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-天気予報コム-

2012年8月25日 (土)

星空映画会敢行する

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今週はとにかく忙しい。
今日はその最終章。
仕事では理事会、地域では星空映画会だ。
朝は、発電機を借りにいったり、映画会の機材を準備したりで過ぎていった。
そして正午を合図に職場にむかう。
会議は、予定どおり4時に終了。

慌てて家に向かう。
そのまま星空映画会会場の公園にむかう。

午後5時に到着。

気持の余裕もなく、おやじーず演奏になる。
ぶっつけ本番だ。

ほどなく演奏は終わったが、あれだけ練習してきたのになと思うくらいあっという間に終わった。

映画会は6時半からはじめた。
内容はワンピース。

星空の中での本格的映画上映は、貴重だ。
ただ参加者は、思うより少ない。

まあ課題はあるのだが、とにかく企画はうまくおわりそうだ。

2012年5月27日 (日)

西宮保育フェスティバル的一日

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 夜中はまだ体調不良が続いて、寒気で震えていたが、朝はなんとかお腹も復調していた。

 念のため、昼食はおかゆで済ませた。

 今日の予定は西宮保育フェスティバルでの音響を担当することだ。

 西宮中の保育士たちが運営し、企画し、たくさんの父母や子どもたちがこの集まりにやってくる。

 とくに今年は、政府が今「一体改革」という名で、保育所と幼稚園を一体化し、施設を利用者がさがさないといけなくなる。

 それも所得次第という話らしい。

 なにが「改革」かということだ。

 それは厚労省であの無実の罪で一度犯人扱いされた村木さんもその提案の関係者ということだからそのことはいただけない。

 そんな中若い保育士たちは歌い、おどり、結構程度の高い芝居までする。

 ちょっとパワーをもらう感じだ。

 音響装置はREAVEY ELECTORONICS。

 4チャンネルしかないが、それなりの音質で野外会場に響き渡る。

 ただスピーカーは小さいし、やや不安定。

 午前11時から開始し、午後3時には会は終わった。

 たくさんの出演者からお礼の言葉をもらった。

 ただ裏方なんですけど。

 ちょっとこの3日間を思い出すと、半日のログ行きと翌日からの九州職員旅行に一泊2日。 夜はマンションの会議。

 そのあと体の調子の崩しての帰宅で今日を迎えた。

 ちょっと動きすぎたか。疲れが出たか。

 この後明後日はいいタイミングで1年ぶりの健康診断が待っている。

 とのかく目まぐるしい3日間だった。

 しかし体は運よく回復してきた。

  明日からはまた通勤自転車復活だ。

2012年5月 1日 (火)

メーデーな一日 去年行ったリバーサイドCafeは健在だった

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 一年が過ぎるのは早いものだ。

 5月1日がやってきた。

 わが職場では、休みの日だが、メーデーに参加するのが前提だ。

 朝8時15分集合。

 やはりちょっと気分は高揚する。

 署名など集めるが、ほとんど署名集める人どうしで、Give and takeで協力しあう。

 それにしても集会が始まっても、ちょっと昔に比べると参加者が

減ったように思う。

 それにちょっと集会自体の進行が固い。流れる曲もたしかに労働歌は必須だが、それもださいように思う。

 ただ演説はたしかにその時々の大事なことが語られる。

 大飯原発再稼働反対、消費税増税反対などなど。

 ただ立ちっぱなしとデモで2時間半は体の弱い人はハードだろう。

002デモに移って約2kmを歩くのだが、火曜日の平日ということで車が多い。

 途中車の窓からカメラをむけている外人らしい女性がいて、Vサインを向けると手を振ってくれた。

 これは国際交流かも?

 また水陸両用の観光バスから手を振っていた。

 ひとしきり歩いて、デモは解散地点に着き、懇親会場に移動。

 天満橋の京阪モール21階の料理店だ。

 ビールで乾杯し、楽しい話で花が咲くとすでに1時45分になっていた。

 そのあと気の合う仲間Bくん、Mくんと去年入ったリバーサイドカフェをさがした。

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 ちょっと迷ったが、到着。

 なかなか感じのいい店で、店の玄関はなく、オープン。ちょっど空港の待合場所のようなレイアウトだ。

 しかしカウンターを超えて中に入ると、大川の眺めがとてもいい。

 店の名前は「リバーカフェ タバス&ワイン」という。

 名前のとおりワインが得意らしい。

 サプライズだったのは、その店の店員の女性Yさんは、去年会話した人かも?と聞いてみたが、向こうは覚えているはずもなく、Iphoneで去年の今日のページを開けるとちゃんといた。

 それを見せると納得してくれた。

004 男性店員の人、長淵さんというが彼も会った覚えがある。

 彼も話を合わしてくれた。

 店の端にはフランスの写真が額に飾られている。

 僕的には5つ星の店だ。

 「また来年5月1日に来ます」と、告げて店を後にした。

 ちょっと楽しいひとときだった。

005 ついでに初めてあった店員Nさんも撮影させてもらった。

 単なる中年のおじさん3人ではあるが、ちょっとうれしい。

 そこから地下鉄谷町線で梅田に出て、阪急電車で武庫之荘に着いた。

 やることがある。

 銀行から入出金。その後近くの豆珈房でコーヒー豆を買う。それから郵便局でログハウス購入に絡む不動産取得税の振込み。

 そして60才からもらえる年金手続きで、住民票などがいるので、市役所支所に行った。

 親切に係の人は教えてくれて、住所、本人確認の番号があれば住民表はいらないらしい。

 それでそれを発行してくれた。

 用事を済ますと、すでに5時前だった。

 家でしばし安眠。

 30分で立ち上がって夕食の準備。

006 昨日買った399円半額のイワシ開きを元にイワシ丼に。

 しっぽを切るのをしくじった。

 しかしイワシは栄養価が高いのだ。

 アルコールは昼味わったので夜は止めた。

 しかし楽しい一日だった。

ついでに今日のうれしさと世界の平和を願って、自前演奏「イマジン」をアップします。

 

2012年3月 4日 (日)

今日はログではなく、ベニシア展示会を再訪

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 今日は一日雨だった。

 朝は、湯の華廊から届いた誕生月を祝う無料入浴ハガキを利用して、さっそく10時過ぎから、入浴に行った。

 なんといってもタダというのがありがたい。

 最初は自転車で行こうと思っていたが、雨にはあてない。

 やむなくマイプレーリー(自動車)で行く。

 会場がある「つかしん」は買い物客がいっぱいなのか、駐車場へはいる地下の入口から車の列が続いていた。

 

 なんとか温泉の駐車場にたどりつき、入浴を楽しむ。

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 文字通り気分は最高になり、家に帰る。

 

 昼食は、昨日の鍋の汁を使い、うどんを作ることにした。

 そのうち妻が美容院から帰ってきた。

 1時を回る前に、約束をしていて、3日前に自分だけで行った神戸の大丸に「べニシアとそのな仲間たち展」を見るため、阪急の駅に急いだ。

 阪急三宮からは元町までアーケードのある通りを通って歩いた。

 やはり神戸は尼崎とはちがう。なぜか洗練されていて、エキゾチックな雰囲気をある。

 そのうち会場に到着。その大丸は1階も先日来たときよりにぎわっていた。やはりホリデーということだろう。

 逆にあれだけ入場から並んだ展示会場は、券窓口もあっさり並ばずに通れた。

 それで内部の展示もしっかり観察できた。

 それにしてもベニシアさんの詩がたくさん展示されていたが、かなり自然に生きることや、ゆったりといきることに対する考えが深い。

 ちょっとうなってしまった。

 とくに「たわいのない日常の中に人間の大事な幸せがあること、それこそ生きる重みがある」というようなことが書かれていることが印象的だ。

 大震災を経験した日本人だからこそ、そのことが切実に感じる。

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 さわやかな気分を体に感じて、会場を出た。

 その後1階上(10階)で、コーヒーバイキングというメニューを表示していた里山というレストランに入り、まさにバイキングにふさわしく、アイスからくだものからいろんなお茶とお菓子など、もちろんコーヒーも取ってしばし休憩。

 そして一気にエスカレーターに乗ったが、ここは今でもエレベーター嬢が仕事をしているのがめずらしい。

 

 そしてまた繁華街の喧騒の中を帰る。

 


2011年11月23日 (水)

秋葉忠利前広島市長の講演を聞く

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 今日は勤労感謝の日の祭日ではあるが、医科・歯科9条の会で講演があった。

 テーマは、「2020年までに核兵器廃絶を!」ということだが、講演者は前広島県市長 秋葉忠利さんだ。

 今の肩書は広島大学学長室特任教授だ。

 いまは研究者として、また核兵器廃絶の活動家として飛び回っておられる。

 前半はちょっと哲学的で瞼を開けるのに苦労したが、後半は、聞き捨てならいいい話だった。

 世界では国家が発展する中で、紛争国はまだなくなってないないが、戦争で死ぬ人の数は、徐々に減っているという。

 アジアの国々の協力関係が進んできている。平和に関する世界の流れは大きく進んでいるが、日本のマスコミのとらえ方は、それが一部の流れのように描いているというから偏っている。

 とにかく2020年までに核兵器を廃絶することは非現実とは言えない世界の流れになっているらしい。

 午後4時半には講演が時間どおり終了した。

 ところで話は変わって、最近自転車による事故の増加で、歩道から自転車を締め出す方針が警察で打ち出されている。

 しかしはっきり言ってすべて後手後手の対策だ。

 自転車を今車道でしか走れないようにするには、専用道路を早急に作ることが前提だ。

 しかし本気でそれをやろうとしていない。

 それはクルマが道路では絶対的優先手段という考えが変わっていないのだ。 

 都会では2車線道路でも1車線を自転車にすればすべて解決する。しかしそんな思い切って策を打ち出す勇気が政府にもないだろう。

 だいたい尼崎市街地の2号線ではほとんど1車線は駐車する車のため使用できない。

 事実上1車線なのだ。

 それなら車が渋滞すると主張するだろうが、渋滞して不便になればいいのだ。よけいな車は使用しなくなるだろう。

 それに歩道は完全に安全になる。

 車優先社会はもう脱却すればいいのだ。

 それに瀬戸大橋も明石、鳴門大橋も自転車が通行できないこと自体おかしい。

 ただ道路を自転車に支給しても、今の日本のママチャリという自転車は、あえてスピードが出ないように作ってある。

 徐々にスピードが出せて、荷物も積める自転車を普及していくことだろう。

 やればぜったいできる。

 自分が国土交通省大臣な必ず提案する。

 不健康人種も絶対減るだろう。

 大気汚染も減るだろう。無駄な化石燃料の消費も減るだろう。

 これは今や空想の話ではなく、切実な話だ。

2011年9月25日 (日)

医療生協組合員交流会でトリの演奏

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 当日までどういう集まりかも知らず、ただ尼崎医療生協病院の組合員のお祭り、ぐらいにしか思っていなかったが、尼崎産業センターの出かけた。

 出演は、午後3時からだいぶ後らしいが、とにかく朝から機材の準備をしたり、練習したり、いそがしい。

 午後2時集合でメンバーがマンション1階に集まった。

 とにかくみんな同じマンションの住人だから集まりやすい。

 わがマイカー・プレーリーに荷物と人を乗せ、出発だ。

 道は空いていので、15分ほどで着いてしまった。

 すでに午後1時から集会やなにやらが始まっていたが、地域ごとのサークルなどの発表の場である文化交流会は午後3時からなので、その間を縫って、ちょっとリハーサルさせてもらった。

 まあしかし、音のバランスを見てくれる第三者はいない。

 それでほとんど感で楽器のボリュームを設定する。

 交流会がはじまると、銭太鼓や、南京玉すだれ、おどりなど様々な出演があったが、60代から80代の高齢者が多い。

 しかしみなさんお元気だ。自分にとっては先輩だ。

 70代、80代まで現役で演奏していたら楽しいだろうなと思った。

 さて本番は、4時過ぎだった。とにかくトリだから責任重大だ。

 じっと待っていたのでやや緊張する。

 演奏は三曲。「あの素晴らしい愛をもう一度」、自作曲「遠くふるさと離れても」、最後は「上を向いて歩こう」。

 10分の時間はあっという間に終わってしまった。ミスタッチもあるが、まずまずの演奏ではなかったか。

 ただICレコーダーでの録音は自分の近くの舞台床においたので、ほとんど客席からの実感はわからない。

 こんなときはもう一人関係者がほしい。

 まあなんとか終わり、すぐ楽器、機材を片付け、自分たちのマンションに向かう。

 一応満足感で、機材を家にしまい、夕食の買い物に行くことにした。

 出かけるとき丁度妻が帰ってきた。

 しかし財布の現金は3,500円しか残っていない。給料が出ているが、おろしに行くのを忘れていた。

 夕食のメニューは決めていて、またIPHONEの「3分間クッキングで「さんまのから揚げ コシュジャンソース」を選んだ。

 コチュジャンソースは妻の助言で「そんなん、普通のみそに唐辛子をからましたらええねん」ということで買い物に行ったコープ立花では買わなかった。

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 買い物は、ビールなど3本と2匹290円のさんまと長ネギと風呂用せっけんとしょう油など買って2000円ほどで収めた。

 

 はじめてのレシピはやはり時間がかかる。

 6時過ぎから初めて7時までかかってしまった。

 まあしかし手さぐりで作ったコチュジャンはうまくいった。

 さんまのから揚げに絡めるとなかなかのものだ。

 レシピをたまに使うのも新鮮でいいかもだ。

008 ゴボウの煮物と横にそえたとうみょうの炒め物は創作だ。

 

 三連休はいよいよ終わりにむかった。

 しかしちょっと辛い話と娘がシンガポールにもどることと、六甲ヒルクライム途中挫折と、ちょっとしんどい3日間だった。

 まあ唯一おやじーすでの出演が充実感があった。

 明日からは仕事の展示会にむけていそがしくなる。

2011年9月 3日 (土)

台風の中、映画「コクリコ坂から」を見に行く

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 今日はひさびさに休みの土曜日。しかし台風12号(タラス)が直撃するということで午前中は家で待機していた。

 しかし思ったより台風の気配がない。

 テレビの報道では、暴風雨圏内に入っているというのに、外では人が普通に歩いている。

 妻は午後2時から歯科治療があるのだが、急に映画にいこうかという話になり、ネライは「コクリコ坂から」。

 見たいと思っていた。

 それでパコソンを取り出し、西宮ガーデンズを検索し、東宝シネマをクリックする。

 ちょうど2時15分からの上映でツイン席が空いていた。

 「よし」ということで、歯医者は時間を早めてもらうとして、この時間帯で予約し、見に行くことになった。

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Miyazakigorou 台風だというのに、西宮ガーデンズ、そして5階東宝シネマはたくさんの人が来ていた。

 発券機で予約した番号を入れ、席の券を取り出す。

 

 妻はぎりぎりやってきた。

 映画は、事前に「あまりおもしろくなかった」という評判も聞いていたので、ちょっと不安であったが、見て感じたのは、面白かったということだ。

 1960年ぐらいの東京オリンピック前の時代だが、時代考証は走る車の車種や、街の背景などかなり調べられて描かれているように思えた。

 一番面白かったのは、主人公の通う高校の部活のための建物が木造3階建てだが、「おおッ!」と思わせる建物だ。

 その建物がストーリーに関係するのだが、主人公の海と知り合った男性との恋愛が青春らしい。

 それが二転三転していって最後は感動させるのだが、彼女が

家族と住んでいる海の見える丘がまたいい。

 やはり映画は結果的にも内容全体にも前向きなものが好きだ。

 監督の宮崎吾郎さんは宮崎駿の息子だが、みごとにあとを継ぐための作品になったのではないかと思う。

 ただこの作品を監督することになり、苦悩し、父親との葛藤を描いたテレビでのドキメンタリー番組を見たが、彼にこれからも注目していきたい。

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西宮北口から一駅、武庫之荘に降りて、家に向かったが、帰り道数か所に見える田んぼには、稲穂がみごとに実っている。

 この土地で稲を育てているというのは本当に貴重だが、作る人の継承があるか、ないかでそれは決まるのだろうと思う。

 写真の田んぼは持ち主のおじいさんが孫と思われる中学生ぐらいの若者にそれを教えている姿を田植えのときに見た。

 ぜひなんとか稲づくりを止めないでほしい。

 借景的にもそうだし、環境保全的にもいい。

 そんなことを考えながら、家に着く。

 やや疲れて、二人とも居眠りしてしまった。



2011年6月19日 (日)

日曜日もなかなか休めない6月だった

2011618  6月に入ってなぜか、土曜日、日曜日と予定が入る。

 今日も職場の年に一回の行事

「日常診療経験交流集会」が開催され、その要員に抜擢された。

 空模様は不安定だ。

 午後からは、職場ゆかりの84歳になられたH先生の納骨式があり、そちらに行く。 

 まず朝は、駐車場の係だったが、特に仕事はなく、集会の分科会の一つ、「震災支援報告」に参加した。

 2人の先生から報告があったが、医療の役割は大変求められていることがくわかった。

 震災から助かった人たちであっても、避難所生活の中で、病気が発生したり、十分な医療が受けられないため、病気が悪化する例がいくらもあるようだ。

 自分も現地には1日ボランテイアで入っただけだが、報告の内容は前よりよく理解できるような気がする。

 昼にはランチョンセミンーといって昼の休憩タイムに講演が企画されたが、原発問題の専門家によるもので、いっぱいの参加者が集まった。

 今や原発問題は、日本国中最大の関心事だ。

 それが聞けなかったのは、残念だったが、次の予定H先生の納骨式に参列するため、職場を後にした。

 H先生は、大阪の保険医協会の副理事長をした人だが、かなり以前娘さんが、森永ヒ素ミルクの被害者で、その救済をもとめる「光協会」の責任者をした人だ。

 式場では、送られるH先生は84歳という高齢にかかわらず、医師という仕事の性格もあることはあるが、その見識と仕事から300人以上の参列者が出席されていたと思われる。

 式を終え、帰路に向かったが、大阪平野区の喜連瓜破駅から地下鉄に乗る。

 たしかに遠い。しかし電車に乗車中、IPHONEで動画「シャーロックホームズの冒険」を見る。まあ英語の勉強のつもりだ。

 それにしてもIPONEはすぐれものだ。手放せないものになってきた。

 家に着いて、妻も先に帰ってきていて、夕食はまかせたので、ピアノに向かい、7月7日のチャリティーコンサートのための練習に励んだ。

 さすがにちょっと疲れてしまった。

 風呂に入り疲れを取る。

 残念ながら来週ウイークディは代休を取れそうにない。

 まあ頭をリセットして金曜日までがんばるか。

2011年4月23日 (土)

映画「阪急電車」先行上映初日に見に行く

001 今週の初めから、妻は「今週は『阪急電車』を見に行くことを楽しみにがんばる」と言うので、そのことは頭にやきついていた。

 昨日の夜さっそくネットで東宝シネマから西宮ガーデンズのシアター予約をした

 予約の段階で席の空き具合は少ない。

 なんとか朝9時からの分でツイン席が一か所だけ空いていたので、すぐ予約した。

 会場でもネット予約の券発行手続き場所は、たくさん並んでいた。

 無事発券をすませて、映画館に入る。

 やっぱり始まる前からこの雰囲気に心が躍る。

 すでに去年有川 浩の原作は読んでいて、だいたいの中身は想像がつく。

 映画がはじまって、その記憶と比べながら、目がかがやく。

 阪急今津線のただ片道15分の間に乗客のいくつものかたまりにドラマがある。

 ただみんな暖かく前向きな会話と動きの中で物語が進んでいく。 

 ただ電車の中で遭遇した客どうしだが、会話が生まれる場面が何回かあるが、大阪的大衆性とはまたちがうちょっと上品なナイーブな会話がきれいだ。

 おばさまグループの下品で大声な会話に対して、ついに宮本信子演じる老人がこんこんとそのあばさんたちに説教する場面は、圧巻だ。

 実際に遭遇しそうな様子だから。

 人を気づ付ける会話はいっさいない。

 子の雰囲気は僕のすきな映画のありからだ。

 映画は、夢を追ってほしいし、わざわざ人間のいやな部分だけ掘り下げて描くものは1000円出してみる価値がないと思っている。

 妻も満足か。

 ただ、本では武庫川で「生」という字が石を積もらせて見える中洲があって、それを初対面の男女の若者が語りあう部分があるが、それは削除か、変更されていた。

 おそらく3,11の大震災がおこる前に映画フィルムは完成していたのだろうが、この「生」という場面を生かしてほしかった。

002 映画会場を出て、まだ11時過ぎだったが、このガーデンズで食事することにした。

 ここはオープンしてもう1年ぐらいになると思うが、今の結構にぎわっているようだ。

 今になってその中にいて、もと西宮球場だったことをイメージできる。本当はグラウンドだったところに今自分がいることを確認できる。

 レストランは、山形牛の店に入ることにした。被災地ではないし、風評被害のないところだが、被災者はたしか山形県にたくさん避難したと聞いている。

 ちょっと救援しているつもりで店に入った。

 食事を終えて、外はまだ激しく雨が続いていた。

 家はたった一駅先だ。

 家に帰って、抜け殻状態だ。ただ夜はマンションの総会がある。

 それまで昼寝し、パソコンにむかって、課題になっていたアンドロイドアプリ開発の練習のためのソフトダウンロードと作業挑戦にとりかかったが、まだ途中でとまったままだ。

 そんなこんなで総会に時間になり、約2時間その輪の中に入る。それにしても1年が過ぎるのは早い。

 夜はテレビで映画「のだめカンタービレ 最終章」を楽しみにしていて、今それを見ながらこのブログを更新している。

 今日は映画2つ見れた。ちょっと充実している。

2011年4月10日 (日)

花見最高潮! しかし震災が頭をよぎる

001  日曜日と桜の満開がかさなって今日は花見には最高の日だ。

 知ってか知らずか、この日の地域少年団流れ星の小学・中学卒業祝いのバーベキュー宴会をわが地域に流れる武庫川河川敷でおこなった。

 しかしこの満開を見ると、河川敷はごった返すのではないかと、心配の思いで、みんなより早く朝10時に場所取りに向かった。

 現地に付いてみると拍子ぬけだったが、河川敷に一か所しか押えられていない。

 まあ、よかったというか、なんでというか?まあよかった。

 まもなく自動車での運搬組がブルーシートやバーベキューの網やを持ってきてくれた。

 003 それにしても、土手の上の桜はその道一面に桜が彩っている。

 やっと4月だ! 寒さは遠のいたか!とうれしくなる。

今回は、ちょっと重量004があるが、武骨な鉄板を持って行って、やきぞばを調理した。

 野外の料理はなんでもおいしいが、焼きそばも絶品だ。

 12時を過ぎて,買い物を終えてきた母親たち、近くの西武庫公園で遊び疲れてやってきた小中学生・高校以上の指導員がやってきた。

 やきそば、焼肉はどんどん掃けていく。

 

 そのうち河川敷のあちらこちらに集まりが増えてきた。

 土手の道路は今日は進入禁止になっているが、パトカーがやってきて、停止したままの車や進入してきた車がいて、取り締まっていた。

 みんなが自由に歩いたり、自転車で移動できるように車の進入を禁止しているのに、違反は許されない。

 停止していた小型トラックにも違反切符を切ろうとしていたが、かなり違反の男性はごねていた。だがグループの父母で正義感の強いOさん、Tさんがその現場で警察にきっちり取り締まるようにつぶやきにいった。

 だいたいうるさい市民には、適当に対応するケースがある。

 そのうちパトカーに連れられて、違反車2台が移動していった。

 007そのうち宴たけなわとなり、さまざまな食材を酒のさかなにたわいのない話とダジャレで笑いが絶えない。

 アッという間に午後4時近くになり、片付けの支度にかかった。

 しかし河川敷にいると、もし大阪湾に津波がきたら、河口から5kmぐらいしかないこの川のすべてを覆ってしまうだろうと、今までは想像さしなかったことを考えてしまう。

 しかしのんびりした春の一日だった。

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