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2012年3月 3日 (土)

税と社会保障一体改革に反対する集会に参加

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 仕事の一環だが、今野田〝どじょう”首相(集会の中でそう言っていた)が進めようとしている消費税と社会保障の一体という名の改悪に反対する近畿規模の医療関係者などの集会に参加した。

 朝から今日だけか、晴天に恵まれ、歯科の医院への訪問の仕事を終え、午後から大阪中央区の御堂会館に行った。

 そんな集会だが、やはり東日本大震災に関連した発言が目立った。

 家に帰って夜テレビを見ていてもNHKドキュメンタリーで福島原発後100時間というテーマでその実態を明らかにしていた。

 衝撃的だったのは、3月11日の津波の後に地元消防団は生存者の救出に奔走していたが、微かな生存者の声を感じながらも、翌日を待ったが、原発事故の避難命令で捜索を諦めざるを得なかったという話。

 また原発から3kmの福島厚生病院では、避難の連続で、その間に少なからずの人がなくなられたという話だ。

 そしてそんな移動で亡くなられた人の数は68人だというからびっくりした。

 それはそれは残酷な話で避難場所に使われた場所は病院ではなく、高校の体育館など専門の施設ではないのだ。

 いままで報道されていなかった悲しい話をもっと明らかにしてほしい。

 そして最近福島から他の県に避難した若い夫婦の子どもたちに対し、保育所入所を断る。また入所してから他の父母からいっしょに遊ばせないように要望が出るという話がニュースになっているが、そんなことを言う人たちはなんとおろかな人間かとあきれる。

 だいたい放射性物質が感染するわけがないし、放射能の被害jはいまや日本国蔓延しるかもしれないぞといいたい。

 だからそんなことをのたまう人たちに言いたい。

 「お前は何様やねん」「お前の外国に行ったら差別されるかもしれないよ」といいたい。

 そんなことが生まれる発端は、福島原発事故ということだが、まあ隠れていた人間のエゴが見えてきたということかもしれない。

 きれいごとで「がんばろう日本」というフレーズも悲しい。

  そんな怒りを感じる記事だ。

 ところで今日は集会がおもな行事だが、やはり職場には自転車通勤ということになる。

 しかし帰りは疲れもあるが、強い向かい風で足にきつい抵抗を感じながら走った。

 夕食の出費は1500円以内をめざす。

 メニューはストックがおおい白菜を頭に入れて、やはり鍋ということにした。

 それでコープ立花ではレジ清算は、発砲酒3本買ったことが影響したが1980円。

 ちょっと使いすぎた。

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まあしかし「麦のごちそう」がことのほかうまかった。

2011年11月30日 (水)

OM9条の会秋の学習企画を聞く

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 夜は年2回は開催しているOM9条の会主催の秋の学習企画「原発と憲法9条」。

 今聞きたい内容だが、講師は、自分のブログで反核のことをずっと語ってきた日本反核法律家協会理事で弁護士の徳岡宏一郎さんだ。

 しかしその内容は示唆にとんでいた。

 日本で原発を普及してきた本質はどうも原発を使ったあとにでるプルトニウムを原料とし、日本にも原爆をいつでも所持できますよという抑止力が目的らしい。

 それはいったいなんなんだ。

 ノーモア広島、長崎が国民的合言葉になっていると思うのだが、政権の深部では、原爆をいつでも製造できるように環境をつくっていたということだ。

 それが今、3.11の震災で予想できない被害を生み出してしまった。

 実際福島県では、30万人以上の県民が他県に転出しているという。その数字も厚労省かは、うそを言っていて、7万人ぐらいと発表していたのだから、霞が関の官庁は信用できない。

 そんな数字の改ざんをたくさん告発いていた。

 徳岡さんのブロクは毎日1万人ぐらいのアクセスがあるという。

 マスコミ批判もしていたが、とくに読売新聞の主張ランは最悪らしい。

 読んでいないから怒りもないが、読者も驚愕していいはずだという。

 しかし読書は抗議や反発しない。

 だから原発推進派も言いたい放題だ。

 これからはよく注意してみていこう。

 そんな話を聞いて家に帰ると、テレビのニュースでは、福島原発第一発電所の一号機がメルトダウンの悪化がおこっているという。

 今だに放射能はで続けているのだ。

 重大な犯罪に近い。いい加減な対策で実際の地震の発生で「想定外」にしてしまった被害が予測できないぐらい日本国民に影響をあたえているのだから、東電の幹部は懺悔せよだ。

 しかし今日は医療関係会社から業務命令で動員されている人が多いわけだが、会場いっぱいの参加者だった。

2010年10月31日 (日)

大阪医科・歯科9条の会で小森陽一さんの話を聞く

003  憲法9条を守る活動は、2005年から続いていたが、今日はその講演会があった。 

 演者は東京大学教授、小森陽一さんだ。

 専門は日本文学ということだが、9条の会を最初に発足させたメンバーの一人だ。

 加藤周一さんが一番の言いだしっぺらしい。だから政治的意義で作られたというより、きな臭い動きがある中で、「二度と戦争をおこしてはならない」という危機感で作られたらしい。

 その呼びかけ人の中で、すでに井上ひさしさん、加藤周一さん、小田実さんは今はない。

 しかし全国に呼びかけが波及し、6000以上の自由な会が結成されているという。

 決して政治的な、活動をしているわけでもなく、「9条を守ろう」という一点であらゆる知恵で宣伝がやられているだけだ。中にはスプーン9条の会なんていうとところもある。

 音楽家もいる。商売人もいる。もちろん医療団体にもある。

 今日の話は、今の菅内閣ができた背景とアメリカの後ろ盾があったことなどはじめて聞く話が多い。

 その中でもアメリカのマイケル・グリーンという人が日本対策のキーマンらしい。日本に対する見解もかなり書いているらしい。

 とくに小沢一郎の現在の態度に対し、かなり警戒しているということだ。鳩山前首相は、優柔不断のように描かれているが、その当初の見解には、アメリカがピリピリしていたらしい。

 それからかっての朝鮮戦争は、今も終わっているのではないという話。休戦状態が続いているのだ。 

 その戦争終結手続きをはっきりさせることは、アメリカの基地が今のように日本にたくさんいらないことになる。

 日本が日米同盟という軍事的結束から手を切ることは、その中でも重要だ。

 ただ11月はAIPECが日本であり、また沖縄知事選挙がある。おもしろい月になりそうだ。

 それにしても今日の話を聞かなければ、テレビ、新聞の情報はかなりあてにならないというか、その裏を見抜かないと真実がわからなくなる。

 げんに韓国の哨戒艇が撃沈されたことも、韓国国内では、北朝鮮が攻撃したという見方に疑問をもつ状態らしい。

 

 あっという間に1時間半の講演は終わった。しかしおもしろかった。

 4時を過ぎていたが、帰りは、例のごとくスーパー銭湯に寄り道する計画をしていた。

 なんばから阪神なんば線で尼崎センタープール前で降り、蓬莱湯に向かった。直線コースなので、なんばを出発して正味20分ぐらいで着いた。007 006 004  

 すぐ駅前の市バスの時刻表をチェック。

 5時12分がある。それを逃すと当分ない。

 あわてて風呂に向かう。

 制限時間15分。しかし湯船に入るには十分だ。

 ちょっとうゆっくりする。しかし時間がすぐ過ぎていく。

 風呂からあがって、慌てて服を着る。

下足の木のカギが見当たらない。

 しばし探したり、オーナーに受けつけに忘れていないか聞いたり、結局カギをつけたままだったことが判明。

 慌てて駅に向かう。

 1分前か。

 しかしバスはなかなか来ない。 

 来てから車内のアナウンスで渋滞のため7分遅れて通過していますとのこと。

 結果的には慌てることはなかった。

 バス出発から直線コースでJR立花駅を過ぎ、2つ目の停留所で下車だ。

 まあこんなあわてる入浴も後から考えると面白かった。

 雨はまだ降り続いていた。

2010年9月 2日 (木)

イタリア領事館に行く

002  3男が2学期に向けてイタリアに戻るというのに、イタリア領事館の対応がおかしい。

 つまり留学ビザの取得で8月初めの受理の予約で対応しているのに、領事館に行くと、書類(母親の印鑑証明)が足らないといって、受けつけを9月8日にした。

 9日の航空券を予約しているし、2学期がはじまるというのにだ。

 どうもいやがらせとしか考えられない。

 それで3男がバリ家族旅行から帰った8月16日に領事館に電話し、そのいわくつきの担当女性に再度申し出た。埒があかずイタリア人の上司が対応したが、先方でもひどすぎると思ったのか、とりあえず9月2日に来るようにということなので、父親の僕が文句も兼ねて同席することンし、3男と一緒に出掛けた。

 渡航予定まで7日しかない。

 朝9時に現場へ行ったが、9時半からの受付ということでドアが閉まっていたので30分待った。

 その間職員が次々出勤してきたが、いやみも兼ねてすべての職員に「おはようございます」と挨拶した。

 心の中では「なんとかせいよ~」と思いながらだ。

 9時28分、男性がカギで外からドアを開けた。

「予約されていますか」というが、むかっときて「今日来いというから来たので、予約などしていません」

「今日は予約が殺到しているので何時になるかわかりませんよ」という

「ばかやろう。30分も前まら待っているんだぞ」と言いたいところだが、ぐっと我慢して「仕事を午前中休んできているんだ」と腹立って言った。

 それでしばらくして「どうぞ」と受付の声がかかる。

 しかし例の曰く付の女性担当者ではない。

 一部始終の文句をもう一度中の部屋に聞こえるようにぶちまける。

 どうもここで受理する様子だが、たった一つ持って行った妻の通帳の記帳が1か月前までしかないのがだめだという。

 「そんならこら○○銀行はどこにあるか調べてください」というと

「しばらくお待ちください」といって中に入ってしまった。

 その間自分の携帯で検索していたが、中から戻ってきて「これを」とコピーした地図をくれた。

 なんと100mも離れていない。調べてくれたのには感謝した。

 すぐその銀行に行き、記帳し、サークルケーでコピーし、領事館に戻った。 

「これですべて書類は揃いましたので受理します」という。

 ただ肝心のビザはいつくれるのか答えがない。

 「9日には渡航するんですよ。もらえるのはいつなんですか」と食い下がる。

 まあ、しかしこのへんでいいだろう。

 言い訳的には「もともと書類がそろっていなかったので」という。

 しかし異常な引きのばしをしたのは誰なんだ。3男と知り合いの若者にその場で偶然会ったが、彼は書類の不足で2日伸ばされたという。

 あきらかに相手に寄って嫌がらせをしている。ただその女性はいっさい窓口に出てこなかった。

 そんな担当者は解雇せよ!と言いたいところだ。

 ただあとでネットで「領事館への苦情」で検索すると、イタリア大阪領事館だけではないらしい。

 どうも受付に雇われる人はどういったけ経過で採用されているのか、知らないが恐らく現地に滞在経験があり、語学力もあるだろう。

 それを鼻高くしている感がある。新米の経験不足の留学生がきにいらないらしい。そのようなことがたくさんネットに書いてある。

 日本人の国際経験者にはすてきな人もたくさんいるだろうが、箸にも棒にもかからない人もたくさんいるのだろう。

 日本から出ていく窓口がこんなことでは、今若者が海外に出て行こうとする人が減っているとあるテレビ番組で論評していたが、こんなことも原因なのではないかといぶかし思ってしまう。

 しかし息子のためにひと肌脱いだ事件は、保育所時代と小学校時代以来だ。

 保育所では大幅な職員の移動に対し、新聞に投書して訴えたことがある。小学校では、卒業式に日の丸を正面に出し、校長がそれにお辞儀することに対し、校長に手紙を書いた。思想の強制だと訴えた。そしたら次の入学式には国旗を端に立てた。

 何ごとも相手の方が権力をもっているからと、泣き寝入りすることは、異常に腹が立つ性格なのだ。

 しかしこれは民主主義の普通の行動だと思う。理不尽なことは許せない。たとえ自分の立場が不利になったとしても人生のゴールのときには満足できるはずだ。

 ちょっと興奮してきたが、いじめ、いやがらせが、公的な業務に携わる人の中にあるということ事態驚きだ。

 領事館に行って30分待つ間、となりの事務所に向かってシングルギアの黄緑色ビアンキを転がしてきた若いスタイルのいい女性が僕たちの前を通った。

 緊張してまっている間だったが、思わず「おお、ビアンキ!」と声をかけてしまった。

 「僕もビアンキのロードバイクで走っているんですよ」と言ってしまった。

 「ビアンキ」と叫んだとき警戒していたが、後の言葉でなごみ「イタリアに関係しているからですか」と返してきたので

 「いいえ、ビアンキがすきなんですよ」と言って別れた。

 ちょっと和んだ一瞬だった。

001  午後から出勤し、夕方車検の車を取りに行くため、阪神出屋敷から歩いて勝本モーターに行く途中、空は真っ赤に燃えていた。

2010年7月11日 (日)

参議院選挙投票日 粛々と雨が降る

003 001_2   今日は参議院議員選挙投票日。

 朝起きて、出来ることなら早いうちに投票は済ませておきたい。ただ、朝のうちに8月に開催する星空映画会のチラシを印刷に西宮まで行くことになっていた。 

 それでも朝起きる時間は7時40分ごろだった。

 朝の用事を済ませ、食事をしながらテレビでアニメ新三銃士を見る。

 ところで、庭の外側に咲くヂュランタがきれいだ。

 10時過ぎから妻を乗せ、マイプレーリーで印刷場所に向かった。雨は降ったり止んだり安定しない。

 1時間あまりかかったが、うまくいった。

 家に帰るとすでに12時まえ。昨日の残りのカレーライスを食べる。

 そのまま今読書中の松山 巌著「ちょっと怠けるヒント」を読む。

 2時を過ぎ、妻に声をかけ、ホームセンターに行くことにした。本命は、可能性は低いが、ランドナーのフロントキャリアの切断で部分に合うねじの反対側の部品に合うものを見つけることだ。

 ただ結果的にはなかった。

 妻は衝動買いが多いが、今日はベランダにマッチしそう004なテーブルとイスセットがあって、それを買おうというので、押しに負けた。

 ただ家に帰ってベランダに置いてみると、これがなかなかピッタリ合う。

 「まあいいか」という感じだ。

 次いでに買った一般自転車用の片足スタンドを2男用の自転車に付け替えた。

 これもなかなかいい。

 夕方からはまた読書に入ろうとしたが、ちょっと生け垣が気になって、ロングハサミで上にん伸びた枝をかなり刈った。

 そのまえに殺虫剤を全般に撒いた。というのは、「イラガ」とい毛虫が大量にいるのが見えたのだ。その虫がたくさん道に落ちてきた。

 これは一度刺されると針をさされたように痛い。

 なんとか刺されることなく、切った枝を全部ゴミ袋に入れて終了した。

 それからすぐ地下にこもって、読書にふける。あとちょっとというところまで読み終えたが、時間切れで終了した。

 夜は開票速報に注目した。

2010年6月 9日 (水)

共産党の大演説会に行く

001  今日は夜なんば府立体育館で共産党の志位委員長が来て演説会があるというので、職場の仲間と参加することにしていた。

 それで、飲酒はしないので、自転車で行くという手もあったが、会場近くにビアンキを駐輪するにはちょっと心配なので、「ええい。面倒だ!」と自転車ウェアに近い格好のまま、電車で職場に行くことにした。

 自転車ウェアといっても中途半端で、モンベルの自転車用Tシャツに下は7部の自転車用メンパン。ただいつものデイパックを背負って出かける。

 はじめて気がついたが、これだと電車通勤のとき、カッターシャツにネクタイ姿より数段楽だということがわかった。

 もちろんウークマンを聞きながらだ。

 仕事は一日就業規則の改定の文書作成。今やワードは、2007年度版だが、これが頭がいいのか、馬鹿なのか髪ひとえと感じる。やたらTABで記憶しようと表示が出る。

 ある程度その特性を習得できた。いままでは2003年版に変換して打っていたが、当たって砕けた。

 夕方は電話当番で6時まで。6時を過ぎて急いで職場を出る。体育館の交番前で待ち合わせしていたが、ライフで買い物をしてから行ったので、ちょっと6時半を過ぎてしまった。

 さて待ち合わせの2人と出会い、中に入って座ることができた。

 会場はあっと見る見るうちにいっぱいになってきた。しかし高齢者が多い。

 参議院選挙をまじかに控え、清水ただし候補者は今日はほとんどギャグなしに原稿なしで政策を訴えた。とくに湯浅誠さんとの対談の話と雇用問題の話に力が入っていた。

 それにしても今までの候補者とくらべて話しがわかりやすい。

 さて本命の志位委員長が出てきて、今の民主党政権の首相交代の評価と核不拡散条約(APT)再検討会議でアメリカに行った体験談が語られた。 

 僕自身昨日の菅直人新首相の記者会見にはちょっと不安を感じている。

 日米合意を受け継ぎぐといい、小沢、鳩山氏の金権問題は不問にするようなことを言った。

 志位さんはアメリカ政府と面談し、沖縄県民の思いを伝え、普天間基地撤去は移設を入れず無条件しかないと主張したという。残念な話しだが、時の政府はアメリカに何も主張できないのが実態だ。悲しいかぎりだ。経済的にはアメリカの国債を中国の次に大量に買っているお得意先だというのにアメリカを怖がる必要はない。

 財政問題にしろ、今や大企業の内部留保の金額は35兆円だという。国家の税収に匹敵する。みんなこの10年間正規雇用を派遣に切り替え、低賃金で働く人たちを1000万人も生み出してきたのと裏返しにだ。

 今日本は確実に病んでいる。まじめに働いたらそんなに金持ちにはなれなくても、安心できる生活ができる国の制度がないといけない。

 志位さんも明言を述べた。「日米合意というペラペラの紙切れを盾にしても決して沖縄の心は変えられない」

 今本当の変革の時代だということを実感する。明治維新以上かもしれない。

「私は政治には関心はないので」とは言っていられない時代に直面していると思う。

 今日の弁士志位さんの弁論には熱がこまっていた。

2010年5月23日 (日)

昨日に引き続き集会参加の日々

006  今日のノルマは午後からの集会参加。目的は後期高齢者医療制度の廃止だ。

 まあ、午後1時過ぎまでは家にいられるわけだが、朝はビラ配りの要請があったので、朝早く指定の地域に配布に行った。

 そのあとはだいぶ頭が起きてきて、朝食の用意をする。

 コーヒー豆はヨーロッパ豆をミルし、サイフォン式コーヒーメーカーのサイフォンに入れる。

 その瞬間がいい。

 午後まで時間はたっぷりあるが、まず昨日雨の中を走ったランドナーを洗車した。

 4.5日しか使っていないが、前輪のブレーキシューは、すでに摩耗している。

 その交換も含め、ランドナーの洗車に取りかかった。

 そんなことをしていると、11時半を過ぎ、昼食をとる。

 そのあとしばしうたたね状態。

 午後1j時半を過ぎ、会場に向かって、家から電車で行く。

 008   

 会場はエルおおさか。

 近畿各地から1,000人ぐらいの人が集まってきた。

 後期高齢者医療制度は、民主党が政権をとれば、ただちに廃止することになっていたが、長妻厚生労働大臣は、官僚にとり込まれたのか、4年後をめざすということになってしまった。

 しかし医療関係者はだまってはいない。

 それで1,000人が集まったわけだが、なごやかな雰囲気で集会は始まり、終わった。

 まあ、会場の天満橋から扇町までパレードになったが、悲壮感がないのがいい。

 民主主義は、やはり抵抗の運動があっての上になりたつものだろう。

 午後6時すぎ晴れやかな感じで解散した。

2010年5月 1日 (土)

5月1日はやっぱりメーデーでしょう

006 004  職場では、5月1日はメーデーに参加することが定番になっていて、仕事は休みになっている。

 今日は天候に恵まれ、扇町公園は、朝からあたたかい。

 今年は前にも紹介した共産党の清水ただし参議院候補があいさつしたが、聞いていてあきない。

 昨日の後遺症で、左膝まわりが昨日帰ってから痛んだままなので、ちょっと自分でも心配だったが、だんだん治っていた。

 003_2  演壇での各層から報告で衝撃的だったことがあった。

 泉南アスベス被害者訴訟の60代くらいの人だったと思うが、せっかく定年を迎えて、好きな登山やなにかをじっくり楽しもうとした時になって、アスベストを浴びてから40年以上たっているというのに、肺癌が見つかり、原因はそのアスベストということだ。

 片肺をある程度切除し、今も毎日咳が続くと言われたが、演壇にたって発言していた。

 一同に労働組合やその他の活動をしている人たちが集うとやはり勉強になる。

 集会が終わって、デモ行進もしたが、1時間ほど歩いて、天満橋で解散。

 ただその後の懇親会も楽しみの一つで、今回は例年の中華料理ではなく、「大のや」だった結構老舗の2階のイタリア料理での立席の会だった。

 それにしても懇親会は60人以上が参加し、わきあいあいの楽しい会だった。イタリアワインがうまかった。007

 今日の出来事はそれで終わりだが、ほろ酔いのまま、ぼくは阪急電車に乗り、神戸線「塚口」から伊丹線で、「つかしん湯の華廊」(スーパー銭湯)に直行した。

 酔いと明日から連休といううれしい気分でこの上なく気分がよくなってきた。

 そのころには、足の痛みが完全に治っているから不思議なものだが、明日からの4日間の間にツーリングはもう一度楽しみたいと考えつつ、温泉を後にした。019

2010年1月25日 (月)

沖縄、名護市長選挙で普天間移設反対の審判

Photo  昨日ちょうど舞鶴で自衛隊の基地と軍艦を見てきたところだが、その間も沖縄名護市では、市長選挙の投票真っ最中だったわけだ。

 今日朝起きて新聞を見ると、トップ記事で「普天間反対派が初当選」(神戸新聞)となっている。

 結局日本に軍事基地が存在する理由は、Photo_2中国、北朝鮮の脅威とも言う場合もあるが、一番の今の理由は、世界のテロと戦うと、オバマ大統領言っているし、それが理由らしい。

 ただ僕が不思議に思うのは、果たして国際的テロ組織「アルカイダ」というものは存在するのかという疑問だ。

 今回もオバマ大統領へのテロ未遂事件で、昨日かわざわざ音声だけで「オサラビン・ラディンらしい」声明が出たと報道されたが、そもそもビン・ラディンは、以前はアメリカの手下だったのだ。それにアフガニスタンでブッシィ時代彼を捕まえるといいながら、まったくつかまらない。

 9.11事件では、アメリカによって仕組まれたものという意見もかなり有力に世界にある。

 今テロ対策といえばお題目のように通る現実があり、空港の検閲、自衛隊の兵器の増強など大きな抗議もなく進んでいる。

 実際イラクでもアフガニスタンでも自爆攻撃などが耐えないのは、アメリカなどの外国軍隊がその国の人々に弾圧を加えたり、不当に命をうばったりしているからではないのか、といいたい。抵抗運動もすべてテロという色でわけられてはいないか。

 結局何事も戦争では解決できないし、むしろ戦争をすることで儲けることを狙っている人々をのさばらせてないことだ。

 これだけエコが叫ばれ、地球環境を守っていくことが急務になっているのに、最大の悪弊である兵器などは、いつか世界から廃棄するべきだ。

 ということで、普天間基地は無条件で出て行ってもらうしかないと思う。日本が移設地を心配する必要があるのか。大体日米合意より何より、あの基地はアメリカが国際法を無視して日本人を追い出して、作った基地だと聞く。年間がまんできないくらい海兵隊による事件が日常化しているらしい。

 ジョン・レノンのイマジンノの世界をぼくは支持する。世界の人たちがみんな国境もなく、握手する日がいつか来ることを。  

2009年8月30日 (日)

歴史は動いた!!!

003   日が変わって、30日。まるで山登りを終えた後の休日のようだ。

 午前中は、マンションので掃除当番最終日で、妻と作業をし、その勢いでマイハウスの庭の剪定と蔓の剪定に熱が入る。

 作業を終えて、思い立ってすぐ一人でスーパー銭湯「やまとの湯」尼崎に向かう。 

 やはり気持ちいい。今日は投票日。夜の開票が楽しみな日だ。帰りに豆コウ房でコーヒー豆を2種類500gを買う。ちょっとリッチな気分だ。

 家に帰って、妻といっしょに近くの小学校に投票に行く。

 まさに今日は歴史的な選挙だ。それはひしひしと感じつつ、投票用紙に向かう。最高裁判所審査はすべてペケにした。投票所を出たところに朝日新聞の腕章をまいた女性が出口調査をしていた。ぼくたちは声をかけられなかた。

 午後からは、換気扇のヒィルター交換、熱帯魚水槽の水替え、ベンジャミンの鉢の交換などなど、うろうろしていた。

 夕食は妻の当番で、先の風呂に入り、出たあと少しピアノを触る。というのは来週日曜日、おやじーずで出演の予定がある。

 「あの素晴らしい愛をもう一度」「レスペラード」。

 約10分のワンポイント練習で終わる。

 さて、今ブログをうちながら、テレビ「開票速報」を見ている。今回これほどおもしろい報道はないかもしれない。予想を超えて、自民、公明の候補者の落選が出てきた。わが尼崎も願いがかなった。公明、冬柴の落選は学会神話をどこかへ行った。

 実は午後6時ごろ、妻に電話が入り、西宮市職員らしい学会員が支持依頼ともとれる内容のことを言ってきた。おそらく指令が出たのだろう。そのときから危ないことが、彼らの側も思ったのだろう。

 まさに歴史的瞬間だ。関が原の天下分け目の戦い、明治維新の江戸幕府の崩壊など歴史の主人公になる勢力があり、退く勢力のパワーの喪失は、加速度的になるのはいつの時代も変わりないと思う。

 それは民主党の戦力というより、いかに変革を望む人が多いか、いかに政治が閉塞してるかということだろう。

 まさに今日はツール・ド・フランスを上回る興奮と、現実のドラマだ。

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