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-天気予報コム-

2011年6月 5日 (日)

西宮市 保育所だいすきフェスタ

003  昨日はちょっと飲みすぎた。

 しかし今週ホリデーは妻の関係で西宮 保育だいすきフェスタの舞台にセッティングする音響の担当で参加した。

 というのは、我が家に預かっているPERVEY社のコンパクト音響セットが毎年役だっているので、今年も頼まれた。

 まあボランティア参加だ。

 おもに西宮中の保育所の保育士と子どもたつが舞台でおもにおどりを披露する。

 その他、腹話術あり、エイサー、南中ソーランあり極め付けは男性保育士10人ぐらいで、バイキンマンや忍者ものがたりなどの劇をする。

 それにしても男性保育士が年々増えているようだ。004

 それに結構演技がうまい。楽しみながらアドリブを連発するのがいい。

 観客は子どもたちが劇の中にはまっている。

 「バイキインマンをやっつけろ」とかなんとか、一斉にコールが飛ぶ。

 午前11時にスタートし、午後2時までのスケジュールだが、若い父母、保育士、子供たちの熱気が伝わってくる。

 

 まあすべての音響とBGMはスムーズに行った。ただBGMの媒体をCDではなく、カセットテープを持ってきた団体がいて、ちょっと不安。

 不安どおり音がでなかった。長い間使っていないからか。

 今や、CDも古いが、もってくるものはそれだ。

 すべてのスケジュールが終了したのは、30分オーバーで2時半。音響の基材を片付けて家に帰る。

 家では路地のビワの3本の木にたくさんの実がみのっているが、すでにオレンジ色になってきた。そのまま対策をこうじないとカラスに一日で襲撃されてしまう。

 疲れはあったが、2男を呼んで、去年買ったナイロン網を取り付ける。

 30分で作業は終わった。

 それで、この際とピアノに向かう。舞台の裏方をしていて欲求不満が心理的にはあったかもしれない。

 そんなとき急に腹の中止が悪化してきた。まあ下痢だ。朝も実は胃が痛んでいた。

 その後トイレに入ったのが5回。やばい!食あたりか。単なる疲れか。

 まあどちらにしても今日はノーアルコールにした。

 005 バナナが身になってその花の成長を見てみると、赤のつぼみか花弁かが開いてきて、中から本当に花が見えてきた。

 これがバナナの実に発展するのだろうか。ちょっと楽しみだ。

2010年12月21日 (火)

霧の2号線 寒さが復活

002  昨日は異常な暖かさだったが、寒さが復活したせいか、急激な温度低下で、空気が霧に変わったのだろう。

 珍しい現象を見た。

 淀川大橋を走っていると、川向こうの梅田付近はまったく霧で見えない。

 それにしてもその前に見た稲川橋の温度表示電光掲示板は、6℃をさしている。

 「昨日12℃やったんやけどな」

 今日は信号のタイミングが悪く、家は7時48分スタートしたはずだったが、8時48分に着いた。

 仕事は、午後から会議があることを忘れていて、明日にもある会議の準備は余裕でできると思って職場に来たが、朝の面談が2件あるし、ちょっと焦って仕事をした。

 天気予報では、午後過ぎから雨になると聞いていたが、予想的中で夕方から本格的雨になった。

 午後からの会議を4時半に終えて、デスクにもどるとき外を通るが、結構降っていた。

 レインウェアは用意していたが、帰りもロードバイクで帰るしかない。

 完全武装で外に出る。

 ただ、グローブと靴と頭は濡れるのを覚悟するしかない。

 ちょっとびっくりしたのはスタートしてしばらくして新なにわ筋に入ったとき、鉄の継ぎ目を通ったが、するっと滑った。

 「あぶな~~」

 そのあとは、白線を踏まないよう慎重に走る。

 ブレーキはまちがいなくあまい。

 神崎橋手前の交差点で、直線するとき対抗右折のトラックが通り過ぎるのを待ってくれるものとそのまま入ろうとしたら、いきなりまがってきた。

 「こらーーー!!! ばかやろう」

 相手に聞こえるように大声でどなる。

 あまりにも自分中心の行為だ。

 まあ、入ってくることは半分予想はしている。

 あとは、ま慎重に走る。

 尼崎に着いて、コープに立ち寄る。

 濡れっぱなしのレインウェアで店に入るわけにはいけない。自転車置き場で、それを脱いで入る。

 買い物を済ませ、またレインウェアを羽織って家に帰ると、妻の自転車が先に帰っている。 

005  今日は研修の帰りということで、妻がひさしぶりにすでに料理を作っていた。

 それでほっとして、家は入り、洗濯物を室内に移動し、風呂に入る。

 いよいよ今年の出勤日もあと4日だ。

 大事に通勤し、仕事をしようと思う。

2010年11月 4日 (木)

なぜか朝から疲れていた?

001  今日は起きたとたん疲れていた。

 昨日寝る前、炭酸入りワインを飲んでしまったせいか、はたまた夕方からスーパー銭湯に行ったのが逆効果だったのか?

 とにかく自転車に乗ってしまえば座ったままオフィース・トウ・ハウスで移動できるからなんとかなる。

 ただ足をずっと回していないといけない。危険とつねに隣り合わせではある。

 ただ乗ってしまえば疲れは忘れてしまうのが常だ。 

 走行中よく晴れていたし、道路温度は12℃で走りやすい。

 淀川をゆっくり下っていたら、グリーンのロードの男性に抜かれた。軽快にペダルを回している。追いかける気はない。

 次の野田阪神からの直線は、よくぶっちぎりで走るのだが、今日は疲れているので、セーブした。

 職場には、8時47分着。

 仕事中も疲れていて、居眠りしそうになった。

 こんな疲れかたはめったにない。

 よく考えてみたら、やはり昨日の演奏にまつわり、朝の準備から本番まで気が入っていたせいかもしれない。

 やはり30分の演奏でもそれに消化するエネルギーは相当だ。

 ということで納得して仕事を終え、帰りの自転車となる。

002

 カロリーを消費しない走り方というものがあるだろうか。

 ただしかし今日はペダルをただ回すだけだ。あえていつも通過できるな にわ筋の交差点は赤信号で停止する。

 しかしその交差点を逆行してこちらの道路に入ってくる自転車には容赦なく「あぶないやろう!!!!!!!」とどなる。

 今日は夕食を2男に頼んだので、帰りは気が楽だ。

 JR立花にさしかかり、コープリカーショップに立ち寄る。004

 またもアサヒ世界のビールとサントリー・ザ・プレミアム〈黒〉を3本ずつ買う。

 レジの店員の人はこの前ベルギービールが11月末に入ると教えてくれた若者だ。

 こちらから同じことを質問してみた。

 「そうですよ。楽しみにしてください」と帰ってきた。

 よし楽しみになってきた。

 うれしいことが一つできた。

 買い物をしてうちに帰る瞬間がすきだ。

003

2010年3月 1日 (月)

帰りは予想どおりの雨だった

001  3日の自転車通勤ブランクを過ぎて、4日ぶりの走行となった。

 新聞の天気予報では、夕方からどうも雨となっている。

 しかし「まあ、いいか」といいかげんな対応で、いつものようにロードンバイクでレインウェアは考えずに家を出た。

 寒さはあまりない。しかしいつもチャックしている稲川橋温度表示は8℃をしめしていた。

 寒いのか、着ているウェアが暑いのか、よくわからない。

 まあ、真冬の寒さはひと山越えた。

 2号線で、尼崎を走行中、前にだれかいる。ヘルメットはブラックだ。ZUZIEくんかと思ったら近付いてみると、赤のビアンキだ。

 イケッチだった。先週から仲間によく会う。

 会話の中で、彼は膝に痛みが最近感じるという。仕事では立ちっぱなしがあるらしい。

 ただ30代前半の年齢だがら、無理しなければ心配はない。そのようなことを言った。

 先週からぼくも若い仲間に出会うので、つい合わせてしまって筋肉に無理しているわけだが、そのくせ逆にコンディションはまずまずだ。

 ただ、今日はイケッチくんについていって、そのあともそのモードで走ったため、ハアハアした状態にひさしぶりになった。

 職場についてスケジュールを確認すると空白になっている。だから約束はない。しかし仕事はどんどん飛び込んでいく。

 結果的には全部やり切れなかった。

 そのうち5時を過ぎ、残務処理をして5時半に帰る支度をする。

 午後からすでに予兆があったが、空は曇り、ポツポツと雨が降っている。思っていたより雨は早い。

002 やむなくそのままロードバイクで走る。

 気をつけるのは、あまりスピードをあげないことと、白線の上をなるべく走らないこと。

 暗くなると雨の強さは、見えない。

 しかし序所に頭から滴が落ちてくるし、左門橋では、決定的にお尻が濡れてきた。

 ただ、不思議なことだが、ある一定の度合いで、濡れてしまうと、気持悪さを感じなくなるのだ。

 そのまま尼崎を過ぎて、コープ立花に立ち寄った。 

 それで家についたのは、7時過ぎだった。

 005 体は濡れてもデイパックだけしっかり防水カバーが守っている。

 なにせデイパックには、携帯電話、電子手帳が入っている。

 ただ、ウェア、靴はびしゃびや。

 すぐ風呂に入りたいところだが、まず風呂に水を洗濯機に再利用するため、ホースで給水し、それが9分かかる。

 その間に食事の支度をしだす。

「ええい、先に料理してしまえ」とお尻が濡れたまま、作業していた。

 そんなこんなで8時まえに風呂に入る。辛子の入浴剤があたたまる。

2010年2月13日 (土)

バンクーバー冬季オリンピック始まる

Photo  期待をさそう報道の中、バンクーバー冬季オリンピックがいよいよ始まった。

 今日朝はそれを見ていた。

 しかし公式練習中のルージュでグリジアの選手が死亡するという暗ニュースが飛び込んできた。

 とっぱしから印象が悪い。

 開会式ではこの国で雪のスポーツができるの?と思える南アメリカの国々も参加しているのが驚きだ。

 昼が近づくとともに午後からの会議のため、出勤する準備にかかる。

 昨日協力な向かい風の中を走ったせいで、足の筋肉に疲労が来ている。それで今日はよくやるパターンだが、阪神「尼崎」までマウンテンバイクで行き、駐輪場に自転車をあずけ、阪神なんば線でなんばまで行った。

 というのは、そのもくろみの中に仕事の帰りに、スーパー銭湯に立ち寄ることを考えての手段だ。004

 阪神尼崎の高架下の駐輪場は結構広い。1回150円だ。

 尼崎からなんばまでは1本道。

 20分ぐらいで着く。

 なんばで下車し、いよいよ仕事だ。

 会議は約2時間。あっというまに過ぎる。

 5階の会議室で展示会を同時にやっていたので、その片付けを手伝い、職場を出たのは、ちょうど5時だった。

 まあこれなら射程範囲の時間だ。

 また阪神尼崎までもどり、駐輪場で自転車を出し、スーパー銭湯「やまとの湯尼崎店」に行く。

 006 銭湯内は結構込んでいた。脱衣場も混雑している。しかし屋内の元湯に入り、塩サウナを味わい、体を洗い、また元湯にゆっくり入り、満足して脱衣場へ。

 きょうは夕食は1人にきりだ、妻は東京。2男は友達の結婚祝う会。

 一人だだというのにカレーを8人分作る。ちょっとバカか。

 その間、焼酎をちびりちびり飲んでしまい、酩酊状態で料理を作る。

 ところが、ところが、カレーつくりには自信があったが、今日は最高のできばえだ。

 それでまるまる皿に2杯食べ、お腹がパンパンになってしまった。

 まあ今日のところはこんなものか。

2009年12月22日 (火)

温度が1℃上がって暖かいんだ!

001  やっと自転車通勤が再開できた。

 タイヤを無事昨日取替えて、前輪6気圧、後輪7気圧に調整した。

 それにしても新品のタイヤは気持ちがいい。なにせ替える前のタイヤは傷だらけだった。およそ半年パンクもなく、順調に走ってきた。ただこのまま走っていると中のチュー ブはおそらくパンクは時間の問題だろうと想像がつく。

 ただ、新品で道路を走り出すとタイヤの中央がたちまち汚れてきた。

 「ああ、ああ・・・・・」という感じだが、道路を滑っているので仕方がない。

 今日の走りはじめはやはり耳が痛いぐらい最初は寒い。しかし2号線に出たとたんに熱くなってきた。8時まえから走りだして、次第に温度は変化しているのだろう。

 稲川橋温度表示は3度だったが、次の左門橋手前の温度表示が4℃になった。

 この1℃アップだけで暑さを感じる。

 しかし今日は知らない人を含めて、ロードバイカーは誰も見ない。

 まあしかしなんとか疲れず職場に着いた。

 仕事は明日が休みということがあって、ちょっとみんな明るい。

 午後からは会議だったが、求人募集の件の作業があり、定時より1時間後に職場を出る羽目になった。

 しかし今日は冬至だ。さすがに夜になるのが早い。

 003 帰りは追い風。新品のタイヤの感じが気持ちいい。新車に乗っているような錯覚を感じる。

 帰りにコープによったが、行くまえ考えていた風呂に入れるゆずを買うのを忘れてしまった。

 004今日の夕食は2男と二人。冷蔵庫に残っているしゃぶしゃぶ用豚肉を基本にし、野菜をたくさん買ってきた。

  明日が休みという開放感があってビールがうまい。おまけに無添加赤ワインに手が届いて、コップに注いだ。

 なんだかんだ言っても正月まで一週間という今日この頃だ。

 明日は年賀状の作成に一日を使おう。

2009年10月 7日 (水)

台風近し!大事をとって電車通勤に

001  台風というと最近は近畿に来ることはないものとして安心していたが、今回の18号は、太平洋を上昇するころから、台風予報でどうも近畿を直撃すると予想していた。

 それで通勤は自分なりのマニュアルで「台風は乗らない」という規定にしたがい、電車で行くことにした。 

 しかし朝はまだ霧雨状態でたいしたことはなかった。

 職場について、yahoo台風情報を見ると、明日の朝は中心が大阪近辺に来ることが予想される。

 それにその威力は945ヘストパスカル。かなり強力だ。

 職場での指示は、朝警報が解除されていない状態では、出勤を遅らせるように申し合わせた。

 003_2 仕事を終えて家に帰って、食事の後庭に出ていた熱帯性の植物、バナナ、パッションフルーツ、コーヒー、ベンシャミンの鉢植えの木を室内に入れた。バナナは実際大きくなっている。2男と一苦労して運んだ。この移動で発見したが、パッションフルーツに実がなっていた。

 まあこれで一安心というところだ。

 それにしてもこの台風でまた死者や行方不明者が出るとしたら、辛いところだ。

 明日も出勤するとしても電車しかないだろう。

2009年4月15日 (水)

昨日の雨のなごりをシューズに感じて

 002 001

 庭のぶどうの葉が開いてきた。おまけに幹の下から生えてきた枝のバレリーナツリーの花もきれいだ。

 

 昨日は、久々の雨モードだったが、今日になっても、シューズは乾かないままだ。乾燥機の上においておけばよかったか。

 今日の気温もはかりしれないが、一応夏モードで半袖、ハーフレーサーパンツで行く。

 昨日クローズアップした阿波座手前の交差点は、今日は、なんと赤信号でほとんどの人が止まっているではないか。003_2

最初の数人が止まれば、そうなるのか。

 いやしかししばらくすると赤の状態で渡りだした。

 まあそれでもこの交差点にしては奇跡の瞬間と言ってもいい。

 今後のこの信号前の様子がおもしろくなってきた。

 

 ところで今日会った仲間は一人いる。グレッグ・レモン車のAくんだ。海老江交差点で前にいるのを発見。おいついて声をかけたが、どうも疲れているのか、前を引かない。それで、先を走っていったが、後ろをついてこない。

 ちょっと事情があるのだろう。

 それにしても僕自身は体の調子は絶好調だ。職場についても疲れはない。しかし今日は職員の採用試験日で、前で挨拶をしないといけない。かなりのプレッシャーがかかっている。まあしかし娘がそうであったように、応募する側の若者たちは必死なのだろうなと、その気持ちが伝わってくる。一人だけしか選べないのが辛い。

 ほどなく午前中でその業務も終え、なにやかな忙しかった。

 帰りは、全員に配る資料の印刷で手間取り、6時前になってしまったが、すぐユニホームに着替え、職場を出る。

 帰りは、ゆっくり走りたい。ところが、海老江交差点で、前に2台ロードバイクがいた。

 よし今日はついていかないよういにしよう。と心に誓ったが、淀川大橋を登っていると、前のロードバイカーは早いと思いきや、自分が接近してしまい、後ろに付いていったが、どうもスピードが落ちてくる。やむなく追い抜く。

 004 005 しかたがないなあ。という感じで高速モードになってしまい、35km/h平均ぐらいになってしまった。

 やばい。と思いつつ走る。

 そのうち後ろには、ついてくるバイカーが誰もいない。

 まあ、いいか。そのままのペースで走る。

 家には、買い物して帰る時間と同じ、午後7時ぐらいに到着した。

 昨日コープでやたらに試食を勧められ、買ってしまった大豆ハンバーグが残っている。それをメインメニューにして夕食を作った。

 それにしてもまた最近ロードバイク通勤がたのしくなってきた。

 

 

2009年1月17日 (土)

阪神淡路大震災から14年、それはスキーから帰った翌日だった

 今日1月17日は決して忘れない。あれから14年が過ぎたわけだが、当時6歳だった子どもたちが、今年成人するのだがら、時の流れの速さをあらためて感じる。

 さてわが家はどうだったんだろう。あの日はちょうど1泊2日で兵庫の温泉町にもう1件の家族とスキーに行って帰った翌日の早朝のできごとだった。

 当時は今のマンションの前のマンションに住んでいたのだが、夫婦は、書棚とピアノにはさまれた真ん中で寝ていた。あと4人の子どもたちは、長男は1室のベッドで、他の3人は畳の部屋に布団をひいて寝ていた。

 どちらかというと一番危険な状態なのは、自分たちで、そのことは常に頭にあったわけだが、あの日は午前5時45分ごろ床が振動しだし、ふと目が覚めたが、だんだん振動が大きくなるのがわかり、思わず、立ってピアノを支えた。それから子どもたちに叫んだが、どこまでその揺れが続くのかわからない。今まで体験した範疇とはちがうゆれだ。じっとしているしかたがない。しかし地震のゆれは本当に恐ろしい。

 1分ほどの揺れだったのか、さだかではないが、一応収まって子どもたちの部屋に向かう。長男の部屋のドアには反対側の棚が倒れかかっていて明けられない。それを起こした。

 台所では、たしかかなりの食器が散乱している。

 なにがおこったのだろうと、表に出た。何人かが出てきていた。ずっと南の方では煙が上がっている。

 とにかくマンションの前に公園があるので、そこに非難した。ただし1月17日という日は今日と同じようにかなり寒い。

 家から当時庭においていた小型焼却炉を出してきて、まわりの人と一緒に暖を取った。

 ただその日の情報がない。

 ひとしきりみんなで待機していたが、そこらでガス臭さを感じたりした。

 家にもどると、一時停電した電気はなんとか復旧しているようなので、テレビをつけると、淡路島のどこかが震源で大きな地震が発生していたことが発表されていた。神戸付近の上空からの映像があったが、そこらじゅうで煙が上がっているようだった。

 もちろん電車は不通だった。月曜日なので仕事の日で、とにかく公衆電話で職場に連絡をとろうとしたが、かからない。結局夕方まで繋がらず、結局その日は職場にいけなかった。

 それで町中をまわり、同じ少年団の家庭に被害がないか見て回った。駅近くのマンションが一棟、マンションごと1階分崩れている。そこには少年団の家庭が一件あったのだ。

 また各地の交差点で水道管が破裂している。

 その日の生活はどうしたのかよく覚えていないが、水道は停止。ガスは停止。電気だけが正常だった。それで風呂には入れない。キャンプ用ガスコンロで食事はなんとかなった。

 翌日は仕事に行く必要があったので、今と同じように毎日自転車通勤はしていなかったが、臨時で自転車通勤した。

 そんなこんなで今思い出すとかなり大変なことがそのあともずっとあったわけだ。

 ただ自分が自転車通勤をするようになったきっかけもこの時にあったのかもしれない。またその年あるべき行事がことごとく自粛されたため、休みという休みはマウンテンバイクで北摂の山々や、しばらくして被害のひどい六甲も走った。登山で六甲荒地山付近をのぼった時はひどかった。本来あるべき道が岩の崩れで閉ざされていた。 

 考えてみるとあの出来事は何かの基点になっているように思う。そのあといろんなことが変わったし、建物に対して抱いていた根拠のない安心感がくずれた。

 数年後、今考えると心身症ではないかと今思うのだが、仕事をやめることを真剣に考え、実行に移しかけたときがある。

 まあそのあとある意味吹っ切れていまにいたっているわけだが、あの1995年は自分の人生にも大きな影響をあたえている。それはたくさんの人がそうなのだと思う。

 ただあの震災を決して忘れてはいけないと今日は心に誓おう。

2008年12月16日 (火)

朝マウンテンバイクにいきなり抜かれる

001  昨日と同じ着こなしで出発したが、ちょっと暑い。

 稲川橋温度計は6℃だった。昨日と1℃高いだけでこんなに違うのか、感心する。

 タイツが分厚いせいか、スピードは、28km/hぐらいしか出ない。

 そんなとき、バイクが抜いていくのかと思ったら、見たことがないマウンテンバイクが必死で抜いていった。

「むむ、やり手か?」と後ろからマイペースで走った。

 しかし、知らない自転車通勤者が次々デビューしているように思う。またいなくなった人も多い。

 そのうちそのマウンテンバイクを捕らえ、逆抜きしてしまった。ぼくはとくにスピードを増したわけではない。彼がスピードダウンしてきたのだ。

 歌島交差点で、停止となり、また後ろから彼が信号の前で位置取りした。

 矢印青信号に変わり、ぼくは、次の200mぐらい先の信号を青でクリアするため、35km/hぐらいにスピードをあげる。そのまま彼をまた抜いてしまった。そのまま追いかけてこなかった。

 あのタイヤの太いマウンテンバイクにスピードで負けているようでは、ちょっとプライドが許さないが、無理はせず抜いていった。

 今日は後輪を家を出る前、空気を入れていたのでよかった。

 

 仕事は、それなりの緊張感もあり、作業もあり、充実しているわけだが、夕方日が暮れるのが早い。

 

 005

  走り始めるなにわ筋は、イチョウの葉がまだ辛うじて残っていて、それにライトがあたって道路ぞいはなかなかきれいだ。

 きょうもそのなにわ筋で、無灯火逆走自転車に3台ほど遭遇した。

 注意するのもいやになってきた。

 まあ、いつかは、きっちり左側通行を守る時代が来るだろうと、それだけを信じ、また走る。

 JR立花のバイパスは、ダンシングのまま上まで登る。

 そのまま信号を右折し、コープへ。昨日もらった500円券を使った。

 家では食事の準備を終え、風呂から上がると、2人の子どももそろい、妻もそろい4人で夕食。それは幸せな瞬間なのだろう。

 健康であることも幸せなことだろう。仕事を続けていられていることも、これだけ解雇がクローズアップされているときだけに幸せなのだろう。

 何ごとも前向きに生きることが今重要なことではないだろうかと思う。

 自転車通勤はそれを後押ししてくれているように思う。

 明日も元気に通勤しよう。

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