今日は日曜日。朝はやっと寝坊ができる。これはやはりかけがえのないチャンスだ。ただ今日は、午後1時半ごろ演奏に出かける。演奏といっても参加20人ほどの集会でのうたう会のようなもの。それでも6曲ぐらいの楽譜を探すのに苦労しているし、オーベーションギターの弦を張替え、胴体もきれいにしていった。
朝はそれで、いつものテレビ番組は一通り見て、洗濯物をたたみ、ほし、その後昼からの演奏のための一人練習。きょうはいつものキーボードではなく、ギター1本の伴奏で、2人だけのボーカル。音響はなにも使わない。アナログの世界。会場もまちの集会場といった感じの場所だ。
内容は共産党の地域後援会の総会。参加者は概して高齢者が多い。ただそこで挨拶におとづれた今回の統一地方選挙の県会議員候補は女性だが、前回の議員から交代して登場したSさん。ただ何が因果か、20年ほど前、子どもたち4人を入園させていたM保育園の保育士をしていて、次男、三男は担任の先生だった人だ。
なんと選挙のチラシには、Sさんと彼女に抱かれた3歳ぐらいだった三男が写真に写っているではないか。
演奏は、みんなで歌うための曲。早春賦や花「はるはなのみの・・・」など、と今ミリオンセラーの「千の風にのって」をリードしたが、どうも乗らないムード。会議の最初のほうでみんなリラックスしていないためか、選曲がまちがっていたのか。千の風にのっては、これはきっとおおきな声でもりあがるだろうと思ったがそうでもない。ちょっと拍子抜けの感ありだ。まあ場所の雰囲気にもよるか。
しかし今の政治に対してはひとこと言いたい。昼から家に帰って家族が見ていたテレビ番組「たかじんなんとか」でも言っていたが、大企業ぼろもうけ、中小企業、庶民は格差社会の犠牲者という感じだし、地域では大型開発があきずおこなわれていたり、大型店舗がわがもの顔だ。僕の近辺でも西宮の球場跡、JR尼崎駅北空き地なども大型店舗や百貨店がはいるらしい。
この建設に関しても本当に地元の景気にプラスになっているのだろうか。こういったことをストップさせるには、政党にすれば「わが党へ投票を」といういいチャンスだろうが。その前に、この前にも書いたようにあやしい公共事業、住民にとって不利益なことを、政党、イデオロギーにかかわらずやめさせる住民運動、示威行動をおこさないといけないのではなだろうか。
「まず政党地図を変えるため投票に思いを託す」だけでは、消極的だ。今はあまりにもひどいことが堂々とおこなわれているし、とくに大企業の経営者の考え方が昔の人たちに比べ、近視眼的、めさきの儲けしか考えていないし、もうけをみんなに還元するというような考えがない。そのくせ環境問題では「わが社が積極的にとりくんでいます」というイメージつくりにいそがしい。
大阪の中ノ島公会堂を作った人は当時の相場師で大金持ちになった人と聞いているが、その儲けからぼーんと資金を提供してあの公会堂ができた。その後事業に失敗して自殺するという不幸もあったが、明治、大正、昭和を通じて日本人の経営者の中に、伝統的に「人にために役立つ」という思想が受けつがれてきたのではないか。
それが今もろくもなくなっている。ここに一番大きな問題があるのではないかと、今日の番組をみたり、「9.11と9条」の本を読んだりしながら思っている。
だからこそもっと怒ろう。声をあげよう。
ああ、いいたことを書いてしまった。ちょっと考えていることを整理して書き出せないが、もっと日本人はおこるべきだ。そして他人のことをもっと考えよう。宮沢賢治の思想でいこう。こまっている人に手をかそう。
今日は手がはずむ。
現実にもどって、夕方まじか折りたたみ自転車の後輪パンクの原因をさぐるべく、チューブをはずして、水を入れた洗面器で空気もれをしらべたが2回りしてもわからない。
手術で原因がわからず開腹したおなかをまた閉じるように、わからないままタイヤをもとにもどした。それから空気をいっぱい入れ、試験的に自転車屋さんに用事があり、そこまで乗っていったが、帰りはまた空気が減っている。不思議だ。ああ不思議だ。
しかたがないので、虫ゴム全体を替えて、空気を入れてほってある。そのあと息子が乗っていったが、今空気が減っているかどうか不明。
それにしても今日の昼はぬくい。春らんまんだ。家の庭のすももが目をだしてきた。いつもは3月下旬に花を咲かせるが、この調子だと中旬に咲くのではないだろうか。
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