなのが歯がゆい。

 そんな怒りとやりきれない思いを感じて、帰りのペダルを走らせた。

003
 淀川を渡るとき、その素敵な風景は、気持ちを和らげてくれる。

 今日も海老江付近から、かなり早いローダーに一度抜かれたが、今日はひたすらついていって、なんとか神崎川手前で追いついた。

 僕の走りも捨てなものではない。ただ自分の年齢は、もっと自覚する必要があるのだ。

 まあしかしこの走ることの楽しい感覚は、ただ単純に考えればいいだろう。

 給料日まであと9日。残りは3万円だ。

 まあ一日3000円ペースなら順調にお金は残る。

 まあ次のボーナスが出る6月までは厳しい家計だ。004_2

 まあそれでもそれなりの夕食は作れる。

 ほっけのみりんづけを中心に買ってきたキャベツのざく切り、トマト1つを3つに分ける。

 たまごとほうれん草は家に有った。

 ビールというか発泡酒は、止められない。今日も2缶買ってしまった。

 まあ何事も気持ちが大事。さびしいままでは続いていかない。

 まあ節約は節約だが、適当に遊ぶもほしい。

 今日も無事に一日を過ごした。それだけでいいのかもしれない。

 

 

2012年3月12日 (月)

週明け 寒さのもどりが堪える

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 いつまで冬の寒さは続くのか。

 天気予報は、かなり寒くなるとのこと。

 一応対策は、ウェアを真冬並みに一枚多めに上着を着る。

 グローブも冬仕様に逆戻りだ。

 それで寒さはかなり緩和できた。

 ただ稲川橋温度表示は、4℃だった。

 寒暖は繰り返しやってくるようだ。

 まあそれでも朝はそれほど辛いという感覚よりもさわやかな気分で職場に着いた。

 002


 今週は会議などの予定は少ない。

 ただ今日やるべき課題が数点あって、それをこなすことを考えた。

 昼は、昨日それまでの 「下町ロケット」を読み終えたので、今日からはアメリカの原子力研究のスペシャリスト、アーニー・ガンダーセンの「福島第一原発ー真相と展望」集英社新書 を読み始めた。

 日本の対応はかなりやばいようだ。

 まあまださわりしか呼んでいないが、先が楽しみだ。

 午後ももろもろの作業をこなし、夕方はあっとやってきた。

 帰りは5時半にタイムカードを押し、外へ。

 かなり寒い。がまんの走りだった。しかも向かい風が続く。

 まあ体を前に傾けて、無理せず走るしかない。

 走りながら、今日の夕食は「鍋しかない」と思った。

 そのうち尼崎の繁華街を通り過ぎ、道意線で2段階右折し、北向きに走り、JRのバイパスを超え、コープ立花に向かう。

 それにしても寒い。

 買い物は1000円以内を目指したが、1700円かかってしまった。

 ただ、300円4個のサザエがほしかった。

003
 適当に鍋に材料を入れ、それなりの鍋になる。

 その後、2男が帰ってきて、カキのかたまりを持ってかえってきた。

 ちょっと贅沢ななべになった。

 サザエも買ってよかった。このおいしさは金に代えがたい。

 とたんにリビングは暖かくなっていった。

2012年3月11日 (日)

3.11一周年をログで過ごす

 012  朝目を覚ますと、当たり前だが、ログにいることを再確認する。

 それに今日は3.11だということも。

 もう一つ今日の課題があって、午前中10時ごろから、自転車で、ふきのとうを探しに出掛けた。

 もともと以前見つけた場所のポイントを知っている。

 ログから外に出て、近くの古い村の小川の土手だ。

 しかし、まったく発見できない。時期が違うのか、よくわからない。

 たしか雪解けを、待たずに出てくるということだから絶好のチャンスかと思ったが、残念だった。

 ログにもどって、その自転車の不良部分を修理してみたが、ちょっと道具が足らないので、応急措置をした。

 次いでに、雪にさらされ、初めてこの地で冬を過ごした家から庭の植え変えた木々の様子を調べた。

002 カリンの木の枝に微かにすぼみが生きていた。ちょっとうれしい。

 室内にもどって、昨日から読み続けている「下町ロボット」を読む。

 涙なみだの物語だ。悲しい涙ではない。

 感動の涙だ。

 大手宇宙開発企業にまけない技術を思い知らせる内容と、最後にその製品が取り入れられ、実際にロケット打ち上げに成功するところで話は終わるが、佃社長の社員との接し方の気さくさと船内だったか、銀行から出向の身分でありながら、この会社に愛着と確かさを感じ、成長していく姿もいい。

 人間のドロドロして思惑でなく、技術の高さの客観的事実がまさっていくということもいい。 それはちょっと昼を挟んで、午後2時40分に読み終えた。

 それから2時46分に3.11のまさに1周年の時間、黙とうをしようと、テレビをつけると読売を覗くすべてのチャンネルは、国主催の追悼集会を映していた。

 おどろいたのは、君が代が流れていることだ。

 ちょっと自分自身はしらけた。

 大震災を利用した国家的弁明の集会に見えた。

 ただとにかく46分には1分間の黙とうをテレビといっしょにした。

 ただ君が代と日の丸には言いたいことがあって、今大阪で君が代条例が話題になっているが、ぼくに言わせると、「君が代」という歌ほど国家として貧弱な音楽はないと思っている。

 客観的に音楽的に考えても、何の感動もなく、メロディーも抑揚もなく、面白さは皆無だ。

 なにが言いたいかというと、何故戦後65年経って今まで、あたらしい国歌を作ろうという運動にならなかったのか不思議でしからがない。

 これは左翼、右翼の思想の、問題以前の問題だ。

 だいたいメロディーの発生も明治時代に急ごしらえで考えてドイツの音楽のメロディーを代用したという話もある。歌詞も何かの古い既成のものから使ったらしい。

 なんで戦争が敗戦で迎え、新しい時代を過去の反省のもとに憲法も変わり、出発しようとするときに、戦前の国歌を踏襲したのかわからない。

 ぼくはあえていいたい。新しい国歌をつくろうと。日本はすばらしい音楽家がたくさんいるんだ。 国民化から広く募集し、数作品にしぼって、国民投票すればいい。

 それなら国歌を歌うとき、起立することは当然だし、誰も反対しないだろう。

 不起立に固執するのは、あの戦争の歴史をその歌がひきずっているからだろう。

 国民誰もが理解できる国家にすればいいのだ。

 国旗もまたしかりだ。あの今の国旗「日の丸」は、その発生もいいかげんだし、侵略戦争を遂行するための象徴であり、たくさんの他国の人たちを虐殺したときにその旗は立っていたし、地に染められてきた。

 そんなトラウマのような国旗をなぜ戦後も踏襲したのか。日本という国のセンスの問題だ。

 そんなことをつい考えてしまった。

 2011年の大変な国の曲がり角であるからこそ、国のすすむべき新しい方向とそれを象徴する国歌、国旗は見直されてもいいのではないか。

 黙とうのあと、すぐ帰る準備にかかる。

 また来週も来る予定なので、楽しみでもある。

013



2012年3月10日 (土)

大震災一周年前日、ログハウスに1人でやって来た

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今日は、通常は休みなのだが、変更があり午後からの会議の日になった。
ただそれでもログハウスに行きたい思いは、どうすることもできず、会議の後、家に帰って出掛けることにした。
それで、朝は、その準備に明け暮れる。

まあ実際は、行った時より、用意をしながらあれこれ考えている時のほうが楽しいのかもしれない。

あっという間に昼になり、自転車ウェアに着替えて食事をし、いざ職場に。
風は、追い風。
やっぱり走ってみると気持ちいい。
会議は、4時過ぎには終わり、急いで家に向けて自転車を走らせた。
今度は、必然的に向かい風。
チクショウという気持ちだが、決してあわてない。
ログに行けるという嬉しさが高まる。
家に着いて、15分ほどで、荷物をクルマに入れて滋賀をめざす。

5時45分だった。

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心地よい走行により、約2時間でログ手前の林の外の道路に着いた。
マイログハウスまで雪なしで入っていけるかどうかわからないので、道路にクルマを止めたまま林を歩いて行った。
ちょっとサプライズなことに雪は完全に無くなっといた。

それで、クルマにもどり、ログまで移動した。
今回は、妻は来ずたった一人の来訪だが、春はここにも近づいている。

2012年3月 9日 (金)

東日本大震災一周年まであと2日

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 3月から雨の日が多い。

 今日は実際朝から雨だった。

 ただ週末だということがうれしくもある。

 ちょうど一年前ってこんな季節だったのかなと記憶をたどってみる。

 あの日は、曇りだったことははっきり覚えている。

 ちょうど会議が始まる前で、オフィースに座っているときだった。

 最初はまたどこかの地域で地震がおこっているなとしか思えない緩い揺れだった。

 ただその横揺れも時間が異常に長い。

 近くでないだろうことはわかる。

 1階下にある大型テレビをつけてみると、関東以北で大きな地震があったという速報が流れれいた。

 ただ東京を空から写した映像には、火災が発生して煙が上がっているものがあった。

 日が経つにつれて、大きな津波が来て、福島の原発も異常をおこしたことが明らかになってきた。

 そのうち死者は1万人を超えるらしいということが報道されはじめた。

 それにしても津波が来ることを写す映像は、しずかに陸地に大きな波が動いていく姿だ。

 その渦中にたくさんの人がのまれていったとは信じがたかった。

 きっと地元では、日頃から逃げることに慣れていると思っていたのだ。

 それは完全に裏切られた。

 おまけに原発の放射能被害がだんだん大きくなっていくいとは自分としても予想できていなかった。

 そんな3.11以後だったが、当初は東北と言えばあまりにも遠い地域としか思っていなかった。

 6月11日には、民医連の主催で宮城県山元町にボランティア救援活動に職場から6人参加した。

 今思うと1回きりで申し訳ないが、行ってよかったと思う。

 今1年NHKでは1年間の取材の映像を今いろんな角度から編集し、毎日放映している。

 これは一年たって真実がわかってくることがいっぱいあって、貴重な放送ばかりだ。

 すべての日本人が見る必要性があると思っている。

 

 そんなことを考える今日このごろだ。

 まあとにかく今日は週末。

 例によって今日の夕食はカレーだ。001
 明日は昼の会議の後、ログハウスに向かう。

 3.11一周年はそこで黙とうする。

2012年3月 8日 (木)

今NHKスペシャルがおもしろい

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 今NHKでは、スペシャルで東日本大震災をいろいろなテーマで1年追いかけてきた内容を、毎日公開している。

 政府の救援対策はあきらかに遅すぎるし、問題が多いが、マスコミからの取り組みとしてNHKが特に共感できるし、激励したいくらいだ。

 とくに昨日のオオズチ町の仮設住宅での住民にスポットを当てた特集は悲しい。

 実際、仮設に入ってから自殺した50代の女性がいる。

 また5才の息子と保育所に迎えにいった年老いたお母さんを失った若い母親の姿は辛い。

 とくに4月からずっと接触しているが、正月を迎えるころの悲しさ、苦しさは痛々しい。

 共感するなんて実際できないが、自分のことと想像してみるだけで絶望的になる。

 ただ、同居している唯一のお父さんの言葉がいい。

「お前が生きていって幸せになることを、おかあさんも○○ちゃんもきっと望んでいるよ。」

 そんなケースが山ほどあるのだろう。

 報道はずっと追いかけていってほしい。そして全国にその姿、地元の人たちの苦しみを伝えてほしい。

 「がんばろう日本」なんてきれいごと過ぎる。

 本当の支援はこれからかもしれない。

 NHKがんばれ!

 なんて今思っているが、今日は自分の通勤生活は、朝はやはり気持ちがいい。

 ただちょっと寒かった。

 ひさしぶりにサッシーを前方に発見し、なんとか歌島橋を超えた次の信号で追いついた。

 最近がおさえた走りをしてくれているので、淀川大橋も十分ついていける。

 通勤も自転車は仲間と走るのがこの上なく楽しい。

002
 ところでサッシーに会うまえ、尼崎、十間交差点でたまたま下をむくと、なんと誰かが落としたのだろうじゃがいもが路肩の隅で葉っぱを伸ばしているのを発見。

 このまま大きくなるのだろうか。植物はたくましい。

 サッシーとはいつものように野田阪神で別れて、ひたすら前進する。

 それで今日も8時39分にタイムカードを押した。

 仕事では、ホームページのチャンジに関する専門業者からのレクチャーで午前中は潰れる。その場でもIpadがなにげなく使われている。開発業者では当たり前のアイテムになりつつあるのだろう。

 午後はパソコン作業で終わる。

001 ところで昼休みは、完全に今ハマッテいる「下町ロケット」にのめり込む。

 東京大田区の中小企業でロケットエンジンの部品を開発している社長と大手企業との特許をめぐる裁判闘争で始まる。

 銀行から出向して働いている会計係の男性が、銀行の立場から脱却していく姿もいい。

 会社の危機に直面するが、大企業からの特許売却の話を受け入れず、自社の開発に生きる。その心意気がいい。

 今ちょっと半分読んだところだが、読み終えるのがもったいないような著者の文章力に翻弄される。

 週末ログで読み終えようと思う。楽しみがあるのはいいことだ。

003 帰りは、向医風の連続。しかし最近向かい風に対応した乗車スタイルをマスターしつつある。

というのは、かなり低い姿勢に上半身を倒すのだが、毎日腹筋30回をかかさないことが、それを楽にできるようになってきた。

 それでこれが楽しい。

 向かい風にもスムーズに走る。

 この歳でちょっと開眼してきた。

 帰りコープ立花に行こうと向かったが、昨日コープでアナウンスで今日休みと言っていたのを思いだした。

 それで家に近い業務スーパーに行った。

  たしかに安いが、ぼくはコープを変えない。協同組合を支援することを徹底したい。

004 しかし今日の食材費用は1080円で済んだ。ちょっと心がゆらぐでないか。

 メインディッシュはあじ開きだ。

 業務スーパーでも結構うまい。

 まあただ焼け加減は、自分の調理技術だろう。

 昨日は、味噌汁に失敗し、妻に不評だったので、今日は汚名挽回だった。









2012年3月 7日 (水)

1枚上着を脱ぎ捨てて、グローブは春仕様に

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 ジャケットの下に着ていたフリースは、今日は脱いで、グローブは一段薄手のもので出発した。

 これだけで体はずいぶん軽い。

 足は当然加速していた。

 水曜日はことのほか自動車が減るので、渋滞もない。

 歌島橋交差点は軽く通過した。

 ないも特別なこともなく、大阪西区にさしかかる。

 前にフロントフォークが黒で、薄いブルーのビアンキロードに乗る男性がいたので、思わず声をかけてしまった。

「ビアンキいいですね。ぼくももう一台ビアンキを持っているんです。デザインはやっぱりトレックよりビアンキですよね」

 と見ず知らずの人に一方的に声をかけた。

 同感だという感じで笑顔で答えてくれた。

 ちょっと気持ちがハイになっていた。

 そのまま職場には8時40分に到着した。

 仕事は一日パソコン出の作業および面談、電話対応など。

 夕方になるとさすがに目と右指が痛む。体も疲れが出てきた。

 そのまま着替え、自転車にまたがった。

 やや寒い。

 しかし、疲れは走るほどなくなっていく。これも自転車の効果か。

 精神的にもリラックスができる。

 帰り道ではいつもの通り、コープ立花に立ちよる。

 今日も1000円を目標にしたが、魚とバナナと発泡酒と、加えてリカーショップで紙パックの酒240円を買ってっしまって、結局1700円ぐらい使ってしまった。

 まあ許容範囲ではあるが、財布の札が減っていくのが心細い。

 家に帰っていつものように風呂の支度とごはんは残っていたのでやらずに済んだが、調理を開始。003

 すべて煮物なので調理は簡単だ。

 さば6匹とダイコン、ニンジンのみをそれぞれ煮込む。

 週中日、週末のログへの移動が頭をよぎる。

 あと2日半がんばろう。

2012年3月 6日 (火)

突然春がやってきた 酒抜き走行で行く。

001 

 朝起きると、気温が上がったことを感じる。まりゃそうだろう。もう3月6日だ。

 とはいうものの、そんなにスムーズに春になるとは思えない。

 ここで急にウェアを薄着にすると寒さを感じるかもしれない。

 それで先週と同じスタイルで家を出る。

 しかしやはり温度は上がっているもようだ。

 一時は0℃をほんの数日前あったのだから気は抜けない。

 空は曇ってきた。

 念のため、ライトをつけた。

 それにしても昨日は懇親会で生ビール2杯と酒2杯飲んだので、朝起きたときはちょっと辛かった。

 それでややダメージも感じるが、かろやかに走ろうと心がける。

 そんなこんなで職場には8時40分到着した。

 すでに昨日の酒のダメージは消えている。

 仕事は、昨日午後から京都の会議に出かけたせいで、メールなどたまっている。

 そのチェックで時間を取られた。

 後は、先週の一斉訪問の全員の報告書の集計作業をした。

 昼休みは、今新しく読んでいる小説「下町ロケット」池井戸 潤著 を読む。

 これが結構面白く、始めからのめり込み。

 それで昼休みはあっと言う間に終わってしまう。

 午後はさきほどの集計作業で終わる。

 今日は普通に帰れるのがうれしい。

 今日からは、通帳の出金を3万円加えるとすると、一日2600円以内の使用がノルマだ。

 帰りは追い風、向かい風が交互に来るが、何故か明日がよく回る。

 それでそのままコープ立花へ。

 007今日のレシピは、三田屋ハンバーグと目玉焼き。

 あと買い物は、どうしても自家製パンのための小麦粉を買わないといけない。

 それで、合わせて1800円ほど使った。昼の昼食タイムは洋食屋「南風」で食べて

、喫茶キャビンに入ったので、1150円かかった。

 合わせて2950円。ちょっと使い過ぎだった。

それにしても出来栄えはまあまあか。

 しかし今日は2男は帰ってこないようで、妻も帰りが遅いので、風呂から上がって時間は余裕。

006

 それでピアノ瞬間練習。

 ビートルズ「Let it  be」をものにするぞ!と練習に励んでいる。 

 そのうちユーチューブで公開をめざす。

 ほんの10分弾くだけで幸せな気分になる。これも自分にとっても精神的健康の手段だ。

 人間なんでも好きなことを見つめてそれをやることほど生きていることを感じることはない。

 ただ一日24時間しかないのが辛い。

 一日はあっと言う間に過ぎていくのだ。

 


2012年3月 5日 (月)

京都にて

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今日は、午後から京都での近畿規模の会議があるため、忙しい。
それで通勤は、電車になった。
丁度雨が激しく降っていたので丁度よかった。

午後からは、3時の会議に間に合うため、ちょっと急ぐ。

会議は、目一杯6時までおこなわれた。

後は懇親会。

京都の道を小雨の中歩く。

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店は、海風と書かれていた。

2時間があっという間にすぎて行く。

雨の京都は情緒がある。


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まあ今日のブログはこれに尽きる。

2012年3月 4日 (日)

今日はログではなく、ベニシア展示会を再訪

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 今日は一日雨だった。

 朝は、湯の華廊から届いた誕生月を祝う無料入浴ハガキを利用して、さっそく10時過ぎから、入浴に行った。

 なんといってもタダというのがありがたい。

 最初は自転車で行こうと思っていたが、雨にはあてない。

 やむなくマイプレーリー(自動車)で行く。

 会場がある「つかしん」は買い物客がいっぱいなのか、駐車場へはいる地下の入口から車の列が続いていた。

 

 なんとか温泉の駐車場にたどりつき、入浴を楽しむ。

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 文字通り気分は最高になり、家に帰る。

 

 昼食は、昨日の鍋の汁を使い、うどんを作ることにした。

 そのうち妻が美容院から帰ってきた。

 1時を回る前に、約束をしていて、3日前に自分だけで行った神戸の大丸に「べニシアとそのな仲間たち展」を見るため、阪急の駅に急いだ。

 阪急三宮からは元町までアーケードのある通りを通って歩いた。

 やはり神戸は尼崎とはちがう。なぜか洗練されていて、エキゾチックな雰囲気をある。

 そのうち会場に到着。その大丸は1階も先日来たときよりにぎわっていた。やはりホリデーということだろう。

 逆にあれだけ入場から並んだ展示会場は、券窓口もあっさり並ばずに通れた。

 それで内部の展示もしっかり観察できた。

 それにしてもベニシアさんの詩がたくさん展示されていたが、かなり自然に生きることや、ゆったりといきることに対する考えが深い。

 ちょっとうなってしまった。

 とくに「たわいのない日常の中に人間の大事な幸せがあること、それこそ生きる重みがある」というようなことが書かれていることが印象的だ。

 大震災を経験した日本人だからこそ、そのことが切実に感じる。

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 さわやかな気分を体に感じて、会場を出た。

 その後1階上(10階)で、コーヒーバイキングというメニューを表示していた里山というレストランに入り、まさにバイキングにふさわしく、アイスからくだものからいろんなお茶とお菓子など、もちろんコーヒーも取ってしばし休憩。

 そして一気にエスカレーターに乗ったが、ここは今でもエレベーター嬢が仕事をしているのがめずらしい。

 

 そしてまた繁華街の喧騒の中を帰る。

 


2012年3月 3日 (土)

税と社会保障一体改革に反対する集会に参加

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 仕事の一環だが、今野田〝どじょう”首相(集会の中でそう言っていた)が進めようとしている消費税と社会保障の一体という名の改悪に反対する近畿規模の医療関係者などの集会に参加した。

 朝から今日だけか、晴天に恵まれ、歯科の医院への訪問の仕事を終え、午後から大阪中央区の御堂会館に行った。

 そんな集会だが、やはり東日本大震災に関連した発言が目立った。

 家に帰って夜テレビを見ていてもNHKドキュメンタリーで福島原発後100時間というテーマでその実態を明らかにしていた。

 衝撃的だったのは、3月11日の津波の後に地元消防団は生存者の救出に奔走していたが、微かな生存者の声を感じながらも、翌日を待ったが、原発事故の避難命令で捜索を諦めざるを得なかったという話。

 また原発から3kmの福島厚生病院では、避難の連続で、その間に少なからずの人がなくなられたという話だ。

 そしてそんな移動で亡くなられた人の数は68人だというからびっくりした。

 それはそれは残酷な話で避難場所に使われた場所は病院ではなく、高校の体育館など専門の施設ではないのだ。

 いままで報道されていなかった悲しい話をもっと明らかにしてほしい。

 そして最近福島から他の県に避難した若い夫婦の子どもたちに対し、保育所入所を断る。また入所してから他の父母からいっしょに遊ばせないように要望が出るという話がニュースになっているが、そんなことを言う人たちはなんとおろかな人間かとあきれる。

 だいたい放射性物質が感染するわけがないし、放射能の被害jはいまや日本国蔓延しるかもしれないぞといいたい。

 だからそんなことをのたまう人たちに言いたい。

 「お前は何様やねん」「お前の外国に行ったら差別されるかもしれないよ」といいたい。

 そんなことが生まれる発端は、福島原発事故ということだが、まあ隠れていた人間のエゴが見えてきたということかもしれない。

 きれいごとで「がんばろう日本」というフレーズも悲しい。

  そんな怒りを感じる記事だ。

 ところで今日は集会がおもな行事だが、やはり職場には自転車通勤ということになる。

 しかし帰りは疲れもあるが、強い向かい風で足にきつい抵抗を感じながら走った。

 夕食の出費は1500円以内をめざす。

 メニューはストックがおおい白菜を頭に入れて、やはり鍋ということにした。

 それでコープ立花ではレジ清算は、発砲酒3本買ったことが影響したが1980円。

 ちょっと使いすぎた。

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まあしかし「麦のごちそう」がことのほかうまかった。

2012年3月 2日 (金)

タイヤを新品にハメかえて 雨だって機能全開

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 昨日2台のロードバイクの後輪をそれぞれ新品にハメかえた。

 そんなとき、翌日の今日は雨だった。

 ただ今は雨であろうと嵐であろうと躊躇していられない。

 レインウェアに履き替えて、家を出る。

 

 走りはじめから、調子が変わったのを直感で感じた。

「よし、これで怖くない」という感じだ。

 それにしても雨の道路はクルマが増えて、車道を走る通勤自転車は皆無だ。

 決して危なくないですよ!と言いたい。人間軟弱になっていませんか。

 「3.11その日を忘れない」の本の中にもそれに似たことが書かれている。

 というのは原子力発電を享受し、自然と対立したある意味近代的な生活にどっぷりつかり過ぎていませんかという意味。

 津波もやってくるまで、ありえないと思い込んでいた。自然に生かされているという謙虚な姿勢が忘れられつつある。

 ぼくから言わせれば、エスカレーター、エレベーターはできるだけ使わず、自動車も必要以上に乗るなということだ。

 そんなことを何故か考えながら、しかし走っているときは楽しみながら移動していた。

 仕事では今日やるべきことがはっきりしていた。

 午前、午後と順調にこなす。

 帰りはN歯科に6か月健診を予約しているので、ちょっと時間が気になる。

 雨は止んでいるのか、降り出すのかはっきりしない空模様。

 5時を合図に慌てて更衣室で着替え、自転車にまたがり、四ツ橋筋を北に走る。

 今日は北向き一方通行を逆走してくる自転車3台発見。

 すかさず大声で注意する。「逆走あかんぞ!!!!」

 5時25分、N歯科に到着。ここへ着くとホットする。

 もう5年以上通っている。

 歯の健康は大事だと通いだして自覚する。ただ先生曰く、ぼくの歯茎はきわめて健康色とのこと。やはり運動は歯にも影響すると予想できる。

 今月も緊縮生活が見えてきた。

 それで歯科を後にして、今日の夕食は買い物せず、完成させることに決めた。

005つまり卵がたくさんストックされていたので、出しまき卵に挑戦し、あとはふろふき大根風、それキャベツのみじん切り。

 シイタケがあって、焼いてのせた。

 出し巻きは意外とうまくできた。これは料理人には基本の登竜門的料理らしい。

 それで今日の支出は歯科の支払いを入れて2,600円だった。

 今月は1日2,500円以下が目標だ。

2012年3月 1日 (木)

「ベニシアの仲間たち展」を見るため神戸大丸へ

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BSプレミアムで見続けてきた京都大原の古民家ですばらしい生活をしているベニシアさんの展覧会があることを神戸新聞で知って、たまたま仕事を休んだ今日、行ってみることにした。

 

 その前にどうしてもしておきたかったことがあるので、それを朝一番にする。

 それはロードバイク2台のいずれも後輪のタイヤの取り換えとチェーンの取り換えだ。

 

 これをやっておかないと明日からもスムーズに通勤できない。

 一つはビアンキ後輪につけるミシュランイエロータイヤ。

 これは結構固いというか、ホイールにハメるのに苦労した。

 なんとかチューブを破らずに成功。

 次は、トレックにつけるボントラザーのタイヤ。これはハメやすかった。

 それを済ませて、出掛ける用意だが、3男への送金や、資料の届けなど済ませながら、阪急武庫之荘駅に向かう。

 そして西宮北口から特急に乗り、三宮へ。

 大丸は元町なんだが、三宮から歩いた。

 大丸につき、9階のミュージアムに到着すると、たくさんの人が入場券の前まで連なっていた。

 さすがベニシアさんの番組はたくさんの人が見ていたのだなと再認識した。

 展示はなかなかよかった。ベニシアさんの家をメインに彼女が知り合った人たちのパネルと作品がずっと並んでいた。

 それにしてもやはりベニシアさんの家の周りは花々や木々が多い。

 それからベニシアさん自身日本に来て、30年間か、いろいろなことを勉強してきたらしい。

 そんなことがわかる展示も多い。

 来場者は圧倒的に女性だった。

 僕は自分なりに目的があって、滋賀のログハウスのこれからの草花のちりばめからやレイアウトのヒントを得ようと、そんなことを考えていた。

 相対的には、なかなかほのぼのとした癒される展示だった。

007 開場を出て、元町方向に歩いたが、どこもスクランブル信号なのがうれしい。

 ちょうど昼になってきたが、店に入って食べる金はない。

 ただちに家に向かって帰る。

 それにしても昼の気候は、驚くほど小春びよりだ。

 ちょっとうれしい。

 家には12時40分ぐらいにもどれた。

 冷凍カレーを解凍し、ちょうど昨日のご飯が残っていたので、それを食べた。

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 食事後、今読みかけの、丁度電車での移動中も読んでいたのだが、「3.11その日を忘れない」飯沼勇義さん著 を読む。

 16年前から今回の震災と津波を予言していた人だ。しかも単なる予言ではなく、歴史を研究しながらの結論だ。

 3.11が起こるまでは、ある意味ばかにされていたという。

 ただし歴史津波と規定されているが1000年に一度は必ず発生しているという。

 

 この本にのめり込み、今日は一気に読みきった。

 そんなこんなでしばし居眠りを挟んで4時半を過ぎた。

 まあしかし休暇をとったメリットというか、ある意味頭をリラックスできた。

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 夕食は、今日の予算内で済ませるため、いろいろ工面したが、買い物は1000円を超えた。

 まあしかし昨日の鍋の残りをみそしるの代わりにし、なんとか料理ができた。

 しかし休みもやることが多い。



 

 
 

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