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2009年7月 5日 (日)

兵庫選挙投票日

009  朝はゆっくり起きたと思ってトイレに入り、洗面を済ませ、リビングにやってきたらまだ7時前だった。

 妻はすでに朝2時ごろ目が覚めてしまって、そのまま起きていたという。そのせいで自分も途中何回か目画覚めていた。

 まあそれで朝はゆっくり洗濯物干しなどは余裕でできた。

 妻は兵庫保育の集会で出かけた。

 ときどき見るNHK教育、「日曜美術館」は、無名の画家という前おきで、犬塚 勉氏の特集だ。驚いたのは、登山にのめりこみながら、自然の中のすべての命に価値を見出していったということ。つまりそれに到達した絵として、ただ山の草原と森を描いているだけだが、一つひとつの草にその命を描こうとしたような書体が、不思議な生命力をかもちだしている。

 この番組は丁寧に作られているし、意外な作者が特集される場合もある。自分としては評価が高い。

 それから今日は、マンションで年に一回の配管清掃、火災感知器点検があるので、家を出られない。

 ほどなく10時過ぎに作業が行われた。

 昼食までにはまだ時間があるが、外へ出て行くのもタイミング悪いので、地下収納庫に降りて、19日に出演することになっているコンサートの練習をすることにした。

 一通り、カセットテープにぶっつけ本番で録音しまくった。7曲ぐらいしたか。

 とりあえず12時を過ぎたようなので、残り物で昼食にする。

 そのあとコーヒーを飲みながらしばしテレビを見た。BS日テレだったか、ハワイの旅番組をやっていた。

 午後からまた録音しきれていない曲の楽譜を探す。一つは、4年ぐらい前から作りかけていて未完成の「おやじの願い」という曲を無理やり、完成させようとその作業にとりかかった。ついでに自作曲、といってもすでに20年以上前に作ったものを見直し、補足したりした。

 そのうち夕方5時になり、妻から電話があった。買い物をしてきてもらうとして、そのあとで一緒に知事選挙の投票にいくことにした。帰ってくるまで、炊飯器でご飯に用意、風呂の準備をした。

 ほどなく6時ごろから近くの立花西少学校に投票にいった。今回候補者は2人。もちろん僕たちは現職には投票しない。田中耕太郎氏と書いた。ただ当選する見込みは、1%もないかもしれない。

 息子たち2人もそれぞれ自分で投票に行った。

 しかしこれを更新している午後9時すぎ、もう現職、井戸氏が当確とニュース速報が出ていた。宮崎県のように前知事の不正が表面化した後の選挙は話題性があるが、今回はもりあがらない。

 ただ今の県知事では問題が多いようだ。ただ自分自身もよくその辺が把握できていなのではずかしい。

 Cnn20090705 まあ今楽しみはやはりツール・ド・フランスだ。今日はNHK朝のニュースで大きく取り上げられていた。なにせ世界20億人だったかが、テレビ・インターネットなどを通して見ているというとてつもないイベントなのだから、日本人2人もエントリーしたというのは、歴史的な事件だ。それに以前はじめて参加した選手は1人、今中大介氏がいるが、それでもアシストの仕事の大変さで14ステージだったか、時間オーバーで退場させられた。

 今回2人でもパリのシャンデリゼまで戻ってきたとしたら快挙だ。最下位でもいい。完走してほしい。ただ途中見せ場も作ってくれたら最高だ。

 今後の日本の自転車ロードレースへの注目度のアップと、ロードバイクの普及が期待できるだろう。ただ一緒に交通ルール遵守の普及も高まるといい。ぼくもそのために貢献しよう。

2009年6月28日 (日)

登山の後の休息日、それなりに骨休め

007_2 なぜか今日は朝、不意の5時の目覚ましでびっくりしたが、そのまま目を閉じ、8時過ぎに目が覚めた。

 どうもお尻付近が筋肉痛だ。ふくらはぎもコブラがえり一歩手前。

 翌日に影響が出るのは、若い方かもしれないが、昨日はペースが早すぎたというか、調子にのって無理したかもしれない。

 しかし昨日の夜は、気持ちが緩み、缶ビール2本と、いきおいで買ったチリワインをビン半ビンほど飲み干した。

 おかげで昨日の洗濯物は残したままだった。

 それで洗濯物のかたづけ、洗濯物干しがまっていた。妻は職場の関係でビラまきのため、出かけた。という自分も兵庫県知事選挙の地域ビラまきを頼まれていて、ビラおりからはじまって阪急駅近辺のポストへ配布しにいった。駅前にあの騒動のノバのビルが未だにシャッターを閉めたままになっているのが気になる。そのポストには入れない。

 ほどなく終わって、家に帰って昼食の用意。3男が一昨日作ってくれたドンブリの具を温めなおしたが、その間にカッターシャツとズボンのアイロンかけ。時間の有効活用だ。

 食事の後は昨日から読み出した「自転車で健康になる」中村博司(堺自転車博物館館長)、高石鉄雄(京都大学博士、運動生理学から自転車運動と健康を研究)著の本を読み出した。

 ウォーキングと比べての自転車の有用性を語られているのは、はじめての部分だ。消費カロリーもおもにスポーツバイクに乗る場合だが、一定のスピードでは、あきらかに全身運動として健康に役立つという。それは、停止から発進、坂道で負荷、向かい風時の負荷など変化があり、いろんな運動をしていることになるらしい。

 おまけにフィットネスクラブなどでの停止自転車をこぐのと比べて屋外走行では、風を受けるので汗を自然に蒸発させ、景色が変わるので、気分転換になる。

 つまり自転車通勤は最適という。ただ真の研究はこれかららしい。

 あと中村さんの著だと思うが、道路走行時の自動車との対応の仕方、合図の仕方、雨に日の工夫など、同じことをしているんだなと共感しきりだが、あとの部分は一般的過ぎて新味がなかった。

 まあしかし本は読み終えた。

 それで3時半ごろから、コープに買い物に行くべきか、どうしようかまよったが、妻がうたたねしてしまって、一人で行くことにした。偶然少年団のUさん(女医)に会う。昨日の山の話をしたり、夏にある少年団キャンプの今年の状況についてきいたり、店の中で立ち話をした。

 家に帰って、次の予定の読書、「甲子園ホテル物語」をさらっと読み通す。面白そうだ。

 002 そのあとすぐ気になっていた庭のスモモやカリンの木を切るため、さおバサミというか、先を延長できるはさみで取り掛かる。夕方を過ぎたので、暑さは和らぎ、気持ちがいい。何も考えずに没頭することはいいことだろう。

 というか、枝を伸びきった部分を切り続けると、あの憎っくき毛虫が葉について落ちてくる。去年ひどい目にあっただけにちょっと怖い。

 まあ一時間ぐらいかけて切ると他人の頭を切っているようで、見た目もすっきりした。

 切った部分は45Lのゴミ袋いっぱいだ。

005  それでもう午後6時。しかし空はまだ明るい。

 朝干しておいた敷き布団、敷布が膨らんだり、よく乾いたりしているので、とりこむ。

 今日は夕食は妻の仕事。その合間に風呂に入る。

 ビールは今日は休息日にするつもりだったが、妻が勧めるので、つられて飲んでしまtった。明日は休みにしよう。

2009年6月24日 (水)

代休はスーパー銭湯へ

090624_2  週中日、今日はまだ2日残っている休日出勤の代休の日とした。結構疲れも残っている。ちょっと喉も調子が悪い。

 朝はいつものように6時半に起き上がり、いつものように支度をし、妻がいつもしている洗濯物干しまで時間に追われず、のんびりした。

 今日は絶対しておくべきことは、シンガポールの娘への本を送る手配ぐらいだ。

 それで9時を過ぎて郵便局に歩いていったが、EMSという比較的早い郵便で手続きをする。これはすべて英語で書く。なんとか書き終え、窓口に渡す。

 ついでに郵便局へ指定した「定額給付金」が入っいるかそこのATMで通帳記帳すると入っていた。すぐ出金する。

 家に帰って、麦茶を沸かしたり、ピアノの弾いたり時間をつぶし、11時ごろスーパー銭湯「やまとの湯尼崎店」に向けて、ランドナーで出かける。

 さすがに水曜日は、650円と値段は安く、利用客も少ない。湯船に浸かっていると、まるで温泉に泊まりにきたような錯覚におちいるから、不思議だ。このやまとの湯でもスチームサウナの前に塩を大量においていた。これは、西宮の「熊野の郷」のおはこだったと思っていたが、いろいろ銭湯どうしで競っているのだろうか。

 090624_3

行き帰りはミヤタ・ランドナー、グランプレミオ。

 通勤で使うとき、どうしてもロードバイクには早さで劣るが、今日乗ってみて、ちょっとそこまで行くには早い。

 家に帰る前、コープ立花によって夕食の食材と、最大の目的の蚊取り線香を買った。

 家に着いて、冷凍していたカレーを解凍し、昨日の残りのごはんで昼食とした。そのとき誘惑にまけて、缶ビールを飲んでしまった。温泉上がりのビールは一味違ってうまさが倍増だ。

 そのあとはテレビの国会中継、チェンネルを替えて、東国原宮崎県知事の自民党候補依頼の件を見た。だいたいそのまんま東は、知事だというのにテレビに出演しすぎだ。その彼が誘いに対し、「総裁選出馬を条件なら」というから、傲慢とした表現できない。

 そこでテレビのスイッチを消し、JAF、BEPALの雑誌を読みふけた。一時睡眠に入っていた。それですでに3時半になっていたが、今度は今読書中の「立花隆 小林・益川理論の証明」を読む。前にも書いたが、詳細はかなり難しいもので、理解は困難だが、すでに30年前に打ち立てた理論を証明するための関係者のなみなみならない実験と、世界に2箇所しかない加速器という壮大な事件施設をアメリカの競いあい、それを乗り越えて、理論を実証した経過はすばらしい。

 ただおどろくのは、原子の中に3世代6種類のクオークがあるこがわかったのだが、それで科学の追及は終わるではなく、さらに新しいものがあるのではないかということを立花さん自身が示唆して終わっているということだ。

 それにしても日本の物理学の水準は世界に誇れるらしい。もっと日本の教育の自信をもってもいいかもしれない。

 本を読んだあともう5時半。

 090624_4 また平井 堅の「ケンズバーⅡ」をかけながら、夕食作り。庭に目をやると鉢植えのきゅうりが大きくなっていたので、ちぎって夕食に乗せた。みずみずしい。

 

2009年6月20日 (土)

昨日の夜遊びは辛かった

006  さすがに昨日の3時までの宴会は辛かった。

 幸い今日は、午前中仕事に行かなくてもいいので、助かったが、それでも朝の用事を済ませた午前11時には、自然に横になってしまった。

 12時近くになったので、昨日3男が作ったカレーを温め、皿に一杯だけたべて、着替え、家を出た。

 今日は、体調管理のため、電車通勤したが、車両の中ではずっと寝ていた。

 職場について、理事会の準備。緊張の時間だ。

 仕事中は疲れを忘れている。

 午後4時45分ごろには会議は終了した。

 その後の帰りの時間は開放的になるが、それでも帰りも車両に座れる間は、ほとんど寝ていた。やはり疲れが残っているようだ。

 家に着いて、夜も地域少年団父母会の会議があるが、妻に行ってもらって、自分はパスすることにした。これでかなり楽になった。

 洗濯物の片付けはあったが、それを終えると、地下収納庫に降りて演奏の練習をする。

 昨日の相談で、本来「おやじーず」で演奏する時間が30分ぐらいくれるというので、それを今回は自分しか都合がたたず、一人演奏になる。朝トイレの中でも何を演奏できるか考えていた。

 従来よく練習している曲の中からものになりそうなものを考えながら、数曲テープに入れて聞いてみた。まあまあいけそうだ。今回は腹を決めて自分の色を出してみようと思った。

 この準備はなかなか楽しい。

2009年6月18日 (木)

10月展示会に向け懇親会に

Photo  今日は秋の展示会に向け、関係業者と健辛亭に行くため、自転車通勤はできない。

 電車で行くほうが自転車より楽に思われそうだが、JR立花まえでの歩行も15分あり、けっこう疲れるし、汗をかく。

 電車で本を読めるのはいいことだが、なんとなくものたりない。

 さて仕事の方はなにゃかやとややこしい問題もあり、昼の電話当番もあり、そのあとは展示会にむけた会議があり、まあそれはいよいよ現実的になってきたので、一定盛り上がったが、あっとゆうまに5時を過ぎた。

 その関係者でそのまま阪急「服部」駅の健辛亭に向かう。

 2社の業者でそれぞれギクシャクしたものはあったが、K社の若手Sさんは、息子が通っていたつり専門学校の先輩だったとか、もう一社の若手Kさんもなかなか入社のきっかけがおもしろかったり、そのA社の仕事自体予想をはるかに超えた幅広い団体とかかわっていたり、そんなことが次々わかってなかなか面白い。

 というか自分自身も素性をすべてさらしだした感があり、子どもが4人いることや、4人とも外国経験があることや、22年前製造の車に乗っていることや、宝くじを自分自身は、許せないことや、なにやら喋っていまった。

 Photo

そんなこんなで盛り上がっていると、時間は10時45分を過ぎているではないか。

 まあ、それでも親睦の酒はいい。

 みんな会社が違っても仕事への思いは熱い。

 それだけ分かったことが収穫だ。

2009年6月10日 (水)

雨の休日、ひたすら家の中で

Photo_2  さて、通勤自転車を続ける極意の続きだが、通勤で使うアイテムについて考えたい。 

 ぼくの場合は、通勤をはじめる前から持っていたレーサーウェアとそれ以後蓄積してきたものを使っているが、自分自身も最初のころは今思い出すと、出発前は勇気がいった。

 しかしそれも2,3日のことだろう。職場についても当初は驚かれていたが、今やトレードマークになっていて、むしろ普通だ。逆にビジネスウェアで行くと驚かれる。

 ただ、通勤でみかける他の人は、ややカジュアルなTシャツと半パンや、別の例ではスーツで走っている人もいる。

 最近テレビで自転車に関する番組で見たが、スーツだが、自転車通勤のための特化したものも出ているらしいので探してほしい。

 自分にとって一番無理がないものがいいだろう。

 あと必需品は、ヘルメット、指出しグローブ、荷物を入れるカバン。カバンは最近はメッセンジャー用のものが格好いいだろう。しかしぼくはデイパックで行っている。安定感はこのほうがいい。

 その荷物だが、何を入れているかというと、財布、電子手帳、携帯電話、家と職場のカギ、昼休み読む本、それに着替えのためのタオル、シャツ、ネクタイ。それに工具セットーこれは携帯空気入れ、予備チューブ1本、タイヤはずし2個、六角レンジセット、ねじ回しだ。

 パンクはまちがいなく1年に一度は必ずあると思ったほうがいい。それは朝の移動中か、帰りかはわからないが、予備チューブなど復旧道具がないとえらい苦労することになる。自転車屋を探さないといけない。一度マウンテンバイクで通勤したとき、予備チューブを忘れていって、帰りぎわ結局自転車屋も閉まっている時間で、職場に一旦戻って、自転車を置いて、雨の日なので、レインウェアのまま電車に乗って帰ったことがある。

 まあ、アイテムではウェアが季節によって違うが、今日はそんなところだ。

 001

さて、今日は先月の休日出勤の代休ということで、とくに用事はないが、休みを取った。

 それで、今読書中の宇都宮健児氏と湯浅誠氏の編による「派遣村」岩波書店1,200円をひたさら読んだ。マスコミはセンセーショナルなところだけを取り上げるが、ホームレスやもっと前から浮浪者といわれる人々はずっと以前から存在していて、その人たちが行き倒れても死亡してもニュースにもならない。

 派遣村でも、そういった区別がされていて、派遣労働者だけを取り上げようとする考えがいろんなところにあったらしい。しかし派遣村はそういった対応ではなく、来た人はこばないという立場だということだ。

 使い捨てにされる非正規労働者はかなり以前からあったのだ。

 夕方この本を読み終えた。

 雨音はこんなときは落ち着く。

 読み終えたあとにタイミングよく宅配で、アマゾンで頼んでいた平井 堅のCD「ケンズバーⅡ」が来た。すぐ視聴してみた。これまた雨の日にはグっとピッタリの音だ。

 合間にピアノを弾いたが、誰もいないし、そとは雨音で気兼ねせず音を出せる。坂本隆一の「プット・ユア・ハンズ」は難しいが、徐所に分かってきた。

 夕食前に今家で不足している自家製パンの小麦粉やなにやらを手に入れるため、歩いてコープ立花に行ったが、荷物も多く、帰りは汗だくになった。

 精神的には癒しの一日だった。

2009年6月 7日 (日)

植栽とスーパー銭湯とピアノ練習

003  この前2日ほど雨が続いたせいか、知らない間に家の木々は枝が伸び、蔓が伸び、花が開いている。

 なかでもユリが大きく開いていた。

 そんなこともあって、気になっていた隣の駐車場にせり出しているびわの木とコナラの木の枝を剪定した。

 ところで本当ならびわは、まだ実をたくさんつけている時期なのだが、3日ほどまえ突然ほとんどの実が皆無になっている。

 想像では、上段はカラス、下段は近所の小学生だろう。しかし見事に収穫されてしまった。それで、となりの駐車場にいっぱいその食べ指しの実と種がたくさん落ちている。それもきれいにした。

 ついでに庭正面道路側の生垣のアカメモチを切ってそろえた。

 これだけで2時間を費やした。汗もかいた。

 それで、思い立ってあの新型インフルエンザ騒動以来足が遠のいていたスーパー銭湯に向かった。001

 首を後ろにもたせ掛けてゆっくり湯船に浸かる。温度は41.2度。気分は落ち着く。そう考えると750円も高くない。帰りぎわにロビーにおいている黒酢ジュースを飲む。

 ゆっくり自転車(自家製マウンテンンバイク)で帰る。寄り道してJR立花駅前商店街のスシマスで寿司を買う。

 午後からは、テレビを見ながら昼食を取り、そのままテレビで日本放送もエコ特集番組を見る。

 しかし、番組を見て思ったが、エコといってもようするに高度成長での負の遺産、つまり過剰な消費社会の出現を考え直すことであって、映画「オールウェーズ」で出てくる昭和30年代のいい部分を取り入れたり、無駄なエレルギー消費をやめればいいことでしかない。

 企業は考え方がちがう部分があって、このエコの推進を儲けのチャンスということだけで捉えているところも多いのではないかと思う。

 車社会の見直しも、CO2を出さない車を増やすことはもちろん大事だが、車社会からの脱皮をいかにするかの方が大事だと思う。

 というのは、交通事故による不幸、経済のダメージは死者が減ったといっても解消しているのではない。経済的損失も莫大だ。しかもメタボが最近叫ばれるが、その原因を作っているものの中で、車偏重の生活、しんどいことを避ける傾向(電車の移動では、階段よりエスカレーターとエレベータを使うことを当然と考える)が多いの関係しているとぼくは主張したいのだ。

 ぼくから言わせると、片道16kmの自転車通勤が驚かれている社会環境ではだめだ。

 昨日見たNHKハイビジョンでのベトナム花モン族の見合い祭りの中で違った意味で驚いたのは、その祭りに集まってくるため若者は、10km、20kmを歩いて集まってくるということだ。たしかに移動手段がないからだが、人間は歩くという移動距離が文明が発達するほど短くなっているのだ。

 それをより長くすればいい。それは歩く距離であり、自転車の距離だ。その反対に1kmも離れていないところも車で移動する車中毒者もいる。

 エコとはあらためて新しいことをするのだけでなく、昔のいい部分を見直すことだろう。

 ただこれからは、人力を用いることが、それしかないということより、楽しいこととして、ウォ^キングし、ジョギングし、サイクリングをする。これは新しいポディティブなできごとだ。

  夕方は2時間ほどピアノを弾けた。これも時間をあけずに練習しないと上達は遅れる。

 まあ、満足できる1日ではないか。

2009年5月30日 (土)

週末は仲間のつどいで

002  いよいよぶどうの棚で巨峰の実が小さいながら実りつつある。

 今日の予定の中に夕方6時から仲間で夕食会の集いがあるので、出勤は昨日に続いて電車で行くことにした。

 JR立花駅までは、15分ほど歩いているが、日常的に歩くということも体には大事なことだと実感する。

 自転車通勤では、通勤中は大腿筋をよく使っているのだろうが、地球に対してさほど重力の影響を受けていないので、毎日乗っているから体は運動で見たされていて、これ以上必要ないと思ったりしていたが、そうでもだいかもしれない。

 やはり歩くことは人間の基本だろう。

 とかなんとか考えながら駅に着く。

 電車の中ではもうマスクをしている人は少数になってきた。神戸も収束宣言をしているらしい。

 仕事は重要な節目の提携会社との打ち合わせ、大量注文医院への支払い確認、月例の会議と結構気が引き締まる。

 ようやく夕方5時前、すべてのスケジュールをこなし、6時からの集いまで時間を過ごす。

職場からすぐ近くで、去年オープンしたばかりの道頓堀川ぞいの店で集いは行われた。

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 ここは2階なので、窓ごしのすぐ下は四ツ橋筋の信号前で通る人がよく見える。

 このあたりは若者がよく通るが、シングルギアー自転車か、ロードバイクに乗る人を良く見る。中にはスカートをはいて、ロードバイクに乗るポニーテールのお嬢さんが通る。

 いまやロードバイクに乗ることは先端のファッションとではいいたげだ。

 ただみんなヘルメットは被っていないのが気になる。

 ヘルメットももっと実用性とファッションの一部になればいいかもしれない。

 だんだん日が落ちてきて、集いも佳境。チリワインを白に赤に飲みまくる。

 2時間があっという間に過ぎ、促されるままにカラオケに行く。全員盛り上げる。

 家に帰る段になって、時間は10時半を過ぎていたが、いい気分で帰路に向かう。

2009年5月24日 (日)

自転車修理とテレビ視聴と読書とピアノ練習

003  朝は夢うつつ、7時50分ごろ目が覚める。

 洗面を済ませ、ゆっくりの朝食とNHK総合と教育テレビ視聴。

 課外授業は、著名人が自分の母校の小学6年生の1クラスで授業をするという番組だが、今回は地図研究家、今尾恵介さん。地図を見て、その地域の人間模様と歴史を想像する。なかなか面白い。

 続いて予期していなかったが、日曜美術館は、以前滋賀県近江八幡市、豊郷小学校校舎立替問題で、その建築家の名前を知ったが、ヴォーリスの物語だ。これは見逃せない。

 日本国中に1000以上の建築物を残したということだが、キリスト教の伝道をしながら、ひょんなことから建築の道を進むという経歴だが、昭和初期から健康な住宅ということをめざして、個人住宅、教育施設などを作っていった。

 なかには80年以上住宅として住み続けている建物も紹介していた。

 はたして今一戸建て住宅で100年以上住み続けられるよう考えた物件があるだろうか。本当の豊かさを求めた住宅は戦争前にあったといえる。

 美的水準でも時代を超えているかもしれない。

 いい番組を見れた。

 そのあとは家のかたづけと、影響して地下収納庫の整理で時間を使った。子ども4人が幼児だったころの記念品と写真が目に入り、なつかしいというより、今の4人がいとおしく感じる。

004

 昼食後、課題のランドナーの後輪ブレーキのワイヤー全体の交換をした。替えてみたが、問題だったレバーの固さは変わらない。気になり、カンチブレーキ部分をはずしてみた。

 するとハメなおしかたがわからなくなる。マウンテンのVブレーキに似ているが、ちょっと特殊な固定方法だということが、しばらくいじっていてやっと分かった。その間30分以上かかったかもしれない。

 それをはめ直して、ワイヤーを張り、ブレーキシューの位置も微調整した。これも結構単純だが、固定位置が難しい。結局全部終わるのが3時ごろになってしまった。ここで雲行きが怪しくなってきた。

 洗濯物を取り入れる。間一髪だった。カミナリも鳴りはじめる。

 そのあとその一瞬で薄暗くなり、雨音が聞こえる中を、ジョージ・ガッシュインのCDを流し、コーヒー豆をひき、コーヒーを用意し、食卓でそれを飲みながら、音楽を聴きながら、今読みかけている「関西ぶら列車旅」を読む。

 なかなかいい雰囲気だ。それにしてもこの本の著者、羽川 英樹さんは各駅近くのいろんなところの食べ物屋を本当によく知っているのに驚く。4分の3は読み終えた。

 すでに5時30分。ちょっとつかの間の時間で、ピアノを弾いてみる。地下で見つめた服部克久の「音楽畑」5の中から卒業という曲を初見でどれだけ弾けるかやってみた。曲が複雑でないので、ある程度弾けた。昨日練習したプット・ユア・ハンズも復習。

 やはり楽器を弾くのは精神的にいい。

 そのあと、妻はまだ持ち帰り仕事で、椅子から動く様子がないので、ごはんを炊くため、精米機に玄米を入れる。

 もう米びつには、最後の10kg袋の半分ぐらいになっている。

 そのときタイミングよく、一昨日メールでいつもお願いする広島のUさんから宅配便で玄米30kgが送られてきた。これで一安心だ。

 そのうち妻が立ち上がってきた。

 ぼくはさっきの宅配の梱包のダンボールやその他のダンボールをばらし、一個に括る。

 洗濯物をたたむ。

 それで後は、風呂と食事とブログの更新だけだ。

2009年5月23日 (土)

休息の一日、連続テレビ小説で涙を流し、夜はMr.Breinを見る

002  やっと予定のない土曜日休日がやってきた。

 しかしそういったときに限り早く目が覚めるのだから不思議だ。午前5時前には一度目が開いた。がそのまま寝床で目を閉じる。

 今日したいことが頭に浮かんできて、結局頭は起きている。

 それで6時半の携帯コール「涙そうそう」で起き上がる。

 洗面、トイレを済ませ、朝食だが、休みモードでゆっくりテレビのNHK「つばさ」を見ながらコーヒーを飲む。

 ドラマの中では、4歳の娘と別れて暮らしているラジオとまとの社長が、つばさの説得で、義父、母の家に行き、娘に会う場面だ。つばさ自身が、10年前母親を家を出ていった体験を重ね合わせる。涙が出てきた。

 ひとしきり見て、妻が出勤なので、洗濯物を干す。がそのまえに室内で育てていたバナナ、コーヒー、ベンジャミンの木をベランダに出す。

 リビングはそのおかげで大分広くなった。

 そのあと、髪を染める。それですっきりしたが、そのあともテレビを見てぼっーとする。

 前かなんとかしたいと思っていた、タープテントの入れ物というか、かばんというか、それがぼろぼろになっているが、3男に直せるかと聞いて「いいよ」ということなので、彼にそのぼろろの袋を渡す。

 003 おどろいたことに1時間ほどして本当に新品の形にして作ってくれた。彼は服飾のデザイナーに向け、ベルギーの大学受験の勉強中だが、わが息子ながらその出来におどろいてしまった。

 タープは買ってから15年ほどになると思うが、もともとのものは入れ物は軟弱すぎる。生地が安物だ。

 まあしかしうれしい。

 うれしくなってではないが、ピアノに向かう。

 まだ左手が痛みがあるが、坂本隆一の プット ユア ハンドを弾いてみる。ひさしぶりにこの曲を練習するので、スムーズにはいかない。たどたどしく弾いていたが、それでも自分で弾きながら心地いい。

 昼ご飯は昨日のカレーと決めていたが、ご飯を用意する手順をまちがって、精米いない前に玄米を洗ってしまい、やむなくそのまま炊いた。

001_2  まあ、しかし玄米カレーも、まあいいかという感じだ。御代わりをして食べた。

 それでその後は眠気が襲う。

 しかし今日は新しい本の読書をきっちりしようと思っていたので、狭いが一応縁側の籐のリクライニング椅子で読みはじめたが、また眠気が遅い、しばらく昼寝になってしまった。

 2時半ごろ目がさめてまた読み始める。

 本はフリーアナウンサー羽川英樹の「関西ぶらり列車旅」。

 体験談をまじえ、JRを中心にした紹介コースの話、120円で大阪から琵琶湖を一周して、大阪の福島駅に戻ってくる方法など、なかなか本格的だ。

 そんなこんなで今日も夕方になり、何処へも出ずにゆったりした日が流れた。

 夕方から夕食の買い物。1日50円割引券があるので、コープ立花店に行く。ただマスクをしていくのを忘れてしまった。

 店ではレジでもどこでも職員はマスクをしている。客はまちまちだ。

 家に帰ってすぐ手洗いとうがいは欠かせない。夜のニュースでは感染者は300人になったと報道された。政府広報か、麻生首相自身の新型インフルエンザについてのインフォメーションが出ていたが、まるで茶番だ。「冷静な判断をお願いします」と最後にくくっていたが、だからどうせよというのか、また国は何をしてくれるのか、マスクを配ってくれるのか、わからない。

 自己責任とでもいうのか。腹が立ってくる。

 まあそれはそれとしてそれで夕食は、焼き肉にした。だから今日は缶ビールを2本飲む。テレビでは、今日からはじまる木村拓也主演のMr.Breinを見る。

 うーーん!まあまあか。

 妻は目を輝かせてみていたが、番組が終わる前に寝てしまった。

 そのあとはブログを打ちながら、ジロ・デ・イタリアを今見ている。昨日の第7ステージ?か見ごたえがあった。若きスプリンター、カメンディッシュは新しいスターだ。

2009年5月17日 (日)

新型インフルエンザ要注意!!

003_2  昨日の大仕事を終えて、今日はとにかく休息したい気分だが、昨日から開催の「青空学校」2日目で閉会の校長あいさつのため、午後からその集まりに出ないといけない。

 しかし午前中は「ゆっくりした~~~い」という絶対的気分で、朝のコーヒーをじっくり味わった。

 しないといけないことは、マイビアンキ(ロードバイク)後輪が空気が抜けたままなので、修理することだ。

 9時を少し過ぎて、さっそくそれにとりかかる。

 庭での作業だが、天気が悪く、ちょっと雨模様だ。

 後輪をはずし、タイヤ片面をはずす。ただ通勤中のような時間とのたたかいはないので超ゆっくり作業をする。

 タイヤは取替えてから大分たっているので、すばやく外れるかと思ったが、意外に固い。

 最近買ったセミロングバルブのチュ-ブを取るつける。

 案外うまく空気入ってすぐ満タン。

 今度はタイヤを車体につけなおす。後輪ブレーキにひっかかり、なかなか車軸がもとの位置に入らない。ブレーキ開放の調整をゆるめていなかった。

 それが終わると、ついでにこのロードバイクと妻専用マウンテンバイクとミヤタダンドナーの3台を洗車することにした。

 ビアンキは比較的簡単だが、マウンテン、ランドナーはタイヤリムが結構汚れている。

 ランドナーはタイヤが黒と薄茶色のツートンカラーだが、汚れで黒一色にみえる。根気よくスポンジでこするともとの色が見えてきた。

 うう、なかなかいい。

 洗車はきれいにするだけでなく、欠陥を発見できる。今日はビアンキの後輪ブレーキシューの減りすぎを発見し、新しいものに取り替えた。

 005

 ほっとした気分で、妻の作ってくれたざるそばを食べる。

 午後からは、開催中の青空学校に出かける予定だが、しばし座椅子によりかかって昼寝した。

 そのうち外では嵐のような風と雨が音をたてて、テラスの洗濯物のシャツ群がまるで生きているように腕をうごかしているのが見えた。

 まるでそういったアニメを見ているような錯覚を感じたが、おもしろい。

 006

 会場の学校に行ってみると、入り口に自分が設置したタイトルは下の部分がはがれている。がまあなんとか持ちこたえていた。

 その授業というか、学校の運営は講堂でやっていたのだが、肝心の牛乳パックどなどで工作した飛行機、ブーメラン、タケトンボの実演はすでに終わっていた。

 行ったときは、青年から、小学生、1年生まで一同に買いものゲームやその他のゲームのプラグラムになっていた。

 学校といっても面白い工作や、集団あそびの体験が中心で、それも年齢入り乱れての実演なので、それは日ごろ体験できないことだろう。

 008

 まもなく3時になると、すでにすべてのプログラムは終わり、思い思いの場所で感想文を書く。

 それが終わるといよい自分の番である校長先生の閉会のあいさつだ。

 今回はメモを書いておいて、話すべきことを書留めておいた。うけたかどうかはわからないが、すべて終了後、子どもたちが帰るとき「校長先生さようなら」とみんなあいさつしてくれるのがうれしい。

 さて、話はかわるが、朝の神戸新聞には、新型インフルエンザの神戸での感染が大きく発表されていたが、わが尼崎でも公立保育所がどうも1週間閉所になるのではと参加の親がその情報を教えてくれた。

 この集まり自体ももし発症している人がいたらもともこもないのだが、校長のあいさつでは最後に前置きはなしに「家に帰ったら、かならず手洗いとうがいをしてください」とお願いした。

 さてこの行事をあとにし、夜になると妻が勤めている西宮市では、20代の人が感染したという情報にもとづいて、すべての保育所が1週間休所するということで、連絡画入ってきた。

 阪神間で患者が増えるのは時間の問題かもしれない。2男はまして神戸市長田区で働いている。来週の通勤から感染者が急増することが心配だ。2男には、以前から家においていた鳥インフルエンザ用マスクをつけていくように行った。 

 こんなときは自転車通勤というのは、比較的安全ということがいまさらながら再認識できる。ただバイクの人で感染者がいて、近くでくしゃみされるとやばい。

 しかし電車の中よりずっと確率は低い。

 それにしても去年から心配し、予想していたことが今おころうとしているので、ちょっと当惑している。

 まずマスクの励行と、頻繁な手洗い、うがいを忘れないようにしよう。

2009年5月10日 (日)

母の日に送られたバラの花

018_2 今日は母の日だ。

 3男から妻に、おそらくホームセンターにそれを買いにいったのであろうバラに花の寄せ植えの鉢が送られた。

 女性は花を贈られるとうれしいらしい。

 同じ同居の2男はそれに気づいてプレミアムモルツのビールとお菓子を贈呈してくれた。

 シンガポールの娘も何か贈ってくるらしい。その娘もこの15日が誕生日だ。プレゼントは妻と二人で用意してある。

 そのバラは鉢を替えて庭の置いた。

 ところで今日したかったことがある。ビアンキのハンドルバーテープの張替えだ。

 ただ朝7時40分に起きて、結構忙しく、洗濯物の整理や、アイロンやらで、ノルマを終えたのは午前11時すぎ。

 バーテープを替えるにあたり、貼り終えた末端に貼る透明ビニールテープが探してもない。それでコンビニとコープに探しにいった。

 うによくコープ立花店の文房具コーナーにそれがあった。

012_2  さっそく買って、家に帰り、作業に掛かる。

 今ビアンキは黄色で部品を統一していて、当然今回もイエローのテープを買った。ただロゴはデ・ローサで1500円した。

 結構手際よくできるようになった。

 よく晴れた日ざしが心地よい。

 ついでにミヤタランドナーのテープも復古調で薄茶色のものにした。

 昼食はそこそこにしてやったので、1時半ごろ完成した。ついでに妻のマウンテンバイクのブレーキ調整、ランドナーのハンドル位置とサドル位置の若干の変更をしてみた。005

  それはわが家の庭で作業をやっているのだが、ちょっと木々に目をやると、ブラックベリーの花がみごとに花を開いている。ピンクの花ビラがきれいだ。

 

 それに今年は楽しみなのだが、もう10年以上になるみかんの木にたくさんの花が咲いている。006

 どれだけ果実があるのかと思われそうだが、30種類以上はあるだろう。

 反対にもっとも大きく育っているすももの木は今年は実をまったくつけていない。

 関係あるのかどうかわからないが、近所で目をつけていた家のももの木を今日買い物の帰りに見てきたが、葉をまったくつけていなかった。

なにか桃系には関連があるのだろうかと思ってしまう。

 まあ、今日やりたかったことをやり終えたが、庭の整備というか、コープから昨日届いたなすびやゴーヤの苗木を植え替えた。しかし庭をこの冬何も手入れしなかた分、かなり伸び放題になっている。

 それで自ら庭全体のコーディネートしてみた。下の方においている鉢類に日がさすように、大きな木をかなり選定した。

 これで心まで気持ちよくなるから不思議だ。

 ジョージ・ガーシュインのピアノ特集CDを今日聞いた。なかなかいい。

 忌野清志郎の葬儀に4万人以上の人が集まったというニュースをやっていた。竹中直人が大親友だったということをそれで初めて知った。大竹しのぶさんも代表のあいさつをしていた。

 音楽の持つ力と、それを歌う人の人格が人々に大きな影響を与えるんだということを、あらためて実感させられた。ただ僕はほぼ同じ世代なのだが、彼のほとんど後半の部分しか知らない。とくにロードバイク信奉者とい形でサイクルスポーツなどで紹介されだしてからだ。

 「へえ。この人もロードに乗るんだ」とビックリしたことを覚えている。ただぼくの方がロードにかかわったのは早い。それだけは自慢だ。

 002 それにしても超大物ミュージッシャンでありロードバイカーの清志郎さんの死は自分としてもポッカリ穴が開いたような気持ちだ。

 

2009年5月 9日 (土)

午後からの会議は電車で行く

003  昨日の夜アマゾンで申し込んだジャズピアニストで作曲家のジョージ・ガーシュインの楽譜とCD2本が届いた。

 それで今日は午後から会議で出勤したが、電車で行きながら、CDウオークマンでそのガーシュインのCDを流しながら移動した。

 音楽を聴きながら、車両の中で椅子に座っているのもなかなかいい気分だ。

 このピアノ演奏をマスターすることが今年の目標になりそうだ。

 会議は予定どおり進み、午後5時前には職場を出た。

 帰る途中に、ロードバイクのハンドルバーテープを買いに、サンワサイクルにいくことを考えていたので、電車は4月から走りだした阪神なんば線で行くことにした。

001 出発は「なんば」の次の駅「桜川」からとした。しかし職場から駅を探したが、かなり遠い。千日前通りと新なにわ筋の交差点にあった。

 地下を降りても、駅改札までも結構遠い。

 ほどなく急行三宮行きが入ってきた。客はかなり多い。「たちっぱなしよう」と思いながら乗ったが、二駅目「ドーム前」で席が開いた。

 この前は各駅停車で「尼崎」まで行って、かなり遠いなという感じがしたが、今日は急行で停止駅が少ないので、10分ぐらいで尼崎駅に着いた。

 ここから1駅各駅停車に乗り換えらいといけないが、尼崎駅の5番線ホームが今降りたところと、隣のホームにある。

「むむ・・・・?」とパニックになった。

 しかしとなりの駅の方がたくさん立っていたので、階段を降りとなりのホームに移動した。

 まもなく各駅停車が入ってきた。

 中に入ってはじめて納得した。どちらのホームからも乗れるのだ。つまりホームとホームの間は線路が一つしかない。

 「なあんだ」という感じだ。

 そして次の駅「出屋敷」で降りる。

 ここは下町というか、古い商店街が残っている。数年前までは駅前に大衆演劇の劇場があったはずだ。跡地がりっぱな料理屋になっている。

 駅から10分ぐらいでサンワサイクルに着いた。ロードバイク専用コーナーのある2階に上がる。ご主人は、端の机で食事中だった。

 それでしばらくして奥さんが来たので、選らんだバーテープを見せたが、いつものようにロードスタイルでいかなかったので、僕のことが分からなかったらしく、ちょっと冷たい顔で対応してくる。

 一元客は、やはりとっつきにくい店だろう。常連には愛想がいい。

 まもなく僕がわかったようで「いつもと服装が違うので気がつかなかったわ」と謝っていた。

 その店から家までは適当な交通機関がない。

 002 やはり歩くしかない。藻川ぞいに北上する。ただ道路に出ても一方通行は気のしなくていい。

 時刻はすでに6時15分ぐらいになっていた。

 通り道の家々では、のんびりと人々が何をするでもなくしているのが、こちらものんびりした気分にさせられる。

 家には6時45分ぐらいになった。

 まあ、長時間歩くのもなかなか面白い。

 おかげで帰りの電車賃が、阪神の320円だけですんだ。

2009年5月 6日 (水)

連休最終日。未だ腕痛みあり、運動はウオーキングのみ

090506  連休に慣れてきたころ、もうそれも最終日になってしまった。

 起きる時間が数日前までは、5時ごろ目を覚ましていたが、昨日は8時、今日は7時と休み生活に慣れてきた。それは仕事と離れてそのことを考えていないからだろう。

 この3日間ハマッテいるものがある、。昨日も書いたが、NHK再放送ドラマ「ハゲタカ」だ。

 ほとんど、主役の大森南朋の姿が頭から離れない。

 物語は今日全部見終えて全体が見えたが、大手銀行の営業をしていた鷲津が、町工場にいい関係を作っていたが、銀行からの命令で、貸し渋りを実行する。それで社長は自殺する。

 その娘は5年後にテレビ会社の記者になり、彼を追い続ける。

 鷲津は、その間アメリカに渡り、投資ファンド会社で徹底的にアメリカファンド会社の考えを叩き込まれて日本支社代表として日本に帰ってくる。

 日本でもバブルがはじけ、元の銀行の不良債権を一手に買い取り、債務企業の処理をしていく。つまり安く買った上で、他の企業に高く売却する。

 しかし鷲津には、町工場の社長の自殺のことが、ずっと心の中に残っている。

 もうひとりの主人公、柴田恭平は元彼の上司で、対決する場面があるが、最後は、お互い組織を去り、その町工場も関係する「大空電機」の再建にかかわる。

 鷲津は、ファンド会社では、アメリカの親会社の命令に従わず、解雇されるが、自分のファンド会社を立ち上げ、柴田もいっしょになって、大空電機の心臓部レンズ部門のアメリカへの技術流出を食い止める。本社はそのレンズ部門を軍事に使うのが目的でもあったのだ。

 それで結局、10年間しこりになっていた町工場にあいさつにいけるという場面で終わる。

 主題はマネーゲームへの批判だが、金がすべてを動かしているようでも、大事なのは人間そのもので、その技術も長い年月でものになる。まじめには働くことの重要性を語っているように思った。

 6話の話の中で同じ人間がいつも絡み合い「ええ、まあこの人がかかわるの」というドラマということで、その制約はあるが、人間ドラマとしてはよくできているし、場面の展開もあきさせない。

 見ごたえのあるドラマだった。

 

 090506_2090506_4  それで、昼になってしまったが、午後は、妻と究極の観光というか、近くにある大型公園「大井戸公園」に今さかりのバラの開花を見に行った。赤、黄色、ピンクなどたくさんの種類のバラが咲いている。ちょっと花をにおってみると香りがいい。090506_3

 この3日間は、自動車にもかかわらず、腕のため自転車にも乗らず、電車の有効利用と、歩きに徹した。

 ゴールデンウイークに限るとこれはなかなかいいかもしれない。

2009年5月 5日 (火)

宝塚ガーデンフィールズに初めて行く

090505  未だ左手は痛い。左足、腕の擦り傷もかゆくなってきた。

 今日はそれで、妻と2日目の見学目的の「宝塚ガーデンフィールズ」に行った。

 ところで別に昨日からNHKの番組で朝9:00から11:00、3日連続で「ハゲタカ」を再放送していて、はまっている。

 それで、家を出るのは午前11時ということになる。ただ昨日もそうだが、電車を使っての移動なので、渋滞は無縁だ。電車自体もそんなに混んでいない。

 40分ほどで阪急「宝塚」駅に着く。かなり以前まだ昔の風情が残っていたときに子どもを連れてよくここへ来た。花の道ももっと違っていた。

 5年前には時代の波の押されてか、ファミリーランドという遊園地は長い歴史を経て、ついに閉鎖となった。その後はまったく来たことはなかった。どうなっているかも興味があった。

 中に入るのは無料だが、英国風ナチュラル庭園「シーズンズ」は600円払って入場する。ガーデンデザイナー、ポール・スミザーが設計したものと書かれている。

 090505_2

 午後2時から無料で、庭園アイドツアーがあり、申し込んだが、定員15人には十分余裕があった。

 男性スタッフの方は慣れた話っぷりで自分たちでは目を留めない草花を教えてくれる。クサソテツ、サルビアなどに混じって、グラスといわれる雑草が、季節ごとに色を替え、枯れる寸前の太陽の光をすかした美しさをとくに強く話していたのだ印象的だ。

 まだ整備されて4年というから昨日に続き、自分の年を気にしなければ、今後10年、20年の成長を見るのが楽しみだ。

 それからファミリーランド時代、今木々が茂っているところにシーソーの大型船があったとその場所を言われて、感慨にふける。

 ところどころ以前の名残を残しているのはいい。

 あいにく曇り空で、時々小雨が降ってきたが、都会に近いところにこれからより育っていく大きな公園と森とガーデンフィールドなどがあるのは、利用しない手はない。

 今回のゴールデンウィークはまったく車の渋滞も経験せず、のんびりと自然を満喫できたし、新しい魅力の場所を見つけて収穫があった。

 車必ずしも必要ない。ETC装備なんてなんてなんのそのだ。まあ、それは子ども同伴の時代が過ぎ、夫婦2人の移動だからだが、若いカップルと同じ環境だ。ただ相手を気にしなくていいのが、夫婦生活の長年のなせるわざだろう。

 日本でもっと自転車をそのまま電車に積み込める環境ができたら、誰でもまったく車は必要ないかもしれない。家に帰ってテレビニュースでは高速道路の渋滞のことが報道されていた。

 スローライフという言葉が少し流行語としては人気がなくなってきたように思うが、もう一度時間をまったく気にせず行動していけるライフスタイルを皆さんめざしましょう。090505_3

2009年5月 3日 (日)

イマワ野清志朗さんの死を悼む

090503  連休も中盤に入ってきたが、今日が何曜日だったのかもわからなくなってきた。

 朝は突然長男の彼女から彼と喧嘩して出て行ってしまった件で、電話があり、妻が応対したが、尋常ではない様子だった。

 それで今日万博の公園に行くことにしていた予定はボツとなり、長男が彼女のところに戻り次第連絡をもらうように約束した。 

 予定どおり昼で連絡があり、家に来るように強く促し、説教するつもりだったが、事情も聞き、取り合えず付き合い破談になったらしいということで、それ以上は詮索しなかった。

 ところでイマワ野清志朗さんが亡くなられたというニュースがとびこんできた。まさかとは思ったが、以前からがんが転移したということは聞いていたので、そうだったかとも思った。

 彼はロックシンガーであり、なおかつかなり前からロードバイカーとしてツアーの移動も自転車でおこなっているということをビーパルやサイクルスポーツでよく見ていた。

 しかし残念だ。

 いまだ58歳ではないか。

 謹んでお悔やみ申し上げたい。

 今日は、憲法記念日だ。朝の番組では、憲法25条に関係する「朝日訴訟」のことを間まじめに掘り下げてきた。その25条は、文面だけの内容から、健康で文化的な最低限度の生活とは、実際どのような生活かを問いかけたきっかけというものだ。

 また午後は、「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていたら、実に腹だたしい内容だった。わざわざ安部元首相をゲストに出してきて、憲法前文まで批判させて、いまやアメリカの大統領までが、軍事優先の国際関係を見直そうとしているのに、勝部、三宅、宮崎など下の名前を知らないのでこの際呼び捨てだが、今の憲法ができるとき多くの議員と記者は屈辱のおもいであったとか、軍事に関する規定がないのは、おかしいとか、はたまたお題目のように、北朝鮮に攻められたらひとたまりもないとか、ああ、嘆かわしい。

 ジュン・レノンに言わしたら、わが国家、わが民族という排他的な発想が戦争を生み出してるというのではないだろうか。今日の彼らも自分の国と他の世界という考えしか発想がない。

 世界が平和を維持し、友好関係を強めていくことによって、戦争など必要なくなるとぼくも考えている。それでも戦争をおこそうとするのは、一部の戦争でもうかる大企業と頭がかたまった右翼だろう。

 どんな人も豊かな暮らしと平和な、安心して往来を歩ける社会を望んでいるに違いない。

 そういった点で、戦争放棄を宣言した日本国憲法は、古いのではなく、ますます先見性が光ってくる。そういう時代が今だと思う。

 日本の憲法にぼくたちはもっと誇りを持ってもいいと思う。それをつぶそうを60年以上暗躍しているのが、何を隠そう今の自民党ではないか。だから安部氏は誰かの孫として、ぬけぬけと憲法前文もおかしいという。時代の亡霊だ。

 エコ社会がクローズアップされている意味から考えても、もっともエコに逆行しているのは、軍事兵器とそれを使う戦争だ。

 エコ社会の発展も平和あればこそだ。

 憲法発布の日に深くそのことを再認識した。

2009年5月 2日 (土)

ひたすら休養の一日に

003  やっと朝気にせず寝れる日になった。

 しかし不思議なものでそういった日にかぎって早くに目が覚める。目が覚めかけると、あれこれ今日は何をしようかと頭の中で考えはじめ、もう寝られない。

 今ジャズピアノの奏法が気になっていて、テレビなどで昨日のその演奏の番組があって、じっと目を凝らしてその手の動きと、音を見、聞いていた。

 で、今日はその練習をしようと思いついた。

 ただ朝は、今新しく始まっているNHK連続テレビ小説「つばさ」をじっくり15分見た。今日はいい内容だ。主人公つばさが、彼氏がプロサッカーめざして遠くに行ってしまうそのとき、ちょうど自分が今働いている新ラジオ曲「FMトマト」だったか?で試験放送の第一声を自分がしゃべる場面、自分の紹介のあと、オーナーに促され、彼氏に呼びかける。

 彼はバスの中でそれを聴いている。

 涙がこぼれてきた。いじらしい。

 番組が終わり、その後はBS第二で週間ブックレビューという本の紹介の番組がおもしろい。3人のゲストがそれぞれお奨め本を紹介し、それぞれがその3冊を読んで論評しあう。

 今日もいい本を聞いてしまった。さっそくアマゾンで買い物だ。

 そんなこんなでコープこうべの配達を受け取って、体の回復のため、スーパー銭湯「やまとの湯」に行く。

 先週の土曜日も行ったが、そのときは、役員の訃報の連絡があり、落ち着かなかった。

 今日は心置きなく湯につかる。

 家に帰って、食事の後、沢口靖子のサスペンスドラマを見て、実伝直江兼続の本を読みつつ、睡眠にしぜんになってしまった。

 30分の昼寝の後、ジョージ・ガーシュインのピアノ楽譜から、「He love and She loves」を練習する。思ったより初見で少し引けるようになってきた。連休中の課題にしよう。

 課題といえば英語の学習だが、アメリカ大統領オバマの演説集のCDをICレコーダーに入れなおして聞くことを考えている。

 やはり休みが長いとうれしい。 

 ただ、おとといの琵琶湖落車の後遺症で、左腕の付け根から手のひらが腫上がっている。フライパンももてないくらいだ。自転車のちょっと乗れそうにない。これが辛い。

2009年4月29日 (水)

自分的にはゴールデンウィーク初日

002  今日は4月29日、ゴールデンウィーク前半だが、自分としては、明日も休暇をとっているので、連休初日という感覚だ。

 それで、特定の予定もなく(ただ、近所の大井戸公園で、尼崎全体の少年団まつりをやっているが、パスした。

 それで9時50分ぐらいより恒例のスーパー銭湯へ行った。今日は一番近くにある「尼崎やまとの湯」をめざす。

 不覚にも、駐輪場についてカギをかけようとしたら、差込む鍵はもっていったが、本体のカギをもってこなかった。

 しかたがない。カギをかけないまま、できるだけ目立たない場所に置く。今日の自転車は、GIOSのマウンテンバイクだ。

 銭湯ではじっくりかけ流し湯につかり、蒸気風呂にはいり、体を洗い、またかけ流しにじっくり入り、風呂場を出た。気分は結構リラックスする。明日琵琶湖一周の挑戦があたまにうかび、「筋肉くん、リセットしてくれよ」と祈る。

 家に帰って、「よし今日はのんびりしよう」と自分にいいきかせ、さっそく庭の選定にかかる。しばらくじっくり庭を見ていなかった。金柑の木に一つ実が残っていたのを発見した。

 生垣のアカメモチとすももの葉と枝をかなり散髪した。

 午後からはその続きで、ホームセンターに新しい鉢を買いにマイカープレーリーで出かけた。明日はこの車を使うので、ついでにガソリンを満タンにした。

 ホームセンターでは結構客が多い。特に園芸コーナーは人気がある。それを促すように、品種の多い。ニガウリの苗はあちらこちらでやたら多い。

 勢いでニガウリとレモンとトウモロコシの苗を買った。

 家に帰って読書にふける。それは今日読み終えたが、小泉和子著「日本の住宅という実験」という題で、戦前まで活躍した建築家、藤井厚二の研究が内容だ。すでに1930年代に環境住宅と日本に適した木造住宅を模索し、実験住宅を数多く建築している。

 それが、京都、大山崎(サントリーウイズキー工場の近く)にたくさん残っていると照会されている。ただ京都で有名なヴォーリスと対抗意識をもっていたと書いてあって、そういった歴史をはじめて知った。

 夕方から妻が昼寝を終えて、起き出し、庭の手入れに掛かりだした。それでそれを手伝う。みかんの木に今年は30以上の花のつぼみが出てきたことがおどろきだ。

 それにしてもテレビではメキシコ発の豚インフルエンザの世界的感染の報告がされていて、ちょっと怖い。WHO(世界保健機構?)ではそのウィルスの感染状態をフェーズ4とランクをあげた。つまり人から人への感染が認定されたということになる。

 とにかく個人としてはこまめな手洗いとうがい、今後のことを考えると非常食、水、カセットコンロカートリッジなどの備蓄、マスクの常備が必須条件だ。

 ある程度自分の家でも対応している。

 まあ、それはそれとして、明日は琵琶湖一周記録更新に挑戦する。インフルエンザとの関連では、移動は車と一周は自転車ということで安全だ。人と2m以上離れることを心がける必要がある。問題は買い物をするコンビニだけだろう。

 とにかく今日は、早寝をしよう。おやすみなさい。

2009年4月25日 (土)

突然の訃報が飛び込む

001  今日はひさびさの土曜日の休みだ。それで何をしようか、頭の中を駆け巡る。

 とにかくマイカープレーリーの試運転をしようということは考えていた。

 朝は結構ゆっくりと過ごしたが、コープの配達を受け取って、スーパー銭湯にいく準備をし、ちょうど妻も仕事場へ行くということで、送っていく準備をしていた。

 ちょうどそのとき、職場から以前十分の団体の理事をしていた医師が亡くなられたという連絡が入った。

 それで、関係者に連絡を取り、自分自身は今日のお通夜に出席することにした。

 しかし、葬儀の場所の連絡は入らないので、とにかく職場へ行くしかない。

 それで予定もスーパー銭湯は行くことにし、その後同じ西宮の白鹿ショップにうよって、しぼりたて原酒を買いにいった。

 風呂から上がって、家にかえって昨日からのカレーを食べ、とにかく午後3時まではゆっくりすることにしたが、テレビチャンネルをなにげなく回していくと、桂 米団次(旧名 桂小米朝)の襲名全国ツアーの番組をやっていて、少し居眠りしながら見てしまった。

 午後3時を過ぎて、職場にむけて、礼服を羽織り、出かけた。

 職場に行って、お通夜は午後7時からということを確認し、とりあえず昨日できなかった仕事を一つ完成し、6時過ぎよりYくんの車にのって関係者3人で出発した。

 少し早く着いたが、ほどなくお通夜は始まった。

 びっくりしたのは、その式のやり方は神式というか、仏式とは違い、椿の葉か?をもって、拍手を2回うって、焼香のかわりをする。ちょっとみんな躊躇しているようだ。拍手を打たない人もいたりする。

 その亡くなられた先生は産婦人科だが、自分をしっかりもった先生だった。ぼくはその晩年、というか去年しばらく集金でその医院を何度かおとずれ、先生と自分の団体について語り、意見ももらったりしていた。

 ただその数ヶ月後、ご本人は診療をしなくなった。体の具合が悪くなってきたのであろう。ただ年齢は85歳だ。

 ご冥福をお祈りしたい。

 ところで今日は、尼崎在住者なら忘れてはいけないJR福知山線事故の日だ。神戸新聞では、夕刊全紙面を使って取り上げている。

 107人の犠牲はあまりにも大きい。ところが刑事事件としては誰も裁かれていない。それは殺意のない事故だから、それはそうだが、結果的にはJRには明らかに責任がある。

 自分のマンションの向かいの同じコーポラス住宅の在住者の方に2人の犠牲者がいるのだ。

 天候も崩れ、やはりあの大きな事故を思い出させようとしているようだ。

 まあ考えさせられる日であった。

 

2009年4月19日 (日)

プレーリー試運転

  昨日は、北野001_3 誠事件で終わったが、自分の出来事では、朝は職員面接、昼は理事会、夜は役員オーナーの「てっしゃん鍋」懇親会とびっちりの日であった。

 懇親会の話の中で、北野 誠のことが話題になったのだが、彼が20年間竹内義和氏と2人で続けてきたABCラジオ「サイキック青年団」が突然中止になり、怖いは北野氏自身のブログもなんらかの理由で見れなくなってしまった。

 前代未聞のできごとだ。

 事実関係を調べてまた広告したい。ただ、知りえた事実では学会系、しかも暴力団がからむプロダクション社長 周防 有雄氏の圧力があることは、ウィズベキアの北野 誠を空ければ書かれている。

002 ところで今日やらなければいけないことが一つあった。

 それは復活したマイカー・プレーリーの試運転をすることだ。 

 昼は、さっきの北野誠の件で、テレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」で彼の知り合いである屋敷たかじんや桂○○などが、だまっていないと思ったのだが、録画番組のせいか、何もなくホリエモンを登場させて言いたいことを言わしていた。期待はずれだ。

 それで後昼寝してしまい、4時すぎて運転開始することにした。ただ4kmほど先のホームセンターに行って、遠回りして帰ってくることだけだ。

 それにしてもいまやプレーリーは時代ものだ。しかし走りはいい、ブレーキーはいい。運転操作はいい、。ただ、ETCはない。カーナビもない。

 カーステレオと大型スピーカーのみ必須アイテムだ。

 奇跡の復活をとげたマイーカーはさらにいとおしくなってきた。今政府の追加予算で、13年以上経過した自家用車をもっていれば、今エコカーを買うと25万円の補助金が出るという。しかしエコカーは少なくても200万円する。だからそんな誘導には乗らない。

 3年後ぐらいにエコカーを買うか、できるならマイプレーリーをエコカーに改造すること。これが今の計画だ。

2009年4月 5日 (日)

あの素晴らしい愛をもう一度

004_2  001 6月7日に尼崎では市会議員選挙がおこなわれる。

 共産党の義村たまみ議員は、うたごえ喫茶を一緒に運営する仲間で元尼崎医療生協の看護師だ。

 それでその「春のつどい」にわが演奏グループ「おやじーズ」の出演を依頼された。

 本番はうたごえ喫茶の仲間も舞台に上がって一緒に歌った。

 演目は津軽海峡冬景色で「麻生首相をもじった替え歌」「そんな町を」「戦争しない誓い(自作曲)」「あの素晴らしい愛をも言う一度」の4曲だ。

 会は、尼崎らしく、あいさつする人はみんな気さくというか、いずれも漫談家になれそうなユーモアたっぷりの話ぶりだ。

 国会議員の山下よしき議員も要請をうけ、東京からあいさつの国会報告に来ていた。この人もなかなか話がうまい。今若者の中にも共産党の主張が興味をもたれているらしい。大学で各党議員が一人づつ「居酒屋トーク」という学生と飲みながら、グループに分かれ、一人ずつ議員がその輪に入って討論したという話がおもしろい。自民、公明はたじたじだったという。

 たしかに今は弱者に冷たい政治が横行しているのが一番の問題だ。

 しかし今派遣ぎりや、後期高齢者医療制度などの弱いものいじめで、国民は立ち上がろうとしているという話もいい。

 この会は実行委員長が、日本舞踊の名取さんという異色な役割だけあって、舞台はその踊りも多い。

 中で義村議員(愛称 たまちゃん)がどこで知り合ったのか、昨日でデビューしたばかりという漫才コンビの出演もあった。グループ名をスタンドウランというらしい。佐藤 剛、花谷 豊 両くんの2人だ。なかなかのりがいい。終わってから励ましておいた。

 この尼崎の地はかつてダウンタウンが生まれたところだ。ひょっするとビックにならないとは限らない。

 まあぼくらの演奏は地域レベルを出ないが、これからも続けていきたい。演奏するときの緊張感と、終わったあとの満足感はなんともいえない。次回は、4月26日尼崎医療生協病院のげんき祭りでの出演依頼をうけた。

 ところで北朝鮮の「飛翔体?」が発射されたいうニュースがとびこんだ。午前11時30分だった。2日前の自分の読みは間違っていた。日本列島を飛び越えて太平洋におちたという。北朝鮮にとっては大成功といえるのだろう。

 しかしまちがって日本の陸地に落ちたらえらいことだ。まあ人口衛星ではないらしい。

 ぼくは発射時点で失敗するか日本海で着水するとあまく見ていた。

 それにしても迷惑このうえない国だ。

2009年4月 4日 (土)

午後からの雨で夜桜見学中止に

001  今日は久々に休みであるが、マンションの総会も近々で、演奏の出演も明日に控えていて、また夜は神戸大倉公園への夜桜見物企画があるので、結構落ち着かない。

 まあしかし、なんといってももうすぐわが自家用車プレーリーが戻ってくる予定なので、それが一番の楽しみだ。

 午前中はテレビを見つつ、洗濯物を干しつつ、ズボンを一つアイロンしつつ、残りの時間で、マンション会計の追加資料を作成するため、パソコンに向かった。これで次の人への引継ぎもすぐできる状態になった。

 そうこうしていると昼になり、食事の後は明日のおやじーず演奏のための練習を一人はじめた。

 当日はメンバー3人にうち一人がダメで残り2人の出演だ。

 いつもはキーボードで演奏するが、今回はひさしぶりにギター1本で2人のボーカルとなる。

 その中の1曲、「あの素晴らしい明日をもう一度」は、僕的にも気に入っている曲だ。

 ギターはオーベーション。つよっと冷たい音のギターだが、安定している。

 そのあとは読書に浸っていたが、どうも天気予報でおり雨模様になってきた。

 これはやばい。夜まで降り続くんだろうか。 

 結果はそのとおりになり、結局夜桜見物は中止にした。ただ当初案内していた神戸水の博物館では、今日、明日と春のイベントをやっているらしい。来年まで桜見物の企画がお預けか。

 ところで今週の通勤ではかなり負荷がかかっていたようで、足にだるさを感じている。まあ中止になって助かったかもしれない。

 結局家にいることになったが、夕食つくりにかかることにした。妻は仕事に行っている。

 いつもは金曜日の定番にしているカレーを作ることにした。

 ところで昼、沢口靖子主演のサスペンスを見ているときに「ニュース速報」のテレップが出て、北朝鮮のミサイルが発射されたという。

 ぼくはもともとこの件はマスコミや政府が異常な騒ぎすぎになっていると思っているが、どうも意図があるように思う。だいたい北朝鮮の科学技術ははなはだ信頼にあたいしない。とばしてもおそらく上空まで達しないか、飛んでも日本海に落ちると思っている。

 確証はないが、予感だ。それになぜ今人口衛星にしろミサイルんしろ打ち上げる理由があるのか、おどしっぽい。

 またその通告に乗っている日本政府も胡散臭い。

 思ったとおり数分後にまた「ニュース速報」が出て、誤確認だったという。無責任にもほどがある。国民を異常に心配させてどうするのか。責任をとれという感じだ。

 これは北朝鮮も日本政府も裏があるように思えてしかなたがい。

 とにかくわれわれ国民はもっと冷静に判断するべきだろう。政府の誘導に乗せられると郵政民営化とおなじ二の舞になる。

 と僕は思っている。

2009年3月30日 (月)

休みを取っても忙しい

002  日曜日一日仕事だったので、さっそく代休をとったわけだが、やることはある。

 まず、3月が自分の誕生月で、3箇所のスーパー銭湯から招待のはがきをまらったわけだが、今日行った塚口、湯の華廊は平日にかぎり入浴無料という制約をつけている。

 それで今日行くしかない。ついでに今度4月4日の土曜日に少年団父母会で夜桜を見に行くという予定で、その案内を流したのだが、どうも目的の場所が気になるので、下見することを試みた。

 阪急電車で三宮へ。そこから地下鉄西神線に乗り換えて2つ目、「大倉山」で降りる。2回ほどこのコースで平野の湊山温泉へ行ったところだ。しかし今回は変則で、水の博物館をめざしたのだが、あいにくそこは夜は閉まってしまうそうだ。

 しかたがないので、ライトアップはしていないだろうが、大倉山に行くことにした。

 それで速攻水の博物館前のバス停から三宮へもどる。バスに乗ると平日なのに結構込んでいる。地元の高齢者がよく利用しているようだ。

 阪急三宮にもどって、塚口までもどる。電車の中で読書するのも忘れない。カムイ伝講義を読み続けている。しかしそのうち睡魔が襲う。

 塚口から支線があって、伊丹線という。一駅だけだが、それに乗り換える。「稲野」という駅だ。気候がよくなってきた。時間は11時をすぎていた。

 湯の華廊に着くと招待はがきを受付で見せる。

「だいじょうぶですよ」と言ってロッカーの鍵をくれた。ちょっと得した気分。

 それで今日は贅沢せず、露天風呂に浸って、そのあとからだを洗い、頭は洗わず、また露天風呂へ。ただそれだけだ。

 月曜日だというのに結構若者が来ていた。まあ年寄りばかりよりいいことだ。

 のんびりした気分になり、風呂から上がると、その施設のレストランで食事をし、また駅にもどって、のんびりと武庫之荘に向かった。

 だんだん昼を過ぎるにしたがって、暖かい。もう上着は要らないくらいだ。

 

 家に帰ると、昼寝したいところだが、第2ラウンドの目的がある。マンションの会計を今年だけしているわけだが、決算のための作業をしないといけない。一応3月31日で締めだのだが、総会を4月11日に設定したため、いそがないといけず、今日やりあげることにしたのだ。

 朝の残りのコーヒーを飲み、パソコンに向かう。マンションの会計の帳簿は今でも手書きなので、僕は得意ではない。それでパソコンのエクセルに置き換えて、一年の科目ごとの仕分けと合計作業をした。

 しかし、定期預金の残高が気になって、その銀行と郵便局に向かった。銀行は込んでいる。月曜日のせいだろう。それで残高が明確になった。

 家に帰って作業を続けたが、不明点の多く、夕食準備にひっかかってきた。すでに時刻は午後6時前。それで夕食は、簡単にしようと、とにかくご飯は炊き、冷蔵庫にあるもので、鍋にぶっこんで、親子どんぶり風なものを作った。作業およそ15分だ。

 風呂も準備し、先に朝の銭湯の続きというか、頭を洗っていなかったので、それだけはした。

 ほどなく3男が仕事から帰ってきた。

 それで一緒に食事をし、すぐまたパソコンに向かう。マンションの会計に中味の全容が理解できるようになり、作業を続け、やっと午後9時ごろ作業終了。

 そのころシンガポールで働いている娘から電話がかかった。元気そうだ。娘の元気な声を聞くと、自分も元気になれる。

 仕事を終えた開放感が冷蔵庫の缶ビールに向かわせた。

 最近職場で開催したメンタルヘルスの学習会では、酒類はよくないという話で、最近自分もセーブしてきたが、今日は、まあ、いいかといういう感じだ。

 ブログを更新しながらキリン一番しぼり350mlをつぐ。

 「ううん。うまい!」 朝のピザの残りでもたべよう。

 まあ、今日は課題を一つ終えた。

 最近ロードバイクには通勤でしか乗っていないわけだが、明日の通勤は楽しみだ。

2009年3月20日 (金)

ただ休みを楽しむ 3月20日

007  明日は理事会と夜から流れ星少年団の企画で琵琶湖のログハウスで泊まるというタイトなスケジュールであるため、今日の祝日というのは非常に助かる。

 昨日はそれで午前1時まで起きていた。それはなんとなくだが、テレビを消そうと思ったら、沢田健二(ジュリー)の60歳記念コンサートの録画を放映していてつい見てしまった。

 それにしても彼は体型が変わった。

 しかし歌声は衰えていない。歳を経た価値観が歌を深めているのだろう。

 さて今日は7時過ぎにおきて、ゆっくり朝の用事を済ました。

 新聞に目を通すと、今日はワールドベースボール日本対韓国が10時ごろからある。今日はしっかり見ようと思った。

 どうも気をもむというか、途中までは胃によくない試合だったが、最後で日本の打線が爆発した。イチローもついにヒットを打った。

 いっぱんの予想では、決勝で日本対韓国戦を疑わないようだが、ベネズエラもアメリカも強い。決して日本と韓国が残るとかかぎらないと思う。

 ただ韓国は攻走守ともにたしかに、見ていても水準は高いと見た。だから日本は2回も負けたのだ。日本は守備ではエラーがまったくない。ただ主力選手の調子がこの先の勝敗を決めることはまちがいない。

 試合の途中、見ているのが辛くなり、マイビアンキを洗車することにした。ぼくの洗車法はいたってシンプルだ。

 バケツに洗剤と水を入れ、よく混ぜる。そのまま自転車のそばに持っていき、スポンジにそのせっけん混合剤をフレーム、タイヤなどにこする。よごれはすべて取る。

 その間に試合は終わっていた。まさか日本が追加点を取っているとは思わなかったが、やはりうれしい。イチローの最後にヒットを打っていた。

 まあしかし精度の高い試合を見るのは見ごたえがある。日本も当然3年前に比べてもレベルが上がっているように見える。

その後、庭に目を転じ、生垣の散髪と清掃を心がけた。

001 

 琵琶湖からもってきたタラの苗木は大きくなっていきそうだ。

005 我が家の庭のシンボルはなんといっても、スモモの木だ。

 その木からあっという間だが、花が咲いている。

 春になるにしたがって、不思議だが、予定どおり木々は生長している。

 体内時計でも、もとも持っているものだが、自然の流れというのは不思議なものだと思う。

 しかし午後からは午前中の温もりが一変して寒くなった。

 夕方からは、4月に出演する演奏で、津軽海峡冬景色の替え歌をやるので、インターネットで楽譜を探した。

 それでうまく350円の有料だが、見つけ出すことに成功し、すぐプリントアウトできた。そのあとは、想定できる歌の練習をした。

 まあ今日の休みは助かった。

 

2009年3月14日 (土)

突然の38℃の高熱、全作業停止。翌日朝回復

001  13日(金)はバッドフライデーとも考えられるが、朝から雨が降っていた。朝のラジオ放送では、夕方から局地的に雷がともなうという。

 直感的に電車で通勤することにした。直感的というのは、後からそれが直撃するわけだ。

 仕事は今日も重要案件多々。午後からどうも体の調子がいつものようではない。異常にしんどい。

 ただそれだけだったが、夕方5時半には職場を出て、帰りにコープこうべ立花店に向かった。今日はカレーを作るため、家にない材料を買った。

 家に帰ってさっそく食事の支度。7時半すぎ支度を終え、すぐ風呂に向かう。

 ところが服を脱ぎ始め、パンツを脱ぐ瞬間、悪寒が襲ってきた。急いで湯船に入る。そのまましばらく湯船を出られない。慎重にあたたまり、体だけすばやく洗って、風呂の中で体を拭いて、パシャマもそこで着た。

 風呂から上がって、白湯を飲み、おかゆを作って食べ、体温を測ってみると、なな、なんと38℃。「やばい。やばい」。明日は全員参加の集会がある。その翌日は妻と2人の旅行がある。朝の直感は本物だった。

 9時になるかならないかで、悪寒を襲ってくるのを恐れながら、布団を引き、その中に半纏を着たままもぐりこむ。

 そのまま朝まで眠り込んだ。

 

 翌日は7時すぎに慎重に起き上がった。昨日ほど寒気はない。集会は昼からなので、ゆっくり朝のスケジュールをこなした。しかしそれ以上は何もしなかった。朝食は、いつもの自家製パンとコーヒーだ。

 ちょうど今日ホワイトデーでお返しの品を近くにリビエール買いに行くために、外へ出たが、寒い。体のせいか、気温のせいかよくわからない。

 まあ午後からなんとか体は普通。

 予定の「守ろういのち!なくせ貧困!3.14近畿総決起集会」の開かれる大阪、本町の御堂会館に向かった。002

 会場には1200人の医療関係者が集まった。

 実は舞台で各代表が演壇で発言しているとき、ちょっと疲れがぶり返してきたので、目を瞑って半睡眠状態だった。

 年金者組合の人の発言では、年金受給の平均が6万円ただずだと発表があり、唖然とした。

 大阪知事、橋下氏が高校生代表と懇談したおりの参加の高校生が報告。私立高校に行っているものは、努力が足りないから公立にいけなかったとかという広告があったが、橋下氏は、弱いものの味方ではないことが、最近明白になってきたような気がする。それでも府民の支持率は80%台という。

 003 大阪府民よ、目をさませ!

 夜、NHK“ドキュメント現場”最終回で、JRブルートレイン九州ー東京最終便の数組の乗客と、車掌を描いていた。なんといっても名古屋を過ぎ、静岡に入ってから掛川の鉄橋だったか、車掌がわざわざ富士山のベストビューポジションをアナウンスする場面があって、

「この列車は、他のどんな車両より優れている!」と確信した。

 というのは早く着くとかそういう問題を度外視すると、車両冥利につきる時間を味わえる乗り物だということだ。

 なぜ、無くすのか。まあ廃車になるから報道で取り上げられるのだが、東南アジアやロシア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど何泊も車両で泊まって旅を楽しむ便が出てきているのに、日本は目先の経済性を追いすぎだ。

 新幹線から眺める富士の感覚と、ブルートレインつまり在来線路を走る線から見た富士のシチュエーションではどちらが贅沢か、画面で見るだけでもそれはわかる。

 スローライフという言葉が一時一世風靡しかけたが、最近また言われなくなったような気がする。

 僕はいまも朝食後のコーヒータイムと朝起きるとき以外、時計は消して気にしない。だから今日のその番組を見て、惜しいなと真剣に思った。

2009年3月11日 (水)

てっちゃん鍋を食べに豊中市、服部へ

Photo  今日の日程は夕方から仕事を終えて、豊中の阪急服部下車、N先生ゆかりのてっちゃん鍋を食することにつきる。

 それで通勤は当然電車で行かざるを得ない。

 朝はしかし出る前、妻がいつもしている洗濯物干しが時間的にできなということで、あわてて出る直前それをやったが、そのかわり家の中で集めた燃えるゴミを一袋につめたまではよかったが、家の外に持ち出して、ゴミ置き場まで持っていくことをすっかり忘れてしまった。

 駅までの徒歩のあいだに思い出したが、あとの祭りだ。

 「まあ、いいか」と思うと反省もなくなる。

 今日のJR海老江駅の階段は僕ともう一人だけだった。

 職場について、今日は職員との面談が3回続いて、結構エネルギーを使う。

 ただ昼食は昨日のように15分ということはなく、しっかり取れた。今読んでいる中村武生さん著「京都の江戸時代をあるく」も佳境に入ってきた。喫茶キャビンでジャズの名曲を聴きながら、NHK英語テキストを繰り返し暗記練習し、その後この本を読んでいたが、疲れは結構癒される。

 そんなこんなで夕方になり、会議に出席中の役員を待ち、総勢7人で阪急服部駅をめざす。

Ca5nzm3l  店に入り、まずは生ビールで乾杯。それからこの店自慢にてっちゃん鍋の具がいっぱい入った鍋に火が入る。特性味噌がやまの上いしっかり乗っている。

 もやしにニラにホルモンなどを煮る特性ステンレス鍋が生きている。

 2時間半の宴会時間はあっという間に過ぎてしまった。

 帰りの電車でマイカー談義。Y先生はスバルレガシーのすばらしさを語られる。S先生は、トヨタにのっているが、もう10年乗り続けているという。しかしぼくは17年ニッサンプレーリーに乗り続けてきた。

 たかが自動車、されど自動車でS先生と意見が合うが、長く乗ると未練は残る。17年も乗ると、思い出がいっぱい染み付いてしまった。これを断ち切るのはかなり勇気がいる。無機質の鉄の機械のかたまりだが、まるで家族のように思ってしまう。

 そんなことを話しているうちに早くも十三駅に到着。神戸線に乗り換えて、武庫之荘駅で降りた。

 

2009年3月 9日 (月)

月曜日は忙しい

 週末が終わると月曜日がやってくる。

 今日は5時から懇親会のため、電車で行く。月曜日は結構大量のゴミを出して、忙しく家を出た。今は寒いのか、暖かくなってきたのか、見極めが非常に難しい。 

 JR立花に着くと、アナウンスで手前の駅で体調不良の乗客が出たため、電車が送れているらしい。しかしこれは仕方がない。しかし自分的にはちょうどいい時間に次の列車が入ってきた。

 電車で行くいつもの時間より一つ早いくらいだ。

 仕事は朝は忙しい。4つほどの課題をすばやくこなす。月曜日は普通体と頭のエンジンがかかっていないが、やらないといけないことがあるとそれなりの緊張感でこなしていける。

 午後からはまるっきり会議が続く。人間の会議継続時間は2時間が限度だと言われるが、3時間はきつい。

 あっという間に5時を過ぎ、そのまま同じメンバーで懇親会に向かう。道頓堀界隈は若者が夕方も多い。

 しかし夜の飲む会があるとどうしても自転車通勤はできない。

 ただ今日おもしろかったのは、朝、海老江駅を降りて、72段の階段を上がるとき、なぜか僕を含めて5人の男性が、横にエスカレーターがあるにもかかわらず、階段を登ったことだ。

 ちょっとうれしい。階段を歩こうとする人が思ったより、いたことだ。

 みんな電車通勤では階段を歩こう!

2009年3月 8日 (日)

娘、シンガポール帰還を見送る

001  昨日のお別れの会を終え、今日は娘がいよいよシンガポールへ帰還することになった。

 なにせ関西空港10:00発のキャセ航空便で行くので、朝は妻と本人と僕と5時に起き、なんとか6時15分に家を出る。

 阪急の駅まで妻と娘は手をつないで10分ほど歩いていった。

 家族では唯一女性どうしのつながりだ。

 ぼくは娘のハードケースを引きずっていった。キャスターが一個壊れているので、ちょっと大変だった。

 阪急ではとなりの西宮北口からシャトルバスに乗る。妻は別れるのが辛いからか、費用がかかるからか、そこで娘を見送ることにした。ぼくは関空までついていく。

 マイカーがあれば、それで行くのだが、なにせ回復がわからない修中のため使えない。

 小一時間で関西空港に到着。搭乗手続きはCカウンターなので、すぐだったが、今日は異常に旅行者が多い。娘の手続きのあいだ搭乗口の方で待っていたが、さすがに時間がかかっているようだ。

 20分ぐらいかかってそれを終え、搭乗チェックまでしばらく時間があるので、3階と2階をまわってみることにした。娘は本屋で3冊本を買った。

 しばらくして、また4階に上がり、いよいよ搭乗チェック口に行ったが、これまた長い列ができている。こんな長い行列は見たことがないが、なんとか10分ほどに中に入っていった。

 そこでも見えるまで手を振ったが、ちょっと涙が出てしまった。無事チェックを終えるのを確認し、帰ろうと思ったが、横の待合口では税関を通っていく姿が見える。

 娘はそこでも10分ほどして出てきて、こちらを見ていたので、またお互い手を振った。

 別れというのはやはり辛いものだが、また帰ってくることを楽しみにしたい。

 

 帰りはまた尼崎行きシャトルバスで帰ることに決めていた。ちょうど9時35分初があったんで、それに乗った。1時間ほどでまた尼崎にもどる。その間中、英語のCDテキストをICレコーダーに録音したものを聞いていた。

 003 JR尼崎で降り、スーパー銭湯に行くことにしたが、なにせ誕生月に合わせて、お祝いのはがきを3箇所からもらっていた。しかしよく見ると無条件で無料で利用できるのはこの尼崎の「極楽湯」だけだった。

 娘との別れを風呂で気分を変えてリフレッシュした。銭湯の受付では、社交辞令だと思うが誕生招待のはがきを出すと「おめでとうございます」といわれ、悪い気はしなかった。

 

 家に帰ってからは気が抜けたようになってしまった。

2009年3月 7日 (土)

娘の再渡航お別れ、2男、3男、自分合同誕生会

001  今日は朝出勤当番、午後会議のため、いつものように8時前に家を出る。

 しかしさすがに土曜日の朝というのは、車の量が少ないので走りやすい。

 歌島橋交差点は文句なしに1回クリアで通り過ぎた。

 そして今日はひさびさの晴天で気持ちがいい。それに気温もそろそろ春かなという感じで、レーサーキャップはつけず、上半身は、レーサージャケットの下にセーターは必要なかった。

 職場も数人しか今日はいないので、静かだ。

 午後からの会議は2本連続なので慌しいがあっという間に過ぎていく。午後4時30分帰り支度となり、45分ごろ職場を出た。

 帰りのなにわ筋は、土曜日の夕方とあって、のんびりしたものだ。やはり車の走る姿は少ない。 ただ中ノ島付近からリーガロイヤルホテルに通じる道路は、待ちタクシーの列が延々と続いている。これは定日より多い。

 家に帰ると、今日はいよいよ朝シンガポールへ帰る娘の送り出しと、2男、3男、自分の合同誕生会のため、妻はちょうどケーキを買って帰ってきた。

 しかしみんなが揃ったのは、午後10時。ちょうどワールドクラシックベースボール日本×韓国戦を見ていて、あまりの日本チームの圧倒にテレビに釘付けになってしまった。その試合の中で2回表の場面だったか。向川がバッターボッックスに入って、カウントを見ながら、次のボールで「きっと打つで」と宣言したら見事に的中した。また韓国が1アウト1塁の場面で、「ここでゲッツーが出るかも」と思ったあとみごと予想どおりで、シャットアウトした。

 自分でも驚くぐらいだった。

002 そんなこんなで試合は終了し、終わってみれば13対2、7回コールドゲームというできすぎの結果だった。

 それでさっそく誕生会に移った。

 ケーキに蝋燭を立て、「ハッピーバースデー」を歌い、一人ひとりの豊富を述べ合った。ただそれだけの会だが、ずっと続けている。

 ただ2,3男は2月後半、ぼくは3月17日が誕生日で、今やなかなか揃うのが難しく、娘も明日出発なので、この日となった。

 いつか夫婦だけの家になることは時間の問題だが、今日のような集まりは貴重であり、大切な時間だ。

2009年3月 6日 (金)

雨の電車通勤、道を見て歩き100円拾う

001  今日は兄からの依頼で書類を送る必要があるが、印鑑証明を3通添付するため、午後から休みを取って市役所の支所に行くことにした。

 それで雨が降っていること、もあり、電車通勤で出かけた。

 昼を過ぎ、もよりの夕張屋食堂で食事をとり、家に向かった。

 JR立花駅を降り、家に、向かって歩いたわけだが、家が近づいたところで、道端に光るものがあり、よく見ると100円硬貨だった。

 店の前なんかではなく、誰が落としたかわからない。届けるには金額が小さすぎる。しかし正直うれしかった。これも大げさに言えば運命だが、自転車で通勤していれば絶対ありえないことだ。そんなことで偶然というものの不思議さを感じる。

 そころで役所に行くことがきっかけで帰ってきたわけだが、ついでに他の用事を考えてみると結構ある。

 最近送られてきた米の支払い、歌声新聞の支払い、その他と3件の支払いをみんな郵便局ATMで済ました。これは案外簡単だ。

 それから朝飲むコーヒーの豆が切れてきたため、「豆珈琲」店に新しい豆を買いに行く。

 それに最近住宅ローンの借り換えをして、前の銀行に関係する信用保証協会の保険料の一部が通帳に入っているので、それを下ろしに行く。

 書いている順番は実際は違うが、最後はすでに3時を過ぎていたので、夕食の材料をコープに買いに行った。それからついでが続くが、立花商店街を通って、ナンバサイクルに3男の自転車の鍵を買いに行く。

 行ったときは暇な時間そうで、おとうさん、息子さん、店員さん3人ともゆっくりしているようだった。ついでに、ぼくのランドナーのバックライトにする適当なものを買った。

 家に帰ると、朝の洗濯物が干されていない。優先的にその作業にかかり、そのあと自転車の鍵とランドナーのバックライトをつけた。

 それですでに時間は4時をとっくに過ぎてしまった。

 家に帰ってからの最大の目的は、職場のYくんから借りた「モンスター・ペイシェント」【崩壊する医療現場】を読みきることだったが、185ページはある。5時半がタイムリミットだが、いくら速読でも1時間では無理。それで速読以上の流し読みをした。

 一時帰国している娘もいよいよ明後日朝にシンガポールにもどる。実際会話する時間も限られていたが、娘にとってはいい骨休めだったのでないかと思える。

 この2週間は土日も含め、家でゆったりすることはほとんどなかった。今日の午後は用事の連続ではあるが、それなりにのんびりした気分だった。

2009年2月25日 (水)

娘、シンガポールより帰る

001  今日は25日給料日だが、娘がシンガポールから帰ってくる日でもある。

 仕事は全職員の会議で準備は気を使うし、いそがしい。

 しかしそれが午後5時に終了し、臨時の調整会議があり、娘を迎えに行くためのJRなんば駅2階関空行きシャトルバス、午後6時40分発に乗車するため、かなりタイトな会議の設定だ。

 話あいも熱が入り、それはそれでいいのだが、時間がどんどん迫ってくる。6時15分に時計の針が指している。なんとかまとめて会議を終了した。

 あわてて、ロッカールームで上着を着て、タイムカードを押し、OCAT(JRなんば駅)2階に向かう。なんとか間に合った。

 しかしバスターミナルからは全国に旅立つ便が出ている。ちょっと時間があったので、豚まんとお茶を頼む。売店のお姉さんは、「ピザまんはどうですか」と冗談のように言う。若者にはピザまん、中高年は豚まんを買うらしい。しかしおもしろいおねえさんだ。

 6時40分までしばらく時間の余裕ができ、ベンチにすわり肉まんを食べたが、安心したためか、急に疲れがよみがえってきた。

 まもなく発車し、7時20分ごろ関空に到着。1階の乗客出口で待っていた。

 30分はまっただろうか。「いた。いた」

 半年ぶりの再会だ。大きなハードトランクを持つとかなり重い。いっぱい土産が入っているらしい。

 とにかく無事帰ってきた。親ばかだが、帰国の12日は大切にしたい。

2009年2月22日 (日)

再び湊山温泉へ

010  今読書中の「急に売れはじめるにはワケがある」(マ ルコム・グラッドウェル)をあと50ページ残し、家で読むより、別のところの方が集中しそうで、先週に引き続いて、神戸「湊山温泉」まで出かけ、その途上で読むことにした。

 今日は午前10時過ぎに家を出た。11時まえに地下鉄大倉山か地上に出た。

 今日はもう行きかたは十分分かっているので、再び大倉山に登った。しかしここの山頂には、標高の表示がない。人工衛星からの受信塔があった。

 ここから約15分で温泉に着くが、近辺の町名が005気になって、番地を調べた。

007  006 平野交差点の南側はやはり、下祇園町、下三条町の表示があった。

 まさにここは一時代、都があった場所なのだ。

 それにしても2週続けて、神戸まで温泉に入りに来るとは、物好きとしかいいようがない。

009 

 午前11時15分、湊山温泉に着いた。途中すでに入浴を終えて帰る人を数人見た。

 今日は体を洗わずひたすら、普通の湯、暑い湯、ぬるい湯と交互に入り、体は洗わず、着替えた。

 体から汗がしたたり落ちてきた。

 帰りは、また地下鉄でもどろうかと思ったが、平野の交差点にさしかかる前、後ろを振り返ると、すでに三宮行きバスが信号待ちしていた。あわてて、平野交差点まで走り、その先のバス停ヘ行く。

 しかし走らなくてても、このバス停でしばらく時間調整するらしく、3分

ほど止まっていた。

 しかしタイミングがよかった。

 三宮には12時ごろ到着。12時10分の特急で帰ることにした。

 武庫之荘には12時25分に到着した。神戸まで行って温泉に入り、午前中に家に帰ることができるから、なかなかいい時間の使いかただ。

 家に帰って昼食とし、その後しばらく、パナソニックチャンネルでナサの火星探査の記録の番組をやっていて、思わず最後まで見てしまった。1億km以上の遠い星で、遠隔操作で、探査機を操作すること自体おどろきだが、向こうに到着するまでにも何回もトラブルがあり。息を呑む場面が何回かあった。

 その番組が終わったあと、いよいよ「急に売れ始める・・・」の読書のフィニッショにかかる。とうとう4時ごろ最後のぺージを読み終えた。

 しかし急に物事が流行したり、感染したりするのは、以外な原因からそれがおこることについて大変勉強になった。しかしそれは突然のことではなく、確かな根拠がある、それをしっかり把握できるかどうかが重要なのだ。

 自分自身も頭のアンテナをさらに感度よくできるようにさらに鍛錬が必要だなと感じた。

 夕方になり、今気になっているミヤタランドナーのブレーキ部とリアの変則機を点検した。ブレーキは調整で精度をあげれそうだ。変則機は、ワイヤーを交換した。変則がスムーズに行かなかった問題はこれで解決できそうだ。

 ところでサイクルスポーツ誌2月号を再読してみると、中に昔のクロモリのロードバイクがしかもヘッドがアヘッドタイプでない古いタイプが見直されてきているらしい。そう考えると新しいタイプをあえて追い求めることもないということで視野が広がったような気がしてきた。

2009年2月15日 (日)

電車に揺られ、神戸平野の「湊山温泉」へ

006   今日は特にするべき課題はなかった。それでとにかく今読むためにストックしている本が気になんるので、昨日紹介したマルコム・グラッドウェルの「急に売れ始めるにはワケがある」を読みきろうと考えた。

 しかし単行本とはいえ、1ページ720字の357ページあるので、侮れない。とくに読むのがはやいほうでもない。

 ウェークデーに昼休み読み続けていたが、たかが20分ぐらいの制限時間の積み重ねでは、断片的にしか理解できていないし、中身にのめりこめない。

 それで今日は思いついて、家にいてもテレビがついていたりで集中できないので、肩の養生も兼ねて、いつも山歩きのゴールに利用している神戸の平野「湊山温泉」まで電車で直接行くことに決めた。そうすると生き帰りの電車の中で結構本に集中できそうだと考えた。

 朝10時10分ほどに家を出た。昨日に続いてポカポカ天気だ。ダウンのジャンバーでは暑すぎるので、オレンジのフリースジャケットを上着にして出かけた。

 阪急武庫之荘から三宮へ。乗り換えて地下鉄山手線2つ目大倉山で降りた。地図で見るとここから歩くのが最短距離だ。003

途中、大倉山という本当に山がある。天保山ほどではないが、ちょっと登ったら山頂だ。全体が公園になっている。

 そのあと旧街道のゆうな細い道を探っていくと、15分ほどで目的地に着いた。

005

007 この地域がちょっと面白いと思うのは、町名だ。「上三条町」「上祇園町」「下祇園町」など、まるで京都の地名が表示されていることだ。

 これは解説すると、たった1年だったが、源平の時代に平清盛がこの地に港を開き、京都から都を移動した歴史があるためだ。

 

 その名残がいまだに残っているのはおもしろい。今日入る温泉も完全掛け流しで、その歴史は、その源平時代にさかのぼる由緒あるところらしい。ただ、5年ほど前まではもう一件「天王温泉」という温泉があったが、神戸市の水道代値上げが原因で閉館となり、今は住宅に変わり、記念碑だけが残っている。

 さて温泉に着いたのが11時20分。ほどなく湯に浸かり、11時50分には退出。008

帰りは、平野交差点が近くにあるが、そのバス停から神戸バスで、三宮まで行き、阪急に乗り換えて帰った。

 家に着いたのは、なんと12時50分。朝に2時間あまりを凝縮した温泉の旅になった。

 ただし掛かった費用は、電車賃が往復950円、入湯料が最近値上がりして600円。あわせて1550円だ。

 まあ、いいか

 スーパー銭湯とはまた違う味わいを手軽に体験できたからよしとしよう。それに生き帰り目的どおり本を読みふけった。これを書いているいま245ページまで進んだ。あと100ページだ。

 話は代わって、昨日夜テレビで「銀色のシーズン」を見た。去年見損ねた映画が、すぐ翌年見れるのはいいが、ちょっと中身はもの足りなかった。だいたい題名が下手だ。“銀色のシーズン”というのはちょっとやぼったい。

 ロケーションはいい。どこのスキー場かは知らないが、アルプスが大きくそびえるのが真近で見えるところはすごい。それだけか。

 物語はそのスキー場の希望の星、瑛太が演じる主人公がモーグルのワールドカップに出る実力者だが、3年前の試合中の事故で、そこから回復しても、こんどはその地域のやっかいもののような存在となり、煙上がられていたが、ある女性の出現で、再び試合に出て、今度も転倒するが、起き上がり最後まですべりきる。みんなからたたえられるというラストシーンだ。

 スキーのスリリングなすべりを紹介するシーンが3回ほどあるが、全体に感動がない。コブクロのBGMがちょっともったいない。何かが足らない。ロッテンヒルズの恋のような知り合いみんなで主人公を盛り上げていく、あたたかさが伝わるシーンが希薄だ。それがあるとよかった。

 まあ、映画はよしあしがあっていいし、見る側の受け取り方は千差万別なので、今のはあくまでも、せっかくすきなスキーを描いた映画だけに期待してしまった。

2009年2月14日 (土)

腕と肩の養生に専念のため、地域散歩と半身浴

002_2  今日は完全休日だ。

 昨日の夜から山を歩くか、あれやこれやと考え、早朝も目がさめ、そのことが頭にめまぐるしく浮かんだ。

 結局朝はゆっくりすることにしたが、昨日の雨で、洗濯物がたまっていたりで、結構用事に明け暮れた。

 昼食後、昼ドラ、サスペンス南野洋子主演の「インターホン症候群」  を見てしまった。

 夫の浮気の疑いやなにやで、欲求不満で、ある知り合いの伝授で、留守の家に入って、中の様子を見るのが、常態化するという話だが、それは一つの入り口で、夫がストーカーまがいで情事を強要され、脅迫を受けることになる女性の家に忍び込んだときに、その女性が誰かに殺される。最初は夫が犯人と疑われ、逮捕される。

 それで本当の犯人を探し出すが、それは化粧品セールスに勤務した先の上司がどうも怪しいことがわかり、その家に忍び込む。結局その奥さんが犯人ではあることがわかる。

 しかし殺された女性が一番悪人だったという話だが、夫婦はこの事件をきっかけに愛情を取り戻し、16年以上離れていた父とも再会し、父が脳梗塞で倒れたことをきっかけに父を許すという円満にあさまる話だった。

 人間の描き方はなかなか前向きというか健全でよかった。監督は山本邦彦だったか。

 ドラマが終わり、肩の養生という意味で、周辺を散歩し、帰ってきてから今日は自宅の風呂で半身浴を試みることにした。

 003  

 駅の北側は、尼崎でも武庫之荘ブランド地域というか、この格差社会の中で所得の高い人たちの家が多い。

 まるでスペインかと思える家、明らかに大きい屋敷風の家など固まっている。

004_2 おそらく間違いないと思うが、その屋敷街を北に過ぎたあたりに、桂米朝の家がある。

 こじんまりしているが、きれいな清潔そうな屋敷だ。

 約1時間ぐらい歩いて、駅の南にもどる。結構運動になる。005

 ついでに、西宮のコーヒービーン「ティピカ」閉店の後、ここだけになってしまった「豆珈房」に豆を買いに入った。今日はモカにした。

 ここから家までおよそ300mほどだ。

 家に帰ると予定どおり、家に風呂に半身を出して約30分浸かる。雑誌BEPALを見ながら入っていたが、20分たったことから、顔中汗が滴りだした。

 BERALでは自転車で遠出する企画がかなりのページを割いていた。

 しかし半身浴はなかなかいい。肩と腕の血行にもいいようだ。まあ痛みは大分改善されてきた。だが、今日は大事を取って自転車には乗っていない。

 風呂から上がって、読書。今読んでいるのは、以前「第一感」を読んだが、その同じ著者マルコム・グラッドウェルが書いた「急に売れ始めるにはワケがある」。

 やっと半分読んだが、爆発的に売れる瞬間をティッピング・ポイントといい、流行していく現象を感染という翻訳で表現されている。夕方はすぐやってきて時間切れでストップした。

 話は変わって、2日前夜、BS何だったかで、イギリス・マンチェスターの路面電車普及の姿を報告していたが、理想的な成功を収めていると思った。中心部自体が、アミューズメントパークと言えるような姿に見えた。それになんと言ってもその都市部に車がほとんど走っていない。人は路面電車をすり抜けるように歩いているのがちょっと危なく感じたが、街はその路面電車と人だけだ。

 何と言っても、アプローチが地下鉄などに比べて圧倒的に楽だし、街を見ながら移動できる。映画館もその駅からすぐというのがいい。

 日本のアミューズメントパークが車の乗り入れ中心なのとえらいちがい。確実に時代の先はマンチェスターのような方向になると確信した。

 

2009年2月13日 (金)

水辺のラウンジでいい気分に

001  つい近くに最近できたレストラン・ラウンジが気になっていて、職場の仲間で行くことを計画した。

 以前は、西区と浪速区の間に流れる道頓堀西川の川べりは木材加工の工場がならぶ下町だった。

 しかし今や東京住友資本がはいってきて、今風というか若者にうける店が軒並み作られてきた。南には湊町リバープレイスという音楽専用室内劇場とFM大阪の本社がある。

 今日ははじめて仲間で、その北のラウンジで夜の酒を楽しんだ。

 004   

ちょっと異空間に来たような気分になって、オーストラリアワインを3本をほぼ3人で飲んだ。

 ここはなかなかいい。大阪なんばの雰囲気ではない。

 しかし都市開発を手がける人たちの思惑は、てこてこのなんばとは違う地域を見ざしているらしい。

 今回入ったラウンジの建物は、川ぞいに一棟50mぐらいの建物だが、もう一棟店ができるらしい。

 今回参加した仲間で、全部の店を回ろうという話になった。なにしろ職場から5分もかからない。おまけにもよりの駅からも5分程度。いくら酔っても、駅までは大丈夫だ。

 たまにはこういう楽しみもいいだろう。店員の対応も暖かい雰囲気をたもっていていい。

 002

 仕事上でも、気になっていた5月総会での講演依頼者にもOKの連絡が入り、今日は13日の金曜日だというのに、結構スムーズにことは運んだ。

 しかし帰りの通勤は、かなり酒が回っていて、JRに乗り換えから立ちっぱなしだったが、つり革につかまったまま半分いい気分で眠っていた。

 明日は、本当に予定のない土曜日。気楽な気分だ。それに寒さもいよいよ後半に入り、春はもうそこまで来ている。

 家の庭のアーモンドやスモモの花が開くもの後1ヶ月というところだ。

 シンガポールの娘も休暇をとってもうすぐ帰ってくる。

 ちょっとうれしいことが多くなってきた。

2009年2月10日 (火)

腕の痛みの悪化を避けて、今日は電車通勤に

  肩と腕に痛みはまだ治っていない。昨日は、塗るシップで痛みの部分に塗った。

 シンガポールの娘からも、ブログを見て、心臓病との因果関係002がある場合があることを心配して電話がかかってきた。

 一応インターネットで心臓病と肩こりについて調べてみたが、症状が現われるのが、左肩ということだった。ぼくの場合は右肩だ。

 それで自分でも安心したわけだが、他にも内臓の病気との因果関係があるとことは消えない。

しかし、昨日塗るシップが効いてきたのか、ちょっと痛みが軽くなってきた。

 一昨日見たドラマ「警察の血」について考えてみたが、あれはあとくちが悪い内容だ。A新聞では、警察や権力と、犯罪の関係をするどく描いている力作という評価だが、僕の印象では、父と祖父を殺したり、死においやらした椎名吉平の責任がどうもぼかされるいる。

 戦争中の悲惨な体験はあったとしても、戦後の殺人は免罪できるものではない。でないと戦争での悲惨な体験と、そのあとの犯罪が免罪されてしまう。

 沢山の人が僕の父を含めて、おそらく人に話したくない多くの体験をしていたというのがあの戦争の現実と残酷さであったと思う。しかし多くの人は、そこから立ち上がろうと、まともな人間にもどろうとしたはずだ。

 戦争の後遺症と、警察の腐敗と、その因果関係、掘り下げが弱いから。本質がぼけている。

 最後の3代目、伊藤英明の追及も結局、椎名の息子が、警察の上層部の権力者であって、その息子を脅して終わらせる。本当の正義はどこにあるかという感じで、わからない。

 結局いやな感じで終わってしまった。たくさんの大物俳優を出演させておきながら、不発だ。

 といいながら2夜見てしまったが、ちょっと後悔している。

 やはりドラマや映画、芝居などだけは、悪人が徹底的に追及され、正義がおおきく浮かび上がるものでないといけない。というのはぼくの考えだ。

 

 仕事の帰りは、電車での最近の定番のルート、地下鉄千日前線で、野田阪神まで行き、そこからJR東西線で立花まで。ということで結構連絡がよく6時15分に立花に着いた。

 今日は明日のOM劇団の出演のため、自分のセリフを仕事中も、帰りの途中も空で覚える練習を繰り返した。

 夕食は、昼ごはんにいつも通っている夕張屋のおかあさんから、家で収穫した白ねぎをもらったので、鍋料理にした。そのねぎが新鮮でうまかった。

2009年2月 8日 (日)

昨日もらった宿題をやり終える

001  昨日書いたように30数年ぶりの仲間にあったわけだが、同窓会本番の案内を僕が担当することになって、今日はそれを課題にした。

 妻は横浜で老人施設に入っている2人の叔母さんの件で、現地へ向かった。

 それで朝6時半に家を出るので、つられて早く起き上がってしまった。

 しかしもう一つしたいことがあって、朝のうちにさっき書いた宿題に取り掛かった。今のところ8人の住所が分かっているだけなので、その分の案内原稿と住所の印刷だが、手っ取り早く「筆まめソフト」を利用した。

 しかし手書きでもらったデータには住所が抜けていたり、漢字がよめなかったりで、朝10時になり、ここでストップし、次の目的のスーパー銭湯に向かった。

 場所は塚口「湯の華廊」。駐輪場に自転車を止めると、近くになんと僕が所有しているミヤタランドナーと同じ自転車が止まっていた。ただ前かごがついていて、サドルは、買ったままのものだろう。僕はサドルを茶色のレトロ風にしている。しかしタイヤカバーはうろこ模様でまったく同じだ。ちょっと驚く。

 今日は目的は肩と腕を温めて、痛みをとろうとすることだ。

 日曜日は結構混んでいる。 

 帰りしなについでにホームセンターで生ゴミ再利用のバケツを買った。今もすでに使っているものがあるが、腐葉土がうまくできない。それに蓋が劣化して、われてきたのだ。

 家に帰ってからも、案内はがき作成の続きをした。

 ここで問題は、今日は日曜日で、官製ハガキを手に入れられないわけだが、家の引き出しを探してみると古い年賀状があった。

 「よしこれで行こう」とそれに印刷し、家を出ようとしたが、よく考えるとこのはがきは有効か。平成14年になっている。それに差出人を書いていないので、もし届かなくてももどってこないことに気がつき、もう一種類旧41円のはがきに9円切手を貼ったものが同じ数だけあったので、念のため、今度は差出人を僕にしてすりなおし、2種類とも送った。

 もうすでに時間は3時半になってしまった。

 後妻のマウンテンの後輪ブレーキが気になっていたので、チェックしたが、ワイヤーの張替えは必要と思い、その場で作業にかかる。これがうまくいって、非常にスムーズになった。

 これで一日の大半が過ぎた気分だが、他に3日後にあるOM九条劇団の本番のため、台本を読み直した。しか短時間しかできずやばい。あと2日集中しないといけない。

 夜はこのブログ更新で結構時間を使うが、見るつもりなかったミステリードラマ「警官の血」2夜連続を見ながら打っている。

2009年2月 7日 (土)

会議の前の同窓会打ち合わせ

001  2月の第四土曜日に、38年前の予備校時代に仲間をつくり、政治のこと、それに受験勉強の集団学習、日常点検などのつながりがあったが、その仲間の同窓会がある。

 ところがぼくは他の予定を入れてしまって、参加できないので、今日何人かで集まることになった。

 つまり、その集まりの準備の打ち合わせもかねてだ。

 ぼくの他に3人集まったが、自分も含めてみんな年を取っていた。

なにしろそのことはみんな18才だったわけだから、仕方がない。

 ただ、3人が3人とも結構重大な体の病気を持っていることを話していた。

 この確率は何だろう。

 もともと30数年ぶりに集まろうとなったきっかけも、その当時の仲間が突然亡くなり、その葬儀で出会ったことだった。ぼくのところにはその知らせがなくて、葬儀が終わってから聞いた。

 自分のことを考えると、今のところ病気ということには縁遠いが、肩の痛みだけが悩みの種だ。

 結局当日参加できない罪滅ぼしに、会の案内と名簿を作るということで約束した。

 天王寺の風月でお好み焼きを食べ、近くの喫茶店でコーヒーを飲み打ち合わせをした。

 年はとっても、お互い顔を合わせると、気持ちが当時にもどってしまう。しかし連絡手段をやり取りするのに、お互い携帯電話で通話にし、情報を交換したが、てこずるのがおもしろい。

 12時に集合し、話と食事に熱中したが、2時になってしまい、慌てて職場に向かう。何しろ2時半から役員と幹部の会議がある。

 今日はそれで12時の集合には、電車で行った。帰りは会議を終えて、5時過ぎ。

 夕食はやはり僕が用意することになるらしいので、メニューがなかなか決まらなかったが、豆乳を買って、湯葉料理にした。

 ところで、朝に話はもどるが、自由時間が2時間あり、最近おかしくなっていたケイデンス付スピードメーターの修理をおこなった。マニュアルを読み返し、最初からやり直す。

 しかし単純なスピードメーターに比べ、操作が複雑だ。まあせっかく使用しているのだから、これを機会に完璧に操作をマスターしようと思う。

 まあ、今日は不思議な一日だった。

2009年2月 2日 (月)

ついに2月、しかし電車通勤で行く。

 夕方より神戸須磨に仕事で出かけるため、帰りは現地から家に直行することにした。それで、朝に通勤も電車にした。

 今日は昨日、一昨日に比べ、寒さがもとにもどった感がある。

 今日もJR東西線、海老江駅を降りて71段の階段を登る。ただ電車の通過の関係で、上がっていく下から強い風が吹いて、背中を押される。だから登り階段は案外楽だった。

 仕事はいろいろあったが、夕方3時前より職場を車で出発し、阪神高速神戸線で須磨をめざす。約50分目的地に着く。阪神大震災の影響か、目的の病院の周りは、非常に空き地が多い。30分ほどでその目的地での納品を終え、Mくんは車で帰ってもらったが、自分は、JR須磨浦公園駅から電車に乗る。

 結局、その普通電車で、JR立花まで乗る。

 さすがに、乗車していた人はどんどん変わる。高校生が怠惰な格好で座っているかと思ったら、しばし目を瞑ってあけてみると、乳母車を前に置いた若いお母さんが座っている。と思った手今度目を覚ますと、若い男性が、一生懸命携帯電話で取引の会話をしている。

 と思ったら、おばさんが携帯電話に首っ丈。

 まるでアニメのシーンを見ているような感覚だ。

 それにしても灘駅などは、古い屋根と駅舎が特徴があったが、今日みたら、一部は残っているが、新しい建物の建設中らしい。

 「さくらしゅくがわ駅」という新し駅は、プラットホームもあたらしく味もそっけもない。

 何駅通過しただろう。それでもJR立花には5時15分ごろ到着。実質50分ぐらいの乗車時間だ。

 各駅停車ならではの味わいを今日は感じた。

2009年1月31日 (土)

再びなんばパークスヘ

001_2   今日は、ちょっとしたエアポケットだ。本当は、滋賀県今津のログハウスにその修理にKさんと補修にいくはずだったが、昨日書いたようにマイカーが長期の修理に入るため、車がない。

 それでその件は断りを入れたが、今日は体調もすぐれないこともあり、ゆっくりすることにした。

 ただ妻と相談して、朝のパーマ屋でのセットを終えて、午後からなんばパークスへ行く約束をした。

 パーマはでの整髪は午前11時すぎに終わったと携帯医電話が入ったので、そのまま食事を現地ですることにし、急いでなんばパークスに向かうことにした。

 阪急武庫之荘から梅田に出て、地下鉄御堂筋線でなんば駅で下車。歩いてなんばパークスへ向かうが、どうも目的地までの案内がわかりにくい。職場がなんばにある自分でそんなことだから、初めて来る人はほとんど分からないのではないかと思う。その点では大分損をしていると思う。

 なんとかなんばパークスの入り口に到着。

 002 とりあえず、食事場所を探す。この前西宮ガーデンズでもまず食事の場所を探して、あまりの待ち客の多さに閉口したが、今日はなんとか待たずに入れた。

  店は「火の地」か?。和食で小鉢が沢山あるメニューでご飯は麦ご飯になっていた。

 ご飯、味噌汁お代わり自由ということで、ご飯をお代わりした。

 この段階でも西宮ガーデンズより癒しを感じた。

 とにかくこのなんばパークス全体の建物の建て方がユニークだ。単なる箱物ではないことはまちがいない。

 食事のあと、8階までエレベーターで移動し、この場所の名物というか、外側のガーデンを見て回った。8階では若い職員の人が植物を保育していたので、励ましのことばを発した。それは去年の同じ時期に来ているのだが、そのときより木々がよく育っていますね。と言っただけだ。

 007 天気があいにく空が曇っていて、しかも小雨がパラついていたが、やはりこの場所の緑は結構本格的だ。ある意味時代のさきがけかもしれない。

 006

ところで3男がこの建物のメンズ専門店でアルバイトをしているので、その場所を探してみようと思う、3階に移動し、中を回ってみたが、実際発見できなかった。

008_2 そのあとこの建物に隣接しているヤマダ電器に移動した。

 建物に入る入り口では、アカペダグループが演奏していた。なかなかプロッっぽい演奏だった。それで立ち止まってしまった。

 あとでチラシをもらったが「ダイナマイトしゃかりきサーカス」という。

 そのうち有名になるのではないかと予感する。

 ヤマダ電器ではネームランドという名前をテープに印字する機械を買った。

 帰り際結構疲れたので、地下鉄なんばに向かう途中、コーヒーを飲みに入ったのが、有機栽培を売り物にしてる店。それがスターバックスのような店がまえであった。011 009_2

適当なテーブルにコーヒーを運んだら、そのガラスになにやら標語のようなものが書いてある。「買い物はこのままでいいです。とレジ袋を断り、風のように立ち去ろう」とか、「毎日一個はゴミを拾って、そんな自分をほめよう!」

 11個書いてあって、自分として判定してみたが、6つはすでに実践していたので、おなじようなことを考えている人がいるんだと共感した。

 しかし、結構このなんばパークス楽しめた。書いていなかったが、2階のある店では、今日が開店の最終日ということですべての商品を70%引きで販売していると必死で声を掛けていて、妻を2点ほど買った。服2着で2000円だ。

 ただ、店がひとつ消えるということなので、ちょっと複雑だ。

 建物自体の発想は、あきらかに西宮ガーデンズを超えていると思えるのに、その場所までの移動に問題があって、十分人気が出ていないというのは残念だ。

 家に帰る途中、梅田でまた阪急百貨店の地下食料品売り場に行き、ずっと使っていなかった商品券で山形の高畠というところのワインを買った。

 リッチな気分で家に帰った。

2009年1月25日 (日)

西宮ガーデンズヘ物見遊山。

002_2   妻が近々出席する結婚式のための服を買いたいということで、最近できあがった阪急西宮駅近くで西宮球場跡地にできあがった「西宮ガーデンズ」についに行った。

 家からは阪急で一駅だ。

 駅からガーデンズまでのアプローチは、通路で繋がっていて、2箇所に動く歩道まであるが、結構遠い。

 001建物は、西宮球場の建物の敷地をそのまま、アミューズメントビルに立て替えたという感じがよくわかる。

004_3 真ん中が吹き抜けで、周辺に店が続いている。行った時間はすでに午前11時半だったので、とにかく食事にしようと4階の食堂街に行ってみたが、どの店もすでに長い列が続いている。ここで怯む。

  しかし根気よく比較的待ち時間に短い店をあたってみると、「昔洋食 みつけ停」という奇妙な店名の店が20分待ちということなので、そこにならんだ。

 案内の男性はてきぱきとなかなか優秀そうだ。しかも時間どおり20分後に店内のテーブルにつけた。

003  メニューは比較的オーソドックな洋食だった。さっきの案内男性は、4人用のテーブルに案内してくれたし、一組ずづ確認した人数に合わせて、テーブルをアレンジしていたので、それがマニュアルなのかどうかわからないが、なかなか好感がもてる。

 だいたいもう一本の店は、手当たりしだいに客をつめつめに座らせるように思うが、そうではなかった。ただ、定食プライスは1100円ぐらいで割高。

 食事を済ませて、上に階のTOHOシアターのフロアーを見学にいった。11の映画劇場があるらしい。

 「感染列島」「「28のゲバラ」など見たい映画があったが、今日はその目的ではない。

 005  そのあとまた4階にもどり、建物外のスカイガーデンを見てみた。前に大阪なんばの「なんばパークス」で驚いた緑の設備はない。ガーデンズという名称にしては、また六甲山系に近い西宮の地にしては、またこのエコの流れから考えたら、中途半端なガーデンになっている。言い過ぎかもしれないが、百貨店の屋上にちょっとガーデンを増設したくらいにしか感じない。ぜんぜん期待はずれだった。

 ただ、なんばパークスは、大阪の南に「巨大なビルの上に里山のコンセプトした里山を作る」という明確な方向性がありながら、今思うほど人気がないというのはどういうことか。それは今3男がそこでアルバイトしているので、その様子を聞いていてわかる。

 どちらも都市部に作った野球場の跡地に新たな施設を作ったということでは共通している。

 その後妻は自分の服を選びにいくので、ぼくは先に帰ることにしたが、本屋と中にあるスーパー「いずみや」に買い物に行った。本屋は「BOOKファスト」というが、とにかく店内は広い。赤字にならないか心配だ。

 とにかくぼくは複雑な思いでこの建物にいる。というのは、実際、この「西宮ガーデンズ」にしろ「甲子園ララポート」にしろ、「伊丹ダイヤモンドシティー」にしろ、地域とともに歩んできた小さな店はどんどん閉店においやられているのではないか。

 まあ大型店はあってもいいわけだが、大資本の好きなように建物ができるのは納得していない。 

 ちょっと考えすぎかもしれないが、このまま大型アミューズメント施設が長い間定着するとは思えないのだ。いわば単なる流行ではないか。客足が遠のけば、中のテナントは高いテナント料を払っていると思われるので、たちまち穴の開いた店が出てくるだろう。

 これからは、要は人間どおしのふれあいを基本にした商売が持続可能な姿ではないのかといこじに考えている。

 大型駐車場を設けるより、街真ん中に路面電車を通してほしい。町全体の店活性化するようになってほしい。人生経験豊富なお年寄りから、われわれに、そして若い家族に、そして未来の子どもたちに街それぞれの発展をしてほしい。 

 車はもっと減ればいい。その分自転車が増えればいい。街はきっと活性化するだろう。

 そんな時代がきっと来るとぼくは西宮ガーデンズに行って、反対にそのことを予感した。

2009年1月23日 (金)

三つの団体の共済会新年会でひれ酒3杯飲む

Photo  1月も20日を過ぎ、毎年恒例の職場関連三団体の共済会で新年会がおこなわれた。

 大阪なんば千日前のビッグカメラの南側、「治兵衛難波店」が会場だ。

 飲み放題の条件ではあるが、そんなに飲めるものではない。

 ただ全員にふぐのひれ酒を配るということなので、呑めない人の分を飲める人に回ってきたわけだが、3杯も飲んでしまった。

 しかしそれほど酔うこともない。毎年3箇所に企画される職員旅行だが、今年もスキーの企画が組めそうだというので、若い職員たちに今から勧誘をおこなう。

 ひとしきり2時間が過ぎ、午後8時を過ぎたあたりで宴会はお開きとなる。

 通勤は酒を飲むことを考え当然電車だ。行きは、JR東西線、海老江駅の40段の階段もだいぶ慣れてきた。

 帰りは、行きと同じで逆コースを帰る。 

 JR立花駅を降り、家まで約15分歩くが、さすがに酔いがまわってきて、ほとんど目を瞑ったまま家まで歩いた。

2009年1月20日 (火)

ローン借り換え 契約に妻と2人でM銀行へ

002_2  12月から住宅ローンの借り換えの見積もりをM銀行担当者からもらい、実行することにしたが、とにかく手続きが大変だ。

 登記簿謄本や何やらを申請したり、古い書類を探したり、現在のK銀行の返済予定表と、通帳記帳など、結構手間な書類が続いた。

 今日は、年をあけて何とかM銀行での借り換えが承認されて、その正式契約書の調印と、妻同伴での面談がある。

 最後の最後まで、妻の印鑑証明を取るためのカードが紛失している中で、午前中仕事の妻が西宮から途中、尼崎市役所塚口サービスセンターに寄り道し、その証明を取って、なんばの地下鉄出口で待ち合わせした。

 自分は、午後休暇をとったわけだが、食事をすませ、いつもの喫茶キャビンで妻との待ち合わせ、2時まで時間調整をした。

 今読んでいる湯浅 誠氏の「反貧困」の続きを読む。

 実は貧困の日本での実情について正確に分析された調査資料は実はなく、政府などは、外国から世界に貧困を調査していて、日本人700人から取った結果をもとに「日本には貧困はない」と言った前々回の安部首相の発言など何をやいわんだ。

 逆に生活保護世帯と貧困者の所得を比較して、今や生活保護受給者の方が高いといって、その最低基準を引き下げるのだから、憲法25条は、実際の社会では国自信がないがしろにしている。

 そんなことがみごとに書かれていて気持ちがいい。

 今日のその待ち時間の読書は有意義だった。

 時間が近づいて、待ち合わせの地下鉄四ツ橋線なんば駅改札口へ行く。1時55分妻がやってきた。

 すばやくファストフード店で食事を取り、M銀行へ行く。

 担当のYさんはとても懇切丁寧で細かく説明してくれたので、その他の手続きもやって、終わったのは、4時20分になっていた。

 予定を終えて、銀行を後にし、3男の勤めるナンバパークスへ寄ることも考えていたが、すぐ帰ることにした。

 地下鉄御堂筋線で梅田に出て、夕食のおかずを買うため、阪急百貨店地下の食料品売り場へ遠回りだが寄った。

 こんなところへはめったに来る機会がないが、スーパーとは違って独特の雰囲気がある。まるで9月に行ったシンガポールのスーパーに入ったような錯覚を感じた。

 その前に姪が働いている1階の化粧品店にやったが、会えなかった。それにしても1階は、従業員に数が客より多いように感じるくらい沢山働いているのに驚いた。ここには派遣社員に人はいるのだろうか。

 しかし地下食料品売り場は、不況はどこへ行ったのだと思うぐらいにぎやかな客の入りだ。我が家は魚家を探し、特値のブリのアラ【山盛り200円】とはまち1匹750円を買った。

 都会に働いているのに、こんなところへ来ることはめったにない。大体自転車通勤だから、国道を往復しているのと、買い物はコープこうべがほとんど。

 ちょっとカルチャーショックだった。まあ本命はローンの借り換えだが、知っていたはずと街中を妻と歩いてみると別の世界を体験した。

2009年1月18日 (日)

今日もすきなスーパー銭湯へ

001_3  最近は、早朝に目が覚めることがなくなった。それで今日は、7時50分ごろはじめて目が覚めた。

 満足の睡眠で起き上がり、トイレ、洗面に向かう。

 昨日用意しておいた手作りパンが朝出来上がっている。

 昨日まで2,3日は普通のパンを食べていたが、やっぱり自家製パンがいい。

 ゆくっりしていると10時を過ぎてしまったが、地域で手伝ったいるビラの折りと配布に行くため、テレビを見ながら折る作業で小一時間。サンデージャポンが面白い。

 11時半ごろになって、ようやく武庫之荘駅近辺に配布に。しばらく回っていない間に、閉まってしまった店がちょいちょい目につく。近くにコーヒー豆を売っている「CAFE 豆珈房」が開いているのが目にとまり、配布を終えてから買いに行った。

 9年ほど珈琲の木を育てていたということは聞いていたが、今年その木を枯らしてしまったということで嘆いていた。エキストラブレンドだったか、前に買ったヨーロピアンブレンドよりまろやかということでそれを選んだ。

 それでもう12時になっていたが、そこからダイレクトに尼崎市市役所近くの「やまとの湯」へ行く。

 雲行きがあやしくなってきて、途中から雨が降り出したが、そのまま湯をめざす。

 もう雨宿りか、入浴か分からない。 

 まあ施設に入るとホっとして浴場へ。ひととおり各コーナーに浸かり、20分ほどで上がる。

 まだ雨は降り続いていたが、雨の中を帰るしかない。

 尼崎市役所横の公園で、まえから気になっていたライオン像を撮影する。シンガポールならマーライオンという言い伝えの像があるが、このライオン像は説明の文もない。

 ちょっと気になる。

 また濡れる中を家に帰る。そのまま昼食で残りもののカレーを食べ、買ったばかりのコーヒー豆を挽き、味わう。なかなかいい。

 あとはゆっくりと時間を過ごす。

 テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」では派遣きり問題を当事者の労組代表と大阪扇町で支援活動している男性がゲストで実態を話していた。勝部氏の発言はますます嫌いだが、実態をよ分かっていず、派遣村に集う人を半分批判しているようなことを言っている。 

 湯浅 誠氏の「半貧困」岩波新書を読んでいるが、多くの実態は、2世代にわたって、まずしい生活を強いられる例もある。そして生活保護を申請した場合、福祉事務所の対応は法律違反に場合もあったり、狭き門にしている。

 テレビのそのゲストの発言でも、雇用保険も加入も期間が短いと加入できないようにされていて、解雇になったらとたんに生活がえできないという問題が多くおこっているということだ。 たしかスウェーデンだったか、解雇などで職を失っても、政府の政策で職業訓練をすべて受けられて、おまけにそのときに給料も出るというらしい。大きな違いだ。

 それに大企業の経営者は、国民全体への貢献をしようなどという了見がまったくないのではないかと思う。

 たまたまだが、「そこまで言って委員会」の後の番組で1900年ごろからの大事業家、松方幸次郎を紹介していた。彼はその番組が正確なら、日本人と国のためにという思いで事業の利益から、世界の、とくにヨーロッパの美術品を買い続けた。圧巻は自分の屋敷にはその絵を一枚も持たなかった。家に修理にも無頓着だったという話だ。

 大企業はその儲けを社会貢献に役立てる心意気がほしい。太っ腹であってほしい。やはり戦前より品格のある企業家が育っていないのではないか。

 資本主義か共産主義とかいう次元の話ではない。 

 人としての品格、上杉謙信、直江景続の「義」の思想は、日本にあるすばらしい宝だと思っている。

 弱いものには力をかす。うそはつかない。人の約束を守る。人を裏切らない。金で心を売らない。 

 今その思想がもっと人の中に浸透してほしい。

 「そんなきれいごとで大人の社会は運営できないよ」という人もいるだろう。僕のおじさんたちに子どものころよく言われた。

 ぼくに言わせれば、子どもも大人もない。人間の美しい部分は守っていくべきだ。広がっていくべきだ。

 002_2 まあ話がどんどんとてつもない方向に行きそうなのでこの辺で止めるとして、夕方マイビアンキ車を洗車した。

 また明日も気持ちを入れ替えて、自転車通勤と仕事に出かけよう。

2009年1月12日 (月)

旅行を終えて、読書三昧の一日 満足

002  スキー旅行から帰って、昨日からはよく寝られた。

 とくに予定もなく、ひさしぶりに自宅での休息を楽しんだ。

 旅行の間にアマゾンで申し込んでおいた本も届いていて、ざっと流し読みした。

 昼からは、昨日も旅行に持っていって、行き帰りの飛行機の中でひたすら読んだ「第一感 blink(ひらめき) The Power of Thinking Without Thinking」を5時までかかって読み終えた。

 読み終えて分かったのは、第一感というのは、けっして根拠のない感覚ではなくて、経験と体験に裏打された、プロのスキルの中で生み出されるものだということだ。ただ、2秒ぐらいの間にその結論は出る。

 考えて答えを出すというよりも感性である。

 著者マルコム・グラッドウェルは、雑誌「ニューヨーカー」の専属ライターだが、あるきっかけで自分の髪型を生真面目な短髪から、アフロヘアーにしたことで、警官から職務質問を受けた。そのことが人間の第一印象のもつ意味を調べようと思ったということだ。

 何通りかの切り口から分析しているが、人間は、超危険状態を感じたときに、血液が一点に集約され、その第一感も見れなくなるという部分が面白い。それはアメリカで低所得者の多い地域を警備していた警官が罪もない一般市民の青年をあやまって銃殺してしまった事件がその分析の例として語られている。

 ぼくは戦争の現場の兵士を思い浮かべてしまった。自分の視界にあるものが、冷静に見れなくなるのが本当にあるのではないか。イラク戦争でも一般市民が銃の犠牲者になっているのもそのことに関係してと考えられると思った。

 ただ著者は、それも訓練によって克服できる例を示している。

 人間の脳のメカニズムのいったんを調査、分析しているところは敬意を表する。なかなかの力作だ。

003 読み終えたあとすでに5時。日が落ちる時間はじょじょに遅くなっていて、まだ薄暗い感じだ。

 妻はパソコンに余念がないので、ご飯をたき、前々から行こうと思いつつ、行けなかった「ユニクロ」へセーターを買いに行くことにした。

 ユニクロひとり勝ちとよく言われるが、店に入ると確かに安い商品が多い。セーターも900円1着、1980円1着、2190円1着と3着も買った。

乗っていった自転車は、愛車の一つ、GIOSフレームのマウンテンバイク。しばらく乗っていなかったが、また意識的に乗りはじめた。この冬一度シングルロードを走ろうと思う。

 まあ、今日の休みは旅行の翌日だけにありがたい。自分の家が新鮮に感じた。

2009年1月 3日 (土)

兄貴夫婦がやってきた

001  正月も早いもので3日目を迎えた。 

 今日は兄貴夫婦がやってくるというので、朝から掃除と片付けをした。

 昼食会を兼ねてやってくるので、昨日お寿司の予約をしておいた。

 12時ちょうどに兄貴たちはやってきた。聞くとこの1月で定年(60歳)を迎える。それでなんと大学院の申し込みというか、受験の手続きをしているという。

もともと経済学の研究会に所属して、活動していたからその方面の研究は得意分野らしく、退職後のライフワークとしては、計画していたらしい。

 最近通勤の駅の階段で段を踏み外し、じん帯断絶という事故にあったらしく、50日の松葉杖生活をしていたらしいが、今はすっかり直っている。ただ考えかたはポディティブなほうで、その50日も貴重な体験として受け止めていて、障害者の体験が目線を変えて回りをみれたと言っている。

 義理のお姉さんは病院勤務で栄養士だが、その病院の老健施設に配属されて、仕事がゆったりできると喜んでいた。

 人間あくせくする職場はたしかに精神的にもよくないことは間違いない。

 ぼく自身もときによってタイトな業務を強いられるが、できるだけ慌てないようにしている。前にも書いたが、通勤中は決して時計を見ない。

 正月という異空間であればこそ会えるわけだが、定年ということが兄弟で現実のものとなってくると、自分自身も考えないといけない。

003  今日は基本的に家にじっとしていたわけだが、ちょっと夕方外の空気が吸いたくなって、コープに買い物に行くことにした。ただ店が開いているかどうかも確かめずに行った。

 ラッキーと思ったが、コープ立花は営業していた。角砂糖とシャンプー詰め替えを買うのが目的だったが、ついでに日本酒を買ってきた。

 白鹿生吟醸。予想どおりうまい。

 正月にはぴったりだ。先日買った紙パックの日本盛「晩酌」があまりも不味かったので、今日は満足だ。

 話はもどって、兄貴はじん帯断絶、つまり捻挫のひどい状態だが、僕はこのかた捻挫という事故になったことがない。

 やはり自転車通勤はその面でも筋肉と骨の老化を防ぐ役割を果たしているのではないかとひと思う。それに関連して体の平均(バランス)感覚は、それ以上に研ぎ澄まされるではないかと思う。100%とは言えないが、同じ年の人と比べると老化は遅いように思う。

 むしろ通勤で渋滞の自動車の脇を通るときのバランス操縦は、結構緊張もあるが、ほとんど止まる状態までもっていくことはできる。

 どちらにしても自転車に毎日一定の距離で乗っているということは、あらゆる面でメリットを生み出していると自覚している。

 まあ事故と病気は大敵である。

2009年1月 1日 (木)

2009年新年がやってきた

001  大晦日は、紅白歌合戦をなんとなく見ながら、年か明けるのを待つ。

 今年はとくにその歌手の中で感動はなかった。

 11時45分にその番組が終わり、慌てて防寒具を着て、外へ出る。

 新年早々の初詣と、Uさ宅への訪問が行事になっている。

 初詣は、JRの線路に近いところに須佐農神社がある。まだその地域が村だったときの雰囲気が残っていて、境内は小さい。

 それでも長い行列ができかけていた。

 002 特に願い事もないが、だいたい「いい年になりますように」と拝んだところで、現実は去年も厳しかったし、まあ一応手を合わせた。

 今年は、社務所で「あま酒」を振舞っていた。

 5人でいったが、「甘すぎる」だの「ちょっと甘酒っぼくない」とかうるさい。

 そのあとそのすぐ向かいに家があるUさん宅にお邪魔する。

 ビールと酒とワインで乾杯し、今年からはじまる裁判員制度について花が咲く。というのは、わがマンション16世帯でなんと3件が裁判員候補に上がったということが発覚したのだ。たしか30万人に一人の確立と聞いていたので、あまりにも高い確立で選らばれていることに驚く。

 午前3時を過ぎたあたりでようやく腰を上げ、その家を後にする。

 しかし地域の家族のつきあいは、本当に大事にしていかないといけない大切なものだと思う。たわいのないことを語り合えること自体がしあわせなのだと、今日神戸新聞の「今年私が願うこと」で投稿で木村葉作さん(56歳)が同じようなことを書いてあるのを見て思った。

 家に帰ってたおれこむように布団に入り、朝おきたのは、なんと朝10時半だった。それでも眠たい。ちょっと夜更かししすぎた。

 004

 和歌山の長男が彼女を連れて、昼に来るというので、昼食は、それを待っていたが、なかなか来ないので、午後2時ごろだったが、妻と二人で、おせちを食べた。

 そのあと1時50分からサッカー天皇杯があるので、テレビ観戦する。

 トヨタ杯でのマンチャスターユナイテッドに向かっていったガンバ大阪の感動的な試合を見たあとなので、その西野監督を注目しているが、今日も柏レイソルにガンバ大阪が対決する。

 結果はガンバの試合好手で1対0で勝利した。

 西野監督が目をうるましていたのが印象的だった。

 それで今年の目標というか、キーワードを考えたが、「下向きに、前向き」ということが浮かんだ。

 肩書き、成果への評価などを重視せず、あくまでのたわいない、評価もないがうれしいこと楽しいことを自分で意識し、満足し、そして何事も暗く考えず、前を向いていい面を考えていこということだ。

 今年はまた暗い事件や、経済の悪化に一喜一憂することが目に見ているが、自分のまわりを一歩一歩見つけていけば、そんなことに動揺することもない。

 自分の足元をしっかり見つめていきたい。まだまだ修行だ。

2008年12月30日 (火)

年賀状作成は全家族を掲載できた。

09  今日は、やっとすべての仕事をやりこなし、ただ若干の銀行と郵便局の入金、振込みが残っていたので、それで朝は過ぎていく。

 尼信では、昨日よりは混んでいないようで3台あるATMはすべて空いていた。

 続いて郵便局へは、米代の振込みに行く。これは1週間前に納品してもらっていたのだが、その振込みを、年末の忙しさにすっかり忘れていた。

 郵便局もATM}は2台とも誰もいない。すばやく振込み作業をする。

 これでやっと支払い関係は年を越す前に終えることができた。

 マンションの会計に仕事も、一昨日の餅つき、忘年会のための出金を処理し、帳簿に記帳した。

 これで午前中はすぎてしまった。

 さて毎年この時期の課題であるる年賀状の作成であるが、今年は家にいるのは4人なので、これで写真年賀状は済まそうと思っていたが、まず「筆まめ」のソフトの技術を会得して、娘のシンガポールでの写真をはめることができた。

 そしてこれはまったく偶然だが、家を出た長男がたままた家に来たので、すばやく顔写真を撮影。ラッキーにも6人家族全員の画像をはめ込むことができた。

 思い起こせば、もう20年以上前から、家族全員の写真年賀状をそれも途絶えることなく、出し続けてきた。

 残念ながら子どもが外国に行きだしてから、誰かははめ込み写真にならざるをなかったが、去年の実母の死去のための喪中はがきを出した以外は、ずっと続けている。

 それは、写真年賀状がいまのように普及するずっと前からのことだが、ぼくのこだわりがあって、幾百万の文章より、近況の家族写真のほうが、すべてを物語ると思ってきたのだ。

 子どもたちのそのことは分かっていて、演技なしでも、短い時間で、みごとな写真ができる。

 

 というわけで上の写真が一足早い2009年の年賀状です。

 事前の公表になってしまったが、ブログを見てくれておられる人には、正月をまたずに公表します。毎年送っているところには、年をあけてお届けします。

 みなさん2009年もよろしくお願いします。

2008年12月28日 (日)

マンション餅つきと忘年会を役員として

Cimg9887  自分のマンションでは、13回目になるか、入居した次の年から始めた「餅つき大会」を今日やった。

 16件の住居で各階4件づつが持ち回りで役員を交代するのだが、今年は自分の階がその当番のため、このイベントの準備から当日までは忙しい。

 15臼をついたが、結局3時間ぐらいかかる。

 これだけ小規模のマンションでついているのもめずらしいのではないか。

 日ごろはみなさん忙しく会話することも、年2回の大掃除と餅つき忘年会ぐらいだが、この集まりは意義がある。

 Cimg9880 Cimg9885 Cimg9889 Cimg9888

 ところで、餅をつく杵は、年が立つとぼろぼろになってくる。

 今回も1本それがあり、カンナで削りまくった。

 

 もう1本も使い物にならないので、家の庭に戻って、先をのこぎりで切った。Cimg9882 Cimg9883

 しかし、これは手で切るのが相当つらい。

 しかし何とか切り落とし、カンナでまわりを削って、結局これがメインの杵として使われた。

 バックミュージックにアルスとビギンのCDを流した。こういうときの音楽はムードを作る。

 12時過全部のもちがつきあがり、この地下駐車場で昼食会兼忘年会を催した。

 ビールと焼酎、この焼酎は奄美大島出身のSさんが現地から送ってくれた「里の曙」という銘柄で、まろやかだ。それぞれ乾杯し、豚汁とすしを食する。

 一息して、各家庭の近況報告を出し合う。60歳になった人、子どもが2人ともその子(孫)を生んだこと、地デジの39インチテレビを買ったこと、会長は、入居2代目の息子さんなのだが、いまだ独身で来年結婚の決意をのべた。

 僕は、自転車通勤生活とブログを続けていること、妻、子どもの近況を報告した。

 まあ、しかし住んでいる町、マンションの住民どおしのふれあいは、煩わしいと思う人も中にはいるだろうが、今とても貴重な財産ではないかとぼくは思う。

 まあ、今日で自分に関わる行事はすべて終了した。あとは年賀状作成と家の大掃除だろう。明日はローン借り換えの件で、職場のあるなんばにいかないといけない。まあ、自転車に乗るチャンスと思えばいいだろう。

2008年12月27日 (土)

休暇満喫!天気も良好!

001_2  今日は待ち遠しかった年末の休み初日。昨日は忘年会で、やはり日本酒を飲みすぎ、JRを降りた帰り道は気持ちよさと、飲酒歩行で寝ながら歩いていた。

 さて今日はそれでも朝5時30分ごろ目覚めから覚めた。

 7時前に起き上がり、いつもの朝のスケジュールをこなし、今日やることを考えていたことに向け、いそがしい。

 まず3日ほど前3男が修理に出していてくれた愛車プレーリーを取りに行く。

004_2   今回の修理は、故障というよりも、5月の車検の時、ファンベルトを交換していたが、そのベルトが緩んだらしい。

 それで最近「キー、キー」と音が目立ちだしたのだ。

 その車を取りの行くため、折りたたみ自転車で勝本モーターまで走る。

 それにしても、結構寒い。ただ路地道を走るのはおもいろい。その途中に八坂神社があり、正月の準備をしていた。

 さて勝本モーターで車をもらい、今度は明日実行するマンションのもちつき大会のために、そのとき湯を沸かすための燃料、プロパンガスの小型タンクを借りに行く。これは同じ南武庫之荘地域に「阪神瓦斯」という会社がある。

 2機借りて約4,000円先払い。安いか高いかわからないが例年その値段だ。

 それを家に持ってかえり、今度はその車を使って、ホームセンターに行く。というのは、もちつきの関係で保存している机を先日チェックしていて、足が2本ないお膳があったのだが、それを修理すると約束していた。

 ホームセンターでは比較的早くその部品を見つけ出した。「おお、縁起がいいぞ」と単純に思ってしまう。

 ついでにいろいろ買ったが、今日はこのロイヤルホームセンター(山幹線と産業道路の交差点近く)は、結構駐車場に入り車が多い。

 002_4 さて、今度は、趣味でもあるスーパー銭湯への入湯。今日はそこから行きやすい、つかしん「湯の華廊」をめざした。約10分で目的地に到着。

 すでに時刻は11時半を過ぎていたが、食事もここですることにしたので、気は楽だ。今日も広い施設内とためと、浴槽の温泉の刺激が、気持ちをゆったりさせてくれる。 

 003 そのあと館内にあるレストランで「びっくり天ぷら丼」というのを頼んだ。天ぷらはたしかにえび、ごぼう、しそなど量は多いが、下にかくれているご飯が十分暖かくないのが、食欲をセーブしてしまった。まあ当たり外れはあるが、今日ははずれだ。

 しかし、昼食はここで済ましたので、家に帰ってもまだ1時前だった。

 体はあったまっていい気分だが、そのままリビングデで動けなくなりそうなので、すぐお膳の修理にかかる。ネジ釘の形状が、先が尖ったものではなく区具合があって時間がかかったが、なんとか4本固定の成功した。

 家に帰って、コタツに入ると動けなくなる。年賀状の原稿の準備をしようとパソコンのスイッテは入れたが、作業にたどり着けず、テレビの北京オリンピックの特集に釘付けになる。

 そのままうとうとしながら夕方5時になり、BSハイビジョンで3月から世界をエコツアーで回って、それを公開してきたツアーが世界一周を達成し、今日はそのゴールである琵琶湖の高島町でその体験者、田代、柴崎アナウンサーが出ていた。

 世界中を見渡せば日本のようなエネルギーの近い方は少数で、水が貴重な資源で大事にだいじに使っている国の方が多いという歴然とした事実を再認識した。そのことを2人の体験アナウンサーはもっと重い言葉で語っていた。

 NHKとしてはいい企画だろう。

 世界にはまずしい国が山のようにある。戦争などしているときではない。少なくとも同じ人間として、先進国の一員は、まずしい国へのなんらかの援助を、それが利害関係に左右されることなく、実行するべきだろう。アフガニスタンで殺された伊藤さんは、まさにその援助行為をしていたのだろう。

 この休みは読書はもちろんだが、テレビ番組もよくチェックしていい番組はできるだけ観賞しよう。

2008年12月26日 (金)

業務収め 雪が降る

001  今日はいよいよ業務最終日。今日のゴミの回収のためにためておいたゴミが山のように出てきた。

 パソコンの故障品、燃えるゴミ、書棚、さまざまなゴミを一機に廃棄した。

 一時3人ぐらいの職員が集まり、人海戦術とはたいしたものだ。すばやくゴミが大型回収車の回収口に飲み込まれていった。

 そうこうするうちに夕方になり、まだ新年から新しく来る人のためのパソコン立ち上げ作業が残っていたが、それもなんとか5時までに完了した。

 今日の夜は、仲間による忘年会。職場からしばらく歩いた繁華街にその店があり、3人で先に行く。そのうちあと3人がやってきて、なにせ3980円、1時間半一本勝負という時間制限の中での宴会であったが、この1年を振り返り、仕事について愚痴もあるが、今後の展望を語り合う。

 日本酒を頼み、結構酔いかが回ってきた。時間が来てその会場を後にしたが、外に出手南の繁華街は忘年会の真っ盛り。

 王将を目指したが、先客の待ちがいっぱい。結局そこで宴は終えることにした。

 今年の終わりとしてはあっけないというか、例年より2日早い仕事収めではあるが、それなりにけじめのついた宴を終えた。

2008年12月23日 (火)

新年の初歩きチラシ配り、 その後やまとの湯へ

002   つかの間の祝日。まあこんな日もあっていい。

 年末の休み直前ではあるが、ほっと一息できるので有効だ。

 それに今日は天気がよく、気温は低いのだが、日差しがそれを和らげてくれる。

 朝おきてできるだけゆっくり事をおこなう。昨日作っておいた1月2日実行の山歩きのチラシを少年団の各確定に配るため、午前中はそれが、今日の課題とした。

 しかし、なにやかやで、家を出たのは、午前11時前。手袋なしでも耐えられる温度だ。

 途中、時間を気にせず、コーヒー豆販売の喫茶店で豆を買ったり、尼崎信金のATMへ行ったリしながらの、配布だからよけい時間がかかる。

 移動は、20インチタイヤの折りたたみ自転車。ペダル回転を最大にしてもスピードはしれている。だが、街中をなんども止まりながら走るには都合がいい。

 一件最近引っ越したところを探したが、かなり時間がかかってしまい、携帯電話で家を聞いた。

 001 なんとか20件ほど配り終え、もう12時20分ごろだったと思うが、「やまとの湯」(スーパー銭湯)に浸かりにいく。この予定は、先週から楽しみにしていた。

 風呂に入って、やはり大満足だ。たかだか780円だが、温泉に行った気分にさせてくれるし、温泉の成分が体の疲れを取ってくれる。

 もう今日の出来事は完結したような気持ちになる。

 家に帰って、食事を取り、テレビで西村京太郎「日光~鬼怒川殺人事件」を見る。

 夜になるのはあっという間に感じる。

 

 ところで、昨日のニュースでは、トヨタ自動車がどの期間を指しているか、確認していないが、1500億円の赤字だと記者会見していた。昨年まで1兆円の黒字を毎年出していた中で、たしかに急激な世界的不況の影響をもろに受けていることはまちがいないが、それにしても、この発表は、派遣労働者などを切り捨てることの言い訳になりそうで、怖い。

 経済評論家の中には、自動車産業が後退すると日本経済全体に大きな影響をあたえると述べているが、しかしこの30年ぐらいの中で、どれだけ自動車による損害経費が出てきたか、表に出てきていない。

 交通事故による死亡、傷害での医療費、人的損害、あらたな障害者の創出、救急、警察の出動経費など計り知れないものがある。

 その中での自動車業界の反映であり、いまだに子どもたちは、安心して公道を歩くなど夢の夢だ。

 ぼくは自動車はもっと少なくなるべきだと思う。その分他の交通機関の普及で社会は変わるはずだ。

 人間の健康という面でも、自動車の普及が、人間から歩くという基本的行為を弱めてきた。ごく近所まで行くのに車を使うこともあり得る。つまり不健康、メタボを作り出した大きな要因の中にも、車の普及、中毒がある。

 トヨタが崩壊しても、他の産業で経済がなりたつ社会を作ろうではないか。公共交通しかり、自転車産業しかり、社会保障への投資などきっとできるはずだ。

 自転車の普及運動をもっと起こそう。それによって自然に車が減ればいい。すべての地方自治体は、公共交通の普及に本格的に取り組むべきだ。多少赤字でも、さきの展望があればいいではないか。

 その点、路面電車の増設と、街中心部への車の規制、自転車の普及。疋田 智さんの本でも言われていることだが、いまやヨーロッパなどでは、先進的モデルになりつつある。

 だからトヨタの売り上げダウン大歓迎だ。

2008年12月21日 (日)

人仕事終えた後の日曜日

002_4  昨日は自分のスケジュール的には大きな山場だったが、それも無事終わり、今日はホットつかの間の一日である。

 しかし、それでも仕事はあって、マンションでの冬の大掃除がある。

 午前9時にスタートし、10時半にはほぼ、やり終えた。16件の家からほぼその作業に参加する。

 こういった行事も、ほとんどの家庭が一同に集まる貴重な機会なので、いろいろ情報交換の場にもなる。

 ぼくは、今年は管理組合の役員なので、妻と作業後のビールとジュースの用意をする。買出しは妻が昨日やってくれていたので、助かった。

 それにしても、この前インターネットの通信方法をNTTコムのADSLから、ベイコムのケーブルテレビに切り替えたが、NTTコムでのモデムの返還の案内が来ていた。

 それはわかっていて、モデムを保管していたのだが、今日になって、そのものがどこにもない。「これはいったいどうしたことだろう」。

 一応周辺を探したが、どこにもない。最近長男に家のパソコンをあげたが、そのとき間違って持って帰っていないか、携帯で問い合わせが、それはないらしい。

 まあ、違約金の請求が来れば払うしかない。腹をくくって、あきらめた。

 

 昼は、うとうと居眠りをし、目覚めてからは、「たかじんのそこまで言って委員会」を見てしまい、3時からおもむろに庭の木を切ることにした。

 すぐれもの延長枝きり機の切れが悪く、途中歯を分解して砥石でといだ。

 切れ味がよくなり、葉を全部落とし、枝だけになってしまったすももの木を切る。そしてナンテンの木もたくさん増えすぎたので、のこぎりで切る。まっかな葉がきれいだ。

 近所の人らしいおじいさんが、「これも切ったほうがいいよ」と庭の外にはみ出たぶどうを枝を指差した。

 「わかりました」と言って、言われるとおり切った。

 今年もあと10日。大きな行事は、あとマンションのもちつき大会・忘年会だけだ。28日にやる。

 今コンパウンドクランクの自転車を手に入れて、六甲を登ることを考えている。

2008年12月20日 (土)

職場のデスクの移動と少年団クリスマス会といそがしい

Cavapfyb   この2週間ほど、オフィースの模様替えと、デスクの移動のめぐって、その企画責任者になり、気分的にかなり大変だったが、担当してくれた業者の努力と、事務所内でのたびたびの話合いの甲斐あり、本番に今日は、結構スムーズに事が運んだ。

 しかし、今日は月一回の役員の会議もあり、その準備もしつつ、朝から業者の手で移動をおこなった。

 それにしてもゴミが出るわ出るわ、まあ年末には丁度よかったもしれない。

 そのこともあって、通勤は今日は、電車にした。

 土曜日だというのに、思っていたより乗客は多い。まあ、それでもJR、地下鉄とも座って移動できた。

 会議を抜けて、配線の業者への指示と、一度はずした各自のパソコン14台の付け直しを一人でおこなった。

おかげで、作業を終えたのは午後6時半になった。

 ようやく山を超えた気持ちだ。帰る途中、ごく近くの湊町リバープレイスにつながる以前問題にした人道橋「浮庭橋」が完成しているらしく、渡ってみた。

 なんとも豪華な橋だ。うわさでは百数十億円かかったという。

 まあしかし出来上がったからには、使わない手はない。まあ見た目はなかなかいい。 

 疲れた仕事を終えた後だけに新鮮な気持ちで橋を見た。

 その後地下鉄四ツ橋線で梅田に行き、JR大阪駅の中を通って、阪急「梅田」に進んでが、JR大阪駅構内は、様変わりしていた。駅中央は、工事中。阪急に通じる歩道橋は、ルートが変わっていた。

 考えてみると、この駅には長い間来ていない。

 阪急電車で「武庫之荘」へ。

 その近くに西富松会館で流れ星少年団のクリスマス会をやっている。父母は、忘年会の最中だ。母親が多く、酒も入って、会話がかしましい。

 まあしかし地域の母親、父親、青年、子どもたちの集まりがあるということは、やはり貴重だ。

 金麦2本ともう1本発泡酒を飲んだが、酔わない。

 まあ、しかし今日は大事な課題を2つ終えた充実感があった。

2008年12月14日 (日)

久々の自宅休養

001   昨日は結構ハードな日課だった。

 それでも昨日一日は一切他のことを考えず、一心不乱にみかんの配達だけを考えていた。

 それはそれで、ストレス解消なのかもしれない。

 しかし肉体的には、だいぶ疲労を感じた。

 尼崎の園田を除いてかなりの部分を走ったわけだが、まったくはじめての家をさがすときはたいへんで、またあたりが暗くなってからの家の確認は、たいけんだった。

 それにしても、今携帯電話に豚サンタのストランブをつけている。うしろポケットに携帯を入れて、それがはみ出していると、結構目立つようだ。それでクリスマスまではつけておくつもりだ。

002   ところで、夜に晩酌で、日本酒を飲むときは、シンガポールで買ったガラスのお猪口が気に入っている。マーライオンがいい。 今日朝起きたとき、予想どおり疲れが残っていて、7時を過ぎても布団から出られなかった。

 それでも7時半には、起き上がって、朝の支度をし、昨日納品しきれなかった家の情報を確認のため、パソコンを開いた。

 正しい地図をグーグル地図で確認し、うまく現地を発見できた。

 午前中、そのあと一件最後の未納宅に配達を終え、妻とホームセンターに行った。

 午後からは、することもなく、テレビを見ながら、居眠りしたり、テレビに目が行ったり、ちょっとぼーとしていたわけだが、3時半からは、なぜか立ち上がり、切れた電球をつけたり、買ってきたプラスチック箪笥にセーター類を入れたり、その部屋を掃除したりと、体が動き、もろもろ一切に手がでた。

 おかげで、寝室でもある和室が見違えるようになった。ついでに庭の伸びきった葉っぱもきれいにした。

 午後というのは時間の立つのが早いもので、もう5時を過ぎ、あたりはまっくらになってきた。

 夕食は妻にまかせるわけだが、ごはんを炊くのと、風呂の準備をした。

 夜は、「篤姫」を見る前に、いつものダッシュ村が今日はサッカーに替わっていたので、たまたまNHKBハイビジョンにチャンネルをあわせると、オスカー・ピーターソン特集があり、小曽根 真が解説をしていた。

 彼は以前別の番組で、ニューヨークで活躍する日本人ジャズピアニストとして紹介されているのを見たことがあるのだが、オスカー・ピーターソンの奏法を、難なく再現できるのを見て、見ごたえ満点だった。

 ぼくはジャズピアノは、演奏できないが、あの音色を引けるようになりたいと常に考えている。見ごたえがあった。

 毎週見ている「篤姫」は最終回。明治に入ってからの政治の動きがよくわからない。案内簡単に、薩摩の下級武士だった西郷隆盛や大久保利通が、権力を握ることがなぜできたのか、まったくわかりにくい。

 篤姫の存在自体、このドラマではじめて知ったわけだが、小松タテワキも初めて知った。

 最後は二人の精神的恋愛というか、そのように描ききっているが、そこは辻褄があっているから、おもしろい。003

2008年12月13日 (土)

みかん配達の一日

002  今日は一年に一度恒例であるが、流れ星少年団父母会の取り組み「有田有機みかん」の産直販売をおこなった。

 つまり、和歌山の生産者Mさんから大量にみかん10kg箱入りを購入し、今日1日で配るきる。

 注文数はなんと75箱だから、自分でも驚く。

 一部宅配便での配送もあるが、ほとんどは、医療生協病院関係者と、流れ星少年団関係にみずから配っていく。

みかんそのものは、一年間で一度しかワックスを散布しない無農薬に近い自信作だ。

 朝11時前に和歌山から運送業者の便で運ばれてきた。

 001

おやじーずメンバーTさんの協力で、午後一時までは、数件配送した。

 そのあとは医療生協病院に行き、流れ星少年団の父母であり、病院の医師でもあるU女史の案内で病院内を配りまわる。

 実際はUさんの提供による箱も多い。しかしかなり喜ばれているようだ。

 しかし、副委員長のUさんみずから各病棟詰め所に配りまわるのだから、なかなかできることではない。それだけ大衆的な先生だ。

 子一時間かけてくばり終えると、いよいよ自宅配送の家に、そのUさんをともなって、約30件ぐらい配りまわった。

 実績があり、家を覚えているところは、思い出しながらでもなんとか配れるが、はじめての家でしかも、結構入り組んだところは、かなり四苦八苦した。

 それで、日はどんどん暮れ、午後7時までかかって配り終えた。

 結構地味な活動だが、毎年注文が増えている。それでやめるわけにはいかない活動だ。

 しかし正直疲れた。

 家に帰ってからにビールがうまかった。

2008年12月 5日 (金)

突然の天候悪化、雷雨に怯む

001  朝起きると外は真っ暗。そのうち雷が鳴り出す。

 予期せぬ雨と、暗い朝。気持ちも暗い。

 しかしとにかく今日は週末ということで、元気を取りもどす。

 それで通勤はやむなく電車通勤にすることにし、今日から読み始めることになる疋田 智氏の「自転車の安全鉄則」を通勤中によむことを楽しみとした。

 それで行きの電車の中で読みはじめたわけだが、はじめから共感の連続だ。

つまり日本の自転車事情は、8000万台の普及という他国にまさる普及率がありながら、自転車交通政策がずっとまちがっていたため、国民全体の中に正しい自転車交通マナーが周知されていない、ということが書いてあった。

 まだ最初の部分を読んでいるところで、疋田氏については、大阪サイクルモードでの講演を聞いて、ピット用自転車の普及について、ノーブレーキの問題、道路逆走の危険への警告が強調された。しかし僕が強く主張する「信号無視」の問題が話されなかったので、ちょっと物足りなかったのだが、この本の「ルール遵守の意識のゆるさ」という項で、ちゃんと信号無視への批判を書いていた。

 ただ、自転車の特性として、順調に走っているときに信号で止まるのは、つらいということは分かると書かれている。

 しかし僕はそうは思わない。しっかりとまって、もう一度発進で力を入れることは慣れれば、逆に付加がかかるので、それはそれなりにいい。

 それに関連して、信号で待っているとき、横の棒や、柵に手を伸ばして、両足をペダルに乗せたまま停車する姿をよく見る。自分もすることがあるが、これは発進しにくいし、手を離したとき不安定だ。

 ぼくはたいていしっかり左足をビンディングからははずし、地面につき、サドルの前にお尻をのせる。このほうが、発進時、左足でキックし、右足でペダルを踏む。

 まあ信号無視の危険性を指摘しておられたので、「よし」と喜んだ。

 今日は結局自転車通勤をやめたわけだが、雷は実際怖い。周辺に高い建物がないとしたら、雷がぜったい自分に落ちてこないという保障はない。とくに淀川大橋を走っているときは一番危険だろう。

 なにせ800mの幅の川にかかる橋であり、ちょうど真ん中は一番高さがあり、まわりは何も障害物がない。雷が光って、すぐにでも大きな音がしたりしたら生きたここちがしないだろう。

 というわけでその雷が決定的な判断材料となり、自転車通勤をあきらめた。

2008年12月 4日 (木)

つかの間の休日、ローン借換書類の申請に

001   昨日ぐらいから家の庭の鉢植えもみじがきれいに紅葉してきた。きれいに紅葉するのははじめてだ。

 思わずチェッターを押した。

 今日は、第二土曜日出勤した代休を取った。

 ちょうど職場に営業に来たみずほ銀行から個人住宅ローンの借換を勧められ、見積もってもらうとあと10年で今より100万円安くなろと聞かされ、今日その必要書類を所得するため、出かけることにした。

 住民票、住民税決定証明書、不動産登記簿謄本、印鑑証明などを手に入れるため、関係所轄の役所へ行く必要があるわけだが、どこにあるのか調べる必要があり、インターネットで確認した。

 結局、市役所支所と、尼合同庁舎の2箇所でいいことがわかり、まあ5km圏内で済んだ。

003_2 まず家を出て、行ったのは、今のローンを支払っている近畿大阪銀行の通帳に記帳のため、武庫之荘の北側にあるその店に行った。

 先日武庫之荘北側を散策したところに近い。

 記帳するだけなので、時間はかからないが、3台のATM}は行ったときはすべて人が使っていて、ちょっと待たされた。

 実際3年前から記帳していなので、2年分はおまとめ記帳になってしまった。

004  そのまま南に下って、東に進路を変えて、また南に下って、市役所立花支所に来た。最近利用したことがないし、支所の統合の話を聞いていたので、なくなっているものと思っていたが、ホームページで開設していることを確認できた。

 しかし、職員に人は嘱託ばかりなのか、あきらかに60歳を超えた人ばかりが座っていた。

 無事、住民票と住民税決定通知書、印鑑証明書を受けたった。しかし1500円取られた。

006  そのあとは登記簿謄本(建物)をもらいに、法務局に向かった。ホームページを見た限りでは、最初、伊丹市まで行かないといけないように思ってしまった。またオンライン申請もできると案内されていたが、そのやり方は、きわめて複雑だ。それだけで1時間以上かかりそうだ。しかし費用は安いらしい。

 ただもうちょっと簡単に取得できるようにできないのかと思ってしまう。

 神戸支局に電話すると尼崎支局があると聞かされ、「なんだ」という感じだが、安心した。それで、JRを南に渡り、阪神尼崎の方に南下して、そこに合同庁舎があった。

 申請フロアーはまさに不動産屋の社員らしい人、黒に背広姿ばかりだ。何も持っていくものなしで一発で取れるものなのか、ちょっと不安だったが、地番の表示などは、窓口に人が調べてくれて、無事取れた。ただ1,000円払った。

 007

 これで今日のノルマは無事終わり、気持ちが開放されて、それならとそこから案外近くにある「やまとの湯」に直行した。ちょうど時間は11時30だった。

 今日は天気もよくあたたかい。5分ほどで目的地に到着。

 平日は会員だと680円だ。浴場は予想どおり人が少ない。ゆったり入れる。

 屋内、露天の交互に入り、ゆったりした気分になり、浴場を出る。

 008

 今日の移動はもちろん自転車である。

 朝テレビで芸能人の趣味を3人紹介していたが、鶴見真吾はロードバイクにはまっているということで紹介していた。

 ウェア姿の彼はなかなかはまっている。

 まあしかしぼくの方が趣味の体験は長いだろう。

 今日は自前マウンテンバイクで、おもに歩道を通って移動したが、歩道を走るときは極力スピードを落として走っている。

 ときどき車道に出ざるを得ないときは、いつもの通勤のときと違って、ヘルメットもしていないし、とても怖い。

 やはり自転車専用道路の拡張というか、すべての道路に設置してほしい。

 午後からは、読書を予定していたが、籐のソファーに座って読んでいると、完全に居眠りしていた。

 しかし今読みかけだった「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」町山智浩著を読み合えた。ブッシュの評価が初回当選時、イラク戦争開戦時、今といかに変化したかがよく分かった。つまり今はどん底だ。ただそれが彼への正しい評定だろうと思う。

 この8年間はアメリカの歴史の汚点だろう。町山氏も書いているが、2003年のイラク戦争開始がアメリカの世界支配の歴史から脱落して基点だという考えは、なるほどと思う。

 かつてイギリスがそうだったように、アメリカの覇権主義は崩れていくだろうとぼくも思う。

 ちょっといい本を読み終え、充実感を感じた。

2008年11月30日 (日)

コカコーラ社員バンドと競演

001  今日はゆっくり起きればいずだったが、5時30分には目があいた。

 もう一度目をつむったが、6時半には起床。

 いつものように、しかしゆっくりとトイレ、洗面を済ます。

 今日はマンションの共有部の掃除当番月最後の日だ。今日は3人で作業し、30分で終えた。

 今日の行事は一つあって、以前ずっとうたごえ喫茶をしていた「喫茶ケビン」でコカコーラ社員のバンドのライブに、客演すること。

 午後3時ごろから現地にTさんと向かう。

 演奏曲目は、2週間前、民商まつりで演奏した曲を基本に、5曲だ。

 コカコーラグループは、ザ・プレジャーというが、昔のグループサウンズの曲などが多い。

 会場に向かうまでは、そのグループの実力は、セミプロ並とうわさを聞き、ちょっと引き気味だったが、その演奏が先にあり、聞いている間、ワインが配られ、2杯飲んだせいで、気が大きくなり、上がることはなかった。

 ずっと昔、高校時代フォークソングサークルの催しで、ある喫茶店で演奏しあったことを思い出した。ところでそのサークルの先輩にあの“やしきたかじん”がいた。

 まったく雰囲気はいまのままだ。

 ところでその演奏に行く前、テレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていたが、ちょっと腹が立った。

 なんと問題論文で自衛隊を退任になった田母井氏が出演した。しかも元陸上、海上幕僚長もだ。

 いまさらもし日本が他国から侵略されたら、とか核の抑止力としても必要性を、レギュラーの宮崎なんとかとか、勝部なんとかが同調して、反対意見を批判していた。

 ぼくから言わせれば、武器、核兵器の抑止力など時代錯誤だ。日本という狭い世界だけ考え、その国をどう守るかだけを考え、他国との外交を考えるなどスイッチをちがっている。

 ジョン・レノンは言っている。「世界に国境がもしなかったら」と。

 それに日本国憲法9条をないがしろにしてしゃべっている。「ただあれはGHQに押し付けられた憲法だと」とも。あの三宅某はおだいもくのようにしゃべっている。

 ぼくから言わせれば、いまや憲法9条の精神は世界に広がりつつある。正当な戦争などぜったいない。アメリカも旧ソ連も中国も他国を略奪、強姦、大量殺人してきた。

 だから旧日本軍の南京虐殺はなかったとどういう根拠で言えるのか。戦前に軍隊を擁護すること自体、その亡霊の復活を望んでいるとしかいいようがない。

 世界から戦争も軍隊もなくなることが21世紀の使命だと思う。

 今日の番組全体の企画は時代錯誤だ。読売テレビに発言しようと思う。

 もう一つ言いたいことは、戦争がおこれば、イラクでは実際に起こっているが、必ず大もうけする勢力、金持ちグループ、企業がかならずあるということだ。

 かれらには大義名分などうそっぱちだ。日本の三井、三菱財閥しかり、アメりカのネオコン勢力しかりだ。

 戦争にまわす金を、人々の暮らし、福祉、医療に使えをいいたい。

 もう今日の番組で怒りがおさまらなくなってきた。

 まあ自分的には今日の演奏は80点か。会場に常設されているアップライトピアノは引きやすかった。 

 ぼくは歌でも戦争のない社会に進んでいくことを訴えたい。

2008年11月29日 (土)

有意義な学習日

001  手前みそだが、自分たちで企画した職員学習会を実施した。

 土曜日の業務時間の朝9時から12時。ある意味ではまだ頭がさえている時間帯だろう。

 2人の講師を呼んだ。

 一人目は、保険医団体連合会会長 住江 憲勇先生。もともと大阪の理事長だが、全国の団体を束ねた代表だ。

 医療や社会保障に費やす国の費用は、今むりやり毎年2200億円も引き下げていくという方針で、どんどん内容が悪くなってきている。

 それでも日本の医療は、イギリスに比べても最低の保障があり、誰でもが医者にかかると破産するということはない。アメリカではそんなことが起こっている。

 末端の地域から医者も、患者も、団体職員も運動を広げることを訴えておられた。

 二人目は、協同組合の発生、原理から今の発展の方向を研究されている若手研究家、関西大学商学部教授 杉本 貴志先生。インターネットで検索し、メールで直接依頼したところ、受けてくれた。これも何かの糸が結びつけてくれたのかもしれない。

 今や協同組合に関係する世界に人数は8億人という。日本の生協の売り上げは、イオンについで第2位という。

 協同組合は「相互扶助」平たく言えば「助け合い」がベース。

 もともと産業革命時代にイギリスで発生した。最初ロバート・オーエンがマンチェスターで理想の工場を立ち上げのが発端だ。講演は終始プロジャクターでの画像で説明していただいたが、そのころの建物が写しだされた。今や世界遺産になっているらしい。

 ちょっと実際にその建物を見てみたいと、ちょっと感動した。

 わが職場も事業協同組合だが、その世界の一員であることに誇りを覚えた。

 そんなこんなで3時間はあっという間に終了し、会場のカーテンを明けると、気分まで明るくなった。2人の先生には深くお礼を言った。

午後からは、関係の医薬品卸会社の展示会に行った。子一時間見学したが、参加者にもれなく「まろやか紀州梅」の梅干を1パックづつもらった。

 その会場は、天満橋だったので、帰りはまた京阪中ノ島線に乗り、終点まで行くことにした。その天満橋駅に入る前、また大川の眺めを味わった。向こう岸の落葉がきれいだ。

 電車に乗ると、急に疲れを自覚してきた。やはり前日、前々日の飲む会は堪えた。

 005 しかし午後3時半には家に帰ることができ、つかの間の空いた時間ができた。妻は今日は休みでずっと家にいた。

 そのあと今読みかけている本「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」を読む。著者は映画評論家でアメリカ在住の町山智浩さん。

 アメリカ国民の国民性と質はもともとというよりも悪くなっているという見解だ。昔は金持ちの子どものステータスとして軍隊に志願する人が多かったらしいが、今や金持の師弟はかなり低い%でしか、イラクなどには行っていないらしい。

 チェーニーやラムズフェルドなどはもっと悪質で徴兵制があったことも、自分だけはそれをうまくエスケープしていたらしい。戦争反対のためではなく、他人を行かせることは多いにやっていた張本人だから悪質だ。

 ただパウエルだけは本当に戦争の修羅場を体験しているらしい。

 そんな内容が書いてある。結構ベストセラーらしい。

 それから昨日飲む会へ行く途中入った紀伊国屋で見つけた本がある。

 「自転車の安全鉄則」(朝日新書)。疋田 智さんの本だ。読み終えたらまた紹介しよう。

2008年11月28日 (金)

今日の宴会 阪急「服部」は下町だった

Photo 今日は関係の先生が店を開店したということで、激励をかねて利用に行った。

 職場から地下鉄御堂筋線で梅田に出て、阪急電車に乗り換える。ただ梅田について、時間の余裕があったので、紀伊国屋書店で時間をつぶす。

 ここは左側入り口側は雑誌などとっつきやすいコーナーが多いせか、人がやたら多い。

 とくにほしい本はなかった。

 それで、右側入り口から入ると学習本が多いせいもあるが、人通りは極端に少ない。

そのなかでも新書コーナーがこんあところにもあって、一つ目の入った本があった。

朝日新書「自転車の安全運転」著者はあの疋田 智さんだ。

 さっそく買ってしまった。

そのうち時間が来て、3人で改札に入り、宝塚線に乗る。

 駅数は5つほどだから案外早く最寄の駅「服部」についた。

 駅からすぐのところにその店があった。 

 先生は接待をしていた。それに先生のお兄さんも来ていた。

 メニューはてっちゃんなべだが、それに入れる味噌は秘蔵の素材だという。

 それは本当においしかった。

 すでに退職のIさんとの交流もあるが、次のスキー企画の話の確約まで具体化した。

 焼酎は徳島産の2種類。なかなかうまい。また来たくなった。

 まあ連続2日の飲む会だが、2日一緒に行ったYくんは職場の仲間で、彼は酒があまり飲めないが、それでも生ジョッキーをあけていた。

 まあ気心の知れた4人と、オーナーの先生と楽しいひと時だった。

2008年11月24日 (月)

チャイルド44を読み終える

008

 連休3日目、今日は今読みかけの「チャイルド44」を読み終えることを目的にした。

 ただ朝は頭を目覚めさせるため、折りたたみミニ自転車で近辺散歩を試みた。

 ちょっと今日は気温が低い。それに朝から小雨ぎみだ。

 阪急「武庫之荘」駅前の桜は落葉する直前の紅葉があざやかだ。

 春には線路際に満開の花を見せびらかしている。

001  駅東の踏み切りを渡って、好きな通りを目指した。高級住宅地が見えてきた。002

 桂米朝さんの家もここから近い。しかし今日は見失った。

 しかしなぜこの付近だけ大きな家が多いのか。ようするに金持ちが多く住んでいるということだが、住宅専用地域は高いビルなどまったくない。009

帰る途中で近くの大井戸公園のバラ園による。見事はバラが咲いていた。

 名前は知らないが、バラは年に何度も咲くのだから都合のいい花だ。010

 公園を後にしたが、途中で花壇の横にカメラを置き、セルフ撮影。

 この時間はまだ雨が降り続く直前だった。

 012

家に帰ってさっそく読書開始。上巻はあと少しだった。

 そのうち外は雨が降り出し、じっと本を読んでいると、本当に寒い。床暖をつけているのにだ。

 さて、この「チャイルド44」の内容は読み終えてやっと全体が理解できたが、旧ソ連のスターリンが支配していた時代の話だ。

国家保安省捜査官のレオ・デミロフが主人公で、国家のためにひたすら従順に仕事をして、生活も上級の暮らしぶりだが、少年の変死体の捜査と、スパイ(本当は善良な市民)逮捕をきっかけに、妻がスパイで捜査せよと上官から言われる。その後はものすごい展開になっていくわけだが、最後はいい終わり方だった。

 ただ、描かれているソビエト社会はあまりにも異常というか、警察は簡単に疑わしい人間を殺す。どこにスパイがいるかわからない。スターリンが絶対的権力者であり、その下で都合にいいやり方で排他的に自分がのし上がるために、どんなことでもする幹部がいる、などまるで日本の軍国主義社会と瓜二つだ。

 それが社会主義を名乗っていたのだから、民主主義とは相対する社会として「社会主義」は色あせた。

 ただ救われるのは、主人公はあくまでも地位や名誉をよしとせず、自分の職務への忠実なのと、真実をあきらめず追跡しようとするのがいい。スリル、サスペンス満載だ。

ストーリーにどんどん引き込まれ、午後5時過ぎやっと下巻の最後、あとがきまで読み終えた。

 最近熱中する本になかなか出会わなかったので、満足だ。それにこれだけ読書に集中できたことも久しい。

 満足な1日だった。

2008年11月23日 (日)

少年団のチラシ作りで日が暮れる

001_2  連休2日目。このごろは休みであっても仕事、演奏、行事などで出かけることが多い。

 ただし今日は予定がないので、家にいることにした。

 ただしそれなりに用事はある。

 朝は今月中の当番であるマンション共用部分の掃除。

 妻と2人で階段から中庭からエントランスまで箒で掃く。しかし外側の側溝にたばこの吸殻を捨てる人がいる。ちょっと腹が立つ。

朝9時から子一時間で終わった。

 そのあと少年団父母会の仕事で12月に販売する有機みかんのチラシとハイキングのチラシにかかる。去年のデータや、ハイキングは6月に一度案内し、雨で中止になったものがあるので、上書きするだけだ。ただその間に何やかやで昼を過ぎ、プリントアウトに時間がかかる。

 その間に予約していて、すっかり忘れていたが、ベイコミュニケーションの人がチューナーの正しい使用方法について説明に来てくれた。これも1時間ぐらい説明を聞く。

 チューナーで見れているのは、デジタル、BS、ケーブルの3種類のチャンネルということらしい。知りたかったのは、繋がっているビデオレコーダーでのビデオ予約の方法。まあ説明を受けて仕組みはわかった。

 002_2 そんなこんなで時間が過ぎ、2時過ぎから朝作成したチラシを各家庭に配っていった。

 これも子一時間で終わり、コジマでマイビアンキのスピードメーター用電池とパソコン用専用紙を買いにいった。

 今日は比較的午後過ぎたあたりでは温い。

 使った自転車は、古い方の折りたたみ自転車だ。かごがあるので便利だ。

 

 家に帰って、3時半。テレビの前で少しウトウトしたが、本来朝からやりたかった読書に入る。

 今熱中しているのが、「チャイルド44」。トム・ロブ・スミス著だ。ストーリーに引き込まれてしまう。

 4時を過ぎるとどんどん日が暮れていく。

 夜は妻が夕食を支度したが、一応本を置き、風呂と炊飯の容易をする。

 カリンの木がしらない間にソフトボールぐらいの大きさに成長しているのに気づいた。

 確実に冬に向かっている。

2008年11月22日 (土)

講演会梯子の一日

001_2  今日はひさしぶりの土曜日の休みだが、2箇所の講演会への梯子をした。

 一つ目には全国少年少女を育てる会の全国集会が大阪で開催ということで参加することにした。

 場所は、新大阪駅南の青少年文化創造ステーション。はじめていく場所だ。

 JR立花から1本で新大阪までは行ける。

 新大阪駅では、新幹線駅が隣接しているので、旅行客らしい人の集団が密集していた。

 新大阪駅周辺は結構店が多いのを初めて知った。

 さて聞いた講演は、元少年少女組織を育てる全国全国センター事務局長の大釜 正明さんだ。1972年にはじめてこの全国集会がおこなわれたときの話から、今の子どもたちの現状など話していた。

 ただ、子どもの環境は、地域と家庭の役割が大事だということで締めくくっていた。いまや全国集会と言っても一時のいきおいがなく、全体会には50人ぐらいだ。

 いまや全国の地域の中で異年齢の組織や、集まりがあり、親のバックアップの環境があるということが本当に大事だと思うが、この会だけでなく、ちがった形できっといろんな組織があるのではないかと思う。

 しかし圧倒的に孤独な家庭というか、子育てに悩むお母さんがたくさんいるのではないかと思う。

 どちらにしても親は真剣に子育てに取り組むことがとても重要だと自分の体験として思う。

 002_2

 その講演は午後1時20分ぐらいからはじめり、2時40分ごろ終了した。休憩になったが、ぼくは、職場の関係の医師、歯科医師9条の会に今度はいかないといけないので、その会場を後にした。

 新大阪駅にもどり、東口から西口003 の地下鉄改札口まで歩いた。

 西口の太閤秀吉ひょうたんのシンブル前では、なぜか関空のようにたくさんの人が改札から出てくる人を出迎えているような様子だ。

 地下鉄新大阪駅からは1本でなんばまで行くので、結構なんばへは早く着いた。

 職場について5階はホールに直行した。

 今回の講師はあの有名な社民党名誉党首 土井たか子さんだ。事前のうわさではもうよぼよぼで、講演中も体が曲がっていて、前のめりになると聞いていたが、うわさはあてにならないものだ。

 まるで元気そのもので80歳とはとても思えない。主催者側から打診しなければ、ずっと立ったまま話すつもりだったようだ。

 感心したのは、話方だ。普通よく言葉の間に「あの」といか「ええと」とかひんぱんに使って聞きづらい場合が多いが、それはまったくない。理路整然とした話方だ。その分聞きやすい。

 ただ憲法9条にからむいろんな話をしていただき、中でも幣原喜重郎という外交官の話は始めて聞いたが、彼がペニシリンの国民の中への使用で供給してくれたアメリカ軍のマッカーサー元帥のお礼にいかなければ、今の平和憲法はなかったという話は、はじめて聞いたが、青天の霹靂という感じで驚いた。

 つまりこの方が書いた原案が今の憲法に影響を与えているということだ。

 

 今日は2つも重要な講演を聞くことができた。ちょっと疲れたが、それなりにためになった一日だ。帰りはめったに電車で移動することはないので、梅田のICEスポーツへ妻のレインウェアと自分に自転車通勤用デイパックを買いに言った。

 ちょうどいいのがあり、2つとも買って帰った。なにせ年内は10%引きで買えるということなので、足が向いてしまった。

 今日

2008年11月17日 (月)

月曜日の休暇、まよわず温泉へ

001 002 きょうは展示会の出勤の代休だが、実際は、土日の出勤があったので、助かる。

 ところで昨日妻のマウンテンバイクのパンクをなおしたばかりなのに、今日は朝気になってみてみると、「まさか!!!」と思ったが、完全にタイヤがぺちゃんこになっている。

 妻は7時半には出勤するので、もう一台のマウンテン前とタイヤごと交換して対処した。

 それで朝食をすましたあと、燃えるゴミの処理、洗濯物干しをして、すぐタイヤパンク原因追跡と、修理にかかる。

 今日の原因は、チューブ処理の不備と別の原因だ。つまりタイヤの外側から金属の破片がささっている。

 それは妻が帰ってきたあと聞いてわかったが、昨日タイヤ修理したあと自転車を使ったらしい。そのあとに破片を踏んだというのが真実らしい。

 連続でおこることは本当にあるものだ。マイビアンキも2日連続で破片を踏んだケースを経験している。

 こんなことってなぜおこるのか本当に不思議だが、実際にあるんだ。

 したがって昨日と同じ処理をして完了した。

 

 そのあと、慎重には慎重をきすため、タイヤ交換したマウンテンにこのタイヤをつけて、走ることを考えた。というのは月曜日の朝というのはスーパー銭湯が極端にすいている。すれで行かない手はない思っていたが、2日前に行ったのでちょっと躊躇してたのだが、一石二鳥ということで出かけることにした。

 ついでにサンワサイクルへ行き、英式26×1.5に適応するチューブを買っておくことにした。ついでにその後はコープで夕食の材料も買うことを計画に入れた。

 007

 家を出たのは11時まえ。ああそれから、温泉に行く前にこの間から郵便局の通帳が磁気の故障だと思うが、記帳ができなくなっていて、郵便局へもいった。

 それで温泉についたのは、11時20分か。

 予想どおり風呂の中は全員でも6人ぐらいしかいなかった。

 ゆっくり露天風呂につかり、スチームサウナ、水風呂、洗い場、また入浴とひろしきり浸って温泉を出る。008

  いい気分になって、そのあとの予定をこなし、家に帰ると1時を過ぎていた。

 昼食は昨日家族と食べられなかった焼肉の残りを一人で食べる。

 そのあとやりたいことはいっぱいあったのだが、あっという間に4時を過ぎ、ちょっと居眠りと、ある商品の英語使用説明書を翻訳。つまり英語の勉強だが、そのうちリビングの外は真っ暗になってきた。

 日が落ちるのが本当に早くなった。

 そのあとはバタバタと夕食の準備、風呂、夕食、洗濯物たたみ、膨大なアイロンかけと時間が過ぎていく。

 夜のテレビ「鶴瓦の家族に乾杯」は北海道新ひだか町。ウエンツ瑛士がゲストでシリーズ2回目だ。突然に訪問でも家族のあたたかい雰囲気が伝わってくる。その中では日本は健全だ。

 ところが、昨日夜仕事ででかけていたので知らなかったが、またひき逃げ事件で、今度は5kmも引きずったまま、被害者を死なした犯人が今日つかまった。

 まったくどうなっているんだ。寒々しい気分が体をよぎった。ひょっとすると自分もそういう目にあわないとも限らないと思うと恐ろしい。

 ただ自分のことは別にしても、まったく腹が煮えくり返ってしかたがない。つい最近大阪梅田でおこったばかりではないか。被害者は16歳の新聞配達人。この前は歩行者が渡れない道路を歩いていたという落ち度もあったが、今回はただ道路を仕事で走っていただけだ。

 ただいままでにも被害者を長距離引きずっていくという残虐行為は少ないだろうが、バイクが車で追突されて、死亡させ、逃げるというケースは万とあるのではないかと思う。

 まさに交通戦争は終わっていないといいたい。道路は異常な環境だ。その上社会は病んでいる。どういった人間が車を運転しているかわからない。

 人間が人間を尊重しあう世の中にならない限り事件は起きていく。自動車会社も事故撲滅のための手立てをもっと積極的にするべきだ。間接的には加害者だといいたい。

2008年11月16日 (日)

自転車修理と午後は会議の日々

 今日も午後からは会議がある。

 朝はそれでもゆっくりできる。ただ今月はマンションの掃除当番にあたっているので、朝は雨だったが、雨にあたっていない部分だけ妻と2人で作業した。それでも30分ですんだ。

 そのあとは昨日残してしまった洗濯後のワイシャツのアイロンかけをした。大体アイロンはぼくのテリトリーになっている。

 そのあと午前中本命である妻の自転車のパンク修理だ。

 パンクには、だいたい2通りの原因がある。まずチューブの部分的破損。たまに破片がタイヤ外側から突き刺さっておこる場合もある。もう一つは、空気入口の虫ゴムの劣化だ。

 今回は一週間前にナンバサイクルで虫ゴムを念のため交換してもらっているので、それはないと考え、タイヤを外し、チューブを取り出してみた。

 空気を入れ、水を入れた洗面器で調べてみるとあった。一箇所から泡が小さく出ている。新しいパンク穴だ。

 空気を抜き、その箇所に紙やすりで表面を削る。そしてパンク用接着剤を2cm四方に塗る。1分ほどして、パンク用パッチを上から張る。

 ぼくの場合は、この作業は不得意なのだが、念のため洗濯ばさみで2箇所上からはさみ30分ほどほっておく。

 その間に医療生協から時々頼まれる機関紙を近所に配りにいった。

 家にもどって、パンクパッチの上に張ってあるビニールをはがす。これが一番苦手だ。すっとはがれない。失敗すると端っこのパッチがはがれてしまう。

 それからまた空気を適度に入れ、洗面器につけて泡が出る箇所がないことを確認する。問題ないので、チューブをタイヤに入れ、タイヤの片面をリムに固定する。

 まあ今回はこれだけならこれで終了だが、前タイヤのVブレーキがどうもおかしいのでチェック。Vブレーキ片面の小さな調整ネジがうまくはまらなかった。それを修理した。そのとき分かったが、ブレーキゴムがあきらかに磨り減っている。

 それで、それを両目交換の作業が加わる。これはだいぶうまくなったが、10分はかかった。しかしその影響でブレーキワイヤーも交換せざるをえない。

 ブレーキレバーからそのワイヤーをはめる極意をすっかり忘れていて、手間取った。

 まあこれも無事すんで、ほぼ完全に修理は終わった。

 しかしこれで12時をすでに過ぎていた。

 妻が作ってくれた昼食jのあとうとうとし、午後2時に家を出る。

 今日は会議2時間、懇親会2時間で、家に帰ったのは、午後9時だった。

2008年11月 5日 (水)

アメリカ大統領オバマに! 大阪残酷ひき逃げ犯人逮捕!

Sp20081105032101  昨日深夜1時半までかかって、妻からの頼まれものの、DVDのコピー作業をしていたため、今日は完全にグロッキーだ。

 できることなら休みたい気持ちだが、そうもいかない。

 それで通勤は、大事をとって電車でいくことにした。今日もなんとなくダイヤが乱れていた。

 職場についても、夕方まで本調子ではない。昼休みのコーヒーブレークと読書の喫茶キャビンでは獏睡するのではないかと思ったが、読んでいる本が、ひきこまれる場面が続いて、なんとか居眠りだけでおさまった。

 午後は異業種の展示会に本町に行ったが、展示を見ている間もふらふらだ。

 職場に帰ってみると、アメリカ大統領選挙の結果で出たようで、自分の予想は正しかったが、オバマが圧勝で新大統領に選出されたというニュースがインターネットでわかった。

 まあとにかくあれだけひどいブッシュ政権の流れがたたれたことは喜ばしい。ひょっとすると、来年はブッシュの悪行が司法の場であばかれるのではないかと思う。

 またオバマが公約どうり医療の公的保険を実現したらすばらしいことになるだろう。イラクからの撤兵も期待したい。ただアフガニスタンに兵力を増強をするというのは、ちょっと問題だ。

 日本の麻生政権、外務省はあたふたしているのではないだろうか。麻生の今日のインタビューははぎれがわるく、嫌がっているようにも感じた。

 フランス、ドイツ、ニュージーランドの首相のコメントも載っていたが、期待の方が大きいようだ。

 やはり歴史的事件だと思う。

 それと同じタイミングで、大阪でひき逃げし、3km引きずって被害者を死に追いやった犯人が逮捕された。2週間後ということだが、絶対逮捕しないといけない。

 しかし現状は、ひき逃げ死亡事故の検挙率は3割ぐらいということだから、7割も他人を死なしてのうのうとしている加害者がいるのだから、全員かならず逮捕してほしい。

 それにしても自分が飲酒して、無免許だからと、車の下に人がひっかかっているのをわかっていて、3kmも移動したというのだから、あまりにも身勝手、あまりにも残酷な行為だ。どういった育ちをしてきたのか疑問だ。

 ただ自動車という乗り物は、非人間的な人が運転すると明らかに凶器になる。自動車メーカーも売り上げアップばかりに目をむけず、いわば共犯に該当すると思うくらいの意識がいる。なぜなら自動車死亡事故について自動車メーカーが告発されることはありえない。

 むしろ日常茶飯事の交通事故にならされてしまって、車の恐ろしさに見て見ぬふりをしていまっていないだろうか。

 いろんな問題を含んでいる。

 まあ犯人が見つかってよかった。おそらく被害者を引いたことは業務上過失致死だが、そのまま引きづって行った行為は殺人罪だ。

 なんとは自分も他人もみんなの命を大事にする社会になってほしい。

2008年11月 3日 (月)

地域子どもまつりで準備に参加

001  今日は所属している流れ星少年団の父母会の手伝いで、「立花子どもまつり」でのうどんの出展に立ち会った。

 朝9時には現地に行き、ブルーシートを家から運ぶのが役割だったが、うどん作りのため、お湯を沸かすのを手伝った。

 コールマンのツーバーナーを会のNさんが持ってきたが、これは以前家族でキャンプしたときに何回も使った白色ガソリン使用に一品だ。

 なつかしい。ちょっと最初の調節が不安定で、バルブを最初にあげすぎると、火が上がる過ぎる。

 久しぶりに極意を思い出した。ちょっとうれしい。

 うどんは200円で売ったが、だしは昆布、しいたけなど本格的で、仕込みは本職の調理師、Tさんが携わっているので、完璧だ。250食以上売れた。

 ぼくは午後から妻が出演する人形劇の伴奏に急遽まわったので、一度家に帰って練習をした。当日聞いた楽譜で歌とギターBGMだからよくやったと思う。

 会場は午後3時には終了で、ちょっと早く家に帰った。

 家に帰ってひたすら読書に2時間半かけた。速読ができれば、あこがれるが、その時間で新書版を半分は読み終えた。ただぼくは自分は本を読むのは他人より遅いと思っている。

 内容は、また読み終わってから紹介しよう。本当はチャイルド44を読んでいたのだが、あまりにも残酷な場面も多いので、今日はうわきをして生命科学者の福岡伸一氏の「できそこないの男たち」を読んでいる。これがなかなかおもしろい。

 002 さて、それを読んだあと、5時過ぎから庭においている鉢の中でコーヒーとバナナの木をリビングに入れた。

 コーヒーの木は昨年より明らかに大きくなっている。それに今年は実をつけた。今まっかになっている。

 ただバナナの方は、大きくなっているのかどうかわからない。いつになったら実ができるだろうか。

夜テレビで長門裕之さんが妻の南田洋子さんの認知症の看護をしている様子をドキュメンタリーを映し出していた。

 長門さんは、家庭を顧みない身勝手な夫だと思っていたが、それは以前はそうだったらしいが、妻に献身的に介護している姿は見直した。それにつねに寝るときも「愛しているよ」と声かけをし妻も「わたしもよ」と答える場面はいじらしい。

 かつてはふたりとも映画俳優のトップスターであった人たちだが、そういった苦労はいっしょだろう。

 まあいい映像を見せてもらった。

 明日は楽しみがある。それはアメリカ大統領選挙投票日。歴史的な日だと思う。きっと今歴史は変わると信じたい。

2008年11月 1日 (土)

3連休初日、スーパー銭湯と読書

001  今日も本来は、長距離サイクリングといきたいところだが、昨日の仕事にラストスパートでかなり体力を使い果たした。

 それで今日はゆっくり過ごすことにした。

 しかし朝はなぜか、6時40分に目が覚めて、起き上がってしまった。

 いつものように洗面などをこなし、テレビ見て、コープの共同購入配達を待つ。

 しかし今日の担当に人は、外に車が見えたが、チャイムで知らせてくれるわけでもなく、じっと待っていたのだ。

 その間テレビでは、「よみがえる邪馬台国」映画について、繰り返し予告をしていたので、それを見ながらひらすらコープの連絡を待ったが、そのまま止まっていたトラックが行ってしまうではないか。

 「ちょっと、ちょっと。今日の注文用紙どうすうの」と言いたいが、後の祭り。

 外に出てみると、ちょっと腹が立ったが、ポストに連絡なしに、商品一つと次回のチラシセットを入れたまま行ってしまったのだ。

 ひとこと言ってくれればと思う。

 共同購入を受け取ってからスーパー銭湯に出かける予定にしていたが、30分も無駄になってしまった。出かけたのは11時15分を過ぎてしまった。

 それで当初は塚口の「湯の華廊」に行く予定だったが、移動時間短縮のため一番近い尼崎「やまとの湯」に変更した。

 銭湯は今日は空いていた。まあここのほうがよかったかと満足した。

 家に帰って、妻が美容院から帰ってきていて、昼食の用意をしてくれていた。

 昼食を取り、1時過ぎから読書に入った。今読んでいるのは先週テレビの本の書評で評価が高かった「チャイルド44」をアマゾンですぐ買い、数日まえから読み始めた。

 内容は、ソ連時代の今のロシアの社会のことを描いていて、主人公は人民警察巡査長レオ。まさにスパイ社会というか、国家への反抗の発言などを知られると逮捕されるという異常社会を描いている。まだ上巻なので、全体はまだわからないが、引き込まれる文章だ。

 約3時間半読んだ。

 それにしても読書は趣味に一つでかなり読んでいるのだが、読むペースは遅い。速読がうらやましい。

 読書はベランダで読んだり、小縁側で読んだりした。秋の午後の陽だまりが気持ちいい。それだけでのんびりできた。

 明日はサイクルモードに行く。

2008年10月26日 (日)

ひたすら家にこもって

001  昨日のアクティブな日を過ぎて、今日はひたすら家でゆっくりすることにした。

 しかし、結構それでもやることはいっぱいあった。

 朝は7時15分ごろ目が覚める。

トイレ、洗面の支度をし、8時から朝食をとりながらテレビのNHK「ルソンの壺」を見る。

 熱帯魚の大手販売メーカーの話だが、いまやアマゾンで絶滅しそうな熱帯魚の繁殖まで手がけている。社長は、たしかに魚に愛情をもっていて、ブラジルの現地まで、新しい新種を探しに出かけるというからたいしたものだ。

 食事の後は、マンションの会計帳簿10月分の基調。そのあと、ベイコミュニケーションの有料チャンネルの申し込みの件で、サービスセンターの電話を。

 そのあと、出かける。一つは、ホームセンターで芝生をさらに買うこと。次は、AUのもよりの店で、ベイコムとAUの無料通話サービスの確認で問い合わせるためよる。

 ホームセンターでは、期待どおり芝生をまだたくさん売っていて、値段も半額になっていた。なんと12枚一組で300円という低価格だ。これはあまり売れていないのだろう。それで2組買ってしまった。

 次にAU武庫之荘店で、ケーブルプラス電話の固定電話と個人AU使用の無料通話について、AUでの手続きがいつのかどうか聞きに入った。

 これは8月からのサービスでまだはじまったばかりで、AUの社員の人も即断の返答はなかった。それで一番しっかりした男性の社員が対応してくれて、そこからケーブルテレビのサービスセンターに問い合わせてくれたが、結局数日前に自分のほうからケーブルテレビに携帯の番号を案内しているので、AUでは何も手続きなしで今後無料になることを確認してもらった。

 家に帰って芝生を植える。この前買ったときからいっそう見た目がよくなった。

 午後からインターネットでぬか漬けの作りかたを検索し、プリントアウトした。それからメールアドレスの変更を案内すべきところに手続きした。

 ところで、芝生を植えるとき、毛虫が首に引っ付いてきて、リビングに戻ると首の後ろがかゆくなり、手で触ると毛虫がついていた。

 「ああ、やばい」と気づくが早いか、とたんに首がはれてきた。

 庭をいじるとこんなディスクがつきまとう。

 すぐ数ヶ月前の毛虫被害で医療生協病院からもらった軟膏をすぐ塗った。

 そのあと課題の読書。約2時間で「ひょうご維新列伝」を読み終えた。結構明治維新への時代の変化の中で兵庫県だけでも結構犠牲者が出ていることをはじめて知った。

 夕方からは、妻が仕事でパソコンに向き合う状態が終わらないため、たまらず、夕食の材料を買いにいく。

 004

その前にご飯を炊いていきたいで、まず最近から買った精米器で4合ほど精米し、そのあとその米を洗い、炊飯器にかける。

 005

 買い物は、一番近くあるスーパーオオジにいく。

 今日の夕食は、鍋料理にした。

 タイのあら、タラ、豚肉、野菜、しいたけなど買う。

 しいたけは匂いを嗅ぐと、まけおしみではないが、国産品はいいかおりがする。「マッタケでなくてもいいさ」だ。

 

今日は親子4人で食べたが、結構たくさん食べた。

 そのうちテレビでは、篤姫がはじまった。ひょうご列伝は大体時代が符号して前知識になる。今回は孝明天皇がとつぜん死ぬ場面があったが、どうも怪しい。殺されたとしか考えられない。この時代のリーダーの死はみんな怪しい。

 まあしかし和ノ宮の江戸に残る決意の場面はいい。これは事実なので、納得いく。

 それにしても昨日の晴天でのサイクリングと今日の雨の自宅滞在は、タイミングがぴったりで納得だ。

 

2008年10月23日 (木)

OM9条の会3周年記念集会に参加

006  展示会の事後処理などあわただしい仕事の後だが、今日は夜OM9条の会の発足3周年のつどいに参加が今日の重要な出来事だ。

 というのは、集会参加はもちろんだが、職場からYくんともどもその会の「OM劇団」としてその集会で寸劇をやるため、緊張の今週であったし、今日はそれが最高潮の状況の中で、1日が過ぎていった。

 それに今回は職場のY女史に司会の役をお願いした。

 当然通勤は、電車で、役のための衣装というか、扮装を紙袋につめて出かけた。

 集会の会場は、大阪市此花区のクレオ西大阪という会場だ。JR西九条で降りた。

 会場には午後4時半ごろついたが、2回ほど楽屋でリハーサルをした。自分的には、台本を一度も見ずに台詞を言えたので、「よしよし」という感じだ。

002   前回の劇では、医者の患者のやり取りで、80歳の老人役だったが、今回は、一機に世代が下って、子供役だ。

 寸劇の話の内容は、名だたる各国の首脳が集まり、福田前首相を憲法改正の提案を聞きながら、国民代表のなにわのおばちゃんとその息子が質問を投げかけ、意見をいうという設定だ。

 ぼくはその息子の役を今回やったわけだが、前回の寸劇では医者と患者の応対でぼくは80歳の患者役だった。

 今回は年齢を急降下して小学生役でなにわのおばちゃんの息子という役だ。

 まあ無事寸劇は終わり、メインの講演は、寸劇のプレッシャーを終えた安堵感で来ていたが、なかなか熱のこもった講演だった。

 自衛隊の演習で使う戦闘機や戦車が1時間ではきだすco2の量は、自家用車が使う1年分の量だと言う。戦争の武器は法大な環境汚染を作っているということだ。

 それに環境自体の取り組みでは、日本はヨーロッパの進んで国からは、大きく水をあけられているという。

 たとえばデンマークは国の政策として国民の売電に高い金額を設定している。農業地域でも風力や太陽光を地域の個人の共同の力で、地域収入を生み出す要因をその売電政策が作っているというのだ。

 日本では考えられない。逆の以前太陽光の住宅には国の補助金が出ていたが、それをやめてしまったという時代に逆行した政策が普及を阻害してしまった。

 しかし締めくくりには、自分たちの子供、孫、そのあとの世代にちゃんとした環境を残していくため、世界でも日本でも対策が必要だが、日本でもとくに地域の共同発電の取り組みがあるということで、その目を広げることが明るい材料として提起された。

 熱のこもった話だった。

 まあ、仕事でも展示会の後の発送作業でいそがしい中ではあるが、よけいに一定の緊張感とそれを終えた達成感は、新鮮な喜びを感じることができて、いいかもしれない。

2008年10月20日 (月)

休日のノルマは午前中に終えて

001  昨日の突然のマイ・プレーリーの故障。つまり、キーをはずしても車のバックにあるブレーキランプが点いたままになる。

 昨日はやむなく、ボンネットを開け、バッテーリーの電源の片方をはずす。

 今日の朝はその修理に勝本モーターに持っていくことを最優先に考えた。勝本モーターに電話をかけ、駐車場でプレーリーのボンネットを開け、バテーリーの電源を付け直す。

 するとまたブレーキランプが点いた。

 9時20分ごろ家を出る。

 勝本モーターは15分ほどで着く。

 社長が出てきて、事情を話す。すぐ整備士さんが見てくれて、ブレーキからの接続箇所の部品を交換した。

 社長と、今の車事情について話す。ディーラーはあまりにも新車への買い替えと売り上げを重視すぎるということで意見は一致する。

 なんと言ってもマイ・プレーリーの年式は1985年だ。一般的ではないし、修理に結構費用をかけているが、17年ぐらい車を買えずに乗っている。

 話は替わるが、もう一人の整備士の人が、ぼくのこのブログを見たという話をしてくれた。自転車の話からネットに入ったのではないが、この「勝本モーター」に関連して、ひっかかたらしい。

 インターネットはそういうことで面白い。

 修理を終えて、帰り道「やまとの湯」に立ち寄る。月曜日に朝は絶対空いているいるのでチャンスだ。ゆっくり温泉を体感できる。勝本モーターから車で5分ほどだ。

 38度の露天風呂に長くつかる。

 風呂から上がって、着替え室で、ゆず蜂蜜飲料を飲む。至極の瞬間だ。

 やまとの湯をあとにし、家に直行せず、もう一箇所、ロイヤルホームセンターに行く。そこもやまとの湯か5分圏内だ。

 002 懸案だった芝生を買う。もう売り切れているかとも思ったが、まだ売っていた。15枚ほど一束で698円だ。2束買った。

 大満足で家に帰る。

 家に帰って午後12時を過ぎていたが、もう一つの仕事、娘から頼まれていた、アマゾン経由でオーストラリア・タスマニアの娘の友人宛に送られてきた商品を郵便公社から送った。

 これで今日の重要ノルマは終わった。

 ただ後、今週木曜日出演の寸劇のシナリオを覚えること、マンションの会計担当なので、帳簿つけなどがある。

 とにかく昼食を取り、今日はテレビのスイッチはいれず、CDプレーヤーでボサノバを聞きながら、食べる。その後掃除機でリビング周辺の埃の吸い取り、妻が使っている和室のかたづけといそがしい。

 そのあとやっと和室の小さな縁側のソファーで本を読む。しばし居眠りしながらだが、午後4時半まで読み続けた。

 幕末の、江戸や京都の話ではなく、兵庫県内での大きな変化の流れと、投獄、切腹などのドキメンタリーをたくさん知った。

 わが尼崎は、幕府に忠実な藩であったらしく、長州が一時朝敵とみなされたとき、京都から逃げてきた長州藩士を投獄している。

 しかしその後数年で、薩摩、長州は官軍として、勝者の立場で幕府を攻めるのだから、そして各地の藩がなだれのように官軍の方に見方していく流れも書かれていたが、歴史の不思議さを感じる。

 夕方は家にいる自分が当然食事支度等々で、そのモードに入ったが、あっという間に日が暮れた。

2008年10月19日 (日)

やっと休日 なんとなく用事に追われる

004  朝から強い日差しが差し込んでくる。

 起きたのは7時30分。昨日から8時間ぐらいは寝たかもしれない。

 この前、神戸新聞の意見欄を読んでいると、翌日に疲労を回復させるには、8時間以上の睡眠時間が必要と書かれていた。

 それからこのことを意識している。

 今年は、コーヒーの木に実がはめてできたのだが、今その実が赤くなってきた。

ただ、1本の木にできた実の数は5個だ。まあ1個でもいい。熟したところで、焙煎してほかのコーヒー豆と一緒に砕いてみたい。

 チャンスとしては、明日休みを取っているので、自転車で再度琵琶湖一周ぐらいに挑戦するには絶好をチャンスかもしれないが、この前までの展示会で気持ち的に余裕がなく、今日になると飛び出せない。

 それで、家の用事で済ましておきたい扇風機3台の分解と掃除と収納。それに衣替え。

 扇風機は、毎年使用が完全に必要がないこの時期、きれいに拭いて、羽を洗って収納するのだが、今日はちょっと例年より本格的にモーター部分を開けた。

 やはり埃がかなりたまっていた。それで3台とも明けた。

 そのあと羽根と前後カバーを洗った。

 乾くのをまって、もともとのダンボールにマニュアルどおりしまい、地下収納庫へそろえて入れる。

 結構これで疲れた。

 そのあと、すぐ衣替えを。コオリから冬物を出して、箪笥に夏季用衣服と交換した。

 これでかなりすっきりしたが、マチベーシュンはここで途切れた。

 昼食を済ませ、残りの家族はみんな出かけていったが、なんとなくテレビを見たが、NHKBS2で来年放映される大河ドラマ、「天地人」の発信地、山形県米沢市を特集していたので、これは必見と見てしまった。

 というのは、すでに去年この原作を読破していて、非常に興味があった。

 直江兼続その人が主人公で、その考えかたは、忠義をすべての生き方に貫徹している。今の社会の自民党や、官僚が目先の自分の利益を最優先にしている姿とは、ほど遠い価値観だが、それは江戸時代の同じ地域に生まれた上杉ジョウダンに受け継がれているという。

 ただ、そのテレビを見つつ、転寝してしまい、3時過ぎからネットを見たり、今読書中の「ひょうご幕末維新列伝」をコーヒーを飲みながら、テラスで読む。

 この本もなかなか面白い。

 しかし休日は1日に2個も3個も用事はできないものだ。

 夜になって、息子たちが車を使って帰ってきたのだが、駐車場にいつもどおり入れて、帰ってきたまではいいが、しばらくして同じマンションのSさんから電話をもらい「車のブレーキランプがついたままです」と知らせてくれた。

 2男に見に行かせると、すべてのスイッチをきっているのにバックのブレーキランプが切れないというので、自分で見に行った。

 不思議なことだが、そうなっている。しかたがないので、バッテリーのマイナス側の配線を遮断した。

 ちょうど明日が休みだったので、いつもお願いしてい「勝本モーター」に持っていこう。

 それにしても休みを取ったタイミングとぴったり故障だ。

2008年10月14日 (火)

電車通勤と社会の荒廃

001  今日は朝から雨だった。それはそれとして、展示会の疲れが予想以上に深刻だ。

 それで電車通勤にすることとにした。

 それともう一つ電車通勤に切り替えた理由には、昨日読み終えた小山浩史さんの「ウォーキング革命」の中で、もっとも合理的な歩き方が書いてあったのだが、それは初動負荷理論にもとづいてのもので、ちょっと今までの常識と違うのだが、昨日から実践しているので、今日も試して見たかったのだ。

 これは自転車をこぐときもかなり共通しているように思えるのだ。

 つまり、ペダルのこぐときひざはどちらかというと外を開かない。足はぺダルに直角だ。

 小山さんの歩き方理論は、足の外側が前進線にまっすぐとされている。ひざは外に開かず、少し内側に出す。そうすると体が左右にぶれないとされる。

 この考えで歩いてみると、昨日は日ごろの歩きかたと違うので、足のふとももの筋肉が痛い。

 しかし今日は駅までの1.2kmがその歩き方で慣れてきて、楽だ。階段の上り下りもこの方法を意識した。

 そうして駅に着いたわけだが、そのことと別の話で、今日も人身事故で電車のダイヤが乱れている。今日の理由は、プラットホームから人が落ちたということだが、本当にこんなことが多い。

 ぼくが電車に乗るときは必ず起こっているのではないかと思う。行きは乱れた中で電車が来たのでうまく間に合った。

 しかし仕事を終え、帰りは地下鉄から、JR東西線に乗り換えると、京橋の人身事故でダイヤが乱れているというアナウンスではないか。

 いったいどうなっているんだ。

 毎日電車通勤している乗客もよくがまんしていると思うが、それにしても人身事故が多すぎる。昨日書いた講演のことに繋がるが、世の中への不安と経済的絶望などが作用していることは多いに予感できる。

 10年ほど前までは、これほど頻繁に人身事故が発生することはなかったように思う。それに慣れっこになること自体も怖い。

 平和というのは戦争しないことは当然だが、憲法で歌われる25条の生存権が脅かされるいるといたら、平和とはいえないかもしれない。

 「貧乏人になるのは自己責任」などという考えで政治がやられているとしたら、日本はさびしい。

 ドイツでもオーストラリアでも、破産や、無収入になっても、国が補償する制度があるらしい。だからドイツは生活保護世帯が日本に10倍以上いると聞いた。それは貧乏人がドイツのほうが多いのではなく、日本に方が生活保護資格がずっと低い所得に狭まられているということだ。

 ちょっと深刻な話になってしまったが、とにかく世の中もっと明るくなってほしいものだ。

2008年10月13日 (月)

ひさしぶりの休日、共産党講演会へいく

001  展示会を昨日終え、今日はひさびさの休日である。

 しかし午後からは共産党の医師講演会に関係者として参加した。ちょっと体調が悪く正直つらかった。

 講師は神戸女学院大学院 石川 康宏さん。

 その前に比例候補者の元議員、宮本たけしさんも挨拶に来ていたが、今小林多喜二の「蟹工船」が50万部以上売れているという。

 そのことと絡めて石川さんが話した中で、国民の可処分所得は、バルブの頂点の1997年には49万円まで上がったが、その後年々下降をたどっているという。プロジェクターで投影しながら説明していたが、反対に資本金10億年以上の企業の内部留保は1995年134兆円だったのが、2006年には217兆円に膨れ上がっている。

 つまり国民の可処分所得の下降に反比例して、大企業の内部留保はあがるいっぽうなのだ。それをいまやアメリカの金融危機を援助するための使っているらしい。ちょっと腹がたつ。

 それにつながってくるのが、1999年に解禁にした派遣業の製造業への自由化だ。本来なら正社員として製造工場に働くべき労働者が、いまや1,000万人いると言われるが、非正規においやられて、低賃金でがまんさせられている。将来の希望もない。

 蟹工船が売れるのは、そういった中においやられている青年が、戦前に書かれた労働者の実態に共感できるということだから、決していいことではない。

 しかし一方要求を実現させるため、団結して闘うという体験のない青年たちの目をさまさせた面もあるらしい。

 人間は団結して行動するということができるんだということに気づいたということだろう。

 また今共産党の委員長が国会で唯一非正規労働者の正規社員化の問題を取り上げるとそのホームページに1万以上のアクセスがあるという。

 それにしても愛国心をとなえる自民党が、今まで何をしてきたのかという実態が話された。食料自給率が40%以下にまで押し下げ、アジアのTACという新しい同盟ができてきたのに、それへの加盟もアメリカのお伺いを立ててから、加入に踏み切ったという。

 国を本当に愛するなら、アメリカの不当な要求でもきっぱり断る決断が必要だろう。事故米の問題も、購入したその米はほとんどアメリカ産らしい。

 国民の審判が政治の間違いに対して明確に返答し、政権の交代ももっと早くできていたら、このような悪政にはならなかったかもしれない。

 今政党よりむしろ国民一人ひとりの真価が問われているということだろう。それが一番大事かもしれない。

 

 講演会が終わって、会場の心斎橋ハートンホテルを出たが、外はまさに大阪の繁華街の中でも洗練された地域だ。若者のグループも多い。シャネル、ビトンなど店を構えてる。

 職場になんばからはすぐ近くだが、こうやって来て見ると別の街にいるようだ。

 それから今日朝、2男のマックのパソコンの無線ランへの接続に成功した。なにせセキュリテーパスワードは50文字ぐらいある。3回はまちがいなく入力したつもりで失敗し、4回目に成功した。

 つながるとあっけないものだ。まあしかし、これですべてのパソコンが無線ランでつなげるとこができた。

2008年10月11日 (土)

展示会一日目、一人の妨害者以外はスムーズンに進む

002   今日は、展示会日1日目。天気は朝が雨が降り、その後が危ぶまれたが、その後雨は上がった。

 今日は展示会終了後、プロ野球広島のファンの店が近くにあるということなので、3人で行く予定になった。

 そのため、会場までの交通は電車を使った。

 土曜日だというのに、JR立花からは中学生が車内いっぱいいる。

 体育系クラブでは、今の時期土曜日も練習か試合があるのだろう。

 会場へは、午前8時過ぎに到着した。運営の会社社員をのぞくと、一番に到着した。

 準備は万端とは思っているが、不安はいっぱいある。

 まあ、しかし各セクションで配置された人にまかせてしまうとなんとかなるものだ。

 しかし、昼ごろこの会内イベントにごり押しで入ろうとする60代ぐらいの男性が来て、押し問答尾になったが、2時間以上もうろうろして、会場には入れなかったが、各階のロビーにたむろし、また言いがかりをつけにやってきて、無理やり会場に入ろうとするので、警察を呼んだ。

 その後また1時間の押し問答。最後はあきらめて帰っていった。

 これはどうもなにか別に狙いがあるように感じた。

 世の中やはりおかしな人が増えているのかもしれない。普通は「会内のイベントなので一般の方は遠慮してもらっています」と丁重におことわりすると、わかってくれるものだ。

 ここは運営責任者の一人としては、食い下がられない。

 まあしかしイベント自体は大きな問題もなく午後7時終了した。

 004_2 そのあとカープファン3人で、会場から歩いて15分ぐらいのところにある「こんご」という店に行った。

 中に入るとけばけばしいカープ色はなく、ただ客はあきらかにカープファンとわかるし、店のオーナーらしき人は、カープユニフォームを着て料理を作っている。

 

 帰り際に、広島カープ近畿ファンクラブ会長という人がやってきて、話を交わす。

                        

 005_4 カープの選手については、相当古い選手から、最近に選手,まで親交があるということで、ポンポン名前が出てくる。

唯一カープグッズとしては、酒の徳利があった。あきらかに広島カープの赤とCの字が入っている。

 これは気に入った。

 ほろ酔いになり、清算したが、やはりカープの熱気を強く感じで店を出た。

 

2008年10月10日 (金)

展示会前日、電車通勤で

005_2  今日は実は電車で通勤した。

 左の写真は、昨日よるの帰りに走行。

 誰が、写していると思いますか。

 通行人。いえ、信号でに停止中、歩道の植木の土台の木の上にカメラを乗せて、セルフタイマーで撮った。

 それはそれとして、今日は職場での展示会「協同組合まつり」の会場での搬入、その他前日としての準備の日なので、現地から家に帰るとして、通勤は電車で行くことにした。

 8時14分、「高槻」行きの普通に乗り、尼崎で「松井山手」行きに乗り換える。3つ目の「梅が枝」駅で地下鉄千日前線始発の「野田阪神」から乗る。それでかならず座れる。

 そこから5つ目の「桜川」で降りると職場に着ける。

 この方法だと混雑の多い大阪駅を経由しなくてよく、まだちょっとだけのんびりしている。

 帰りは、展示会場が大阪中心部にある「マイドームおおさか」というところなので、堺筋本町駅から地下鉄中央線で3つ目の「阿波座」で千日前線にのりかえ、野田阪神で降りる。後は行きの反対の行き方だ。

 こうすると、運賃は、大阪駅を経由する場合より往復80円も安い。まあコース的には通勤自転車のコースの地下を走っている状態に近い。

 001_2

 ところで、数日前から更新に使っているパソコンを公開しよう。

 これがSOTECのWINBOOK。

 デスプレイは横に長い。OSはついにWINDOWS VISTAになってしまった。というのはこのタイプしか今は売っていない。

 前回も書いたように回線がケーブルに変わったため、画面の転換は飛躍的に早い。

 あとは無縁ランが繋がることが課題だ。

 明日はいよいよ展示会。

 元プロ野球、阪神タイガースの川藤幸三さんが公演にやってくる。

 参加人数が心配だ。

2008年10月 6日 (月)

夕方医院訪問とため、通勤は電車で

081006  かなりピンボケだが、昼食に出かけたレストラン。ちょっとモダンだ。

 7月に完成したばかりだが、まだ入ったことがなかった。

 おなじ職場のYさんと行く。室内は奥行きが50mもあると聞いた。

「ほー???」と感心する。

 以前、旅行で行った門司近くのレストランやシンガポールの新しいレストランにも似ているような気がする。

 食事内容もまずまずしゃれている。

 

 

Photo  コーヒーもついて900円だから、まあまあリーズナブルだ。

 この前堺でたべた大衆食堂は、米のうまさが売りだったが、小皿を3品たのんで、1000円だから、こちらの方がいい。

 今この前の道頓堀にかかる人間しかわたれない橋を建設中だが、その名前を募集しているらしい。

 向こう岸には、湊町リバープレースという音楽専門のステージとFM大阪局がある建物がある。

 まあ感じは全体に新しいのだが、この橋は何年かかって完成するのかという感じだ。工事に携わるゼネコンの下請け労働者はのんびり仕事しているようにしか見えない。

 

まあ、公共工事とはこんなものなのか。しかしどれだけのお金が税金から出て行くのか、たかが橋ではない。殿様橋だ。

 午後からは、堺のクレーム医院にお詫びと話を聞きに言った。行きは、地下鉄なんば駅から、なんと18分でもよりの駅「北花田」に着いてしまった。堺というとどうも和歌山とダブってしまって、1時間以上はかかるという先入観が自分の中にあって、1時間以上まえから職場を出たが、だいぶ時間があまってしまった。

 ただ北花田の駅からは歩いて15分はかかる。

 地下鉄に乗ると、シンガポールで盛んに利用したMRTだったか鉄道を思い出してしまい、向こうでも堺まで乗る感覚は、中心部から娘の家までと同じくらいか。などと考えると楽しくなる。

 しかし日本の地下鉄、とくに今日乗った御堂筋線は一番花形路線だが、どうも車両はパっとしない。シートのばば色は、センスがない。たしかシンガポールではプラスチックのようなシートだったような気がする。スッキリしていた。

 それに車内広告が、日本は多すぎる。バランスというもの、美観というものがない。

 いっそ若いデザイナーに地下鉄車内のデザインをまかせてはどうだろう。

 そんなことを考えてしまった。

2008年9月27日 (土)

ケーブルテレビデジタル化とビアンキリニューアルの一日

Photo   今日と明日は本格的に休みだ。

 まず一日目ということで余裕をもって朝おきる。

 いつものように朝は洗濯物干しとワイシャツのアイロンかけ。9時半には終わり、ゆったりとテレビを見て過す。

 その間に今日郵送してもらうように頼んでいたロードバイクのフリーギアが佐川急便で送られてきた。

 はたしてこのアルテグラは自分のロードに合うのかどうか心配はあったが、9段フエー、しかも同じシマノ製だからまずまちがいないと思っていた。

 昼食は、サッポロラーメンを上手くアレンジし、妻の分と2人分を作った。

 早々その前にやっていたことがあって、ベランダの上一杯につるしているスダレを全部外して、ベランダ下にしまった。ついで庭を眺めていて、トマトの鉢植えからトマトの幹を取り去った。それからどうも気になっていたザクロの鉢植えを地植えに変えた。コーヒーの鉢を大きいものに変えた。

 昼食の後は、午後1時から3時の間にベイコミュニケーションの人がチェックに来るということなので、テレビを見ながら待っていたが、そのままうとうとしてしまい、30分ぐらい昼寝になってしまった。

 しかし3時を過ぎてもまだ来ない。じっれったくなったが、15分ほど遅刻してやってきた。

 結局、チューナーをデジタル対応に切り替え、ネットと電話をこのケーブルに契約した。

 これでデジタル放送の視聴が可能になり、ネットの格段に早くなるはずだし、電話を含め経費が安くなる。いいことばかりだ。

 080927 手続きを終え、自転車(ビアンキ)の修復に入る。思ったとおりフリーギアはすぐできた。

 あとは、ブレーキレバーを覆うゴムケースの付けかえ、ハンドルテープの付け替えなどあるが、ブレーキレバーの着脱に気間取り、ワイヤーの交換の必要性もあきらかになり、夕方になってきたので、明日に作業することにし、今日はそこまでにした。

 完成すれば、タイヤ、ハンドルともにイエローで統一されることになる。

 明日も作業にかかるのが楽しみだ。

 今回このフリーギアは初めてネットで購入したわけだが、こういう方法もあることを自転車部品では始めて体験した。実物を見る必要性もあるが、ネットでの注文は、遠くの店まで行かなくていいという大きなメリットがある。支払いも簡単だ。

 この方法はなかなかいい。やはりこれからはネット販売と購入がますますふえるだろう。

2008年9月26日 (金)

なぜか電車で通勤した今日

080926  今日は朝起きて、やっと週末明日から2日は休みに入ると思うと、気持ちが緩む。

 それで通勤をどうするか、ちょっと悩んでいたが、気分を変えて電車通勤することにした

 シンガポールで沢山電車に乗ったせいで、電車もいいかという気になって、その支度で出勤の準備をする。

 朝からは、トラブルのある西宮の会員の診療所へ行く。

 まあ話しは思っていたとおり運んだ。しかしその診療所へ一度行ったときは11時すぎで、窓口の職員か12時過ぎてからきてほしいと要望され、そりあえず甲子園球場に近いので、ララポートというショッピングセンターへ行って、先に昼食を取ることにした。

 中は結構レストランが多いが、値段はどこも高い。

 まあ和食専門の店に入る。ひろしきについて再び医院を訪問。

 話しは予定どおり話がつき、大阪へ帰ったが、昼休みをかねて、もう一人のMくんにカシオサービスセンターによってもらうことにした。

 それは昨日も書いたが、わがデジカメがスイッチを入れても動かなくなり、サービスセンターを頼ることにしたのだ。

 そのカイオが入っているビルの7階に行き、サービスセンターの窓口でベルを押した。係りの女性が出てきたので、その一部始終を話すと、その職員はマジックでもするようにデジカメをさわり、しばらくすると、あれあれ不思議????

 スイッチが稼動したではないか。この女性が神か仏か、と神々しく感じた。

 まあ具体的に原因を聞いてみると、中に入れているSDカードの不具合だけで、スイッチが稼動しなくなると説明を受けた。

 まあそれで預けるまでのなく、費用もかからす、書面もかかず、お礼を言って、7階を後にした。しかしちょっぴり嬉しかった。

 それにしても空模様は不安定だ。いつ雨賀降ってもおかしくない。しかし仕事のパワーとモチベーションはもう残っていない感じだ。

 午後からは3時から5時まで会議。 

 無事会議を終え、しばらくデスクの整理をし、帰路へ向かう。実は今日の朝はたまたまの電車通勤で、またというか神戸方面の人身事故で、JR東西線が遅れた。

 帰りは、その東西線で尼崎駅乗換えという場面だが、プラットホームから見えた空は西の方が赤くそ待っている。まるで映画のシルエットだ。 

 なおったばかりのデジカメで復活後、初ショット。なかなかいい。

 

2008年9月23日 (火)

水槽に熱帯魚を入れ替えて

080923_3  今日はやりたいことはいくらかあったが、できたら朝に済ませてしまおうと、起きる時間は8時になっていたが、朝の支度を手早くこなし、洗濯をし、午前10時半をすぎていたが、家を出た。

 風は涼しいが、日差しは強い。まず駅前の尼崎信金ATMにお金を下ろしにいった。

 それから家をまた通り過ぎ、「コジマ」に行った。

 毎日使っているデジカメが開かない。充電池が寿命ではないかと、買いにいったわけだが、在庫がないという。

 店員さんは、「注文しても一週間かかります。他の大型電気店に行ってみてください」という。がっくりだが、まあ明日職場からビッグカメラかヨドバシに行くことにした。

 そのあと、阪急のとなりの駅「塚口」近くの小動物販売店に行った。というのは、7年前にその店で買ったエンゼルフィシュのつがいが一時は子どもが8匹大きくなり、10匹いたことがあるが、除所に死んでいき、最近最後の一匹が亡くなったからだ。

 子どものエンゼルで白黒のまだらとオレンジを2匹ずつ買って帰った。

 家に帰るとすでに昼になっていた。

 食事を済ませ、しばしテレビに見入ったが、「青春カンバック!?メタボリックばんど!」はなかなかよかった。

 中年を中心にした4人の仲間がロックにめざめ、最後はおじさんバンド大会予選でフィーバーするという物語だが、渡辺 徹演じる一見だめ親父が、最後はかっこよく演奏するという痛快、泣き、笑いのものがたりだった。

 そのあと職場からもってきたICレコーダからの会議録を買ってきたCDに打ちし変えた。これはあきらかに仕事だが、家に方がやりすい。しかし1時間かかってしまった。

 夕方になり、読書とうたたねを繰り返し、5時になった。080923_5

 夕食は妻がずっとパソコンに向かって仕事をしているため、自分から率先して作ることにした。

 しかし冷蔵庫を開け、しばし何を作れるか考えて、苦肉の策で、焼肉風料理を作った。

 家の庭に残っているぶどうの実がまだ7房ほどあり、今日限界かとすべて収穫し、妻におなじマンションの知り合いに配りに行ってもらったが、なかなかかえってこない。

 3男もお腹がすいたということで、先に3人で食べることにした。

 しばらくして妻が帰ってきたが、最後のYさん宅に上がりこんで、新品の大型テレビの視聴と、梅酒のおよばれがあったとか、まあ会話に花が咲くのは悪いことではない。

 夜このブログを打っている最中、娘から電話があった。

 今一人夜勤が4日に一度あるらしい。同じ社員の有休取得者がかたまって、その影響でとくに今月は多いらしい。若い娘が夜の8時から朝の8時まで勤務jというのはこちらも心配だが、こちらからはグチを聞くしかない。

 ただ、この間、その娘の住むシンガポールへ行って、もう一度1年以内に行ってみたい気になった。外国へ旅行してそう思うのは、初めてだ。正直にいうと東南アジアに対する偏見もあった。自分の心の中にも西欧謳歌の刷り込みがあり、それを断ち切れていないかもしれない。

 シンガポールに行ってみて、アジア系の中国、マレーとインド系、白人が区別なく電車、バスに乗っていることにちょっと驚いた。まだそれはこの国の一部しか見ていないだろう。

 しかしおもしろい国だと思う。

 いままでと違った目で通勤の道路、電車の中、街を見るようになった。

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2008年9月21日 (日)

ひさびさに家でじっとしていた1日

 シンガポールから帰ってきて、4日間の仕事のスケジュールをこなし、ひさびさの出かけるあてのない日曜日を迎えた。

 その間、木曜日18日の夜遅く、ベルギーの大学受験のため渡航していた3男が帰ってきた。結果は非合格であったが、英語の面接にたえれるスキルがいるようだ。

 今日は朝から雨模様か、曇り。シンガポールの旅行の疲れのためか、少し風邪ぎみた。それで、昨日から予定されていた流れ星少年団の合宿はキュンセルした。

 それで気持ちは楽になり、昨日は午後からの会議後、その会議が4時半に終わったこともあり、家に帰り途中、尼崎の「やまとの湯」に入湯した。

 夕方の日が影る様子は、疲れをいやしてくれるようで、風呂の中でも、とても癒された気分になれた。

 ただ、夜は自分が夕食のカレーを作ると朝告げていたので、そのあとは忙しい。

 何も予定のない土曜日の夜もひさしぶりだが、ワインを飲みながら、ブログを書くには心地いい。

 

 さて今日は、朝はなにもしないことに決めて、テレビを見ていた。

 昼は、ご飯をたくのが遅れたので、その間、出かけることにした。

 行く先は、サンワサイクルと精米自販機の場所。サンワサイクルへいく利用は、昨日マイビアンキ後輪がパンクしていたので、その修理が必要だが、ついでにタイヤを交換しようと思ったので、その調達に行くのだ。精米機は、先日玄米を30kg注文し、今の米びつに残り少ないので、一袋精米することにしたのだ。

 3男の一般車で行った。

 家に帰るとすでに午後1時半。妻は先にカレーを食べていた。遅れて昼食し、テレビの「たかじん、そこまで言って委員会」を見る。

 見終わってから、自転車の置いてある庭に出て、タイヤ交換とチューブ交換にかかる。

 新らしいタイヤは固くて、リムにはめるのに一苦労した。色はいままで5900円の赤、ドイツ製をはずし、今回はビットリアでタイ製造の2200円を履かした。

 それをするとききずいたが、フリーギアーの上から4段目、一番よくつかう20ギアーが先がすべて削れて細くなっている。

 これは交換に必要がある。ここまで使ったのははじめてだが、ときどき最近から回りすることがあったが、これが原因だろう。

 これに約2時間かかった。

 夕方になり、風呂を用意し、湯がたまる間、髪を染めた。

 さっぱりし、妻が買い物に行く間、ピアノに向かった。さわるのはひさしぶりだ。

 自転車の修理しているとき、ピアノを弾いているときは、通勤で走っているときと同じで、何も他のことを考えていない。

 まあ何もしないことを目標としたが、またいろいろ動きまわってしまった。

2008年9月14日 (日)

シンガポールヘやってきた!

 9月の連休になった。数ヶ月前から念願のシンガポール旅行を決行した。というのは前にも書いたが、娘がシンガポールへ就職して、2ヶ月。「そっちへ9月に行くよ」と約束していたからだ。

 飛行機の予約はインターネットからJALの確約チケットを申し込んでいたわけだが、当日になって、案内を再点検して見ると、なんと集合場所が「新東京国際空港第2ターミナル3階」となっているではないか。

 たしかに関空からの申し込みにしたはずだ。妻と2男と3人で心臓がとまるような一瞬だ。それで申し込み先ENA(イーナドットラベル)に関空へ行く車の中から確認の電話をする。

 なななんと、出発の案内用紙をまちがって成田用のフォーマットで入力したという。

 ちょっと減点だ。まちがって成田へ行ってしまったらどうする気だろう。新幹線代からなにから、それに肝心の飛行機に乗れなくなる。

 まあ、詳細の引き換え明細をみれば関空JR712と書いてあるので間違いはない。

 関空について、4階国際線カウンターに行くが、どこでて続きするのかわからない。当然だ。先にも書いたように東京のカウンター名で案内が来ているのだからそうなる。

 とりあえずJALと書いてあるカウンター嬢に聞くが、しばし「ムムーー?」という感じ。なんとかFカウンターということがわかり、しかし指定のENAの係員がいるのかと思いきや、直接搭乗手続きパソコン前のJAL担当者がチケットの手続きと預かり荷物の手続きをしてくれた。

 集合時間午前11時というのもまったく意味がなかった。

 まあそれで無事チケットをもらい、出発の午後1時5分までまだだいぶ時間がある。

 ドルの交換手続きをし、余計なことだが、チケットを作成してくれたカウンターの女性のところにもどり、「1時5分出発だと機内食で昼食はでないでしょうね?」と聞く。

 すると画面で調べてくれて、「離陸後、高度が安定したことにきっちりした昼食サービスがあります。正しい昼食です」とかはちょっと言い方はちがうが、親切に教えてくれた。

 そのあと搭乗手続きを済ませ、軽く食事しておこうと、構内電車に乗り30番ゲート近くで降りる。

 軽食店がありここでやきぞばを頼み、近くにおいていた薄型テレビで仁鶴の法律相談を見る。しかし超微細な画面に驚いたが、1分でそれになれてしまって感動は薄れた。

 そして離陸。旅客機は小型200人乗りぐらいか。ボーイング○○○か? 客はおおむね、日本人とシンガポール人か若干白人という感じか。ただ気分を害したのは、われわれは3人中3人席に指定されたが、前と後ろ数列は完全に空席で、斜め窓側2列に座っていたおじさん一人が中席の僕達の前、2男の前に陣取った。

 それだけなら良いが、途中から言葉もかけず、シートを一番最後まで倒してくる。「こいつ失礼なやつやな」と気分が悪い。

 各座席は、個別テレビがついている。その前のおじさんは、そのテレビをつけていたが、それを見るでもなしに、英語の本を読んでいる。そしてまたしばらくして画面を変えたりしている。席もよくごそごそする。

 シンガポール人がみんなそうとは思いたくないが、失礼な人だ。ただこういったおじさんは日本人にもいるので、きめつけたくはない。

 そして6時間半あまりでシンガポール・チャンギー空港に到着。まるで武蔵丸のような税関にチェックを受ける。しかしやさいそうだ。「サンキュー」と言ってお礼を言う。

 さてそこからもハプニング。この続けは本日夜に更新します。

2008年9月 7日 (日)

他愛のない休日

080907_2 9月はじめての日曜日、8月の立て続けの行事を終えて、今日は穴場。何も用事は入っていない。

 いつも思うが、朝の時間を気にしなくていいのがいい。

 したいことは、庭の雑草の手入れ、スイカの収穫具合を確認すること、頼まれた英語の契約書の翻訳など。

 しかし、8月の後半の涼しさは少し元通りの暑さに変ってきた。

 朝の仕事はやはり洗濯物干しと決まっている。あとはバタバタして昼になってしまった。

 その間に家の横の路地に苗を植えていて、育ってきたスイカの実を収穫した。

 大きさは野球ボールよりちょっと大きい感じ。しかし家でスイカが育ったのは生まれてはじめてなので、感動ものだ。それにまだ3つピンポン玉ぐらいの実が残っている。

 マンションに住んでスイカが収穫できるなんて、ちょっと珍しいだろう。それにブドウ棚には今年は20房以上のブドウが実った。2年前もできたが、今年のような甘い味ではない。大きさも不十分だった。

 今年はちがう。店に出しても引けをとらないだろう。ただ一房には大きさがまちまちだ。

 今食料自給率40%弱と日本の状況の中で、またCO2の削減が叫ばれてる中で、自転車の普及以外でもできることがある。

 みどりを増やすこと、家庭で自給自足の真似事をすること、わずかな抵抗だが、自分は自慢だ。

 今大都会の中で、屋上庭園が注目されていて、先週のNHK番組でもその会社が紹介されていた。個人的願望だが、自分の職場の屋上にも夢としてこれをつけたい。

 英語の契約書の翻訳のほうは、専門用語が多く、何通りか意味がとれるので解釈が難しい。3時間かかってなんとか無理矢理ワードで打ち込んだ。

 それで夕方になり、妻も持ち帰り仕事に熱中して誰が夕食を作るのか、不安になってきたので、「ええい、今日は外食でいいか」と妻に声をかけ、2男に声をかけ、7時から近所をまわり、「洋食屋」という店に始めて入った。

 1年ほどまえにできた店で、内装は、大阪の掘江によくあるような、裸で天井から吊り下げられたエアコン、荒い塗装の壁、床も塗装なしの木のもの。価格は大衆的で700円ぐたいの定食セットが中心だ。出前もしているらしい。

 注文品が出てくるのが遅かったが、まあ雰囲気は悪くないし、店員さんも感じはわるくない。一枚だけ飾ってあった色紙の人が誰かたずねたら、オーナーに聞きに行ってくれた。

  ところで今家にインターネット接続は以上に遅い。NTTのADSLを使っているのだが、今日は2時間ぐらい更新にかかってしまった。

2008年9月 2日 (火)

ひさびさの電車通勤

080902  昨日から小山裕史さんの著書「奇跡のトレーニング」を読んでいる。

 初動負荷理論で一躍脚光をあびている人だが、なかなか中身は面白い。

 一般的に膝痛や腰痛の場合、いままでの整形外科での診断は安静ということで、運動などもってのほかということになるが、その逆の考え方だ。

 スポーツマンにとっても膝をあげて走ることがベターという指導のではない。

 まだちゃんと読んでいないが、かつての短距離100mランナー、伊東浩司氏はその指導でアジア人としてはじめて10秒00の記録を打ち立てたという。

 先を読むのが楽しみだ。ついこの間までは「縄文の思考」を読み、その前はビジネス本を読んでいた。われながら雑学には自信がある。

 さて今日は通勤は、電車とした。というのは、夜にごく少数だが、定年退職するIさんを送別してお別れ会をする。

 この方はぼくが就職するときに紹介者になってもらったという縁もある。

 難波の東急ハンズ前に待ち合わせ、近くの結構健康志向の料理屋に行った。今日は、デジカメをもっていくのを忘れたので紹介できないが、心斎橋近くにも結構昭和初期のビルヂングが残っているのを嬉しく思った。

 Iさんは丁度65歳なわけだが、古い話しから、今の職場の話しに花が咲いた。誰でも定年になってからというより、かなり前から定年後の生活について考えたほうがいいだろうと思った。

 自分のこととして考えた場合、通勤自転車の必要性がなくなるわけだから、さてどうしようか、考えてしまう。ただ60代、70代になっても体の筋肉を鍛えることは結構寿命にとっても重要だということが解明されてきているので、自転車はなんらかの理由を通って、毎日走り続けたいと思う。

 むしろ通勤というストレスがない分、毎日走れるのではないかと思ったりする。

 そんなことを考えさせられる夜であった。

2008年8月31日 (日)

妻のバイク修理、読書で日は暮れる

  1. Photo  昨日は妻の自転車故障でその職場まで迎えにいったが、今日はいよいよその自転車(マウンテンバイク)の故障箇所の発見と修理を試みるため、朝は一通りの家事をすまそうとスケジュールを考えた。
  2.  昨日は午後11時に就寝したが、なんと朝は7時45分まで寝てしまった。
  3.  それから洗面、トイレ、朝食、歯磨きを済ませたが、すでに9時まえだ。

 9時からのNHK教育「新日曜美術館」は、高島野十郎。決して人の評価を気にせず、ただひたすら自分の力を信じ、すばらしい写実絵画を大正、昭和の時代に書き続けた、という話。はじめて知った人だが、また偉人を一人知ったという感じだ。

 その間、テレビを見ながらだが、昨日の洗濯物の取りきれと畳み、今日の洗濯物の干し作業、アイロンと11時を大きく過ぎた。

 外はかんかん照りになってきた。その中をいよいよ妻の自転車のトラブル原因発見にかかる。

 だいたいの検討はつけていた。まず途中でペダルが空回りするということだから、フリーギアの緩みが考えられる。その他は後輪ハブの中のつめが折れている場合も考えられる。

 とりあえず乗車してみるのが一番と、近くの先日星空映画会で使った大井戸公園内を試走してみた。丘があるので、坂を登った。何度かフロント、リアの変速を繰り返し家にもどったが、ギアにチャーンが当たるときも異常感を感じる以外、変わったところは発見できなかった。

 080831

 それで今度は、後輪を外す。

 思ったとおり、フリー(ギアー)の固定部分がかなり緩んでいる。

 とりあえず一度フリーを外している。

 それで11ギアー(最小)、それを固定するねじ部分を掃除し、再度しっかりねじをしめ固定する。

Photo_3  クイックレリースをつけなおし、後輪にタイヤを固定する。

 ペダルを手で回しながら、変速を繰り返す。変速機とワイヤーの接続部分の調整ねじで最適位置に合わす。

 ところがkチャカチャという音が消えない。

 そこで見つけたのがフロンドギアー側にかみ合うチャーンがどうもあっていない。隙間が何箇所ができている。

 これはまちがいなく、チェーンが使いすぎで伸びきっている現象だ。

 もう午後12時をまわっていたが、ナンバサイクルにチェーンを買いに行く。ただここはスポーツ車専門店ではないので、マウンテンの8段用チェーンがあるかどうか、ちょっと不安だったが、行ってみてよかった。

 オーナーであるお父さんだけがいたが、症状を話してみると、最小ギアーの磨耗が原因ではと言われた。そういえば、妻はいつも基本のギアー位置をフロント2段目にして、フリーは最小にあわせている。 

 それで以前もフリーが緩んでことを思い出した。

 家に帰って、同じ部品が以前のもので残っていないかどうか探すと、一つ残っていた。また後輪をはずし、フリーをはずし、その部品に交換した。

 そのあとで、買ってきたチェーンをつける。

 またペダルを手でまわし、変速調整ねじを回し、最適位置に合わす。

 ついでに、前かごの位置がブレーキレバーに近すぎるので、この際工夫して、ちょっと離した。

 これで完璧だ!

 思い起こせばこの自転車はヨセミテというメーカー品で今はないが、15年ぐらい妻が乗り続けている。その間、変速コンポを買い、シマノ、アビリオをつけた。ブレーキ部分は、カイチブレーキからVブレーキに交換したり、かなり改造している。

 妻にそろそろ「新しい自転車買ったろか」と何度か言った事があるが「いい!」の一言。

 しかし今回の修理で新車なみになった(これは言いすぎ)。まあしかし、クロモリ(鉄)のフレームは周辺を交換すれば、2,30年は持つだろう。

 

 時間はすでに3時。今日はまだ遣り残していることがある。それは今読んでいる本「縄文の思考」小林達雄著(ちくま新書)を読みきることだ。

 それにしても今日は日が照って暑い。シャワーを浴びて服を着替え、ベランダに出て、コーヒーのカキ氷を食べながら、その本を読む。

 ただこの本は期待していた掘り下げ方ではなかった。結構学問的だ。また縄文人の言葉のこと、アイヌ人の位置など考え方が違う。

 自分の考えを披露すると何冊からの受け入りではあるが、日本の地形を現すことばの中に縄文語がかなり残っているということ、これはアイヌの研究家の本で学んだ。また日本という狭い範囲で縄文人が生活しただけなのかどうか、あル仮説ではその時代から約1,000年の間に太平洋一体の国々にたどり着いたというモンゴロイドの痕跡がある。はては南米最南端まで。

 中米には縄文土器に非常に似た土器が発見されている。

 そのことを僕は信じたい。なぜなら夢がある。それにアイヌと沖縄の人々に位置付けが計り知れないように思う。それに太平洋を渡ったという説でも、二層式の丸木船をあやつったという。これは納得できる。

 などなどなぜか興味をもってしまう問題で、この話をするとつきないが、今日の本はちょっと期待はずれだった。

 さて、その本は午後4時45分には読み終えて、そのあと続けて、この前3男の見送りで行った関空の3階の本屋で買った「ファンライド」の中の疲れないペダリングスキルを読む。目新しいことは書いていないが、シマノの阿部良之さんと野寺秀徳さんのタイプの違う2人が指導していた。ただ再発見できたのは、ケイデンスはよく90回転を維持するのがいいと思っていたが、いちがいには断言できず、とくにアマチュアでは自分にとって疲れず高速で走れるときの回転数がいいと書かれていた。

 通勤時自分では87回転が最適だと思っていたが、これでいいのだと思った。

 まあ、そんなこんなで夜になったが、まあ、家にいて充実した一日をすごせたかなという感じだ。

2008年8月30日 (土)

雨のおさまらない1日

Photo  ひさしぶりの連休土、日である。

 しかし朝から雨模様。今日は何も予定がない。トイレの中で考えた。数年前までなら、こういったチャンスには必ず山歩きに行っていたが、最近はどうもそういう機会が少ないで、なかなか事前に思いつかない。

 それで今日は、コープの配達での注文品を受け取ってからスーパー銭湯に行くことに決めた。

 午前11時丁度。雨が上がりかけていたので自転車ということも考えたが、時間短縮も考えて、マイプレーリー(自動車)で行くことにした。 

 しかし道路は昼まえだからか、かなり山幹線は車が多い。結局20以上かかってつかしん「湯の華廊」についた。つかしん買い物施設の駐車場は満車状態だ。ただ銭湯用駐車場は「空」になっていた。

 前回着た時、湯が故障でお詫びに入浴券をもらってたので、それを使うためにやってきたのだ。

 しかし先週行った蓬莱湯で感じた癒し感は今回はあまりない。というのは、昼近くだったが、家に帰って食事を作る予定にしていたので、ちょっと急いだ感がある。それに夕方には妻から電話要請で、故障した自転車を積むため、その職場まで行かないといけない。

 そのことがあって、あとの時間を考えてしまったのだ。

 妻の自転車は、彼女の話では、ペダルを漕いでいる途中空回りするという。考えられるのは後輪フリーをささえるハブのつめが壊れているかもしれない。

 夕方5時半ごろその妻の職場西宮、学文殿町に行く。自転車を積んで、帰りは武庫川ぞいを走る。空が良く見えるが、北の空だけが夕焼けになっている。その他の方向は雲ばかり、何層もかさなって雲になっている。

 やはり明日も雨だろう。かんかん照りが続くのも辛いが、雨が続くのもいやになるものだ。

 夜は仕込んでおいたお好み焼きを食べた。

 まる一日に休みはやはりうれしい。

2008年8月29日 (金)

3男ふたたびベルギーへ

Photo  3男がふたたびベルギー王立芸術大学めざして、ベルギーに旅立つため、今回は休日出勤の代休日を旅立つ日にあてて、息子の見送りに行った。

 関空までは、家から渋滞がなければ1時間で行ける。尼崎はつくづく便利な位置にあると思う。

 しかしなにせマイカー・プレーリーは20年以上経過した車なので、思わぬハプニングがないか、こういう時は緊張する。

 料金所を通過するときは手動で窓をあけ、ETCの入口ではなく、「一般」にはいる。

 関空の料金所は前にきたときは1000円だったが、今回は1500円になっている。しかし昨日から体の調子が最悪になっていて、朝は下痢で軽く考えていたが、そのあとが悪化した。

 息子を送るまでは、平静をたもったが、家に帰ってからが大変だった。Photo_2

 まあそれはそれとして、息子は元気よく出発した。一応、手荷物チェックをうけて、通過するまでは、見ていた。ひょっとすると、大学に合格すれば3年は帰ってこないこともありうる。

 まあ、それは割りきるしかない。

 そこで別れの手を振り、家に向かった。

 プレーリーに乗り、家に近づくにつれて体調は悪くなっていく。

 家について、すぐにタタミにダウン。そのまま5時まで寝てしまった。夜は風呂に入ったのが悪かったか、寒気が急に襲ってきてそのまま布団の中にもぐりこんだ。

 汗が吹き出る中、一度は着替えたが、朝まで眠り込んだ。

 

 翌日は果たし仕事にいけるだろうかと思ったが、朝は頭がすっきりしている。寒気もほとんどない。夜のんだバファリンが効いているのかもしれない。

 まあ、なんとか自転車で行くことにした。

 ところがところがである。出発するとやはり本調子ではなかったことを自覚する。ペダルを踏む足が重い。ちょっと走っただけで振動が踊る。

 この7年間自転車通勤してきて、ワースト3ぐらいのしんどさだ。前にマウンテンバイカーが二人いたが、追い抜くこともできなかった。

 なんとか職場についてますます悪化するかと思ったが、時間が経過するにつれ、回復してきて、帰りの自転車は、完全に回復していた。

 いったい昨日の不調はなんだったのか、8月分の疲れが一度に出たのか、3日前の貝の味噌汁を飲んだのが悪かったのか、しかし寒気は辛かった。

 とにかく8月個人的、仕事的課題がすべて終わった感があり、今日は家に帰って開放的な気分でこれを書いている。

2008年8月24日 (日)

一段落の日曜日

080824  昨日のイベントを終了したことで、夏までの行事は一段落だ。

 その星空映画会の準備だけでも、町内アナウンス用の音響機械の入手、自動車へのテスト、プロジェクターの借り入れとDVD映写の工夫、当日の演奏のための練習など準備を続けてきた。

 あいにく車でのアナウンスは実行できなかったが、まあそれは結果だ。

 それで今日は、癒しの日としようと、ゆっくり起きるつもりだったが、どうも夜は熟睡できない。夜が結構また暑かったせいかもしれない。

 朝は、テレビでオリンピックの男子マラソンを見ることから始まった。

 それにしても手に汗にぎるレースだった。

 そのあと昨日の映画会で使った発電機を返すため、近くのガソリンスタンドへ行って、満タンにし、借り先の尼崎医療生協へ向かった。スタンドでのレギュラー料金は1リッター185円だった。

 医療生協は向かった庶務課はしまっていた。そらそうだろう。今日は日曜日だし。

 それですぐ家に帰る。あとは昼食にし、テレビを見て、午後3時。無理矢理昼寝をした。

 4時半に目がさめ、思い立って、温泉つき銭湯「蓬莱湯」にいくことにした。

 夕方の日差しは、心地いい。かぜが涼しい。ついでに蓬莱湯近くの無人精米機で家の玄米を精米した。

 

 気持ちよく家に帰る。

 庭に垂れるぶどうを一つもいだ。食べてみたが、ちょっと味は悪い。まあ自分で育てた素人の作品だからしかたないだろう。

 しかしオリンピック報道で気になるが、自転車ロードレースのニュースが出ない。トラックではケイリンで日本選手がはじめて銅メダルを取ったと聞いた。

 中国でのオリンピック開催についていろいろ批判があるが、主催国として相当努力があたことはまちがいないだろう。それに世界200カ国以上があつまり、純粋にスポーツの力を争ううということは、国境を越えた魅力を感じた。

 またあの異様に見えた「鳥に巣」競技場も見ているうちにすばらしい会場に見えてくる。

 蓬莱湯へ行ったときも、脱衣場でおじさんたちが、「明日から何見よう」と、オリンピックが終わることに寂しさを感じている会話があった。だから国民全体に影響をあたえたことはまちがいないだろう。

2008年8月23日 (土)

雨に翻弄された星空映画会

080823  昨日は完全に疲れ全開で、夜パソコンの前で余力なし状態だった。

 それは今日の星空映画会の準備のためである。

 さて今日は、星空映画会本番だ。仕事でも重要会議をエスケープしてこちらの方に時間を費やした。

 ところが今日は朝から雨模様。ケーブルテレビの天気予報では午後からの降水確率は60%を示している。

うちの家がこの映画会の案内での問い合わせ先になっていることもあって、前日と今日の朝からも「今日は映画会があるんでしょうか」「何時の段階でわかるでしょうか」など次々かかってきた。

 ただ朝10時からは、ベイコミュニケーションの担当者が、自分のマンションのデジタル機器設置の件で話し合いがあった。

 30分で終わるかと思ったが、1時間以上かかり、おやじーず練習の11時を大幅にすぎてしまい、Mさんには待ってもらった。

 そのうちあわせを終えると12時を過ぎていたが、そこから練習。

 1時すぎにそれを終わり、慌てて昼食にラーエメを作ってたべ、ちょっと休憩して、星空映画会の荷物をそろえ、車に積んで、会場の大井戸公園に向かう。

 天候は曇り。ちょっと躊躇したが、集まった父母たちはやる気満々。音響セットの設置にかかる。今年は大学に入ったNくんの強力でだいぶ助かった。

 しかしそんな準備の中、大粒の雨が降ってくる。しかしみんな中止の決定にはいたらない。

 とりあえず今年初めて来てもらった駒回し集団のお父さんたちの演技をしてもらうことにした。驚く駒の演技に少年団の関係者は驚く。

 夕方ちかくなり、どうも好転しないし、今後雨が激しくなることを考え、映画会は中止することの決定した。

 そのあと少年団の数人の演奏や、全体での南中ソーラン踊りなどを演じてもらった。

 関係者の要望でそのあとおやじーずの演奏を薦められたが、肝心の楽譜「崖の上にポニョ」をもってくるのを忘れていることがわかり、結局一人で「翼をください」を歌って終わった。

 それにしてもそんな中、小さな子ども達がお母さんとやってきて、映画会をやると思っていた様子。何組もあった。ある意味うれしいことだが、断らざるをえない。

 結局撤収することにし、雨に濡れた機材を運びだす。

 それで夜は近所の居酒屋で打ち上げ。生ビールをまた4杯も飲んでしまった。その時間には猛烈な雨が窓に外に降り続いている。

 まあ、夕方までがんばったことで納得するべきかと、まあ満足する。

 来年はきっと「崖の上のポニョ」を上映している状況を想像し、会を終えた。

2008年8月15日 (金)

オリンピックな一日

080815_2  きょうは盆休み3日目、朝は「早くおきないと」というプレッシャーがないのがいい。

 テレビでは連日オリンピックの放映が続いていて、だいぶ慣れっこになってきた。

 意外な人がメダルをとることもあれば、大きな期待をしょって結果を出せなかった人もいる。

 今日の僕の課題は、星空映画会の当日町内を車で走りながら流す音響装置のセッティングの挑戦と、そのアナウンス原稿の作成だ。

 その音響装置はインターネットで購入し、1週間前に配達されたが、そのままにしていて、今日はじめて箱を開けた。それで支払いは振込みにしていたことにきずき、それも10日後が期限なので、ちょうど今日だった。

 あわてて郵便局に行く。午後11時ごろだったので、ATMの前にはかなり人が並んでいた。自分の番ですばやく支払いを済ませ、それから思い立って、拡声器に電源を流す車のシガレット熱源穴から、つなげられる部品を探しに、オートバックスに自転車で行った。

 ここは自転車で買いに来ることを想定していないのか、駐輪スペースがない。まあそれはいいとして、店員さんにすぐその部品を問い合わせ、すぐ見つけた。

 猛暑の中を帰る。家に帰ってすぐシャワー。

 昼食は妻がわざわざツナカレー風料理を作ってくれたので、おいしく食べる。

 午後から駐車場に入り、自分の車の中で、セットを試して見る。カセットテープ挿入口にテスト用テープを入れると見事にスピーカーから音がなった。

 よろこんで家に戻る。2時半を過ぎていたが、あまり暑いので、浴槽に水をため、水風呂に入った。もぐってみるとプールに入ったような気分になる。

 風呂から上がってクールダウンできたので、ベランダで風をうけながら読書に。3日目にしてやっと余裕が出来た。

 読みはじめているのは、小林達雄著「縄文の思考」。

 すきなテーマだけに引き込まれる。

 それで夕方になり、妻はずっと持ち帰り仕事をしているので、自分が夕食を作ることに。

 秋刀魚があったので、手間だが、ベランダに七輪を用意し、それで焼いた。

 家にいる間中は、すべてのドアを開けっ放しだが、夕方外の道路から、庭から、マンション側面の壁までホースで水をまいたので、気持ち的涼しい。

2008年8月14日 (木)

パスポート取得に力を入れた1日

080814  昨日はいろいろな振込みと、今日のパスポート取得の予備段階というか戸籍謄本の取得などがあったが、今日は山場というか、パスポート取得に集中するはずだった一日である。

 朝はやはり6時半のちゅっと前に目が醒める。夜はちょっと気温が下がったせいか、前日のように夜中に目が醒めることもなく、朝を迎えた。

 平井堅の寝ざましミュージックがなる。

 しかし、朝9時過ぎには旅券事務所に行きたかったので、出勤日とおなじように朝の支度をこなしていく。

 9時まえになり、ちょっと落ち着かず、持っていくものがまちがいないかもう一度確認する。戸籍謄本1通、免許書、パスポート規格写真1枚、官製ハガキ1枚、印鑑、めがね、それに住民票はいらないことをインターネットを開いて確認。

 これでまず10年取得のため、16,000円を下ろすため、阪急「武庫之荘」駅前に尼崎信組に行く。

 いよいよ阪急「塚口」駅前の旅券事務所へ、マウンテンで向かう。インターネットでの旅券事務所情報では、お盆期間中は取得に来る人が集中すると書かれていたので、1,2時間覚悟で向かった。1階の歩道に自転車を止め、歩道橋で2階事務所に上がる。

 ドアをあける。なな、なんと先客は一人だ。受付席が3つぐらい空席。しかし取得申請書を書くときなぜかあわてて、うまく書けない。字が曲がってしまう。

 なんとか例どおり書いて、受付場所に。まさに待つことなく、席に座る。感じのいい女性職員が応対してくれる。まったく不備なく5分ほどで手続きが終了した。

 半ばかっけにとられてしまった。

 その職員に「空いていますね」と、話すと「ええ、午前中はこんなもので、午後から込みます」との返事が返ってきた。

 なんだ。こんなものか。

 時刻はまだ9時35分。自転車に戻り、これからどうするかちょっと考えたが、もしもと思って空いているときのためにスーパー銭湯にいこうとタオルを持ってきていたので、つかしん「湯の華廊」へ行くことに決めた。

 ここ塚口からだと、北へ直線5kmほどだ。暑いことは暑いが、風を受けるので、やはり歩くより自転車は有利だ。

 「湯の華廊」についたが、まだ9時50分。時間までうろうろする。時間になり館内に入り、下駄箱に履物を入れ、入場券販売機に会員カードを指し込み、1000円を入れたて、入浴ボタンを押したが、そのバタンが×マークになっている。

 係りの人が「ちょっと故障で待機中です」というので「待っていたらいいんですか」と聞くが、はっきり返答がない。

 そのうち別の女性職員が「本日湯のポンプが故障で湯が出てこない状態になっています。いつ復旧するかわかりません」と、ただ券を一枚あわびということで配っていた。

 ちょっと不思議な状況だが、入れないことははっきりしているで、その券を1枚貰って、頭を切り替えて、その施設を出、尼崎の「やまとの湯」へ行くことにした。

 今日は、いいこともあれば、トラブルもある。しかしぜんぜん気にならない。なにせ時間をだいぶ得しているのだ。

 やまとの湯に入って、気持ちはやわらぐ。

 家に帰って、また汗がかきながら昼まで時間があるので、ピアノに向かい、今度23日の星空映画会で一人で歌う歌をイメージし、練習する。汗がまたぶりかえしてくる。

 そのあとは昼寝、読書、など惰性に一日だったが、パスポート取得の山を越えた。

2008年8月10日 (日)

予定の多い日曜日

 今日の日曜日は予定が多い。

 朝は9時からマンション夏の大掃除。16件ほとんどの家庭が出て、廊下から階段から路地からきれいに掃除をする。またこのときは各家庭のコミュニケーションの場にもなる。

 掃除は10時半に終え、またすぐ高槻で行われる職場の役員や職員の宴会があり、摂津峡という渓谷の施設に行った。高槻駅から、バスに乗り、摂津峡手前の終点でおり、そこから歩く。結構登りの道だが、10分ぐらいで建物に着く。

 350mlのビールは何本飲んだのか、定かでないが、酔いは全然来ない。

 ひとしきり飲んで、川に入る。ただ、着替えもタオルも持ってきていなかったが、少年団キャンプで川遊びを見ているだけでその欲求不満が、今回川に入ることに躊躇しなかった。

 夕方5時半ごろお開きになり、帰ることになったが、びしゃびしゃのズボンのままだった。

 まあそういうことで一日が過ぎていったが、高槻の郊外の田んぼの緑がとてものどかな風景であった。

2008年8月 9日 (土)

少年団キャンプin 泉源キャンプ場

080808 木曜日仕事を終えてすぐuさんを乗せて、岡山県、泉源キャンプ場へ向かった。

 7時半出発で、無事10時半に現地に到着した。

 翌日は、夜が4つの村でファイヤーストームをするので、そのトーチ作りを任された。まあこれは案外簡単にできた。

 夕方からは、一つの村で、ファイヤーの組み方がわからないというので、なぜかかり出される。

そんなこんなで一日は過ぎて行った。翌日はもう朝から帰る。仕事の会議と職員面接があるのだ。

 このキャンプも連続15回ぐらい行っている。その間には、気の置けない仲間が親どおしで出来たが、年々参加父母も代ってきた。

 結局冗談が言える仲間が近年いず、楽しめるキャンプということにはならない。それにそれぞれの担当の親が固定化してきているのが気になる。

 しかし、子どもの育ちのことが今問題視されていることはまちがいなく、異年齢の子ども集団の手作りの行事と、ふれあいなど教育的効果は大きい。

2008年8月 4日 (月)

和歌山に来ています

 今日は近畿ブロックの事務局長会議ということで和歌山に来ている。宿泊はホテル「アバローム紀の国」。ー和歌山城に近い。
 午後から会議だが、5時半までみっちり会議をした。
 夕方からは夕食会となったが、和歌山U氏の顔見知りの料理やだ。夕食のあと、大阪のS氏とスーパー銭湯らしき施設に言った。
 見知らぬ町だが、探して目的地に行くのはわくわくする。料金は1,ooo円とちょっと高いが、かけ流しもあり、上がったあとのコーヒー牛乳がうまかった。
 それにしても天王寺からおよそ1時間ちょっとで和歌山に着いたのは以外だった。

2008年8月 3日 (日)

自宅で暑さを乗り切る

080803  昨日の喧騒を終え、朝はまた早く目が醒めた。

 ふとリビングの天窓を見ると、先日のツアーの時、厳島神社の商店街のはずれで、一人のおじさんが葉っぱで作ったバッタを売っていた。

 足がとまり、説明を聞き、あまりに珍しいので、3匹1,000円で買った。

 妻はそのからくりを知りたいようだが、売っていたおじさんは、その父親が開発したものらしく複雑な組かたになっている。

 さて、今日も連日の暑さのごとくあつい。厚さにまけず、午前中は、マイビアンキと妻のマウンテンバイクを石鹸で洗った。洗車は、それだけにとどまらず、故障、不備な箇所を発見できる作業でもある。

 そのあと3男の内装3段の一般自転車後輪がパンクしているのを思い出し、その作業にかかる。丁度だいぶ前にその後輪タイヤの側面がぼろぼろだったのでタイヤを買っていたのだが、それでタイヤも交換することにした。

 チューブも3箇所修理痕があるのでストックのチューブに付け替えた。

 すでに12時。仕事をやり終えた感じになり、シャワーを浴び、昼食を食べ、力尽き、昼寝に倒れこんだ。

 目が覚めて、丁度3時一番暑い状態だ。家の中の涼しいところがないか探し歩き、すだれにかかったベランダの椅子に腰掛け、本を読むことにした。読んでいるのはもとトリンプ代表取締役の吉越浩一郎著書、「『残業ゼロ』の仕事力」。共鳴できることも多い。しかし違いところもある。2時間かけて全部読み終えた。

 これで気持ちはすっきり。 仕事のためのパソコン作業をしている妻を尻目に食器をかたづけ、買い物にいく。

 明日は、近畿ブロック規模の会議で一泊二日で和歌山に行く。

 

2008年7月21日 (月)

コーヒーの実発見!!

080721  今日の休みは本当にありがたい。昨日の休みを体験して、まだ朝からゆっくり寝れたのは嬉しかった。

 今日の朝食のパンは3日ぶりぐらいの自家製パン。妻と相談し、ベランダに出て食べることにした。

 庭の木々を眺めているだけで楽しい。

 コーヒーの木

の鉢をなにげなく見ると、先日1個だけ実がなっているのを発見してうれしかたが、よく見ると別の枝にもあって、5つぐらいあった。

 午前中は、もうすぐマンションの大掃除があるので、路地にほかしている2週間ぐらい前に切ったびわの枝を山を葉と枝にわけ、ゴミ袋に入れた。しかし約2時間かかってしまった。ただのんびりとし作業でちょっとのんびりした。

 昼からは、地下収納庫に降りて、ICレコーダアーの試験録音した。

 内容はピアノ演奏だが、これが録音してから、うまくパソコンに取り込むことに成功した。「080721_.mp3」をダウンロード

今それをアップロードしてみた。内容は、平井 堅の「瞳をとじて」の自演。

 自転車通勤ブログには関連ないが、一応自分のライフワークは、自転車通勤と音楽演奏がセットになっている。

 あのイマワノ清志郎さんと同じだが、彼はプロ。しかし自転車経験はぼくの方が古い。

 しかし最近ガンが転移したというニュースでちょっと驚き、ショックだ。

 080721_3 さて、夕方は、妻の自転車のライトが前輪スポークとあたっていて、先日はずしたのだが、それを今日もう一度取り付けてみた。そのするといろんな不備が見えてきて、スポーク調整をし、ブレーキ調整をした。これで完璧だ。

 そのとき庭の外で小さな子どもとお母さんが通っていて、うちのブラックベリーが気になるようで、おかあさんが「それ取ったらだめよ」と言っていたのが聞こえて、「いいですよ」と声をかけた。

 なかなか近所の家の果実をもぎって食べる機会はないだろうし、ただそれを小さなころに体験することは大事な経験だと思うので、うちはおおいに歓迎だ。

 そんなこんなで最後の休みは過ぎていく。

 まあしかし暑ささえなければ、のんびり過ごせた一日だった。

2008年7月20日 (日)

自転車を触らない一日、しかし暑い

Photo  昨日の夜は、娘のスカイプのやり取りで12時を過ぎ、しかも通信の調子が悪い。何度もやりなおす。

 しかし朝は、6時に目がさめて、すぐ起き上がった。

 今日やるべきことはべつにない。しかし9時からは当番のマンションの共用部分に掃除がある。

 今日はうちの家ととなりのYさんと3人でやったので、早く終わったが、暑さをおぎなうため、四階の最上階から水を流し、きれいにした。中庭付近の植栽には、イラガというたちの悪い虫が沢山発見され、殺虫剤で殺した。

 掃除のあとボーっとしまい、昼までじっとテレビを見ていた。

 午後からは、日差しもきつく、温度は上昇していることが分かる。最近熱中症のことがニュースでも紹介されているように、家の中にいても発症することが言われているので、水をこまめに飲む。

 じっとしていても暑いので、庭のすだれに水をかける。これは焼け石に水のような気もするが、一時的には涼しくなった。

 午後4時からか、三浦雄一郎が75歳にしてエベレスト(チョモランマ)に登頂するドキュメンタリの番組があった。

 ベースキャンプからC1、C2と何日もかけて頂上までアタックする場面は感動的だ。父をずっと気遣い、自分のことをさておいていたであろう2男の豪太さんは、高山病でC5手前であきらめ、生死にも関わる状況だが、なんとかシェルパに助けられ、ベースキャンプまで戻ることができた。

 そのことをC5で聞いた父は頂上成功よりうれしいと、いかに心配していたか、よくわかる。自分的にも涙がこぼれた。

 しかし75歳での世界最高峰への登頂はすばらしい。勇気づけられた。

 今日は、自転車と縁のない生活であったが、暑さとの戦いであった。

2008年7月13日 (日)

突然の猛暑

Photo  うたごえ喫茶の余韻を残し、朝は早い目に目覚めた。

 それにしても、シンガポールの娘は、退職の意思表示をしたようだが、すこし説得を受けているようす。しかし、2週間に渡って睡眠不調と、食事の不調ということを聞いて、自律神経失調と考える。

 すぐにでも帰国させたい。ただ、ただ今日はまだ連絡がとれていない。

 それにしても今日は暑くなりそうだ。午前中はマンションの掃除当番月。妻もとなりの奥さんも保育の集会ですでにいない。

 一人で4階から階段、踊り場、中庭、若干の選定、などで2時間を費やした。

 すでに時間は11時半を過ぎている。すぐ昼食の用意。3男が同じころ起き出した。

 サッポ